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2005年度後期

遺伝カウンセリングロールプレイ実習報告書

信州大学医学部社会予防医学講座

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目次

1. 実習の進め方

2. レジメ集

3. レポート集

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1.実習の進め方

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遺伝医学実習

遺伝カウンセリングロールプレイ

1.目的

遺伝医学の系統講義で学んだ知識を,実際の診療の場,すなわち疾患を有する患者・家族の

ケアにどのように生かしていくのか,遺伝カウンセリングロールプレイを通じて学習する.

2.遺伝カウンセリングロールプレイとは

提示された疾患について,どのような遺伝医学的問題があり,それによって患者・家族にどのよ

うな悩みが生じうるかを十分考察する.架空のケースを想定し,シナリオを作成する.患者・家族

側および医師側に分かれて演じることにより,考察した内容を表現する.これらの過程を通じ,専

門家として医学的情報をどのように伝えたらよいのか,患者・家族の抱く思いと共感するために

は何が必要かを学ぶ.遺伝カウンセリングロールプレイは,態度レベル向上を目的とした重要な

臨床実践教育である.

3.チューター

・ 福嶋義光,櫻井晃洋,涌井敬子,古庄知己,山内泰子,森 由紀(社会予防医学講座).

・ 川目 裕(長野県立こども病院周産期母子医療センター遺伝科).

4.日程・場所

・ 実習期間:11 月 9 日(水),30 日(水), 12 月 7 日(水),14 日(水)

A1,A2,B1,B2:第2講義室

C1,C2,D1,D2:第2実習室

・ ロールプレイ発表日:12 月 21 日(水),28 日(水):第1臨床講堂

・ 時間:午後1時~4 時 10 分

5.実習内容

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日程 内容

10 月 5 日(水)

14:00~

全体ガイダンス

第2講義室

・ ロールプレイの実習段取り説明.

・ 実習を行うのに必要な情報源のアクセス方法説明.

・ チューター紹介.

・ 10 月 7 日(金)までに,各班(A1,..)を 3 グループに分け,それぞれ

の テ ー マ を 決 定 . 班 ご と ( A1-1 , A1-2 . . ) に 古 庄

[email protected])まで連絡(班名,学生名,学籍番

号,テーマごとの責任者の連絡先[メールアドレス]).

・ 第1回目までに各自情報収集しておくこと.古庄がサポートします(メ

ール,面談などによるアドバイス).

11 月 9 日(水) 第 1 回

第2実習室集合

第2講義室

第 2 実習室

・ ロールプレイ実習段取りの確認.

・ ビデオ鑑賞.

・ 収集した情報に基づき,臨床遺伝学的問題を検討する.

・ 各班 1 台はパソコンを用意すること.

・ 疾患のレジメ(A4 で 1~2 枚)とパワーポイントを作成し,チューターと

討論.レジメ,パワーポイントのファイルは,11 月 18 日(金)までに

Blackboard 上に提出.

・ 最後にミニレクチャー(第 2 実習室).

11 月 30 日(水) 第2回

第2講義室

第 2 実習室

・ 3 限:臨床遺伝学的問題の検討を継続.登場人物,環境を設定し,お

おまかなストーリーを作成する.患者家族側の背景・思い,医療側の

思いを検討する.

・ 4 限:各実習室で,疾患の概要をパワーポイントでプレゼンテーション

(概念,頻度,病因,症状,治療,予後,遺伝カウンセリング上の留意

点など),1 班 5 分以内.

12 月 7 日(水) 第3回

第2講義室

第 2 実習室

・ 小テスト(各疾患の臨床遺伝学的知識を問うもの).

・ ストーリーを練る.

・ ドラマ練習.

・ 最後にミニレクチャー(第 2 実習室).

12 月 14 日(水) 第4回

第2講義室

第 2 実習室

・ ストーリーを練る.

・ ドラマ練習.

・ 本番予行演習.

・ 発表会日程を決定する.

・ 最後にミニレクチャー(第 2 実習室).

12 月 21 日(水) 第5回 ・ ドラマ発表会(前半).

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第1臨床講堂

12 月 28 日(水) 第 6 回

第1臨床講堂

・ ドラマ発表会(後半).

6.レポート提出

・ 後に示す書式にしたがってワード文書で作成.Blackboard 上にひな形ファイルをアップしてお

きます.

・ 提出:Blackboard 上.

・ 期限:平成 18 年 1 月 6 日(金)正午.

7.注意点

・ ドラマには,必ず遺伝カウンセリングの場面を入れること.設定した状況に対して,最も適切な

遺伝カウンセリングを追求することを原則とする.

・ これは実習であるが,医学生として社会から患者・家族への配慮や倫理観を当然求められる

ことを忘れてはならない.それらに基づいて創作し,当事者の方々(患者・家族)に見ていただく

のにも耐えられるものを目指してほしい.

・ 全発表を大学ホームページ上に公開する可能性がある.

8.評価

・ 臨床遺伝学的知識(レジメ,疾患についての発表,レポート内容,小テスト).

・ グループ討議への個々人の参加度(毎回の実習,発表会での積極性).

・ 表現力,患者・家族への配慮,遺伝カウンセリングの質,熱意など(ドラマ発表会,レポート内

容).

9.おわりに

遺伝カウンセリングロールプレイは,遺伝医学実習として役立つのみならず,わかりやすく情報

を伝えることの難しさ,情報を伝えられる側の気持ちを思いやることの重要性,医師の発言が患

者・家族に与える影響の大きさについて,深く考える機会になると期待している.そして,そのこと

が臨床医としての基本的な態度レベルの向上につながることであろう.知識と態度レベルの向上

を目指して,積極的に実習に取り組み,充実した学習期間にしてほしい.

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1 2 3

A1 口唇口蓋裂

ダウン症 ハンチントン病

A2 難聴 NF1(神経線維腫症,フォン・

レックリングハウゼン病)

ドュシェンヌ型筋ジストロフィ

B1 色覚特性

ターナー症候群 家族性乳がん

B2 近親婚

糖尿病 家族性大腸ポリポーシス

C1 口唇口蓋裂

ダウン症 ハンチントン病

C2 難聴 NF1(神経線維腫症,フォン・

レックリングハウゼン病)

ドュシェンヌ型筋ジストロフィ

D1 色覚特性

ターナー症候群 家族性乳がん

D2 近親婚

糖尿病 家族性大腸ポリポーシス

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2.レジメ集

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口唇口蓋裂

概念 口唇口蓋裂とは上唇や口蓋が生まれつき裂けている状態のことであり、一般に多因子遺

伝に従うと考えられている。なお口唇裂と口唇口蓋裂は遺伝的に同一の機序で発症す

る。

原因 口唇部は胎生4~7週、口蓋部は胎生7~12週に形成されるため、この時期での環境因

子と遺伝因子との両方が合併して生じると考えられている。近親者の再発率は高くなる。

また、MSX1、RARA、TGFA、TGFB3などの遺伝子が本症の易罹患性に関係している

という報告も存在するが、詳しくはわかっていない。

頻度 口唇裂単独…出生児1万人あたり8人

口蓋裂単独…出生児1万人あたり3人

口唇口蓋裂…出生児1万人あたり8人

出生児の500人あたりに1人が患者となる。

症状 ・ 口唇・口蓋が被裂する。

・ 歯の形態異常、欠損、歯列不正など。

・ 口蓋帆挙筋の低形成による中耳炎への易罹患性。

検査 出生前に超音波画像により判断できる。

治療 治療の目的は哺乳ができることと醜状の改善、正常な言語発達である。治療としては出生

後早期に専用の器具を装着し、授乳困難を解消した上で形成外科的手術を行うのが一

般的である。

予後 日常生活を営む上でのハンディキャップにはならないが、どの程度顔がきれいになるかは

個人

差がある。

遺伝カウンセリングの留意点

・ 形成外科治療の進歩により現在ではほとんどの例において、日常生活を営む上での

ハンディキャップにはならないことを説明する。

・ 多因子遺伝の機序を説明し、誰でも易罹病性を持っていること、および他の遺伝性疾

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患とは無関係であることを説明する。

・ 次子の再発率を伝える。具体的には

同胞1人が患者…2~3%

同胞2人が患者…10%

片親と同胞1人が患者…10%

患者の子…4~5%

患者の二度近親者…0.6%

三度近親者…0.3%

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Down 症候群

● 疾患概念:

「ダウン症」は染色体に起因する病気ですが、ダウン症の大部分は、親がもっていた突然変異が遺伝し

て起こったわけではなく、卵子や精子ができるとき、または受精卵の発育初期に、23 組の染色体のうち

21 番目の2本の染色体が正常に分離しないためにおこる染色体異常が原因です。

● 頻度:

日本では、約1000人に1人。母年齢によりDown 症候群の染色体異常出生頻度は異なる。

○Down 症候群:染色体異常の出生頻度。

母年齢 出生頻度 母年齢 出生頻度 母年齢 出生頻度

20 1/1667 30 1/952 40 1/106

21 1/1667 31 1/909 41 1/82

22 1/1429 32 1/769 42 1/63

23 1/1429 33 1/602 43 1/49

24 1/1250 34 1/485 44 1/38

25 1/1250 35 1/378 45 1/30

26 1/1176 36 1/289 46 1/23

27 1/1111 37 1/224 47 1/18

28 1/1053 38 1/173 48 1/14

29 1/1000 39 1/136 49 1/11

Down症候群:染色体異常の出生頻度(遺伝カウンセリングマニュアル;P306より)

0

2

4

6

8

10

0 10 20 30 40 50 60

母年齢

出生

頻度

(%

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● 病因:21番染色体の過剰による疾患。常染色体の種類から1)トリソミー型(95%)、2)転座型(3-4%)、3)

モザイク型(1-2%)の 3 種類に分類される。21-トリソミーは親の配偶子形成期(成熟分裂時)の染色

体不分離により生じる。トリソミー型の全症例のうち 90%は母由来の 21 番染色体が過剰になっており、

そのほとんどは第1減数分裂期の不分離により生じるものである。残り 10%は父由来であり、第1と第

2減数分裂時の不分離の頻度はほぼ同じである。母年齢が高くなるとトリソミー型患者の出生頻度が

高くなることが知られている。転座型では t(14q21q)が最も多く、ついで t(21q21q)、t(13q21q)、

t(15q21q)、t(21q22q)などである。まれに縦裂転座(tandem translocation)の報告もみられる。転座型の

うち約 50%は均衡転座保因者の親から不均衡に伝わったものであるが、残り 50%は真正の異常であ

る。

● 症状:先天性奇形(十二指腸閉鎖症、幽門狭窄症、先天性巨大結腸症、気管―食堂瘻孔症)、心疾患

(心内膜床欠損)、先天性白内障、緑内障、低筋緊張、先天性甲状腺機能低下、先天性股関節脱臼、

易感染、発達障害(身体発達、知的機能)、感覚障害(長角障害、屈折異常あるいは斜視による視覚障

害)、環軸椎間の不安定、特徴的顔貌

● 検査(確定診断):出生前も出生後も染色体分析。

● 治療・健康管理:

○心疾患:

先天性の心疾患は通常、心内膜床欠損をともない、乳児の 40%に見られるので、発見が困

難な場合は、出産後 すぐに心エコー法で検査したほうがよい。中核欠損やファロー四徴もあ

る。外科的治療が実施される必要がある。

○消化系の疾患:

ダウン症と関連してもっとも共通に見られる消化器系の先天性の異常として、十二指腸閉鎖

症がある。 そのほかには、幽門狭窄症、先天性巨大結腸症、気管-食道瘻孔(ろうこう)症

がある。染色体疾患とは関係なく外科手術を行う。

○視力:

ダウン症の赤ちゃんの 3%は先天性白内障にかかっているので、早期手術が必要。

緑内障はもっと多く見られる。

○甲状腺機能低下症:

この疾患は、ダウン症乳児にかなり見られる。甲状腺ホルモン補充による治療。

○その他:

新生児期は体温調節が困難な場合があるため、おくるみを余分に巻。、肥満になりやすいた

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め、

食事管理やダイエットの必要性がある。また、歯の発達が遅いため、歯科的なケアなども必

要。

● 経過・予後:

先天性の心疾患があると、1歳未満で死亡することもある。遺伝カウンセリングマニュアル(南

江堂:編集 福嶋義光)によると、ダウン症の方の平均寿命は50歳以上に達 している、とな

っている。

● 遺伝カウンセリングについて

胎児期にダウン症を告知することは、事実を告げることでは出生後と同様であるが、大きく相

違する点がある。それは、中絶の形で人為的介入が可能であることと、選択し決断するまで

の期間が非常に短いことである。

~出生前の告知にあたって~

まず、妊婦だけでなく夫も同席することが必要である。これによってこの問題をまず2人で分か

ち合うことの重要性を示し、夫婦で話し合いをしやすい環境を作ることに役立つ。もし夫婦とそ

の親との意見の相違があれば、一同に介して再度説明をする必要がある。しかし、染色体検

査の結果は胎児情報の一部でしかない。合併奇形がどの程度か、その異常は治療が可能か

どうかということも、超音波検査などでわかった範囲で説明する必要がある。ちなみに、ダウン

症においては身体的合併症の大半が治療可能である。

説明に関して、発達の問題や合併症などの医療情報については、医師が行うことであるが、お

そらくもっとも大事な、育てている親からの生の情報は、親の会(特に地域の)との連携が必要

である。しかし、知らないところを突然紹介しても意義が薄いので、普段から連絡を取り合い、

会報などももらっておく方がよい。育てている親からの情報は、胎児がダウン症とわかった時

点で知らせても、妊婦がすでにパニックになっている場合は耳に入りにくいので、検査の前か

ら伝えておく必要がある。

胎児の状態が判明した場合、どのように対処すべきか、遺伝相談の原則では、これは家族の

問題であり、家族が選択すべきことで、医療者は指示的助言を与えてはならない。このことは、

医師が中絶を勧めたり、社会的・経済的負担を強調して脅かしてはならないということである。

しかし、この問題について、今までほとんど考えたことのない人たちにとって、自分で選択する

というのは非常に困難なことである。いわゆるインフォームドコンセントとは、十分な知識や情

報のもとに自律的選択をすることであって、勝手に決めなさいと責任逃れをすることではない。

~出生後の告知にあたって~

出生前の告知と同様に両親が同席することが必要である。そして、説明が否定的でないと楽観

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的に両親は受け入れられることが多いので、この子を育てることは決して不幸なことではなく、

むしろ楽しいことが多いという親たちの意見を伝えてあげることが大切である。受容するまでに

はしばらく時間がかかるが、ダウン症の子供や大人が社会の中でごく当たり前に生活している

ことを知るにつれて受け入れていく。また、その際に障害の面に焦点を当てるのではなく、「健

常部」を重要視してあげることが大切である。

~再発率について~

○トリソミー型の場合:

35歳以下の女性の場合は約0.5%、35歳以上の女性の場合は年齢に応じた一般頻度とほ

ぼ同じ。

○転座型の場合:

母が均衡型保因者のときは約10%、父が均衡型保因者のとき約2.5%、両親の染色体が正

常のときは1%以下。きわめてまれだが、親が t(21q21q)転座保因者のときは100%。

○モザイク型の場合:

トリソミー型の再発率とほぼ同じ。

●リソース

○FLC H.P. ○JDSN H.P. ○遺伝カウンセリングマニュアル 南江堂 (編集 福嶋義光)

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ハンチントン病

1. 疾患の概念

ハンチントン病 (HD) は、Huntingtin 遺伝子 (HD) の CAG リピートの伸長が原因で起こる、

進行性に運動障害、認知障害、精神異常をきたす疾患である。

2. 頻度

日本におけるハンチントン病の頻度は、10 万人当たり 0.1-0.38 人と考えられる。ヨーロッパ

系住民では、10万人あたり3-7人程度である。日本、中国、フィンランド、アフリカ系黒人には

少ない。

3. 原因

4p16.3 に局在する Huntingtin 遺伝子 (HD) のエクソン 1 内の CAG リピートの過剰な伸長

による。

父から受け継いだ場合にリピート数が増えやすい。

父から:7 リピート/世代

母から:1-2 リピート/世代

CAG リピートにより、グルタミンの連続した蛋白(ポリグルタミン、不安定)ができる。その凝

集が神経細胞を変性させる。

4. 症状

臨床的には古典型、固縮型、若年型の 3 型が知られている。古典型では舞踏病様不随意

運動(四肢、顔面、体幹などに見られるピクつくような素早い不随意運動で非反復性、非周

期性)、精神症状、痴呆を呈する。症状は進行性で発症後 10-20 年で死亡する。固縮型はパ

ーキンソニズムを主体とする病型で若年発症の約半数がこの病型を呈する。若年型は 20 歳

以下で発病する病型で約半数は古典型と同様の臨床症状を示すが、残りの約半数は固縮

型を呈し、進行が速い。

5. 検査・診断

HD の診断は、家族歴、特徴的な臨床症状、4p16 に局在する HD 遺伝子の CAG リピート

の過剰伸長を検出することによる。遺伝子診断は非常に感受性が高く(98.8%)、広く用いら

れている。

正常リピート数は 10-26 であり、HD 患者の CAG リピート数は 36-121 である。27-35 のリ

ピート数を持つアレルは“中間型アレル”と考えられている。中間型アレルをもつ人自身はHD

を発症しないが、その子供が伸長した CAG リピートを有し、HD を発症するリスクがある。

36-41 のリピート数のアレルを持つ患者では浸透率が低い。

6. 健康管理と治療

薬物治療は対症療法に限定され、病気の進行を遅らせるものは開発されていない。舞踏

病は神経遮断薬で部分的には抑制される。抗パーキンソン病薬は寡動や筋固縮に有効なこ

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ともある。抑うつや精神病、易怒性・攻撃性などの精神障害には、精神病薬や抗てんかん薬

が有効な場合がある。

CAG リピートによって作られるポリグルタミンの不安定化と凝集を抑えるものとして、トレハ

ロースが注目されている。

7. 経過・予後

平均発病年齢は 33-44 歳である。発病後の平均生存期間は 15-18 年である。また平均死

亡年齢は 54-55 歳である。

病初期にはごく軽度の協調運動障害や不随意運動、あるいは決断力の低下(difficulty in

mental planning)を示す。また抑うつや易怒性の亢進はしばしば見られる。この時期の患者

はたいていの日常生活動作は自立しており、また仕事も継続できる。

進行すると舞踏病が顕著になり、随意的な動作が困難となってくる。また発語障害や嚥下

障害が増悪してくる。この時期はまだかなり自立できていることが多いものの日常生活に少

しずつ介助を必要とするようになる。攻撃的な行為や社会的な脱抑制が間欠的に見られる

のもこの時期である。

末期になると異常行為は徐々に見られなくなり、運動障害は高度となり患者はしばしば全

介助を要し、無言、失禁状態となる。

8. 遺伝カウンセリング上の留意点

遺伝形式:HD は常染色体優性遺伝性の疾患である。

浸透率:年齢依存的ではあるが最終的にはほぼ 100%である。

世代間での症状の変化:世代を経るに従って、発症年齢が早くなり、症状が重症化する表現

促進現象が見られる。

発症前検査、出生前検査:伸長した CAG リピートを有する HD 患者の子供は 50%の確率で病

的アレルを受け継ぐ。50% のリスクを有する無症状成人に対する発症前診断は可能である

が、治療法がない疾患であるため検査前および検査後のカウンセリングを含めて十分に慎

重な配慮が必要である。無症状でリスクを有する小児に対する発症前診断は行うべきでは

ない。HD のように成人期に発症するものに対する出生前診断は一般的ではない。日本では、

出生前診断の対象は、「小児期に重篤な症状を呈するもののみ」とされている。

9. サポート

看護、食事、特別な生活補助用品、社会的な補償制度などに十分に気を配ることは患者

や家族にとって大きな支援となる。 HD 患者やその家族には数多くの社会的問題があるが、

実際の生活介助や精神的支援、カウンセリングは患者や家族の苦痛を軽減する。HD 患者と

生活をともにする子供や未成年者はしばしば非常に困窮した状態であり、特殊な問題をかか

えている。

国 内 の HD の サ ポ ー ト グ ル ー プ に は 「 ハ ン チ ン ト ン 病 ネ ッ ト ワ ー ク

(URL:http://homepage1.nifty.com/JHDN/) がある。

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難聴

① 疾患の概念

難聴とは、文字通り耳が聞こえにくくなる疾患のことで、難聴の半数は遺伝性によるものとさ

れている。難聴のほかに随伴症状を伴うかで否かで大きく、「症候群性難聴」と「非症候群性

難聴」にわけられる。

② 頻度

難聴は新生児の1000人に1人の割合でうまれてくるとされ、概念でも述べたように、そのう

ちの半数は遺伝性とされている。先天性難聴は全ての先天性疾患のなかで最も頻度の多

い疾患の一つである。

③ 症因

難聴のほとんどは単一遺伝子の異常のよるものとされている。そして原因遺伝子の数につ

いては現在のところ数十から100ほどが想定されている。その中でも主なものはコネキシン

26 遺伝子の異常によるものと、ミトコンドリア遺伝子 3243 変異である。

④ 症状

ミトコンドリア 3243 変異の家系は両側の耳の軽度で対称性の感音性難聴である。難聴の程

度は進行する場合も回復する場合もありさまざまである。また臨床症状は様々であり、糖尿

病を合併したり、MELAS のような臨床病型を伴う場合もある。

⑤ 検査

難聴の原因・責任部位などについて、聴性脳幹反応(ABR)、耳音響放射(OAE)、インピー

ダンス(アブミ骨筋反射)、閾値上聴力検査など。特に遺伝性難聴では原因遺伝子の解析。

⑥ 予後・治療

進行性のものが多く、定期的な聴力検査を行い、経過観察を行なうことが重要。中程度以上

の難聴は補聴器、人工内耳の適応となる。また、症候群性難聴では難聴以外の症候の経

過観察、治療が必要。

⑦ 遺伝子カウンセリング上の留意点

難聴は早期診断し、補聴器や人工内耳を用いて早期療育を行なえば言語習得が可能である

ことをよく説明する必要がある。また、多種類の遺伝子が難聴という同じ表現型をとる(遺伝的異

質性)。したがって常染色体劣性遺伝(AR)の場合、両親は難聴者であっても必ずしも子供は難

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聴になるとは限らない。しかしながら、例えばコネキシン26遺伝子による難聴では、AR 形式をと

る日本人難聴家系のうち約 1/3 に GJB2 遺伝子変異が見出され、日本人における保因者頻度は

1/40̃1/50 と推定されるから、保因者同士が結婚することはまれではない。

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神経線維腫症(NF-1)

① 疾患の概念

NF-1とは neurofibromatosis-1 の略で、別名 von Recklinghausen disease とも呼ばれ、常染

色体優性遺伝病(AD)の形式をとる。

② 頻度

3000̃4000 人に一人であるが、その半数は新生児突然変異の結果である。

③ 原因

17q11.2 の異常によって発症する。

④ 症状

多発性のカフェ・オレ斑、腋下や鼠径部の雀卵斑様色素斑、多発性・散在性の皮膚神経線維

腫および、Lisch 結節により特徴づけられる。しばしば学習障害を伴う。頻度は低いがより重

大な病変としては神経線維腫、視神経をはじめ、脳神経の神経膠腫、悪性末梢神経鞘腫瘍、

骨病変や血管病変などがある。

⑤ 検査

DNAを用いたNF1遺伝子(17q11)の検査は臨床的に利用可能である。また、出生前診断は時

に可能であるが、予後評価の有用性は小さい。

⑥ 治療

個々の皮膚あるいは皮下の神経線維腫(ベルトの位置や襟首などにおける)は外科的に切除

する。しかし、神経線維腫が巨大になった場合、外科的に切除すると反対側に成長する可能

性があり、切除が困難な場合がある。

⑦ 予後

NF-1 患者では寿命は約 15 年短縮する。悪性腫瘍、特に悪性末梢神経鞘腫瘍や血管病変が

最も重要な早期の死因となっている。

⑧ 遺伝カウンセリング上の留意点

患者本人の治療を必要とする合併症の早期発見と適切な処置および心理的なサポートが中

心となる。新生児・乳児期に診断がつけられた場合には、色素斑と思春期以降に皮膚の柔ら

かい膨らみ(神経線維腫)が見られるのみで重篤な合併症を発症する例はそれほど多くはな

いことを伝えるなど、大きな不安を与えないことが大切。

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筋ジストロフィー(Duchenne 型、Becker 型)

① 疾患の概念

Duchenne 型、Becker 型筋ジストロフィーとは、進行性筋ジストロフィー(骨格筋の変性、壊死

を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の疾患)の一種であり、X 連鎖劣

勢遺伝病である。

② 原因

Xp21にある、ジストロフィン(筋の細胞骨格を作る蛋白質)をコードする遺伝子の異常によっ

て発症する。

③ 症状

Duchenne 型(Duchenne Muscular Dystrophy:DMD)

あひる歩行、Gowers 徴候、ふくらはぎの仮性肥大、心筋症、口こう不全、IQ 低下、血清 CPK

値上昇、血清 GOT・GPT 値上昇。

発症は3~5歳頃、歩行に関する異常で明らかになる。

Becker 型 (Becker Muscular Dystrophy:BMD)

Duchenne 型より症状は軽い。発症は遅く20代まで入院の必要はない。

Duchenne 型とは、12歳までに車椅子生活になるかどうかで区別する。

DMD 関連拡張型心筋症(DMD-related Dilated Cardiomyopathy)

20代~40代で鬱血性心不全を発症する。骨格筋は正常である。

④ 頻度

DMD は進行性筋ジストロフィーのなかでは最も頻度が高く、1/3000である。

⑤ 検査

DMD 遺伝子の分子遺伝学的検査で、筋の生検なしに診断することが可能。臨床所見、家族

歴、血清 CPK 濃度、筋の生検で診断が確かになる。

⑥ 治療

完治させる治療薬はなく、対症療法が中心である。理学療法も行われる。

⑦ 予後

DMD 患者は20代で死亡。BMD 患者は40代半ばで死亡。

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⑧ 遺伝カウンセリング

原則として変異遺伝子を持つ男性は発症、女性は保因者である。(劣性ホモの女性はほとん

どいない。)保因者の女性は50%の確率で DMD 変異を子に伝える。

女性でも発症することをある。(1:ヘテロ接合体において X 染色体不活化の不均衡により、正

常 X 染色体が多く不活化された場合。2:ヘテロ接合体の正常 X 染色体に新規突然変異が起

こった場合。)

男性が発症する場合の2/3は保因者の母から変異遺伝子を受け継いだ時、1/3は X 染色体

に新規突然変異が起こった時。

DMD 患者は子を産む前に亡くなってしまうので、子を残せない。BMD 患者に生殖能はある。

⑨ サポートグループ

国全体及び、各地方自治体独自で行っている社会保障制度あり。

社団法人 日本筋ジストロフィー協会が、患者およびその家族の援護と福祉の増進に寄与

することを目的として設立され、全国の都道府県に支部を持つ福祉団体として活動してい

る。

昭和 39 年に発足し現在では会員 3,000 人余りを有する社団法人となり、活動を続けて

おり、具体的内容としては

1:筋ジストロフィーについての啓蒙・教育および情報の収集・提供

2:療養生活の改善と援助

3:筋ジストロフィー研究の促進

がある。

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色覚特性

① 概念

従来色覚特性は色覚以上と称されてきたが、差別撤廃の流れ、異常ではなく物の見え方の違い

に過ぎないという意見から近年は色覚特性と称されている。ただし以下では完全な色盲と色弱を

区別するため色盲、色弱という呼称を用いている。ヒトの色覚は赤・緑・青の 3 色が基本であるが、

それぞれの色調について感知する受容体が網膜錐体に存在し、3 種の色素がある。色盲は色素

遺伝子またはその遺伝子の調節遺伝子の欠損または変異により色調を感知できない状態であ

る。

また、網膜の光受容体自体の障害による色盲もある。

色弱は色盲まではいかないまでも色を完全に正常には認識できない状態をいう。

② 頻度

それぞれの色盲によって頻度は異なる。

・青色色盲 20000 人に 1 人

・全色盲 20000 人に 1 人

・青錐体単色色盲 非常にまれ

・赤緑色盲 もっとも多く、色弱まで含めると日本人男性で 20 人に 1 人、女性で 400 人に 1 人

・X連鎖錐体ジストロフィー 極めてまれ

③ 症状

・青色色盲 青色と黄色の知覚が困難 視神経萎縮

・全色盲 全ての色調を感知できず、重度視力障害となる

乳児期に眼振(眼球の不随意的な運動)が起こるがその後やや回復

羞明(光に対する異常感受性で網膜に刺激)

