2011 年図書館国際セミナー 「進化する学術情報環境と図書館の … · ― 33...

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情報の科学と技術 62 1 号,3339201233 投稿記事 UDC 02000.000000.000 2011 年図書館国際セミナー 「進化する学術情報環境と図書館の未来」 Rush G. Miller 1 Brian E.C. Shottlaender 2 Jay Jordan 3 ,平原 禎子 4 ,廣瀬 絵里子 5 編訳 紀伊國屋書店では,2007 年より毎年海外から講師を招致し,大学図書館経営層の方々を対象とした国際ラウンドテーブルを開催してい る。5 回目となる 2011 年はその規模を拡大し,OCLC との共催で,広く図書館関係者に向けたセミナーを催すこととなった。ピッツバー グ大学図書館長の Rush G. Miller 氏,カリフォルニア大学サンディエゴ校図書館長の Brian E.C. Shottlaender 氏,そして OCLC 会長兼 CEO Jay Jordan 氏を講師にお迎えし,早稲田大学図書館の後援を得て,同大学大隈記念講堂にて講師 3 名の講演およびパネルディスカッ ションが行われた。本稿は,講師 3 名の講演内容をそれぞれ和訳し要約したものである。 キーワード:デジタル時代,図書館の変革,図書館の使命,ネットワーク効果,次世代技術サービス,WESTHathi Trust,テクノロジー のトレンド 講演①「デジタル時代,学術図書館の存在感を保 つために」 1.はじめに 初めに,私の所属機関をご紹介します。アメリカのペン シルバニア州にあるピッツバーグ大学です。図 1 が,その メインライブラリーになります。大学としても図書館にお いても国際化に焦点を置いており,蔵書も国際的なものが 数多くあります。 2.現在の図書館を取り巻く状況 本日お話ししたいのは,図書館の変革の必要性について です。単に変える(change)のではなく,図書館を大きく 変革させる(transform)ということです。 私が大学図書館の館長になったのは 36 年前のことです。 今となってはまさに「古きよき時代」ですが,当時図書館 は大学の情報インフラの中心でした。 しかし,教職員や学生が多様な情報源を持つようになっ た今,図書館の利用数は著しく減ってしまいました。以前 の利用者からは「自分たちのニーズに適していない」とい う指摘があり,これまで教職員や学生にとって中心的な情 報源であった多数の本も,今では倉庫の中です。私たち図 書館員自身,図書館が変わっていかねばならないことは分 かっています。業務のやり方を変えていかなければ,人々 のニーズを満たせなくなっていくばかりです。ただ,どう やって,どのように変わっていけばよいのか?その答えを, 私たちは持ち合わせていないのです。 図書館や大学といった組織は,段階的な変化というもの に慣れています。これまで私たちは経営層に対し,新しい サービスを提供し利用者のニーズを満たすにはもっとリ ソースが必要だと訴えてきました。しかしアメリカにおい て,そして恐らく日本やその他の国においても,そのよう な訴えが聞き入れられる時代は終わってしまいました。今 私たちは,時間をかけて少しずつ変わっていくのではなく, 根底から,迅速に,それも手元にあるリソースにおいて, 変革していく必要に迫られているのです。 3.ピッツバーグ大学図書館の変革 1996 年に,私はピッツバーグ大学における変革を始めま した。 まずは技術面や目録作成,蔵書構築など様々な業務分野 を根底から再構築しました。例えば,変革前の非効率的な 1 ラッシュ・G・ミラー Hillman University Librarian and Director, University Library System, University of Pittsburgh 2 ブライアン・ショットランダー The Audrey Geisel University Librarian, UC San Diego Libraries 3 ジェイ・ジョーダン OCLC President and Chief Executive Officer 4 ひらばる よしこ ㈱紀伊國屋書店 OCLC センター 5 ひろせ えりこ ㈱紀伊國屋書店 ライブラリーサービス 153-8504 東京都目黒区下目黒 3-7-10 Tel. 03-6910-0516 (原稿受領 2011.11.291 ピッツバーグ大学メインライブラリー

