海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策...

93
海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 5 経済産業省

Upload: others

Post on 23-Apr-2020

57 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

海外ガン・ジャンピング規制についての

実態と対策調査報告書

2018 年 5 月

経済産業省

Page 2: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

はじめに

企業等がマーケットの市場シェア拡大・新規進出や自社にない技術・ノウハウを取得する

ためには、M&A 取引は一つの選択肢であるが、その実行には各国・地域の競争法に注意を払

いながら進める必要がある。M&A 取引と競争法の関係でまず思い浮かぶのは、競争事業者の

数が少ない商品・サービスの分野の統合を伴う M&A取引において、M&A取引後も競争への弊

害が発生しない旨を説得的に主張し、クリアランスと呼ばれる競争当局からの承認を得る

という一連の企業結合審査への対応であろう。M&A取引における企業結合審査の重要性は論

ずるまでもないが、近年においては、M&A取引に際して、競争当局による企業結合審査への

対応と並行して、「ガン・ジャンピング」と呼ばれる別の競争法違反リスクへの対策に意を

払わねばならないケースが増加している。

このガン・ジャンピングによる競争法違反は、日本企業にとってもなじみの深い日本の独

占禁止法の違反リスクではなく、また、法令の改廃や実務の変更が頻繁に行われる海外競

争法への違反リスクが大きいことから、一般に日本企業にとっては対策が後手となり手薄

となりがちである。とりわけ、ガン・ジャンピングの問題の肝となる M&A 取引の各国・地

域競争当局への事前届出義務の有無や待機義務の対象となる行為の範囲について、関係し

うる海外競争法の動向をすべからく把握し、その解釈を正確に判断することは困難である。

それにもかかわらず、競争法やそれに基づくガイドラインを制定・改定し実際に活発な執

行活動を行う国・地域が近年増え続けており、また、日本企業の企業活動・M&A取引のグロ

ーバル化の進行の潮流も確実に進行しており、ガン・ジャンピングの問題のリスクは、今

後も日本企業にとっての M&A取引の検討と実行にとって悩みの種となり続けかねない。

このような現状認識のもと、①ガン・ジャンピングの問題点を理解する上で有益な基礎知

識を整理すること、②近時における海外のガン・ジャンピング事例を公開資料から分かる

範囲で収集・分析し、一定の類型化を試みるとともに M&A 取引のプロセスとステージごと

の留意点を分かりやすく示すこと、③今後生じる海外競争法の改正や実務の積み重ねにか

かわらず、なるべく陳腐化しないであろうと思われる判断枠組みの提供とガン・ジャンピ

ングのリスク対策の方向性を示すこと、そして、④それらが日本企業の M&A 取引の検討・

実行に際しての基本指針として活用され、公正かつ適正な M&A 取引の一助となることが本

報告書の目的である。以下、本報告書の概要を簡潔に述べる。

本報告書ではまず、企業結合審査と密接に関連する M&A 取引の事前届出制度や待機義務の

ような手続規制への違反、競争事業者間で行われる M&A 取引の準備から実行に至るまでの

各ステップにおいて発生しうるカルテル規制への違反、をガン・ジャンピングとして整理

している。この整理に基づき、第 1 章では、事前届出制度、待機期間(禁止期間)制度、

Page 3: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

カルテル規制の一般的な内容を日本の独占禁止法と海外の主要な競争法との異同を含めて

解説している。

次に、第 2章では、ガン・ジャンピングの問題があるとされた各国の公表事例(米国、欧州

(欧州委員会、ドイツ、フランス、デンマーク、オランダ)、中国、韓国、インド、ブラジ

ル、メキシコ及び日本における 21事例(延べ 26事例))を収集し、(1)事前届出制度に基づ

く届出が適時に行われなかったことによる届出義務違反・待機義務違反(手続法規制違反)、

(2)複雑なスキームを使った M&A取引に関する届出義務違反・待機義務違反(手続法規制違

反)、(3)クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転したことや

対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出義務違反・待機義務違反(手続

法規制違反)及び(4)M&A 取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情

報交換に伴うカルテル規制違反(実体法規制違反)の 4 つに分類した上で、事案の概要や

特筆すべき事項を記載している。

さらに、第 3章においては、第 2章の分類に応じた対策と、M&A取引の初期段階から、基本

合意、最終契約締結、各国競争当局への M&A 取引の事前届出、クリアランス取得、クロー

ジングに至るまでの時系列に沿って、どのような留意点が必要になるかを、それぞれチャ

ートを使って俯瞰するとともに、主な国・地域における注意事項や傾向をとりまとめてい

る。第 4 章では、第 3 章で述べた分類別の留意点とその対策ではおさまりきらない問題点

の整理を行い、しばしば直面する実務的な難点に対応する上での一般的な行動指針を述べ

ている。

最後に、本報告書についての留意点について述べる。第 2 章において収集した事例は世界

における現時点におけるガン・ジャンピングの重要事例の大半をカバーしていると思われ

るが、他にも非公表の重要な事例が存在している可能性を否定できない。また、本報告書

は、そうして収集された各事例からできる限り将来にわたって陳腐化しにくいと思われる

事項を類型別の対策と留意点として抽出しているものの、日々新しい事例や各国の海外競

争法の制定・改正、競争当局のガイドラインや解釈指針の改定が進む中では、本報告書は、

本報告書の前提となった調査研究(2018年 2月末)時点までの情報と対策に過ぎない 1。か

かる観点からは、特に、具体的・個別的な各国の競争法に基づく事前届出義務の要否や待

機義務の対象となる行為の範囲に関しては、M&A取引を行う時点における最新の解釈・運用

を各国の競争法の専門家に照会・確認していただくことが望ましい。

1 本調査終了後の 3 月 20 日、米国の連邦取引委員会(FTC)は、ガン・ジャンピングに関

するガイドラインを公表している。 https://www.ftc.gov/news-events/blogs/competition-matters/2018/03/avoiding-antitrust-pitfalls-during-pre-merger

Page 4: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

なお、本報告書は、当省が実施した平成 29 年度市場競争環境評価調査「海外ガン・ジャン

ピング規制についての実態と対策調査」として、次の体制で実施した調査研究をとりまと

めたものである。

【調査研究実施体制】

井本 吉俊 長島・大野・常松法律事務所 弁護士

関本 正樹 長島・大野・常松法律事務所 弁護士

小川 聖史 長島・大野・常松法律事務所 弁護士

Page 5: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

目次

第 1章 M&A取引におけるガン・ジャンピング問題の基礎知識 ....................... 1 1. M&A取引におけるガン・ジャンピング問題とは何か ........................... 1 (1) M&A取引におけるガン・ジャンピング問題の意義 ......................... 1 (2) ガン・ジャンピングに関する議論の発展 ................................. 2 (3) 本報告書の検討対象 ................................................... 3 (4) 本報告書で多用される用語の意義 ....................................... 3

2. 独禁法・競争法上の企業結合規制の意義及び禁止事項 ......................... 5 (1) 企業結合規制の存在意義と禁止事項の概要 ............................... 5 (2) 手続法規制の前提となる実体法上の規制(企業結合規制) ................. 6 (3) 事前届出制度と待機期間(禁止期間)制度 ............................... 7 (4) クリアランスの意義及び待機期間との関係性 ............................. 8

3. ガン・ジャンピング問題との関係で留意すべきカルテル規制の概要 ............. 9 4. 企業結合規制とガン・ジャンピング問題 .................................... 10 (1) ガン・ジャンピング問題に関する競争法の規制 .......................... 10 (2) ガン・ジャンピングの問題を生じさせる行為の例 ........................ 11 (3) ガン・ジャンピングを理由として競争法違反とされた場合のリスク ........ 13

5. 主要国・地域における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題の概説 ........ 13 (1) 日本における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題 .................. 13 (2) EUにおける企業結合規制及びガン・ジャンピング問題 ................... 17 (3) 米国における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題 .................. 17 (4) 中国における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題 .................. 18

第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例 .................... 20 ① 事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・待機義務

違反(手続法規制違反) .............................................. 21 ② 複雑なスキームを使った M&A 取引に関する届出・待機義務違反(手続法規制違

反) ............................................................... 29 ③ クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転したこと

や対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義務違反(手

続法規制違反)...................................................... 43 ④ M&A 取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報交換に

伴うカルテル規制違反(実体法規制違反) .............................. 58 第 3章 各種事例の類型化と対策 ................................................ 67

1. 各種事例の類型化........................................................ 67 2. 各類型における対策...................................................... 70 (1) 類型①(事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・

Page 6: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

待機義務違反)における対策 .......................................... 70 (2) 類型②(複雑なスキームを使った M&A 取引に関する届出・待機義務違反)にお

ける対策 ........................................................... 72 (3) 類型③(クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転

したことや対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義

務違反)における対策 ................................................ 74 (4) 類型④(M&A取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報

交換に伴うカルテル規制違反)における対策 ............................ 77 第 4章 ガン・ジャンピングに関する論点及び問題意識の整理 ...................... 81

1. ガン・ジャンピングに関する誤解、実務上の難点とその対応 .................. 81 2. 届出不要の M&A取引や合算市場シェアが僅少と想定される案件における誤解 .... 82 3. デュー・ディリジェンス段階における競争機微情報の交換の必要性と実行のバラン

ス ..................................................................... 83 (1) ガン・ジャンピング対策の実行の限界、制約 ............................ 83 (2) 意図しない競争機微情報の共有の防止と事後処理 ........................ 84

4. クリアランス取得後かつクロージング前の留意点 ............................ 85 5. クロージング後の留意点 .................................................. 86 6. M&A取引が破談になった場合の留意点 ...................................... 86

結語 ......................................................................... 87

Page 7: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

1

第 1章 M&A取引におけるガン・ジャンピング問題の基礎知識

本章では、M&A取引におけるガン・ジャンピングに係る問題点を理解する上で有益な基礎知

識や独禁法・競争法の基本概念を説明する。

1. M&A 取引におけるガン・ジャンピング問題とは何か

(1) M&A 取引におけるガン・ジャンピング問題の意義

一般用語としての「ガン・ジャンピング(gun-jumping)」とは、競技の開始の銃声を待た

ずにスタートを切ってしまうこと、いわゆる「フライング」を意味する。そして、M&A取引

におけるガン・ジャンピングとは、まさに「フライング」という語感から連想されるよう

に、①M&A 取引の当事会社が企業結合規制に基づき必要となる事前手続をとらないままに

M&A 取引を実行したことによる競争法違反、あるいは、②M&A取引の当事会社が事前手続の

完了後でなければ許されない行為を事前手続の完了前に実施することによる競争法違反を

いう。なお、これに加えて、M&A取引の過程において、競争事業者間である当事会社間で不

用意に競争機微情報(競争に影響を与える可能性が類型的に高い情報をいう。以下では単

に「競争機微情報」という。)を交換した場合には、俗に言う「カルテル」(厳密には、独

禁法における「不当な取引制限」やそれに相当する各国競争法における競争事業者間の違

反行為)に該当するおそれが発生することについても、M&A取引におけるガン・ジャンピン

グの問題として論じられることが多い 2。

実際には①(M&A 取引に要する事前手続にまつわる「フライング」)と②(M&A 取引の過程

における競争事業者間での行き過ぎた競争機微情報の交換)とは混然一体の行為として生

じることも多いため、本報告書では、①及び②の双方を含めて、単に「ガン・ジャンピン

グ」と総称する 3。

ガン・ジャンピングの問題は、特に海外にも多くの売上高を有する企業間の M&A 取引の当

初から実行に至るまでの過程の随所において議論されることが多くなってきており、実際

に競争当局からガン・ジャンピングの問題を指摘される事案も増加している。しかしなが

2 競争法におけるガン・ジャンピングの概念整理については、Richard Liebeskind “Gun-jumping:

Antitrust Issues Before Closing the Merger” Presented to ABA Section of Business Law, Antitrust

Committee, ABA Annual Meeting (San Francisco, California, August 8, 2003)も参照。 3 ガン・ジャンピングという用語自体は、競争法の分野に限らずより一般的に、ある条件が充足されるま

では一定の行為を行ってはならないという規制があるにもかかわらず、当該条件の充足を待たずに規制対

象の行為を行ってしまう表現として用いられる。例えば、有価証券の募集・売出しの文脈(キャピタル・

マーケッツ)において、金融商品取引法に基づいて要求される有価証券届出書の提出前に有価証券の募集・

売出しを開始してしまうこともガン・ジャンピングと呼ばれる。本報告書においては競争法に関するガン・

ジャンピングのみを検討する。

Page 8: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

2

ら、上記のとおり、「ガン・ジャンピング」という用語が多義的であり、かつ、実際に問題

とされた国・地域、そしてその競争法の制度も共通部分も多いが細部ではさまざまである

ことも相まって、日本企業にとってガン・ジャンピングの問題を正しく理解することは必

ずしも容易でない。M&A取引におけるガン・ジャンピングのリスクや問題の所在を正しく理

解しつつ、他方で、細部にこだわり本来の目的を損なうことにならない形で M&A 取引を実

現するには、独禁法・競争法における企業結合規制の存在意義・内容及びカルテル規制に

ついての基礎知識が非常に有用となる。このため、本章の「2. 独禁法・競争法上の企業結

合規制の意義及び禁止事項」及び「3.ガン・ジャンピング問題との関係で留意すべきカル

テル規制の概要」でかかる基礎知識となる部分を解説する。

(2) ガン・ジャンピングに関する議論の発展

それでは、M&A取引におけるガン・ジャンピングに関する議論の発展の背景としてはどのよ

うなことが考えられるであろうか。

ア 企業活動・M&A取引のグローバル化

日本企業の企業活動のグローバル化のさらなる進展に伴い、日本企業と海外企業との M&A

取引は何ら珍しいものではなくなっている。また、日本企業の海外進出もますます一般化

し、相当な海外売上高・資産を有する日本企業も多い。そのような状況下で、日本企業が

当事会社となる M&A 取引のうち、海外企業との M&A 取引のみならず、日本企業同士の M&A

取引においても、日本の独禁法だけではなく諸外国・地域の競争法における企業結合規制

にも留意し、ガン・ジャンピングの問題を生じさせないように配慮しながら検討しなけれ

ばならないケースが増加している。

イ 競争法・企業結合規制のグローバル化及び発展

国内外の独禁法・競争法は近年において飛躍的な発展・拡大を遂げている。現在、全世界

に少なくとも 130 以上の競争法が存在している 4。また、各国・地域の競争当局は、成文法

という意味での競争法の成立・施行のみならず、競争法の執行や企業結合の対処方針等に

係る具体的なガイドライン等を整備又はアップデートしているほか、実際の事件処理経験

や各種の知見を蓄積してきている。それに加えて、経済協力開発機構(OECD)や競争当局

の会合の場である国際競争ネットワーク(International Competition Network)、各種の

競争法に係る国際的なフォーラムを通じて、そのような事件処理経験や知見、競争法上の

4 William Kovacic “The United States and Its Future Influence on Global Competition Policy”, George

Mason Law Review, Vol. 22, No. 5, pp. 1157 (2015).

Page 9: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

3

各種の論点を共有・議論し続けている。

これらを背景として、競争当局による執行及びその理論的な支えも劇的に強化されるとと

もに、事件処理方針や各種の論点に対して一定程度共通した考え方が競争当局や競争法実

務家において共有されつつある現状がある。M&A取引におけるガン・ジャンピングの問題も

例外ではなく、海外の競争当局からガン・ジャンピングの問題があると指摘される事例が

近年増加しているのは、このような競争当局間の情報交換や執行実務の経験共有によりガ

ン・ジャンピングに対する考え方が確立しつつあるという事情がその一端を担っていると

考えられる 5。

(3) 本報告書の検討対象

本報告書の検討対象である M&A 取引におけるガン・ジャンピングとして問題となる行為に

は、単なる手続法規制としての事前届出を怠った場合のみならず、競争当局からの「クリ

アランス」と呼ばれる承認類似の判断の取得前や M&A取引の実行(クロージング)の前に、

M&A 取引の当事会社の一方が他方に影響力を及ぼしたり、当事会社間で協調的行動や情報交

換が行われたりすることにより競争法違反となることも含まれる。

ここで悩みの種となるのは、一口に「競争法」と言っても、その M&A 取引に関係しうる諸

外国・地域の競争法における企業結合規制やカルテル規制にも留意しなければならないこ

とである(日本企業同士の M&A 取引であっても、当事会社グループが海外で事業を行って

いる場合には、事業を行っている国・地域の競争法も適用される可能性があるからである)。

ただ、競争法の内容や解釈は国・地域ごとに異なるものの、各国・地域の競争当局におけ

る一定程度の共通した考え方、アプローチは共有されているように考えられることから、

本報告書では、少なくとも一方が日本企業である M&A 取引におけるガン・ジャンピング問

題への対処の上での参考に供すべく、日本の独禁法に限定せず、海外の代表的な競争法(特

に、競争法における主要な法域として認識されている米国及び EU)のもとでの M&A 取引に

おけるガン・ジャンピングの意義とその理解の前提となる基礎知識を解説する。

(4) 本報告書で多用される用語の意義

本報告書で多用されるいくつかの用語について、その意義を確認しておく。

① 「競争法」:ある国・地域の競争政策の中核をなす法律。日本では「私的独占の禁止及

5 例えば、ブラジル競争当局(ブラジル経済擁護行政委員会)は、2016年 9月にガン・ジャンピングに関

するガイドラインを公表している(Administrative Council for Economic Defense “Guidelines for the

Analysis of Previous Consummation of Merger Transactions”)。

Page 10: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

4

び公正取引の確保に関する法律」がそれを担っており、「独禁法」という略称が定着し

ているため本報告書でも「独禁法」と記載する。日本以外の国・地域でも、日本の独

禁法と同じような地位を占める法令が存在するが、それら国外の法令を総称する際に

は、「競争法(competition law)」という用語を用いることが慣例化している。本報告

書では、日本を含めた諸国・地域における競争政策を担う法令を「競争法」と総称す

る。

② 「競争当局」:ある国・地域において競争法の執行を中心的に担う機関。日本の競争当

局は公正取引委員会であり、以下「公取委」という。米国の連邦レベルでは司法省

(Department of Justice(通称“DOJ”))と連邦取引委員会(Federal Trade Commission

(通称“FTC”))がある。欧州では、欧州連合(EU)の各加盟国の競争当局とは別に、

欧州連合の加盟国につき欧州委員会(the European Commission)(具体的には、担当

部局である競争総局(Directorate-General for Competition(通称“DG COMP”)))が

欧州全域レベルでの競争法の執行にあたっている。中国では、商務部(Ministry of

Commerce(通称“MOFCOM”))、国家発展改革委員会(National Development and Reform

Commission(通称“NDRC”))及び国家工商行政管理総局(State Administration for

Industry and Commerce(通称“SAIC”))の三機関が中国独占禁止法の執行を行って

いる。

③ 「企業結合」:競争当局による企業結合規制の規制対象となる行為・取引。独禁法には

「企業結合」の定義は置かれていないが、公取委の「企業結合審査に関する独占禁止

法の運用指針」に「企業結合」の定義があり、独禁法第 4章が規制対象としている「会

社の株式の取得若しくは保有」、「役員兼任」、「会社以外の者の株式の取得若しくは保

有」、又は会社の「合併」、「共同新設分割若しくは吸収分割」、「共同株式移転」、若し

くは「事業譲受け等」を意味する。諸外国・地域の競争法にもそれぞれ「企業結合」

に相当する概念が存在しており、例えば EU 競争法では“concentration”という用語

が用いられている(ただし、その具体的な定義や範囲が日本の独禁法上の企業結合と

一致するわけではない)。

④ 「クリアランス」:M&A 取引に関する事前届出がなされた場合に、競争当局がその競争

法上の企業結合規制に照らして審査を行った結果、届出に係る M&A 取引の実行を認め

る又は禁止しない旨の判断をする場合の当該判断。

⑤ 「クロージング」:M&A 取引の効力発生のこと。具体的には、例えば株式譲渡取引であ

れば株式の取得、合併であれば合併の効力発生を意味する。

Page 11: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

5

⑥ 「事前届出制度」:当該国・地域における売上高や資産が一定の基準を超える等、一定

の要件を満たす M&A 取引につき、事前に競争当局に対して届出を行わせ、企業結合規

制に照らして取引実行に問題がないか競争当局の審査を受けることを求める制度。

⑦ 「待機期間(禁止期間)制度」:事前届出の対象となった M&A取引につき、競争当局が

クリアランスを与え、待機期間が満了するまで、当事会社が M&A 取引を実施すること

を禁止する制度。

2. 独禁法・競争法上の企業結合規制の意義及び禁止事項

ここでは、M&A取引におけるガン・ジャンピング問題についてより詳しい説明を加えるに際

しての基礎知識として、競争法上の企業結合規制の意義やその禁止事項等について説明す

る。

(1) 企業結合規制の存在意義と禁止事項の概要

国内外の独禁法・競争法における企業結合規制の存在意義は、国・地域によっても若干の

違いはあるものの、大要においては同様である。すなわち、M&A取引後に競争者の数の減少

や M&A取引後の当事会社の市場における地位の強大化の結果、M&A取引後に市場における価

格上昇等競争上好ましくない事態が起こる可能性がある。このため、一定の要件を規定し

てその要件を満たす M&A 取引を実行前に競争当局に届け出させ、競争当局がそれらの M&A

取引や競争状況を審査し、当該 M&A取引を承認するまでは M&A取引を実行してはならない、

とすることにより競争上懸念すべき行動が起こりうる案件を効率的にスクリーニングする

のである。

このような趣旨を達成するために、多くの国・地域では、事前届出制度及び待機期間(禁

止期間)制度が設けられている。事前届出制度のもとで、一定の要件を満たす M&A 取引の

当事者は、クロージング前に競争当局への届出を義務づけられており、これにより競争当

局は、重点的に審査すべき M&A 取引を効率的に捕捉することができる。多くの国・法域で

は、M&A 取引の実行後ではなく事前の届出制度を設けているが、これは、M&A取引が実行さ

れた後に、当該 M&A 取引に競争上の懸念があることが判明したとしても、事後的に M&A 取

引の実行前の状態に戻すことは事実上困難であることによる。また、事前届出をさせるだ

けでは M&A 取引の当事者はクロージングに至ってしまう可能性もあることから、事前届出

の義務に加えて、競争当局がクリアランスを与えて待機期間が満了するまでの間、当該 M&A

取引のクロージングを禁止されている(待機期間(禁止期間)制度)ことが多い 6。このよ

6 諸外国・地域の競争法では、競争当局の審査が継続していれば待機期間が届出から 30日間が経過したと

Page 12: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

6

うな手続を踏ませること、つまり手続法としての規制を「届出・待機期間規制」と総称す

る(詳しくは下記(3)参照)。

このように、M&A 取引の当事会社は、手続法規制として企業結合規制における事前手続を遵

守することが求められている。このような事前手続を完了した後でなければ行うことが認

められない行為を、事前手続の完了前の時期に実施した場合には競争法に違反することと

なり、これが典型的なガン・ジャンピングの類型の一つとなる(ガン・ジャンピングの問

題を生じさせる行為の例については下記 4.(2)参照)。

(2) 手続法規制の前提となる実体法上の規制(企業結合規制)

