work harassment in the eu -...

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25 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No.  202 論文 EU における職場のいじめ規制の現状と課題 大和田 敢太 Work Harassment in the EU Kanta OWADA University of Shiga, Faculty of Economics The European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions has undertaken investigations regarding violence and harassment at the workplace every five years, and has pointed out that violence and harassment at the workplace are becoming increasingly significant issues in the EU public arena. The surveys analyze how concepts of violence and harassment have evolved with regard to the working environment, as well as the various systems of regulatory instruments that deal with the problem at the national and EU levels. This paper presents some surveys of these investigations and suggests some ideas for solving the problems of violence and harassment at work in Japan. Keywords: Harassment, Moral Harassment, Bullying, Violence, Workplace 滋賀大学経済学部 (一) EUにおける職場のいじめ実態調査 1 調査の概要 「生活・労働条件改善ヨーロッパ機構」は、「ヨーロッパ 労働条件調査」を 5 年ごとに実施している 。第 回調査 (990年)では、「(Q6)あなたは、労働の際に、健康や 安全を脅かされていると思いますか。」という設問があっ たが、内容は、騒音などの職場環境を対象したもので、「職 場のいじめ」は、調査目的に入っていなかった。第 2 回調 査(996年)以降、「職場のいじめ」問題が取りあげられ ることになり 2) 、その後の質問項目の変遷は、図表①であ るが、第 4 回調査(2005 年)の設問項目から、一部の用 語が変更になり、「脅迫」に関する設問は、「モラルハラス メント(bullying/harassment)」を対象とすることになっ ているが、これは、当時多くの調査がこの用語を利用する ことになったからとされている。 「いじめ」の定義に関する問題は後述するが、この調査 では、いじめ行為全体を暴力という表現で捉え、暴力を、 肉体的暴力・暴力の脅威、精神的暴力(ハラスメント、モ ラルハラスメントとセクシャルハラスメント)と分類し、 対象範囲によって、 (企業内構成員による)内部暴力と(企 業外からの)外部暴力とに区分している。この分類を最も 反映したものが、欧州労連によって作成されている「職場 における暴力とハラスメント」の相関図である図表②であ る。 第 4 回調査までの結果について、詳細な報告や分析が公 表されている 3) 。最新の第 5 回調査(200 年)については、 一部の速報値の公表にとどまっているが、「ハラスメント 的な言辞」、「肉体的暴力」と「モラルハラスメント」の集 約結果(図表③)を引用する 4) 。調査グループによる分析 結果が公表されている第 4 回調査結果を紹介することに

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―25―滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

論文

EU における職場のいじめ規制の現状と課題

大和田 敢太

Work Harassment in the EU

Kanta OWADA

University of Shiga, Faculty of Economics

 The European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions has undertaken investigations regarding violence and harassment at the workplace every five years, and has pointed out that violence and harassment at the workplace are becoming increasingly significant issues in the EU public arena. The surveys analyze how concepts of violence and harassment have evolved with regard to the working environment, as well as the various systems of regulatory instruments that deal with the problem at the national and EU levels. This paper presents some surveys of these investigations and suggests some ideas for solving the problems of violence and harassment at work in Japan.

Keywords: Harassment, Moral Harassment, Bullying, Violence, Workplace

滋賀大学経済学部

(一) EU における職場のいじめ実態調査1 調査の概要

 「生活・労働条件改善ヨーロッパ機構」は、「ヨーロッパ

労働条件調査」を 5 年ごとに実施している �)。第 � 回調査

(�990 年)では、「(Q�6)あなたは、労働の際に、健康や

安全を脅かされていると思いますか。」という設問があっ

たが、内容は、騒音などの職場環境を対象したもので、「職

場のいじめ」は、調査目的に入っていなかった。第 2 回調

査(�996 年)以降、「職場のいじめ」問題が取りあげられ

ることになり 2)、その後の質問項目の変遷は、図表①であ

るが、第 4 回調査(2005 年)の設問項目から、一部の用

語が変更になり、「脅迫」に関する設問は、「モラルハラス

メント(bullying/harassment)」を対象とすることになっ

ているが、これは、当時多くの調査がこの用語を利用する

ことになったからとされている。

 「いじめ」の定義に関する問題は後述するが、この調査

では、いじめ行為全体を暴力という表現で捉え、暴力を、

肉体的暴力・暴力の脅威、精神的暴力(ハラスメント、モ

ラルハラスメントとセクシャルハラスメント)と分類し、

対象範囲によって、(企業内構成員による)内部暴力と(企

業外からの)外部暴力とに区分している。この分類を最も

反映したものが、欧州労連によって作成されている「職場

における暴力とハラスメント」の相関図である図表②であ

る。

 第 4 回調査までの結果について、詳細な報告や分析が公

表されている 3)。最新の第 5 回調査(20�0 年)については、

一部の速報値の公表にとどまっているが、「ハラスメント

的な言辞」、「肉体的暴力」と「モラルハラスメント」の集

約結果(図表③)を引用する 4)。調査グループによる分析

結果が公表されている第 4 回調査結果を紹介することに

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―26― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

<図表①>

第 2 回調査(�996 年)Q27「あなたは、過去 �2 カ月、労働に従事した時に、以下の対象となりましたか。」74 肉体的暴力           78 年齢に関連した差別75 脅迫              79 人種に関連した差別76 性的差別            80 障害に関連した差別77 望ましからぬ性的関心      8� 国籍に関連した差別

第 3 回調査(200� 年)(2000 年調査 Q3�)Q29「あなたは個人的に、過去 �2 カ月、労働において以下の対象となりましたか。」� あなたの職場に所属する人からの肉体的暴力   6 年齢差別2 あなたの職場に所属しない人からの肉体的暴力  7 国籍差別3 脅迫                     8 人種差別4 性的差別                   9 障害差別5 望ましからぬ性的関心             �0 性的志向の差別

第 4 回調査(2005 年)Q29「あなたは個人的に、過去 �2 カ月、労働において以下の対象となりましたか。」A 肉体的暴力の脅威               G あなたの年齢の差別B あなたの職場に所属する人からの肉体的暴力   H あなたの国籍の差別C あなたの職場に所属しない人からの肉体的暴力  I 人種差別D モラルハラスメント              J あなたの宗教の差別E 性的差別                   K 不適格性・障害の差別F 望ましからぬ性的関心             L あなたの性的志向の差

第 5 回調査(20�0 年)Q65「あなたは、過去 �2 カ月、労働において、以下の対象となりましたか。」A 年齢差別                   E 宗教に関連した差別B 人種、民族的出自あるいは膚色に関連した差別  F 障害に関連した差別C 国籍に関連した差別              G 性的志向に関連したD あなたの性に基づく差別              差別Q70「あなたは、先月、労働過程においてハラスメント的な言辞の対象となりましたか。」A ハラスメント的な言辞B 望ましからぬ性的関心C 脅迫や侮蔑的行為Q7�「あなたは、過去 �2 カ月、労働過程において、以下の対象となりましたか。」A 肉体的暴力B モラルハラスメントC セクシャルハラスメント

出所:An ETUC interpretation guide, pp. 64-65.

<図表②> 欧州労連「職場における暴力とハラスメント」分類

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―27―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

ハラスメント的な言辞被害20�0

No Yes NEU27 男性 89.2% �0.8% �7407

女性 89.3% �0.7% �7836全体 89.2% �0.8% 35243

EU27 30 歳未満 87.3% �2.7% 6�3730 - 49 歳 89.�% �0.9% �832450 歳以上 90.9% 9.�% �0604全体 89.2% �0.8% 35065

EU27 被用者(無期契約) 88.9% ��.�% 23099被用者(他の雇用形態) 87.4% �2.6% 5963自営形態 92.0% 8.0% 4983全体 89.2% �0.8% 34045

EU27 工業 93.3% 6.7% 9262商業 87.4% �2.6% 25584全体 89.2% �0.8% 34846

EU27 高熟練事務職  88.0% �2.0% 8�4�低熟練事務職 88.2% ��.8% �5072高熟練現業職 93.2% 6.8% 5�3�低熟練現業職 89.6% �0.4% 6737全体 89.2% �0.8% 3508�

肉体的暴力被害20�0

No Yes NEU27 男性 98.0% 2.0% �7443

女性 98.3% �.7% �7874全体 98.�% �.9% 353�7

EU27 30 歳未満 98.2% �.8% 6�4930 - 49 歳 97.9% 2.�% �836250 歳以上 98.4% �.6% �0628全体 98.�% �.9% 35�39

EU27 被用者(無期契約) 98.0% 2.0% 23�46被用者(他の雇用形態) 98.4% �.6% 5977自営形態 98.2% �.8% 499�全体 98.�% �.9% 34��4

EU27 工業 99.6% .4% 928�商業 97.5% 2.5% 25640全体 98.�% �.9% 3492�

EU27 高熟練事務職  97.4% 2.6% 8�58低熟練事務職 97.7% 2.3% �5�03高熟練現業職 99.4% .6% 5�39低熟練現業職 98.8% �.2% 6755全体 98.�% �.9% 35�55

モラルハラスメント被害2005 20�0

No Yes N No Yes NEU27 男性 95.7% 4.3% �245� 96.�% 3.9% �7434

女性 93.9% 6.�% �3047 95.6% 4.4% �7852全体 94.9% 5.�% 25498 95.9% 4.�% 35286

EU27 30 歳未満 93.8% 6.2% 49�7 95.7% 4.3% 6�4�30 - 49 歳 95.�% 4.9% �3638 95.8% 4.2% �834350 歳以上 95.5% 4.5% 6885 96.3% 3.7% �0624全体 94.9% 5.�% 25440 95.9% 4.�% 35�08

EU27 被用者(無期契約) 94.5% 5.5% �6205 95.6% 4.4% 23�23被用者(他の雇用形態) 94.�% 5.9% 4868 95.4% 4.6% 5970自営形態 97.3% 2.7% 364� 97.�% 2.9% 4990全体 94.9% 5.�% 247�4 95.8% 4.2% 34083

EU27 工業 96.2% 3.8% 7588 96.9% 3.�% 9277商業 94.2% 5.8% �76�7 95.4% 4.6% 256�3全体 94.9% 5.�% 25205 95.9% 4.�% 34890

