説 総 - j-stage

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(34) 「熱 硬 化性 樹 脂 」Vo1.7 No.1(1986) (受理:昭 和60年12月17日) Baekeland-Bender の仮 説 と そ の 背 景 †1, 2(1) 郎* 1925年L.H. BaekelandとH. L.Benderは"Phenol Resins and Resinoids"と う論 文 で67編 も の 文 献 を引 用 し,自 らの 実 験 を加 えて フ ェ ノ ール 樹 脂生 成 反応 に 関 す る仮 説 を提 案 した。それはアルデヒドと フ ェノ ー ル は,は じめアセタールを作 り,次 に転位反応が起 って ジ フ ェニ ル メタ ン系 の化 合 物 にな る とい ものである。その後 この説は十分な検討 もされ な い ま ま否 定 され た よ うな形 に な っ て い る。 そ こで彼 らが 引 した文献 を歴 史 的 に配 列,検 し仮 説 の 背景 を明 確 に した い と思 い,ま ず本 報 で はA・v・Baeyer以下E・ Jager, terMeer, R.Fabinyi, A.Steiner, W.Trzcinski, A・Michael, L・Claisen,A・Claus等1872年 から1887年までの論文 を抄 録 す る こ と と した 。 1. 序 前 々 報1)でE.Zieglerの “フ ェ ノー ル アル コー ル"1 報2)を紹 介 し た が,主 題の “ベ ン ゾ ジオ キ サ ン"に 関係 な い た め省 略 し た部 分 が あ る:「 更に考察を進める前に フェノールとホルムアルデヒドの酸縮合に就いての歴史 に触 れ てお きたい」 とい う主 旨 で,次 のように述べてい る:「従 来 何 人 もの研 究 者 が,ジ フ ェニ ル メ タ ン(DPMr の生成反応 をKOlbe反応(C6H5・。Na+CO2)によるザ リ チ ル 酸 の 合 成,Reimer-Tiemann反 応(C6H5・OH+ CHCI3十3KOH)によ る ザ リチ ル ア ル デ ドの合 成, Fries転位(C6H5・OCOR-ケC6H4・(OHr・COR)等 と類 似の反応のように考えてきた。その最 の人 はL.H. Baekeland, H.L.Bender3)ら でCH20が フェノールの ヘミアセ タ ー ル(C6H5・0・CH20Hrやアセ タ ー ル(C6 H5・OCH20・C6H5rを り,次 に転位が起って前者では フ ェ ノ ー ル ア ル コ ー ル(C6H4・(OHr.CH20Hr,後 はDPM(HO・H4C6・CH2. C6H4・OHrにな る と考 え た。 R.Barthe1(Dissertati0n, Leipzig1936(D15r)は の よ うな転 位 は 起 ら な い と云 っ て い る が,Zieglerら 〔1〕のよ うな エーテルを合成 しそれが酸に安定 であ ると ころ か ら この種 の エ ー テ ルがDPMの 中間体になること はあ り得 ない と思 う。」つ ま り簡単 にBaekeland-Bender の仮 設 を否 定 して い るの で あ る。 〔1〕 しか し 「実験の部」には 「この エ ー テ ル(融 点98。) は稀 酸 に対 し て はか な り安 定(ziemlich bestandigrで あ る。 氷 酢 一H2SO4を加 え0。 に3日 放置 した ら元 の エ ーテルの他に樹脂状物が出来ていた」と記 して り, 10O%安定 で あ る と は受 取 れ な い 。 〔1〕は 陰 性 基C1の 置 換 体 で あ り,そ の上 ρ一位 が 塞がっているなど転位の条 件は決 して良 くな い し実 験 温 度 も低 す ぎる。いま筆者の 手 元 にBarthe1の 論 文 が な い の は残 念 で あ るが,こ のよ う にBaekeland-Benderの 仮説を否定する例は多いが完 壁 な実 験 は殆 ん ど無 い よ うに 記 憶 す る。前 々報1)の(8- 1rでN.J.L.Megsonが フ ェ ノ ー ル5.5mo1, CH201mo1 にHCI-ZnO系 触 媒 を 加 え1600に 反 応 さ せ た 後,未 応 の フ ェノ ー ル と生 成DPMを 取去った後の油状残査 Baekeland-Benderの ヘ ミアセ タ ール 〔%〕 類似物質で は な か ろ うか と云 って い る こ とを紹 介 し たが,こ れ は数 少 な い転 位 説 支 持 者 の 発言 だ と思 わ れ る。 1925年Baekeland, Bender3)の"Phenol Resins and †1 この報文を"`合成樹脂化学史 ノー ト"(第25報)とす る †2 前報(第24熱)鶴 田四 郎:本 誌,6,245(1985). * 日立 化 成 工 業(株)〒163東 京 都 新 宿 区 西 新 宿2-1-1 一34一

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(34) 「熱 硬 化性 樹 脂 」Vo1.7 No.1(1986)

説 総

(受理:昭 和60年12月17日)

Baekeland-Bender の 仮 説 と そ の 背 景 †1, 2(1)

鶴 田 四 郎*

概 要

1925年L.H. BaekelandとH. L.Benderは"Phenol Resins and Resinoids"と い う論 文 で67編 もの文

献 を引 用 し,自 分 らの 実 験 を加 えて フ ェ ノ ール 樹 脂生 成 反応 に 関 す る仮 説 を提 案 した。 そ れ は ア ル デ ヒ ドと

フ ェノ ー ル は,は じ め ア セ タ ー ル を作 り,次 に 転 位 反 応 が起 って ジ フ ェニ ル メタ ン系 の化 合 物 にな る とい う

もの で あ る。 そ の後 この説 は十 分 な 検 討 もされ な い ま ま否 定 され た よ うな形 に な っ て い る。 そ こで彼 らが 引

用 した文 献 を歴 史 的 に配 列,検 討 し仮 説 の 背景 を明 確 に した い と思 い,ま ず本 報 で はA・v・Baeyer以 下E・

Jager, terMeer, R.Fabinyi, A.Steiner, W.Trzcinski, A・Michael, L・Claisen,A・Claus等1872年

か ら1887年 ま で の論 文 を抄 録 す る こ と と した 。

1. 序 論

前 々 報1)でE.Zieglerの “フ ェ ノー ル アル コー ル"1

報2)を 紹 介 した が,主 題 の “ベ ン ゾ ジオ キ サ ン"に 関係

な い た め省 略 し た部 分 が あ る:「 更 に考 察 を進 め る前 に

フ ェノ ー ル とホ ル ム ア ル デ ヒ ドの酸 縮 合 に就 い ての 歴 史

に触 れ てお きた い」 とい う主 旨 で,次 の よ うに述 べ て い

る:「 従 来 何 人 もの研 究 者 が,ジ フ ェニ ル メ タ ン(DPMr

の生 成 反 応 をKOlbe反 応(C6H5・ 。Na+CO2)に よ る ザ

リチ ル 酸 の 合成,Reimer-Tiemann反 応(C6H5・OH+

CHCI3十3KOH)に よ るザ リチ ル ア ル デ ヒ ド の 合 成,

Fries転 位(C6H5・OCOR-ケC6H4・(OHr・COR)等 と 類

似 の 反 応 の よ うに考 え て きた 。 そ の 最 初 の 人 はL.H.

Baekeland, H.L.Bender3)ら でCH20が フ ェ ノー ル の

ヘ ミア セ タ ー ル(C6H5・0・CH20Hrや アセ タ ー ル(C6

H5・OCH20・C6H5rを 作 り,次 に転 位 が 起 っ て前 者 で は

フ ェノ ー ル ア ル コー ル(C6H4・(OHr.CH20Hr,後 者 で

はDPM(HO・H4C6・CH2. C6H4・OHrに な る と考 え た。

R.Barthe1(Dissertati0n, Leipzig1936(D15r)は こ

の よ うな転 位 は 起 らな い と云 っ て い るが,Zieglerら は

〔1〕のよ うな エーテルを合成 しそれが酸に安定 であ ると

ころか らこの種 のエーテルがDPMの 中間体にな ること

はあ り得 ない と思 う。」つ ま り簡単 にBaekeland-Bender

の仮 設 を否定 してい るのであ る。

〔1〕

しか し 「実 験 の 部 」 に は 「この エ ー テ ル(融 点98。)

