qt - j-circ.or.jp · 3 qt 延長症候群(先天 性・二次 )とbrugada 症候群の診療に...

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1 合同研究班参加学会 日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会 班長 青沼 和隆 筑波大学医学医療系 循環器内科 班員 新 博次 日本医科大学 多摩永山病院内科 奥村 謙 弘前大学 循環器呼吸器・腎臓内科 鎌倉 史郎 国立循環器病研究センター 心臓血管内科 櫻田 春水 東京都立広尾病院 循環器科 杉 薫 東邦大学医療センター 大橋病院循環器内科 萩原 誠久 東京女子医科大学 循環器内科 堀江 稔 滋賀医科大学 呼吸循環器内科 吉永 正夫 鹿児島医療センター小児科 協力員 池田 隆徳 東邦大学医療センター 大森病院循環器内科 草野 研吾 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科循環器内科 志賀 剛 東京女子医科大学 循環器内科 清水 渉 国立循環器病研究センター 心臓血管内科 住友 直方 日本大学医学部 小児科学系小児科学分野 髙木 雅彦 大阪市立大学大学院医学研究科 循環器病態内科学 夛田 浩 筑波大学医学医療系 循環器内科 池主 雅臣 新潟大学医学部 保健医学科 永瀬 聡 岡山大学大学院 医歯薬学総合研究科 循環器内科 西崎 光弘 横浜南共済病院 循環器内科 野上 昭彦 横浜労災病院不整脈科 藤木 明 静岡赤十字病院 循環器内科 堀米 仁志 筑波大学医学医療系 小児内科 蒔田 直昌 長崎大学大学院 医歯学総合研究科 分子生理学 外部評価委員 相澤 義房 新潟大学大学院 医歯学総合研究科器官制御医学 大江 透 心臓病センター榊原病院 小川 聡 国際医療福祉大学 三田病院 児玉 逸雄 名古屋大学 平岡 昌和 労働保険審査会 山科 章 東京医科大学病院 第二内科 (五十音順,構成員の所属は 2012 3 月現在) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 QT 延長症候群(先天性・二次性)とBrugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版) Guidelines for Diagnosis and Management of Patients with Long QT Syndrome and Brugada Syndrome JCS 20122014/5/9 更新版

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1

合同研究班参加学会

日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会

班長

青沼 和隆筑波大学医学医療系

循環器内科

班員

新 博次日本医科大学多摩永山病院内科

奥村 謙弘前大学

循環器呼吸器・腎臓内科

鎌倉 史郎国立循環器病研究センター

心臓血管内科

櫻田 春水東京都立広尾病院

循環器科

杉 薫東邦大学医療センター大橋病院循環器内科

萩原 誠久東京女子医科大学循環器内科

堀江 稔滋賀医科大学呼吸循環器内科

吉永 正夫鹿児島医療センター小児科

協力員

池田 隆徳東邦大学医療センター大森病院循環器内科

草野 研吾岡山大学大学院

医歯薬学総合研究科循環器内科

志賀 剛東京女子医科大学循環器内科

清水 渉国立循環器病研究センター

心臓血管内科

住友 直方日本大学医学部

小児科学系小児科学分野

髙木 雅彦大阪市立大学大学院医学研究科

循環器病態内科学

夛田 浩筑波大学医学医療系循環器内科

池主 雅臣新潟大学医学部保健医学科

永瀬 聡岡山大学大学院医歯薬学総合研究科

循環器内科

西崎 光弘横浜南共済病院循環器内科

野上 昭彦横浜労災病院不整脈科

藤木 明静岡赤十字病院循環器内科

堀米 仁志筑波大学医学医療系

小児内科

蒔田 直昌長崎大学大学院医歯学総合研究科分子生理学

外部評価委員

相澤 義房新潟大学大学院

医歯学総合研究科器官制御医学

大江 透心臓病センター榊原病院

小川 聡国際医療福祉大学

三田病院

児玉 逸雄名古屋大学

平岡 昌和労働保険審査会

山科 章東京医科大学病院第二内科

(五十音順,構成員の所属は 2012年 3月現在)

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

【ダイジェスト版】

QT延長症候群(先天性・二次性)とBrugada症候群の診療に関するガイドライン(2012年改訂版)Guidelines for Diagnosis and Management of Patients with Long QT Syndrome and Brugada Syndrome (JCS 2012)

2014/5/9 更新版

2

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

目次

I. 序文(改訂にあたって) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2II. 総論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥31. QT延長症候群の概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥32. QT延長症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥53. Brugada症候群の概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥64. Brugada症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 7

III. 先天性 QT延長症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥81. 概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥82. 小児の診断について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥93. 心電図診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥94. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 105. Holter心電図,T wave alternans, ループレコーダ ‥ 116. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 117. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 12

IV. 先天性 QT延長症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 131. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 132. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14

V. 二次性 QT延長症候群の診断と治療 ‥‥‥‥‥‥‥ 151. 薬剤性 QT延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 152. 徐脈依存性 QT延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 153. 薬剤性,徐脈性以外の二次性 QT延長症候群 ‥‥ 16

VI. Brugada症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 161. 総括 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 162. 心電図判断の基準 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 163. わが国における心電図自動診断の基準 ‥‥‥‥‥ 174. その他の非侵襲的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 175. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 186. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 187. 臨床心臓電気生理学的検査の適応 ‥‥‥‥‥‥‥ 198. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19

VII. Brugada症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 211. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 212. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21

(無断転載を禁ずる)

I. 序(改訂にあたって)

本ガイドラインは,近年とくに注目されるBrugada症候群ならびに先天性QT延長症候群に対して,疫学,診断,治療に至るまでのガイドラインとして 2005~2006年に制定され,2007年に公表された.しかし,初版ではエビデンスが十分でなかったため,その治療法については十分に検討がなされなかった感があった.とくにBrugada症候群は,アジア人種のなかでもわが国で報告が多く,以前“ぽっくり病”と呼ばれていた夜間突然死症候群の多くが含まれている可能性もあるが,Brugada症候群患者の 20 %と先天性QT延長症候群の 70 %にイオンチャネル蛋白の責任遺伝子異常を認め,イオンチャネル病に分類されている.しかし,徐々にではあるが,遺伝子異常が予後と直

接には結びつかないことや,遺伝子異常を認めない孤立性の症例も多いことが判明してきた.現在まで発表されている不整脈に関する欧米のガイドラインは,特定の観点から作成されたものが主であり,本ガイドラインが作成された 2007年当時はわが国でもエビデンスが不十分であったが,とくにBrugada症候群ではこの数年で多くのエビデンスが報告され,わが国でもある程度のデータ蓄積がなされるに至った.突然死の二次予防として確実な治療は,現在でも最終的には植込み型除細動器(ICD)であるが,一次予防としての ICD治療に関しては,現在でも各国で異なっており,今回の改訂版では,初版を踏まえて,この 5年間にわが国で

I. 序(改訂にあたって)

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QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

明らかになったエビデンスをもとに変更の必要がある部分に限って改変した.本ガイドライン作成にあたっては,合同研究班として多くの専門家に参加を求めた.とくに小児循環器病医学の専門家にも多くの参加を得て,合同研究班の総意として改訂にあたった.総論では,診断と治療に必要な基本的な知識としての臨床的特徴,予後,および発生機序を解説し,各論では従来どおり,①先天性QT 延長症候群の診断,②先天性QT延長症候群の治療,③二次性QT延長症候群の診断と治療,④Brugada症候群の診断,⑤Brugada症候群の治療,の 5項目に分けて検討し,最新知見を盛り込むことを心がけた.診断に関しては,とくに心電図などの非観血的検査,臨床心臓電気生理学的検査などの観血的検査,および遺伝子診断の臨床的意義について検討した.治療に関しては従来と同様に薬物治療と非薬物治療に分けて,おのおのの有用性を検討した.とくに無症候性の場合は,診断と治療が有症候性の場合と異なるため,両者を分けて検討した.本ガイドラインの勧告策定の手順としては,AHA/ACCおよび ESCのガイドライン,わが国での報告(疫学調査,研究報告など),海外での報告(疫学調査,研究報告など),班員の臨床経験,をもとにして作成し,具体的には最新データを加えたうえで,各診断法と治療法の適応に関する勧告の程度をクラス I,クラス II,クラス IIIに分類し,そのエビデンスのレベルとして,レベルA,レベルB,レベルCをできる限り付記した.なお,クラス分類,エビデン

ス分類は以下に示すとおりである.クラス分類 クラス I: 検査,治療が有効,有用であるというエビデンス

があるか,あるいは見解が広く一致している. クラス II: 検査,治療の有効性,有用性に関するエビデンス

あるいは見解が一致していない.クラスIIa: エビデンス,見解から有効,有用である可能性が

高い.クラスIIb: エビデンス,見解から有効性,有用性がそれほど

確立されていない.クラスIII: 検査,治療が有効,有用でなく,ときに有害であ

るとのエビデンスがあるか,あるいは見解が広く一致している.

エビデンスレベルレベルA:複数の無作為介入臨床試験またはメタ解析で実証     されたもの.レベル B:単一の無作為介入臨床試験または大規模な無作為     介入でない臨床試験で実証されたもの.レベル C:専門家,または小規模臨床試験(後向き試験およ     び登録を含む)で意見が一致したもの.

また,このガイドラインの変更にあたり,現在までに報告された日本循環器学会合同研究班のガイドラインと整合性があるように考慮したが,一致しない場合はその違いを記述した.

II. 総論

1.

