ミサイル防衛と抑止 - mod小川 ミサイル防衛と抑止 5 5 u.s. secretary of defense...

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『防衛研究所紀要』第4巻第2号(2001 年 11 月)1~ 31 頁。 1 The Institute for Strategic Studies, The Military Balance 1968-1969 (London: The Institute for Strategic Studies, 1968), pp. 20, 52. 2 “World Missile ChartCountries Possessing Ballistic Missiles,” (http://www.ceip.org/files/projects/ npp/resouces/ballisticmissilechart.htm) (2001年5月18)3 なお、米国は、1950年代後半からナイキ・ゼウスABM、ナイキXABM、センチネル、セーフガー ド、戦略防衛構想(SDI)などのBMDの研究・開発を押し進めてきたが、これらのミサイル防衛はソ連 もしくは中国からの弾道ミサイル攻撃に対処することを目的としていた。 ミサイル防衛と抑止 はじめに 冷戦時代、米ソは核兵器を搭載可能な弾道ミサイルを開発・配備したが、弾道ミサイルに対 する防御が容易ではなかったために、両国は、次第に核報復に基づく抑止戦略をとるようになっ た。そして1972年5月に締結された米ソ間の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約にみられるよう に、安定した相互抑止関係を維持するために、ABMを中心とする弾道ミサイル防衛(BMD)シ ステムの開発・配備を強く抑制してきた。 他方、弾道ミサイル保有国は増加の一途をたどった。実際、1968年2月当時、弾道ミサイル 保有国は米国とソ連の2カ国のみであったが 1 2001年4月に至ると、射程100キロメートル以 上の弾道ミサイルを保有・配備している国は、いわゆる「無法国家(rogue states)」、あるいは 拡散「懸念国(states of concern)」と称される国々を含め、34カ国(地域)を数えるまでに増 大している 2 。こうした趨勢を危惧した米国は、ブッシュ(父)政権以降、無法国家ないしは拡 散懸念国による弾道ミサイル攻撃から海外駐留米軍や同盟国、さらには米本土を防御するミサ イル防衛の研究・開発を本格的に進めるようになった 3 。また日本も、米国が供与する拡大抑止 の中にありながら、米国と共同で戦域ミサイル防衛(TMD)の一環である海上配備型上層シス テム(NTWD)の技術的可能性を見極める研究を開始している。 本研究は、こうしたミサイル防衛がABM条約で制度化された報復攻撃に基づく抑止政策の中 で如何に位置付けるべきかを探るものである。考察にあたっては、まず、冷戦の終結や弾道ミ サイルの拡散に象徴される安全保障環境の変化に伴って現れ始めた抑止戦略の問題点を指摘し、 こうした問題に対処する方策としてのミサイル防衛の役割を検討する。後段においては、米本 土ミサイル防衛(NMD)の問題点や日米が共同技術研究を進めているNTWDに対する批判的見 解を検討し、抑止政策におけるミサイル防衛の意義と限界を考察することにしたい。

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3『防衛研究所紀要』第4巻第2号(2001年 11月)1~31頁。

1 The Institute for Strategic Studies, The Military Balance 1968-1969 (London: The Institute for StrategicStudies, 1968), pp. 20, 52.2 “World Missile Chart-Countries Possessing Ballistic Missiles,” (http://www.ceip.org/files/projects/npp/resouces/ballisticmissilechart.htm) (2001年5月18日)。3 なお、米国は、1950年代後半からナイキ・ゼウスABM、ナイキX・ABM、センチネル、セーフガード、戦略防衛構想(SDI)などのBMDの研究・開発を押し進めてきたが、これらのミサイル防衛はソ連もしくは中国からの弾道ミサイル攻撃に対処することを目的としていた。

ミサイル防衛と抑止

小 川 伸 一

1 はじめに

 冷戦時代、米ソは核兵器を搭載可能な弾道ミサイルを開発・配備したが、弾道ミサイルに対

する防御が容易ではなかったために、両国は、次第に核報復に基づく抑止戦略をとるようになっ

た。そして1972年5月に締結された米ソ間の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)条約にみられるように、安定した相互抑止関係を維持するために、ABMを中心とする弾道ミサイル防衛(BMD)システムの開発・配備を強く抑制してきた。

他方、弾道ミサイル保有国は増加の一途をたどった。実際、1968年2月当時、弾道ミサイル保有国は米国とソ連の2カ国のみであったが1、2001年4月に至ると、射程100キロメートル以上の弾道ミサイルを保有・配備している国は、いわゆる「無法国家(rogue states)」、あるいは拡散「懸念国(states of concern)」と称される国々を含め、34カ国(地域)を数えるまでに増大している2。こうした趨勢を危惧した米国は、ブッシュ(父)政権以降、無法国家ないしは拡

散懸念国による弾道ミサイル攻撃から海外駐留米軍や同盟国、さらには米本土を防御するミサ

イル防衛の研究・開発を本格的に進めるようになった3。また日本も、米国が供与する拡大抑止

の中にありながら、米国と共同で戦域ミサイル防衛(TMD)の一環である海上配備型上層システム(NTWD)の技術的可能性を見極める研究を開始している。 本研究は、こうしたミサイル防衛がABM条約で制度化された報復攻撃に基づく抑止政策の中で如何に位置付けるべきかを探るものである。考察にあたっては、まず、冷戦の終結や弾道ミ

サイルの拡散に象徴される安全保障環境の変化に伴って現れ始めた抑止戦略の問題点を指摘し、

こうした問題に対処する方策としてのミサイル防衛の役割を検討する。後段においては、米本

土ミサイル防衛(NMD)の問題点や日米が共同技術研究を進めているNTWDに対する批判的見解を検討し、抑止政策におけるミサイル防衛の意義と限界を考察することにしたい。

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4 NMDは、米本土に届く長射程弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛であり、BMDの一環。これに対しTMDについては、戦域弾道ミサイルを迎撃する上層防衛システム、それに戦域・戦術弾道ミサイルに加え、巡航ミサイルの迎撃も視野に入れている下層防衛システムがある。NTWDや戦域高々度地域防衛(THAAD)は前者のカテゴリーに入り、海軍地域防衛(NAD)や改良型パトリオット(PAC-3)システムは後者に属する。

 なお、2001年に成立した米国のブッシュ政権は、NMDやTMDの区分を避け、一括してミサイル防衛と称しているが、本稿では、議論を進める便宜上、米本土を防御するミサイル防衛を

NMD4、海外駐留米軍や米国の同盟国を防御するミサイル防衛をTMDとして記述する。

2 懸念国の弾道ミサイルに対する報復的抑止とその限界

既述したように、冷戦期から冷戦後にかけて、一貫して、弾道ミサイルの拡散・増強が進ん

でいるが、その理由は弾道ミサイルの軍事的意義に見いだすことができる。まず、防御が容易

でない。そのために、配備された弾道ミサイルに核兵器、生物兵器、化学兵器などの大量破壊

兵器が搭載された場合、周辺国にとっては大きな脅威となる。また、大量破壊兵器を搭載した

弾道ミサイル戦力を非脆弱な形で配備できれば、抑止力の源となり得るし、たとえ抑止力の構

築に至らなくても、周辺国に対する威嚇の道具として政治的に活用できる。さらに、弾道ミサ

イルは長距離を飛翔するため、防御の縦深性の利点を失わせることができる。したがって、命

中精度を向上させることができれば、通常弾頭搭載の弾道ミサイルであっても、多様な戦闘作

戦行動を可能にする。こうした軍事的意義を持つ弾道ミサイルが、米国や日本に敵対したり、

あるいは非友好的な国々に拡散する事態に立ち至ったため、日本のみならず圧倒的な報復力を

有する米国も幾つかの難題に直面することになったのである。

(1)冷戦後の地域紛争と抑止

米国の軍事力を顧みれば、いわゆる「懸念国」と称される第三世界の国家が、米国に届く大

量破壊兵器搭載弾道ミサイルを開発・配備しても、米国はこうした懸念国の弾道ミサイル攻撃

を十分抑止できると考えるのが普通である。しかしながら、米ソ対立が解消した冷戦後の今日、

そうした国々を抑止することは必ずしも容易ではない。冷戦時代、欧州、そして東アジアの一

部の国々は、米ソを頂点とする東西二つの陣営に分かれて対峙していたため、これらの国々を

巻き込んだ地域紛争は、米ソ間の武力紛争にエスカレートする危険をはらんでいた。したがっ

て、こうした国々を巻き込んだ地域紛争の勃発を抑止することは、米ソ間の直接的武力衝突を

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5 U.S. Secretary of Defense Dick Cheney, Report of the Secretary of Defense to the President and the Congress(Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, January 1991), p. 59; U.S. Secretary of DefenseLes Aspin, Report of the Secretary of Defense to the President and the Congress (Washington, D.C.: U.S.Government Printing Office, January 1994), p. 53; The U.S., White House, “Misconceptions aboutMissile Defense,” (http://www.ceip.org/files/projects/npp/resources/EmbassyCableNMD.htm) (July 27,2001).6 United States Arms Control and Disarmament Agency, Arms Control and Disarmament Agreements: Textsand Histories of the Negotiations, 1996 edition, (Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, n.a.),p. 95.

抑止することに匹敵する重要性を有しており、地域紛争の勃発を抑え込もうとする米国の決意

とそこから派生する米国の抑止力は一定の説得力を有していた。ところが、冷戦後の地域紛争

は米露の対決にエスカレートする危険がほとんどなくなったため、地域紛争を起こす国家にとっ

ては、国家の存亡を賭けた地域紛争であっても、当該地域紛争に対する米国の利害は死活的で

はなくなっている。言い換えれば、地域紛争を起こす国家の利害と抑止力を発動する米国の利

害に乖離が生じたため、その地域紛争に介入することによって被ると予想される米国の被害の

多寡によっては、抑止力の発動に向かう米国の決意が弱まると考える国家が現れることも予想

されるようになったのである。とりわけ、米本土や海外駐留米軍を射程に収めるとともに、大

量破壊兵器を搭載可能で、しかも非脆弱な弾道ミサイルを保有する国家がこのような判断を下

す恐れがある。要するに、冷戦後の地域紛争が文字通り地域紛争となったことによって、大量

破壊兵器を搭載可能な弾道ミサイルを保有する懸念国が地域紛争を起こした場合、海外に展開

する米軍や米本土に対する弾道ミサイル攻撃の威嚇によって米軍の柔軟な作戦行動が損なわれ

る危険、さらには米国の軍事行動自体が逆に抑止される危険も想定されるようになったのであ

る5。

(2)報復手段の限定化

 懸念国に対する報復抑止の難しさは、報復手段の限定化趨勢によっても増幅されている。説

得力のある抑止力を獲得する際の一つの基準は、相手が使用する兵器に対応する兵器システム

を備えると同時に、相手の攻撃形態に見合った反撃能力を備えることにある。ところが、米国

の報復手段は、現在、核兵器と通常戦力のみである。生物兵器に関しては、1969年11月の時点で、当時のニクソン大統領が、先行、あるいは報復的使用を問わず如何なる場合においても戦

闘に使用しないことを宣言している6。その結果、75年3月に発効した生物兵器禁止条約とも相俟って、米国は、実戦で使用可能な生物兵器を保有していない。また、化学兵器については、

米国も締約国となっている化学兵器禁止条約第1条1項において、如何なる場合であっても化

学兵器の使用を禁止すること、さらに第22条で条約本文に対する留保も禁止されたことで、報

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復手段として使用することはできない7。

 米国に残された懸念国に対する報復戦力は、核兵器と通常兵器だが、いずれの戦力をもって

しても万全を期す抑止力を期待することはできない。まず、核兵器であるが、自国に対する核

攻撃を抑止する核報復(基本抑止)の信憑性や妥当性については大方の認めるところである。

しかしながら、同盟国向けの拡大抑止については、先に指摘したように、米国にとっての地域

紛争の意義が変容したことや米国内で人的被害の許容度が低下したために、移動式など残存性

の高い核兵器搭載弾道ミサイル戦力を配備している懸念国は、米国の核抑止の信憑性を問うケー

スも想定される。

 さらに、冷戦後の国際社会は、核抑止政策に対する新たな制約要因を生み出している。その

典型的な事例は、核威嚇や核使用の合法、違法性をめぐって、国際司法裁判所(ICJ)が96年7月に呈示した勧告的意見である。ICJは、その勧告的意見の中で、国家の存亡がかかる極限的状況における核兵器の威嚇や使用については、合法、違法とも結論を下すことができないが、そ

れ以外の事態における核兵器の威嚇、使用は、一般的に国際法に違反する8、と述べたのであ

る。こうしたICJの勧告的意見は、核威嚇(核抑止の発動)や核使用が国家の存亡が岐路に立っている究極的事態においてのみ許容されることを示唆しているため、信憑性のある核抑止を発