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Page 1: 2011 年図書館国際セミナー 「進化する学術情報環境と図書館の … · ― 33 ― 情報の科学と技術 62 巻1 号,33~39(2012) 投稿記事 UDC 02:000.000:000.000

情報の科学と技術 62 巻 1 号,33~39(2012) ― 33 ―

投稿記事

UDC 02:000.000:000.000

2011 年図書館国際セミナー 「進化する学術情報環境と図書館の未来」

Rush G. Miller*1,Brian E.C. Shottlaender*2,Jay Jordan*3,平原 禎子*4,廣瀬 絵里子*5編訳 紀伊國屋書店では,2007 年より毎年海外から講師を招致し,大学図書館経営層の方々を対象とした国際ラウンドテーブルを開催してい

る。5 回目となる 2011 年はその規模を拡大し,OCLC との共催で,広く図書館関係者に向けたセミナーを催すこととなった。ピッツバー

グ大学図書館長の Rush G. Miller 氏,カリフォルニア大学サンディエゴ校図書館長の Brian E.C. Shottlaender 氏,そして OCLC 会長兼

CEOの Jay Jordan 氏を講師にお迎えし,早稲田大学図書館の後援を得て,同大学大隈記念講堂にて講師 3名の講演およびパネルディスカッ

ションが行われた。本稿は,講師 3 名の講演内容をそれぞれ和訳し要約したものである。 キーワード:デジタル時代,図書館の変革,図書館の使命,ネットワーク効果,次世代技術サービス,WEST,Hathi Trust,テクノロジー

のトレンド

講演①「デジタル時代,学術図書館の存在感を保

つために」

1.はじめに 初めに,私の所属機関をご紹介します。アメリカのペン

シルバニア州にあるピッツバーグ大学です。図 1 が,その

メインライブラリーになります。大学としても図書館にお

いても国際化に焦点を置いており,蔵書も国際的なものが

数多くあります。 2.現在の図書館を取り巻く状況 本日お話ししたいのは,図書館の変革の必要性について

です。単に変える(change)のではなく,図書館を大きく

変革させる(transform)ということです。 私が大学図書館の館長になったのは 36年前のことです。

今となってはまさに「古きよき時代」ですが,当時図書館

は大学の情報インフラの中心でした。 しかし,教職員や学生が多様な情報源を持つようになっ

た今,図書館の利用数は著しく減ってしまいました。以前

の利用者からは「自分たちのニーズに適していない」とい

う指摘があり,これまで教職員や学生にとって中心的な情

報源であった多数の本も,今では倉庫の中です。私たち図

書館員自身,図書館が変わっていかねばならないことは分

かっています。業務のやり方を変えていかなければ,人々

のニーズを満たせなくなっていくばかりです。ただ,どう

やって,どのように変わっていけばよいのか?その答えを,

私たちは持ち合わせていないのです。 図書館や大学といった組織は,段階的な変化というもの

に慣れています。これまで私たちは経営層に対し,新しい

サービスを提供し利用者のニーズを満たすにはもっとリ

ソースが必要だと訴えてきました。しかしアメリカにおい

て,そして恐らく日本やその他の国においても,そのよう

な訴えが聞き入れられる時代は終わってしまいました。今

私たちは,時間をかけて少しずつ変わっていくのではなく,

根底から,迅速に,それも手元にあるリソースにおいて,

変革していく必要に迫られているのです。 3.ピッツバーグ大学図書館の変革 1996 年に,私はピッツバーグ大学における変革を始めま

した。 まずは技術面や目録作成,蔵書構築など様々な業務分野

を根底から再構築しました。例えば,変革前の非効率的な

*1 ラッシュ・G・ミラー Hillman University Librarian and Director, University Library System, University of Pittsburgh