QT延長症候群の概論

QT延長症候群(long QT syndrome:LQTS)は,心電図にQT延長を認め,torsade de pointes(TdP)と呼ばれる特殊な心室頻拍(ventricular tachycardia:VT),あるい

は心室細動(ventricular fibrillation:VF)などの重症心室性不整脈を生じて,めまい,失神などの脳虚血症状や突然死をきたす症候群である.QT延長症候群は大きく先天性と二次性に分けられる.これらのうち,先天性QT延長症候群には明らかな遺伝性を認める例(Romano-Ward症候群と Jervell and Lange-Nielsen症候群)のほかに,遺伝関係が明瞭でないかあるいは遺伝関係の調査が困難な例(特発性QT延長症候群)も含まれる(表1).一方,薬物,

II. 総論

1.

QT延長症候群の概論

4

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

電解質異常,その他の原因などで生じたものが二次性QT延長症候群である(表1).

1.1

先天性 QT延長症候群

Romano-Ward症候群は常染色体優性遺伝形式をとり,患者の子どもには原則として 50 %に本症候群の遺伝子が伝えられ,また患者の両親のいずれかに本症候群の遺伝子を認めると考えられる.先天性QT延長症候群は,心筋細胞のイオンチャネル機能や細胞膜構成蛋白の調節に関係する遺伝子の異常が原因とされており,現在では 60~ 70 %の家系で遺伝子異常が見つかっている.Romano-Ward症候群は,現在までに13個の遺伝子型が報告されており,それが確認された順番に LQT1~ LQT13と呼ばれている.これまでに報告された多数例の調査では, 90 %以上の症例が LQT1~ LQT3のいずれかであるとされている.また,先天性QT延長症候群の死亡率は 0. 9~ 2. 6 %/年とされているが,初回発作が突然死である症例もある.近年の遺伝子型による層別化の試みでは,QTc 500 msec以上の LQT1,LQT2,男性の LQT3は危険度が高いとされている.LQT1患者における心事故の初発年齢は LQT2,LQT3患者に比較して若く,20歳以降における心事故の初発は少ないとされている.また,心事故の初発年齢は男

性が女性に比較して若く,LQT1の男性患者の調査では全例が 15歳以下で心事故が発生したという報告がある.β遮断薬の投与はLQT1,LQT 2患者の心事故を減少させるが,投与前の心停止を既往歴に持つ例では,β遮断薬投与開始後の 5年間に 14 %が致死的な心事故を起こすと報告されている.

1.2

二次性 QT延長症候群

先天性QT延長症候群以外に,薬剤や徐脈などが原因で二次的にQT延長が起こり,TdPが発生することがある.これらは二次性QT延長症候群あるいは後天性QT延長症候群と呼ばれる.二次性QT延長症候群の分類とそれをきたす薬剤や要因は表1に示した.このうち抗不整脈薬については古くからキニジン失神として知られている.抗不整脈薬による TdPの頻度は,2. 0~ 8. 8 %とされる.抗不整脈薬以外の非循環器系薬剤である向精神薬,抗生物質,抗真菌薬,抗アレルギー薬,消化器疾患薬などもQT延長をきたす.しかし同じ薬剤を用いても,一様にQT延長をきたすとは限らない.これは薬剤への個体差や感受性の差異があることを示しており,さらにこの個体差の背景には,心筋のイオンチャネルのレベルでの遺伝子異常や一塩基多型(SNP)が想定されている.実際,二次性QT延長症候群のなかには,KCNQ1やKCNH2(HERG),SCN5A

表 1 QT延長症候群の分類

先天性 QT延長症候群

遺伝性 QT延長症候群 Romano-Ward 症候群(常染色体優性遺伝)Jervell and Lange-Nielsen 症候群(常染色体劣性遺伝):先天性聾を伴う

特発性 QT延長症候群

二次性 QT延長症候群

薬物誘発性 抗不整脈薬:I群薬(キニジン,プロカインアミド,ジソピラミドなど)      III群薬(アミオダロン,ソタロール,ニフェカラントなど)向精神薬:フェノチアジン系(クロルプロマジンなど),三環系抗うつ薬など抗生物質,抗ウイルス薬:エリスロマイシン,アマンタジンなど抗潰瘍薬:H2受容体拮抗薬(シメチジンなど)消化管運動促進薬:シサプリドなど抗アレルギー薬:テルフェナジンなど脂質異常症治療薬:プロブコールなど有機リン中毒

電解質異常 低 K血症,低 Mg血症,低 Ca血症

徐脈性不整脈 房室ブロック,洞不全症候群

各種心疾患 心筋梗塞,急性心筋炎,重症心不全,心筋症

中枢神経疾患 クモ膜下出血,頭部外傷,脳血栓症,脳外科手術

代謝異常 甲状腺機能低下症,糖尿病,神経性食欲不振症

5

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

の遺伝子に変異を認める症例が報告されており,これらの症例は潜在型の先天性QT延長症候群の亜型である可能性が示唆されている.

QT間隔は心拍数が上昇すると短縮し,低下すると延長する.しかし,ときに徐脈や心室期外収縮などによってRR間隔が延長すると,著明なQT延長をきたし TdPが発生する症例がある.このような徐脈によって正常範囲を超えてQTが延長するものを,徐脈依存性QT延長症候群と呼び,TdPの原因となる.したがって,洞不全症候群や房室ブロックなどの徐脈では,徐脈自体に加えQT延長による TdPも死因となる.

2.

QT延長症候群の発生機序

先天性QT延長症候群のRomano-Ward症候群では,現在までに 8つの染色体上に 13個の遺伝子型が報告されている.いずれの遺伝子型でも,外向きK+電流が減少(LQT1,2,5,6,7,11,13),内向きNa+電流が増加(LQT3,9,10,12),または内向きCa2+電流が増加(LQT4,8) することにより活動電位持続時間(action potential duration:APD)が延長し,共通の表現型である心電図上のQT延長を呈する.単相性活動電位(monophasic action potential:MAP)記録を用いた臨床研究により,QT時間の延長はMAP持続時間(MAPD)の延長によることが証明された.また,イソプロテレノールやエピネフリンなどのカテコラミン点滴静注により早期後脱分極(early afterdepolarization:EAD)様の humpが記録され,TdP第 1拍目の心室期外収縮の機序として,EADからの撃発活動の関与すること

が直接的に証明されている.一方,カテコラミン投与により心室筋各部位のMAPDの不均一性(spacial dispersion of repolarization:SDR)も増大し,TdPの維持にはSDRの増大によるリエントリーも重要と考えられる.その後,動脈灌流左室心筋切片を用いた薬理学的QT延長症候群モデルにより,先天性QT延長症候群患者における TdPの細胞学的成因がさらに明らかとなった.LQT1,LQT2,LQT3の各モデルでは,しばしば心室期外収縮(単発または連発)の 2段脈に引き続いて TdPが誘発される.自然発生の TdPを認めない場合でも, APDが最短の心外膜(Epi)細胞からの単発期外刺激により容易に TdPが誘発される.一方,TdPの引き金となる心室期外収縮は,比較的QRS幅が狭く,心内膜側心筋細胞側からのペーシング波形と同じ極性を示すことから,mid-myocardial(M)細胞または心内膜(Endo)側の Purkinje細胞を起源とする EADからの撃発活動が機序と考えられる場合もある.いずれのQT延長症候群モデルでも,M細胞のAPDの相対的な延長により transmural dispersion of repolarization(TDR)が増大しており,TdPの 2発目以降の機序には,心室筋各部位の SDRの増大に加えて,貫壁性の TDRの増大を基質とするリエントリーも重要であると考えられる.図 1に臨床的および実験的検討から考えられる先天性QT延長症候群のQT延長およびTdPの発生機序を示す.

2.

QT延長症候群の発生機序

貫壁性(Epi-M-Endo細胞)再分極時間の不均一性(内因性)遺伝子異常(

QT延長貫壁性再分極時間(不応期)の不均一性↑

QT延長貫壁性再分極時間(不応期)の不均一性

再分極電流↓

各細胞群 APDの均一な延長

M細胞 APDの選択的延長

EADからの異常自動能(期外収縮) 

β受容体刺激

torsade de pointes(リエントリー)

LQT1-13LQT2,3,(6),(9,10,12,13)LQT1,(5, 11)

(IKs↓,IKr↓,IKl↓,IKACh↓, late INa↑,ICa↑)

KCNJ2,CACNA1C,CAV3,SCN4B, AKAP-9, SNTA1, KCNJ5KCNQ1,KCNH2,SCN5A,ANKB, KCNE1,KCNE2,

図 1 先天性 QT延長症候群の QT延長と TdP発生機序

6

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

3.

Brugada症候群の概論

3.1

Brugada症候群の疫学

Miyasakaらは,守口市の 40歳以上の健診で,右脚ブロックで 0. 1 mV以上の ST上昇を呈する人は全体で 0.70 %,男性では 2. 14 %に達すると報告している.Atarashiらは右脚ブロックと,0. 1 mV以上の coved(入り江)型 ST上昇を呈した人の比率は 0. 16 %であり,その全員が男性であったと報告している.一方,小児,または学童における本症候群の頻度は,成人に比べて著明に少ない.戸兵らは小中学生で 0. 1 mV以上の coved型 ST上昇が 0. 01 %にみられたとし,Yamakawaらは右脚ブロックを伴う 0. 1 mV以上の coved型または saddleback(馬の鞍)型の ST上昇が,6~15歳の 0. 054 %に認められ,その 91 %が男児であったと報告している.