EU27 高熟練事務職  94.9% 5.�% 530� 95.6% 4.4% 8�52低熟練事務職 94.2% 5.8% �0�27 95.5% 4.5% �5087高熟練現業職 96.4% 3.6% 427� 97.4% 2.6% 5�37低熟練現業職 94.9% 5.�% 564� 95.6% 4.4% 6748全体 94.9% 5.�% 25340 95.9% 4.�% 35�24

<図表③>(第 5 回調査結果)

よって、EU における「職場のいじめ ・ ハラスメント」の

実態と調査を通じて確認されてた教訓と成果を明らかにす

る。また、調査報告書で紹介された各国内での関連する調

査研究結果をも適宜引用する。

2 調査結果と分析

(�)行為類型の分析

(ア)暴力

 第 4 回調査報告書は、職場における暴力は、かなりの程

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―28― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

度の社会的現象であることを強調する。全体として、�0

人の労働者のうちの � 人(�0%)は、過去 �2 カ月に、職

場で、何らかの肉体的暴力あるいはモラルハラスメントを

受けたと以下のように指摘する。

・2%(�000 万人)の労働者がその職場に属する人から

肉体的暴力を受けている。

・4%(2000 万人)の労働者がその職場の外部の人から

肉体的暴力を受けている。

・2%(�000 万人)の労働者がセクシャルハラスメント

を受けている。

・5%(2500 万人)の労働者がモラルハラスメントを受

けている。

 このような EU における「職場における暴力」の実態(図

表④)は、「暴行犯罪被害状況」に関する国際的実態調査

における「職場」の被害状況とも照合させる(図表⑤)こ

とができ、普遍的・構造的現象であることを物語っている。

 精神的暴力の割合は、肉体的暴力の割合と同程度である。

「肉体的暴力の脅威」に関する新しい質問項目は 第 4 回調

査で導入されたが、肉体的暴力の脅威の影響は、一般に、

実際の肉体的な暴力の被害よりも上回る。精神的暴力の中

で、モラルハラスメントは、セクシャルハラスメントより

も頻度が高い。

 一般的には、暴力の脅威とともに暴力に晒されているの

は、北欧諸国でより高い比率であり、南欧諸国ではより低

い。EU�5 カ国では、肉体的暴力の率の増加が、�995 年(4%)

と 2005 年(6%)との間で見られるが、これは、国内段階

での数字と合致している。

 暴力の被害について、性別、雇用上の地位、契約形態は

重要な影響を及ぼしていないが、職種や産業分野では重大

な不均衡がある。ホワイトカラーは、ブルーカラーよりも、

暴力、ハラスメントおよび差別のリスクに関しては、比率

は少ない。

(イ)モラルハラスメント

 ハラスメントについては、 モラルハラスメントとセク

シャルハラスメントの二つの形態が、調査対象となった。

 労働者の 5%がモラルハラスメントを受けており、産業

分野によってはきわめて高い比率となっている。健康産業

やホテル・レストラン業では 8%を超え、教育分野、輸送

業と情報産業では 6%を超えている。

 この数字は、国ごとに不均衡があり、フィンランドの

�7%、オランダの �2%から、イタリアやブルガリアの 2%

まである。このような格差は、この現象の実際の事例の不

均衡とともに、ハラスメント問題についての文化的な側面、

多様な知識や受け止め方を反映したものである。

 女性は、男性よりもモラルハラスメントの対象となって

おり(6%と 4%)、若い女性が、最も多くなっている(30

歳以下の人の 8%)。雇用上の地位には、何らの意味ある

格差も見出されていない。

 企業規模について、最も高い水準(8%)となっている

のは、大事業所(従業員 250 名以上)の従業員である。

(ウ)セクシャルハラスメント

 セクシャルハラスメント(あるいは「望ましからぬ性的

関心」)は、�995 年以降一定(2%)しているが、女性労

働者は男性労働者の 3 倍以上になっている。国別比較では、

チェコ(�0%)、ノルウエー(7%)、トルコ、クロアティ

ア(6%)、デンマーク、スウェーデン、イギリス(5%)

の女性が高い比率であり、南欧のイタリア、スペイン、マ

ルタおよびキプロスでは女性の �%以下となっている。年

齢別では、30 歳以下の若い女性が、6%に達する。

 ホテル・レストラン業では 4%、不安定な就業形態では、

派遣労働契約の女性では 5%であり、有期契約の女性の 2%

に比べ多くなっている。

(2)職場における暴力・ハラスメントと健康への否定的影響

 ハラスメントの影響に晒された労働者は、労働に関連す

る健康問題を他の者より明確に指摘している。最も多い徴

表は、ストレス、睡眠障害、不安やいらだちである。

 労働環境は、職場の暴力事件に影響を及ぼしている。例

えば、仕事への監督の水準の低さ、仕事の緊張度(交替制

時間、強速度の労働)、消費者、顧客など同僚以外の者と

の接触の頻度がハラスメントに関連している。

 職業生活の質に関するフィンランドの 2008 年調査では、

極度の疲労の脅威は、大部分が、職場におけるモラルハラ

スメントの存在と結びついている。

 職業上の健康問題に起因する欠勤による健康への否定的

な影響は、肉体的暴力よりも、精神的暴力と関連して、よ

り過酷なものとなる。ハラスメント特にモラルハラスメン

トに晒されたと指摘する労働者は、労働に関連する健康問

題に起因する欠勤を指摘することが平均以上である(7%

に対して 23%)。

 モラルハラスメントと欠勤との相関関係は、比較的少な

いと指摘している研究もある。モラルハラスメントの被害

者には、労働により熱心になっているものもいる。被害者

は、実行者からの報復や新たないじめをおそれるからであ

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―29―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

<図表④>(第 4 回調査報告)(ア)年次経過

Q29「過去 �2 か月に直面したこと」 �995EU�5

2000EU�5

2005EU25

2005EU�5

200�NEM

2005NEM

200�PA2

2005PA2

A肉体的暴力の脅威 - - 6 6 - 5 - 4B同じ職場の者による暴力

4*2 2 2 � � � �

C職場外部の者による暴力 4 4 5 3 4 3 3職場内外の者による暴力 ** 4 5 5 6 3 4 4 4脅迫 8 9 - - 7 - 7 -Dハラスメント / モラルハラスメント - - 5 5 - 4 - 4E性的差別 2 2 � � � � < � �F望ましからぬ性的関心(セクシャルハラスメント) 2 2 2 2 2 2 2 �G年齢差別 3 3 3 3 3 3 3 3H国籍差別 � � � � < � � � �I人種差別 � � � � < � � � �J宗教差別 - - � � - < � - < �K障害差別 � � < � < � � < � � < �L性的志向差別 - < � < � < � < � < � � < �

出所:Eurofound, Violence physique et psychologique sur le lieu de travail, 20�0, p.8.* �995 年には、二つの現象が併合して扱われた。** B(同じ職場の者による暴力)とC(職場外部の者による暴力)の肯定回答に基づく合算数

(イ)国別結果 27 国 BE DK DE ES FR IT NL AT PT FI SE UKA肉体的暴力の脅威 3  8.3 5  4.5 4.7 6.9 �.4 �2.2 4.6 4.4 �2.5 9.7 �0.9B同僚の肉体的暴力 �.8 3.4 3.� 0.5 �  2.8 0.5 6.3 �.8 0.7 �.5 4  3.6C外部の肉体的暴力 4.3 5.2 2.4 3.5 3.7 7.� �  6.6 2.6 3.7 7.� 3.2 7.2Dモラルハラスメント 5.� 8.5 7.3 4.� 2.8 7.7 2.3 �2  5  3.6 �7.2 3.4 5.4F望ましからぬ性的関心 �.8 �.9 2.6 �.� 0.7 �.5 0.9 �.4 �.8 �.4 2.� 2.5 3.6ストレス 22.3 2�  26.7 �6  2�.4 �8.3 27.� �6.2 2�  27.6 25.4 37.7 ��.5不安 7.8 6.6 2  2  8.4 �0.4 �2.6 2.6 �.3 �3.6 6.6 �6.6 6.�いらだち �0.5 �2.� �4.4 �4.4 ��.4 ��.4 �5  0.6 8.5 �6  �4.5 �4.7 6.2

(ウ)労働者分類性別

男 女年齢

-24 25-39 40-54 55+雇用形態

独立  賃労働者ABCDFG

5.9 6.2�.7 2.04.6 4.04.3 6.�0.8 2.92.5 2.8

5.6 7.� 5.7 4.22.0 2.� �.8 �.04.0 4.8 4.3 3.25.8 5.� 5.� 4.33.6 2.2 �.2 0.65.4 �.9 2.0 4.4

4.9    6.3 0.5    2.� 4.3    4.4 2.7    5.6 �.4    �.8 �.7    2.8

業種  農漁業 製造 電気ガス水道 建設 商業小売 ホテルレストラン 輸送通信 金融 不動産 行政 教育 健康A 2.5 �.8 �.3 3.7 5.2 9.2 9.7 �.9 2.2 ��.3 ��.9 �6.4B �.0 �.2 �.� �.9 0.7 �.3 �.8 0.0 0.5 3.4 3.7 6.�C 2.9 �.5 4.3 �.9 4.5 7.5 7.3 3.� �.4 8.7 5.2 ��.4D 3.� 4.� 5.6 3.0 5.9 8.5 6.9 2.7 3.� 5.3 6.6 8.7F 0.3 �.4 0.5 0.8 �.9 3.9 2.5 2.0 �.3 �.3 2.0 3.3G �.9 2.� �.7 2.� 3.4 3.� 2.6 2.6 2.5 2.6 3.3 3.0

出所:Quatrième enquête européenne sur les conditions de travail, 2007, p. �07 et suiv.