国内外の競争法は、反競争的な結果をもたらすこととなる M&A 取引を行うことは競争法に

違反する旨をごく抽象的に規定している。例えば、日本の独禁法は、「一定の取引分野にお

ける競争を実質的に制限することとなる」企業結合を行うことを禁止しており(第 10条第

1 項等)、かつ、この規制に違反する企業結合を行おうとする場合には、公取委による排除

措置命令(第 17条の 2第 1項)や裁判所による緊急停止命令(第 70条の 4)といった措置

が定められている。諸外国・地域の競争法も、多少の差異はあるが、同じく、競争に弊害

をもたらすこととなる M&A 取引を禁止する旨の実体法上の規制(企業結合規制)があり、

これが手続法規制としての届出・待機期間規制の前提 7となっている。

なお、届出・待機期間規制(手続法規制)の前提となる実体法上の企業結合規制(すなわ

ち、M&A取引の結果、生じる寡占や競争者間の協調行動が機能しやすくなることにより競争

が弱まる結果をもたらすことになる場合の M&A 取引の禁止)そのものがガン・ジャンピン

グによる競争法違反の直接の根拠とされたものはなく、競争への弊害をもたらす可能性に

着目してガン・ジャンピングが競争法違反とされる場合の根拠は、むしろ M&A 取引の存在

を前提としない競争事業者間における「カルテル規制」が中心である。カルテル規制につ

いては、「3.ガン・ジャンピング問題との関係で留意すべきカルテル規制の概要」で説明す

る。

いう形式的な基準で終了することは通常ない。したがって、「待機期間(waiting period)」という用語が、

事実上、競争当局による企業結合審査が継続中の期間を意味するという想定で用いられる場合がある。他

方、日本の独禁法のもとでは、公取委の企業結合審査が継続していたとしても、届出受理から 30日でクロ

ージングを一義的に禁止する義務を課す期間は形式的な基準で終了してしまう(ただし、公取委の審査が

継続していれば、公取委は緊急停止命令の申立等の措置をとってクロージングを阻止することが可能であ

る)。このことに鑑み、公取委の実務では、届出受理後の 30日間を「待機期間」とは呼ばず「禁止期間」

と呼んでいる。 7 ただし、手続法規制がかからない M&A取引であっても、実体法上の規制に違反する M&A取引となるとし

て禁止されることはありうるし、逆に、実体法上の規制に明らかに違反しない M&A取引であっても形式的

に手続法規制の対象となることで事前届出を余儀なくされる例は実際にも数多く存在する。

Page 13: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

7

(3) 事前届出制度と待機期間(禁止期間)制度

競争法の企業結合規制における手続的規制である事前届出制度と待機期間(禁止期間)制

度の具体的内容は以下のとおりである。

① 事前届出制度

事前届出制度とは、ある国・地域における売上高や資産が一定の基準を超える等、一定の

要件を満たす M&A 取引につき、事前に競争当局に対して届出を行わせ、企業結合規制に照

らして取引実行に問題がないか競争当局の審査を受けることを求める制度である。事前届

出義務の対象となるある国・地域内の売上高等の基準は、ある企業の準拠法や本店所在地

にかかわらず一律に適用されるため、日本企業が海外で(あるいは海外向けに)事業を行

っている場合には、事業を行っている当該国・地域の競争法も適用される可能性がある。

なお、実体法としての企業結合規制を設けつつ、事前届出は強制しない国・地域もある。

この場合、M&A 取引により競争上の問題がありうると当事会社が自主的に判断した場合にの

み、当事会社が競争当局に対して任意の届出を行うこととなる。

② 待機期間(禁止期間)制度

待機期間(waiting period)制度あるいは禁止期間制度とは、事前届出の対象となった M&A

取引につき、競争当局がクリアランスを与え、待機期間が満了するまで、当事会社が M&A

取引を実施することを禁止する制度である。

事前届出の対象となる M&A 取引は、企業結合規制の観点から競争上の懸念が深刻であるも

のから、一見して競争上の懸念がなさそうなものまでさまざまであるため、待機期間をい

くつかのフェーズに分ける国・地域が多い。典型的なものは、当初の待機期間(一次審査

期間)として届出後 30日間といった固定期間を設定し、競争当局がより詳細な審査が必要

と判断した事案についてはその期間が延長される(二次審査・詳細審査に移行する)とい

う仕組みである(上記のとおり、日本の独禁法のもとでは禁止期間は延長されない)。

③ 届出・待機期間規制が禁止対象とする行為

事前届出規制や待機期間規制が禁止対象とする行為(すなわち、競争当局への届出提出及

びクリアランス取得・待機期間満了の前には行うことが認められない行為)の内容は、国・

地域により異なるが、まず、M&A取引の「クロージング」がこれに該当することには見解の

Page 14: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

8

一致がある。どの時点でクロージングしたか、すなわち株式取得や合併の効力が発生した

かは、適用される国・地域の法令によって決まる。注意を要するのは、禁止対象となるの

は必ずしも M&A取引のクロージングに該当する行為だけではないということである。

すなわち、多くの国・地域では、クロージングの前であっても、一定の状態がもたらされ

ることにより届出・待機期間規制に抵触する場合があることが法文上規定されている。欧

米を始めとする諸外国・地域の競争法上は、届出・待機期間規制の対象となる行為の定義

に「支配(control)」の取得(欧州や中国が典型例)や「受益的所有権(beneficial ownership)」

の移転(米国)といった抽象的な基準を含んでいるため、クロージング行為そのものでは

ない行為も禁止対象と解釈される場合があるからである。

これに対し、日本の独禁法においては、届出・待機期間規制の対象行為は「株式の取得」、

「合併」といった具体的な文言で規定されており、欧米で採用されている「支配」や「受

益的所有権」といった概念は規定されていない。したがって、基本的には、株式取得や合

併の効力発生のような M&A 取引のクロージングが届出・待機期間規制の対象行為である。

ただし、この事前届出義務及び待機期間規制の対象が何かという問題に関しては、キヤノ

ンによる東芝メディカルの株式取得の事案において近時公取委が注目すべき見解 8を表明し

ており、特に、複雑なスキームを組んで多くの取引段階・ステップから構成される M&A 取

引を実施する場合には、日本でも慎重な検討が必要となる。

(4) クリアランスの意義及び待機期間との関係性

上記のとおり、クリアランスとは、M&A取引に関する事前届出がなされた場合に、競争当局

が実体法としての企業結合規制に照らして審査を行った結果、届出に係る取引の実行を認

める又は禁止しない旨の判断をする場合の当該判断をいう。競争当局が特に条件を付すこ

となくクリアランスを与える場合を無条件のクリアランスといい、届け出られた M&A 取引

のままではクリアランスを与えられないが、当事会社が一定の措置をとることを条件とす

ればクリアランスを与えることができるという場合になされる判断を、条件付きクリアラ

ンスという。条件付きクリアランスに際して条件とされる一定の措置は問題解消措置

(「remedy」、レメディ)と呼ばれ、問題解消措置には、当事会社が事業や資産の一部を独

8 公取委は、キヤノンが、東芝メディカルの株式取得の届出の前に、東芝メディカルの普通株式を目的と

する新株予約権等を取得し、その対価として、実質的には東芝メディカルの普通株式の対価に相当する額

を東芝に支払うとともに、キヤノンが新株予約権を行使するまでの間、キヤノン及び東芝以外の第三者が

東芝メディカルの議決権付株式を保有することとなった、との事実認定を行った。公取委は、キヤノンに

よる東芝メディカルの株式取得という届出対象の行為のみを取り出すことをせず、「これら一連の行為」と

して上記の取引内容全体を指し示し、キヤノンが公取委への東芝メディカルの株式取得の届出を行う前に

「これら一連の行為」のステップが開始、実行された点を問題視し、届出義務違反の行為につながるおそ

れがある、とした。詳細は「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例②(5-1)

を参照されたい。

Page 15: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

9

立した第三者に譲り渡す「構造的(structural)」措置と、当事会社が M&A取引の実施後に

競争を維持するための一定の行為の実施を約束する「行動的(behavioral)」措置の二種類

がある 9。

このクリアランスの取得と、上で述べた待機期間(禁止期間)の満了の二つの概念の意味

合いや関係性も、国・地域により異なるため留意を要する。すなわち、クリアランスの取

得が自動的に待機期間の終了も意味する国・地域(欧州・中国等)もあれば、クリアラン

スを取得しても待機期間が自動的には終了しない国・地域(日本・ブラジル等)もある。

しかし、世界的にみれば日本の独禁法の方が少数派である。日本の独禁法では、クリアラ

ンスにあたる制度が用意されているものの、クリアランスの取得前であっても待機期間が

終了しうる一方、企業結合審査がどれだけ難航したとしても、禁止期間自体は届出後 30日

で終了してしまう点に特徴がある。

3. ガン・ジャンピング問題との関係で留意すべきカルテル規制の概要

競争への弊害の可能性に着目してガン・ジャンピングが競争法違反とされる場合の主な根

拠は、企業結合規制の文脈に限られるものではない。M&A取引は競争事業者間で行われるこ

とも多いことから、競争事業者の間の M&A に関連したやりとりや合意は、反競争的な入札

談合、価格カルテル、市場分割等に対する規制、すなわち「カルテル規制」の対象にもな

りうるのである。

ここで「カルテル」という言葉に対する画一的な定義・用語法はないものの、複数の競争

事業者間における反競争的な共同行為を意味する。カルテルと呼ばれる行為にはさまざま

な行為が含まれ、典型的には競争事業者間における価格協定、入札談合、市場分割等を指

すが、競争事業者間における競争機微情報の交換やその他の協調行為等もカルテル規制の

適用対象とされる国・地域もあり、カルテル規制の適用対象や違反要件は国・地域によっ

て細部においては異なっている。

まず、「カルテル」行為に該当するか否かについて、競争事業者間において競争に係る要素

(価格等)に関する合意や意思の連絡を必要とする国・地域(日本等)と、競争機微情報

の情報交換があれば足りるとする国・地域(欧州等)がある。また、そのような行為が認

定された場合に、実際に市場における競争が制限されたという市場への悪影響を競争当局

が立証する必要のある国・地域(日本)と、価格カルテルや市場分割等の一定の類型のカ

ルテル(「ハードコアカルテル」と呼ばれる。)に関しては市場への影響を検討することな

9 両者が組み合わせて用いられることもある。また、両者のいずれかに明確に区別できない中間的な性質

の措置もある。

Page 16: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

10

しに違法としうる国・地域(欧州・米国等)がある。

カルテル規制は、いずれの国・地域においても競争当局による独禁法・競争法執行の最重

点項目であり、また、違反とされた場合には厳しい制裁(高額の制裁金や、一部の国・地

域では刑事罰)の対象となるため、特に、競争事業者間の M&A 取引(とりわけ、カルテル

規制の行為の要件及び/又は市場への弊害への要件に関して、日本の独禁法よりも相対的に

充足されやすい欧州・米国等の競争法が適用されうる M&A取引)に際しては、M&A取引の機

会にカルテル規制に抵触してしまい競争法に違反することのないよう、細心の注意を払う

必要がある。

4. 企業結合規制とガン・ジャンピング問題

上記「2. 独禁法・競争法上の企業結合規制の意義及び禁止事項」で説明した競争法上の企

業結合規制の意義や同規制による禁止事項及び上記「3. ガン・ジャンピング問題との関係

で留意すべきカルテル規制の概要」で説明したカルテル規制等の基礎知識を前提に、ここ

では M&A取引におけるガン・ジャンピング問題を概説する。

(1) ガン・ジャンピング問題に関する競争法の規制

既に言及したとおり、ガン・ジャンピングに関係する競争法上の規制としては手続法規制

と実体法規制がある。

① 手続法規制とガン・ジャンピング

手続法規制とは、M&A取引を実施する際の競争法上の手続を定めた規制であり、多くの国・

地域では事前届出規制と待機期間(禁止期間)規制が採用されている。

事前届出規制の違反(すなわち届出の遅滞や届出義務の不履行)と待機期間(禁止期間)

