「2008年金融危機」と「その対策」について - hiroshima...

24
1.は 今般の金融危機に対応する米 FOMCは,危機対策の2年目に入る2009年12月の会 合で大部分の危機対応策を2月に終了,との決定を行なった。FF金利の誘導目標 は引き続き現行どおり0~0.25%とするが,資金供給のための制度,主要国との通 貨スワップ協定など終了に向けて準備,調整に入るという。 金融危機後多くの金融支援策が実施され,また,危機の原因に対する規制,管理 について模索と提案が続けられてきた。金融支援策については,80年前の大恐慌後 の経験から,その終了の時期と方法について早くから議論され始めた。いわゆる出 口戦略の議論である。それは,今般の金融危機の直接のきっかけとなったリーマン・ ブラザーズの破綻後1年も経過していない時期から始まった。100年に一度との大騒 ぎからみて,若干の違和感を持って眺めていたが,慎重な議論と検証をより深く多 岐にわたって実行しようとの表れと希望的に見ていた。アメリカの財政状態からいっ て,長期の寛大さは許されないであろうことも十分推測できる。 広島経済大学経済研究論集 第32巻第4号 2010年3月 「2008年金融危機」と「その対策」について ――米国の規制改革法案を中心に―― 小  林  一  広 * 目  次 1.はじめに 2.金融危機と規制・管理 3.CDO CDS 4.米国の規制改革法案 5.格付け会社の問題 6.結  語 * 広島経済大学経済学部教授

Upload: others

Post on 28-Feb-2021

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

1.は じ め に

 今般の金融危機に対応する米 FOMCは,危機対策の2年目に入る2009年12月の会合で大部分の危機対応策を2月に終了,との決定を行なった。FF金利の誘導目標は引き続き現行どおり0~0.25%とするが,資金供給のための制度,主要国との通貨スワップ協定など終了に向けて準備,調整に入るという。 金融危機後多くの金融支援策が実施され,また,危機の原因に対する規制,管理について模索と提案が続けられてきた。金融支援策については,80年前の大恐慌後の経験から,その終了の時期と方法について早くから議論され始めた。いわゆる出口戦略の議論である。それは,今般の金融危機の直接のきっかけとなったリーマン・ブラザーズの破綻後1年も経過していない時期から始まった。100年に一度との大騒ぎからみて,若干の違和感を持って眺めていたが,慎重な議論と検証をより深く多岐にわたって実行しようとの表れと希望的に見ていた。アメリカの財政状態からいって,長期の寛大さは許されないであろうことも十分推測できる。

広島経済大学経済研究論集第32巻第4号 2010年3月

「2008年金融危機」と「その対策」について――米国の規制改革法案を中心に――

小  林  一  広*

目  次

1.はじめに2.金融危機と規制・管理3.CDO,CDS4.米国の規制改革法案5.格付け会社の問題6.結  語

* 広島経済大学経済学部教授

Page 2: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

 一方危機の原因に対する規制,管理については,ようやくオバマ大統領提案の金融規制改革法案の全てが,上記 FOMC決定の5日前に下院を通過した。上院では下院案と重要な項目で異なる法案を検討中ということで,規制改革の決着にはなお日時を要するようである。 このように今般の金融危機発生の震源地であるアメリカにおいて,金融支援策は手際良い実施とあわただしい出口戦略の議論が活発である一方,規制改革については予想された以上に手間取っているようである。 本論文では筆者の前論 文 で議論の主対象とした CDO,CDSについて,事 例 に基

( ) ( )

づきながら問題点の掘り下げを行なう。CDO,CDSが危機の主役を演じたと見るからであるが,それを踏まえてオバマ規制法案の点検を行ない,特に重要と判断する格付けの問題を取り上げる。 今般の状況は,資本主義経済における市場,自由,規制・管理,の関係にどう折り合いをつけていくのか,という根本問題を見つめなおす機会を与えてくれていると考える。問題点を整理し,その本質を明確にしていきたい。

2.金融危機と規制・管理

 金融危機が発生するには原因がある。危機が発生するとその原因の発生を根絶,あるいは抑制するため規制・管理手段が設定される。今般の金融危機にも明瞭な原因がいくつか認められ,それらの抑制,根絶を意図して規制改革が進められようとしている。80年前にも同様な危機が発生した。その原因も,多くの研究書が示すように明瞭である。ここでは今般の金融危機の状況などについて簡単にレヴューし,あわせて80年前の,後世大恐慌と呼ばれるようになった危機の原因を確認しておきたい。

1 今般の金融危機

 今般の金融危機による経済的打撃は,世界の株式時価総額が直前のピーク時(2007年)に比べて半分以下,GDP比で1.2倍から0.6倍以下になるという状況からその規模が推し量られる。1929年の大恐慌時では直近のピーク時との比較で約40%の下落であ る 。また金融セクターの損失額は,日本を含む米欧主要国で4兆ドルを

( )

超えると予想されている(表1)。 グローバル化が進むなかショックの伝播は早く,資金の過剰流動性が危機発生の根本的な原因といわれた世界の金融市場で,瞬時にして流動性不足となる。それだけにまた財政当局,中央銀行などの対応も早く,直前の日本での経験もあって,あ

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号24

Page 3: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

25

らゆる対応策が採られた。その結果,直接の危機発生の引き金となったリーマン・ショック後1年経ないうちに落ち着きを取り戻しつつあるように見える状況とな る 。

( )

 財政当局,中央銀行などが採用する対応策としては,公的資金の注入,債務保証,資産買い取り,資産保証があり,国際決済銀行(以下 BIS)によると,主要11 ヶ 国

( )

によるその総枠は5兆ユーロ(対GDP比18.8%,なお09年6月10日現在の使用済み額は2兆ユーロ,対 GDP比7.6%)におよぶ。 この巨額のコミットメントにより株式指標をみる限り世界経済は表面的には落ち着きを取り戻しつつあるように見える。ニューヨークダウは3月9日に6,547ドルで引けた後ほぼ順調に値を上げ,12月に入って10,200~10,400ドル辺りを推移している。日経平均も,3月10日に7,021円をつけた後,ほぼ上昇局面で12月に入って1万

「2008年金融危機」と「その対策」について

表1 金融セクターの潜在的損失の規模(2007~2010年)(単位:10憶ドル)