眼底検査結果は正常

・青錐体単色色盲 中心性視力と色調知覚障害

乳児期眼振

・赤緑色盲 赤緑色錯をおこす

・X連鎖錐体ジストロフィー 男性は視力低下、赤色色盲、近視を起こす

女性は視力低下、近視を起こす

④ 原因

赤錐体色素遺伝子と緑錐体色素遺伝子、青錐体色素遺伝子あるいはこれらの遺伝子の調節遺

伝子の異常。

特に赤緑色の視物質は Xq28 に局在している。

⑤ 検査

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・石原式色覚異常検査表

同じ色の濃淡を数字や文字にして正常者は読めても色覚異常者は読めないか間違って読む、ま

たは正常者は読めないが色覚異常者は読めるものにすることによって正常者と色覚異常者を鑑

別することができる。この方式は従来学校の色覚検査でスクリーニングのため用いられてきたが

今は学校などでの検査は義務ではない(2003 年に廃止)。程度まではわからないため、程度を知

るためには石原・大熊式,東京医大式などを併用する必要がある。

・アノマロスコープによる診断

のぞき窓から見ると,上下に二分された円形視野があり、上半に赤と緑の単色光がまじり、調節

によってその配合の割合を変えることができる。また下半分は黄色光で、その明るさを変えること

ができる。これによってどの程度色覚を感知できるか検査できる。

・ランタン・テスト

赤,緑,黄の三種類の色光を見て,その色明を答えさせる。

・パネル D-15 テスト

15 色のばらばらのキャップを基準色に近い順に並べ替える。

⑥ 治療・健康管理

今のところ治療法は存在しない。

色メガネを使うと先天性色覚異常者でも健常者のように石原式色覚異常検査表の文字の存在を

認めることができるが、コントラストが見えているだけで色覚を感知しているわけではない、また

かけていないときに見えた文字が見えなくなってしまうという欠点があり実用的ではない。

⑦ 経過・予後

先天的なものであり、特別予後が悪いなどということはなく、日常生活においても大きな支障はな

いとされる。

⑧ 遺伝子カウンセリング上留意点

・遺伝形式

赤緑色盲 X連鎖劣性遺伝

青色色盲 常染色体優性遺伝

錐体ジストロフィー 遺伝形式は様々

・発症前検査・出生前検査

色盲については具体的な家系内発症者の遺伝子変異がわかっていれば出生前検査も可能であ

るが、色弱は一般的には学校などのスクリーニングで色弱が指摘され、発見されることが多かっ

た。色覚異常は程度も様々なためスクリーニングで発見されてから程度などを調べる。

・留意点

色覚異常は命に関わるものではないということで軽視されがちだが、従来日本国内では学校で

の色覚検査、また入学時の色覚検査による入学制限などが行われてきた。これによる差別など

は根強く、両親も異常との結果を見てショックを受けるということが多かった。差別・偏見はかなり

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撤廃されたといえどもまだ職種制限などは存在する(交通、輸送関係の職種や自衛隊の一部な

ど)ため困難な問題を内包している。学校における色覚検査が撤廃されたため多少ある色を区別

しがたくても自ら自覚しないケースが増えているため色覚検査をしない事の是非が問われること

も多い。多彩な遺伝様式をとるため一概には言えないが、色覚異常であっても日常生活に大きく

差し支えることではないこと、また日本人においてはかなりの頻度で見られることなども含めて注

意深く説明を行う必要がある。

・サポート

近年はインターネットなど様々な場面で色覚異常者でも見えるようなコントラストをつけるよう心が

けが進められている。それでもなお差別は残存しているため、日本色覚差別撤廃の会

(http://www1.accsnet.ne.jp/̃cms/)などが差別撤廃を働きかけ、色覚異常者などへのサポート

を行っているなどネット上にも様々なサポートサイトが散見された。

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ターナー症候群

・疾患の概念

女性にのみ発症する。女性の持つ染色体は正常なら44本の常染色体と2本のX染色体である

が、そのうちのX染色体が1本かけている疾患。正常なら46,XXであるのが45,Xになっている。

他にも46,XX/45,Xモザイクや45,X/46,XYモザイクなどのモザイクもみられる。

・頻度

日本では女性約2500人に1人である。

・病因

配偶子(主に精子)形成期の染色体脱落あるいは受精後早期の体細胞分裂異常で生じる。

・確定診断のための検査

体細胞(毛髪・血液など)の染色体検査。

・治療・健康管理

低身長に対して成長ホルモン投与や、二次性徴や月経を起こさせるため女性ホルモン投与など

の内分泌学的な治療を施す。45,X/46,XYなどのYの成分が含まれる場合は性腺由来の腫瘍

の発生頻度が高いことが知られており、性腺摘出手術を考慮する。

・経過・予後

低身長・二次性徴欠如・原発性無月経翼状頚・外反肘・大動脈縮窄などの心疾患・その他の奇

形を合併する。知能は一般に正常。

・遺伝カウンセリング上の留意点

遺伝形式は染色体の数的異常、ほとんどが新生の突然変異。浸透率は100%。

世代間の症状の変化は不妊症のため存在しない。

出生前診断として妊娠10週ごろの絨毛診断、妊娠16週前後の羊水診断。

・サポートグループなどのリソース

ターナー症候群と確定診断されると、ホルモン投与など治療にかかる費用は全て公費でまかな

われる。

ひまわりの会、りんごの会、たんぽぽの会、あすなろの会などがあげられる。

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B1-3 家族性乳癌

疾患の概念 第一度近親者に発端者を含め三名以上の乳癌患者がいる場合。

第一度近親者に発端者を含め二名以上の乳癌患者がいる場合で、

いずれかの乳癌が、

1 四十歳未満の若年者乳癌

2 同時性あるいは異時性両側乳癌

3 同時性あるいは同時性他臓器重複がん

を満たす場合を家族性乳癌と定義する。

頻度 全乳癌の5~10%が家族性乳癌。乳癌家計の変異遺伝子の検出される頻度は20~

30%。浸透度は60~70%。

病因 BRCA1(17q)もしくは BRCA2(13q)の変異遺伝子の遺伝。

症状 乳癌になって転移する。

乳癌の症状:乳房のしこり 乳房のえくぼなど皮膚の変化 乳房の近傍のリンパ節の腫れ

遠隔転移の症状

検査 自己検診(視触診)、マンモグラフィと乳腺超音波検査、穿刺吸引細胞診

治療、健康管理 外科療法 乳房のしこりを除去する手術

腋の下のリンパ節に対する手術

乳房再起術

放射線療法

薬物療法 抗がん剤

変異遺伝子が発見された場合の対処 自己検診と年二回程度の定期受診、

年一回のマンモグラフィ、乳腺超音波検査

欧米では予防的乳房切除も行われる。

経過、予後 0 期 非浸潤癌

1期 しこりの大きさ2センチ以下

2期 しこりの大きさ2~5センチで腋の下のリンパ節への転移がある場合

3期 局所進行乳癌

4期 遠隔臓器への転移がある場合

遺伝カウンセリング上の留意点 まず、遺伝子診断を行って、変異遺伝子があってもなくても、

乳癌のリスクにそれほど影響がない、つまり遺伝子診断する意味が少ないということが

ある。例え、変異遺伝子が発見されても浸透率は50%程度であることに加え、家族性

乳癌患者に遺伝子が見つかる確立は40%未満と低く、一般的な散発性乳癌の罹患者

は家族性乳癌よりも圧倒的に多く、検査結果に関わらず、乳癌検診を受けるべきであ

る。

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サポートグループなどのリソース ピンクリボン運動 あけぼの会 イデアフォー

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近親婚

疾患の概念

近親結婚とは、一人以上の共通の祖先を持つ個体同士の結婚を指す。日本の法律ではいとこ結婚が最

も血縁の濃い血族結婚となる。

頻度

1975年の調査では、日本におけるいとこ婚率は2.13%。それ以降は急速に減少している。ただし、サ

ウジアラビアは結婚の55%が近親婚である。

遺伝カウンセリング上の留意点

血族結婚では、一般に常染色体遺伝疾患の頻度が増加することが知られている。

例えば、罹患率が 40000 人に一人の常染色体劣性遺伝病について考えてみる。一般集団での保因者頻

度は 100 人に一人である。他人結婚では、本人が保因者である確立は 1/100、結婚相手が保因者である

確立も 1/100、したがって二人の結婚による常染色体劣性遺伝病の子供が生まれる確立は 1/100 x

1/100 x 1/4 =1/40,000 である。いっぽう血族結婚の場合は、本人が保因者である確立は 1/100、結婚相

手が保因者である確立はいとこ結婚では 1/8、したがって二人の結婚により常染色体遺伝病の子供が生

まれる確立は 1/100 x 1/8 x 1/4 =1/3,200 である。これは他人結婚の場合よりも約 12 倍高い。

近親結婚における患者頻度は、遺伝子頻度の低いまれな常染色体劣性遺伝病ほど増加する。

他人婚での先天異常児の出生頻度を 3~5%とすると、いとこ婚ではこれに 1~2%加算されるに過ぎない

という調査結果もある。

法律上の規定

現代においては、近親婚は多くの国や地域で禁止されている。日本でも近親婚は禁止されている。正確

には、近親者間の婚姻に関わる婚姻届は受理されないし、誤って受理されても後で取り消される。日本に

おける禁止とされる近親婚は以下の通り。

・ 直系血族

・ 三親等内の傍系血族

・ 直系姻族

(わが国の法律では、3親等内の直系血族との結婚は許されていないため、いとこ婚が最も血縁の濃い、

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また一般的な近親婚である。この場合、夫婦それぞれの両親の片親が同胞であり、共通の祖先はその祖

父母に当たる2人である。法律的に用いる親等という表現は、遺伝的な近さを示すには適していない。親

子は1親等、兄弟は2親等であるが、自分にとって親も兄弟も、同じ遺伝子を共有する確立は1/2であり、

遺伝的には親子の関係と兄弟の関係は同じなのでる。したがって医学的には、1 度近親、2度近親という

表現をする。遺伝子を 1/2 共有している関係を 1 度近親、1/4 共有している関係を2度近親、1/8 共有して

いる関係を3度近親といい、いとこは3度近親にあたる。)

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糖尿病

疾病の概念:糖尿病とは膵臓から分泌されるインスリン(血糖を下げるホルモン)が、不足したり、

インスリンの働きが悪かったりするために、血糖値と呼ばれる血液中のブトウ糖濃

度が増え、身体に様々な障害が生じる疾患でⅠ型とⅡ型、あまり知られていませ

んがⅢ型が存在します。

Ⅰ型…インスリンを作る細胞(膵臓のβ細胞)が破壊されインスリンがほとんど分泌し

なくなる疾病。

Ⅱ型…インスリンの分泌量が少なくなったり、インスリンの働きが悪くなったりするこ

とで生じる疾病。

Ⅲ型…遺伝子異常と関係が強いもので、極少数。代表例はミトコンドリア糖尿病です。

*この他に、妊娠による耐糖の異常で起こる妊産婦糖尿病が存在します。

発症頻度:日本では、Ⅰ型が 0.01~0.02%(糖尿病全体の5%)Ⅱ型が約 0.3%(糖尿病全

体の 95%)、Ⅲ型で最多のミトコンドリア糖尿病は 0.001~0.002%(糖尿病全

体の 0.5~1%)。

病因:

Ⅰ型とⅡ型とⅢ型の分類

Ⅰ型…主に自己免疫によって生じる病気です。リンパ球があやまって、自分自身のインス

リン工場、膵臓のランゲルハンス島β細胞、の大部分を破壊してしまうことで発病

します。インスリンがない為、血中のブドウ糖を吸収できず高血糖になります。

過去のウイルス感染が自己免疫のきっかけになっている場合が多いとされていま

す。

Ⅱ型…一般に生活習慣病と呼ばれるものの仲間で、遺伝的要因に加え、食べ過ぎ・運動

不足・肥満・ストレスなど日常の生活習慣が要因となります。

Ⅲ型…ミトコンドリア糖尿病:母系遺伝。ミトコンドリア遺伝子の tRNA 領域にある 3243 番塩

基がアデニン(A)からグアニン(G)へ点変異したもの

(3243AG 変異)。

その結果、グルコース感受性の低下、β細胞のアポトーシスを誘起し

ます。

他に、極めて稀ですが、

インスリン遺伝子異常

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インスリン受容体遺伝子異常

MODY 遺伝子異常:常染色体優性遺伝で、20 代の若年発症が多く、主な症状とし

てβ細胞のインスリン分泌不全を呈する。現在までにHNF-4α遺伝

子、グルコキナーゼ遺伝子、HNF-1α遺伝子、IPF1遺伝子、HNF-

1β遺伝子、BETA2遺伝子6種類の MODY 遺伝子が発見されてい

る。

症状:自覚症状は、疲れやすい、尿の量と回数が多くなる、喉の渇き、体重の激減が挙げられま

す。

合併症は視力障害・狭心症・脳卒中・腎臓の機能低下・手足の痺れなど多数存在します。

ミトコンドリア糖尿病は、感音性難聴を伴う事が多いです。

検査:空腹時血糖値(朝食抜きで測った血糖値)や 75gブドウ糖負荷試験二時間後の血糖値の

計測で分かります。

空腹時血糖値 126mg/dl 以上で糖尿病。110~125mg/dl で境界型。70~110mg/dl で正

常。

75g ブドウ糖負荷試験二時間後の血糖値 200mg/dl 以上で糖尿病。140~200mg/dl で境

界型。140mg/dl 未満で正常となります。

治療:

Ⅰ型糖尿病…脳死膵臓移植や膵島移植を受けるか、血糖測定をしながら、生涯にわたって

毎日数回のインスリン自己注射またはポンプによる注射を続ける以外に治療

法はなく、Ⅱ型糖尿病とは原因も治療の考え方も異なります。

Ⅱ型糖尿病…食事療法、運動量療法、薬物療法の三つを併用して行います。

食事療法…2 型糖尿病の初期は食事療法で進行を防ぐ事が出来ます。

適正な範囲にカロリー摂取を抑える、バランスよく栄養(糖質・タンパク質・脂質・ビタ

ミン・ミネラル)をとる、決まった時間に三食をとる、一度にまとめ食いしない事

が主な内容です。

運動療法…2 型糖尿病治療には食事療法と共に大きな効果があり、併せて行うと相乗効果

を生じます。

有酸素運動(ウォーキングやサイクリング)を毎日行うこと、運動を始めたら最低 15

分以上は行うこと、運動の開始時間は食後一時間以上が適当で、空腹時の

運動は低血糖を招く危険があるので絶対に行わないこと、事故防止のためウ

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ォーミングアップとクールダウンを組み合わせる事が重要です。

薬物療法…食事療法と運動療法で十分な効果が得られなかった場合に行われます。

近年、様々な治療薬が開発されていますが、完全に回復する治療薬は存在しない

ので、食事療法・運動療法と併せて、血糖をコントロールするために使用さ

れます。

Ⅲ型…基本的にⅡ型と同じです。進行して、インスリン分泌量が減った場合は、

インスリン注射を行います。

遺伝カウンセリングの留意点

…糖尿病の場合、遺伝子検査で可能のものは、現在ミトコンドリア遺伝病のみに限られ、

他の遺伝子疾患は家族歴等からの推測しかできません。また、ミトコンドリア遺伝子

異常も、何らかのミトコンドリア遺伝病疾患を発症していなければ原則として検査さ

れません。よって、糖尿病の遺伝子カウンセリングは基本的に、家族歴の情報収集と、

そこからの推測が主になります。

曖昧な点が多い分、出来る限り充分な説明をし、患者の理解を得、納得してもらう事

が大切になります。

サポートグループの紹介:一般的によく知られている病気なので、世界的にも日本国内でも多数

存在します。

日本 IDDM ネットワーク(http://www5.ocn.ne.jp/̃i-net/top.html)

