m・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・...

23
1 M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ミドルの有効性― 指導教官:水越 康介准教授 学籍番号:08159953 氏名 :大友 茉莉子 枚数 :23枚

Upload: others

Post on 24-Jun-2020

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

1

M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ミドルの有効性― 指導教官:水越 康介准教授 学籍番号:08159953 氏名 :大友 茉莉子 枚数 :23枚

Page 2: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

2

目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは 3章 M・ポーターの競争戦略論

3-1 競争戦略論 3-1-1 ポジショニング・スクール 3-1-2 リソース・ベースト・ビュー 3-2 競争の捉え方 3-3 ポジショニングの重要性とその定義 3-4 トレード・オフ 3-5 フィット 3-6 基本戦略 3-6-1 コスト・リーダーシップ 3-6-2 差別化戦略 3-6-3 集中戦略

4章 「スタック・イン・ザ・ミドル」を巡る論争 4-1 パンカジュ・ゲマワット『競争戦略論講義』 4-2 ハイブリット戦略併存論 4-2-1 競争優位性 4-2-2 「低コスト」と「品質」と競争優位性との関係 4-2-3 コスト-品質のフロンティア 4-2-4 ハイブリット戦略併存論と他議論との比較 5章 考察 参考文献

Page 3: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

3

1章 はじめに 技術革新が進み、市場の移り変わり、製品サイクルの回転などあらゆるスピードが増し

てきている現在。このような時代でも企業は、差別化戦略、低価格戦略、同質化戦略、模

倣戦略…など様々な戦略を練り、日々競争している。現代にとって、競争はもはやビジネ

スを語る上で、避けられない項目である。競争とは一体ビジネスにおいてどんな存在なの

だろうか。戦略とは一体何を意味するのだろうか。そんな競争の根源を探りたいと感じた

ことが本論を書くこととなった契機である。その中で出会ったのが、本論の中心議論とな

る競争戦略論とその理論の中核をなすM・ポーターである。彼の理論が競争戦略論に多大なる影響を今日まで与えていること、そして、その理論の中の「スタック・イン・ザ・ミ

ドル」を巡る論争に対し、様々な学者から見解が与えられていることを知り、興味を持っ

た。この考えを巡っては、長年議論されながら未だ、明確な結論が出ていない。諸説を読

み進めることで、「スタック・イン・ザ・ミドル」の有効性について自分なりの見解を与え

ていきたい。

2章「スタック・イン・ザ・ミドル」とは 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは、複数のタイプの戦略を同時に追求することによ

り、どっちつかずの状態となり、パフォーマンスが低くなる状態のことをいう。つまり、

競争優位を獲得するためには、トレード・オフ(二者択一)を行い、いくつかある戦略の

うち、1つを一貫して追求することが必要であるということである。 この考えは、競争戦略論研究において、今日まで大きな影響を与えているM・ポーター

の競争戦略の核をなすものである。以下、3章では中心議論となるM・ポーターの競争戦

略論について述べ、彼の考える競争戦略についての理解を深める。続く、4章でポーター

の「スタック・イン・ザ・ミドル」に対する諸議論のうち、パンカジュ・ゲマワットの『競

争戦略論講義』をもとに、「スタック・イン・ザ・ミドル」に対する諸議論の概要を把握し

た上で、ハイブリット戦略併存論という「スタック・イン・ザ・ミドル」議論に新たな方

向性を持たせた戦略について見ていく。以上の流れで、本論を構成し、本論の目的である

「スタック・イン・ザ・ミドル」の有効性について、論じていきたい。

3章 M・ポーターの競争戦略論 3-1 競争戦略論 本論の研究領域は競争戦略論である。それがどのような分野なのか、これを明らかにす

ることからこの章をスタートさせたい。競争戦略論とは、簡単に言えば企業がある事業分

野で他社よりも競争優位を確立し、ライバル企業との競争を勝ち抜いて、より高い収益や

利益を上げるためにはどんな行動や活動をとるかことが必要であるかについての研究であ

る(新宅・淺羽 2001:1)。この競争戦略論は 1970年末から本格的に研究が始まり、その後伝統的産業組織論の影響を受けて発展したポジショニング・スクールと、資源に基づく企

Page 4: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

4

業観として生まれたリソース・ベースト・ビュー(以下、RBVと省略)という二大理論を形成するに至った。この2つの理論の大きな違いは、企業の持続的競争優位性の源泉を内

部環境に求めるか、外部環境に求めるかである(崔 2002:165)。以下、ポジショニング・スクールと RBVについて述べ、ポーターがどの立ち位置で競争戦略論を論じているのかを明らかにしていきたい。 3-1-1 ポジショニング・スクール ポジショニング・スクールとは、企業が活動する産業構造や市場地位という外部環境が

その企業の業績を決定するという立場をとる競争戦略論のことである。このポジショニン

グ・スクールの代表格となる人物こそ、本章で扱うM・ポーターであり、この理論は 1980年代に彼によって発展した。ポーターは企業の利益を左右する外部環境要因を大きく分け

て、以下の5つに分類し、説明している(新宅・淺羽 2002:5)。 外部環境要因(Porter 1999:37-51) (1) 新規参入の脅威

新規参入企業は、その市場に新しい生産能力、資源等を持ち込み、市場シェアを奪

う。そのため、その市場に新規の企業が参入しやすい環境か否かという、参入障壁

(規模の経済、製品の差別化、資金の必要性、規模に関係ないコスト面での不利、

流通チャネルへのアクセス、政府の政策の6種類からなる)が新規参入の脅威の度

合を決める。 (2) 供給業者の交渉力

供給業者の交渉力が強いと、コストが上昇した分を価格に反映することができず、

収益の減少を招くことがある。交渉力が強まる例としては、供給業者側が少数の企

業に支配されている場合などが挙げられる。 (3) 買い手の交渉力

買い手が価格の値下げを要求するなど、強い交渉力を買い手が持っていると収益の

減少を招くことがある。買い手の影響力が強まる例としては、買い手側が大量購入

している場合などが挙げられる。 (4) 代替品・サービスの脅威

価格設定に上限が設けられることとなり、差別化を行わない限り、収益性が下がっ

てしまう。 (5)業界内のポジション争い 競争優位のポジションを得るために、業界内の企業は各社、価格競争、新製品の投

入、宣伝広告などといった方策を行い、ポジション争いをする。 これら、5つの外部環境要因が結集して、とりわけ も強力な要因が業界の長期的な収

益性を決定し、企業が特有のポジションを持った戦略をとるように導く。つまり、戦略を

Page 5: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

5

決めるにあたっては、企業が機能する市場構造に基づくべきであり、上記の外部環境要因

を分析し、それを も重視し策定することが必要なのである(崔 2002:174)。このように、ポーターは、経済を企業、産業レベルで分析する産業組織論から導き出された成果を逆手