3.2

Brugada症候群の臨床的特徴

欧米の報告では全症例の 72~76 %を男性が占める.45

歳未満での突然死の家族歴は全体の 22~ 55 %の症例に,とくに無症候性では 50~70 %に認められると報告されている.しかし,これら家族歴や性比率は登録の手法によって大きく異なる.無症候性の多くを有症候性の家系から抽出した欧米の研究でこれらの比率が高いが,主として孤発例が集積されたわが国の登録調査(循環器病委託研究)では男性の比率が 94 %と多く,突然死の家族歴を有する例も 16 %にとどまっていた.表 2に日本と欧米のBrugada症候群の特徴の違いを示す.心室細動は安静時または夜間睡眠中に生じやすい.委託研究では夜間(20時~8時)発症例が 66 %を占め,その51 %で急性期に心室期外収縮が認められた.また心室細動のほかに心房細動(atrial fibrillation:AF)も合併しやすく,有症候性で 29 %,無症候性で 12 %に心房細動が認められ,そのほとんどが発作性心房細動であった.さらに冠攣縮性狭心症や神経調節性失神も合併しやすいことが知られており,循環器病委託研究では,冠攣縮性狭心症がアセチルコリンまたはエルゴメトリンで 20 %前後の症例に誘発されていた.本症候群ではピルジカイニド,フレカイニド,アジマリンなどのNaチャネル遮断薬投与後に 60~ 90 %の例でSTが上昇し,一部の例では心室性不整脈や T波交互脈(T wave alternans)が出現することが知られている.一方,運動負荷中やイソプロテレノール投与中には ST上昇が改

3.

Brugada症候群の概論

表 2 日本と欧米の Brugada症候群の特徴の違い循環器病委託研究 Brugada*1 Priori*2

有症候 無症候 有症候 無症候 有症候    無症候

総数(例) 144 268 144 190 48 152

男女比 139/5 251/17 120/24 135/55 152/48

平均年齢(歳) 51.2 53.4 41

突然死(家族歴) 19% 15% 34% 72% 29%

初発年齢(歳) 33 46 33

夜間発症率 66%

心室期外収縮出現率 51%

心房細動出現率 29% 12%

薬剤負荷陽性率 53%(50/96) 63%(97/154) 41.50%

VF 誘発率(EPS) 71%(87/123) 52%(65/125) 73% 33%

VF/VT 誘発率(EPS) 81% 62% 65% 68%

SAECG陽性率 70%(66/95) 63%(89/141)

VSA誘発率 22%(15/67) 18%(7/38)

VF:心室細動,VT:多形性心室頻拍,EPS:心臓電気生理学的検査,SAECG:加算平均心電図,VSA:冠攣縮.*1:Brugada J, et al. Circulation 2003; 108: 3092-3096より改変.*2:Priori S, et al. Circulation 2002; 105: 1342-1347より改変.

7

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

善(正常化)するが,負荷後や投与後には再上昇する.また 60~ 80 %の症例で加算平均心電図が陽性となる.心臓電気生理学的検査では 2連発または 3連発の心室早期期外刺激で 50~ 80 %の症例に多形性心室頻拍・心室細動が誘発され,その誘発率は無症候性よりも有症候性で有意に高いとされている.循環器病委託研究でも,心室細動誘発率は有症候性が無症候性に比べて有意に高かった(71 % vs 52 %).

3.3

Brugada症候群の予後

これまでの欧米の登録研究では,有症候性の予後は悪く,心室細動からの心蘇生群では 17. 4 %/年,失神群では6. 2 %/年の頻度で,重篤な心事故を発症する.わが国の報告でも心室細動からの心蘇生群の再発率は同様に高い.一方,無症候性の発症率に関しては,欧米の報告でも 0.6~ 3. 7 %/年の頻度と施設により違いがある.わが国では,無症候性では 0. 5 %前後と報告されている.無症候性患者の発症予測の指標の検討では,安静時にタイプ 1心電図が記録される例,男性,心臓電気生理学的検査での心室細動誘発例,突然死家族歴などが心事故の有意な予測因子として知られている.とくにBrugadaらは,心臓電気生理学的検査で心室細動 /持続性心室頻拍が誘発される無症候性の心事故発生率は 5 %/年と高く,自然の ST上昇があれば 7 %/年,さらに失神を伴えば 14 %になると報告している.一方,Prioriらは多形性心室頻拍・心室細動誘発は必ずしも有用な予後指標ではないとし,臨床症状と不整脈誘発性は無関係と報告している.また自然のタイプ 1 ST上昇がなく,薬剤で初めてタイプ 1に移行する例の予後は良好であり,SCN5A遺伝子の変異があっても薬剤負荷でタイプ 1に移行しない例は予後が良好と報告されている(Brugada症候群の心電図タイプについては後述〈16㌻〉を参照).

4.

Brugada症候群の発生機序

4.1

Brugada症候群の遺伝子異常

Brugada症候群のなかには家族性の発症も少なくない.1998年に,ヒト心筋Na+チャネルαサブユニットをコードする SCN5Aの変異が報告された.しかし,SCN5Aの変異が同定されるのはBrugada症候群患者の18~30 %であ

る.同定された SCN5Aの変異遺伝子を用いた発現実験・機能解析によれば,Na+チャネル機能異常には,Na+チャネルの機能欠損,Na+チャネルゲート機構の異常,細胞内蛋白移送の異常(trafficking defect)などが報告されているが,共通する機能異常はNa+電流の減少(loss of function)である.

Na+電流の loss of functionとBrugada症候群の特徴的な心電図波形や心室細動発生との関連については,現時点ではAntzelevitchらのイヌの動脈灌流右室心筋切片を用いた実験的Brugada症候群による右室心筋細胞の貫壁性電位勾配での説明が最も有力視されている.

4.2

特徴的心電図を呈する機序

心外膜側心筋細胞と心内膜側心筋細胞の活動電位波形を比較すると,脱分極は心内膜側細胞で早期に生じ,再分極は心外膜側で早期に終了する.したがって, APDは心内膜側細胞で延長している.さらに活動電位第 1相のノッチ形成に違いがある.心外膜側心筋細胞では第 1相にノッチを認めるのに対して,心内膜側心筋細胞ではノッチを認めない.ヒトを含めた多くの動物で,このノッチ形成には一過性外向きK+電流(Ito)が直接的に関係する.Itoは同じ心外膜側心筋細胞でも,左室に比べて右室,とくに右室流出路で豊富である.また,ノッチ形成には,第 0相脱分極に関与するNa+電流やノッチに引き続くドームの形成に関与する L型Ca2+電流も間接的に影響する.Itoや他の外向きK+電流である遅延整流K+電流(Ik),ATP感受性K+

電流などの増加,あるいは内向き電流(Na+,Ca2+)が減少した場合には,心外膜側心筋細胞のノッチがさらに深くなり,引き続くドーム形成に影響を及ぼす.心内膜側の細胞ではこのような変化は起こらない.したがって,正常状態の右側胸部誘導では ST部分はほぼ基線に記録される(図 2a)が,心臓の活動電位の立ち上がり(脱分極)に大きく関与するNa+電流の抑制(loss of function)があると,Itoと拮抗することができないため心外膜側心筋細胞のノッチが深くなる.その結果,心外膜側心筋細胞でいわゆるスパイクアンドドームの形状が顕著となる.この際,電位勾配により STの上昇(J波)が認められるが,心外膜側心筋細胞のAPD延長が軽度で,心内膜側細胞のAPDより短いままであれば,saddleback型ST上昇となる(図 2b).さらに,内向き電流が減少するとノッチは大きく深くなり,これに続くドーム部分が遅れて心外膜側細胞で活動電位の再分極が心内膜側より遅れる.この結果,上に凸の ST上昇に続いて T波の終末部は陰性化する(図2c).この形状がBrugada症候群に特徴とされる coved型 ST上昇である.ノッチがさらに深くなり,

4.

Brugada症候群の発生機序

8

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

Ca2+電流の流入が不活化されるとドームが消失する(loss of dome).これらのドームの遅延や消失は,再分極時間の

大きな不均一性から(図2d), phase 2 reentryが生じる(図2e).

III. 先天性QT延長症候群の診断

1.

概論

先天性QT延長症候群は,心電図所見,非侵襲的あるいは侵襲的検査,家族歴,臨床症状(病歴),あるいは遺伝子

型によって臨床的に診断される.その診断法として,Schwartzらの診断基準(表3)が用いられることが多い.この診断基準は患者の心電図所見(QTc,torsade de pointes〈TdP〉,T wave alternans,notched T波,徐脈),臨床症状(失神,先天性聾),先天性QT延長症候群や突然死の家族歴により点数(重み)をつけ,その合計点数で,先天性QT延長症候群である可能性が高い(3.5点以上)か,

III. 先天性QT延長症候群の診断

1.

