方言家族以外の人の呼び方の その2 その1 - komatsuー133ー ー132ー 連載 126...

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ー 130 ー 連載 124 2008年7月号 27 35 使使使Vraga Vraraga 使使使URALA URALA 使RALA 姿ー 131 ー 連載 125 2008年8月号 使使使

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  • ー 130 ーー 131 ー

    連載124

    2008年7月号

    家族以外の人の呼び方の

    方言 その1

     今回は、前回までの〈教育に関する方

    言〉とも関係の深い〈人の呼び方〉に関す

    る方言を取り上げたいと思います。ただ

    し、〈人の呼び方〉の中でも、本連載の27回

    (2000年6月)から35回(2001年

    2月)にかけてすでにご紹介した、家族の

    「祖父」「祖母」「父」「母」「兄」「姉」の呼び

    方、そして「男の子」「女の子」「お転婆」の

    呼び方の方言は除きます。

    自分をさすウラと「こまつ芸術劇場うらら」

     人の呼び方の方言として、まずウラか

    ら見ることにしましょう。

     ウラは北陸地方では福井県から石川県

    加賀地方に使われた、自分をさして言う

    場合の自称代名詞の方言です。小松でも

    男女ともに使われた方言です。最近では

    共通語形ワタシの普及で、ウラを使う人

    はあまりいなくなりましたが、『日本方言

    大辞典』(小学館)によれば、ウラは北陸地

    方以外にも、関東地方の一部から中部地

    方、そして近畿・中国・四国地方の広い範

    囲に分布していることがわかります。

     ウラというと、今では、いかにも変わっ

    た言い方と思われがちですが、もともと

    は「おいら」から変化した「おら」の「お」が

    「う」に変わった形と考えられています。

    「うら」は、中世末期にキリスト教布教

    のために日本にやってきたポルトガル人

    宣教師たちが残したキリシタン資料(当

    時の京都語の様子を知る貴重な資料と

    されています)の一つである『日にっぽ葡

    辞書』

    (1603年)に、「Vraga

    (ウラガ)。また

    は、Vraraga

    (ウララガ)。〈訳〉俺おれが。卑しい

    人々が使う語」(『邦訳日葡辞書』による)

    とあり、中世末期には京都で庶民語とし

    て自分をさす言葉として用いられていた

    ウラ、ウララが、福井を経由して石川にも

    伝わったものと考えることができます。

    小松でもウラのほか、ウララも使われま

    した。ウララというとウラの複数形、つま

    り「私たち」の意味と思われそうですが必

    ずしもそうではなく、『日葡辞書』にもあ

    るように、「私」一人をさしてウララが使

    われることもあります。この点は、福井県

    の方言でも同じです。

     ところで、ウラと言えば、石川県こまつ

    芸術劇場の愛称「うらら」を思い出す人

    も多いでしょう。劇場のホームページには

    「うらら」の名付けの理由は載っていま

    せんが、確か「私(たち)」をさす方言の「う

    らら」も意識した(ほかには「麗うららか」の

    「うらら」も意識した)名付けだったよう

    に記憶しています。

     余談ですが、これと同じ発想は、福井

    県を代表するタウン誌『月刊U

    RALA

    』の名

    前にも見られます。このU

    RALA

    (ウララ)

    も、「自分(たち)」をさす福井方言のウラ

    ラの意味が込められていると聞いていま

    す。自分をさして使った方言ウラには特

    別な思い入れがあるようです。ただ、ウラ

    ラをローマ字で表記して(しかもRA

    LA

    ララの部分をいかにも意味ありげにRと

    Lで書き分けて)いるところが、日本人の

    外国語・外来語嗜し好の姿が垣間見えて、

    少々気に入りません。

     今回はウラ、ウララの話で終わってし

    まいました。家族以外の人の呼び方の方

    言は次回に続けます。

    ー 131 ー

    連載125

    2008年8月号

    家族以外の人の呼び方の

    方言 その2

     前回は、自分(自分たち)をさすウラ(ウ

    ララ)の話で終わってしまいましたが、今

    回もそんな家族以外の〈人の呼び方〉の方

    言をご紹介します。

     自称代名詞はウラ(ウララ)のほかに、

    女性が使うワテがあります。また対称代

    名詞には、目下に使うワレ(複数形はワッ

    ラ)のほか、最近はアンタ(アンタラ)がよ

    く使われます。

    オジは「伯父・叔父」にあらず

     共通語でオジと言えば親の男兄弟の

    総称ですが、小松を含む北陸地方では男

    兄弟の「弟」をさす言い方として知られて

    います。もちろん、小松市内での「弟」の言

    い方にはオジ以外の方言もあり、オジボー

    (大杉、符津など)、オッサ・オッサマ(尾小

    屋)、オッサボ(符津)などが聞かれました。

    ただし、日本語の親族呼称には、自分より

    年下の者を呼ぶとき(呼称)は名前で呼ぶ

    というルールがありますので、これらは

    すべて人に説明するときの言及称です。

     大杉では「二番目の弟」をニバンオジ、

    「三番目の弟」をサンバンオジとも言った

    ようです。「下の弟」をチサボーとも言い

    ました。

     では、「弟」をオジのように言うとした

    ら、本来の「伯父・叔父」のことはどう言っ

    たのでしょうか。両方ともオジと言って

    同音衝突を起こしていたのかというと、

    そうではないようです。例えば、大杉で

    はオッサマ(伯父・叔父)対オジ・オジボー

    (弟)のような区別が聞かれましたし、尾

    小屋ではオッチャン・オッサン対オッサ・

    オッサマ、符津ではオッチャン・オジサン

    対オッサボ、龍助町ではオッサマ・オッサ

    ン対オッサ・オッサボ、オジボー、安宅では

    オジサン対オッサ・オッサボのような区別

    が聞かれました。

     一方、「伯母・叔母」の呼称・言及称は、オ

    バサン、オバチャン、オバサ(大杉)などで

    す。

    コッパオジは男兄弟の末っ子

     性別に関係のない「末っ子」の総称(言

    及称)はオトゴです。

     それに対して「男兄弟の末っ子」の言

    及称には、コッパオジ(大杉、尾小屋、龍

    助町)、コッパ(尾小屋、龍助町)、オトン

    ボ(安宅)などが聞かれました。中でも、

    コッパオジ・コッパは卑称的で、コッパとは

    「木っ端」のことですから、人間扱いされ

    ていないかのようでかわいそうな気がし

    ます。

    「孫」「曾ひまご孫」「玄やしゃご孫」などの言及称は?

