身近な製品を題材に工業を考察する · 化学繊維,合成樹脂など...

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いきいき授業実践 はじめに 今読んでいるこの冊子,授業で使っているチョーク, 教材を作成するパソコン,そして仕事終わりのビール…。 私たちの生活はもはや工業製品なしには成立しない。産 業革命以降展開された大量生産・大量消費の社会におい て,工業製品はつねに身のまわりにありふれているもの であり,きわめて身近な存在である。今回は,そのよう な身近な存在である工業製品を題材に,工業の発達と立 地についてより効果的な指導方法を模索してみた。 「工業の発達と立地」の項目は,工業を学習するうえ での導入であるとともに,時間的縦軸である工業史と空 間的横軸である地域的な広がりの両面から,工業におけ る系統地理的考察を合理的に学ぶうえでひじょうに重要 である。また,本項目は2016年度のセンター試験地理B にも出題されるなど,大学入試において頻出の項目でも あり,受験指導の観点からも,とりわけていねいに扱い たい分野である。 しかし,工業の種類や立地による分類など本分野で学 ぶ項目は,地理的考察が苦手な生徒にとっては丸暗記で すませてしまいがちな部分である。地球上で起きている 諸事象をさまざまな面から考察することで地域的な差異 を明らかにし,地球を科学することが地理の醍醐味であ るが,丸暗記ですませてしまう生徒は,残念なことに地 理の楽しさに気づくことができないうえに実質的な地理 的考察力が身についていないと感じる。 そこで,今回は身近な工業製品を題材にすることによ り,生徒の知的好奇心を引き出して主体的な学習に結び つけ,工業を概観しつつも発展的な考察ができるよう, アクティブ・ラーニングの手法を取り入れた授業の例を 示すとともに,実施した結果を報告したい。 授業の構成 先述したとおり,本項目の重要性から2時間分用意し てしっかりと学習させたい。授業形態として,おもにグ ループワークを中心としたアクティブ・ラーニングを取 り入れての構成を計画した。 アクティブ・ラーニングは次期学習指導要領でも重要 視されており,学校現場でも聞く機会が多くなってきて いる。しかし,気をつけなければいけないのが,授業の 目的がアクティブ・ラーニングを行うことになってしま わないようにすることである。この点に留意しつつ,確 かな学力の会得と主体的な思考力向上の2点を身につけ ることを目的として授業を策定し,講義形式とグループ ワークを交互に取り入れる。1時間目はおもに工業の発 達と種類を中心に,2時間目はおもに工業の立地を中心 に二つの側面から工業をとらえて全体像をつかむ。 また,効率よく授業を展開させるため,板書は行わず にパソコンとプロジェクターを利用した。利用にはある 程度の慣れが必要だが,画像や動画などを素早く大画面 で示すことができるため,視覚的情報が重要な地理の授 業にはぜひ活用したいツールである。 授業実践① 「iPhoneの裏には何と書いてあるか?」という問いで 授業を始めた。今回の授業の導入はApple社のスマート フォン, iPhoneを題材とした。iPhoneの裏には「Designed by Apple in California Assembled in China」と書かれ ており,労働力指向型,国際分業,エレクトロニクス産 業,シリコンヴァレー等々,さまざまなキーワードに結 びつけることができるため,工業の学習には身近で最適 な工業製品のひとつである。いまどきのクラスには iPhoneを持っている生徒は必ず1人以上はいると思わ れるので,実際に手に取って裏に何が書いてあるか尋ね, そしてその言葉の意味を考えさせてみる。 “assemble”の意味を辞書で調べた知的好奇心旺盛な生 徒たちにより,このiPhoneは「アメリカ合衆国のカリフ ォルニアで設計されて中国で組み立てている。」という 事実が確認できた(図1)。そこでさらなる問いをなげ かける。 「なぜアメリカ合衆国で設計をして,中国で組み立て ているのだろう?」この問いを基軸に,工業の発達と種 平成28年度『新詳地理B』 平成28年度『新詳高等地図』 平成28年度『新詳地理資料 COMPLETE 2016』 神奈川県立横浜翠嵐高等学校 新井 貴之 身近な製品を題材に工業を考察する 11 地理・地図資料 2016年度1学期号

