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5.8 GHz 帯用ドップラーシフト補正システム (工学研究科情報工学専攻) (情報工学部情報工学科) The Doppler Shift Compensation System for 5.8GHz Band Kenta T ANAKA (Graduate Course of Computer Science and Engineering) Takushi T ANAKA (Department of Computer Science and Engineering) Abstract We have developed a 10cm cubesat, FITSAT - 1,which was deployed from ISS on 5 October 2012 and decayed on 4 July2013. Themain mission oftheFITSAT - 1 is to demonstratea high speed transmitter moduledeveloped byourgroup. It could send VGA (640x480pix)resolution jpeg imagedata at 115.2kbpsFSK in 2 to 6secondsusing 5.84 GHz ham band. The frequencyshift byDoppler is almost plus or minus 150 kHz at 5.84 GHz. It is not easy to adjust the receiving frequencybymanually. So we developed a software mechanism ofautomatic tuning system which compensates Doppler shift. Key words:cubesat, FITSAT - 1, high speed transmission, Doppler shift tracking 1. はじめに 我々は cubesat と呼ば れ る10 cm 立方の小型人工衛星 FITSAT -1を開発した。 FITSAT -1は2012年10月5日に国 際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」にあるロボッ トアームを使って宇宙へ放出された。人工衛星の運用期間 は100日程度とされていたが,国際宇宙ステーションからの 放出時の高度が高かったため当初予定の100日を大幅に超 えて270日間運用し,2013年7月4日に大気圏に再突入し燃 え尽きた。 FITSAT -1のミッションは2つある。1つ目が 5.8 GHz 帯を使用し VGA (640 x 480 px )の Jpeg 画像を115.2 kbps の通信速度を用いて2~6秒程で地上に送信する実 証実験である。 FITSAT -1には2つのカメラが搭載されて おり,放出時にシャッターを切り国際宇宙ステーションや 一緒に放出される衛星が撮影できるようになっている。2 つ 目 の ミッション と し て50個 の 高 出 力 緑 LED を用いて FITSAT -1を光らせ人工の星を作ることである。 小型衛星との通信では140 MHz 帯 や430 MHz 帯のアマ チュア無線帯が使われることが多く,安価なアマチュア無 線機器を使用して小型衛星との通信が行われていた。 FITSAT -1のメインミッションである画像受信において は5.8 GHz のアマチュア無線帯を使用しているが,5.8 GHz 帯はアマチュア無線では使われることが少なく,対応して いる機器も少ない。そのため,5.8 GHz を受信するための設 備を開発する必要があった。そこで人工衛星から受信した 5.8 GHz の信号を増幅し,440 MHz に変換する LNB ,そし て440 MHz に変換された信号は FM 受信機で10.7 MHz 変換され,それを検波するための検波器を開発した。検波 器にはSカーブのズレを LED で表示しそれに合わせて± 150 kHz の周波数の変化を手動で調整しドップラーシフト ― 39― 福岡工業大学研究論集 Res. Bull. Fukuoka Inst. Tech.,Vol. 46 No. 2(2013)39-42 アイクォーク株式会社 平成25年10月28日受付 図1 FITSAT -1 Fig. 1 FITSAT -1

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5.8GHz帯用ドップラーシフト補正システム

田 中 健 太 (工学研究科情報工学専攻)

田 中 卓 史 (情報工学部情報工学科)

The Doppler Shift Compensation System for 5.8GHz Band

Kenta TANAKA (Graduate Course of Computer Science and Engineering)Takushi TANAKA (Department of Computer Science and Engineering)

Abstract

We have developed a 10cm cubesat,FITSAT-1,which was deployed from ISS on 5 October 2012 and decayed

on 4 July 2013. The main mission of the FITSAT-1 is to demonstrate a high speed transmitter module developed

by our group. It could send VGA(640x480pix)resolution jpeg image data at 115.2kbps FSK in 2 to 6 seconds using

5.84 GHz ham band. The frequency shift by Doppler is almost plus or minus 150 kHz at 5.84 GHz. It is not easy

to adjust the receiving frequency by manually. So we developed a software mechanism of automatic tuning system

which compensates Doppler shift.