る。一部の研究は、職場の暴力の対象とされた者が、しば

しば、抗議しないことを示唆している。抗議が、被害者の

立場を一層悪くすると考えているからである。

 深夜労働は、同僚以外の人による肉体的暴力の脅威と暴

力行為を増加させており、リスク要因になっているようで

ある。この形態の暴力に晒されるリスクは、月に 5 夜以上

働く者にとっては、より大きい。同様の傾向は、夕方に働

く労働者でも確認される。例えば、タクシー運転手やガソ

リンスタンド販売員にとって、夜間や夕方における労働は、

職場の暴力に直面することで、危険な要因を含むものに

なっている。

 労働環境に固有の他の要因も、職場における暴力の萬延

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―30― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

をもたらしうるものである。例えば、信頼の欠如、ストレ

スや不安定な労働条件により特徴づけられる環境は、被用

者間の攻撃や干渉的紛争を増大させうるものであり、その

結果として、当事者が職場での暴力やモラルハラスメント

を引き起こしうるのである。

 労働組織のあり方は、ハラスメントの高い比率に結びつ

いていることを示している。それは、自主性、労働強度(短

期間、緊急の労働)や、消費者、顧客や同僚以外の他の者

との頻繁な接触を伴う職場での問題である。

 職業生活の質に関する 2008 年のフィンランドの調査は、

モラルハラスメントは、時間の強い強制、労働に関するコ

ミュニケーションの欠如に特徴づけられる職場においてよ

り頻繁に起きていると明らかにしている。

 職場における心理・社会的リスクに関するフランスの調

査は、職階制の上部の要求が高まり、労働強度が増大する

と、敵対的な行動が増加することを示している。

 職場における暴力の原因に関するリトアニアの研究によ

れば、モラルハラスメントの主要な原因は、経営者の側の

適切な倫理の欠如と非効率的な職業的な行動であり、モラ

ルハラスメントの最大の要因は、上級管理職とその部下と

の間の紛争、心理的な次元での不安定な労働の雰囲気、権

威的な、消極的なかつ欺瞞に満ちた民主主義的な経営手法、

上級管理職とその部下との間の権限の不均衡、労働組織の

問題、従業員の動機欠如、被用者の公平と尊重の原則の非

遵守が指摘される。

 暴力の機会を増大させる要因としては、以下のような分

析がなされている。

・地位 不安定な雇用は、増大要因である。

・性別 特にセクシャルハラスメントでは、女性労働者

はより危険に晒されている。

・時間のプレッシャ 組織内でのパフォーマンス圧力は

更に分析する必要がある。労働密度は増大しており、

職場での緊張を悪化させる要因として見なすことがで

きる。

(3)国際比較

 国毎の比較では、職場での暴力に晒される割合には、重

要な格差が認められる。北欧諸国の間で、あらゆる形態の

暴力への可能性が顕著であるのに対して、南欧および東欧

諸国の間では、割合は比較的少ない。職場での暴力の可能

性についての各国の間での重要な相違は、実際の事件発生

の割合の違いとともに、この問題の自覚化と問題を顕在化

しようとする意思の割合の違いの反映であり、一部の国で

は過小報告によるもので、一部の国では認識がより広まっ

ている結果ではないかと考えられている。平均を上回る数

字が、オランダ(�0%)、フランスおよびイギリス(9%)

とアイルランド(8%)で示されている。他方、南欧では、

きわめて低く、スペイン、イタリアやポルトガルなどの国

では平均して 3%である。

 北欧諸国は、ハラスメントあるいはモラルハラスメント

の比率で、上位にあり、フィンランドとオランダが最も高

い(それぞれ、�7%と �2%)。モラルハラスメントの比率

の最も低い国は、イタリアとブルガリアである(2%)。

 しかし、問題の顕在化の水準は、しばしば、文化的およ

び言語的な相違の反映でもあって、実際の発生状況とは限

らない。特に、概念や定義は、しばしば文化的な重しを課

せられており、深く根づいた範型や伝統の中で拘束されて

おり、ある場合には、現象の過小評価に結びついたり、受

(�)性別、事件種別、発生場所別被害状況

自宅 自宅周辺 職場 都市 田舎 海外性的事件(女性被害者)  レイプ 37.4 24.3 7.5 �9.6 8.4 2.8  レイプ未遂 20.2 37.6 9.8 24.0 6.3 �.0  下品暴行 8.3 3�.7 9.4 36.8 9.6 3.6  攻撃的行為 5.8 20.6 �3.6 48.2 7.2 2.7非性的暴行  男性被害者 ��.8 29.2 �3.2 38.5 5.2 �.5  女性被害者 23.3 30.7 ��.9 27.4 4.4 �.6

(2)非性的暴行の通報(警察・他の機関)の有無

警察 他の機関 への通報 への通報 通報せず男性被害者  自宅 29.6 6.9 63.5  自宅周辺 20.5 5.4 74.�  職場 37.8 �4.5 47.7  都市 �7.4 5.8 76.8  田舎 �6.9 8.6 7�.5  海外 �7.9 �4.8 67.3女性被害者  自宅 35.0 �0.9 54.�  自宅周辺 23.5 7.8 68.7  職場 32.7 23.5 43.8  都市 �7.7 8.5 73.8  田舎 �5.3 6.9 77.9  海外 �4.3 - 85.7

<図表⑤>暴行犯罪被害状況(1996、50 カ国実態調査)

出所 :International crime (VICTIM) survey in ILO, Violence at work, �998, pp. 27 et 29.

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―3�―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

け入れがたい行為を忍耐することになったりする。そのた

め、南欧などの一部の国では、モラルハラスメントの概念

は、しばしば、被害者の側のある意味での弱さを言外に含

ませたりしており、そのことにより、問題が明らかになっ

たとしても、被害者に「難しい人」とか「精神的に弱い」

とかいう烙印を押される恐れを抱かせているのである。

 オランダは、平均を上回って、モラルハラスメントに晒

されていることを記録している国である。2006 年には、

オランダの労働者の相当な割合のもの(�4.2%)が、同僚

からの脅迫行為を受けていたが、発生率は、2000-2006 年

に一定していた。反対に、顧客からの脅迫行為は、2000

年の 2�%から 2006 年の 23.5%に増加している。

 同僚からのモラルハラスメントは、2004 年以降一定し

ている(�0%)のに対して、顧客からのモラルハラスメン

トについては、わずかな増加が見られた(2004 年の 7%か

ら 2006 年の 8%)。同様に、顧客による肉体的暴力の率は、

わずかに変化している(2000 年の 7%から 2006 年の 6%)

のに対して、同僚による肉体的暴力は �%で一定している。

 労働環境に関するデンマークの研究では、回答者の

�0%が、モラルハラスメントに晒されており、�.4%が、週

に少なくとも � 度はモラルハラスメントを受けており、

9.4%が、「しばしば」それに直面していると答えている。

 ベルギーの研究では、6 つの回答者グループを区別して

いる。「モラルハラスメントを受けていない」もの(35.3%)、

「労働における一定の批判」を受けているもの(27.7%)、「一

定の否定的な対立」に直面したもの(�6.5%)、「しばしば

モラルハラスメントを受けている」もの(9%)、「労働に

関連した理由からモラルハラスメントを受けている」もの

(8.3%)、「被害者」(3.2%)。「しばしばモラルハラスメント

を受けた」労働者は、一般的には偶発的な方法でしか発生

していないとしても、広範囲にモラルハラスメント行為に

晒されていることを意味している。

(4)性別比較

 性別については、女性特に若い女性は、職場でのモラル・

セクシャルを含むハラスメントを受ける可能性が男性の同

僚よりも高い。だが、女性労働者の割合や配置の問題(業

種部門、上司の性別、顧客担当部門に配置されている従業

員の割合など)が、職場における暴力の影響を性別に応じ

て評価する際には、考慮されなければならない。

 前述のように若い女性は、最も被害を受けている。30

歳以下の女性の約 6%が、セクシャルハラスメント行為に

晒されたと指摘しているが、同年齢層の男性では �%であ

る。反対に、肉体的暴力への脅威やその行為に晒される割

合は、若い男性と若い女性とでは同一である。

 女性におけるこのような高い比率は、被害者と名乗り出

ることについて、 女性は男性ほどには沈黙していないとい

う事実に基づくこともありうる。同様に、女性によって指

摘されている高い発生比率は、様々な要因の結果、特に社

会内部における男性と女性の相互の役割に関して深く根付

いている紋切り型と結びついている。

(5)職業(業種・職種)による暴力やハラスメントの影響

 産業間を比較すると(図表⑥)、職場での暴力の影響の

違いは明瞭になる。平均以上に公衆と接触する部門におい

て、あらゆる形態の暴力の可能性が集中する傾向にある。

肉体的暴力および精神的暴力の割合は、教育、健康や行政

業務の部門で特に高い。

 暴力およびハラスメントの現象の影響について、肉体的

リスクが重要である多くの分野(農業、建設、製造業)で

は、比較的低い率が観察されている。反対に、肉体的リス

クが少ない分野では、社会心理的なリスクに晒される率が

高いことが指摘されている。健康分野の労働者は、製造業

分野の労働者よりも肉体的暴力の脅威の対象となるおそれ

が 8 倍以上もあるのである。

 教育分野および健康分野・社会福祉分野においては、行

政分野とともに、暴力およびハラスメント行為の対象とな

るリスクが最も大きい。輸送業および通信分野、ホテル・

レストラン業では、危険の率はそれほど高くはないが、平

均を大きく上回っている。

<図表⑥><労働における暴力:最も晒される業種・職種、EU27(%)>

業種 職種健康・社会福祉 �5.2陸路輸送・管輸送 ��.5行政 �0.8ホテル・レストラン 8.�教育 7.9サービス業 5.2

生命科学・健康専門家 �5.3 顧客業務担当者・保護業務担当者 �4.5 生命科学・健康補助職 �3.4 車両運転手・運搬機器操作手 9.5 受付・会計・顧客案内業務担当者 8.2 教育専門家 7.6

出所:Quatrième enquête européenne sur les conditions de travail, 2007, p.38.