にとって競争戦略の分析に適応し、ポジショニング・スクールを発展させた。(新宅・淺羽

2002:4-9) 3-1-2 リソース・ベースト・ビュー(RBV) RBVは、前項のポジショニング・スクールよりも少し遅れをとった形で発展した理論で、1980年代半ば以降に競争戦略論において1つの理論を形成した。RBVは、ポジショニング・スクールが、企業の持つ独自性や異質性を軽視していると批判し、競争優位の源泉を

企業それぞれが持つ資源の異質性にあると考えた。これは、ポジショニング・スクールが、

競争優位の源泉を競争圧力から回避できるポジションに求めていること、つまり市場構造

などの外部環境要因を重視していることに対し、RBVは企業の強み・弱みや戦略実行者の個人特性という内部環境要因を重視している(新宅・淺羽 2002:9)。 では、RBVのいう内部環境要因とは一体どのようなものなのであろうか。RBVには、内

部環境要因を資源ベースに捉える理論と能力ベースに捉える理論の大きく分けて2つが存

在する。以下、それぞれについて、みていくことで RBVについての理解を深めたい。 資源ベース論は、持続的競争優位となる源泉を資源の属性を①有価値性②希少性③模倣

困難性④代替困難性の4つに分類している。中でも、①有価値性と②希少性が競争優位を

もたらすとされている。有価値性は、顧客が享受する便益を大きくすること、顧客が負担

するコストを小さくすること、またはこの両方を実現させることで生じる価値のことであ

る。たとえこれを有していても、他社も同じように持っていたならば競争優位にはならな

い。そのため、競争優位を獲得するためには①有価値性と②希少性が必要になるのである。

残りの③模倣困難性と④代替困難性は持続的競争優位を獲得するために必要な要素である。

この2つの要素を組み入れることで、持続的競争優位が保たれると資源ベース論は主張し

ている(興那原 2010:131)。 一方、能力ベース論は、持続的競争優位の源泉を個々の資源ではなく、能力に着目して

いる。つまり、資源ベース論で述べた、4つの属性を持つものが資源ではなく、能力だと

している。能力とは、さまざまな資源を協働させ、それらを統合した結果生まれてくる、

生産活動を遂行する力であるとこの能力ベース論は定義し、ゆえに、資源は能力の源泉で

あり、よって競争優位の源泉は能力であると主張している。また、能力ベース論では、こ

の能力を個人の能力と区別するために、組織能力と呼んでいる(興那原 2010:132)。この組織能力という言葉は4章のハイブリット戦略併存論でも述べるので頭に入れておいてほ

しい。 3-2 競争の捉え方

Page 6: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

6

前節によって、競争戦略論とはどんな分野で、その理論においてのポーターの競争戦略

論の立場が理解されただろう。ここでは、本章の主題であるポーターの競争戦略論に入る

前に、競争に対する彼の考えについて、触れておきたい。なぜなら、ポーターの競争に対

する考えを知ることで、よりポーターの競争戦略論を深く理解することができると考える

からである。 ポーターの競争観は以下の彼の言葉から読み取れるだろう。「安定性や市場独占が競争の

導入よって脅かされていない業界は、もうほとんど残っていない。(中略)あらゆる企業、

あらゆる国が競争を理解し、競争に熟達するための努力をしなければない。」(Porter 1999:2)。「戦略策定の本質は競争への対応である」(Porter 1999:33)つまり、競争が避けられない時代となった今、どのようにして競争に対応していていくかというのがポーター

の競争観であるといえる。(西谷 2007:13)。このポーターの競争観は彼自身が「考え方も常に進歩しているし、時間が経つにつれて広がり新しい次元を取りこんでいる」(Porter 1999:16-17)と語っているように、時代と共に発展している。初期の著作では、外部環境要因に着目し、競争を避けることがベストな戦略であるという考えであったが、1996年に発表された論文では、競争の中で独自の選択をすることがベストの戦略であるとし、独自

のポジショニングをとることの重要性を説いている(西谷 2007:14)。 3-3 ポジショニングの重要性とその定義 「企業が成長するうえでカギとなるのはポジショニングである」(Porter 1988:60)とポ

ーターが言うように、彼の競争戦略の中で、重要なキーワードとなるのが、ポジショニン

グという考えである。ポーターが、このポジショニングという考えを重要視するのは、「競

争戦略の本質は差別化である」(Porter 1999:76)と考えるからである。では、ポーターのいうポジショニングとは一体どのようなものなのだろうか。彼は「戦略的ポジショニング

が意味をするものは、競合他社とは異なる活動を行うこと、あるいは同様の活動をライバ

ルとは異なる手法で行うことを意味する」(Porter 1999 :69)という言葉でポジショニングを定義している。このようにポジショニングを定義した上で、ポーターはこの戦略ポジシ

ョニングが生じる源泉を3つに分け、論じている。(Porter 1999:82-90) (1) 製品種類ベースのポジショニング

業界の製品・サービスの一部に特化することにより、生まれるポジショニング。顧

客を絞り込むのではなく、あらゆる顧客の持つ一部のニーズに特化した、製品やサ

ービスを提供することにより得られるポジショニング。 例としては、車のオイル交換専門店、靴の修理屋などが挙げられる。

(2) ニーズベースのポジショニング 顧客のニーズを重視するポジショニング。あらゆる顧客ではなく、特定の顧客のほ

とんど、またはすべてのニーズを満たすことに得られるポジショニング。顧客セグ

メントのターゲティングに近い、アプローチ方法。

Page 7: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

7

例としては、低予算でスタイルにこだわりを持つ顧客にアプローチをしている家具

小売業者のイケアなどが挙げられる。 (3) アクセスベースのポジショニング

顧客に対するアクセス方法に基づいて、セグメンテーションをするポジショニング。 ニーズの点から出発するポジショニングではなく、顧客に到達するまでのアクセス

方法によるポジショニング。アクセスの手法は、顧客の郊外や都心などという地理

的な所在や、規模で決まる。 例としては、大都市の映画館と郊外の映画館などが挙げられる。

以上が、ポーターの定義するポジショニングである。 しかしながら、グローバル化や技術革新などにより、急速な変化をし続ける市場の中で

は、ポジショニングを確立しても、競合他社に模倣されてしまうとして、生産性の向上、

スピードの追求、投入資源の改善などのといったオペレーション効率を上げることに力を

いれている企業も実際には多い。では、オペレーション効率は戦略にはなり得ないのだろ

うか。ポーターはその疑問にはっきりとオペレーション効率は戦略にはなり得ないと答え

ている。確かに、オペレーションの効率化は、コスト削減等により、収益の向上をもたら

すことができる。しかし、オペレーション効率とは言い換えれば、競合他社も行っている

同様の活動を彼らよりも効率的に行うということである。それゆえ、その一方では、オペ

レーションの効率化は、模倣されやすく、継続的に相対的競争優位に立つことはできない

のである。つまり、オペレーションの効率化は、ポーターがいう「競争戦略の本質は差別

化である」(Porter 1999 :69)という要素には適さない。これが、オペレーション効率は戦略にはなり得ないという理由である。しかし、決してオペレーション効率は競争優位に立