は稀 酸 に対 し て はか な り安 定(ziemlich bestandigrで

あ る。 氷 酢 一H2SO4を 加 え0。 に3日 放置 した ら元 の エ

ー テ ル の他 に樹 脂 状 物 が 出 来 て い た 」 と記 し て あ り,

10O%安 定 で あ る と は受 取 れ な い 。 〔1〕は 陰 性 基C1の 置

換 体 で あ り,そ の上 ρ一位 が 塞 が って い るな ど転 位 の 条

件 は決 して良 くな い し実 験 温 度 も低 す ぎる。 い ま筆 者 の

手 元 にBarthe1の 論 文 が な い の は残 念 で あ るが,こ の よ

うにBaekeland-Benderの 仮 説 を否 定 す る例 は多 いが 完

壁 な実 験 は殆 ん ど無 い よ うに 記 憶 す る。前 々報1)の(8-

1rでN.J.L.Megsonが フ ェノ ー ル5.5mo1, CH201mo1

にHCI-ZnO系 触 媒 を加 え1600に 反 応 させ た後,未 反

応 の フ ェノ ー ル と生 成DPMを 取 去 った 後 の 油 状残 査 を

Baekeland-Benderの ヘ ミアセ タ ール 〔%〕 類 似 物 質 で

は な か ろ うか と云 って い る こ とを紹 介 し たが,こ れ は数

少 な い転 位 説 支 持 者 の 発言 だ と思 わ れ る。

1925年Baekeland, Bender3)の"Phenol Resins and

†1 この報文を"`合 成樹脂化学史 ノー ト"(第25報)と す る

†2 前報(第24熱)鶴 田四郎:本 誌,6, 245(1985).* 日立化成工業(株)〒163東 京都新宿区西新宿2-1-1

一34一

「熱硬 化性 樹 脂 」Vol.7No.1(1986) (35)

〔2α〕 〔2ゐ〕 〔2c〕

〔2〕

Resinoids"と い う論文 は1砿 翫9.Ch伽.誌 の大版

で13頁 もあ り,引 用文献67編 に自分の実験 も加 えた とい

う大著 である。"ベ ークライ ト"の発 明者が発明後15年 た

って,そ の工業的発展 に驚異 の目をみはる一方樹脂化学

の甚 だ しい遅 れを嘆いてい る:「AdolfvonBaeyerの よ

うな人 が 樹脂状物 の研究 に 心惹 かれなかった り,Klee.

bergの ように こんな扱 いi難い ものは と敬遠 す る人 もい

る。 しか しフェノール とアルデ ヒ ドの反応生成物 がすべ

て樹 脂状物であ るとは考 え られない。現 にある条件 では

オキ シベ ンジル アル コールが得 られ ることがわかってい

る」 と述 べ,樹 脂化学に関係 あ る有機 化学の論文 を克 明

に調 べ あげた結果,一 応基本 として 〔2〕の反応 を取上

げたので ある。

ここで注意 を要す るのは"取 上 げた"と い う こ と は"th

ewritersinclineto"で あって"decide"で はない こ

とであ る。 アル デヒ ドが フェノール核の ρ一位 のHに 反

応す るよ りもOHに 反応 す る方 が速 い,そ して生成 した

フェノキシ基が 熱や 触媒 に よって 転位す るとい う基本

的概念 にまずinclineし た わけであ る。 〔2〕の 反応は

Baeyer以 来,有 機化学界の大 きな問題で あった。 上記

ZieglerやMegsonら の樹脂化学者が1925年 か ら更に15

年経 って も"敬 して近寄 らな い"理 由 もわかないではな

いが,ま ず はBaekeland,Benderが 考察 して いる旧来

の文献 を歴史的 に配列,検 討 しか たが た問題の所在 を考

えてゆ くことにす る。

2.Baeyerの 論 文

(2-1)1872年Baeyerの 単独名 で,番 号が付 け られ

た"フ ェノール とアルデ ヒドの反応"に 関す る論文 は3

編 しかないが,以 後彼 の指導 の下,陸 続 として門下生の

論文 が 出る ことになる。 はじめは フ ェノール類 と アル

デ ヒド類 の縮合形式 の追求 が されるが,大 物 門 下 生 の

Claisenに 至 って 転位 の問題が取上 げ られ大 きな進展 を

示す。 前世紀 の偉大 な有機化学者 AdolfvonBaeyer4)

(1835~1917)に はBerlin時 代(1860~1872),Strass-

burg時 代(1872~1875)とM直nchen時 代が あって,

1905年 第5回 目のノーベル賞 「染料 とヒドロ芳香族化合

物 の研究 による有機化学 と化学工業 の発展 に 対 す る 貢

献」 が示す よ うにイ ンジ ゴの合成,新 染料 フタレィンの

製造等染料 の研究 にその生涯 の大半 がか け られ た。 ここ

に抄 録 す る論 文 は Berlinか ら Strassburgに 移 る頃 に 書

か れ た もの で,フ タ レイ ン な どの 研 究 に欠 か せ ぬ と考 え

た"フ ェ ノー ル類 とア ル デ ヒ ド類 の 反 応"は 生 涯 を通 じ

継 続 され た テ ー マ で あ っ た。 そ の反 応 生 成 物 が 天 然 樹 脂

に似 て い る こ とに注 目 して い る論 文 もあ るが,大 勢 は研

究 の 目的 が染 料 に 向 け られ て い る。,"`Baeyerか らBae・

kelandま で"の 約35年 間 に この 目的 が 合 成 樹 脂 に移 っ

て 来 た こ と を銘記 し乍 ら これ らの論 文 を読 ん で ゆ き た

いo

(2-2)Baeyerの1報5a)" Ueber die Verbindungen

der Aldehyde mit den Phenolen" 。 フ ェノ ー ル染 料 の研

究 を し てい た 時,ベ ンザ ル デ ヒ ド(原 報 はBitterman-

del61,苦 扁 桃 油 とな って い る)が フ タル 酸 と同様 ピ ロガ

ロ ル(原 報 はPyrogallussaure)と 反 応 す る こ と を 知 っ

た ・ そ こで アル デ ヒ ドと ピ ロ ガ ロル を封管 中 で加 熱 して

み たが ア ル カ リ不 溶 の 赤 褐 色 の 塊 しか 得 られ ず,フ ェ ノ

ー ル染 料 と は似 て も似 つ か ぬ もの で あった 。 しか しHCl

ま た はH2SO4を 少 し加 えて 加 熱 した ら赤 色 を呈 し アル

カ リ性 にす る と紫 色 にな った 。 この よ うな 実 験 を多 くの

ア ル デ ヒ ド類 や フ ェノ ール 類 に つ い て行 った 結 果,条 件

さえ選 べ ば フ ェノ ール 染 料 を得 る こ とが 出 来 る との 確 信

を得 た○ この 反 応 は,例 えば 塩 類 の 生成 とか エ ー テル の

生 成 とか云 う反 応 と同 じ く極 めて 一 般 的 な 反 応 で あ るか

ら,や が て は以 前 行 っ た フ タ ル酸 類 と フ ェノ ール 類 の 反

応 は そ の 中 の1章 に過 ぎな くな るか も知 れ な い。 関 連 化

合 物 の数 は 日々増 加 しつ つ あ るの で研 究 完 了 まで に はな

お 時 間 が か か る と思 わ れ る。 それ 故 以 下 述 べ る実 験 は こ

の反 応 の大 凡 の概 念 を示 す に過 ぎな い。

この よ うな序 文 の次 に,以 下 ア ン ダ ー ラ イ ン を し た化

合 物 名 の3章 が続 く。

Bittermandel61 と ピ ロガ ロルの 反 応 は 次 の よ うな もの

と思 わ れ る:

(1)

(ま た は倍 のC26H2207)○ これ を200・ に 加 熱 す る とH

を失 い 赤 色 の ア ル コ ー ル可 溶 物 とな る(C、3H803 .5ま た

はC26H1607)。HC1,ア ル コ ール,Znで 加 熱 す る と アル

コー ル,エ ー テ ル に不 溶 の無 色 の結 晶 とな る(C、3H1203.5

ま た はC26H2407)。 レ ゾ ル シ ン も同 様 な 反 応 をす る。 生

成 物 にH2SO4を 加 え る と水 溶 性 に な るの は恐 ら く硫 酸

化 され る た めで あろ う。 アル カ リで美 しい 紫 色 を呈 す る

さま は フ ェノ ー ル フ タ レ ン を想 い 出 させ る。

一35一

(36) 「熱 硬 化性 樹脂 」Vol. 7No. 1(1986)

ア ル デ ヒ ド と フ ェ ノー ル, ピ ロガ ロル を 且Clま た は

H2SO4で 反応 させ,同 じ よ うな Masse( kittartige Sub・

stanz ,weisse Fallung, inWasser leicht l6sliche Sub.

