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Session 2 カポジ水痘様発疹症治療の課題 高村 悦子 先生 東京女子医科大学 眼科 臨床教授 角膜ヘルペス、カポジ水痘様発疹症の 眼合併症の治療 単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)による眼合併症は主 に結膜と角膜に生じる。結膜は白目の表面や眼瞼の内側を 覆う粘膜であり、角膜は黒目の前方にある無色透明の組織 で、外側から上皮、実質、内皮と大きく分けて3層の構造をと る。眼合併症が結膜に生じた場合は視力に影響しないが、 角膜実質が障害された場合は視力に影響する。 角膜ヘルペスは、初感染後、三叉神経節などに潜伏感 染したHSV-1が再活性化することで発症する。初感染時の 約90%は不顕性感染であり、顕性感染の場合でもほとんど が濾胞性結膜炎であり、視力に影響しない。再活性化の場 合は片眼性で角膜に生じることが多く、病型は上皮型、実 質型、内皮型に分けられる。上皮型は角膜上皮に再生能 があるため、適切な治療が行われれば視力に影響しない が、実質型は角膜に濁りや変形を生じ視力低下を起こすこ とがある。内皮型は角膜と結膜の境目である輪部で起こるこ とが多く、視力には影響しないが、眼圧上昇を伴う。なお、角 膜ヘルペスは再発を繰り返すが、再発の度に病型が異なる ことがある。 実質型角膜ヘルペスはHSV-1抗原に対する角膜実質 内の遅延型免疫反応により生じる。典型例として円板状角 膜炎(図2)があげられる。円板状角膜炎では角膜中央部 に類円形の角膜浮腫や混濁が認められる。角膜が前房側 へ部分的に突出し、角膜の厚みやカーブが変わることで著 しい視力低下を来す。治癒後も角膜の菲薄化や変形により 乱視が起き、視力が回復しないこともある。実質型および内 皮型角膜ヘルペスでは検体の採取は困難であるため、片 上皮型角膜ヘルペスは角膜上皮細胞でHSV-1が増殖 することで生じる。典型例として樹枝状角膜炎があげられる 図1)。樹枝状角膜炎ではcell to cellで感染が拡大してい くため、スリットランプを用いた所見では枝分かれした角膜潰 瘍や末端膨大部が認められる。鑑別を要する疾患として、ア カントアメーバ角膜炎や抗がん剤などの副作用による薬剤毒 性角膜症などがある。角膜擦過物からHSV-1の分離培養・ 同定を行うことで確定診断できるが、最近では蛍光抗体法に よるHSV-1抗原の証明や免疫クロマト法、 real-time PCR法 も診断に用いられている。樹枝状角膜炎の治療は原則とし てアシクロビル眼軟膏を1日5回2週間使用する。病巣の上皮 を擦過し、ウイルス量を減少させた上でアシクロビル眼軟膏を 使用することもある。なお、アシクロビル眼軟膏の安全性は高 いが、軟膏がたまりやすい部位に角膜上皮障害や結膜びら んが生じることがある。使用を中止すれば改善するが、副作 用で使用を継続できない場合は経口抗ヘルペスウイルス薬 に切り替える。上皮型角膜ヘルペスの治療に関するレビュー では、抗ヘルペスウイルス薬の外用薬と内服薬の効果は同 程度と報告されている 1) *:承認外 眼合併症の発症部位 角膜ヘルペスの病態と病型 上皮型角膜ヘルペス 樹枝状角膜炎実質型角膜ヘルペス 円板状角膜炎図2 円板状角膜炎 図1 樹枝状角膜炎 5

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Page 1: Session 2 角膜ヘルペス、カポジ水痘様発疹症の 眼 …Session 2 カポジ水痘様発疹症治療の課題 高村 悦子 先生 東京女子医科大学 眼科 臨床教授

Session 2 カポジ水痘様発疹症治療の課題

高村 悦子 先生 東京女子医科大学 眼科 臨床教授

角膜ヘルペス、カポジ水痘様発疹症の眼合併症の治療

 単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)による眼合併症は主に結膜と角膜に生じる。結膜は白目の表面や眼瞼の内側を覆う粘膜であり、角膜は黒目の前方にある無色透明の組織で、外側から上皮、実質、内皮と大きく分けて3層の構造をとる。眼合併症が結膜に生じた場合は視力に影響しないが、角膜実質が障害された場合は視力に影響する。

