クラスター研究における新たな分析 フレームワーク...

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クラスター研究における新たな分析 フレームワークに関する考察 クラスターとイノベーションの関係を中心として 1 はじめに 2 ポーターのクラスター理論の概要 3 ポーターのクラスター理論の注目点と問題点 4 新たな分析フレームワークについて 4.1 クラスターの機能と構造、そしてイノベーション創出のメカニズム 4.2 歴史的観点の欠如の克服 4.3 地域の制度に関する研究の不足の克服 5 おわりに 1 はじめに 現在かつて先進国が競争優位を達成していた産業分野において、新興国における産業の成長 によりその競争優位が喪失もしくは脅かされている。先進国において創出されたイノベーショ ンにより発展した企業・産業の機能は、利潤率や費用の関係から費用がより安く、より高い利 潤率が達成できる新興国へ移転していく動きがみられる。これは同時に、企業・産業の活動に とって良好な環境が新興国に備わることを意味し、先進国が競争優位を達成していた産業分野 において新興国を拠点とする企業・産業の成長にもつながった。この変化は、先進国における 企業・産業の機能の空洞化問題をもたらし先進国においてその対策の必要性が認識されるよう になった。 この問題の解決方法として、かつてのようにイノベーションの創出により新産業の創出する 必要性が挙げられている。イノベーション創出の研究は多々存在するが、本論文では企業のみ ならず産業レベルでの議論が必要と考えるため、産業集積とイノベーションの関係を中心に考 察するものとする。 これまでの産業集積とイノベーションの関係をみた研究には、産業集積とイノベーションの 相関関係をとらえる研究がある。BaptistaandSwan 1998 )では、同一産業の産業集積とイ ノベーションには、正の相関関係があり、関連産業の産業集積とイノベーションは統計上優位 313 キーワード:クラスター、イノベーション、バリューチェーン、バリューシステム、ダイヤモンド・モデル

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Page 1: クラスター研究における新たな分析 フレームワーク …dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/DBa...2 ポーターのクラスター理論の概要 本論文では、新たな分析フレームワークのベースとしてポーターのクラスター理論を検討す

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察クラスターとイノベーションの関係を中心として

宇 野 誠 二

1 はじめに

2 ポーターのクラスター理論の概要

3 ポーターのクラスター理論の注目点と問題点

4 新たな分析フレームワークについて

4.1 クラスターの機能と構造、そしてイノベーション創出のメカニズム

4.2 歴史的観点の欠如の克服

4.3 地域の制度に関する研究の不足の克服

5 おわりに

1 はじめに

現在かつて先進国が競争優位を達成していた産業分野において、新興国における産業の成長

によりその競争優位が喪失もしくは脅かされている。先進国において創出されたイノベーショ

ンにより発展した企業・産業の機能は、利潤率や費用の関係から費用がより安く、より高い利

潤率が達成できる新興国へ移転していく動きがみられる。これは同時に、企業・産業の活動に

とって良好な環境が新興国に備わることを意味し、先進国が競争優位を達成していた産業分野

において新興国を拠点とする企業・産業の成長にもつながった。この変化は、先進国における

企業・産業の機能の空洞化問題をもたらし先進国においてその対策の必要性が認識されるよう

になった。

この問題の解決方法として、かつてのようにイノベーションの創出により新産業の創出する

必要性が挙げられている。イノベーション創出の研究は多々存在するが、本論文では企業のみ

ならず産業レベルでの議論が必要と考えるため、産業集積とイノベーションの関係を中心に考

察するものとする。

これまでの産業集積とイノベーションの関係をみた研究には、産業集積とイノベーションの

相関関係をとらえる研究がある。BaptistaandSwan(1998)では、同一産業の産業集積とイ

ノベーションには、正の相関関係があり、関連産業の産業集積とイノベーションは統計上優位

313

キーワード:クラスター、イノベーション、バリューチェーン、バリューシステム、ダイヤモンド・モデル

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ではないとしており1)、また、真保・大西・西村(2005)では、産業集積に加え地域知識ストッ

クも説明変数としており、同一産業の産業集積及び地域知識ストックとイノベーションの関係

を化学産業、電気機械産業において統計分析より説明している2)。これらは、統計学を使用し

て産業集積とイノベーションに正の相関があることを示しているが、因果関係までを説明した

ものではない3)。

これまでの産業集積研究を確認しても、マーシャルの産業集積論 4)、ウェーバーを起源とす

る最小費用立地理論 5)、スコットのリンケージ概念の導入 6)、藤田・ティッセによる「新しい

空間経済学」における産業集積とイノベーションの関係 7)、以上の研究が主なものであり、産

業集積内部の各主体の機能及びその構造とイノベーションの関係について議論を進めるまでに

至っていない。

以上については、2つの問題が見受けられる。1つはウェーバーを起源とする費用最小立地

論の域を出ていない点である。つまり産業集積における集積の利益により費用を抑制する「規

格大量生産型の産業システム」に捕われていることを意味する。イノベーションは本来企業が

製品・サービスの差別化、高価格化により、超過利潤を発生させ大きな利益を得ることを目的

としている。そこで本論文では、企業が製品・サービスの差別化、高価格化により超過利潤を

発生させ大きな利益を得るという視点から、イノベーションを重視するマイケル・ポーターの

クラスター理論に注目し、産業集積とイノベーションの関係をとらえることとした8)。

2つ目は、産業集積内部の各主体の機能及びその構造とイノベーションの関係についての問

題である。これまでのイノベーションとの関係をみた産業集積研究は、産業集積の形成要因に

ついてのものであり、具体的な産業集積内部での各主体の機能及びその構造とイノベーション

の関係についてまでは論じていない9)。加えると、産業集積における政府や大学といった非企

業部門の役割についても触れられていない10)。

またポーターのクラスター理論においても、これまでの研究ではバリューチェーン(VC)

