第8講 契約の解除 - 京都産業大学 · 第8講 契約の解除...

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1 第8講 契約の解除 内田Ⅱ〔第2版〕80-108,SⅣ 36-50 最初に理解すべき基本事項(ひととおり学習して以下の各項目が理解できていない場合,学習不充分)。 ①解除の意義および機能を理解すること。 意義:一定の要件を満たす場合において,いったん完全に有効に成立した契約を,一方当事者の意思表示により適法に解消する制度 を「解除」という。解除には,法定解除(法律の規定により解除権が付与される場合の解除)と約定解除(当事者が契約中で留保した 解除権による場合の解除)がある。法定解除が認められるのは,おもに,相手方に債務不履行があった場合である。 機能:当事者(特に解除権の行使者)を契約上の債務から解放+②給付の取り戻し+③相手方の履行請求権の消滅,および契約によ り相手方が得た利益の剥奪。 ②民法 541 条の法定解除(履行遅滞に基づく解除)の要件を理解すること。 条文に示された要件は単純だが,判例法理によってかなり修正されているので,実際の事案に適用するのはかなり難しい。 ③民法 543 条の法定解除(履行不能に基づく解除)の要件を理解すること。 ④不完全履行に基づく解除の要件を理解すること。 追完が可能な場合には 541 条,不可能な場合には 543 条が類推適用される。 ⑤当事者間における解除の原則的効果を理解すること。 契約の効力が遡及的に消滅する。その結果,未履行債務は消滅し,すでに債務が履行されている場合には所有権ないし不当利得に基 づく返還請求権が発生する。解除しても,損害賠償は請求できる。 ⑥民法 545 条1項ただし書の要件を理解すること。 民法 545 条1項ただし書により,第三者の取得した権利は契約の解除によって害されない。ここにいう第三者とは,「解除される契 約から生じた法律効果を前提として,解除までに新たな権利を取得し,当該権利についての対抗要件を備えた者」である。 ⑦解除後に登場した第三者については,判例・通説は 177 条の問題としていること。 ⑧解除と損害賠償の関係を理解すること。 とりわけ,解除と損害賠償の算定時期については争われており,判例法理も不明確である。 予習のうえ,以下の質問に対する解答を考えておいて下さい。 ①契約の終了原因にはどのようなものがあるでしょうか。それぞれの終了原因及びその特徴を述べて下さい。 ②「解除」の定義及び機能を明らかにして下さい。また,片務契約において解除は可能でしょうか。 ③解除権は形成権に属しますが,形成権とはどのような権利でしょうか。 ④「Aが建物を引き渡したのにBが代金支払を遅滞している場合,AはBに解除を請求することができる」という文章を検討して下さ い。 ⑤解除にはどのような種類があるでしょうか。 ⑥解除,解約,取消し,撤回,クーリングオフの違いを明らかにして下さい。 ⑦履行遅滞に基づく法定解除の要件を述べて下さい。 ⑧履行遅滞に基づく法定解除と同時履行の抗弁権の関係を明らかにして下さい。 ⑨定期行為に関する法定解除の要件を述べて下さい。 ⑩履行不能に基づく法定解除の要件を述べて下さい。 ⑪契約が解除された場合,契約当事者間で生じる効果を説明して下さい。 ⑫契約が解除された場合,契約当事者以外の第三者との間で生じる効果を説明して下さい。 ⑬解除と損害賠償の関係を説明して下さい。 (1)契約の終了原因総説 ①通常の終了形態:契約上の全債務の履行完了。継続的契約関係において,契約期間が定め られていない場合には,解約(申入)権(617 条,619 条 1 項,621 条,627 条,629 条,631 条など)の行使による。 コメント [TH1]: 解除の主 たる機能を,解除者が契約の 拘束力から解放される点に求 めるとすると,片務契約の場 合,相手方Aに債務不履行が あっても他方当事者Bには自 己の債務は存在しないのだか ら,Bに法定解除権を認める 意義は大きくない。しかし判 例は,民法の規定上制限がな いことを理由として,贈与者 が履行を遅滞している場合に 541 条に基づく解除を認め, 金銭による填補賠償を請求し うるとしている。 コメント [TH2]: ●形成権 [けいせいけん] 権利者の一方的意思表示に より,法律関係に一定の変化 を生ぜしめる権利をいう。私 権を作用により分類する場合, 支配権,請求権と並んであげ られるのが形成権である。取 消権,追認権,解除権,売買 予約完結権,認知権,借地借 家法上の建物買取請求権など が形成権に属する。 たとえば,未成年者が親権 コメント [TH3]: 「民法54 1条の要件を満たせばAには 解除権が発生する。Aがこの 解除権を行使した場合,契約 は遡及的に消滅する結果,す でに契約に基づき財貨が移転 している場合,民法545条 に基づいて原状回復義務が発 生するので,AはBに対して 当該建物の返還を請求しう る。」 コメント [HT4]: ページ : 87 また,更新が常態化して契約 関係の継続への期待が高まる と,更新拒絶も終了原因とし て認識されるに至る。 ... [1] ... [2]

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1

第8講 契約の解除 内田Ⅱ〔第2版〕80-108,SⅣ 36-50

初に理解すべき基本事項(ひととおり学習して以下の各項目が理解できていない場合,学習不充分)。

①解除の意義および機能を理解すること。

意義:一定の要件を満たす場合において,いったん完全に有効に成立した契約を,一方当事者の意思表示により適法に解消する制度

を「解除」という。解除には,法定解除(法律の規定により解除権が付与される場合の解除)と約定解除(当事者が契約中で留保した

解除権による場合の解除)がある。法定解除が認められるのは,おもに,相手方に債務不履行があった場合である。

機能:当事者(特に解除権の行使者)を契約上の債務から解放+②給付の取り戻し+③相手方の履行請求権の消滅,および契約によ

り相手方が得た利益の剥奪。

②民法 541 条の法定解除(履行遅滞に基づく解除)の要件を理解すること。

条文に示された要件は単純だが,判例法理によってかなり修正されているので,実際の事案に適用するのはかなり難しい。

③民法 543 条の法定解除(履行不能に基づく解除)の要件を理解すること。

④不完全履行に基づく解除の要件を理解すること。

追完が可能な場合には 541 条,不可能な場合には 543 条が類推適用される。

⑤当事者間における解除の原則的効果を理解すること。

契約の効力が遡及的に消滅する。その結果,未履行債務は消滅し,すでに債務が履行されている場合には所有権ないし不当利得に基

づく返還請求権が発生する。解除しても,損害賠償は請求できる。

⑥民法 545 条1項ただし書の要件を理解すること。

民法 545 条1項ただし書により,第三者の取得した権利は契約の解除によって害されない。ここにいう第三者とは,「解除される契

約から生じた法律効果を前提として,解除までに新たな権利を取得し,当該権利についての対抗要件を備えた者」である。

⑦解除後に登場した第三者については,判例・通説は 177 条の問題としていること。

⑧解除と損害賠償の関係を理解すること。

とりわけ,解除と損害賠償の算定時期については争われており,判例法理も不明確である。

予習のうえ,以下の質問に対する解答を考えておいて下さい。

①契約の終了原因にはどのようなものがあるでしょうか。それぞれの終了原因及びその特徴を述べて下さい。

②「解除」の定義及び機能を明らかにして下さい。また,片務契約において解除は可能でしょうか。

③解除権は形成権に属しますが,形成権とはどのような権利でしょうか。

④「Aが建物を引き渡したのにBが代金支払を遅滞している場合,AはBに解除を請求することができる」という文章を検討して下さ

い。

⑤解除にはどのような種類があるでしょうか。

⑥解除,解約,取消し,撤回,クーリングオフの違いを明らかにして下さい。

⑦履行遅滞に基づく法定解除の要件を述べて下さい。

⑧履行遅滞に基づく法定解除と同時履行の抗弁権の関係を明らかにして下さい。

⑨定期行為に関する法定解除の要件を述べて下さい。

⑩履行不能に基づく法定解除の要件を述べて下さい。

⑪契約が解除された場合,契約当事者間で生じる効果を説明して下さい。

⑫契約が解除された場合,契約当事者以外の第三者との間で生じる効果を説明して下さい。

⑬解除と損害賠償の関係を説明して下さい。

(1)契約の終了原因総説

①通常の終了形態:契約上の全債務の履行完了。継続的契約関係において,契約期間が定め

られていない場合には,解約(申入)権(617 条,619 条 1 項,621 条,627 条,629 条,631

条など)の行使による。

コメント [TH1]: 解除の主

たる機能を,解除者が契約の

拘束力から解放される点に求

めるとすると,片務契約の場

合,相手方Aに債務不履行が

あっても他方当事者Bには自

己の債務は存在しないのだか

ら,Bに法定解除権を認める

意義は大きくない。しかし判

例は,民法の規定上制限がな

いことを理由として,贈与者

が履行を遅滞している場合に

541 条に基づく解除を認め,

金銭による填補賠償を請求し

うるとしている。

コメント [TH2]: ●形成権

[けいせいけん]

権利者の一方的意思表示に

より,法律関係に一定の変化

を生ぜしめる権利をいう。私

権を作用により分類する場合,

支配権,請求権と並んであげ

られるのが形成権である。取

消権,追認権,解除権,売買

予約完結権,認知権,借地借

家法上の建物買取請求権など

が形成権に属する。

たとえば,未成年者が親権

コメント [TH3]: 「民法54

1条の要件を満たせばAには

解除権が発生する。Aがこの

解除権を行使した場合,契約

は遡及的に消滅する結果,す

でに契約に基づき財貨が移転

している場合,民法545条

に基づいて原状回復義務が発

生するので,AはBに対して

当該建物の返還を請求しう

る。」

コメント [HT4]: ページ :

87

また,更新が常態化して契約

関係の継続への期待が高まる

と,更新拒絶も終了原因とし

て認識されるに至る。

... [1]

... [2]

2

②契約途中の終了:契約上の債務が完全に履行されていない段階においても,解除条件

(127 条)が定められている場合にはこれの成就により,また,約定解除権ないし解約権(557

条,579 条,618 条参照)が定められている場合には,その行使により,契約は終了する。ま

た,契約を終了させる旨の合意(合意解除)は,常に可能。

③法定解除権の行使による終了:一定の要件を充たす場合に法律の規定により発生する解除

権を法定解除権という。相手方の債務不履行を原因とする解除権(541 条以下)に加え,契

約類型ごとに特別の解除権が規定されている場合が多い(561 条以下,594 条,612 条 2 項な

ど)。

④その他法定の終了原因の発生による終了:契約類型ごとに,特別の終了原因を定める規定

がある(599 条,653 条など)。

⑤継続的取引の解消に関する特殊性: ※契約終了後の問題:契約は,対価関係にある中心的給付義務,あるいはこれに加えて当事者が特に約定した付随義務が適切に履行され

ることにより,目的を達して消滅する。契約の終了時点につき,一般的にはこのように言うことができるとしても,実際には,この時点

はそれほど明確に確定できるものではない(受任者の顛末報告義務,商法上の競業避止義務などの存在)。→契約の「余後効」ないし「余

後的義務」(信義則に基づく付随義務の一種)は,わが国においても学説上すでに承認されている(前田達明・口述債権総論 105 頁,奥

田昌道編・注釈民法 10 巻 351 頁〔北川善太郎担当〕,北川善太郎・民法講要Ⅲ債権総論〔第二版〕29 頁など)。

コメント [HT5]: ページ :

87

その他,事情変更に基づく解

除権,不安の抗弁権の延長線

上での解除権などがある。

コメント [TH6]: 一部の債

務不履行と継続的契約全体の

解消,基本契約と個別の給付

という2重構造,債務不履行

がない場合にも信義則上継続

的契約を解消できるか,契約

内容の改訂権ないし再交渉義

コメント [HT7]: まず,賃貸

借・委任等の継続的契約関係

については,約定期間の経過

ないし告知が契約の終了原因

であるが,これらの原因が生

じたとしても,ただちに契約

が終了するとは限らない。た

とえば,委任の終了に際し,

受任者は民法六四五条により

受任事務の顛末報告を義務付

けられている。さらに,この

種の規定が必ずしも継続的契

約関係についてのみ存する訳

でないことは,営業譲渡後の

譲渡人の競業避止義務を規定

した商法二五条から明らかで

ある。このように,契約上の

中心的義務が履行により消滅

した後にも,契約を全体とし

て適切に機能させるため,一

定の付随義務が当事者に課せ

られる場合のあることを,す

でに制定法自体が予定してい

る。

そして,この種の事後的な

利益調整の必要性は,必ずし

も制定法の予定する局面だけ

ではなく,より一般的に存在

する。たとえば,依頼者の人

的な秘密事項を取り扱う弁護

士・医師・探偵・コンサルタ

ントを相手方とする準委任契

約,あるいは秘書を一方当事... [3]

3

(2)解除の意義

case1:①売主Aと買主Bの間で,7 月 1 日に木材 100 本の売買契約が締結され,引渡およ

び代金 500 万円の支払いは 8 月 1 日と定められた。ところがこの1ヵ月の間に木材の市場価

格が急激に下落し,7月末には 300 万円の市場価格となった。そこでBは,今なら他から買

えば 300 万円で買えるので,代金支払と木材の引取りを渋りだした。このような場合にAが

取ることのできる法的手段は?