     小松では「孫」はほとんどマゴです。そ

    れに対して「曾孫」はヒコです。ヒコとは、

    もともと「曾孫」の雅語であったヒヒコか

    らの変化形と言われます。「玄孫」のこと

    は、大杉でマタゴ、尾小屋でシャシャゴ、符

    津でチャシャゴという言い方を聞きまし

    た。

     「実子」はワガコ(我が子)、「養子」はモ

    ライゴ(貰い子)、ヤシナイゴ(養い子)で

    す。逆に養子から見た「義理の親」のこと

    は、ヤシナイオヤ(大杉)と言います。「継

    父」はママチチ、「継母」はママハハです。

  • ー 132 ーー 133 ー

    連載126

    2008年9月号

    家族以外の人の呼び方の

    方言 その3

     前回、前々回に続いて今回も家族の「祖

    父」「祖母」「父」「母」「兄」「姉」を除く〈人の呼び

    方〉の方言を取り上げたいと思いますが、

    その前に前々回取り上げたウラ(自分をさ

    す言い方)に関連した話題から始めます。

    大杉のゲァは白山麓の白峰方言につな

    がる?

     前々回に「自分」のことをさすウラ(複数

    形はウララ)を取り上げたときに合わせて

    ご紹介すべきでしたが、小松市内でも東部

    山間地の大杉で、女性が主に使ったという

    自称代名詞のゲァ(ゲア、ギャー、ゲーなど

    の発音も)という珍しい形を聞きました。

     その由来等についてはっきりは分かって

    いませんが、周囲の方言とは異なる特徴を

    多く持つことから、専門家の間で石川県の

    「言語島」(「言語の島」とも)として知られ

    る、白山麓の白峰方言の自称代名詞ギラ、

    そしてギラからの音声変化形として40歳

    代以下の若い男性に使用が見られるギャー

    に酷似している点が注目されます。このこ

    とは、その歴史的・地理的条件から、大杉、そ

    してさらに奧の旧新丸村(丸山・花立・新保)