動する機会を大きく狭めることとなる。勿論、ICJの勧告的意見には法的拘束力がない。しかし、唯一の世界法廷の意見として無視できない政治的、道義的重みを有していることも否定で

きないのである。

冷戦後とみに顕著となった核不拡散(NPT)体制の維持・強化の要請も、核抑止の在り方に波紋を投げかけている。NPT体制の維持・強化を図るためには、核兵器の意義と役割を極小化することが要請されるが、そのための施策として、相手の核使用に対する核報復の選択肢を留

保するものの、いかなる場合においても先に核兵器を使用しないという核の「先行不使用(no-first use)」の制度化を求める声が高まっている9。核の先行不使用を求める声が高まった理由

の一つは、未曾有の惨禍をもたらす核兵器の役割を極小化すべきとの意見が高まるなかで、一

7 ちなみに、この規定によって、化学兵器は「復仇」としての使用も禁止されることとなった。詳しくは、浅田正彦「第5章化学兵器の禁止」黒沢満編著『軍縮問題入門』第2版(東信堂、1999年)、111、117頁。8 International Court of Justice, Case Summaries, “Legality of the Threat or Use of Nuclear Weapons,”Advisory Opinion of 8 July 1996 (http://www.icj-cij.org/icjwww/idecisions/isummaries/iunanaummary960708.htm) (2001年11月2日).9 The Canberra Commission on the Elimination of Nuclear Weapons, Report of the Canberra Commissionon the Elimination of Nuclear Weapons (Canberra: National Capital Printers, 1996), p. 57; NationalAcademy of Sciences, Committee on International Security and Arms Control, The Future of U.S. NuclearWeapons Policy (Washington, D.C.: National Academy Press, 1997), p. 71. その他、Steve Fetter, “Limitingthe Role of Nuclear Weapons,”�Harold A. Feiveson, ed., The Nuclear Turning Point: A Blueprint for DeepCuts and De-alerting of Nuclear Weapons (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 1999), pp. 31-45;Jack Mendelsohn, “NATO’s Nuclear Weapons: The Rationale for ‘No First Use,’” Arms Control Today, Vol.29, No. 5 (July/August 1999), pp. 3-8など。

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小川 ミサイル防衛と抑止

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部の非核兵器国が核兵器国を巻き込んだ武力紛争に乗り出すことに躊躇しなかったことなど、

核兵器の役割が単に他の核兵器国の核使用を抑止するに過ぎないことを示唆する事例が見られ

るようになったからである。また米国は、長年、欧州や朝鮮半島において、核の「先行使用

(first use)」の威嚇を前面に押し出した核抑止戦略をとってきたが10、安全保障環境の好転に

より、こうした戦略をとり続ける必要性が低下したという実際的な理由も挙げることができる。

 米国は、核の先行使用の選択肢を公式には放棄していない。しかし、核の先行使用の意志を

疑わせる政策も見受けられる。第1は、ブッシュ(父)大統領が1991年9月に発表した戦術・戦域核兵器の撤去と一部解体である11。この結果、アジア・太平洋地域に配備されていた米国の

戦術・戦域レベルの核兵器は、92年7月初頭頃までに総て撤去された12。また、クリントン政権

が94年9月に発表した「核態勢見直し(Nuclear Posture Review)」においては、核兵器や生物・化学兵器の使用を伴う地域紛争に対しても、原則として通常戦力で対処する意向が示され

ていた13。こうして見ると、米国は、核の先行不使用を宣言するまでには踏み切らないものの、

核の先行使用の可能性を低下させる、という曖昧な姿勢をとっていることになる。冷戦後の米

国の核政策の中心となった核拡散防止と、同盟国への安全保障コミットメントの両立を図る苦

肉の策と言える。

 さらに、米国の「消極的安全保障(negative security assurance)」宣言も核抑止政策発動の機会を狭めている。米国は、NPT体制を側面から支えるために、1978年6月以降、NPTに加盟している非核兵器国に向けて、他の核兵器国と連携あるいは同盟を組んで(in association oralliance with)、米国、米国の軍隊、同盟国に武力攻撃を加えない限り、核兵器を使用しない、との主旨の条件付き消極的安全保障宣言を出している14。この宣言を読む限り、NPTに加盟している非核兵器国に対する米国の核使用は、他の核兵器国と連繋あるいは同盟を組んで、米国や

同盟国に武力攻撃を加える非核兵器国のみに限定される。つまり、他の核兵器国と同盟関係に

ない非核兵器国が、単独で、米国の同盟国に弾道ミサイルや巡航ミサイルを用いた通常兵器攻

10米国が朝鮮半島においても核の先行使用政策を打ち出していたことはあまり知られていないが、1975年6月、当時のシュレシンジャー米国防長官は、韓国内に核兵器を配備していることを確認するとともに、北朝鮮の通常戦力による対韓武力侵攻に対し、核使用の可能性を強く示唆していた。『読売新聞』1975年6月21日(夕刊)。11 詳しくは、Arms Control Association, “Factfile: Comparison of U.S. and Soviet Nuclear Cuts,” ArmsControl Today, Vol. 21, No. 9 (November 1991), pp. 27-28.または小川伸一『核軍備管理・軍縮のゆくえ』(芦書房、1996年)、204-211頁。12 International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 1992-1993 (London: Brassey’s,1992), p. 14.13 U.S. Department of Defense, “Results of Department of Defense Nuclear Posture Review,” September22, 1994.14 米国は、78年6月、バンス国務長官の声明の形でこうした条件付消極的安全保障宣言を出した。藤田久一編、『軍縮条約・資料集』(有信堂、1988)、363頁。また、95年4月のNPT再検討・延長会議の直前にも同様の趣旨の消極的安全保障宣言を繰り返している。藤田久一、浅田正彦編、『軍縮条約・資料集』第2版、(有信堂、1997)、105頁。

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撃や生物・化学兵器攻撃を加えても、核報復をしないと解釈できる。これを北朝鮮に適用する

と、今日の北朝鮮は、形式的ではあれ、依然、核兵器国である中国と同盟関係にあるため、米

国の条件付消極的安全保障は適用されないが、仮に将来、中朝同盟が解消され、北朝鮮が独自

に日本や韓国に通常兵器攻撃や生物・化学兵器攻撃を加えても、米国の核報復はあり得ないと

いうことになる。しかしながら、核報復の選択肢を欠くことになれば、小規模な生物・化学兵

器攻撃はともかく、大規模な生物・化学兵器攻撃をも効果的に抑止できるか否か疑問が残ると

言わざるを得ない。

 こうした危惧に応えるかのように、クリントン政権の一部には、生物・化学兵器攻撃を抑止

する手段として核兵器の使用を示唆する発言も見受けられた。たとえば、96年5月、当時のペリー国防長官は化学兵器攻撃に対しては核報復の可能性を排除しない旨議会で証言したし、国

家安全保障会議のロバート・ベル国防・軍備管理政策上級部長も、米国がアフリカ非核兵器地

帯条約の議定書に署名した際、その非核兵器地帯条約の締約国が大量破壊兵器を用いて米国に

攻撃を加える場合、米国は利用可能なあらゆる手段を用いてこれに対処すると述べていた15。と

ころが、97年11月に発表されたクリントン政権の核兵器運用政策には、こうした見解は反映されていない。従来からの条件付き消極的安全保障政策を繰り返したほか、NPT条約の遵守に疑惑がもたれている非核兵器国に対する核使用の可能性が新たに打ち出されたに過ぎなかった16。

 要するに、米国は、その核兵器の役割について、先行使用の選択肢を放棄していないものの、

事実上、他の核兵器国の核使用を抑止する役割に収斂させつつあると言ってよい。核兵器は、

広島、長崎の経験からも明らかなように、一旦使用されれば、戦闘員と非戦闘員、あるいは老

若男女を問わず大量且つ無差別な殺戮をもたらす忌み嫌うべき兵器である。また、国家の存亡

がかかっているような極限状況を除き、核使用は違法であるとしたICJの勧告的意見を無視することも難しい。したがって、先行使用、報復使用を問わず、敢えて核使用を決断するにあたっ

ては、強い倫理的、政治的抵抗を克服しなければならない。とりわけ、世界で唯一核兵器を使

用し、惨禍をもたらしたことのある米国にとっては、こうした抑制要因が強く働くに違いない。

米国は、広島、長崎以降、核兵器の使用を考慮したことあったが、いずれの場合にあっても、

結局は核兵器の使用に至らなかった。この事実は、核使用をめぐる政治的、倫理的ハードルが

いかに高いかを雄弁に物語っている。そしてこうした不使用の状態が今後も継続すれば、核抑

15 Victor A. Utgoff, “Nuclear Weapons and the Deterrence of Biological and Chemical Warfare,” Occa-sional Paper No. 36, The Henry L. Stimson Center,(Washington, D.C.: The Henry L. Stimson Center,October 1997), p. 1.16 Robert Bell, “Strategic Agreements and the CTB Treaty: Striking the Right Balance,” Arms ControlToday, vol. 28, no. 1 (January/February 1998), p. 6; Craig Cerniello, “News and Negotiations: ClintonIssues New Guidelines on U.S. Nuclear Weapons Doctrine,” Arms Control Today,vol. 27, no. 8 (November/December 1997), p. 23.

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止の信憑性は、他の核保有国の核使用を抑止する場合を除き、次第に低下していくことになら

ざるを得ない。

(3)通常抑止の信頼性

 湾岸戦争では米国のハイテク通常戦力が大きな威力を示した。例えば、ステルス性を備えた

F-117戦闘爆撃機は、イラクに対する空襲の僅か2パーセントを占めるにすぎなかったが、攻撃目標の約40パーセントを破壊したと伝えられている17。こうしたハイテク通常兵器のめざましい

働きを受けて、米国内では、核兵器に替えてハイテク通常兵器を地域紛争の抑止手段とすべき

との意見が台頭してきた。91年9月、当時のチェイニー国防長官は、ブッシュ(父)大統領が発表した戦術核兵器撤去声明に関する補足説明の中で、ハイテク通常兵器が戦術核兵器に付与

されていた任務のほとんどを担うことができるとの見方を示している18。さらに、同じく91年の秋頃、クリントン政権の国防長官に就任前のペリーも、ハイテク通常兵器による報復の威嚇で

生物・化学兵器攻撃を抑止できると述べている19。確かに、今日のハイテク通常兵器は、その命

中精度および攻撃目標の選別能力の向上によって、抗堪化された軍事基地や司令部などを一定

程度破壊する能力を備えるに至っている。こうした能力は、従来、核兵器のみが有していたも

のである。

 ハイテク通常兵器は、報復威嚇の信憑性の観点から見ても、核兵器に優っている。核報復は、

大きな人的、物的損害を強いるため、核兵器以外の手段を用いる侵略に対しては不釣り合いな

報復になりがちであり、核報復実行の決断を下すことは容易ではない。そしてこのことは、核

兵器国に対し武力を行使する非核兵器国が散見された歴史的事実から窺えるように、侵略を企

図する側も十分に承知している。また、北朝鮮やイラクの例を見るまでもなく、近隣諸国に武

力侵攻を行う国家は歴史的に見て全体主義国家が多い。ところが全体主義国家の常として、そ

の政府の政策は国民の意思を反映していない。にもかかわらず、核報復に基づく抑止は、こう

した国民に犠牲を強いることになるのである。これに対し、選別的報復攻撃が可能で、副次的

被害を最小限にとどめるハイテク通常兵器を使用した場合、こうした問題が生じる余地は相対

的に少なく、したがって報復威嚇の信憑性も高いと言えるのである。

 しかしながら、ハイテク通常戦力に依拠した抑止力には、その長所を打ち消しかねない限界

17 Charles Krauthammer, “Don’t let ‘Cheap Hawks’ Shoot This Weapons Down,” The International HeraldTribune, July 14, 1995.18 William M. Arkin et al., “Nuclear Weapons Headed for the Trash,” The Bulletin of the Atomic Scientists,Vol. 47, No. 10 (December 1991), p. 16.19 William J. Perry, “Desert Storm and Deterrence,” Foreign Affairs, Vol. 70, No. 4 (Fall 1991), p. 66.