やバリューシステム(VS)からのミクロアプローチ、ダイヤモンド・モデルからのマクロア

プローチを相互に結び付けた考察が不足しており、産業集積内でのイノベーションの創出メカ

ニズムに対する分析フレームワークの構築までには至っていない。

そこで本論文では、VCやVSからのミクロアプローチ、ダイヤモンド・モデルからのマク

ロアプローチ双方からのクラスターの分析手法に関して考察を行い、産業集積内部の各主体及

びその構造とイノベーションの関係についての分析フレームワークについて考えるものとする。

その際にクラスターにおけるイノベーション創出メカニズムを把握するためには、ポーターの

クラスター理論を再検討しながら、「立地主体のVC及び立地主体間のVS」と「ダイヤモン

ド・モデルに地域の制度も含めて考慮した立地環境」との相互関係を歴史的・動態的に把握す

ることが重要である。以上の点を踏まえて、新たな分析フレームワークの可能性について述べ

るものとする。

経営研究 第66巻 第4号314

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2 ポーターのクラスター理論の概要

本論文では、新たな分析フレームワークのベースとしてポーターのクラスター理論を検討す

る際に、Porter(1985)、Porter(1990a)、Porter(1998)といった3つの文献を基に考える。

Porter(1985)においては、企業内活動の基礎概念となるVC11)、そしてVCを内蔵する企業

群によって上流部門から下流部門に渡って構成されるVS12)を提起している。Porter(1990a)

においてはダイヤモンド・モデル 13)により、クラスター内での企業の効率的な認識枠組みを

示した。Porter(1998)ではクラスターについての総括的な検討を行い、クラスターにおける

地域の制度の重要性も指摘している。以下、3つの文献で示された概念について説明し、クラ

スター理論の注目点と問題点について述べることとする。

まずVCについてであるが、VCは企業活動の本体であり企業の価値の総額を表すものであ

る。企業は9つのバリューアクティビティー(VA)それぞれに対して資源を投下する際に

VA相互間のリンケージを踏まえて考え、他の企業に対して競争優位を確立できるように戦略

を立てそれを実行し、企業の価値の総額を増加させる。VAは企業内でリンケージを構築する

と同時にそれぞれが企業の取引相手となる企業のVCを構成するVAとの間にもリンケージ

を構築している。つまり企業のVCを高い視点から俯瞰してみると、中心となる企業のVCを

構成するVAを起点として取引相手となる企業のVCのVA へとリンケージが形成されるこ

ととなる。この流れは、取引企業のVCのVAからさらに別の取引企業のVCのVAへとリ

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 315

図1 VC(バリューチェーン)

出所)Porter(1985),p.151より

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ンケージの形成が進み、VSの形成までこの流れは続く。VSはクラスターの背骨といえる概

念であり、VCと併せてクラスターの構造の説明に有用である。VCを図1、VSを図2として

表す。

以上のようなPorter(1985)のVC、VSは、クラスターを立地主体の視点であるミクロア

プローチにより分析する視角からのものであり、情報技術が競争に与える影響を3つの要因に

まとめている14)。ポーターは情報技術が企業、供給業者、消費者、競合企業の間の関係をどの

ように変えるのかという点に加え、情報技術が企業内部のオペレーションをも変化させている

点を示す過程においてVCとVSを示し、ミクロアプローチからのクラスター分析の手法を示

している。

ポーターはこの後、ミクロアプローチからの分析には触れず、Porter(1990a)におけるダ

イヤモンド・モデル(図3を参照)において、国の競争優位を左右する4要素の関係について

論じるとともに、クラスターをこうしたマクロアプローチから分析しようとした。このアプロー

チは、立地環境に重点を置いたものであり、クラスター内の各主体の構造と機能を直接説明す

るものではない。更に、この段階では地理的・空間的概念が希薄であり、分析の主眼は国別の

産業の競争優位の創出の条件に置かれていた。

ダイヤモンド・モデルの置ける4要素には、要素条件 15)、需要条件 16)、関連支援産業 17)、

企業の戦略、構造、競争 18)があり、それぞれが相互に作用し、国のレベルでの競争優位の創

出の源泉となる。システムとしてのダイヤモンド・モデルは自己を補強する機能を有しており、

国内競合企業と地理的集中といった2つの要素が大きな役割を果たす。国内競合企業は、すべ

ての決定要因の改善を促し、地理的集中はダイヤモンド・モデルの4要素の双方向の影響を高

め、引きつける。この2つの要素によりダイヤモンド・モデルはシステムとしての機能を持つ

ことができる。ダイヤモンド・モデルのもう1つの効果としては、競争力のある産業のクラス

ターを形成させることである。競争力のある産業の多くは、垂直及び水平関係におけるリンケー

ジを形成させるがこのリンケージは地理的に集中する傾向がある。つまり、競争力のある産業

における地理的に集中したリンケージこそがクラスターの本質である。

経営研究 第66巻 第4号316

図2 VS(バリューシステム)

出所)Porter(1985),p.151より

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また、ポーターはクラスターの発展に伴う動態的変化を表す4つの競争的発展段階(以下4

