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テーマ別 実践ガイド 004 人権デューディリジェンスを 導入する

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    実践ガイド 004

    人権デューディリジェンスを

    導入する

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    目 次

    はじめに ............................................................................................................................................... 3

    CSR と人権について考える ................................................................................................................. 4

    人権デューディリジェンスに取り組む理由は? ....................................................................................... 6

    企業事例① GAP ....................................................................................................................... 8

    コラム① ミャンマー ................................................................................................................... 10

    企業事例② ヤフー .................................................................................................................. 11

    人権デューディリジェンスの現状 ........................................................................................................ 13

    企業事例③ ネスレ ................................................................................................................... 15

    考え方と注意点 .................................................................................................................................. 17

    概要と定義 ...................................................................................................................................... 18

    実践にあたっての注意事項 ............................................................................................................... 21

    実践のステップ ................................................................................................................................... 22

    実践の全体像 5 つの作業ステップ ................................................................................................... 23

    ステップ 1 人権方針の策定 ........................................................................................................... 24

    ステップ 2 人権影響評価の実施 .................................................................................................... 27

    ステップ 3 事業への統合 .............................................................................................................. 32

    ステップ 3 ☆ 救済へのアクセス(苦情メカニズム) .............................................................................. 35

    ステップ 4 見直しと報告 ............................................................................................................... 37

    さらなるレベルアップに向けて ............................................................................................................ 41

    参考情報 ..................................................................................................................................... 42

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    はじめに

  • はじめに

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    CSRと人権について考える

    「人権」は、ISO26000(組織の社会的責任に関する国際規格)において、7つの原則

    及び7つの中核主題の両方に掲げられる最重要テーマの一つである。また、2011年

    6月に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則」では、すべ

    ての企業は人権を尊重し、人権デューディリジェンスを実施することが求められてい

    る。これらの動きの始まりは、1990年代後半にさかのぼることができる。

    ILO宣言

    衣料品会社や食品会社の事業進出国における児童労働問題や資源開発による少

    数民族の抑圧などにより、人権・労働に関する国際的ルールの必要性が叫ばれる中、

    国際労働機関(ILO)は1998年に「労働における基本的原則及び権利に関するILO

    宣言」を採択した。その中で、ILOは、加盟国に対し、①結社の自由及び団体交渉

    権の効果的な承認、②強制労働の禁止、③児童労働の廃止、④雇用及び職業にお

    ける差別の除去に対する取り組みを求めた。この4分野は、世界の人権・労働基準に

    おける中核的存在となっており、OECDの多国籍企業ガイドラインや国連グローバ

    ル・コンパクトの人権・労働に関する規格、SA8000(人権・労働に関する国際認証制

    度)などは、これに沿った内容となっている。

    ラギー・フレームワークと指導原則

    その後、国連は、2005年に国連グローバル・コンパクトの設立やミレニアム開発目標

    (MDGs)の提案と採択において中心的役割を果たしたハーバード大学ケネディ行政

    大学院のジョン・ラギー教授を、ビジネスと人権に関する国連事務総長特別代表に

    任命し、2008年にラギー氏の企業と人権に関する報告書で示されたフレームワーク

    (枠組み)を承認した。「ラギー・フレームワーク」と呼ばれるこのフレームワークは、3

    つの柱「人権侵害から保護するという政府の義務」、「人権を尊重するという企業の責

    任」、「人権侵害からの救済手段の重要性」で構成されている。ISO 26000や2011年

    のOECD多国籍企業行動指針の改訂で追加された人権項目は、このフレームワーク

    を取り入れている。

    ラギー・フレームワークの3つの柱

    ①保護:国家は人権を保護する義務がある

    ②尊重:企業は人権を尊重する責任がある

    ③救済:有効な救済へのアクセス

    さらに、国連は2011年にラギー氏の「ビジネスと人権に関する指導原則(Guiding

  • はじめに

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    Principles)」を採択した。上記のフレームワークに基づいた31の原則を記述したこの

    指導原則には、企業が人権問題に取り組む際に欠かせないプロセスである人権デ

    ューディリジェンスについて具体的な手順が示されている。

    ラギー・フレームワークと指導原則が承認を受けたことで、人権侵害の防止のために、

    企業が行うべき最低限のベースラインが世界的に合意されたこととなる。また、自社

    だけでなく取引のある関連会社(サプライチェーンの会社など)の事業活動に関して

    も人権に関する取り組みを進めていくことが期待されている。同フレームワークや原

    則の中核となっている人権デューディリジェンスに、試行錯誤しながらも具体的に取

    り組んでいくことが重要となる。

    企業の悩み

    先進グローバル企業は、人権デューディリジェンスで求められる人権方針の策定や

    行動原則への人権項目の盛り込み、教育、実態調査、モニタリング、ホットラインの設

    置、サプライヤー向け方針の策定のほか、人権デューディリジェンス活動の評価、モ

    ニタリング、キャパシティ・ビルディングなどに取り組み始めている。何にどこまで取り

    組んでいるかは、企業によってさまざまである。

    企業の担当者が、人権デューディリジェンスに取り組む際に、まず最初に直面する

    課題としては下記のようなものが挙げられる。

    ・ 人権といっても具体的にどこから始めればいいかわからない

    ・ なぜ、人権に取り組む必要があるのか分からず、社内を説得できない

    ・ 人権に関するリスクはどのようなものがあるのか見当がつかない

    これらの課題への解決方法は、各企業の業種や規模、事業を行っている国・地域、

    既存のマネジメント・システムによって異なる。

    本実践ガイドでは、「これから人権に取り組み始める」といったステージの企業を対象に、

    人権デューディリジェンス導入にあたって押さえておくべきポイントをご紹介する。

  • はじめに

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    人権デューディリジェンスに取り組む理由は?