概論

a. 正常 b. saddleback c. coved

d. heterogeneous loss of AP dome e. phase 2 reentry

活動電位

V2 誘導

V2 誘導

活動電位

M細胞心外膜

心内・外膜電位差内・外膜電位差心内膜心外膜 心内膜

心外膜

心内膜

J 波

心内・外膜電位差内

心内膜心外膜

心内膜心外膜心外膜

心内・外膜再分極差

隣接心外膜再分極差

0

mV

-100

図 2 Brugada症候群において推定される心電図変化の機序(Antzelevitch C. J Cardiovasc Electrophysiol 2001; 12: 268-272より改変)

9

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

中等度(1.5~3点),低い(1点以下)を判断する.合計点数が 3.5点以上の場合は,確定診断となる.近年,遺伝子診断の進歩とともに遺伝子型と表現型,予後との関連が検討され,遺伝子型に特異的な臨床像が明らかになった型もあり,遺伝子型別の生活指導や治療も行われるようになってきた.Schwartzらの診断基準は,先天性QT延長症候群発現(顕性)例に対しての診断精度は高いが,詳細なタイプやキャリア例の診断精度は低い.先天性QT延長症候群の各タイプやキャリア例,ハイリスク例の鑑別については,今後遺伝子型や遺伝子変異部位による診断が必要になってくるであろう.

2.

小児の診断について

小児期には成人のQT延長症候群とは異質の問題が存在する.胎児期からQT延長症候群の心電図所見,症状(徐脈)が出現する.とくに新生児期,乳児期に症状が出現するQT延長症候群は房室ブロックや TdPを伴い,重症であることが多い.近年,QT延長症候群が乳幼児突然死症候群の原因の一つであることがわかってきており,責任遺伝子も報告されてきている.日本では学校心臓検診が小学校,中学校,高等学校のそれぞれ 1年生全員に行われている.一般的に症状の出現したQT延長症候群の頻度は 5000人から 10000人に 1人程度と考えられていたが,学校心臓検診で確定的なQT延長症候群(Schwartzのポイントで 4点以上〈旧診断基準〉)と診断される頻度は中学 1年生で 1200人に 1人程度である.現在,日本小児循環器学会で症状出現に関するQT延長症候群患児の前向き研究が行われている.

3.

心電図診断

QT延長症候群の診断は,心電図所見,家族歴,既往歴,現症の組み合わせによってなされ,Schwartzらによって作成された診断基準(表 3)が用いられることが多い.表のポイントからわかるように,心電図診断としてQTc値, TdP,T wave alternans,3誘導以上での notched T 波が診断上重要になる.TdPは失神と同一の意味を持ち,T wave alternansは TdPや失神を伴うときに出現しやすい,また,notched T 波の存在も重要な診断基準であり,とくにLQT2(HERG遺伝子変異)でみられる傾向がある.ほか

に再分極過程の不均一性(heterogeneity)の指標もQT延長症候群の診断的補助になる.また,安静時心電図以外に,QT間隔の増大,QT dispersionの増大,T波の変化を誘発する目的で,運動負荷,顔面浸水負荷,24時間心電図,薬物負荷などが施行される.とくに薬物負荷はQT延長症候群患者の分類と健常者との区別ができる有用な方法と考えられるが,健常女性でも変化することがあるので注意が必要である.

3.1

補正 QT間隔(QTc値)

一般的に,QT間隔を先行するRR間隔の二乗根で割るBazettの補正[(QT間隔)/(RR間隔)1/2]が用いられる.しかし,QT時間をBazettの補正方法で補正すると心拍数が高い場合は過剰に補正してしまう.心拍数に影響されない方法として,Fridericiaの補正[(QT間隔)/(RR間隔)1/3]が妥当と考えられ,心拍数の速い小児のQTc値には本法が勧められる.

2.

小児の診断について

3.

心電図診断

表 3 QT延長症候群の診断

基準項目 点数

心電図所見

QT時間の延長*1

(QTc)

≧ 480msec 3

460~ 479msec 2

450~459msec(男性)

1

運動負荷後 4分の QTc ≧ 480msec 1

torsade de pointes*2 2

T wave alternans 1

notched T波(3誘導以上) 1

徐脈 0.5

臨床症状失神*2

ストレスに伴う失神発作

2

ストレスに伴わない失神発作

1

先天性聾 0.5

家族歴確実な家族歴 1

30歳未満での突然死の家族歴 0.5

点数の合計が,≧ 3.5:診断確実,1.5~ 3点:疑診,≦ 1点:可能性が低い,となる. *1:治療前あるいは QT延長を起こす因子がない状態での記録.*2:両方ある場合は 2点.(Schwartz PJ, et al. Circ Arrhythm Electrophysiol 2012; 5: 868-877より改変)

10

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

3.2

torsade de pointes(TdP)

QRSの極性と振幅が心拍ごとに変化して,等電位線を軸にしてねじれるような特徴的な波形を呈する心室頻拍をいう.QT時間が延長しているときに出現する.失神は一時的な,自然に回復した TdPによるものと考えられている.しかし,TdPから心室細動に増悪すると心臓突然死につながる.

3.3

T wave alternans(T波交互脈)

体表面心電図で,T波が 1心拍ごとに変化するものをいう. T wave alternansが存在するときは心室頻拍を起こしやすく,予後が悪い.T wave alternansはQT延長症候群だけでなく,虚血性心疾患などでも出現する.

3.4

notched T wave in 3 leads

bifid T 波ともいう.陽性 T波のピーク部の直前(上行脚)あるいは直後(下行脚)に切れ込みがある T波をいう.反対に,陽性 T波のピーク部の直前(上行脚)あるいは直後(下行脚)に突然の隆起部がある T波という定義をしている論文もある.通常,3誘導以上に認めた場合に陽性とする.notched T 波がある場合,予後が悪い.

3.5

年齢不相応の徐脈(low heart rate for age)

この項目は小児だけの診断基準になる.Romano-Ward症候群患児と健常児とのあいだで心拍数に有意差があるのは新生児期から 3歳までとなっている.胎児期,乳児期では持続性洞性徐脈,2:1~高度房室ブロックが重要なQT延長症候群の表現型である.

3.6

T波形態の変化

QT延長症候群では T波形態が変化することが知られている.Mossらは,LQT1~3はそれぞれ特徴的な T波形態を示す傾向があることを初めて示した.しかし,これらの定性的な解析は判読者の経験に依存するところが多く,明確に分類できない症例も少なくない.Schwartzのポイントの項目に含まれる notched T 波(bifid T 波)は LQT2(HERG遺伝子変異)にみられやすい波形である.

3.7

再分極過程の不均一性

心筋再分極過程の不均一性(heterogeneity)を定量的に評価する方法としてQT dispersion(QTd)がある.一方,T波の頂点から終点までの時間(T peak-T end〈Tp-Te〉)は心室全体の再分極過程の transmural dispersionを反映すると考えられている.

4.

負荷試験

4.1

運動負荷

立位負荷では健常群でQT時間は短縮するが,QT延長症候群では延長する.LQT1ではQTc,T波の頂上から終末までの時間(Tp-Te)が延長するが,LQT2では両者とも延長しない.運動負荷中止後 4分のQTcが≧ 445 msecであると LQT1もしくは LQT2である可能性が高い.LQT1では,運動負荷中止直後のQTc< 460 msecであり,これが LQT2との鑑別に有用である.表 4に運動負荷試験の適応のクラス別を示す.

4.2

カテコラミン負荷試験(エピネフリン)

カテコラミン負荷試験も診断に有用であり,運動負荷が困難な症例でも負荷を行える利点がある.現在ではエピネフリン負荷が一般的である.また,LQT1と LQT2の鑑別にも有用である.表5にカテコラミン負荷試験の適応のクラス別を示す.

4.3

アデノシン負荷試験

アデノシン投与による突然の徐脈とその後の頻脈によるQT変化がQT延長症候群の診断に有用との報告がある.最大徐脈時のQT> 410 msec,QTc> 490 msecがQT延長症候群を鑑別するのに有用である.

4.4

顔面浸水試験

運動負荷,カテコラミン負荷と反対に,徐脈でのQT延長を評価するのに有用な検査である.洗面器に入れた水温0~ 10 ℃の冷水中に,最大吸気の状態で顔面浸水を行い,

4.

負荷試験

11

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

息こらえの続く限り負荷を持続する.とくに水泳中の失神の既往があり,先天性QT延長症候群が疑われる症例に有用である.

4.5

経口糖負荷試験

75 g経口糖負荷試験を行い,投与前,30分後,60分後,120分後,180分後に心電図を記録する.先天性QT延長症候群ではQTの最大値,QT dispersionともに,健常群より延長する.食後の失神を認め,先天性QT延長症候群が疑われる症例に有用である.

5.

Holter心電図,T wave alternans,ループレコーダ

5.1

Holter心電図

先天性QT延長症候群では,QT時間が延長(≧ 440~460 msec)していることがその診断の根拠になる.しかし,12誘導心電図でその延長が明らかでない患者では,その診断に苦慮するときがある.このような場合は,Holter心電図を用いてQT時間あるいは T波の変化を解析して診断率が向上することが示されている.Holter心電図で計測された再分極の空間的異常を反映するQT dispersionある

いは貫壁性異常を反映する Tp-TeもQT延長症候群の診断に有用である.先天性QT延長症候群での TdPの発現には,運動,精神的興奮,ストレスなどの関与が知られており,とくに LQT1と LQT2では交感神経活動の亢進が強く関与する.Holter心電図上のRR間隔の変動,すなわち心拍変動を解析し,交感神経活動の亢進と TdP発現とに関連性があることを評価した報告もある.

5.2

T wave alternans

先天性QT延長症候群では、心電図上で肉眼的に識別可能な T波交互脈(T wave alternans)のみられることが知られており,診断基準の一つに入れられている.近年,心臓突然死で有用とされるマイクロボルト T wave alternansとの関連性を評価した報告があり,先天性QT延長症候群患者のマイクロボルト T wave alternansは比較的低い心拍数で生じやすいことが示されている.しかし,リスク層別化ではマイクロボルト T wave alternansの有用性を疑問視する意見もある.