②売主Aが既に木材を引き渡しているのに,買主Bが代金を支払わない場合はどうか。

契約は,いったん成立すれば当事者間に法的拘束力を生ぜしめるから,これを一方的に破

棄することは原則として許されない。強引に破棄しようとしても,債務内容が強制的に実現

されることもあり,さらに場合によっては債務不履行になり,損害賠償責任が課せられるこ

とになる。

ところが,一定の要件を満たす場合には,いったん有効に成立した契約を,一方当事者の

意思表示により適法に解消することが認められており,この法律制度を「解除」という。す

なわち,契約関係を解消し,契約がなかったことにする契約の清算制度が解除である。とり

わけ一方当事者に債務不履行があった場合の他方当事者の法的救済手段として,現実の履行

強制や損害賠償と並んで重要な役割を果たす。

Case2:売主Aと買主Bの間で,7 月 1 日に木材 100 本の売買契約が締結され,引渡および

代金 500 万円の支払は 8 月 1 日と定められた。ところがその1ヵ月の間に木材の市場価格が

急激に上昇し,7月末には 700 万円の市場価格となった。そこでAは,他に売れば今なら

700 万円で売れるので,木材の引渡しを渋り出した。このような場合にBがとることのでき

る法的手段は?

(3)解除制度の存在理由および機能:

①当事者(特に解除権の行使者)を契約上の債務から解放+②給付の取り戻し+③相手方の

履行請求権の消滅,および契約により相手方が得た利益の剥奪(相手方への制裁?)。

※①の点で,原則として双務契約でのみ問題になる制度。

※担保責任における代金減額請求権(形成権)は,一部解除として理解されている。

※①の機能は,金銭債務以外の債務を負担する当事者の責に帰すべき履行不能により,双方の債務が金銭債務になった段階では,あまり

意味がなくなってしまう点に注意。

(4)解除の種類(540 条):法定解除と約定解除

(a)法定解除:法律の規定により解除権が付与される場合の解除。契約一般に適用される規

定に基づく場合(541 条~543 条)と,個別にいくつかの契約類型につき置かれている規定に基

づく場合(561 条,570 条,612 条 2 項など)がある。

(b)約定解除:約定解除とは,当事者が契約中で留保した解除権(約定解除権)による場合

の解除をいう。契約で明示的に合意しておく場合と,法律の規定により解除権の留保として

扱われる場合(557 条,579 条など)がある。

※必ずしも債務不履行に基づかない契約解除である点で法定解除と異なる。540 条以下の契約解除に関する規定は,債務不履行に関する

ものを除き原則として約定解除にも適用される(541・542・543 条は適用されないが,540 条 2 項や 544 条,547・548 条は適用あり)。

(5)類似の制度との比較

①解約(解約告知ないし告知ともいう):賃貸借などの継続的債権関係において将来に向っ

て契約の効力を消滅させる意思表示。遡及効の有無による区別。

②取消し:一方的意思表示によって,法律行為の効力を遡及的に消滅させる点で解除と同一

であるが,取消しは契約自体に既に瑕疵が存在する点で異なる。

コメント [HT9]: 売主ペー

ジ : 88

Aは,買主Bを訴えて勝訴判

決をもらい(執行受諾文言を

付した公正証書があれば裁判

をする必要はない),強制的

に自己の債権の内容を実現で

き(500 万円の代金回収),

履行が遅れたことによる損害

賠償を遅延利息の形で請求す

ることもできるが,それには

コメント [TH8]: この場合,

代金を支払おうとしないBは

無資力状態に陥っていること

が多々あるので,引き渡した

目的物が第三者により差し押

コメント [TH10]: 契約の

有効性を否定する根拠がない

にもかかわらず,自己決定に

基づきいったん契約としての

拘束力が生じた状態から契約

コメント [HT11]: ペー

ジ : 88

この場合,Bは,Aとの契約

を解除して他から 700 万円で

木材を購入し,差額の 200 万

コメント [HT12]: ページ :

88

①相手方が債務を履行しない

場合,解除者としては手間暇

をかけて訴訟に持ち込むより

コメント [TH13]: 契約か

ら生じる権利および代金の一

部消滅を導く。

コメント [TH14]: 質問

「履行不能と履行遅滞,それ

ぞれの解除の機能的な相違」

について

コメント [HT15]: (手付)

第五百五十七条 買主が売主に

手付を交付したときは,当事者

の一方が契約の履行に着手する

までは,買主はその手付を放棄

し,売主はその倍額を償還して,

契約の解除をすることができ

... [5]

... [4]

... [8]

... [6]

... [9]

... [7]

... [10]

4

※効果が法律上特則として規定されているかどうかが異なる。

③撤回:終局的な法律効果を生じていない法律行為や意思表示の効力の発生を阻止する行為。

④解除条件:一定の事実が発生したときに契約の効力が無くなる旨の特約。

⑤解除契約(合意解除):当事者の合意によって契約関係を解消・清算する契約をいう。す

なわち,契約がなかったのと同じ状態を作ることを内容とする新たな契約である。一方的な

解除の意思表示によるのではない点に相違がある。解除契約に基づく回復の範囲については,

一般の不当利得の問題として 703 条以下が適用されるとするのが通説(したがって,金銭に

は受領の時から利息を付けて返すという 545 条 2 項も適用されない)。

⑥クーリングオフ:契約の成立後,消費者は一定の要件を満たせば無理由で契約の解除ない

し申込みの撤回ができる制度。特定商取引法や割賦販売法,宅地建物取引業法,保険法など

の特別法に規定が置かれている。

コメント [TH16]: しかし,

原状回復の範囲については,

解除契約の場合も原則として

財貨移転秩序にしたがうと解

すべきでは?

5

(6)541 条~543 条の法定解除:541 条~543 条は,相手方の債務不履行(履行遅滞,履行

不能,不完全履行)があった場合に発生する解除権を規定する。

→履行遅滞,履行不能,不完全履行,積極的債権侵害の区別

(a)履行遅滞にもとづく解除の要件(541 条)

①履行期が到来したのに,債務者が債務を履行しないこと(消極要件)。

②履行が可能であること(消極要件)。

③履行の遅滞が債務者の責めに帰すべき事由に基づくこと(履行遅滞の有責性,消極要件)

④履行の遅滞が違法であること(履行遅滞の違法性:同時履行の抗弁権との関係では,双

務契約において解除する側の当事者が自己の債務を履行しているか,履行の提供を行ってい

ることが積極要件となる。その他の違法性阻却事由については消極要件)

⑤債権者が相当の期間を定めて履行を「催告」したこと

⑥債務者がその期間内に履行をしないこと

※①~④は履行遅滞の債務不履行に基づく損害賠償債権の成立要件と重なる(損害賠償債権の発生要件としては,別途,損害の発生+因

果関係の存在が必要)。

※判例によれば,⑤⑥の要件については,催告+相当期間の経過で足りるとされている。同様に判例によれば,履行遅滞と評価される際

に履行の催告ないし請求などがされている場合,これに加えて 541 条に規定された催告を行う必要はないとされる。すなわち,判例法に

よって,541 条は次のような内容に変更されている。

(履行遅滞等による解除権)

第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に

履行がないときは、相手方がその履行を催告し,催告後に相当期間が経過した場合には,相手方は、契約の解除をすることができる。

※それ以外の点でも,民法 541 条に基づく解除の要件は,判例によって機能的に単純化されていることをきちんと認識しておこう。すな

わち,解除する当事者により履行ないし履行の提供がなされている,催告を行う,相当期間が経過する,という3つの要件がどのよう

な順序でも満たされている限り,民法 541 条に基づく解除を認めるというのが 高裁の立場である(相手方が遅滞に陥るという要件は,

解除の意思表示と同時に生じても良い。たとえば,催告の後,相当期間経過後に履行の提供と同時に解除の意思表示がなされた場合でも

OK)。

(i) 要件①に関連する問題

・履行期とは?→412 条

・履行期につき期限の定めがない場合に,412 条 3 項の催告と,541 条の催告の二重の催告

が解除権の発生のために必要か。

Case3:Aは,2005 年 10 月 1 日に,友人のBに 1000 万円で家屋を売却し,引渡や移転登記

も済ませた。しかし,契約当時にBが失業中であったため,代金の支払時期についてはとく

に期限を定めなかった。Aは,1 年後の 2006 年 10 月 2 日に息子の進学資金が必要になった

ので,Bに1ヶ月の期限を付けて 1000 万円の支払いを催促したところ,Bは1ヶ月後の 11

月 3 日になっても全く支払おうとしなかったため,Aは契約を解除し,家屋の返還を請求し

た。ところがBは,解除のためには 412 条 3 項の「履行の請求」のあとで再度 541 条の催告

が必要なのに,Aは一度しか催告していないから解除は無効であると主張した。Bの主張は

認められるか?

Case3 の事例

Aの行為

履行遅滞

2005/10/01 契約成立 2006/10/02 履行の催告 解除の意思表示

コメント [HT17]: 引き渡

し債務や代金債務の場合,債

務者が正当な理由がないのに

履行しない場合の責任を考え

コメント [TH18]: 解除に

伴う代金相当額の原状回復請

求権の請求原因事実としては,

これ以外に,契約の成立要件

コメント [TH19]: 売買に

基づく引き渡し債務や代金債

務の場合,債権者は,履行期

の到来を主張・立証する必要

コメント [TH20]: 履行期

に履行されない場合、履行は

可能であるが履行がされてい

ない状態が通常であるといえ

コメント [TH21]: 541

条の文言には現れていないが,

解釈上この要件が付加されて

いる。この要件についても,

コメント [TH22]: 履行遅

滞の違法性阻却事由のすべて

について,解除する側の当事

者が違法性阻却事由の不存在

コメント [TH23]: 相当の

期間を定めるという要件は,

判例により不要とされている。

コメント [TH24]: 重大な

不履行でなくとも,債務の本

旨にしたがった履行がなされ

ない状態が一定期間継続する

コメント [TH25]: 厳密に

は,催告+相当期間の経過+

履行の提供があってはじめて

解除権が発生すると考える場

コメント [HT26]: ペー

ジ : 90

期限の定めがある場合,債務

者は期限の到来したときから

コメント [HT27]: ペー

ジ : 90

すなわち,まず履行の催告

(412 条 3 項)をして債務者を

... [11]

... [12]

... [13]

... [14]

... [15]

... [16]

... [17]

... [18]

... [19]

... [20]

6

Bの主張

履行遅滞

2005/10/01 契約成立 2006/10/02 履行の催告 相当期間を定めた履行の催告 解除の意思表示

(412 条 3 項) (541 条)

・期限の定めのある債務についてはどうか?相手方が同時履行の抗弁権を有する場合は?

Case4:Aは,2006 年の 6 月 20 日に,所有しているビンテージバイク「初期型 SR500」を友

人Bに 100 万円で売却する契約を締結した。契約によれば,引渡しと代金支払はBの自宅で

7 月 1 日になされることになっていた。ところが,Bから 7 月 1 日には自宅にいないとの連

絡があったため,AはBの自宅に行かなかった。以上の事実を前提として,①②の場合を考

えよ。

①その後,7 月 5 日になってもBから連絡がないので,Aは,7 月 10 日にBの自宅へ SR500

を運送して提供したが,その際Bはこれを受け取らず,かつ代金も支払わなかったため,7

月 20 日までに代金を支払うよう催告した。結局,20 日までに代金が支払われなかったので,

Aは 21 日に契約を解除したところ,Bは,Aのなした解除は要件を満たしていないとして

その効力を争った(履行の提供と期限を付けた催告が同時に行われた場合)。

②その後,7 月 5 日になってもBから連絡がないので,Aは,7 月 20 日に代金を支払うよう

催告するとともに,同日に SR500 をBの自宅に運送して提供したうえで代金の支払いを求め

た。これに対して,Bは代金が用意できないとして代金を支払わなかった。そこでAは,そ

の場で契約を解除したところ,Bは,Aのなした解除は要件を満たしていないとして,その

効力を争った(催告で定めた日に履行の提供を行った場合)。

Case4①事例

Aの行為

履行遅滞

2006/6/30 契約成立 7/1ABともに履行期到来 7/10Aによる弁済の提供 7/21 解除の意思表示

7/20 までの期限を付した催告

Bの主張

Bの履行遅滞

2006/6/30 契約成立 7/1ABともに履行期到来 7/10Aによる弁済の提供 7/11 期限を付した催告 7/21 解除の意思表示

※形式的に考えれば,履行期の経過後にまず相手方の同時履行の抗弁権を失わせて履行遅滞に陥らせるための履行の提供を行い,その後

に 541 条の要件としての相当期間を付した履行の催告を行い,その期間経過後にはじめて解除が可能であるということになる。しかし,

履行期に履行の提供をしなかった場合でも,催告に際して履行の提供をすれば,その後再度の履行の提供をしなくても契約を解除するこ

とができる。催告の時でなく,催告で定めた日に履行の提供をするだけでもよい。基本的には,解除を欲する当事者の側に履行をなす意

思があるのに,他方が履行を提供しないことが解除の要件であると考えてよいから,履行の提供と期限を付けた催告は,厳密にこの順

序である必要はなく,両者が同時であってもよいし,催告で定めた日に履行の提供を行う場合でもよい( 判昭 36・6・22 民集 15-6-1651)。

また,判例は,確定期限のある債務でも,両当事者がともに履行期を徒過したときは,期限の定めのないものとなるとして,二重の催

告はいらないと解し,催告と同時に履行の提供がなされればよいとする。

コメント [HT28]: ペー

ジ : 91

期限の定めのある債務では期

限が到来すると,そのときか

ら債務者は遅滞となるはずで

あるが(412 条 1 項),

れを前提

として考える。

そうだとすれば,まず,

コメント [HT29]: ページ :

91

相手方に,同時履行の抗弁

権や留置権など,履行遅滞の

正当化事由(違法性阻却事由)

があれば履行遅滞にならない。

したがって,こうした抗弁権

を失わせるために,反対債務

の履行の提供が原則として必

要である。ただし,履行の提

供は,口頭の提供で足りるこ

コメント [TH30]: Bの同

時履行の抗弁権が消滅(Aの

権行使について)

コメント [TH31]: 履行の

提供があってはじめて違法な

履行遅滞となり解除権が生じ

るとすれば,このような 高

裁の見解は,解除権が発生す

る前に相当期間が経過してい

とになり,形式論(解除

権発生後に催告と相当期間の

経過が必要だと考える)と一

致しない。しかし, 高裁は,

解除権の成立要件と行使要件

期限

が到来しても同時履行の抗弁

が附着していると,債権者の

側で反対債務の履行の提供を

しないかぎり,相手方は履行

遅滞に陥らない。そ

541 条は,債務者が「債務

を履行しない場合には」相手

方は催告して解除できるとし

ているから,催告の前提とし

て(責に帰すべき)履行遅滞

がすでに生じていることを要

件としているように読める。

履行... [21]

... [22]

解除

るこ

... [23]

7

・債務不履行の程度が軽微な場合に解除は可能か?