つの発展段階とする。)を提示している。4つの発展段階には、天然資源、労働力などの生産

要素から競争優位を生じさせる要素による推進、高水準の技術による設備を装備した工場への

投資により競争優位の達成を図る投資による推進、国内のライバル間競争を活力とし、ダイヤ

モンド・モデルの4要素全ての相互作用がピークに達しているイノベーションによる推進、過

去のクラスターの活動により蓄積された資源に基づく富による推進、4つの段階がある19)。

どのような経路をたどるかは、各クラスターの発展の仕方に依存するダイヤモンド・モデルは

4つの発展段階の変化を追うことでクラスターの動態的変化を把握することが可能な認識枠組

みとなる20)。

ダイヤモンド・モデルにおける4つの発展段階とクラスターの機能、構造とイノベーション

の関係は、「イノベーションによる推進段階」において重要となってくる21)。成功した産業で

は要素コストと通貨価値が上昇する傾向があり、要素による推進段階における競争優位からイ

ノベーションを刺激する新しいメカニズムの形成が進みやすくなる22)。

Porter(1990a)、(1990b)におけるダイヤモンド・モデルに関するポーターの主張は、競争

上の圧力、地理的集中、競争力のある産業の垂直的及び水平的リンケージの形成に伴うクラス

ターの成長、そしてクラスターの成長に伴い形成されるイノベーションを刺激する新しいメカ

ニズムの形成が競争優位を安定させるとするものである。ただし、ダイヤモンド・モデルは、

前述したように、立地環境に重点を置いたものであり、クラスター内の各主体の機能と構造を

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 317

図3 ダイヤモンド・モデル

出所)Porter(1990a),p.77より

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直接説明するものではないことに限界がある。

その後、Porter(1998)においてクラスターの定義 23)が示され、クラスター内でのイノベー

ションの創出の議論に関する出発点にたどり着いたといえる24)。相互に関連した企業及び機関

が、地理的に集中したクラスターにおいて「労働者やサプライヤーへのより良いアクセス」25)、

「特化された情報へのアクセス」26)、「相補性」27)、「制度、公共財へのアクセス」28)、「より良い

動機付けと測定」29)といった5つの要素の作用によりイノベーションを創出させ新産業を形成

させる。

クラスターの定義における重要点は、企業及び機関の地理的集中である。この地理的集中は、

システムとしてのダイヤモンド・モデルにおける自己補強機能の創出において重要な要素であ

る。これは、国内競合企業と地理的集中に符合する。Porter(1998)におけるクラスターと生

産性に関する記述においても、地域に存在する労働者、サプライヤー、情報、制度と公共財と

いった資源へのアクセスの容易さといった地理的近接性により効果を発揮する要素が、クラス

ター内の企業の生産性の上昇要因であることが読み取れる。またグローバル化時代におけるク

ラスターの機能をみても、一部先進国での経済的繁栄を達成した地域では、企業及び機関の地

理的集中と競争上の圧力がイノベーションの創出に大きな影響を及ぼすとしている30)。クラス

ターでは競争上の圧力と企業及び機関の地理的集中によるクラスター内の資源の有効利用と絶

え間ないアップグレードにより自己補強機能の増強がサイクル化することになる。

3 ポーターのクラスター理論の注目点と問題点

ポーターはクラスターにおける競争優位の確立とイノベーションについて以上のとおり分析

してきた。しかし、クラスターは産業分類基準での捕捉が難しく31)、具体的な企業及び機関

の活動と競争の関係を示していない32)。このためVC、VSからみた立地主体からの分析アプ

ローチが行われておらず、ダイヤモンド・モデルからみた立地環境からの分析アプローチとの

整合性が確認されておらず、そのためクラスターの理論的な一般化や精緻化にまで分析が進ん

でいない。

その他クラスターの歴史的観点の欠如 33)、地域の制度に関する研究の不足 34)を含めてこれ

までのポーターのクラスター理論には問題点が見受けられる。だが、ポーターのクラスター理

論には注目すべき点があり、それはクラスター内でのイノベーションの創出に関するメカズム

についての材料を与えている点にある。Porter(1998)におけるクラスターと生産性に関する

記述及びクラスターとイノベーションに関する記述 35)がこの材料の中心となる。クラスター

内のイノベーション創出については、上記クラスターとイノベーションに関する記述において

示されるように、顧客のニーズ、トレンドをつなぐ洗練されたバイヤー、顧客の必要性により

適合させることができる地域のサプライヤーとパートナー、競争上の圧力が大きく関係してい

る。洗練されたバイヤーによる需要条件に関する情報からのイノベーションの創出、サプライ

経営研究 第66巻 第4号318

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ヤーとパートナーの関係からのイノベーションの創出、競争上の圧力が、企業の経営戦略の変