    人権デューディリジェンスとは

    人権デューディリジェンスとは、人権侵害を未然に防ぐための仕組みである。企業活

    動あるいはその取引関係を通じた人権への負の影響を特定し、防止し、軽減し、対

    処するためのプロセスである。

    具体的には、①人権尊重の「方針」を立てたうえで、②バリューチェーンにおける実

    際の及び潜在的な人権侵害がどこで起こりえるのか、どのように対処しなくてはなら

    ないのかを特定するための「評価」、③自社のオペレーション、企業文化やマネジメ

    ント・システムに人権尊重(苦情処理メカニズム等の人権侵害が起きてしまった際に

    被害者がアクセスできる「救済」の仕組みを含む)を組み込む「統合」と、④モニタリン

    グの実施、活動の見直しをした上での外部ステークホルダーへの「報告」が求められ

    ている。

    なぜ、人権デューディジェンスが必要なのか

    企業が人権尊重に取り組む理由として、「質の高い持続的な事業活動の実現」、「リ

    スクの軽減」と「新たな機会の獲得」がある。

    代表的なリスクとしては、人権課題(賃金、差別)を理由にしたストライキや訴訟のコス

    ト、NGO など市民社会からの糾弾、地元住民の抗議行動、政府からの操業許可取

    り消し、投資家の投資引き揚げなどがある。人権デューディリジェンスを通じて、全て

    のリスクおよび人権へのネガティブ・インパクトを取り除くことは不可能だが、それらを

    減らす合理的な努力を行うことが重要だ。

    また、新たな機会の獲得(メリット)としては、人権尊重を条件とする政府調達への対

    応やサプライヤー・取引先の拡大、自社に誇りや魅力を感じる優秀な人材の採用や

    確保が挙げられる。

  • はじめに

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    ①質の高い持続的な事業活動の実現

    企業の社会価値の向上 例)人権尊重を担保した事業活動を通じて社会に貢献するとともに、事業の継

    続性を高める

    従業員のモチベーション向上 例)従業員のやる気が高まり、その生産性が向上。優秀な人材の採用、離職

    率の低下

    コーポレート・ブランドの向上 例)人権課題の解決に向けてリーダーシップを発揮することにより、企業評価ラ

    ンキング及びブランド力が向上

    ②リスクの軽減

    オペレーション上のリスク 例)人権課題(賃金)を理由にしたストライキにより発生する損失や、NGO など

    の市民社会からの批判

    法的および経済的リスク 例)人権課題(差別)関連の訴訟コスト

    レピュテーション・リスク 例)人権侵害の報道によるブランドや企業イメージの低下

    お客様からの期待リスク 例)取引先より契約条件として人権取り組みに関する情報の要求、消費者によ

    る不買運動

    政府・投資家からの期待リスク 例)法遵守や事業リスクに関する情報を操業許可や投資条件として要求

    ③新たな機会の獲得

    グローバル競争力 例)グローバル市場での即戦力となる、多様な人材が成長できる労働環境の

    確立

    事業における機会創出 例)人権尊重を条件とする政府調達への対応、仕入先・取引先の拡大

    融資コストの削減 例)金融機関からの有利な融資条件の獲得

    人権デューディリジェンスに長年取り組んできた企業として、衣料品小売大手のGAP

    が挙げられる。GAPは、1990年代の労働人権問題をきっかけに人権に関するオペレ

    ーション上のリスクおよびレピュテーション・リスクの回避に積極的に取り組み、自社

    の社会価値とコーポレート・ブランドを向上、ステークホルダーからの評価を得てい

    る。

  • はじめに

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    企業事例① GAP

    米国の衣料品小売大手のGAPは、サプライチェーンにおける労働人権問題によるオペレーション上

    のリスクおよびレピュテーション・リスクの回避に積極的に取り組んでいる。GAPは、消費者に低価格

    のアパレル商品を提供するため、人件費の安い国・地域の工場に生産を委託している。一方、消費

    者からは、製品の品質や価格の観点だけでなく、サプライチェーンにおける法令遵守や労働人権問

    題への取り組みも要求されている。

    GAPでは、生産拠点の海外移転に伴い、1992年に業界に先立ち下請工場(サプライヤー)における

    労働条件を明記したガイドラインを発行した。しかし、1990年代半ば以降、GAPが委託する途上国の

    下請工場において児童・強制労働などの労働人権問題が発生すると、市民社会からの抗議活動が

    相次いだ。米国NGOのグローバル・エクスチェンジやナショナル・レーバー・コミッティー(現、

    Institute for Global Labour and Human Rights)は抗議デモを行い、米国の大学では不買運動が展開

    された。2000年には英国放送協会(BBC)により、GAPの事業進出国における児童労働問題に関する

    ドキュメンタリーが世界的に放映され、さらなる批判を浴びることとなった。

    GAPでは、これらの批判に対応するために、人権デューディリジェンスを徹底することを決め、1992年

    に策定したサプライヤー向けのガイドラインを破棄し、1996年にサプライヤー向けの行動規範を新た

    に策定した。この行動規範では、法令遵守と社会環境面(特に、労働人権面)において守るべき項目

    を列挙している。また、独立した監査システムを導入してサプライヤーの現地監査も実施している。さ

    らに、NGOや政府など多くのステークホルダーと対話を開始、2004年に初めて発行したCSRレポート

    では、各地域における行動規範の違反について報告した。

    また、GAPでは、企業・労働組合・NGO約70団体で成り立つエシカル・トレーディング・イニシアティブ

    や国際労働機関(ILO)と国際金融公社(IFC)のパートナーシップにより推進されているベターワーク

    プログラムに参画し、アパレル業界の労働人権問題に積極的に取り組んでいる。この取り組みの中で

    は、サプライヤーの経営者や従業員に対する教育訓練・能力開発プログラムの提供や、サプライヤー

    と労働組合の良好な関係を構築するための人権に関する会議やワークショップの提供を行ってい

    る。

    2007 年には、インドの下請工場で児童・強制労働が発覚した。GAPは、その対応として、該当する製

    品の販売を中止し、同工場との契約を直ちに打ち切った。2000年の問題と同様に、英国放送協会

    (BBC)は、GAPの児童労働問題を批判するドキュメンタリーを放映したが、GAPが前回の問題発生直

    後よりサプライチェーンにおける労働人権問題の改善活動に取り組んでいたことから、労働組合、

    NGO、競合他社などが擁護に回り、報道と批判は速やかに沈静化した。

    バリューチェーンにおける労働人権問題はどんな企業にも起こり得る。GAPは、自社の失敗を教訓に、

    労働人権問題に積極的に取り組むことで、自社の社会価値とコーポレート・ブランドの向上、およびス

    テークホルダーからの評価を得ている。

  • はじめに

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    ビジネスと人権の課題

    最近の企業と人権に関する主な課題として、英国の人権とビジネス研究所(IHRB)が

    毎年発表している「ビジネスと人権の課題トップ10」の2013年度のランキングを紹介し

    たい。

    2013年、ビジネスと人権の課題トップ10

    ① 全てのビジネスパートナーシップに人権の尊重を組み込むこと

    ② 強制労働や人身売買をなくすための行動を拡大させること

    ③ デュアル・ユース(利便性を改善する一方、個人情報を悪用しやすくする)可

    能なインターネット技術に関する課題に取り組むこと(こうした技術は、プライ

    バシーの権利と表現の自由を脅かしかねない)

    ④ 金融、情報通信技術、インフラといった重要なセクターで、国連の指導原則

    の導入を促進すること

    ⑤ 人権尊重を保障した公的調達政策を通して、政府の経済的主体としての影

    響力を活用すること

    ⑥ 職場における人権保護に向け、さらなる努力を行うこと

    ⑦ 石油と天然ガス探査が人権に及ぼす負の影響を防ぎ、「資源の呪縛」を緩

    和すること

    ⑧ 人権尊重の視点から、企業のロビー活動においてより高い透明性を要求す

    ること

    ⑨ 紛争地域や高リスク地域において、責任ある投資を確実に行うこと

    ⑩ 輸送、漁業、安全保障、鉱物掘削、その他セクターに関連して、土地や水の

    争奪の影響に対処すること

    ①、②、⑥、⑧などの課題は業種を問わず取り組む必要がある。一方で、IT、インフ

    ラ、漁業や採掘関連など、特殊な人権リスクや課題を持つ業界は、③、④、⑦、⑩な

    どの課題に優先的に取り組むことが必要である。また、⑨の「紛争地域や高リスク地

    域」で自社またはサプライヤーが操業している企業、またはそれらの地域に投資して

    いる企業は、優先的なリスクの軽減と対策への取り組みが必要となる。

    人権リスクの高い国・地域

    人権リスクの高い国・地域はどこか。SRI調査機関EIRISが参考にしているのは、国際

    人権NGOであるフリーダム・ハウスの報告書「世界における自由(Freedom in the

    World)」や、同じく国際人権NGOであるヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・イ

    ンターナショナルなどの年間報告書である。また、FTSE4Goodが参考にしているの

    は、世界銀行のガバナンス指数と、国際人権NGOであるトランスパレンシー・インタ

    ーナショナルの「腐敗認識指数」である。

    また、米国務省は、2012年5月に「人権報告書 2011(2011 Human Rights Reports)」

  • はじめに

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    を公表している。本報告書は、2011年は、チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、シ