Case5:Aは数年にわたってマンションをBから賃借しており,家賃の支払いその他の契約

条件を遵守してきたが,たまたま実家に里帰りしている間に,1ヶ月分の家賃 5 万円を支払

い忘れてしまった。他方Bは,Aに対し,手紙で1週間の期限を区切って家賃の支払いを催

促したが,実家に帰っていたAはその手紙を読まなかった。その後,Aは実家から帰ったと

たん,Bから契約解除の通知を受けてしまった。確かに履行遅滞に基づく解除(541 条)の

要件は満たされているが,Aからすれば,この程度で解除されるのは納得がいかない。はた

して解除は有効だろうか?

※一般に,不動産の賃貸借契約においては,履行遅滞に限らず,賃借人と賃貸人との信頼関係を破壊する程度の債務不履行がないと解除

権は発生しないとされている(大判昭 14・12・13 判決全集7輯 109 頁, 判昭 41 年 4 月 21 日民集 20 巻 720 頁など)。このことは,債務

不履行の程度と比較して,解除により債務者の失う利益が重大である場合にとくに肯定される。このような状況は,雇用契約においても

しばしば生じるため,雇用契約上,使用者の解雇権濫用の法理が判例上確立しており,さらに近時は,労働基準法に18条の2「解雇は,

客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合は,その権利を濫用したものとして,無効とする。」が追加さ

れている。なお,一般に継続的契約関係では,信頼関係破壊の法理が解除権の発生を制約するが,この法理は逆に無催告解除を認める根

拠としても作用する点に注意。

・付随義務違反は解除原因になるか?

Case6:土地の売買において,当該土地の公租公課(税金)を負担すべき買主がこれを納付

しないため,売主が立替え納付して買主にその償還を請求したところ,買主がこれに応じな

い場合に売主は契約を解除できるか?

※ 判昭和 36・11・21 民集 15 巻 2507 頁は,このような事例において解除を否定する(立替え納付額が土地の時価に較べて小額であるの

で妥当?)。一般的には,ある義務が契約の「要素」に該当し,その不履行が契約目的の達成に重大な影響を与える場合であれば契約解

除の事由となる一方,義務違反があっても契約目的の達成に重大な影響を与えないときには解除を認めないとされるが,付随義務の不履

行の場合に同時履行の抗弁権を認めるか否かの問題と並び,一義的な解決は困難。

・債務の一部の履行遅滞の場合に解除は可能か?

Case7:Aは,出版社Bとの間で,月刊で逐次発刊,全体で 30 巻になる予定の百科事典を購

入する契約を結んだ。

①初回の配布時期になっても,Bが第 1 巻を送付してこない場合,Aは契約全体を解除でき

るか?

②9 巻目まではちゃんと配布されていたが,第 10 巻が配布時期に送られてこない場合はど

うか?

・すでに履行遅滞に陥っている当事者(先履行義務者)が相手方の履行遅滞を理由に契約を

解除できるか?

Case7-2:Aは 7 月 1 日にビンテージカーをBに 100 万円で売却する契約を締結し,引渡は 8

月 1 日,代金支払いは 9 月 1 日と定めた。しかしAはこれをBに売却するのが惜しくなり,

Bからの度重なる催告にもかかわらず,8 月 10 日になっても引き渡そうとしなかった。そ

の後,Aの気に入った別のビンテージカーが見つかったこともあり,Aは気が変わって,9

月 1 日に債権者Bの自宅へ行って現実の提供を行ったが,あいにくBは留守であった。これ

に腹を立てたAは,2日の間に代金を支払わなければ解除するとの催告書を郵便受けに入れ

て立ち去った。Aは,2日経ってBから何ら連絡がなかったので,解除の意思表示を郵送し

た。他方Bは,いままでさんざん催告したときには履行しなかったのに,そちらから解除す

るとは何事かとして解除の効力を争った。

・複数の契約によって構成される取引において,そのうちのひとつの契約の債務不履行によ

り,すべての契約を解除しうるか?

コメント [TH32]: 近時,労働

基準法に18条の2「解雇は,

客観的に合理的な理由を欠き,

社会通念上相当であると認め

られない場合は,その権利を

濫用したものとして,無効と

する。」が追加され,2004 年 1

月 1 日より施行されている。

本条により,従来,判例法理

として存在していた解雇権濫

用の法理の法令上の根拠が明

確にされ,使用者の解雇権が

これにより制限されている

(軽微な義務違反に基づく解

雇や必要のない人員整理のた

めの解雇は無効,不当な理由

に基づく解雇〔たとえばエイ

ズに罹患していることのみを

理由とする解雇〕も無効)。

コメント [HT33]: ページ :

92

※大判大 10 年 3 月 23 日民録

27 輯 641 頁は,履行遅滞中の

債権者が現実の提供をして契

約を解除したが,債務者が提

供の際留守であったケースで,

解除の効力を否定した。→債

権者は,履行遅滞の状況を解

消する旨の態度を明確にした

うえで履行の提供をしない限

り,契約の解除をなすことは

許されないと解すべき?(石

田穣)。

8

Case7-3(複合契約と解除):Aは,マンション販売業者Bからリゾートマンションを購入する

とともに,Bが開発する同マンション周辺のスポーツ施設の会員権を買い受けた。ところが,

Bが建設する予定であった屋内プールを建設しなかったため,当該義務違反を理由として,

マンションの売買契約及びスポーツ施設会員契約を解除した。

※この問題を扱った 高裁平成 8 年 11 月 12 日判決では,「同一当事者間の債権債務関係がその形式は甲契約及び乙契約といった二個以

上の契約から成る場合であっても,それらの目的とするところが相互に密接に関連付けられていて,社会通念上,甲契約又は乙契約のい

ずれかが履行されるだけでは契約を締結した目的が全体としては達成されないと認められる場合には,甲契約上の債務の不履行を理由に,

その債権者が法定解除権の行使として甲契約と併せて乙契約をも解除することができるものと解するのが相当である。」との判断が示さ

れている。

(ii) 要件③に関する問題

・履行期に履行が遅滞していることについて,債務者に帰責事由がない場合には? ※通説は,解除権発生の要件として債務者の帰責事由を挙げる。この点は,541 条の文言からは明らかではないが,履行遅滞を含む債務

不履行についての規定である民 415 条本文の解釈と,履行不能の場合の解除規定である 543 条との均衡上,債務者の帰責事由が必要と考

えられている。ただし証明責任については,債務者の側で,遅滞につき帰責事由がないことの証明責任を負う。

※金銭債務の履行遅滞を理由に当該債権の債権者が解除する場合にも,債務者は不可抗力をもって抗弁となしえないとするのが判例(

判昭 32・9・3 民集 11・9・1467)。しかし,学説上は解除については債務者の帰責事由を要すると解する見解が有力(後述)。

※履行遅滞に基づく解除権の成立要件として,債務者の帰責事由は必要でないとする説:

・解除は,債務者に対する制裁という意味よりも,債権者を反対債務から解放することを中心的な目的としているから,帰責事由は不要

である(星野)。

・損害賠償債権の成立要件としては債務者の帰責事由が必要であるとしても,帰責事由のない遅滞の場合に,いつまでも債権者が契約に

拘束されるとするのは妥当ではないので,履行遅滞による解除については帰責事由を不要とすべきであり,541 条の文言にも合致する(磯

村保)。

・遅滞を短期と長期に分け,短期の遅滞については帰責事由を必要とし,長期の遅滞については,これにより債権者に不当な不利益が生

じるおそれがあるときは,541 条の解除の要件として帰責事由は不要である(石田穣)。

・判例の態度は必ずしも明確ではなく,帰責事由を必要とするものやそうでないものもある。とくに金銭債務の履行遅滞については,そ

の損害賠償請求の場合(419 条)と同様に不可抗力を抗弁となし得ず,債権者は債務者に帰責事由なくとも契約を解除できるとするもの

がある( 判昭 32・9・3 民集 11 巻 9 号 1467 頁)。

(iii) 要件④(解除する側の当事者が自己の債務の履行ないし履行の提供を行っているこ

と)に関する問題

双務契約については,原則として双方の当事者は同時履行の抗弁権を有する。したがって,

相手方の履行の遅滞が違法な債務不履行になるためには,相手方の同時履行の抗弁権を封じ

ておかなければならない。

(iv)要件⑤に関連する問題

・相当期間とは?

※相当期間は,債務の内容と性質にしたがい,事案ごとに定まる。しかし,誠実に行為すべき債務者は,もともと履行期までに一応の履

行の準備をすませておくのが当然であるので,そのことを前提として,その後の履行を完了するに必要な猶予期間(具体的には,債務の

性質,取引界の実状に応じて異なる)だと考えればよい。これは,すでに債務者が履行の準備をしていることを前提にして事案ごとに決

定されるので,それほど長い期間ではない。

判昭 30・3・22 民集 9・3・321:昭和二六年一月二二日に営利会社間において成立した紡毛糸の売買契約において,売主から買主に対し

契約解除の前提としてなした代金 63 万余円の催告について定めた 2 日の期間は,不相当とはいえない。

判昭 39・10・27:家屋の賃貸人が,商人である賃借人に対し,4 年分の延滞賃料 18 万余円の支払催告を 5 月 1 日に行い同月5日に解除

の意思表示をした場合において,5 月 2 日が土曜日,5 月 3 日および 5 日が休日であつても,その解除の意思表示は催告後相当の期間経

過後のものとして有効。

コメント [TH34]: 双務契

約で債務者が同時履行の抗弁

権をもつ場合、履行遅延は違

法とならず履行遅滞責任は発

生しない。この意味で,同時

履行の抗弁権は債務不履行の

違法性阻却事由である。債権

者は自己の反対給付の履行の

提供をして,債務者の同時履

行の抗弁権を消滅させないと,

債務者を履行遅滞に陥らせる

ことができない。

9

・債権者が期間を定めないで催告した場合,催告は無効か?

判例によれば,相当期間を定めた催告と相当期間の経過という要件については,催告(相

当期間を定めていない催告,ないし不相当な期間を定めた催告)と相当期間の経過で足りる

とされている。

※したがって,期間を定めない催告は無効ではなく,催告から客観的にみて相当な期間が経過した段階で契約を解除できる(大判昭 2・2・

2 民集 6-133, 判昭和 29・12・21 民集 8・12・2211)。

・定めた期間が不相当であった場合には? ※期間の定めは効力がないが,催告自体は有効。したがって,解除の意思表示をするまでに客観的に相当な期間が経過していれば,やは

り解除権が発生する( 判昭 31・12・6 民集 10-12-1527)。

・催告期間の起算点は?

※催告の到達日から起算される。従って,延着した場合には,延着した日から起算する。たとえば 10 日に支払えとする催告が,本来な

らば 5 日に着くところ 7 日に延着した場合には,12 日までに支払えば良い( 判昭和 39 年 11 月 2 日民集 18-2025)。

・過大催告の効力は? ※債務者から見ていかなる債務の履行が求められているのかが判別できれば,本来の債務額の催告としては有効。問題は,債務の同一性

の認識ができるかどうかである。たとえば,1000 万円の債務につき 1200 万円支払えと催告する場合,債務者が 1000 万の債務に対して

であることが分かれば 1000 万円の債務についての催告として有効。利息につき争いがある場合などに生じうる。

※では,過小催告の効力は?:過大催告と同じ基準。ただし,催告のあった部分についてのみ有効。

→期間を定めなくても,期間が不相当であっても,過大であっても催告としては有効。

・催告が不要とされる場合はあるか?