*2 ブライアン・ショットランダー The Audrey Geisel University Librarian, UC San Diego Libraries

* 3 ジェイ・ジョーダン OCLC President and Chief Executive Officer

*4 ひらばる よしこ ㈱紀伊國屋書店 OCLC センター *5 ひろせ えりこ ㈱紀伊國屋書店 ライブラリーサービス

部 〒153-8504 東京都目黒区下目黒 3-7-10 Tel. 03-6910-0516 (原稿受領 2011.11.29)

図 1 ピッツバーグ大学メインライブラリー

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流れを見直し,本が入ってくるとすぐに棚に置かれるシス

テムにした結果,効率が上がり職員数は 70 人から 29 人に

減りました。 大体 1 年に 1 館ずつ,図書館の閉鎖も行っています。か

つて私たちのキャンパス内には,学生や研究者が専門書等

を利用する場所として多数の小規模図書館がありました。

しかし,彼らは今では電子リソースを使っているため,こ

のような図書館の利用がどんどん減ってしまったのです。 変革の一環として,図書館が出版社になるという試みも

あります。現在 27 のジャーナルを出版しており,ほとん

どがオープンアクセスです。この数を今後 2 年間で倍増さ

せる計画です。哲学や科学といった専門分野別のアーカイ

ブシステムも作っています。 また,資料のデジタル化にも取組んでおり,現在 110 以

上のプロジェクトがあります。私たちには技術的インフラ

や専門性があるため,教職員が持ち込むプロジェクトに柔

軟に対応することができるのです。 図 2 は,レファレンスデスクの写真です。これまで

MySpace や Twitter,Ask a Librarian(オンラインレファ

レンス)など様々なサービスを導入し,今の時代に即した

レファレンスを目指してきました。しかし本当の問題は,

このデスク自体にあったのです。何故ならこのレファレン

スデスクという形態自体が,図書館を取り巻く状況を顧み

ず,未だ「われわれが世界の中心だ」と言っているような

ものだからです。レファレンスデスクに司書がはりついて

背後の棚を死守している,このような状態こそ,今変えて

いく必要があると考えています。

4.変革のための予算の捻出 こういった変革は,1 つの部門の再構築から始めました。

それによって節約できた予算を新たな技術に投資すること

で,リソースの自給自足を実現したのです。年間予算 3,000万ドルの中で,毎年約 2%ずつ,優先順位の低いプロジェ

クトから高いプロジェクトへと予算を移行させています。

よく他館の方から「ピッツバーグ大学のようなプロジェク

トを実行するための十分な支援が自分たちにはない」と言

われることがあります。しかし,私たちもそれは同様です。

これまでのプロジェクトはすべて,一銭の追加予算も貰わ

ずに行ってきたものなのです。 5.今後の計画と展望 今後数年間は,先に述べた電子出版プロジェクトに加え,

特に蔵書構築や利用者サービス提供の方法を考えていきま

す。それも従来のように図書館の事務室内だけで進めるの

ではなく,利用者との対話の中で決めていくつもりです。 今でも書籍やジャーナル,レファレンスデスクに投資は

していますが,データを見ると,従来型のモデルにはすで

に今日の図書館を取り巻く世界と合致しない部分があるこ

とが分かります。図 3 のグラフは,アメリカの学術図書館

の平均およびピッツバーグ大学のレファレンス件数を示し

ています。2006 年辺りで,ピッツバーグ大学の件数が急落

していますが,これはそれまで概算で数えていた件数を,

ソフトウェアを導入し正確に記録できるようになった結

果,このような数字が現れたのです。

また,OCLC などの機関によって人々の図書館に対する

意識調査が行われていますが,その結果を見ると,利用者

の図書館に対する印象は今も良く,図書館員を専門家とし

て信頼している一方で,図書館が彼らにとってもはや情報

を求める際の第一選択肢ではなくなっていることが分かり

ます。実際,「図書館」は情報源として自分の「両親」の次,

という位置づけであるといった調査結果もありました。 今,図書館は目録作成や蔵書構築ばかりに時間や労力を

費やすのではなく,利用者の求めるものを正しく把握する

必要があります。それは,情報への迅速なアクセスです。

利用者はもはや本の場所や貸出状況などに興味はなく,情

報を求めたその時その場所で,すぐに情報を得たいのです。 6.おわりに これまで私たちは,自分たちの仕事を本やジャーナルや

情報にまつわるものと考え,人(情報利用者のニーズや動

機,行動)ではなく,モノ(情報資源やシステム,目録な

ど)にばかり注目してきました。しかし,実は私たちの本

当の仕事とは,本ではなく,人にまつわるものだったので

す。もし今後も自分たちの仕事は本の仕事だと言い続ける

図 2 レファレンスデスク

Reference declining faster at Pitt

At Pitt, virtual reference is not voluminous enough to materially impact this downward trend.

(2008: 11,003 virtual referencetransactions against a total of 134,523)