    リアで変化の兆しを見せたが、混乱のなかで多くの人々が虐待を受けたと記述。昨

    年の報告書で指摘されたミャンマーにおける政治犯数百人の悲惨な状況について

    は、その後、政府はアウン・サン・スーチー氏を含むこれらの人々を解放し、改革の

    道を歩み始めたとして評価している。その他、人権侵害が続いている国として、北朝

    鮮、トルクメニスタン、ウズベキスタン、エリトリア、スーダン、シリアなどを挙げている。

    報告書によると、中国における人権状況は悪化しているという。特に表現の自由、集

    会・結社の自由に対する抑圧は深刻であり、政治的な活動家や公共の利益のため

    に活動する弁護士らへの当局の対応は、自宅軟禁などの超法規的措置にまでエス

    カレートしていると指摘している。

    人権リスクの高い国で事業を展開していたり、NGOなどに人権侵害の疑いを持たれ

    ていたりする企業は特に、人権侵害を予防、軽減、修復する活動に取り組むことが重

    要である。

    更に、企業は国際的な枠組みや操業を行う現地の法律に従いながら、人権デュー

    ディリジェンスに取り組むことが期待されている。一方で、現地の法律が国際基準を

    満たさない場合や人権に大きな負の影響を及ぼす場合、企業はただ単純に現地法

    に従っていればよいというわけではない。また、例えば「アラブの春」では、ある日突

    然、人々の情報へのアクセスや表現の自由が妨げられた。他の国や地域でも、人権

    リスクが突然高まるようなことが起こりえるとの認識を持っておくことが重要である。

    コラム① ミャンマー

    人権リスクの高い国・地域を示す、世界銀行の「ガバナンス指数」とNGOトランスパレンシー・インター

    ナショナルの「腐敗認識指数」の中で、英国の人権とビジネス研究所(IHRB)やデンマーク人権研究

    所(DIHR)が2013年に特に注目しているのは、両方のリストで腐敗指数ランキングがもっとも高い「ミャ

    ンマー」である。

    過去に、長期の経済制裁後に市場が開かれた国では、責任ある投資が確実に行われないことが多

    かったため、IHRBはヤンゴンに新たにオフィスを設立し、「ミャンマー(ビルマ)におけるマルチ・イヤ

    ー・プロジェクト」を立ち上げ、ミャンマーへの既存および新規の投資活動が国際人権基準に従って

    いるかを調査している。DIHRもミャンマーにおける人権課題やリスク(商業地建設のための不法な土

    地の搾取や少数民族の弾圧など)のアセスメントを行っている。日本でもミャンマーへの進出を表明

    する企業が相次いでいるが、ミャンマーはまだ「高リスク地域」であり、十分な注意が必要である。

  • はじめに

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    法制化の動き

    人権リスクの高い国・地域では、企業や企業のサプライチェーンにおける人権問題

    に関連して法制化の動きがあり、その地域に進出する企業や、部材・製品を納入す

    る企業は、法制化に対応する必要がでてきている。今後、このような動きは、各地域

    で強化される方向にあり、企業として注視しておく必要がある。

    ◆米国の外国人不法行為請求権法(Alien Tort Claims Act(ATCA))

    たとえ米国外での行為でも、米国内で製品やサービスを提供する会社に対し、海外

    の原告が米国の裁判所に訴え(民事訴訟)を起こし、不法行為責任を追及することが

    できるとする、アメリカ合衆国の連邦法。 近年、多国籍企業における不当労働行為

    に関して、この法律を用いて米国の裁判所で救済を求める動きがあり、注目を集め

    ている。(イギリス、オランダ、カナダでも同じような法による裁判が起きている。ただし、

    これらは自国籍の企業が対象のため、日本企業への影響はない。)

    米国企業の事例になるが、ヤフーは、この法に基づき米国において、中国における

    人権侵害(中国政府への個人情報の提供)で提訴された。

    企業事例② ヤフー

    Yahoo!中国は、中国政府から求めに応じて、民主活動家の個人情報を提供したことに対して、米国

    の人権団体から、米国連邦法に基づいて提訴された。

    中国では民主活動家・王小寧氏がインターネット上で民主・人権について言論した文章を発表してい

    たため、中国政府はYahoo!中国に対し、王氏の個人情報の提供を要求した。Yahoo!中国はその求め

    に応じて個人情報を提供したが、それにより2002年9月30日、王氏は北京当局により逮捕され、2003

    年9月12日に「国家政権扇動し転覆する罪」で禁固10年を言い渡された。

    米国ヒューマン・ライツ世界組織(The World Organization for Human Rights USA)は、米国連邦法で

    ある外国人不法行為賠償請求法および拷問被害者保護法(Torture Victims Protection Act)に基づ

    き、Yahoo!を提訴した。Yahoo!側は、「中国でビジネスを展開する以上、必ず中国国内の法律を遵守

    しなければならない。従わなければ、現地社員が刑罰を受ける可能性がある。法に則り合理的な要

    求が出されれば、背後にどんな動機があっても中国政府に協力するしかない」と主張している。

  • はじめに

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    ◆金融規制改革法(ドッド・フランク法)

    深刻な人権侵害を行う武装勢力の存在する国においては、そこで産出された鉱物を

    購入することが、武装勢力の資金源を生み出すことにつながり、紛争の長期化・深刻

    化を招く恐れがある。このような鉱物を「紛争鉱物」という。

    2010年7月に成立した金融規制改革法(ドッド・フランク法)1502条には、紛争鉱物に

    関わる条文が含まれている。この法律は米国上場企業に適用されるもので、コンゴ

    民主主義共和国及び周辺国産のスズ、金、タンタル、タングステンなどの鉱物を扱う

    製造業者に対し、それらが紛争鉱物であるか毎年調査し、情報公開・報告することを

    義務づけている。米国に上場していない企業においても、当該鉱物を製造に使用し

    て米国上場企業に納入している場合は影響が出る可能性がある。

    この法律が成立した背景には、コンゴ共和国の東部において、武装勢力による非人

    道的行為が繰り返されており、現地住民に鉱物を採掘させて資金源にしている現状

    がある。これらの紛争鉱物を利用することは、武装勢力に資金提供していることにつ

    ながることから、この事態に対処すべく同法律が制定された。

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    人権デューディリジェンスの現状

    背景

    「グローバルにおける人権」は、日本企業においても、以前から重要課題として注目

    されてきたが、「人権の尊重」という考え方がCSRレポートに盛り込まれるといった取り

    組みレベルにとどまる企業が少なくなかった。だがグローバルでは確実に、人権をめ

    ぐるマネジメントのあり方が変わりつつある。ネスレ、ユニリーバ、コカ・コーラ、GEな

    どといった企業は次々に、グローバルにおける人権マネジメントの「実践」に向けて

    動き出している。人権方針の策定、ステークホルダー・ダイアログ、リスク評価、トレー

    ニングの実施と、その段階は様々だが、確実に取り組みを前に進めるための動きを

    強化してきている。彼らが目指すのは、いわゆる「人権デューディリジェンス」の実践

    であり、まだ明確な答えが確立していないこの領域に、足を踏み入れ始めている。

    人権課題をセクハラやパワハラなどといった狭義で捉えている日本企業は少なくな

    い。企業にとっての人権課題は、労働安全、雇用条件、差別、結社の自由、児童労

    働・強制労働、プライバシー、苦情対応、プロダクト・スチュワードシップ、サプライヤ

    ーへの要請、コミュニティへの影響、カントリー・リスク、土地の管理、警備など企業活

    動に関係する様々な課題との関連性を持つ。

    人権と企業の各部門との関係

    現在、企業における人権対応の推進は、CSR部門あるいは人事部門が担当し、自部

    門内で取り組みの糸口を探ろうとしているケースが少なくない。

    一方で、人権問題は事業活動のさまざまなところに存在する。例えば、木材を調達し

    ている企業であれば、それに伴う森林開発により現地コミュニティの水資源へのアク

    セス権を侵害しているかもしれない。水アクセスの問題は環境問題であると同時に人

    権問題でもある。バイオ燃料関連企業では、食糧問題という人権問題が関わってくる

    であろう。ICT企業について言えば、アラブの春の際にフェイスブックのようなソーシ

    ャルメディアが果たした役割は記憶に新しい。また、大量の個人情報を管理している

    という点でセキュリティ面での人権問題も大きいと言えよう。

    このように、人権は、部門横断的に、人事・労務部門はもちろん、購買・調達部門、品

    質部門、内部監査部門、事業部門、お客様対応部門、セキュリティ部門、法務部門と

    いった様々な部門に関係する。

  • はじめに

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    人権と企業の各部門との関係例

    企業部門 人権課題の例 影響を受ける人権

    人事 従業員が労働組合活動に参加することができない ・結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認