    が、峠越えで白峰との交渉があったらしい

    ことと関係があるかもしれません。

    「婿」と「嫁」、その他

     小松市内では、「婿」のことはムコサン、

    「嫁」のことはヨメサンという言い方が一

    般的です。それぞれのことを話題にして

    話すときに使われる言及称です。ムコサ

    ン、ヨメサン以外では、尾小屋でムコサ、

    大杉でヨメサという言い方も聞かれまし

    た。龍助町や安宅町ではムコドンも聞き

    ました。龍助町では、ムコドンが一般的言

    い方で、ムコがそれよりもぞんざいな言

    い方、ムコサは逆にそれらよりも丁寧な

    言い方とのことでした。

     「夫婦」のことはミョートという言い方

    が一般的で、妻が夫をさして言う言及称

    には、「父親」に対するトート、ツーツなど

    の呼称・言及称のほか、ダンナン、ダンナ、

    ウチノヒトなど、逆に、夫が妻をさして言

    う言及称には、「母親」に対するカーカ、

    オッカーなどの呼称・言及称のほか、ヨ

    メ、そしてジャーマ(大杉ではジャーマは

    使わないとのことでしたが)などが聞か

    れました。結婚しない「独身」の人のこと

    は、ヒトリモン、ヒトリミです。

     婿や嫁の立場から言う「舅しゅうと」は

    オトコ

    ジュート、「姑しゅうとめ」はオンナジュートと言った

    ようです。「養父母」のことはギリノオヤ、

    ヤシナイオヤです。

     「夫をなくした女性」は、ゴケサン(尾小

    屋ではゴケサとも)、ゴケで、「妻をなくし

    た男性」はヤモメですが、符津ではヤマメ

    とも言ったようです。「やもめ」は本来、配偶

    者をなくした男女のどちらもさしました

    が、「妻をなくした男」をさすのが普通で、

    符津のヤマメはヤモメの音変化形です。

     アトゾイは「再婚相手」のことです。「継

    母」はママハハ、「継父」はママチチと言い、

    そのどちらもさしてママオヤという言い

    方もしたようです。ママコは「継母」から

    見た子どもをさします。

     以上、〈人の呼び方〉に関する方言を三

    回にわたって見てきました。次回は別の

    テーマにします。

    ー 133 ー

    連載127

    2008年10月号

    道具に関する方言 その1

     今年も早10月を迎えました。秋といえ

    ば台風の多い時期だったはずですが、こ

    れも異常気象のせいか、最近は北陸を襲

    う台風がめっきり少なくなりました。そ

    んな中で、田を黄金色に染めていた稲の

    刈り入れも早場米地帯の北陸では、ほぼ

    終わりを迎えます。

     昨年4月から8月にかけて5回にわ

    たって〈農業に関する方言〉をご紹介しま

    したが、今回は道具の中でも、農業と関連

    した道具類から取り上げてみたいと思い

    ます。

    オドシとは恐きょうかつ喝のことではなく案かか

    し山子

    のこと

     文部省唱歌に「♪山田の中の一本足の

    かかし 天気のよいのに みの笠かさつけて

    …♪」と歌われた秋の風物詩「かかし」の

    ことをオドシと言いました。「かかし」を

    さすオドシは、小松をはじめとする北陸

    地方の広い範囲で聞かれます。オドシと

    言えば、今では「恐喝」のことをまず思い

    浮かべますが、実った田の稲をついばみに

    くる雀すずめなどの鳥をおどすのでオドシと

    言ったわけです。したがって、オドシは「か

    かし」に限らず、鳥をおどすための道具

    全般をさして使われた言葉です(筆者も

    福井の農家で育ちましたが、子どものこ

    ろ見た、田に張り巡らしたキラキラ光る

    テープのようなものもオドシと言ってい

    ました)。

    トーミは「唐とうみ箕」

     トーミ(トミと発音される場合も)とい

    うのは、豆や籾もみ、麦などの穀物を上から入

    れて、風を起こす羽板を手で回して回転

    させ、その風で軽い殻を飛ばして、実と殻

    を選より分けるための農具です。以前はど

    の農家にもあったものですが、最近では

    めったにお目にかかれなくなりました。

     もともと「唐箕」の字が当てられ、小松

    に限らず全国でこう呼ばれましたので方

    言と言うべきではないようにも思います

    が、その道具自体がほとんど使われなく

    なって、共通語の世界でも一般の人の理解

    語からは消えつつあり、農村部を中心に

    かろうじて理解され、使用されていると

    いう点で、方言に近い存在になっているよ

    うに思いましたので、取り上げてみまし

    た。

     トーミではなく、普通の箕み(穀物を中に

    入れ、上下に振り動かした勢いで、塵ちり・殻な

    どを飛ばすようにして取り除く道具)で

    塵・殻などを取り除くことをアオツと言っ

    たようです。それに対して、トーミを使っ

    てアオツことは、トミアオチと言ったそう

    です。市内南部の符津で聞いた言葉です。

    収穫した野菜などを入れたテゴ

     最近では使う人もめっきり少なくなり

    ましたが、以前は農家ですと大抵の家に

    テゴと呼ばれる入れ物がありました。テ

    ゴとは口が丸い形の藁わら製の入れ物で、肩

    からかけて使いました。筆者も子どもの

    頃は、畑で収穫した野菜を入れたり、春の

    山菜採り(ぜんまいや蕨わらび採り)などでよく

    使ったものです。

     〈道具に関する方言〉は次回に続けま

    す。

  • ー 134 ーー 135 ー

    連載128

    2008年11月号

    道具に関する方言 その2

     今回も主に農業と関連した道具類の方

    言を取り上げます。

    鎌かまの種類と方言

     草刈り用の小型のクサカリガマに対し

    て、木の枝などを切るための刃の厚い大

    型の鎌を符津でキガマ、大杉・尾小屋でネ

    カリガマ、大杉でシタカリガマなどと言っ

    たようです。それぞれ「木鎌」、「根刈り鎌」、

    「下刈り鎌」の意味でしょう。

     稲刈り用の、刃が鋸のこぎりの

    ようになった鎌

    は、場所によってイネカリガマ(「稲刈り

    鎌」の意)、ターカリガマ(「田刈り鎌」の

    意)、ノコギリガマ(「鋸鎌」の意)などと

    言ったようです。ちなみに、「鋸」のことは

    ガンド、ガンドーなどと言います。

    鍬くわの種類と方言

     鍬の種類としては、田の畦あぜ塗りに使う

    ヨツグワ、ヨッツグワ(鍬の刃先が四つに

    分かれたもの)、畦塗りの仕上げに使うア

    ゼヌリグワ、土起こし用の刃先が三つに

    分かれたミツグワなどがあります。

     鍬と関連しては、マクワ、クソクワとい

    う面白い言い方を符津で聞きました。マ

    クワとは、右利きの人が左手を手前にし

    て鍬を持つことを言い、逆に、右利きの人

    が右手を手前にして鍬を持つことをクソ

    クワと言うとのことでした。

    「熊くまで手」の方言ビブラの語源は不明

     「熊手」とは長い柄の先に熊の手のよう

    な先の曲がった鉄の爪をつけた道具のこ

    とです。同じような形で竹製のものもあ

    り、落ち葉などを掻き集めるのに使われ

    る道具です。今でも屋外の掃除で使われ

    ることが多いので、「熊手(クマデ)」の名

    前を知っている人は多いでしょうが、一方

    で、ビブラという方言を知らない人が確

    実に増えています。「熊手」の方言ビブラ

    は、その発音が変化した形を含め、福井・

    石川・富山の北陸三県と新潟県にその分

    布が見られました。ビブラに似て、田の土

    をならすための鉄製の熊手状の農具を符

    津などではカクサキと言ったようです。

    「石臼うす」「篩ふるい」などの方言

     「石臼」のことはヒキウスと言います

    が、そのヒキウスで挽ひいたものを粉と皮

    に分けるときに使う、最も目の細かな篩

    をスイノと言いました。スイノと逆で、目

    の粗い篩をトーシカゴ、米用の篩をケン

    ドンと言ったとのことです。

     「藁わらを打つ槌つち」のことはワラカチキネ、

    ワラカチです。ここでのカチは、「うつ、殴

    る」の意味の動詞カツの連用形にあたる

    ものです。

     「(肥料にする糞尿を運ぶための)肥こえおけ桶

    は、タゴケ、タモケ、コヤシオケなどと呼

    ばれました。

     「背負って物を運ぶための木製の道具」

    には、大杉でセータ(「背板」から)、尾小屋

    でセナカチ(「背中当て」から)、符津でニ

    ドラなどの名を、また大杉では、物を背負

    うときに、主に男性が使った藁製の厚い

    背中当てのカンザ、主に女性が使った薄い

    背中当てのコモの名を聞きました。

     〈道具に関する方言〉は今回で終わりま

    す。

    ー 135 ー

    連載129

    2008年12月号

    勤怠に関する方言

     いよいよ今年も師走を迎えました。今

    年最後の回の〈勤怠〉というテーマは一見

    難しそうに思われるかもしれませんが、

    わかりやすく言えば〈勤怠〉とは「一所懸

    命励むことと怠けること」ということで、

    それらに関する方言を取り上げてみま

    す。

    「励むこと」に関連する方言

     一所懸命仕事に励むような真面目な人

    のことを、マメナ人と言います。マメナは

    また、「マメニ〜する」のような言い方で、

    「頻繁に」といった意味でも使われます。

     大杉で聞いた表現に、「手が(よく)動

    く」にあたるテガ

    イノクがあり、共通語

    で言う「まめな」ことを表します。同じく

    大杉で、「仕事が早い、人より多く仕事を

    すること」をさすというテガッショナと

    いう言い方も聞きました。テガッショナ

    については、粟津方面で同様の意味のテ

    ゴーシャナ(「手(が)巧者な」に由来する)