名前は IDDM(1 型糖尿病)ですが、全国的な糖尿病のサポートグールプの紹介があります。

糖尿病ネットワーク(http://www.dm-net.co.jp/)

糖尿病やサポートグループについての情報が沢山紹介されています。

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家族性大腸ポリポーシスについて

概念

家族性大腸ポリポーシス(familial adenomatous polyposis)は、

主に adenomatous polyposis coli (APC) 遺伝子変異が原因

大腸に腺腫を多発する

常染色体優性遺伝病

頻度

有病率は日本では 1/17400(欧米では 1/8000̃20000)

病因

5q21 に存在する 8564bps からなる adenomatous polyposis coli (APC) 遺伝子の変異が主な原因

変異によりストップコドンが生じ APC タンパク質の部分欠損を引き起こすことがほとんどで、約 10%で

AAAGA(3927-3931)の塩基欠失が報告されている。

症状

変異遺伝子の保持者は 20 歳までに 90%がポリポーシスを発症(40 歳までにはほぼ全員)

ポリープが多発することにより呈する症状は下痢、腹痛、下血、貧血など

癌化のないポリープ期には明確な症状がないことが多い

40 歳までに約 60%・60 歳までに 90%の発症者でポリープは癌化

ポリープを放置した場合の大腸癌の終生罹患率はほぼ 100%

女性では発症・癌化が早まる傾向にある

変異遺伝子保持者の約 12%は上部胃腸管癌を発症する

ポリポーシス以外の症状として、甲状腺腫瘍等の内分泌腫瘍、肝芽腫、膵腫瘍、急性膵炎、脳腫瘍、

軟部組織腫瘍、骨腫、歯牙異常、網膜色素上皮変性(CHRPE)が見られる

※ポリポーシスが大腸全体で 5000 個以上または大腸粘膜 1cm2 あたり 10 個以上もしくは組織学的にポリ

ープの占拠率 20%以上のいずれかを満たすものを密生型と呼び、それ以外の非密生型よりも発症・癌化

が早い

検査・診断

臨床的には内視鏡検査において大腸に 100 個以上のポリープを確認することで診断可能

網膜色素上皮変性(CHRPE)と骨腫は治療の対象にはならないが、大腸病変に先駆けて変異遺伝

子保持者の約 80%に見られるのでポリポーシス発症前の診断に用いる

確定診断は DNA 解析による APC 遺伝子変異の直接証明により可能

※患者のうち APC 遺伝子変異が検出されるものは 70~80%に過ぎない。これは、検査法の特性による限

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界、遺伝子のプロモーター領域や転写翻訳機構が未解明であることが考えられているが、他の遺伝子変

異の存在も示唆されている。

治療・健康管理・経過・予後

ポリポーシスを発症した患者には大腸の予防的摘出が考慮される

根治の望める癌を既に発症している場合手術は絶対的適応である

腹痛、下痢、下血、貧血といった症状があれば癌がない場合でも手術が相対的適応である

その他の場合では、いずれかを選択する

大腸を予防的に摘出する早期予防的な方針(主流である)

定期的な内視鏡検査とポリープの予防的切除を行う待機治療的な方針

※密生型の場合には検査が困難であることから待機治療的方針は適応できない。

現在行われている予防的大腸切除術には、

結腸全摘回腸直腸吻合術(IRA)

肛門機能温存大腸全摘出術(RPC)+回腸嚢肛門管吻合術(IACA)

RPC+回腸嚢肛門吻合術(IAA)

などがあり、技術、予防効果、術後 QOL 等から術式を決定する

大腸切除術後にデスモイド腫瘍を生ずることがある

※デスモイド腫瘍とは創部腹壁や腹腔内に発生する腫瘍で、悪性ではないが腸閉塞や

尿路閉塞を生じる。完全な摘出は難しく摘出術を契機に逆に増悪する可能性がある。

決定的な治療がないため、数%は致死的である。

遺伝カウンセリング上の留意点

常染色体優性遺伝である

子供に遺伝する可能性が高い(分離比 0.456)ことから、その家族構成や子供の有無などに配慮する

必要がある

変異遺伝子のヘテロ個体で発症し浸透率はほぼ 100%である

将来的に癌化する可能性が非常に高いため、告知は患者にとって癌告知に相当する

DNA 解析により発症前診断が可能であるが、APC 以外の責任遺伝子の存在が示唆されているため、

APC 変異陰性であっても FAP を発症しないとは言い切れない

サポートグループ

ハーモニー・ライフ http://home.att.ne.jp/banana/harmony-life/index.htm

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口唇口蓋裂

●疾患の概念

口唇裂とは: 上唇が生まれつき裂けている状態。人間の顔はいくつもの隆起が癒合することによ

り形成されていく。上口唇・鼻は、妊娠 5 週~7 週目に内側鼻隆起とその外側ある左右の上顎隆

起が癒合して形成される。口唇裂とは何らかの理由により上唇の部分がうまく癒合せず上唇に

亀裂が生じた状態を言う。

口蓋裂とは: 口蓋が生まれつき裂けている状態のこと。口蓋は妊娠 7 週~12 週目頃に左右の口

蓋突起が中央部分で癒合することにより形成される。口蓋裂とは、何らかの理由により口蓋の部

分がうまく癒合せず、上顎が裂けた状態を言う。

口唇裂口蓋裂ともに、裂けている部分や状態によりいくつかの種類がある。

●頻度

わが国の一般人口の罹患率は、口唇裂/口唇口蓋裂は 0.15%(1/666)、口蓋裂は 0.05%(1/2,000)。

つまり、500~700 の出産に 1 人くらいの頻度であります。ということは百数十家族に 1 人の割合

で,家族に口唇,口蓋裂の息者さんがいるということになる。

●原因

原因はまだはっきりしていないが、一般に多因子遺伝に従うと考えらる。環境要因としては、薬、

疾患、X 線、年齢など。

●治療・健康管理

手術

裂け目を単に閉鎖するだけでなく、口蓋全体を後の方へずらすようにして口蓋垂の位置を奥へ移

動する。これにより口蓋垂の部分が咽頭に接することができ、鼻からの空気のもれを防ぐ。

<push-back 法(言葉重視)>

手術の時期は 1 歳から 1 歳半頃。早い方が正常な言語を得やすい。あまり早いと呼吸系統に問

題を起こすのでこの時期まで待つ。

<二期法(上顎の発育重視)>

1 歳までに軟口蓋だけを閉鎖。5 歳から 8 歳まで硬口蓋は閉鎖せず、口蓋床と呼ばれる装置で鼻

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からものが漏れるのを防ぐ。上顎の正常な発達が得られる。

*軟口蓋裂のみの場合は furlon 法

●経過・予後

形成外科治療の進歩により、現在では殆どの場合、日常生活を営む上でのハンディキャップに

はならない。

●遺伝カウンセリング上の留意点

・上記の通り予後は良いことを説明する。

・多因子遺伝の機序を説明し、誰でも易罹病性を持っていること、および他の遺伝性疾患とは無

関係であることを説明する。

・次子の再発率を伝える(一般に近親者の再発率は高くなる)。

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ダウン症候群(Down`s Syndrome)

病気の概要

ダウン症は21番染色体が過剰なトリソミーであり、18トリソミーや13トリソミーと並んで出生まで

生存可能なトリソミーの一つである。特徴的な成長、発達遅延、外表奇形、内臓合併症を引き起

こす染色体異常症であり、常染色体異常症のなかでも最も多い疾患である。

頻度

一般にダウン症の出生頻度は、最近のわが国の統計では、一般出生頻度は約1000人に1人

である。ダウン症の発生頻度は母親の加齢とともに増加することはよく知られている。これは、母

親の加齢によって卵子形成過程に起こる染色体分離の増加の結果と考えられている。しかしな

がら、約80%のダウン症は35歳以下の母親から出生している。また、過剰な染色体は父親由

来のこともあり、母親由来と父親由来の比は4:1といわれている。

病因

21番染色体の過剰。特に発症に関係するのは21q22.1バンド領域だとされる。染色体異常の

種類から

▷ トリソミー型(95%)

▷ 転座型(3~4%)

▷ モザイク型(1~2%)

の3種類に分類。21トリソミーは親の配偶子形成期の染色体不分離により生じる。トリソミー型の

全症例のうち80%は母由来の21番染色体が過剰になっており、そのほとんどは第1成熟分裂

時の不分離によるものである。残り20%は父由来であり、第1と第2成熟分裂時の不分離の頻

度はほぼ同じである。母年齢が高くなるとトリソミー型患者の出生頻度が高くなることが知られて

いる。転座型ではt(14q21q)が最も多く、ついでt(21q21q)、t(13q21q)、t(15q21q)、t(2

1q22q)などである。転座型のうち約50%は均衡転座保因者の親から不均衡に伝わったもので

あるが、残り50%は新生突然変異である。

症状

特徴的な顔貌(眼瞼裂斜上、鼻が低め、小さい耳介など)、小奇形(小指彎曲など)、皮膚紋理、

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新生児乳児期には筋緊張低下を伴う。精神運動発達遅滞の程度は、平均すると乳幼児期の発

達指数(DQ)は 50̃70 であり、年長になると 30̃50 となる。全てのダウン症児に現れるというもの

ではない、個人差がある。

検査(確定診断の方法)

出生前、出生後ともに染色体検査を行う。しかし、染色体検査実施するにあたり医師による説明

がされていないことが多く充分な対応がなされていない。

合併症

合併症には以下のものが挙げられる。先天性心奇形(30̃50%)、消化管奇形(5̃8%,十二指腸狭窄、

鎖肛、Hirschsprung病など)、血液疾患(白血病、一過性骨髄異常増殖症)、環軸関節不安定性、

甲状腺疾患、点頭てんかん、屈折異常(近視、遠視、乱視)、滲出性中耳炎、難聴などがある。

治療

消化管奇形、先天性心疾患 → 種類、程度により手術が必要な場合もある。

血液疾患 → 血液検査により調べ、白血病はダウン症に合った治療法が確立されている。

甲状腺機能低下症 → 血液検査により調べる。甲状腺ホルモン補充療法を行う。

視聴覚疾患 → 1 歳児から定期的な眼科検診、耳鼻科検診を行う。

健康管理

・乳幼児 → 療育的指導(理学療法など)を行う。

・幼児期 → 合併症対策、予防接種、成長や発達の経過観察、歯科の定期検診を開始、頚椎

の不安定性を X 線で評価する。作業療法、言語療法を開始する。

・学童期 → 合併症対策、身体成長、発達の経過観察、社会生活への適応状況に関する相談

に応じる。

・思春期・成人期以降 → 生活習慣病、甲状腺機能、老化の問題、性の問題、そのほかの社会

生活の問題の相談に応じる。

経過と予後

身体的成長(身長、体重、頭囲)の遅れ、全般的な発達の遅れを認める。定頚は平均 6.5 か月、

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独座は 11 か月、独り立ちは 20 か月、独歩は 2 歳、発語は 2 歳である。精神遅滞は通常程度か

ら中等度である。5 歳以下と 40 歳以上で一般人口より死亡率が高く、前者では先天性心疾患、

感染症、白血病が、後者では痴呆、脳卒中が関係していると推測されている。

再発率

▷ トリソミー型:35 歳以下の女性の場合は約 0.5%、35 歳以上の女性の場合は年齢に応じた一般

頻度とほぼ同じ。

▷ 転座型:母が均衡型転座保因者のとき、10%。父が均衡型転座保因者のとき 2.5%。両親の染

色体が正常のときは 1%以下。極めて稀だが、親が t(21q21)転座保因者のときは

100%。

▷ モザイク型:トリソミー型の再発率とほぼ同じ。

遺伝子カウンセリング上の留意点

[出生前のカウンセリング]

① 家族の質問に応じて、出生前診断法についての情報を伝える。出生前診断は妊娠10週頃

に行う絨毛診断、妊娠15~17週に行う羊水診断で可能。検査方法の詳細、検査によりわ

かるのは染色体異常のみであること。羊水穿刺による流産の可能性が 0.2̃0.4%であることな

ど。本検査後に採りうる選択肢について十分に説明する。

② 胎児がダウン症に罹患しているか否かの確率がわかるスクリーニング検査として、妊娠15

~18週の母体血清マーカー検査や胎児項部の浮腫の有無をみる胎児超音波検査(NT)な

どがあるが、検査前の遺伝カウンセリングの体制が整っていないのでわが国では普及して

いない。

③ 妊娠中絶に関する確認をする。日本の中絶の現状を説明し、妊娠中絶後に精神的な苦痛が

残る場合があることに言及する必要がある。

④ 出生前診断を受けるかどうか、妊娠継続するかどうかについては自己決定権を尊重する。し

かし、どんな選択をせよカップルに心理的支援が必要となることがある。その場合、いつでも

カウンセリングに来ても良いことを伝えることが重要。

[出生後のカウンセリング]

① 対象疾患について公平な立場で説明することが重要。告知は両親同席の場で行い、原因・

頻度・遺伝性の有無・予想される合併症・今後の育児方針などについて情報提供を行う。決

してダウン症の子を育てることは不幸ではないということを伝える。ダウン症の子供や大人

が社会の中でごく当たり前に生活していることを強調する。医師が個々のカップルあるいは

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妊婦に説明する際に、必要に応じてもしくは要請に応じて、遺伝カウンセリングを繰り返すと

ともに、遅滞なく専門医療施設に紹介する。

② 告知後しばらくして、両親の子供に対する受容の後、次子についての遺伝カウンセリングを

行う。

③ 核型の違いによって再発率が異なることを理解してもらう。また、ダウン症候群の児を授かる

確率を算出する。

④ 転座型の場合は両親の染色体分析を勧める。次子の再発率を知るためには必須である。し

かし両親のどちらが均衡型転座保因者であるかを親がしりたくない場合には伝えない。保因

者親が母か父かで再発率は異なる。保因者親の同胞の染色体分析を行うかどうかは、事情

により、様々な対応の仕方がある。

サポートグループなどのリソース

【全国規模のサポートグループ】

① 日本ダウン症協会(http://www16.ocn.ne.jp/̃jds2004/)

② 日本ダウン症ネットワーク(http://jdsn.gr.jp)

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ハンチントン病

1. 概念:

ハンチントン病は脳内の線条体(尾状核と被核で構成され、内的な情報に基づく運動を発現し、予測的行

動を可能とする。)と呼ばれる部位が損なわれることによって運動障害、認知障害、精神異常をきたす疾

患である。HD 遺伝子内の CAG リピートが伸張することによって発症する成人発症型の疾患で、進行性を

有する。

2. 頻度:

日本人では 100 万人当たり 1~4 人。ただしヨーロッパ系住民では 10 万人に 5~10 人。

3. 病因:

Huntingtin 遺伝子(4p16.3)の CAG リピートの増大。

4. 病状:

おもに 3 つの症状がある。その 3 つとは物事を認識する力(思考・判断・記憶)の喪失、動作をコントロール

する力の喪失(舞踏病と呼ばれる四肢、顔面、体幹などに見られるピクつくような素早い不随意運動・飲み

込み困難)、そして感情をコントロールする力の困難(抑鬱・感情の爆発・苛立ち)である。

5. 検査:

Huntingtin 遺伝子(4p16.3)の CAG リピートの増大を遺伝子検査によって証明する。

6. 治療と健康管理:

病気の進行を遅らせる有効な治療法は未だ開発されていない。また、対処療法としての薬物治療にも限

界があるが、舞踏運動に対してはハロペリドール、パーフェナジンなどが有効であり、これらの抗精神病

薬は精神症状にも有効である(対症療法として薬物を用いる際には神経内科専門医によるコントロールが

必要)。また、生活介助や精神的支援、カウンセリング、あるいはハンチントン病のサポートグループを紹

介することによって患者が心理的な支援を受けることもできる。ホームヘルパー、看護婦、保健婦、ソ

ーシャルワーカー、作業療法士、言語聴覚士、理学療法士、栄養士、臨床心理士など身近な医

療サービス・福祉サービスの専門家でチームを組んでもらうと患者や関係者は心強い。

7. 経過・予後:

始めのうちはごく軽度の協調運動障害、不随意運動決断力の低下、抑鬱や感情の爆発が見られる。この

時期は大抵の日常生活動作は自立して行うことが可能である。進行すると典型的な症状が顕著に表れ日

常生活に少しずつ介助を要するようになる。末期には異常行動が徐々に見られなくなる一方、運動障害

が高度となってしばしば全介助を要するようになり、無言・失禁状態となる。発病後の平均生存期間は 15

~18 年。平均発症年齢は 35~44 歳で、平均死亡年齢は 54~55 歳。

8. 遺伝カウンセリング上の留意点:

片親が患者である場合、50%の確率で変異遺伝子を受け継ぐ。浸透率はほぼ 100%。世代を経るにした

がって発症年齢が早くなり、かつ症状が重症化する。50%リスクのある家族の発症前診断は、遺伝子検査

でHuntingtin遺伝子(4p16.3)のCAGリピートの増大を検出することによって技術的には可能。その際の注

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意点として、20 歳以上であること、本人の意思による依頼であること、全ての過程に立会い依頼者を支え

てくれる同伴者を確保することが挙げられる。経過・予後の点から家系内未発症者に対する発症前診断

の実施に関しては慎重に検討する必要がある。また、確定診断を告知する場合に発症前診断よりも慎重

さが足りない(検査結果の発表まで待たされる、電話でいきなり伝えられる、何のフォローアップもないな

ど)のではないかという問題が当事者団体などから指摘されている。

9. サポートグループ:

ハンチントン病ネットワーク(http://homepage1.nifty.com/JHDN)

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概念

耳が聞こえなくなる障害。さらに重度で聴力がほぼ失われた状態を聾(ろう)と言う。音への反応が乏しい

ことから疑われ、2~3 歳になるまで気づかれないこともある。全ての子供で言語理解と言語表出の遅れな

どの言語発達遅滞をきたす(先天性難聴)。外耳あるいは中耳の異常による伝音性難聴、内耳の異常に

よる感音性難聴の 2 タイプがあり、両者の混合型も存在する。

頻度

先天性難聴は最も頻度の多い先天性疾患の 1 つであり、新生児 1000 人に 1 人の割合で高度難聴児が生

まれてくるとされる。およそ 50%は遺伝子の関与によると考えられており、そのほとんどが単一遺伝子に

よる。

臨床像

難聴の他に随伴症候を伴うか否かで 2 つに大別される。

▶症候群性難聴

遺伝性難聴の約 30%。400 種類を超える疾患群が知られている。筋肉骨格系、腎尿路系、神経系、眼

の異常、色素異常、代謝異常など種々の奇形や他の疾患を伴う。

▶非症候群性難聴

遺伝性難聴の約 70%。現在までに 24 種の原因遺伝子が特定されている。

特に重要な難聴

▶コネキシン 26 遺伝子による難聴

原 因:13番染色体上のコネキシン 26(gap junction protein beta 2:GJB2)遺伝子の変異。内耳における

K イオンのリサイクルが障害される。

再発率:AD 型では 50%、AR 型では 25%。

臨床像:中等度から高度難聴の頻度が高い。稀に皮膚疾患を伴う。

▶ミトコンドリア遺伝子 1555 変異による難聴;アミノ配糖体抗生物質による難聴

原 因:ミトコンドリア 12SrRNA 遺伝子 1555A→G 変異。母系遺伝(ミトコンドリア遺伝)形式をとる。

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再発率:ホモプラスミーなので、母親が変異を持っている場合 100%子供に伝えられる。

臨床像:1555A→G 変異はアミノ配糖体抗生物質に対する高感受性と関連が深い。

特徴として、①母系遺伝すること、②後天性、③両側性、④対称性、⑤高音障害性、⑥耳鳴

を伴うことが多い、⑦聴力障害が進行する場合があることなどが挙げられる。難聴

の程度には個人差があり、一般的に年齢が高いほど、またアミノ配糖体抗生物質投与歴の

ある患者群ではより高度な難聴を呈する場合が多い。

留意点:個人差が大きいため、難聴の程度を予想することが難しい。難聴は後天性なので言語習得に

は問題とならない場合が多い。しかし、進行性である場合が多く、定期的な聴力検査による経

過観察を行うことが重要。

診断

聴力検査により難聴の程度、どの周波数の音が聞こえないか等を調べる(純音聴力検査など)。難聴が

みられた場合には難聴のタイプ(伝音性、感音性、混合型)を調べる(ティンパノメトリー検査など)。

(参考)新生児聴覚スクリーニング検査

赤ちゃんの耳の聞こえの状態を調べるためのもので、眠っている間に自動的に判定を行う検査。県内で

は希望者に対して出生後入院中に実施されている。検査方法には次の2種類がある。

▶自動聴性脳幹反射(Automated Auditory Brainstem Response : 自動 ABR)

…刺激音を聴かせて脳から出る微弱な反応波を検出し、正常な波形と比較する。

▶耳音響放射(Otoacoustic Emission : OAE)

…外耳道にスピーカーとマイクロホンを挿入し、音の刺激に対して蝸牛内で発生する音響を測定。

治療

聴力障害の治療は、伝音性難聴の場合に手術が有効な場合もあるが、感音性難聴に対する積極的な治

療法はない。難聴で日常生活に不自由を覚え、医学的治療法もあまり効果をきたさない場合は補聴器が

使われる(感音性難聴よりも伝音性難聴で有効)。また、補聴器の装用効果が得られない高度感音性難

聴には人工内耳が用いられることもある。

▶補聴器…音を集めて増幅するための装置。

▶人工内耳…蝸牛内に人工内耳の電極を埋め込み、必要な場所で電流を流し、内耳の聴神経を電気的

に刺激することによって、中枢で音あるいは言葉の感覚を得させようとするもの。

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遺伝カウンセリング上の留意点

▶多種類の遺伝子が難聴という同じ表現型をとる。従って AR の場合、両親は難聴者であっても、必ずしも

子供が難聴になるとは限らない。

▶早期診断及び補聴器や人工内耳による早期療養で言語習得が可能。

▶症候群性難聴では難聴以外の症状の経過観察、治療が必要。

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神経線維腫症Ⅰ型(Von Recklinghausen’s Neurofibromatosis)

●疾患の概念

神経線維腫症には大きく分けてⅠ型とⅡ型の二つのタイプがあります。神経線維腫症の中ではⅠ型が

多いので、単に神経線維腫症というときはだいたいⅠ型を指します。胸、背中、骨盤、ひじ、膝などの皮膚

にできる薄茶色のしみ(カフェオレ斑)が特徴的です。

●頻度

頻度は 2500~3000 人に 1 人です。NF1 遺伝子の変異発生率(約 1/10,000)はヒトの知られている遺伝

子の中では最も高いです。

●病因

常染色体優性遺伝です。原因遺伝子は NF1 遺伝子(17q11)で、50%は両親のどちらかから遺伝して発

病した人、残りの 50%は突然変異で起こります。

●病状

症状は①皮膚症状、②神経症状に大別されます。その他、虹彩小結節( Lisch 結節)や骨の異常など

が出現することもあります。

①皮膚症状:カフェオレ斑とよばれる褐色の斑が、全身に不規則に出現します。

②神経症状:神経線維腫という良性の腫瘤が皮膚などに出現します。個人差はありますが、思春期頃か

ら少しずつ出現します。

●検査

NIH コンセンサスカンファランスで策定された NF1 の診断基準が日常臨床において広く受け入れられて

います。NF1 の臨床診断はごく年少の場合以外は通常明確ですが、診断のための NF1 遺伝子検査も可

能ですが、必要となることはほとんどありません。

・思春期以前では最大径 5 mm 以上、思春期以降では最大径 15 mm 以上のカフェオレ斑を 6 個以上認め

る。

・いずれかのタイプの神経線維腫を 2 個以上認めるか、蔓状神経線維腫を 1 個認める。

・腋下や鼠径部の雀卵斑様色素斑。

・視神経膠腫。

・2 個以上の Lisch 結節など。

・蝶形骨異形成、長管骨皮質の菲薄化、偽関節形成などの特徴的骨病変。

・一次近親者に上記の診断基準を満たす NF1 患者がいる。

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●治療

根本的な治療法はありません。個々の神経線維腫は、手術で切除したり、放射線療法で小さくすること

はできます。

●健康管理と経過

・患者および本症に詳しい医師による毎年の身体診察。

・小児では毎年の眼科的検査、成人の場合はより低頻度でよい。

・小児では質問紙による発育の評価。

・定期的な血圧測定。

・臨床的に明らかな症状がある場合にはそれに対する評価。

●予後

この病気で死亡することはほとんどありません。美容的に気になったり、子供に2分の1の確率で遺伝

する病気ですので結婚して子作りの時に悩んだりする患者さんがいますが、立派に社会人として生活なさ

っている方がほとんどです。しかし、腫瘤が悪性化した場合は死に至ることもあります。

●遺伝カウンセリング上の留意点

常染色体優性遺伝で浸透率は 100%、臨床像は家系内においても多彩である点は留意しなければなり

ません。出生前診断は技術的に可能ですが、通常求められることはなく、中絶を目的として考慮される場

合は、家族との見解の相違があると思われます。

●サポートグループ

希少難病者の会「あせび会」内に NF1 の部会がある。

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デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD=Duchenne Muscular Dystrophy)

<概念>

デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、1868 年にフランス人医師デュシャンヌ(Duchenne)が記載したことから、その名前にち

なんで呼ばれている。進行性筋ジストロフィーの一種であり、X 連鎖劣勢遺伝病である。

<原因>

Xp21 にあるジストロフィン(筋細胞を作るタンパク質)をコードする遺伝子の異常によって発症。

<頻度>

進行性筋ジストロフィーの中では最も頻度が高く、人口 10 万人当たり 3~5 人。出生男児 3000~3500 人に 1 人の発

生率である。

<症状>

アヒル歩行、Gowers 徴候、ふくらはぎの仮性肥大、心筋症、口こう不全、IQ 低下、血清 CPK 値上昇、血清

GOT/GPT 値上昇。

発症は3~5歳頃、歩行に関する異常で明らかになる。

筋肉の栄養障害により身体、上下肢の筋肉が衰え、歩いたり手足を動かしたりできなくなる進行性の遺伝子異常。

初期症状は歩き方がぎこちない、倒れやすい、階段昇降ができないなど。2~4 歳の男児に発病する。7~11 歳にな

ると手を挙げたり、歩行したりできなくなり、車椅子生活を余儀なくされる。筋脱力と筋萎縮は呼吸筋にも及ぶため、

呼吸障害が起こる。20~25 歳で呼吸障害で死亡することが多い。

<検査>

DMD 遺伝子の分子遺伝学的検査(サザンブロット法、PCR 法、FISH 法)で、筋の生検なしに診断することが可能。臨

床所見、家族歴、血清 CPK 濃度、筋の生検で診断が確かになる。

<治療>

現時点では完治させる治療薬はなく、対症療法が中心である。理学療法も行われる。

<予後>

DMD 患者は20代で死亡。

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色覚特性

1. 疾病の概念 赤や緑(第 1,2 色盲)、まれに黄色から青(第 3 色盲)の混じった特定の範囲

の色について差を感じにくい。

2. 頻度 第 1,2 色盲は人種により差があり黄色人では男性の約 5 パーセント。女性は約 0.2

パーセント。日本人口にこの数値を適用すると男性は 300 万人、女性は 12 万人に相当。さ

らに第 3 色盲が 0.001 パーセント。

3. 原因 色の認知にはオプシンと呼ばれる蛋白が必要だが、その蛋白の担当遺伝子に変異

が生じ、異常な蛋白が産生されると色覚異常が生じる。

4. 症状 赤や緑(第1,2色盲)、まれに黄色から青(第3色盲)の混じった特定の範囲の色につ

いて差を感じにくい、という症状が現れる。

5. 検査 アノマロスコープ検査は確定診断に必要。その結果の妥当性を検証するために、石

原表(=仮性同色表)、パネル D-15 テストが行われる。

6. 検査 アノマロスコープ検査は確定診断に必要。その結果の妥当性を検証するために、石

原表(=仮性同色表)、パネル D-15 テストが行われる。

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ターナー症候群

① 疾患の概念

染色体異常のうち、女性にのみ起こる性染色体異常の代表的な疾患であるが、最近ではターナー症候群そ

のものを病気としては捉えず、「体質」として捉えることが一般的である。患者は、ターナー女性、ターナー、など

と称される。

② 頻度

女性1000-2000 人におよそ1 人の割合。世界で約125 万人。

③ 原因

ターナー症候群の女性の場合の典型的な例としては、Pure X monosomyである45,X であるが、他にも

Mosacism and Structural abnormalitiesである、45,X/46,XX、45,X/47,XXX、45,X/46,X,i(X)(q10)、45,X/46,X,+

mar、など、核型の内容や頻度は様々である。

④ 症状

成長障害、性腺異形成、特徴的奇形徴候などがある。特徴的奇形形成はさらに、骨格徴候(外反肘、中手

骨・中足骨短縮など)、軟部組織徴候(リンパ浮腫、翼状頸など)、内臓徴候(大動脈狭窄など)に分類される。他

に、色素性母斑や中耳炎などもある。

⑤ 検査

染色体検査による判定。

⑥ 治療

成長ホルモン治療。女性ホルモン補充療法。性腺摘出手術など。

⑦ 健康管理

幼児期から思春期まで:中耳炎・難聴、骨粗しょう症、糖尿病など後天的に治療が必要

となる場合がある。

成人期:肥満度・コレステロール・血糖値・血圧といった生活習慣病に注意し、骨密度、

大動脈拡張などについて定期的にみていく。

⑧ 経過

小学生低学年までは主に低身長、高学年になると、二次性徴の欠如および無月経が起こ

る。経過は個人差が大きくその進行は様々である。

⑨ 予後

対症療法などによって予後は良好である。一般に知能も正常である。妊娠できる可能性もあるが、多くは不

妊症である。

⑩ 遺伝カウンセリング上の留意点

ターナーが診断される状況は、新生児期はリンパ浮腫や大動脈狭窄で、幼児期は低身長で、思春期は低身

長と二次性徴の遅延で行われるので、これらに留意して診察をする。最近では出生前に胎児超音波検査で判

明する場合もある。患者の年齢に応じて対応上の留意点は異なるが、基本的には、両親に説明を行い受容し

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てもらい、本人へ説明を行い受容してもらう、というプロセスが不可欠である。具体的には例えば、再発率はき