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Page 1: 身近な製品を題材に工業を考察する · 化学繊維,合成樹脂など 新素材,エレクトロニクス,バイオテクノロジーなど 重工業 化学工業

いきいき授業実践

❶ はじめに

今読んでいるこの冊子,授業で使っているチョーク,

教材を作成するパソコン,そして仕事終わりのビール…。

私たちの生活はもはや工業製品なしには成立しない。産

業革命以降展開された大量生産・大量消費の社会におい

て,工業製品はつねに身のまわりにありふれているもの

であり,きわめて身近な存在である。今回は,そのよう

な身近な存在である工業製品を題材に,工業の発達と立

地についてより効果的な指導方法を模索してみた。

「工業の発達と立地」の項目は,工業を学習するうえ

での導入であるとともに,時間的縦軸である工業史と空

間的横軸である地域的な広がりの両面から,工業におけ

る系統地理的考察を合理的に学ぶうえでひじょうに重要

である。また,本項目は2016年度のセンター試験地理B

にも出題されるなど,大学入試において頻出の項目でも

あり,受験指導の観点からも,とりわけていねいに扱い

たい分野である。

しかし,工業の種類や立地による分類など本分野で学

ぶ項目は,地理的考察が苦手な生徒にとっては丸暗記で

すませてしまいがちな部分である。地球上で起きている

諸事象をさまざまな面から考察することで地域的な差異

を明らかにし,地球を科学することが地理の醍醐味であ

るが,丸暗記ですませてしまう生徒は,残念なことに地

理の楽しさに気づくことができないうえに実質的な地理

的考察力が身についていないと感じる。

そこで,今回は身近な工業製品を題材にすることによ

り,生徒の知的好奇心を引き出して主体的な学習に結び

つけ,工業を概観しつつも発展的な考察ができるよう,

アクティブ・ラーニングの手法を取り入れた授業の例を

示すとともに,実施した結果を報告したい。

❷ 授業の構成

先述したとおり,本項目の重要性から2時間分用意し

てしっかりと学習させたい。授業形態として,おもにグ

ループワークを中心としたアクティブ・ラーニングを取

り入れての構成を計画した。

アクティブ・ラーニングは次期学習指導要領でも重要

視されており,学校現場でも聞く機会が多くなってきて

いる。しかし,気をつけなければいけないのが,授業の

目的がアクティブ・ラーニングを行うことになってしま

わないようにすることである。この点に留意しつつ,確

かな学力の会得と主体的な思考力向上の2点を身につけ

ることを目的として授業を策定し,講義形式とグループ

ワークを交互に取り入れる。1時間目はおもに工業の発

達と種類を中心に,2時間目はおもに工業の立地を中心

に二つの側面から工業をとらえて全体像をつかむ。

また,効率よく授業を展開させるため,板書は行わず

にパソコンとプロジェクターを利用した。利用にはある

程度の慣れが必要だが,画像や動画などを素早く大画面

で示すことができるため,視覚的情報が重要な地理の授

業にはぜひ活用したいツールである。

❸ 授業実践①

「iPhoneの裏には何と書いてあるか?」という問いで

授業を始めた。今回の授業の導入はApple社のスマート

フォン,iPhoneを題材とした。iPhoneの裏には「Designed

by Apple in California Assembled in China」と書かれ

ており,労働力指向型,国際分業,エレクトロニクス産

業,シリコンヴァレー等々,さまざまなキーワードに結

びつけることができるため,工業の学習には身近で最適

な工業製品のひとつである。いまどきのクラスには

iPhoneを持っている生徒は必ず1人以上はいると思わ

れるので,実際に手に取って裏に何が書いてあるか尋ね,

そしてその言葉の意味を考えさせてみる。

“assemble”の意味を辞書で調べた知的好奇心旺盛な生

徒たちにより,このiPhoneは「アメリカ合衆国のカリフ

ォルニアで設計されて中国で組み立てている。」という

事実が確認できた(図1)。そこでさらなる問いをなげ

かける。

「なぜアメリカ合衆国で設計をして,中国で組み立て

ているのだろう?」この問いを基軸に,工業の発達と種

平成28年度『新詳地理B』平成28年度『新詳高等地図』