損   失   額保 有 額

合  計証券会社な  ど保険会社銀  行

623267323249,749住 宅 ロ ー ン融   資

28996141794,050商業用不動産ローン

52250263467,611消 費 者 ロ ー ン

1,1311983390016,757企 業 向 け 融 資

2,5657131041,74938,167小    計

8073431183468,330住 宅 ロ ー ン証券化商品

2367425137821商業用不動産ローン

5433129927消 費 者 ロ ー ン

490120413296,806企 業 向 け 融 資

1,58757119782216,884小    計

4,1521,2833022,57155,051合    計

合計の地域別内訳

2,1338902181,02523,886米    国

1,871381751,41723,807欧    州

1481291297,358日    本

(注) 銀行の損失は2009年10月公表資料での推計値,保有額,損失額は2009年4月の公表資料による

資料:IMF 出所:「資本市場クオータリー2009年秋号」野村資本市場研究所より作成

Page 4: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

円台に乗せている。 これはしかし経済の実態を表していると言っていいものか疑わしい。経済の実態としては予断を許さぬ状況が続いていると思われる。 資金援助により当面の流動性が与えられ,突発した市場での損失を,市場で取り返すべく下がりきった底値でそれなりのディーリングを行なっているもので,また,CDSのプレミアムなどは相手が支払い能力を持っている限り定期的に入ってくる収益で,4半期ベースでみる決算では明るさを取り戻した,と見えるが,実態は投資銀行部門での収益に支えられているもので,バブルがはじけて見えないところに沈んでいるものがあるはずである。20年前に日本が経験した不良債権である。 特にアメリカ経済において今見えているのは,短期的な見せかけの収益である。見えていないのは大手にも地方銀行にも澱になって残っている不良債権である。しかもそれは時間とともに堆積していく。大手商業銀行も大手投資銀行も,公的資金を返済して報酬制限などの枷から解放されて,一刻も早く優秀な経営者を迎えたい一心である。アメリカの経営者が,自己の任期中に発生した好ましくないものについて,法的に強制される前にディスクローズすることは考えられない。これはごく常識的な彼らの性向である。 とはいえ短期的にこのような収益操作が可能になるのは大手のみで,公的資金を受け入れた他の数百の銀行にはそのような操作が叶わぬところも多いであろう。09年になって140行の地方銀行が破綻している(10月30日現在)。

2 今般の金融危機発生の原因

 前回論文(小林2009)で今般の金融危機発生の原因として六つの項目を挙げている。詳しくは同論文を参照願いたいが,項目のみを再掲すると次のとおりである。① 非実需取引の発生(特に CDS取引においてその行き過ぎ)② 優先劣後構造の不明瞭性③ プロ向け相対取引での独善性④ 投資銀行の営業姿勢⑤ Commercial Bank, Universal Bankの事情⑥ 格付け会社,モノライン・インシュアラーの無責任性 これらはたがいに独立した要因ではなく,それぞれの要因が他の要因を利用したり原因となったりして,より活発に,過度に進展していったものである。たとえば①「非実需取引」については,多くの金融商品で一般的となっているが,その行き過ぎはあらゆる収益機会に飛びつく④「投資銀行」,⑤「商業銀行」に利用され,

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号26

Page 5: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

27

その状況を利用し悪乗りしたのが⑥「格付け会社,モノライン・インシュアラー」であり,具体的には②商品の「優先劣後構造」に対する内,外部からの警告を無視させた。そして③「プロ間の相対取引」の世界で取引残高が堆積していった。それぞれの無理が互いの無理を誘い世界に伝播していく。 実経済が必要とする以上の資金が溢れ,その資金を貨殖したい人々の欲望が消えない限り,永遠に繰り返される事象である。これを制御するのは規制と管理強化しかないが,自由経済こそ人類の進歩を約束するものと信じる者には受け入れられない。その受け入れ度合いの変化が集合されて騒ぎの波になっている。

3 1929年大恐慌

 80年前の騒ぎもやはり銀行と資金を最大限貨殖せんとする投資者から始まった。当時の銀行は証券業務も行なっていて,預金を融資に回すほか預金者に証券の販売も行なっていた。そして預金者の資金が一時的に不足すると融資を行なって証券の買い入れを手助けするようになり,やがて証券購入資金の融資が常態化し,行き過ぎるようになる。 1920年代のアメリカは Roaring Twenties(狂騒の二十年代)といわれバブルの絶頂期であった。第一次世界大戦(1914~1918)では戦場にならなかったうえ輸出ブームに沸く。20年代になると自動車,映画,ラジオ,化学産業など新しい産業が始まり,いやがうえにも株式ブームとなる。このブームに銀行として乗らない手はない。上昇を続ける株式を,購入資金を融資してでも買わせる。融資利息と証券売買手数料を稼ぐ。このような状況で営業の行き過ぎになるのは自由主義経済では必然である。1980年代後半われわれが日本で見たことと同様の銀行の姿である。1920年代のアメリカ経済はバブルがバブルを呼ぶ10年となり,1929の株式大暴落となる。

4 ペコラ委員会とグラス・スティーガル法の成立,そして廃止

 時のフーバー大統領の要請で上院に銀行通貨委員会が設置され,大恐慌に至った原因究明のための調査が行われた。ニューヨーク州検事であったペコラはその法律顧問に就任した。同委員会は証券市場の関係者を喚問し多くの不正行為を暴く。株価操縦,インサイダー取引,さらに政策責任者の誤謬についても糾明し,12,000ページの報告書を作った。糾明の立役者となったペコラの名を冠して通称ペコラ委員会という。 この報告書に基づいて1933年銀行法(Banking Act of 1933)が制定された。グラス・スティーガル法(Glass-Steagall Act)である。危機を招いた最大の原因である

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 6: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

銀行業務と証券業務を一企業内で併業することの禁止(いわゆる銀・証分離)のほか,預金者を保護する預金保険制度などが整備され,連邦預金保険公社(FDIC)もこのとき設立された。 1958年,ヨーロッパ主要国の IMF8条国移行(為替制限撤廃,通貨の交換性回復)は,資金需要旺盛だったヨーロッパへアメリカドル流出の道筋を作り,やがて国際流動性を過剰にする。そして1968年,金プール協定廃止,1970年代,オイルマネー誕生などにより,いわゆる「ドル垂れ流し」の状態を招き,国際金融市場は恒常的に流動性過剰の状況となる。 この国際過剰流動性は IMF体制を崩壊させ,1973年には日米欧主要国間の外国為替相場が自由変動制に移行するに至る。この為替相場の自由変動制は国際資金の動きをさらに活発にする。大きくなった相場変動リスクに対応するため,動きの速度のみならず,動きの形態(金融商品)にも多様性を求め,そのため金融制度に対する規制緩和を求めるようになる。その結果国際投機資金の急速な成長を促す。 投機資金に限らず資金は自由な動きと,より有利な金融商品を望む。70年代の後半になって,アメリカで金融の規制緩和,自由化の動きが始まる。 こうした状況のなか銀行業界はあからさまにグラス・スティーガル法の廃止を求めるようになる。75年の金融自由化(May Day)後,80年代を通じて着々と進む規制緩和の流れのなかでも守られていた銀行業務と証券業務の分離の原則は,1999年に正式に廃止され,グラム・リーチ法にとって代わる。 因みにわが国でもグラス・スティーガル法の精神を受け,証券取引法(現金融商品取引法)で銀・証分離を規定していた。金融自由化の波は80年代に入って徐々に伝わってきていたが,動きは鈍く正式な打ち出しは96年になる(日本版ビッグバン)。アメリカに遅れること20年余である。しかし,銀・証分離の原則は金融制度改革の目玉商品として,アメリカに先立つ93年に決着する。子会社方式による相互参入が可能となり,銀・証分離の原則は実質上の廃止とな る 。