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が見受けられる。第1に、ハイテク通常兵器に基づく抑止は、肝腎の抑止力として十分な説得

力を持ち得ない恐れがある。なぜなら、核兵器の破壊力や殺傷力は万人の認めるところとなっ

ているが、ハイテク通常兵器に関しては、その破壊力を認識させることが容易ではないからで

ある。ハイテク通常兵器の軍事力としての効能は、高い命中精度と攻撃目標の選別能力に依拠

しているが、目標選別能力は米国の軍事情報収集能力に負うところが大である。ところが、こ

の米国の軍事情報収集能力、すなわち目標選別能力を第三国が推し測ることが容易でないため、

ハイテク通常兵器の破壊力が十分理解されない恐れが残っているのである。

 第2に、通常戦力がもたらす損害は過小評価されがちである。国家は、それぞれ独自の「戦

略文化」、あるいは軍事力に関する独自の見方を持っており、ハイテク通常兵器の破壊力を米

国が期待するほど恐れていないかもしれない。特に、いわゆる「戦時下の抑止力(intra-wardeterrence)」、すなわち戦闘行為のエスカレーションを阻止する能力に疑問が残る。例えば、一旦、ハイテク通常兵器を用いた後に、相手側が生物・化学兵器の使用に踏み切るのを同じハ

イテク通常兵器で抑止することは容易ではない。要するに、核報復と異なり、決定的なインパ

クトを持たない通常戦力による報復は、本質的に挑戦者に訴える力が弱いため、信頼性の高い

抑止力を築き上げることが容易ではないのである。

 報復能力に基づく抑止戦略の大きな課題は、抑止に挑戦してくる国家の戦略文化や軍事力に

対する考え方が抑止側と異なるため、信頼できる抑止力を見極めることが難しいことにある。

そして、こうした課題の困難さは、抑止の対象となる挑戦国が増えるにつれ増大してゆく。ま

た、抑止しようとする紛争の形態・規模に応じて抑止戦略の難易度も変化する。例えば、同盟

国に抑止力を被せる拡大抑止や通常戦争の抑止などにおいては、抑止力を発動する国家の決意

の強弱など様々な考慮要因が介在してくるため、核兵器国間の相互抑止に比べ、複雑かつ多様

となる。さらに、挑戦者側が、短時間に既成事実を作り上げてしまう戦略をとった場合など、

挑戦者の軍事行動の態様次第では、抑止側がいかなる報復手段を備えていても、報復抑止が機

能し難いケースも想定できるのである。

3 報復抑止を補完するミサイル防衛の意義と限界

 懸念国が、大量破壊兵器を搭載可能でしかも非脆弱な弾道ミサイルを保有していることによっ

て、米国を抑止できると考える危険が生起していることは既に述べた。また、米国も、こうし

た懸念国が引き起こした地域紛争に介入することによって被る損害を恐れて逡巡することにな

れば、当該地域の平和と安定が損なわれるのみならず、米国と同盟国の関係にも悪影響を及ぼ

しかねない。懸念国によって引き起こされた地域紛争に米国が介入する途を確保しておくため

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には、弾道ミサイルによってもたらされる損害を限定する手段、すなわち弾道ミサイルを迎撃

する能力を備えなければならない。懸念国からの限定的な弾道ミサイル攻撃に対処するミサイ

ル防衛が配備されれば、少なくとも懸念国との紛争に関する限り、米国は自らの本土や海外駐

留米軍に対する報復の危険を恐れることなく軍事作戦を遂行することができる。その結果、懸

念国を念頭に置いた同盟国向けの軍事コミットメント、あるいは拡大抑止への信頼性も高まる

ことになるのである。また、米本土や海外駐留米軍が懸念国からのミサイル脅威に脆弱であれ

ば、米国内では、被害を恐れるあまり、懸念国に対し軍事行動を起こすことに反対する意見が

強まることも予想されるが、ミサイル防衛にはこうした米国内の否定的意見を抑える効果も期

待されるのである。

 さらに、次のようなシナリオも想定することができる。例えば、懸念国が米国との戦闘に敗

れ、自国への米軍の侵攻を招き、しかもその政権が生き残る可能性がなくなったと判断した場

合、残存した大量破壊兵器搭載弾道ミサイルを、米国あるいは米国とともに軍事作戦行動を採

る諸国に向けて使用することも考えられる。こうした「死にゆく者の最後の一擲」は、いかな

る手段を用いても抑止できるものではない。また、これとは別に、弾道ミサイル保有国が増大

するにつれ、事故や誤認に基づくミサイル発射の危険も高まる。このような事故や誤認に基づ

く弾道ミサイル発射に対し、報復的抑止が無力であることは言うまでもない。いずれのケース

においても、実際に飛んでくる弾道ミサイルやそれに搭載された弾頭を迎撃する以外に手だて

はないのである。

欧州NATO諸国の一部には、米国がNMDを配備すれば、米国と欧州の安全保障上の一体性が損なわれるとの意見、いわゆる「デカップリング」への懸念も見受けられる。すなわち、米国

は、NMDの配備によって米国本土に対する懸念国からの弾道ミサイル脅威に対処できるようになるため、米国の対外関与への意欲が減退し、同盟国に対する防衛コミットメントが低下する

との危惧である20。確かに、NMD配備によって、米国本土の安全が対外関与を差し控えても保たれるとの認識が生まれれば、こうした問題が生じるかもしれない。しかしながら、米国の

NMD計画があくまで懸念国の弾道ミサイル脅威に対処する限定的な防衛網であり続ける限り、ロシアの弾道ミサイルや格段に増強された中国の弾道ミサイル戦力に対処できるものではない。

したがって、米国がその安全保障を全うしようとすれば、依然として、中露に対するものを含

め、何らかの対外関与から逃れることはできない。さらに、前述の通り、懸念国を対象とした

TMDやNMDが配備されれば、少なくとも懸念国との紛争に関する限り、米国は海外駐留米軍や

20 そうした意見を紹介している文献としては、Camille Grand, “Missile Defense: The View from theOther Side of the Atlantic,” Arms Control Today, Vol. 30, No. 7 (September 2000), p. 15を参照。なお、日本政府は、これまで、NMDに関して賛否を表明していない。日本は、森前首相が米国が弾道ミサイルの拡散を自国の安全保障に対する深刻な脅威と捉え、これに対処するために外交努力に加えNMD計画を検討していることについて理解している、との趣旨を述べるにとどまっている。

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米本土に対する報復の危険を恐れることなく軍事作戦を遂行することができる。それゆえ、米

欧間の安全保障上の一体性が損なわれる危険は低いと考えられる21。

 このように、NMD、TMDを問わず、米国がミサイル防衛を配備することによってその損害限定能力を高めれば、同盟国向けの拡大抑止の信頼性を確保・向上させることができる。しかし

ながら、この論理は、米国と相互核抑止の関係にない懸念国との関係においてのみ当てはまる

ことに注意しなければならない。あからさまな敵対関係にないとはいえ、依然として実質的に

米国と相互核抑止関係にあるロシアを念頭に置いたミサイル防衛を配備した場合、懸念国に対

するのと同様、米国の核の傘の信頼性を高めるものの、新たな問題を引き起こすことになる。

また、中国が米国と相互核抑止関係にあると仮定すれば、中国も同様である。そもそも核の傘

とは、核兵器の使用およびそのエスカレーションの威嚇を通して同盟国・友好国に対する第三

国からの武力攻撃を抑止することである。そしてその核使用とその後の核エスカレーションの

威嚇の信憑性の鍵となるのは、軍事的には核の傘を供与する国の損害限定能力であり、政治的

には核の傘の供与国と受益国の二国間関係の在りようである。核の傘の供与国の損害限定手段

は、ミサイル防衛などの戦略防衛と相手の核戦力を叩くカウンターフォース能力、とりわけ抗

堪化された相手の攻撃戦力を短時間に攻撃・破壊できる「硬化目標即時破壊能力(prompt hard-target kill capability)」である。したがって、ミサイル防衛を配備し、攻撃戦力の硬化目標即時破壊能力を強化して相手に優る損害限定能力を確保できれば、それだけ核の傘の信頼性を高

めることができるのである。しかしながら、START体制のように、攻撃戦力の配備上限が設定された戦略環境下での損害限定手段の無原則的追求は、相手の報復戦力の弱体化をもたらし、

結果的には相互核抑止の不安定化や報復戦力の確保を目指した相手側の核軍備増強を招くこと

につながる。このように、ミサイル防衛やカウンターフォース能力などの損害限定手段は、相

互核抑止関係にある国家との間では「両刃の剣」であり、ミサイル防衛を配備・強化すれば核

の傘の信頼性を高めるが、同時に相互抑止の不安定化を招くという一種のトレード・オフの関

係にあるのである22。

こうしたジレンマを回避するためには、言い換えればミサイル防衛がはらむ相互核抑止の不

安定化要因を抑えるためには、①費用対効果の面でミサイル防衛の開発・配備が攻撃戦力の開

21 Harold Brown, “Where De We Go From Here?” Arms Control Today, Vol. 30, No. 8 (October 2000), p. 13.また、Ivo H. Daalder et al., “Deploying NMD: Not Whether, But How,” Survival, Vol. 42, No. 1 (Spring2000), p. 16.22 こうしたミサイル防衛やカウンターフォース能力の両面性を指摘した文献としては、Glenn H. Snyder,Deterrence and Defense: Toward a Theory of National Security (Princeton 1961; rpt. Westport, CT: GreenwoodPress, 1975), p. 6; Harold Brown, Thinking about National Security: Defense and Foreign Policy in a DangerousWorld, (Boulder: Westview Press, 1983), pp. 57-58. また、こうしたトレード・オフのジレンマの中で苦悩する米国政府の姿を紹介している論文としては、Earl C. Ravenal, “Counterforce and Alliance: TheUltimate Connection,”International Security, Vol. 6, No. 4 (Spring 1982), pp. 26-43.

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発・配備を上回る、と同時に、②ミサイル防衛を配備する国家の弾道ミサイル戦力の削減、さ

らには③脆弱な攻撃戦力を撤去し、残された攻撃戦力および配備されたミサイル防衛の残存性

を確保する施策を打ち出さねばならないのである23。

4 クリントン政権のミサイル防衛計画(1993年1月~2000年1月)

 米国に敵対する第三世界の国々の弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛計画は、冷戦終了直

後の9 1年1月にブッシュ(父)政権が発表した「限定的ミサイル攻撃に対する防衛(GPALS)」構想にさかのぼることができる。GPALSは、レーガン政権の戦略防衛構想(SDI)と異なり、ソ連(ロシア)からの大規模な弾道ミサイル攻撃に対処することを目的としたものではなく、事故や誤認に基づく中露のICBM発射、あるいは懸念国からの長射程弾道ミサイルの脅威に対処することを目的とし、宇宙配備のミサイル迎撃システム、米国内に配備する

固定式地上配備ミサイル防衛システム、それに海外駐留米軍や同盟国に対する弾道ミサイル攻

撃に対処することを目的とした戦域・戦術弾道ミサイル防衛システムから構成されていた24。

 93年1月に成立したクリントン政権は、GPALS計画のうち、宇宙配備の迎撃システムを除いたミサイル防衛計画を継承し、NMDおよびTMDの名称の下で研究・開発を進めたが、海外駐留米軍や同盟国に対する戦域・戦術弾道ミサイルや巡航ミサイルの脅威が既に存在することを考

慮して、政権期間中の大半にわたり、TMDにプライオリティを置いて研究・開発を推し進めた。

(1)TMD計画

クリントン政権が進めたTMD計画は、弾道・巡航ミサイルを迎撃する高度や配備形態によって幾つかのシステムに分けることができた。迎撃高度で分類すると、大気圏内(高度約100キロメートル以下)でミサイルなどを迎撃する下層防衛(Lower-Tier Defense)システム、それに

23 Charles L. Glaser, “Defense Dominance,” Joseph S. Nye, Jr. et al., Fateful Visions: Avoiding NuclearCatastrophe (Cambridge: Ballinger, 1988), pp. 56-60, 62. また、Michael M. May, “The U.S.-SovietApproach to Nuclear Weapons,” International Security, Vol. 9, No. 4 (Spring 1985), pp. 146-147. さらには、James R. Schlesinger, “Rhetoric and Realities in the Star War Debate,” International Security, Vol. 10,No. 1 (Summer 1985), p. 7およびSidney D. Drell, Philip J. Farley, and David Holloway, “Preserving theABM Treaty,” International Security, Vol. 9 No. 2 (Fall 1984), pp. 89-90なども参照。24 U.S. Secretary of Defense Cheney, Report of the Secretary of Defense to the President and the Congress,1991, p. 59; The International Institute for Strategic Studies, The Military Balance 1991-1992 (London:Brassey’s, 1991), pp. 13-14; Charles L. Glaser, “Nuclear Policy Without an Adversary,” InternationalSecurity, Vol. 16, No. 4 (Spring 1992), p. 62.