わめて低く、患者本人がクライエントとなることがあるが、不妊症であることを説明し、内分泌学的あるいは産

科的管理を行うことが必要である。また、出産直後の母親に対する告知については十分に留意する必要があ

る。

⑪ サポート

ターナー症候群であることが確定すれば、そのすべての人が成長ホルモン治療を公費で

受けることが可能である。また、サポートグループとして、ひまわりの会、りんごの会などがある。

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家族性乳癌

・ 疾患の定義

乳癌とは女性(まれに男性)の乳腺上皮に発生する悪性腫瘍であり、通常、乳管上皮由来の腺

癌を指す。主に BRCA1、BRCA2 の変異によって起こる遺伝性の乳癌を家族性乳癌と呼ぶ。

・ 頻度

毎年約 30,000 人が乳癌に罹患し、そのうち 5~10%が家族性乳癌である。

・ 病因

癌抑制遺伝子 BRCA1(第 17 番染色体長腕上)または BRCA2(第 13 番染色体長腕上)の変異

によるものが約 50~60%といわれているが、我が国ではその割合は低いという報告もある。P53

(17q)を原因遺伝子とする Li-Fraumeni 症候群や、PTEN(10q)を原因遺伝子とする Cowden 病、

AT(11q)を原因遺伝子とする Ataxia-telangiectasia なども乳癌が家族内に集積するが、これらは

ごくまれな疾患であり、家族性乳癌全体に占める割合は低い。

これ以外の遺伝子については、同定のための研究が進められている。

・ 症状

乳房内腫瘤およびそれに伴う皮膚の変化が最も多い。腫瘤とはしこりのことで、乳癌は 5~

10mm の大きさになると注意深く触れればわかるしこりとなる。皮膚の変化としては、皮膚の陥凹

や萎縮、乳頭の屈曲や陥凹、発赤などがあり、また、癌が皮下のリンパ管を侵した場合には浮腫

が生じる。

その他には乳頭異常分泌(?)、乳頭のびらんなどがある。乳頭分泌異常では、血液が混じっ

た分泌がある場合に、特に注意が必要である。乳頭びらんは、いわゆるパジェット病に生じ、軽

いかゆみや疼痛を伴う慢性湿疹様の変化である。

さらに、乳癌が腋窩リンパ節に転移した場合は腋窩にしこりができたり、腕がむくむなどの症状

が出ることもある。

・ 検査(確定診断のための)

穿刺吸引細胞診、針生検、マンモトーム生検など。

・ 治療

早期乳癌の治療には、乳房温存手術、センチネルリンパ節生検、乳房切除術、乳房再建など。

進行乳癌に対しては術前化学療法などがある。再発乳癌の治療には、外来化学療法、ペインコ

ントロールなどの緩和医療がある。

・ 健康管理

乳癌のスクリーニングとしては、「成人後早いうちから毎月の乳房の自己チェック」、「25-35 歳

以降は 1 年もしくは半年ごとに病院で乳房の検査」、「25-35 歳以降は毎年のマンモグラフィー」

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が勧告されている。

食事、アルコール、肥満などの危険性は未確定である。

BRCA1/BRCA2 遺伝子変異を有する女性に対して予防的乳房切除や卵巣摘出が行われること

もある。

・ 経過

予後を参照。

・ 予後

BRCA1 乳癌の 5 年無再発生存率は 55%と、散発性乳癌(82%)よりも有意に低率である。

BRCA2 乳癌の 5 年無再発生存率は 90%で、散発性乳癌に比して差は認められない。

・ 遺伝カウンセリング上の留意点

発症前診断には最大のメリットがあり、発症前に保因者であることがわかれば、乳癌検診およ

び卵巣癌検診を通常より若年からかつ頻回に行うことによって乳癌や卵巣癌の早期発見、早期

治療が可能となり、予後の改善につながる可能性がある。また、場合によっては保因者であるこ

とがわかれば、予防手術や化学予防を受けるかどうかを決断する際に大変参考になるだろう。

異常があることがわかった場合には将来乳癌や卵巣癌に罹患する確率が高いことを知り、精

神的重圧のため悩んだり、あるいは乳癌遺伝子に異常があることを誰かに知られて結婚、就職、

保険契約などで不当な差別を受けたりする可能性があることを、遺伝子検査の前に被験者に十

分伝えておく必要がある。また結果の告知についても、誤解を与えることの無いよう慎重に話を

進めなければならない。

また、保因者に結果を告知した場合のカウンセリング、家族のプライバシーといった問題もあ

る。

・ サポートグループなどのリソース

NPO 法人 J.POSH(ピンクリボン運動)など。

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近親婚について

1. 疾患の概念

近親婚とは、一人以上の共通の祖先を持つ個体同士の結婚を指す。日本の法律ではいとこ結

婚が最も血縁の濃い血族結婚となる。

2. 頻度

近親結婚における患者頻度は、遺伝子頻度の低い、まれな常染色体劣性遺伝病ほど増加す

る。

劣性遺伝病の出生危険

率 病名

他人結婚 いとこ結婚

先天聾 1:11,800 1:1,1500

フェニルケトン尿症 1:14,500 1:1,700

色素性乾皮症 1:23,000 1:2,200

小口症 1:32,000 1.2,600

全身白皮症 1:40,000 1:3,000

全色盲 1:72,000 1:4,100

小頭症 1:77,000 1:4,200

ウィルソン病 1:87,000 1:4,500

無カタラーゼ血症 1:160,000 1:6,200

テイサックス病 1:310,000 1:8,600

3. 病因

4. 症状

疾患により異なる。

5. 検査

対象疾患について、白血球より採取した DNA を用いて、対象疾患の遺伝子変異があるか調べ

る。または、FISH 法などにより調べる。

6. 治療・健康管理

疾患により異なる。

7. 経過・予後

疾患により異なる。

8. 遺伝カウンセリング上の留意点

① 結婚を考えているカップルに対して、近親婚に対する正確な情報を提供し、本人同士が納

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得する結論をだしてもらえるようサポートする。

② 遺伝性疾患を持つ家族歴をはじめ、家族歴については正確に聴取できるように努める。

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糖尿病

①疾患の概念

糖尿病は膵のインスリン産生細胞(β細胞)のインスリン分泌不全ないしインスリンの標的細

胞での作用不全の結果生じる糖,タンパク,脂質の代謝異常をいう。本症は単一または複数の

遺伝子異常に起因するが,感染,肥満,運動不足などの環境因子が加わって発症し,共通して

多飲,多尿,体重減少などの特徴ある症状を呈するに至る。分類としては単遺伝子異常によるも

のと多遺伝子異常によるものに大別される。多遺伝子異常によるものには1型(インシュリン依存

型)と、2 型(インシュリン非依存型)があり、糖尿病の大半を占める。少数ではあるが、単遺伝子

異常によるものもあり、ミトコンドリア DNA(MIDD)の異常によるものなどが特定されている。

②頻度

1993 年、旧厚生省の糖尿病疫学調査研究班が行ったブドウ糖負荷試験による検査報告では、

推計糖尿病患者数は 600 万人とされている。そのうち、1型糖尿病は全体の 4~6%であり、2 型

糖尿病は 95%以上を占める。

③糖尿病による合併症

高血糖が長期に持続すると,血管壁の変性や血管腔の狭窄を呈し,細胞内でソルビトール代

謝を促進し,網膜症,腎症,末梢神経障害,心筋梗塞,脳梗塞などの血管合併症を生じる.

④診断と治療

診断は特有な臨床症状と糖負荷試験による.治療は過食と肥満の是正,運動によるインスリ

ン作用の増強を基本とし,必要に応じて,インスリン製剤ないし経口血糖降下薬を加えて代謝異

常を是正し,合併症の発症予防と進展抑制をはかる.

⑤主な種類

Ⅰ.1 型糖尿病

膵β細胞の破壊性病変でインスリンの欠乏が生じることによって起こる。多く急速に発病し,ケ

トーシス ketosis(ケトン血症)を呈し,インスリン治療を必須とする糖尿病.発病は 25 歳以下に多

く,地域,季節,年代により頻度に差がある.成因として遺伝とウイルスによる感染の関与が考え

られる.

Ⅱ.2 型糖尿病

インスリン分泌低下を主体とするものと、インスリン抵抗性が主体で、それにインスリンの相対

的不足を伴うものなどがある。インスリン注射が必要となることは稀である。肥満があるか、過去

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に肥満暦を有するものが多い。多くは中年以降に発病する。

Ⅲ.ミトコンドリア DNA(MIDD)異常による糖尿病

単一遺伝子異常による糖尿病の中で最も高頻度であり、母系遺伝、感音性難聴を高率に合併

する特徴的な臨床像を示す。MIDD では電子伝達系の低下によるグルコース感受性の低下、

mtDNA 異常がアポトーシスを誘導することによるβ細胞数の減少がインスリン分泌障害の機序

と考えられる。PCR-RFLP 法で簡便に診断することが出来る。

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家族性大腸ポリポーシス(FAP)

概念:

APC 遺伝子(5q21)変異を原因として、大腸(特に直腸)に 100 を超える腺腫を多発することを主

な症候とする常染色体優性遺伝性疾患。

APC 遺伝子(父と母からもらい、二個一対)

FAP の原因遺伝子で、第5染色体(5q21 という場所)に存在しています。

APC 遺伝子は細胞の増殖分裂を抑制調節しています FAP では、身体の

全ての細胞において、片方の APC 遺伝子がはじめから故障しています。し

かし通常、もう片方の APC 遺伝子が代償機能するので問題はないわけで

す(腎臓と同じ)。ところが年齢とともに、もう一方の APC 遺伝子が壊れる

チャンスが出てきます、その細胞が腺腫となると考えられています。APC

遺伝子は、どの臓器の細胞にも重要ですが、胃腸粘膜で特によく働いてい

ると考えられます。

頻度:

欧米では 8000 人あたり1人、わが国では 17400 人に1人。患者の 30~40%には家族歴が無く、

新生突然変異による発症と考えられる。

症状:

大腸に 100 を越える腺腫が多発し、数千個に及ぶこともある。大腸以外にも多彩で特徴的な病変

が発生する。骨腫、軟部組織のデスモイド、上皮嚢胞、線維腫、胃・十二指腸病変、甲状腺がん

など。

原因:

1)常染色体優性遺伝。第5染色体(5q21)に局在する癌抑制遺伝子 APC が責任遺伝子。フレー

ムシフトなどによるAPC蛋白の欠失によりWntシグナル伝達系に関与するβカテニンの分解

が阻害されることが腺腫発生の原因である。

2)常染色体劣性遺伝。MYH 遺伝子変異を原因とする、劣性遺伝性の症候群。腺腫の数は少な

いといわれますが、結局 APC 遺伝子が壊れることに変わりはなく、臨床的には FAP として区

別せずに扱う必要があります。頻度は多くない。

検査(確定診断のための):

1) 大腸検査

腸内を直接観察でき、組織検査もできる是非必要な検査です。

a) 大腸内視鏡検査でポリポーシスが発見された場合は、FAP と診断されます。

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b) 大腸内視鏡検査でポリポーシスが見つからなかった場合。

b1)FAP ではない

b2)FAP であるがまだポリープを発生していない。

の二通りが考えられます。b) の場合は、一年後に再検査をうけます。 FAP なのに 35 歳以

上になっても ポリポーシスを発症していない場合は 例外ですので、この時期まで検査を受

けて陰性ならば、FAP は ほぼ否定されます。遺伝子検査を受けることも考えられます

2) 遺伝子診断

FAP の診断に必須な検査ではありません。幾つかの利点と制限とがあります。その利点およ

び欠点の説明をよく聞き、質問し、自分が検査を受ける意味を十分に理解してから検査を受

けて下さい。検査法にも何種類か有り、費用も比較的高価です:

a) 臨床的に FAP と診断されている患者さん本人の遺伝子検査を行う:

a1)遺伝子異常が発見された場合;家系内でまだ診断が付いていない方の遺伝子診断が

可能です。

a2)遺伝子異常が検出されなかった場合(30%程度あります);FAP であるという診断は変

わりませんが、家族の方々の遺伝子診断はできません (b2 参照)。

b) FAP 患者さんの家族の遺伝子検査を行う:

家系内の患者さんの遺伝子変異が特定されている場合:遺伝子検査は可能です

b2) 家系内の患者さんの遺伝子変異が特定されていない場合:家族の遺伝子検査は勧

められません(異常が検出されなかった場合、本当に陰性なのか、FAP なのに検出されない

のか、が判断できないためです)。

治療・健康管理:

1) がんの早期、あるいは予防的治療

2) 機能温存ないし低侵襲手術

3) 術後第二次癌の予防ないし早期発見(デスモイド腫瘍、十二指腸乳頭部癌など)

経過・大腸予後:

FAP では 25 歳過ぎ頃までに 1%弱、40 歳すぎると 50%に、また 60 歳までには 90%の確率で大腸

癌を発生する計算です。ただし 20 歳代で大腸癌になる方がいる一方、 60 歳でも少数ながら大

腸癌にならない方がいることになります。再発率は 50%。

参考までに、一般の方では 80 歳まで生きるとして、その間に大腸癌に罹患する確率は

高々7% - 8%であることに注意してください。

大腸以外にも多彩で特徴的な病変、例えば骨腫、軟部組織のデスモイド、上皮嚢胞、線維腫、

胃・十二指腸病変、甲状腺がんなどが発生するが、このうち予後に最も関連するのはデスモイド

腫瘍と胃がん、十二指腸乳頭部近傍のがんである。

デスモイド腫瘍

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腹部をはじめ各部の膜および線維組織などにできる、良性悪性中間の腫瘍:

手術後には、創部や腸間膜などに約 8%位の確率で発生します。治療に困難を

来す場合がある一方、自然に消退する場合があります

カウンセリング上の留意点:

・ 家族歴から常染色体優性遺伝のポリープ形成を伴う大腸がんが疑われるとき、本症の

可能性が高い。

・ 親が患者であれば、子供の再発率は 50%、ポリポーシスの浸透率はほぼ 100%だが

癌化には多段階変異が必要であり、環境因子の関与も示唆され、sulindac sulfone など

による化学予防が試みられている。

・ 発端者で APC 変異が決定できれば同一家系内の保因者診断が可能。コドン

1250-1450 の間に APC 変異のある家系では 5000 個以上の多数の腺腫が発生し、コド

ン 171 以前の N 末端側に変異のある家系では腺腫の数が極めて少ない。

・ 保因者は、半年から 1 年に一度の大腸内内視鏡検査が必要。1cm 以上の大きなポリ

ープや異型度の高い生検所見が得られた場合は手術適応である。

サポートグループなどのリソース:

大腸腺腫患者会(http://www.kyoundo.jp/study.html)

ハーモニー・ライフ(関東)、ハーモニー・ライン(関西)は、患者とその家族中心に、医師・カウンセラーの人

達を含めた会員相互の交流、情報交換、励まし合いにより、会員の苦しみ・悩みなどを少しでも改善し、前向き

の生活を目指し、さらに、病気(大腸腺腫症)に関する正しい情報を広く社会に公開していくことを目的として活

動しています

家族性腫瘍研究会:http://jsft.bcasj.or.jp。

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3.レポート集

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

1. テーマ:子供が遺伝病を持つかもしれない家族の葛藤

2. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:形成外科治療の進歩により現在ではほとんどの例において、日常生活を営む上でのハ

ンディキャップにはならないことを説明する。

(イ) 問題点2:多因子遺伝の機序を説明し、誰でも易罹病性を持っていること、および他の遺伝性疾患とは無

関係であることを説明する。

(ウ) 問題点3:重篤な疾患ではないが親としては、生まれた子供を見せたくても見せられないという悲しさを配

慮する。

・・・

3. 出演者

(ア)大輔

(イ)明子:大輔の妻

(ウ)明子の父

(エ)医師:遺伝外来担当医

4. 出演者の思い

(ア) 自分のせいだと思っているだけに、責任を感じてしまっている。

(イ) 容姿に問題があろうと私たちの子供、どんなことがあっても子供を育てていくつもり。

(ウ) 孫が出来てよろこんではいるものの、ただ不安だけがつのる。

(エ) 生命予後に重大な疾患というわけではないので、なるべく心配させることなく産ませてあげたい。

5. 各自の感想

(ア)

この実習について説明を受けた時、ほかの人もそうかもしれませんが、大変そうで面倒な実習だと思いま

した。実際にいろいろと調べたり、台本を考えたりと大変ではありました。しかし、その過程で病気につい

て詳しく知り、知識が深まりました。また遺伝カウンセリングの場面で、どのような会話がなされるかとい

うことを想像しながら台本を考えていると、単に教科書に載っていること以上のものを学べたと思います。

一番考えたことは、遺伝カウンセリングの場面でどうクライエントを納得させるかということでした。私達

の班の発表では、理解のある家族ということでまとめたのですが、実際にはそうではないことも多いと思

います。ほかの班の発表を見ていても同じ事を思いました。答えのある問題ではないので簡単に結論は

出ませんが、これからも考えていきたいと思います。

(イ)

今回の実習に対して最初は半信半疑でしたが、ロールプレイの台本を考えていく中で、患者さん達はど

のような気持ちでいるのか、医師の対応はどうあるべきか、など将来医師となり診察をしていく上で重要

な事をじっくり考えられる良い機会になったと思います。班の他のメンバーとそのようなことを色々話し合

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えたのも貴重だったと思います。また、実際に他の班が劇を演じているのを見ていた時、医師の対応と

してはふさわしくないと思える場面がいくつかみられました。今回は客観的な第三者として劇を観ていた

ので、そのような事に気付けたのだと思います。しかし、自分が実際に診察する側、つまり当事者側に

回ったときにこそ、患者さんの心情をしっかり気遣ってあげられるかどうかの真価が問われるのだと思

いました。実習で学んだことを忘れず、この先の学年に進んで行きたいと思います。

(ウ)

今回の遺伝カウンセリングロールプレイ実習で、「この学年になって、こんな寸劇を演じるなんて」という

意見もちらほら聞いたのですが、わたしはこの実習があって本当によかったと思っています。「患者の心

を知ること」は将来、医療者として働く上で最も重要なことだと思うからです。さて、実際の実習では、前

期の講義で学んだ口唇口蓋裂について、寸劇を演じたわけですが、患者のみならず、家族の複雑な思

い、不安、動揺を理解することができました。さらに、そんな患者や家族に対する医師の接し方について

も少なからず学ぶことができました。医師として、正しい知識を患者、家族に提供し、それを伝えられた

側がどのように感じるのか、などとても大切なことを学ぶことができた実習だったと思います。この実習

を将来医療者となったときに、活かすことができればよいと思います。

(エ)

今回の実習では、やはり劇を行うということよりも事前の準備段階にはとても考えさせられるものがあり

ました。たしかに実際のカウンセリングを見たことがない私たちにとってお芝居は所詮お芝居。まったく

現実を反映していないものになるんだろうな、とはじめのうちはそう思って疑いませんでした。しかし、話

し合いを繰り返していくうちに、別に実状を反映してなくてもいいんじゃないかと思うようになりました。患

者さんだって十人十色、こっちが想像した反応をしてくれるはずがありません。患者さんのことを思い、

様々なシチュエーションを想像する。医師としてのあるべき姿なような気がしました。これからもさまざま

な告知の場面に出会うことになると思いますが、この経験を忘れずに患者と接していきたいと思いまし

た。

6. シナリオ

【シーン1・現在】

子供 パパー、ママー!(子供は人形とかで)

夫 お~、よしよしいい子だ。

妻 ほらほら、あんまりはしゃぎ過ぎると危ないわよ。

子供 大丈夫だよ~!

夫 こらこら。よし、じゃあ向こうまで競争するか!

子供 うん!

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(子供と夫、走り抜けてフェードアウト)

妻 (舞台中央に出て)

私達、一見どこにでもいる普通の家族に見えますよね?

でも、今から5年前、私達家族にある事件が起こったんです。

そう、あれは、私と夫が父に妊娠の報告に行った時の出来事でした。

(暗転)

【シーン2・家族間での告知】

妻の父 いや~、今日は実にめでたい日だ。私もやっと初孫の顔が見られるよ。

今、何ヶ月目なんだね?

妻 えっと、今月で3ヶ月目かな。

夫 ……(下を見つめている)

妻の父 そうかぁ。こうしてわざわざ報告に来てくれて嬉しいよ。

体調の方は大丈夫かい、明子?

妻 ええ、つわりもないし今の所順調みたい。でも、これからしっかり栄養摂って頑張っていかなきゃね。仕事

の方も産休を取ろうと思うんだけどどうかな、大輔?

夫 あ、ああ…。

妻の父 うかない顔をしてどうしたんだい、大輔君?私の前だからってそんなに緊張しなくても大丈夫だから(笑

い)

夫 えっと、…お父さん、そうじゃなくて…。

妻 そうじゃなくて、何なの?

夫 (決心した感じで)…実は、実はずっと2人に言えなかった事があって…。こんなに早く子供ができるなんて

思わなかったから…。

妻 何のこと?

妻の父 おいおい、そんな深刻な顔をして。夫婦の間で隠し事なんて穏やかじゃ

ないなぁ(笑い)

夫 お父さん、真面目な話なんです!…実は、僕は産まれた時には先天的な

異常があったんです…。手術のお陰で今はもう見た目は普通の人と変わらないんですけど…、でもこ

んな突然子供ができちゃって…。

詳しいことは分からないんですけど、そういうのって子供に遺伝するって言うじゃないですか。だから、

だから、どうしたら良いか分からなくて…。

妻 (間を空けて。ショックを隠しきれない感じ)

…そんな。なんでそんな大事なこと今まで相談してくれなかったの?

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夫 ごめん、ごめんよ。

妻の父 (自分を落ち着かせる感じで)

…君はどんな病気にかかっていたんだ?

夫 病気っていったら良いのか…。口唇口蓋裂ってご存知ですか?

妻の父 口唇口蓋裂?

妻 聞いたことないわ。

夫 唇や上あごが裂けた状態で生まれてくるのを口唇口蓋裂っていうんで

す。僕は産まれつきそんな奇形があって…。

妻の父 (我慢しきれなくなった感じ)

唇や上あごが裂けて生まれてくるだと!三口の事を言ってるのか?!

念願の初孫がそんな状態で生まれてくるなんて…。ご近所にだってどう顔向けしたらいいんだ?君は何で

その事を秘密にしていたんだ!

(夫に詰め寄る)

夫 ごめんなさい。…本当は結婚の前に打ち明けるつもりだったんです。

…でも、…怖かったんです。もし、この事を話したら結婚が破談になるんじゃないかって…。お父さん、明子

の事とても大事にしてましたし…。

妻の父 (大輔の言葉を遮るように)

当たり前だ!!君の家がこんな病気を持っていると知っていたら結婚を許しはしなかった!君は産ま

れてくる子供がかわいそうだとは思わないのかね!?どうなんだ!!

妻 お父さん、ちょっと、落ち着いて!!(2人を引き離す)

まだこの子がその口唇口蓋裂って決まった訳じゃないでしょ!

もしそうだとしても、Aだって手術を受けて今は普通の生活を送ってるじゃない。

…とにかく、病気について詳しい事も分からないのに言い争っていても仕方ないわ!

妻の父 (しばしの沈黙)

…そうだな、Bの言う通りだ。A君、取り乱してすまなかった。

夫 …(うつむいている)

妻 隣の市の大学病院に遺伝に関して診療をしている科があるって聞いた事があるわ。とりあえず、そこへ行

ってみましょう。

【シーン3・病院】

妻 先生、それでこの子はどうなんでしょうか?

妻の父 この子は三口で産まれてくるんですか?

夫 ……。

医師 まず、口唇口蓋裂について誤解があるみたいなので説明します。

口唇口蓋裂は多因子遺伝の形式を取るんです。

妻 多因子遺伝…、ですか?

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医師 多因子遺伝というのは、遺伝的な要因の他に、周りの環境が疾患の発症

に影響するものを言います。

妻 周りの環境が…?

医師 具体的には薬やX線、母親の年齢などが影響すると言われています。

妻の父 それで、その…多因子遺伝だとこの子はどうなるんですか?

医師 多因子遺伝の疾患は、親が病気だからといって、必ずしも子供に遺伝するとは限りません。

夫 (ほっとした感じで)

そうだったんですか…。

妻の父 じゃあ、この子は大丈夫なんですか?!

医師 一般的に赤ちゃんの500人に25人が何らかの先天異常を持って産まれてきます。その中で500人に1

人は口蓋裂や口唇裂を持っていると言われています。

妻の父 500人に 1 人?

妻 そんなに多くある病気なんですね…。

医師 そうなんです。誰でも、口唇口蓋裂等の遺伝病にかかる可能性を持っているんですよ。

ただ、親が口唇口蓋裂の場合、子供が同じ病気にかかる可能性はやや高くなります。

妻 可能性はどの位なんですか?

医師 4~5%と言われています。

妻の父 4~5%も!?…こんな奴に嫁にやったせいで…(ボソッと)

夫 (うつむいて)…。

医師 早とちりはしないで下さい。この数字を多いととるか少ないととるかは、考え方次第です。楽観論を述べる

わけではありませんが、100人に95人は普通に産まれてくるわけですから。

妻 …そっか、そうですよね、少し安心しました。

…もし、この子が口唇口蓋裂にかかっていたら夫のように治るんですか?

医師 個人差がありますが、今は手術法も確立しているので日常生活を送る上でのハンディキャップにはなりま

せん。

妻の父 本当ですか?本当に問題はないんですか?母乳もまともに飲めなくなると昔聞いた事があるのですが

…?

医師 そんな事はないです。治療は哺乳ができる事、容姿の改善、正常な言語発達を目的としているので、手

術によって解決すると思います。

ですが、産まれてきてから手術までのしばらくの期間はそのままの状態で過ごすことになります。また、治

療の成果には個人差があるので容姿が完全に普通になるとは限りません。治療には時間とお金もか

かりますし、ご家族や周りの方々の理解とサポートが欠かせません。ですから、口唇口蓋裂について

良く理解した上で、もう一度ご家族で良く話し合った方が良いと思います。

(暗転)

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【シーン4・家族会議】

妻 先生の話を聞いたら少し気持ちが楽になったわ。

病気や治療についても知識を得られたし。

妻の父 口唇口蓋裂についてはよく分かった。でも、障害を持って子供が生まれ

てくるかもしれない事には変わりがないだろう。お前はもし、そうなっ

た時に頑張っていけるのか?世間の目だってあるし、子供だって大きくなっていじめられたりしたらか

わいそうだろう。お前はそれでも頑張っていけるんだな?

妻 当たり前でしょ!

妻の父 口だけなら何とでも言えるだろう!お前が苦労するのは目に見えてい

るんだぞ!

妻 それでもやっていくわ!ねえ、そうでしょ、A。

夫 (少し考え込んで)

お父さん、僕も口唇口蓋裂を持って生まれてきて、辛いことも色々あったし、病気の事だってずっとコンプレ

ックスでした。でも、理解のある家族や友人に支えられて、ここまで頑張ってこられたし、こうしてBと結

婚もできて今すごい幸せです。周りの環境や理解しだいで、口唇口蓋裂で産まれてきても幸せに生き

ていくことができるはずです!この子にも人生の色々な喜びを味あわせてあげたいんです!僕も、B

もしっかり頑張っていきますから…。お父さんの力も僕達に貸して下さい!

妻の父 A君…。

妻 お父さん、私からもお願いします。

妻の父 …実は妊娠の報告を聞いた時に用意していた物があるんだ…。

これを…。

夫 …これ、ベビーグッズじゃないですか!?