5.3

ループレコーダ

原因不明の失神をきたした患者では,植込み型ループレコーダ(心電用データレコーダ)が有用であることが数多くの臨床研究で示されている.先天性QT延長症候群もTdPにより失神をきたす恐れのある疾患であるため,植込み型ループレコーダは当然ながら診断に有用である.

6.

臨床心臓電気生理学的検査

6.1

TdPの発生機序

臨床例でも,カテーテル電極押し付け法による単相性活動電位(MAP)により,先天性,二次性ともにQT 時間の延長に一致してMAPの延長や早期後脱分極(EAD)が記録されることから,撃発活動による発生機序が考えられている.発症時に short-long-shortの先行周期によって生じやすいことも EAD の関与を示唆する所見である.

6.2

心臓電気生理学的特徴

先天性QT 延長症候群では洞性徐脈を示し,洞房伝導時

5.

Holter心電図,T wave alternans,ループレコーダ

6.

臨床心臓電気生理学的検査

表 4 先天性QT延長症候群における運動負荷試験の適応

クラス I ・ QT延長症候群が疑われるが,安静時心電図がQTc≦ 440 msecで QT延長症候群かどうかの診断が困難な症例.

・ 安静時心電図で QT延長を認め,運動に対する反応により治療方針を決定する必要のある症例.

・ 運動中の原因不明の失神を認める症例.

クラス IIa ・ 原因不明の失神を認めるが,運動との因果関係が不明な症例.

・ LQT1か LQT2かの鑑別を要する症例.

クラス IIb 明らかな QT延長症候群の診断がついている症例.

表 5  先天性 QT 延長症候群におけるカテコラミン負荷試験の適応

クラス IIb ・QT延長症候群が疑われるが,安静時心電図がQTc≦ 440 msecで QT延長症候群かどうかの診断が困難でかつ運動負荷が困難な症例.

・安静時心電図で QT延長を認め,カテコラミンに対する反応により治療方針を決定する必要のある症例.

12

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

間も延長している例が少なくない.房室伝導は正常であるが,心室筋の不応期の延長により,2:1房室ブロックがみられる例がある.実験と異なり心室プログラム刺激試験による TdPの誘発がみられることはまれ である.これは,APD の比較的長い心内膜側からの刺激であるためと考えられている.誘発がみられた例では,心室頻回刺激後のRR間隔延長に伴い,あるいは short-long-shortの心室プログラム刺激試験 によって誘発されている.したがって,現時点では先天性QT 延長症候群に対する心室プログラム刺激試験 の有用性は少ないと考えられている.

MAP 記録では,カテコラミン負荷後にQT 延長や T波終末部の増高に伴い,EAD がしばしば記録され,EAD に及ぼす薬剤の有効性が検討されている.表6に臨床心臓電気生理学的検査の適応のクラス別を示す.

7.

遺伝子診断

常染色体優性遺伝形式をとるRomano-Ward症候群では,現在までに 8つの染色体上に 13個の遺伝子型が報告されている(LQT1~LQT13).また,常染色体劣性遺伝形式をとり,両側性感音性難聴を伴う Jervell and Lange-Nielsen症候群では2つの遺伝子型が報告されている(JLN1と JLN2).先天性QT延長症候群では,臨床診断される患者の 50~70 %でいずれかの原因遺伝子上に変異が同定される.遺伝子診断結果に基づく生活指導やテーラーメード治療が実践されているため,先天性QT延長症候群の遺伝子診断検査は,平成 20(2008)年 4月 1日付で保険診療(現在,診断 4000点,遺伝子カウンセリング 500点)が承認されている.各遺伝子型の頻度は,LQT1が 40 %,LQT2が 40 %,LQT3が 10 %で,この 3つで 90 %以上を占めるため,通常の遺伝子スクリーニングではこれらの 3つの原因遺伝子,すなわちKCNQ1,KCNH2,SCN5Aのスクリーニングを行う.

2011年に,先天性QT延長症候群の遺伝子診断に関する米国心調律学会(Heart Rhythm Society: HRS)とヨーロッパ心調律学会(European Heart Rhythm Association: EHRA)合同の Expert Consensus Statementが発表された.これによれば,①病歴,家族歴,心電図所見(安静時 12誘導心電図,運動負荷試験,カテコラミン負荷試験)により先天性QT延長症候群が強く疑われる患者,②QT延長をきたす二次的な原因(電解質異常など)がなく,安静時12誘導心電図で補正QT(QTc)間隔> 480 msec(思春

期前),または> 500msec(成人)の無症候患者では,遺伝子診断はクラス Iの適応である.また,③QT延長症候群遺伝子に変異が同定された発端者の家族構成員における変異部位のスクリーニングもクラス Iの適応としている.さらに,安静時 12誘導心電図でQTc> 460 msec(思春期前),または> 480 msec(成人)の無症候患者では,クラス IIbの適応としている.いずれの遺伝子型でも,心室筋活動電位プラトー相の外向き電流が減少(loss of function)するか,または内向き電流が増加(gain of function)することにより活動電位持続時間(APD)が延長するためである.LQT1と LQT5の原因遺伝子である KCNQ1(αサブユニット)とKCNE1(βサブユニット),および LQT2と LQT6の原因遺伝子であるKCNH2(αサブユニット)とKCNE2(βサブユニット)は,それぞれ複合体を形成して遅延整流K+電流(IK)の遅い活性化の成分(IKs)および速い活性化成分(IKr)の機能を示し,これらの遺伝子変異によりIKsまたは IKrの減少をきたす.LQT3の原因遺伝子である SCN5Aは心筋タイプNa+チャネル遺伝子であり,その変異により活動電位プラトー相で流れる late Na+電流(INa)が増強する.先天性QT延長症候群で頻度の高い LQT1(40 %),

LQT2(40 %),LQT3(10 %)患者では,遺伝子型と表現型(臨床的特徴)の関連が詳細に検討されている.これにより,遺伝子型特異的な心電図異常(T波形態),Td P(心事故)の誘因,自然経過,予後,重症度の違いなどが明らかとなり,遺伝子型に基づいた患者の生活指導がすでに可能となっている.また,遺伝子型特異的な抗不整脈薬による薬物治療,ペースメーカや植込み型除細動器(ICD)などの非薬物治療も実践されている.

7.

遺伝子診断

表 6  先天性 QT延長症候群における臨床心臓電気生理学的検査の適応

クラス I なし.

クラス IIa ・原因不明の失神があり,QT延長を伴う患者.

クラス IIb ・心停止蘇生例,または心室細動が臨床的に確認されている例(レベル C).

・ torsade de pointes(TdP)が確認されている例(レベル B).

・突然死や TdPによる失神の家族歴があり,心電図上 QT延長が確認されている例(レベル C).

クラス III ・QT 延長の原因,誘因が明らかであり,それらの除去,是正後に QT時間が正常化する,家族歴のない例(レベル C).

13

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

IV. 先天性QT延長症候群の治療

先天性QT延長症候群の治療は,QT延長に伴って生じる多形性心室頻拍の torsade de Pointes(TdP)発症時の治療(急性期治療)と,TdPおよびこれによる心停止,突然死予防のための治療(予防治療)に分けられる.

TdPは自然停止する場合と,持続して心室細動に移行する場合がある.心室細動に移行すれば,ただちに電気的除細動が必要となる.TdPの停止と急性再発予防には硫酸マグネシウムの静注が有効である.徐脈が TdP発症を助長すれば一時的ペーシングで心拍数を増加させる.再発予防の基本はβ遮断薬であるが,徐脈の増悪が予測されれば一時的ペーシングを併用する.薬剤誘発性QT延長症候群に伴う TdPの抑制にはイソプロテレノールによる心拍数の増加が有効であるが,先天性QT延長症候群では TdP発生を助長するため避けるべきである.症例によっては抗不整脈薬(リドカインおよびメキシレチン)が TdP停止に有効なこともある.なお低K血症は TdP発症を助長するので是正する.

1.

薬物治療

1.1

β遮断薬

QT延長症候群は,運動やストレスが原因で失神が誘発されるものが大部分である.このような場合の第一選択薬がβ遮断薬である.ただし,LQT3などβ遮断薬が効果の薄い例もあることに注意が必要である.表 7にβ遮断薬投与の適応のクラス別を示す.

1.2

ベラパミル

Ca拮抗薬の使用例は多くない.しかし LQT8(Timothy症候群)や,EADが心室性不整脈に関与していることが疑われる例で,使用されることが考えられる.

1.3

カリウム

QT延長症候群の多くが IKs,IKrなどのK+チャネルの異常で発症する.このため低K血症はQT延長を悪化させる.

1.4

ニコランジル

カリウムと同様,有効な症例の報告があるが,エビデンスは少ない.

1.5

Naチャネル遮断薬(メキシレチン)

SCN5Aの機能亢進で発症する LQT3では有効である.適応と考えられているのは,① LQT3と診断のついた失神歴のあるQT延長症候群,②β遮断薬単独で効果のないQT延長症候群,である.

1.6

硫酸マグネシウム

TdPの急性期治療として有効である.

IV. 先天性QT延長症候群の治療

1.

薬物治療

表 7 先天性 QT延長症候群におけるβ遮断薬の適応

クラス I ・失神の既往がある QT延長症候群,とくに LQT1,LQT2*.