つために不必要な要素であると否定しているのではない。必要ではあるがそれだけでは競

争優位に立つためには不十分ということなのである。ゆえに、ポジショニングによる戦略

が重要であるとポーターは言っているのである。(Porter 1999:68-75)また、オペレーションの効率化という内部環境ではなく、ポジショニングという外部環境が持続的競争優位をも

たらすというこの主張は、ポーターがポジショニング・スクールの立場をとっていること

からも言うことができるだろう。 後に、ポーターの定義する競争戦略について整理しよう。競争戦略とは、他社とは異

なる活動を伴った、独自性のある価値あるポジショニングを創り出すことである。もし理

想のポジションが1つだけしか存在しないとしたのならば、差別化をする必要はなくなり、

ゆえに戦略も必要がなくなる。ただ、誰よりも先に理想のポジションを確立することが唯

一となり、模倣されやすいオペレーションの効率化だけが収益を左右することになる。そ

の結果、相対的競争優位を誰もが手にすることはできない。よって、競争は収斂し、市場

の成長や業界の成長さえ滞る(Porter1999:90)。だからこそ、ポーターはポジショニングによる競争戦略が重要であると述べているのである。

Page 8: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

8

3-4 トレード・オフ 独自性のある価値あるポジションを創り出し、選ぶことだけが、持続可能な相対的競争

優位に立つために必要なことなのだろうか。どんなポジションをとっても、他社に模倣さ

れてしまうという問題はどうなるのだろうか。そこで、登場するのがスタック・イン・ザ・

ミドルに通じるトレード・オフ(二者択一)という考え方である。トレード・オフとは、

一方を追及するためには、他方を犠牲にしなければならないことである。独自性のある価

値あるポジションの選択は、模倣を免れることができず、それだけでは不十分である。そ

のポジションをより確固たるものにするためにトレード・オフが欠かせない。つまり、ト

レード・オフは模倣を阻むとポーターは述べている(Porter 1999:92-93)。その理由をトレード・オフに伴って選択が必要になる理由から、ポーターは明らかにしている。(Porter 1999:93-95) トレード・オフに伴い、選択発生する3つの理由 (1) イメージや評判に整合性が失われてしまうから

ある価値を提供していることで有名な企業が、同時に2つの相反する価値を提供し

ようとすれば、顧客の信頼を失い、混乱させてしまう。しかし、これは言い換えれ

ば、選択により1つの価値を提供し続けることは、ライバル企業の模倣に対する強

力な障壁となりえる。例えば、長年価格の安い商品を提供していた企業が、高価格

で高級な商品を提供するということである。 (2) 企業活動のやり方、そのものが変わってくるから

戦略が違えば、即ちポジションが違えば、製品仕様や設備、従業員の行動、経営シ

ステムなど、企業活動自体が違ってくる。 (3) 社内の調整と管理上の限界があるから

選択を行わず、あらゆるものをあらゆる顧客に提供しようとすると、明確な優先順

位がないため、その場その場での判断となり、現場レベルでの混乱がおきてしまう。 以上の理由から、トレード・オフに伴って、選択が発生し、選択をする必要が企業には

生まれる。その選択を企業がすることで、企業が市場に対して提供できるものに明確な限

界が生じ、それが、ライバル企業の模倣を阻む要因になるのである。このように、ポータ

ーは述べている(Porter 1999:95)。つまり、持続可能な相対的競争優位に立つためには、そもそも他のポジションとのトレード・オフが必要である。なぜなら、トレード・オフを

行わなければ、あらゆる面で非効率は避けられず、非整合性が生まれるからである。この

非整合性こそ、トレード・オフであり、独自性あるポジションの選択を行うと、それに伴

い、企業活動の様々な場面で選択を迫られる。独自のポジションを確立するためには、そ

のポジションに伴った選択を行うことこそが必要であり、それが持続可能な相対的競争優

位に繋がるのだ。

Page 9: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

9

ここで再度、ポーターの考える競争戦略論について述べておきたい。競争戦略とは、差

別化であり、他社とは異なる活動を伴った、独自性のある価値あるポジショニングを創り

出すことである。また、ポーターによれば、競争戦略とは、競争上必要なトレード・オフ

を行うことである。トレード・オフを行うということは、企業が市場に対して明確な限界

を持つこと、つまり何を行って、何を行わないかという選択である。もし、トレード・オ

フが存在しないとすれば、選択をする必要はなく、独自性のある価値あるポジショニング

を創り出す必要もない。したがって、差別化を行う必要もなく、戦略も必要がない。オペ

レーション効率だけが、収益性を左右する唯一のものとなり、競争は収斂し、市場や業界

の成長が滞ってしまう。ゆえに、トレード・オフは持続的な戦略ポジションの確立にはト

レード・オフが必須なのであるとポーターは言っているのである(Porter 1999:74-75,98)。 3-5 フィット 次に紹介するのが、調和と訳されるフィットという考え方である。ポーターは、持続的

競争優位を維持可能とするには、独自性のある価値あるポジショニングを取ることやトレ

ード・オフを行うことだけでは不十分であり、このフィットがあってこそ成せるものだと

している。ポジショニングとトレード・オフにより、その企業の活動の在り方が決定する。

これに基づき、企業は生産やシステムなど各々の活動の方向性が定められ、実行される。

この諸活動のつながり、調和こそがフィットなのである。持続的競争優位を維持可能とす

る戦略は、部分的な活動の寄せ集めからではなく、活動全体を包含する活動、お互いに調

和し強めあう状況から生まれるのである(Porter 1999 98-100)。ライバル企業からすれば、特定の営業手法や製品の模倣などの部分的な企業の活動に対抗するのに比べ、強固に絡み

合った活動に対抗する方が困難である。ゆえに、フィットによる包含された企業活動は、

ライバル企業の模倣を阻み、参入障壁を強固にし、持続的競争優位維持の可能性を高める

のである(Porter 1999:105)。 3-6 基本戦略

後に、4章以降でポーターの基本戦略について何度か取り扱うので、ここであらかじめ基本戦略についてそれぞれ述べておきたい。基本戦略とは、3-1のポジショニング・スクールで述べた5つの外部環境要因、つまり競争要因に対処していくための基本戦略であり、

コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中化戦略の3つからなる。 基本戦略の個々の内容について説明する前に、簡単に前節のポジショニング、トレード・