    という言い方があるとの情報を得ました

    ので、テゴーシャナがテゴッシャナ、テゴッ

    ショナのような形を経て変化したものと

    考えられます。

     リキムは「力を入れる」の意味もありま

    すが、転じて「頑張る」の意味が生じて、リ

    キンデ スル(頑張ってする)のようにも

    使われます。

     ショワシナイは「せわしない」の発音が

    変化した形で「忙しい」の意味になります

    が、似た意味で大杉ではアッシェゴシ、尾

    小屋でアシェゴシェーという珍しい言い

    方が聞かれました。アッシェゴシ、アシェ

    ゴシェーのアッシェ、アシェは「焦り」の「あ

    せ」に通じる形かもしれません。

     一所懸命仕事に励むためには健康で、

    丈夫であることが大切です。そんな「元気

    な、体が丈夫な」といった意味で、ソクサ

    イナが使われます。「元気で健康な」様子

    を表す方言のソクサイナは、小松に限ら

    ず、石川県内の広い範囲で今も方言とし

    て使われています。ソクサイは、「無事」の

    意味の漢語「息災」に由来します。かつて

    の中央語であり、現代共通語でも使われ

    なくはありませんが、共通語では極めて

    限られた場面での使用となっています。

    「怠けること」に関連する方言

     一方、「怠け者」をさす言い方として、符

    津でシェナハゲという言い方を聞きまし

    たが、語源は不明です。

     「酒ばかり飲んで怠けている人」はドン

    ダクレです。ドンダクレは「飲んだくれ」

    の最初の「の」の﹇n

    ﹈有声歯茎鼻音)が、発

    音の仕方の似ている「ど」の﹇d

    ﹈(有声歯

    茎破裂音)に変化した形です。尾小屋では、

    「怠け者」のことをドンダクモン(「どう

    らくもん(道楽者)」からの変化)とも言っ

    たそうです。

     ドンダクレに似た言い方では、尾小屋

    でドンダフルという動詞を聞きました。

    ドンダフルというのは「仕事をしないで

    遊んでいる」ことをさす言い方だそうで、

    ドンダフッテ

    ヤーナンネ(仕事をしない

    で遊んでいて嫌だね)のように言うとの

    ことでした。「横着な人」はオーチャクモ

    ンです。

  • ー 136 ーー 137 ー

    連載130

    2009年1月号

    難易に関する方言

     あけましておめでとうございます。本連

    載がスタートした98年4月から数えて足

    かけ12年目の年を迎えました。今後も引き

    続き、小松のさまざまな方言をご紹介して

    いきたいと思いますので、ご愛読ください。

     さて、アメリカのサブプライムローン

    に端を発した金融危機は日本経済にも大

    きな影響を与え、自動車業界の大量リス

    トラ、就職内定学生の内定取り消しなど、

    多くの深刻な社会問題を抱えながらの難

    しい年越しとなりました。そんなわけで、

    今回は、「難しい」こと、そしてその反対の

    「易しい」ことに関する方言を取り上げ

    ることにします。

    ムツカシーとラクヤ、ラクナ

     「難しい」は少し発音が変わってムツカ

    シーと言います。例えば、ムツカシー ヒ

    トヤ(難しい人だ)のように使われま

    す。逆に「易しい」ことはラクヤ、ラクナー

    (「楽や・楽な」)のように言います。

    ジャマナイは気づかれにくい方言の一つ

     筆者が金沢に来て間もないころの話で

    す。ある銀行のキャッシュコーナーで操作

    に手間取っていたら、そばにいた係の男

    性に「ジャマナイカ?」と言われて、一瞬戸

    惑ったことを覚えています。まだ金沢の

    方言に慣れていなかったので、なぜ「邪魔

    じゃないか?」と言われるのかと不思議

    に思ったのです。

     小松の方言でも使われるこのジャマナ

    イが「大丈夫」の意味だということは間も

    なく知りましたが、銀行の係の人が初対

    面の筆者に「ジャマナイカ?」と語りかけ

    たのは、その人が「大丈夫」の意味のジャ

    マナイを方言だと気づいていなかった(ど

    こでも通じる言葉だと思っていた)せい

    だろうと思います。共通語でも「邪魔」「邪

    魔じゃない」といった言い方をするので、

    「大丈夫」の意味のジャマナイも共通語だ

    と思っている人が少なくないのです。方言

    研究者は、このようなものを「気づかれに

    くい方言」「気づかない方言」などと呼ん

    で注目しています。方言だと気づかれに

    くいせいで、若い世代にも受け継がれ、使

    われ続けているケースが多いためです。

     「苦しく困難な目にあう」の意味のナン

    ギスル、「困難な」の意味のナンギナのナ

    ンギは、いずれも「難儀」で、共通語の話し

    ことばではめったに使われませんが、小松

    ではまだ方言として生きているのです。

    アバヨの語源は「塩あんばいよ

    梅良う」

     「調子、具合」のことをアンバイと言い

    ます。アンバイガ ワルイで「体の具合が

    悪い」といった意味にもなります。アンバ

    イは「塩梅(ゑんばい)」と「按排(あんば

    い)」の混合した語と言われています。

     小松の方言ということではありませ

    んが、「さようなら」の意味の俗語的表現

    として使われることのあるアバヨは、別

    れのあいさつとして用いられたアンバイ

    ヨー(具合よく)の短縮形なのです。

     「何かが不足していて困る」ことを、フ

    ンジョナと言いました。フンジョナは「不

    自由な」の発音が変化した形です。

     次回は〈経済〉に関する方言を取り上げ

    ます。

    ー 137 ー

    2009年2月号

    連載131

    経済に関する方言 

    その1

     世界的な経済不況の嵐の中で2009

    年がスタートしてはや1か月。そんな世

    相に合わせるわけではありませんが、今

    回は〈経済〉に関する方言、つまりお金に

    からむ方言を取り上げます。

    コー(買う)は中央語(京都語)の古い姿

     筆者の出身地福井県ではまず聞かれな

    いのですが、小松を含む石川県の多くの

    方言では、学校文法で言うところのアワ行

    (古典文法で言うハ行)五段動詞の基本形

    (終止形)がアロー(洗う)、モロー(貰もらう)の

    ような形になります。したがって、お金を出

    して「買う」という場合もコーとなります。

     これらの、アロー、モロー、コーなどの

    発音は、かつての中央語である京都語の

    歴史で言えば、中世の時代に起こった古

    い発音の変化が方言に残った例です。少

    し専門的な話になりますが、「洗う」にあ

    たるアロー、「買う」にあたるコーなどの

    発音がどのようにして生じたかを説明し

    ましょう。

     「買う」を例にすれば、古くはハ行四段

    動詞で基本形が「買ふ」だったものが、平

    安時代の11世紀ころに一般化したとされ

    る「ハ行転呼音」という現象(語中・語尾の

    ハ行音がワ行音に変化する現象)によっ

    て「買う」になり、さらに「買う」﹇kau

    ﹈に

    含まれるアウ﹇au

    ﹈連母音が中世に入って

    長音化してコーと発音されるようになっ

    たものです。西日本地域で共通語の「買っ

    て」にあたる方言形がウ音便形と呼ばれ

    るコーテになる(「買ひて」↓「買うぃて」↓

    「買うて」↓コーテ)のも同じような音声

    変化の結果です。

     西日本地域では、その後、音便形コーテ

    以外の基本形は文字表記に引かれて再び

    コーからカウに戻った地域が多いのです

    が、小松などの石川県内では古いコーの

    形を今に残しているというわけです。基

    本形がコーであるために、小松方言など

    では活用語幹がコで統一され、打ち消し形

    「買わない」にあたる形も伝統的方言で

    はコワン(西日本方言の一般的な形はカ

    ワン)となります。

    「お金」の意味のジェンは「銭」から

     ものをコー(買う)ためにはお金が必要

    ですが、「お金」のことは小松の方言でカ

    ネとかジェンと言います。ジェンは言うま

    でもなく「銭(ゼニ)」の最後の母音﹇i

    ﹈が

    脱落した形です。また、ジェンのように、

    現在のゼにあたる発音がジェとなる(セ

    もシェとなる)のも、中世末ころまで中央

    語(京都語)の標準的発音とされたものの

    残存です。ジェン ハロー(お金を払う)、