( )

3.CDO,CDS

 今般の金融危機発生について,金融商品としての主役はクレジット・デリバティブと言われるが,なかでも CDO,CDSが最大の悪玉として論じられているようである。筆者も前論文でその概要を述べ,問題点について論じたが,CDO,CDSについて一般投資家も含めて十分理解されるにはなお相当の時間が必要であろうと思われる。ここでは CDO,CDSについて改めて,しかし内容的には少し立ち入って,前回との重複をできるだけ避けながら論じたいと思う。

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号28

Page 7: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

29

1 CDOの分類

 CDO(Collateralized Debt Obligations)は債務担保証券と訳されるが,原資産が投資対象企業の債務であるところから命名された。1980年代末にアメリカで開発され,社債のほか貸付債権(企業からは借入金)を原資産として,90年代を通じヨーロッパでも発展,現在ではCDS,ABSなども組み込まれるクレヂット・デリバティブの代表選手である。 これに対して ABS(Asset Backed Securities)は資産担保証券と訳され,原資産が資産,債権である。1970年に今般の金融危機で早い段階に名前の出たジニーメイ(GNMA: Government National Mortgage Association)により始められた住宅ローンの証券化に始ま る 。

( )

 CDOも ABSもその原資産は投資者が発行体を通して投資する対象であり,投資者にとってはいずれも債権である。CDOも ABSもその債権が生むキャッシュフローを投資者の投資収益の原資とする証券化商品である。以下 CDOのいくつかのパターンとそれに関連するものを,説明を簡略化する意味も込めて項目をcategorizeする形で紹介したい。① 当初投資資金の要否による分類:funded/ unfunded 投資者(CDOを買う,CDSなら protectionを売る側)が投資に当たって元本相当額を出資する場合 funded,そうでない場合 unfundedといい,前者の投資では投資金額でのオンバランス取引となり,後者ではオフバランス取引となる。信用リスクをヘッジする目的の場合 fundedは一般にはつかわれない。② 参照組織(信用リスクの主体)の数による分類:単一銘柄/複数銘柄 クレジットイベントを判定する参照組織が単一銘柄の場合と複数銘柄ある場合とある。CLN(Credit Linked Note)や CDSを単独で行う取引が単一銘柄での代表例である。 複数銘柄のケースは CDOでいくつかのトランシ ェ に分けて行う場合がこれ

( )

にあたる。参照組織の一つにでもクレジットイベントが発生すると取引の元本金額について決済をし取引終了とする。 同様に複数銘柄を参照組織とする場合で,クレジットイベントが発生する都度銘柄単位で決済し,クレジットイベントが発生していない銘柄については引き続き取引を継続するというものもある。複数の取引を同時に行うのと同じ効果になる。取引を一つにまとめるので取引コストの軽減になる。インデックス取引がこれにあたる。③ 発行目的:バランスシート型/アービトラージ型/プライマリー型

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 8: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

バランスシート型は原資産を保有するオリジネータがその原資産を自己のバランスシートから外すことを目的として組成する CDOである。オリジネータは自己が保有する原資産をCDOの発行体であるSPV(Special Purpose Vehicle)へ譲渡し,SPVはそれを担保に CDOを発行し投資者に売る(現物型)。あるいは原資産を譲渡しないで CDSを使ってリスク・リターンのみ移転する。オリジネータは protectionを買ってリスク資産を軽減する(シンセティック型)。多くの銀行に BIS規制対応策として盛んに活用されたものであ る 。

( )

アービトラージ型は原資産として信用リスクを市場から調達する。これはSPVとの間でCDSを行ないその信用リスクを売る(プロテクションを買う)ことで,原資産を譲渡するわけではない。SPVは信用リスクを保有することで疑似的に原資産を保有することになる。SPVの役割は⑤のシンセティック型となる。アレンジャー(証券会社など)は CDS市場で原資産(参照組織)対象のCDS(プロテクションの売り)を行ない,そのパフォーマンスで追加的収益(損も)を期待する。通常エクイティ・トランシェへの投資家も同じ立場になる。アレンジャーからみて市場取引によるキャッシュフローと,SPV経由CDO投資者への支払とのアービトラージというわけである。 プライマリー型は引受型ともいわれるように CDOの組成を新規発行債券,新規借入金などの Debtの引き受けで行なう。無格付け会社,低格付けの企業などが資金を調達する場合に使われる。わが国で1998~2000年によく見られた形態で,アレンジャー(証券会社など。当初は外資系投資銀行の独壇場であった。)は新規資金の調達を希望する企業を何社か集め,社債を発行させる。その社債を SPVへ譲渡させ CDO(狭義の用語で社債の場合は CBO)を組成する。組成されたポートフォリオはトランチングされシニア,メザニン,エクイティのトランシェに分けられる。前二者には AAA格,A格などの格付を取得し格付相当のクーポンで投資者に販売する。エクイティについては通常社債の発行体が保有する。④ キャッシュフローの管理方法:キャッシュフロー型/マーケットバリュ-型 CDOマネジャー(アセット・マネジャー,コラテラル・マネジャーとも言われる)はCDOの元利支払いが円滑に行われるよう原資産のキャッシュフローを管理する。その管理方法による分類である。 キャッシュフロー型は CDOの原資産を原則として満期まで維持する。デフォルトの可能性がある資産が出てくるとそれを売却し,代わりに予め決められているルールに従って同種同格の資産に代えキャッシュフローを確保すると

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号30

Page 9: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

31

いうケースもある。銀行がオリジネータになるバランスシート型やシンプルなCDOでマネジャーを設けない場合にみられる。投資家にとっては投資決定の前に確認したポートフォリオが期日までほぼ同じ形で維持されることになる。スタティック型ともいわれる。 これに対しマーケットバリュー型では原資産のクーポン収入よりもキャピタル・ゲインをねらう。CDOマネジャーにはそのために原資産の入れ替えを積極的に行なう権限を与えている。各トランシェへの返済はあらかじめ定められている償還方法により担保資産の売却により個別に行なわれる。満期一括返済とはならないことになる。マネジド型ともいわれる。なお,マーケットバリュー型はポートフォリオの評価を定期的にマ-ケットバリューで行なう場合をいうこともある。時価ベースで評価されるという意味でマネジド型の一種と考えてよい。⑤ 原資産の内容:現物型/シンセティック型 オリジネータが保有する原資産が,社債とかローン(借入人からみると負債)の形でそのまま SPVに譲渡されている場合を現物型と言い,現物の代わりにその信用リスクを対象とするクレジット・デリバティブが組み入れられている場合をシンセティック型という。