オフ、フィットと基本戦略との関係性を先にみておこう。ポーターの競争戦略は、競争優

位の源泉である外部環境を分析し、それに基づきポジショニングを創出し、トレード・オ

フ、フィットによって、外部に対して障壁を強固にしていくことで持続的競争優位を勝ち

取るというものであった。下記の図は、そのイメージ図である。一連の流れの中で、基本

戦略はポジショニングとトレード・オフの間に位置する。つまり、ポジショニングを創出

Page 10: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

10

したのち、またはそれと同時に基本戦略は決定されるのである。それにより、企業活動に

おけるトレード・オフが生まれ、フィットへとつながる。以上のような関係がポジショニ

ング、トレード・オフ、フィットと基本戦略との間にはある。この一連の流れをイメージ

するとポーターの競争戦略がよりわかりやすくなるだろう。次項からは3つの基本戦略に

ついてそれぞれ述べていく。

図:持続的競争優位獲得への流れ

3-6-1 コスト・リーダーシップ戦略 コスト・リーダーシップ戦略とは、コスト面を 優先に考えるという基本目標にそった

企業活動を実行することであり、言葉どおりコストのリーダーシップをとろうという戦略

である。簡単に言えば、この戦略の一貫したテーマは、同業者よりも低コストを実現する

ことである。 次にこの戦略を実行する意義を5つの外部環境要因に対する対応から説明する。 (1) 新規参入の脅威

新規参入企業が低価格で対抗してきても、低コストである分、彼ら以上の収益を

得ることができる。 (2) 供給業者の交渉力

原材料などのコストが上昇しても、その分だけ生産性を上げるなど臨機応変に対

応でき、彼らの攻撃に対して防御可能である。 (3) 買い手の交渉力

低コストであれば、買い手の値引き攻勢に対しても、防御が可能である。 (4) 代替品・サービスの脅威

持続的競争優位 基本戦略

フィット トレード・オフ ポジショニング 外部環境

Page 11: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

11

同業者よりも低コストであるため、彼らよりも有利な立場にいることができる。 (5) 業界内のポジション争い

同業者が低価格できても、彼ら以上の利益を上げることができ、同業者よりも低

価格で販売できれば、マーケット・シェアを拡大することができる。 上記、コスト・リーダーシップ戦略が5つの外部環境要因のそれぞれに対処できること

から、この戦略を実行する意義が理解されたであろう。では、このコスト・リーダーシッ

プ戦略をとり、業界内で低コストの地位を占めるために必要な条件とは何であるのだろう

か。それは、相対的に高いマーケット・シェアを持つこと、原材料が有利に手に入ること

など利点がなければならないということである。そのために、生産しやすい製品設計、関

連製品のラインナップの拡大、効率のよい生産設備の建設や厳しい経費・コスト管理など

あらゆる面でコスト削減を追求する必要がある(Porter 1995:56-58)。 3-6-2 差別化戦略 差別化戦略とは自社の製品やサービスを他社とは差別化して、業界内で特異だと認識さ

れる何かを創造する戦略である。しかしながら、取り違えてはならないのは、差別化戦略

がコスト度外視の戦略なのではなく、コストが第一の戦略目標ではない戦略だということ

である。差別化戦略の種類としては、製品設計の差別化、ブランドイメージの差別化、テ

クノロジーの差別化、製品特長の差別化、顧客サービスの差別化など多数存在する。 次に、前項と同じように差別化戦略を実行する意義を5つの外部環境要因に対応をみて

いく。 (1) 新規参入の脅威

新規参入するためには、差別化戦略を行う企業の持つ特異性を上回る何かを得な

ければならず、それが参入障壁となる。 (2) 供給業者の交渉力

差別化戦略がもたらす高マージンにより、供給業者に対抗できる能力を増やすこ

とができる。 (3) 買い手の交渉力

特異性を持つがゆえ、同じ商品を他社からは購入できない。そのため、価格に対

する圧力が弱まり、買い手の力を弱めることができる。 (4) 代替品・サービスの脅威

差別化に成功し、顧客の忠実性を得られた企業は、同業者よりも代替品に対して

も有利な立場にいられる。 (5) 業界内のポジション争い

顧客からブランドに対する忠実性がもらえ、そのため価格の敏感性が弱くなる。

それにより、マージンも増え、低コストの地位を占める必要もないため、同業者

Page 12: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

12

からの攻撃を回避することができる。

上記から、差別化戦略の戦略意義が説明された。しかし、差別化戦略に成功すると上記

のように5つの外部環境要因に対応することができるが、差別化が極端になりすぎると一

部の特定の市場のみをターゲットにしなくてはならなくなり、マーケット・シェアを確保

することが困難になることもある(Porter 1995:59-60)。 3-6-3 集中戦略 集中戦略とは、特定の顧客グループ、製品の種類、特定の地域市場などへ、企業の持つ

資源を集中させる戦略のことである。この集中戦略は先に述べたコスト・リーダーシップ

戦略と差別化戦略が業界全体を戦略ターゲットにしているのに対し、特定のセグメントだ

けを戦略ターゲットにしている。つまり、ターゲットを広く設定した同業者よりも、狭い

ターゲットに絞った方が、より効果的で、かつ効率的な勝負ができるという前提がこの集

中戦略の起点である。特定のターゲットのニーズを満たすことで、低コストや差別化が実

現できていたり、その双方を実現することができたりもする。市場全体から見た場合は、

決して低コストも差別化も実現できていないけれども、狭く絞られた市場からみた場合、

どちらも実現できていることがあるのだ。それゆえ、集中戦略に成功した企業は、特定の

セグメントに対して、低コストの地位か差別化に成功するか、その両者を実現することが

でき、5つの外部環境要因にも対応することができるのである(Porter 1995:61-62)。 4章 スタック・イン・ザ・ミドルを巡る論争 この章では、前章で理解されたM・ポーターの競争戦略を基に、「スタック・イン・ザ・

ミドル」に対する諸説について触れていく。ここで、再度「スタック・イン・ザ・ミドル」

の意味を確認しておきたい。「スタック・イン・ザ・ミドル」とは、複数のタイプの戦略、

例えばコスト・リーダーシップと差別化戦略を同時に追求することにより、どっちつかず

の状態となり、パフォーマンスが低くなる状態のことを言う。この考えは、前章で述べた

ようにポーターの競争戦略論の核をなすものである。では、「スタック・イン・ザ・ミドル」

は一体どの程度有効性を持つのだろうか。これこそ、本論の明らかにしたいことである。

はじめに、パンガッシュ・ゲマワットの『競争戦略論講義』を基に、「スタック・イン・ザ・

ミドル」議論の概要について論じ、その後にハイブリット戦略併存論という「スタック・

イン・ザ・ミドル」議論に新たな方向性を持たせた理論について論じていく。 4-1 パンカジュ・ゲマワット『競争戦略論講義』 パンカジュ・ゲマワットは、著書『競争戦略論講義』(2002)の中で、ポーターの基本戦

略で論じられているコストと差別化の関係についての諸議論を紹介している。これは、「ス

タック・インザ・ミドル」の中心議論を簡略的にまとめていると言えるだろう。以下で、

Page 13: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

13

それを紹介する。 彼は、ポーターの低コストと差別化による基本戦略の有効性とその限界をそれぞれ2つ

の理由から述べている。まずは、その有効性についてみていこう。 基本戦略の概念が有効である理由(Ghemawat 2002:85-86) (1) 低コストと差別化の間に共通の相対性がみられること