Key words:cubesat,FITSAT-1,high speed transmission,Doppler shift tracking

1.はじめに

我々は cubesatと呼ばれる10cm立方の小型人工衛星

FITSAT-1を開発した。FITSAT-1は2012年10月5日に国

際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」にあるロボッ

トアームを使って宇宙へ放出された。人工衛星の運用期間

は100日程度とされていたが,国際宇宙ステーションからの

放出時の高度が高かったため当初予定の100日を大幅に超

えて270日間運用し,2013年7月4日に大気圏に再突入し燃

え尽きた。FITSAT-1のミッションは2つある。1つ目が

5.8GHz帯を使用しVGA(640x480px)の Jpeg画像を115.2

kbpsの通信速度を用いて2~6秒程で地上に送信する実

証実験である。FITSAT-1には2つのカメラが搭載されて

おり,放出時にシャッターを切り国際宇宙ステーションや

一緒に放出される衛星が撮影できるようになっている。2

つ目のミッションとして50個の高出力緑 LEDを用いて

FITSAT-1を光らせ人工の星を作ることである。

小型衛星との通信では140MHz帯や430MHz帯のアマ

チュア無線帯が使われることが多く,安価なアマチュア無

線機器を使用して小型衛星との通信が行われていた。

FITSAT-1のメインミッションである画像受信において

は5.8GHzのアマチュア無線帯を使用しているが,5.8GHz

帯はアマチュア無線では使われることが少なく,対応して

いる機器も少ない。そのため,5.8GHzを受信するための設

備を開発する必要があった。そこで人工衛星から受信した

5.8GHzの信号を増幅し,440MHzに変換する LNB,そし

て440MHzに変換された信号は FM受信機で10.7MHzに

変換され,それを検波するための検波器を開発した。検波

器にはSカーブのズレを LEDで表示しそれに合わせて±

150kHzの周波数の変化を手動で調整しドップラーシフト

― 39―福岡工業大学研究論集 Res.Bull.Fukuoka Inst.Tech.,Vol.46 No.2(2013)39-42

アイクォーク株式会社

平成25年10月28日受付

図1 FITSAT-1

Fig.1 FITSAT-1

に対応できる。しかし実際に FITSAT-1から5.8GHzの信

号を受信した時に最大仰角付近での周波数変化が大きく手

動で行うには正確性にかける部分があった。そこで FIT-

SAT-1からの5.8GHzの受信周波数を自動で調整するため

に人工衛星の軌道計算ソフト calsat32と ExcelVBAを用い

たドップラーシフト計算ソフトを作成し,パソコンから計

算されたドップラーシフト周波数を FM受信機に送る

ドップラーシフト補正システムを開発した。

2.5.8GHz受信設備

FITSAT-1からの5.8GHz 受信に使用する設備を図2に

示す。人工衛星からの微弱な信号を直径1.5mのパラボラ

アンテナに取り付けた LNBで受信する。受信するために

は衛星を追尾する必要があり,我々が独自に開発した制御

システムにより追尾を行っている。LNBは5.8GHzの信号

を増幅し無線機が扱える440MHzの第1中間周波数に変換

される。LNBの電源は BiasT回路により LNB出力の同軸

ケーブル上に重畳されて供給されている。変換された440

MHzの信号はプリアンプにより増幅され広帯域 FM受信

機(AOR8600)で10.7MHzの第2中間周波数に変換され

る。受信機からの出力を検波器により復調され,データは

パソコンへ出力される。

検波器には5段階の LED表示がありSカーブの中心か

らのずれを表示し±25kHz内ならば中心の青色ランプ,±

25kHz~±75kHz内ならば黄色ランプ,±75kHz外ならば

赤色ランプが点灯し,受信機の周波数のダイヤルを回すこ

とでドップラーシフト周波数を手動で補正し常に青色ラン

プが点灯するように操作する。

受信機であるAOR8600にはシリアル通信でコマンドを

送ることにより受信周波数などを制御することができる。

自動でドップラーシフト補正を行うためにパソコンとシリ