Percent change since 2001Pitt 52%

ARL median 47%

Percent change since 2001Pitt 52%

ARL median 47%

図 3 レファレンス扱い件数

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ならば,利用の減り続ける本とともに,私たち自身も人々

から必要とされなくなってしまうでしょう。 すべての図書館サービスについて,図 4 のような自然な

流れがあります。導入から始まり,成長期があり,成熟し,

やがて衰退します。私たちが現在提供しているサービスも

すべて,いずれは衰退していくのです。レファレンスや貸

出も例外ではなく,時間はかかりましたが,ちょうど今,

衰退の時期を迎えている訳です。

このサイクルに従い,私たちはすべてのサービスについ

て,導入,評価,停止という各プロセスを踏む訳ですが,

最後の「停止」の部分は,図書館が苦手とするところです。

私たちは常に,現状に新たなものを追加していきたいと考

える傾向にあります。しかし「手放す」こともまた,やは

り必要なプロセスなのです。 私たちはこれから数年かけて,図書館をまったく異なる

ものへと変革させていきます。これまでのように建物の中

で蔵書を扱うのではなく,これからはコミュニティの中で

サービスを提供したいと考えています。建物に人がくるの

を待つのではなく,教員や学生のコミュニティへ自ら出向

くということです。そうすることで,大学の教室や研究室,

事務室といった研究・学習の場において,ユビキタスな形

で柔軟に,サービスを提供していきたいと考えています。

講演②「学術研究図書館を変革するネットワーク

レベルでの取組み」

1.はじめに 私は,アメリカ西海岸にあるカリフォルニア大学からき

ました。図 5 が私の所属しているサンディエゴ校の Geisel Library です。サンディエゴ校の図書館は公立の学術図書

館として全米トップ 20 に数えられており,電子資料,学

術誌,マルチメディア資料を含め 700 万以上の蔵書を提供

しています。 2.カリフォルニア大学の取組み 1:図書館全体としての組

織構築 図 6 は,カリフォルニア大学の図書館組織を表していま

す。左側が図書館利用者,右側が図書館サービスに対する

アドバイザーです。中央のボックスは図書館員やカリフォ

ルニアデジタルライブラリー,上級顧問団などによって構

成されており,ここで図書館におけるすべてのネットワー

クレベルでの活動が実行されます。 過去 25 年間かけて,私たちはこの組織構成を作り上げ

ました。それは,1 つには協力関係の促進,もう 1 つには

新しい技術の適用によって,ネットワークレベルでのリ

ソースの構築と調整を実現するためです。 図 6 にある System-wide Library and Scholarly

Information Advisory Group と呼ばれる委員会は,大学と

図書館組織全体における政策や優先順位に対する助言を行

うものです。この委員会が 2010 年 9 月にタスクフォース

を立ち上げ,ますます複雑化・デジタル化する学術コミュ

ニケーション環境への適応や,州および大学の財政状況悪

化によって生じる問題への対応を進めていくために,様々

な提言を行っています。

3.カリフォルニア大学の取組み 2:次世代技術サービス 次に,こういった組織構成の中で実現される,具体的な

図 4 図書館サービスのたどる自然な流れ

The Concepts of Service Introduction, Growth, Maturity, and Decline

USE

図 5 カリフォルニア大学サンディエゴ校 Geisel Library

図 6 カリフォルニア大学図書館の組織構成

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共有サービスへの取組みをご紹介したいと思います。いわ

ゆる「次世代技術サービス」への取組みです。2 年前,カ

リフォルニア大学は OCLC と提携して「次世代 Melvyl」(カリフォルニア大学図書館組織全体の共通総合目録)を開

発,OPAC の最構築を行い,ユーザーの検索体験を変える

取組みを始めました。次世代技術サービスへの取組みは,

この Melvyl 開発と並行し,図書館組織全体で,すべての

資料に関する技術的ワークフローを丸ごと再設計しようと

するものです。フォーマットを問わずすべての資料につき

作業の重複をなくし,効率を上げ,蔵書管理の変革を目指

しました。 この取組みを開始するにあたっては,まず管理チームを

作りました。さらに,毎回 10 のキャンパスから代表が集

まると労働集約的になり過ぎ,人件費もかかり過ぎるため,

図 7 のように Power-of-Three(POT)というグループを

7 つ作りました。各 POT は 3 つのキャンパスの代表で構成

され,それぞれが特定の分野において活動します。つまり,

7 分野における取組みを,それぞれ担当する 3 つのキャン

