c++ マルチスレッド 入門

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C++ マルチスレッド 入門 KMC 関東例会 (@ Cookpad) 2015/04/24 野島 裕輔

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C++ マルチスレッド入門KMC 関東例会 (@ Cookpad)

2015/04/24

野島裕輔

自己紹介

• 野島裕輔• KMC ID: nojima

• Github: nojima

• Twitter: nojima

• サイボウズ株式会社でインフラ開発をやっています。• nginx のパッチを書いて DoS 対策したり

SSL セッションキャッシュをホスト間で共有したり

• サーバクラスタの管理ツールを作ったり

• 矢印が判定エァリアに重なるタァーイミングで左のパァーノゥを踏むッ!!

ムーアの法則

「集積回路上のトランジスタ数は18ヶ月ごとに倍になる。」

→ プログラマが何もしなくてもソフトウェアは高速になっていった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

しかし…

CPU の周波数は 3 GHz ぐらいで頭打ちに

CPU DB: Recording Microprocessor History - ACM Queue

https://queue.acm.org/detail.cfm?id=2181798

ポラックの法則

• 「プロセッサの性能は、そのダイサイズの平方根に比例する」• Intel のフレッド・ポラックさんの経験則

• 性能を2倍にするには、ダイサイズを4倍にしないといけない。

• それならば、単一のコアの性能は増やさずにコアを4つ積めば4倍の性能になるのでは?

CPU のマルチコア化がトレンドに

The Free Lunch Is Overタダ飯の時代は終わった

Herb Sutter

(Microsoft の偉い人)

マルチコア時代のソフトウェア

• ハードウェアの進化を享受するためには、複数コアを上手く利用できるようにプログラムを書く必要がある。

• マルチプロセス化• データを共有する必要がないか、少数のデータしか共有しなくていい場合は複数のプロセスを立ち上げて、プロセス間通信などでデータを共有するのが安全。

• マルチスレッド化• 多くのデータを共有する場合は、メモリ空間を共有して複数スレッドを実行するのが効率的。

• 今回の講座ではマルチスレッドを扱う。

C++ とマルチスレッド

• C++11 から言語にマルチスレッドのサポートが入った。

• これにより環境依存のライブラリを利用しなくても、C++ の標準ライブラリだけでマルチスレッドなプログラムが書けるようになった。

• しかも、わりと使い勝手がよい。

これさえあれば、だれでも簡単にマルチスレッドプログラミングが……!!

これさえあれば、だれでも簡単にマルチスレッドプログラミングが……!!

\______ _______________________/ ○ O モワモワ o

∧_∧! ハッ! / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ___( ゜∀゜)_ < という夢を見たんだ | 〃( つ つ | \________ |\⌒⌒⌒⌒⌒⌒\ | \^ ⌒ ⌒ \ \ |⌒⌒⌒⌒⌒⌒| \|________|

現実

• マルチスレッドプログラミングは罠だらけ。

• とりあえず罠を知ろう。

読み書きの競合

2つのスレッドで x++ を実行

read x

calc x + 1

write x

x = 0

x = 1

read x

calc x + 1

write xx = 2

読み書きの競合

2つのスレッドで x++ を実行

read x

calc x + 1

write x

x = 0

x = 1

read x

calc x + 1

write xx = 1

読み書きの競合

2つのスレッドで x++ を実行

read x

calc x + 1

write x

x = 0

x = 1

read x

calc x + 1

write xx = 1

タイミングによって最終結果が異なる

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

y

200

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

y

200

y

200

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

y

200

y

200

y

200

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

y

200

y

200

y

200

x

0

キャッシュによる一貫性の破れ

Core 1 Core 2

キャッシュ

メモリ

x = 100;y = 200;

cout << y << endl;cout << x << endl;

y

0

x

0

x

100

y

200

y

200

y

200

x

0

x → y という順番で書き込んだはずなのに、yの値しか読めていない!!

コンパイラによる最適化

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2while (!done) /* busy loop */;cout << ans << endl;

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

コンパイラによる最適化

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2while (!done) /* busy loop */;cout << ans << endl;

コンパイラ先生「ループ一周ごとに !done を評価するのは無駄では?」

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

コンパイラによる最適化

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2if (!done) { while (true) /* busy loop */;}cout << ans << endl;

コンパイラ先生「最適化しといたで!!!」

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

コンパイラによる最適化

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2if (!done) { while (true) /* busy loop */;}cout << ans << endl;

コンパイラ先生「最適化しといたで!!!」

無限ループ!!

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

我々はいったいどうすればいいのか?