Case8:Aは,友人のBに土地を賃貸し,Bはその上に家屋を建てて居住しはじめた。とこ

ろがBはある時点から,その土地は自分の所有物であると主張し,借地契約の存在自体を否

定して賃料の支払いを拒み続けた。そこでAが,賃料の支払いを催促するまでもないと思い,

催告をせずに契約を解除したところ,Bは,催告要件が満たされていないとして解除の効力

を争った。

※催告要件は,履行遅滞に陥っている債務者にも,もう一度履行の機会を与えようという配慮に基づく。したがって,このような配慮が

妥当しない場合,催告は不要とされうる。たとえば,債務者に著しい背信行為があり当事者間の信頼関係が破壊された場合には,催告は

不要である。 判昭和 49 年 4 月 26 日民集 28 巻 467 頁は,上のような事案で,9 年 10 ヵ月に渡り地代を支払わなかった場合,催告は不

要とした。なお,541 条は任意規定なので,催告不要の特約は有効( 判昭和 43・11・21 民集 22・12・2741)。

・停止条件付解除の意思表示,無催告解除特約,失権約款の効力は? ※催告と同時に,期日までに履行がないときは解除するという停止条件付の解除の意思表示をするのは原則的に有効(大判明治 43 年 12

月 9 日民録 16 輯 910 頁)。当事者の合意で催告を不要とする特約,たとえば「賃料を2ヶ月以上滞納したときはただちに解除できる」

などの約定(無催告解除特約)も一般的には有効だが,信義則上,無催告解除の効果や特約自体が無効とされる場合がある(「債務不履

行の程度が軽微な場合に解除は可能か?」の項を参照。また,消費者契約法 10 条との関係に注意)。さらに,失権約款(催告も解除の

意思表示も不要とする特約,たとえば「賃料を2ヶ月滞納すれば自動的に解除されたものとする」などの約定)の効力は,相当きびしく

吟味されるべきであろう(1回でも賃料支払を怠ったならば催告を要しないで当然に賃貸借が解除されるという約定は無効とする判決と

して,大決昭和 12・7・10 民集 16,1188。

また,賃貸借が仮に存続しているとすれば賃料を支払えという予備的催告に基づく解除は有効( 判昭 40年 3月 9日判時409号 32頁)。

・取立債務について持参して支払えとの催告は有効か?

※原則として無効。ただし, 判昭 47 年 1 月 20 日判時 659 号 55 頁は,賃借人がこのような催告をした場合でも,賃借人は,約一年半

にわたり賃料を支払わず,他方,賃貸人は催告前にたびたび取立に行ったが賃借人が不在であった場合,賃借人は,信義則上履行の準備

をして取立を促すべきであり,これをしない限り解除は有効とされた。

(b)定期行為に関する法定解除の要件(542 条):債務が定期行為の場合,債権者は履行期が

経過すれば催告なしに契約を解除できる。

・定期行為とは?

契約の性質または当事者の意思表示により,一定の日時や一定期間内に履行がなければ契約が無意味になってしまう場合の債務をいう。

コメント [TH35]: そのよう

に解さないと,期間の相当性

判断に関する危険を債権者側

に負担させることになる。

コメント [TH36]: ただし,債

務者が債務の履行を確定的に

拒絶している場合であっても

(それにとどまる場合には?,

口頭の提供すら不要となる場

合があるとしても),催告は

必要であるとする判例がある

(大判大正 11年 11月 25日民

集 1 巻 648 頁,学説は反対説

が強い)。

コメント [TH37]: 石田穣 83

頁参照

10

契約の性質上そうであるものを「絶対的定期行為」,合意に基づくものを「相対的定期行為」というが,これらは同一の法的処理に

服するので,区別の実益あまりはない。たとえば,カレンダーの注文作成債務,商人が顧客に中元として送るためのうちわを引き渡す債

務,クリスマス用の樅の木の引渡債務,結婚式用のモーニングの作成債務,講義ノートの引渡債務(講義ノートの売買契約に基づくノー

トの引渡義務は定期試験の前に履行されなければ意味がない)などである。

---------------------------------------------------------------------------- 予習のうえ,以下の質問に対する解答を考えておいて下さい。

①履行不能に基づく法定解除の機能は,履行遅滞に基づく法定解除の場合と比較するとどのような特色があるでしょうか。

②「不完全履行」とはどのような概念かを説明して下さい。

③不完全履行に基づく法定解除を直接に規定した条文は存在しませんが,どのような方法で法定解除権が導かれるのでしょうか。

④受領遅滞とはどのような概念でしょうか。

⑤受領遅滞の要件と効果を明らかにして下さい。

(c)履行不能に基づく法定解除の要件(543 条)

①履行の全部または一部が不能であること

②履行不能につき債務者に帰責事由があること ※債権者に催告させることは意味がないから,要件から省かれている。ただし,債権者から見て履行が不能になったか否かは明確でない

場合があるため,いちおう催告した上で解除することも可能。

履行不能に基づく解除は,債権者の利益にそれほど大きい影響を及ぼさない。不能になっ

た債務自体は填補賠償債務に転化してしまうため,契約上の拘束から解放されるという意味

が薄れるからである。

Case9:AはBに自己の所有する家屋を 1000 万円で売却する契約を締結したが,履行期前に

Aのたばこの火の不始末で焼失してしまった。Bは,その家屋をCに 1200 万円で転売でき

るはずであった。

Case9-2:Aの有する中古車と,Bの有する中古オートバイを交換する契約を締結したが,

履行期前にAのたばこの火の不始末で中古車が焼失してしまった。

(i) 要件①に関する問題

・履行不能とは?

・履行期前に履行不能が確定した場合には?

※履行不能の発生時期が履行期前であっても履行期後であっても,履行不能となった時点で解除権が発生する。

・債務の一部について履行不能となった場合には? ※履行可能な部分だけでも契約の目的を達成しうる場合には,履行が不能になった部分のみを解除でき,履行可能な部分だけでは契約の

目的を達成できない場合には,契約全体を解除できる。

(ii) 要件②に関連する問題

・債務者に帰責事由がない場合には?

危険負担の問題となる。なお,帰責事由の証明責任については,債務者が帰責事由の不存

在に付き証明責任を負う。

・債務者の責に帰すべき履行遅滞中に,帰責事由なく履行不能に陥った場合には?

Case10:Aが現在居住している家屋を友人Bに売却する契約において,A(引渡債務の債務

者)が引越屋さんに予約を入れるのを忘れて履行期を徒過しているうちに,当該家屋が放火

により焼失してしまった。

(d)不完全履行に基づく法定解除の要件

・不完全履行とは?:履行期に一応の履行がなされたが,それが不完全な場合

・不完全履行における解除

コメント [HT38]: ページ :

95

では,ある女子学生が卒業パ

ーティ用に派手なドレスを注

文する行為はどうか。あるい

は教授がモーニングを注文す

るのはどうか。 定期行為の

場合,債権者は,履行期が経

過すれば催告なしに契約を解

除しうる。ただし

コメント [TH39]: ただし,

目的物に価格変動がある場合

には,いつの時点で目的物の

価値を算定するかという問題

があり,解除時点での目的物

の客観的市場価格を基準とす

コメント [HT40]: この場

合,Bが家屋の引渡を望んで

もそれは不可能であるから,

解除しないとすれば,本来の

給付にかわる填補賠償として

1200 万円を求めることになる

コメント [HT41]: 物と物

との交換契約では,一方の物

の給付が不能になった場合,

解除するのとしないのとで違

った利益状況が生じる。解除

すればBのオートバイ引渡し

コメント [HT42]: ページ :

96

物理的不能の場合に限らず,

社会通念上の不能も含まれる。

たとえば,特定の家屋の売主

が同一家屋を第二の買主に売

コメント [TH43]: この場

合,債務者は責めに帰すべか

らざる履行不能の結果につい

ても責任を負う。

コメント [HT44]: ページ :

96

講義で100話したうち5つ

間違っていた,という場合。

不完全履行をどのように理解

するかについては,争いがあ

解除の意思

... [27]

... [25]

... [28]

... [26]

... [24]

... [29]

11

※不完全な履行の追完が可能な場合と不可能な場合とで区別。追完が可能な場合は,履行遅滞に準じて扱われ,不可能な場合には履

行不能に準じて扱われる。

※一見,不完全履行のように見える事例の多くは,遅滞か不能の問題として処理が可能であったり,瑕疵担保責任の問題であったりする

点に注意。それ以外の場合,付随的給付義務の不履行や付随的注意義務違反でも,契約目的が達成できなくなれば解除が認められる場合

がある(代金が完済されるまで建物を建てない義務が違反された事例として, 判昭 43 年 2 月 23 日民集 22 巻 2 号 281 頁)。

(e)受領遅滞に基づく解除?:債権者の側の受領遅滞(413 条)に基づき,債務者が契約を解除

することは可能か? ※受領遅滞:債務者が弁済の提供をしたにもかかわらず,債権者がその受領を拒みまたはそれを受領することができないため,履行が遅

延している状態をいう(413 条)。債権者遅滞ともいう。

判例および多数説は,受領遅滞を一種の法定責任であると解し,受領遅滞の効果について

損害賠償や解除権の発生を認めない。

他方,債権者には弁済を受領する契約上の義務が発生することを前提とした上,不受領を

一種の債務不履行(債権者の受領義務違反)とみて債権者の帰責事由を要件に加えつつ,効果

として債権者に損害賠償責任が発生することを認め,かつ債務者は契約を解除できるとする

見解があり,これを債務不履行責任説という。

※受領遅滞の法的性質(法定責任か債務不履行責任か)とも関連し,受領遅滞一般が解除原因になるかは争いがある。判例は,原則とし

て受領遅滞による債務者の法定解除権を否定するが(請負契約において注文者が完成した制作物を受領しない場合について, 判昭和

40 年 12 月 3 日民集 19 巻 2090 頁),肯定する判例もある:宅地に転用するための農地の売買契約において,代金未納の買主が農地法5

条の許可手続にも協力しないので債務者がなした契約の解除は有効であるとするものとして, 判昭和 42 年 4 月 6 日民集 21 巻 533 頁。

学説も分かれている。

他方,受領遅滞に陥った債権者からの解除については, 判昭 45 年 8 月 20 日民集 24 巻 9 号 1243 頁を参照。これによれば,賃貸人が

賃借人の提供した賃料の受領を拒んでいる場合において,当該賃貸人が,その後借家人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除する場合

には,「賃料の受領拒絶の態度を改め,以後〔賃借人〕より賃料を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示する等,自己の受領遅

滞を解消させるための措置を講じたうえでなければ,〔賃借人〕の債務不履行責任を問いえない」とされる。

・そもそも,受領遅滞は債務不履行か?

コメント [HT45]: ページ :

96

追完が可能か不可能かは,物

理的基準のみならず社会通念

上の基準によっても決される。

例:購入した講義ノートの内

容が不正確であったため試験

に落ちた。追完しても意味が

ない→追完不可能。

コメント [HT46]: たとえ

ば,引渡債務の多くがこれに

属する。電気店で購入した新

品のノートパソコンの液晶画

面が部分的に映らなかったと

いう場合,完全な瑕疵のない

ものを引き渡す義務が履行遅

滞に陥っていると考えられる。

また,正確な講義ノートを引

コメント [HT47]: 受領遅

滞(債権者遅滞ともいう)と

は,債務者が弁済の提供をな

したにもかかわらず,債権者

がその受領を拒みまたはそれ

を受領することができないた

め,履行が遅延している状態

をいう(413 条)。不作為債務

を別とすれば,債務を履行す

コメント [HT48]: ページ :

97

債権者が目的物を受領しない

場合,債務者はこれを供託す

ることにより債務を免れるこ

とができるが,目的物を受領

しない債権者を保護する必要

はなく,債務者は供託などを

しないで契約を解除し,目的

コメント [HT49]: ページ :

97

通説,いわゆる法定責任説は,

この受領遅滞を債務不履行と

はしないので,解除権の発生

を認めないが,我妻のように,

これを債務不履行を認めると

解除権が肯定されうるし,特

定の契約類型(売買,請負,

... [30]

... [31]

... [32]

... [33]

... [34]

12

(6)解除権の行使

(a)解除権の行使方法は?

・解除権は,行使されることで契約の解消・清算という法律効果をもたらす形成権であり,

その行使は,相手方に対する意思表示によってなされる単独行為である(540 条 1 項)。解除

権の行使は裁判上,裁判外のいずれにおいてなされても良い。

Case11:Aは,交通事故で体が不自由になったので,いままでの家屋では生活に不便なため,

Bとの間で自己の所有家屋を売却する契約を締結していた。しかしAは,引渡について履行

期を遅らせたために,Bから契約を解除する旨の通知を受けた。そこでAは,しばらく自分

で住むつもりで家屋を大幅に改造したところ,その後Bから,解除を撤回するのでもと通り

の家屋を引き渡して欲しいといわれた。もとの家屋に戻すのは金がかかるし,どうしたもの

か?

(b)解除権不可分の原則:契約当事者が複数いれば,解除の意思表示は一方の側の当事者全

員から,またはその全員に対して行う必要があり,解除権の消滅は全員につき効果が生じる。

法律関係の複雑化を防止する趣旨である(544 条 1 項)。ただし,544 条は当事者の意思の推

定規定であるから,特約により,解除権不可分の原則は排除しうる。 ※たとえば,家主が共同借家人に対して借家契約を解除しようとする場合には,共同借家人の全員に対して解除の意思表示をなさねばな

らない。

Case11-2:建物の共有者A,B,C,Dは,共有目的物たる建物をEに賃貸していたところ,

Eは長期にわたり賃料支払いを遅滞していたため,契約を解除しようと考えた。ところが,

Eの友人であったDだけは,契約の解除に強硬に反対した。A,B,Cは契約を解除できな

いのだろうか?

(c)債権譲渡がなされた場合,債権の譲受人は契約の解除権を有するか?

原則として解除権を有しない。解除権を有するのは契約に基づき債務を負担している譲渡

人である(解除は契約上の債務から免れることを主たる目的とする制度だから)。

※契約上の地位の移転(たとえば,賃貸目的物になっている物件を譲り受けた者へ,賃貸人たる地位が包括的に移転する場合)と区別す

る必要がある。

(d)逆に,債権の譲渡人が契約を解除する場合,譲受人の同意が必要であるか?