更へとつながり、イノベーションへの動機づけとつながっていく。その他、光学に特化した研

究所やベンチャーキャピタルのような産業に合わせ特殊化された要素 36)も重要になってくる。

ただし、ポーターはこの4つの要素とVC、VS、ダイヤモンド・モデルの関連について言

及しておらず、この点について考察を進めてクラスター内におけるイノベーションの創出メカ

ニズムについて明らかにする必要がある。

ポーターは、ケーススタディに基づくクラスターの考察において、イノベーションの創出メ

カニズムを考える材料を提供しており、クラスターにおけるイノベーションを考える際に中心

となる要素となる。しかし、理論的な一般化や精緻化のためには、クラスターをVC、VSか

らみたミクロアプローチからの分析とダイヤモンド・モデルからみたマクロアプローチの分析

双方によりクラスターを分析する必要があり、その過程を経てクラスター内の各主体の機能及

びクラスターの構造とイノベーションの関係を論理づける必要があると思われる。

上記の理論づけの際には、クラスターの歴史的観点の欠如を克服する必要がある。Porter

(1998)においては、クラスターの発生、自己補強サイクル、隆盛と衰退を軸にクラスターの

動態的変化に着目している37)が、具体性に乏しい。ダイヤモンド・モデルにおいてクラスター

の4つの発展段階を示しているが、これはクラスターがおかれている環境についての議論であ

り、クラスター内の各主体の機能及びクラスターの構造とイノベーションの関係にまで踏み込

んだ分析が行われているわけではない。そのためVC、VSからみたマクロアプローチからの

分析も含めて時系列分析を行い、クラスターの分析における歴史的観点の欠如の克服を行う必

要がある38)。

加えて、地域の制度についてもPorter(1998)においていくつか指摘している39)ものの、ク

ラスター内の各主体の機能とクラスターの構造とイノベーションの関係に対する地域の制度の

影響についてまでは触れていない。これは、VC、VSからみたミクロアプローチからの分析

とダイヤモンド・モデルからみたマクロアプローチの分析双方からの分析が行われていないた

めでもあるが、地域の制度に関する研究が不足している点も重要な点と考えられる。そのため、

こうした点についても克服する必要がある。

現状において注目点と問題点を網羅した分析フレームワークは存在していない。そこで本論

文では、注目点と問題点を踏まえた新たな分析フレームワークの構築を試みることとする。こ

の新たな分析フレームワークの構築により、クラスター内の各主体の機能及びクラスターの構

造とイノベーションの関係を地域の制度との関係を含め時系列的に分析できると考えられる。

4 新たな分析フレームワークについて

4.1 クラスターの機能と構造、そしてイノベーション創出のメカニズム

クラスターの各主体の機能と構造については、立地主体である企業のVCやVSを軸に明ら

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 319

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かにする必要がある。また、企業を取り巻く立地環境(ダイヤモンド・モデルにおける4要素)

との関連についても明確にする必要がある。これは、ミクロアプローチを基軸にしつつ、マク

ロアプローチとの整合性をとることを意味する。クラスターにおけるイノベーション創出メカ

ニズムとしては、クラスター内におけるバイヤー、サプライヤー、特化された研究所・ベンチャー

キャピタル、これら3つの要素が起点としてVS全体に影響を及ぼすメカニズムが考えられる。

なお、ミクロアプローチとマクロアプローチの整合性を考える際には、VSにおけるバイヤー

とダイヤモンド・モデルにおける「需要条件」、VSにおけるサプライヤーとダイヤモンド・

モデルにおける「関連支援産業」、VSにおける特化された研究所とベンチャーキャピタルと

ダイヤモンド・モデルにおける「要素条件」、VSにおける競争上の圧力下にある競合企業は、

ダイヤモンド・モデルにおける「企業の戦略・構造・競争」、4つの要素が対応していること

を念頭におく必要がある。

イノベーション創出の経路のうち1つ目は、バイヤーからの需要条件の情報を基として製品・

サービス企業が企業戦略を構築もしくは変更し、VCを改変させ更にこのVCの改変がVAの

改変を通じて関連支援産業の企業群のVCを改変させることでVS全体のリンケージの改変を

起こすものである。2つ目は、関連支援産業における企業群での技術開発により関連支援産業

におけるVAの改変を通じて製品・サービス企業のVCの改変が起こり、それが製品・サー

ビス企業の企業戦略を変更させるものである。最後に、要素条件における大学、企業、政府部

門などの特化された研究所における新技術の開発により、VSを構成する企業がその新技術を

導入し、VCを改変させてVS全体のリンケージの改変を起こすものである。更にこれらクラ

経営研究 第66巻 第4号320

図4 クラスターの一般概念

出所)筆者作成

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スターにおける3つのイノベーション創出の経路は、VS全体における競争上の圧力という概