2 CDOの事例

 CDOの中でも現在主流になっているが,最もなじみ難いと思われるアービトラージ型のシンセティック CDOについて,具体的な事例として見る。 図1はよく解説書で見る図であるが,一般書に比して少し詳しくしてある。 ここには原資産を提供するはずのオリジネータが出ていない。原資産に代わるものとして市場(図の最左端)から選ばれる。現物型の場合は銀行などオリジネータがローンなどを提供するところである。提供先は SPVである。 アレンジャーはまず全体のスキームを確定する。市場から選ぶべき信用リスクの対象企業群を決定する。何十社から百何十社である(何百,何千社と説明する実務家もいた)。図で参照プールとなっているところである。参照組織とか参照企業とか言われるが,多くを選びだしているのでプールという言い方をする。繰り返すが現物型では原資産は市場にあるわけではない。オリジネータが保有している。 アレンジャーとなっているところの下の図は解説書では CDSのスワップ・カウンター・パーティーと表示されるところである。このスワップ・カウンター・パーティーは投資者(図では最右端)がその信用リスクについて注視すべき相手である。

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 10: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

 アレンジャーは参照プールが確定するとその信用リスクを SPVに売る。SPVは信用リスクを保有することになる。参照企業の債権または債務を疑似的に保有すると言われるところである。信用リスクを売るということはそのプロテクションを買うということで,SPVの方はプロテクションを売るわけである。SPVはそのプレミアムを受け取る(図の CDS-Yの取引)。 一方 SPVはスキームに沿って投資家に CDOを販売する。その代り金で安全資産(通常国債)を購入し担保とする。この担保からはクーポンと期日になれば元本が支払われる。SPVは CDS取引によるプレミアムと担保品からのキャッシュフローを投資者への元利支払いに充てる。 アレンジャーは CDS市場で参照プールに係わる CDSでプロテクションの売り取引を行ない(図の CDS-A,同B,同C)プレミアムを得る。その資金で SPVにCDS-Yのプレミアムとして支払う。この差が前述のとおりアレンジャーとしての腕の見せどころ,アービトラージ(裁定取引)で収益を稼ぐところである。 スーパーシニアの部分(図の右上)は SPVと無関係に見えるが,同じ参照プールの企業群のCDS取引でアレンジャー(スワップ・カウンター・パーティー)へプロテクションの売りを行ないプレミアムを得る(図の CDS-X)。このスーパーシニアの配分先はアレンジャーによって選定される。通常一般の投資家には配分されない。特定の金融機関で,多くは保険会社とか,モノライン・インシュアラー と言われる

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号32

出所:東京三菱銀行(現三菱東京 UFJ銀行)Focus on the Markets No.89より作成図1 アービトラージ型シンセティック CDO

Page 11: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

33

アレンジャーのために CDOを含む多くの証券化商品を積極的に取引し,保証してくれる組織であ る 。

( )

 スパーシニアは安全上シニアの上位にある。CDOでシニア・トランシェはトリプルA(AAA)である。それより上位の安全性を有する。さらに,投資額が異なる。シニア・トランシェまでは SPVが発行する CDOを債券の形で購入する(funded)。そして参照プールのなかでクレジットイベントが発生すると優先構造上の差異はあるが元本の返済も保証されない。 これに対してスパーシニアでは CDS取引のプレミアムの受取りのみである(unfunded)。投資資金は不要である。換言すればスーパーシニアの部分は保険会社が投資資金を支出することなく保険料をとって保証しているのと同様である。そして,このスーパーシニア部分は CDO総額の80%から90%相当額を超える。

3 SPV

 以上の事例から,CDO組成において SPVとそれを操るアレンジャーの存在が要になっていることがわかる。ここで改めて二者の役割と実態について,少し立ち入ってみておきたい。

イ.SPVとアレンジャー

 SPVは証券化商品,CDOなどを組成するについて重要な役割を果たす。SPV(Special Purpose Vehicle),SPC(Special Purpose Company/またはConduit),SIV(Structured Investment Vehicle)などとも呼ばれる。1960年アメリカで住宅産業振興と個人の持ち家促進の観点から,REIT(不動産投資信託)が開発されたとき,税優遇策などを組み込ませる制度の要のエンティティとして中心に据えられ た 。その後多様な証券化商品,CDOなどの組成に活躍することとなる。 ( )

 要のエンティティとはいえSPVはペーパーカンパニーである。従がって設立場所の選択に制限がなく,タックスヘイヴン(税回避地・国)に登記されることになる。それはしかし当初からのねらいであったとも考えられる。税優遇上の観点から当然考えられるところである。最高の,あるいは最悪のタックスへイヴンであるとも言われるアメリカで考えられる工夫であろうか。CDOではもちろん証券化商品のすべてについて,このメリットを活用していると言ってよ い 。

( )

 ペーパーカンパニーであるが,その役割は重要である。そしてその役割はアレンジャーが果たす。アレンジャーは既述の通り投資銀行が活躍する場であるが,大手商業銀行の子会社であったり,実質大手商業銀行の投資銀行部門であることも稀で

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 12: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

はない。 商業銀行の場合,当初自己の固定資産を流動化する目的で SPVを活用してきた。BIS規制対策として多用してきたことは既述の通りであるが,その特質を活かしてCDOの組成にも積極的になる。RMBS,ABSなどの証券化商品においても,CDOにおいても,SPVはスキームの中枢になる。そして再度くり返すがその SPVを駆使し操るのはアレンジャーである。

ロ.高収益の仕組み

 既述の通り SPVは自己が(実質アレンジャーが)組成した CDOを投資家に販売する。その代り金で国債などを担保品として購入しておくとの解説をした。何のための担保品であろうか。それは信用イベントが発生したときのためである。しかし信用イベントが発生したとき誰が補てんを受けるのであろうか。CDOを買った投資者ではない。 CDOの投資者は,信用イベントが発生したとき相応の損失を被ることを承知で,それなりの高い利回りをとって投資しているのである。その高利回りはなぜ可能であろうか。国債などの担保品からのリターンであると,建前上説明されているが,国債の利率で満足できない投資者が CDOを購入するのである。 CDOの投資者が高い利回りを享受できるのは,CDSのプレミアムを得ているからである。図1でアレンジャーは SPVから CDSのプロテクションを買っていると言ったが,このことは SPVがプロテクションを売っていることであり,プレミアムを得ているということである。このプレミアムが CDOのクーポンになっているのである。従がって信用イベントが発生した時はSPVがその信用リスクを引き取る。そして,ペーパーカンパニーである SPVはその損失をそのまま CDOの投資者に被せるのである。その代償として CDOの投資者は高利回りを得るのである。 さらに,図1では参照プール全体に対する CDSとあるが,CDO発行部分は上記のとおり参照プール全体の10%以下になっている。それに対して100%部分の CDSであれば SPVが受け取るプレミアムは投資元本比大きくなり,投資者が受け取るクーポンも高くなる。同時にアレンジャーが CDS市場で裁定取引を行なうに当たりその懐が大きく(ほぼ倍増に)なる。クレジットイベント発生率が通常の経済状況で見られる3%未満で推移すれば,CDO投資者にとってもアレンジャーにとっても,極めて高収益ビジネスであることが判る。 それでは担保品として保有している国債などはどうなるのであろうか。当然のことながら,プロテクションを買っているアレンジャーに対する補填金として使われ