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大気圏外(高度約100キロメートル以上)や大気圏内の上層で弾道ミサイルを迎撃する上層防衛(Upper-Tier Defense)システムの二種類である。また配備形態で見ると、地上配備と海上配備に分けることができた。

下層防衛TMDシステムとしては、地上配備の「改良型パトリオット(Patriot Advanced Ca-pability-3: PAC-3)」25と海上配備の「海軍地域防衛(Navy Area Defense: NAD)」システムがあり、迎撃対象は、射程約1,500キロメートル未満の弾道ミサイルや巡航ミサイル、並びに航空機である26。PAC-3は、既に配備されているPAC-2システムに、新型ミサイルを付加するとともに、レーダーや迎撃統制装置などの改良を行い、弾道ミサイルに対する迎撃能力を向上

させたシステムである。ちなみにホワイト・ハウスの発表によれば、PAC-3は、これまで実施された7回の迎撃実験すべてに成功したとされている27。NADは、駆逐艦や巡洋艦に積載されたイージス・システムのレーダー、迎撃統制装置、それに改良されたスタンダード・ミサイル

を用いて弾道ミサイルに対する迎撃能力を確保するものである。

上層防衛TMDとしては、移動式地上配備の「戦域高々度地域防衛(Theater High-AltitudeArea Defense: THAAD)」と海上配備の「海軍戦域広域防衛(Navy Theater Wide Defense:NTWD)があり、主たる迎撃対象は、射程約3,500キロメートルまでの弾道ミサイルである28。

THAADは、大型移動式レーダー、高速高々度迎撃ミサイル、それに迎撃統制装置を新規に開発し、弾道ミサイルを迎撃するシステムである。また、NTWDは、既存のイージス・システムを改良するとともに、イージス艦から発射されるスタンダード3・ミサイルに搭載された「軽量

大気圏外迎撃体(Light-weight Exo-Atmospheric Projectile: LEAP)」を利用して弾道ミサイルや切り離された弾頭をその飛翔経路の途中であるミッド・コースやターミナル段階で迎撃す

るものである。

そのほかクリントン政権が関与したTMDとしては、独伊と共同開発を進めている「中距離拡大防空システム(Medium Extended Air Defense System: MEADS)」29 やイスラエルと共同開発を進めた「アロー(Arrow)」システム30 も挙げることができる。また、米空軍は、独自に、弾道ミサイル発射直後のミサイル上昇段階でその弾道ミサイル本体を迎撃する「ブースト

25 PAC-3は、PAC-2部隊に編入して配備されるが、これは、PAC-3が主として弾道ミサイル迎撃用、PAC-2が巡航ミサイルや航空機迎撃用と位置づけられているためと想定される。Kenneth W. Allen etal., “Theater Missile Defenses in the Asia-Pacific Region,” A Henry L. Stimson Center Working GroupReport, No. 34 (June 2000), pp. 3-4.26 Ibid., pp. 3, 7.27 The U.S., White House, “Misconceptions about Missile Defense,“ (http://www.ceip.org/files/projects/npp/resources/EmbassyCableNMD.htm) (July 27, 2001).28 Allen et al., “ Theater Missile Defenses in the Asia-Pacific Region,” p. 7.29 U.S. Secretary of Defense William S. Cohen, Report of the Secretary of Defense to the President and theCongress (Washington, D.C.: U.S. Government Printing Office, 1999), pp. 71-72.

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段階迎撃(Boost- Phase Interceptor: BPI)」システムの研究を重ねていた。その代表例は、ボーイング747型航空機に搭載したレーザー兵器を利用した「空中レーザー(Air-borne Laser:ABL)」システムである31。

ところで、TMDの研究・開発を進めるためには、ABM条約に関わる一つの課題を克服しなければならなかった。ABM条約で配備が規制されている迎撃ミサイル・システムは、「飛翔軌道にある戦略弾道ミサイルまたはその構成部分を迎撃するためのシステム」である32。したがって

この範疇に入らない迎撃ミサイル、すなわち戦域・戦術弾道ミサイルを撃ち落とす迎撃ミサイ

ルは、陸上、海上、空中を問わず、またその配備量の制限も受けずに配備できることになる。

ところが、ABM条約は、戦略弾道ミサイルとその他の弾道ミサイルの違い、さらには戦略弾道ミナイルを撃ち落とす迎撃ミサイルと、その他の弾道ミサイルを撃ち落とす迎撃ミサイルとの

区分を明確に規定していなかったのである33。

 米国は、こうしたABM条約の曖昧性を解消するために、1993年11月以降、ロシアに加えABM条約の当事国になることが予定されているベラルーシ、カザフスタン、ウクライナを交えて断

続的に交渉を続けてきた。その結果、96年6月、秒速3キロメートル以下(低速)の飛翔速度を持つ迎撃ミサイルを利用するTMDについて合意に達した。すなわち、TMD用として開発中の迎撃ミサイル・システム(および構成品)を、射程3,500キロメートルを超える弾道ミサイルや飛翔速度が秒速5キロメートルを超える弾道ミサイルに対して迎撃(飛翔)実験を行わない限

り、TMDとして配備できるとしたのである34。

続いて97年3月、ヘルシンキにおける米露首脳会談において、飛翔速度が秒速3キロメートルを超える(高速)迎撃ミサイルを使用するTMDについても合意に達した。この合意は、 ①95年5月の5項目からなる米露モスクワ合意 ― (a)戦略的安定の基盤としてABM条約の尊重、(b)TMDの開発配備は可能であり、ABM条約に違反しない、(c)TMDは相手側の戦略兵器に対し現実的な脅威を与えない、(d)TMDは相手側に向けて使用できるように配備してはならない、

30 上空約50kmの低高度で、射程約700kmの弾道ミサイルを迎撃(破砕効果方式)するミサイル防衛システムであり、イスラエルは2000年春頃から配備を開始。31 U.S. Secretary of Defense Cohen, Report of the Secretary of Defense to the President and the Congress, 1999,p. 72.32 ABM条約第2条1項を参照。33 ちなみに、米国上院が1972年5月に署名されたABM条約の批准審議を進めていた際、当時、米国防省の国防研究・工学部長(Director of the Defense Research and Engineering, Department of Defense)の任にあったジョン・フォスターは、毎秒2キロメートルを超える速度で大気圏内に突入する再突入体に対する迎撃や、高度40キロメートル以上の高さで弾道ミサイルを迎撃することは、ABM条約で規制しようとしている戦略弾道ミサイルに対する迎撃に相当するとの見解を示していた。しかし、この見方は、米国の公式の見解にはならなかった。Alexei Arbatov, “The ABM Treaty and Theater Ballistic MissileDefence,”Stockholm International Peace Research Institute, SIPRI Yearbook 1995: Armaments, Disarmamentand International Security (New York: The Oxford University Press, 1995), p. 689を参照。34 Craig Cerniello, “News and Negotiations: U.S., Russia Near Agreement on Lower-Velocity TMDSystems,” Arms Control Today, Vol. 26, No. 5 (July 1996), p. 19.

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(e)TMDの配備規模と地理的範囲は非戦略ミサイルの脅威に合致しなければならない - の確認35、②TMD用として開発中の迎撃ミサイル・システム(および構成品)を、射程3,500キロメートルを超える弾道ミサイルや飛翔速度が秒速5キロメートルを超える弾道ミサイルに対し

て迎撃(飛翔)実験を行わない限り、TMD用迎撃ミサイルとして配備できる、 ③宇宙配備の迎撃ミサイル、並びにレーザーのような「他の物理原理(other physical principles)」に基づく宇宙配備用の迎撃体を開発、実験、配備しない、との3項目からなる。なお、米国の各種TMD計画のうち、高速TMDに該当するのはNTWDのみである36。

 96年6月および97年3月の合意は、97年9月、米、露、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの5カ国の間で、迎撃ミサイルの飛翔速度が秒速3キロメートル以下の低速TMDについて規定した「ABM条約に関わる第1合意声明」、並びに迎撃ミサイルの飛翔速度が秒速3キロメートルを超える高速TMDについて規定した「ABM条約に関わる第2合意声明」として署名された37。

 上述の合意声明から明らかなように、戦略弾道ミサイルを迎撃するABMと戦域・戦術弾道ミサイルを迎撃するABMの違いは、迎撃ミサイルの能力を基準にして導き出されるのではなく、もっぱら、迎撃の対象となる弾道ミサイルの飛翔速度および射程と、これを撃ち落とす迎撃実

験の有無によって決定することとなっている。すなわち、秒速5キロメートルを超える飛翔速

度を有する弾道ミサイル、あるいは射程3,500キロメートル以上の弾道ミサイルに対し「理論的(theoretical)」に迎撃能力を有していても、こうした弾道ミサイルに対する迎撃(飛翔)実験を行わない限り、空中、海上、陸上を問わずいかなる迎撃ミサイルもTMDの名の下で開発・配備を可能としたのである(宇宙配備の迎撃ミサイルや他の物理原理に基づく宇宙配備迎撃体を

除く)38。

(2)NMD計画

NMDに関しては、米本土に対する懸念国からの弾道ミサイル脅威が現実のものになっていないことから、クリントン政権の下では、配備を急ぐことなく、研究・開発に力を注いでいた。

35 モスクワ合意については、Arms Control Association, “Selected Documents From the MoscowSummit,”Arms Control Today, Vol. 25, No. 5 (June 1995), p. 24および Arms Control Association, “NewSTARTⅡ and ABM Treaty Documents,” Arms Control Today, Vol. 27, No. 6 (September 1997), pp. 21-22を見よ。36 Amy F. Woolf, Anti-Ballistic Missile Treaty Demarcation and Succession Agreements: Background and Issues,CRS Report for Congress (98-496F), May 22, 1998, p. CRS23.37 詳しくは、Arms Control Association, “New START II and ABM Treaty Documents,” pp. 21-22.38 レーザーは、「他の物理原理に基づく迎撃体」であるが、第2合意が示唆するように、宇宙配備ではなく航空機搭載型であれば、開発・配備は可能となる。

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しかしながら、政権末期になると、98年8月の北朝鮮による三段式弾道ミサイル・テポドンの発射から窺えるように、近い将来米国本土が懸念国の長射程弾道ミサイルの脅威に晒される危

険が高まったこと、さらにはNMDの早期配備を求める議会の要請を考慮して、NMDの開発・配備も急ぐようになった。99年10月に明らかにされたNMD配備計画によると、クリントン政権のNMDシステムは、初歩的なNMD突破手段を備えた20~30発の弾頭に対処すべく、 ①100基の迎撃ミサイルのアラスカへの配備、とともに、 ②1基のXバンドレーダーのアリューシャン列

島・シェミア島への配備、③改良型弾道ミサイル早期警戒レーダーの運用、および ④高軌道宇

宙配備赤外線システムの運用、などを骨子とするNMDシステムを2005~2006年頃までに展開すること39、さらに、2010~2011年頃までを目処に、具体的な数量には言及しないものの迎撃ミサイルおよびXバンドレーダーを増加するとともに、低軌道宇宙配備赤外線システムを配備し

て、より高度なNMD突破手段を備えた20~30発の弾頭をミッド・コースやターミナル段階で迎撃するNMDシステムを配備するというものであった40。

 クリントン政権は、ABM条約に違反しない形でNMDの研究・開発を進めた41。また、クリン

トン政権のNMD計画は、限定的なミサイル防衛計画であり、ロシアからの大規模な戦略弾道ミサイル攻撃に対処することができないことから、ABM条約の目的・意義に正面から挑戦するものではなかった。しかしながら、限定的なNMDとは言え、弾道ミサイル脅威から米国の50州を防衛することを目的としていたため、配備の段階に入るためには、ABM条約の改定を経なければならなかった。クリントン政権は、ABM条約を米露間の戦略的安定や戦略攻撃戦力削減のための礎石と認識し、このABM条約の基本的意義を損なわない形で改定を行い、懸念国からの弾道ミサイルに対処するNMDを配備することが可能と考えていた42。また、ABM条約が署名された1972年当時には存在しなかった弾道ミサイル脅威が生起しつつあることを考慮すれば、こうした新たな戦略環境に適応すべくABM条約を改定することが必要とも認識していたのである43。

 しかしながら、ロシアは、ABM条約の改定交渉に応じようとはしなかった。クリントン政権が進めていたNMD計画は、懸念国による弾道ミサイル攻撃から米国を防御することを目的としていたが、一旦、NMDを配備すれば、いかなる国家からの弾道ミサイルであれ、米国に届く弾道ミサイルを迎撃できることには変わりはない。したがって、結果的にロシアのICBMに対して

39 Walter B. Slocombe, Under Secretary of Defense for Policy, Testimony to the House Armed ServicesCommittee, October 13, 1999.40 Ibid.41 Ibid. また、Amy F. Woolf and Steven A. Hildreth, National Missile Defense: Issues for Congress, CRSIssue Brief, IB 10034, December 17, 1999, p. 5.42 Slocombe, Under Secretary of Defense for Policy, Testimony to the House Armed Services Committee,October 13, 1999.43 Ibid.