規制の違反とを分類することは可能であるが、実際には二つの類型の対象となる行為は重

なることも多く、また両者の間に本質的な違いもない。多くの国・地域では M&A 契約締結

日を起算点とした事前届出の期限を定める制度はとられていないため 10、事前届出規制違反

と待機期間規制違反は、M&A 取引の当事会社が届出・待機期間規制の対象となる行為をした

時点で、①全く事前届出を行っていない場合には事前届出規制の違反、②事前届出は済ま

せている場合(クリアランス取得や待機期間満了といった要件が充足されていないにもか

10 かつてのブラジル(2012年 5月の改正法施行前)やインド(2017年 6月の改正法施行前)ではそのよう

な制度がとられていた。

Page 17: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

11

かわらず M&A 取引を実行したり、実行に類する行為をしたりした場合)には待機期間(禁

止期間)規制の違反、という形で区別されるに過ぎない。

なお、事前届出を強制しない国・地域(英国・シンガポール・オーストラリア等)や事後

届出制の国・地域(インドネシア等)もあり、これらの制度が採用されている国・地域で

は、手続面、すなわち、届出・待機期間規制違反としてのガン・ジャンピングの問題は生

じない。ただし、競争者間での M&A取引の場合、M&A取引の過程での不用意な情報交換や影

響力の行使は、このような任意の届出制度や事後届出制をとる国・地域においても、カル

テル規制に抵触するという意味でのガン・ジャンピングの問題は発生しうる。

② 実体法規制とガン・ジャンピング

M&A 取引におけるガン・ジャンピングにおける実体法規制の中心は、既に述べたとおり、競

争者間における反競争的な行為一般に対する規制である「カルテル規制」である。

実体法規制の規制対象の行為が届出・待機期間規制の規制対象の行為と重複する場面は多

く、実体法規制と届出・待機期間規制の両方に違反する場合もある。海外においてガン・

ジャンピングの問題があるとされた事例においても、M&A取引の当事会社による行動がこれ

らの双方の規制に違反することが認定されている例は珍しくない。もっとも、届出・待機

期間規制と実体法規制とでは適用範囲が異なるので、いずれかのうち一方しか適用される

余地がないという場合もある。例えば、当事会社間に水平競合関係又は垂直関係が存在し

なければ実体法規制は基本的に問題とならないし、取引規模が小さいために事前届出義務

が課されない取引であれば届出・待機期間規制は問題とならない。

(2) ガン・ジャンピングの問題を生じさせる行為の例

ガン・ジャンピングが問題となる行為は多岐にわたり、理論的にはさまざまな行為が問題

となるが、M&A取引の各局面で実務上問題となることが多い典型例を以下とりあげる 11。

11 なお、より網羅的な類型化については、第 3章にて後述するが、これらの例示のほかにも、①大手会計

事務所のデンマーク法人が、競合会計事務所との将来の統合に向けて、当時所属していた会計事務所連合

に対してメンバーシップ契約を解約する通知を発したことが問題視された事例(デンマーク競争当局の事

例。欧州司法裁判所に一部の論点の判断に関する裁判が係属中)(詳細は「第 2章 ガン・ジャンピングの

問題があるとされた個別公表事例」の事例②(6)参照)、②インドにおける買収取引に際して、買収契約の

締結と同時に買主から売主への買収対価の一部の支払いがなされたことが違反行為を構成すると認定され

た事例(インド競争当局の事例)(詳細は「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事

例」の事例②(2)及び(3)参照)、③欧州において、当事会社が事前届出義務の発生を認識せずに対象会社の

過半数に満たない株式の取得を行ったが、対象会社の株主構成や過去の議決権行使状況に照らして当該株

式取得が事実上の支配の獲得に該当し事前届出を行う必要があったとして制裁金が科された事例(欧州委

員会の事例)(詳細は「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例①(3)及び

(4)参照)等が存在する。

Page 18: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

12

① 競争機微情報の交換:M&A 取引に際して、デュー・ディリジェンスや統合準備(新会社

の組織体制・人事の検討といった内部的なものから、顧客への説明といった外部とのや

りとりまでさまざまである)といった目的のためにさまざまな情報を当事会社間で交換

する必要がある。しかしながら、競争機微情報の開示・交換が、競争への悪影響を及ぼ

す可能性を考慮せずに無限定に行われていた場合には、競争機微情報の開示が、カルテ

ル規制に抵触し違法となる可能性がある。

→ このような競争機微情報の交換は、以下の②や④の行為と一体であったり、並行的

に発生したりすることも多く、手続法規制の問題ともなりうるが、基本的にはカルテル

規制の問題となる。

② 当事会社間での影響力の行使:M&A 取引の当事会社間で、クロージングの前から一方当

事者が他方当事者に対して影響力を行使してしまう場合がある。特に、当事会社の営業

の一線にいる者の中には、M&A取引の契約締結があればクロージング前でもあたかもM&A

取引が完了したかのように誤解し、一方当事者が他方当事者による影響力を行使しよう

としたり、他方当事者としても一方当事者からの影響力行使を容易に容認してしまった

りすることがある。

→ このような当事会社間での影響力の行使は、基本的には手続法規制の違反の問題と

なるが、場合によってはカルテル規制の問題ともなりうる。

③ M&A 取引契約による拘束:M&A 取引においては、競争当局からのクリアランス取得や株

主総会の承認取得等の必要性から、契約締結日とクロージング日の間には相当の期間を

置くことが多い。この期間において、M&A 取引の相手方当事会社(株式取得案件の対象

会社や合併案件の相手方当事会社)の経営陣による企業価値を大きく毀損するような事

業運営を全く制限することができないとすれば、他方の当事会社の正当な利益を害する。

そこで、契約締結日からクロージング日までの間の買主(他方の当事会社)の正当な利

益をいかに保護するかという観点から、M&A 取引契約において、一方又は双方の当事会

社の事業活動に関する制約を規定することが多い。典型例としては、一定の行為をする

ためには相手方当事者の事前同意を得なければならないという内容のコベナンツ条項

を置く場合である(これだけをもって、必ずしも違反となるものではないが、競争法へ

の抵触の可能性には注意が必要)。

→ このような M&A取引契約による拘束は、拘束の内容にもよるが、基本的には手続法

規制の違反の問題となる。

④ 当事会社間の共同行為・調整行為:当事会社としては、競争当局からのクリアランス取

得に時間を要する状況下であっても、統合効果の実現を早期に図るべく、M&A 取引のク

Page 19: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

13

ロージング前から共同行為や調整行為を行うことを検討する場合があるが、これもガ

ン・ジャンピングの問題を生じさせる可能性がある。この類型に該当する問題にはさま

ざまなものがあり、例えば、当事会社間で重複する顧客や仕入先との取引をいずれかの

当事会社に一本化したり、取引条件について共同で交渉したりすることが挙げられる。

→ このような当事会社間の共同行為・調整行為には、手続法規制とカルテル規制の双

方の問題がある。関係する国・地域の競争当局からのクリアランスを全て取得済みだが

M&A 取引のクロージングだけが未了という場合であれば、あとはカルテル規制の問題の

みとなる。

(3) ガン・ジャンピングを理由として競争法違反とされた場合のリスク

では、ガン・ジャンピングを理由として競争当局から競争法違反やその可能性を指摘され

たり、ガン・ジャンピングの懸念を持たれたりした場合、どのようなリスクがあるのであ

ろうか。

米国や欧州では、ガン・ジャンピングの違反に対する処分として数十億円単位の高額の制

裁金・罰金が科された先例が複数存在する。また、そのような処分に至らなくとも、欧州

では競争当局による企業結合審査の過程でガン・ジャンピングの疑いにより当事会社に対

する立入調査がなされる可能性がある。仮にそのような立入調査には至らなくとも、競争

当局がガン・ジャンピングの問題に対して懸念を持つことにより企業結合審査が長引いた

り、競争当局の当事会社に対する心証が悪くなることで審査結果に悪影響を及ぼしたりす

るおそれもある。加えて、ガン・ジャンピング問題のうちカルテル規制に違反する行為に

対しては、当該行為により損害を被ったと主張する者からの民事上の請求を受けるリスク

もある。いずれの場合においても、競争当局による調査・処分に対応するための各種コス

ト・負担も発生する。

5. 主要国・地域における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題の概説

ガン・ジャンピングの問題の理解に有用な企業結合規制やカルテル規制に関する一般的な

基礎知識は上記 2.から 4.にて解説したとおりである。ここでは、上記 2.から 4.とも一部

重複するものの、より個別的な問題の対処への道標とするために、日本の企業結合規制及

びガン・ジャンピング問題を説明するほか、EU・米国・中国における企業結合規制及びガ

ン・ジャンピング問題についても若干の説明を加える。

(1) 日本における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題

Page 20: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

14

ア 実体法規定

日本の独禁法は、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」企業結合

を行うことを禁止している。なお、独禁法は、株式取得(第 10 条第 1 項)、役員兼任(第

13条第 1項)、会社以外による株式取得(第 14条)、合併(第 15条第 1項第 1号)、会社分

割(第 15条の 2第 1項第 1号)、共同株式移転(第 15条の 3第 1項第 1号)及び事業譲受

け等(第 16 条第 1項)という企業結合類型に分けて同様の規定を置いている。この実体法

規制に違反して禁止される企業結合に対しては、公取委は「株式の全部又は一部の処分、

事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置」を命

ずることができ(「排除措置命令」。同法第 17 条の 2 第 1 項)、緊急の必要があるときは、

裁判所は、公取委の申立てにより「行為、議決権の行使若しくは会社の役員の業務の執行

を一時停止すべきこと」を命じることができる(「緊急停止命令」。同法第 70条の 4)。

イ 手続的規定

① 事前届出制度

独禁法上の企業結合規制においては、一定の要件を満たす規模の企業結合について、公取

委に対する事前の届出を義務づけている。事前届出制度の対象となる企業結合類型は、株

式取得(第 10条第 2項以下)、合併(第 15条第 2項)、会社分割(第 15条の 2第 2項・第

3 項)、共同株式移転(第 15 条の 3 第 2 項)及び事業の譲受け等(第 16 条第 2 項)とされ

ており、公取委は、届け出られた企業結合につき、その企業結合によって「一定の取引分

野における競争を実質的に制限することとなる」かどうかを審査する(「企業結合審査」)。

なお、独禁法が規定する企業結合類型のうち、役員兼任(第 13条)と会社以外による株式

取得(第 14 条)については、届出義務は課されていない。届出義務の違反は刑罰の対象と

なりうる(第 91 条の 2)。

② 禁止期間

独禁法は、事前届出の対象となる企業結合につき、「届出受理の日から三十日を経過するま

では、当該届出に係る株式の取得をしてはならない」と規定し(第 10 条第 8 項)、この期

間が経過するまでは、当事会社が企業結合を行うことを禁止している(合併、会社分割、

共同株式移転及び事業の譲受け等についても第 10条第 8項が準用されている。第 15条第 3

項、第 15 条の 2 第 4 項、第 15 条の 3 第 3 項、第 16 条第 3 項)。違反については 200 万円

以下の罰金が科されうる(第 91 条の 2第 4号)ほか、法人については両罰規定により同様

の罰金が科されうる(第 95条第 1項第 3号)。

Page 21: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

15

独禁法上、この禁止期間は事前届出の受理日から 30日間(受理日の翌日から起算)が経過

した時点で終了し、延長されない。ただし、公取委による企業結合審査はこれ以降も継続

する可能性がある。また、当事会社からの禁止期間の短縮の申請があった場合に、この 30

日間の期間を公取委がその裁量で短縮することも可能である(第 10 条第 8 項但書)。事前

届出制度及び待機期間(禁止期間)制度を採用している諸外国・地域の法制と比較すると、

公取委が事前届出の受理後 30 日が経過した時点以降も詳細審査のために審査を継続する場

合に、企業結合の実行を禁止する期間を延長することができない点は独禁法の特異な特徴

である。

③ クリアランス

公取委の「クリアランス」に相当する制度として、公取委は、届出に係る企業結合につい

て排除措置命令を行うために必要となる意見聴取通知をしないこととした場合には、届出

をした当事会社に対して「排除措置命令を行わない旨の通知」を行うものとされている。

なお、30 日間の禁止期間中に当該通知が発せられても、禁止期間が自動的に終了するわけ

ではなく、30 日経過前に禁止期間を終了させるには当事会社の申請により公取委が別途禁

止期間の短縮の決定をする必要がある。

④ 公取委による企業結合審査の期間との関係

公取委は、上記の 30 日間に、届出に係る企業結合にクリアランスを与えるか、さらに審査

が必要であるとして「必要な報告、情報又は資料の提出・・・を求め」る(第 10条第 9項。「報

告等要請」と呼ばれる)かを決める必要があるが、上記のとおり、仮に公取委が届出対象

となった企業結合につき 30日経過後もさらに審査が必要であると判断した場合であっても

禁止期間は延長されない。

なお、公取委が排除措置命令という形で競争上懸念のある企業結合について排除措置命令

を命ずることができる期間については別途制限が設けられている。具体的には、届出受理

の日から 30 日以内に公取委が報告等要請(二次審査期間の開始を画するものとなる)を行

った場合、公取委は当該要請に対して全ての報告等を受理した日から 90日を経過した日(届

出受理の日から 120 日が経過する日の方が遅い場合は、当該日)までに、クリアランスを

出すか、排除措置命令を出すための意見聴取手続に進むために必要な通知(「意見聴取通知」。

第 50条第 1項)を行うかのいずれかを行う必要がある(第 10条 9項)。

⑤ 日本における事前届出義務及び待機期間(禁止期間)制度の対象

Page 22: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

16

日本の独禁法の法文上は、事前届出義務及び待機期間(禁止期間)制度の対象は「株式の

取得若しくは保有」、「合併」、「共同新設分割」、「吸収分割」、「共同株式移転」、「事業の譲

受け」及び「事業上の固定資産の譲受け」とされている。これらは、「株式の取得若しくは

保有」及び「事業上の固定資産の譲受け」を除けば、会社法上の概念に基づく用語であり、

基本的には、会社法に基づく各行為の効力発生(すなわちクロージング)が事前届出義務

及び待機期間(禁止期間)制度の規制対象行為であると考えられる。また、多くの諸外国・

地域の競争法においては競争当局による審査が完了するまで待機期間が延長されていくの

に対し、日本の独禁法のもとでは公取委による事前届出の受理後 30日が経過すれば、公取

委が審査を継続する場合でも禁止期間(待機期間)は延長されない制度となっているため、

日本の独禁法との関係では事前届出の受理後 30日が経過しさえすれば事前届出義務違反及

び待機期間(禁止期間)制度規制違反の問題は生じないと考えられてきた。もっとも、事

前届出義務及び待機期間(禁止期間)規制の対象が何かという問題に関しては近時公取委

がキヤノンによる東芝メディカルの株式取得の事案において注目すべき見解を表明してい

る。当該事案は、事前届出義務の発生時期が議決権付株式の取得時期よりも前に発生しう

ることを公取委が示したものであり、複雑なスキームを組んでステップごとに取引が実行

されるような場合には、事前届出義務の発生時期及び対象行為について今後日本でも特に

慎重な検討が必要となる。

⑥ 日本における企業結合規制とガン・ジャンピング問題

上記のとおり、日本の独禁法は事前届出義務及び待機期間(禁止期間)規制の対象の規定

ぶりが明確であることや、事前届出の受理後 30日が経過しさえすれば事前届出規制や待機

期間(禁止期間)規制の違反の問題は生じないとされていること、今までのところ公取委

がガン・ジャンピングについて正式な処分を行った事例は存在しないことから、日本の企

業結合規制との関係では、手続法違反としてのガン・ジャンピングの問題が意識されるこ

とは少なかった。ただし、前述のキヤノンによる東芝メディカルの株式取得の事案も踏ま

えて、今後、複雑なスキームを組んでステップごとに取引が実行されるような場合には、

日本においても手続法違反としてのガン・ジャンピングに留意する必要がある。

また、実体法違反としてのガン・ジャンピングについては、独禁法上の実体法規制による

違反を認定するには、公取委は、独禁法第 2 条第 6 項の「不当な取引制限」の成立要件と

して、「合意」又は「意思の連絡」の存在を立証する必要があるほか、独禁法にはカルテル

規制について海外で認められている当然違法や目的による制限といった法理はないため

「競争の実質的制限」と呼ばれる要件の検討・立証も必要となる。したがって、諸外国・

地域の競争法と比較した場合、独禁法上、ガン・ジャンピングについて「不当な取引制限」

Page 23: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

17

に問うための公取委の立証ハードルは若干なりとも高くなっているとはいえるが、これは、

独禁法上、実体法違反としてのガン・ジャンピングに留意しなくてもよいということを意

味するものではない。M&A取引の取引内容、当事会社間での競争関係の有無、情報交換の内

容や当事会社の間で行われる行為の内容、当事会社の市場シェア、競合する商品や役務に

関する市場の競争状況等の諸事情を考慮した上で、案件ごとに適切な対応を検討すべきで

あると考えられる。

(2) EU における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題

欧州では、EU Merger Regulation(理事会規則 139/2004 号。通称「EUMR」)第 2 条第 2 項

により、「特に、支配的地位の形成又は強化の結果として、共同体市場又はその実質的部分

における有効な競争を著しく阻害する企業結合(concentration which would significantly

impede effective competition, in the common market or in a substantial part of it,

in particular as a result of the creation or strengthening of a dominant position)」

が禁止されている(なお、EUMR 上の「企業結合(concentration)」の定義は、日本の企業

結合ガイドラインに基づく「企業結合」とは意味が異なる)。

欧州においても事前届出制度及び待機期間制度が設けられている。EUMR に基づく事前届出

及び待機期間の対象は、一定の規模要件を満たす「企業結合(concentration)」である(「集

中」や「結合」と訳されることも多い)。ここでの「企業結合」の定義は、大要、(i)複数

の「事業体(undertaking)」(日本の独禁法でいうところの「企業結合集団」に近い)によ

る合併又は(ii)一つ又は複数の事業体による他の事業体に対する直接又は間接の支配

(control)の取得(その方法を問わない)をいうとされる(EUMR 第 3条第 1項)。上記(ii)

の類型のポイントとなる「支配(control)」についても定義が置かれており、他の事業体

に対する「決定的な影響力(decisive influence)」をもたらすような権利、契約その他の

方法を包含するとされている(EUMR 第 3条第 2項)。

EU においては、ガン・ジャンピングが問題とされた事例の一定の蓄積が見られる。詳細は

第 2章「ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」を参照されたい。

(3) 米国における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題

米国では、クレイトン法(Clayton Act)の第 7条が「取得の効果として、競争を実質的に

減殺し、又は独占を形成するおそれがある(the effect of such acquisition may be

substantially to lessen competition, or to tend to create a monopoly)」議決権付証

券(voting securities)又は資産の取得を禁止している。

Page 24: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

18

米国においても事前届出制度及び待機期間制度が設けられている。米国における届出・待

機期間規制の法源であるハート・スコット・ロディノ法(Hart-Scott-Rodino Antitrust

Improvements Act of 1976。通称「HSR法」)により追加されたクレイトン法(Clayton Act)

第 7A 条は、一定の規模要件を満たす議決権付証券又は資産の「保有(hold)」をもたらす

ような議決権付証券又は資産の直接又は間接の取得を、事前届出規制及び待機期間規制の

対象としている。ここでの「保有」の意義は、HSR 法に関する FTC の規則(Rules)が規定

しており、「受益的所有権(beneficial ownership)」を保持することをいうとされている。

「受益的所有権」の有無は、日本の独禁法における株式取得の実行の有無のような一義的

かつ明確な線引きによる判断が必ずしも可能ではなく、個々の事実関係に基づき、下記の

四つの要素を含む「徴候(indicia)」が移転したか否かを参照しながら決定すべきものと

されている 12。

(a) 価値の上昇及び配当による利益を得る権利(the right to obtain the benefit of

any increase in value or dividends)

(b) 価値の減少のリスク(the risk of loss of value)

(c) 株式に係る議決権又は誰が議決権を行使するかを決定する権利(the right to vote

the stock or to determine who may vote the stock)

(d) 投資判断の裁量(株式の処分権限を含む)(the investment discretion (including

the power to dispose of the stock))

欧州の EUMR が「支配」に注目するのに対し、米国では、「支配」に近い要素として上記(c)

及び(d)が挙げられているのに加え、(a)及び(b)のような経済的利益に関する関係の有無を

も考慮するものとされている。

米国においては、ガン・ジャンピングが問題とされた事例の一定の蓄積が見られる。詳細

は第 2章「ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」を参照されたい。

(4) 中国における企業結合規制及びガン・ジャンピング問題

中国では、中国独占禁止法第 28 条が、競争を排除又は制限する企業結合及びその可能性の

ある企業結合について、当該結合を禁止する決定が行われる旨規定している。

12 1978年に公表された the Statement of Basis and Purpose Implementing Title II of the

Hart-Scott-Rodino Antitrust Improvements Act of 1976 の 33458頁。

Page 25: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

19

中国においても事前届出制度及び待機期間制度が設けられている。中国独占禁止法上の事

前届出の対象は、一定の規模要件を満たす企業結合(中国語で「経営者集中」)であるが、

ここでいう企業結合(経営者集中)とは、(1)合併、(2)株式又は資産の取得により他の事

業者の支配権を取得する場合、(3)契約等による他の事業者の支配権の取得又は他の事業者

に対して決定的な影響を与えうるようになる場合とされる(中国独占禁止法第 20 条)。中

国独占禁止法・同法の企業結合規制は、基本的に欧州競争法を参考としているため、厳密

な概念の内実は異なるものの、EU における企業結合規制と同様に「支配」の取得の有無が

検討のポイントとなる。

中国においてガン・ジャンピングが問題とされた事例については「第 2章 ガン・ジャンピ

ングの問題があるとされた個別公表事例」の事例①(5)と事例②(5-2)を参照されたい。

Page 26: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

20

第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例

本章では、米国、欧州(欧州委員会、ドイツ、フランス、デンマーク、オランダ)、中国、

韓国、インド、ブラジル、メキシコ及び日本においてガン・ジャンピングの問題があると

して各国・地域の競争当局が指摘・摘発を行った個別の事例について、公表資料等に基づ

いて以下の事項をまとめている。

(1) 当事会社名

(2) 指摘・摘発を行った競争当局あるいは判断を行った裁判所

(3) 事案の概要・背景

(4) 指摘・摘発の対象として認定された行為の内容

(5) 適用条文

(6) 制裁その他の処分等に際しての重要な理由づけその他注目すべき指摘事項

(7) 裁判手続・裁判所等の判断

(8) 当該公表事例に関する当事会社/競争当局のプレスリリース、メディア記事のリンク

なお、詳細は第 3 章で説明するが、本章では個別公表事例を以下の四つの分類にまとめて

紹介している。

類型①:事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・待機義務違

反(手続法規制違反)

類型②:複雑なスキームを使った M&A取引に関する届出・待機義務違反(手続法規制違反)

類型③:クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転したことや

対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義務違反(手続

法規制違反)

類型④:M&A取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報交換に伴う

カルテル規制違反(実体法規制違反)

Page 27: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

21

① 事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・待機義務違反

(手続法規制違反)

(1) フォルクスワーゲン/エム・アー・エヌ(韓国・2007年)

当事会社名 13 Volkswagen AG(フォルクスワーゲン)

MAN AG(エム・アー・エヌ)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

韓国公正取引委員会

事案の概要・背景 2006年 10月 11日、ドイツの自動車メーカーであるフォルクスワー

ゲンはドイツの自動車・機械メーカーであるエム・アー・エヌの株

式を取得した(「本株式取得」)。

当時の韓国の独占禁止法のもとでは、2006年 11月 10日まで(本株

式取得から 30日以内)に韓国公正取引委員会に対して本株式取得に

ついての届出を行う必要があったところ、フォルクスワーゲンは

2006年 12月 21日に届出を行った。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

申告期限までに韓国公正取引委員会に対して本株式取得についての

届出を行わなかったこと

適用条文 韓国独占規制及び公正取引に関する法律第 69条の 2第 1項第 2号

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

600万ウォンの過料

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

-

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.ftc.go.kr/www/cmm/fms/FileWorkDown.do?atchFileUrl

=/data/hwp/case&atchFileNm=20070504171138907_.hwp

(2007 年 5月 9日)

(2) フランクフルト・アム・マイン印刷発行所/フランクフルト都市官報(ドイツ・2009年)

13 本報告書における当事会社名は読みやすさの便宜からカタカナ等で表記しているが、これらは必ずしも

各社の正式名称ではない。

Page 28: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

22

当事会社名 Druck- und Verlagshaus Frankfurt am Main GmbH(フランクフルト・

アム・マイン印刷発行所)

Frankfurter Stadtanzeiger GmbH(フランクフルト都市官報)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

ドイツ連邦カルテル庁

事案の概要・背景 2001年 1月、フランクフルトにおいて日刊新聞等を発行する出版会

社であるフランクフルト・アム・マイン印刷発行所は競争事業者の

フランクフルト都市官報を買収したが(「本買収」)、フランクフル

ト・アム・マイン印刷発行所はドイツ連邦カルテル庁に対して本買

収についての届出を行わなかった。

2008年 1月、ドイツ連邦カルテル庁は、フランクフルト・アム・マ

イン印刷発行所によって本買収とは別の M&A 取引についての届出が

行われた際、フランクフルト・アム・マイン印刷発行所が、届出義

務があることを認識していながら本買収についての届出を行ってい

なかったことを発見した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

フランクフルト・アム・マイン印刷発行所が、届出義務があるにも

かかわらずドイツ連邦カルテル庁に対して本買収についての届出を

行っていなかったこと

適用条文 ドイツ競争制限禁止法第 41条第 1項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

413万ユーロの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

ドイツ連邦カルテル庁は以下の事情を考慮の上、罰金額を決定して

いる。

(i) フランクフルト・アム・マイン印刷発行所がフランクフル

トの広告市場で得た売上高

(ii) フランクフルト・アム・マイン印刷発行所の市場シェアが

大きいこと(市場シェアは約 67%)

(iii) 本買収について届出が行われていた場合、本買収が禁止さ

れた可能性もあること

(iv) 意図の重大性

(v) フランクフルト・アム・マイン印刷発行所グループの資金

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す http://www.bundeskartellamt.de/SharedDocs/Meldung/EN/Pressem

Page 29: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

23

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

itteilungen/2009/13_02_2009_DuV-Bu%C3%9Fgeld.html

(2009 年 2月 13日)

(3) エレクトラベル/ローヌ公共企業(欧州・2009年)

当事会社名 Electrabel S.A.(エレクトラベル)

Compagnie Nationale du Rhône(ローヌ公共企業)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

欧州委員会

欧州一般裁判所

事案の概要・背景 ベルギーの大手電力会社であるエレクトラベルは、フランスで二番

目に大きい電力会社であるローヌ公共企業の株式を2003年6月から

取得し、2003年 12月 23日時点で 49.95%(議決権ベースでは 47.92%)

の株式を保有するに至った(「本株式取得」)。

2007年 8月 9日、エレクトラベルは、本株式取得が事前届出を必要

とする「事実上の支配(de facto control)」の取得に該当するかに

ついて、欧州委員会との間で事前相談を開始し、その見解を求めた

ところ、欧州委員会は、エレクトラベルがローヌ公共企業の事実上

の(単独)支配を取得しているとの結論に至った。

そこで、2008 年 3 月 26 日、エレクトラベルは、欧州委員会に対し

て本株式取得についての届出を行い、2008 年 4 月 29 日、本株式取

得についてクリアランスを取得した。

もっとも、欧州委員会は、エレクトラベルがローヌ公共企業の支配

を取得したのはいつであったかについての審査を継続し、2008年 12

月 17日、エレクトラベルが 2003年 12月 23日の時点でローヌ公共

企業の事実上の支配を取得していたとしてエレクトラベルに異議告

知書(statement of objection)14を送付した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

2009 年 6 月 10 日、欧州委員会は以下の事実を認定し、エレクトラ

ベルが 2003年 12月 23日時点で欧州委員会への届出及びクリアラン

スを取得することなくローヌ公共企業の事実上の支配を取得してい

たことを理由として制裁金賦課決定を出した。

(i) 2003 年 12 月 23 日にエレクトラベルはローヌ公共企業の発

行済株式の 49.95%(議決権ベースで 47.92%)を有する筆頭

株主になったこと

14 「異議告知書」とは、欧州競争法違反の疑いに関する欧州委員会の暫定的な見解を示し、当事者の意見

を求めるものである。「異議告知書」は調査途中の文書であり、欧州委員会の最終決定ではない。

Page 30: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

24

(ii) ローヌ公共企業の他の株主との株式保有比率の格差及びロ

ーヌ公共企業の過去の株主総会への他の株主の出席状況か

らすると、エレクトラベルの株式保有比率は、ローヌ公共

企業の株主総会において安定多数を確保するに足りるもの

であったこと

(iii) エレクトラベルは、ローヌ公共企業の株主の中で唯一の電

力会社であり、エレクトラベルに対してローヌ公共企業の

株式を売却した株主が従前担っていた発電所の運営管理及

び売電のマーケティングの役割を引き継いでいること

適用条文 2004年改正前 EUMR第 7条第 1項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

2,000万ユーロの制裁金 15

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

欧州委員会は、違反の深刻性及び重大性を示す事情として以下の事

実を認定している。

(i) 届出・待機義務違反は長期間に及ぶこと

(ii) エレクトラベルは EUMRに基づく届出の経験がある大企業で

あり、2003 年 12月までにローヌ公共企業株式の取得につい

て欧州委員会に事前届出を行わなければならないことを認

識しえたこと

他方で、欧州委員会は、エレクトラベルが自主的に本株式取得につ

いての届出を行ったことは違反の深刻性及び重大性を緩和する事情

として認定している。

裁判手続/裁判所等の

判断

エレクトラベルは欧州委員会の判断を不服として上訴したが、2012

年 12月 12日、欧州一般裁判所はエレクトラベルの上訴を棄却した。

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m499

4_20090610_1465_en.pdf

(2009 年 6月 10日)

http://curia.europa.eu/juris/celex.jsf?celex=62009TJ0332&lan

g1=en&type=TXT&ancre

(2012 年 12月 12日)

(4) マリンハーベスト/モーポル(欧州・2014年)

当事会社名 Marine Harvest ASA(マリンハーベスト)

15 なお、エレクトラベルが欧州委員会の判断を不服として上訴した裁判において、欧州一般裁判所は、EUMR

第 14条第 3項は制裁金の算定の際に違反行為の性質、重大性及び継続期間を考慮することのみを定めてい

ること等を理由として、制裁金の算定について欧州委員会に広い裁量を認めている。

Page 31: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

25

Morpol ASA(モーポル)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

欧州委員会

欧州一般裁判所

事案の概要・背景 2012年 12月 18日、ノルウェーのサーモン養殖加工会社であるマリ

ンハーベストは、ノルウェーの競争事業者であるモーポルの株式の

48.5%を取得した(「本株式取得」)。

本株式取得は、マリンハーベストが欧州委員会に対して正式に届出

を行う 8 か月前及びマリンハーベストが本株式取得についてクリア

ランスを取得する 9か月以上前に行われたものであった。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

欧州委員会は、以下の事実から、本株式取得によりマリンハーベス

トはモーポルに対する事実上の(単独)支配を取得したと認定した。

(i) モーポルの株主が広く分散していること

(ii) モーポルの株主の過去の株主総会における出席率から、マ

リンハーベストは株主総会において安定的に議決権の多数

を得ていたこと

適用条文 EUMR第 4条第 1項及び第 7条第 1項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

2,000万ユーロの制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

欧州委員会は、2,000 万ユーロという制裁金額につき、以下の事情

を考慮の上、決定している。

(i) マリンハーベストがモーポルに対する議決権を行使しなか

ったこと

(ii) マリンハーベストが本株式取得直後に事前相談制度を通じ

て本株式取得を欧州委員会に通知したこと

(iii) しかしながら、本株式取得は競争法上重大な懸念を生じさ

せるもので、マリンハーベストが大規模な問題解消措置を

申し出ることによって欧州委員会は条件付きクリアランス

を与えており、届出・待機義務違反は重大であること

なお、欧州委員会は、本株式取得からクリアランスを取得するまで

の 9 か月の間にマリンハーベストがモーポルの議決権を行使しなか

ったことは届出・待機義務違反を免れさせるものではないとしてい

る。

裁判手続/裁判所等の

判断

マリンハーベストは欧州委員会の判断を不服として上訴したが、

2017年 10月 26日、欧州一般裁判所はマリンハーベストの上訴を棄

却した。

Page 32: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

26

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://ec.europa.eu/competition/mergers/cases/decisions/m718

4_1048_2.pdf

(2014 年 7月 23日)

http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX

:62014TJ0704&from=EN

(2017 年 10月 26日)

※本調査終了後の 2018年 1月 5日、マリンハーベストは欧州司法裁判所に本件について提

訴した。

https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=uriserv:OJ.C_.2018.142.01.00

22.01.ENG&toc=OJ:C:2018:142:TOC

(5) 復星医薬/二葉製薬(中国・2015年)

当事会社名 上海复星医薬産業発展有限公司(復星医薬)

蘇州二葉製薬有限公司(二葉製薬)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

商務部

事案の概要・背景 復星医薬は二葉製薬の持分の 35%を取得したが(「本持分取得」)、

商務部に対して本持分取得についての事前届出を行わなかった。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

事前届出が必要とされる本持分取得について事前届出を行わなかっ

たこと

適用条文 中国独占禁止法第 48 条、第 49条及び法に基づき申告を行っていな

い企業集中の調査処理に関する暫定弁法第 13条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

20万人民元の罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

商務部は当事会社に当該 M&A 取引についての届出を行わせた上で届

出懈怠に対する処罰を決定することから、届出懈怠に対する処罰を

受けたことをもって届出を免れることはできず、改めて企業結合審

査も受ける必要がある。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://tfs.mofcom.gov.cn/article/xzcf/201509/20150901124675.

shtml

(2015 年 9月 16日)

Page 33: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

27

(6) パナソニック/パナソニックヨーロッパ/フィコサ・インバージョン(メキシコ・2017

年)

当事会社名 パナソニック株式会社(パナソニック)

Panasonic Europe Ltd.(パナソニックヨーロッパ)

Ficosa Inversión, S.L.(フィコサ・インバージョン)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

メキシコ連邦経済競争委員会

事案の概要・背景 2015 年 6 月 30 日、パナソニックは、パナソニックの完全子会社で

あるパナソニックヨーロッパを通じ、スペインの自動車部品・シス

テムサプライヤーであるフィコサ・インターナショナルの発行済株

式総数の 49%をフィコサ・インバージョンから取得した(「本株式

取得」)。

パナソニックは、本株式取得により、パナソニックヨーロッパを通

じてフィコサ・インターナショナルの資産の 35%超を間接的に保有

することになった。

フィコサ・インターナショナルのメキシコでの年間売上高は 12 億

6,080 万ペソを超えていたため、本株式取得についてメキシコ連邦

経済競争委員会への事前届出が必要であった。

2017 年 3 月 21 日、パナソニックは、フィコサ・インターナショナ

ルの発行済株式総数の 20%を追加取得すること(「本追加取得」)