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号34

Page 13: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

35

る。その同額が CDO投資者の元本毀損額ということになる。

ハ.アレンジャーの横暴

 このようにアレンジャーは最終的にはスーパーシニアへの投資者と CDO投資者からプロテクションされているということになる。そのようなスキームでも全体が信用イベントになるような事態になると,歯車が狂うということである。大手投資銀行,商業銀行は自己のあるいは子会社としての投資部門から,このようにして発生した不良債権を買い取らざるを得ない状況に,追い込まれたわけである。 ところでアメリカの大手金融機関では,SPVが得た CDOの発行代り金を使って購入した債券などを担保として,CPを発行するというケースが流行した。アレンジャーが自己の CDS取引のための担保品を,別の目的に使うことは許されるということであろうか。わざわざ特別目的会社を設立する理由は何であろうか。それはさておき,発行した CP発行代り金で新たな CDOを買い,それを担保に再び CPを発行する…。その繰り返しで,いわゆる高レバレッジ取引を進めていったのである。 また,CDOとしての運用期間は平均約5年である。CPは3ヶ月から6ヶ月,長くても9ヶ月で,この長期運用を短期資金で賄う期間のミスマッチも極めて危険な資金繰りである。高レバレッジと危険な資金繰り,保守主義の原則を貫くべき銀行のすることではない。 これは商業銀行が証券化商品を組成する場合の SPV(ニューヨーク,ボストンでは SIVという名称が好んで使われた)でも盛んに活用した。最大の損失を計上したシティーバンクで7社の SIVを使い,証券化商品,CDOの扱い残高を910億ドルにまで積みあげた(2007年9月末)ことからも窺える。

4.米国の規制改革法案

 アメリカの金融規制改革法案は09年12月にその全てが下院を通過した。上院では別の法案が議論されており,最終的に規制改革が発動されるにはなお日時を要するであろうが,下院で可決された法案のポイントを確認しておきたい。改革の必要性をどのように捉えているか,同国が今般の危機の震源地としての立場をどこまで自覚しているか,といったところを確認できればと考える。 “The Wall Street Reform and Consumer Protection Act of 2009”と称される法案は全編1,705ページにおよび10タイトルからなる。それらのうち主要6タイトルから重要ポイントを抽出した。

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 14: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

① The Wall Street Reform:The Wall Street Reformと冠した法律名からオバマ民主党政権の意図が十分伝わってくる。内容的にもアメリカの金融規制を時代に合ったものにしよう(modernize)との意図は見て取れる。糾明すべきポイントは出揃っているようである。項目的には一般国民の,また投資者の思いをほぼくみ取ったものになっていると言ってよいかと思われる。② Consumer Protection:投資者保護についても上記同様最重要のポイントとされている。投資者保護ではなく消費者(consumer)保護となっているのは,単に証券関係のみでなく広く社会一般を対象にするという意味である。今般の危機がシステミックリスクとして,投資に携わる者だけでなく,投資に無関係な市民にまで混乱と迷惑が及んだということが,形になって表れたものであろう。 具体的には消費者金融保護庁(CFPA:Consumer Financial Protection Agency)を設立して,投資者保護のみではなく消費者一般を,金融危機が惹き起こすシステミックな混乱から守るという姿勢である(タイトルⅣ)。 新しく現れる金融商品を理解するには商品に関する十分な情報が必要であるが,その情報を CFPAに集めること,民間企業に報告義務を負わせ,またCFPA自らも収集にあたる権限を持つ。集められた情報は監督当局に横断的に利用され,消費者からもアクセス可能とする。証券会社などの不正な,あるいは過当な販売行為から消費者を守るためのものである。FRBはじめ各省庁の消費者保護行政は CFPAへ移る。 以上が全般的立場からに見た施策であるが以下は証券業務に直接かかわるものである。③ Financial Stability Council:主要6タイトルのうち第一にあるものが“Financial Stability Improvement Act of 2009(金融安定化促進法)”で,そのサブタイトル Aとして掲げられているのが The Financial Services Oversight Council(FSOC:金融サービス監督協議会)の設置である。財務長官を議長とし,FRB議長,証券取引委員会(SEC)委員長,商品先物取引委員会(CFTC)委員長,連邦預金保険公社(FDIC)総裁,連邦住宅金融庁(FHFA)長官,全米クレジットユニオン管理庁(NCUA)長官,消費者金融保護庁(CFPA)長官,通貨庁(OCC:今般 OTS = Office of Thrift Supervisionと統合される)長官で構成される。 FSOCの役割は,大手金融機関でその破綻がシステミックリスクにつながると判断されるとき,当該金融機関に対して規制を強化したり,事前の指導ができる。破綻が懸念される状態になった企業には,事業のリストラクチャリング

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号36

Page 15: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

37

(事業再構築,分割,売却など),幹部報酬の制限などを命令できる。 必要に応じて毎年ストレステスト(健全性テスト)を義務付けたり,万一に備えてリビングウイル(6の2参照)の提出を義務付けることもできる。 従来の大統領金融市場ワーキンググル-プ(PWG)に代わり,上記構成員間でそれぞれの立場で個別に収集していた情報を各規制当局間で共有,統括する。上記②の CFPAと重複するように見えるが,CFPAの方は消費者全般を対象とし規制を主目的にするものでない。FSOCは規制上強力な権限を持ち上記構成員を統括する立場になる。今般の危機に際して,業態間の障壁が金融商品とそこに内包される問題点の理解と対応を遅らせたとの批判に応えるものである。なお,上院ではより強い権限を持つ横断的組織として金融安定庁(AFS:Agency for Financial Stability)の創設を議論するようである。④ 幹部報酬:タイトルⅡ“Corporate and Financial Institution Compensation Fairness Act of 2009”では幹部報酬について細かく規定されている。株主に年一回,拘束力のない投票権を与える“say on pay”が上場会社に義務付けられる。報酬委員会のメンバーには独立性が保障されることが求められる。過度のリスクテイクを助長するような報酬体系は禁止される。⑤ OTCデリバティブ:タイトルⅢ“Derivative Markets Transparency and Accountability Act of 2009”で,OTCデリバティブについて次のとおり規定される。OTCデリバティブがアメリカにおいて規制されるのは初めてである。自由の天地アメリカで契約の自由が侵されるのは画期的なことである。当然のことながら1934年証券取引法など関連法は,本法により必要に応じ改正される。・ディーラと主要スワップ取引(含む CDS)参加者間の標準化された取引は取引所,私設電子決済機関など公に認められた施設を通じて行なうことを義務付ける。・主要スワップ取引参加者とはスワップ取引で相当のポジションを有する者をいう。ただし商取引上のリスクをヘッジする目的のものを除く。・取引所,電子決済機関等で決済されなかった取引は当局へ報告する。・規制当局は金融のみならずコモディティを裏付けとするデリバティブについて,スワップ取引のポジション上限を付すことを義務付けることができる。・OTCデリバティブの決済機関に対する金融機関の出資比率に上限を付す,他。⑥ 消費者金融保護庁(CFPA):タイトルⅣ“Consumer Financial Protection Agency Act of 2009”に規定されている。上記②のとおり。なお,監督対象となる金融商品は住宅ローン,クレジットカードローンなど。