判例は同意が必要であるとする(大判昭和 3 年 2 月 28 日民集 7 巻 107 頁)。

売主 買主

目的物引渡債権

A 代金債権 B

債権譲渡

・AC間で代金債権の譲渡がなされた場合,Cは契約の解除権を有しない(解除権を有するのは,依然として目的物引渡し債務を負うA)。

・ただし,Aが契約を解除する場合,それによってCの代金債権も消滅するのだから,解除にはCの同意が必要であるとされる。

-------------------------------------------------

コメント [TH50]: 裁判上

のみで行使しうる権利として,

424 条の詐害行為取消権があ

る。解除は,一般には,内容

証明配達証明便を用いて,解

除する対象の契約を特定して

解除事由を明示した通知書を

出すことが多いが,これは後

日に証拠を残すためであって,

解除権の行使には書面は不要

コメント [TH51]: 解除権

がいったん行使されると,相

手方保護のためにこれを自由

に撤回できなくなる。自由に

撤回できるとすると,契約が

コメント [HT52]: ペー

ジ : 98

一方当事者が複数存在し,そ

の一人につき解除権が消滅し

た場合,他の者についても解

コメント [TH53]: (解除権の

不可分性)

第五百四十四条 当事者の一方

が数人ある場合には,契約の解

除は,その全員から又はその全

員に対してのみ,することがで

きる。

コメント [TH54]: ただし,

共有物を目的物とする契約に

ついて共有者側からする解除

は,共有物の管理に関する事

項として 252 条によるので多

コメント [TH55]: この場

合,当事者に544条1項の

解除権不可分の原則を排除す

る特約がなければ,原則とし

て解除権不可分の原則が適用

コメント [HT56]: ページ :

98

読み方に注意。「ゆずりうけ

にん」。

コメント [HT57]: ページ :

98

ただし,譲受人は 545 条 1 項

但書の第三者に該当すると解

する見解によれば,譲渡人は

... [35]

... [36]

... [37]

... [38]

... [39]

... [40]

... [41]

13

(7)解除の効果その1-当事者関係 予習のうえ,以下の質問に対する解答を考えておいて下さい。

①解除権が行使された場合,契約の効力はどうなるでしょうか。

②「原状回復義務」とはどのような場合に生じるどのような内容の義務でしょうか。

③民法545条1項ただし書はどのような場合に適用され,どのような機能を果たしているでしょうか。

④解除と損害賠償義務,原状回復義務の関係について説明して下さい。

Case 12(使用利益・抽象的利用利益の返還と原状回復義務):Aは,Bから代金 50 万円で

パソコンを購入し,代金は後払いとした。Aは,パソコンを受け取り,3ヶ月にわたって使

用したものの,たまたま勤めていたアルバイト先を首になったため,代金の支払いを怠った。

そこでBは,催告のうえ,Aとの契約を適法に解除した。以上の事実を前提として,以下の

①~③を考えよ。

①パソコンは中古品として,市場価格が 40 万円に下がっていた。そこでBは,Aの使用利

益がこの価格低下分に相当するとして,パソコン本体の返還に加え,10 万円の支払いを請

求してきた。Aは,これに応じねばならないか?

①-2 Aは,このパソコンを,解除される前の2ヶ月間,友人のCに賃貸して5万円を稼い

でいた。Aはこの5万円をBに返還すべきだろうか。

②Aがパソコンを全く使用せず,新品のまま3ヶ月間自宅に保管していたときはどうか?

③さらに,パソコンは,ハードディスクがクラッシュしており,修理費用 10 万円が必要で

あった。この場合,BはAに何を請求できるか? 解除される前(あるいは解除後返還され

る前)に発生した地震で机から落ちてクラッシュした場合(③-1)と,解除される前(ある

いは解除後返還される前)にAがうっかりと机から落としてクラッシュした場合(③-2)と

で違いが生じるか? また,③-1 と③-2 のそれぞれの事例において,損傷したパソコンに

は,もともと液晶の一部に原因不明の不具合があったという場合(③-3)はどうか?

(a)はじめに

解除権が行使された場合,契約の各当事者は相手方を原状に回復させる義務を負う(545 条

1 項本文)。契約の解除とは,契約の解消・清算をもたらす制度であるから,①すでに履行し

たものがある場合には返還を請求しうるし(原状回復義務),②未だ履行していない債務は免

れる,③解除しても損害賠償は請求しうる(545 条 3 項),ということになる。解除のこのよ

うな法的効果をどのように説明するかにつき,次の4説がある。

①直接効果説(判例・通説):解除により契約の効力が遡及的に消滅するとし,その結果,

すでに履行した物の返還を請求できるとともに,未履行債務は消滅する。そして,債務不履

行により当事者に損害が生じた場合は,契約関係が遡及的に消滅したとしても事実として債

務不履行により損害が生じた以上,損害賠償請求権まで消滅するものではないとする(545

条 3 項は,解除の遡及効の制限を定めた規定として理解される)。

②間接効果説:解除により,解除時点の法律関係を前提として,未履行の債務については履

行を拒絶できるようになり,既履行の債務については契約前の状態に戻すための義務がそれ

ぞれの当事者に発生する。

③折衷説:既履行の給付については解除時点から返還義務が生じ(間接効果説と同様),未

履行の債務は同時点で消滅する(直接効果説と同様)。

④原契約変容説:解除により,原契約上の債権関係が,本来履行すべきであった債務内容を

も含めて,原状回復へ向けた内容の債権関係に転換される。

※損害賠償請求は解除をしても認められ(545 条 3 項),内容は履行利益賠償である(判例・通説)。この点では,遡及効を認める直接

効果説は整合性に欠けるが,理論構成の簡明さから,直接効果説が判例・通説である。以下では直接効果説を中心に述べる。

コメント [TH58]: 私は,使

用利益の範囲は民法545条

2項の文言どおり,交付され

た金銭から生じる利息に限ら

れるべきと考えます。

なぜこのように考えるかとい

うと,先生の授業中の説明で

は,価値下落分をすべて使用

利益として考えていますが,

そう考えると,不都合が生じ

コメント [HT59]: ページ :

99

545条1項の

コメント [HT60]: ここで

は,抽象的利用利益(実際に

利用はしていないが,利用は

できた場合)の問題が扱われ

ている。この点についての判

コメント [TH61]: 契約目

的物が解除時点ですでに滅

失・損傷している場合である。

③-1:原状回復義務の目的物

コメント [TH62]: 現状と

原状の区別に注意。

コメント [TH63]: 大判大

7・12・23民録24輯2

396頁,大判大8・4・7

民録25輯558頁など多数。

コメント [TH64]: 現在,ドイ

ツでも間接効果説をとる主要

学説は存在しない。未履行債

務については解除しても契約

が消滅しないのだから履行請

コメント [TH65]: 理論的

正当化に成功しているとは言

えない。

コメント [TH66]: すでに

給付されたものに関する原状

回復は,精算関係そのもので

ある。未履行債務からの開放

という効果は,原契約の変容

原状回復義

務の具体的内容として,果実

の返還に加えて,現実に使用

... [44]

... [42]

... [43]

... [46]

... [45]

... [47]

14

直接効果説 双方とも未履行の場合 代金債務のみ未履行の場合

家屋の売主 買主 家屋の売主 買主

A 代金債権 B A 代金債権 B

所有権

目的物引渡債権 家屋(履行済)

原状回復義務(不当利得返還義務)

間接効果説 双方とも未履行の場合 代金債務のみ未履行の場合

A B A B

代金債権 代金債権

抗弁権の発生 抗弁権の発生

抗弁権の発生 所有権

目的物引渡債権 原状回復義務 家屋(履行済)

原契約変容説:もとの契約が,解除により,精算に向けた法律関係へとトランスフォーメーション(組み換え)される

双方とも未履行の場合 代金債務のみ未履行の場合

代金債権 代金債権

A B A B

家屋(履行済み)

目的物引渡債権 原状回復義務 所有権

原契約の変容による精算関係の一環として,未履行債務の消滅 原契約の変容による精算関係の一環として,原状回復義務の発生

原状回復義務:法律上の原因に基づいて給付されたものについても精算関係に取り込まれるという制度から生じる。

(b)契約関係の解消・清算とは,具体的にはどのような形態をとるか?

観念的な解消・清算(以下の①)と,現実的な解消・清算(以下の②)がありうる。

①観念的精算:当事者の行為をなんら要せず解除により契約関係が解消・清算される場合。

たとえば,未履行債務の消滅,契約により変動した物権の復帰,契約により消滅しあるいは

免除された権利の復活など。これらの場合,原状回復義務を持ち出す必要はない。

※借地人が借地を買受けて所有者となった後に借地の売買契約が解除された場合,売買契約により消滅した借地契約は当然に復活する

(大判昭和 8 年 11 月 1 日法学 3 巻 4 号 90 頁)。なお,契約によって発生した債権が解除前に相殺に用いられ,反対債権が消滅した場合

には,解除により右の債権(自働債権)が消滅するから,相殺も無効で反対債権(受働債権)も復活する。

②現実的精算:解除による契約関係の解消・清算が当事者の行為によりはじめて現実化され

る場合→この場合の義務を原状回復義務という(下記(c)参照)。双務的に原状回復義務が発

生する場合は,両債務は同時履行関係に立つ(546 条)。

(c)原状回復義務の具体的内容(545 条 1 項)

解除の際の原状回復義務は,基本的には不当利得返還義務の性質を有し,受領時と同様の

状態で目的物を返還する義務が中心である。しかし,契約関係の解消に伴う清算を適切に実

現するという観点から,通常の不当利得に比べて返還の範囲が広い。 ※使用利益の返還をも含む点で(case12①参照),189 条 1 項(善意の占有者は果実収取権を有する)より返還の範囲が広い。

①目的物から生じた果実:契約目的物から生じた果実は,原状回復義務における返還対象に

含まれる(判例・通説)。

コメント [TH67]: したが

って,原状回復義務は不当利

得返還義務ではない。家屋の

所有権はBにある点に注意。

コメント [TH68]: 果実返

還が原状回復義務の内容に含

まれるとする場合の根拠条文

は? 545条1項の解釈

論? 545条2項の類推適

用?

15

※果実が原状回復義務における返還対象に含まれるとの解釈論は,直接効果説をとる限り,天然果実および法定果実の一部について

は,民法 89 条により導くことができる。

※双方とも給付済みの場合には,575 条(果実の帰属と代金の利息支払義務)を類推すべき(ただし,双方とも給付済みの場合に解除が

なされることは少ない)。

②目的物の使用利益:受領した物を当事者が実際に利用した場合には,物の返還と合わせて,

使用により生じた利益も返還の対象となる(判例・通説→Case12①)。受領物が金銭である

場合については,受領時からの利息を付して返還すべき旨が規定されている(545 条 2 項:

利率は民法 404 条〔5%〕や商法 514 条〔6%〕による)。 ※では,金銭以外の物で,利用可能な状態であったが,実際には全く使用していなかったらどうか?→Case12②

※金銭以外の物を受領した場合にも,金銭との均衡から受領物の受領時点からの果実および客観的使用利益を返還しなければならないと

すれば,これにより,双方とも履行済みの場合,「売主の代金+利息返還義務」と,買主の「目的物+果実および使用利益返還義務」と

の間で均衡が保たれることになる。そのため,契約の解消に伴う精算関係一般について,民法 575 条を類推適用するという解釈が学説上

は比較的有力である。他方,占有者の果実収取権につき,占有者の善意・悪意で区別をする民法 189 条・190 条は,契約関係にない所有

者・非所有者間での物の支配価値の帰属割り当てに関する規定なので,表見的契約関係の精算局面では適用されないとする見解が有力(不

当利得法の基本構造を財貨帰属秩序と財貨移転秩序の二つに分けて理解するのが近時の学説の一般的な見解)。

③目的物に投下した必要費・有益費:当事者が受領物に必要費や有益費を支出した場合,当

事者は,必要費については全額,有益費については物の価格の増加が現存する場合に限りそ

の出費額または物の増加額の償還を求めることができる(民法 196 条あるいは民法 299 条で

処理する見解が有力)。

④目的物の滅失・損傷:下記(d)参照(→Case12③)

(d)解除された契約に基づき受領した物が滅失・損傷している場合は?

Case13:①Aは,友人のBにビンテージバイク「初期型SR500」を 50 万円で売却し,引渡

しと代金支払を済ませた。この契約では,バイクの名義変更はAの義務とされており,その

違反についても解除の対象となる旨が定められていた。その後,Aがいつまでたっても名義

を変更しないので,Bは履行の提供および催告のうえ,契約を適法に解除した。しかし,引

き渡したバイクは,Bがこれを保管していた別荘の裏山から生じた土石流により,すでに滅

失していた。この場合の原状回復義務の内容は?

②逆に,契約上,名義変更がBの義務とされている場合において,Bのこの義務の違反によ

り,Aが契約を解除した。ところが,Aが引き渡したバイクは,Bの乱暴な運転の結果,す

でに事故により滅失していた。この場合の原状回復義務の内容は?