    デコト ジェンガ カカル(たくさんお

    金がかかる)のように使われます。

     そのジェンを数える、計算することはサ

    ンニョスルと言います。サンニョは「算さんよう用

    」が

    変化した形です。関連して、「利害の打算を

    する」ことをソロバンスルと言うようです。

    ものの値段のことは、ネダン以外にただネ

    (値)とも言います。ネの方が古い形です。

     「お金持ち」「資産家」のことは、ジェン

    モチ(「銭持ち」の意)、オヤケ(「大きな家」

    の意の「大おおやけ宅

    」から)、ダンショ(「檀だんなしゅう

    那衆」

    から)などと言います。「財産」のことはシ

    ンダイ(「身しんだい代

    」から)です。

  • ー 138 ーー 139 ー

    経済に関する方言 

    その2

     今回も前回に続いて〈経済〉に関する方

    言を取り上げます。

    「費用」の意味のゾーヨは「雑ぞうよう用」から

     あることにかかるお金、「費用」のこと

    をゾーヨと言います。例えば、ゾーヨ カ

    カル(「お金がかかる」の意)のように言い

    ます。

     「費用」のことをゾーヨと言うのは、小

    松を含んだ北陸三県に、新潟・岐阜、そし

    て近畿・中国・四国・九州北部地方などの

    西日本の広い範囲に及びます。これらの

    地域では、ゾーヨ以外にゾーヨーと最後

    を伸ばす形も聞かれることがあります

    が、これはもともと「雑用」(歴史的仮名遣

    いでは「ざふよう」)という漢語に由来す

    るもので、ゾーヨーの形は、中世末期の京

    都語を記録した『日にっぽ葡

    辞書』(1603)な

    どにも載っています。従って、小松のゾー

    ヨはゾーヨーから変化した新しい形とい

    うことになります。

    マンゾー、マンゾは「万まんぞう雑」から

     費用と言えば、ゾーヨと関連の深い方

    言にマンゾー(マンゾとも)があります。マ

    ンゾーとは、村の共通経費を分担して納

    めること、その分担金のことを言います。

    一般にお盆と年末の年2回徴収されま

    す。

     マンゾーには「万雑」の漢字が当てられ、

    『日本国語大辞典 第二版』(小学館)の

    「まんぞう(万雑)」の項によれば、「①『ま

    んぞうくじ(万雑公事)』の略。②江戸時

    代の北陸地方で、一般の課かやく役

    や村入いりよう用(

    費)をいう」とあり、富山県、石川県鹿島

    郡・羽咋郡、岐阜県大野郡の方言資料の存

    在が記されています。この記述から考え

    ると、「平安中期以来、公領・荘園の土地

    に賦ふか課

    されるようになった雑役(夫役)・

    雑ぞうもつ物(

    現物納)。また、転じてその賦課権」

    (『日本国語大辞典 第二版』の「まんぞ

    うくじ」の説明より)のことを言う「万雑

    公事」が中央から伝わり、北陸地方で語が

    略されるとともに、地方の生活の中で意

    味を変えた可能性があります。あるいは、

    先の「雑用」の語が中央から伝わった後、

    「万よろず

    の雑用」の意味で北陸地方で「万雑」

    という言い方が生まれた可能性もあるか

    もしれません。

    「算そろばん盤がツエー」ってどんな意味?

     お金に関する慣用句として、大杉でソ

    ロバンガ ツエー(算盤が強い)というの

    を聞きました。「お金の使い方が上手だ」

    という意味です。

     次回も〈経済〉に関する方言です。

    連載132

    ゾーヨがかかってる分、華やかですネ。(今年の成人式会場から)

    2009年3月号

    ー 139 ー

    2009年4月号

    経済に関する方言 

    その3

     いよいよ今月から本連載は12年目に入

    ります。連載が始まった平成10年に生ま

    れた赤ちゃんが4月からはもう小学校5

    年生になるわけですから、つくづく時の

    速さを感じます。気持ち新たに12年目を

    スタートしたいと思いますので、引き続

    きご愛読下さい。

     今回も前回、前々回に続いて〈経済〉に

    関する方言を取り上げます。

    シンガイゼンとはどんなお金?

     シンガイゼン(シンガイジェンの発音

    も)と聞けば、何かお金のことだろうとは

    想像できても、正確な意味が分かる人は

    少ないでしょう。小松の方言でシンガイ

    ゼンとは「へそくり」のことを言います。

    語の後半部のゼンは「銭」の古い発音ジェ

    ニがゼニとなり、最後の「ニ」が「ン」に変

    わったものです。

     では、シンガイとは何でしょうか。初め

    てこの語を聞いたとき筆者は、シンガイ

    とは「心外」、つまり、人に隠れてこっそり

    と貯めたお金ですから、周囲の人からす

    れば「意外なことをされて裏切られたよ

    うな気になる」、つまり「心外な」金という

    意味だろうと思ったことを今でも覚えて

    います。しかし、調べてみると、シンガイ

    ゼンのシンガイとは「新しんがい開

    」に由来するこ

    とがわかりました。

     江戸時代、農民がひそかに開墾したた

    んぼ(隠し田)は登録されず、そのため年

    貢米を納める必要がありませんでした。

    そのような隠し田のことを「新たに開墾

    したたんぼ」の意味で「新しんがいだ

    開田」と呼び、

    隠語のように使われたところから「隠し

    事をする」意味の「しんがいする」という

    言葉が生まれたようです。そして、さら

    に「しんがいご(隠し子)」、「しんがいぜに

    (へそくり)」などという語も生まれたと

    考えることができます。

     『日本方言大辞典』(小学館)によれば、

    「へそくり」のことを小松と同じように、

    シンガイゼニ、シンガイゼン、その下略形

    シンガイのように言うのは、長野、新潟、

    富山、石川、福井、そして岐阜、奈良、島根、

    山口などの広い範囲に及びます。

    「もったいない」はアッタラヤ

     お金にもからむことですが、「もった

    いない」という意味を表す方言にアッタ

    ラヤというのがあります。このアッタラ

    ヤは、「惜しくも」の意味の古語「あたら

    (可あたら惜)」を形容動詞化したものと考えて

    よいでしょう。

     今回で〈経済〉に関する方言は終わりま

    す。

    連載133

    大事なシンガイゼン、家のどこに隠す?

  • ー 140 ーー 141 ー

    地理・地形に関する方言 

    その1

     本連載で取り上げている小松の方言の

    データの多くは、これまでにも何度か書

    いているように、筆者が小松市立博物館

    方言調査委員会の委託を受けて1996

    年から5年計画で実施した市内全域の

    調査で得られたものです。5年間、夏休み

    を利用して金沢大学の学生とともに調査

    で市内各地を動き回りながら思ったこと

    は、安宅などの沿岸地域から小松バイパ

    ス沿いの平野部、そして中ノ峠、大杉、尾

    小屋などの東部山間地まで、小松は実に

    多彩な地理、地形に出会える市だという

    ことでした。という訳で今回からは〈地

    理・地形〉に関する方言を取り上げます。

    「トンネル」を指す方言マンポ、マンプ

     小松の皆さんでマンポ、マンプという

    方言を聞いて「トンネル」の意味だとわか

    る人はどれくらいいるでしょうか。50歳

    代以上の人でぎりぎり使っていた、聞い

    たことがあるといったところでしょうか。

     それほど忘れられかけているマンポ、

    マンプですが、小松のように「トンネル」

    をマンポ、マンプのように言った地域は意

    外に広く、『日本方言大辞典』(小学館)に

    よれば、マンポが石川県江沼郡、福井県、

    滋賀県栗くりた太

    郡、マンプが福井県、京都府竹

    野郡、そしてこれらに似たマンポーが富

    山県砺波、福井県遠おにゅう敷郡、マンボが山形県

    最もがみ上

    郡・西田川郡、新潟県岩船郡・中頸くびき城

    郡、静岡県、愛知県北設したら楽郡、三重県、滋賀

    県彦根、京都府、マンブが山形県、奈良県

    生いこま駒

    郡、島根県出雲、マンボーが富山県東

    礪となみ波郡、長野県東筑摩郡、静岡県、愛知県

    豊橋市、三重県飯いいなん南郡、滋賀県蒲がもう生郡、京

    都府、奈良県吉野郡で使われていたこと

    がわかります。福井県越前市(旧武たけふ生市)