を公表し、メキシコ連邦経済競争委員会に対して本追加取得につい

ての届出を行ったところ、本株式取得について届出が必要であった

ことが発覚した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

事前届出が必要とされる本株式取得について事前届出を行わなかっ

たこと

適用条文 メキシコ連邦経済競争法第 86条第 2項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

パナソニックに対する 1,402万ペソの罰金

パナソニックヨーロッパに対する 1,402万ペソの罰金

フィコサ・インバージョンに対する 1,402 万ペソの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

-

Page 34: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

28

べき摘示事項

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.cofece.mx/cofece/ingles/images/ingles/press_rele

ase/COFECE-027-2017_English.pdf

(2017 年 5月 15日)

Page 35: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

29

② 複雑なスキームを使った M&A取引に関する届出・待機義務違反(手続法規制違反)

(1) マース/ニュートロ(ドイツ・2008年)

当事会社名 Mars, Incorporated(マース)

Nutro Products, Inc.(ニュートロ)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

ドイツ連邦カルテル庁

事案の概要・背景 2007 年 5 月、米国の食料品会社であるマースは、米国のペットフ

ード製造業者であるニュートロの株式を取得すること(「本株式取

得」)について、米国、ドイツ及びオーストリアの競争当局に対し

て事前届出を行った。

米国では待機期間が満了したものの、ドイツとオーストリアでは

競争当局による審査が継続していたところ、マースはドイツとオ

ーストリアにおける事業(販売権)を取得対象から除外した(カ

ーブアウトした)上で本株式取得を実行した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

ドイツ連邦カルテル庁からクリアランスを取得する前にマースが

本株式取得を実行したこと

適用条文 ドイツ競争制限禁止法第 41条第 1項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

450万ユーロの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

ドイツ連邦カルテル庁は、ニュートロのドイツにおける事業を取得

対象から除外する(カーブアウトする)ことによっても、ドイツ連

邦カルテル庁からクリアランスを取得する前に M&A 取引を実行し

てはならないという義務をマースは免れることはできないとした。

ドイツ連邦カルテル庁は、本株式取得に係る企業結合審査の帰結と

して最終的にマースはニュートロのドイツ事業を処分することに

なったところ、マースがこれに協力的でなかった場合には罰金額は

さらに高くなっていたとした。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.bundeskartellamt.de/SharedDocs/Meldung/EN/Press

emitteilungen/2008/15_12_2008_Mars_Vollzugsverbot.html

(2008 年 12月 15日)

Page 36: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

30

(2) エティハド航空/ジェットエアウェイズ(インド・2013 年)

当事会社名 Etihad Airways PJSC(エティハド航空)

Jet Airways (India) Limited(ジェットエアウェイズ)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

インド競争委員会

事案の概要・背景 2013年 5月 1日、アラブ首長国連邦の航空会社であるエティハド航

空とインドの航空会社であるジェットエアウェイズは、2013 年 4月

24日に締結した投資契約(「本投資契約」)、株主間契約(「本株主間

契約」)及び協業契約(「本協業契約」)に基づいてエティハド航空が

ジェットエアウェイズの持分の 24%を取得することについて、イン

ド競争委員会に届出を行った。

また、2013 年 2 月 26 日、エティハド航空とジェットエアウェイズ

は、ジェットエアウェイズのロンドン・ヒースロー空港における三

つの発着枠をエティハド航空に売却し、当該発着枠をエティハド航

空からジェットエアウェイズにリースする取引(「本ロンドン・ヒー

スロー空港発着枠取引」)に係る契約を締結していた。

2013年 10月 18日、インド競争委員会は、事前届出を行わずにエテ

ィハド航空とジェットエアウェイズが複合的な M&A 取引の一部(本

ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引及び本協業契約)を実行し、

かかる実行が届出・待機義務違反に該当するとして、エティハド航

空に対して弁明要求書(show cause notice)を送付した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

インド競争委員会は、エティハド航空とジェットエアウェイズが各

種契約を複合的な単一の M&A 取引であるとの意図を有していたこと

が窺われるにもかかわらず、インド競争委員会に事前届出を行う前

あるいはクリアランスを取得する前に当該 M&A 取引の一部(本ロン

ドン・ヒースロー空港発着枠取引)が実行されたと認定した。両社

が本ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引を単一の M&A 取引の一部

であるとの意図を有していたとインド競争委員会が認定した理由は

以下のとおりである。

(i) 本投資契約は、本投資契約、本株主間契約、本協業契約、本

ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引に係る契約等を「取

引文書(Transaction Documents)」と定義しており、エテ

ィハド航空とジェットエアウェイズは本投資契約と本ロン

ドン・ヒースロー空港発着枠取引を関連する取引と取り扱

Page 37: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

31

っていたこと

(ii) 本ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引に係る契約におい

て、本ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引に係る契約の

締結日から 30日以内に本投資契約と本株主間契約が締結さ

れなかった場合、本ロンドン・ヒースロー空港発着枠取引

に係る契約を解除する権利がエティハド航空に発生すると

されていたこと

また、インド競争委員会は、以下の事実から、エティハド航空とジ

ェットエアウェイズは、インド競争委員会に事前届出を行う前ある

いはクリアランスを取得する前に本協業契約を実行したと認定し

た。

(i) ジェットエアウェイズは、本協業契約において、2013 年の

IATA(国際航空運送協会)冬シーズンまでに、アラブ首長

国連邦のアブダビとインド間のフライトサービスを新たに

毎日提供する義務を負っていたところ、アブダビ・コーチ

(インド)間のフライトサービスを毎日提供するようにな

ったこと

(ii) ジェットエアウェイズは、本協業契約で定められていたボ

ーイング 777-300ERのサブリースを行ったこと

適用条文 インド競争法第 6条第 2項、第 43A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

1,000万インドルピーの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

インド競争委員会は、以下の事情からエティハド航空とジェットエ

アウェイズの行為は厳罰をもたらすものではないとして、罰金額を

限定している。

(i) エティハド航空とジェットエアウェイズは、インド競争委員

会が届出義務の不遵守を発見する契機となった本ロンド

ン・ヒースロー空港発着枠取引に係る契約と本競業契約を

含む両社の間で締結された全ての契約をインド競争委員会

に開示しており、情報の隠匿は見られないこと

(ii) (インド競争委員会がその主張を支持するものではない

が、)エティハド航空とジェットエアウェイズは、本ロンド

ン・ヒースロー空港発着枠取引は本投資契約とは独立した

取引であると考えていたと主張していること

(iii) エティハド航空とジェットエアウェイズは、本協業契約を

法定期間内にインド競争委員会に届け出ていること

Page 38: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

32

(iv) インド競争委員会からクリアランスを取得する前に本協業

契約の一部を実行しているが、これはジェットエアウェイ

ズが切迫した財政支援の必要性に基づいて善意で行ったも

のであること

なお、インド競争委員会は、2013年 11月 12日にエティハド航空が

ジェットエアウェイズの持分の 24%を取得することについてクリア

ランスを与えたが、かかるクリアランス付与はエティハド航空とジ

ェットエアウェイズが事前届出義務を遵守していたことを意味する

ものではないとしている。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.cci.gov.in/sites/default/files/faq/Order%20191213

.pdf

(2013 年 12月 19日)

(3) トーマス・クック/トーマス・クック保険/スターリング・ホリデー・リゾート(インド・

2014年)

当事会社名 Thomas Cook (India) Limited(トーマス・クック)

Thomas Cook Insurance Services (India) Limited(トーマス・

クック保険)

Sterling Holiday Resorts (India) Limited(スターリング・ホ

リデー・リゾート)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

インド競争委員会

事案の概要・背景 インドの旅行代理店会社であるトーマス・クック、トーマス・ク

ック保険(トーマス・クックのインド子会社)及びインドのリゾ

ートホテル会社であるスターリング・ホリデー・リゾートは、①

会社分割によりスターリング・ホリデー・リゾートのリゾート及

びタイムシェア事業をトーマス・クック保険に譲渡し、また、②

トーマス・クックとスターリング・ホリデー・リゾートの残りの

事業とを合併することにし(「本スキーム」)、2014年 2月 7日、ト

ーマス・クック、トーマス・クック保険及びスターリング・ホリ

デー・リゾートらは、以下の契約を締結した。

(i) トーマス・クック保険がスターリング・ホリデー・リゾー

Page 39: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

33

トの 22.86%の持分の割当てを受けることを目的とした割

当契約(「本割当契約」)

(ii) トーマス・クック保険がスターリング・ホリデー・リゾー

トの 19.94%の持分を取得する株式譲渡契約(「本株式譲渡

契約」)

トーマス・クックとトーマス・クック保険は、本割当契約及び本

株式譲渡契約により公開買付けを行う義務が生じたため、一般株

主からスターリング・ホリデー・リゾートの持分を最大 26%まで

買い取る公開買付けを共同で行った(「本公開買付け」)。本公開買

付けについてのトーマス・クックとトーマス・クック保険の取締

役会における承認決議はいずれも 2014年 2月 7日に行われた。

トーマス・クック保険は、2014 年 2月 10日から 12日までの間、

ボンベイ証券取引所でスターリング・ホリデー・リゾートの持分

の 9.93%を取得した(「本市場取得」)。

2014年 2月 14日、トーマス・クック、トーマス・クック保険及び

スターリング・ホリデー・リゾートは、インド競争委員会に対し

て本スキームについての事前届出を行った。

2014年 3月 10日、インド競争委員会は、本スキームとスターリン

グ・ホリデー・リゾートの持分を取得することは単一の M&A 取引

の一部であり、また、本市場取得もかかる単一の M&A 取引の一部

であるにもかかわらず、インド競争委員会に事前届出を行う前に

本市場取得を実行していたとして、トーマス・クック、トーマス・

クック保険及びスターリング・ホリデー・リゾートに対して弁明

要求書(show cause notice)を送付した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

一連の取引が単一の M&A 取引を実行することを目的としている場

合、当該 M&A 取引の競争上の効果を評価するため、全ての取引を

考慮することが適切である。

M&A 取引が一連のステップや取引によって構成されている場合、単

独で見るといくつかのステップについては(届出が必要とされる)

M&A取引とは評価されない可能性があり、また、一連のステップの

うち特定のステップは届出が不要とされる場合もありうるが、イ

ンド競争法の遵守を回避する目的でステップ・取引の多重構成を

悪用することは許されない。

本スキーム、本株式譲渡契約、本割当契約及び本公開買付けがな

ければトーマス・クック保険が本市場取得を行わなかったことは

本件の事実関係から明らかであり、本市場取得が独立したものと

Page 40: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

34

見ることはできず、インド競争委員会に事前届出を行う前に本市

場取得を実行したことによりトーマス・クックらは届出義務に違

反した。

適用条文 インド競争法第 6条第 2項、第 43A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

1,000万インドルピーの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

インド競争委員会は、以下の事情からトーマス・クックらの行為

は厳罰をもたらすものではないとして、罰金額を限定している。

(i) 2014年 2月 10日から 12日までの間に行った本市場取得が

2014年 2月 14日に行われた届出で開示されていること

(ii) 全ての取引が開示されており、情報の隠匿は見られないこ

(iii) 届出によってインド競争委員会は届出義務違反を発見で

きたこと

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.cci.gov.in/sites/default/files/C-2014-02-153R.p

df

(2014 年 5月 21日)

(4) シスコシステムズ/テクニカラー(ブラジル・2016年)

当事会社名 Cisco Systems, Inc.(シスコシステムズ)

Technicolor S.A.(テクニカラー)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

ブラジル経済擁護行政委員会

事案の概要・背景 フランスのマルチメディア・家電企業であるテクニカラーが米国

のコンピュータネットワーク機器開発会社であるシスコシステム

ズの完全子会社であるコネクテッドデバイス事業を取得する取引

(「本取引」)について、ブラジル、カナダ、米国、コロンビア、

オランダ及びウクライナにおいて各競争法に基づく届出が行われ

た。

ブラジルでの届出は 2015年 10月 16日に正式受理されたが、シス

Page 41: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

35

コシステムズ及びテクニカラーはブラジル経済擁護行政委員会の

審査が完了する前 16の 2015 年 11月 19日に本取引を実行した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

2015 年 11 月 20 日、シスコシステムズ及びテクニカラーは、両社

のウェブサイトにおいて、「テクニカラーはシスコシステムズのコ

ネクテッドデバイス事業の取得を完了し、同事業の資産の統合は

直ちに開始し、テクニカラーとシスコシステムズの間の戦略的協

業合意は実行段階に移行している」とのプレスリリースを公表し

たところ、ブラジル経済擁護行政委員会は、かかるプレスリリー

スはガン・ジャンピングの十分な証左であると判断した。

適用条文 ブラジル競争保護法第 88条第 3項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

3,000万ブラジルレアルの罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

シスコシステムズとテクニカラーはブラジルにおける競争状態を

維持するといういわゆるカーブアウト合意( carving-out

agreement)17を行っていた。

ブラジル経済擁護行政委員会は、米国、カナダ、EU、ドイツその

他の多くの競争当局も、その有効性及びモニタリングの困難さに

対する懸念から、カーブアウト合意はガン・ジャンピングの違反

を免れさせる又は緩和させるものではないと述べている。

ブラジル経済擁護行政委員会は、競争事業者間における競争機微

情報の交換を避けるという観点からはカーブアウト合意の有効性

は極めて疑問であるとして、シスコシステムズとテクニカラーの

間で行われたカーブアウト合意を有効と認めなかった。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://en.cade.gov.br/press-releases/cisco-and-technicolor

-admit-practice-of-gun-jumping-in-global-transaction-1

(2016年 1月 20日)

(5-1) キヤノン/東芝メディカル/東芝(日本・2016 年)

当事会社名 キヤノン株式会社(キヤノン)

16 なお、ブラジルにおける審査期間は届出が正式受理されてから原則として 240日間(さらに 90日延長さ

れる余地もある)とされている。 17 「カーブアウト合意」とは、一般に、特定の国・地域の競争当局からクリアランスを取得できていない

場合であっても、当該特定の国・地域の競争当局との間で一定の合意をすること等により、既に競争当局

からクリアランスを取得している国・地域においては M&A取引を実行する合意をいう。

Page 42: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

36

東芝メディカルシステムズ株式会社(東芝メディカル)

株式会社東芝(東芝)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

公正取引委員会

事案の概要・背景 2016 年 3 月 8 日、三名の個人(東芝及びキヤノンから独立した、

上場会社名誉顧問、弁護士及び公認会計士)によって、株式の保

有及び運用を事業内容とする資本金 3 万円の特別目的会社である

MSホールディング株式会社(「MSホールディング」)が設立された。

東芝メディカルは、2016年 3月 15日、普通株式を全て C種株式に

変更し、2016 年 3 月 16 日、①議決権のある株式(A 種株式)20

株と②無議決権株式(B種株式)1株、③新株予約権 100個を発行

した上でこれらを東芝に交付し、東芝は引き換えに C 種株式(旧

普通株式)を東芝メディカルに譲渡した。

2016年 3月 17日、東芝は、以下の二つの契約を締結し、同日付で

これらの取引を実行・公表した。

(i) キヤノンとの間で、東芝メディカルの B種株式 1株及び新

株予約権 100個をキヤノンに譲渡する契約(キヤノンから

東芝に対する B 種株式及び新株予約権の譲渡対価は約

6,665億円)

(ii) MS ホールディングとの間で、東芝メディカルの A 種株式

20株を MSホールディングに譲渡する契約(MSホールディ

ングから東芝に対する A種株式の対価は 9万 8,600円)

上記の各契約では以下の内容が定められていた。

(A) 東芝メディカルは、公取委を含め、必要な競争当局からク

リアランスを取得した後、東芝メディカルが、MS ホール

ディングが保有する A種株式及びキヤノンが保有する B種

株式を自己株取得した上で消却する。

(B) キヤノンは、必要な競争当局からクリアランスを取得した

後、東芝メディカルの新株予約権を行使し(行使価格は

100 円)、これにより東芝メディカルの議決権付株式を取

得する。

(C) 上記(A)及び(B)が行われることにより、MS ホールディン

グは東芝メディカルの株式を保有しないこととなり、他

方、キヤノンは新株予約権を行使することで東芝メディカ

ルの株式を保有することとなり、東芝メディカルはキヤノ

Page 43: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

37

ンの完全子会社となる。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

上記「事案の概要・背景」の一連の行為は、独禁法に基づく企業

結合審査においてクリアランスを取得することを条件として最終

的にキヤノンが東芝メディカルの株式を取得することとなること

を前提としたスキームの一部を構成し、第三者(MS ホールディン

グ)を通じてキヤノンと東芝メディカルの間に一定の結合関係が

形成されるおそれを生じさせるものであり、また、上記一連の行

為が、キヤノンが公取委への届出を行う前になされたことは事前

届出制度の趣旨を逸脱し、独禁法第 10条第 2項の規定に違反する

行為につながるおそれがある。

適用条文 独禁法第 10条第 2項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

公取委は、今後、同様の行為を行わないよう、キヤノンに対して

注意を行うとともに、上記「事案の概要・背景」のスキームの実

行に関与していた東芝に対して、今後、事前届出制度の趣旨を逸

脱するような行為に関与することのないよう申入れを行った。

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

今後、上記「事案の概要・背景」にあるようなスキームをとる必

要がある場合には、当該スキームの一部を実行する前に届出を行

うことが求められることになる。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/jun/160630_2

.html

(2016 年 6月 30日)

(5-2) キヤノン/東芝メディカル/東芝(中国・2016 年)

当事会社名 キヤノン株式会社(キヤノン)

東芝メディカルシステムズ株式会社(東芝メディカル)

株式会社東芝(東芝)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

商務部

事案の概要・背景 上記(5-1)参照

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

キヤノンが商務部に対して東芝メディカルの株式を取得すること

についての届出を行う前に東芝に買収代金を支払って第三者(MS

Page 44: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

38

内容 ホールディング株式会社)に東芝メディカルの議決権を移転させ

たこと

適用条文 中国独占禁止法第 48 条、第 49 条及び法に基づき申告を行ってい

ない企業集中の調査処理に関する暫定弁法第 13条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

30万人民元の罰金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

-

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.mofcom.gov.cn/article/xzcf/201701/2017010249531

4.shtml

(2016 年 12月 16日)

(5-3) キヤノン/東芝メディカル/東芝(欧州・2017 年)(調査中)

当事会社名 キヤノン株式会社(キヤノン)

東芝メディカルシステムズ株式会社(東芝メディカル)

株式会社東芝(東芝)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

欧州委員会

事案の概要・背景 上記(5-1)参照

2017 年 7 月 6 日、キヤノンは、欧州委員会から、キヤノンによる

東芝メディカルの株式取得に係る欧州競争法上の届出義務違反の

嫌疑に関する異議告知書(statement of objection)を受領した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

-

適用条文 EUMR第 4条第 1項及び第 7条第 1項

制裁その他の処分、警 キヤノンが、中間買主を介した、いわゆる「ウェアハウジング」

Page 45: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

39

告、注意等の内容 二 段 階 買 収 方 式 ( “warehousing” two-step transaction

structure)18を採用したことにより、欧州委員会からクリアラン

スを取得する前に東芝メディカルを買収することが可能となった

こと

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

キヤノンによる東芝メディカルの株式取得について、欧州委員会

に事前届出を行い、欧州委員会からクリアランスを取得する前に

実行したと欧州委員会が判断した場合、キヤノンの全世界での年

間総売上高の 10%を上限とする制裁金がキヤノンに科せられる可

能性がある。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://europa.eu/rapid/press-release_IP-17-1924_en.htm

(2017 年 7月 6日)

http://global.canon/ja/news/2017/20170706.html

(2017 年 7月 6日)

(6) KPMGデンマーク/EY(欧州・2018年)(係属中)

当事会社名 KPMG Statsautoriseret Revisionspartnerselskab,

Komplementarselskabet af 1. januar 2009 Statsautoriseret

Revisionsaktieselskab 及び KPMG Ejendomme Flintholm K/S (KPMG

デンマーク)

Ernst & Young P/S(アーンスト・アンド・ヤング・パートナーシッ

プ)、 Ernest & Young Europe LLP、 Ernst & Young Godkendt

Revisionsaktieselskab、Ernst & Young Global Limited及びEYGS LLP

(EY)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

デンマーク競争・消費者庁

事案の概要・背景 2013年 11月 18日、KPMGデンマークと EYは、KPMGデンマークが KPMG

のネットワークから離脱して EYと統合すること(「本統合」)につ

いて契約(「本統合契約」)を締結し、本統合は 2013 年 11 月 19

日に公表された。当時、KPMG デンマークと EY はいずれもデンマー

クにおいて監査・会計サービスを提供しており、また、KPMG デンマ

18 「ウェアハウジング方式の買収手法」とは、買主がクリアランスを取得するまでの間、いったん第三者

が対象会社の株式を暫定的に取得し、買主がクリアランスを取得した後に対象会社の株式を当該第三者か

ら買主に対して譲渡するスキームをいう。

Page 46: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

40

ークは、2010年 2月 15日に締結した KPMG ネットワークにおけるメ

ンバーシップ契約(「本 KPMG メンバーシップ契約」)に基づき、KPMG

International Cooperative(「KPMG インターナショナル」)のメ

ンバーであった。

本統合契約において、KPMGデンマークは、KPMG インターナショナル

のメンバーシップから離脱した上で EY と統合し、EY グループのメ

ンバーとなるため、本 KPMGメンバーシップ契約を本統合契約の締結

後直ちに解約することとされていた。

2013 年 11 月 18 日、KPMG デンマークは、EY と本統合契約を締結し

た後、2014 年 9月 30日を効力発生日として本 KPMGメンバーシップ

契約を解約することを KPMGインターナショナルに対して通知した。

2014年 2月 7日、本統合契約についてのデンマーク競争法に基づく

事前届出がデンマーク競争・消費者庁に正式受理され、2014 年 5月

28 日、KPMG デンマークと EYは本統合についてのクリアランスを取

得した。

2014年 12月 17日、デンマーク競争・消費者庁は、以下を主たる理

由として、KPMG デンマークが本統合契約に基づいて 2013 年 11月 18

日に KPMG インターナショナルに対して本 KPMG メンバーシップ契約

を解約する通知をしたことがデンマーク競争法に規定されている待

機義務に違反していたとの決定(「本違反決定」)を行った。

(i) 本 KPMG メンバーシップ契約の解約が本統合と直結してお

り、本統合を行うという判断の直接的な結果として本 KPMG

メンバーシップ契約が解約されたこと

(ii) 本 KPMGメンバーシップ契約の解約が不可逆的なものであっ

たこと

(iii) 本 KPMGメンバーシップ契約の解約通知からクリアランスま

での間、本 KPMG メンバーシップ契約の解約が市場に対して

潜在的な効果を生じさせたこと

2015年 6月 1日、アーンスト・アンド・ヤング・パートナーシップ

は本違反決定を不服とし、デンマーク海事商事裁判所に上訴したと

ころ、デンマーク海事商事裁判所は欧州司法裁判所に対し、デンマ

ーク競争法に規定されている待機義務の解釈について参照される

EUMR第 7条第 1項の解釈に関する欧州司法裁判所の統一的判断(先

決裁定)を求める先決付託(照会)を行った。

2018 年 1 月 18 日、欧州司法裁判所法務官 19が欧州司法裁判所に提

19 欧州司法裁判所法務官は、欧州司法裁判所に係属する事件について、独立した立場から、判決の前段階

Page 47: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

41

出した意見が公表された。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

KPMGデンマークがデンマーク競争・消費者庁から本統合についての

クリアランスを取得する前に KPMG インターナショナルに対して本

KPMGメンバーシップ契約の解約を通知したこと

適用条文 EUMR第 7条第 1項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

欧州司法裁判所法務官の意見の概要は以下のとおりである。

(i) 待機義務は、M&A取引の全部の実行のみならず、一部の実行

についても適用される必要があるが、M&A取引に先立つ単な

る内部的な準備行為については適用されず、あくまで M&A

取引に固有の行為に適用される。

(ii) 単に複数の取引が相互依存関係にあるからといって、それ

らの複数の取引が単一の M&A 取引と評価されることを必ず

しも意味するものではなく、(a)当該行為が対象となる企業

体への決定的な影響力を行使する可能性の取得に実際につ

ながる後続行為に先立つ行為であって、かつ、(b)当該先立

つ行為が後続行為と分離可能である場合には、当該先立つ

行為は待機義務の対象とされるべきではない。

(iii) 本 KPMGメンバーシップ契約の解約はクリアランスを必要と

するものではないが、本統合についてのクリアランス前に

解約通知が行われており、本統合と本 KPMGメンバーシップ

の解約はそれぞれ独立したものではなく、相互に関連する

ものではある。また、本統合契約は KPMG デンマークが KPMG

インターナショナルとのメンバーシップを解消することを

定めていたことから、本 KPMGメンバーシップ契約の解約は

本統合を実行するために必要不可欠な条件であった。

(iv) しかしながら、本 KPMG メンバーシップ契約の解約は、KPMG

デンマークに対する決定的な影響力を行使できる可能性を

EYに与えることで KPMGデンマークに関する支配の移転をも

たらすことに密接不可分なものではない。本 KPMGメンバー

シップ契約の解約は、KPMGデンマークがもはや KPMGネット

ワークのメンバーではなくなり、そして、会計サービス市

場において独立した事業者に戻るという効果をもたらすも

のに過ぎず、本 KPMG メンバーシップ契約の解約が会計サー

ビス市場に何らかの効果をもたらすとしても、KPMG デンマ

において理由を付した意見を公に提示することで、欧州司法裁判所の任務遂行を補佐する役割を果たして

いる。もっとも、欧州司法裁判所法務官の意見に欧州司法裁判所が直接拘束されることはない。

Page 48: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

42

ークが EYの競争事業者でなくなることを意味するものでは

ない。

(v) このように考えないと、本統合契約の締結からクリアランス

までの間に EY や KPMG デンマークが行ったあらゆる行為が

待機義務の対象として捕捉されることになりかねない。M&A

取引を実行しようとする意図自体は待機義務に抵触するも

のではない。

(vi) したがって、EUMR 第 7 条第 1 項に規定されている待機義務

は、M&A取引に至る過程に関連して行われたものであったと

しても、対象となっている企業体に対する決定的な影響力

を行使する可能性の取得に実際につながる後続行為に先立

ち、かつ、そのような後続行為とは分離可能な先行行為に

ついては適用されない旨を、欧州司法裁判所はデンマーク

海事商事裁判所へ回答すべきである。

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

欧州司法裁判所法務官は、待機義務違反の対象として検討される行

為が市場に対して潜在的な効果をもたらしたか否かは待機義務の適

用の有無とは無関係であるとしている。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.courthousenews.com/wp-content/uploads/2018/01/er

nst-young-eu.pdf

(2018 年 1月 18日)