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―32― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

 すべての就業分野の中で、健康分野および社会福祉分野

は、職場での暴力やモラルハラスメントの事件を最も多く

記録している分野である。(EU27 カ国平均で 5%であるの

に対して)この分野の労働者のうち 9%が、モラルハラス

メントを含むハラスメントの犠牲になったと答えており、

��%が、�2 カ月内に企業とは無関係の者によって振るわ

れた肉体的暴力を個人的に経験したと答えている(EU27

カ国平均で 4%)。他方、同僚により振るわれた肉体的暴

力に晒された比率は、肉体的暴力の脅威とともに EU27 カ

国の平均を超えている(それそれ、6%と �6%)。

 職種別では、生命・健康の専門家すなわち一般には職階

の上位の立場にある者(医者、歯科医師、上級看護師等)

や補助的職種の者(歯科助手等)が暴力に晒される高い率

を示しており、中間的職位の者よりも多く影響を受けてい

る。職業的権限や専門性の高い水準は、この点での保護を

与えないのである。外部の者からの肉体的暴力に晒される

比率は、医業従事者全体で高く、中間的職位(看護師、歯

科助手)については、暴力は、同じ職場で働く人によって

も外部の人によっても振るわれている。

 公共分野は、職場での暴力によって大きく影響を受けて

いるもう一つの分野である。民間部門の 4%に対して、公

共部門の労働者の 6%が、モラルハラスメントの対象となっ

たと述べている。職場の暴力に関する質問について、公共

部門の労働者は、暴力の脅威や暴力行為の対象となったこ

とが、民間部門の労働者の 2 倍以上となっている。

 公共部門の労働者が職場での暴力の脅威により多く対象

となったとする理由の一つは、同僚以外の者との頻繁な接

触である。調査された公共部門の労働者の約半数(50%)が、

その職務において、少なくとも四分の三の時間、同僚以外

の者(顧客、生徒、患者等)と直接的に接触しているから

である。他方、民間企業の労働者の場合には、その比率は

38%超えないのである。

 教育分野は、肉体的暴力の脅威に晒されている数字

(��.9%)は、EU の平均(6%)と比べても特に高い。全

体として、この分野の労働者の中で、教員(人数で 70%

以上を占める)が、暴力に最も晒されている。

 第 4 回調査は、健康、社会福祉、教育、公共行政のよう

な一部の部門は、暴力やモラルハラスメントを含むハラス

メントのリスクの比率について、他よりも高いものを呈し

ていることを明らかにした。そのため、分野ごとの措置は、

職場での暴力と闘うために有効であることが明らかになっ

ている。これらの措置は、「高いリスク」のある重要な分

野や職業が、女性の比率で重要な割合を占めているという

事実を考慮しなければならない。

(6)職場の暴力・ハラスメントの組織的要因と構造的性格

 職場における暴力は、個人の性格に関連する諸要因より

も、組織の問題に関する諸要因から起因すると認められて

いる。労働の急速な変化や増大する強度そして職業的将来

展望の不安定性は、労働者のストレス症状に影響を与え、

職場における暴力やハラスメントを発生させやすい環境を

生み出すことがあるからである。

 企業の大規模な規模での再編成やリストラのような組織

的変化が職場の暴力に対して及ぼす影響は重大である。企

業再編成はモラルハラスメントを直接的に促し、あるいは

労働負荷の増大、職業的不安定のような様々なストレス要

因を介してモラルハラスメントに間接的に影響を及ぼしう

るのである。組織的変化と職場での暴力の間の関係を経験

的な方法で定義することが試みられてきた。

 これらの行動は、対象とされた人への被害だけでなく、

職場における集団的な精神的環境と組織全体の経済的成果

に損害を与えることになる。

 適切な対応例の周知とともに予防的な行動の評価と追跡

が、もう一つの重要な目標である。実施された予防と救済

の措置の事後的な評価が、効果的な措置やその有効性を決

定するのに役立つであろう。

 しかし、肉体的暴力あるいは精神的暴力あるいは差別の

被害にあった多くの人は、その後、離職することがあり、

そのために、これらの人々は、「雇用に就業している人」

を対象とした人口集団の中に含まれていないことに留意す

る必要がある。多くの国の調査は、長期的な疾病の原因と

してメンタルヘルス問題の増大を指摘しているが、それは、

退職として労働市場の早期退出の主たる原因となってい

る。

 これらの結果は、個人、職場および共同体全体への長期

的な影響を避けるために、職場における暴力問題を考察し、

防止手段を見いだすことが不可欠であることを示してい

る。

 こうした EU レベルでの研究成果も踏まえて、各国にお

ける研究においても、職場の暴力やハラスメントの構造的

性格についてのチャート図が提示されている(図表⑦)。

(二)職場の暴力・ハラスメント規制の動向1 EU における社会的規制の動向

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―33―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

<図表⑦> いじめ・ハラスメントの構造と実態(ベルギー)

出所:Direction générale Humanisation du travail du SPF Emploi, Travail et    Concertation sociale, Violence, harcèlement moral ou sexuel au travail,    2006, p. ��.

職場での暴力の相互作用モデル(イギリス)   

出所:United Kingdom Health and Safety Executive by the London-based Tavistock Institute of Human Relation.

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―34― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

 200� 年に、職場における安全、衛生および健康の保護

に関する EC 諮問委員会は、「職場における暴力に関する

見解」において、精神的暴力という現象の増大傾向に注目

し、「肉体的暴力は、肉体だけでなく、精神的にも、直接

的あるいは後遺症的な影響を及ぼしうる」と認めたので

あった。その後、平等原則を実現するための EU レベルで

の取組の中で、「反差別」共同体指針において、差別事由

の一つとして、職場における人種ハラスメントとセクシャ

ルハラスメントを位置づけた 5)。これらの EU 指針におい

て採用された個人の尊厳への侵害としての人種差別・性差

別(平等原則)という「ハラスメント」定義は、国内立法

の理念や規制方法に影響を与えることになった。

 労働における健康と安全についての 2007-�2 年共同体戦

略(COM(2007)62)が、「新たな危険要因(セクシャル

ハラスメントとモラルハラスメントを含む労働における暴

力)の登場」を強調している。

 精神的暴力の規模拡大や深刻化がもたらす問題に対応す

るための EU レベルでの取組に並行して、多くのヨーロッ

パ諸国は、新しい立法を導入しあるいは立法制度の中に新

しい規定を挿入してきた。労働協約や行為準則といった非

法令的な手段を選択した国もある。各国の所轄機関に対す

る EU の調査結果は、図表⑧のとおりである。

 公共機関や政府によるモラルハラスメントの承認の増加

には様々な理由により説明されているが、多くの研究が、

出所:Dublin Report, 2003, p.23.

「職場における暴力」の相関モデル(EU レポート)

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―35―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

<図表⑧>「EU:職場における暴力・ハラスメント規制立法」(各国の回答、一部略、△:職場におけるハラスメント立法が存在するが、平等待遇あるいはセクシャルハラスメントのみを対象とするという回答)

国 名立法の有無 特   徴

暴力 ハラスメント 暴 力 ハ ラ ス メ ン ト

アルバニア ○ 労働法典:「個人の保護」条項で定義。使用者は被用者の人格を尊重する義務とその尊厳を危うくする行為を防止する義務

オーストリア 平等待遇法:特定の自由に基づくハラスメントを対象。最高裁判決:いじめ言及

ベルギー ○ ○ 労働者が第三者と接触する場合には、使用者はリスク評価を実施する義務

2007 年法:労働におけるいじめの定義「職場内外の一定の時間内に生じ、個人の精神的一体性を侵害する単一の・多様な不当な行為」

ブルガリア △ 法および批准する条約:ジェンダー、人種、個人的・社会的地位などの理由に基づく、直接・間接のあらゆる差別

キプロス △ �996 年労働安全健康法:職場における個人の安全、健康、福祉を保護 2002 年雇用及び職業訓練における男女平等待遇法

チェコ (○) 民事、行政、刑事法:制裁・効果 セクシャルハラスメント規定

デンマーク ○労働環境法:安全で健康な労働条件を確保するように労働環境が計画され組織されることを規定

一人・複数の人物が乱暴に他のものを繰り返し攻撃的な行為に晒す。被害者は有害な・下劣な行為と感じ、対抗できない。

ギリシャ (○) 民法、刑法、労働協約、労働法 平等法:セクシャルハラスメント

ドイツ ○ ○ AGG:被用者が第三者から差別的扱いを受けた場合

ハラスメント「個人の尊厳を侵害し脅迫的、下劣な、侮辱的、攻撃的環境を創りすときは不利益取扱いになる」

エストニア (○)

職場健康安全法:労働者の健康への損害を防止する組織的・医療的措置、労働者の能力への適応、労働者の肉体的、精神的、社会的福祉の向上

セクシャルハラスメント規定

フィンランド ○ ○労働・条件に伴う暴力の脅威・事件は極力防止。暴力を防止・制限するための適切な安全設備と援助が設置

使用者の義務「被用者へのハラスメントや不適切な待遇が職場で生じ、健康に障害やリスクをもたらす場合、あらゆる可能な手段によって救済するための措置を講じる」

フランス ○ 安全一般義務:使用者は被用者の肉体的精神的健康を保護する 労働法典・刑法典・民法典:「制度的ハラスメント」が課題

ハンガリー △刑法:暴力、管理職の権限濫用規制(暴力的な使用者が司法にかかった事例はない)

労働法:差別禁止規定、労働関係規範と適切な労働条件規定刑法:職場に限定せずに、ハラスメント一般を規定

アイルランド 刑法:肉体的加害行為と攻撃

イタリア  ○ 職場における第三者の暴力を防止する立法

モッビング「労働者に損害を与えるために、職場で生じる行動・行為で、繰り返され、長期にわたり(6 カ月)、活動を困難にする」

ラトヴィア ― ―

リトアニア △労働安全健康法:労働に関係するすべての問題で労働者の安全と健康を確保する使用者の義務

ハラスメント「:年齢、性的志向、人種・民族的期限、宗教、信条に基づき、人の尊厳を侵害し、脅迫的、敵対的、下劣的環境をもたらす望まざる行為(差別)」

ルクセンブルク △ 労働者の健康安全法:労働者を肉体的・精神的危険から保護する使用者の義務 セクシャルハラスメント定義規定

マルタ ― △ セクシャルハラスメント対象

オランダ ○ ○

OSH:第三者の暴力と労働者間の暴力に区別を設けていない。暴力・攻撃「労働に直接関連する環境で、被用者が悩まされ、脅迫・攻撃される事実」

労働における社会心理的リスク「ストレスを発生させるセクシャルハラスメント、攻撃、暴力、ブライング (ハラスメント)」、ハラスメント「その攻撃に対抗することのできない被用者・その集団に向けられる一人・複数の被用者(同僚・管理職)による構造的な性格のあらゆる種類の攻撃的行為。行為の反復の要因。口頭、身振り、脅威」、実行者の意図「他の人を傷つけ、脅かす」