    ・あらゆる差別の禁止

    健康・安全の管理 従業員の作業環境の安全性が不十分、健康に害を及

    ぼす

    ・安全な労働環境で働く権利

    ・生命、自由及び身体の安全に対する権利

    サプライヤー、

    契約関連 サプライヤーが労働や人権基準を遵守していない

    ・労働組合への参加の自由

    ・休息、余暇についての報酬の支払

    ・児童労働と強制労働の禁止

    ・教育についての権利

    顧客関係 製品が顧客の健康に害を及ぼす、または誤用され、被

    害をもたらしている

    ・健康を享受する権利

    ・生命、自由及び身体の安全に対する権利

    コミュニティ関係 居住者との協議、同意、および/または補償なしに移

    転させ、確保した土地を企業が使用している

    ・健康を享受する権利

    ・相当な生活水準に対する権利

    ・生命、自由及び身体の安全に対する権利

    セキュリティ 民間警備や警察による過度な暴力の行使 ・生命、自由及び身体の安全に対する権利

    (出典: デンマーク人権研究所)

    バリューチェーンにおける人権配慮

    人権の取り組み対象は自社の部門に留まるのではなく、サプライチェーンでの取引

    先までを範囲として取り組むことが重要である。最近はバリューチェーンマネジメント

    に、環境に配慮したグリーンな購入・調達だけでなく、人権を取り入れる動きが出て

    きている。

    この流れの背景としては、ILO宣言同様、1990年代以降に、ネスレやキャドバリーが

    原料を調達しているカカオ農場で、またGAPやNIKEのサプライヤーの工場で、児童

    労働が行われていることを国際NGO団体が告発したことがあげられる。特に、欧米

    系のメーカーでは、過去に人権・労働問題でNGOからボイコットキャンペーンを起こ

    されているケースが少なくない。

    人権を含む倫理的なバリューチェーンの推進に向けては、1998年にThe Body Shop、

    ASDA等の英国企業、NGO、労働組合連合などが共同で倫理的商取引イニシアチ

    ブ(Ethical Trading Initiative(ETI))を立ち上げている。ETIは、バリューチェーンにお

    ける人権を含む労働管理のために実行的なツールや指導を提供している。

    また、倫理的なバリューチェーンの推進を支援する団体としては、2004年に設立され

    たイギリスに拠点を置くNGO組織Sedexがある。M&S、テスコ、ネスレ、ユニリーバ、ウ

    ォルト・ディズニー・カンパニーなどが参加する同団体では、サプライチェーンにおけ

    る労働(人権を含む)・健康安全・環境・倫理のパフォーマンスを向上する目的で、サ

    プライヤーの情報の共有を可能にしたデータベースを運営している。サプライチェー

    ンの下流の企業はメンバーとして参加することで、このデータベースを活用し、ワー

    キンググループや他の参加企業との交流も可能となり、自社のバリューチェーンの品

    質向上に役立てることができる。また、サプライヤーは複数の企業からの監査・アン

  • はじめに

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    ケートに個々に対応する必要がなくなるというメリットがある。

    業界別の仕組みとして、衣料品業界のベター・ワーク・プログラムがある。労働基準

    の遵守と国際的なサプライチェーンの競争力向上を促進することを目的に、国際労

    働機関(ILO)と国際金融公社(IFC)のパートナーシップにより推進されているプログ

    ラムである。このプログラムでは、サプライヤーの従業員や経営者を支援するための

    教育・能力開発プログラム(ILOの主要な労働基準、労働者の人権、人材管理、監督

    者のスキル向上、労働安全衛生などを含む)を提供している。

    また、IT業界では2004年にHP、Dell、IBMが共同で発表したEICC(電子業界基本方

    針) がある。この基本方針には、労働(人権を含む)・安全衛生・環境などCSRに関

    連する項目が含まれ、サプライヤーに要請するセルフチェックツール、第三者監査

    手法などが標準化されており、調達企業、サプライヤーともに効率的に状況を把握

    できる仕組みが確立している。

    このように人権はサプライチェーンやバリューチェーンマネジメントにおいても重要な

    要素となってきている。

    企業事例③ ネスレ

    ネスレは、 2008 年11月より、企業の人権に関する取り組みを支援するデンマーク人権研究所

    (DIHR)の協力のもと、人権方針の作成・見直し、人権に関する経営やモニタリングシステムの導入、

    人権リスクの高い国における労働慣行と人権に関するコンプライアンス・アセスメントなどを積極的に

    行っている。

    また、サプライヤーとともに積極的に人権デューディリジェンスに取り組んでいる。例えば、ネスレとそ

    の提携会社は、コートジボワールにおける同社の製菓原料カカオの生産と流通において児童労働が

    行われている状況を是正するとともに、この地域の児童労働の根絶を目指すと発表し、その具体的方

    法を「ネスレ・カカオ計画(Nestlé Cocoa Plan)」にまとめた。これは、米国の非営利団体である公正労

    働協会(Fair Labor Association、以下 FLA)が実施した現地調査の報告を受けての対応である。

    FLAの調査は、ネスレのサプライチェーンとその利害関係者を網羅的に特定し、児童労働の根本的

    な要因を探ることを目的とした包括的な調査で、政府機関や市民団体、地域の各種グループに対す

    る聞き取りを行い、現地の実態にメスを入れた。

    ネスレの事業担当上級副社長、ホセ・ロペス氏は、「児童労働問題への取り組みはわが社の最重要

    課題だ」と述べている。同社は FLA からの11項目にわたる詳細な勧告に従い、サプライヤー規約の

    改正や、サプライチェーン向けのトレーニングの実施を図るほか、認証機関の協力のもと、地域コミュ

    ニティと関わりながら徹底的な改善を目指している。同社はまた、子供の人身売買や搾取問題に対

    するコートジボワール政府の取り組みも支援していくとしている。計画の実施状況は3年間、FLA が

    観察、評価し、毎年進捗状況が報告される。

  • はじめに

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    専門家や企業ネットワークの動き

    人権に先進的に取り組んでいる多国籍企業は、人権の取り組みを進めるにあたり、

    デンマーク人権研究所(DIHR)や英国の人権とビジネス研究所(IHRB)との協働、多

    国籍企業による企業ネットワーク「人権に関するビジネス・リーダーズ・イニシアチブ

    (BLIHR)」への参加、「人権に関するグローバル・ビジネス・イニシアチブ(GBIHR)」

    の創設、国連グローバル・コンパクトの調査への参加をしている企業が多い。いずれ

    も人権の取り組みを試行錯誤しながら進めている。

    「人権に関するビジネスリーダー・イニシアチブ(BLIHR)」は、世界人権宣言に基づ

    く取り組みを企業が実践するための方策を検討するために2003年に発足し、2009年

    3月まで活動していた。産業界主導でつくられた組織でABB、アレバ、バークレイズ、

    エリクソン、ゼネラル・エレクトリック、ノバルティス、コカ・コーラなど16の国際的企業

    が活動に参加していた。現在、BLIHRに参画していた企業は、「人権に関するグロー

    バル・ビジネス・イニシアチブ(GBIHR)」、「国連グローバル・コンパクトの人権ワーキ

    ンググループ」、「グローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)の人権ワーキン

    ググループ」などの取り組みにおいて主要な役割を果たしている。

    さらに国連グローバル・コンパクトは、2008年に、多国籍企業向けの人権リスクに関

    わるオンライン・プラットフォーム(Human Rights and Business Dilemmas Forum、

    http://human-rights.unglobalcompact.org/)を開発している。このプラットフォームで

    は、多国籍企業の人権に関する課題や対応のベスト・プラクテイスに関する情報を

    得ることがきる。企業が、人権に関わる実際の問題についての経験や対策を学び、

    共有するとともに、NGO等のステークホルダーが意見や示唆を提供する場となって

    いる。

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    考え方と注意点

  • 考え方と注意点

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    概要と定義

    人権の定義

    「人権は、基本的自由及び人間の尊厳を妨げる行動に対して個人や団体を保護す

    る、法的に保障されている普遍的な権利である」

    (国連人権高等弁務官事務所の人権の定義)