クラス IIa ・症状はないが,QT延長を認め,①先天性聾,②新生児,もしくは乳児期,③兄弟姉妹の突然死の既往,④家族もしくは本人の不安,もしくは治療に対する強い希望がある場合 .

クラス IIb ・症状がなく,①先天性聾,②兄弟姉妹の突然死の既往などを認めないもの.

*:とくに LTQ1では 0~14歳の男子,LTQ2では 15~40歳の女性のリスクが高く,β遮断薬の有効性が示されている.

14

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

2.

非薬物治療

QT延長症候群に対する非薬物治療には ICD治療,ペースメーカ治療,左心臓交感神経節切除術がある.これらの治療法は,発作誘因となる運動制限やQT延長をもたらす薬物使用の制限など日常生活の注意点を守り,さらに薬物治療を十分に行ったうえでも致死的発作がコントロールできない可能性が高い場合に選択される.

2.1

植込み型除細動器(ICD)

表8に ICD植え込みの適応のクラス別を示す.

2.2

ペースメーカ植え込み

β遮断薬の投与により TdPは抑制されたが徐脈となり,徐脈による症状が出現した場合は,ペースメーカ植え込みの適応となる.一方,徐脈が増悪因子となり TdPによる失神を認める症例も以前はペースメーカが植え込まれたが,最近ではペースメーカの代わりに ICDを植え込むようになった.

2.3

左心臓交感神経節切除術

わが国ではほとんど行われていない手術であるが,欧州からは薬剤抵抗性の患者に施行してよい結果が報告されている.表9に適応のクラス別を示す.

2.

非薬物治療

表 8 先天性 QT 延長症候群における ICD植え込みの適応

クラス I ・心室細動または心停止の既往を有する患者(レベル A)

クラス II*1 ・ ① torsade de pointes(TdP)または失神の有無,②家族の突然死の有無,③β遮断薬に対する治療抵抗性,の 3つから以下のように IIa,IIb に分類する.

TdP,失神の既往 + + - + + -

突然死の家族歴 + - + + - +

β遮断薬*2 無効 無効 無効 有効 有効 有効

IIa IIa IIa IIa IIb IIb

*1 : クラス IIは,TdP,失神の既往の有無,突然死の家族歴の有無,β遮断薬の有効性の有無の 3つを同等の重みとして,   2つ以上の場合を IIa,1つの場合は II bに分類した.*2: β遮断薬の有効性は症状と負荷による QT延長の程度で判断する.LQT3と診断された場合は,β遮断薬は無効と

する.注:小児では LQT2,LQT3で ß遮断薬が有効でない症例に対し,ICD植え込みが有効であったとの報告がある.

表 9  先天性 QT延長症候群における左心臓交感神経節切除術の適応

クラス I なし.

クラス IIb ・ICD装着後にβ遮断薬治療に関わらず頻回作動を認める.

・β遮断薬による治療に関わらず torsade de pointes による失神を認める(レベル B).

15

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

V. 二次性QT延長症候群の診断と治療

1.

薬剤性QT延長症候群

薬剤投与後にQT時間が過度に延長し,それに起因するtorsade de pointes(TdP)が生じることで診断される.QT延長の原因となった薬剤(抗不整脈薬,抗生物質,向精神薬,抗アレルギー薬など〈表1,4㌻〉)を中止し,薬剤やペーシングにより治療する.またQT延長の誘因となる低K血症,徐脈などの増悪因子に注意する.

1.1

診断

Bazettによる補正QT間隔(QTc)が薬剤投与後に 25 %以上延長するか,500 msec以上となる場合に異常QT延長ありと診断される.

1.2

治療(発作急性期〈QT延長に伴う TdPを認める場合〉)

・QT延長の原因となった薬剤を中止する.(レベルA) ・硫酸マグネシウム静注:硫酸マグネシウム 2 gを数分で静注する.さらに状態により 2~ 20 mg/minで持続静注する.(レベルB) ・ペーシング:100回 /minで心房または心室ペーシングを行う(房室伝導が不良であれば心室ペーシングが必要である).(レベルB) ・イソプロテレノール:持続点滴投与で心拍数 100回 /minを目標に投与量を調節する.基本的には心室ペーシングまでのつなぎである.(レベルB) ・カリウム点滴静注: カリウムが正常範囲でも 4. 5~ 5 mmol/Lを目標に点滴投与する.(レベルC) ・リドカイン静注:通常,50~100 mgを数分で静注したあと維持点滴を行う.(レベルC)

2.

徐脈依存性QT延長症候群

徐脈依存性QT延長症候群はQT延長症候群に伴う TdPの後天的原因として代表的疾患であり,房室ブロックや洞不全症候群による著明な徐脈によって惹起される.

2.1

機序,病態

完全房室ブロック,洞不全症候群などによる顕著な徐脈により,徐脈依存性にNa+-K+ポンプの活動性が抑制され,さらに遅延整流K+チャネルの不活性化により活動電位は延長して,QT間隔の延長をきたし,早期後脱分極(EAD)を形成し,TdPが発現する.また,Vaughan Williams 分類Ia群や III群の抗不整脈薬投与後に発現する TdPでも,しばしば徐脈が増悪因子となる.

QTc間隔が 550 msec以上となった場合,TdPは発現しやすい.TdP発生直前には T波形の異常や short-long-short のシークエンスを呈することが多い.

2.2

治療

徐脈依存性の再分極異常であるため,心拍数を増加させ,早急に徐脈を改善させることが必要である.薬物治療として,迷走神経緊張に伴う徐脈の場合はアトロピンやイソプロテレノール投与が有効性を示すことがある.しかし,交感神経作動薬は EADの形成をひき起こすため,投与後には心拍数増加の程度とQT間隔および T波形を注意深く観察すべきである.一般に,原因疾患として高度房室ブロックの頻度が高いため,ペースメーカ植え込み術が適応となる.房室ブロックを伴う本疾患群では,ペースメーカの心拍数を 60回 /min以下に設定するとQT間隔の延長をきたし,TdP発生のリスクが高くなるため,70回/min以上にすることが推奨される.徐脈依存性QT延長症候群に伴う TdPはペースメーカ治療により予防されるた

V. 二次性QT延長症候群の診断と治療

1.

薬剤性QT延長症候群2.

徐脈依存性QT延長症候群

16

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

め,通常,ICDは選択されない.

3.

薬剤性,徐脈性以外の二次性QT延長症候群

二次性QT延長症候群の原因として多いのは抗不整脈薬や向精神薬を始めとする薬剤と,房室ブロックなどの徐脈

性不整脈に伴う場合である.これ以外のQT間隔延長をきたす原因は表 1(4㌻)のとおりであり,おもなものとして急性心筋梗塞,低K血症などの電解質異常,中枢神経疾患などがあげられる.原疾患の治療を優先するが,TdPを生じたときには,①心臓ペーシングで心拍数を上昇させてQT間隔の短縮を図る,②硫酸マグネシウム(2 g)をゆっくり静注する.

VI. Brugada症候群の診断

1.

総括

1992年,Brugada P,Brugada Jにより安静時の 12誘導心電図で右脚ブロックパターンを呈し,複数の右側胸部誘導(V1~V3)で心筋梗塞を思わせる ST上昇を示し,明らかな心疾患を認めず,電解質異常,QT 延長もなく心室細動発作をきたした 8症例が報告された.この特異な心電図学的特徴を有する特発性心室細動は,以前に報告された症例にも認められていたが,Brugadaらはこの心電図学的特徴を有する症例をまとめ,心電図学的所見と心室細動を関連づけた.この特異な心電図所見を呈する患者群は,今日では報告者の名を付しBrugada症候群と呼ばれる.

2.

心電図判断の基準

Brugada症候群の心電図の特徴は,同一症例で ST上昇の形態が coved型から saddleback型あるいは ST上昇が顕著でなくなるように変化することである.

Wildeらによる 2002年のコンセンサスレポートではV1~V3誘導の J点が 2 mm以上を示す ST上昇で,タイプ 1は,ST上昇波形が coved 型を示す場合,タイプ 2と

タイプ 3は saddleback型を呈し,それぞれ STの終末部が1 mm以上あるいは 1 mm未満の上昇を示す場合とした.また,タイプ 1で coved型の ST上昇波形は,その特徴をST部分が徐々に下降する(gradually descending)という説明で定義づけられた.さらに,2005年のコンセンサスカンファランスの報告では,タイプ 3は ST上昇波形がcoved型かsaddleback型のどちらかを示す場合としていた.2012年の LunaらによるコンセンサスレポートではV1~V3誘導のQRS-T形態において,タイプ 1を coved型 ST上昇とし,タイプ 2を saddleback型 ST上昇の 2つに大きく分けている.

Brugada症候群の診断に関しては,タイプ 1の心電図(薬剤投与後の場合も含む)が右胸部誘導の 1つ以上に認められることに加え,①多形性心室頻拍・心室細動が記録されている,② 45歳以下の突然死の家族歴がある,③家族に典型的タイプ 1の心電図を認める者がいる,④多形性心室頻拍・心室細動が心臓電気生理学的検査によって誘発される,⑤失神や夜間の瀕死期呼吸を認める,のうち 1つ以上を満たすもの,としている.心電図がタイプ 2,3の場合は,薬物で典型的なタイプ 1になった症例だけ上記の診断基準にあてはめている.わが国では,失神などの症状や多形性心室頻拍 ・ 心室細動が認められた場合を有症候性Brugada症候群,特徴的な心電図で発作を起こしていない場合は無症候性Brugada症候群に分類することが多い.負荷試験の心電図診断(判定)については負荷試験の項(18㌻)参照.