stanz,rotherK6rper)を 得 た。 わ ず か9行 の 間 に この

よ うな非 晶 質 の 表 現 を使 っ てい る。 「ク ロ ラ ー一ル もアル

デ ヒ ドと同 じ作 用 をす る」 との1行 で 当 時 は アセ タル デ

ヒ ドの こ と を アル デ ヒ ドと呼 ん で い た こ と を知 った 。

フ ル フ ロル は レ ゾ ル シ ンや ピ ロ ガ ロル とHCI存 在 下

で イ ン ヂ ゴ青 の よ うな 物 質 を与 え,水 に溶 け て緑 色 とな

りHC1で 褐 色 の 沈 澱 物 とな る。 ク ロ ロ フ ィル を連 想 さ

せ るが 恐 らくそ の グル ー フ。に 属 す る もの な の で あ ろ う。

フ ェ ノ ール へ の 作 用 も同 じ。

終 り4行 に 「ア ル デ ヒ ドで もザ リチ ル アル デ ヒ ド(原

報 はSalicyligeSaure)が 最 も反応 し易 い・Brenztrau・

bensaure(CH3CO・COOH)も アル デ ヒ ドと 同様 な 反応

をす る」 と付 記 して あ る。 この 場 合 の アル デ ヒ ドは広 い

意 味 に使 わ れ て い る○

(2-3) Baeyer のH報5b)1報 と同 じ題 名 でH報 と書

込 ま れ て い る(1報 の 表 示 は無 い)。 前報 で 報 告 し た

Bittermandelδ1と ピ ロ ガ ロル の 反 応 を アル コー ル溶 液 中

で 行 った と ころ 結 晶 性 の 沈 澱 が 析 出 して きアこ。無 色 で ア

ル コ ール に 不 溶,ア セ トンに可 溶 で組 成 は や は りC26H22

07で あ る。 同 様 の 実 験 を ザ リチ ル アル デ ヒ ドで行 った

と ころ や は り結 晶 性 の もの が 得 られ 組 成 はC26H220gで

反 応 は ピ ロ ガ ロル の 場 合 と相 似 で あ る:

(2)

Bittermandel61 と ナ フ トール(α か βか 不 明 。 次 章(3-

7)項 参 照)の 場 合 も同 様 の 結 果 とな った:

(3)

目下 多 くの ア ル デ ヒ ドで 実 験 を進 め て い る と あ る が,

Baeyer は Bittermande161 と フ ェ ノ ール の 反 応 の 第1段

階 は1:1の 付 加 反 応

(4)

で あ り,そ の 次 に (Zweite Periode)

(5)

とい う反 応 が 起 るの で はな い か と考 え る。 次 の3反 応 を

比 較 す れ ば(6a)の ベ ン ジ ル化 フ ェノ ール と(6c)の ベ

ン ゾ イ ル化 フ ェノ ー ルの 間 に仮 説 的 な アル デ ヒ ドフ ェ ノ

ー ル(6b)が 実 在 す る可 能 性 が 強 い とい うの で あ る:

(6a) C6H5・CH2・C6H4(OH) Benzylirtes Phenol

(6b) C6H5・CH(OH)・C6H4(OH)

Hvnothetische Aldehydverbindung

(6c) C6H5・CO・C6H4(OH) Benzoylirtes Phenol

(2-4) Baeyerの 皿 報5c) "Ueber die Verbindungen

der Aldehyde mit den Phenolen and aromatischen

Kohlenwasserstoffen" とい う表 題 で フ ェノ ール の 他 に芳

香 族 炭 化 水 素 が加 わ る。 キ シ レン樹 脂 の最 初 の 仕 事 で あ

る6)○ この 論 文 で は じめ て ホル ムア ル デ ヒ ド(CH20)が

登 場 す る○ 最 初 にCH20を 発 見 した の はA・Butlρrov

(Aη η., 111, 242(1859))で 沃 化 メチ レ ン(CH212)と

酢 酸 銀 との 反 応 で生 成 す る酸 化 メ チ レン を加 水 分 解 して

得 ら れ る。A.W.Hofmann(A朋., 145, 357(1868);

B6プ.,2,152(1869))が メ タ ノ ー ル を 白金 上 に加 熱 す る

とい う便 法 を 発 見 した の は1868年 で あ るが,Baeyerは

Butlerovの 法 を,特 に高 価 な沃 化 メ チ レ ンの 収 率 改 善 を

検 討 しつ つ 使 って い て,こ の論 文 の1/6を そ の 記 述 に 割

い て い る。 な お ア ル デ ヒ ドの歴 史 を み る とBaeyerの 論

文 が 示 す よ うに天 然 産 の高 級 ア ル デ ヒ ドか ら次 第 に 低 級

アル デ ヒ ドへ と展 開 し,最 後 にCH20が 発 見 され て い

る。 フ ェ ノー ル樹 脂化 学 の歩 み に この よ うな 歴 史 が 影 響

して い る こ とは興 味 あ る こ と と思 う7)。

Baeyerは 沃 化 メ チ レ ンを 酢 酸 と所 要 量 の 酢 酸 銀 に

100。 で懸 濁 した後 蒸 溜 し,130~170。 の 溜 分 に 同 量 の水

を加 え 封管 中100。 に6~12時 間 加 熱 した もの を"was-

serigeessigsauresMethylen"と 称 し て使 用 して い る○

灘 ホル ムアルデ ヒ ドがCH・=8巳H、 。 として存在 して

い る とい う。 以下 再 び各 章 名 を ア ンダ ー ラ イ ン形 式 で示

す 。

ホル ム アル デ ヒ ドと フ ェ ノー ル 特 に他 の ア ル デ ヒ ド

類 との 差 は 認 め られ な い 。 フ ェノ ー ル は無 色 の 樹 脂,ピ

ロ ガ ロル は 無 色,水 溶 性,タ ン ニ ン様 の化 合 物,レ ゾル

シ ンは普 通 の溶 剤 に不 溶,強 熱 す る と燃 え るが そ れ は木

質 が似 た組 成 を持 っ て い る こと を連 想 させ る。 フ ェ ノ ー

ル カル ボ ン酸i類(ザ リチ ル酸,ピ ロ ガ ロル カル ボ ン酸 等)

と も反 応 す る○

ホル ムア ル デ ヒ ド と ピ ロガ ロル (Pyroga11ussaure) い

ろ い ろ の配 合 で 実験,何 れ も結 晶性 物 質 を得 たが 収 量 が

少 い の でC58.18, H4.56と い う分 析 値 も余 り意 味 が

な い と して い る。結 論 は ホ ル ム ア ル デ ヒ ド もベ ンザ ル デ

ヒ ド も同 じ よ うな化 合 物 を与 え る とい う こと で あ る。

ホル ム アル デ ヒ ドと ピ ロガ ロル カ ル ボ ン 酸(Gallus-

saure)1部 の カ ル ボ ン酸,2部 の`"Methylen"に12部

の 発 煙HCIを 加 え る と粥 状 に な るの で,50部 のH2SO4一

水(1:4)の 煮沸 混 液 中 に あ け る。 全 部 が 溶 け た 後 結

晶 が 析 出 して く る○C52.59, H3.39で C16H120、o(C

52.74,H3.3)に 相 当 し反 応 は次 の よ うに考 え られ る:

2C7H605十2CH20=C16H12010十2H20 (7)

カ ル ボ ン酸5部, "Methylen"6部 を HCI一 水(35:75)煮

沸 混 液 に添 加 して 出 て く る結 晶 はC50.3,H3.9でC16

H14011(C50.3, H3.7) に 相 当 し(7)式 の2H20が1

一36一

「熱 硬 化性 樹 脂 」Vol.7 No. 1(1986) (37)

H20に な っ て い る((7')式 とす る。 後述 追記 の項 参 照)。

ホ ル ム ア ル デ ヒ ドと ベ ン ゼ ン" Methylen" の 反 応 性

の 強 烈 さが Baeyer を炭 化 水 素 の 反 応 へ 誘 った ら しい 。

ベ ン ゼ ン とCH20の 反 応 で は,最 も簡単 な ジ フ ェ ニル メ

タ ンの生 成

(8)

が考 え られ るが,そ れ は 見 付 か らな か った 。260~2800

の溜 出物 は480を 少 し上 廻 る熔 融 点 を示 す 塊 で しか な い

の で あ っ た(ジ フ ェニ ル メ タ ン の沸 点 は2610, 融 点260;

Baeyer: B飢, 6, 963; Zincke:Aπ η., 159, 374参 照)。

ホ ル ムア ル デ ヒ ド とメ ジ チ レン ベ ン ゼ ンで は 反 応 が

複 雑 に な るの で メ ジ チ レ ン(Mesitylen,C6H3・(CH3)3

〔 1, 3, 5〕)を 反 応 させ た と ころ比 較 的 簡 単 に結 晶 を と る

こ とが 出 来 た 。C90.1, H9.4でClgH24(C90.5,H

9.5)に 相 当 し反 応 式 は

(9)

これ はCgH11…CH2…CgH11す な わ ち ジ メ ジ チ ル メ タ ン

に 他 な らな い 。 融点1300,62。 で結 晶 固化 す る。

ク ロ ラ ー ル とベ ンゼ ン64。 で融 け,常 温 で結 晶化 す

る物 質C14Hl1Cl3を 得 た○ 反 応 は

(10)