 角膜ヘルペスは、初感染後、三叉神経節などに潜伏感染したHSV-1が再活性化することで発症する。初感染時の約90%は不顕性感染であり、顕性感染の場合でもほとんどが濾胞性結膜炎であり、視力に影響しない。再活性化の場合は片眼性で角膜に生じることが多く、病型は上皮型、実質型、内皮型に分けられる。上皮型は角膜上皮に再生能があるため、適切な治療が行われれば視力に影響しないが、実質型は角膜に濁りや変形を生じ視力低下を起こすことがある。内皮型は角膜と結膜の境目である輪部で起こることが多く、視力には影響しないが、眼圧上昇を伴う。なお、角膜ヘルペスは再発を繰り返すが、再発の度に病型が異なることがある。

 実質型角膜ヘルペスはHSV-1抗原に対する角膜実質内の遅延型免疫反応により生じる。典型例として円板状角膜炎(図2)があげられる。円板状角膜炎では角膜中央部に類円形の角膜浮腫や混濁が認められる。角膜が前房側へ部分的に突出し、角膜の厚みやカーブが変わることで著しい視力低下を来す。治癒後も角膜の菲薄化や変形により乱視が起き、視力が回復しないこともある。実質型および内皮型角膜ヘルペスでは検体の採取は困難であるため、片

 上皮型角膜ヘルペスは角膜上皮細胞でHSV-1が増殖することで生じる。典型例として樹枝状角膜炎があげられる(図1)。樹枝状角膜炎ではcell to cellで感染が拡大していくため、スリットランプを用いた所見では枝分かれした角膜潰瘍や末端膨大部が認められる。鑑別を要する疾患として、アカントアメーバ角膜炎や抗がん剤などの副作用による薬剤毒性角膜症などがある。角膜擦過物からHSV-1の分離培養・同定を行うことで確定診断できるが、最近では蛍光抗体法によるHSV-1抗原の証明や免疫クロマト法、real-time PCR法も診断に用いられている。樹枝状角膜炎の治療は原則としてアシクロビル眼軟膏を1日5回2週間使用する。病巣の上皮

を擦過し、ウイルス量を減少させた上でアシクロビル眼軟膏を使用することもある。なお、アシクロビル眼軟膏の安全性は高いが、軟膏がたまりやすい部位に角膜上皮障害や結膜びらんが生じることがある。使用を中止すれば改善するが、副作用で使用を継続できない場合は経口抗ヘルペスウイルス薬*

に切り替える。上皮型角膜ヘルペスの治療に関するレビューでは、抗ヘルペスウイルス薬の外用薬と内服薬の効果は同程度と報告されている1)。 *:承認外

眼合併症の発症部位

角膜ヘルペスの病態と病型

上皮型角膜ヘルペス ー樹枝状角膜炎ー

実質型角膜ヘルペス ー円板状角膜炎ー

図2 円板状角膜炎

図1 樹枝状角膜炎

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 アトピー性皮膚炎(AD)に合併する角膜ヘルペスは、典型的な角膜ヘルペスとは異なる病態を示す(表1)2)。初感染時に結膜炎だけにとどまらず、樹枝状角膜炎にまで発展することがあるが、軽症の上皮型が主体であり、実質型は少ない。 ADにカポジ水痘様発疹症(EH)を伴う角膜ヘルペスの場合も、上皮型が主体で治癒しやすい。角膜所見は小型の樹枝状あるいは星状の角膜炎を呈し、一般の再発性角膜ヘルペスは角膜の中央に生じることが多いのに対し、周辺部に生じることが多い。ときに結膜から角膜に連続して潰瘍が認められることがある。 図3はEHの角結膜所見である。眼瞼の小水疱に連続し