Page 49: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

43

③ クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転したことや対

象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義務違反(手続法規

制違反)

(1) コンピュータ・アソシエイツ/プラチナム・テクノロジー(米国・2001年)

当事会社名 Computer Associates International, Inc.(コンピュータ・アソ

シエイツ)

Platinum Technology International, Inc.(プラチナム・テクノ

ロジー)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 1999 年 3 月以前、ソフトウェア製品の開発を行うコンピュータ・

アソシエイツは、システム管理ソフトウェア製品のベンダーであ

るプラチナム・テクノロジーと多くのソフトウェア市場において

競争関係にあった。

1999年 3月 29日、コンピュータ・アソシエイツがプラチナム・テ

クノロジーの全ての発行済株式を公開買付けにより取得する合併

契約(「本合併契約」)を締結し、1999年 3月 31日と 4月 2日にコ

ンピュータ・アソシエイツとプラチナム・テクノロジーは HSR 法

に基づく届出をそれぞれ行った。

1999年 5月 25日、待機期間が満了し、1999年 5月 28日、コンピ

ュータ・アソシエイツとプラチナム・テクノロジーは合併した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、本合併契約には一般的な M&A 取引契約には見られない

条項(プラチナム・テクノロジーがコンピュータ・アソシエイツ

から独立した競争事業体として事業活動を行うことを大幅に制限

する条項)が定められており、当該条項に基づいてコンピュータ・

アソシエイツとプラチナム・テクノロジーが待機期間満了前に行

った以下の行為は、プラチナム・テクノロジーが独立して価格そ

の他の販売条件を設定する権利やプラチナム・テクノロジーの営

業から提案された契約を承認するかを決定する権利をコンピュー

タ・アソシエイツに移転させ、また、コンピュータ・アソシエイ

ツがプラチナム・テクノロジーに対する業務管理権を行使するも

のであることから待機義務に違反しているとした。

(i) プラチナム・テクノロジーが(a)30 日以上の期間のコンサ

ルティング・サービスを定額又は上限付きの金額で提供す

Page 50: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

44

る場合、(b)通常の業務の過程において締結した契約と整

合しない内容の契約を締結する場合、(c)標準的ではない

条件の販売契約やライセンス契約を締結する場合、(d)定

価から 20%を超えるディスカウントを行う契約を締結する

場合には、コンピュータ・アソシエイツの事前承諾を必要

としたこと

(ii) コンピュータ・アソシエイツが役職員をプラチナム・テク

ノロジーの本社に派遣し、当該役職員がプラチナム・テク

ノロジーと顧客の間の契約内容を検討し、契約締結を承認

する権限を有していたこと

(iii) コンピュータ・アソシエイツがプラチナム・テクノロジー

の顧客リスト、各顧客に提示される製品・サービス、定価、

ディスカウント、契約条件等に関する競争機微情報をプラ

チナム・テクノロジーに提供させていたこと

(iv) コンピュータ・アソシエイツが収益の把握や展示会への参

加等、プラチナム・テクノロジーの日々の業務に関する決

定を行っていたこと

適用条文 クレイトン法第 7A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

63万 8,000ドルの民事制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

司法省は、本合併契約においてプラチナム・テクノロジーの事業

活動を制限する条項(コベナンツ条項)の中には、他の M&A 取引

契約に見受けられる標準的なものも含まれており、例えば、プラ

チナム・テクノロジーが以下の行為を行う場合にコンピュータ・

アソシエイツの事前承諾が必要であるとした条項は、取引の対象

となった資産の価値が毀損されないようにするために必要かつ合

理的なものであるとして、ガン・ジャンピングの問題があるとは

考えていない。

(i) 株主に対する配当

(ii) 株式の発行、売却、担保権の設定

(iii) 定款等の変更

(iv) 重要な事業の取得

(v) 知的財産権その他重要な資産に対する担保権の設定

(vi) 新規の大規模な設備投資

(vii) 通常の業務の範囲外の請求、支払い、免除

(viii) 通常の業務の範囲内で行われる債権回収以外の訴訟提起

Page 51: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

45

最終判決において、以下の行為は「許容された行為(permitted

conduct)」とされている。

(i) M&A 取引契約締結から待機期間の満了又はクロージングま

での間、取得対象となっている会社が従来の実務に合致す

る通常の業務の範囲内の事業活動を行うことを義務づけ

る合意をすること

(ii) M&A 取引契約締結から待機期間の満了又はクロージングま

での間、取得対象となっている会社が事業に重大な悪影響

を及ぼす行為をしないことをクロージングの条件とする

こと

(iii) M&A 取引契約締結から待機期間の満了又はクロージングま

での間、取得対象となっている会社が自己の支配の変更が

第三者への権利付与や期限の利益喪失事由となっている

契約を締結することを禁止する合意をすること

(iv) M&A 取引のクロージング前にデュー・ディリジェンスを行

うこと(ただし、当事会社が現在入札が行われている製

品・サービスの競合事業者である場合、当該入札に関する

情報は、(a)当事会社の将来の収益及び見通しの理解にと

って重要な入札に関する情報に限定され、また、(b)現在

入札が行われている競合製品・サービスのマーケティン

グ、価格決定、営業に直接関与する従業員による競争機微

情報へのアクセスの禁止等を定めた秘密保持契約に基づ

き行われる必要がある)

(v) 当該 M&A取引が存在しなかった場合でも適法とされる共同

入札を行うこと

裁判手続/裁判所等の

判断

コロンビア特別地区連邦地方裁判所による最終判決(United

States v. Computer Associates International, Inc. and Platinum

Technology International, Inc. (No.1:01-cv-02062-GK (D.D.C.

November 20, 2002)))の結果については上記「制裁その他の処分、

警告、注意等の内容」参照 20

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/492466/down

load

(2001 年 9月 28日)

20 米国では、ガン・ジャンピングがあった場合、(1)競争当局がガン・ジャンピングについて連邦地方裁判

所に民事訴訟を提起し、(2)競争当局が当事会社と合意した最終判決案(Proposed Final Judgment)を連

邦地方裁判所に提出し、(3)連邦地方裁判所が最終判決案に基づいて最終判決(Final Judgment)を下す、

という流れが通例となっている。

Page 52: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

46

ディア記事のリンク https://www.justice.gov/atr/case-document/file/492441/down

load

(2002 年 11月 20日)

(2) ジェムスター/テレビガイド(米国・2003年)

当事会社名 Gemstar International, Inc.(ジェムスター)

TV Guide, Inc.(テレビガイド)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 1999年半ばまでジェムスターとテレビガイドは、ケーブル、衛星、

多チャンネルテレビ番組サービスプロバイダへの IPG 事業(テレ

ビ視聴者が TV画面上で番組リストを表示・分類することが可能と

なるソフトウェアアプリケーション)の提供について競争関係に

あった。

1999 年 6 月、ジェムスターとテレビガイドは長年にわたって両社

の間に存在していたジェムスターの保有する IPG 事業関連の特許

をめぐる特許訴訟を解決すべく、ジェムスターとテレビガイドが

共同でケーブルテレビ事業者等に IPG サービスを提供することを

目的とした合弁会社を設立する交渉を行った。

1999 年 8 月初旬、ジェムスターとテレビガイドは合弁会社の設立

を断念し、合併又はクロスライセンス契約の可能性について議論

を開始した。

1999 年 10 月 4 日ころ、ジェムスターとテレビガイドは合併契約

(「本合併契約」)を締結し、1999年 11月、ジェムスターとテレビ

ガイドは HSR法に基づく届出を行った。

2000年 6月 19日、待機期間が満了し、2000年 7月 12日ころ、ジ

ェムスターとテレビガイドは合併した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、待機期間満了前に行われた以下の行為が待機期間中に

本合併契約を事実上実行したに等しいことから待機義務に違反し

ているとした。

(i) ジェムスターとテレビガイドは、将来の合弁会社の設立を

意識して、大規模なサービスプロバイダとの長期契約の交

渉をわざと遅らせたり、中止したりしていたこと

(ii) 顧客分割を行い、特定の顧客に対する競争を行わないよう

にしたこと

Page 53: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

47

(iii) それぞれの顧客に提示する価格その他の契約条項につい

て協議を行い、また、顧客との契約についての詳細な情報

を両社で共有していたこと

(iv) ジェムスターとテレビガイドは、IPG 事業について統一的

な意思決定を行うことを合意し、かかる合意に基づいてジ

ェムスターがテレビガイドの IPG事業に関する契約につい

て検討・承諾を行っていたこと

(v) テレビガイドが顧客に対してジェムスターの代理人であ

るかのように行動していたこと

(vi) ジェムスターがマーケティング活動を停止させ、また、ジ

ェムスターとテレビガイドの事業と資産を一体化させた

こと

(vii) ジェムスターとテレビガイドの役員は、上記の各行為がガ

ン・ジャンピングに該当して違法であると弁護士から指摘

を受けていたにもかかわらず、継続していたこと

適用条文 クレイトン法第 7A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

567万 6,000 ドルの民事制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

最終判決において、以下の行為は「許容された行為(permitted

conduct)」とされている。

(i) M&A 取引契約締結から待機期間の満了又はクロージングま

での間、当事会社が通常の業務の範囲内の事業活動を継続

することを義務づける合意をすること

(ii) M&A 取引契約締結から待機期間の満了又はクロージングま

での間、当事会社が取得対象となる資産の価値に重大な悪

影響を及ぼす行為をしないことを内容とする合意をする

こと

(iii) 知的財産権のライセンスについて非独占的契約を締結し、

又はロイヤリティの支払いの合意をすること

(iv) M&A 取引のクロージング前(又は中止前)にデュー・ディ

リジェンスを行うこと(ただし、(a)将来の収益及び見通

しに関する当事会社の理解と合理的な関連性を有する情

報に限定され、また、(b)競合製品のマーケティング、価

格決定、営業を直接担当する従業員による競争機微情報へ

のアクセスの禁止等を定めた秘密保持契約に基づいて行

われる必要がある)

Page 54: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

48

裁判手続/裁判所等の

判断

コロンビア特別地区連邦地方裁判所の最終判決(United States v.

Gemstar-TV Guide International, Inc. and TV Guide, Inc.

(No.1:03-cv-00198-JR (D.D.C. July 11, 2003)))の結果につい

ては上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参照

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/497081/down

load

(2003 年 2月 6日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/497056/down

load

(2003 年 7月 11日)

(3) スミスフィールド・フーズ/プレミアム・スタンダード・ファームズ(米国・2010年)

当事会社名 Smithfield Foods, Inc.(スミスフィールド・フーズ)

Premium Standard Farms, LLC(プレミアム・スタンダード・ファ

ームズ)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 スミスフィールド・フーズは、米国で最大の豚肉加工業者かつ豚

肉生産業者で米国に七つの豚肉加工工場を有し、また、プレミア

ム・スタンダード・ファームズは、米国で第 6 位の豚肉加工業者

かつ第 2 位の豚肉生産業者で米国に二つの豚肉加工工場を有して

おり、両社は競争関係にあった。

2006年 9月 17日、スミスフィールド・フーズとプレミアム・スタ

ンダード・ファームズは、合併契約(「本合併契約」)を締結し、

2006年 10月 6日、HSR法に基づく届出を行った。

本合併契約締結後、プレミアム・スタンダード・ファームズは豚

の購入について独自の経営判断を行わなくなり、2006 年 9 月 20

日ころから、スミスフィールド・フーズの同意を取得した上で両

社から独立した豚サプライヤーとの豚購入契約を締結するように

なった。

かかる豚購入契約の中には、プレミアム・スタンダード・ファー

ムズの年間豚肉処理能力の 1%に満たない規模の契約も含まれてい

た。これらの豚購入契約はプレミアム・スタンダード・ファーム

ズが事業を継続するために必要なものであり、同社の通常の業務

の過程で締結されたものであった。

Page 55: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

49

2007年 3月 7日、待機期間が満了し、2007 年 5月 7日、スミスフ

ィールド・フーズとプレミアム・スタンダード・ファームズは合

併した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、プレミアム・スタンダード・ファームズが通常の業務

の過程で締結し、同社の事業継続に必要不可欠な原材料の購入契

約につき、原材料の購入価格、購入数量及び契約期間を含む契約

案の内容をスミスフィールド・フーズに伝え、同社の承諾を事前

に取得する運用になっていたことによりスミスフィールド・フー

ズがプレミアム・スタンダード・ファームズに対して業務管理権

を行使できるようになり、その結果、スミスフィールド・フーズ

がプレミアム・スタンダード・ファームズの事業の重要部分につ

いての受益的所有権を取得したことから待機義務に違反している

とした。

適用条文 クレイトン法第 7A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

90万ドルの民事制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

司法省は、スミスフィールド・フーズの正当な利益を保護するた

め、待機期間中にプレミアム・スタンダード・ファームズの企業

価値が毀損されることのないようにすることを目的として本合併

契約に規定された以下の慣例的な条項は、プレミアム・スタンダ

ード・ファームズの独立を害さないことを前提に、ガン・ジャン

ピングの問題があるとはしていない。

(i) プレミアム・スタンダード・ファームズの新規借入れ、新

株発行又は資産売却を制限すること

(ii) プレミアム・スタンダード・ファームズが従来の実務に合

致した通常の業務の範囲内の事業活動を行うことを義務

づけること

(iii) クロージング時に重大な悪影響が生じていないことをク

ロージングの条件とすること

裁判手続/裁判所等の

判断

コロンビア特別地区連邦地方裁判所の最終判決(United States v.

Smithfield Foods, Inc. and Premium Standard Farms, LLC

(No.1:10-cv-00120-ESH (D.D.C. January 22, 2010)))の結果に

ついては上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参照

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/511646/down

load

(2010 年 1月 21日)

Page 56: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

50

ディア記事のリンク https://www.justice.gov/atr/case-document/file/511626/down

load

(2010 年 1月 22日)

(4) フレークボード/シエーラパイン(米国・2014年)

当事会社名 Flakeboard America Limited(フレークボード)

SierraPine(シエーラパイン)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 2014年 1月 13日、木質製品の製造会社であるフレークボードは、

削片板や中密度繊維板の製造会社であるシエーラパインが保有す

る三つの工場(①オレゴン州スプリングフィールドに所在する削

片板工場(「スプリングフィールド工場」)、②カリフォルニア州マ

ーテルに所在する削片板工場、及び③オレゴン州メドフォードに

所在する中密度繊維板工場)を取得すること(「本取引」)に合意

し、2014年 1月 22日、HSR法に基づく届出を行った。

司法省による審査は二次審査(詳細審査)に進み、待機期間は 2014

年 8月 27日まで延長された。

司法省が中密度繊維板の製造に競争法上の懸念があるとしたこと

から、2014年 9月 30日、フレークボードとシエーラパインは本取

引を中止した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、待機期間中にフレークボードとシエーラパインが行っ

た以下の行為によりフレークボードがシエーラパインに対して業

務管理権を行使し、シエーラパインの受益的所有権を取得したこ

とから待機義務に違反しているとした。

(i) スプリングフィールド工場を閉鎖させたこと

(ii) スプリングフィールド工場におけるシエーラパインの顧

客をフレークボードのオレゴン州オールバニに保有する

削片板工場に移転させたこと

(iii) 顧客名や顧客が購入している製品の種類や数量等、シエー

ラパインがスプリングフィールド工場の顧客に関する競

争機微情報をフレークボードに提供し、フレークボードは

その情報を自己の営業担当者に渡したこと

(iv) フレークボードの営業担当者がスプリングフィールド工

場の顧客にコンタクトする際に有利な立場となることが

Page 57: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

51

できるようにするため、シエーラパインがスプリングフィ

ールド工場の閉鎖の公表を遅らせたこと

(v) フレークボードがスプリングフィールド工場の顧客との

ビジネスを行い、また、シエーラパインの価格に合わせる

意向があることをスプリングフィールド工場の閉鎖後に

顧客に伝えるようシエーラパインは自己の営業従業員に

対して指示したこと

(vi) シエーラパインの重要な営業担当者に対し、将来フレーク

ボードでの雇用を保障する提案を共同で行ったこと

適用条文 クレイトン法第 7A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

フレークボード及びその親会社に対する 190万ドルの民事制裁金

シエーラパインに対する 190万ドルの民事制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

司法省は、以下の事情から、司法省の審査完了前にフレークボー

ドとシエーラパインが本取引を中止したとしても、既に行われた

待機義務違反がなかったことになるものではないとした。

(i) スプリングフィールド工場は閉鎖されたままであること

(ii) スプリングフィールド工場のほぼ全ての従業員が既に退

職しており、スプリングフィールド工場を再開することは

時間と費用がかかること

(iii) シエーラパインもスプリングフィールド工場再開の意向

はないこと

最終判決において、以下の行為は「許容された行為(permitted

conduct)」とされている。

(i) 当事会社が通常の業務の範囲内の事業活動を継続するこ

とを義務づける契約を締結すること

(ii) 当事会社が取得対象となる資産の価値に重大な悪影響を

及ぼす行為をしないことを内容とする契約を締結するこ

(iii) M&A 取引のクロージング前(又は中止前)にデュー・ディ

リジェンスを行うこと(ただし、(a)将来の収益及び見通

しに関する当事会社の理解と合理的な関連性を有する情

報に限定され、また、(b)競合製品のマーケティング、価

格決定、営業を直接担当する従業員による競争機微情報へ

のアクセスの禁止等を定めた秘密保持契約に基づき行わ

れる必要がある)

裁判手続/裁判所等の カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所の最終判決(United

Page 58: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

52

判断 States v. Flakeboard America Limited, et al. (No.