①滅失・損傷が当事者の帰責事由に基づかない場合:どちらの当事者からも解除が可能(548

条 2 項)。この場合に,548 条 2 項を機械的に適用し,滅失した物の受領者は返還義務を負わ

ないが対価の返還を受けることができると解するのは妥当でないため,さまざまな見解が主

張されている。

まず,Case13①のように,相手が物の対価をすでに受領している場合については,民法 536

条を類推し,物の滅失の場合には相手はその代金を返還しなくてもよいと解する見解(裏返

しの危険負担問題であり債務者主義に従うとする)も有力である。しかし,もともとの給付

が対価的均衡を欠いていた場合(本来,錯誤無効や詐欺取消しが可能であるが解除がなされ

ている事例や,滅失した物に隠れた瑕疵があり民法 566 条に基づく解除がなされた場合など)

には,価値の高い給付をなした方の当事者にのみ不利益となり,必ずしも原状回復の目的に

そぐわないとして,危険領域説(支配領域説)的な解決を指向する見解もある(内田など)。

すなわち,双方の債務の対価的牽連性を前提とした解決(双方の原状回復義務の共倒れ)で

はなく,それぞれの当事者は,自らの支配領域で生じた損傷・滅失のリスクを帰責事由がな

くとも負担するのであり,目的物が滅失した場合,これに代わる時価相当額の返還義務が原

状回復義務として生じるとする。この見解によれば,Case12③-1 のように他方の債務が履行

コメント [HT69]: (果実の帰

属及び代金の利息の支払)

第五百七十五条 まだ引き渡さ

れていない売買の目的物が果実

を生じたときは,その果実は,

売主に帰属する。

2 買主は,引渡しの日から,

代金の利息を支払う義務を負

う。ただし,代金の支払につい

て期限があるときは,その期限

が到来するまでは,利息を支払

うことを要しない。

コメント [TH70]: 双方と

もに履行がなされた後に解除

がなされる場合の典型例とし

て,契約の目的物に隠れた瑕

疵があり,契約目的が達成で

きない場合がある。

コメント [TH71]:

(大判昭 12・11・16 民集 16 巻

1615 頁)。借地人のした土台

の入替え工事,道路改修や隣

コメント [HT72]: (占有者に

よる費用の償還請求)

第百九十六条 占有者が占有物

を返還する場合には,その物の

保存のために支出した金額その

他の必要費を回復者から償還さ

せることができる。ただし,占

有者が果実を取得したときは,

通常の必要費は,占有者の負担

に帰する。

コメント [TH73]: この場

合,Bは合意に基づいて解除

権を有しており,他方,バイ

クの滅失は,Bの責に帰すべ

き事由に基づかないので,5

48条2項に基づき,Bはな

お解除が可能である。危険領

コメント [TH74]: 契約の

目的物が買主の帰責事由に基

づいて返還不能になった事例

である。この場合,Aに債務

不履行があり,すでにBに解

除権が発生していたとしても,

受領者たる買主からは解除で

必要費

とは,通常の用法に適する状

態において目的物を保存する

ために支出された費用をいう

... [49]

... [50]

... [51]

... [48]

... [52]

16

されていなかった場合にも,受領した目的物の価格を返還する義務を負うと解すべきこと

になる。 ※この問題を直接に扱う判例はない。関連する事例としては,目的物の返還不能が給付者の帰責事由に基づく場合,給付受領者は,目的

物の返還に替わる価格返還義務を負わないとするものがある(所有権留保付きの自動車の売買〔他人物売買〕において,所有権者からの

追奪により買主が目的物の占有を失ったため,買主が 561 条に基づき売買契約を解除した事例。目的物の返還不能につき有責な他人物の

売主は,契約を解除した買主に価格償還を請求できないとしつつ,使用利益の返還請求を肯定( 判昭和 51 年 2 月 13 日民集 30-1-1)。

②滅失・損傷が当事者の帰責事由に基づく場合:受領者の責めに帰すべき事由によって目的

物が滅失・損傷した場合には,受領者の側からは解除できないので(548 条 1 項),相手方が

解除する場合のみが問題となる(Case12③-2,Case13②)。 ※学説は定まっていないが,悪意の占有者と同様に,目的物の価額を含め,全損害の賠償をなすべきである(191 条本文の類推)と解する

見解が有力(星野,内田)。

※上記①②の場合で,滅失・損傷した物に瑕疵があった場合(Case12③-3 で,液晶の不具合が原始的瑕疵に基づく場合など),瑕疵に

よる価値減額部分については原状回復すべき価額から減額されるべき。

(e)保証人が契約上の債務を保証した場合,当該保証は解除の際の原状回復義務にも及ぶ

か?

※原状回復義務にも及ぶとするのが判例( 判昭和 40・6・30 民集 19 巻 1143 頁)であると説明されることが多い。ただし,当該判例の射程

範囲は非常に限定されている点に注意すべき。

コメント [HT75]: このよ

うに考えると,

とになる。本来の債務者危険

負担が適用される場合,双方

の債務が消滅するので当事者

間では価値の移動がゼロにな

るだけだが,裏返しの危険負

担では,双方の原状回復義務

コメント [HT76]: この問

題を解説するのにあまり適切

な判例とはいえない。「売買

契約解除による原状回復義務

の履行として目的物を返還す

ることができなくなつた場合

において,その返還不能が,

コメント [HT77]: この規定

を消費者取引に適用した場合,

品質の悪い商品をそれと知ら

ずに消費した消費者は解除権

を失うことになる。この結果

の妥当性については,有力な

批判がある。

コメント [HT78]: 悪意の

占有者(自分が所有者でない

ことを知っていながら他人の

物を勝手に使っているうちに

壊してしまった)と,自らの

債務不履行で解除される者を

同視する。また,滅失や損傷

コメント [TH79]:

コメント [TH80]:

わち,この場合には,当該保

証の範囲は,「売主の債務不

履行に基因して売主が買主に

ページ : 102

つねに引き渡された物と同価

値の返還を義務づけられるこ

売買契

約の解除のように遡及効を生

ずる場合には,その契約の解

除による原状回復義務は本来

の債務が契約解除によつて消

滅した結果生ずる別個独立の

債務であつて,本来の債務に

「特定物

売買の売主の目的物引渡債務

についての保証がなされた場

合」に限定されている。すな

... [53]

... [56]

... [54]

... [57]

... [55]

... [58]

17

(8)解除の効果その2-対第三者関係

Case14:Aは,自己の所有する家屋を友人のBに売却し,引渡しと移転登記とを先にすませ

たが,Bがけっきょく代金を支払わなかったため,催告のうえ適法に契約を解除した。とこ

ろが,Aが家屋に行ってみると,Bの親戚Cが,Bからこの家屋を購入したと主張してこれ

を占有していた。この場合のAとCの法律関係につき,以下の①②に答えよ。

①BからCへの譲渡がAの解除の前になされており,現在登記がCにある場合,Bにとどま

っている場合,Aに戻されている場合のそれぞれにつき論ぜよ。

②BからCへの譲渡がAの解除の後になされており,現在登記がCにある場合,Bにとどま

っている場合,Aに戻されている場合のそれぞれにつき論ぜよ。

Case14①

①家屋の売買契約 ③家屋の転売

A B C

②引渡しと移転登記

④Aが解除

Case14②

①家屋の売買契約 ④家屋の転売

A B C

②引渡しと移転登記

③Aが解除

解除によるB→Aへの「復帰的物権変動」とBからCへの転売は,Bを起点とする二重譲渡?

(a)545 条 1 項ただし書の意義

第三者の取得した権利は契約の解除によって害されない(545 条 1 項ただし書「第三者の権

利を害することはできない。」)。直接効果説(解除の効果として契約によって生じた権利

の移転も遡及的に効力を失うとする)をとる以上,A→B→Cと目的物が順次譲渡された後

にAB間の契約が解除された場合には,目的物の所有権は一度もBのところへは行かなかっ

たのだから,無権利者Bと取引したCは(解除の前後を問わず,また,登記があっても)所

有権を取得しえないということになってしまう。そこで,第三者の保護は解除の遡及効の制

限という構成にならざるを得ない(545 条 1 項ただし書)。 ※この場合,民法 94 条 2 項や 96 条 3 項と違って第三者の善意が要求されていない点に注意。

(b)545 条 1 項ただし書にいう「第三者」とはいかなる者を指すのか?

通常,「第三者」とは,法律行為の当事者およびその包括承継人以外のすべての者を指す

概念であるが,ここでは,「解除される契約から生じた法律効果を前提として,解除までに

新たな権利を取得した者」をいう(すなわち,解除の前に,解除される法律関係から生み出された権利関係を前提とし

て,取引にかかわって新たな法律関係を築いた者)。たとえば,給付目的物を譲り受けた者,給付目的物に

抵当権や質権を設定した者,給付目的物を差押えた債権者,給付目的物を賃借した者などで

ある。ただし,それぞれの権利についての対抗要件を備える必要がある(〔判例・〕通説)。

※逆に,本条の第三者に該当しない者として,解除によって消滅する契約上の債権自体の譲受人(大判明 42・5・14 民録 15・490,大判

大 7・9・25 民録 24・1811 等)や当該債権の差押債権者(大判明 34・12・7 民録 7・11・16)・転付債権者(大判昭 9・5・16 民集 13・

894),第三者のための契約の受益者などが挙げられる。借地契約が解約された場合の借地上の建物の借家人,借地上の建物の抵当権者

コメント [HT81]: 判例に

よれば,B→Cの譲渡は,A

の解除の前になされたのか,

後になされたのかで結論的に

は異ならない。解除の前後を

問わず,結局は対抗問題にな

る(

和 33 年 6 月 14 日民集 12 巻 9

号 1449 頁:AB間になされた

コメント [HT82]: 解除に

より給付目的物の所有権は自

動的にもとの所有者に「復帰」

する(大判大8・4・7民録

25輯558頁, 判昭3

5・11・29民集14巻3

号2869頁)。

もちろん,直接効果説に立

っても,物権行為の独自性と

コメント [HT83]: よく教

科書には,この理由として,

「取消原因があるか否かは予

め知ることができるが,解除

がなされるか否かについては

予め知りえないので善意か悪

意かを問題にする余地がな

い。」という点があげられて

いるが,債務不履行があり解

コメント [TH84]: 解除と

いう波をかぶる者を保護する

ためのシールドが,545 条1

項ただし書。このことからす

れば,解除の波が来て過ぎ去

った後に現れた第三者が 545

条1項ただし書の第三者に当

たらないことは,むしろ当然。

コメント [TH85]: 従って,5

45条1項ただし書は,解釈に

より次のように補足修正されて

いることになる。

(解除の効果)

第五百四十五条 当事者の一方

がその解除権を行使したとき

は,各当事者は,その相手方を

原状に復させる義務を負う。た

だし,

判例は,解除前に現れた

第三者については,合意解除

の例が1件あるだけ。 判昭

解除される契約から生じ

た法律効果を前提として,解除

... [59]

... [60]

... [61]

... [62]

18

および抵当権実行による競落人( 判昭 47・3・7 判時 666・48)は,借地契約が解除された場合の清算関係につき,利害関係に立た

ない第三者であるとされる。

※「契約から生じた権利を解除前に新たに取得した者」と表現すると,解除によって消滅する債権自体の差押債権者や譲受人の場合が含

まれてしまうが,これらはここにいう第三者に該当しない(下記事例参照)。

Case15:AB間の契約により生じたAに対するBの債権を,BがCに譲渡した後でAB間の

契約が解除されたならば,Cは 545 条 1 項ただし書にいう第三者として保護されるか?

※この場合,C(債権の譲受人)は権利を失う。Cの債権は,解除された契約自体の構成部分だから,契約自体の遡及的消滅をもたらす

解除によりCの債権も消滅する。

売主 買主

目的物引渡債権

B 代金債権 A

債権譲渡

Case16:Bが,Aに対する債権をCに譲渡した後,CがこれをさらにDに譲渡し,その後に

BC間の債権譲渡契約が解除された場合には,Dの権利はどうなるか?

売主 買主

目的物引渡債権

B 代金債権 A

債権譲渡

債権譲渡

※この場合のDは権利を失わない。なぜなら,Dの債権はBC間の契約から生じたものではない(AB間の契約によって生じた)から

545 条 1 項ただし書が適用される結果,BC間の契約の解除により影響を受けないからである。

(c)第三者保護の詳細(→Case14):

①解除前に現れた第三者は 545条 1項ただし書で保護されるためには対抗要件を備えている

必要があるか?→Case14①

通説は,解除の直接効果説を前提とし,545 条 1 項ただし書を解除の遡及効を制限する規

定ととらえつつ,この場合の第三者は同条で保護されるには対抗要件を備えている必要があ

るとする。すなわち,対抗要件を備えるに至ってはじめて,545 条 1 項ただし書により保護

されるとする。 ※判例については,解除前に現れた第三者につき合意解除の事例が1件あり,解除前の第三者が保護されるには対抗要件を備えている必

要があるとされているが( 判昭和 33 年 6 月 14 日民集 12 巻 9 号 1449 頁),その理論構成は必ずしも明確ではない。

しかし,不動産物権変動に関する 177 条は,いわゆる二重譲渡の関係(当初の所有者Aを

起点としたA→B,A→Cの二重譲渡)において機能する規定であり,転々譲渡のこの場合

(A→B→C)にはそもそも該当しない。しかも,判例・通説が直接効果説をとることを考

えると,解除の遡及効により無権利者となったBから所有権を譲り受けたCは,無権利者と

取引したわけであるから,はじめから無権利者だったことになる。したがって,判例・通説

の考え方を前提とすると,この場合の登記は,権利保護資格要件(権利資格保護要件?)