    人権デューディリジェンスに取り組む際、「人権は普遍的な権利」であり、「権利を持

    っている人(right holder)」は従業員、消費者、コミュニティなどステークホルダー全員

    であることを理解する必要がある。

    人権に関しては、約80の国際条約が存在するが、中でも以下の3つが企業にとって

    もっとも重要な内容である。これらには企業が最低限尊重するべき人権が含まれて

    いるため、企業は企業活動あるいはその取引関係を通じ、これらの人権への負の影

    響を把握し、対応することが重要である。

    ◆市民的および政治的権利に関する国際規約(自由権規約)(1966年)

    市民的および政治的権利

    救済へのアクセスの権利

    恣意的な逮捕および拘留

    集会および結社の自由

    子供の権利

    裁判所の前の平等

    公平な裁判

    生命、自由及び身体の安全に対する権利

    居住移転の自由

    あらゆる差別の禁止、法の下の平等

    意見を持つ権利・表現の自由・情報

    プライバシーの保護

    土地所有権

    少数民族の権利

    奴隷の禁止

    参政権

    思想・良心・信教の自由

    拷問、残酷な取扱いの禁止

  • 考え方と注意点

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    ◆経済的・社会的および文化的権利に関する国際規約(社会権規約)(1966年)

    経済的・社会的および文化的権利

    相当な生活水準(住宅、食糧、水)に対する権利

    文化的な生活に参加する権利

    教育についての権利

    家族に対する保護・援助

    身体及び精神の健康を享受する権利

    あらゆる差別の禁止、法の下の平等

    休息、余暇についての報酬の支払

    自由に選択又は承諾する労働によって生計を立てる機会を得る

    権利

    社会保険その他の社会保障についての権利

    公正かつ良好な労働条件を享受する権利

    ◆労働における基本的原則及び権利に関する ILO 宣言(1998年)

    労働における基本原則

    結社の自由及び団体交渉権の効果的な承認

    強制労働の禁止

    児童労働の廃止

    雇用及び職業における差別の除去

    本ガイドの人権デューディリジェンスの導入のSTEP1「人権方針の策定」(p.24 参照)

    では、人権方針を策定する際に、上記の国際基準への順守を明確にすることを含め

    ている。

    直接的影響と間接的影響

    本ガイドの人権デューディリジェンスの導入のSTEP2「人権影響評価の実施」(p.27

    参照)では、企業が上記人権課題に与える影響を把握する。その際、企業は人権へ

    の直接的な影響(企業・従業員による人権侵害)と間接的な影響(サプライヤー、政

    府、ビジネス・パートナーなどの契約者による人権侵害)の両方に配慮する必要があ

    る。

    ①直接的影響 (例)

    職場での差別

    企業による水質汚染

    企業による文化遺産の破壊

  • 考え方と注意点

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    ②間接的影響 (例)

    サプライヤーによる水質汚染

    政府から操業の許可を受けた土地が、実は、政府が所有者から合法な形で取

    得したものではなかった場合

    政府が提供した警備(警察、軍など)による人権侵害

    加担

    さらに、人権を尊重する企業の責任には、加担の回避が含まれる。人権の侵害や弾

    圧を知りながら措置を講じないで事業活動を継続したり、利益を得続けたりすること

    は、人権侵害への加担として社会の批判を受ける状況となる。本ガイドの人権デュー

    ディリジェンスの導入のSTEP2「人権影響評価の実施」(p.27 参照)では、加担につ

    いても認識しておくことが重要である。

    ①直接的加担

    組織が意図的に人権侵害を支援している場合

    ②受益的加担

    組織または子会社が、他者が行った人権侵害から直接的に利益を得ている

    場合

    ③暗黙の加担

    組織が組織的または継続的な人権侵害の問題を関係当局に提起しない場合

    (例、特定のグループに対して雇用法を通じて組織的差別が行われていても明

    確に反対しない)

  • 考え方と注意点

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    実践にあたっての注意事項

    既存のマネジメント・システムを活かす

    人権尊重への配慮を既存のマネジメント・システムに組み込むことを推奨する。企業

    の環境や労働安全衛生の活動の中には人権に関わる項目も多いため、人権のため

    に新しいマネジメント・システムをつくることは勧めない。人権リスク・アセスメントも環

    境に関するアセスメントの延長として実施できるかを考えるべきである。

    企業はどこまで取り組めばよいか?

    人権デューディリジェンスの実施に際し、必ず議論となるのがその範囲やレベル感

    である。「どこまで取り組めばいいのか」といった問いに、一律の答えはない。

    食品大手のネスレではサプライチェーンにおいて、農業従事者に対する包括的な人

    権評価を行っており、人権リスクが比較的高い三次サプライヤー以降も調査対象とし、

    直接現場を訪問している。

    また、アパレル大手のH&Mは、CEO自らが自社のサプライヤーの多くが工場を構え

    ているバングラデシュの首相を訪問し、労働者の法定最低賃金の値上げを要請して

    いる。

    企業は自社の業種特性や状況に合わせて、自社および自社のステークホルダー

    (サプライヤー、ビジネス・パートナー、政府など)と共に人権尊重に取り組むことが求

    められている。人権デューディリジェンスの範囲を特定するためには、様々な立場の

    ステークホルダーとの積極的なコミュニケーションが欠かせない。

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    実践のステップ

    ※ 実践のステップは「How to do business with respect for human rights」(グローバルコンパクト・オランダ作成、参考情報を参照)を基に

    イースクエアが作成

  • 実践のステップ

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    実践の全体像

    5つの作業ステップ

    人権デューディリジェンスは、主に以下の4つのステップに分けて進めていく。

    まずは、各ステップの概要を以下に示し、詳細のガイダンスポイントはステップ毎に

    後に示す。

    STEP1 (人権方針の策定)

    自社の社内外ステークホルダーへの人権に対する配慮とコミットメントを示し、方針を実行する人々を導く人権方

    針を策定する。

    STEP2 (人権影響評価の実施)

    既存および将来の事業が人権に与える良い影響と悪い影響を理解し、リスクがある場合はそれを軽減する措置を

    取るため、人権影響評価を実施する。

    STEP3 (事業への統合)

    人権を社員の教育、評価、待遇などの管理システム、およびトップのメッセージに組み込み、既存のシステムに人

    権を追加するか、必要であれば新しい管理システムを構築する。

    STEP3 ☆ (救済へのアクセス)

    社内外の全てのステークホルダーが救済のシステム(苦情のメカニズム)にアクセスできる環境を整える。

    STEP4 (見直しと報告)

    事業活動にとってもっとも重要な課題から順に評価を行い、次期の事業活動における改善を検討する。人権尊重

    のコミットメントの有言実行を確認し、成果や課題について報告する。

    方針

    評価

    統合

    報告

    Step1人権方針の策定

    Step2人権影響評価の実施

    Step3事業への統合

    Step4見直しと報告

    Step3☆救済へのアクセス(苦情メカニズム)

  • 実践のステップ

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    ステップ1

    人権方針の策定

    人権デューディリジェンスの最初のステップは人権方針を策定することである。方針

    は、その策定後に事業プロセスに浸透しやすいよう、念入りに企画・協議する必要が

    ある。人権方針は、①自社の社内外ステークホルダーへの人権に対する配慮とコミ

    ットメントを示し、②方針を実行する人々を指導するものである。

    ※ガイダンスポイントは、番号順に進める必要はない。また、自社の状況に応じて順

    番や活動内容のカスタマイズが必要である。

    ガイダンスポイント1 経営層を巻き込み、協力を得る

    人権方針へのコミットメントを全社員に浸透させるには、経営層の理解と承認が欠か

    せない。経営層の協力を得るためには、早い段階から経営層とステークホルダーと

    の対話を実施し、「人権のビジネスケース」を理解してもらうことが重要である。また、

    人権の最高責任者となる担当役員を任命してもらう。

    ガイダンスポイント2 既存のコミットメントや方針を確認し、評価する

    多くの企業では、既存の方針(例:労働安全衛生・ダイバーシティ・品質・社会貢献に

    関する方針)に人権が含まれていたり、人権への配慮を含む国連グローバル・コンパ

    クトの原則に賛同していたりする。既存の方針を洗い出し、人権配慮が十分であるか

    を評価する。評価は人権やCSRの専門家に依頼するか、自社で「人権リスクマッピン

    グ」(ガイダンスポイント8参照)を用いて実施することができる。

    ガイダンスポイント3 人権リスクマッピングを検討する

    人権方針には、その会社が優先的に取り組む人権課題を明記していると実質的か

    つ効果的である。優先すべき人権課題は業界・業種により異なる。それが明確でな

    ければ人権リスクマッピング(ガイダンスポイント8参照)を実施してみるとよい。

    ガイダンスポイント4 社内外のステークホルダーを巻き込む

    人権方針の策定には「権利を持っている人(right holder)」(従業員、消費者、コミュ

    ニティなど)と「方針を実行する人」(管理職、人権担当部署、および最終的には全従

  • 実践のステップ

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    業員など)の両方とコミットメント、期待、説明責任について対話を行うことが非常に重