平成28年度『新詳地理資料 COMPLETE 2016』

神奈川県立横浜翠嵐高等学校 新井 貴之

 身近な製品を題材に工業を考察する

11地理・地図資料◦2016年度1学期号

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類,そして立地についての学習に入る。

まずは基礎の学習として,工業の歴史について講義形

式で学ぶ。『新詳地理資料 COMPLETE 2016』(以下,

資料集)p.134には年表とともに工業化の歩みが総覧で

きる資料があるため,ひじょうに役だつ。

大量生産黎明期を象徴する工業製品としてよく取り上

げられるT型フォードは,1908年に850ドルで販売が開

始され,翌年の年間生産台数は約1万台。その後ベルト

コンベア方式により効率的な量産化が実現した結果,

1925年には年間生産台数200万台超,販売価格は290ドル

にまで下がっている。この20年弱の間で生産台数は200

倍,価格は1/3になった。大量生産による低コストの実

現という構図は現代の工業でもみられるが,100年ほど

前にこうした事実がすでにあったことなどを生徒に気づ

かせたい。

講義形式で工業の歴史を学んだあと,グループワーク

を行う。グループワークでは10枚のカードを各班にそれ

ぞれ配り,複数の面から考察させることにした(図2)。

これらのカードは,それぞれ軽工業や重化学工業など

の種類と立地の指向が異なるよう工業製品を選択してあ

る。そして次の作業を指示する。

作業① 製造するのにより技術が必要な順に並べよう

作業② 製品化するまでに資本が必要な順に並べよう

生徒たちはいろいろと製品の製造過程などを推測しな

がらカードを並び替えることで,自然と技術集約度と資

本集約度について考えることになる。『新詳地理B』(以

下,教科書)p.131⑤(図3)を参考にするよう指示し,

作業シートは教科書p.131④「工業の種類」のグラフを

アレンジしたものを台紙として用意した(図4)。

・「iPhoneはセンサとか液晶パネルとかに高度な技術を

使っているから技術集約度も資本集約度も高そう」

・「バッグくらいなら簡単につくれそうじゃない?」「で

もヴィトンのバッグだよ? ていねいにつくっている

から技術集約度は高いと思うよ」

・「ヒートテックって最先端の技術使っているよね。だ

から右上のほうに置けるんじゃない?」「でもiPhone

と比較したら簡単につくれそうだから違うと思う…」

等,生徒同士で議論させることによりさまざまな考え

が飛び交い,互いに修正し合う雰囲気が生まれた(写

真1,次頁)。

各班の結果と答え合わせはスクリーン上で行う。生徒

の注目を一点に集めることができ,生徒の発表に合わせ

図1 iPhoneを用いた授業導入のスライド

図3 『新詳地理B』p.131

8⑤工業の種類および特徴(左)と日本における事業所数・製造品出荷額の割合(右)〈平成20年 工業統計表 産業編〉 先端技術産業は,軽工業分野にも重化学工業分野にもまたがるが,最先端の科学技術を用いるという点で,それらと線引きされる。事業所数と製造品出荷額の割合については,大きく軽工業と重化学工業の二つに分けて示している。

工業の種類

軽工業日用消費財の生産中小企業が主体

生産財・耐久消費財の生産大企業が主体

化学的処理を中心とした生産大企業が主体

最先端の科学技術を用いた生産大企業やベンチャー企業が主体

食料品,繊維,衣服,印刷,皮革,窯業など

鉄鋼,金属,一般機械,自動車,電気機器など

石油化学,化学肥料,化学繊維,合成樹脂など

新素材,エレクトロニクス,バイオテクノロジーなど

重工業

化学工業

先端技術産業(ハイテク産業)

特   徴 工業の例

重化学工業 じゅ し

ようぎょう

事業所数442,562

製造品出荷額337.9兆円

48.0

52.0%

軽工業

重化学工業

21.7

78.3

ガソリン(JX エネルギー)

ティッシュペーパー(日本製紙)

ビール(キリン)

ヒートテック(肌着)(UNIQLO)

iPhone 6s(Apple)

新聞(神奈川新聞)

鉄鋼(新日鐵住金)

ブランドバッグ(ルイ・ヴィトン)

南部鉄器(岩鋳)

自動車(トヨタ)

技術集約度

資本集約度

付加価値

図4 作業シートと工業製品カード

●工業製品カード(かっこ内は製造企業名)