ノルウエー ○ ○被用者は、他の人の行為の結果としての暴力、脅迫、望まざる緊張から可能な限る保護されるなければならない

ハラスメント「行為あるいは不作為を否定的、非合理的、攻撃的と感じる状況。繰り返し、長期間、否定的行動に晒される場合。ハラスメントされている者は、自分自身で防御することが困難である。」

ポーランド  ○ 民事、行政、刑事法:制裁・効果被用者に関係・向けられる行動・行為で、執拗で長期にわたるハラスメントや脅迫で、自己査定で職業能力の縮減をもたらし、侮辱し、嘲り、同僚から孤立させ、排除することやそれを目的とすること

ポルトガル △ いくつかの分野の法の一般原則による規整

労働法:①差別は求職者・労働者のハラスメントを構成、②人の尊厳に影響を及ぼし、脅迫的、敵対的、下劣的、屈辱的、攻撃的環境を作り出す目的から行われる(法定の事由に関連した)ハラスメントあるいは望まざる行為として理解される、③性的な性質の行為

ルーマニア △ 人種差別・セクシャルハラスメント

スロヴァキア ○ 暴力・ハラスメント問題を対象とする法律等

ハラスメント「脅迫的、敵対的、下劣的、屈辱的、乱暴な、濫用的な環境を作り出し、自由や人の尊厳に干渉し、しうる行為」セクシャルハラスメント

スロヴェニア ― 職場におけるハラスメントに関係する法令

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―36― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

モラルハラスメントは、労働者の健康や福祉に有害な影響

を及ぼす相当な深刻な社会的問題であることを明らかにし

たことが重要な役割を果たした。各種統計によれば、労働

における健康問題の影響の増大は、肉体的要因よりもむし

ろ精神的および社会心理的な原因に帰せられることも明ら

かになっている。他方、判決においては、モラルハラスメ

ントを様々な労働環境に影響する職業的リスクとして承認

する立場もみられる。

 こうした傾向を背景として、EU 各国におけるモラルハ

ラスメント規制については、ドイツ・イタリアのように一

般法に委ねている国もあるが、特別条項を制定する国が多

い。よく知られているフランス・ベルギー以外の状況を概

観しておく 6)。

 <キプロス>

 職場安全健康法(�996 年、89(�)/�996)において職

場における暴力を、職場の健康リスクとして一般的に位置

づけ、第三者暴力も規定する。労働における健康には、職

場における安全と衛生に直接関連する健康に影響する肉体

的、精神的、心理的要素をも含むとしている。

 <デンマーク>

 雇用および育児休業へのアクセスに関連する男性と女性

の平等な待遇についての法律(2002 年法、修正 2005 年 �2

月 23 日法)が、ハラスメントおよびセクシャルハラスメ

ントを対象としている。ハラスメントは、ジェンダーハラ

スメントとセクシャルハラスメントに分類し、ジェンダー

ハラスメントは、「人間の尊厳を攻撃する結果や目的を有

する、ジェンダーに関連した歓迎されない行為」と定義さ

れ、セクシャルハラスメントに包含されない行為で、ジェ

ンダーに関連する「精神的ハラスメント」が、規制の対象

となる。

 「労働環境」政策の中に、「精神的ハラスメント」が位置

づけられている。労働環境改善の国家プログラムである「労

働環境行動計画 20�0」では、4 つの優先課題として、2005

年から 20�0 年の労働環境分野の最も重視すべきテーマを、

労働災害、精神的労働環境(精神衛生に影響を及ぼす心理

的な面における労働環境)、騒音、筋骨格疾患とし、これ

らの問題解決に積極的に取り組むことを提言している。精

神的労働環境については、職場の人間関係、家族に優しい

職場(勤労生活と家族生活との関係性)、仕事に対する満

足度など、心理的な観点からみた職場環境を意味するとし

ている。労働環境評議会は、精神的労働環境を改善する要

素として、(ⅰ)労働条件等に対して個人的に影響力を行

使(休暇、フレックスタイムなど)、(ⅱ)仕事の目的や全

体像が明瞭、(ⅲ)同僚や上司の支援が期待できる、(ⅳ)

納得できる待遇(評価、賃金、昇格など)、(ⅴ)適度な仕

事量や仕事の質などについての要求を挙げ、職場の心理的

環境改善の指針とするよう呼びかけている。反対に精神的

労働環境を悪化させる要素としては、仕事や業績に対する

不当な要求、単純作業、いじめ、セクハラ、同僚や上司か

らのサポートが期待できない、シフト作業、不適切な報酬、

不十分な情報提供、解雇への不安、自己開発の可能性の不

在などが挙げられている。

 全国協約(2008)は、「労使共同委員会は、被用者が、

同僚、管理者あるいは第 3 者からのいじめ、ハラスメント

あるいは暴力に晒されることのないような労働環境を保障

するためのガイドラインを設定しなければならない。労使

共同委員会は、ガイドラインが目標を達成しているかどう

かを恒常的に監視しなければならない。」(第 5.�0 条)と

定める。

 <フィンランド>

 労働安全衛生法(�958 年制定、2002 年 8 月 30 日法全面

改正 738/2002)が、労働条件に関する特別条項として、「労

働における暴力のリスク(27 条)、ハラスメント(28 条)」

に関して定めている。定義規定自体は存しないが、「暴力

スペイン △ 刑法

憲法・労働法:すべての労働者の権利「肉体的一体性」と「プライバシーの保護と性的性格の言動による侮辱から保護を含む尊厳に対する正当な尊重」、職場リスク防止法:職場における健康と安全の実効的な保護の労働者の権利、障害者に対する機会平等、非差別、普遍的なアクセス保障法・男女平等待遇)セクシャルハラスメント

スウェーデン ○ ○ 使用者の主要な責任「(第三者の暴力とハラスメントの)暴力のリスクを調査し、リスクを回避するための措置を可能な限り講じる」

スイス 刑法;暴力行為労働法や事故防止政令には特に言及ない

労働法:使用者は被用者の肉体的・精神的健康を保護し、その人格的完全性が損なわれないことを確保する義務を負う

イギリス ○

攻撃のような刑事上の行為や民事上の不法行為が、コモンローの一部として適用されることがあるが、立法ではなく、司法判断による

雇用関係法・一般法:ブライング規定雇用関係法:性差別禁止法、人種関係法、雇用権利法、労働健康安全法、労働組合・労働関係調停法、公益開示法、契約法一般法:刑事法・公序法、公序法、ハラスメント保護法、人権法

出所:European Risk Observatory Report, 20�0, p. �48 et suiv.

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―37―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

の脅迫」や「ハラスメント」が、「精神的ハラスメント」

に包含される。

 「暴力の脅迫」について、「暴力の明白な恐怖を伴ってい

る労働や労働条件は、暴力の恐怖や暴力の影響が可能な限

り防止されるように、見直されなければならない。そのた

めに、暴力を防止あるいは抑制するために必要な適切な安

全施設や備品と救助を求めるための設備が、職場に備えら

れなければならない。」とされ、使用者は、予防的な監督

の義務が課されるとともに、「従業員の安全に対する暴力

的事件の影響を監視あるいは防止するための活動」の義務

が課される。さらに、必要に応じて、安全確保のために、

点検の義務が明記される。

 「ハラスメント」について、「ハラスメントその他、従業

員に対する不適切な対応が、労働の際に生じ、従業員の健

康に障害や危険を生じさせる場合には、使用者は、事情を

認識した後には、有効な手段によって、この事態を解決す

るための措置を講じなければならない。」とされる。

 「従業員の一般的義務(同僚である労働者の責務)」とし

て、「従業員は、他の従業員の安全や健康に障害や危険を

及ぼすような、ハラスメントその他、従業 員への不適切

な対応を避けなければならない。」とされる。

 <アイルランド>

 「職場におけるいじめ行為を防止するための行動指針」

(2002 年 � 月 25 日)(労使関係法(�990 年)の運用指針の

別表)が、「職場におけるいじめ行為の定義」として、「口

頭あるいは身体にその他により、� 人あるいはそれ以上の

人によって、他の一人あるいは人々に対して、労働の現場

においてあるいは雇用の過程において、労働における個人

の権利を毀損すると合理的な見なしうる、直接的なあるい

は間接的な、繰り返される不適切な行動」と規定する。

 職場におけるいじめを防止するための非公的な手続きと

公的手続きおよび公的手続きを定めている。

 非公的な手続きは、関係する当事者への対立と影響を最

小限にとどめ、問題解決を図るという観点から、以下の 3

手段を定める。

 (ⅰ) 被害者は、加害者とされる者に、問題となる行為

が受け入れられないことを明確に説明する。被害者が、加

害者に直接伝達できない場合には、同僚・上司・経営者・

人事部役職員・労働組合等の仲介者から援助と助言を求め

ること。

 (ⅱ) 被害者は、仲介者と相談し、加害者との問題の解

決のための援助を求める。仲介者は、対立的にならないよ

うに、穏和な形で問題解決するようにする。

 (ⅲ) 被害者は、非公的な手続きを採らずに、公的な手

続きに進むことができる。

 公的な手続きは、非公的な手続が不調に終わった場合、

非公的な手続きの後も、いじめ行為が存続する場合に、以

下の 3 手段がある。

 (ⅰ) 被害者は、書面で、直属の上司あるいは経営者に、

公的な苦情を申し出る。

 (ⅱ) いじめ行為が申し立てられていることを書面で通

知される。加害者とされる者は、被害者の申述書の写しを

渡され、その主張に反論する公平な機会が与えられる。

 (ⅲ) 申立は、公平な立場の経営者内部で指名された者

によって、検討され、適切な行動計画を決定する。この行

動計画は、仲裁的な解決策を探求し、あるいは非公的に解

決することなどがある。そのような行動計画が、不適当で

ありあるいは問題解決に至らない場合には、公的な調査を

実施し、申立についての事実確認と信憑性を確定する。

 苦情が根拠のあるものと判断される場合には、加害者と

される者へ、行動計画が示される。その行動計画は、雇用

関係における懲戒・苦情手続きに関する法令上の規定に

従って、問題解決のための相談・監視・改善措置が含まれ

る。当事者が、この調査結果に不満の場合には、その問題

を通常の労使関係機構に係属させることができる。

  平 等 法(2004 年 7 月 �8 日 法 )(�998 年 雇 用 平 等 法、

�990 年年金法、2000 年平等法の修正)が、「ハラスメント

およびセクシャルハラスメント」規定を定め、職場、業務

遂行上、第三者からの被害について、「ハラスメントある

いはセクシャルハラスメントは、被害者の雇用条件との関

係において、被害者の使用者による差別を構成する」(第

�4 節 A)とする。第三者暴力は、刑事法で保護の対象と

される。

 <ルクセンブルク>

 2002 年 9 月 23 日法(2008 年 5 月 �3 日法修正)が、雇

用平等に関するヨーロッパ指令の国内法化を図っている。

 <オランダ>

 労働条件法(�999 年 3 月 �8 日法)が、「使用者は職場

における被用者の健康と安全に責任を負う。」という一般

原則を定めていたが、2007 年法改正(2008 年 3 月 �8 日施

行)が、「社会的心理的な労働負荷(PSW)(性的な脅迫、

攻撃および暴力)」の定義に「ハラスメントおよび労働の

プレッシャ」を含むことを明記し、使用者の PSW 政策実

行義務として防止措置の具体化を定めている。

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―38― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