3.

薬剤性,徐脈性以外の二次性QT延長症候群

VI. Brugada症候群の診断

1.

総括

2.

心電図判断の基準

17

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

3.

わが国における心電図自動診断の基準

Brugada症候群の心電図診断で,V1~V3誘導の ST-T偏位はA型(=タイプ 1:coved型 ST上昇〈J点≧ 0.2 mV〉),B型(=タイプ 2,3:saddleback型 ST上昇〈J点≧ 0.2 mV〉),C型(=タイプ S:coved型軽度 ST上昇〈0.2 mV> J点≧ 0.1 mV〉)の 3型に分類されている.さらに,各型の心電図自動診断に必要な指標を,

Brugada症候群の心電図を対象として,右脚ブロック型心電図と識別するために検討した結果を以下に示す.①A型(=タイプ 1)ではBrugada症候群と右脚ブロックの識別で,J点≧ 0.2 mVに加え,R -R40≦ 0.4 mVおよびR >R40>R80の基準項目を用い鑑別可能であった.②B型(=タイプ 2,3)では J点 0.2 mVに加え,J点>ST最下点(終末部)および T波> ST最下点(終末部)を用い検出可能であった.③C型(=タイプ S)では 0.2 mV> J点≧ 0.1 mVに加え,A型のR 基準およびR -R40≧ 0.04 mV,R40-R80≧ 0.04 mVを追加項目とすることにより,成人および小児のBrugada症候群と右脚ブロック心電図の鑑別が可能であった.

4.

その他の非侵襲的検査

4.1

加算平均心電図

有症候性あるいは不整脈イベントを経験した Brugada症候群患者の多くで,加算平均心電図(signal-averaging electrocardiography:SAECG)では心室遅延電位が検出される.心室遅延電位が検出されるということは,一般には心室筋で伝導遅延(脱分極異常)領域が存在することを意味する.加算平均心電図には時間領域解析と周波数領域解析があり,時間領域解析指標には,①フィルター処理されたQRS幅(f-QRS),②QRS終末部 40 msecで記録された電位の 2乗の平均値の平方根(RMS40),③QRS終末部で 40 μVである低電位の持続時間(LAS40)の 3つのパラメータがある.Brugada症候群では,通常RMS40

と LAS40の 2指標を満たす場合を陽性とすることが多いが,3つのパラメータのいずれか 1つを重要視する報告もある.心室遅延電位と不整脈イベントとの関連性を示す研

究報告は多数あり,前向き研究でも,リスク評価で心室遅延電位の有用性が示されている.心室遅延電位の存在は心臓電気生理学的誘発性に関連することが示されており,右室流出路の伝導遅延がその原因である.心室遅延電位の検出率は Brugada型心電図の波形によって異なり,自然変動することも知られている.

4.2

体表面電位図

右室流出路での伝導遅延の存在を非侵襲的に評価することができ,Brugada症候群の不整脈発生の背景を知るうえで応用できる.体表面電位図で得られたデータがリスク層別化に関与するかは明らかではない.

4.3

心拍変動

Brugada症候群の不整脈イベントは,夜間就眠時,早朝あるいは食後に多いことが知られており,迷走神経活動の亢進と密接に絡んでいる.Brugada症候群患者で高周波成分の変化を解析した報告がいくつかあり,心室細動出現の直前に高周波成分のパワー値が急激に増加,すなわち迷走神経活動が亢進することが示されている.Brugada症候群患者では典型的な心電図波形が迷走神経の影響で日内あるいは日差変動することが知られているが,これは不整脈イベントのリスクにも関与する.

4.4

T wave alternans

Brugada症候群患者では肉眼的に識別可能な T wave alternansを生じやすいことが示されている.近年,心臓突然死の予知指標として用いられているマイクロボルトT wave alternansについては,Brugada症候群では有用でないとの報告がなされている.

4.5

QT間隔

右側胸部誘導で,QT間隔延長,Tp-Te間隔延長,およびTp-Te dispersionが,Brugada症候群のリスク層別化に有用とする研究があるが.QT dispersionについてはリスクに関連しないという報告がある.

3.

わが国における心電図自動診断の基準

4.

その他の非侵襲的検査

18

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

5.

負荷試験

5.1

臨床的意義

心電図上の ST上昇は 時期によって正常化する例もしばしば認められるため,負荷試験を行い,ST上昇や波形変化が増強または顕性化することで診断する.その際,症状や家族歴の有無によって負荷試験の臨床的意義が高まる.

5.2

薬物負荷試験

薬物負荷にはVaughan Williams分類 Ia群および Ic群のNaチャネル遮断薬が用いられ,薬物負荷後に ST上昇の程度や波形変化が増強し,coved型 のST上昇(J点が 0.2 mV以上)に移行した場合に陽性と判定される.代表的薬剤として,ピルジカイニド(1 mg/kgを 10分で静注),フレカイニド(2 mg/kgを10分で静注),プロカインアミド(10 mg/kgを 10分で静注)などが用いられる.5.2.1

有症候性の場合心肺停止(心室細動)の蘇生例や,原因不明の失神や夜間瀕死期呼吸の既往例で,心電図上 ST波形が正常あるいは saddleback型の ST上昇だけの場合に適用する.5.2.2

無症候性の場合 心臓性突然死やBrugada症候群の家族歴を有する例で,

ST波形が正常あるいは saddleback型の ST上昇だけを示す場合に適用する.薬物負荷後に陽性となった場合にはBrugada症候群を強く疑い,さらに心臓電気生理学的検査によって治療方針を決定する.心臓性突然死や Brugada症候群の家族歴を認めず,

saddleback型の ST上昇だけを示す例に適用され,薬物負荷後で陽性の場合には,Brugada症候群を疑うが,一般に予後が良好とされている.5.2.3

その他の負荷試験経口糖負荷試験中の心電図記録では,血糖値およびインスリン値の上昇に伴い,ST上昇が増強し,ST波形はsaddleback型から coved型へ移行することがある.本試験は ST上昇の増強,coved型 ST波形の顕性化の誘発に

利用できる.さらに,ST-T波形はしばしば日差変動,日内変動を示し,食事後,とくに夕食後に saddleback型からcoved型への顕性化をみることがあるため,頻回の心電図記録が推奨される.また,短時間に多くの料理を摂取させ,満腹にすることで副交感神経を亢進させ,coved型 ST上昇を顕性化させる試みも有用である.

6.

臨床心臓電気生理学的検査

6.1

Brugada症候群の心臓電気生理学的特徴

現時点で知られているBrugada症候群の心臓電気生理学的特徴を以下に列挙する.なお,Brugada症候群の心電図は欧州および米国Heart Rhythm 学会によるタイプ 1,タイプ 2,タイプ 3 に分類し,Brugada症候群のうち,症状(心停止,多形性心室頻拍・心室細動あるいは原因不明の失神)を伴う例は有症候性Brugada症候群,症状のない例は無症候性Brugada症候群として取り扱う.①心室プログラム刺激試験により,高率に心室細動が誘発されるが,誘発率は無症候例より,有症候例で高率である.②刺激部位によって誘発性が異なり,右室心尖部よりも右室流出路でより誘発されやすい.③期外刺激法により,右室流出路における伝導遅延の所見がみられることがある.④自律神経系作動薬が誘発性に影響する.⑤心室細動の誘発を抑制する薬剤として,一過性外向き

K+電流(Ito)を抑制するキニジンが有効とする報告がある.⑥無症候性Brugada症候群のリスク層別化には心室プログラム刺激試験 の評価は定まっていない.Brugadaらは,心室プログラム刺激試験 により,心室細動を誘発する患者は心事故を起こしやすいとして心室プログラム刺激試験の有用性を述べているが,他の報告では,同様の所見は得られていない.これは,Brugadaらの報告を除くと,これまでに行われた数年の経過観察期間ではいずれも良好な経過を示しているからである.⑦洞不全症候群や心房停止を合併した症例の報告もある.⑧His-Purkinje系の伝導時間を反映するHV 時間が延長(≧

55 msec) している例が認められる.無症候例より有症候例で,および心室プログラム刺激試験 による心室細動非

5.

負荷試験

6.

臨床心臓電気生理学的検査

19

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

誘発例より心室細動誘発例でHV 時間の延長例が多い.また SCN5Aの遺伝子異常が認められる例にHV 時間の延長例が多いことも報告されている.しかし,無症候例でHV 時間の延長がハイリスクであるというエビデンスは得られていない.⑨心房プログラム刺激により,心房細動が誘発されやすく,心房の受攻性が高まっていることが報告されている.そのほか,房室結節リエントリー性頻拍,心房頻拍,多形性心室頻拍,副伝導路症候群の合併がみられる.

7.

臨床心臓電気生理学的検査の適応

Brugada症候群に対する臨床心臓電気生理学的検査は,①心室プログラム刺激試験による発作の誘発,②発生機序を検討する,③他の電気的な異常の有無を検討する目的で行われる.しかし実際は,ほとんど①の目的で施行される.表10に臨床心臓電気生理学的検査の適応のクラス別を示す.

8.

遺伝子診断

1998年,心筋 Na+チャネルαサブユニット遺伝子(SCN5A)変異が同定されて以来,これまでに 300種近くの変異が報告され(BrS1),そのほかにも 6種類の原因遺伝子(BrS2~7)が知られている(表11).変異Na+チャネルを培養細胞などに発現させてその電流を測定すると,そのほとんどはゲート機構の異常,またはチャネル蛋白の細胞膜への輸送(membrane trafficking)によってNa+電流量が減少または消失している(loss-of-function).この

異常は活動電位 0相の急速な立ち上がりを担う内向きNa+

電流を抑制し,さらにそれに引き続く 1相の Itoを相対的に増加させる.