通常、顧客が高いプレミアムを支払ってもよいと感じる商品を顧客に提供しようと

すれば、それに比例して企業はより高いコストを負担しなければならない。自動車

業界で言えば、トヨタ自動車とヒュンダイがその例として当てはまる。 (2) 戦略によって、企業として必要とする形、目指す形は異なってくる

低コスト戦略を追求する企業と差別化戦略を追求する企業の間では、組織構造、報

酬システム、企業文化など様々な面で、求める形が異なる。

以上、2点の理由から、ポーターの基本戦略が有効性を持つと彼は説明している。(1)については、想像に難くないであろう。(2)は、前章で扱った、トレード・オフ、フィッ

トにつながる考え方であると言える。ポーター自身が語っているように、独自性あるポジ

ショニングを確立するだけでは、不十分であり、トレード・オフと、フィットにより、企

業の方向性を統一することで障壁が高くなり、競争優位を持続的に勝ち取ることができる

のである(Porter 1999:91,107-108)。ゲマワット他の(2)を主張する戦略家も上記の面では、ポーターの基本戦略認め、トレード・オフ、フィットという考えに共感を示している

と考えられるだろう。 次に、ポーターの基本戦略の限界について、ゲマワットは経験的問題点と論理的問題点

の2つがあると述べている。以下の基本戦略の限界は、冒頭でも述べたように「スタック・

イン・ザ・ミドル」の批判的議論と捉えることができる。 基本戦略の概念に限界が生じる理由(Ghemawat 2002:86-88) (1) 経験的理由

低コストと差別化の間の相対性は絶対的ではないようにみえるという点。 例えば、1970年代から 1980年代の日本メーカーは不良品率を下げることで、高品質の製品をより低コストで生産できることを発見した。

(2)論理的理由 外部環境要因によって2つの戦略を同時に追求する状況に強いられることもある。 例えば、顧客の嗜好や業界構造により、価格も品質も中程度の製品を提供すること

が利益を 大化にする戦略となる可能性がある。

経験的理由は、つまり基本戦略が有効である理由の(1)を絶対的ではないと捉えてい

る。ここで問題となるのが、その程度である。なぜなら、「この(基本戦略)うち二つ以上

を主目標しにてうまくゆくこともあるが、(中略)これが可能になることはまれである」

Page 14: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

14

(Porter 1995:56)とポーターが述べていることから、低コストと差別化の間の相対性、つまり低コストであっても高品質の商品および、サービスを提供できうることを例外とはす

るものの、ポーターは認めていると言えるからである。しかし、ポーターが例外と捉える

のに対し、ゲマワットが「企業はより優れた製品をより低コストで生産する方法を見つけ

出せる」(Ghemawat 2002:86)「低コストと差別化という二重の競争優位の事例は目を引く」(Ghemawat 2002:87)と記述するように、経験的理由から基本戦略の限界を主張する側はその程度をポーターより大きく捉え、決して例外的ではないとしている。ここで、両者の

主張の間に、違いが生じている。 論理的理由の主張については、次にあげるハイブリット戦略併存論の中心的議論に近い

内容であるので、ここでは詳しい説明を割愛するが、企業内部の一貫性を追求するあまり、

外部環境要因を見落とすことを論理的理由では懸念している。 このように、ゲマワットはポーターの基本戦略の低コストと差別化について有効性と限

界を述べた上で、「 適なポジショニングとは、相互に排他的な基本戦略のなかでの選択で

はなく、コストと差別化とのあいだの広い範囲でのトレード・オフから成り立つ選択を反

映している」(Ghemawat 2002:88)と述べている。つまり、ゲマワットは、 適なポジシ

ョニングとは、はっきりと境界線で分断された基本戦略の中から選択することではなく、

もっと境界線が曖昧な基本戦略上のなかにポジショニングを据えることだと論じていると

言える。 4-2 ハイブリット戦略併存論 この節で、議論とするのは簡単にいうと、基本戦略のうち1つを追求していく戦略と複

数の戦略を追求していく戦略のどちらもよしとする戦略についてである。興那原(2008)は、ポーターが主張する基本戦略のうち、1つを追求していく戦略をピュア戦略、複数の

戦略を同時に追求していく戦略をハイブリット戦略、そしてそのどちらもよしをする戦略

をハイブリット戦略併存論と呼んでいる(興那原 2008:152)。この呼称を本論でも採用したい。ここで再度ハイブリット戦略併存論を定義する。ハイブリット戦略併存論とは、ハ

イブリット戦略、ピュア戦略のどちらも否定しない理論である。つまり、どちらの戦略も

有効であるとする理論であり、ポーターと彼の「スタック・イン・ザ・ミドル」を批判す

る主張の中間的存在の理論であると言える。この戦略は、『競争戦略論』(2002)でガース・サローナー、アンドレア・シェパード、ジョエル・ポドルニーによって提唱された。ハイ

ブリット戦略併存論、および彼らの主張を深く理解するためにも、サローナー他の競争優

位性の捉え方を述べた上で、ハイブリット戦略併存論について、詳しくみていきたい。 4-2-1 競争優位性 ポーターが競争優位に立つためにはポジショニングが重要であると捉えたのに対して、

サローナー他は競争優位性には、ポジショニングを基盤とする競争優位性と企業の組織能

Page 15: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

15

力を基盤とする競争優位性の2つに分けられるという立場をとっている

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:51)。しかし、この2つはそれぞれ独立しているわけではなく、実際には両タイプの競争優位性を持ち、互いに強化し合うことによって成り立っ

ている企業がほとんどである(Saloner/Shepard/Podolny 2002:55)。サローナー他のポジショニングを基盤とする競争優位性と企業の組織能力を基盤とする競争優位性のそれぞれ

の特徴について以下述べていく。 まずは、ポジショニングを基盤とする競争優位性の特徴からみていきたい。本題に入る

前にサローナー他とポーターの捉えるポジショニングの違いについて先に確認しておく。

繰り返しにはなるが、ポーターのポジショニングの定義は前章の 3-3で記述したとおり、「戦略的ポジショニングが意味をするものは、競合他社とは異なる活動を行うこと、あるいは

同様の活動をライバルとは異なる手法で行うことを意味する」(Porter 1999:69)である。一方、サローナー他はポジショニングを現在ある「地位」を獲得することとして捉え、ポ

ジショニングについて明確な定義を与えていない(Saloner/Shepard/Podolny 2002:53)。つまり、ポーターが、ポジショニングを活動ののちにポジションを確立することとし、プ