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 16: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

⑦ Capital Markets:タイトルⅤではまず Capital Marketの参加者に対する規定がある。“Private Fund Investment Advisers Registration Act of 2009(私募ファンド 投資顧問登録法)”が新設され,1940年投資顧問法に Private fundの定義を追加する。また,プライベートファンド,ヘッジファンドなどに SECへの登録を義務付ける。資産総額150百万ドル以下のファンド,ベンチャーキャピタルは免除される。⑧ 格付け機関への監督:やはりタイトルⅤで“Accountability and Transpar-ency in Rating Agencies Act of 2009”が規定されている。格付け機関に対しては06年9月,SECは一定条件を満たすものについて NRSRO(Nationally Rec-ognized Statistical Rating Organizations)として登録することを義務付けている。今般この登録が無条件に義務となる。引き続き SECにより監督される。⑨ 連邦保険局:タイトルⅥ“Federal Insurance Office Act of 2009” アメリカでは保険については各州が監督権限を有していて,連邦政府には,規制はもちろん監督の権限もなかった。今般の危機に遭遇して初めて Federal Insurance Office(FIO)を持つこととなる。連邦政府の役目としては規制を除く監督のみということであるが,保険業界の全体像をモニターし,金融システムの一環としてシステミックリスクのもとになる問題点に注視しつつ,今後の整備を期待している。

5.格付け会社の問題

 格付けの問題は,前論文でふれたように,今般の金融危機の発生について最大の責任ある立場の一つとして批判されてきた。批判の矛先は格付けを行なう格付け会社のみでなく,規制当局にも向けられている。規制当局は批判に応える形で,米,欧,日で既存規定の見直し,新たな規制の導入の検討など活発になっている。それらの状況をレヴューし,アメリカの2009年改革法案についてみる。

1 格付け会社に対する批判

 今般の金融危機発生後にみられた格付け会社への批判には三つのパターンがある。格付けの質に対する批判,格付け手法,根拠などの透明性に対する批判,格付けされる会社との利益相反への疑い,である。

イ.格付けの質に対する批判

 2007年7月,格付け会社のトップ二社がアメリカのサブプライムローンの延滞率

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号38

Page 17: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

39

増加に対し,大量かつ一斉に格下げを行なった。実質寡占状態の二社の格下げ発表に,格下げされたサブプライムローン対象の RMBS(Residential Mortgage-Backed Securitie s ),同証券化商品は急落した。それらを組み込んでいる CDOも

( )

急落,CDSのプレミアム急騰で買い手が少なくなり流動性が下がる。プレミアム価格はさらに上昇するという事態になり,市場は大混乱に陥った。 サブプライムローン対象の RMBS,証券化商品に投資していたものはもちろん,それらを組成して販売すべく保有していたアレンジャー(投資銀行など),CDOのスーパーシニアを保有して安閑としていた保険会社,商業銀行など,一時に不良債権を抱え混乱した。伝統的融資の伸び悩みに苦しみ,その代替策としてこれらに大量投資していた地方銀行も同様である。 本来格付けというものは対象企業の財務内容の変化など,クレジットリスクの変化に合わせて個別に変更されるものである。個人のローンにしても債務者個人の返済状況に応じて変化するものであり,大量に同時に格下げということは考えられない。このことは「当初の格付け」に対する疑念を生む。格付の質への疑念である。

ロ.格付け根拠に対する透明性

 投資の世界において疑念は疑念を呼ぶ。格付け会社は今般の金融危機発生のトリガーを引いたと非難される所以であるが,格付け会社の格付けの質に疑念が出るには素地があった。証券化とか,CDOとかを組成するにあたり,正確な格付けがなされるための関門が二つある。 正確な格付けをするためにはまず格付け対象についての正確な情報が必要である。サブプライムローン RMBSの場合は,信用リスクの対象であるサブプライムローンについて正確な情報が必要である。その正確な情報を持っているのは貸し付けた銀行のみである。貸し付けは市場取引でなく相対取引であるから,貸付銀行以外,守秘義務もあって債務者についてだれにもわからないというものである。何十件とある個人の返済能力について,どこまで銀行は開陳したか,格付け会社は,通常なら行なう現地調査をどこまでどの程度しただろうか,インターネットでも発表される格付け情報に,その疑問に答える材料は見当たらない。 この点についてもサブプライムローンに関わる投資家など周囲の者はかねてよりほぼ全員が疑念を持っていた。従がってひとたびトリガーがひかれると一斉に爆発したということであろう。その爆発に反応して格付け会社がさらに格下げの反応をした。格付け対象を正確に把握していれば,短時日に格下げを続けることはないであろうと,さらに疑念を大きくする。格付け会社は全く信用を失った。信用を失っ

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 18: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

たのみでなくかねてから業界で話のタネになっていたもう一つの疑念,格付け依頼人との利害関係の問題,利益相反について,やはり,と思わせてしまったのである。

ハ.利益相反

 正確な格付けであると信頼されるために今一つ必要なことは,格付けを決定するにあたり,格付け会社は格付けを受ける相手に対して公平,公正でかつ独立的でなければならないということである。 この点はサブプライムローンに限らない。格付け会社の宿命である。格付けする相手からその代金をもらう。格付け依頼人から受け取る手数料が営業収益になるわけで,公平,公正で独立的でなければといっても容易なことでないことは十分推測できる。 格付け会社の決算書を見れば自明であるが,収入の大半,90%が格付け手数料である。そのうちの50%が証券化商品対象であると言われるが,証券化商品の量的な実状を見てもうなづけるところである。このような実情から格付け会社と格付け依頼人との関係について,第三者の信頼を得る状況にするのは相当の努力が必要である。 類似の業種に監査法人がある。監査法人も監査する相手企業から代金をいただく。監査法人の場合同業間での競争関係もあり自律作用が働くということであろうが,それなりの努力姿勢について学ぶところはないであろうか。

2 規制の現状

 現在格付け会社に対する規制については,IOSC O の2004年「IOSCO行動規範」 ( )

がある。これは具体的な記述になっており,内容的にもしっかりしており自主規制規範としてはよきガイドである。ただ,自主規制規範であり,法的拘束力はない。この点について工夫されないものかと思われるが,アメリカでは議論されていない。 アメリカでは SECが2006年9月に「2006年信用格付け機関改革法」を制定,「1934年証券取引法」の関連部分(section 15E)の改正も行なう。内容的には,格付け会社業界の寡占状況を改善するため競争促進,そのための参入制限の緩和,それに対する SECの監督強化であった。

3 規制改革へ向けて

イ.金融サミット

 格付け会社の規制強化については,今般の金融危機発生後多くの議論がなされて

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号40

Page 19: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

41

きた。リーマン・ショック発生後ワシントンで緊急金融サミットが開かれたが,そこでまず規制強化についての合意がなされた。そこでの議論では「金融機関との癒着」,「格付けビジネスは利益相反になる」などの認識が示され,国際的な規制基準の明確化,監督体制の強化などが打ち出された。