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も迎撃能力を持つことになり、NMDの規模、迎撃能力およびロシアの戦略弾道ミサイル戦力の残存性次第では、ロシアの対米核抑止力を損なうことが想定できた。また、ロシアは、米国が

NMDの配備に着手すれば、迎撃ミサイル技術を確立するばかりでなく、レーダーなどABMシステムの基盤を構築したことを意味するため、米国内で迎撃ミサイルのさらなる増強を求める政

治的圧力が高まることを恐れていた。さらに、ロシア自身の保有する戦略弾道ミサイルが老朽

化し、数の上でも減少傾向にあることなどから、NMDの配備は、それがたとえ限定的なものであれ、ロシアの対米抑止力を損ねることにつながると捉え、NMDの配備を可能とするABM条約の改定には強固に反対し続けたのである44。

中国も、NMDが中国の戦略的安全を直接損なうとしてNMDに激しく反発した。実際、クリントン政権が、計画通り本土防衛用に100基の迎撃ミサイルをアラスカに配備すれば、単弾頭ICBMを約20基程度保有するに過ぎない中国のICBM戦力は、対米抑止力はおろか、威嚇の手段としても使用できなくなる恐れがあった45。また中国は、米国がNMDを配備することによって自国の絶対的安全を図り、21世紀において世界の覇権国としての地位獲得を目指しているとみなし、こうした姿勢がこれまでの軍備管理・軍縮の成果を台無しにするとともに軍拡競争をも

たらすと非難し続けた。さらに中国は、米国が中国の対米核抑止力の獲得を遅延させるNMDを配備することによって、台湾が独立志向を高めることを危惧していたのである46。 

5 ブッシュ新政権のミサイル防衛計画

 2001年1月に成立した共和党のブッシュ新政権は、NMD、TMDを問わず、ミサイル防衛の開発・配備に積極的な姿勢を見せている。米本土を防衛するNMDのみを見ても、クリントン政権が進めてきた固定式地上配備型迎撃システムに加えて、海上配備、空中配備、さらには宇宙

配備迎撃システムを含む多層的なミサイル防衛網を視野に入れているようである47。また、ブッ

44 ただし、2000年11月中旬、ロシア戦略ロケット軍のヤコブレフ総司令官は、戦略弾道ミサイルと迎撃ミサイルを抱き合わせて配備上限を定め、一方のミサイルを増加する場合には他方のミサイルを削減するという新たな軍備管理案を提唱し、ABM条約の改定に応じることを示唆したこともある。The WashingtonPost, November 14, 2000.あるいは『朝日新聞』2000年11月14日(朝刊)。45 飛来するICBM弾頭1個を迎撃するためには、通常、4基の迎撃ミサイルを発射することが想定されている。46 クリントン政権のNMD計画に対する中国の見方や批判としては、中華人民共和国国務院新聞弁公室「二〇〇〇年の中国の国防」『北京週報』、№40(2000年)、31頁。The Monterey Institute of InternationalAffairs, Center for Nonproliferation Studies, “EANP Factsheets: China’s Opposition to US Missile DefensePrograms,” (http://cns.miis.edu/cns/projects/eanp/fact/chinamd.htm) (2000年9月5日); Banning Garret,“Facing the China Factor,” Arms Control Today, Vol. 30, No. 8 (October 2000), p. 14などを参照。47 Ronald T. Kadish, Director of the Ballistic Missile Defense Organization, “The Ballistic Missile DefenseProgram,” prepared testimony on ballistic missile defense policies and programs in review of the

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シュ政権は、NMD、TMDの峻別を避け、ミサイル防衛の名の下で両者を区別せずに開発する意向を示す一方、新たに海上配備や空中配備迎撃体による「ブースト段階(Boost-phase)迎撃システム」の有効性を強調しているが48、政権が発足して9ヶ月経過した2001年10月末の時点でも、NMDの具体的配備形態を明らかにしていない。これは、クリントン政権が計画した固定式地上配備型迎撃システムにとらわれず、様々なNMD技術の開発・実験を進め、配備するに足るシステムを見極めようとしているためであろう。したがって、ブッシュ政権のミサイル迎撃技

術に対する判断如何では、大規模なミサイル防衛システムが配備される可能性も否定できな

い49。さらに、ラムズフェルド国防長官などは、そうしたミサイル防衛に不可欠な各種衛星や宇

宙配備のセンサーなどを衛星攻撃兵器(ASAT)から防御する宇宙配備防御能力の研究・開発の必要性を強調している50。

しかもブッシュ政権のミサイル防衛計画は、クリントン政権のNMDやTMD計画のように、単に懸念国からの弾道ミサイル脅威に対処する「拡散対抗(Counter-proliferation)」の範疇にとどまらない。2001年5月1日、米国防大学で行ったブッシュ大統領の演説によると、ロシアはもはや米国の敵対国でないが故に、米露の敵対関係を前提とするABM条約は存立基盤を失っているとし、ブッシュ政権は、ABM条約に取って代わる「新たな戦略枠組み」、すなわち相互確証破壊(MAD)に基づかない戦略枠組みを構築すると述べている51。そしてABM条約の取り扱いに関しては、①ロシアとともにABM条約を廃棄する、②ロシアがそれに同意しない場合は、ミサイル防衛を許容する米露共同宣言を発出するようロシアに働きかけるが、 ③ロシアがこれ

にも反対した場合は、一方的にABM条約から脱退することも辞ささない、と主張する52。クリ

ントン政権が、ABM条約を米露の戦略的安定の礎石と捉え、限定的なNMDを配備するのに必要

Defense Authorization Request for Fiscal Year 2002, United States Senate Committee on ArmedServices, July 12, 2001.48 The White House, “Remarks by the President to Students and Faculty at National Defense University,”May 1, 2001, (http://www.whitehouse.gov/news/release/2001/05/text/20010501-10.html) (2001年5月2日).49 米国の研究者のなかには、ブッシュ政権のNMDにおいて約1,000基もの迎撃ミサイルが配備される可能性を指摘する向きもある。たとえば、Michael O’Hanlon, “Double Talk on Missile Defense,” The WashingtonPost, July 31, 2001を参照。50 Walter Pincus, “From Missile Defense to a Space Arms Race?” The Washington Post, December 30, 2000.51 The White House, “Remarks by the President to Students and Faculty at National Defense University.”ブッシュ政権が掲げる新戦略枠組みの概要は次の通りである。まず、ABM条約に基づかない。したがって、報復能力の重要性は否定しないものの、ABM条約が制度化したMADは米国の抑止政策に入り込む余地はない、とする。そして新戦略枠組みの具体的な構成要因として、 ①攻撃核戦力の大幅削減、②ミサイル防衛に関する国際協力、 ③不拡散、拡散対抗政策の強化、それに ④信頼と透明性の向上、の4項目を挙げている。The U.S., White House, “Questions and Answers Related to Principal Themes on MissileDefense,” (http://www.ceip.org/files/projects/npp/resources/EmbassyCableNMD.htm) (July 27, 2001).The U.S., White House, “Principal Themes on Missile Defense,” (http://www.ceip.org/files/projects/npp/resources/EmbassyCableNMD.htm) (July 27, 2001).52 Alan Sipress, “U.S. Will not Seek to Alter ABM Treaty,” The Washington Post, July 25, 2001.

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な限りにおいてABM条約の改定を求めるに過ぎなかったのとは対照的である。 MAD/ABM体制を否定した戦略構想を掲げるブッシュ政権の姿勢は、レーガン政権の戦略防衛構想(SDI)を彷彿させる。MAD体制は、その成立過程から伺えるように、ドクトリンでもなければ、意図的に作り出した戦略でもない。弾道ミサイルという防御が困難な核兵器運搬手

段が登場し、これが増強された結果として生じた一種の戦略的事実であった53。そして、この

MAD体制を法的に確認し、制度化したのがSALTIとともに1972年5月に締結されたABM条約である。ABM条約の最も大きな意義・目的は、弾道ミサイル攻撃から米ソそれぞれの国土全体を防御するABMシステムを禁止することによって、ICBMやSLBMなどの戦略弾道ミサイルによる相手の報復攻撃の有効性を保証し、もって相互抑止の安定化を図ることにあった。

しかしながらグレーザーとフェターによると、米国は、冷戦時代から今日まで、報復能力に

基づく相互抑止が防御に基づく戦略より好ましいと考えたことは一度もない54、という。確か

に、相互に相手の核報復を保証する相互抑止体制は先制攻撃のインセンティブを除去するが、

それは同時に頭上の脅威を所与のものとして受容し続けることを意味している。換言すれば、

相互抑止関係にある両国の国民は、共に「自己の安全を専ら相手の理性的判断に委ねざるを得

ない」という報復抑止の特質から生じる恐怖とフラストレーションに耐え続けることを強いら

れるのである55。頭上に脅威があれば、これを取り除こうとするのが人間の本能である。報復能

力を保証し合うことによる相互抑止が、軍事技術上、唯一とり得る戦略であるとしても、そこ

に人間の本能に逆らう側面があるために批判の対象となり、報復能力に代えて拒否能力を抑止

の基盤とすべきとの意見が出てくるのもやむを得ない。

また、倫理的側面からもMADを基盤とする核抑止戦略に対して批判が投げかけられている。報復核攻撃に基づく抑止戦略は、対都市報復攻撃については言うまでもなく、厳密なカウンター

フォース報復核攻撃を行った場合でも、不可避的に一般市民の大量殺戮を伴うものである。こ

のような人的惨禍をもたらす報復的抑止を別の言い方で表現するならば、殺人という罪を防止

するために、殺人を犯す可能性のある人物の子供を人質にとり、いざとなれば殺害することを

公的政策として宣言することと大差がないのである56。

53 例えば、Union of Concerned Scientists, The Fallacy of Star Wars (New York: Vintage Books, 1984), p.4.また、Frank C. Carlucci, Annual Report to the Congress FY 1990 (Washington, D.C.: U.S. GovernmentPrinting Office, 1989), p. 36.54 Charles L. Glaser and Steve Fetter, “National Missile Defense and the Future of U.S. Nuclear WeaponsPolicy,” International Security, Vol. 26, No. 1 (Summer 2001), p. 61.55 この点を端的に述べているのは、Harold Brown, “The Strategic Defense Initiative: Defensive Systemsand the Strategic Debate,” Survival, Vol. 27, No. 2 (March/April 1985), p. 56.           56 例えば、George H. Quester, “The Future of Nuclear Deterrence,” Survival, Vol. 34, No. 1 (Spring 1992),p. 79を見よ。 

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小川 ミサイル防衛と抑止

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 このように、MAD/ABM体制自体に欠陥があることは否定できないが、ブッシュ大統領が今日の状況下でMAD/ABMを否定することには少々無理があるように思われる。第1に、米露関係が敵対関係にないと断じているが、果たしてそうだろうか。もしロシアが、ブッシュ政権と

同様、米露関係がもはや敵対関係にはないと認識しているのであれば、なぜロシアは、クリン

トン政権時代から、ロシアを対象としないと繰り返し述べてきた米国の限定的なNMD計画に反対し続けてきたのであろうか。その最大の理由がロシアの対米抑止力が損なわれることを危惧

してのことであることは既に述べた通りである。すなわちロシアは、米国を敵視しているわけ

ではないが、少なくとも、将来、何らかの理由で対立状態に回帰する危険をはらんだ二国間関

係と認識していると言わざるを得ないのである。

 第2に、MADは、先に指摘したように、意図的に作り出した政策ではない。弾道ミサイルという防御が困難な核兵器運搬手段が登場し、増強された結果生起した一種の戦略的事実である。

したがって、MADを否定するためには、核兵器およびその主たる運搬手段である弾道ミサイルを可能な限り削減することが先決となる。あるいは、費用対効果の面で弾道ミサイルを大きく

上回るNMDの開発に成功し、弾道ミサイルの軍事的意義を解消すると同時に弾道ミサイル廃棄の道筋を示してはじめてMADからの脱却を議論すべきである。ところが、今日、米露ともに相手を射程に収める多数の戦略弾道ミサイルを冷戦時代とほぼ同レベルの即応態勢で配備し続け

ている。また、NMDについては、現在、研究・開発を進めている段階であり、弾道ミサイルの削減・廃棄をもたらすような迎撃率の高いNMDを開発・配備できるか否か不確かな状況にあるに過ぎない。このように、米露の戦略関係は、依然として、事実上MADで縁取られており、これが大きく変化しない以上、ABM条約の意義も残り続けるのである。 このようにABM条約の意義は依然として残っているが、ブッシュ政権は、先に指摘したようにABM条約からの早期脱退も視野に入れている。ABM条約第5条1項は、海上配備、空中配備、宇宙配備、さらには移動式地上配備型ABMシステムまたはその構成要素の開発、実験、配備を禁止しているが、ブッシュ政権が計画しているNMDの一部がこうした範疇のミサイル防衛であるため、ABM条約を遵守し続けると、開発・実験も妨げられるためである。しかしながら、ABM条約からの一方的離脱には、これによって加速されるNMD配備によって期待できる安全保障上の利益を上回る不利益を米国にもたらす危険をはらんでいる。ロシアは、従前から警