    要である。ステークホルダーの意見は経営層レベルおよび現場レベルでの直接的

    な対話や、苦情レポート、ステークホルダーの公開レポート、非公式な対話を通して

    得ることができる。

    人権リスクマッピング(ガイダンスポイント8参照)を実施するときに社内外ステークホ

    ルダーを巻き込むことにより、人権対応が必要な事業部門を特定することもできる。

    ガイダンスポイント5 人権方針を策定する

    経営層の承認を得た人権方針を、企業理念、企業方針、現場方針など様々なレベルで

    策定し、組み込むことができる。全てのレベルで人権が含まれていることが望ましい。

    <企業理念レベル>

    企業の理念・ミッションを明確にしているステートメントに人権への配慮を組み込む

    ・全ての人権への配慮と人権デューディリジェンスへのコミットメント

    ・国際人権基準、各国の法律、およびその他関連する基準を順守する姿勢

    ・人権方針の企業内の位置づけ

    ・CEOからの引用(あると良い)

    <企業方針レベル>

    企業の行動規範やサステナビリティ方針、または人権方針において、人権への配慮

    とコミットメントに関する責任を組み込む

    ・人権デューディリジェンスにおける主な「権利を持っている人(right holder)」

    ・従業員の人権への配慮(安全・平等な職場への権利など)

    ・製品・サービスの安全と誤用への配慮(健康への権利、子供・女性の権利など)

    ・ビジネスパートナー(サプライヤーや請負業者)を通した人権配慮(健康への権利、

    労働安全衛生への権利、公平なビジネスへの権利(腐敗防止))

    ・上記以外の活動や関係性における人権配慮(自然資本・水への権利(環境配慮)、

    地域住民の権利(地域コミュニティ開発)、教育への権利など)

    企業理念レベル

    企業方針レベル

    現場方針レベル

  • 実践のステップ

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    <現場方針レベル>

    部門長レベルの従業員が日々の仕事において従う既存の労働方針や、事業部門の

    継続的な評価に人権を組み込む

    ・人権方針の実行と見直しの実務責任者の任命

    ・人権デューディリジェンスの事業活動への統合

    ・人権方針の策定と見直しにおけるステークホルダーとの対話

    ・人権に関連する社内方針のリストと担当者の連絡先

    ステップ①(人権方針の策定)に関わる部門

    CSR/サステナビリティ部:

    人権に関する専門性を提供、方針策定のプロセスをリードする

    事業部: 方針の実用性を判断し、浸透を推進する

    法務部: 方針を遵守しているかを検証する

    経営層: 方針を支持し、承認する

    広報部、IR部: ステークホルダーとの対話を実施、方針を外部に発信

  • 実践のステップ

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    ステップ2

    人権影響評価の実施

    人権デューディリジェンスの2つ目のステップは事業を通した人権への影響を把握す

    ることである。既存および将来の事業が人権に与える良い影響と悪い影響を理解し、

    リスクがある場合はそれを軽減する措置を取ることが重要である。このステップは大

    変困難であるが、人権優先順位を明確化するステップであるため、人権デューディリ

    ジェンスの成功には欠かせない。

    ※ガイダンスポイントは、番号順に進める必要はない。また、自社の状況に応じて順

    番や活動内容のカスタマイズが必要である。

    ガイダンスポイント6 事業が人権に与える影響を理解する

    人権専門家、ステークホルダー、業界団体、メディアが取り上げている課題やニュー

    スを把握し、通常の事業活動(商品・サービスの開発・製造・流通・廃棄)や事業が活

    用しているインフラ(警備、ITインフラ、土地)を通して人権に与えうる直接的影響と間

    接的影響、および加担(p.20 参照)について理解する。

    ガイダンスポイント7 人権影響評価の種類を理解する

    人権影響評価の目的は事業による人権への負の影響を軽減し、プラスの影響を高

    めることである。コンプライアンス・リスクやカントリー・リスクなどの人権リスクを認識し、

    事業レベル毎(例、全事業(コーポレート)、人権リスクの高い国の事業サイト、特定

    の製品・サービスなど)を対象として、定期的に評価することが大切である。

    また、全てのステークホルダーと定期的に対話を実施し、現地の言語や少数ステー

    クホルダー(例、女性、現地の少数民族、障害者など)に配慮して、人権影響評価を

    進めることが重要である。

    人権リスクの種類 人権影響評価の参考ツール

    コンプライアンス・

    リスク

    デンマーク人権研究所「人権コンプライアンス・アセスメント」:

    80 を超える国際基準を基に企業のステークホルダー(従業

    員、地域社会、顧客等)に対する人権面のコンプライアンス事

    項を紹介 https://hrca2.humanrightsbusiness.org/

    カントリー・リスク

    デンマーク人権研究所「カントリーポータル」: 人権リスクの高

    い 21 カ国(2012 年現在)の人権状況、労働課題、コミュニティ

    課題、産業別課題、地域別課題を紹介

    http://www.humanrightsbusiness.org/country+portal

    https://hrca2.humanrightsbusiness.org/http://www.humanrightsbusiness.org/country+portal

  • 実践のステップ

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    事業レベル 人権影響評価の分析方法(例)

    全事業(コーポレ

    ート)

    部門別、事業ライン別、操業している地域・国別、バリューチェ

    ーンの段階別

    事業サイト・工場 事業サイト・工場別、サプライヤー別、ステークホルダー別

    製品・サービス 製品・サービス別、ビジネス・パートナー(デザイン、開発、物

    流など)別

    ガイダンスポイント8 人権リスクマッピングを実施する

    人権リスクの高い事業や国においては、精密な人権影響評価が必要であろう。だが、

    緻密な評価に入る前に、まずは包括的な事業全体における人権影響を把握し、評

    価し、取り組むべき課題の優先順位を決めるために、人権リスクマッピングを実施す

    ることを勧める。これを実施することで社内における既存および潜在的な人権リスク

    への理解を高め、軽減措置に取り組むことができる。

    人権リスクマッピング(例)

    ■低リスク ■中リスク ■高リスク

    差別からの自由 結社の自由 労働安全への権利 生命への権利 その他

    生産

    例)労働安全衛生

    基準はあるが、定期

    的な改善が必要

    例)工場で従業員

    が危険性物質を扱

    っている

    流通

    例)労働組合が機

    能していて、企業と

    の関係性が良い

    例)ある国では社用

    車の事故率が高い

    販売

    例)製品広告の表

    現が差別的に感じ

    られる

    例)個人情報を扱っ

    ている

    人事

    例)国によっては法

    律上女性を雇用で

    きない

    例)結社の自由を

    尊重しているが、法

    律上労働組合が禁

    止されている国で操

    業している

    R&D

    例)人間を使用した

    品質検査を行って

    いる

    調達

    例)ある国ではサプ

    ライヤーが労働組

    合を尊重していない

    例)下請企業の従

    業員がヘルメットを

    かぶっていない

  • 実践のステップ

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    ガイダンスポイント9 リスク管理の部門を巻き込む