 平等待遇法(�994・2003・2004)は、「差別禁止は、ハラ

スメント禁止を含む。」とし、「ハラスメントとは、宗教、

信条、政治的意見、国籍、人種、性別、性的志向あるいは

市民としての立場に基づく人の間の差別の特徴や行動に関

連したもので、人間の尊厳を侵害し、脅迫的な、敵意的な、

品位を貶め又は攻撃的な雰囲気を作り出すことを目的とし

又はそのような結果を生み出す行為」と定義する。ハラス

メント規制の規制対象と方法として、採用募集・配置、労

働関係の締結と終了、労働契約期間、労働条件、職業教育・

訓練および昇進における差別的取扱いを違法とすることに

よって、禁止とする。労働者が、このような立法規制を根

拠に、訴えを行ったことを理由として、使用者は労働契約

の解約を行うことはできない。雇用平等(年齢差別禁止)法・

(雇用関係における)疾病・慢性疾患差別禁止法も、同様

の定義による「ハラスメント」を差別の定義に含めている。

 <ノルウエー>

 労働組合(LO)と使用者団体との協定(�994)が、不

適切な行動を行った人と労働することを拒否する明示的な

権利を承認していた。

 労働環境法が、労働者を職場でのハラスメントや暴力、

第三者からの脅迫から保護する規定を含み、「被用者は、

ハラスメントあるいは他の不適切な行為を受けてはならな

い。」(Section4-3)と定める。2008 年 4 月改正によって、

使用者は、被用者が孤立して労働する場合、リスク要因を

測定し、縮減する義務を負う規定を設ける。 

 <ポーランド>

 労働法典改正(2003 年 �� 月 �4 日法、2004 年 � 月 � 日

施行)によって、ハラスメントおよびセクシャルハラスメ

ントの定義と禁止規定(第 �83 条 a、5・6)が導入されて

いる。いじめの定義および禁止(第 94 条(3))および使

用者の防止義務(いじめ概念:被用者の職業能力の低下、

感情の毀損、職場からの排除をもたらす執拗な行為)が定

められている。

 <ポルトガル>

 労働法改正(2009 年 2 月 �2 日法)において、ハラスメ

ントの定義が拡張されている。旧法では、差別事由に関連

するすべての望まざる行為(第 24 条)とされていたが、

欧州枠組協定の影響で新規定が、差別要因を例示(第 29 条)

した。 

 <スロヴァキア>

 反差別法(2004 年、365/2004, section 6)が、職場のハ

ラスメントを含む。

 <スロヴェニア>

 労働関係法(2007 年改正)が、ハラスメントの禁止、

使用者の対応の義務(使用者が苦情を受理した後の対応の

期限設定)を定める。刑法(2008 年改正)が、刑罰規定

を有する。

 <スウェーデン>

 労働環境法(�977 制定、�978.7.� 施行)が、職場環境(身

体的負荷・精神的ストレス)に対する規制を定めていたが、

職場環境における暴力と脅迫に関する政令(�993 年)

(AFS�993:2)および職場における被害防止に関する政令

(�993 年 9 月 2� 日)(AFS�993:�7)が、具体的措置を定め

る。そこでは、職場における暴力や脅迫の被害の多くは、

事前の措置によって防止されることができる、被害者に対

しては、充分なケアと対応が重要であるという理念が重視

されている。責任として、経営管理者が、労働環境に関す

る様々な任務に対する責任を明確に果たす義務を有し、そ

の実行の最終的な責任は、使用者が負うとされ、責任者の

責務や権限、教育が規定されている。

 雇用平等法(�99� 年 5 月 30 日法、2005 年 7 月 � 日修正)

が、差別行為、見せしめ行為を規制の対象とし、ハラスメ

ントの禁止、ハラスメントを調査し、措置を講じる義務を

定めている。

 差別禁止法(2003 年)では、「ハラスメント」は、「人

間の尊厳を損なう行為で、性別、人種、信仰その他の信条、

性的志向あるいは疾病に関連した行為」と定義され、「セ

クシャルハラスメント」とは別個の類型として位置づけら

れている。この「ハラスメント」を含む差別行為が、労働

関係において禁止される。差別行為が生じた場合、民事上

の無効の効果と損害賠償責任が定められている。

 刑法典(第 �6 章「公序に対する犯罪」)は、使用者が従

業員に対して、差別行為を行った場合の刑罰(罰金または

� 年以下の懲役)を定める。

 <イギリス>

 最近の平等法(20�0 年 4 月 8 日法)が、既存の雇用平

等法(2008 年性差別禁止法、2003 年信条差別禁止法、

2003 年性的志向差別禁止法、�995 年年金法、�995 年疾病

差別禁止法、�986 年性差別禁止法、�076 年人種差別禁止法、

�975 年性差別禁止法、�970 年賃金平等法、2006 年年齢差

別禁止法、等)を再改編し、社会経済的不平等の解消、ハ

ラスメント規定の挿入:ハラスメント(侵害利益、事由)

と加害行為の区別を定めている。

 <マケドニア>

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―39―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

 労働関係法修正(2009 年 9 月 �0 法、2009 年 9 月 22 日

施行)が、職場におけるハラスメントに関する条項を労働

関係法(2005 年 7 月 22 日法)に追加している。

 <モナコ>

 暴力の予防と禁止に関する法(20�� 年 7 月 20 日)が、

一定の関係にあるものによって振るわれる肉体的、精神的、

性的あるいは経済的暴力や暴力の脅威を対象にする。

 <セルビア>

 労働におけるハラスメント防止法(20�0 年 5 月 26 日法)

が、ハラスメントの定義、ハラスメントに対する措置、使

用者の権利・義務・責任、防止措置、被害者の法的保護、

監督、罰則を定めている。

 2005 年 � 月に、EU 委員会は、ヨーロッパの社会的当事

者(UAPME:中小企業・自営業者欧州連合、CEEP:公

営企業欧州センター、CES:欧州労働組合連合)に対して、

職場における暴力の分野(モラルハラスメントを含む)で

の取組の促進について諮問した。その際、委員会は、労働

者の精神的および肉体的健康に対するモラルハラスメント

の否定的影響について強調し、モラルハラスメントによっ

てもたらされた生産性の減少が �%から 2%の間にのぼる

という研究結論を強調した。

 この諮問を受け、ヨーロッパの社会的当事者は、この問

題をヨーロッパレベルでの社会的対話という既存の枠組み

の中で扱うことを了承し、2007 年 4 月 26 日に労働におけ

るハラスメントと暴力に関する自主的基本協定を署名する

ことになった。この協定は、「使用者および労働者は、経

済的および社会的な重大な影響を有しうるこの問題を取り

扱いことに相互の利益が有すること」を宣言し、当事者お

よびその代表者がこの現象に対する自覚と理解の促進を目

的としている。協定は、ハラスメントおよび暴力は、肉体

的、 精神的、および / あるいは性的なハラスメントを含む

多様な形態をとりうることを認めている。

この基本協定は、全ての加盟国の社会的当事者に対して

は、3 年以内に基本協定を採択することが求めているが、

その実施状況についての報告が公表されている 7)。最新の

ものであるフランスにおける「職場のハラスメント・暴力

に関する全国職際協定」(20�0 年 3 月 26 日)とイギリス

におけるモデル協定である「職場における暴力についての

製造・科学・金融連合モデル協定」を引用しておく(図表

⑨)。

 その後、2009 年 �0 月 22 日には、「職場における第三者

の暴力・ハラスメントに関する指針」が採択されている(図

表⑩)。外部的暴力という定義の重要性を確認したものと

なっている 8)。

2 定義問題

 ここまで、用語としては、暴力(肉体的暴力と精神的暴

力)、ハラスメント(モラルハラスメントとセクシャルハ

 <図表⑨> EU「ハラスメントと暴力についての基本協定」2007 年 4 月 26 日

� はじめに 職場のあらゆる次元での他人の尊厳の相互の尊重は、成功する組織の主要な特徴のひとつである。そのような理由から、ハラスメントおよび暴力は受け入れることができないのである。 各労使組織は、あらゆる形態のもとで、ハラスメントや暴力を非難する。重大な社会的および経済的な影響をもたらしうるこのこの問題に取り組むことは、使用者および労働者の相互の利益にかなうものと評価する。国内および共同体の立法が、労働者を職場におけるハラスメントや暴力から保護することが使用者にとっての義務であると定義している。 様々な形態のハラスメントや暴力が、職場において出現することがある。ハラスメントおよび暴力は、 *肉体的、精神的および / あるいは性的な形態を帯びることがある。 *個別の事案あるいはより組織的な行動となることがある。 *同僚の間、上司と部下の間で起こることがありうるし、あるいは顧客、患者や生徒などの第三者からもたらされることがありうる。 *不尊重といった軽微な表象から、公権力の介入を必要とする刑事犯罪のようなより重大な行為にまでいたることがありうる。 ヨーロッパの社会的当事者は、ハラスメントや暴力が、どのような職場であれ、どのような労働者であれ、企業規模や企業活動分野や労働契約や労働関係の形態にかかわりなく、影響することがあることを承認する。しかし、いかし特定のグループや部門は、他のものより以上に危険にさらされている。実際には、全ての職場や全ての労働者が影響を受けているわけではない。2 目的*使用者、労働者およびその代表者に職場のハラスメントや暴力について認識させ、理解させること*使用者、労働者およびその代表者に職場のハラスメントや暴力の実態を認識し、予防しそして管理するための具体的な基本的行動計画を与えること3 定義 ハラスメントは、一人あるいは数人の労働者あるいは管理職が、労働に関連した状況で、繰り返しかつ意図的に乱暴に扱われ、脅迫されおよび / あるいは辱めを受けている場合に、 生じるものである。 暴力については、一人あるいは数人の労働者あるいは管理職が、労働に関連した状況で、攻撃をうける場合である。 ハラスメントおよび暴力は、対象とされた人の尊厳を傷つけ、その健康を害しおよび / あるいは敵対的な労働環境を作り出すような目的を有しあるいはその結果をもたらす、一人あるいは数人の管理職あるいは従業員の行為でありうる。