アルケーブルにより接続し計算された値を受信機へ送るこ

とでドップラーシフトの補正を行っている。

2.1 受信機

受信機AOR8600はシリアル通信 RS232Cを使用して制

御することができる。コマンドはヘッダに2つの大文字の

ASCIIを使用し,末尾に改行文字(CR)を付加することで

制御を行う。AOR8600のシリアル通信の設定は以下のよう

になっている。

・通信速度:4800,9600,19200

・データ:8bit

・ストップビット:2bit

・パリティ:なし

・ハンドシェイク:XFLOW

RF」コマンドを使用して受信周波数の制御を行った。周

波数は50Hz単位で制御することができ,受信周波数を437

MHzにするときは「RF437.0000<CR>」のコマンドを

AOR8600に送ることで受信周波数を437MHzにすること

ができる。

3.Calsat32

3.1 Calsat32の外部出力インタフェース

人工衛星の追尾には Calsat32を使用している。NORAD

(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)のHPから TLE(Two

Line Element)を取得し Calsat32に読み込ませることによ

り人工衛星の位置情報が得られる。Calsat32の主な機能と

してアンテナのコントロールや無線機と接続して受信周波

数のドップラーシフト補正も行うことができる。しかし

Calsat32で制御できる無線機は限られており,FT847・

IC820・IC910・TS2000の4つのみである。使用した

AOR8600では制御することができず,また FITSAT-1から

の5.8GHzの受信においては LNBで周波数変換を行って

おり Calsat32は中間周波数の制御は対応していない。Cal-

sat32には TLEから計算された人工衛星の図3のデータを

取得できる2つの外部インタフェースが備わっており,レ

ジストリから読み取る方法と DDEによる方法がある。今

回はドップラーシフト補正で必要な Range Rate(距離変

化)を使用する。

図2 5.8GHz受信設備

Fig.2 5.8-GHz Receiving Facility

5.8GHz帯用ドップラーシフト補正システム(田中・田中)

図3 外部出力インタフェース

Fig.3 External Output Interface

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3.2 レジストリ

レジストリとはWindows内のデータベースでありコン

ピュータシステムの情報を格納している。Calsat32では図

4のようにレジストリに人工衛星のデータが書き込まれて

おり,プログラムからレジストリを参照することで人工衛

星のデータを取得することができる。

3.3 DDE

DDEとはWindowsのアプリケーション間でデータや

コマンドのやり取りを行うためのプロトコルである。DDE

を利用して Excelでは簡単な記述でデータを参照すること

ができる。Calsat32を起動しておき,Excelのセルに“=

Calsat32|Export!txtRangeRate”と記述することにより

Calsat32で計算された人工衛星の距離変化を参照すること

ができる。開発したドップラーシフト補正ソフトでは

DDEを使用した。

4.ドップラーシフト補正ソフト

4.1 ドップラーシフト補正

Calsat32の DDEインタフェースを使用して ExcelVBA

によりドップラーシフト補正ソフトを開発した。Calsat32

から得られる距離変化は人工衛星から見た観測点の相対速

度であり,ドップラーシフト周波数 ,中心周波数 ,相

対速度 ,光の速度をcとすると式4.1からドップラーシフ

ト周波数を求めることができる。

=- (4.1)

ドップラーシフト周波数から LNBで周波数変換された

あとの値を足すことで受信機の周波数を求めることができ

る。LNBでの周波数変換は5.84GHz±ドップラーシフト周

波数から局部発信機の周波数である5.4GHzを引くことで

求められる。すなわち,AOR8600に設定する周波数 は以

下で与えられる。

=5.84 ± -5.4

=440 ±(4.2)