として理解されることになる(権利保護資格要件としての登記が問題とされる例として,こ

れ以外にも,詐欺取消の場合の善意の第三者がある)。 ※民法 545 条 1 項ただし書の第三者として保護される要件に対抗要件の具備を付加する場合,同条は次のように制限解釈されることにな

る。「当事者の一方がその解除権を行使したときは、契約は当初に遡ってその効力を失う。各当事者は、その相手方を原状に復させる

コメント [HT86]: 取引の安

全が害されるという観点からは

両方の場合を区別する根拠はな

いとして,前者についても545条

1項但書にいう第三者に含める

べきであるとの見解がある(石

田穣・潮見佳男)。しかしCase15

の場合,Aは,Bに債務不履行

があれば解除して履行を拒むこ

とができる地位にあったのであ

り,これを債権譲渡により奪う

ことはできないという468条2項

(譲渡人が譲渡の通知を為した

コメント [HT87]: 通説・判

例によれば,第三者Cは解除

の前後を問わず,Aより先に

登記を備えればAに勝てるが,

Aが先に登記を戻してしまえ

ば確定的に負けることになる

(では,解除前の第三者Cに

コメント [HT88]: 545 条 1

項ただし書の「第三者」に該

当したうえで登記がさらに必

要とされるということではな

く,545 条 1 項ただし書につ

いて,「対抗要件を取得した

第三者」と制限解釈をなすこ

コメント [TH89]: AB間

になされたA所有不動産の売

買が契約の時に遡つて合意解

除された場合,すでにBから

これを買い受けていたが未だ

所有権移転登記を得ていなか

つたCは,右合意解除が信義

コメント [TH90]: 権利を

保護されるべき資格としての

要件,という意味だから権利

保護資格要件が適切。

コメント [HT91]: 本来,権

利保護要件としての登記とい

う考え方からすれば,少なく

とも解除までに登記を取得し

なくては一切保護されないは

ずである(A→B→Cの順に

順次売買がなされ,Bに登記

... [63]

... [64]

... [65]

... [66]

... [67]

19

義務を負う。ただし、解除される契約から生じた法律効果を前提として,解除までに新たな権利を取得して対抗要件を備えた第三

者の権利を害することはできない。」 ※しかし,登記を権利保護資格要件と解してもなお,通説の結論は十分説明できない。登記を権利保護資格要件と解する場合,解除者A

は登記なくしてCに所有権に基づく返還請求ができるはずだが,従来の通説は,解除者Aもまた登記を備えなければCに所有権を主張で

きないとしているからである。判例も,先述の合意解除の事例につき,Aと解除前に現れたCの間でもB→A,B→Cの二重譲渡と同様

の関係が生じるとしているので( 判昭 33・6・14 民集 12 巻 9 号 1449 頁),やはりAは解除しても登記なくしてCに所有権を主張できな

いことになろう。有力学説によれば,判例・通説のこの論理は,次のように批判される。545 条 1 項ただし書は遡及効の制限と解され,

本来なら対抗問題でないから,第三者は登記不要とするか,権利資格保護要件としての登記を解除前に備えている必要がある(逆に解除

者は登記不要)と解するのが論理的に一貫する(内田Ⅱ〔第2版〕100 頁,潮見:債権総論Ⅰ461 頁)。あるいは,民法 545 条 1 項ただ

し書の趣旨は,当事者は第三者に対して解除の効果を主張できない,すなわち解除があっても第三者はこれをないものとして自己の権利

を主張できるというものであると思われる。AB間の売買契約が解除されない場合,Cは登記なしにAに所有権や抵当権を主張できる。

それゆえ,解除があってもこれをないものとしうるCは,登記なしにAに所有権や抵当権を主張できると解するのが妥当である(石田穣:

契約法)。

※債権譲渡契約が解除されたときには,債権の譲受人から債務者に通知しないと,債権の譲渡人(債権を権利の復帰によって得た者)は

債務者に対抗できないとする判例がある(大判大 2・3・8 民録 19 輯 120 頁,大判昭 3・12・19 民集 7 巻 1119 頁。また,動産売買契約の解除

による所有権の復帰を第三者に対抗するには 178 条により引渡しを必要とすると述べる判決として,大判昭和 13 年 10 月 24 日民集 17 巻

2012 頁。

②解除後に登場した第三者は?

AがBに家屋を譲渡し,登記も移転した後で売買契約を解除したが,AがBのもとにある

登記を抹消する前に,BがCに当該家屋を譲渡したという場合である(Case14②)。判例・

通説はこの場合を対抗問題として扱う。

判例・通説によれば,この場合,BからAへの所有権の復帰(解除のときに物権変動があ

るとみる)とBからCへの所有権移転は二重譲渡と同じ関係になり,先に登記を備えた者が

確定的に所有権を取得する(復帰的物権変動説)。この場合,二重譲渡の第二譲受人に該当

するCについては,善意・悪意は問題とならない。このような構成は解除の遡及効とまった

く相容れない点,および悪意の第三者まで保護される点が,学説上強く批判されている。解

除後に登場した第三者を保護するための法律構成としては,①177 条の「第三者」の範囲を

善意者に限定する,②民法 94 条 2 項を類推適用する(虚偽の外観作出・存続についての権利

者の帰責性+虚偽の外観に対する第三者の信頼),などが考えられる。 ※第三者との法律関係は,解除の法律構成につき間接効果説をとると全く異なった説明が可能になるが,結論的にはほぼ同じ。

※動産については,民法 545 条 1 項ただし書と民法 192 条の即時取得との関係が問題になる。

(9)損害賠償

(a)解除と損害賠償との関係

解除権の行使は損害賠償請求を妨げない(545 条 3 項)。判例・通説は,これを債務不履行

による損害賠償(415 条)と見るので,その範囲は 416 条の一般原則に従って決定される(履

行利益の賠償)。

(b)解除と損害賠償の算定時期:契約目的物が高騰を続けているので売主が目的物の引渡を

しぶり,その結果買主が解除した場合において,買主が請求しうる損害賠償額は? いつの

時点で算定されるべきか? ※約定代価と履行期の価格との差額か,約定代価と解除当時の価格との差か,約定代価と解除後に買主が他から目的物を仕入れたときの

価格との差か,さらに履行期に目的物を入手していれば他に転売できたであろう転売利益をも含むか?

判例は分れているが,原則として解除時点での目的物の時価を損害賠償額算定の基礎とす

る。→給付請求権を喪失させる時点での客観的価格?

※履行不能による解除の場合には,履行不能時点であるとする判決( 判昭和 35・12・15 民集 14・14・3060)と,不能後の解除について解

除時点とする判決( 判昭和 28・10・15 民集 7・10・1093, 判昭和 28・12・18 民集 7・12・1446, 判昭和 37・7・20 民集 16・8・1583)とがあ

コメント [TH92]: AのC

に対する債権を,AがBに譲

渡し,Bが債権譲渡について

の対抗要件を備えた後,当該

契約が解除された。この場合,

BからCに対して解除による

債権の帰属の復帰を通知しな

いと,AはCに債権者である

ことを主張できない。

コメント [TH93]: ※判例が

同じように対抗要件をメルク

マールとしている理由は,譲

渡時点で解除がすでになされ

ていたか否かという第三者に

関係のないことがらで,第三

者保護のあり方に差をつける

のは妥当でないという実質的

利益衡量が働いているため。

しかし,解除の前後で対抗関

係になったりならなかったり

するのが果たして説得的な論

理構成であるといえるか?

コメント [TH94]: 民法 545

条 1 項ただし書と民法 192 条

の関係については,判例も存

在せず,学説も意識的に取り

上げていない。両者の要件は

異なるので,双方の選択的適

用を認めてよいと思われる。

20

る。

(c)債務の種類・債務不履行の形態と損害賠償・原状回復との関係

①特定物・種類物の引渡債務が債務者の責に帰すべき履行不能となり契約が解除された場合

・履行不能によって目的物の引渡債務は填補賠償債務に転化する。反対債務も未履行の場合,

契約は填補賠償債務と反対債務(通常は金銭債務)が対価関係に立つ形で存続する。

・解除されれば反対債務が消滅する(解除の効果)と同時に,填補賠償債務も,損益相殺に

より反対債務の金額が控除された残額のみが残ることになる。 ※したがって,反対債務たる金銭債務が既履行の場合,請求の内容は,既履行債務についての原状回復請求と,履行不能になった債務に