ロセスを重視し、捉えているのに対し、サローナー他は市場を支配しているリーダー企業

のように、既にある地位そのものをポジションとして捉えている。ゆえに、ポーターの捉

えるポジショニングは、サローナー他よりも創造的なものであるといえ、また明確な定義

を与えているという点から彼の理論がしっかり構築されていることがうかがえるだろう。 ポジショニングに対する両者の違いが確認できたところで、本題へと戻ろう。サローナ

ー他のポジショニングを基盤とする競争優位性は以下の3つのタイプに分類される。 ポジショニングを基盤とする競争優位性のタイプ(Saloner/Shepard/Podolny 2002:55)

(1)魅力ある産業構造から生じる競争優位 業界で競合する企業すべてが産業構造から得をする場合。複占市場など。例として、

大型民間航空機業界のエアバス社とボーイング社などが挙げられる。 (2)業界内の多様性から生じる競争優位

支配的地位など業界内で、ある特定の地位を築く企業はその地位から利益を得るこ

とができる。中小企業ばかりの市場で支配的地位を持つ企業など。 (3)ネットワークから生じる競争優位

買い手や売り手、競合他社との関係から得る競争優位。先行してネットワークの中

心に位置し、自社に有利となる取引の流れをつくった企業など。 また、これらポジショニングを基盤とする競争優位性が持つ一般的な特徴は、先に動い

て機会を活用した先行企業に多くみられるという点、競合との比較によってのみ成立した

企業であるという点の2つが挙げられる(Saloner/Shepard/Podolny 2002:57)。 次に、企業の組織能力を基盤とする競争優位性について説明する。サローナー他によれ

Page 16: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

16

ば企業の組織能力1とは、企業の持つ処理能力、生産性、組織内ルーチンなど特定の機能を

競合他社よりも優れて行う能力のことを指す(Saloner/Shepard/Podolny 2002:54)。ここで、比べたいのがポーターのオペレーション効率である。彼は、「オペレーション効率とは、

同様の活動を競合他社よりも上手に行うことを意味する。オペレーション効率とは、単に

効率だけに限定される概念ではない。(中略)投入資源をより効率に活用するすべての実践

を包含するものである。」(Porter 1999:69)と述べている。以上から、サローナー他の企業の組織能力とポーターのオペレーション効率が非常に似ているということ点に気づいただ

ろう。双方の違いは、ポーターのオペレーション効率の方が、機能だけではなく実践を包

含するとその範囲を広く捉えている点である言える。しかしながら、「資源ベースの見方は

企業の能力がルーチンや組織といった企業の資源に依存しているという点では(中略)組

織能力を含む」(Saloner/Shepard/Podolny 2002:68)とサローナー他が企業の組織能力を企業内部のものとして捉え、ポーターもオペレーションの効率を企業内部のものとしてい

る点では一致している。ゆえに、企業の組織能力とオペレーション効率に対する双方の考

えを見比べることには、競争優位性についての捉え方の双方の違いをみることができると

いう意義があると考えられるだろう。以上のように、企業の組織能力とオペレーション効

率の関係性を捉え、以下比較しながら、企業の組織能力を基盤とした優位性について述べ

ていきたい。 前章で述べたように、ポーターはオペレーションの効率化は卓越した収益性を実現する

ために必要ではあるが、オペレーションの効率化単独で手に入れた競争優位性は競合他社

に模倣されやすく、オペレーション効率化による競争は誰も競争優位を獲得することはで

きないと主張しており、いわばサローナー他の企業の組織能力による競争優位性の主張を

否定していることになる(Porter 1999:73-74)。これに対し、サローナー他も、どんなに優れた組織能力でも、ライバル企業が対抗できるようなもの、つまり模倣されうる要素を持

っている場合、それは組織能力による競争優位性とはならないとし、模倣されうる可能性

のある組織能力についてはその競争優位性は認めていない(Saloner/Shepard/Podolny 2002:60)。しかし、組織能力を基盤とした競争優位性は、たとえ競合他社がその企業の持つ組織能力を見極めることができたとしても、因果関係が不明瞭でまねすることはできな

いとサローナー他は述べている。その理由は2つあり、1つ目は、組織能力を基盤とした競争優位性の成り立ちに起因するものである。組織能力を基盤とした競争優位性は、企業の

複雑な組織やルーチン、個人の特徴などの複雑な組み合わせから成り立っている。そのた

め、求める結果を得るためには、個々の要素をバラバラに真似しただけでは不十分であり、

各要素同士がどのように関係しているかを見極め、どのように組み合わせたら求める結果

が得られるかを判断し、実行しなければならない。しかし、それは組織能力の持つ複雑性

の観点から実行することは不可能に近いのである(Saloner/Shepard/Podolny 2002:62)。

1 3-1-2 RBVでの組織能力と、ここでの組織能力には捉え方に差異があるので注意してほしい。

Page 17: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

17

2つ目の理由は、組織能力の知識の多くが暗黙知であり、因果関係が不明瞭だからである。

つまり、組織能力の多くの知識がコード化・体系化されておらず、文書化されていないた

め、伝達されにくいと述べているのである(Saloner/Shepard/Podolny 2002:63)。 以上、2つの理由から、企業の組織能力は模倣されにくいとサローナー他は述べており、

オペレーションの効率化は模倣されやすいというポーターの主張とサローナーの主張は食

い違っているといえるだろう。また、サローナー他は組織能力が持つ模倣されにくいとい

う性質に依存するのではなく、組織能力を基盤として競争優位性を獲得するためには、企

業がライバル企業より、優れた一連の活動を行い、その競争手腕を実際にみせ、組織能力

が独自能力を持つことが必要であると語っている(Saloner/Shepard/Podolny 2002:60)。そして、競争優位を獲得するだけではなく、それを持続的なものとするためには、競争優

位の要因である組織能力を他社により分かりにくく模倣しにくいものにするか、他社に追

いつかれる前に学習によってその組織能力をさらに改善して、他社が追随するその先に行

くかの、どちらかの行わなければならないとサローナー他はさらに述べている

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:61)。 このように、ポーターの考える競争優位とサローナー他が考える競争優位は、オペレー

ション効率化や企業の組織能力という企業の内部環境要因が競争優位の基盤と成りえるか

という点で違いが生じているといえるだろう。この違いは恐らく、ポーターの競争戦略論

がポジショニング・スクールという外部環境を源泉としているのに対し、サローナー他は

競争優位の源泉をポジショニングという外部環境と、企業の組織能力という内部環境の双

方、つまりリソース・ベースト・ビュー(RBV)とポジショニング・スクールの両方に起因すると定義しているところからきているのだろう(Saloner/Shepard/Podolny 2002:54)。だが、サローナー他は、RBVの見方から、企業の資産自体のみに着目することは間違いであるとし、企業が持つ資源が競争優位の基盤になるポジショニングや組織能力を創出して

はじめて競争優位の源泉になると述べている(Saloner/Shepard/Podolny 2002:68-69)。このように、RBVの見方から競争優位性を見た場合、RBVにだけ偏った考えを否定していることから、サローナー他の考えはどちらかと言えばややポーター寄りの考えを持っている