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―40― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

4 ハラスメントおよび暴力状態を予防し、特定し、管理すること 管理職および労働者の啓発および適切な教育は、労働におけるハラスメントや暴力の発生可能性を縮減することができる。 企業は、ハラスメントや暴力がその内部で許されないものであることを示す詳細な言を起草しなければならない。その文書は、事件の場合に踏まれるべき(非公式な局面を含む手続)を具体化しなければならない。 この手続には、以下の要素を考慮しなければばならない。*すべての当事者の利益のために、各人の尊厳とプライバシーを堅持するために必要な配慮をもって行動すること。*いかなる情報も、事件に関わり合いのないものに対して、口外されてはならない。*苦情は、不当に遅滞することなく、検討され、対応されること。*関与するすべての当事者が公平に聴取され、公平な取り扱いを受けなければならない。*苦情は、詳細な情報によって裏付けられなければならない。*虚偽の非難は許されず、その行為者は、懲戒的措置の対象となり得る。*外部的な援助が有益となり得ることもある。 ハラスメントや暴力行為が明白な事実である場合には、適切な措置が実行者に対して講じられなければならない。 被害者は、支援を受け、必要であれば、復職を援助されなければならない。 本章の規定は、必要応じて、外部の暴力の場合にも適用されうる。5 実施 本協定の実施において、中小企業に過度の作業負担を課すことを避けるものとする。本協定の適用は、労働者に与えられている保護の全般的水準を縮減させるための有効な理由とはならない。

イギリス 製造・科学・金融連合モデル協定(職場における暴力についてのモデル協定)

暴力の定義 被用者が、その雇用環境においてあるいは公衆から、濫用され、脅迫され、攻撃される事故。性的なおよび人種的なハラスメントを含む。

使用者の義務 ①雇用から生じる暴力の潜在性を承認し、被用者への暴力のリスクを廃絶し、縮減するために合理的に実行可能なあらゆることを実施する。②安全衛生委員会・組合安全代表委員と協議し、暴力防止政策を発展させ、この政策に基づきすべての職員への戦略とガイドラインを充実させる。③被用者は、使用者のために、使用者の財産を保護するためにリスクを負わないことを明確にし、重大な差し迫った危険のための手続きが職場の暴力を対象とすることを明確にする。④労働から生じる暴力の潜在性を測定し、リスクを廃絶し縮減するためのにあらゆる実際的な措置を講じる。⑤暴力のあらゆる情報を要求する。⑥調査し、報告する。⑦暴力を体験した人への援助やアフタケアーを行う。⑧暴力を生じるものを除去することに同意する。⑨暴力を体験したにより、従来の義務を履行することができない人に対して、将来の展望を損なうことなく、義務や場所や配置を変更する。⑩組合の安全代表と協議して、暴力からのリスクにある人への全面的な教育を行う。⑪暴力の潜在性について、被用者からの報告を実施し、リスクをなくすための予防的な措置を講じる。⑫暴力の予防政策を定期的に見直す。⑬暴力の防止政策の定着ための責任者を定める。

出所 ILO, Violence at work, �998. p.97.

<図表⑩> EU「職場における第三者の暴力・ハラスメントに関する指針」(2009 年 10 月 22 日)

  前文(要約) � この指針の目的は、各職場が、第三者の暴力に対処するための効果的な政策を持つことを確実にすることを目的とする。 3 労働者に対する第三者の暴力の影響は、地方行政団体、健康、商業、民間保険および教育の分野で当事者の関心の対象の的となっている。このような暴力は、人の健康と尊厳にたいする破滅的な効果以外に、具体的な経済的影響(アブセンティズム、モラルの低下や従業員の移動)を及ぼしているからである。第三者の暴力は、公衆や業務の利用者にとって、危険な、恐怖でもある環境を生み出しうるものであることから、社会全般に否定的な影響を及ぼすのである。 4 第三者の暴力および労働におけるハラスメントは、例えば以下のような多様な形態をとりうる。 a) 顧客、依頼者、患者、サービス受益者、生徒あるいは親、公衆、もしくは役務提供者の行為あるいは行動から生じることがある。 b) 無礼な行為から、重大な脅迫や肉体的攻撃にまで至ることがある。 c) メンタルヘルスの問題を原因としてかつ / あるいは性、民俗 / 人種的起源、宗教、信条、障害、年齢、性的志向あるいは肉体的外観に結びついた感情的動機、反感、損害を原因とすることもある。 d) 労働者およびその評判あるいは使用者や第三者の財産を対象とする組織化されたあるいは偶発的な犯罪行為であることもあり、公権力の介入を必要とすることもある。 e) 被害者の人格、尊厳および完全性を深く傷つけることもある。 f) 職場で、公然とあるいは私的に表現され、そして労働と結びついていることもある。 g) 情報通信技術設備を介して表れることもある。その場合には、「サイバー・ハラスメント」と呼ぶ。 5 第三者の暴力は、労働における(同僚間の)暴力やハラスメントとは充分に区別されるが、労働者の健康と安全および経済的インパクトに充分に重大な結果をもたらすものであり、特別のアプローチを正当化するものである。 6 第三者の暴力は、職業、職場、分野や組織によって異なるが、良好な労働事情の主たる要因やそれに対応するためにとるべき措置は、すべての職業的環境に共通している(当事者、明確な定義、予防目的のリスク評価、啓発、教育、適切な事実摘示と経過観察と評価に明確なシステムなど)

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―4�―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

フランス「職場のハラスメント・暴力に関する全国職際協定」(2010 年 3 月 26 日)

 (EU 基本協定の転移・具体化であるが、フランスで問題となった特徴点) ◎交渉の際に、労使は、労働組織の問題については、意見が一致しなかった。というのは、労働組合側にとって、協定が、労働組織および経営手法がハラスメントや暴力を発生させうるものであることを明示的に確認しなければならなかったのに対して、使用者側はそれを拒否した。最終条文は、労働環境が、人がこれらの現象に曝されることに 影響を及ぼしうると定めている。 ◎無礼な振る舞い(ヨーロッパの条文には登場していないが、フランスの社会的当事者によって付け加えられた) 無礼な振る舞いは、特に公衆と日常的な関係にある労働者にとっては、労働条件の劣悪化をもたらすもので、共同生活を困難にするものである。 無礼な振る舞いを放置する企業は、それを日常化させ、暴力やハラスメントのより重大な行為の出現を促すことになる。 ◎再編の場合 企業の再編、再建あるいは旧態依然を変革する場合には、企業は、新しい状況において、公平な労働環境を考察する。

ラスメント)という EU において一般的になっている分類

を用いてきたが、定義に関する問題は、EU 実態調査にお

いても重要な課題であった。職場でのハラスメントや暴力

という様々な微妙な形態の行為類型を包括させる努力を反

映して、モラルハラスメント(harcèlement moral、英訳

が moral harassment あるいは bullying)という名称によっ

てこれらの行為が概念化されてきたとされている。

 以前から、職場での敵対的なおよび否定的な行動を資格

づけるために、様々な用語が用いられているが、調査研究

によれば、否定的かつ濫用的な行動を定義する用語を収斂

する傾向が指摘されている。これは、職場における暴力の

概念の全体的かつ共通の理解の登場を意味している。他方

では、一国での特別な用語が、一般化している事例もある。

例えば、オランダでの pesten、フランスでの harcèlement

moral、イタリアでの molestie、ポルトガルでの coacção、

スペインでの acoso である。

 一部の国では、用語の調整化が企図され、結果として、

政策的あるいは立法文書が修正された。こうして、アイル

ランドでは、職場でのモラルハラスメントについての修正

された行為準則がモラルハラスメントとハラスメントの間

の区別を取り入れた。モラルハラスメントの用語が、「労

働における人の尊厳への権利を否定する繰り返される不適

切な行為で、一人の人あるいは集団に向けられるもので、

他人の下位に置こうとする目的を有するもの」と定義され、

ハラスメントの用語がセクシャルハラスメントの概念も含

み、雇用の平等に関する �998 年法に列挙された差別の防

止の 9 事由の一つに基づくものと定義される。

むすび 日本において、「職場におけるいじめ」問題は、従来から、

多くの判決でも争点となっていたが、厚生労働省レベルで

も、漸く「職場のいじめ・嫌がらせに関する円卓会議(ワー

キング・グループ)」 が設置され、20�2 年 3 月 �5 日に、「パ

ワーハラスメントを予防・解決するために」という提言も

公表され、マスコミでも大きく取り扱われたところで、今

後、労務管理上の問題として重視されることが予想される

が、労働問題や労働法としての位置づけからすると問題点

も多い。本稿で紹介した EU での経験を踏まえながら、日

本における現状の問題点を指摘しておく。

 一つには、厚生労働省の議論では、「職場におけるいじめ」

問題の深刻さに対する実情把握や認識が十分に窺えず、文

化や宗教観と結びつける議論なども散見され、問題の所在

が曖昧になっていることである。一部の実態調査が取りあ

げられているが、会社側にしろ労働組合側にしろ、大きな

組織に所属する立場からの発想であり、「職場におけるい

じめ」の被害者の多くが、相談窓口もわからず、泣き寝入

りせざるを得ないような実態を直視しているとは思われな

いのである。

 その結果、EU での調査報告や研究が強調しているよう

に、「職場におけるいじめ」が構造的問題であり、企業風

土や構造的問題であるという視点が欠如していることであ

る。そのため、「職場におけるいじめ」問題を個々の現象

に還元し、ひとりひとりの人の対応として予防・解決しよ

うとしているところに重要な問題点がある。

 このような発想や立場を導いているのが、「パワハラ」

概念の存在である。「パワハラ」という用語は、�0 年程前

に考案された和製英語であるが、同じ厚生労働省の「精神

障害の労災認定の基準に関する専門検討会」では、国際的

にも通用しない「素性のいい英語」ではないとして論難さ

れているものの、円卓会議(ワーキンググループ)の方で

は無批判的に用いられている。「パワハラ」という用語は、

いじめの一部の行為を表象することはありえても、一般的

な定義概念とすることは、いじめ問題の本質の理解を誤ら

せるだけでなく、この問題の対象領域を不当に狭めてしま

うという点で、重大な欠陥を有するもので、学術用語ある

いは法的概念としては、不適切であると考える。

 EU では、交通機関における乗客による暴力、医療機関

における患者からの暴力、教育現場における生徒 ・ 保護者

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―42― 滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol. 9 No. � 20�2