4.2 EasyComm

値を Excelから RS232Cへアクセスするためにフリーソ

フトである「EasyComm」を使用した。ExcelVBAに

EasyCommをインポートすれば RS232Cを経由した無線

機とのコマンド送信プログラムを作成することができる。

ExcelVBAの記述として通信速度,パリティ,データ数,ス

トップビット,ハンドシェイクを次のように設定する。

・ec.Setting =“9600,n,8,2”

・ec.HandDhaking = ec.HANDSHAKEs.XonXoff

求めたドップラーシフト補正周波数の値のセルと周波数

の前に RFをつけ1秒毎に無線機へ送る。

・ec.AsciiLine=“RF”& Range(“C8”)

図5にドップラーシフト補正ソフトの操作画面を示す。

5.5.8GHz画像受信

5.1 画像受信

FITSAT-1からの画像受信を行うために画像送信命令を

FITSAT-1に送る必要がある。FITSAT-1へのコマンドは

430MHz帯を使用しており,コマンドは遅延コマンドに

なっている。設定した時間に送信を開始し,地上ではパラ

ボラアンテナを追尾し信号を捉える。画像は一度に20枚送

信され,画像と画像の間は5秒間の待ち時間がある。20枚

送信し終えるまでは約2分間である。

画像受信時には PCによるバイナリの保存とスコープ

コーダによる信号の保存を行った。

5.2 画像復元

画像受信で問題となったのが jpeg画像を使っている点

である。bitmap画像に比べ画像サイズは小さいが1bitの

誤りでも画像に大きな影響を与える。画像受信では1回の

受信ですべてを正常に受信することは難しかったが,2,

3回同じ画像を受信することで画像を復元することができ

た。復元した画像を図6に示す。

図4 レジストリ

Fig.4 Registry

図5 操作画面

Fig.5 Operation Screen

― 41―5.8GHz帯用ドップラーシフト補正システム(田中・田中)

6.おわりに

FITSAT-1からの5.8GHz信号を受信するためのドップ

ラーシフト補正ソフトを開発した。5.8GHz画像受信にお

いて正常に受信機の受信周波数を調整することができ,撮

影された画像をほぼすべてを受信することができた。今回

開発したドップラー補正ソフトはAOR8600のみでしか使

用できないため,今後は他の無線機でも使用できるように

していく必要がある。

5.8GHz画像受信の改良点として一つ目が画像の誤り検

出・訂正である。1つの画像を復元するために何回も受信

が必要だったため新たにシャッターを切るのが遅くなって

しまった。そのため一回の受信でできるだけ多くの画像を

復元できるように工夫していく必要がある。二つ目が受信

アンテナの調整である。直径1.5mのパラボラアンテナを

使用していたが実際の利得は理論値の利得より小さかっ

た。そのためパラボラアンテナの焦点の調整がうまくでき

ていなかったと考えられる。小型人工衛星における5.8

GHz帯の使用は初めてであり技術として確立されていな

い部分が多くある。小型人工衛星での5.8GHz帯の使用は

今後増えると予想されるため,受信システムの改良を進め

ていく必要がある。

参考文献

1)田中健太:小型人工衛星の開発,福岡工業大学大学院

修士論文,2013

2)田中卓史,河村良行,田中崇和:福岡工業大学小型衛

星 FITSAT-1(NIWAKA)の概要,第53回宇宙科学技術

連合講演会,2013

3)溝口由華:福岡工業大学超小型衛星追尾システムの開

発,福岡工業大学大学院修士論文,2013

4)Takushi Tanaka, Yoshiyuki Kawamura, Takakazu

Tanaka : Overview and Operations of FITSAT-1

(NIWAKA),Proc.of RAST2013, Istanbul, pp.887-892,

2013

5)木下清美:EasyComm

http://www.activecell.jp/

― 42― 5.8GHz帯用ドップラーシフト補正システム(田中・田中)

図6 受診画像

Fig.6 Receive Picture