と言えるであろう。 4-2-2 「低コスト」と「品質」と競争優位との関係 サローナー他の定義する「品質」とは「消費者が認識する品質」である。つまり、エン

ジニアが素材や原料が高品質である認識するような物理的特性を中心としたものではなく、

あるメーカーのミネラルウォーターが他のメーカーよりおいしいと消費者が納得している

というような心理的特性を中心とした「消費者の認識する品質」ということである。いく

ら物理的特性が高品質であったとしても、それを消費者が認識できなければ、残念ながら

それは高品質とは言えないのである。裏返していえば、物理的に低品質と認められる商品

でも消費者が高品質と認識すればそれは高品質な商品となりえるのである。

Page 18: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

18

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:72-73)。 では、本節の主題である低コストと品質が競争優位とどういった結びつきがあるのだろ

うか。簡単に言えば、どちらも競争優位性の要因であるという結びつきである。低コスト

で製品やサービスが提供できれば、企業にとって当然それは有利なことである。ライバル

企業より、安い価格で商品を販売し、マーケット・シェアを増やすことができる。またラ

イバル企業と同程度の価格で商品を販売した場合も、低コストであれば他社よりも高い利

益を得ることができる。よって、競争優位性は低コストにあると言える。ここで、勘違い

してはならないは、低コストの持つメリットが価格と結びつくことが多いが、決して競争

優位性が低価格にあるということではない。次に、高品質であると製品やサービスが消費

者から認識されている場合について考えてみよう。消費者が高品質と認識した製品はライ

バル企業よりも高い価格で販売し高い利益を上げることも、同程度の価格で販売し、マー

ケット・シェアを獲得することもできる。このように、先に述べたように低コストと品質

の間には、それぞれ競争優位になりえるという関係がある。 ここで、4-1 パンカジュ・ゲマワット『競争戦略論講義』(2002)で論じた、ポーター

の基本戦略の概念に限界が生じる、経験的理由について思い出して欲しい。ゲマワットは、

低コスト戦略と差別化戦略、つまり差別化による高品質戦略の間の相対性は絶対的でない

ようにみえると述べている(Ghemawat 2002:86-88)。しかし、ポーターは低コストかつ高品質な商品・サービスを提供は例外的であると捉えており、両者の間にはその程度におい

て、違いが生じていた。この低コストと高品質が同時に実現できるかという問題に対して、

サローナー他はどのように考えているのだろう。彼らの見解は「低コストと高品質がいず

れも競争優位性になるなら、いちばんよいポジションは高品質で低コストの企業になる(中

略)。これは理論的には正しいが、実際にはほとんど不可能である」

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:73)という言葉に表れている。つまり、コストと品質の間のトレード・オフは避けられないと述べ、サローナー他はポーターと同じように、低コ

ストで高品質が実現できる程度をゲマワットよりも低くみているといえるのである

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:73)。

4-2-3 コスト-品質のフロンティア

Page 19: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

19

コスト-品質のフロンティアとは上記の図のことを指す。縦軸に消費者が認識する品質、

横軸に低コストをとる。したがって、この図は原点から離れるほどコストも品質も良い状

態であることを示すものである。次に、図の曲線は現時点での技術の限界を表しており、

曲線の内側部分は業界全体が現時点で手に入れられる技術を用いて、とりうることのでき

るコストと品質の組み合わせを表している。つまり、曲線の内側部分に位置する企業は、

コスト、または品質の面で改善する余地のある企業であることを指し、曲線状に位置する

企業は、一定のコスト、品質において現時点で可能な 高値に値することを示している。

また、この図はコストと品質の間のトレード・オフも示している。なぜなら、フロンティ

アの内側の原点の近くの点(低品質と高コストの組み合わせ)で生産活動を行うのは容易

だが、原点から離れるほどに、コストと品質の組み合わせは困難になるからである

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:73)。

消費者が認識する品質

低コスト

可能なフロンティア

(出所)Saloner/Shepard/Podolny 2002:74

Page 20: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

20

このコスト-品質のフロンティアを用いながら、ハイブリット戦略併存論について述べ

ていきたい。ハイブリット戦略併存論の基本は、フロンティア上にある企業は競争優位性

を持つという考えである。つまり、簡単に言えば高品質(上記の図では Aに位置する)や低コスト(上記の図では Cに位置する)などの一方の戦略を追求するピュア戦略や、そのどちらも追求できるというハイブリット戦略(上記の図では Bに位置する企業)も競争優位性を持つということである。フロンティア上の中間に位置する企業(上記の図の B)は、高品質を売りにしている企業よりも価格を低く設定でき、低コストを売りにしている企業

よりも高品質をアピールできる。もしこの中間ポジションがその業界にとって、魅力的で

あるのなら、この中間ポジションが競争優位性を獲得する可能性があり、競争優位性を得

るために、高品質か低コストかのいずれかの選択に限る必要はない

(Saloner/Shepard/Podolny 2002:73)。これが、ハイブリット戦略併存論である。ただし、この理論は単にピュア戦略とハイブリット戦略の両方を有効であるとしているのではない。

第一の条件として、フロンティア上にある企業が競争優位性を持つこと。つまり、フロン

ティア上にない企業については、ハイブリット戦略併存論は成り立たない。第二に、中間

ポジション(上記の図の B)が必ずしも競争優位を勝ち取るわけではないこと。つまり、フロンティア上にない企業よりは、フロンティア上に位置する中間ポジション企業のほうが

競争優位であるが、競争優位性を勝ち取ることができるかはその業界構造によるのである。

4-2-4 ハイブリット戦略併存論と他議論との比較 4-2 ハイブリット戦略併存論のまとめとして、ここではサローナー他のこの理論とパンカ

ジュ・ゲマワット、ポーターのそれぞれの考えとの比較を行い、ハイブリット戦略併存論

への理解を深めていく。

消費者が認識する品質

低コスト

A:高品質戦略企業

B:中間ポジション企業

C:低コスト戦略企業

(参考)Saloner/Shepard/Podolny 2002:76

D

Page 21: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

21

先に、ゲマワットとの比較を行う。重複になるが、ゲマワットは、4-1の基本戦略に限界が生じる経験的理由として、低コストと差別化の間の相対性は絶対的でないようにみえる

と述べている(Ghemawat 2002:86-88)。これに対し、サローナー他は低コストと差別化の同時実現は実際にはほとんど不可能であると述べている(Saloner/Shepard/Podolny 2002:73)。がしかし、彼らはハイブリット戦略併存論で、低コストで高品質な企業が競争優位を勝ち取ることもあると述べている。これは一体どのようなことなのだろうか。サロ