告しているように、STARTⅠ、Ⅱから脱退し、複数個別誘導弾頭(MIRV)搭載ICBMの温存を図るかもしれない。また、米露関係の悪化に伴いNATOへ敵対的な姿勢をとり、中距離核戦力(INF)条約の廃棄や戦術核戦力の再配備・増強に走ることも想定される57。欧州NATO諸国

57 米国の一方的ABM条約脱退、NMD配備に対するロシアの対抗措置については、Alexander A. Pikayev,“Moscow’s Matrix,” The Washington Quarterly, Vol. 23, No. 3 (Summer 2000), pp. 187-191; George Lewis, Lisbeth Gronlund & David Wright, “National Missile Defense: An Indefensible System,” Foreign Policy,

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が、ABM条約の改定、あるいはそれに替わる何らかの米露合意を経てNMDの配備を求めるのも、こうしたロシアの行動を契機として核軍備管理・軍縮レジームが崩壊することを恐れての

ことである58。

 勿論、ロシアが必ず上述のような対抗措置をとるとは断言できない。ロシアには、大規模な

戦略核戦力を維持し続ける財政的余裕がないうえ、米国や欧州NATO諸国と対立関係に入っても得るところが殆どないためである。しかしながら、そのことを理由にロシアの意向を無視し

て一方的にNMDを配備することは米国の安全保障を高めることにはならない。例えば、米国がロシアの意向を無視してNMDを配備した場合、米露関係の推移次第では、ロシアは報復能力を確保するために、「警報即発射(Launch on Warning )」態勢の強化など、既存の戦略弾道ミサイル戦力の警戒態勢を強化することも考えられるが、こうした措置は事故や誤認に基づく

ミサイル発射の危険を高めることになる。とりわけ、今日、ロシアの戦略弾道ミサイル戦力の

脆弱性が高まっていること59、さらには早期警戒システムの老朽化が進んでいることを考慮する

ならば60、米国によるNMDの一方的配備を契機として事故や誤認に基づくミサイル発射の危険が一層高まると言わざるを得ない。また、事故や誤認に基づくロシアのミサイル発射は、数発

で終わらない。具体的な数量は明らかではないが、限定的なNMDを優に凌駕できる数量であると言われている61。要するに、ロシアは、依然として、唯一、米本土に大規模な戦略核攻撃を加

える能力を持つ国家である。したがって、米国は、ロシアとの関係で安全保障を維持しようと

するならば、引き続き核軍備に関してロシアと協調行動をとらざるを得ないのである。

 実際、ABM/NMD問題をめぐるロシア国内の対応を見ると、この問題をめぐって米露間で妥協が成立する可能性がないわけではない。既に指摘したように、ロシア政府や軍部には、ABM/NMDで米国に譲歩するのと引き替えに米国の戦略核戦力の大幅削減を勝ち取る方が現実的との意見が見受けられる62。ブッシュ政権によるNMD配備を阻止することが難しいこと、ロシアが

No. 117 (Winter 1999/2000), pp. 134-135; J. Peter Scobic & Jennifer Gauck, “News and Negotiations:Russian Officials Continue to Oppose Changes to ABM Treaty, Arms Control Today, Vol. 29, No. 7(November 1999), p. 21.などを参照。58 Jack Mendelsohn, “A Pause in Unilateralism?” Arms Control Today, Vol. 30, No. 8 (October 2000), p. 22.また、The New York Times, Editorial, May 31, 2001.59 ロシアが日常的にとっている警戒態勢下で米国から先制核攻撃を受けた場合、残存する核弾頭数は約150発に過ぎないと言われている。Glaser and Fetter, “National Missile Defense and the Future of U.S.Nuclear Weapons Policy,” p. 73.60 ロシアの対弾道ミサイル早期警戒システムの老朽化、劣悪化については、Bruce Blair and CliffordGaddy, “Russia’s Aging War Machine: Economic Weakness and the Nuclear Threat,” Brookings Review,Vol. 17, No. 3 (Summer 1999), p. 12.61 Daalder et al., “Deploying NMD: Not Whether, But How,” pp. 12-13; Glaser and Fetter, “National MissileDefense and the Future of U.S. Nuclear Weapons Policy,” p. 71; Bruce G. Blair & Henry W. Kendall,“Accidental Nuclear War,” Scientific American, Vol. 263, No. 6 (December 1990), p. 19.62 Peter Baker & William Drozdiak, “Russia Alters Tone, Welcomes Talks on Missile Shield,” TheWashington Post, May 3, 2001.

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米国のNMDに対抗して戦略弾道ミサイル戦力を増強する余裕がないこと、さらにはブッシュ政権が米国の戦略戦力の大幅削減に踏み出す用意があること、などを考慮すれば、ロシアにとっ

ては限定的なNMDの配備を容認する代わりに米国の弾道ミサイル戦力の大幅削減という取引が唯一の選択肢なのかもしれない。

このように、攻防両戦力を抱き合わせて配備上限を合意することにより、米露間でABM/NMD問題の妥協点を見いだせる可能性もある。しかしながら、ロシアとの間でこうした合意を取り付けるためには、ブッシュ政権は、ICBMやSLBMなど戦略弾道ミサイル戦力の対露劣勢を米国民に説得し、了解を得るという課題に取り組まなければならない。しかも、ブッシュ政権

のNMD計画の規模が大きければ大きいほど、米国の弾道ミサイル戦力の削減幅は大きくなり、それに比例して米露間の戦力不均衡が大きくならざるを得ないのである。また、米国民がNMDの配備と米国の弾道ミサイル戦力の削減取引というアプローチそのものに賛意を示すか否か不

明確であるばかりでなく、NMDの迎撃ミサイルの有効性や信頼性が確たるものになっていない状況では、NMDの迎撃ミサイルとICBMやSLBMなど攻撃ミサイルの取引基準も論争の的とならざるを得ない。このように、ABM/NMD問題の解決手法を見いだしたとしても、それを実現することは決して容易ではないのである。

さらに、米露両国は、NMD配備の下での相互抑止を安定化させるために、少なくとも次の施策を講じなければならない。第1に米国は、そのICBMやSLBMが有するカウンターフォース能力、とりわけ硬化目標即時破壊能力を削減しなければならない。その具体的方法は、搭載する

核弾頭を爆発威力のより小さいものに転換したり、弾道ミサイルの即応態勢の緩和などが挙げ

られる63。第2に、米露両国、とりわけロシアは、ICBMの配備様式を固定式から移動式に転換するなどICBM戦力の残存性を向上させなければならない。また、脆弱な戦略攻撃戦力を撤去し、残された攻撃戦力の残存性を高める努力も欠くことができない。第3に米国は、配備した

NMDの残存性を確かなものにしなければならない。NMDを非脆弱なものにするためには、まずNMDシステムの目となり神経となる宇宙配備の警戒・監視衛星などをASATから防御することが必要となるが、現在、具体的な防御手段は見あたらず、せいぜい代替性のある警戒・監視

衛星を多数打ち上げておく以外に手はないと言われている64。ところが、ASATの開発・配備は野放しのままにある。したがって、NMDの残存性を確保するためには、ASATの禁止を求めることから始めなければならない。

 米国のミサイル防衛計画が中国に及ぼす影響は、米国に届く中国のICBM戦力が僅か20基程度と少数であること、さらには台湾問題を抱えているために、より深刻である。仮に、約20基を数える中国のICBMの一部が、米国からの先制核攻撃に生き残ることができ、対米報復能力を備

63 Glaser and Fetter, “National Missile Defense and the Future of U.S. Nuclear Weapons Policy,” p. 79.64 The Econoist, July 28, 2001, p. 72.

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えているとしても、クリントン政権が計画していた20~30発程度の弾頭を迎撃できる限定的なNMDであれば、中国の対米報復能力を取り去ってしまう。ましてや、ブッシュ政権が検討している多層防衛システムとなると、僅か20基の中国のICBM戦力は威嚇の道具としてさえ使用できなくなり、米国に対しての政治的・軍事的意義を失ってしまう。

NMDによってもたらされるこうした米中間の軍事力の不均衡は、米国が台湾防衛のコミットメントを維持する限り、台湾の現状固定化、あるいは最悪の場合、台湾の独立志向を高める危

険をはらんでいる。言い換えれば、米国によるNMDの配備は、ABM条約という取引の場のない中国にとって、台湾放棄を迫るものになるかもしれない。他方、中国は台湾を放棄できないと

すれば、NMDに対する攻撃能力を備えるか、あるいはNMDを突破すべくICBM戦力を増強して対米核抑止力の確保を図らざるを得ない。

中国の核戦力の影響が少ない欧州にあっては、ABM条約で米露が諒解に達することができれば、NMDがもたらす否定的な問題の多くが解消される。ところが、東アジアにおいては、地域の安全保障上、中国の保有する核戦力のウエイトは大きい。しかも、米国のNMDが中国の核・ミサイル戦力の増強を促すことになれば、東アジアの安全保障秩序に大きなインパクトを及ぼ

すことになる。他方、今日の中国のICBM戦力がそもそも米国の戦略核戦力に対して残存性を有していない公算が高いことから、米国がNMDを配備する、しないに関わらず、中国はそのICBM戦力を増強してゆくと見ることもできるが65、NMDの配備は、そのテンポを速める危険をはらんでいる。中国が、NMDの配備を見て、実際にICBM戦力の増強に拍車をかけるか否か、現在のところ不明であるが66、こうした事態を回避するためには、NMDに関する米中間の戦略協議を密にしなければならない。そうした戦略協議を積み重ねれば、たとえ米国のNMDに対する中国の不信感を除去するまでに至らなくとも、中国の指導層に対し、少なくとも米国が

彼らの安全保障上の懸念に留意しているとの印象を与え、激しい対立関係に陥るという事態は

回避できるかもしれない。 

米国のNMDに対するロシアや中国の懸念を緩和する最も効果的な施策は、ブッシュ政権がミサイル防衛の一環として注目しているブースト段階迎撃システムに見いだすことができる。ブー

スト段階迎撃システムとは、ミサイル発射後のロケット・エンジンが燃焼している上昇段階で

当該ミサイルを迎撃するシステムである。ブースト段階迎撃には、海上、地上、空中、それに

宇宙配備の迎撃システムが考えられるが、このうち海上配備や地上配備のブースト段階迎撃シ

ステムであれば、ロシアや中国の内陸奥深くから発射されるICBMや、ブースト段階迎撃システ

65 同様の見方は、Brown, “Where De We Go From Here?” p. 12.66 中国政府の関係者のなかには、NMDに対抗して弾道ミサイルの増強をするよりも、NMDを攻撃する兵器システムの開発をほのめかす者も見受けられる。Michael R. Gordon, “China Looks to Foil U.S. MissileDefense System,” The New York Times, April 29, 2001.