パスが全 10キャンパスを代表して行うという仕組みです。

組織として 10 のキャンパスが互いに信頼し合い,代表 3キャンパスの決定に残りの 7 キャンパスが従う形で合意し

た訳です。

特徴的な活動として,POT2 が取組んでいる「Shelf Ready Program」は,資料がそのまま配架できる状態でベ

ンダーから図書館に納品されるという仕組みですが,これ

を大学の図書館組織全体で取り入れました。それまでは

キャンパスごとに形式が異なったため,同一資料の書誌

データが個別に 10 種類あったところ,これを全キャンパ

スで統一しました。また,資料をアーカイブ化するにあた

り,各コレクションの書誌データに最低限必要な情報につ

いても,キャンパス間での合意に至りました。 また POT7 の取組みは,図書館組織全体のネットワーク

レベルにおいて蔵書構築プロセスを変革させるものです。

カリフォルニア大学における目録作成者の役割と責任を再

定義し,キャンパス全体で専門家の集約ができないかと

いったことを見直す提案を行っています。

4.アメリカ西部での取組み:WEST 次に,WEST(Western Regional Storage Trust)につ

いてお話しします。これは,2009 年にアメリカ西部の大学

図書館,研究図書館やコンソーシアムが Andrew W. Mellon 財団の支援のもとに集まり,冊子体資料の共有アー

カイブプログラムを立ち上げたものです。資料の保管を図

書館間で連携して行おうというもので,メンバーには 50の図書館,2 つのコンソーシアム,そしてカリフォルニア

大学の図書館組織全体が含まれます。 目標は 3 つあり,まずは学術冊子体レコードの保存,次

にそのレコードへのアクセスの提供,そして物理的スペー

スの再配分を検討する機会の創出です。 学術雑誌については複数の図書館で分散的に保管され,

期間は 2035 年までの 25 年間と規定されています。 またこのプログラムの興味深い点は,アーカイブの所有

権が,一般的な資料贈与と同じ方法で移されるということ

です。自館資料の所有権をアーカイブ所有者へ移す代わり

に,各図書館はガイドラインに従って WEST のアーカイブ

資料すべてを利用することができるようになる訳です。 5.アメリカ全土での取組み:Hathi Trust 以上ご紹介した 3 つの取組みのうち,2 つはカリフォル

ニア大学独自のもの,1 つは地域レベルのものでした。最

後に,国レベルの取組み,Hathi Trust をご紹介します。

これはアメリカ全土の主要な図書館と研究機関が,共同で

文化資料の長期保存とアクセスを実現しようとするもので

す。元々は西海岸および中部の大学や機関の共同プロジェ

クトで,カリフォルニア大学,ミシガン大学などの他,中

西部に位置する 10 の主要な大学によって始められたもの

でしたが,今では 60 以上のメンバー機関を有し,世界に

開かれたプロジェクトとなっています。 Hathi Trust の目標は様々ありますが,このうち最も重

要なのは,現時点で 1 千万以上もある資料につき信頼でき

る包括的なデジタルアーカイブを構築すること,そのアー

カイブをアクセス可能な状態で保存すること,そして参加

機関全体で共有され得る保管戦略をまとめることです。 6.おわりに 最後に,私の親しい友人であり,OCLC の最高戦略責任

者兼リサーチ部門のトップであるLorcan Dempsey氏の言

葉をご紹介し,当発表の締めくくりとさせていただきます。 「今,図書館界には 2 つの傾向が見られます。1 つは,図

書館の外部化です。蔵書の構築活動を他館と共同で行う,

または第三者機関へ委託する図書館が増えています。クラ

ウドベースのサービスやシステムへの関心も高まっていま

す。 もう 1 つは,図書館活動全般の,ネットワークレベルへ

の移行です。ますます多くの活動が,コンソーシアムなど

グループレベルで行われる傾向にあり,また各館がネット

ワークレベルでのサービスを活用しようとしています。 これらの傾向を後押ししているのは,現在の経済状況と

図 7 「次世代技術サービス」への取組みを行う 7 つのグループ(POT)

• NGTS Management Team• Power­of­Three Groups:

– POT 1 ­ Build the systemwide infrastructure for digital collections

– POT 2 ­ Transform cataloging practices– POT 3 ­ Accelerate processing of archival and 

manuscript collections– POT 4 ­ Simplify the recharge process– POT 5 ­Maximize the effectiveness of Shared Cataloging– POT 6 ­ Develop systemwide Collection Services staffing– POT 7 ­ Transform collection development practices