ーナー他のハイブリット戦略併存論の主張は、ゲマワットの基本戦略に限界が生じる経験

的理由からではなく、論理的理由側からの主張なのである。つまり、外部環境要因によっ

て2つの戦略を同時に追求することが利益を 大化にする戦略となる可能性があるという

論理的理由を支持しているのである。 次に、ポーターとの比較を行う。両者に共通していることは、基本戦略のうち1つを追

求するピュア戦略を基本としていることである。ポーターについてはいうまでもないであ

ろう。サローナー他のハイブリット戦略併存論は、ハイブリット戦略そのものの有効性を

認めるのではなく、前項でも述べたように一定の条件で満たす場合のみ認めている。この

点から、サローナー他は基本戦略のうち1つを追及するピュア戦略、つまりポーターの考

えを基本としていると言える。ただし、何度も述べるようだがサローナー他は、フロンテ

ィア上に位置することが競争優位獲得につながると強調している。この点から、彼らのハ

イブリット戦略併存論に基づく「スタック・イン・ザ・ミドル」は、フロンティア上にな

い状態、4-2-3の図の Dポジションに位置する状態のことを指している。一方、ポーターはフロンティア上からかけ離れた場所に企業が位置する場合や、コスト-品質のフロンティ

アの曲線の範囲そのものが拡大した場合には、オペレーション効率により低コストと高品

質を同時追及することが可能であるというように、彼もまた競争優位性を維持するために

はフロンティ上に位置することを重要視している。しかし、企業がフロンティア上に位置

する場合においては、コストか差別化、つまり高品質かというトレード・オフは避けられ

ないと述べており、中間ポジション(図の B)の競争優位性を認めておらず、ポーターの「スタック・イン・ザ・ミドル」はフロンティア上にあることを一定の条件としている。この

点においてサローナー他の主張と食い違っている(Porter 1999:97)。また、ハイブリット戦略併存論は、たとえフロンティア上にない企業であっても、業界構造によっては生き残

る可能性は十分にあるとしている。例えば、高品質を売りにする企業と低コストを売りに

している企業しか競合がいないような場合である。こういった観点からも、ポーターのス

タック・イン・ザ・ミドルとハイブリット戦略併存論は異なった捉え方をしていると言え

る(Saloner/Shepard/Podolny 2002:77-78)。 5章 考察 ポーターの競争戦略論、そして「スタック・イン・ザ・ミドル」についての諸議論につ

いて論じてきた。この章では、これまでに扱った議論を再度振り返り、考察をしていきた

Page 22: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

22

い。 「スタック・イン・ザ・ミドル」に対する諸議論を振り返り、私自身が感じること

は、ポーターの「スタック・イン・ザ・ミドル」はやはり有効なのではないだろうかとい

うことである。ポーターの理論が演繹法によって構築されており、また本論では事例分析

を行っていないことから、実社会において有効であるとまでは断言できないものの、理論

としてはやはり一定の説得性があるといえると考える。 先に扱ったパンカジュ・ゲマワットの『競争戦略論講義論』は「スタック・イン・ザ・

ミドル」議論を概要しているものといえ、経験的理由にせよ、論理的理由にせよ、ある一

部で生じた現象から理論を構築しているに過ぎず、「スタック・イン・ザ・ミドル」におけ

る例外とみえ、理論的には説得力に欠けているようにみえた。例えば、経験的理由で述べ

た不良品率を下げることで高品質の製品をより低コストで生産することを可能にした 1970年代から 1980年代の日本メーカーの例は「1980年代に欧米企業に挑んだ日本企業の切り札もこのオペレーション効率だった。オペレーション効率の点でライバルをはるかに上回

っていたからこそ、日本企業は低価格と高品質を同時に提供できたのである。」(Porter 1999:70)とポーターが言うようにオペレーション効率の結果であり、現代においてまでその方針で成功している企業はほとんどいないであろう。コスト-品質のフロンティアの図

を用いて言うなれば、低コストと高品質の同時実現が可能だったのは、企業がフロンティ

ア上の内側に位置していたという、その時代のオペレーション効率の低さが生んだ結果で

あったのである。何度も述べるようだが、企業がフロンティア上とはかけ離れたレベルか

ら出発している場合や、その曲線の範囲が拡大した場合に限れば、低コストと差別化は同

時に追求が可能であるとポーターはおり、フロンティア上に位置するという一定の条件に

おいて「スタック・イン・ザ・ミドル」は成り立つと述べているのである(Porter 1999:97)。 ハイブリット戦略併存論においては、「スタック・イン・ザ・ミドル」に新たな方向性を

持たせてはいたが、総じて考えると、ポーターの「スタック・イン・ザ・ミドル」を補完

した理論のように感じた。確かに、フロンティア上にある企業ならたとえ中間ポジション

の企業でも競争優位を獲得できるという理論は説得力がある。だがしかし、それには一定、

それも市場構造などのかなりの縛りのある条件でのみ成り立つものである。また、曲線上

に位置する中間ポジションの企業というのは、ポーターの基本戦略でいう集中戦略を実践

している企業といえるのではないだろうか。なぜなら、集中戦略においては、そのセグメ

ントが特定の狭い範囲であるため、コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略の双方を追

及することができ、低コストと高品質の同時実現が可能なのである。中間ポジションが競

争優位を獲得できる条件である、当該業界にとって中間ポジションが魅力的であるとはこ

の限られた市場範囲を示していると解釈できるだろう。 以上から、ポーターの「スタック・イン・ザ・ミドル」は一定の有効性を持つと考えら

れる。

Page 23: M・ポーターの競争戦略論 ―スタック・イン・ザ・ …mizkos.jp/wp-content/uploads/2015/07/2011otomo.pdf2 目次 1章 はじめに 2章 「スタック・イン・ザ・ミドル」とは

23

参考文献 興那原建(2008)「ポーターの「スタック・イン・ザ・ミドル」論再考」『琉球大学経済研究(第 75号)』151-167. 興那原建(2010)「ダイナミック能力論の可能性―競争戦略論の統合化に向けて―」『琉球大学経済研究(第 80号)』125-145. 崔学林(2002)「経営組織の環境適応と競争戦略論-文献の展望と研究課題-」『新潟大学現代社会文化研究(第 23号)』165-182. 新宅純二郎・淺羽茂(2001)『戦略のダイナミズム』日本経済新聞社 西谷洋介(2007)『ポーターを読む』日本経済新聞出版社 Ghemawat, Pankaj(2001)Strategy and the Business Landscape: Core Concepts,

Prentice Hall, Inc. (大柳正子訳『競争戦略論講義』東洋経済新報社 2002) Porter, Michael E. (1998) ON COMPETTION Harvard Business School Press (竹内弘高訳『競争戦略論Ⅰ』ダイヤモンド社 1999) Porter, Michael E.(1980)COMPETITIVE STRATEGY, The Free Press (土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳『新訂 競争の戦略』ダイヤモンド社 1995) Saloner, Garth /Andrea Shepard/Joel Podolny (2001) Strategic Management, John Wiley & Sons, Inc.(石倉洋子訳『競争戦略論』東洋経済新報社 2002)