SCN5AはBrugada症候群患者の最多の原因遺伝子(BrS1)だが,変異の検出率は約 20 %にすぎない.また SCN5A陽性の家系内でも,遺伝子型と表現型が完全に一致しているわけではなく,心電図異常のないキャリアや,典型的な

7.

臨床心臓電気生理学的検査の適応

8.

遺伝子診断

表 11  Burgada症候群の原因遺伝子

サブタイプ 遺伝子 蛋白 遺伝子座 障害される電流 電流の効果 頻度 OMIM*

BrS1 SCN5A Nav1.5 3p21 Na(INa) ↓ 約 20% 601144

BrS2 GPD1L GPD1L 3p22.3 Na(INa) ↓ 希 611777

BrS3 CACNA1C Cav1.2 α1C 12p13.3 L型 Ca(ICa-L) ↓ 希 611875

BrS4 CACNB2b Cav1.2 β2b 10p12 L型 Ca(ICa-L) ↓ 希 611876

BrS5 SCN1B Navβ1 19q13.12 Na(INa) ↓ 希 600235

BrS6 KCNE3 MiRP2 11q13.4 一過性外向き K(Ito) ↑ 希 613119

BrS7 SCN3B Navβ3 11q24.1 Na(INa) ↓ 希 613120

*:Online Mendelian Inheritance in Man(www.ncbi.nlm.nih.gov/omim)登録番号.

表 10  Brugada症候群における臨床心臓電気生理学的検査の適応

クラス I ・coved 型 Brugada 心電図(薬剤負荷後を含む)を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認されていないが,失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状を有する.

・coved 型 Brugada 心電図(薬剤負荷後を含む)を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認されておらず,また失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状はないが,若年~中年者の突然死の家族歴がある.

クラス IIa ・saddleback型 Brugada心電図を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認されていないが,失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状を有する.

・saddleback型 Brugada心電図を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認されておらず,また失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状はないが,若年~中年者の突然死の家族歴がある.

・ Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動が確認されているが,植込み型除細動器の植え込みが困難な症例における心臓電気生理学的薬効評価(レベル B).

クラス IIb ・Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動の記録,不整脈を示唆する症状,若年~中年者の突然死の家族歴,のいずれも認めない場合.

・Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動が確認されている.

20

循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)

Brugada心電図を有する非キャリアの存在する例も知られている.したがって,Brugada症候群の病因として,SCN5A以外の遺伝子や未知の修飾遺伝子を含む“遺伝的背景”や環境要因の関与を考慮する必要がある.

SCN5A変異キャリアと非キャリアを比較すると,体表心電図 PQ時間と心内心電図HV時間が長く,Naチャネル遮断薬投与時の PQ時間,QRS時間の延長幅が大きいという特徴がある.また,Brugada症候群に合併の多い心房細動については,SCN5Aキャリアでは心房伝導時間が長く心房細動誘発性が高いが,心房細動の自然発生や臨床的重症度とは関連のないことが判明している.また本症の突然死のリスク評価には,失神などの症状,突然死の家族歴,心臓電気生理学的心室細動誘発試験,心房細動の有無,加算平均心電図,V1誘導の S 波の幅など,さまざまな要因が考慮されるが,SCN5A変異の有無は心室細動や心房細動の予後予測因子にはならない.Brugada症候群の遺伝子解析の診断的意義は大きいが,リスク層別化を含む臨床的意義については,少なくとも現時点では限定的であるといわざるをえない.一方,日本人全体の 0. 1~0. 2 %に認められる無症候性

Brugada症候群(またはBrugada型心電図)は,有症候性群に比較して一般に予後は良好であるが,そのなかからハイリスク症例を選別し突然死を予防することは重要である.しかし,無症候性Brugada症候群の SCN5A変異頻度やその長期予後に関する十分なデータはなく,今後の研究が期待される.

SCN5A変異は,gain-of-functionを示す変異が 3型先天性QT延長症候群(LQT3)に同定されているほか,進行性心臓伝導障害(progressive cardiac conduction defects:PCCD),洞不全症候群,先天性房室ブロック,乳幼児突然死症候群,拡張型心筋症などにも報告されている.これらは SCN5Aを共通の原因遺伝子とするアレル疾患“心筋Naチャネル病”と総称される.

SCN5Aのプロモータ領域に 6個の一塩基多型(SNP)があり,連鎖不均衡によって遺伝子型(ハプロタイプ)はほぼ 2種類(HapA, HapB)に限定される.HapBは日本

人の約 25 %にみられるが白人や黒人にないハプロタイプで,SCN5Aの転写活性が低下する.したがって,東アジアで罹患率が高いBrugada症候群の病因にHapBが関与している可能性がある.

Brugada症候群には SCN5Aを含めこれまでに 7つの原因遺伝子(BrS1~7)が報告されている(表11).第 2の原因遺伝子BrS2は glycerol-3 phosphate dehydrogenase like(GPD1L)で,変異はNa+チャネルのトラフィッキングを阻害する.続いて,QT短縮を合併したBrugada症候群家系にCa2+チャネルα1サブユニット(CACNA1C),β2サブユニット(CACNB2b)の変異が報告された.その後,少数例ではあるが,BrS5:SCN1B,BrS6:KCNE3,BrS7:SCN3Bが報告されている.また,Ca2+チャネルα2δサブユニット(CACNA2D1),ペースメーカチャネルHCN4,Brugada感受性遺伝子MOG1, 後述する早期再分極症候群の原因遺伝子でもあるKATPチャネルKir6.1サブユニット(KCNJ8)にも変異が同定され,関連遺伝子のリストはさらに拡大すると予想される.最近,Brugada症候群と早期再分極症候群を包括し,臨床的・遺伝学的にオーバーラップした“J波症候群”という大きな枠組みでとらえることが提唱されている.Brugada症候群は右室の異常によってV1~V3で J波が明らかになるのに対して,早期再分極症候群は左室の前側壁や下壁で起きる異常によって I,V4~V6,II,III,aVFで J波がみられる,という考えである.この概念をサポートする事実として,Brugada症候群と早期再分極症候群の合併家系に,Ca2+チャネルのサブユニットα1C(CACNA1C),β2b(CACNB2b),α2δ(CACN2D1)の遺伝子異常が同定されたこと,Brugada症候群を除外した早期再分極症候群患者にも SCN5A変異が同定されること,早期再分極症候群に同定されるKCNJ8変異 S422LがBrugada症候群家系にも同定されたこと,などがあげられる.このようにBrugada症候群,早期再分極症候群,J波症候群の疾患概念・遺伝子基盤に関しては,研究者のあいだにもまだ統一した見解が得られておらず,今後の研究による解明が期待される.

21

QT延長症候群(先天性・二次性)と Brugada症候群の診療に 関するガイドライン(2012年改訂版)

VII. Brugada症候群の治療

1.

薬物治療

Brugada症候群の突然死予防に有効な治療手段は植込み型除細動器(ICD)である.しかし,すべてのBrugada症候群に ICDがただちに植え込めるわけではなく,薬物治療が必要になる場合もある.また ICD装着後の頻回作動例には薬物による発作予防が必要になる.

1.1

急性期の心室細動(electrical storm)の予防

イソプロテレノールを 0. 01 μg/kg/minから開始し,心電図変化を確認しながら投与量を調節する.(レベルC)

1.2

慢性期の心室細動の予防

1.1.1

キニジン欧米からの報告では,発作予防のためには大量投与

1400 mg/dayが必要とされるが,わが国での通常の投与量は 300~600 mg/dayである.(レベルC)1.2.2

シロスタゾールホスホジエステラーゼ阻害薬は ICaを増加させ,頻脈による Itoを減少させ発作を予防する.200 mg/dayの投与で発作が抑制できると報告されている.1.2.3

ベプリジルCa拮抗薬であるが Itoと複数のK+チャネルを含むマルチチャネル遮断薬であり,発作を予防する.通常 200 mg/dayの投与で有効である.

2.

非薬物治療

Brugada症候群は明らかな器質的心疾患を認めず,特徴的な心電図所見を有し,心室細動による心停止発作を認める症候群であり,現在のところ突然死予防に唯一の有効な治療法は植込み型除細動器(ICD)である.しかし,Brugada症候群として考えられる症例のなかには,心停止発作蘇生例から無症候例まで多くのサブタイプを認め,すべての例に ICD植え込みがなされるべきであるとは考えられない.現時点では病状を層別化し,致死的な心停止発作が生じる可能性の高い場合に ICD植え込みが選択される.表12に ICD植え込みの適応のクラス別を示す.

VII. Brugada症候群の治療

1.

薬物治療

2.

非薬物治療

表 12 ICD植え込みの適応

クラス I ・心停止蘇生例.・自然停止する多形性心室頻拍・心室細動が確認されている場合.

クラス IIa ・Brugada型心電図(coved型)を有する例*で,以下の 3項目のうち,2項目以上を満たす場合.  ①失神の既往.  ②突然死の家族歴.  ③心臓電気生理学的検査で心室細動が誘発され   る場合.

クラス IIb ・Brugada型心電図(coved型)を有する例*で,上記の 3項目のうち,1項目のみを満たす場合.

*:薬物負荷,1肋間上の心電図記録で認めた場合も含む.