念上のエンジンの下でその機能を発揮することとなる。図4にクラスターの一般概念を表す。

以上、クラスターにおける3つのイノベーション創出の経路と1つのエンジンを表すことに

よりクラスターの機能と構造とイノベーションの関係に関する一般概念を導出した。一般概念

によりクラスターの各主体の機能と構造とイノベーションの関係を一定程度表すことができた

が、残る問題はクラスターがどのように形成され、安定した機能と構造を持ったシステムとな

るかという点を動態的に捉えるための方法論である。

4.2 歴史的観点の欠如の克服

ポーターは、クラスターの誕生、進化、衰退においてクラスターの動態的変化の重要性を示

しているが、その記述は少なく具体的な分析方法についても、マクロアプローチにおいて立地

環境の変化を把握に関するダイヤモンドの4つの発展段階については論じているが、VC、VS

の動態的変化を表すミクロアプローチの分析については論じていない。クラスターの誕生、進

化、衰退といった一連の流れを動態的、歴史的にとらえてクラスターの変化を見るためには、

ミクロアプローチ、マクロアプローチ双方からの分析を可能とする新たな分析フレームワーク

の構築により、動態的変化を細く把握する仕掛けを施す必要がある。

企業・産業の機能の立地に関する動態的変化に関する研究としては、ヴァーノンのプロダク

ト・サイクル論 40)とマークセンのプロフィット・サイクル・モデル(PCM)41)が挙げられる。

双方ともに立地主体に主眼をおいたものであり、立地主体の動きを勃興、成長、安定、衰退と

段階毎に分けて分析を行うものである。ポーターの4つの発展段階もクラスターの発展段階を

示してはいるが、この4つの発展段階は各地点のクラスターが一様に同じ経路をたどるのでは

なく、それぞれのクラスターが独自の経路をたどる点でプロダクト・サイクル論及びPCMと

は相違点がある。また4つの発展段階はダイヤモンド・モデルにおいてクラスターの立地環境

の変化を表すものであり、立地主体を主眼に置く点においてもプロダクト・サイクル論とPCM

とは違う。プロダクト・サイクル論とPCMは、クラスターにおけるVC、VSを主眼とする

視角と同じ種類ものといえる。

クラスターにおける誕生、進化、衰退を時系列分析にかける際に念頭に置かなければならな

い点は、VC、VSといった立地主体からの視点であるミクロアプローチからの分析とダイヤ

モンド・モデルにおける立地環境からのマクロアプローチからの視点双方から時系列的に分析

することである。このように双方から時系列的に分析することにより、ポーターのクラスター

理論における歴史的観点の欠如を克服することが可能といえる。図4に示したクラスターの

一般概念を念頭におきながら、動態的な視点を加えた分析フレームワークは、図5のように

なる。

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 321

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4.3 地域の制度に関する研究の不足の克服

地域の制度については、Porter(1998)において指摘されているが、具体的な制度、組織、

それらを規定する法律等を挙げているわけではない。当然それらの影響についても述べられて

いない。記述されていることは、政府と公共と民間の制度のクラスターへの影響についてであ

る。地域の制度、政府、公共と民間の制度の地域経済と産業への影響については、ポーターは、

新しい公共と民間の責任における記述 42)において述べているが具体性に乏しい。産業に対す

る地域の制度、政府、公共と民間の制度の地域経済と産業への影響については、ピッツバーグ

におけるパブリック・プライベート・パートナーシップ 43)とシリコンバレーにおけるNPO

によるマッチング支援 44)について紹介している研究がある。

ポーターは、ダイヤモンド・モデルにおいてチャンスと政府がダイヤモンド・モデルの4要

素に影響を与えるとしている。チャンスと政府のうちとりわけ政府と地域の制度をみる必要が

ある。政府の役割は、産業への規制及び補助金などの産業の支援であり、それらは中央政府や

広域の地方政府の支部、地方自治体が実施主体となる。クラスターに対する支援には政府の他

にも存在している。具体例としては、マッチング支援におけるシリコンバレーのNPOが存在

している。シリコンバレーのNPOは、その他にセミナー、資金確保支援、コーチングも支援

サービスとして行っている45)。ダイヤモンド・モデルにおける政府の役割は、ダイヤモンド・

経営研究 第66巻 第4号322

図5 動態的視点を加えた分析フレームワーク

注)T1,T2,・・・,Txは時間的な変化を示す。出所)筆者作成

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モデルの4要素に対して影響を与えており、これは同時にVC、VSからみた立地主体の要素

にも影響を与えている。このため地域の制度の影響についてまとめることはクラスターの各主

体の機能とその構造に関する調査、研究にとっては必須となるといえる。

政府の役割を含めて地域位の制度を考察する際に、まずポーターのクラスター理論との整合

性を考慮する必要がある。Porter(1998)では、クラスターが自己補強サイクルにより成長す

る際に、地域の制度の支援があり、地域内競争が活発であればクラスターの成長はより進展す

るという。その際に政府や公共及び民間双方の制度が大きな影響を及ぼすとしている46)。さら

に政府は中央政府と地方政府に分かれてそれぞれに役割を持っている47)。地域の制度には政府

の役割をも大きく影響しているので、新しい分析フレームワークには、民間の地域の制度、公

共の地域の制度、中央政府と地方政府4つの主体とクラスターの各主体の機能とその構造への

影響を把握する仕組みが必要となる。

基本としては、ダイヤモンド・モデルにおける政府の役割に地域の制度を民間、公共にわけ

て組み込む。政府の役割はダイヤモンド・モデル4要素すべてに影響を与えている。これを図

6において示す。政府の役割については、Porter(1990b)において、整理を行われている48)

が、これに地域の制度の影響を捕捉するように組み込み、地域の制度の影響を確認するという

点を吟味する必要がある。政府の役割を踏まえた地域の制度の影響は実際に調査の段階に入り、

調査の進展によりどのように機能するのかを随時確認する必要がある。

5 おわりに

以上、クラスターにおけるイノベーション創出メカニズムに関する新しい分析フレームワー

クに関する考察を行ってきた。ポーターのクラスター理論に基づいたPorter(1985)、Porter

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 323

図6 ダイヤモンドと政府の役割及び地域の制度の影響

出所)筆者作成

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(1990a)、Porter(1998)といった3つの文献の整理及び検討によりクラスターにおける3の