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ムから遠く離れた海洋から発射されるSLBMを迎撃することが困難であることから、ミサイル防衛に対するロシアや中国の懸念を和らげることが期待される67。しかも、迎撃効率の点から見

ても、ブースト段階迎撃システムは、ミサイルから切り離された弾頭をその飛翔経路の途中で

あるミッド・コースやターミナル段階で迎撃するシステムより優っている。第1に、弾道ミサ

イルから切り離された弾頭ではなく、ミサイルのブースト段階でミサイルそのものを迎撃する

ため、デコイ(おとり弾頭)やチャフ(センサー探知妨害用金属片)に悩まされることもない。

第2に、ブースト段階のミサイルは、ブースターが燃焼中であることや飛翔速度が比較的遅い

ため、弾道ミサイルの発射探知から迎撃までのリアクション・タイムの課題を克服することが

できれば、補足し易い。第3に、防衛可能領域が広大であるのみならず、米本土を射程に収め

る長射程、あるいは同盟国に届く短射程弾道ミサイルの区別なく迎撃可能となる。

このように、ブースト段階迎撃システムには他のミサイル防衛に比べ、長所が多いが、可能

な限り迎撃率の高いミサイル防衛を配備しようとするならば、ブースト段階迎撃システムで撃

ち漏らしたミサイルおよびその弾頭を迎撃するミッド・コース、あるいはターミナル段階迎撃

システムも必要となろう。とりわけ戦域弾道ミサイルなど射程の短いミサイルのブースト段階

は、長射程の弾道ミサイルに比べ、短時間であることから撃ち漏らす危険が高い。したがって、

戦域弾道ミサイルに対するミサイル防衛に関しては、ブースト段階迎撃システムのほか、クリ

ントン政権時代に推し進められてきたミッド・コースやターミナル段階で弾頭を迎撃する

NTWDの役割がクローズ・アップされてこよう。米本土を防御するNMDに関しては、ミッド・コースやターミナル段階で弾頭を迎撃する迎撃システムが中露及ぼす否定的影響を考慮するな

らば、地上や海上配備のブースト段階迎撃システムを第一義的に開発・配備すべきであろう68。

6 日本のミサイル防衛

 1993年5月の北朝鮮によるノドン・ミサイル発射実験後、日米間で日本全域をカバーするミサイル防衛に関する共同研究の機運が盛り上がった。そして同年12月以降、我が国は、開発・配備に関わる政策判断に必要な資料を得るために、米国の知見を得て上層防衛能力を有するミ

67 例えば、Glaser and Fetter, “National Missile Defense and the Future of U.S. Nuclear Weapons Policy,”p. 54; Brown, “Where Do We Go From Here?” p. 13; James Lindsay & Michael O’Hanlon, “RapidDeployment on Missile Defense is a Bad Idea,” The International Herald Tribune, December 27, 2000;Dean A. Wilkening, “Amending the ABM Treaty,” Survival, Vol. 42, No. 1 (Spring 2000), p. 40; RichardL. Garwin, “The Wrong Plan,” The Bulletin of the Atomic Scientists, Vol. 56, No. 2 (March/April 2000), p. 36.68 レーザーその他の迎撃体を利用した宇宙や空中配備のブースト段階迎撃システムに関しては、技術的困難さもさることながら(Garwin, “The Wrong Plan,” pp. 39-40)、中露のICBMをも迎撃する能力を有する恐れがあることから、注意を要する(Glaser and Fetter, National Missile Defense and the Futureof U.S. Nuclear Weapons Policy,” p. 54.)。

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サイル防衛の技術的実現可能性を見極める予備的な調査研究を進めてきた。そして北朝鮮が、

98年8月、日本列島を横切る形で弾道ミサイルを発射したことを契機に、同年9月、日米両国政府は、ミサイル防衛構想の重要性を強調し、「共同技術研究を実施する方向で作業を進めて

ゆく」ことで合意したのである69。

 日米間で共同技術研究の対象となったミサイル防衛は、NTWDである。NTWDを選択した背景には以下の要因があった。第1は、THAADのような陸上配備型であれば、新たな用地の確保などの問題があるが、NTWDのような海上配備型ミサイル防衛であれば、こうした問題を回避できる。また、我が国は既にイージス艦を保有していることから、イージス艦をプラットフォー

ムとする可能性の高いNTWDを選択することは自然の成り行きであった。第2に、NTWDは、THAADに比べ、技術研究・開発の余地が多く残されており、日本の技術力向上を図る上でも格好の研究対象と見なされたのである。

 米国に対する懸念国からの弾道ミサイル脅威は未だ現実のものとはなっていないが70、懸念国

の周辺に位置する日本など米国の同盟国にとっては、北朝鮮によるミサイル発射に示されるよ

うに、弾道ミサイルの脅威は既に存在している。日本は、報復に基づく抑止力を構築するとい

う選択肢を放棄し、もっぱら米国の拡大抑止に依存している。しかしながら、既に指摘したよ

うに、大量破壊兵器を搭載すると同時に非脆弱な弾道ミサイルを配備している懸念国に関する

限り、米国が提供する報復抑止力に依存するのみでは万全とは言いがたい。

 日本をカバーするミサイル防衛は、以下の意義・利点を有する。第1に、大量破壊兵器を搭

載した弾道ミサイルや大量破壊兵器の搭載を偽装した弾道ミサイルを政治的威嚇の道具として

使用される危険を防止できる。日本国民は、核兵器やサリンの恐怖を経験していることから、

大量破壊兵器に対する恐怖心には並々ならないものがある。日本に敵対する国家は、必要とあ

れば、日本国民のこうした心理的弱みにつけ入って日本に影響力を行使しようとすることが十

分想定される。とりわけ北朝鮮(あるいは日米に敵対するようになった場合の中国)は、朝鮮

半島(あるいは中台)有事の際、日本の対米協力を妨げるために、日本に対する恫喝の手段と

して弾道ミサイルを用いることも想定されるが、ミサイル防衛はこうした恫喝に対抗する手段

となる。また、米韓合同軍の侵攻を招き、崩壊の瀬戸際に立った北朝鮮が、米韓軍のさらなる

作戦行動を阻止するために、日本や韓国に対し生物・化学兵器を搭載したミサイル攻撃の恫喝

を加えることも考えられるが、日本列島をカバーするミサイル防衛はこのような恫喝にも対処

が可能である。

69 9月20日の外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会開催後の「共同発表」。70ただし、1998年7月に公表された「ラムズフェルド委員会」の報告書は、早ければ北朝鮮やイランが

5年以内、すなわち2003年頃までに米国を射程に収める弾道ミサイルを開発すると分析している。 “Ex-ecutive Summary of the Report of the Commission to Assess the Ballistic Missile Threat to the UnitedStates,” July 15, 1998, p. 3.

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小川 ミサイル防衛と抑止

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 第2に、日本を防御するミサイル防衛は在日米軍も弾道ミサイル攻撃から防御することにな

り、在日米軍に柔軟な戦闘作戦行動をとる余地を保証することになる。日米安保体制の円滑な

運用、そして米国の対日拡大抑止の信頼性を維持するためには、在日米軍が懸念国の弾道ミサ

イル脅威の人質になるような事態は是非とも避けなければならない。

 第3に、抑止が崩壊し、通常戦争が勃発した後で、崩壊した抑止力を改めて再構築する「戦

時下の抑止」が容易でないことは既に述べたが、そうであれば通常弾頭搭載の弾道ミサイル攻

撃を抑止することも難しいことになる。通常弾頭搭載弾道ミサイルの軍事的意義は、その命中

精度如何によって大差がある。仮に「半数命中界(CEP)」が1km前後の弾道ミサイルであれば、政治的恫喝の手段としてはともかく、軍事的効用はそれほど大きくない。しかしながら、

命中精度が改善されるにつれ、その軍事的意義は大きくなる。例えば、懸念国が日本の政治中

枢や日本海沿岸に散在する原子力発電施設に対する攻撃能力を備えた弾道ミサイルや巡航ミサ

イルを配備していれば、日本や米国は逆に抑止されてしまう恐れがある。懸念国の弾道ミサイ

ルの命中精度が向上してゆくことが時間の問題であることを考慮すれば、弾道ミサイルに対す

る迎撃能力を開発することは焦眉の急といえよう。

 第4に、日本を射程に収める弾道ミサイルは懸念国のものばかりではない。中国やロシアの

弾道ミサイルもこうした能力を有している。このうち、懸念国や中国の弾道ミサイル戦力は増

強趨勢にある。そして弾道ミサイルの配備数が増加するにつれ、事故や誤認に基づく発射の危

険も高まる。こうした事態への対処、つまり実際に発射された弾道ミサイルに対処できるのは

ミサイル防衛以外に見あたらない。

 また、日本のミサイル防衛開発・配備には次のような利点も期待できる。配備されたミサイ

ル防衛システムの残存性が高く、しかもミサイル迎撃能力が高いものであれば、周辺国のミサ

イル増強インセンティブを削ぎ、それだけ弾道ミサイルの拡散・増強の防止に役立つ。また、

日本は米国と共同でNTWDの技術研究を始めたが、こうした共同研究は、日米間の防衛技術の相互交流を深め、日米安保体制の基盤を強化することにもつながるのである。

 日本のミサイル防衛研究に対し、北朝鮮は言うまでもないが、中国も批判的な姿勢をとって

いる。さらに、TMDの開発・配備の道筋を定めたABM/TMD合意に調印したロシアも、中国や北朝鮮と同様、日米が進めているNTWD技術研究に批判を加えている。2001年に入って以降、中国からの批判はトーン・ダウンしているが、それまでの中国、北朝鮮、ロシアからの批判は

以下の5点に集約することができる71。第1に、NTWDは、軍拡競争をもたらし、東アジアの

71 中国からの批判をまとめたものとしては以下の文献を参照。The Monterey Institute of InternationalAffairs, Theater Missile Defense (TMD) in North East Asia: An Annotated Chronology, 1990-Present (Monterey:Monterey Institute of International Affairs, June 2000); The Monterey Institute of International Af-fairs, Center for Nonproliferation Studies, “EANP Factsheets: China’s Opposition to US Missile DefensePrograms.” 北朝鮮からの批判については、The Monterey Institute of International Affairs, Theater

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戦略環境の悪化につながるとともに、日本の軍事大国化の前兆となる72。第2に、NTWDは戦略弾道ミサイルを迎撃する潜在力を有しており、米露、米中間の相互抑止の不安定化をもたら

す73。第3に、NTWDは、移動可能な海上配備型であるため、台湾の防衛に使用される恐れがある。第4に、NTWD共同技術研究を通じて日米が相互にミサイル技術を移転することはMTCRに違反する74。第5に、NTWDを開発し、配備することは、米国、日本、台湾と中国、北朝鮮の対峙構造を作り出す。

 しかしながら、これらの批判のなかには十分な説得力を有していないものも見受けられる。

まず、在日米軍を含め、我が国が、弾道ミサイルやそれに搭載する大量破壊兵器を保有してい

ないことを指摘しなければならない。核兵器搭載弾道ミサイルを配備して相互抑止関係にある

国家の一方が本土ミサイル防衛を配備すれば、ABM条約のロジックから窺えるように、他方の報復能力が損なわれ、クライシス・スタビリティを脅かす事態も想定される。しかし、日本の

ように、他国に脅威を与える弾道ミサイルや核兵器などの大量破壊兵器を配備していない国家

を防御するミサイル防衛システムは、文字通り防御兵器であり、弾道ミサイルを配備する近隣

諸国との間の戦略関係を不安定にするか否かはその弾道ミサイル保有国の出方次第である。

 中国や北朝鮮の主張とは逆に、日本のように弾道ミサイルを保有していない国がミサイル防

衛を開発・配備することは、軍拡競争の緩和につながることも想定される。中国の弾道ミサイ

ル脅威にさらされている台湾において、その対抗策としてミサイル防衛のほか、中国の主要都

市を攻撃することのできる長距離弾道ミサイルを配備して中国の弾道ミサイル脅威に対抗すべ

きとの意見があったと言われている75。もし台湾が後者の選択肢を採れば、中台間には台湾がミ

サイル防衛を配備した場合よりも激しい軍拡競争が生起すると考えられる。中国と北朝鮮は、

東アジアの軍拡競争の根本原因がミサイル防衛にあるのではなく、自国の弾道ミサイル増強に

あることを認識しなければならない。日本や台湾のミサイル防衛構想は、単に両国の弾道ミサ

イル増強に対抗するものに過ぎないのである。

 ミサイル防衛と軍拡競争の関連でさらに言えば、中国は、日本がNTWDを配備する、しないにかかわらず弾道ミサイル戦力の増強を進めると見るべきである。中国の弾道ミサイル整備計

画は、日本のミサイル防衛のみによって決定されるわけではない。米国、ロシア、インドなど

のミサイル戦力の動向も、日本のミサイル防衛と同様、決定要因となっているはずである。

Missile Defense (TMD) in North East Asia, pp. 25, 45, 48, 53, 60. ロシアからの批判については、例えばAlexei Arbatov, “The ABM Treaty and Theater Ballistic Missile Defense,” Stockholm InternationalPeace Research Institute, SIPRI Yearbook 1995: Armaments, Disarmament and International Security (NewYork: Oxford University Press, 1995), p. 691.それに Arms Control Association, “News Brief,” Arms Con-trol Today, Vol. 29, No. 5 (July/August 1999), p. 31.72 NTWDに関連して日本の軍事大国化を批判しているのは北朝鮮のみ。73 中露両国からの批判。74 中国からの批判。75 Arthur S. Ding, “China’s Concerns About Theater Missile Defense: A Critique,” The NonproliferationReview, Vol. 6, No. 4 (Fall 1999), pp. 96-97.