• 間違った解決策:

• 全ての変数に volatile をつける

• volatile にデータ競合を防ぐ力はない

• 全ての変数を atomicテンプレートでくるむ

• できない

• プログラム全体を lock で囲う

• マルチスレッドとは…

• コードを書いて神に祈る

• 日頃の行いに依る

http://nonylene.net/blog/2014-12/dendengu.html

我々はいったいどうすればいいのか?

• 間違った解決策:

• 全ての変数に volatile をつける

• volatile にデータ競合を防ぐ力はない

• 全ての変数を atomicテンプレートでくるむ

• できない

• プログラム全体を lock で囲う

• マルチスレッドとは…

• コードを書いて神に祈る

• 日頃の行いに依る

http://nonylene.net/blog/2014-12/dendengu.html

まずはメモリモデルを知ろう

この講座は

•マルチスレッドプログラミングを安全に行うために

必要なメモリモデルの概念を紹介する

• メモリモデルとは、メモリへの読み書きがどういう性質を満たすべきかを

記述したもの。

• 時間の制約上、色々端折ってたり誤魔化したりしているので注意。

用語

• オブジェクト• 規格上の定義は region of storage.

• メモリ上に固有の領域を持っている存在。

• 変数とか配列の要素とか一時オブジェクトとか。

• 評価• 式の値を計算したり、式の副作用を発動させたりすること。

• 一つの式が複数回評価されたり、一回も評価されなかったりする。

• 例えば、以下のプログラムの場合、x = 42は 10 回評価される。

• for (int i = 0; i < 10; ++i) x = 42;

happens before

• 評価と評価の間には、happens before 関係という半順序関係が定義されている。

• 直感的には、A happens before B とは、B が始まる前に必ずA が完了していることを表す。

• happens before は半順序関係なので、グラフ的には DAG

で表現できる。

x = 0

x y = 1

z = 3 y

happens before

• 同じスレッド上で実行される評価の間には、自明な順序で happens before が定義される。• たまに例外もあるが…

• 異なるスレッド上で実行される評価の間には、特別なことがない限り happens before は成り立たない。• どういう場合に成り立つかは後述。

data race

• 2 つの評価 A, B が以下の4条件を満たすとき、プログラムに data race があるという。

1. A, B が同一の非アトミックオブジェクトに対する操作

2. A, B の少なくとも一方が書き込み操作

3. A happens before B でない

4. B happens before A でない

• プログラムに data race があるとき、undefined behavior

が起こる。

data race

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2while (!done) /* busy loop */;cout << ans << endl;

同一の非アトミックオブジェクトに対する操作 一方は書き込み操作 お互いに happens before でない

data race

bool done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

// Thread 1ans = complex_computation();done = true;

// Thread 2while (!done) /* busy loop */;cout << ans << endl;

同一の非アトミックオブジェクトに対する操作 一方は書き込み操作 お互いに happens before でない

undefined behavior

atomic

• アトミックオブジェクトは data race を起こさない特別なオブジェクト。

• std::atomic<T> で T型のアトミック版が手に入る。

• 例:

• std::atomic<int> // アトミックな int

• std::atomic<void*> // アトミックな void*

• なんでもアトミックにできるわけではなく、Tは trivially

copyable なものに制限されている。• つまり、Tはユーザ定義のコピーコンストラクタ、ムーブコンストラクタ、代入演算子、デストラクタを持てない。

atomic

std::atomic<int> x; // 0 で初期化される

x.store(42); // x に 42 を書き込む

cout << x.load() << endl; // x の値を読む

x.fetch_add(1); // 値を 1 増やす

cout << x.load() << endl; // 43 が出力される

// x == y ならば x に 100 を代入 (いわゆるCAS)

int y = 43;

x.compare_exchange_strong(y, 100);

atomic と happens before

アトミックオブジェクト M に対する書き込み操作 W と

M に対する読み込み操作 R があるとする。

もし R が W の書き込んだ値を読んだとすると、

W happens before R が成り立つ。

(このとき W synchronizes with R という)

※ memory_order が relaxed や consume でない場合

atomic と happens before

std::atomic<bool> done = false; // global variabledouble ans = 0.0; // global variable

// Thread 1ans = complex_computation();done.store(true);

// Thread 2while (!done.load()) /* busy loop */;cout << ans << endl;

• atomic 変数を使うことにより、doneに関する data race を解消。• doneの store-load により、ansの書き込みと ansの読み込みの間にも happens before関係が入る。

atomic と happens before

ans = complex_computation();

done.store(true);

done.load()

done.load()

done.load()

done.load()

cout << ans << endl;

同一スレッドなのでhappens before

synchronize!!