経路のイノベーション創出メカニズムと競争上の圧力という1つのエンジンが明らかになった。

VC、VSからみたミクロアプローチからの分析とダイヤモンド・モデルからみたマクロア

プローチの分析双方によるクラスターの分析の必要性についての指摘は、従来のポーターのク

ラスター理論に関する研究では確認できない点であり、本稿の独自性といえる。

また、本稿では、歴史的観点や地域の制度の影響も踏まえながら、クラスターの実態分析の

ための新しいフレームワークについても検討を行った。ただし、実態分析用のフレームワーク

をより十分なものとするためには、複数のクラスターの実態分析を累積させていく必要があり、

この点については今後の課題とする。

1)BaptistaandSwan(1998),p.535。

2)真保・大西・西村(2005),13頁。

3)その他、地域イノベーションシステム論に関する諸研究もあるが、産業集積におけるイノベーション

の創出に関しては具体性に欠ける。松原(2013)は、以前より改善されている点を指摘しつつも、地域

イノベーションシステムをベースとした実態分析において、分析の不足を指摘している。松原は次のよ

うに述べている。「RegionalInnovationSystemの中で事例研究が多数盛り込まれているが、分析の不

十分さが否めない。事例として取り上げられている地域がなぜ選ばれたのか、十分な説明がなく、また

分析内容がイノベーションとはほど遠い、大雑把なデータを使った概要紹介があまりに多い。さらには、

成果が検証されていない地域の取り組み、こうした者の紹介が多くなされている」(松原 2013,11頁)。

4)マーシャルは、情報、技術のスピルオーバー、補助産業の発達、高度に特化した機械の使用、特化し

た技能に対する地方市場、地域特化産業が熟練労働者のプールを必要する点を挙げて産業集積における

外部効果を指摘している(Marshall1920,pp.271273,邦訳書255257頁)。

5)スミスによれば、「古典的な最小費用立地理論は、アルフレート・ヴェーバーの労作を起源とし、パ

ランダーとフーヴァーの多くの部分を含んでいる。この学派は、需要要因が一定に保たれ、企業の立地

の相互依存性が無視されるという諸条件のもとで、最小費用立地を探求することを重きにおいている」

(Smith1971,p.137,邦訳書141頁)。

6)スコットはリンケージと費用との関係を5つに分けて説明している(Scott1988,pp.3132)。

7)Krugman型核・周辺モデルとGrossman-Helpman-Romer型の内生的成長モデルを組み込んだ簡素

な2地域モデル経済におけるモデルを提案している(FujitaandTisse2003,p.122)。

8)加藤(2000)や石倉洋子・藤田昌久・前田昇・金井一頼・山崎朗(2003)は、産業集積とイノベーショ

ンの観点からポーターの研究の重要性を指摘している。なお、ローカルミリュウ論、学習地域論、集団

的学習過程論をベースとしたイノベーションミリュウといった古典的集積論における外部効果を起源と

するイノベーション研究も存在するが、地域イノベーションシステム論と同様に組織の内部構造を絡め

た組織間関係において具体性に欠ける点がある。友澤は次のように述べている。「単なる地理的近接性

から生まれた偶然集積が、企業間リンケージや特定労働市場の形成の如何によって、専門家の状態と多

様化の状態に分かれることを示している。」ここにおいて組織間関係について指摘されているが、企業

組織内部の構造と産業集積内の企業間関係を俯瞰した枠組みまでを提供している訳ではない(友澤和夫

2000,11頁)。この他、イノベーションと近接性の研究では、Boschma(2005)、水野(2005)、立見・

経営研究 第66巻 第4号324

Page 13: クラスター研究における新たな分析 フレームワーク …dlisv03.media.osaka-cu.ac.jp/contents/osakacu/kiyo/DBa...2 ポーターのクラスター理論の概要 本論文では、新たな分析フレームワークのベースとしてポーターのクラスター理論を検討す

水野(2007)、與倉(2009)が挙げられるが、同様である。このため、本論文では採用しないものとす

る。

9)藤川(1999)においては、産業集積内部の企業部門の機能とその構造について取引費用、接触の利益

を中心として企業間取引関係の視点から論じているが、製品革新にみられるリンケージの改変について

多くは触れていない(藤川1999,3334頁)。

10)水野(2011)は、特許データを基にイノベーションについて論じているが、産業集積内の各主体がど

のような相互作用をもたらしているかまでは論じていない。水野(2011)は、イノベーションの定量的

研究の紹介において、特許データを使用した研究を紹介しているが、これらは産業集積に関係する具体

的な主体についてまでは言及していない。更にインタビュー調査については予算や相手の協力、イノベー

ションの判断評価能力により調査の限界を示している(水野2011,3441頁)。

11)VCは、インバウンドロジスティクス、オペレーション、アウトバウンドロジスティクス、マーケティ

ングと販売、アフターサービスからなる5つの主活動と、企業インフラストラクチャー、人的資源管理、

技術開発、調達からなる4つの支援活動からなる計9つのVAとマージンからなる企業組織活動に関す

る認識枠組みである(Porter1985,p.150)。

12)VSは、サプライヤー企業、企業、流通チャネル企業、バイヤー企業のVCをその一部に含む上流部

門から下流部門までの一連の流れを産業システムとしてとらえる認識枠組みである(Porter1985,p.