    人権影響評価では社内のリスク管理部門を巻き込むことにより、その評価にリスク視

    点の専門性を得るとともに、既存のリスク管理プロセスに人権を組み込むことができ

    る。リスク管理部門、CSR/サステナビリティ部門(人権専門家)、監査・コンプライアン

    ス部門などのそれぞれの専門的観点からの意見を取り込むと良い。

    ガイダンスポイント10 人権リスクを深堀りする

    社内の苦情システム、行動規範の自己評価、主要な部門(調達、人事、コンプライア

    ンス、CSRなど)の経営レポートを分析するデスク・トップ・リサーチ、主な部門の部門

    長を集めたブレーンストーミングの会議、現場(事業サイト、工場、店舗など)やNGO

    のヒアリングなど、様々な手法を通して人権リスクを継続的に把握することが重要で

    ある。

    ガイダンスポイント11 人権リスクを軽減するための行動の優先順位をつける

    人権リスクに優先順位をつける時には、人権リスクが事業に与える影響を数値化して、

    評価することができる。この際に注意が必要なのは、事業に関連するリスクだけでな

    く、社内外のステークホルダーの人権へのリスクを評価することと、短期だけでなく、

    長期的なリスクについても検討することである。人権リスクの優先順位は次の手段で

    特定することもできるが、最終的には全ての人権リスクに対応することが重要である。

    ・人権リスクの高い国・地域における人権課題

    ・業界・業種において重要性の高い人権課題

    ・自社の対応が遅れている人権課題

    ・特定の部門(調達、警備など)における人権課題

  • 実践のステップ

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    人権リスクを軽減するための行動優先順位表(例)

    ■低リスク ■中リスク ■高リスク

    人権リスク 関連部門 権利 既存の方針 必要な改善事項

    工場で従業員が危険性

    物質を扱っている 生産 生命への権利 危険性物質方針

    ・危険性物質の扱いに関するト

    レーニング

    ・スポット・チェック

    製品広告の表現が差別

    的に感じられる 販売 差別からの自由 広告ガイドライン

    ・公開前に広告を確認する多様

    な人を集めた委員会を設置

    下請企業の従業員がヘ

    ルメットをかぶっていない 調達 労働安全への権利 特に無し

    ・下請企業との契約に安全基準

    を追加

    ・下請企業と対話を持つ

    ある国では社用車の事

    故率が高い 流通

    労働安全への権利、

    生命への権利

    交通安全方針、

    運転手のトレーニング

    ・社用車に速度制限機器を装

    ・交通安全を表彰する制度を創

    個人情報を扱っている 販売 個人情報の保護への

    権利

    情報管理方針、

    個人情報の保護方針

    ・特に必要なし(現在の方針で

    対応できている)

    ある国ではサプライヤー

    が労働組合を尊重して

    いない

    調達 結社の自由 調達方針

    ・サプライヤーと対話を持つ

    ・サプライヤー支援プログラムを

    検討

    労働安全衛生基準はあ

    るが、定期的な改善が

    必要

    生産 労働安全への権利 労働安全方針、

    労働安全トレーニング

    ・特に必要なし(現在の方針で

    対応できている)

    人間を使用した品質検

    査を行っている R&D

    生命への権利、

    健康への権利 人間試験方針

    ・特に必要なし(現在の方針で

    対応できている)

    国によっては法律上女

    性を雇用できない

    人事、経

    営層 差別からの自由 特に無し

    ・ステークホルダーと対話を持

    ち、クリエイティブな改善策を検

    ・政府に改善策を提示し、対話

    を持つ

    結社の自由を尊重して

    いるが、法律上労働組

    合が禁止されている国で

    操業している

    経営層 結社の自由

    経営方針はあるが、

    本件に関するものは

    特に無し

    ・複数のステークホルダーに意

    見を伺う

    ・他社の対応方法を調査する

    ・クリエイティブな改善策を検討

  • 実践のステップ

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    ガイダンスポイント12 影響評価の結果を事業のオペレーションに反映する

    人権リスクを軽減するために必要な行動のリストを作成する。行動の優先順位を決定

    したら、関連する事業部門に展開する。次のような事業活動には特に注意して、行

    動の改善を進めることが重要である。

    ・人権リスクの高い国・地域における事業

    ・ビジネス・パートナーとの関係 (必要に応じて顧客(融資先・投資先)、サプライヤ

    ー、請負業者、子会社、合弁会社の自己評価や監査を実施)

    ステップ②(人権影響評価の実施)に関わる部門

    CSR/サステナビリティ部:

    人権に関する専門性を提供、人権影響評価のプロセスを提案

    し、プロセスをリードする

    リスク管理部: 人権影響評価に必要な情報を提供する(可能であればプロセ

    スをリードする)

    人権リスクの高い部門(調達、人事、警備など):

    人権リスクの評価と行動の優先順位の策定に貢献する

    CSR(ステークホルダー・地域関係)部:

    外部ステークホルダーとの対話を実施する

  • 実践のステップ

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    ステップ3

    事業への統合

    人権方針が策定され、人権影響評価を通して、人権デューディリジェンスにおいて

    優先的に取り組むべき課題や領域が明確になれば、次のステップでは、人権リスク

    を軽減し対応するためのプロセスを事業に統合していく。人権を社員の教育、評価、

    待遇などの管理システム、およびトップのメッセージに組み込んでいく。既存のシス

    テムに人権を追加するか、必要であれば新しい管理システムを構築する。

    ※ガイダンスポイントは、番号順に進める必要はない。また、自社の状況に応じて順

    番や活動内容のカスタマイズが必要である。

    ガイダンスポイント13 人権の実務責任者を任命する

    最終的には事業活動の中に人権尊重が組み込まれていることが重要であるが、そ

    れを推進するために当初は専任のチームまたは部署を立ち上げ、実務責任者を任

    命する必要がある(兼務でもよい)。このチームは社内における人権専門家的な役割

    を担う。社員や労働組合を啓発し、人権デューディリジェンスを進める部門横断的な

    コーディネーターとなり、外部ステークホルダー向けの発信を行う。

    ガイダンスポイント14 トップからリーダーシップを育成する

    経営陣は人権尊重に関するトレーニングを受け、社内外にコミュニケーションを行う

    だけでなく、人権が尊重される事業環境を後押しするよう、インセンティブ等の仕組

    みを推進する。企業の人権へのコミットメントは、経営陣の外部向け講演や社内向け

    メッセージなどに組み込まれ、経営陣自身が人権尊重を日々の判断において配慮

    することが重要である。

    ガイダンスポイント15 新規雇用に人権を組み込む

    自社の人権に関する価値観を共有できる人材を採用することにより、人権尊重を企

    業内で推進しやすくなる。採用段階で人権の知識を必須とすることは難しいが、イン

    タビューなどで人権に関する問題に直面した時にどう対応するかを次のように聞くこ

    とができる。

    ・IT部門での採用を検討している人に、プライバシーに関する考え方を聞く

    ・石油エンジニアの人に、近隣コミュニティの社会的側面に配慮しつつ採掘事業を

  • 実践のステップ

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    実施する方法を聞く

    ・銀行で働くことを検討している人に、お客様が差別的または非倫理的行動を取られ

    た時の対応方法を聞く

    ガイダンスポイント16 人権を企業文化の柱にする

    人権尊重を企業文化の柱とし、従業員の日々の判断に反映されるものとすることが

    重要である。人権尊重を企業文化に浸透させるには、次のような方法がある。

    ・トレーニングプログラムに人権尊重を組み込み、従業員に期待されていることを明

    確にする

    ・従業員の活動評価に人権を組み込む

    ・人権配慮の活動を表彰する(例、人権問題がもっとも少ない工場など)