これ は(8)式 と同 じで あ る○ ク ロ ラ ール の 反 応 は ゆ るや か

で 定 量 的 に 進 むの で 芳 香 族 炭 化 水 素 との 反 応 を今 後 と も

進 め て ゆ く予 定 。 最 後 に 「す べ て の アル デ ヒ ドは適 当 な

条 件 で芳 香 族 炭 化 水 素 と反 応 す るが,樹 脂 化 が起 るた め

研 究 は 困難 を極 め る で あ ろ う」 と結 ん で い る○

以 上 で論 文 は終 り とな っ て い るが,棒 線 が 引 か れ 半頁

程 の追 記 が あ る:「 ホ ル ム ア ル デ ヒ ドと フ ェ ノ ール の 反

応 生 成 物 は今 の と ころ樹 脂 状 で しか な いが,恐 らく出 来

て い る と思 わ れ るザ リゲ ニ ンが 酸 で ザ リ レチ ン にな る こ

とは既 に知 られ て い る。 ピ ロガ ロルの 実 験 か らピ ロ ガ ロ

ル カ ル ボ ン酸 の反 応 を類 推 す る と

(11)

の よ うに ホル ムア ル デ ヒ ドが ア ル コー ル に な る の で あ ろ

う。 そ して この アル コー ル基 が次 に脱 水 縮 合 を起 し て新

た な 結 晶 性 物 質 とな るの で は あ るま い か○ この よ うな こ

とか ら以 上 の 実 験 は 次 の 1Phenol+1Aldehyd型 式 に統

一・され るで あ ろ う。

(7')

(1)

(2)

(7つ は ピ ロガ ロル カ ル ボ ン酸 とホ ル ム ア ル デ ヒ ド,(1)は

ピ ロ ガ ロル と Bittermandel61, (2)は ピ ロガ ロル とザ リチ

ル ア ル デ ヒ ド。」 当時 は実 験 材 料 が純 品 で は な い し,染 料

を 目標 に して い る た め無 機 酸 類 の 使 用 量 も極 め て 多 い 。

従 って分 析 結 果 か ら求 め る結 論 に未 だ し とい う点 が あ る

が,誠 に偉 大 な推 理 力 で有 機 化 学 の 完 成 に突 進 しつ つ あ

る 巨匠 の 面影 が読 め て胸 の ひ きし ま る思 いが す る。

3. Baeyer か ら Claisen ま で

(3-1)Baeyerの 豆報5b) はBerlin, Laboratoriurn der

Gewerbe-Akademie か ら出 され て お り, 1, 豆報 と も著

者 講 演 とな っ てい るが 皿 報5c) は最 早Strassburgか らと

な っ て い る。 Strassburg 着 任 の 翌1873年 の 夏 季 学 期 に

Ernil Jager, Edrnund ter Meer らの学 生 の 名 が 見 え

る4)○ これ ら門 下 生 の 指 導 テー マ に ア ル デ ヒ ド と フ ェノ

ー ル の問 題 が 与 え られ た の で あ ろ う。 明 か にBaeyerの

指 導 と思 え る短 か い論 文 が 次 々 に 発 表 され,皿 報 の追 記

に記 され た事 項 が 明確 にな って ゆ くの で あ る○

(3-2)E. Jager の論 文8)" ク ロ ラ ール とチ モ ー ル か

らの化 合 物"。 ク ロラ ー ル1mol,チ モ ー ル 〔3〕2mo1を

H2SO4で 縮 合,結 晶 性 物 質 を得 て分 析結 果 か ら 〔4〕 式

を与 え た ○ ア ル コー ル,エ ー テ ル,ア セ トン,メ タ ノ ー

ル に溶 け るが水 に不 溶 。 ア ル カ リに は低 温 で は不 溶,加

温 す るか濃 ア ル カ リを用 い る と黒 化 分 解 す る。 酢 酸 化,

ベ ン ゾイ ル化 の結 果OH基 は ア ル デ ヒ ド と反 応 し て い な

い よ うで あ る。 論 文 の 後半 は 〔4〕 にZn末 を反 応 させ

てCIを 除 去 す る実 験 が 書 か れ て い る。

〔3〕 〔4〕

(3-3)Edm .terMeerの 論 文9)" フ ェノ ー ル とア ル

デ ヒ ドか らの 化 合 物"はJagerの 論 文 に接 続 して い る。

ジ メ トキ シ ル フ ェ ニル メ タ ン ア ニ ソー ル609,``メ

チ ラ ー一ル" 159(2~3:1の 範 囲)を2809の 氷 酢 酸 に

溶 か し,更 にH2SO4369と 酢 酸289の 冷 混液 を加 え,

24時 間 放 置 後NaOHで 中 和,エ ー テル 抽 出 して分 別 蒸

溜 を行 う。 沸 点3600の もの か ら融 点52。 の 結 晶 を 分 離

し た が分 析 の結 果 この 反 応 を 〔5〕 の よ うに考 え た。

〔5〕

ジオ キシフェニル トリクロロエ タンJagerの 実験 を

追試 し融点2020の 結晶 を得,無 水酢酸 と反応 させて融点

1380の2酢 化物 を得 〔6〕式 を確認 した。

一37一

(38) 「熱 硬 化性 樹脂 」Vo1.7 No.1(1986)

〔6〕

Zn末 との反応で は融点280。(2酢 化物 の融点2130)の

化合物 〔7〕の生成 を認 めたo

〔7〕

(3-4r R. Fabinyiの 論 文10)"ジ フ ェ ノー ル エ タ ン"

はLab. der Akadernie der Wissenschaft in M直nchen

か ら出 され て い る。

Ter Meer以 後 フ ェ ノー ル とア ル デ ヒ ドの反 応 は 多 く

試 み られ た が樹 脂 ば か り出来 るの で良 い結 果 が得 られ な

か っ た 。Baeyerの す す め でFabinviが この研 究 を受 持

つ こ とに な っ た が,フ ェノ ー ル とパ ラア ル デ ヒ ドの 混 液

にZnC14を 滴 下 す る とい う方 法 で 融点122。 のDiphe-

nolathanの 結 晶 を採 る こ とに成 功,ベ ン ゾ イ ル化 し て融

点1520の ジ ベ ン ゾ イ ル化 合 物 を得 る こ とが 出来 た。〔8〕,

〔9〕 の反 応 式 が掲 げ られ て い る。

〔8〕

〔9〕

(3-5r A. Steinerの 論 文11)"Dithym01athan"は

Fabinyiの 論 文 に接 続 し て い る。 冒頭 の 脚 註 に"フ ェ ノ

ー ル縮 合 物 の名 称 を"y1"か ら"01"に 変 更 す る。 例 えぼ

DiphenylathanをDipheno1翫hanに 。 Diphenyl一 で は

2様 に解 され る恐 れ が あ るか ら。B。"と い うの が あ る。

この 論 文 はJagerが チ モ ー ル と ク ロ ラ ール の 反 応 を 行

った の に対 し ク ロラ ー ルの 代 りにパ ラ ア ル デ ヒ ド(CH3-

CH20rを 使 っ た もの で あ る。50部 の チ モ ール を10部 の

パ ラ ア ル デ ヒ ドに溶 か し,ク ロ ロ ホル ム とZnCl4(そ れ

ぞ れ 同 容 積)の 混 液 を冷 却 しつ つ 滴 下 す る。樹 脂 化激 し

く結 晶 の 採 取 に苦 心 し た。Dithymolathanの 融点185。,

C80.73,H9.27(C22H3002と し てC80.98,H9.20r。

Diacetyldithynnolathanの 融 点100。, C 76.19, H 8.42

(C26H3404と し てC76.09, H 8.2gr。 Dibenzoyldithyrno-

Iathanの 融 点1900, C 80.86, H 7.19(C36H3804と して

C80.90, H 7.12)。 Diathyldithyrnolatherの 融点72。,

C81.27,H10.28(C26H3802と し てC81.67,H9.94r。

ア ン ダ ー ラ イ ン し た化 学 名 が 章 名 にな って い る。 これ程

整 然 とOHの 反 応性 を調 べ た論 文 は今 迄 に 無 か った 。

不 思 議 な こと に化 学 式 が 全 然 出 て来 な いが,完 全 に 〔10〕

式 が 証 明 され た と考 え て よ い で あ ろ う。

〔10〕

(3-6r W. Trzcinskiの 論 文(1)12・)"芳 香 族 アル デ ヒ

ドと フ ェ ノー ル の反 応"。 この人 は ス イ スBernのM.