からの暴力・クレームなども「外部的暴力・いじめ」とし

て「職場の暴力・いじめ」として位置づけられ、「職場の

暴力・いじめ」規制の適用範囲に含まれるが、厚生労働省

における議論のように、「パワハラ」概念に固執するかぎり、

第三者暴力は対象から逃れてしまうのである。EU のレ

ポートは、実態調査を通じて、「いじめ(ハラスメント)」

という概念が定着してきたと評価しているが、この点でも、

現状にたいする問題点の把握の仕方について議論の余地が

あることを物語っている。「セクハラ」と「パワハラ」は

ベクトルが違うとか、「いいパワハラ」と「悪いパワハラ」

があるという議論が堂々と展開されることは、「ハラスメ

ント」という普遍性のある法的な概念への理解不足であり、

法的な定義概念としては、「ハラスメント」あるいは「い

じめ」が最適であり、「パワハラ」は不適切であるを強調

する必要がある。

 こうした状況に共通する問題点は、この間の「職場のい

じめ」問題の取り組み方自体に起因している。「職場のい

じめ」問題は、従来から少なからぬ民間団体による実情報

告を踏まえた問題提起や研究者レベルの業績も一定蓄積さ

れているが、一部関係者から、これらの成果を軽視する発

言が相次いでいることである 9)。そのような関係者から、

今回の円卓会議へ不正確な情報を含む資料提供が行われて

いるだけに、看過しえないのである。「原子力村」ならぬ「労

働法村」による弊害である。政策決定の過程において、様々

な立場の関係者の声を公正に反映する仕組みが不可欠であ

る。そのためには、労働行政における代表選出制度におけ

る公平性 ・ 客観性・公開性の原則の確立が必要であろ

う �0)。

註�) 国名略記一覧

BEBGDKDEESFRIT

ベルギーブルガリアデンマークドイツスペインフランスイタリア

NLATPTROFISEUK

オランダオーストリアポルトガルルーマニアフィンランドスウェーデンイギリス

HRMKTRNOKOMECH

クロアティアマケドニアトルコノルウエーコソボモンテネグロスイス

各調査の対象国は以下とおりである。 第 � 回調査(�990/�99�):EC�2 第 2 回調査(�995/�996):EU�5 第 3 回調査(200�/200�):EU�5 第 4 回調査(2005):EU25・BG・RO・NO・HR・TR・CH 第 5 回調査(20�0):EU27・NO・HR・TR・MK・ME・KO EC�2 EC 加盟国 EU�5 2004 年の拡張以前の加盟 �5 カ国 EU25 �5 カ国と NEM�0 カ国

EU27 25 加盟国と PA2 カ国 NEM 2004 年加盟 �0 カ国 P A 2 2007 年加盟 2 カ国(BG・RO) P C 2 UE 加盟候補国(HR・TR)2) 第 2 回調査報告書(Les conditions de Travail dans L'Union

Européenne)は、「�3%の労働者が暴力や脅迫の対象となったと答えており…労働における暴力は、肉体的であれ精神的であれ性的なものであれ、集団的なものであれ個別的なものであれ、企業内部で生じるものであれ外部で生じるものであれ、周縁的な現象ではない。」と確認した。

3) European foundation for the Improvement of Living and Working Conditions, First european survey on the work environment �99�-�992,�992.;Second European Survey on Working Conditions, �997.;Third European survey on working conditions 2000, 200�.;Working conditions in the acceding and candidate countries, 2003.;Fourth European Working Conditions Surevey:Contribution to policy development, 20�0.;Changes over time-First findings from the fifth European working conditions Surevey,20��. 国内研究については、以下の各報告によった。 European Agency for Safety and Health at Work, Workplace Violence and Harassment :a European Picture , European Risk Observatory Report, 20�0.;Violence, bullying and harassment in the workpa lce , European Foundat ion for the Improvement of Living and Working Conditions, 2007.; Vittorio Di Martino, Helge Hoel and Cary L. Cooper, Preventing violence and harassment in the workplace, European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions, Dublin Report, 2003.

4) N は有効回答数(DK および回答拒否を除外)である。5) 労働における労働者の安全と健康の改善を促進するための措

置の実施に関する �989 年 6 月 �2 日の指令 89/39�/CEE 人種あるいは民族的起源の差別のない、人の間の待遇原則の実施に関する 2000 年 6 月 29 日の指令 2000/43/CE、雇用と労働に関する待遇の平等のための一般的枠組みの創設に関する2000 年 �� 月 27 日の指針 2000/78/CE、雇用、訓練、職業的向上へのアクセスと労働条件に関する男性と女性の間の待遇の平等原則の実施に関する指針 76/207/CEE を修正する 2002年 9 月 23 日の指針 2002/73/CEE。

6) ドイツについては、マルティン ・ ボルメラート「いじめと一般平等取扱法」、原俊之「職場における「いじめ」概念の意義―ドイツ法における議論を素材に」、藤原稔弘「ドイツにおける「職場のいじめ」と職場保持権の法理」(いずれも、山田省三・石井保雄編『労働者人格権の研究〔下巻〕』(信山社、20��)所収)、根本到「「職場におけるいじめ」と労働法―ドイツにおける動向を中心として」(労働法律旬報第 �530 号、2002)、水島郁子「職場のいじめと使用者の損害賠償責任」(労働判例第 877 号、2004)参照。

イタリアについては、大内伸哉「職場でのいじめ(mobbing)の告発行為を理由とする解雇」(労働判例第 805 号、200�)参照。なお、国会に提出されたモラルハラスメント法案(2005)では、いじめは違法行為を構成するとみなされ、いじめ行為を行った者は、最高で 4 年の拘留を受ける可能性がある(JIL海外労働情報(2005 年 4 月)参照)。

フランスについては、石井保雄「フランスにおける精神的ハラスメントの法理」(季刊労働法第 208 号、2005)、同「フランス法における「精神的ハラスメント」とは何か-その概念的理解について」(季刊労働法第 2�8 号、2007)、大和田敢太

「「社会的近代化法」による大規模な労働改革(フランス)」(労

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―43―EU における職場のいじめ規制の現状と課題(大和田敢太)

働法律旬報第 �526 号、2002)参照。 イギリスについては、鈴木隆「イギリスにおける職場のいじ

め対策の実情と課題」(季刊労働法第 2�8 号、2007)参照。 ベルギーについては、大和田敢太「ベルギーにおける労働で

のいじめ・ハラスメント禁止法(2007 年 � 月 �0 日法)」(労働法律旬報第 �695 号、2009)「労働環境リスクに対する立法的規制」(滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol.6, No.�, 2009)、同「ベルギーにおける労働環境リスクに対する立法的規制」(滋賀大学環境総合研究センター研究年報 Vol.7, No.�, 20�0)、同「ベルギーにおける「職場のいじめ」規則法」

(季刊労働法第 238 号、20�2)参照。 EU 全体の動向については、大和田敢太「労働関係における「精

神的ハラスメント」の法理:その比較法的検討」(彦根論叢第 360 号、2006)、濱口桂一郎「EU 職場のいじめ・暴力協約」

(労働法律旬報第 �7�6 号、20�0)、同「職場のいじめに対する各国立法の動き」(講演録、2006)参照。

7) Implementation of the ETUC/BUSINESSEUROPE-UEAPME/CEEP, Framework agreement on Harassment and Violence at work, Yearly Joint Table summarising ongoing social partners activities, 2009.;Autonomous Framework Agreement on Harassment and Violence at Work, An ETUC interpretation guide.

8) European social dialogue:multi-sectoral guidelines to tackle third-party violence and harassment related to work, EPSU, UNI europa , ETUCE, HOSPEEM, CERM, EFEE, EuroCommerce, CoESS.

9) 例えば、「(いじめ対策立法について)日本ではまだ問題意識がジャーナリスティックなレベルにとどまり、労働法の観点

からの踏み込んだ研究は殆ど見られないし、いわんや労働法政策として真剣に取り上げていこうという動きは政労使のいずれにも見られない。」(濱口桂一郎・前掲「職場のいじめに対する各国立法の動き」)、「実務者による若干の研究業績が蓄積されつつあるとはいえ、労働法学におけるこの問題への関心は未だ著しく低いように見える。」(濱口桂一郎・前掲「EU職場のいじめ・暴力協約」)、「近年の労働問題への関心の高まりの中で、ジャーナリストによる職場の実態の告発なども多く出版され、その中に個別労働紛争の実例も多く収録されているが、いずれもエピソード的に語られるにとどまり、今日の職場で発生している紛争の全体像を示しているとは言いがたい。」(「個別労働関係紛争処理事案の内容分析-雇用終了、いじめ・嫌がらせ、労働条件引下げ及び三者間労務提供関係-」まえがき(稲上毅)、労働政策研究報告書 No.�23、20�0)。

�0) 大和田敢太「労働者代表制度と団結権保障」(信山社、20��)参照。

(脱稿後、第 5 回調査報告が公表された(Overview report, 5th European Working Conditions Survey, �2 April 20�2.)。ハラスメント的な言辞、望ましからぬ性的関心、脅迫的・侮蔑的行為、肉体的暴力、いじめ行為、セクシャルハラスメントを「不利益な社会的行動」として分類しているが、質問項目では包含されていた5 つの差別問題は、取り上げていない。)

(本稿は、20�� 年度科学研究費(基盤研究(C)課題番号 23530060)による研究成果の一部である。)