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言えるでしょう。図書館は他館とのコラボレーションによ

るスケールメリットを求め,またより重要な活動分野に,

焦点を絞ろうとしているのです」

講演③「テクノロジー・トレンド」

1.はじめに 私の所属する OCLC は,2011 年に設立 44 周年を迎えた

世界最大の図書館ネットワークです。設立当初から,世界

中の情報へのアクセスを拡大し,図書館 1 館あたりのコス

トを下げるという目標を掲げてきました。現在,171 カ国

から 7万 2千の図書館がOCLCのネットワークに参加して

います。 さて本日は,昨今の図書館界における主要なトレンドを

5 つ,ご紹介したいと思います。 2.トレンド 1:学生の作成したアプリケーション 今の学生は,私たち図書館の提供する情報ツールにまっ

たく満足していないため,その不満を解消するアプリケー

ションを自分たちで作り出しています。このことは米紙イ

ンク・マガジンに掲載された最新アプリケーショントップ

10 のうち,5 つが図書館関連のものだったことからも見て

取れます。

例えば,図 8 はノースカロライナ州立大学の学生が開発

したアプリケーションです。左は図書館内の会議室や学習

室の空き状況が分かるものです。中央と右はウェブカメラ

を使って図書館内にあるカフェの行列をチェックできるも

ので,これが同大学で最も利用数の多いアプリケーション

だそうです。 OCLC にも開発者ネットワークがあり,アプリケーショ

ンを作成しています。過去 2 年間で,170 人のメンバーが

開発した 70 のアプリケーションが受理されました。驚く

べきは,それらのアプリケーションにつき,月当たり 2 千

万件もの利用があるということです。 現代の技術は図書館界に対し,これまでにないチャンス

そして課題を提示しています。すなわち,私たち自身がど

んどんアプリケーションをオープンにしていかなければ,

外部の開発者や学生が勝手にやってしまい,図書館は取り

残されてしまうことになる,ということです。

3.トレンド 2:若い世代の情報収集の習慣 OCLC の調査によると,90%以上の学生および教職員

が,調べものをするにあたり図書館のサイトではなく,ウェ

ブ上の検索エンジンから開始するということが分かってい

ます。警戒すべきなのは,ウェブで情報を検索している人

のうち 90%もの人が,そこで得た情報を信頼でき,正確で

総合的なものと考え,満足しているということです。 私たちは特に「ミレニアム世代」と呼ばれる 1979 年か

ら 1994 年の間に生まれた世代に焦点を当て,さらに調査

を進めました。ミレニアム世代が図書館のポータルサイト

を使わない理由の 1 つとして挙がったのは,「(何かを調べ

るのに)数ヶ月余裕があるのならば,図書館は有用な情報

源だ」という考え方でした。この言葉には,情報の入手に

利便性と迅速性を求める彼らの姿勢が現れています。 われわれは,現在そして未来の利用者である若い世代が

図書館にどのようなサービスを求めているのかを正しく理

解しなければなりません。技術を適切に利用してサービス

を彼らに提供していかなければ,今後も若い世代の図書館

離れを止めることはできないということです。 4.トレンド 3:検索および検索エンジンの進化 2011 年 9 月の最新情報によると,検索エンジン界におい

ては Google が単独で 80%以上のシェアを占めています。

2 位が Yahoo で 9.5%,3 位が Bing で 8.6%です。これだ

け 3 社が支配的な地位を占めていると,検索エンジンは他

に存在しないと考えてしまうかもしれませんが,そうでは

ありません。 例えば,Hakia という検索エンジンがあります。これは

セマンティック Web エンジンと呼ばれているもので,各

ウェブサイトの信頼性を,図書館員がどの程度使っている

かによって測っています。同じ検索語でも Google とは異

なる検索結果が得られ,その性能は「他の検索エンジン 10回分の検索結果を 1 回で得られる」と謳われています。 OCLC でも MacArthur 財団の支援を受け,ワシントン