Nencki教 授 の 門 下 生 で 論 文 はBernか ら出 さ れ て い

る。Nencki(1847~1901rはBaeyerの 有 力 な協 力 者 で

医化 学 方面 に も造 詣 が深 か っ たが 早 世 し たの で 十分 そ の

名 を成 さな か っ た とい う4)。 この論 文 がBaeyerの 考 え

を証 明 し よ う と して い る理 由が わか る。

冒頭(2-4rに 紹介 したBaeyer皿 報 の 追 記 を次 の よ う

に説 明 して い る:「Baeyerと そ の 門 下 生 に よ る フ ェ ノー

ル,芳 香 族 炭 化 水 素 とア ル デ ヒ ドの 縮 合 反 応 に 関 す る著

名 な研 究 は,脂 肪 族 ア ル デ ヒ ド(メ チ ラ ー ル,エ チル ァ

ル デ ヒ ド,ク ロラ ー ルrな らば1mol,芳 香 族 アル デ ヒ

ド(Bittermande161,ザ リチ ル ア ル デ ヒ ドrな らば2mo1

が フ ェノ ー一ル類 の2molと 反 応 して水1分 子 が とれ る と

い う こ とを 明 か に し た。Bittermande161と フ ェ ノー ル

(狭 義rを 例 に とる な らば,ま ず 次 の 反 応 が起 り

C6H5・CH(OH)C6H4(OHr=C7H60十C6H60 C11〕

第2段 に この 生 成 物2分 子 か ら1分 子 の水 が失 わ れ る の

で あ る((2-3rの(5)式 参 照)。

TrzcinskiはLibermanら(Bθ 筑, 9,800(1876r; 11,

1436(1878rrが ザ リチ ル ア ル デ ヒ ドと フ ェノ ー一ル の反

応 でBaeyerの 予 想通 りに は な らな い と報 告 して い る の

で,ρ 一オ キ シベ ンザ ル デ ヒ ドとβ一ナ フ トー ル を濃iH2SO4

で縮 合 させ る反 応 を行 った 。 そ の結 果C34H1703(SO3Hr3

と い う硫 酸 基 が3個 入 った化 合 物 を得,こ れ をMilin0-

intrisulfonsaureと 名 づ け そ のK, Ca, Ba塩 を作 り分 析

し て何 れ もよ く計算 値 に一 致 す る こ と を 認 め た。 計 算

上,硫 酸 基 を除 い たC34H2003に つ い て考 え る と全 反 応

2C7H6O2十2CloH80十 〇=C34H2003十4H20 〔12〕

とな り,こ れ をBaeyerの 方 式 で説 明 し よ うと し て い る

が 例 外 事 項 が 増 え,却 って複 雑 に な るの で こ こ で は 省

く。

(3-7r W.Trzcinskiの 論 文(2)12b)"β 一ナ フ トー ル と

ベ ンザ ル デ ヒ ドの 縮 合 反 応"。3部 の β一ナ フ トー ル,

1.5部 の ベ ンザ ル デ ヒ ドを1.5部 の ア ル コー ル に溶 か し

1部 の 濃H2SO4を 除 々 に加 え,析 出 して くる物 質 を ベ

ン ゼ ン で4,5回 再結 晶 す る。融 点190~191。 で分 析 結 果

はC68H46O3で アル コー ル,エ ー テ ル,水 性 一,ア ル コ ー

ル性-ア ル カ リに は加 熱 して も溶 け な い。 従 っ てOHは

な い らし い。H2SO4と 加 熱 す る とMelinointrisulfonsaure

様 の もの にな り,HNO3で はC34H17(NO2)702と な っ

た。

Baeyerが ベ ンザ ル デ ヒ ドと反 応 させ た ナ フ トー ル は

αか βか 不 明 で あ るが((2-4r項 参 照r,実 験 した と ころ

一38一

「熱 硬 化 性 樹 脂 」Vol.7 No.1(1986r (39)

β よ りαの 方 が 樹 脂 化 し易 い こ と を知 った 。彼 の得 た も

の はC34H26O3と い う こ とで この場 合 とは大 分 開 きが あ

る。本 反 応 は

4CloH80十4C7H60・=C68H4603十5H20 〔13α 〕

とな るが,こ れ に は2つ の段 階 が あ り,ま ず

2CloH80十2C7H60=C34H2402十2H20 〔13の

が起 る。 生 成 物 は 上記 ニ トロ化合 物 の組 成 に等 しい 。次

C34H2402+C34H2402=C68H4603+H20 〔13e〕

とな るの で あろ う。 何 れ に して も β一ナ フ トー ル と ベ ン

ザ ル デ ヒ ドの 反 応 はBaeyerの 実験, Michaelの レゾ ル

シ ンの 実 験(次 の(3-8r項 参 照r, TrzcinskiのMelinoin

生 成 反 応 等 が 示 す よ うに 両 成 分 の 等mo1か ら 記分 子 の

H20が 離 脱 して進 ん で ゆ く との結 論 に達 し た。

(3-8)A.Michael, J. P. Ryderの 論 文13)"ア ル デ

ヒ ドの フ ェノ ー ルへ の 作 用 に関 す る知 見"。 以 上6編 の

論 文 はBaeyer教 室 に関 わ りの 深 い人 達 の も の で あ る

が,こ の1886年 に発 表 され たArthur Michae1の 論 文 は

ア メ リカ産 なの で あ る。Michae1(1853~1942rは"Mi-

chael Reaction"14)(Z P「r説渉. Chmz.,35,349(1887)r

の 発 見 者 で 若 い時 は ヨ ー ロ ッパ で 修 業 し,Bunsen, Hof-

mann, Wurtz, Mendelejeff等 の 大 家 に 師 事 した 。 この

論 文 はTufts College, College Hill, Mass., USAか ら

提 出 され て い る。 約2頁 の 論 文 は,Am沈m Chθm.

Jbz〃 η"zZ,5,338~353(1883~84rに 発 表 した``On the

Action of Aldehydes on Phen01s"と い う16頁 に亘 る論

文 の 要 約 で あ る。 その 論 文 はた だ機 械 的 に1と 豆に 分 割

され,1はMichaelの 単 独 名,豆 はA. M. Com-eyと

の共 著 で"Action of Ethylaldehyde on Orcin and Re-

sorcin"お よ び"Acti0n of Chloralhydrate on Resorcin"

の2章 か ら成 っ て い るが こ こ で はBθ 沈htθ 誌 の 論 文 を

紹 介 す る。

Baeyerに よ り発 見 され た反 応 は 脱 水 剤 に よ っ て 起 る

よ うに思 わ れ て い るが,実 験 の 結 果 は極 め て少 量 の 鉱 酸

に よ っ て も引 起 され,出 来 た樹 脂 の 種 類 に よ っ ては 鉱 酸

の 作 用 で結 晶 に変 じ る もの もあ る こ とが わか った 。 天 然

の 植 物 界 に見 られ る天 然 樹 脂 の 場 合 に似 てい る。 ベ ンザ

ル デ ヒ ドと レゾ ル シ ン で得 た樹 脂 と結 晶 はC26H2004の

組 成 を持 ち次 の 反 応 に よ る もの と思 われ る:

2C6H5・CHO十2C6H602=C26H2。O4十2H20 〔14〕

BaeyerがBittermandel61と ピ ロ ガ ロル か ら得 た もの は

C26H2207と い うが,著 者 らの 結 果 か ら判 断 す る とそ れ は

C26H20。6で は な い か と思 わ れ る(〔14〕 のC6H602の 代 り

に ピ ロ ガ ロ ルのC6H603を 入 れ て計 算r。 そ こでBaeyer

の 実 験 を 追 試 し た と ころ や は りC26H2006,酢 化 物C26

H14O6(COCH3r6と な っ た。 従 っ て ザ リチル ア ル デ ヒ ド

と ピ ロガ ロル か らの生 成 物 はC26H2oO8, Bittermande161

とナ フ トー ル の そ れ はC34H2402で な けれ ば な ら な い

((2-4rの(1),(2)式 のH20が2H20に な る)。

フ ェ ノー ル類 の ベ ンザ ル デ ヒ ドに対 す る反 応 性 は,α

と βの ナ フ トー ル,オ ル チ ン,フ ェノ ー ル,ヒ ド ロキ ノ

ンは 比 較 的 反 応 し易 い が そ の 反面 生 成 樹 脂 は結 晶化 し難

い 。 ユ ーゲ ノル(HO・C6H3(OCH3)・CH2CH=CH2 (1,

2,3rrは い く らHC1を 加 え て も反 応 しな い。 レゾ ル シ

ンの 優 れ た 反 応 性 は ア ル デ ヒ ドの 検 出反 応 と して 役 立

つ:「 数 滴 の サ ン フ。ル 液 に レ ゾル シ ンの アル コー ル液 と

痕 跡 程 度 のHC1を 加 え1分 間 煮 沸 した 後,水 申 に あ け

る と ア ル デ ヒ ドが 在 る場 合 は沈 澱 が 出 る。 ケ トン類 が あ

っ て も反 応 しな い か ら ヒ ドロキ シ ラ ミンや フ ェ ニル ヒ ド

ラ ジ ン法 よ り優 れ て い る。」

終 りに抱 水 ク ロ ラ ール と レ ゾル シ ン,オ ル シ ン との 反

応 につ い て記 し てい る。 前 者 か らはC8H603の 物 質 を得

たが 酸 化 され 易 い の で 後 者 の 針 状結 晶 性 物質 を先 に検 討

し た。 組 成 はC23H2408で 生成 反応 は

〔15〕

と考 え られ,無 水 酢 酸 で 融 点185。 の 酢 化 物 とな る:

〔15α〕

レゾ ル シ ンの 場 合 も酢 化 物 は 〔C6H3(OCOCH3r2〕3C…C

HO様 の もの が 得 られ た 。

Bθ万c玩6誌 上 の論 文 は大 体 この 程 度 で 終 って い るが,

英 文 の 論 文 で は 触 媒 量,触 媒 種(有 機 酸 も含 むr,反 応

温 度 等 の影 響 を詳 し く,そ れ も表 を使 わ ず 説 明 し て い

る。Baeyerの 実 験 を再 検 討 し そ の分 析結 果 を 自説 の 式

で計 算 し直 し た りし て い る所 は,Michae1が 後 に理 論 有

機 化 学 者 と 目 され る に至 った 資 質 を示 して い る。

4. ClaisenとClaus撃 論 文

(4-1r 1887年 のL. Claisenの 論 文 ・5)"`フ ェノ ー ル,

芳 香 族 ア ミン と アル デ ヒ ドの縮 合 に つ て"。A. R. Sur.

rey14)はRainer Ludwig Claisen(1851~1930)の 名 称 を

持 った 反応 を3つ 掲 げ て い る:"Claisen Condensation"

(ア セ ト酢 酸 の合 成r,"Claisen Rearrangement"(本 論

に 関係 あ り,後 述r,"Claisen-Schmidt Condensation"

(ア ル デ ヒ ドとケ トン類 の反 応r。 そ してavery skillfUI

- 39 -

(40) 「熱 硬 化性 樹 脂」Vo1. 7No. 1(1986)

and prolific chernist との 讃 辞 を贈 って い る。 Keku16,

W6hler らに 師 事 した 後,1886年M誼 nchen の Baeyer

門下 生 とな った ○1890年 Aachen の TechnischeHoch-

schule, 次 でKie1大 学 を経 て Berlin 大 学 に行 く○ そ れ

は か の Ernil Fischer と一 所 に仕 事 をす る た め だ っ た と

い うが,1905年Berlin大 学 の名 誉 教 授 に任 ぜ られ た後,

1907年 ライ ン河 畔 Godesberg に 個 人 研 究 室 を開 き残 す

るま で有 機 化 学 の研 究 に従 事 した とい う。

さて このL∫6玩9∫Aη ηαZθπに 出 た論 文 の受 理 日は!886

年11月20日 で,次 に 述 べ る2つ の 論 文 よ り早 く 受 理 さ

れ た が 出版 が 最 後 に な っ た こ とに 問 題 が あ る○ 序 文 は

Baeyer教 室 の仕 事 の紹 介 か らは じま る:「Baeyer の 最

初 の 仕 事 は 暫 ら く中止 され て い た が, Jager, terMeer,

Fabinyi, Steiner らの 門 下生 に よ り続 行 され,フ ェノ ー

ル,チ モ ー ル とア ル デ ヒ ド,ク ロ ラー ル とい っ アこ簡 単 な

場 合 に は 2mo1 の フ ェ ノー ル と 1rno1 の ア ル デ ヒ ドか ら

〔16〕 の よ うな 縮 合 物 が 出来 る こ とが わ か った ○

〔16〕 〔17〕

これ は Otto Fischer (Baeyer門 下)が ベ ンザ ル デ ヒ ド

と ア ニ リン を反 応 させ て 〔17〕 を得 た こ と と軌 を一 にす

る(こ こで は 以 下 ア ミン系 化 合 物 の 問題 は省 略 す る。 な

お Claisen, Clausら は 〔16〕,〔17〕 の よ うに結 合 手 を

点 線 で な く実 線 で 書 い て い る)。 最 近 Michae1 が か な り

詳 し く この 問題 を研 究 した が結 論 は上 記 と異 な り, 1rnol

の フ ェ ノ ー ル と 1mol の アル デ ヒ ドが 反 応 す る とい う。

Trzcinski はベ ンザ ル デ ヒ ドと β一ナ フ トー ル の 反応 を行

い 〔13〕 の よ うな 反 応 が起 る と考 え た 。」

Claisen は 〔16〕 式 を Baeyer 門 下 生 が 確 認 した縮 合

方 式 と し,フ ェノ ー ル に よ って は アル デ ヒ ドと1:1の

結 合 をす る第2の 方 式 が あ る と した 。 後 者 は まだ 不 明 な

の で彼 は β一ナ フ トー ル につ い て この 問 題 を 追及 す る こ

とに し た の で あ る○ しか し結 果 は Trzcinski と異 な り,

〔16〕 の 縮 合 方 式 は確 認 出来 た が,第2の 反 応 につ い て

の知 見 は得 られ な か っ た。 そ の代 り第1の 反 応 につ い て

非 常 に興 味 あ る事 実 を発 見 した の で そ の こ とを報 告 す る

と書 い て い る。 こ こで歴 史的 に重 要 な こ とは,未 だ 「フ

ェ ノー ル に よ って は 」 とい う曖 昧 な言 葉 が つ い て は い る

が, (1aldehyde+2phenol-H20) か ら 〔16〕 式 が 生

まれ る とい う縮 合 方 式 が Claisen に よっ て認 知 され た こ

とで あろ う。

要 約 を続 け る:「 アル デ ヒ ド(R・CHO) と β一ナ フ ト

ール は,は じ め ア セ タ ー ル 〔18α 〕 を作 り,次 に ア ル デ ヒ

ドが 転 位 し て核 と結 合 (Wandelung des Aldehydrestes

indieKern), 〔16〕 と同形 の もの(〔18む 〕)と な り,

更 に無 水 物 〔18¢〕 を作 る。

〔18α 〕 〔18ゐ〕 〔18c〕

この際OH基 のHは 最初 にアル デヒ ドと接触 す るので極

めて重要 な役割 をす る。それはOHを エーテルやエステ

ル化 した ものが反応性 を失 うことか ら容易 に 理 解 出 来

る。 〔18e〕 の無水物化は フェノール,チ モール,α サ

フ トールでは起 らず,β 一ナフ トール特有の現 象であって

〔1の の よ うにOHのo一 位 にアル デヒ ドが結合 す るた

め と思 われ る。」原報 には 〔19ゐ〕だけ しか 書 いて ない

が,〔18〕 式 が化学構造式 として書かれたのは これがは

じめてであろ う。

〔19α 〕 〔19b〕

〔13〕

この論 文 の 「実験 の部 」 は独 立 して書 か れ てい な い の

で 掴 み 難 い が要 点 だ け を記 す:「 β一ナ フ トー ル7.2部,

ベ ンザ ル デ ヒ ド5.3部 を30部 の氷 酢 に 溶 か し,冷 却 し

つ つ2部 のHCIを 加 え低 温 で2,3日 放 置 す る。 全 体 が

結 晶 化 す るの でCS2で 融 点 が203~2050に な る まで 洗

う。 そ の 分 析結 果 はC27H2・02,す な わ ち 〔18α〕(R=

C6H5)。 速 か に 昇温 す る と融 点204~2050を 示 す が,緩 か

に加 温 す る と少 し低 くな る。 ア ル カ リ不 溶 で あ る こ とは

〔18む 〕 で な い こ とを示 す 。2100に 加 熱 す る と 〔18c〕

にな っ て し ま う○

ア セ タル デ ヒ ドの 場合 。 ナ フ トー ル とパ ラ ア ル デ ヒ ド

を氷 酢 申2000に 加 熱 す る と融 点173。 の無 水 物(〔180〕 の

R=CH3)が 出来 る。 湯 浴 程 度 に 加 温 す る とア セ タ ー一ル

(〔18α 〕 のR=CH3)が 出 来,融 点200~201。 を示 す 。

この もの はベ ンザ ル デ ヒ ドの アセ ター ル よ り遙 か に安 定

で あ る。」

この論 文 に は 〔18α 〕→ 〔18旬 の転 位 反応 の記 録 が な

い が,〔19b〕 が 出来 る こ とで 〔19α 〕 の生 成 は 当然 あ

る もの と考 え て い る よ うで あ る○ な お この論 文 に は重 要

な注 記 が あ る:「Michael の ベ ンザ ル デ ヒ ドと レ ゾル シ

ンの 反 応 式

〔14〕

に お い て C26H2004 は C78.79, H5.05で あ るが これ

を 〔20〕 の よ うに考 え た ClgH1403の 組 成 もC78・62・

一40一

「熱 硬 化 性 樹 脂 」Vol. 7No. 1(1986) (41)

〔20〕

H4.83で 両 者 区 別 が つ か な い 。 ナ フ トー ル の結 果 か ら

見 て この 方 が統 一 的 で あ るま い か 。」とい うの で あ る。 殆

ど同 年 の 有 為 な 少 壮有 機 化 学者 が何 とか して この反 応 の

一 般 則 を求 め よ う と して い る姿 が 目に浮 ぶ。

(4-2)Ad. Claus, E.Trainer の論 文16)"ア ル コ ー

ル,フ ェ ノー ル類 とア ル デ ヒ ドの混 合 液 に塩 酸 ガ ス を通

じて 起 る反 応"。Claisenは 何 も知 らな い で上 記 の論 文 を

1886年 の11月20日 に投 稿 した の で あ っ た が,同 じ月 の24

日にB爾c玩 θ 誌 に 受 理 され た このClausら の論 文 が年

内 に発 表 され て しま った ら しい 。題 名 が示 す よ うに発 想

は 少 し違 う けれ ど内 容 は 全 く重 な っ て しま っ た 。Adolf

Claus(1840~1900)と い う人 は Michae1 や Claus よ り

約10才 年 長 で Kolbe, W6hler らに 学 び, Freiburg 大 の

教 授 に な った人 ○ キ ノ リン誘 導体,ケ トン類 に 関す る研

究 を行 った が,彼 の 名 が 化 学 史 に残 っ た の は1867年 頃提

案 した" Claus の 対 角 線 式 ベ ン ゼ ン構造"の た め で あ る。

以 下 この論 文 を説 明 す る。

Wurtz, Frapolli (Aη η.α θ〃z.1) 加r窺., 108, 226)