同一スレッドなのでhappens before

atomic と happens before

ans = complex_computation();

done.store(true);

done.load()

done.load()

done.load()

done.load()

cout << ans << endl;

同一スレッドなのでhappens before

synchronize!!

同一スレッドなのでhappens before

mutex

• std::atomic<T> では、一回の storeや fetch_add などをアトミックに実行できる。

• しかし、実際にはもっと複雑な計算をアトミックにやらないといけない場合が多い。

• std::mutex を使えば、lock() してから unlock() するまでの間を排他処理することができる。• つまり、lock() から unlock()までの間を複数のスレッドが同時に実行しないことを保証できる。

mutex

map<string, string> pages; // global variablemutex pages_mutex; // global variable

void save_page(const string& url) { result = (url にアクセスして内容を取得);

pages_mutex.lock(); // 例外安全性はとりあえず置いておく pages[url] = result; pages_mutex.unlock();}

int main() { // 並列にウェブサイトをクロール thread t1(save_page, "http://foo"); thread t2(save_page, "http://bar"); t1.join(); t2.join();}

ロックしてるから安全?

string* pHello = nullptr; // global variablemutex mtx; // global variable

// singleton() は複数のスレッドから並列に呼ばれるvoid singleton() { // double-checked locking pattern のつもり if (pHello == nullptr) { mtx.lock(); // とりあえず例外安全性には目をつぶる if (pHello == nullptr) pHello = new string("Hello"); mtx.unlock(); } // シングルトンなオブジェクトへのアクセス cout << *pHello << endl;}

ロックしてるから安全?

string* pHello = nullptr; // global variablemutex mtx; // global variable

// singleton() は複数のスレッドから並列に呼ばれるvoid singleton() { // double-checked locking pattern のつもり if (pHello == nullptr) { mtx.lock(); // とりあえず例外安全性には目をつぶる if (pHello == nullptr) pHello = new string("Hello"); mtx.unlock(); } // シングルトンなオブジェクトへのアクセス cout << *pHello << endl;}

undefined

behavior

mutexと happens before

• 単一の mutex に対する lock(), unlock()はある全順序 S

に従って起こる。• スレッドA, B, C, D があるときに、スレッド A から見て C → D の順でロックを取ったように見えたとしたら、B から見ても C → D の順でロックを取ったように見える。

• U をある mutex に対する unlock操作、L を同じ mutex に対する lock操作とする。このとき、S の上で U < L ならば U happens before L である。

ロックしてるから安全?(再掲)

string* pHello = nullptr; // global variablemutex mtx; // global variable

// singleton() は複数のスレッドから並列に呼ばれるvoid singleton() { // double-checked locking pattern のつもり if (pHello == nullptr) { mtx.lock(); // とりあえず例外安全性には目をつぶる if (pHello == nullptr) pHello = new string("Hello"); mtx.unlock(); } // シングルトンなオブジェクトへのアクセス cout << *pHello << endl;}

undefined

behavior

happens before 関係を図示すると…

pHello == nullptr

mtx.lock()

pHello == nullptr

pHello = new string(..)

mtx.unlock()

cout << *pHello << endl

pHello == nullptr

cout << *pHello << endl

happens before 関係を図示すると…

pHello == nullptr

mtx.lock()

pHello == nullptr

pHello = new string(..)

mtx.unlock()

cout << *pHello << endl

pHello == nullptr

cout << *pHello << endl

happens before 関係を図示すると…

pHello == nullptr

mtx.lock()

pHello == nullptr

pHello = new string(..)

mtx.unlock()

cout << *pHello << endl

pHello == nullptr

cout << *pHello << endl

実際、pHelloが読めたとしても、pHelloが指す先が読めるとは限らない。

直し方

直し方はいろいろある。

1. pHelloの型を atomic<string*> にする。• こうすると、 pHello.store(new string(...)) とpHello.load() == nullptr の間に happens before 関係が入る。

2. double-checked locking pattern を使わずに、いきなりlock する。

• mtx.unlock() happens before mtx.lock() となるので OK。

3. Mayers' singleton を使う。

まとめ

• 非アトミックなオブジェクトに対して、互いに happens before

関係にない読み書きが発生すると data race。

• 同じスレッド上の評価は自明な順番で happens before 関係が入る。

• 同一のアトミックオブジェクトに対する store と load は条件を満たすと happens before 関係を作る。

• 同一の mutex に対する unlock と lock は条件を満たすとhappens before 関係を作る。

参考文献

• Working Draft, Standard for Programming Language C++

https://github.com/cplusplus/draft

• cppreference.com

http://cppreference.com/