南部鉄器(岩鋳)

ガソリン(JX エネルギー)

ティッシュペーパー(日本製紙)

ビール(キリン)

ヒートテック(肌着)(UNIQLO)

自動車(トヨタ)

iPhone 6s(Apple)

新聞(神奈川新聞)

鉄鋼(新日鐵住金)

ブランドバッグ(ルイ・ヴィトン)

図2 授業で用いた工業製品カード

12地理・地図資料◦2016年度1学期号

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て図示できるところに,スライドを使用する強みがある

(写真2)。リアルタイムで実際にカードをスライドさせ

て,一つ一つ解説を加えながら並び替えると各班から「や

っぱり私の意見が合っていた!」等の声が上がり,工業

の分類について体感しながら学ぶことができたようすが

うかがえた。

授業の発展として,伝統産業とその変化については具

体的な例を挙げながら,説明したいところである。世界

に進出する伝統産業の事例は「和風総本家」や「ガイア

の夜明け」などテレビ番組で多数紹介されているので,

それらを活用する手もある。

今,欧米のお茶愛好家の間で「イワチュー」という道

具が はやっている。その道具の正体は日本の伝統工芸

品である南部鉄器だ。この言葉の元になった会社が,盛

岡市で1902年創業の南部鉄器メーカー「岩鋳」である。

1990年代に鉄器にカラフルな色をつける技術を3年か

けて編み出した結果,一躍ヨーロッパで人気となったそ

うだ。地場産業が匠の技により付加価値を高め,国外に

市場を広げた好例として紹介したい。

❹ 授業実践②

「あなただったらiPhone工場をどこに建てるか?」

前回の授業同様にiPhoneを題材とした質問で授業を

開始する。この問いから工業の立地とその変化を学ぶ。

まず工業の立地で基本となるのが,やはりアルフレッ

ド=ウェーバーの工業立地論である。資料集p.1362には

図解とともに詳細な解説が載っている。「原料,動力,

製品の重量をW1,W2,W3としたときr1W1+r2W2+r3W3

の値が最小となるP点で…」という説明は,数学嫌いの

生徒はこの書き方だけで拒絶反応を起こしてしまいがち

なので,ここは身近な話題にあてはめて解説をしていき

たいところである。

筆者の所属校は横浜駅から徒歩20分,多摩丘陵の台地

上に立地しているため,校舎からは日産自動車本社ビル

やキリンビール横浜工場をはじめ,製鉄所や火力発電所

など京浜工業地帯の工場群がよく見える。これらを題材

に工業立地論の講義を行った。具体的に身近な施設名を

写真とともにスクリーンで表示させることで,生徒の目

線は上がり,真剣にうなずいていた。

ちなみに,兄のマックス=ウェーバーは「プロテスタ

ンティズムの倫理と資本主義の精神」で有名な社会学者・

経済学者である。できれば,ここで兄の紹介と彼の著書

である通称「プロ倫」の概要も説明して,世俗内禁欲が

資本主義の「精神」に適合性をもっていたという現代的

資本主義の解釈について,宗教と文化と経済が結びつい

ていることも気づかせ,社会学への興味も誘いたい。兄

弟そろって著名なウェーバー兄弟だが,ほかにも,大陸

移動説を唱えたアルフレッド=ウェゲナーと気候区分で

著名なウラジミール=ケッペンが義理の親子にあたるな

どの話題も提供できれば,19〜20世紀当時のドイツ地理

学がいかに現在に影響を与えたかを生徒に再確認させる

ことができよう。

さて,工業立地をいかに身近なもので考えさせるかだ

が,前回の授業で使用した工業製品カードを再び利用し

た。前回は工業の分類で10種類の工業製品を並び替えた

が,今回はそれらの製品をつくるためには,どのような

条件を最優先させて工場を建てたら,よりよい利益が見

込めるかで並び替えてみるという作業をさせることで理

解しようというものである。生徒には資料集のp.137〜

144の情報をヒントにグループで議論を重ねて,作業シ

ートにカードを配置させた(図5)。

作業① 各製品の工場は何に指向して立地するか

作業② なぜその立地指向が見られるのか説明しよう

写真1 グループワークのようす

写真2 スライドでの図示

13地理・地図資料◦2016年度1学期号