は1容 の ア セ タ ル デ ヒ ドと2容 の エ タ ノ ー ル の 混 液 に

HCIガ ス を 吹 込 み α一ク ロル エ ー テ ル (CH3CHC1・0・

CH2CH3)を 合成, そ れ にNa一 エ チ ル ア ル コ ラー トを反

応 させ て ア セ ター ル(CH3CH=(OCH2CH3)2)を 得 た 。

Claus らは ア セ タル デ ヒ ドに エ チ ル以 外 の ア ル コー ル を

用 い,C1を 含 む混 成 工 一 テル(例 えば CH3CHCI・0・CH3)

を合成 し よ う と思 い,ま ず メ タ ノー ル に つ い て実 験 した

と ころ最 初 か らア セ ター ル(〔21〕 のR1=R2=CH3) が

出 来 て しま った 。

〔21〕

そ こで この 反応 の機 作 を調 べ るた め,メ タ ノ ー ル反 応 後,

例 え ばNa一 ア ミル ア ル コ ラー トを反 応 させ て メ チ ル ・ア

ミル混 成 ア セ タ ー ル を合 成 し,各 成 分 の収 量 の比 較 を行

っ た 。記 録 され て い るア セ タ ー ル とそ の沸 点(括 孤 内):

R1=R2=CH3(63~66Q); R1=R2=C2H5(104。); R1=

CH3,R2=ゴ ーC4Hg(125~1300); R1=C2H5,R2=歪 一C4Hg

(1550); R1=C2H5, R2=ゴ ーC5H11(1650); R1=R2=ゴ ー

C5H・ ・(209~211。)。R1+R2の 大 き さの 順 に 沸 点 が 上 昇

して い る。 こ こで は 脂 肪 族 ア ル コ ー ル類 はWurtzら の

反 応 条 件 で ア セ タ ー ル を作 る と い う結 論 だ けが 重 要 な の

で あ る。

次 に フ ェノ ー ル と ナ フ トー ルの 反 応 に 入 る○ アセ タル

デ ヒ ド とフ ェノ ー ルの 反 応 は激 し く,し ば しば 爆 発 的 に

進 む の で1mo1ア ル デ ヒ ド:2molフ ェ ノー ル を少 し多

い め の エ ー テ ル に溶 か し 十 分 冷 却 しつ っHCIガ ス を吹

込 む 。反 応 後 蒸 気 蒸 溜 で フ ェノ ー ル を追 出す が 生 成 物 は

樹 脂状 で あ る。 この新 化 合 物 は水,ベ ン ゼ ン,石 油 工 一

テ ル に不 溶,ア ル コ ー ル,エ ー テル,ク ロ ロ ホル ム,氷

酢 酸,ア セ ト ンに易 溶 で あ るが,ど の 溶 剤 か ら も結 晶 状

に は 得 られ な い。 ア ル カ リ水 溶 液 に溶 け稀 酸 を加 え る と

白 色 ま た は淡 紅 色 の沈 澱 とな っ て析 出す る。 水 と エ ー テ

ル で精 製 した もの の分 析 結 果 はC77. 96, H6. 68 でC、4

H1402(〔16〕 式 のR=CH3)のC78。5, H6.5に 一致

す る。 これ らの性 質 は ア セ タ ー ル で はな く,ア ル デ ヒ ド

の 酸 素 と2個 の フ ェノ ー ル核 の水 素 か ら水 が とれ,水 酸

基 が残 った ま ま の構 造 と思 わ れ る。 よ っ て我 々 は これ を

Athylidendipheno1 と呼 ぶ こ とに した 。

加 里 を加 え て も赤 紫色 を呈 さな い Athylidendipheno1

は フ ェ ノー ル染 料 で は な い。 Baeyer が H2SO4 (HCI?),

フ ェ ノー ル,ア ル デ ヒ ドか ら得 た染 料 と は無 関 係 の もの

で あ る。彼 が 主生 成 物 と考 え た染 料 は この反 応 の本 質 的

な もの で は な く, Athylidendiphenol の 副 産 物 に 過 ぎな

い と思 わ れ る。

α一ナ フ トー ル は フ ェ ノー ル と 全 く同 じ く Athyliden一

α一Naphtho1 (〔18b〕 のR=CH3)を 与 え るが β一ナ フ ト

ー ル は ア セ タ ー ル(〔18α 〕 のR=CH3)を 作 る。 後 者 は

融 点162~1630で ア ル カ リと煮 て も溶 けな い 。 分 析 結 果

はC83. 77, H5.86で C2H4(OCloH7)2 の C84. 04,

H5.73 に一 致 す る。 アル カ リ易 溶 の α一ナ フ トー ルの 場

合 の分 析 値 はC84.22, H5. 66。 こ う した結 果 は,α 一ナ

フ トー ル や フ ェノ ー ル は β一ナ フ トー ルや 脂 肪 族 ア ル コ

ー ル と異 な りア セ タ ー ル を作 らな い こ とを 示 す。 α一と

β一ナ フ トー ル が 何 故 反 応 性 が 異 な るか とい う 原 因 は,

Clausが 以前 か ら主 張 して い る ナ フ タ リン核 の 非 対 称 性,

す な わ ち片 方 の ベ ンゼ ン核 が Claus の 対 角 線 式 ベ ン ゼ ン

構 造 〔22α 〕に な って い るか らで あ る。

〔22α 〕 〔22b〕

ここで論文 は終 る。最後の ところは大変簡単 に書いて

あるの でよくわか らない。筆 者の手元 にあ るW. H五ck-

e118)の名著で足 らない点 を補 ってお きたい。 まず ナ フ ト

ールの式 は 〔23〕 のよ うに αとβを区別す る。

H直 cke1 はナ フタリンの水素添加 について Claus の考 え

が支持 され ることを述 べてい るが,上 記論文の結 論で あ

一41一

(42) 「熱 硬 化 性 樹 脂 」Vol.7 N0.1(1986r

〔23α 〕

α一ナ フ トー ル

〔236〕

β-ナフ トー ル

〔23c〕

フ ェ ノー ル

る α-ナ フ トー ル と フ ェ ノー ル の反 応 の類 似 性 は 〔23α 〕

と 〔230〕 を比 較 す る こ と に よ り理 解 され る し,〔23α 〕

と 〔23む 〕を比 較 す る こ とに よ りそ れ ら と β一ナ フ トー ル

の 性 質 の 違 い を 区別 す る こ とが 出来 る。Hhcke1の 註 記

に 〔22み 〕の ナ フ タ リン式 はLaubenheimerの 教 科 書 に

Bamberger(孟m.,257,49(1890)rの 文 か ら引 用 し

た とし て載 っ て い る もの だ が,Clausは 別 の 式 を提 出 した

筈 と書 い て あ る。 そ れ は恐 ら く 〔22α 〕の こ と で あ ろ う。

Clausら の 文 に は ナ フ タ リンの 式 が 出 て い て ナ フ トー

ルの 式 が無 い の で理 解 し難 い。1890年Berlinで ベ ン ゼ

ン構 造 式25年 祭 が 行 わ れ た時,Baeyerが 記 念 講 演 を し

た。 そ の 際 「Ladenburgの プ リズ ム式 を論 破 す るBaeyer

は闘 将 の よ うに勇 ま し く見 え た が,対 角 線 式 に至 る に及

ぶ や往 々 に して苦 戦 の態 を免 れ な か っ た」 と批 評 す る人

が い た 由 で あ る17)。 前 出H茸ckelの 註 記 は更 に 「L. Paul-

ing(ヱA御. Ch6吻. Soo.,48,1140(1926)rのBohr

理 論 に立 脚 した ベ ンゼ ン,ナ フ タ リ ン,ア ン トラセ ン等

のElektronenformelnはClausの 式 に近 い もの で あ る」

と記 して い る。

(4-3)Claisenの 論 文19)"フ ェ ノー ル に 対 す るア ル

デ ヒ ドの 作 用"(4-1rに 紹 介 した 論 文 を.4朋 αZm誌 に

投 稿 し て 出版 を待 っ て い る時 にClaus, Trainerの 論 文

が 出 た の でClaisenが 慌 て た の も無 理 は な い 。 これ は そ

の 年 の12月30日.Bθ 万o玩 θ 誌 受 理,1886年19巻 に や っ と

載 ったClausら に対 す る反 論 的 論 文 で あ る。 資 料 に よれ

ばClausと い う人 は筆 が た ち批 評 文 な ど を書 い た そ うで

あ るが,(4-2rの 論 文 の書 き方 は 余 り上 手 と は 云 えな

い。Wurtzら の 実 験 を拡 張 し よ う と した の か, Clausの

ナ フタ リ ン構 造 論 を証 明 しよ う と した の か は っ き りし な

い の で あ る。 後者 に重 点 を置 い て い るの で は な い か と思

わ れ るの は,合 成 実 験 に して はClaisenが 皮 肉 っ て い る

よ うに 余 りに も文 献 を無 視 して い る し実験 も少 々粗 雑 な

よ うで あ る。 以 下Claisenσ)反 論 を要 約 す るが,(4-2)