    生まれの筆者も小さいころはマンプと

    言っていました。

     「トンネル」を指すマンポ、マンプ及び

    それに似た言い方の語源は、漢字で「間

    府、間歩、間分」などと書く「まぶ」だと考

    えられます。2007年にユネスコの世

    界遺産に認定された島根県大おおだ田

    市の石いわみ見

    銀山が話題になり、かつての鉱こうこう坑

    がテレ

    ビに登場したとき、「龍源寺間まぶ歩

    」のよう

    に「〜間歩」と呼ばれていたのを覚えてい

    る人もいるでしょう。この鉱山の鉱坑を

    指した「まぶ」が、その後、道路や鉄道に作

    られたトンネルも指すようになり、方言

    として発音を変えてマンポやマンプなど

    と呼ばれるようになったわけです。

    連載134

    鉱山跡のマンポ(トンネル)

    2009年5月号

    ー 141 ー

    地理・地形に関する方言 

    その2

     前回は「トンネル」の意味の方言マン

    ポ・マンプを取り上げましたが、今回もそ

    れに続けて〈地理・地形〉に関する小松の

    方言を見ていきます。

    「ため池」を指すツツミ、ツズミも方言

     「灌かんがい漑

    用に水をためた池」つまり「ため

    池」のことをツツミ、ツズミと言います。

    ただ、人工的なため池だけでなく、自然

    に水がたまった池のことも言うようで

    す。ツツミがもともとの言い方で、ツズ

    ミはその変化形として生まれた形です。

    ここまで読んで「えーっ!ツツミって方

    言なの?」と思う人もいるでしょう。確か

    に『日本方言大辞典』(小学館)によれば、

    「用水池。ため池」をツツミと言う地域

    は、小松などの石川県をはじめとする北

    陸三県のほか、北は青森県から南は九州

    の大分・熊本県までの広い範囲に及んで

    いることがわかります。したがって、「た

    め池」の方言ツツミは(少なくとも現代共

    通語では「ため池」をツツミとは言いませ

    んから)、方言とは言いながらも、特に中

    年層から高年層にかけては、東北から九

    州までの非常に広い範囲で通用した方言

    ということになります。

     ツツミと言えば「堤」という漢字があて

    られるように、「土手。堤防」を指すツツ

    ミの存在も考えなくてはいけませんが、

    文献上では「土手。堤防」の意のツツミは、

    「万葉集」(巻14・三四九二)にすでに使用

    例が見られますから、東国語としてのツ

    ツミは(巻14は当時の東国出身者の歌を

    集めたとされる「東歌」の巻です)相当古

    い可能性があります。それに対して「ため

    池」を指すツツミも、平安時代にはかつて

    の中央語(京都語)としての使用例が確認

    できますので、小松での「ため池」の方言

    ツツミも、そうした古語の名残であるこ

    とは間違いありません。

    ほかの地形関連の方言から

     「平らな土地」のことをヒラチと言い

    ます。言うまでもなく「平ひらち地」の意味です。

    ヘーチとも言います。

     ヒラチに対する「山」、「山」の中でも岩

    でできた山、「岩山」のことをイシヤマ、

    イッシャマのように言います。イシヤマは

    言うまでもなく「石いしやま山

    」からで、イッシャマ

    はそれからの変化形です。

     「清水」の字があてられるショーズは、

    「湧き水」を指すとともに、「湧き水が出

    る場所」をさしても使われます。

    連載135

    「ツツミ」は、もともと田の用水確保のために作られたものですが、プールの無い時代は、子どもたちの貴重な泳ぎ場所でもあった。(写真は昭和30年ころ)

