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86 まちと暮らし研究 No.26 交通まちづくりの広がり─移動する権利から考える 86 旅客鉄道の未来の姿 満員電車ゼロ、中速鉄道、有人自動運転 阿部 等 * 鉄道は、大都市生活者にとってはあまりに当り前、地方生活者にとっ てはあまり重要でなく、いずれにしろ、これから大きく変わるとのイメー ジはないだろう。本稿では、知恵と一定の経費を投ずることで、旅客鉄 道が見違えるように便利になり、我々の生活やまちの姿が大きく変わる ことを描く。 満員電車ゼロ 小池百合子東京都知事の公約の 1 つ「満員電車ゼロ」は、 2008 年に出 版した拙著 1が元ネタで、都知事選後に加筆して改訂版 2を出版した。 満員電車とは、需要に対して供給が足りない状況であり、需要に応じ た供給を実現することで「満員電車ゼロ」とできる。総 2 階建て車両ば かりがメディアで取上げられ、実現不能との見方が広まったが、もっと 安く早く実行できる以下の 5 方策を提案している。 ・ 進路開通と同時の出発:都心折返し駅で、現行の進路開通後に発車ベ ルを鳴らすことでロスしている約 25 秒を、予め鳴らすことでなくす ・ ドア閉めと同時の出発:各駅で、現行はドア閉めから出発まで安全 あべ ひとし 株式会社ライトレール社長。東京大学工学部都市工学科卒、修士修了。 1988 年にJR 東日本に入社し鉄道の実務と研究開発に従事。2005 年に株式会社ライト レールを創業し交通計画のコンサルティングに従事。鉄道の安全やサービスについて各 種メディアにてしばしば解説。 1)阿部等『満員電車がなくなる日』角川 SSC 新書、2008 2)阿部等『満員電車がなくなる日 改訂版』戎光祥出版、2016 技術的視点から見た交通の未来

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まちと暮らし研究 No.26 交通まちづくりの広がり─移動する権利から考える

86

旅客鉄道の未来の姿─満員電車ゼロ、中速鉄道、有人自動運転

阿部 等 *

 鉄道は、大都市生活者にとってはあまりに当り前、地方生活者にとってはあまり重要でなく、いずれにしろ、これから大きく変わるとのイメージはないだろう。本稿では、知恵と一定の経費を投ずることで、旅客鉄道が見違えるように便利になり、我々の生活やまちの姿が大きく変わることを描く。

満員電車ゼロ

 小池百合子東京都知事の公約の1つ「満員電車ゼロ」は、2008年に出版した拙著 1)が元ネタで、都知事選後に加筆して改訂版 2)を出版した。 満員電車とは、需要に対して供給が足りない状況であり、需要に応じた供給を実現することで「満員電車ゼロ」とできる。総 2階建て車両ばかりがメディアで取上げられ、実現不能との見方が広まったが、もっと安く早く実行できる以下の5方策を提案している。

・ 進路開通と同時の出発:都心折返し駅で、現行の進路開通後に発車ベルを鳴らすことでロスしている約 25秒を、予め鳴らすことでなくす

・ ドア閉めと同時の出発:各駅で、現行はドア閉めから出発まで安全

* あべ ひとし 株式会社ライトレール社長。東京大学工学部都市工学科卒、修士修了。1988年に JR東日本に入社し鉄道の実務と研究開発に従事。2005年に株式会社ライトレールを創業し交通計画のコンサルティングに従事。鉄道の安全やサービスについて各種メディアにてしばしば解説。

1)阿部等『満員電車がなくなる日』角川 SSC新書、2008年2)阿部等『満員電車がなくなる日 改訂版』戎光祥出版、2016年

技術的視点から見た交通の未来

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旅客鉄道の未来の姿

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・ 車両の加減速度向上:現行の鉄道の加減速度はマイカーや路線バスより大幅に低く、それを高めることで運転時隔を詰める

・ 信号の機能向上:現行の信号システムは列車位置検知や速度指示がキメ細かくなく、それらを改善することで運転時隔を詰める

 以上により、60~ 80秒おきまで時隔を短縮、現行の首都圏各路線の2~ 3分おきの1.5~ 3倍の輸送力にでき、満員電車をほぼなくせる。 実行資金は、図 1のように着席割増料金を課すことで確保する。これにより、首都圏の鉄道の年間売上げ3兆円、平均客単価 200円に対し、平均客単価 40円、20%の引上げで6,000億円の増収である。すなわち、満員電車は、その解消により儲けを生み出せるビジネスチャンスと捉えられ、多額の税金を投ぜずに問題解決でき、人々の通勤・通学を楽にする。