150)。

13)需要条件、関連支援産業、要素条件、企業戦略、構造、競争の4要素の相互作用が国家レベルでのイ

ノベーション創出し、産業の競争優位を実現するとしており、4つの要素の洗練と要素間の相互作用の

円滑化によりイノベーションの創出と競争優位のより確実な実現ができるとしている(Porter1990a,

pp.7783)。

14)ポーターは、情報技術は、産業構造を変える、情報技術は、費用と差別化戦略を支援する、情報技術

は専ら新しいビジネスを生み出す、の3点を挙げている(Porter1985,p.150)。

15)ポーターは、洗練された産業に置いて、国家は熟練した人的資源と科学の基礎といった生産要素を引

き継ぐのではなく、新たに創出しているとしている。知識集約産業に置いて必要なものは、労働者のプー

ル及び地域の貴重な物資ではなく、特化された科学研究所及び特化したベンチャーキャピタルの蓄積と

いった産業にあわせて特殊化された要素が必要となるとしている(Porter1990a,pp.7779)。

16)ポーターは、経済のグローバル化は地元地域に置ける需要の必要性を減少させるという指摘に対して、

企業の地元のバイヤーを通した地元の需要に対する明確かつ迅速なイメージの形成及び対応がイノベー

ションを早めるとしている。国家は、外国企業よりも洗練された競争優位を実現させるため圧力をかけ

自国の企業及び産業に競争優位の創出を後押しするとしている(Porter1990a,pp.7980)。

17)ポーターは、国際競争力を持つ関連支援産業は、いくつかの方法で下流部門の企業、産業に優位性を

創出するとしている。それらは、費用効率性、イノベーション、アップグレードにおけるショートライ

ンのコミュニケーション、迅速さ、コンスタントな情報の流れ、アイデア、イノベーションの交換の継

続性といった近接性といったものである(Porter1990a,pp.8081)。

18)ポーターは、1、2つのナショナルチャンピオン企業の創出は、イノベーションの創出にはマイナス要

素としている。これは多くのナショナルチャンピオン企業が政府から大規模な補助を受け、政府により

保護されているが、これの企業は非競争的であるという考え方に基づいている。静的効率性はダイナミ

ズムの改善よりも重要性が低く、イノベーションと改善を促す国内競争が重要としている。地域におけ

る競争は、費用提言、質とサービスの工場、新製品開発、新しいプロセスの創出を促進させるが、外国

企業との競争は分析的で距離も遠く、国内競争にみられるイノベーションと改善の傾向が弱いとしてい

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 325

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る(Porter1990a,pp.8183)。

19)Porter(1990b),pp.546560,邦訳書(下)202220頁。

20)各発展段階の特徴から国内産業の競争状態と国際競争下にある産業での発展段階の状態を把握するこ

とができる(Porter1990b,p.545,邦訳書(下)200頁)。

21)「イノベーションによる推進段階」では、個人所得の上昇、高い教育水準、便利さを求める欲求の増

大、国内のライバル間競争、洗練された消費財・産業財の需要により、イノベーション及びアップグレー

ドが加速される。また、繁栄するクラスターにおいて関連支援産業が発展し、新しい競争力のある産業

がその関連支援産業から発生する(Porter1990b,p.553,邦訳書(下)210211頁)。

22)新しいメカニズムの形成により、要素コスト優位の状態から選択的要素劣位がイノベーションを刺激

し、製品や工程技術の発展、既存の大学、研究施設及びインフラストラクチャーの高度化、高度な専門

的要素の創造とそれらのグレードアップを絶えず行われる状態へと移行する。この流れの結果は、特定

の産業との関連をよりいっそう強くする(Porter1990b,p.554,邦訳書(下)211頁)。

23)クラスターは、特定の分野において相互関係を持つ企業及び機関が地理的に集中したものである

(Porter1998,p.78)。

24)Porter(1998)よりも以前のクラスターに関する議論には、地理的および地域上の概念に関する問題

が指摘されていた。山本は次のように述べている。「産業クラスター論、ひいては競争優位論は、もと

もと国レベルの環境として提起されたものである。これを国よりも小さなスケールの地域に適用するに

はそれなりの修正が必要である」(山本 2005,150頁)。また、中村は次のように述べている。「産業ク

ラスター概念は、「地理的」概念ではあるものの、必ずしも「地域的」概念(地域経済的概念)とは限

らないのである。地域経済の視点からすれば、産業クラスター論だけでは足りないのである」(中村

2004,41頁)。Porter(1990a)、(1990b)におけるダイヤモンド・モデルに関するポーターの主張におけ

る垂直及び水平関係におけるリンケージの地理的集中についての指摘があったが、地理的および地域上

の概念にまで踏み込んだ指摘はされていない。Porter(1998)におけるクラスターの定義によりクラス

ターが、地域レベルでの産業活動を基礎とした理論である点を指摘したことにより、未だ地域概念に関

して議論すべきことは多くあるが、クラスター内でのイノベーション創出の議論は、国のレベルから地

域レベルでの資源を利用したイノベーション創出の議論になったと考えられる。

25)ポーターは次のように述べている。「活気あるクラスターにある企業は、リクルートにおける調査や

取引費用低減の方法として、特殊化かつ熟練した労働者のプールの存在を活用しようとする。これは、

クラスターにおける機会を知らしめ、労働者に関する再立地のリスクを減少させるためであり、これは

いくつかの産業において決定的な優位である他の立地からの熟練労働者を引き付けることを容易にする」

(Porter1998,p.81)。また、ポーターは次のように述べている。「よく開発されたクラスターはまた他

の重要な投入物を獲得する効率的な方法を供給する。そのようなクラスターは、深く特殊化したサプラ

イヤーのベースを提供する。距離を隔てたサプライヤーよりも低い取引費用で当該地域からサプライヤー

の供給物を求めることができる(Porter1998,p.81)。

26)ポーターは次のように述べている。「クラスターにおける広い市場、技術、競争上の情報はクラスター

において蓄積され、クラスターのメンバーは、蓄積にアクセスすることを好む。加えて個人的関係とコ

ミュニティの結びつきは信頼を醸成させ、情報の流れを促進させる。これらの条件は情報をより移動し

やすくさせる」(Porter1998,p.81)。

27)クラスターのメンバー間のリンケージの群れは、全体が部分の総和を上回らせるという結果をもたら

す。」これは経済の外部性にあたり、具体例としては、観光業界におけるホテル、レストラン、ショッ

ピングモール、交通機関の相互作用について取り上げクラスター内の相補性について紹介している

経営研究 第66巻 第4号326

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(Porter1998,p.81)。

28)「企業の生産性を向上できる特化したインフラストラクチャーもしくは教育プログラムへの政府もし

くは公的機関による投資」が挙げられる(Porter1998,p.83)。

29)ポーターは次のように述べている。「地域内の競争は、高い動機づけをもたらす。対等の圧力は、ク

ラスターにおける競争圧力を拡大させる。これは非競争もしくは間接的な競争をしている企業にも影響

する」(Porter1998,p.83)。また、ポーターは次のように述べている。「クラスターはまたしばしばパ

フォーマンスの測定と比較を容易にする。なぜなら地域におけるライバルは、彼らが似た活動をする際

の労働費用、地域市場へのアクセスといった一般的な環境を共有しているためである」(Porter1998,p.