    2009年6月号

  • ー 142 ーー 143 ー

    「サワ」から連想されるものの一つには滝がある。写真は小松で1、2と言われている「西俣大滝」。

    地理・地形に関する方言 

    その3

     今回も〈地理・地形〉に関する方言を取

    り上げます。前回に続けて〈地形〉関連の

    方言から、今回は「サワ」という言い方に

    ついて考えてみることにします。

    サワは東日本と西日本で指すものが異

    なる

     サワ(沢)という言い方は、実は長野県

    と岐阜県を分ける北アルプスを境に、東

    日本では、北陸も含む西日本で言うタニ

    (谷)にあたる言い方として使われてい

    ることをご存じでしょうか。つまり、日本

    国内では、山地にある谷状の地形を表す

    地名の代表的なものとしてサワとタニの

    2通りの方言対立があるということなの

    です。

     ところで、小松でサワと言うと、タニに

    ある水の流れる場所、湿地を指すのが普

    通です。福井県の方言でも同じでしたか

    ら、筆者もかつては、東日本で聞く「〜沢」

    という地名、例えば長野県の有名な観光

    地である上かみこうち

    高地から穂高連峰に向かう途

    中にある涸からさわ沢

    などの「沢」は、そこに水が

    流れているからそのように呼ばれるのだ

    と思っていました。しかし、本来はそうで

    はなく、「涸沢」の沢は西日本で言う「〜

    谷」の意味の「〜沢」だったのです。

     しかし一方で、国語辞典には、「谷」は

    「両側が台地や山にはさまれて低くくぼ

    んだ地形の、細長い一続きの土地」、「沢」は

    「くぼんでいて、草の生えている湿地。山

    間あいの、源流に近い谷川」(『新明解国語辞典

    第六版』三省堂)などのように記述され、

    現代共通語としては、むしろ小松方言で

    の使い分けに似た意味であることがわか

    ります。このことは、かつての中央語(京

    都語)での「谷」と「沢」の意味が江戸時代

    中期以降に江戸に伝わって、明治時代以

    降それが標準的意味になったことを示す

    もので、それ以前の東日本地域での「谷」

    を指すサワ(沢)という言い方は、地名の

    中にしっかり残ったのだと考えられそう

    です。

     かつての江戸語(関東方言)が明治時代

    以降に共通語(標準語)となったものが多

    い中で、西日本方言である「魚の鱗うろこ」のウ

    ロコ、「明しあさって

    後後日」のシアサッテが局地的

    に江戸(東京)に伝わって普及し、本来の

    江戸語(関東方言)のコケラ(鱗)やヤナア

    サッテ(明明後日)を押しのけて共通語に

    なったのと似たケースと言えそうです。

     サワも前回のツツミ同様、小松だけで

    なく全国の広い範囲で使われる方言の例

    でしたが、今回は、語形が同じでも意味に

    東西対立がある例(小松は西的)としてご

    紹介しました。

    連載136

    2009年7月号

    ー 143 ー

    地理・地形に関する方言 

    その4

     前号ではタニ、サワとの関係で、夏にふ

    さわしい、涼しげな滝の写真を載せまし

    たが、暑い8月の〈地理・地形〉に関する方

    言ということで、海に関する方言から見

    てみることにします。

    海に関する方言あれこれ

     「海」は最近ではウミとしか言わなくな

    りつつありますが、伝統的な小松方言で

    は、ウーミのように、ウの後が伸びて発音

    されたものです。この発音の特徴は、以前

    にも触れたことがありますが、旧能美郡

    地域の方言(能のんごり

    美郡ことば)の代表的な特

    徴の一つで、ウーミと同じように「沖」も

    オーキと言います。「牛」をウーシ、「靴」を

    クーツと発音するのも同じ特徴ですが、

    最近では高年層の人からもあまり聞かれ

    なくなっています。

     海の〈地理・地形〉関係の方言には、「海

    岸」を指すウミベリ、「海岸の入り江で船

    が入ってくる場所」を指すフナミチ(「船

    道」の意)、「砂浜」を指すハマ、「海の近く

    の集落や砂浜」を指すハマドコロ、海の中

    の「暗礁」を指すノリアゲ(「乗り上げ」の

    意)、「浮いているように見える島」を指す

    ウキジマなどがあります。

     〈地理・地形〉というわけではありませ

    んが、「海」に関する方言に「波」を指すノ

    タがあります。『日本方言大辞典』(小学

    館)によれば、「波、波のうねり」を指す方

    言のノタは、北の青森県(旧南部藩域)か

    ら山形県庄内地方、そして新潟県、富山

    県、石川県、福井県、そして少し離れた島

    根県(八やつか束

    郡、隠岐島)に分布し、ノタの変

    化形と思われるネタが山口県阿あぶ武郡に分

    布しています。この分布から、北陸で使わ

    れたノタが北前船ルート(海上伝播)で新

    潟、山形(庄内)、青森へと日本海側を北上

    した可能性が高いと考えています。

    川などに関する方言あれこれ

     カワは、一般的な「川」のほか、「田畑に

    水を引く用水」も指して使われます。「川

    の淵」のことは、フチのほかに、岸側の淵

    を指すカワブチ(「川淵」の意)やカワノア

    ゲという言い方が聞かれました。「沼地」

    はヌカルミとかヌカと言ったようです。

     ところで、前々号で「ため池」を指すツ

    ツミを取り上げましたが、それとの関連

    で、安宅町で「ため池」を指すタナケとい

    う方言が聞かれたことを紹介しておきま

    す。

    連載137

    安宅のウミベリでは、たくさんのウミネコの姿を見ることができます。

    2009年8月号

  • ー 144 ーー 145 ー

    形容語の方言あれこれ 

    その1

     今回からは〈形容語〉(学校文法で言う

    「形容詞」「形容動詞」)の方言を取り上げ

    ることにします。

     〈形容語〉の方言については、本連載で

    もすでにいろいろなものを取り上げてい

    ますが、今回からは、これまでにまだ紹介

    したことのない〈形容語〉を中心に取り上

    げていきたいと思います。全国的に方言

    の共通語化が進む中でも、〈形容語〉の方

    言には共通語にぴったり置き換えられな

    いものも多いため、比較的伝統的方言が

    使われ続けていることがあります。

    健康状態に関する形容語

     「元気な」ことをソクサイナと言いま

    す。ソクサイは漢語の「息災」(本来は仏

    教用語で「災難を防ぐこと」を表し、一般

    的には「無事なこと」を意味します)に由

    来する語です。現代共通語から完全に消

    えてしまった言葉ではありませんが、現在

    「息災な」と言えば、ずいぶん古めかしい

    日本語という印象を与えるに違いありま

    せん。そんなソクサイナが、小松をはじめ

    石川県内の方言では、今も高年層を中心

    に比較的よく使われているのです。大杉

    町ではソッサイナの形も聞かれました。

    似た意味でタッシャナ(「達者な」から)も

    聞かれます。

     「元気な」の反対で「病気で体調が悪い」

    「つらい」などの意味を表す小松の方言

    には、ヒドイ、モノイ、タイソナなどがあ

    ります。珍しいところで、尾小屋でコワイ

    という言い方も聞きました。

     「体調が悪い」ことを言うヒドイは金沢

    あたりでもよく使われ、加賀地方の人は

    「体調が悪い」意のヒドイも共通語だと

    思っている場合が少なくありません。こ

    ういう方言を専門家は「気付かない方言」

    とか「気付かれにくい方言」などと呼んで

    います。他地域の人には誤解されやすい

    方言ですから気を付けましょう。

     モノイは古語「物ものう憂

    い」に由来する方言

    です。モノウイの「ウ」が脱落した形です。

    タイソナは「大層な」が意味と形を変えた

    ものでしょう。

     尾小屋で聞いたコワイは、「つらい」「疲

    れた」といった意味で北関東から東北、北

    海道にかけての広い範囲に分布するコワ

    イに通じるもので、ほかに紀伊半島南端

    や中国、四国、九州の一部にも分布するこ

    とから、「固い」「恐ろしい」の意味のコワ

    イとは異なる、コワイの古い意味の残存

    の可能性があります。

    連載138

    「お陰さんでソクサイやし、毎日歌

    うと

    て楽しんどるわいね」(市民センターのカラオケ教室にて)

    2009年9月号

    ー 145 ー

    形容語の方言あれこれ 

    その2

     今回も形容語の方言を引き続き取り上

    げます。

     今年の夏は梅雨明けも遅く、例年のよ

    うな夏の本格的な暑さを体験しないま

    ま、涼しい秋になってしまった感がありま

    す。というわけで今回は、暑さ・寒さなど、

    気温(温度)に関する形容語の方言から見

    ていきます。

    気温(温度)に関する形容語の方言

     「暑い・熱い」は小松でもアツイ(「大変

    暑い・熱い」ことはテンポナ アツイ)で

    すが、「暖かい」にあたる言い方はヌクイ

    が使われます。ヌクイは小松だけでなく

    石川県の広い範囲と富山県の一部でも聞

    かれます。南の福井県ではノクトイ、ノク

    テーが使われます(福井ではノクトイ、

    ノクテーは「頭があたたかい」の意味でア

    ホ・バカの意味で使われることもありま

    す)。ヌクイの関連語として、「生暖かい、

    生温かい」の意味のナマヌルイ、ヘナマヌ

    ルイも聞きました。

     「蒸し暑い」は一般的にムシアツイです

    が、尾小屋ではムシヌクイという言い方

    も聞かれました。

     「暑い」の反対の「寒い」は、サムイのほ

    かにサブイが聞かれます。サブイの方が

    方言としては古い言い方です。関連して、

    「寒がりの人」をサムサガリとかサムガ

    リヤと言います。

     「熱い」の反対の「冷たい」は、チビタイ、

    チッタイ、チッテーなどです。

    臭においの一種のネグサイとは

     梅雨時や夏など、ヌクイ、ムシヌクイ季

    節になると、食べ物が腐りやすくなりま

    す。そのような、ものが腐ったような悪臭

    をネグサイと言います。

    カイーとエテの意味は?