の ア ン ダ ー ライ ン を した 部 分 に 御 注 意願 い た い 。

冒 頭 のClausら の 論 文 の 紹 介 はClaus以 上 に よ く出来

て い る:「 本 誌 の 前 号 でClaus, Trainerら は フ ェノ ー ル

の アル デ ヒ ドに 対 す る異 った 作 用 に つ き報 告 し,フ ェ ノ

ー ル と α一ナ フ トー ル は ア セ タル デ ヒ ドと 通 常 の 縮 合 を

してC2H4(C6H4・OHr2, C2H4(CloH6・OHr2等 を生 成 す

るが,β 一ナ フ トー一ル は アセ タ ー一ルC2H4(OCloH7r2を 生

成 す る。 即 ち αサ フ トー ル は フ ェ ノー一ル と同 じ芳 香 族

性 を示 す が β一ナ フ トー ル は脂 肪 族 アル コー ル 性 を示 す

と考 え,か ね てか らClausが 主 張 して い る ナ フ タ リン族

の非 対 称 構 造 に結 びつ け よ うと した 。 芳香 族 性 は対 角線

的 結 合 で こそ説 明 出 来 る が 閉 形 六 角 環(geschlossene

Ringformrで は 説 明 出来 な い とい う説 で あ る。」 これ か

らい きな り反 論 に入 る。

(ir まずAthylidendiphenolに つ い て。 こ れ は8

年 前 に 当研 究 室 のFabinyiが 合 成 し,本 誌 上 でDiphe-

nolaethanと 命 名 され た もの で あ る((3-4r参 照r。 Claus

らが黄 灰 色 の樹 脂 と記 し て い る この 物 質 は融 点122Qの 葉

状 結 晶 な の で あ る。 註 記 に 関 連 文 献 と してJager, ter

Meer, Steinerら,少 し新 ら しい と ころ でMiche1, Trz-

cinski, Bourquinら の名 を挙 げ て い る。

(ii) ア ル デ ヒ ド とナ フ トー ル の反 応 は著 者 が 長 い 間

研 究 して い て 目下 ・4ηmαZm誌 に投 稿 中,多 分 来 月 出版

され る と思 う。 α一ナ フ トー ル の反 応 は 平 凡 な も の で

生 成 物 はD6bner(-B砿, 12, 1464)のBenzaldiphenol

(〔16〕 のR=C6H5rと 似 た性 質 を持 つ の で 当然 化 学 構

造 も似 て い る と思 う。

(iii)β-ナ フ トー ル の 場 合,最 初 の生 成 物 は ア ル カ リ

不 溶 の アセ ター ル(Benzalglyc01dinaphtylaceta1)(〔18α 〕

のR=C6H5)で これ は不 安 定 な 物 質 で あ る。氷 酢 酸 に溶

か し数 滴 のHC1を 加 え 湯 浴加 熱 す る とア ル デ ヒ ドが転

位 して ナ フ タ リ ン核 に結 合 し(〔186〕 のR=C6H5r,更

に 脱 水 が 行 わ れ てBenzaldinaphtvloxyd(〔18e〕 のR=

C6H5rに な って し ま う。 アセ タル デ ヒ ドで も同 じ よ うに

反 応 が 進 むが,ア セ ター ル の融 点 は200~2010,無 水 物

(〔18e〕 のR=CH3)の そ れ は173。 でClausら が162~

1630と い うアセ タ ール は見 つ か らな か った 。

(ivr無 水 物 生 成 につ い て の α と βの違 い は ナ フ タ リ

ン核 の構 造 に よ る もの でな く,前 者 で はOHの ρ一位 に,

後 者 で はo一 位 に ア ル デ ヒ ドが 反 応 す るた めで あ る。

(vr生 成 物 が ア セ タ ー ル にな るか,ジ フ ェ ノ ール に

な るか の相 違 は フ ェノ ー ルi類の 構 造 に よ る も の で は な

く,は じめ はす べ て ア セ タ ー ル にな るが そ の 安 定 性 の 大

小 に よ り転 位 速 度 が異 る と解 す べ きで あ る。

以 上 で 反論 の紹 介 を終 る。 ア ン ダ ー ラ イ ン を し た部 分

は 。AηmαZm((4-1rrに 出 て い な い個 所 で あ る。 Claus

の 「Baeyerは 副 生 成 物 と主 生 成 物 を 取 り違 え て い る」

とい う少 々 ひ どい と思 わ れ る皮 肉 に 関 しClaisenは 一 言

も触 れ てい な い 。ClaisenのM茸nchen留 学 は この発 表

を し た1886年 か ら1890年 の4年 間 で あ る。 着 任 間 もな く

の こと で余 りBaeyer門 下生 意識 が な か っ た の か,あ る

い はBaeyerとClausの 間 が ベ ンゼ ン環 の構 造 を中心 に

- 42 -

「熱 硬 化 性 樹 脂 」Vol. 7No. 1(1986) (43)

うま く行 か な か っ た の か等 余計 な こ とを考 え乍 らClaus

の 反論 が見 当 らな い こ と を残 念 に思 う。Claisenの 反 論

(v)は 難 しい 問 題 で あ って 後年Claisen自 身 考 え を変 え

た し,ア セ ター一ル説 を取入 れ たBaekeland-Bender説 の

根 本 問題 に もな るの で あ る。

引 用 文 献

1) 鶴 田 四 郎:本 誌, 6, 179(1985).

2) E. Ziegler, I. Simmler : Ber., 74, 1871 (1941).

3) L. H. Baekeland , H. L. Bender : Ind. Eng. Chem.,

17, 225 (1925).

4) 桑 田 智:"ア ドル フ ・フ オン ・バ イ ヤ ー"広 川 書

店(1955).

5) A. v. Baeyer : (a) Ber., 5, 25 (1872) ; (b) ibid.

280 ; (c) ibid., 1094.

6) R. Wegler : Angew. Chem., 60, 88 (1948). これ

には Baeyer : Ber., 6, 223 (1873) ; ibid., 7, 1190

(1874)が 加 え られ て い る。

7) J. F. Walker (山 本 為 親 訳): "ホ ル ムア ル デ ヒ ド"

棋 書 店 (1953).

8) E. Jager : Ber. , 7 , 1197 (1874).

9) Edm. ter Meer : ibid., 7, 1200 (1874).

10) R. Fabinyi : ibid., 11, 283 (1878).

11) A. Steiner : ibid., 287.

12) W. Trzcinski : (a) ibid., 16, 2835 (1883) ; (b)ibid.,

17, 499 (1884).

13) A. Michael, J. P. Ryder : ibid., 19, 1388 (1886).

14) A. R. Surrey : "Name Reactions in Organic Che-

mistry" Academic Press, N. Y. (1954).

15) L. Claisen : Ann., 237, 261 (1887).

16) Ad. Claus, E. Trainer : Ber., 19, 3004 (1886).

17) 山岡 望:" 化 学 史 談(V) ベ ンゼ ン祭"内 田老 鶴 圃

新 社二(1968)p. 38.

18) W. nickel: "Theoretische Grundlagen Der Orga-

nischen Chemie" Akad. Verlag, Leipzig (1940)

Bd. I. s. 475.

19) L. Claisen : Ber., 19, 3316 (1886).

(Review)

Hypothetical Theory of Baekeland-Bender and Its Background ( 1 )

Shiro TSURUTA*

* Hitachi Chemical Co. Ltd.,

(2-1-1, Nishi-shinjuku, Shinjuku-ku, Tokyo, 163, Japan)

Synopsis

In 1925 in their famous article "Phenol Resins and Resinoids", L . H. Baekeland and H. L. Bender

published an opinion that aldehyde reacts with phenol first for forming acetal, which then rearranges to dioxydiphenylmethane. In spite of their enthusiastic investigation of 68 literatures and their own experi -

ments, their opinion has often been forgotten by many phenolic resin chemists . So it would be very important to-day to study the background of their opinion by re-examining of the historical literatures

and their own article. In the present paper the articles, pulished during 1872-1887 , by A. v. Baeyer, E. Jager, ter Meer, R. Fabinyi, A. Steiner, W. Trzcinski , A. Michael, L. Claisen and A. Claus are abstracted and subjected to discussion.

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