 日本では春季カタルの治療にシクロスポリンまたはタクロリムスといった免疫抑制点眼薬が用いられている。春季カタルはADに合併することが多く、また、アトピー性角結膜炎と臨床像が類似しているため、アトピー性角結膜炎の治療にも免疫抑制点眼薬が用いられている*。春季カタルの治療でステロイド点眼薬や免疫抑制点眼薬を使用中に眼瞼ヘルペスを発症し、樹枝状角膜炎を再発する症例がある。また、アトピー性角結膜炎の治療で免疫抑制点眼薬を使用中に、眼瞼ヘルペスは認められないが、樹枝状角膜炎を発症した症例があり、調べてみると20年前に角膜ヘルペスの既往があった5)。このようなケースは稀であるが、ステロイド点眼薬や免疫抑制点眼薬を使用する場合は眼瞼ヘルペスがないかを確かめるとともに、角膜ヘルペスの既往がないかも調べる必要がある。眼瞼ヘルペスが疑われる場合は眼科への紹介を考慮していただきたい。なお、通常は免疫抑制点眼薬の副作用として角膜ヘルペスを発症する頻度は低い6)7)。AD患者では眼感染症発現のリスクが高まることが示唆されており、角膜ヘルペスの再発には免疫抑制点眼薬の使用だけではなく、ADの関与が考えられる6)。

1) Al-Dujaili LJ et al. Future Microbiol. 6(8)877(2011)2) 井上幸次. 臨床眼科. 57(11)40(2003)3) 高村悦子 他. 臨床眼科. 43(2)200(1989)4) 高村悦子 他. 眼科臨床医報. 86(4増)1010(1992)5) 能谷紘子 他. 東京女子医科大学雑誌. 82(臨床増刊号)244(2012)6) 高村悦子 他. 日眼会誌. 115(6)508(2011)7) Ohashi Y et al. J Ocul Pharmacol Ther. 26(2)165(2010)

*:承認外

眼性で再発性の角膜実質炎という臨床所見から診断するのが現実的である。補助診断として涙液や前房水からreal-time PCRでHSV-1 DNAを検出する方法もある。実質型角膜ヘルペスの主な病態は局所の炎症であるため、治療は原則としてステロイド点眼薬にアシクロビル眼軟膏を併用する。角膜の変形や混濁の残存による視力低下を避けるため、重症度に応じて適切にステロイド点眼薬のランクや、点眼回数を選択することが求められる。実質型角膜ヘルペスに上皮型角膜ヘルペスを合併している場合は上皮型の治療を優先し、アシクロビル眼軟膏を使用する。上皮型が治癒するまではステロイドは内服薬を使用し、治癒後にステロイド点眼薬に切り替える。

て結膜や角膜にもびらんが認められ、皮膚から感染が拡がったという様相であった。また、眼球結膜から角膜輪部に点状びらんが認められた。 一般に両眼性の角膜ヘルペスは稀であるが、EH患者では両眼同時発症の頻度が高い。1980~1987年に当科を受診した角膜ヘルペス患者260例のうち、両眼性は17例(6.5%)で、そのうち両眼同時発症の11例(4.2%)は、いずれもADあるいはEH患者であった3)。ADやEH患者に両眼性の角膜ヘルペスが多い理由として、宿主側の要因が関与していると考えられる。 1979~1990年にEHと診断されたAD患者37例の角結膜所見を調べたところ、18例(48.6%)に角膜上皮病変が認められ、星状から小型の樹枝状角膜炎が7例(18.9%)、びまん性表層角膜炎が11例(29.7%)に認められた。樹枝状角膜炎を生じた7例中3例(8.1%)が両眼同時発症であった。この他、フリクテン様所見が3例(8.1%)、濾胞性結膜炎が16例(43.2%)に認められた4)。

アトピー性皮膚炎・カポジ水痘様発疹症に合併する角膜ヘルペス

免疫抑制点眼薬と角膜ヘルペス

井上幸次. 臨床眼科. 57(11)40(2003)

1 上皮型が実質型よりも主体である

2 両眼性の症例が多い

3 再発しやすい

4 上皮の修復が遅い

5 アシクロビル耐性株が出現しやすい

6 ヘルペス性とアレルギー性の潰瘍の鑑別が困難である

7 カポジ水痘様発疹症に伴って角膜ヘルペスを生じることがある

表1 アトピー性皮膚炎に合併する角膜ヘルペスの特徴

図3 カポジ水痘様発疹症の角結膜所見

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