中速鉄道

 日本には、200km/h超の「高速鉄道」と130km/h以下の「低速鉄道」の中間の「中速鉄道」が極めて少ない。車両と地上設備に一定の経費を投じ、最高速度と曲線通過速度の向上及び停車時間の最少化を図ることにより、明治・大正時代から先人たちが築き上げてきた全国の鉄道を活かせる。 山形県酒田市は、山形新幹線を終点の新庄から酒田へ延伸するのに、

図 1 着席システム確認に10秒前後を要しており、ドア挟み感度を高めてゼロとする

・ 選択(千鳥)停車ダイヤ:規則的に3駅に1駅を通過する快速 A・B・Cの繰り返しとし、全駅とも3分の1が通過し運転時隔を詰める

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「中速鉄道」の第 1号となることを目指している 3)。新幹線区間も含めて精一杯スピードアップすることにより、東京-酒田が現行 5時間程度なのを2時間半程度に短縮できると試算している。 図 2に示すように、1964(昭和 39)年開業の東海道新幹線の成功を受け、昭和 40年代に、全国にフル規格新幹線ネットワークを構築する構想が立てられ、昭和 30年代後半から60年弱で約 2,600kmを建設してきた。残り3,500km以上の完成は、財政上の制約がますます厳しくなること等を勘案すると、おそらく120年以上先の2140年過ぎだろう。 「中速鉄道」はフル規格新幹線のおそらく5分の1以下の工期で建設でき、また既存の特急停車駅全てに高速サービスをもたらし、並行在来線問題も生じないので、フル規格新幹線の構想を「中速鉄道」に転換することを提案する。 曲線が少ない北海道の鉄道こそ、必要な資金を手当てして「中速鉄道」にすべきである。現行、札幌から旭川 1時間 25分、新千歳空港 37分、釧路 4時間 20分なのを、それぞれ48分、20分、2時間 29分に短縮できる。利用が大幅に増え、地域に貢献し、JR北海道の経営にも資する。

3)山形県酒田市ホームページ「山形新幹線庄内延伸」 http://www.city.sakata.lg.jp/shisei/shisakukeikaku/kikaku/shinkansen/

図 2 フル規格新幹線の構想

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旅客鉄道の未来の姿

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有人自動運転

 地方鉄道は「低頻度運行→利用減→低頻度運行」の負のスパイラルの中にあるが、運転士が国家資格のために人件費が高く、高頻度運行ができない。 一方、近年は自動車の自動運転の取組みが着々と進んでいるが、鉄道は、歩行者のいない閉鎖空間であり、かつ職業人のみが運転し、自動車より鉄道の方が容易に実用化できるはずだ。ただし、無人とすると投資が高額となり、またトラブル時を勘案し、有人とすることを提案する。 国家資格が不要のシニアの監視員が乗務することにより、同じ人件費で数倍の運行頻度とできる。地方鉄道を「高頻度運行→利用増→高頻度運行」の正のスパイラルに転換し、地方創生にも貢献できる。JR北海道は、安全確保・経費節減のために“減速・減便 ”を進めているが、鉄道を活かすには、前節の提案と併せて“倍速・倍便 ”とすべきだ。 車上や地上からの画像解析、線路内への侵入のセンサー感知等により、システムが少しでも危険の可能性を予知したらブレーキ動作させ、目視では見えないカーブの先の障害物にも対応できる等、現行の手動運転より安全度を高める。一方、監視員と指令員の判断でシステムによるブレーキを解除できる仕組みとし、運行の安定性も維持する。 現行、大都市でも最速達列車が1時間に2~ 3本の路線が結構ある。政令指定都市である新幹線の静岡・浜松は「ひかり」が1時間に1本しか停まらない。全国の新幹線の多くの区間では速達タイプが1時間に1

本すらない。それら全てを高頻度化して使い勝手を大きく改善できる。 鉄道の有人自動運転によるシニア雇用数を試算すると、1日平均 2時間の労働(1日おきに4時間等)で約 20万人となる。鉄道の利便性を画期的に向上するとともに、シニアの社会参加にも貢献できる。

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まちと暮らし研究 No.26 交通まちづくりの広がり─移動する権利から考える