3:14-cv-04949-VC (N.D.Cal. February 2, 2015)))の結果につい

ては上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参照

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/sites/default/files/opa/press-rele

ases/attachments/2014/11/07/flakeboard_complaint.pdf

(2014 年 11月 7日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/496471/down

load

(2015 年 2月 2日)

(5) アルティス/エス・エフ・アール/オメール・テレコム(フランス・2016年)

当事会社名 Altice S.A.(アルティス)

SFR Group S.A.(エス・エフ・アール)

Omer Telecom Limited(オメール・テレコム)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

フランス競争監視局

事案の概要・背景 2014 年、欧州の大手通信事業者であるアルティスは、子会社のニ

ュメリカブルを通じて、①通信事業者であるエス・エフ・アール

グループと②ヴァージン・モバイルブランドのもとで通信サービ

スの提供等を行っているオメール・テレコムグループを買収した

(「本買収」)。

エス・エフ・アールグループの買収については、2014 年 6 月 5 日

に届出を行い、2014 年 10 月 30 日に条件付きクリアランスを取得

した。

オメール・テレコムグループの買収については、2014 年 9 月 25

日に届出を行い、2014年 11月 27日にクリアランスを取得した。

フランス競争監視局は、アルティスの競争事業者等から本買収に

ついてアルティスがガン・ジャンピングを行っているとの情報を

得ていたところ、2015年 4月 2日、ニュメリカブル、エス・エフ・

アール及びオメール・テレコムに対し、立入検査を行った。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

フランス競争監視局は、以下の行為は、フランス競争監視局から

クリアランスを取得する前であるにもかかわらず、アルティスが

エス・エフ・アールとオメール・テレコムに対して決定的な影響

力を行使することにつながり、また、アルティスがエス・エフ・

アールとオメール・テレコムの大量の戦略的情報にアクセスでき

Page 59: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

53

るようになっており、ガン・ジャンピングであるとした。

(1) エス・エフ・アールの買収について

(i) アルティスの役員の承諾を得るため、エス・エフ・ア

ールのグループ会社が行う光ファイバーネットワーク

の開発に関する入札条件がアルティスに提供されてい

たこと

(ii) エス・エフ・アールが競争事業者との間の主要なモバ

イルネットワークシェアリング契約を再交渉すること

についてアルティスの承諾を取得していたこと

(iii) ハイスピードブロードバンドインターネットアクセス

の価格戦略やプロモーションキャンペーンの中止とい

ったエス・エフ・アールの商業戦略にアルティスの社

長らが直接関与していたこと

(iv) 当初はエス・エフ・アールが進めていたオメール・テ

レコムに対する公開買付けについて、アルティスがエ

ス・エフ・アールに代わって公開買付けを行うための

調整を行ったこと

(v) アルティスとエス・エフ・アールの統合の準備として、

個別のデータや直近の業績、将来の予測といった競争

機微情報をアルティスとエス・エフ・アールが相当程

度交換し、かかる情報交換には両社グループの役員が

関わっていたこと

(2) オメール・テレコムの買収について

(i) アルティスがオメール・テレコムの代わりにさまざま

な戦略的決定を行っていたこと

(ii) オメール・テレコムの業績を週単位でアルティスに報

告させていたこと

(iii) オメール・テレコムのマネージングディレクターが、

クリアランス取得前の段階から、エス・エフ・アール

の新たな商業的プロジェクトに関与し、また、競争機

微情報を受領する等、エス・エフ・アールグループ内

における職務の執行を開始していたこと

適用条文 フランス商法第 L.430-8条第 2項

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

8,000万ユーロの罰金

制裁その他の処分等 フランス競争監視局は、本件を通じて、ガン・ジャンピングは行

Page 60: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

54

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

われてはならないものであり、もしガン・ジャンピングが行われ

た場合には高額の罰金を科せられる可能性があることについて強

いメッセージを発信していると述べている。

フランス競争監視局は、本件の罰金額は従前の事案に比べて高額

になっているが、以下の事情を考慮して罰金額を決定したと述べ

ている。

(i) 本買収の取引金額及び本買収が通信分野に与えた影響

(ii) アルティスらの行為はフランス競争監視局が本買収につ

いてクリアランスを与えた際に懸念を示した競争法上の

リスクに直接関連するものであったこと

(iii) エス・エフ・アール及びヴァージン・モバイルブランドの

活動の規模

(iv) アルティスらの行為は本買収についての届出が行われる

前から行われており、また、待機期間中継続していたこと

(v) アルティスが 2014 年に届け出た他の M&A 取引でも同様の

行為が見られ、故意になされたものであること

なお、フランス競争監視局は、問題となっている行為の存在やそ

の法的性質についてアルティスらが争っていないことも罰金額の

決定に際して考慮している。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://www.autoritedelaconcurrence.fr/user/standard.php?la

ng=en&id_rub=630&id_article=2900

(2016 年 11月 8日)

(6) デューク・エナジー/カルパイン(米国・2017年)

当事会社名 Duke Energy Corporation(デューク・エナジー)

Calpine Corporation(カルパイン)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 2014 年 8 月、電力卸売を行うデューク・エナジーは、競争事業者

であるカルパインからフロリダ州に所在する発電施設であるオス

プレー・エナジー・センター (「オスプレー発電所」)を取得する

ことに合意した(「本取得合意」)。

Page 61: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

55

2014年 9月 30日、デューク・エナジーは、本取得合意の一部とし

て、デューク・エナジーがオスプレー発電所の発電量を直ちにコ

ントロールできるようになる電力供給契約(tolling agreement)

(「本電力供給契約」)をカルパインとの間で締結し、本電力供給

契約は 2014 年 10月 1日から効力を生じた。

デューク・エナジーは本電力供給契約を締結してから数か月後に

オスプレー発電所の取得について HSR 法に基づく届出を行い、待

機期間は 2015年 2月 27日に満了した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、以下の行為により、オスプレー発電所はフロリダ州の

発電市場においてデューク・エナジーと競争事業者でなくなり、

届出及び待機期間満了前にデューク・エナジーがオスプレー発電

所の受益的所有権を取得したことから待機義務に違反していると

した。

(i) 本電力供給契約により、デューク・エナジーは、オスプレ

ー発電所で用いられる燃料の購入を決定し、燃料の配送を

手配し、また、発電した全電力の送電を手配するようにな

ったこと

(ii) デューク・エナジーがオスプレー発電所で発電する電力や

燃料の市場価格のリスクを負い、オスプレー発電所におけ

る利益あるいは損失を全て享受することとなったこと

(iii) デューク・エナジーがオスプレー発電所の一時間ごとの発

電量を決定するようになり、また、オスプレー発電所に対

して一時間ごとの発電量について詳細な指示を毎日与え

ていたこと

適用条文 クレイトン法第 7A条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

60万ドルの民事制裁金

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

-

裁判手続/裁判所等の

判断

コロンビア特別地区連邦地方裁判所の最終判決案(United States

v. Duke Energy Corporation (No.1:17-cv-00116-BAH))21の結果

については上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参照

21 最終判決は司法省のウェブサイトで公表されている資料の中に見当たらなかったことから、司法省が連

邦地方裁判所に提出した 2017年 4月 6日付最終判決案を参照している。

Page 62: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

56

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/928986/down

load

(2017 年 1月 18日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/957011/down

load

(2017 年 4月 6日)

(7) アルティス/ポルトガル・テレコム(欧州・2017年)(調査中※)

当事会社名 Altice S.A.(アルティス)

PT Portugal SGPS, S.A.(ポルトガル・テレコム)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

欧州委員会

事案の概要・背景 欧州の大手通信事業者であるアルティスは、2014年 12月 9日、ブ

ラジルの大手通信事業者であるオイからポルトガルの通信事業者

であるポルトガル・テレコムを取得する(「本取得」)契約を締結

し、2015 年 2月 25日、欧州委員会に対して本取得についての届出

を行った。

本取得についての届出が行われた当時、アルティスはポルトガル

でケーブル事業を行うカボヴィサオ及びオーニという二つの子会

社を有しており、両社とポルトガル・テレコムは競争関係にあっ

たところ、欧州委員会は、本取得がポルトガルの固定通信市場に

おける顧客に不利益を及ぼす可能性があるとの懸念を示した。

2015年 4月 20日、アルティスは、カボヴィサオ及びオーニの売却

を条件として欧州委員会から本取得についてのクリアランスを取

得した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

欧州委員会は、本取得に係る契約は、欧州委員会への事前届出や

欧州委員会からクリアランスを取得する前からアルティスがポル

トガル・テレコムに対して決定的な影響力を及ぼすことができる

地位をもたらすものであり、また、現にアルティスはポルトガル・

テレコムに対して決定的な影響力を及ぼしていたことから、待機

義務違反の嫌疑があるとして、アルティスに対して異議告知書

(statement of objection)を送付した 22。

適用条文 EUMR第 4条第 1項及び第 7条第 1項

22 欧州委員会のプレスリリースでは嫌疑の概略しか記載されておらず、「決定的な影響力を及ぼしたこと」

の詳細についての言及はない。

Page 63: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

57

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

-

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

欧州委員会は、待機義務違反は欧州における企業結合規制制度の

効果的な機能を損なわせるものであり、極めて深刻な違反である

としている。

欧州委員会は、待機義務違反の嫌疑に関する手続が本取得につい

て(条件付きの)クリアランスを与えたことに影響することはな

いとしている。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://europa.eu/rapid/press-release_IP-17-1368_en.htm

(2017 年 5月 18日)

※本調査終了後の 4月 24日、欧州委員会は過去最高額となる 1億 2,450 万ユーロの制裁金

をアルティスに課す決定を行った。

http://europa.eu/rapid/press-release_IP-18-3522_en.htm

Page 64: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

58

④ M&A 取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報交換に伴う

カルテル規制違反(実体法規制違反)

※(1)、(2)及び(4)は③で取り上げた事例と同案件

(1) コンピュータ・アソシエイツ/プラチナム・テクノロジー(米国・2001年)

当事会社名 Computer Associates International, Inc.(コンピュータ・アソ

シエイツ)

Platinum Technology International, Inc.(プラチナム・テクノ

ロジー)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 上記③(1)参照

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、以下の行為はコンピュータ・アソシエイツ及びプラチ

ナム・テクノロジーの顧客が製品・サービスについての自由かつ

開かれた競争を享受できなくさせるものであることからカルテル

規制に違反するとした。

(i) コンピュータ・アソシエイツの承諾がなければプラチナ

ム・テクノロジーが定価から 20%を超えるディスカウント

をできないようにしたこと

(ii) コンピュータ・アソシエイツが役職員をプラチナム・テク

ノロジーの本社に派遣し、当該役職員がプラチナム・テク

ノロジーと顧客の間の契約内容を検討し、契約締結を承認

する権限を有していたこと

(iii) コンピュータ・アソシエイツがプラチナム・テクノロジー

の顧客リスト、顧客に提示される製品・サービス、定価、

ディスカウント、契約条件等に関する競争機微情報をプラ

チナム・テクノロジーに提供させていたこと

適用条文 シャーマン法第 1条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容 23

最終判決後 10年間にわたり、コンピュータ・アソシエイツやプラ

チナム・テクノロジーが第三者との間で M&A取引を行う場合、M&A

取引契約の締結から待機期間の満了又はクロージングまでの間、

当該第三者との間で以下の合意を行い、継続し、又は実行するこ

との禁止

23 クレイトン法第 7A条の待機義務違反に対する民事制裁金については上記事例③(1)の「制裁その他の処

分、警告、注意等の内容」参照。

Page 65: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

59

(i) 相手方の製品・サービスの価格やディスカウントを設定す

る合意をすること

(ii) 相手方の製品・サービスに関する入札や顧客との契約につ

いて交渉、承認又は不承認を行う権利を与える合意をする

こと

(iii) 相手方の製品・サービスに関する入札情報の提供を要求す

る合意をすること

反トラスト法に関するコンプライアンス・プログラムの策定・継

続(最終判決の遵守その他反トラスト法に関するコンプライアン

スを担当する役員の選任を含む)

上記コンプライアンス・プログラムが適切に行われていることの

確認を目的としたコンピュータ・アソシエイツやプラチナム・テ

クノロジーらの事業所への立入検査やコンピュータ・アソシエイ

ツやプラチナム・テクノロジーらの関係者に対するインタビュー

の実施を司法省に認めること

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

上記③(1)参照

裁判手続/裁判所等の

判断

上記③(1)及び上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/492466/down

load

(2001 年 9月 28日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/492441/down

load

(2002 年 11月 20日)

(2) ジェムスター/テレビガイド(米国・2003年)

当事会社名 Gemstar International, Inc.(ジェムスター)

TV Guide, Inc.(テレビガイド)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 上記③(2)参照

指摘・摘発の対象とし 司法省は、ジェムスターとテレビガイドが行った以下の行為が競

Page 66: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

60

て認定された行為の

内容

争を阻害し、顧客が低価格、かつ、より有利な契約条件とするこ

とを妨げるものであることから、カルテル規制に違反するとした。

(i) 将来の合弁会社の設立を意識して、大規模なサービスプロ

バイダとの長期契約の交渉をわざと遅らせたり、中止した

りしていたこと

(ii) 顧客分割を行い、特定の顧客に対する競争を行わないよう

にしたこと

(iii) 顧客に提示し、また、顧客と締結する契約について、提示

する価格その他の契約条件に関する合意を行っていたこ

適用条文 シャーマン法第 1条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容 24

最終判決後 10 年間にわたり、ジェムスターやテレビガイドが HSR

法に基づく届出が必要とされる M&A 取引契約を第三者と締結する

場合、当該 M&A 取引契約の締結から待機期間の満了又はクロージ

ングまでの間、当該第三者との間で、当該 M&A 取引によって取得

することとなる製品・サービス又は技術のマーケティングや販売

に対する業務管理権又は意思決定権(の全部又は一部)を統合又

は譲渡する合意を行うことの禁止

最終判決後 10年間にわたり、ジェムスターやテレビガイドが競合

製品を取り扱う第三者との間で M&A 取引や合弁会社の設立、訴訟

の和解、知的財産権のライセンスを行う場合、当該 M&A 取引等の

交渉の開始からクロージング又は当該 M&A 取引等の中止に至るま

での間、当該第三者との間で以下の合意を行い、継続し、又は実

行することの禁止

(i) 競合製品の価格や生産量について固定、上昇、安定等をす

る合意

(ii) 競合製品について営業活動を停止又は中止する合意

(iii) 競合製品について市場分割や顧客の割当てを行うことに

関する合意

(iv) 競合製品に関する現在又は将来の価格、将来の価格の情報

や見通し、引き合いについての情報を開示する合意(ただ

し、一般に公開されている情報と秘密保持契約に基づき行

われるデュー・ディリジェンスの過程で適切に開示された

情報は除く)

24 クレイトン法第 7A条の待機義務違反に対する民事制裁金については上記事例③(2)の「制裁その他の処

分、警告、注意等の内容」参照。

Page 67: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

61

反トラスト法に関するコンプライアンス・プログラムの策定・継

続(最終判決の遵守その他反トラスト法に関するコンプライアン

スを担当する役員の選任を含む)

上記コンプライアンス・プログラムが適切に行われていることの

確認を目的としたジェムスターの事業所への立入検査やジェムス

ターの関係者に対するインタビューの実施を司法省に認めること

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

上記③(2)参照

裁判手続/裁判所等の

判断

上記③(2)及び上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/497081/down

load

(2003 年 2月 6日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/497056/down

load

(2003 年 7月 11日)

(3) オムニケア/ユナイテッド・ヘルス/パシフィケア(米国・2011年)(原告・控訴人が競

争法違反を主張するも、立証できなかったことにより訴え棄却)

当事会社名 Omnicare, Inc.(オムニケア、原告・控訴人)

UnitedHealth Group, Inc.(ユナイテッド・ヘルス、被告・被控

訴人)

PacifiCare Health Systems, Inc.(パシフィケア、被告・被控訴

人)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

第 7巡回区連邦控訴裁判所(Omnicare Inc. v. UnitedHealth Group

Inc., et al., No.09-1152)

事案の概要・背景 米国の医療保険制度(メディケア)のもとでは、あらかじめ医療

保険業者と契約を締結している患者が当該医療保険業者の構築す

るネットワークに属する薬局から薬剤を購入した場合、医療保険

業者が薬局に対して補助金(薬剤費の一部を補填したもの)を給

付することとなっていた。

薬局側が売上を伸ばすためには、多数の患者(保険契約者)を有

する医療保険業者のネットワークへの加入が必要であり、また、

Page 68: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

62

医療保険業者も、連邦政府から所定の補助金を受けるためには多

くの薬局をネットワークに組み込む必要がある。

2005 年 1 月以降、医療保険業者であるユナイテッド・ヘルスとパ

シフィケアは統合交渉を行っており、かかる統合交渉の過程でユ

ナイテッド・ヘルスはパシフィケアから一定の非公開情報を取得

していた。

2005 年 5 月頃から、米国最大手の医療施設向け薬局であるオムニ

ケアはユナイテッド・ヘルス及びパシフィケアとの間で薬局のネ

ットワーク構築に係る契約の交渉を始めた。

2005年 7月 6日、ユナイテッド・ヘルスとパシフィケアは統合(「本

統合」)に係る契約を締結し、公表した。

2005年 7月 14日、パシフィケアとオムニケアの間の交渉が決裂し、

パシフィケアは別の薬局とネットワーク契約を締結した上で、

2005年 9月 30日、補助金を受ける資格の認証を受けた。

ユナイテッド・ヘルスはパシフィケアとの本統合に係る契約を締

結した後もオムニケアとの契約交渉を継続し、2005年 7月 29日、

オムニケアと薬局ネットワーク契約を締結し、補助金を受ける資

格の認証を受けた。

2005年 11月、パシフィケアはオムニケアとの間でネットワーク構

築に係る契約交渉を再開し、2005 年 12月 6日、オムニケアと薬局

ネットワーク契約を締結した。このネットワーク契約はユナイテ

ッド・ヘルスがオムニケアと締結したネットワーク契約に比べる

と、医療保険業者であるパシフィケアにとって有利で、他方、薬

局であるオムニケアにとっては不利な条件となっていた。

ユナイテッド・ヘルスとパシフィケアは、本統合について HSR 法

に基づく届出を行い、条件付きクリアランスを取得したことから、

2005年 12月 20日、本統合を実行した。

2006 年 2 月、ユナイテッド・ヘルスは、オムニケアとの間のネッ

トワーク契約を破棄し、2006 年 4 月 1 日からパシフィケアとオム

ニケアとの間のネットワーク契約に参加することをオムニケアに

通知した。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

本統合の実行前にユナイテッド・ヘルスとパシフィケアは、パシ

フィケアができる限り有利な条件をオムニケアから引き出した上

でユナイテッド・ヘルスの契約より有利なパシフィケアとの間の

ネットワーク契約に切り替えることを共謀したとして、オムニケ

アは、かかる共謀はシャーマン法第 1 条に違反するものである等

Page 69: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

63

と、ユナイテッド・ヘルス及びパシフィケアに対して訴訟を提起

した。

適用条文 シャーマン法第 1条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

被告ら(被控訴人ら)の行為がシャーマン法第 1 条に違反するも

のであるとの原告(控訴人)による立証はなされていない。

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

-

裁判手続/裁判所等の

判断

連邦控訴裁判所は、原告(控訴人)であるオムニケアは以下の三

点を立証しなければならないとした。

① 被告ら(被控訴人ら)の間に共謀が存在すること

② 関連市場において不当な取引制限が存在すること

③ 損害がカルテルによって発生したこと

連邦控訴裁判所は、本件においてオムニケアは、上記①の共謀の

立証を行っていないとして、②及び③の点について判断するまで

もなく被告ら(被控訴人ら)に有利なサマリー・ジャッジメント

(summary judgment) 25を下した連邦地方裁判所の判断を維持し

た。以下は連邦控訴裁判所による判断の要旨である。

オムニケアはユナイテッド・ヘルスとパシフィケアの間の情報交

換は競争機微情報のやりとりであり、違法であると主張している

が、オムニケアの提出した証拠からは、両社の間の情報交換は、

外部カウンセルによってチェックされた、一般化や平均化された

概括的な価格データのやりとりであること以上の立証はなされて

いない。

オムニケアは違法な情報交換が 2005年春から行われたと主張して

いるが、オムニケアが指摘する証拠からは、そのような情報交換

が行われたのは数か月に及ぶデュー・ディリジェンスの最終段階

になってからであり、両社の間でパシフィケアができる限り有利

な条件をオムニケアから引き出した上でユナイテッド・ヘルスの

契約より有利なパシフィケアとの間のネットワーク契約に切り替

えることを共謀していたことの立証はない。また、仮にユナイテ

ッド・ヘルスとパシフィケアが他方の情報を知っていたとしても、

25 「サマリー・ジャッジメント」とは、原告の訴えが成功する現実的可能性がなく、他にも正式な審理を

するだけの理由がないと裁判所が判断した場合に、裁判所が正式な審理を行うことなく略式で下す判決を

いう。

Page 70: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

64

両社がオムニケアの行動を操作していたことについての証拠もな

い。

共謀があったとオムニケアが主張する出来事の多くはオムニケア

による情報提供がなければ起こらなかったことであり、ユナイテ

ッド・ヘルスとパシフィケアがそれぞれ独立してオムニケアと交

渉等を行っていたことを示すものである。

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

http://media.ca7.uscourts.gov/cgi-bin/rssExec.pl?Submit=Di

splay&Path=Y2011/D01-10/C:09-1152:J:Tinder:aut:T:fnOp:N:61

2838:S:0

(2011 年 1月 10日)

(4) フレークボード/シエーラパイン(米国・2014年)

当事会社名 Flakeboard America Limited(フレークボード)

SierraPine(シエーラパイン)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

司法省

事案の概要・背景 上記③(4)参照

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

司法省は、待機期間中であるにもかかわらず、2014 年 3月 13日に

スプリングフィールド工場を閉鎖し、スプリングフィールド工場

におけるシエーラパインの顧客をフレークボードがオレゴン州オ

ールバニに保有する削片板工場に移転させた協調行為は競争事業

者間で顧客の割当てと減産を合意するものであることからカルテ

ル規制に違反するとした。

適用条文 シャーマン法第 1条

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容 26

フレークボードに対する 115 万ドルの不法収益の返還

(disgorgement)

最終判決後 10年間にわたり、フレークボードやシエーラパインが

第三者との間で M&A 取引を行う場合、当該 M&A 取引の交渉の開始

からクロージング又は当該 M&A 取引の中止に至るまでの間、当該

第三者との間で以下の合意を行い、継続し、又は実行することの

禁止

(i) 競合製品の価格や生産量について固定、上昇、安定等をす

る合意

26 クレイトン法第 7A条の待機義務違反に対する民事制裁金については上記事例③(4)の「制裁その他の処

分、警告、注意等の内容」参照。

Page 71: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

65

(ii) 競合製品について顧客の割当てを行うことに関する合意

(iii) 競合製品の顧客、価格、生産量に関する情報を開示する合

意(ただし、一般に公開されている情報と秘密保持契約に

基づき行われるデュー・ディリジェンスの過程で適切に開

示された情報は除く)

(iv) 当該 M&A取引について競争当局への届出及び競争当局から

クリアランスを取得する前に競合製品を生産する施設を

閉鎖する合意

反トラスト法に関するコンプライアンス・プログラムの策定・継

続(最終判決の遵守その他反トラスト法に関するコンプライアン

スを担当する役員の選任を含む)

上記コンプライアンス・プログラムが適切に行われていることの

確認を目的としたフレークボードやシエーラパインらの事業所へ

の立入検査やフレークボードやシエーラパインらの関係者へのイ

ンタビューの実施を司法省に認めること

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

上記③(4)参照

裁判手続/裁判所等の

判断

上記③(4)及び上記「制裁その他の処分、警告、注意等の内容」参

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.justice.gov/sites/default/files/opa/press-rele

ases/attachments/2014/11/07/flakeboard_complaint.pdf

(2014 年 11月 7日)

https://www.justice.gov/atr/case-document/file/496471/down

load

(2015 年 2月 2日)

(5) エイムスキップ/クルーズべへーア/サムスキップ/バンボン(オランダ・2016年)

当事会社名 Eimskip(エイムスキップ)

Kloosbeheer(クルーズべへーア)

Samskip(サムスキップ)

Van Bon(バンボン)

指摘・摘発を行った競

争当局/判断を行った

裁判所

オランダ消費者・市場庁

Page 72: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

66

事案の概要・背景 2006年から 2009 年に行われた三件の冷凍・冷蔵事業の統合に関す

る協議において、エイムスキップら四社は食品貯蔵庫の価格、貯

蔵施設における現在の利用率といった競争機微情報を頻繁に交換

していた。

情報交換は入札についても行われ、どの会社が落札するかが分か

るようになっていた。

指摘・摘発の対象とし

て認定された行為の

内容

四社の間で行われた情報交換はカルテル、顧客割当て、談合をも

たらすものであった。

適用条文 -27

制裁その他の処分、警

告、注意等の内容

約 1,250 万ユーロの罰金(違反した四社に対する合計罰金額。内

訳は不明であるが、個社の罰金額は 45 万ユーロ~960 万ユーロと

されている 28)

制裁その他の処分等

に際しての重要な理

由づけその他注目す

べき摘示事項

四社の幹部役員五名に対しても罰金が科せられている(最も高額

の罰金は 14万 4,000 ユーロ)。

裁判手続/裁判所等の

判断

-

当該公表事例に関す

る当事会社/競争当局

のプレスリリース、メ

ディア記事のリンク

https://www.acm.nl/en/publications/publication/15609/ACM-i

mposed-fines-of-EUR-125-million-on-cold-storage-firms

(2016 年 3月 23日)

27 オランダ消費者・市場庁のプレスリリースではどの条文が適用されたかについての言及はない。 28 オランダ消費者・市場庁のプレスリリースによれば、クルーズべへーアはオランダ消費者・市場庁の調