    ・人権配慮のベストプラクティスを把握し、社内のイントラネットやプレゼンテーション

    を通して共有する

    ・社内の各部門に人権を推進する担当者を任命する

    ・事業に関わる人権問題を改善する方法を従業員から募集する

    ガイダンスポイント17 重要な管理職と従業員を教育する

    トレーニングプログラムに人権尊重を組み込む場合、従業員の職種に応じて内容を

    カスタマイズすることが重要である。トレーニングはオンライン上で行ったり、集合研

    修として行ったりする事が可能である。大人数のトレーニングが必要な場合は、社内

    講師を育成するモデルを活用することもできる。トレーニングはその効果を評価し、

    定期的に見直すことが必要である。

    ガイダンスポイント18 インセンティブをつくる

    人権配慮に関するインセンティブに関してもその効果を評価し、定期的に見直すこと

    が重要である。結果を出すには次のような配慮も有効である。

    ・個人ではなく、グループに対してインセンティブを提供する

    ・従業員/部門長/部署の目標に、人権に関する項目を1つ挙げることを必須とする

    ・従業員の人事考課に関する評価軸に人権配慮を含める

    ガイダンスポイント19 課題や予期せぬ実態に対応する能力を育てる

    社内に委員会を設け、人権に関する複雑な課題の解決を行う。委員会の役割として

  • 実践のステップ

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    は、次のようなことが考えられる。

    ・人権方針の実践方法の策定

    ・事業における既存および潜在的なリスクの把握

    ・事業部門における人権課題の解決(例、ビジネス・パートナーの選別、進出国の判

    断)

    ・会社全体の苦情メカニズムを見直し、改善

    ステップ③(事業への統合)に関わる部門

    CSR/サステナビリティ部:

    人権に関する専門性を提供、人権教育のためのトレーニング

    やセミナーを企画し実施する

    人事部: 新規雇用、トレーニング、評価などの人事プロセスに人権を組

    み込む

    経営層: 人権目標の設定に関わり、企業文化に人権を組み込む、苦

    情報告や人権課題に関するレポートの内容を把握しておく

    関連部門(調達、購買、流通):

    事業プロセスにおける人権の組み込みを行う

  • 実践のステップ

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    ステップ3 ☆

    救済へのアクセス(苦情メカニズム)

    企業活動が人権に悪影響を及ぼす場合、それらの状況を改善するための様々な措

    置(内部告発制度、苦情対応プロセス、メンター制度など下記図参照)を企業は持っ

    ている。これらの多くは内部ステークホルダー向けである。だが、人権の視点から考

    えると、外部ステークホルダーがアクセスできる救済システムも必要である。

    対象 苦情メカニズム よくある苦情

    従業員 ホットライン、内部告発制度、苦

    情制度、担当者への指摘 腐敗、セクハラ

    顧客 顧客対応窓口 サービス・品質の問題

    コミュニティ 苦情制度、コミュニティ対話

    音、汚染、匂いなどの問題

    インフラの問題(歩道が崩れて

    いる、水位が下がっている)

    NGO ダイアログ、非公式会議 企業活動による中長期的な社

    会影響

    苦情メカニズムの改善ポイント

    社内にある様々な苦情メカニズムを整理し、下記点について確認しながら継続的に

    改善を図ることが重要である。

    ①企業活動が影響を及ぼす全てのステークホルダーに、苦情メカニズムへのアクセ

    スがあるか?

    ・どのような苦情をどのように報告できるか、苦情がどのように処理されるかが各ス

    テークホルダーに伝わっている

    ②苦情メカニズムは機能しているか?

    ・従業員は管理職に嫌がらせや報復を受けることなく苦情を提出することができる

    ・顧客や外部ステークホルダーは企業からの嫌がらせや報復を受けることなく苦

    情を提出することができる

    ・提出された苦情に対応する専門委員会が設置されている

    ③苦情メカニズムからの学びは改善に反映されているか?

    ・苦情件数を削減するための改善策が検討されている

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    ステップ③☆(救済へのアクセス)に関わる部門

    人事部: 管理者と従業員の間の苦情問題などを仲介する

    渉外部: 企業と外部ステークホルダーの間の苦情問題などを仲介する

    法務部: 内部告発制度を管理し、苦情対応に関して法的なアドバイスを提供

    する

    事業部: 地域コミュニティと接して苦情対応などに関わる

    経営層: 説明責任の文化を浸透させ、苦情対応を積極的に行う

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    ステップ4

    見直しと報告

    人権デューディリジェンスの4つ目のステップでは、人権尊重のコミットメントの有言実

    行を確認し、成果や課題について報告する。事業とステークホルダーにとってもっと

    も重要な課題から順に評価を行い、次期の事業活動における改善を検討する。必要

    に応じてサプライヤー、お客様やビジネス・パートナーなどの監査・調査も実施する。

    ※ガイダンスポイントは、番号順に進める必要はない。また、自社の状況に応じて順

    番や活動内容のカスタマイズが必要である。

    ガイダンスポイント20 活動の成果や課題を把握する

    人権尊重に関する活動の成果や課題を把握することは、活動の改善に不可欠であ

    る。次のような活動が効果的である。

    ・苦情メカニズムのレポートを分析し、人権課題のある部分を把握する

    ・自社事業だけでなく、サプライヤーやビジネス・パートナーの監査報告書における

    人権課題を確認する

    ・従業員アンケートに記載されている人権関連の課題を把握する

    ・事業活動を行っている国からの報告書(カントリー・レポート)における人権関連の

    課題を整理する

    ガイダンスポイント21 自社のKPIを策定する

    人権に関する活動を評価するための指標(KPI: Key Performance Indicators)を明確

    にすることが重要である。人権リスクマッピングをしたときの項目やグローバル・レポ

    ーティング・イニシアティブ(GRI)などの指標を参考に作成する。

    例)

    ・人権を含む行動規範に関してトレーニングを受けた従業員数

    ・人権尊重の違反の数

    ・人権を含む監査を受けたサプライヤーの数

    ・従業員の職場満足度

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    ガイダンスポイント22 報告可能な項目を整理する

    外部に報告可能な内容としては、人権のマネジメント・システムの現状、人権侵害の

    現状、人権配慮による中長期的な影響に整理することができる。

    報告可能な項目 内容例

    ①人権のマネジメント・システム

    の現状

    ・サプライヤー監査プログラムの説明

    ・苦情メカニズムの説明

    ・人権に関する従業員トレーニングの説明

    ②人権侵害の現状 ・報告されている苦情、事故の数

    ③人権配慮による中長期的な

    影響 ・従業員の健康、職場満足度、給与水準

    ガイダンスポイント23 サプライヤーやビジネス・パートナーのパフォーマンスを把

    握する

    人権の取り組み対象は自社の部門に留まるのではなく、サプライチェーンでの取引

    先までを範囲として取り組むことが重要である。バリューチェーンマネジメントに、環

    境に配慮したグリーンな購入・調達に加えて、人権を取り入れる。具体的には、サプ

    ライヤーに対し、最低限遵守すべき人権を明記した行動規範への同意と、その後の

    自己評価または監査を実施する。

    ガイダンスポイント24 パフォーマンスを検証する

    自社の活動やKPIの実績、およびサプライヤーの活動を検証するためには次のよう

    な方法がある。

    ①マルチステークホルダーによる検証

    (人権を含む労働・倫理・環境に関する業界基準)

    例)Sedex、EICC(電子業界基本方針)、Fair Labor Association

    ②第三者による検証

    例)監査機関、外部ステークホルダー・パネル、現地のNGOや民間団体、GRI

    ガイドライン

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    ガイダンスポイント25 パフォーマンスの報告方法を検討し、報告する

    企業は人権デューディリジェンスに関する活動を広く社内外(従業員と外部ステーク

    ホルダー)に報告することが重要である。その場合、ガイダンスポイント8 人権リスク

    マッピングで重要度の高い項目から、自社のパフォーマンスを報告する。また、GRI

    の人権項目を参考にすることもできる。

    ガイダンスポイント26 パフォーマンスとデューディリジェンスの改善を行う

    人権デューディリジェンスの最終目標は企業のパフォーマンスを高めることであるた

    め、改善は不可欠である。全てのステップにおいて次のような改善を検討できる。

    STEP1 (人権方針の策定)

    ・重要な人権課題を明記する

    ・人権デューディリジェンスの責任者を明確にする

    ・各事業部門に期待される内容を整理する

    STEP2 (人権影響評価の実施)

    ・新たなリスクを把握し、対応策を検討する

    ・影響評価のツールを新たな社会要求に合わせて改善する