ロ.わが国の対応

 09年6月,格付け会社への規制導入などを盛り込んだ「改正金融商品取引法」が可決成立した。金融サミットでの合意を受けて格付け会社の登録制の導入,監督強化を図る。具体的には次の通り(金融庁資料より)。① 信用格付け業者に対する登録制の導入○信用格付け業を公正かつ的確に遂行するための体制が整備された格付け会社を登録

② 信用格付け業者に対する規制・監督○登録を受けた信用格付け業者に対し以下を義務付け ・誠実義務 ・格付け方針等の公表,説明書類の公衆縦覧の情報開示義務 ・利益相反防止,格付けプロセスの公正性確保等の体制整備義務 ・格付け対象の証券を保有している場合等の格付けの提供の禁止○登録を受けた信用格付け業者に対する報告徴求・立ち入り検査・業務改善命令等の監督規定を整備

③ 無登録業者による格付けを利用した勧誘の制限○金融商品取引業 者 等が,無登録業者による格付けである旨等を説明すること

( )

なく無登録業者による格付けを提供して,金融商品取引契約の締結の勧誘を行なうことを制限

ハ.米国2009年規制改革法案

 アメリカは06年に格付け会社への規制改革を実施したが,今般の危機後08年6月にこれの見直し,強化を公表,2009年規制改革法案に盛り込んだ。SECの監督強化,NRSRO(Nationally Recognized Statistical Rating Organizations)への規制強化が目的であるが,具体策のポイントは次の通り。① NRSRO(格付け会社)の説明責任を強化

個人投資家の理解を深め必要に応じてその訴訟能力向上に役立てる② 情報開示を徹底し投資家,信用格付け利用者のための情報の充実

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 20: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

NRSRO(格付け会社)の透明性を高めることが最重要で,そのために投資者は格付け会社のオペレーション,内部での諸手続き,メソドロジー,格付けの結果情報,収益情報などにもアクセス可能とする

③ コーポレートガバナンスの確立取締役会には少なくとも1/3以上の社外取締役が必要。社外取締役は利益相反を回避し,内部統制を強化するための経営方針と諸手続きを監視する。また SECは格付け会社の従業員を監督し,不正を働く者には制裁措置をとる権限が与えられる。

④ 利益相反を軽減する利益相反については多くの批判を受けたことに鑑み,利益相反を軽減するための施策を実施しなければならない。コンプライアンス・オフィサーの責任を強化する。

ニ.欧州委員会の対応

 欧州委員会では08年11月,格付け会社規制に関する規則案を公表。格付け会社の登録制度を設け,投資会社,信用機関は格付けが付与されていない金融商品の注文を執行できないとされた。 そのほか組織上のコンプライアンス体制,利益相反防止規定,情報開示の規定などの整備義務を課す。

6.結     語

 以上,金融対策,特に緊急に策定される金融対策が歴史の中で,はかない運命にあること,今般の CDO,CDSに代表される金融商品への対策が,どの程度のものか,ということを意識しながら論じてきた。以下その要点をまとめて結語としたい。

1 CDO,CDSの真の企み

 3項では CDO,CDSが活躍するアービトラージ型シンセティック CDOを詳しく見た。前回論文で CDOの優先劣後構造がサブプライムローンなど回収リスクの高い債権の取り込みを容易にしたことを説明したが,ここではシンセティック CDOの中で CDSがどのように活用されるかを見た。 既にお分かりのようにトランチングの妙味が全てを物語っている。アレンジャーたちはスーパーシニアの CDOにおける比率を増加させてきた。なぜか,がこれでお分かりいただけると思う。

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号42

Page 21: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

43

 たとえば,市場から抽出される信用リスクのプール資産総額が100億ドルであるとしよう。そのうち20%の20億ドルがシニア以下のトランシェに分割される。通常エクイティが5%,残りの15%をメザニン,シニアで分ける。メザニンが2段階あれば各トランシェは5%の5億ドルとなる。80%の80億ドルがスーパーシニアに割り当てられる。割り当てられるといっても信用リスクが割り当てられるだけで,CDO債券が割り当てられるわけではない。 さて,信用リスク対象資産100億ドルの全てが信用イベントになるわけではない。通常数パーセントとなれば高いほうであろう。少し経済情勢が悪くなって10%くらいか,仮に20%の信用リスクが信用イベントになったとしても,スーパーシニアの部分には影響を与えない。エクイティからシニアまでの CDO保有者が被ってくれる。彼らが防波堤の役割を果たしてくれるわけである。 図1でスーパーシニアが現れるのは何故か。CDS取引を行なうなら CDOの中で行なわなくてもよい。独自に CDS取引をすればよい。それが必要になるのは下位のトランシェに信用イベントを補償してもらうためである。 今般そのイベントの発生比率が想定以上に大きくなった。サブプライムローン全体にイベント発生の危険がやってきた。サブプライムローン以外も組み込まれていたであろうが,とにかく全体として20%を超える範囲になった。 実はバブルの進行とともにスーパーシニア以外のトランシェへの割当比率が20%よりさらに低下し,10%を切るようになっていた。スーパーシニアの妙味に魅せられ,群がる者が急増していた。なにしろ元手いらずで保険料が稼げるのである。 そういう状態になっているとき信用イベントが爆発した。スーパーシニアを保有している者にも補償をしてもらわなければならなくなった。彼らは CDS取引でプロテクションを売っていたのである。投資者本人たちが意識しているか否かはとにかく,信用事故の保険者になっていたのである。 アレンジャー自体も同様の混乱をきたした。CDS市場でさんざんプロテクションの売りを行なっていた。スーパーシニア保有者,それに CDO投資者に喜んでもらうため,自分自身の利益拡大のため,思い切り売取引を行なっていたであろうことは容易に想像できる。何しろこれらの投資者がクレジットリスクを全て買ってくれているのだから,安心してクレジットリスクを買わない手はない訳である。もちろんアレンジャーも CDS市場でプロテクションの買い手からのプレミアム支払いが滞ると痛手は大きくなる。痛手の連鎖が始まる。 今般被害がここまで大きくなったのは,アレンジャー,スーパーシニア投資者,CDS市場,がいかに大きく膨らんでいたかということである。前論文で触れた収益

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 22: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

機会の開拓に奔走しなければならなくなった投資銀行が,ようやく見つけた収益機会である。驀進するにやぶさかになっていられない。そのように推定されるところであ る 。

( )

2 Living Willは企業において可能か

 アメリカの今般の規制改革法案の中に,上記で詳しく触れなかったが Living Will(尊厳死遺言状)の考えがある。そしてその実行について規定してい る 。

( )