83)。

30)ポーターはシリコンバレーとハリウッドなどを例に挙げ、グローバル化時代においても競争優位の確

立とイノベーションには立地の役割が重要であるとしている(Porter1998,p.81)。また、グローバル

化時代においてビジネスに関係する高水準で特殊化された技術、知識、制度、競合企業及び洗練された

顧客の地理的集中は、空間的、文化的制度的近接性の効果を強く促進させる。その効果は特殊なアクセ

ス、緊密な連携、より良い情報、強力なインセンティブ、生産性とイノベーションにおける他の優位性

をリードする(Porter1998,p.90)。

31)ポーターは、電子機器とプラスティック製品の例を挙げ、産業分類基準で分類された産業が重複して

いる点を指摘している。(Porter1998,p.79)。

32)ポーターは、ワインクラスターに関する企業、機関の関係図を示しているが、これらの組織の活動内

容と競争関係、企業戦略までを明示しているわけではない(Porter1998,p.79)。

33)ポーターは、クラスターの誕生、進化、衰退においてMITとハーバードを起源とするマサチューセッ

ツのクラスター、オランダの輸送機械クラスター等を例に挙げ、クラスターのルーツと歴史の関係を指

摘しているが、具体性が乏しく理論の段階までには至っていない(Porter1998,pp.8485)。

34)ポーターは、地域の制度がクラスターに及ぼす影響についてクラスターが自己補強サイクルにより成

長している際の好影響、特殊化された訓練、研究とインフラストラクチャーの開発、新産業の勃興、衰

退への影響、そして最終的には中央、地方に両政府よる教化された市民、物理的インフラストラクチャー

といった高い質の投入物、知的財産権の保護、反トラスト法の強化、クラスターの形成とアップグレー

ド、関係する多くのビジネスにインパクトを与える公共財、準公共財の供給を列挙している(Porter

1998,p.85)。

35)顧客のニーズ、トレンドをつなぐ洗練されたバイヤー、顧客の必要性により適合させることができる

地域のサプライヤーとパートナー、競争上の圧力がイノベーションと生産性の上昇を促すとしている

(Porter1998,p.81)。

36)ポーターは、要素条件において競争優位の維持には、特定の産業のニーズにこたえられる高度に専門

化した科学研究所やベンチャーキャピタルの蓄積が必要としている(Porter1990a,p.78)。

37)ポーターは、複数の事例を紹介して、クラスターを歴史的観点から俯瞰しているが、個々の事例に関

する記述が不足しており、クラスターの動態的変化までを網羅していない(Porter1998,pp.8485)。

38)山本は次のように述べている。「また特定分野という表現も曖昧性を帯びている。産業どうしのつな

がりあるいは各種機関どうしのつながりをクラスターの範囲としているが、その範囲は変化する、述べ

ているからである。」歴史的観点の欠如の克服により、山本(2005)におけるクラスターの範囲の曖昧

性についても克服の可能性が見えてくる。(山本 2005,150頁)。

39)地域の制度と公共財の問題、民間部門との関係は制度と公共財へのアクスセスについては企業の生産

性の向上につながる政府、公的研究所の投資、企業の投資を示している(Porter1998,p.83)。また、

クラスター研究における新たな分析フレームワークに関する考察(宇野) 327

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国家と地域レベル双方の政府の新しい役割との関係においては教育された市民と物理的インフラストラ

クチャーといった質の高い投入物、知的財産保護、反トラスト法といった競争のルールの設定、クラス

ターの自己補強、アップグレード、多くのビジネスをつなぐ際の支援、公共財、準公共財の供給の必要

性を示している(Porter 1998, pp. 89 90)。

40)鈴木は次のように述べている。「ヴァーノン(1966)のプロダクト・サイクル論はアメリカ-他の先

進国-発展途上国における貿易パターンの変化をアメリカ多国籍企業の国際的な立地展開から明らかに

しようとしたものである。ヴァーノンはプロダクト・サイクルに伴う立地要因の変化からアメリカ企業

の多国籍化を検討した」(鈴木 1987, 25頁)。

41)マークセンは次のように述べている。「地域経済の根拠地ではそれぞれの部門は、長期間に及ぶプロ

フィット・サイクルの経路に沿って立地が決定される。そのプロフィット・サイクルは 5つの特徴ある

ステージがある」(Markusen 1985, p. 27)。

42)ポーターは、グローバル経済の進展の中、立地の重要性は低下するのではなく、むしろ重要性が増し

ているとしている。グローバル経済において、高度に特化した技術と知識、研究所、ライバル、関連す

るビジネスと洗練された顧客の集中が起こる中、それらの集中による密接な関係においてビジネス・リー

ダー、政府、大学、制度が、新経済競争において利害関係をもって役割を果たすとしている。また、情

報の交換と強力なインセンティブを促進することにより、生産性の上昇とイノベーションが容易になる

としている(Porter 1998, p. 90)。

43)1970年代の鉄鋼産業の衰退からの復活に際し、鉄鋼産業衰退以前の 1943年に産業界のリーダーリチャー

ド・キング・メロンを中心に設立されたアリゲニー地域開発協議会(Allegheny Conference on Commu-

nity Development 以下 ACCD)と ACCD に対応して設立された公的機関である都市再開発公社

(Urban Redevelopment Authority 以下 URA)とが当時のピッツバーグの再生に向けてパートナー

シップを結んだ事例がある(川口 1994, 128 131頁)。1970年から 1990年代にかけてピッツバーグに

おいて起こった重工業から医療、ハイテク産業への産業構造への転換において、ハイテク産業の成長に

はパブリック・プライベート・パートナーシップに基づき形成された商業化ネットワークが大きく寄与

している。商業化ネットワークには、西部ペンシルヴァニア先端技術センター(ベン・フランクリン技

術センター)と NASAの関連研究機関を例とする公共セクター主導型、カーネギー・メロン大学、ピッ

ツバーグ大学を例とする大学主導型ピッツバーグハイテク協議会を例とする NPO主導型、3つの型が

確認できる(森・本多 1998, 36 39頁)。

44)シリコンバレーには、起業家、ベンチャー企業を支援する NPOが存在しており、産学官出身のボラ

ンティアにより支えられている(谷川 2003, 47頁)。

45)シリコンバレーには、ネットワーキング機会の提供を目的とした会員制起業家支援 NPOが存在して

いる。その詳細について谷川(2003)において表にまとめられている(谷川 2003, 51頁)。

46)Porter(1998), p. 84.

47)注 34における文献(Porter 1998, pp. 89 90)と同じ。ここでは中央政府と地方政府の役割を明確に

区別していない。

48)Porter(1990b), pp. 126 128, 邦訳書(上)187 190頁。

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経営研究 第66巻 第 4号330

Study of a New Framework for Analysis

of Cluster Examination―Relationship between Cluster and Innovation―

Seiji Uno

Summary

This study discusses a new framework foranalysisof clusterexamination. Pre-

sently, developed countries have lost their competitive advantage and require a

theoretical and methodological approach to achieve innovation. To address this

issue, the study examines ways and means to achieve innovation in clusters.

In this paper, the cluster theory of Michael Porter is exanimate.Porter’s cluster

theory explains themechanismof creating innovation, but lacks an examination

from historical and local institutional viewpoints, as well as a micro and macro

approach to the analysis. Thisstudyconsiders a new framework that would re-

solve the drawbacks of Porter’s cluster theory.