ついての填補賠償請求の双方が生じうる。以下の例で考えてみよう。

Case16-2:AがBに家屋を 100 万円で売却する契約をし,Bが 100 万円を支払った後にAの

責めに帰すべき事由で家屋が燃えてしまったので,Bは責に帰すべき履行不能を理由として

契約を解除した。履行不能が生じた時点ないし契約の解除時点で,目的物の市場価値は 120

万円になっていた(はずであった)。

※この場合,BはAに対し,原状回復として,100 万円(+受領時からの利息)を請求できる。また,填補賠償(履行不能時点ないし契

約解除時点での目的家屋の市場価値 120 万円-損益相殺としての 100 万円)を請求しうる。したがって,120 万円マイナス 100 万円で,

20 万円の損害賠償請求が可能である。

②特定物・種類物の引渡債務が債務者の責に帰すべき履行遅滞に陥った後に契約が解除され

た場合

・まず,解除前の時点で,すでに引き渡し債務の違法な遅滞が生じているので,引渡債務の

債権者は,本来の履行請求権と並んで,履行遅滞に基づく損害賠償を請求しうる。

・次に,反対債務(通常は金銭債務)も未履行の段階で契約が解除された場合,本来の履行

請求権は填補賠償請求権に転化するが,反対債権(通常は金銭債権)は解除により消滅する

ので,損益相殺により填補賠償額から対価が控除され,残額についてのみ填補賠償請求権が

生じる。また,これと並んで履行遅滞に基づく損害賠償も可能である。以下の例で考えてみ

よう。

Case16-3:AがBから,家屋建設のための木材を 100 万円で購入した。Bの木材の引渡が3

ヶ月遅れたので,Aが大工さんCに払う賃料が 20 万円増加した(遅延損害)。また,この

木材の引渡が3ヶ月にわたって遅滞した結果,しびれを切らしたAはBとの契約を解除し

て,同種の木材を,他の業者Dから少し高い 150 万円の金額でこれを購入した(150 万円は,

填補購入による填補損害であるが,解除により反対債権たる代金債権も消滅しているので,

差し引き残額 50 万円についてのみ填補賠償としての請求が可能である)。

→AがBに対して請求しうるのは,20 万円の遅延賠償,50 万円の填補賠償(Bの履行遅滞に

よってAに生じた損害)。

・次に,すでに反対債務が履行されたあとで目的物の引渡債務が責に帰すべき履行遅滞に陥

り,その後解除された場合はどうか。

この場合も,本来の履行請求権が填補賠償請求権に転化するのは同じ。反対債務(通常は

金銭債務)がすでに履行されているので,これについては支払い金額+受領時からの利息に

ついて原状回復請求権が生じる。したがって,やはり損益相殺により填補賠償額から支払い

済みの対価額が控除され,残額についてのみ填補賠償請求権が生じる。また,これと並んで

履行遅滞に基づく損害賠償も可能。以下の例で考えてみよう。

コメント [TH95]: 解除に

より,本来の履行請求権も反

対債権も消滅すると考えるこ

ともできるが,このように考

えると,本来の履行がなされ

ていた場合に得られたであろ

う利益を賠償請求することが

できなくなる(遅延損害しか

賠償請求できない)。

21

Case16-4:AがBから家屋建設のための木材を 100 万円で購入し,代金全額を支払った。し

かし,Bは木材の引渡しを3ヶ月にわたって遅滞した。その結果,Aは,大工さんCに払う

賃料が 20 万円増加した(遅延損害)。また,この木材の引渡が3ヶ月遅れた結果,AはB

との契約を解除してDから少し高い金額 150 万円でこれを購入した(150 万円が填補購入に

よる填補損害だが,100 万円の原状回復義務(代金相当額の返還義務)が解除により生じる

ため,この金額が損益相殺される)。Aがすでに支払った木材の代金は木材の売主Bが受領

した時点からの利息を付けて原状回復請求しうる。

→代金相当分 100 万円および代金 100 万円の利息(原状回復請求権の対象),大工さんCに

払う賃料の増加分 20 万円,本来の木材の価格とDからの購入代金の差額 50 万円(損害賠償

請求権の対象)。

③労務提供債務が債務者の責に帰すべき履行不能となって契約が解除された場合

履行不能によって労務提供債務は填補賠償債務に転化する。反対債務も未履行の場合,契

約は填補賠償債務と反対債務(通常は金銭債務)が対価関係に立つ形で存続するが,解除さ

れれば反対債務が消滅すると同時に,填補賠償債務も反対債務の価値が控除された金額のみ

が残ることになる。

④労務提供債務が債務者の責に帰すべき履行遅滞の後に契約が解除された場合

・まず,解除前の時点において,労務提供債務の債権者は,本来の履行請求権と並んで,履

行遅滞に基づく損害賠償を請求しうる。

・次に,契約が解除された場合,本来の労務提供債権もまた遡及的に消滅し,反対債権(報

酬債権)も解除により消滅する。この場合,本来の労務提供の約定報酬額と,解除時点での

労務の客観的報酬額との差額が填補賠償の対象となる。また,これと並んで履行遅滞に基づ

く損害賠償も可能。 ※大工さんと家屋建設請負契約を締結したが,大工さんが働きに来てくれなかったので,家屋建設材料の保管費が増大した(遅延損害)。

また,結局3ヶ月以上来てくれなかったので解除して遠いところに住んでいる大工さんに家屋建設を頼んだため,交通費がよけいにかか

った(労務補填による填補損害)という場合。

⑤金銭債務が履行遅滞の後に契約が解除された場合

・金銭債務については,履行期を徒過すれば,何らかの正当化事由がない限り履行遅滞とな

り,法定利息ないし約定利息が損害賠償額となる(419 条 1 項)。契約が解除されなければ,

そのまま法定利息ないし約定利息が損害(遅延損害)として加算され続けることになる。

・金銭債務(代金債務,報酬債務など)の履行遅滞を理由として契約が解除された場合,そ

れまでに生じた遅延損害の賠償を請求できる。また,相手方の債務(目的物の引渡債務,労

務提供債務など)が未履行の場合,解除の遡及効により消滅する。他方,金銭債務は解除に

より填補賠償債務に転化するが,損益相殺により,その額から対価たる目的物・労務の客観

的価値が差し引かれる。

・填補賠償債務についても,民法 419 条 1 項が適用されて法定利息ないし約定利息のみが損

害賠償の対象になるのか否かは必ずしも明確に意識されていないようであるが,判例は,契

約解除による填補賠償債務については民法 419 条 1 項の適用はなく,代金債務の履行遅滞か

ら生じた実際の損害額を請求できるとする(大判大 5・10・27 民録 22 輯 1991 頁。主要学説も,

これを前提とする叙述を置くものが多い)。

※この判例によれば,AがBに木材を 100 万円で売る契約を結んだところ,木材の市価が値下がりして 80 万円になったためBに木材を

引き取ってもらえず代金をも払ってもらえなかったため,木材の売主Aが契約を解除して第三者Cに当該木材を 80 万円で売却した場合,

この 20 万円は金銭債務の履行遅滞を原因として生じた填補賠償の内容として,賠償請求しうることになる。しかし,なぜこの場合だけ

419条 1項の適用がないのかは必ずしも明らかではない(実質的には,20万円は金銭債務の履行遅滞と相当因果関係にある損害そのもの)。

むしろ,そもそも金銭債務の 419 条 1 項は通常生ずべき損害を定めた規定で,416 条 2 項の要件を満たす限り賠償請求できると解すべき

か(学説上はむしろ,419 条 1 項は制限的に解すべきだとするのが多数説)。上記の例では,契約の解除により,100 万円の填補賠償債権

がAに生じ,同時に時価 80 万円の木材の引き渡し義務も消滅する結果,差し引き 20 万円の填補賠償義務が生じると考えれば,Cに木材

コメント [TH96]: なぜ金

銭債務については,「責に帰

すべき」がレジュメに記載さ

れていないのか?

なぜ金銭債務については,

「履行不能」の場合がレジュ

メに記載されていないのか?

22

を売却しなくてもなお 20 万円の填補賠償請求が可能であることになる。

※双方ともに未履行の状態で解除された場合には,原状回復義務は生じる余地がない。これに対して,一方の債務が先に履行された後に

他方の債務についての履行遅滞・履行不能を理由として契約が解除された場合,債務不履行と相当因果関係に立つ損害が発生している限

り,原状回復請求と損害賠償請求の双方が可能である。この場合には,損益相殺により両者が調整される(相手方の履行に代わる損害賠

償額から,解除者が解除により債務を免れ,または給付したものの返還を請求しうることによって得る利益を差し引いた額が,解除・原

状回復義務の発生によっても償われない損害賠償の額となる)。

※履行遅滞が生じた後に契約が解除された場合,遅延賠償と填補賠償の双方を請求できる可能性がある。

※民法 415 条・416 条と遅延賠償・填補賠償概念との関係:遅延賠償・填補賠償の概念は,債権者のいかなる不利益を対象とする損害か

という点による区別である。すなわち,遅延賠償は履行が遅延したことにより債権者に生じた不利益の賠償であり,本来の履行請求権と

併存しうる。また,填補賠償は,本来の履行に代わる利益を損害賠償の形で債権者に認めたものであり,本来の履行請求権の代償として

性格づけられる。他方,債務不履行に基づく損害賠償請求の根拠規定は 415 条のみであり,また,その範囲確定の根拠条文は 416 条であ

る。言い換えれば,条文上,遅延賠償・填補賠償という用語が用いられているわけではなく,これらは説明と理解のための概念である

といって良い。債務不履行に基づく損害賠償の根拠条文としては民法 415 条のみを挙げれば良く,その範囲の確定については 416 条に基

づき相当因果関係の範囲内にあるか否かで判断すればよい。履行遅延に基づく債権者の不利益のうちでも,相当因果関係に入る場合(家

屋建設の木材引渡が遅れたので大工さんに払う手間賃が増加した)と,入らない場合(家屋の完成を心待ちにしていた祖父が遅延の間に

死亡したため精神的苦痛を被った)がありうる。履行に代わる利益の賠償についても,判例は通常損害と特別損害の枠組みで考えている

(契約締結時の目的物の客観的価格か,履行期における客観的価格か,解除時点での客観的価格か,口頭弁論終結時での客観的価格か,

高価格かなど。ただし,近時は潮見説のように損害額の判断基準時の問題に解消する見解が有力か?)。

Case17:①Aが新車のオートバイをBに 10 万円で売却する契約が締結され,Aが先に目的物

を引き渡して代金の支払いを催告したにもかかわらず,Bは代金を支払わなかった。Bは結

局1年間代金を支払わなかったので,Aは適法に契約を解除した。この場合,AはBに対し

て,いかなる請求をなしうるだろうか。

②Aが新車のオートバイをBに 10 万円で売却する契約が締結され,Bが先に代金10万円

を支払って目的物の引渡しを催告したにもかかわらず,Aは目的物を引き渡さなかった。A

は結局1年間目的物を引き渡さなかったので,Bは適法に契約を解除した。この場合,Bは

Aに対して,いかなる請求をなしうるだろうか。

(d)遅延賠償と填補賠償の関係

債務不履行により,債権者にいかなる不利益が生じたかによる損害の区別である。

①遅延賠償:遅延賠償とは,履行が遅れたことにより債権者に生じた不利益の賠償であり,

本来の履行請求権と併存しうる。

②填補賠償:填補賠償とは,本来の履行に代わる利益を損害賠償の形で債権者に認めたもの

であり,本来の履行請求権の代償としての性格を持つ。 ※家屋の明渡期限を過ぎても借家人が立ち退かない場合で考えてみよう。家屋が期限通り明け渡されたならば,賃貸人はその家屋を賃貸

して賃料収入を得ることができたはずである。この場合,賃貸人は,家屋が明け渡されるまでの期間の家賃相当額を,借家人に遅延賠償

として請求できる。また,金銭の支払いが遅れた場合の遅延利息も,名称は利息であるが,その実体は遅延賠償である。

次に,市場価格が 1000 万円の家屋の売買契約において,売主がこれを引き渡す前に不注意で焼失させてしまった場合を考えてみよう。

買主は,家屋の引渡債務が履行されたならば 1000 万円の利益を得たはずであるから,1000 万円を填補賠償として請求しうる。

履行遅滞に基づく賠償は原則として遅延賠償である。しかし,遅滞してから履行したのでは債権者に利益をもたらさない場合には,債

権者は直ちに填補賠償を請求できると解されている。また,履行遅滞に基づいて契約を解除した場合にも,填補賠償を請求しうる。たと

えば,代金 1000 万円で購入した家屋が,債務者の履行遅滞により解除した時点で 1200 万円に値上がりしていたならば,差額の 200 万円

を填補賠償として請求できる。

(10)法定解除権の消滅

法定解除権は,①催告に対する解除権不行使(547 条),②解除権者の「行為若しくは過失」

コメント [TH97]: 債務不

履行による損害賠償の請求に

おいて,債務の履行が遅れた

ために生じた損害の賠償をい

う。債務の履行に代わる賠償

であるてん補賠償に対する語

である。例えば,借家契約が

終了したのに借家人が家屋を

返還しなければならない期日

になっても返還しない場合に

コメント [TH98]: 債務不履

行に基づく損害賠償において,

債務が履行されたならば債権

者が得たであろう利益の賠償

をいう。例えば,価格 1000 万

円の家屋の売買契約において,

売主の不注意で火事を起こし

コメント [TH99]: 填補賠

償とは,債務不履行に 基づく

損害賠償において,債務が履

行されたならば債権者が得た

であろう利益の賠償をいう。

例えば,価格 1000 万円の家屋

の売買契約において,売主の

コメント [TH100]: この場

合,Aの解除によりBの代金

債務は当初に遡って消滅する

が,Aは,代金債務の履行遅

滞により生じた利息分(約定

利率が定められていなければ

法定利率で年5%,10 万円の

コメント [TH101]: この場

合,Bの解除によりAの目的

物引き渡し義務は当初に遡っ

て消滅するが,Bは,目的物

引き渡し義務の履行遅滞によ

り損害が生じている限り,当

該遅延損害の支払いを請求し

コメント [TH102]: 第522条

【債権の消滅時効】

商行為に因りて生じたる債権は

本法に別段の定ある場合を除く

外五年間之を行はざるときは時

効に因りて消滅す。但他の法令

に之より短き時効期間の定ある

... [68]

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による目的物の滅失・損傷(548 条 1 項),③消滅時効(167 条 1 項・商 522 条類推-判例。

ただし裁判外でも解除権が行使されれば,発生した原状回復請求権の消滅時効期間はその時

点からさらに 5 年ないし 10 年)により消滅する。

※③に対して,学説では,解除権の期間制限は除斥期間であり,原状回復請求権も含めて1つの期間制限に服する,などの反対説も強い。

①相手方の催告(547 条)

解除権の行使について期間の定めのないときは,相手方は,解除権を有する者に対し相当

の期間を定め,その期間内に解除をするか否かを確答すべき旨を催告することができる。そ

の期間内に解除の通知を受けないときには解除権は消滅する。 ※債務者をいつまでも解除されるかどうか分からない不安定な地位に置かないよう保護する規定である。無能力者や無権代理人の相手方

に認められる催告権(19 条,114 条)と同趣旨。

②解除権者による目的物の滅失・損傷(548 条 1 項)

解除権を有する者が自己の行為(故意)または過失によって著しく契約の目的物を損傷し

たりこれを「返還することができなくなったとき」,さらに加工もしくは改造によってこれ

を他の種類の物に変えたときには,解除権は消滅する。 ※解除すれば自ら返還しなければならない物を,自己の故意または過失によって返還不能にしておきながら解除を認めることは,信義に

反するとの趣旨。ただし目的物が代替物であるときは,それが消滅しても目的物と同種同量同品質の物を返還すれば良いから,原物返還

が不能でも解除権は消滅しない。消費者保護の観点からは問題が残る規定である。

③解除権の消滅時効(除斥期間)

本来の債権の消滅時効期間 解除権の消滅時効期間 原状回復請求権の消滅時効期間

10 年(167 条 1 項) 10 年 10 年

契約の成立 解除権の発生 解除権の行使=原状回復請求権の発生

解除権の消滅時効期間及び起算点につき,判例は解除権を債権と同様に扱い,期間 10 年,

起算点は解除権の発生日とする。つまり,判例は,解除権は行使できるときから 10 年たてば

時効により消滅する(商行為により生じた債権の場合は 5 年)。また,原状回復義務は,解除

時点からさらにこれについての時効が進行するとしている。 ※賃借人の賃料不払いにつき,不払いが継続する場合,賃料不払いが止んだときから 10 年たてば時効により消滅する( 判昭 56 年 6 月

16 日民集 35 巻 763 頁)。解除権は形成権だから 167 条 2 項により 20 年と考えられているわけではない。

判例の見解によると,解除権について独自に 10 年の消滅時効期間があり,解除権行使時点

から原状回復請求権が 10 年間存続するということになる。しかし,形成権の時効はその行

使によって生じる債権と別個に考えるべきではないので,解除権独自の時効を考える余地は

なく,解除権の行使と原状回復請求権が一体のものとして 10 年の時効にかかるとすべきだと

の批判が加えられている。

※この批判説によると,瑕疵担保責任の解除においても,瑕疵を発見してから1年以内に解除+原状回復をなさねばならないことになっ

てしまうがこれは妥当か?

※その他,解除権の消滅原因として,権利失効の原則(長期にわたって解除権を行使せず相手方がもはや解除権を行使されないものと信

頼すべき正当の事由を有するに至れば,もはや解除はできない)がある。ただし,実際にこれを認めた判例はない。

※契約の解除に関連する論点一覧

コメント [TH102]: 第522条

【債権の消滅時効】

商行為に因りて生じたる債権は

本法に別段の定ある場合を除く

外五年間之を行はざるときは時

効に因りて消滅す。但他の法令

に之より短き時効期間の定ある

ときは其規定に従ふ。

コメント [TH103]: 一般論

としては,それが発生しそれ

を行使しうるときから時効期

間が進行するが,明文の規定

があれば(126 条,426 条)それ

に従う。時効期間は,明文の

コメント [TH104]: 債務の

停止条件付の場合,条件成就

のときから進行する。期限付

の場合,期限が到来したとき。

コメント [TH105]: 解除権

発生の前提として,履行遅滞

に基づく法定解除の場合,履

行の催告がなされているはず

が,催告だけでは確定

効力は生じな

コメント [HT106]: 解除権は

契約を解消して原状回復や損

害賠償を請求するための手段

であるから,解除権の行使と

原状回復とは一体のものと考

えねばならず,解除権を行使

コメント [HT107]: 特殊な法

定解除権については1年の行

使期間制限が設けられている

場合があり(564 条~566 条,

637 条),これらは除斥期間

と解するのが判例であるが,

コメント [HT108]: ページ :

109

①解除の意義と効力:直接効

果説と間接効果説

②催告要件

・期間が不相当又は期間の指

... [74]

... [75]

履行を求めることができる時

点から時効期間が進行する。

... [76]

である

的な時効中断の... [77]

... [78]

... [79]

... [80]