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作業を進めていくと,授業の基軸となる問いであった

iPhoneを「なぜアメリカ合衆国で設計をして,中国で組

み立てているのだろう?」という問いの答えがうっすら

と見えてくるはずである。

各種高性能センサや集積回路などが組み込まれている

iPhoneは,アメリカ合衆国のような技術集約度が高い先

進工業国で設計されるということで,「Designed by

Apple in California」の答えとなる。この際に,カリフ

ォルニアの地名からシリコンヴァレーの特徴を資料集

p.158を利用して解説したい。また,ここ数年の間に華

為技術(ファーウェイ)など中国企業のスマートフォン

のシェアが驚異的にのびていることにもふれ,新興工業

国としてめざましい成長があることにも注目したい。

また,部品組み立てには安価な労働力が必要であるが,

アメリカ合衆国は先進国のため労働賃金が高額である。

しかし,安価な労働力を最優先させてアフリカなどの最

貧国で組み立てることは,技術力の面で難しい。そこで

アジア圏の大市場との輸送コストとある程度の技術力を

有 す る 中 国 で 組 み 立 て て い る の で あ る。 こ れ が,

「Assembled in China」の答えである。

作業のまとめとして,班ごとにこの発表をさせた。先

進国で設計して途上国で組み立てるということが漠然と

しかわからなかった生徒が,工業の種類と立地の特性に

着目して詳細に説明できるようになった。

最後に,授業のまとめとして,知識の定着を図るため

に今回は大学入試センター試験の問題を解かせた。2016

年度地理Bの第2問の問2は工業立地について出題され

ており(図6),今回の授業で学んだ知識で十分解ける

問題であった。授業の甲斐あってか,生徒は比較的容易

にこの問題を解くことができた。積極的に授業に参加す

ることにより,丸暗記をしなくてもセンター試験が解け

る,むしろ,丸暗記ではなく,地理的思考を深めること

で容易に問題が解けることを体感できたと,授業後の感

想で述べた生徒も複数名いた。

❺ 最後に

今回の授業で気づいたことは,アクティブ・ラーニン

グを実践することにより,生徒同士の議論の中で主体的

に地理的思考力を高められたことである。一方的な講義

形式にとどまらず,生徒同士の議論とその発表に応じた

解説という双方向的授業が展開できたため,いわゆる丸

暗記的な学習ではなく,工業の発達と立地を学ぶうえで

重要な時間的縦軸と空間的横軸の理解を論理的に思考す

ることができた。本単元で目的としていた確かな学力の

会得と主体的な思考力向上の2点を意識して,学習が深

められたといえよう。

また,アクティブ・ラーニングにより生徒がつまずく

場面が明確になったことも収穫であった。しかし,グル

ープワークの議論の中で地理的常識からかけ離れてしま

う場面がいくつか見受けられた。具体例を挙げると,

・ビール工場は規模が大きいから資本集約度がきわめて

高いのではないか。

・UNIQLOのヒートテックは最新技術でつくられている

から,先端技術産業ではないか。

・ルイ・ヴィトンのバッグは良質な革が必要だから原料

指向型ではないか。

などである。グループワーク中にこのような誤解まで共

有してしまう危険性があったため,発表時にあえてこれ

らの発言を拾ったうえでクラス内から反論意見を出させ

て修正するなど,展開に工夫の必要性を感じた。

■参考文献・資料・アルフレッド=ウェーバー 篠原泰三訳(1986) 『工業立

地論』 大明堂・中部地域大学グループ・東海Aチーム(2014)『アクティ

ブラーニング失敗事例ハンドブック〜産業界ニーズ事業・成果報告〜』 

・『日経ビジネスONLINE』2014年9月24日 日経BP社

図6 2016年度 センター試験 地理B 第2問 問2図5 作業シートと工業製品カード

ティッシュペーパー(日本製紙)

ビール(キリン)

ヒートテック(肌着)(UNIQLO)

iPhone 6s(Apple)

新聞(神奈川新聞)

鉄鋼(新日鐵住金)

ブランドバッグ(ルイ・ヴィトン)

南部鉄器(岩鋳)

自動車(トヨタ)

ガソリン(JX エネルギー)

集積

労働力

交通

原料

市場

14地理・地図資料◦2016年度1学期号