査に全面的に協力したことを理由に罰金額が減額されたとのことである。

Page 73: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

67

第 3章 各種事例の類型化と対策

本章では、第 2 章の「ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の類型化

を行うとともに、それらの類型ごとに考えられる対策を検討する。

1. 各種事例の類型化

第 1章で解説したとおり、ガン・ジャンピングが問題となるのは、届出・待機義務規制(手

続法規制)とカルテル法規制(実体法規制)の場面に分けられるところ、各国・地域の競

争当局によって指摘・摘発されているガン・ジャンピングを類型化すると、以下の四つの

類型に分けることができる。

類型① : 事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・待機義務

違反(手続法規制違反)

類型② : 複雑なスキームを使った M&A 取引に関する届出・待機義務違反(手続法規制違

反)29

類型③ : クリアランス取得前に、M&A取引の対象会社に対する支配が買主に移転したこと

や対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義務違反(手

続法規制違反)

※当事会社が競争事業者である場合、競争事業者の間で情報交換が行われるこ

とによって同時にカルテル規制違反(類型④)にもなりうる 30

類型④ : M&A 取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報交換に伴

うカルテル規制違反(実体法規制違反)

これらの類型と下記 2.で検討する各類型における対策を M&A 取引のプロセスに沿ってまと

めたものが次のフローチャートである。

29 具体的には、(i)個別の取引・ステップの実行(複数の取引・ステップが存在する M&A取引の場合)や当

事会社の間の各種契約上の義務の履行(M&A取引の実行に向けた対応)による届出・待機義務違反と(ii)M&A

取引契約における「カーブアウト」合意の有効性を競争当局が認めないことによる届出・待機義務違反が

ある。 30 例えば、コンピュータ・アソシエイツとプラチナム・テクノロジーの合併(「第 2章 ガン・ジャンピン

グの問題があるとされた個別公表事例」の事例③(1)、④(1))、ジェムスターとテレビガイドの合併(「第

2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例③(2)、④(2))、フレークボードに

よるシエーラパインが保有する工場の取得(「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表

事例」の事例③(4)、④(4))参照。

Page 74: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

68

M&A取引のプロセスとガン・ジャンピングの類型・対策

秘密保持契約締結

基本合意

事前届出

クリアランス

クロージング

初期的接触・協議

基本的情報の交換 基本的な取引条件の交渉

デュー・ディリジェンス・ 最終契約の交渉

類型①~③: 届出・待機義務違反 (手続法規制違反)

類型④: カルテル規制違反 (実体法規制違反)

情報交換を行う際は以下に留意する ①M&A取引の検討・実施にあたり必要な情報か ②当該情報を入手する必要がある者にのみ開示されているか ③競争に影響を与えないよう適切な措置が講じられているか

類型①

事前届出の要否を慎重に検討する

類型② 類型③

複雑なスキームを組む場合、その一部の実行が届出・待機義務に違反するものになっていないか慎重に検討する

最終契約締結

①対象会社の事業の独立性を失わせたり、 ②対象会社の実質的な支配や業務上の決定権を取得したりすることのないように留意する

※国・地域によっては最終契約締結前

に事前届出をすることができる

Page 75: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

69

M&A取引のプロセスとステージごとのガン・ジャンピングの留意点

秘密保持契約締結

基本合意

事前届出

クリアランス

クロージング

初期的接触・協議

基本的情報の交換 基本的な取引条件の交渉

デュー・ディリジェンス・ 最終契約の交渉

最終契約締結

※国・地域によっては最終契約締結前

に事前届出をすることができる

ステージ 1(初期的接触・協議から秘密保持契約締結まで) 留意点(1)

ステージ 3(基本合意から最終契約締結まで) 留意点(1)、(2)、(3)及び(4)

ステージ 2(秘密保持契約締結から基本合意まで) 留意点(1)及び(2)

ステージ 4(最終契約締結から事前届出まで) 留意点(1)、(2)、(3)及び(4)

ステージ 5(事前届出からクリアランスまで) 留意点(1)、(2)及び(3)

ステージ 6(クリアランスからクロージングまで) 留意点(1)

留意点(1) 情報交換を行う際は以下に留意する ①M&A取引の検討・実施にあたり必要な情報か

②当該情報を入手する必要がある者にのみ開示されているか

③競争に影響を与えないよう適切な措置が講じられているか

留意点(2) ①対象会社の事業の独立性を失わせたり、②対象会社の実質的な支配や業務上の決定権を取得したりすることのないように留意する

留意点(3) 複雑なスキームを組む場合、その一部の実行が届出・待機義務に違反するものになっていないか慎重に検討する

留意点(4) 事前届出の要否を慎重に検討する

Page 76: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

70

2. 各類型における対策

(1) 類型①(事前届出制度に基づく届出が適時に行われなかったことによる届出・待機義務

違反)における対策

類型①については、主に、届出義務の要否が「支配権の取得」や「決定的な影響力の取得」

等、抽象的な概念で画される結果、届出基準が不明確である国・地域(EU や中国等)や届

出基準が頻繁にアップデートされたりする国・地域(東南アジア諸国等、企業結合規制が

制定・施行されて間もない国・地域)で問題となりやすい。

第 1 章で説明したとおり、国内外の独禁法・競争法は近年において飛躍的な発展・拡大を

遂げており、現在、全世界に少なくとも 130 以上の競争法が存在しているほか、各国・地

域の競争当局は随時、企業結合の対処方針等に係る具体的なガイドラインや事前届出要

件・閾値を整備又はアップデートしている。このような状況においては、ある M&A 取引に

おいて潜在的にせよ関係しうる全ての国・地域における企業結合規制の事前届出要件等の

調査を尽くすような対応が、実務上は現実的ではない場合がある。

この場合、まずは、日本企業にとって主要な国・地域であり、かつ、競争当局による競争

法執行も活発な国・地域(日本はもちろんのこと、それ以外では、例えば、米国、EU、中

国及び韓国等)への対応を万全なものとすることを最優先にしている会社が多いのが実情

であろう。その上で、それ以外の国・地域における企業結合規制に対してどの程度の対応

を実施するかについては、当事会社によって対応が分かれているのが現実であろう。当事

会社の考慮要素としては、例えば、当事会社の事業にとって現在又は将来において重要な

国・地域であるか、その国・地域において子会社や資産があるか、形式的に競争法が存在

しているだけではなく実際にも法執行活動が活発な国であるか等が挙げられ、その上で、

比較的重要な国・地域かつ当事会社の双方に一定以上の売上高が存在している国に限って、

事前届出の要否につき、より詳細かつ具体的な調査を行う、といった対応もしばしば見ら

れる。

もっとも、届出義務があることを認識していながら意図的に届出を行わなかった場合、競

争当局が事後的に届出ミスや届出懈怠を発見し、当事会社に対して罰金・制裁金を科すこ

とがあり、また、意図的な届出懈怠であることは罰金・制裁金の額の算定にあたって重要

な考慮要素とされており、競争当局は意図的な届出懈怠に対して厳しい姿勢で法執行を行

っていることには留意が必要である 31。また、競争当局は、届出が実際に行われた M&A取引

31 例えば、フランクフルト・アム・マイン印刷発行所によるフランクフルト都市官報の買収(「第 2章 ガ

ン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例①(2))参照。

Page 77: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

71

を審査する過程で、過去に当事会社による届出が行われていなければならないはずである

のに行われていないこと(届出ミスや届出懈怠)を発見することもある 32。かかる観点から

も、一定以上の売上高がある、重要な子会社が存在している等、ビジネス上重要な国・地

域については、将来的に当該国・地域で届出を行う可能性がありうるため、当該国・地域

における事前届出の要否の検討は特に慎重に行うことが望ましい。

本類型について主な国・地域において注意すべき事項及び傾向は以下のとおりである。

国・地域 注意すべき事項及び傾向

米国 届出の基準自体は比較的明確である。

EU

届出の要件とされている「支配」の内容が抽象的であり、対象

会社の株式を何%取得すれば届出が必要になるかが明確でな

い。

合弁会社の場合、届出の要否の判断にフルファンクショナリテ

ィ(full functionality)と呼ばれる要件 33があり、いかなる

場合に届出が必要になるかが必ずしも明確でない。

中国

届出の要件とされている「支配」の内容が抽象的であり、対象

会社の株式を何%取得すれば届出が必要になるかが明確でな

い。

韓国

「企業結合集団」という届出の要否を判断する際の当事会社グ

ループの概念が広範であり、届出が必要であることを見落とし

やすい。

インド

届出の要件及び届出の例外要件が複雑であり、また、株式取得

の場合も対象会社の株式を何%取得すれば届出が必要になるか

明確な基準がなく、届出が必要であることを見落としやすい。

32 当事会社が届出を行ったところ、過去に同国での届出ミスがあったことが発覚した例としては、パナソ

ニックによるフィコサ・インターナショナルの株式取得(「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとさ

れた個別公表事例」の事例①(6))参照。 33 合弁会社が日常の業務に関して親会社から独立しており、自立的な経済事業体が持つ全ての機能を持続

的に営むことができること。

Page 78: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

72

(2) 類型②(複雑なスキームを使った M&A取引に関する届出・待機義務違反)における対策

類型②については、現在、多くの競争当局は、(i)ウェアハウジング方式の買収手法

(warehousing arrangement)34や(ii)カーブアウト合意(carving-out agreement)35とい

った企業結合規制を回避する手法を認めていないことを念頭に置く必要がある 36。

これは、(i)ウェアハウジング方式の買収手法は、本来的には競争当局への事前届出とクリ

アランス取得が必要な単一の M&A 取引を、あえて個別の取引・ステップに細分化・分解す

ることによって少なくとも個別の取引・ステップの一部の実行について独禁法・競争法が

定める届出・待機義務を回避するためのものであると競争当局が考え、実質的に届出・待

機義務違反であると判断する場合があることによる。また、(ii)カーブアウト合意は、ク

リアランスを取得できていない国・地域の事業活動等については買収・統合の対象から一

時的に除外した上で 37当該 M&A取引を実行したとしても、除外された(カーブアウトされた)

国・地域の事業活動等についても競争機微情報の交換が行われるといったことにより競争

上の影響が生じる可能性は否定できず、独禁法・競争法が定める待機義務を骨抜きにする

ものであると競争当局が考える場合があることによる 38。

このため、一連の取引段階・ステップを一括して捉えて届出・待機義務に違反するとの法

的評価がなされる可能性に備え、複雑なスキームを組んで多くの取引段階・ステップから

構成される M&A 取引を実施する場合には、それぞれの取引段階・ステップを個別に見て届

出・待機義務に違反するものであるかだけでなく、当該 M&A 取引を単一の取引として届出

しなければならないかを慎重に判断する必要がある。また、多くの国・地域では、カーブ

アウト合意のようなアレンジでは届出・待機義務を免れることはできないことから、クリ

アランスが必要な全ての国・地域でクリアランスを取得するまではクロージングできない

34 ウェアハウジング方式の買収手法については 39頁の脚注 17参照。 35 カーブアウト合意については 35頁の脚注 16参照。 36 ウェアハウジング方式の買収手法については、キヤノンによる東芝メディカルの買収(「第 2章 ガン・

ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例②(5))、カーブアウト合意については、テクニ

カラーによるシスコシステムズのコネクテッドデバイス事業の取得(「第 2章 ガン・ジャンピングの問題

があるとされた個別公表事例」の事例②(4))参照。 37 ここでいう「除外(カーブアウト)」は、問題解消措置として当事会社が事業や資産の一部を第三者に(一

時的にではなく恒久的に)譲り渡す構造的措置とは異なり、クリアランスを取得するまで一時的に、クリ

アランスの取得できていない国・地域に関連する事業部分においてのみクロージングを行わないことを意

味する。 38 なお、当事会社によるカーブアウト合意と関連して、中国では、当事会社がクロージング後も一定期間

は互いに独立して事業活動を行うという義務(hold separate obligation)がクリアランスの条件とされ

ることがある。例えば、アドバンスト・セミコンダクター・エンジニアリングによるシリコンウェア・プ

レシジョン・インダストリーズの買収において、商務部は、人事、経理、営業等の部門につき、クロージ

ング後 24か月間、両社が互いに独立して事業活動を行うことをクリアランスの条件としている

(http://english.mofcom.gov.cn/article/policyrelease/announcement/201711/20171102677556.shtml)。

もっとも、このことをもって、商務部が当事会社によるカーブアウト合意を、ガン・ジャンピングを回避

する手法として是認しているわけではないことに留意されたい。

Page 79: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

73

ことを前提に、中国等クリアランスまでに時間を要する国・地域を軸として、事前届出の

準備や競争当局による審査期間を見込んだ M&A取引のスケジュールを策定する必要がある。

本類型について主な国・地域において注意すべき事項及び傾向は以下のとおりである。

国・地域 注意すべき事項及び傾向

全ての国・地域

ウェアハウジング方式の買収手法やカーブアウト合意は届

出・待機義務を回避する手法として認められないとの前提で

M&A 取引のスキームやスケジュールを検討・策定する必要があ

る。

欧州

待機義務の範囲がいまだ明確ではなく 39、届出を行っている

M&A取引についてのクリアランスを取得する前に当該 M&A取引

の準備的行為を行うことが待機義務違反とされる可能性があ

る。

インド

インド競争委員会は、M&A 取引について届出が行われた場合、

当該 M&A取引に関連する周辺契約も(当該周辺契約がそれ自体

届出を必要としないものであっても)待機義務の対象になり、

当該M&A取引についてのクリアランスを取得するまではそれら

の周辺契約の履行着手や実行をしてはならないと判断する傾

向にあることから、周辺契約の締結やその履行の着手・実行に

ついてのタイミングは慎重に検討する必要がある。

39 KPMGデンマークと EYの統合(「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事

例②(6))参照。

Page 80: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

74

(3) 類型③(クリアランス取得前に、M&A 取引の対象会社に対する支配が買主に移転したこ

とや対象会社に対する影響力の行使が発生したことによる届出・待機義務違反)におけ

る対策

多くの M&A 取引では、クリアランスを取得することや株主総会における承認取得等の必要

性から、M&A取引契約の締結日とクロージングの間に相当の期間を置いている。この期間中、

対象会社の経営陣が対象会社の企業価値を大きく毀損するような事業運営をしても買主は

何らの制限もできないとなると、買主の正当な利益を害することになりかねない。また、

買主としては一刻も早く対象会社の事業運営に対する影響力を獲得し、統合効果の早期実

現を図りたいと考える場合が多いであろう。しかしながら、このような買主側の要請・事

情を推し進めた結果、クリアランスの取得や待機期間の満了を待たずに当事会社が「M&A取

引を事実上実行したに等しい状況(クロージングの前倒し実施)」を生じさせてしまうと、

競争当局の視点からすれば、事前届出制度や待機期間制度が設けられた趣旨が損なわれて

しまうことになる。

そこで、欧米を始めとする諸外国・地域の競争法では、単純に M&A 取引そのものの実行だ

けを基準とはせず、M&A 取引そのものの実行には至らなくとも、「受益的所有権の移転」や

「支配権の取得」、「決定的な影響力の取得」があれば、届出・待機期間規制の違反とする、

というように、抽象的な基準に基づく判断枠組みが採用されている。ここで、「M&A 取引を

事実上実行したに等しい状況(クロージングの前倒し実施)」とは、「買主が対象会社の事

業の独立性を失わせた場合」や「買主が対象会社の実質的な支配や業務上の決定権を取得

した場合」であると考えられている。このため、例えば、M&A取引契約に「クロージング前

に対象会社の事業の独立性が失われかねない条項」や「買主が対象会社の実質的な支配や

業務上の決定権を取得したのに等しい状況を生じさせることが可能となっている条項」が

規定されている場合には、「M&A 取引を事実上実行したに等しい状況(クロージングの前倒

し実施)」を生じさせたと評価され、届出・待機期間規制(手続法規制)の観点からガン・

ジャンピングの問題が生じることになる。

「M&A 取引を事実上実行したに等しい状況(クロージングの前倒し実施)」を生じさせたか

否かは、M&A取引契約の規定ぶりのみならず、当事会社の意図とそれに基づく行為等にも大

きく左右されうるものであり、ケース・バイ・ケースで判断せざるを得ない。しかし一般

的に、合理的な範囲内で当事会社がデュー・ディリジェンスを実施すること 40や、クロージ

ング時に対象会社の企業価値に重大な悪影響がないことをクロージングの条件とすること

40 ジェムスターとテレビガイドの合併(「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」

の事例③(2))参照。

Page 81: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

75

41は、少なくとも米国の先例に照らせばガン・ジャンピングの問題があるとは考えられてい

ない。また、対象会社が待機期間中に以下の行為を行う場合には事前に買主の承諾を必要

とするコベナンツ条項についても、同様に米国の先例に照らせばガン・ジャンピングの問

題があるとは考えられていない 42。

(i) 株主に対する配当

(ii) 株式の発行、売却、担保権の設定

(iii) 定款等の変更

(iv) 重要な事業の取得

(v) 知的財産権その他重要な資産に対する担保権の設定

(vi) 新規の大規模な設備投資

(vii) 通常の業務の範囲外の請求、支払い、免除

(viii) 通常の業務の範囲内で行われる債権回収以外の訴訟提起

このように、特に米国、欧州のように、抽象的な基準に基づく判断枠組みによって届出・

待機期間規制違反の有無が決定される国・地域に届出を行う場合には、M&A取引契約の交渉

の段階から、これらの競争当局による過去の法執行を参考に、「M&A 取引を事実上実行した

に等しい状況」、すなわち、「買主が対象会社の事業の独立性を失わせること」や「買主が

対象会社の実質的な支配や業務上の決定権を取得すること」のないようにコベナンツ条項

やクロージングの前提条件を検討する必要がある。また、M&A取引契約のコベナンツ条項の

実際の遵守・運用や、契約条項とは必ずしも関連のない対象会社への接触・要請の内容に

ついても、「買主が対象会社の事業の独立性を失わせること」や「買主が対象会社の実質的

な支配や業務上の決定権を取得すること」に該当しているとの指摘を受けないよう、特に

対象会社の業務やその意思決定への関与は慎重にする必要がある。

本類型について主な国・地域において注意すべき事項及び傾向は以下のとおりである。

国・地域 注意すべき事項及び傾向

「受益的所有権」や「支

配」といった抽象的概念

を採用する国・地域(米

国、欧州、中国等)

M&A 取引そのものの実行には至らなくとも、「受益的所有権

の移転」や「支配権の取得」、「決定的な影響力の取得」等

があれば届出・待機期間規制違反とされることから、M&A取

引契約の交渉の段階から、「M&A 取引を事実上実行したに等

しい状況」、すなわち、「買主が対象会社の事業の独立性を

失わせること」や「買主が対象会社の実質的な支配や業務

41 スミスフィールド・フーズとプレミアム・スタンダード・ファームズの合併(「第 2章 ガン・ジャンピ

ングの問題があるとされた個別公表事例」の事例③(3))参照。 42 コンピュータ・アソシエイツとプラチナム・テクノロジーの合併(「ガン・ジャンピングの問題があると

された個別公表事例」の事例③(1))参照。

Page 82: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

76

上の決定権を取得すること」のないようにコベナンツ条項

やクロージングの前提条件を検討するとともに、契約条項

とは必ずしも関連のない対象会社への接触・要請の内容に

ついても慎重に対応する必要がある。

上記以外の国・地域

日本の独禁法のみが問題となる M&A 取引では問題となりが

たい。他方、米国や欧州における競争法の解釈がその他の

国・地域でも参照されることが多いことに鑑みれば、諸外

国・地域での届出が必要とされる M&A 取引の場合には米国

や欧州と同様の行動規範で対応することが無難である。

Page 83: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

77

(4) 類型④(M&A 取引の過程における競争事業者である当事会社間の行き過ぎた情報交換に

伴うカルテル規制違反)における対策

M&A 取引における当事会社間での一定の情報交換は、M&A取引の初期的検討段階、デュー・

ディリジェンスや企業価値評価の段階、さらに進んで最終契約締結後のクロージングまで

の統合準備段階のいずれにおいても一定程度は不可欠であり、一切の競争機微情報の交換

を行えないとしたのでは競争事業者間の M&A取引が実質的に不可能となってしまう 43。また、

M&A 取引の実行につき必要となる情報交換に際し、競争に対して影響を与えないようにする

適切な措置が講じられている場合には、競争事業者でもある当事会社の間で競争機微情報

の交換を行ったとしても、競合事業における競争に実質的な影響を与えることはないから、

競争法上違法となるものではないと考えられる。そこで、M&A取引における競争事業者間で

の競争機微情報の交換は、①M&A取引の検討・実施にあたり必要な情報を、②当該情報を入

手する必要がある者にのみ開示し、かつ、③競争に対して影響を与えないようにする適切

な措置が講じられている場合には、カルテル規制に抵触することはない、と考えられる。

なお、M&A取引の検討・実施のために必要な情報は M&A取引の各段階で異なるため、情報交

換の必要性は、単なる抽象的な必要性ではなく、時期及び内容の両面から当該時点におけ

る情報交換を正当化できるものでなければならないことに留意が必要である。「必要性」を

拡大解釈するあまりに、なし崩し的に競争事業者間で競争機微情報の交換が行われれば、

たとえ M&A 取引という文脈・下地があったとしても競争への悪影響が及ぶ可能性を否定し

がたいからである 44。

また、M&A 取引のプロセスとしては、(i)秘密保持契約を締結した後、基本合意をするまで

の M&A取引の初期的検討段階 45、(ii)デュー・ディリジェンスや企業価値評価を行い、最終

契約を締結するまでの段階、(iii)最終契約締結後、各国・地域の競争当局に事前届出を行

い、クリアランスを取得するまでの段階、(iv)クリアランス取得後、クロージングまでの

統合準備段階、があるところ、(i)から(iv)の段階にかけて M&A取引が実現される確実性は

高くなり、また、(i)の段階では単に案件を前に進めるかという観点からの情報で足りるの

に対し、(ii)の段階では最終契約における買収対価や合併比率を決定するために企業価値

を算出するための情報が必要になる等、一般的に、クロージングに近づくほど必要な情報

43 William Blumenthal, “The Rhetoric of Gun-Jumping” Remarks before the Association of Corporate

Counsel, Annual Antitrust Seminar of Greater New York Chapter: Key Developments in Antitrust for

Corporate Counsel (New York, November 10, 2005). 44 M&A取引に関する協議における競争事業者間の行き過ぎた競争機微情報の交換がガン・ジャンピングに

あたるとされた事例として、エイムスキップ/クルーズべへーア/サムスキップ/バンボンの統合(「第 2章

ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例④(5))参照。 45 もっとも、事案によっては、秘密保持契約締結後、基本合意をすることなく、最終契約を締結すること

もあれば、逆に基本合意の段階で最終契約に定める内容を相当程度合意することもある。

Page 84: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

78

の範囲が広がり、必要となる情報の具体性・粒度も細かくなっていくことが多い。もっと

も、(iv)の段階に至ったとしても、当事会社はクロージングまでは形式的には互いに独立

した競争事業者であり、全ての情報の交換が認められることになるわけではないことには

留意が必要である。

① M&A 取引の検討・実施にあたり必要な情報であるか

いかなる情報が競争機微情報にあたるか、概括的な情報と詳細な情報とがある場合にどこ

からが競争機微情報になるかは、競合する商品・サービスの性質、市場の透明性、公開情

報の範囲、当該商品・サービスの販売方法や競争の状況によって異なるので、個別具体的

な検討が必要であるが、一般的に、以下の情報は競争機微情報であるとして、情報交換を

行う際は慎重な対応を要する。

(i) 現在及び将来の価格情報、価格設定・入札に関する情報(将来的な入札計画、進行

中の入札に関する情報等を含む)