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 貨物輸送における鉄道のシェア(トンキロベース)は、米国 40%、ドイツ 21%、フランス 16%に対し、日本は4%と極端に低い。新興国と比べても低い。その分、日本では自動車のシェアが高い。 原因は税金や高速料金・排ガス規制・労働規制等がトラックに優位になっていることで、本来は国の運輸政策を改めるべきである。政治的な要因もあり容易には改められないが、本稿では、貨物鉄道の大きなポテンシャルを踏まえ、その未来の姿を描く。

有人自動運転

 自動車の自動運転の中で、図 1に示すトラックの隊列走行への注目度が高い。 しかし鉄道では、複数車両を連結した1運転士での大量輸送は19世紀からできている。トラックの隊列走行では、白線を検知しての車線の維持、複数車両の電子的な連結等にシステム投資を要するが、鉄道では、車輪とレールでの誘導、連結器での物理的な連結により、容易にできている。 「旅客鉄道の未来の姿」に、有人自動運転の仕組みや旅客列車でのメリットを記した。それは鉄道貨物にも大きなメリットをもたらす。現行の運転士の人件費が、自動車と比べて鉄道が大幅に高いのを逆転することで、鉄道貨物のシェアを大幅に高められよう。 そもそも、鉄車輪・鉄レールの組合せは、ゴムタイヤ・アスファルト道路の組合せと比べ転がり抵抗がはるかに小さいため、エネルギー消費

貨物鉄道の未来の姿─有人自動運転、地上と地下の使い分けとDMV、貨物新幹線

阿部 等

技術的視点から見た交通の未来

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貨物鉄道の未来の姿

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と環境負荷が本質的に小さい。長距離・大量輸送は鉄道が担うべきだ。

地上と地下の使い分けとDMV

 鉄道が世界一充実している東京では、自動車による人の移動は限られ、平日の幹線道路はトラックばかりだ。空から俯瞰すると、図 2のように、物流を担うトラックが地上と高架を占拠し、人の移動は地下に追いやら

図 2 空間利用の現状れている。六本木~麻布、秋葉原~上野、渋谷~駒沢大学等、各所に見られる。 本来、地上や高架は人の移動に使い、物流こそ地下を使うべきだ。そのために、図 3のように、現行の地下鉄ネットワークを物流へ転換し、都市間鉄道と

図 1 トラックの隊列走行

※国土交通省ホームページより

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まちと暮らし研究 No.26 交通まちづくりの広がり─移動する権利から考える

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電車)、高架道路には都市鉄道のネットワークを整備し、これらが人の移動を担う。 物流の幹の区間は鉄道としても、始終端はたいてい自動車輸送が必要となる。積替えが不要となるよう、図 4のように、トラックに車輪を付ける改造をし、線路と道路の両方を走行できるDMV(Dual Mode Vehicle)とする。線路上は連結運転し、地上と地下は斜路またはエレベーターで行き来する。

貨物新幹線

図 4 貨物 DMV

図 3 空間利用の提案連結させて鉄道貨物ネットワークを充実させることを提案する。 鉄道が物流の多くを担うことで、地上と高架のトラックが大幅に減り、道路空間に余裕が生まれる。地上道路に はLRT(Light Rail

Transit、次世代型路面

 日本の食糧基地の北海道から大消費地の首都圏と関西圏へ食料品を運ぶのに、新幹線の活用を提案する。新幹線の線路容量に余裕がないのは東京-新大阪と東京-大宮のみで、他の区間は充分にある。 新幹線と在来線は線路の

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貨物鉄道の未来の姿

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幅が異なり、直通運転ができない。青函トンネルは3線軌条として新幹線と貨物列車の両方が走行できるが、すれ違い時の荷崩れ対策で新幹線の最高速度が140km/hに制限されている。 新幹線区間を、旅客列車並みの速度で走行でき、コンテナを積める貨物電車を開発し、在来線との接続箇所に、コンテナを短時間で積替える門型クレーンを設備することを提案する。その箇所は、図 5に示すように、函館・久喜(大宮の少し北で在来線と並行)・白山(金沢の先の車両基地)とする。 貨物列車を道内全域から函館へ運行し、新幹線を経由して首都圏向けは久喜から、関西圏向けは白山から在来線へつなぐ。大幅な時間短縮で他モードへの競争力が高まり、JR貨物と北海道の経営改善にも資する。

図 5 貨物新幹線