大学やシラキュース大学と提携して,専門的な検索エンジ

ンの開発プロジェクトが進められています。ここで着目し

ているのは,レファレンスライブラリアンが信頼性の高い

情報を検索する際の方法です。 現在市場を支配する巨大な検索エンジンの一方で,私た

ちは小規模で専門分野に特化した検索エンジンがあること

も忘れてはなりません。現在シェアの小さい検索エンジン

も,将来的には図書館界にとっての重要性を増していく可

能性があります。 5.トレンド 4:クラウドコンピューティングとクラウド

サービス OCLC には,WorldCat Local というクラウドベースの

ディスカバリーサービスがあります。現時点で 8 億以上の

データが搭載されており,スマートフォンユーザー向けに

図 8 ノースカロライナ州立大学の学生が作成したアプリ

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モバイルアプリケーションも提供しています。将来的には

冊子体資料だけでなく,ライセンス型の電子資料やデジタ

ル化コレクションなども含めた蔵書全体の管理を包括的に

行えるようにしていきます。何故なら言うまでもなく,図

書館はそれらすべてのメタデータを管理する責任を担って

いるからです。

また,図 9 は今日の図書館システムや周辺サービスを図

式化したものです。ご覧のとおり非常に複雑です。私たち

はこれを簡素化し,図書館の様々な活動をクラウド上で行

う こ と で ワ ー ク フ ロ ー を 改 善 す る Web-scale Management Service (WMS)というサービスを提供して

います。WMS は全米で 36 機関が導入を決定しており,う

ち 22 機関がすでに OCLC の提供するクラウド環境で図書

館システムの管理運用を行っています。 ミレニアム世代の若者たちは,現在すでにここにいます。

彼らはクラウド上で学習,遊び,交流など様々な活動を行っ

ているのです。私たち図書館も,取り残されることなく,

同じ方向へと進んで行かなくてはなりません。 6.トレンド 5:オープン・リンクデータ 最後のトレンドは,先のトレンド 3 で触れたセマン

ティック Web にも関わってきます。Tim Berners-Lee 氏

の定義を引用すると,セマンティック Web とは「直接もし

くは間接的に機械処理できる Web データ」とされていま

す。 オープン・リンクデータの例として,GeoNames をご紹

介します。これはすべての国を網羅する地理的な巨大デー

タベースで,例えば,「東京」を検索すると「大崎駅」も関

連情報として出てきます。直接の検索結果だけでなく,他

の関連するデータやデータセットへのリンクも合わせて自

動的に表示されるというものです。 また OCLC の研究者が開発した WorldCat Identities と

いうデータベースでは,アルゴリズムを利用して MARCレコードのデータマイニングを行い,WorldCat データ

ベースから自動的に 2,500 万の著者情報を抽出しました。

各著者別ページでは,著書の表紙画像や VIAF ファイルか

ら抽出された各国語での著者名典拠などが表示されます。

図 10 の WorldCat Identities Network では,WorldCat Identities データベース上のデータ同士がどんどんリンク

で繋がることで,画面上にその人物を中心とした相関図を

形成することができます。例えば,Issac Newton は Albert Einstein とリンクされ,さらに広げて見ると Freud と

Einstein にも繋がりがある,といったことが一目で分かり

ます。リンクデータを使うことで,こういった図式化され

たデータが,バックグラウンドで自動的に生成される訳で

す。 このように自動的なリンク機能の活用可能性について,

皆さんぜひ考えてみていただければと思います。 7.おわりに 最後にアフリカのズールー族の言い伝えをご紹介して,

当発表の結びの言葉としたいと思います。 「もし迅速に何かを進めたいのなら,自分一人でやるが良

い。しかし,もし遠くまで行けるような大きなことを達成