(ii) 新製品の価格、現在及び将来のマーケティング戦略・計画(製品開発戦略等を含む)

(iii) 顧客別、製品別の販売価格・割引率等

(iv) 現在及び将来の製品別損益に関する情報(製造原価・原料・包材費・販売費・一般

管理費・利益等)

(v) 主要な原材料等の購買価格・その他の条件

(vi) 製品別の生産・販売数量

(vii) 生産能力に関する情報

(viii) 将来の売上予測に関する情報

(ix) 顧客又は取引先の具体名、個々の顧客又は取引先との取引数量、取引条件(リベー

ト等を含む)等

② 当該情報を入手する必要がある者にのみ開示されているか

M&A 取引の検討・実施を通じて競争機微情報が競合する業務を行う相手方当事者の役職員に

共有され、競争に実質的な影響を与えることを防止しながら、M&A 取引に必要な情報の取

得・評価ができるようにするため、実務上、いわゆるクリーンチームの組成が行われてい

る。

クリーンチームは、競争機微情報の受領者を日々の営業活動又は事業上の意思決定に直接

関与しない者(非現業者)等に限定して組成される。これは、クリーンチームは、日々の

営業活動又は事業上の意思決定に直接関与している者が競争機微情報に触れないような情

Page 85: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

79

報遮断措置をとる際に、競争機微情報に触れることができる者を明確にするためのもので

あることによる。具体的には、当事会社の役職員のうち、財務、人事、法務等のいわゆる

バック・オフィス業務に従事している者や競合事業に全く関与していない者、競合事業に

関与しているが当該 M&A取引に専任する者 46、弁護士や会計士といった外部アドバイザーが

クリーンチームを組成する。

③ 競争に対して影響を与えないようにする適切な措置が講じられているか

クリーンチームが受領した競争機微情報が、クリーンチーム外の役職員に対してそのまま

開示されてしまうと、クリーンチームを利用する意味がなくなってしまうため、クリーン

チームのメンバーには、クリーンチーム外に情報が漏洩しないよう厳格な情報管理が求め

られる。特に、クリーンチームが受領した競争機微情報に基づいて、マネージメントに対

して報告を行う場合や、競合事業に精通しているクリーンチーム外の案件メンバー(例え

ば、競合事業の営業職)に確認等を行う場合には、競争機微情報をそのまま報告資料に添

付したり、確認資料に引用したりすることがないよう注意する必要がある。

また、クリーンチームへの情報開示であっても無制限に許容されているわけではない。不

必要に詳細な情報の交換を行えば相手方の将来の競争行動が正確に予測できるようになる

ことで競争事業者間での協調的行動が発生して競争が阻害されることを防ぐため、実務上、

競争機微情報を加工することがある。例えば、法務デュー・ディリジェンスにおいて、い

わゆるチェンジ・オブ・コントロール(change of control)条項 47の有無や最低購入数量

条件の有無等を確認することを目的として顧客やサプライヤーとの間の契約関係を確認す

る場合には、顧客・サプライヤー名、単価等の情報は必ずしも必要ではないため、それら

の情報をマスキングすることがある。また、契約金額についてのレベル感を知りたいとい

う場合には、具体的な金額を示すことはせずに、「10~20億円」というように幅のある数字

にしたり、売上規模を把握したい場合には、個別の顧客ごとの売上金額の記載を避け、「上

位 5 社で 100 億円」というようにまとめた記載をしたりすることが考えられる。実際、米

国の裁判例では、「当事会社間の情報交換は、外部弁護士によってチェックされた、一般化

や平均化された概括的な価格データのやりとりであること」が競争法違反を否定する方向

の事実として評価されており 48、クリーンチームの利用に加え、競争機微情報の加工(抽象

46 当該 M&A取引に専任する者については、競合事業から離れれば競争機微情報に直接触れても競合事業の

営業活動又は事業上の意思決定等に直接関与することはないため、競争に実質的な影響を与えないと考え

られることによるが、万が一当該 M&A取引が実施されないこととなった場合、一定期間は元の部門に戻る

ことができなくなる(競争機微情報が競争に影響を与えなくなるまでクーリング期間を設けることになる)

点に留意が必要である。 47 「チェンジ・オブ・コントロール条項」とは、支配株主の変動や経営体制の重大な変更が契約の解除事

由や期限の利益喪失事由とされている条項をいう。 48 オムニケアがユナイテッド・ヘルスとパシフィケアをシャーマン法第 1条違反で訴えた事例(「第 2章 ガ

Page 86: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

80

化、概括化、マスキング、数値の合計化等)がガン・ジャンピングのリスクを軽減する対

策として有効であるとされている。

本類型について主な国・地域において注意すべき事項及び傾向は以下のとおりである。

国・地域 注意すべき事項及び傾向

競争機微情報の交換だ

けで競争法違反になり

うる国・地域(欧州等 49)

M&A取引の過程における情報交換であっても、競争機微情報

の交換だけでカルテル規制違反の要件に該当しうることか

ら、情報交換を行う際は特に注意が必要である。

上記以外の国・地域

日本を含め、上記以外の国・地域ではカルテル規制違反と

なる要件は競争事業者の間に「意思の連絡」や「合意」が

あったこととされているところが多いが、当事会社におけ

る情報交換とこれらの「意思の連絡」や「合意」は紙一重

であることから、競争機微情報の交換の必要性を踏まえ、

クリーンチームの組成等の情報隔離・遮断措置を十分に行

うことが最も重要な対策方法である。

ン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例④(3))参照。 49 例えば、欧州の競争法をもとにしているシンガポールやマレーシアでも競争機微情報の交換だけで競争

法違反となりうる法制度になっている。

Page 87: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

81

第 4章 ガン・ジャンピングに関する論点及び問題意識の整理

これまで、第 1章では、本報告書全体の理解の前提となる、M&A取引におけるガン・ジャン

ピング問題の基礎知識を解説し、それに続く第 2 章では、ガン・ジャンピングの問題があ

るとされた国内外の事例を、問題とされた行為類型別にまとめて紹介した。

第 3 章では、そのような行為類型別の留意点を M&A 取引のプロセスに沿ったフローチャー

トとともに示した。最終章である本章では、ガン・ジャンピング対応全般における一般的

な行動指針を述べるとともに、行為類型別の留意点とその一般的な対策だけではおさまり

切らない問題点、すなわち、実務上しばしば直面する難点に対処する際の問題意識を述べ、

参考に供することを目的とする。

1. ガン・ジャンピングに関する誤解、実務上の難点とその対応

第 2 章の事例紹介のとおり、実際にガン・ジャンピングが問題とされた国・地域はさまざ

まであり、各国・地域の競争法の制度・手続には共通部分も多いが細部では異なっている

のが通常であること、また、競争当局の執行方針もさまざまであることから、ありとあら

ゆる国・地域の競争法に関して、ガン・ジャンピングの問題を起こしそうな論点を把握し、

事前に対処することは容易ではない。また、一口に M&A 取引といっても、その取引規模や

当事会社の企業規模・組織体制、当該 M&A 取引に投入できるマンパワーや取引費用等もさ

まざまであり、ガン・ジャンピングの問題点を引き起こす懸念や疑義が生じる余地がない

までに対策を尽くすことは実務上困難な場合も多い。対策を尽くすことができないからと

いって、競争法の適用を免れたり、競争当局の執行が緩まったりすることはなく、具体的

な解決策は個別の案件ごとに当然異なる。

そこで、まずはガン・ジャンピング全体に関する原則的な対応の視点を理解しておくこと

が実務上有益と思われる。すなわち、ガン・ジャンピング全体に関する対応として、実務

上、「各当事会社は、クロージングまでの間、別個独立の競争主体として、独立した業務・

事業運営を行うこと(特に、他の当事会社の日常業務に関わる意思決定に介入しないこと)」

50あるいは「クロージングまでの間は、M&A 取引の検討が開始される前と同じように業務遂

行すること」といった大局的かつ一般的な行動指針を策定してこれをベースとした上で、

問題が生じた場合には個別に検討・判断して M&A 取引を進めることが多い。これは、潜在

的問題点・論点を全て事前に把握して適切な対応をすることは実務上困難であり、また、

M&A 取引には多くの関係者が関与するため仔細にわたる対策を立ててその対策を誤解なく

50 同様の指摘として、例えば、OECD “Investigation of Consumated and Non-notifiable Mergers” Note

by the Secretariat for Working Party No. 3 of the OECD Competition Committee, DAF/COMP/WP3(2014)1

(20 January 2015)。

Page 88: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

82

実施することは現実的でもないからである。このような一般的な行動指針は、カルテル規

制に違反するような合意や協調的行為が偶発的になされることの防止にも資するものであ

る。

以上を踏まえて、ガン・ジャンピングに関する誤解や実務上しばしば直面する問題とその

対処に有益・有用と考えられる対応策を一般論として述べることとする。

2. 届出不要の M&A 取引や合算市場シェアが僅少と想定される案件における誤解

各国・地域の競争法上の届出が必要とならない規模の M&A 取引や、当事会社が競争事業者

同士ではあるものの合算市場シェアが一見すると低いと思われるような M&A 取引の実施に

際しては、ともするとガン・ジャンピングの問題は生じないのではないかという誤解があ

りうる。

まず、競争法上の届出が不要な M&A 取引については、ガン・ジャンピングの問題による競

争法違反のうち手続法規制違反に関しては、ガン・ジャンピングの問題は生じないのは確

かである。事前届出義務の懈怠や届出後の待機期間規制の違反の問題が生じる余地がない

からである。しかし、競争法における企業結合規制上の事前届出が不要であったとしても、

M&A 取引の当事会社は実体法としての競争法の適用を受けることには変わりなく、特に、M&A

取引の当事会社間に水平的競合関係が存在する場合には、例えば、競争機微情報の交換や

クロージング前の調整・共同行為を行うことにより、実体法規制(第 1 章で解説したカル

テル規制)違反としてガン・ジャンピングの問題を生じさせることは十分ありうる。

また、合算市場シェアが低いと思われる当事会社の間における M&A 取引であっても、それ

だけの理由をもって事前届出義務・待機期間規制の適用を回避できるわけではない。各国・

地域の事前届出要件は合算市場シェアの多寡と関係なく決まっている国・地域が大多数で

あるからである。

さらに、合算市場シェアが低いからといって、当事会社による情報交換や共同行為・調整

行為が市場における競争に悪影響を与えるおそれは低いと早合点し、したがって、実体法

規制との関係で、ガン・ジャンピングの問題に配慮する必要はない、と直ちに考えること

も適切でない。第 1 章で説明したとおり、国・地域によっては、市場への弊害の発生が競

争法違反(カルテル規制)の要件とされておらず、競争事業者の間での競争機微情報の交

換を違法とする場合(欧州が典型)や、いわゆる「当然違法」との考え方がとられていな

くとも従前からの判例・実務を通じて類型的に競争法に違反するとされてきた行為がなさ

れていれば、市場への弊害に係る厳密な検証を要することなく競争法違反を認定されてし

Page 89: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

83

まう場合もある。また、日本の独禁法のように、不当な取引制限の違反の認定に「競争の

実質的制限」のような弊害要件が要求される法制のもとでも、不当な取引制限の発生した

「市場」をどのように画定するかは一義的に明確な結論が出せないこともしばしばあり、

必ずしも当事会社がその事業の遂行上認識している「市場」やデータの集計や統計資料等

にあらわれる「市場」と一致するとは限らない。したがって、当事会社の事業統合後の市

場シェアが 10%未満と思われる場合でも、競争法上は、商品の属性や顧客の選好、地理的範

囲の観点から、より狭い「市場」が画定されてしまうことがあり、当事会社の統合後の合

算市場シェアが想定よりも高くなる可能性がある(とりわけ、公取委の不当な取引制限の

認定や他国・地域の競争当局によるカルテルの認定においては、企業結合規制における商

品・サービスの市場画定よりもさらに狭い「市場」が画定され、関係当事者の市場シェア

が高くなることは珍しくない)。このように、当事会社が認識している又は統計資料等に表

れる「市場」における統合後の市場シェアが低いからといって、実体法規制としてのガン・

ジャンピングの問題は生じないと断じることは危険である。

3. デュー・ディリジェンス段階における競争機微情報の交換の必要性と実行のバランス

ここでは、デュー・ディリジェンスにおける実務上の難所の例として、競争機微情報をど

こまで開示できるかの問題がある場合の対応と、意図しない競争機微情報の共有の防止策、

仮に共有がなされてしまった場合の処理について述べる。

(1) ガン・ジャンピング対策の実行の限界、制約

M&A 取引においては、実体法規制としてのガン・ジャンピング、とりわけカルテル規制に違

反する事態を発生させないよう、当事会社間で安易に競争機微情報を交換しないのが原則

であり、そのためには、第 3 章で説明した対応策に従って M&A 取引やそのプロセスの一環

であるデュー・ディリジェンスを実施することが理想である。しかし、その取引規模や企

業規模・組織体制、関連する商品・サービスのニッチさ等の事情によっては、当該取引の

検討に投入できる人員の数や費用ではガン・ジャンピング防止のための措置に限界がある

場合も現実に発生する。例えば、対象事業に詳しい人員が少ないがために、相手方事業者

と競合する事業を営む事業部門から独立したクリーンチームを社内に組成できない場合が

挙げられる。

人員が少なすぎてクリーンチームの組成ができない場合でも、競争法の規制及び執行が緩

やかになるわけではない。したがって、人員不足を理由として競争機微情報を自由に交換

してよいということにはならない。また、仮に人員面やコスト面のような制約があったと

しても、競争への悪影響が生じないような措置をできるだけ講じていたか否かは、競争当

Page 90: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

84

局の事件選択や調査開始後の処分内容等に影響する可能性もあり、その意味でも、実務上

可能な限度で理想型を追求し、次善の策であっても対応していくことが重要であろう。

そこで、競争に実質的な影響を与えることを防止しながら、M&A取引に必要な相手方当事会

社の情報を取得しその評価をして M&A 取引を完遂するための実務的な対応として、外部ア

ドバイザーの活用や、段階的な情報の交換・提供が行われることがある。例えば、①デュ

ー・ディリジェンスの段階では、クリーンチームであるコンサルタント等の外部アドバイ

ザーに一次的な資料の検討を委ね、当事会社の役職員は競争機微情報に直接触れず、外部

アドバイザーが競争に影響を与えない程度に競争機微情報を加工して作成したレポートを

見ることで代替し、②案件がさらに進んだ統合準備段階では、より具体的な情報交換及び

その上での当事会社の役職員による意思決定の必要性が生じることから、例えば小規模な

クリーンチームを組成し、対象となる情報を限定した上で情報共有をして検討を進めると

いう対応も想定しうる。

(2) 意図しない競争機微情報の共有の防止と事後処理

また、M&A取引においては大量の情報が短期間のうちにやりとりされることもあり、クリー

ンチーム外の者に誤って競争機微情報が開示されてしまうという事態が起こりうる。例え

ば、クリーンチームのメンバー以外の者にはたとえ社内であっても共有すべきではない相

手方当事会社の競争機微情報をうっかり営業部門・事業部門へ共有してしまったり、双方

のクリーンチームのメンバー以外の者も出席している会議で相手方当事会社の担当者が競

争機微情報を開示してしまったりするような場合である。特に、後者の場合は、自社では

なく相手方当事会社による行動が不適切な情報交換の契機になってしまいかねないもので

あり、また、情報の性質上、いったん競争機微情報が開示されてしまうと開示前の状態に

戻すことは不可能であるから、そもそもクリーンチームのメンバー以外の者同士の協議や

会合への出席は、少なくともクロージングが行われるまでは特に必要性が高い場合に限定

するのが慎重な対応といえる。仮にクリーンチームのメンバー以外の者が出席せざるを得

ない場合であっても、①クリーンチームのメンバーが出席しており、競争機微情報を開示

しないよう留意すべき旨を会議の出席者全員に会議前に事前告知する、②当該会議のうち、

クリーンチームのメンバーでない者が出席する場面をその必要性が特に認められる議題に

限定する、③クリーンチームのメンバーでない者へ配布する資料の事前確認や議題準備、

当該会議への同席を法務担当者や外部弁護士が行う等、クリーンチームのメンバー以外の

者へ競争機微情報が開示されてしまうことへの予防措置を講じられることが望ましい。

また、自社内又は相手方当事会社からであるとを問わず、仮に他方の当事会社の競争機微

情報が自社のクリーンチームのメンバー以外の者へ共有されてしまった場合には、これに

Page 91: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

85

より競争への影響が生じないようにするため、クリーンチームのメンバー以外の者に共有

されてしまった資料・情報を回収する等、適切な事後処理をできる限り早期に行うべきで

ある。さらに、競争機微情報をクリーンチーム以外に開示・漏洩することの禁止及び当該

情報の M&A 取引の検討・実施以外の目的外使用の禁止を呼びかける等の措置を講じるべき

である。

4. クリアランス取得後かつクロージング前の留意点

競争当局からのクリアランスを取得した後は、当事会社としても競争当局対応の山を越え

た安堵感から、競争法の遵守に気が抜けてしまうことがある。確かに、クリアランスの取

得により待機期間も終了するのが通常であり、手続法規制としてのガン・ジャンピングの

問題の大半は発生しないことになるが、クロージングが行われるまで 51は、競合事業を有す

る当事会社はあくまで競争事業者のままであり、実体法規制としてのガン・ジャンピング

の問題は引き続き発生しうることに注意が必要である。

この点、競争当局からのクリアランス取得後であれば、統合等それ自体について既に競争

当局の一種の「お墨付き」を得ているのであるから、当事会社間において共同行為や情報

交換をして積極的に統合準備を進めても実体法規制としてのガン・ジャンピングの問題(カ

ルテル規制)はないのではないか、という考えを M&A 取引の担当者やビジネス部門の方が

持つことは想像に難くない。

しかしながら、競争当局からクリアランスを取得した後であれば、クロージング前であっ

てもあらゆる情報共有や共同行為が許される、という解釈は各国・地域において一般的と

は言い難いと思われる。結局のところ、クリアランス後であればどの程度の競争機微情報

の交換をしてよいか、という点に対する回答は、問題となっている M&A 取引にどの国・地

域の競争法が適用されるかにより異なる。そのため、問題となる国・地域、共有される情

報の内容や実施される共同行為の性質等を個別に考慮した上で、その適法性を判断するほ

かない。一般論としては、競争当局からのクリアランス取得に加えて、株主総会における

M&A 取引の承認等の手続が完了した段階においては、競争上の問題がないという競争当局の

判断が下されていることに加え、特段の事情がない限りは M&A 取引がほぼ確実に実施され

る段階に至ったといえるため、クリアランス取得前と比較した場合には、より柔軟に情報

共有を認めてよいと考えられる。ただし、交換される情報の内容や、実施する共同行為の

内容によっては、例えば、相手方当事会社の競争機微情報をクロージング前の自社の業務

に利用できないことを確保する措置を講じる等、より慎重な対応が求められる場合もある

51 クロージングが行われたとしても、買収者側の当事会社による資本注入が対象会社へのマイノリティ出

資に留まる場合、クロージング後も引き続き、買収者側の当事会社と対象会社との間ではカルテル規制が

適用されるが、これは通常ガン・ジャンピングの問題とは整理されない。

Page 92: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

86

ことには留意が必要である。

5. クロージング後の留意点

競争当局からクリアランスを取得し、クロージングまで至ったのであれば、当該 M&A 取引

の範囲においては基本的にはあらゆる情報共有や共同行為が許されるようになる(ただし、

85 頁の脚注 50 参照)。もっとも、クロージング後になって、クロージング前の行為につき

ガン・ジャンピングに関する競争当局の調査又は処分が行われることがある。例えば、第 2

章で紹介した KPMGデンマークと EY の統合に関する事例 52では、(統合に関する競争当局の

クリアランスを得てなされた)クロージングの約 7 か月後に、競争当局がガン・ジャンピ

ングを認定する決定を下している。したがって、ガン・ジャンピングの問題がなかったか

についての競争当局の調査がクロージング後に開始されるという万一の事態に備えて、ガ

ン・ジャンピングとならないように配慮して実務的にとりうる適切な対応策を講じつつ M&A

取引を進めたことを示す社内記録等は、競争当局に対して違法性がないこと、少なくとも

競争上の弊害が発生しないよう誠意をもって対処してきたことを示すための証拠となりう

るため、一定期間保管しておくべきであろう。

6. M&A 取引が破談になった場合の留意点

M&A 取引が破談になった場合でも、ガン・ジャンピングの問題がなくなるわけではない 53。

すなわち、M&A 取引の過程で取得した相手方当事者の競争機微情報を自社の事業に用いてし

まうような場合には、カルテル規制としてのガン・ジャンピングの問題が生じ、競争法違

反となりうる。したがって、まず、M&A取引や統合準備の過程で取得した相手方当事者の情

報を、秘密保持契約の条項その他に従い、適切な形で破棄又は相手方当事者に返却する必

要がある。秘密保持契約の内容次第ではあるが、その実施にあたっては、M&A取引の検討期

間中、ガン・ジャンピングとならないように適切な対応策を講じてきたことの証拠を一定

期間保管することが望ましい。また、M&A取引や統合準備の過程で相手方当事者の競争機微

情報に触れたクリーンチームのメンバーにとっては、当該競争機微情報は破棄又は返却し

たとはいえ、記憶を消し去ることはできないことから、かかるメンバーを、当該競争機微

情報を自社の事業に利用しうる部署(営業部門等)に一定期間所属させないという取扱い

も考えられる。クリーンチームのメンバーの現業所属をどの程度の期間禁じるべきかにつ

いては、両当事会社の競合事業がいずれの国・地域に関連するか、競合事業における競争

機微情報がその商品・サービスの性質上どの程度の期間の経過により陳腐化するかを踏ま

えて M&A取引ごとの個別的な判断が必要となろう。

52 「第 2章 ガン・ジャンピングの問題があるとされた個別公表事例」の事例②(6)参照。 53 例えば、フレークボードによるシエーラパインが保有する工場の取得(「第 2章 ガン・ジャンピングの

問題があるとされた個別公表事例」の事例③(4)、④(4))参照。

Page 93: 海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策 …...海外ガン・ジャンピング規制についての 実態と対策調査報告書 2018 年5月 経済産業省

87

結語

第 2 章において収集した事例は世界における現時点のガン・ジャンピングの重要事例の大

半をカバーしていると思われ、第 3 章及び第 4 章においては、そうして収集された各事例

から、できる限り将来にわたって陳腐化しにくいと思われる事項を類型別の対策と留意点

として抽出して提示することを試みた。しかしながら、第 2 章において収集した事例の中

には現在事件係属中となっているものが含まれているように、今後も、このガン・ジャン

ピングの問題については、新しい事例が出現するであろうことに加えて、各国・地域の競

争法の制定・改正、競争当局のガイドラインや解釈指針の改定が進む中で、現時点での対

策と留意点は修正や再調整が必要となる可能性もある。

しかしながら、各国・地域においてガン・ジャンピングの実際の摘発事例が相次ぐ中で、

現時点におけるガン・ジャンピングによる競争法違反につきその類型化と対策・留意点を

とりまとめ、ガン・ジャンピングによる競争法違反のリスクと問題の所在を正しく把握す

ることの重要性は揺るがないと考えられる。本報告書によって日本企業が M&A 取引におけ

るガン・ジャンピングのリスクに対して適切な対応を行い、公正かつ適正な M&A 取引の推

進の一助となれば幸いである。

以上