     暑くて汗をかいたりすると体が痒かゆく

    なったりしますが、「痒い」をカイーある

    いはカイと言います。カユイのユイが融

    合してカイー、さらにその短縮形でカイ

    になったものか、カユイのユが落ちてカ

    イ、そして最後が伸びてカイーとなった

    ものでしょう。

     エテは「痛い」の意味の方言です。イタ

    イがエタイ、さらにエタイがエテと変化し

    た形でしょう。「痛い」がエテと発音され

    るように、「痛み」をエタミと発音する人

    もいます。このようなイとエの混同、交替

    は東北地方から北陸にかけて広く見られ

    る現象です。

     次回も形容語の方言を続けます。

    連載139

    寒い季節になると、ヌクイ食べ物が恋しくなります。「肉まん大好き~!」(竹田知起くん、真彩ちゃん)

    2009年10月号

  • ー 146 ーー 147 ー

    形容語の方言あれこれ 

    その3

     今回も前号、前々号に続いて形容語の

    方言を見ていきます。

    容貌ぼうに関する形容語の方言キリョーガ

    イー

     「美しい」こと、「美人な」ことをキ

    リョーガイーと言います。漢字を当てれ

    ば「器量がいい」です。キリョーガイーも、

    前々号で紹介した「元気な」の意味のソク

    サイナ(息災な)、タッシャナ(達者な)と同

    じように、共通語として今も使われます

    が、やや古めかしい言い方に属するもの

    であり、それが小松では高年層の方言と

    して普通に使われているところに注目し

    たいと思います。

    「醜い」の意味のメンデは「面めんど倒い」から

     「美しい」の反対の意味の形容語「醜い」

    にあたる方言には、キリョーガイーの反

    対の言い方であるキリョーガワルイ(器

    量が悪い)のほかに、メンデ、メンデー、メ

    ンダイ、メンデクサイなどの言い方が聞

    かれます。メンデ、メンダイなどの言い方

    は「面倒」の語が形容詞化したメンドイに

    由来するものと考えられ、『日本方言大

    辞典』(小学館)によれば、「めんどい」の形

    で、①「めんどうだ。めんどうくさい」、②

    「困難だ。難しい」、③「気難しい。意地悪

    い」、④「恥ずかしい」、⑤「じれったい。も

    どかしい」、⑥「騒がしい。やかましい」、⑦

    「醜い。見苦しい。体裁が悪い」など、さま

    ざまな意味で使われていることが分か

    ります。小松のメンデの類は⑦の意味に

    あたる例ということになるでしょう。『日

    本方言大辞典』では⑦の意味のメンドイ

    の分布地域として、石川県、福井県、三重

    県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、和歌

    山県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、愛

    媛県、高知県が載っており、そこには、小

    松市内で聞かれたメンダイも石川県能美

    郡の例として載っています。メンドイ(面

    倒い)が元の形と考えれば、メンダイがそ

    れにより近い古い形で、メンダイの〜ダ

    イ﹇dai

    ﹈の﹇ai

    ﹈の部分が融合・長音化して

    ﹇e:

    ﹈となったのがメンデー、さらに最後

    の長音部分が落ちた形がメンデと考え

    られます。関連して、「美人ではないけれ

    どもかわいい」人を指すメンドガワイラ

    シーという言い方も聞きました。

     「みすぼらしい」様子を言うヒンソナ

    (「貧相な」から)、ビンボタラシー、ビン

    ボクサイ、「みっともない」「不潔な、汚い」

    様子を言うヤンチャクサイ、ヤンチャナも

    聞きました。

     次回もさらに形容語の方言を続けま

    す。

    連載140

    「あら、かわいらしい~。将来はキリョーヨシやね」「えへへ、キリョーヨシってな~に?」(安宅町の北村芽衣ちゃん)

    2009年11月号

    ー 147 ー

    形容語の方言あれこれ 

    その4

     今回はまず前回取り上げたメンデにつ

    いての補足から始めます。

    小松にもメンドイがあった

     前回は、「醜い」の意味の方言として小

    松で聞かれるメンデ、メンデー、メンダイ

    などは、「面倒」が形容詞化したメンドイ

    に由来するものだろうと書きましたが、

    これまでの小松での調査資料を詳しく見

    ていましたら、符津での記録に「顔形が醜

    い」の意味のメンドイ、「器量が悪い、体裁

    がよくない、みっともない」の意味のメン

    ドクサイがありました。これで、メンデ、

    メンデーなどが「面めんど倒い」が元の形である

    ことが証明されたと思います。

     ちなみに、「めんどう」の「面倒」の字は

    借字で、そもそもの語源は「そうすること

    がむだだの意の雅語『だうな』に『目』を冠

    した『目だうな』の変化。原義は『見るのも

    大儀な』の意」(『新明解国語辞典 第六

    版』三省堂)とありますから、「醜い」もそ

    の原義から派生したものと考えればいい

    でしょう。

    メンドイ、メンデとメンドナは別語?

     メンドイ、メンデなどに触れたついで

    にメンドナという方言も取り上げてお

    きましょう。こちらも漢字を使って書けば

    「面倒な」で、語源は先の「目だうな」に同

    じでしょうが、メンドナ(コ)と言えば「醜

    い(子)」ではなく「厄介な(子)」の意味に

    なります。語源はもともと同じなのに、形

    や意味が微妙に変化し、メンドイ、メンデ

    という形容詞形とメンドナという形容動

    詞形の二つが小松では併用されているこ

    とになります。

    オトナシーも共通語とは異なる意味が

     オトナシーと聞けば、最近では共通語

    的な「大人しい」の意味を思い浮かべる人

    がほとんどかもしれませんが、小松では

    「静かな」の意味で使われることもあり

    ます。「静かな」の意味で使うという高年

    層の人の中には、オトナシーは「音無し」

    で「静かな」の意味になると思っている

    人がいますが、それが本当なら、こちらは

    「大人しい」(本来「いかにも大人らしい。

    大人びている」「年配で分別がある」「穏

    和だ。穏やかだ。すなおだ」などの意味)と

    「音無しい」という別語に由来するオト

    ナシーが併用されていることになります

    が、「音無し」は民間語源(正しい語源で

    はないが民衆が自分の使う語を合理化す

    るために生まれた語源)と考えるべきで

    しょう。

    連載141

    「図書館に来たら、オトナシーガニハナサンナンヨ」(芦田町の民谷英祐くん)

    2009年12月号