したいなら,皆で協力し合ってやるが良い」 編訳者注)当セミナー概要は,「薬学図書館」57 巻 1号(2012年 1 月末刊行予定)でも詳細版を紹介予定です。

図 9 今日の図書館システムと周辺サービスのイメージ

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図 10 WorldCat Identities Network

Page 7: 2011 年図書館国際セミナー 「進化する学術情報環境と図書館の … · ― 33 ― 情報の科学と技術 62 巻1 号,33~39(2012) 投稿記事 UDC 02:000.000:000.000

情報の科学と技術 62 巻 1 号(2012) ― 39 ―

International Library Seminar 2011 “Ecosystems of scholarly information and the future of the library”. Rush G. Miller1, Brian E.C. Shottlaender2, Jay Jordan3, Yoshiko HIRABARU4, Eriko HIROSE5 (1Hillman University Librarian and Director, University Library System, University of Pittsburgh, 2The Audrey Geisel University Librarian, UC San Diego Libraries, 3OCLC President and Chief Executive Officer, 4OCLC Center, Kinokuniya Company Ltd., 5Library Service Division, Kinokuniya Company Ltd., 13960 Forbes Avenue, Pittsburgh, PA 15260, 29500 Gilman Drive, La Jolla, CA 92093, 36565 Kilgour Place, Dublin, OH 43017-3395, 453-7-10 Shimomeguro, Meguro-ku, Tokyo 153-8504) Abstract: Kinokuniya Company has been hosting its international round table every year since 2007 for administrators at university libraries by inviting notable librarians from overseas. In October 2011, Kinokuniya co-hosted its 5th seminar with OCLC on a larger scale for all those involved in library business. The seminar was held at Waseda Universty Okuma Auditorium with support from Waseda University Library. Lecturers were the following: Mr. Rush G. Miller, Director, University Library System at the University of Pittsburgh, Mr. Brian E. C. Schottlaender, the Audrey Geisel University Librarian, UC San Diego Libraries, and Mr. Jay Jordan, OCLC President and Chief Executive Officer. This report consists of Japanese summaries of their respective lectures. Keywords: digital age / transformation of library / library missions / network effect / next-generation technical services / WEST project / Hathi Trust / technology trends