 規模,業種によってその破綻が社会にとってシステミックリスクになるような企業の場合,その企業の破たんについては社会にショックを与えないよう徐々に分解,分割譲渡,場合によっては尊厳死に至るよう(法案では dismantleするよう),方法なり方策をあらかじめ策定させておくというものである。 この考えは十分納得できるものである。公的資金(税金)の使用をミニマムにということであろう。しかしながら実施に際して有効か否か,非常にデリケートな問題が多く予想される。事業分割,譲渡といっても相手が必要なわけで,あらかじめ決めておくといってもどこまで,またその発効は,実施は,当局がコントロールすることになるのか,などなどといったことが当面考えられる難問である。M&Aは外部公表のタイミングが難しい。いずれにせよアイデアとしては成功させてほしいところである。

3 格付けの問題

 格付けの問題は格付け会社間の自由競争推進が最も現実的かつ有効な解決法であろう。公的機関にゆだねるという考え方もあるが,アメリカの土壌にはなじまない。少なくとも現状の2社の寡占状態は直ちに解消すべきである。現在アメリカには10社の NRSRO(Nationally Recognized Statistical Rating Organizations)がある。これに助成金など貸与して,育成するということが現実的であろう。

4 自由とルール

 金融危機が発生する都度その対策がとられ,原因を封じ込めるための規制,管理強化が図られる,やがて落ち着いてくると痛みを忘れ規制・管理は緩和され,そして自由化され元に戻っていく。自由が万能と考える人種が現代の世界をリードしている故である。自由が万能である故行き過ぎが発生し,勝者と敗者の二極化が進み危機的状況が生まれる。この大きな波は今後とも繰り返すのであろう。 危機直後の規制を策定する段階で,規制に反対するグループは存在する。自由な

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号44

Page 23: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

45

議論は結構であるが,そのために莫大なお金を使ってでも食いとめようとする人々もいる。世界をリードしてきた国はそういう人々の国であ る 。

( )

 ところで,今後とも繰り返すであろう大きな波は,その振幅の大きさはどうであろうか。管理者(当局)の対応技術が進化し事態の収拾措置も進化することは期待できるが,波の大きさ,ショックの大きさは,過剰流動性が一層膨らみ,グローバル化によって地域的にも広がっていくことを考えれば,小さくなることはまず期待できそうにない。ますます大きくなっていくであろう。 世上言われているプロシクリカリティの問題ではない。プロシクリカリティ(procyclicality:景気循環増幅効果)と言われているのは,自由主義,市場主義,資本主義を至上と考えるわれわれ人間の「いとなみ」による現象的,表面的な問題である。危機に対応するため規制・管理を強化すれば,それに伴なって危機による経済の振幅以上の振幅(ここでは落ち込み)があるというようなことである。 人類の恒久的問題として考慮しなければならないことは,規制・管理による振幅効果の問題ではない。規制・管理のコントロールを強者の都合に委ねることによる危機発生の問題である。人の性の問題である。 われわれに求められるのは,事態収拾の手際良さではなく,平常時に波の振幅を小さくすることであろう。少なくとも破綻が起きない程度に小さくすることが必要である。そのためには,社会全体で経済行為を自制できる状態になる必要がある。 平常時から破綻が起きない程度に波を大きくしないでおくには,経済行為を自制できる人々による経済運営が必要である。それぞれの分野のリーダー層が自制可能な人々によって占められ,そのリーダー層を受容できる人々により構成される社会にならなければならない。歴史上そのような状況は,完全なものではなかったであろうが,皆無ではなかった。

(謝辞:本論文作成については広島経済大学の平成21年度特定個人研究費を使わせていただいた。)

準1 小林一広(2009)「CDS取引の実情と問題点について」『広島経済大学経済研究論集』第31巻第4号,p23以下。準2 今回の論文をまとめるに当たってはいくつかの部分,特に項目3においてアメリカ,主にボストン,ニューヨークの実務家に面談した結果を参考にした。商業銀行,投資銀行,コンサルタントの役員,fund managerなどの直接の担当者,経験者から具体的な話を聞き,その内容につき可能な限り文献で確認しまとめたものである。ただし実務界で常識と

「2008年金融危機」と「その対策」について

Page 24: 「2008年金融危機」と「その対策」について - Hiroshima ...harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue/file/7322/20101202050723/...「2008年金融危機」と「その対策」について

なっている事項などを含め,文献未確認のまま記述した部分もある。なお,アメリカでの活動についてはその経費の一部について広島経済大学の特定個人研究費を使用した。準3 暗黒の木曜日と言われる1929年10月24日は午後になって買い手がなくなり大混乱となったが,終値としては前日比5ドル安の299ドルであった。週明けの火曜日に一段の下落があり終値で230ドルとなる。直近のピーク値は2ケ月前の9月3日の終値381ドルで,この二者の比較で40%下げとした。なお,ダウはこの後も下げ基調で32年7月に41ドルになってようやく下げ止まる。大恐慌で株価が1/6に下がったと言われるのは,この41ドルと株価が上昇を始める直前の,すなわち暗黒の木曜日の1年前の水準との比較である。また,ダウがこの28年の水準に戻るのは51年に入ってである。準4 「投資銀3行で好転」09.5.12付け日本経済新聞。「国際金融市場,ドル資金の供給急減,危機への不安後退」09.6.11付日本経済新聞など。準5 米,英,ドイツ,フランス,オランダ,スイス,イタリア,スペイン,カナダ,オーストラリア,日本。準6 わが国の止まらぬ貿易黒字拡大に対して,「日米円ドル委員会」などを通して金融自由化が求められていた。いわゆる外圧による自由化であった。準7 詳しくは 小林一広(2000)「外国為替と国際証券投資」東京経済情報出版 p220。準8 小林(2009)p25。ここで債券の場合優先証券をシニア債,劣後証券を劣後債またはジュニア債,としているが,中間に位置するメザニン債をさらに2段階に分けてシニア・メザニン,ジュニア・メザニンと言うようになり紛らわしいところから,劣後債はエクイティと言われることが多い。準9 小林(2009)p33。準10 小林(2009)p33。モノライン・インシュアラーは保証料稼ぎのため極めて積極的に証券化商品の保証を行なったといわれている。因みに2006年末の同業界の保証残高は2兆1,715億ドル(額面)である。準11 詳しくは小林(2000)p220,222。準12 REIT(不動産投資信託)のように制度的に税が優遇されておりタックスへイヴンのメリット無用のものもある。小林(2000)p225以下。準13 住宅ローン担保債権。詳しくは小林(2000)p221。準14 証券監督者国際機構(International Organization of Securities Commissions)の略。2004年12月に「信用格付け機関の基本行動規範」を発表。08年5月に改定版。準15 金融商品取引法では証券の売買,その仲介等を行なうものを金融商品取引業者といい「証券会社」の文字はない(筆者注)。準16 面談調査によればアービトラージ型シンセティック CDOが主流になっている,あるいは CDOといえばアービトラージ型シンセティックのことであると思い込んでいる実務者が多数である。準17 規定法案は Financial Stability Improvement Act of 2009(金融安定化促進法)で実施はFSOC (The Financial Services Oversight Council:金融サービス監督協議会)。準18 「3億ドルのロビー活動費を使って…」09年12月12日オバマ大統領のインターネット向けスピーチ。

広島経済大学経済研究論集 第32巻 第4号46