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 また、日中間の地理的近接性や完璧性を期し難いミサイル防衛の特質を考慮すれば、日本の

NTWDが中国の報復能力を総て取り去ることは考えにくい。言い換えれば、日本がNTWDを配備しても中国の究極的な対日核抑止力は残るはずである。さらに言えば、中国は、無条件の核

の先行不使用、並びに同じく無条件の消極的安全保障を宣言している76。にも拘わらず、日本の

NTWD研究に批判を繰り返すのは、はからずも中国が日本を核ミサイル攻撃の目標に据えていることを露呈することになる。要するに、日本のミサイル防衛が戦略環境の悪化をもたらすと

の中国や北朝鮮の批判は、両国が弾道ミサイルを配備することによって得られた一方的な対日

軍事優位が脅かされることを恐れてのことにすぎない。 

 中国、北朝鮮に対するもう一つの反論を付け加えると、中国、北朝鮮ともに、弾道ミサイル

を配備・増強するのみならず、公然と弾道ミサイル本体や関連資機材を輸出し続けたり(北朝

鮮)、あるいはミサイル関連資機材の輸出疑惑をもたれている国(中国)である77。こうした国

家が、弾道ミサイルを保有しない日本のような国家がミサイル防衛研究を進めることに批判を

加えること自体、受け入れ難いと言わなければならない。

 NTWDが戦略弾道ミサイルを迎撃する潜在能力を有するとのロシアや中国の批判については、確かに、米国の弾道ミサイル防衛局(BMDO)が99年6月に米連邦議会に提出した報告書のなかで、NTWD(ブロックⅡ)がNMD用のセンサーを利用した場合、北朝鮮などの懸念国の長射程弾道ミサイルを迎撃できること、またNMD用のセンサーに加え、迎撃ミサイルの高速化や追尾能力を向上させれば、事故や誤認に基づく中露の戦略ミサイル発射に対しても迎撃能力を

持つ可能性のあることを示唆している78。しかしながら、ロシアは、97年9月に米国との間で締

結したABM/TMD区分合意を思い起こさねばならない。秒速3km以上の飛翔速度を持つ迎撃ミサイルを用いる高速TMDについて定めたABM/TMD区分合意の第2合意声明には、NTWDなどの高速TMDを配備するにあたっての原則が定められている79。その1つは、ABM条約当事国の戦略弾道ミサイルに「現実的(realistic)80」な脅威を及ぼす高速TMDを配備しない、としているのである。さらに中国の批判について反論すると、同じBMDOの報告書は、NTWDに中露のICBMやSLBMを本格的に迎撃する能力を付与するためには、新たな技術開発を含めたNTWD計画の再編と大幅な追加予算が必要と述べているのである

81。要するに、NTWD計画は、未だ技

76 Li Daoyu, “Foreign Policy and Arms Control: The View from China,” Arms Control Today, Vol. 23, No. 10(December 1993), p. 9. また、藤田、浅田編、前掲書、108頁。77 J. Peter Scoblic, “News and Negotiations: China Issues Missile Export Pledge; U.S. Says It Will WaiveSanctions,” Arms Control Today, Vol. 30, No. 10 (December 2000), p. 23およびJohn Pomfret, “U.S. ProtestsExports of Missiles by China,” The Washington Post, July 27, 2001を見よ。78 U.S.Department of Defense, Ballistic Missile Defense Organization, “Summary of Report toCongress on Utility of Sea-Based Assets to National Missile Defense,” June 1, 1999, pp. 3-4.79 モスクワ合意を指す。80 戦略弾道ミサイルに対する高速TMDの「現実的」な脅威とは、合意文書から判断する限り、飛翔速度が毎秒5kmを超えるか、あるいは射程が3,500kmを超える弾道ミサイルに対して迎撃実験を行い、そうした弾道ミサイルに対する迎撃能力を確認した高速TMDが持つ能力のことを指す。

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術研究の段階にあり、NTWDで使用される迎撃ミサイルが戦略弾道ミサイルを迎撃する潜在能力を持つか否か判断できない。NTWDに関する日米共同技術研究がMTCRに違反するとの批判に対しても同様のことが言える。

 ミサイル防衛に関する日本国内の議論は、NTWDなど弾道ミサイル防衛に集中しているが、巡航ミサイル防衛(CMD)の重要性も忘れてはならない。巡航ミサイルは、空気吸入エンジンを動力とし、空気力学的揚力によって低空を飛行する自動誘導ミサイルである。搭載兵器は通

常弾頭が中心であるが、米露などは核兵器も搭載する巡航ミサイルを配備している。世界の巡

航ミサイル保有国は約70カ国にものぼり、そのうち約40カ国は開発途上国である82。東アジア

の主たる巡航ミサイル保有国は、ロシア、中国、北朝鮮であるが、中国と北朝鮮は、近年、対

艦巡航ミサイルの発射実験を実施しており83、巡航ミサイルの強化にも力を注いでいるようであ

る。今日の中国、北朝鮮の巡航ミサイルは通常弾頭搭載型であり、対艦ミサイルが主体となっ

ているが、将来、核弾頭(中国)、あるいは化学兵器弾頭(北朝鮮)を搭載した対地攻撃型巡

航ミサイルが配備されることも想定される。

 巡航ミサイルは、弾道ミサイルに比べ、安価な上に命中精度の向上や射程の延長が容易であ

る84。また、同じく弾道ミサイルに比べ、化学兵器の運搬手段に適している85。北朝鮮などが保

有する巡航ミサイルは、中国のHY-2シルクワーム巡航ミサイルを原型とする対艦巡航ミサイルであるが、射程を延長するとともに命中精度を改善して対地攻撃用として改良されれば、日本

に大きな脅威をもたらすことも想定される。例えば、朝鮮半島で武力衝突が生起した際、北朝

鮮が、日本による米軍支援を阻止するために、海上や空中発射の化学兵器搭載巡航ミサイルを

用いて対日恫喝を企てることも考えられる。

 米国のTMD計画の一環として開発されているPAC-3は、巡航ミサイルに対しても一定程度の迎撃能力を有するとされているが、巡航ミサイルは、弾道ミサイルと異なり、低空で飛行す

る自動誘導ミサイルであるため、常にレーダーで捕捉できるとはかぎらない。また、発射のシ

グナルをつかみにくいし、発射地点も定まっていない。したがって、PAC-3のほか、別途、防

81 Ballistic Missile Defense Organization, “Summary of Report to Congress on Utility of Sea-BasedAssets to National Missile Defense,” p. 4.82 Dennis M. Gormley, “Hedging Against the Cruise-Missile Threat,” Survival, vol. 40, no. 1 (Spring 1998), p. 95.83 中国は、2001年9月中旬、ロシアから購入したSS-N-22対艦巡航ミサイルの発射実験を行っている。SS-N-22は射程約130キロメートルで、通常弾頭のみならず核弾頭も装填可能。Bill Gertz, “China TestsSupersonic Anti-Ship Cruise Missiles,” The Washington Times, September 25, 2001.また、北朝鮮は、94年6月の時点で、射程約160キロメートルの対艦巡航ミサイルの発射実験を実施している。Dennis M.Gormley, Dealing with the Threat of Cruise Missiles, Adelphi Paper 339, (New York: Oxford UniversityPress, 2001), pp. 27-28.84 Gormley, “Hedging Against the Cruise-Missile Threat,” �p. 95.85 Ibid., p. 96.

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衛手段を講ずることが必要である。巡航ミサイルを迎撃するためには、巡航ミサイルの飛翔航

路に沿って縦深的に迎撃することが効果的と言われている86。そのためには、戦闘機や地上基地

から個別的に迎撃ミサイルを運用するのではなく、早期警戒管制機(AWACS)など早期警戒能力を有する航空機に一元的な戦闘指揮能力を付与し、空中、地上、並びに海上発射ミサイルを

連繋して運用する戦闘管理システムを創り上げることが肝要であろう。今日、日本の防空体制

は、陸上自衛隊のホークによる低空域防空、航空上自衛隊のPAC-1、PAC-2による高空域防空、海上自衛隊のイージス艦などを中心とした海上防空など、個別に実施されているが、新た

に一元的な戦闘指揮能力を付与された早期警戒機あるいはイージス艦の下、これら三部隊の防

空能力の一部を統合運用することが望ましい。

7 おわりに

 これまで検討してきたように、日米がミサイル防衛を開発・配備すれば、 ①米国の地域紛争

介入能力の確保(NMD、TMD)、②極東有事における日本の対米防衛協力の確保(TMD)、③軍事的効用が高まってゆく通常弾頭搭載弾道ミサイルに対する日米の対処能力の向上

(NMD、TMD)、それに④拒否的抑止の効果を生み、報復的抑止と相俟って総合的な抑止力の強化につながる(NMD、TMD)、などの軍事的意義をもたらす。しかしながら、既に述べたように、ミサイル防衛は、それを配備する国家や迎撃対象となる

国家、あるいはミサイル防衛の種類・配備形態次第によっては、軍事的意義が異なってくるこ

とを忘れてはならない。すなわち、相互抑止関係にない懸念国の弾道ミサイルを迎撃すること

を目的とした米国のミサイル防衛は、懸念国との関係においては、米国の同盟国向けの軍事コ

ミットメントの信頼性を確保するなどのメリットをもたらすが、同時にその配備形態や配備量

如何によっては、ロシアや中国の報復能力を削ぐことになり、戦略的な不安定要因となりかね

ないのである。

 NMDやTMDなどミサイル防衛を開発・配備しても、飛来する弾道ミサイルやその弾頭を迎撃することの技術的難しさを考慮すれば、弾道ミサイルの脅威を完全に封じ込めることは難しい。

また、経済力や技術の国家間比較が難しいことなどが災いして、費用対効果の面で弾道ミサイ

ルや巡航ミサイルがミサイル防衛よりも優れていると認識され続ける限り、ミサイル防衛の配

備はミサイルの増強を促すだけに終わりかねない。しかしながら、ミサイル防衛は、実際に発

射されたミサイルに対処できる唯一の積極防衛手段である。また、ミサイル防衛は、ミサイル

攻撃の成否に影響を及ぼすものであることから、原則的には、拒否的抑止力の向上に資する兵

86 Ibid., p. 102.

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器システムである。

 これまで、弾道ミサイルや巡航ミサイルの拡散防止やその脅威に対処するために、MTCRなどの輸出規制、軍備管理を含む外交上の施策、報復的抑止、それにミサイル戦力に対する先制

攻撃など様々な方策がとられ且つ検討されてきた。しかし、これらの施策をもってしても、類

い希な打撃力、戦闘作戦行動の多様化、それに抑止力の確保など、ミサイルを配備することに

よって得られる軍事的利点が見いだされる限り、ミサイルの開発・配備は続く。こうしたミサ

イルの増強に対処するには、同じくミサイルを開発・配備して、相手に対し同様に脅威を与え

て軍備管理・軍縮交渉のテーブルに着かせるか、あるいはミサイルを直接迎撃するミサイル防

衛を配備する以外に方法はないのである。           

 (2001年11月7日脱稿)

追 記ABM条約の取り扱いをめぐってロシアとの合意をとりつけることを断念したブッシュ大統領は、2001年12月13日、同条約からの一方的離脱をロシアに通告した。米国がABM条約からの離脱声明を出したことから、6カ月後の2002年6月13日以降、米国はABM条約の規制を受けずにNMDの開発、実験を行うことが可能となる。同時に、ABM条約の存続を前提に纏められた「ABM条約に関する第1、第2合意声明」も死文化することになる。その結果、TMD開発を規制する法的枠組みはなくなり、TMDの成否は、米国および日本など米国と共同技術研究(開発)を進めている同盟国の技術力や財政力、さらにはミサイル防衛に反対してきた中国やロ

シアなどが今後いかなる対抗手段をとるかにかかってくる。

 ブッシュ政権のABM条約離脱声明に対するロシア、中国の反応は、今日までのところ、抑制されたものになっている。プーチン大統領は、米国がABM条約から離脱する決定を下したことを「誤り(mistake)」と称する一方で、その決定がロシアの安全保障の脅威にはならないと述べている87。また、中国も米国の条約離脱に対する直接的な非難声明や対抗措置に触れていな

い。中国外務省は、国際的な軍備管理・軍縮と世界の戦略的安定の維持が極めて重要であり、ミ

サイル防衛問題に対する中国の立場が一貫している88、との主旨の談話を発表したに過ぎない。

ロシア、中国がこうした控えめの反応を示したのは、両国とも経済発展を期すためには、当面、

米国との協力関係を欠くことができないこと、ミサイル防衛は開発段階にあり、具体的な配備

形態が不明であること、さらにはミサイル防衛が配備されても突破手段を含めたミサイル防衛

87 The U.S., White House, “Statement of the Press Secretary, Response to Russian Statement on U.S.ABM Treaty Withdrawal,” December 13, 2001.88『日本経済新聞』2001年 12月 15日(朝刊)。

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を凌駕する軍事手段への自信、などがそうした抑制された対応の理由かもしれない。しかし、

NMDは、迎撃能力、配備量、さらにはその残存性次第では、米露、米中間の力関係を大きく変容させる潜在力を有している。したがって、米国のミサイル防衛に対する中露の真の姿勢が見

られるようになるのは、米国のNMD計画の概要が明らかになってからのことであろう。