妻 お父さん…。

(暗転)

妻 結局、産まれてきた赤ちゃんは元気な子供でした。

でも、今回の一件で遺伝病は自分とまったく無関係ではない事を学びました。口唇口蓋裂は生命に危険が

あるといった疾患ではないですが、産まれてきた子の人生が左右されるかもしれないという点では重

大な疾患です。そのような疾患に対して、正しい知識を提供してくれ、私達家族が良く話し合うようカウ

ンセリングの中で促してくれた、あの時の先生に今はとても感謝しています。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

7. テーマ:21 トリソミー型ダウン症

8. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:出生後、ダウン症を疑っての検査。母親は高齢出産ということもあり自分に責任を感じてしまう。

いかにショックを和らげて告知するか。

(イ) 問題点2:いかにわかり易くダウン症の原因を説明するか。

(ウ) 問題点3:日本全国にはダウン症関連の家族の会がたくさんある。この家族の会を紹介することで今後

の子育てに対して少しでも前向きになってもらいたい、という医師の思い。

(エ) 問題点4:障害部ではなく健常部を重要視する。

9. 出演者

(ア) 患児の母、信代

(イ) 患児の父

(ウ) 医師

(エ) 家族会代表

10. 出演者の思い

(オ) 母:高齢出産。まじめ。

(カ) 父:口数少なく、時々荒れる。普段は頼りがいがある。

(キ) 医師:必要な情報を提供し、サポートしようと努める。

(ク) 家族会の代表:優しい

11. 各自の感想

(ア)

「時間の無駄」と「教員の自己満足」。これが、ロールプレイ実習で一番感じた

ことだ。

第一、目的がはっきりしない。地方新聞に取り上げてもらいたいのだろうか、そ

れとも記念撮影がしたいのだろうか。

地方新聞で取り上げられたいのだったら、教員のみなさんがすばらしい研究をす

ればいい。

学生や劇をネタに使わなければマスコミに注目されないということは、自分たち

の研究者としての実力のなさを明らかにしているようなものではないか。

今回の実習を通して、患者さんの気持ちを汲み取り、カウンセリングを行う能力

を育てたいのであるなら、まず、カウンセリングそのもの自体の講義があってし

かるべきであるが、そのような講義もない。そんな状態で学生にロールプレイを

やらせ、教員のみなさんがダメだしのコメントをする。しかも、時間がタイトで

あるため各教員の思うところをすべてコメントすることもできない。すべてが中

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途半端である。

カウンセリングとはどういったものなのか体系的に講義したほうが、カウンセリ

ング技術を意識した患者さんとのやりとりを学生にしっかり身につけさせられる。

また、教員のみなさんが講義時間を持ち、ケーススタディーを使ったりして遺伝

カウンセリングで気をつける点を学生に伝えるほうが、今回の自習のようにいい

ことがほとんど言えず不満を持つことも少なくなり、教員のみなさんが自分の伝

えたいことをより多く伝えられる。学生もより多くの収穫が得られ、これは結

局、患者さんのためにもなる。

「時間の無駄」が多すぎはしないか、「教員の自己満足」に終わっていないか、

よりよい講義形態はないのか、教員のみなさんに今一度よく考えていただきたい。

(イ)

今回の実習を通して、患者の方の立場ではどのような気持ちになるのかといったことや、各疾患に対する知

識はもちろんのこと、それぞれの疾患に対してどのような背景があり、それに対してどうやってカウンセリン

グをしていくべきなのかを学ぶことが出来ました。しかし実際には患者の方ごとに様々なケースがあり、紋切

り型の対応ではいけないということも学びました。これは遺伝カウンセリングに限ったことではないのですが、

医師は疾患を診るのではなく、患者を診ることが大切であるということです。頭ではわかっていてもなかなか

出来ないのが現状であることをよく耳にします。今回こうして改めて学ぶことができたので、将来もこのことを

忘れずにいい医師になりたいと思いました。

(ウ)

今回の実習は、患者さんに接する際の言葉遣いというものをとても意識させられた実習だったように感じた。

同じ内容を説明するのであっても、言葉の遣い方で患者さんの受け取り方はかなり変わる。また、そこに至

る過程での接し方次第で、患者さんの説明に対する心の準備や、信頼していただけた状態で説明を始めら

れるかが決まるといっても過言ではないように思う。

いわゆる「3分診療」が広く行われ、またそれが問題視されつつある中で、こうした実習は、医師のコミュニケ

ーション能力がより一層必要とされていくであろう今後の医療に際し、非常に大事な実習であるように思う。

患者さんの立場・気持ちを察し、それを汲み取るようなコミュニケーションをすることは、医療成果を上げるこ

とはもちろん、何より患者さんの安心をもたらすであろう。

今は遺伝カウンセリングに限定した実習であるが、こうした形の実習は、医学教育センター主導のカリキュ

ラムとして、一般的な疾患を扱っていく形で低学年のうちから組み込んでいくことは、チュートリアル的な要

素も踏まえ、大きな意義があるのではないかと感じた。

(エ)

カウンセリングは完全に臨床においてなされるものであり、それをいかに私たち学生に

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理解させるか、ということでこのロールプレイ実習が実施されているのだと思います。よ

くも悪くも信州大学オリジナルの実習というわけですが、大学生になってまでなぜ茶番

を演じなければならないのかという疑問・不満はありました。大勢の前で白熱した演技

ができることや感動的なシナリオを作り出せることと、よい医療者であることには全く相

関関係はないはずです。

ですから、今回の実習の意義は発表までの過程にあったと思います。カウンセリングとはいかなるものかを

調べ、知ること。想像の域は脱しえないものの、患者・家族の思いに私たちが思いをめぐらせること。こうし

た過程を経て、疾患やその背景を知ることにつながり、模範的なカウンセリングを頭で理解することはできま

した。あくまでカウンセリングという臨床の現場をバーチャルに体験したにすぎませんが、将来医師として患

者・家族とコミュニケーションをとる前のワンステップとしては意味があったと言えると思います。

本実習の感想を一言で言うと”割と楽しかった”です。初めてのキャスティング・脚色。発表会ではユーモア

あふれるものや深く考えさせられるものがあり、普段は居眠りばかりしている私も笑ったり、「うーん」と考え

てみたりもしました。

この実習が将来よりよい医療者として社会に貢献することの一助となるかどうかは分かりません。この実習

があったから上手にカウンセリングができるようになると思う、とここで言うことに意味はありません。本実習

のおかげで少しでも私が知らず知らず言葉選びに気をつけられるようになったとすれば、この実習の意義が

あったこといえるでしょう。その影響を推し量ることは困難ですが、少しでも将来役に立つことを望みます。

とは言うものの、思い出深い実習の一つとなりました。

12. シナリオ

●病室にてダウン症告知

医師:「検査の結果、お子さんはダウン症であることが確定しました。」

母:「え?・・・・本当ですか?」(やっぱりと思いながらも信じられない様子で)

父:「ちょっと待ってください!!うちの家系にそんな人間は一人もいないんですよ。なにが原因かもっとよく調べて

下さい!!」

母:「そんな!!・・先生・・・私のせいなのでしょうか?」(悲しみと不安が入り混じった感情。)

医師:「お父さんお母さん、誰が悪いとか誰のせいということはないんですよ。」

母:「でも、でも・・・(涙)」(ハンカチを取り出し、顔を覆う)困惑。不安、絶望、孤独。涙。

父:「それじゃあいったい何が原因なんですか?説明してください。」

医師:「確かに、原因がわからないと、不安になりますよね?それではまず、赤ちゃんのできる仕組みについて説

明させていただきます。お父さんの精子とお母さんの卵子が受精して、1 個の受精卵と呼ばれる細胞ができ、これ

が分裂を繰り返して子供になります。これはよろしいですか?(両親うなずく)この受精卵のなかには核と呼ばれる

入れ物があり、その中に 46 枚の設計図が入っています。そしてこの設計図には「染色体」という名前がついてい

ます。赤ちゃんの体が出来上がっていくとき、受精卵の設計図に書かれてあるとおりに赤ちゃんの体は出来上が

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っていきます。ちょっと難しいですか?」

両親:「大丈夫です。」

医師:「1 枚 1 枚の設計図の中には、赤ちゃんが作られるために必要な情報がたくさん書かれています。家を建て

ることに置き換えて考えると、材料のきり方、組み方、部屋の構成、屋根の張り方など、さまざまな情報が書かれ

ている、というイメージですね。この 1 つ1つの情報を「遺伝子」と呼んでいます。」

父:「ということは、染色体、つまり設計図は、遺伝子という情報の集合体ということですか?」

医師:「その通りです。では、ダウン症がどういうものなのかに話を進めていきたいと思いますが、よろしいでしょう

か?」

両親:「お願いします。」

医師:「お子さんの翔君の診断されたダウン症は、この設計図の枚数の違いが原因です。46 枚の設計図には 1 枚

1 枚番号がふられていて、1番から23番まであり、同じ番号の設計図が 2 枚ずつあります。これは、お父さんから

渡されたものとお母さんから渡されたものの 2 枚、ということになります。ですから、全ての設計図は 2 枚ずつにな

っているはずなのですが、翔君の場合、21 番の設計図が 3 枚あるんです。設計図が多いと、材料が多くなりすぎ

たり不足したり、また他の情報に影響を与えたりして、赤ちゃんができる過程に影響をあたえるんです。」

父:「一体何故そんなことが?」

医師:「はい。お父さんとお母さんの設計図を 23 枚ずつ持った精子と卵子ですが、これらが持っている設計図は、

実はお父さんやお母さんが自分の体を作るときに使った 1 セットの設計図からコピーされたものなんですよ。です

が、このコピーを行う際、コピー機に異常が起こって、ミスコピーをしたり、また少し多めにコピーしたり、ということ

が起こったりするんです。翔君の場合は、これによって 21 番の設計図が 1 枚多く受け渡された、という過程が考え

られます。そして、この枚数の異常によって、大体 1000 人に一人の割合でダウン症のお子さんが生まれてくること

がわかっています。」

父:「・・・そう・・ですか・・。」

母:「でも先生。私が高齢出産だったからこの子がダウン症になったのではないのでしょうか。高齢出産だとダウン

症の子が生まれやすいって聞いたんですが。」(気持ちの整理がつかない様子で。)

医師:「確かに、高年齢出産の方からはダウン症のお子さんが生まれやすいというデータはあります。ですが、翔

君が生まれてきたということは、お父さんお母さんなら大切に育ててくれると思って生まれてきたのですよ。ダウン

症のお子さんには、心臓や消化器官の病気、難聴や弱視などの合併症があること知られていますが、翔君は、こ

れらの合併症はほとんどもっていないようですので、その点ではご安心いただけますよ。」

母:「・・・はい。わかりました・・・。」

父:「それで、私たちはこれからどうすれば?」

医師:「ダウン症の赤ちゃんは、他のお子さんに比べて、少しだけゆっくりと育っていきます。ですので、普通に子

育てして頂けば、すくすくと成長していきますよ。」

父:「でも、成長が遅いんですよね?学校はどうすれば・・・」

医師:「育児の上で、学校については大変心配なことですよね。でも、高校はもちろん、中には大学まで進学して

社会で働いている人もたくさんいらっしゃるんですよ。成長の度合いは人それぞれで、それも個性です。お父さん

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お母さんが必要以上にあせる必要はありません。」

父:「そうなんですか。わかりました。」

医師:「また、わからないことがあったら何でもきいてくださいね。医療スタッフみんなで相談に乗らせていただきま

す。とにかく今は、たくさん面会に来て翔君をたくさんだっこしてあげてください。あと、同じダウン症のお子さんを

お持ちの方が運営していらっしゃる、患者さんの親の会もあります。もしそちらの方からお話を聞いてみたい、とい

うことでしたら、連絡先をお教えできますが。」

父:「お願いします。」

医師:「わかりました。今日説明させていただいた内容のメモをお渡ししますので、そちらに書いておきます(メモす

る)。(書きながら)こちらからも親の会の方にはご連絡しておきますね。では、今日のメモと親の会の代表者の方

の連絡先です。(メモを渡す)」

● 後日、患者家族会の人と会う。

(家族会の人と待ち合わせ。先に家族会の人が待っている所に母親到着。お互い会釈。)

家族会の人:「初めまして。りんごの会の代表をしています、今井という者です。」(名刺を差し出しながら)

母:「初めまして。」(名刺を受け取りながら)

母:(半泣きで)「まさか私たちの子供がダウン症なんて思いもよりませんでした。先生が支えてくれるとは言ってく

れるのですけど、実際どうやってこの子を育てていけばいいのかわかりませんし、自信もありません。いったいこ

れから私はどうしたらいいのでしょう?」

家族会:「大変でしたね。お気持ちはよくわかります。確かに、ダウン症のような患者に対する理解は社会的に見

てまだまだ少ないですし、公的なサポートも不十分だと感じています。お母さんやお父さんも、カウンセラーがあま

りいないので、気軽に相談なさる相手が身近にいないのも問題です。でも、それでも徐々に学校の受け入れや、

社会での理解も進んできていて、ダウン症の方が職場に出て働いたりできる環境を整えている企業も増えてるん

です。」

母:「そうなんですか。でも、やっぱり大変でしょうね。ダウン症のお子さんを育てるのは。」

家族会:「私も、子供がダウン症だとわかった時は目の前が真っ暗になったように思って、子育てがとても不安でし

た。でも、育ててみると、確かに成長は他のお子さんに比べてゆっくりなんですが、その分しっかりと1つ1つの成

長を見ることが出来ますし、何か出来た時の喜びもひとしおですよ。個人個人なにかしら違いがあるのと同じで、

成長の度合いも全部個性なんです。それに、ダウン症であろうとなかろうと、私の子供ですから。」

母:「そういう考え方もあるんですね。少し不安が和らぎました。」

家族会:「大丈夫ですよ。あなたは一人じゃないんです。私たちはみんな同じようにダウン症の子供を持っている

んです。大変なこともあるかもしれませんが、不安なことや育児での悩みを、一人でかかえこまずに私たちに気軽

に相談して下さいね。一緒にがんばりましょう。」

母:(涙がとまり、笑顔が戻る)「私以外にも同じ境遇の人たちがいることが分かって、本当に安心しました。私ひと

りでは到底がんばっていけそうになかったですけど、この気持ちを共有できる人がいることが分かってとても心強

いです。先生に家族会を早く紹介してもらえてよかったです。がんばっていけそう。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

13. テーマ:ハンチントン病~遺伝子診断を受けるまでの難しさ

14. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:ハンチントン病に関する正確な情報提供。

(イ) 問題点2:検査を受けるまでの本人の悩み

(ウ) 問題点3:妻の思い

(エ) 問題点4:予後の悪い疾病の遺伝子診断を受けるかどうか。本人の決断に対してどのようなサポートが

できるのか。

15. 出演者

(ア) 石井翔:夫

(イ) 石井恵理子:患児の母

(ウ) 医師:遺伝診療部担当医

16. 出演者の思い

(ア) 夫:自分がハンチントン舞踏病の遺伝子を持っているのか知りたく、カウンセリングを重ねるが、問題が

深刻すぎて遺伝子診断を受ける決心がつかない。

(イ) 妻:結婚したばかりで自分自身の人生も考えてしまう。夫に遺伝子診断を受けさせ、今後のことをハッキ

リさせたい。

(ウ) 医師:不治の病の遺伝子診断である。診断前の遺伝カウンセリングを慎重に行い、夫婦に悔いのない最

良の決断をしてもらいたい。

17. 各自の感想

(ア) 今回、遺伝病の劇は、一生懸命考えれば何とかなるだろうとやや甘く考えていた部分があり、特別な思

い入れもなく3つの病名の中から学籍番号で割り振って、ハンチントン病という病気を担当することになっ

た。ハンチントン病が常染色体優性遺伝という事は覚えていたのだが、実際に病気について少し調べた

だけで、この病気が遺伝子を保因していたら必ず発症し、今の医療技術では治療法がないという事実に

突きあたった。フィクションドラマのようなこの設定が、実際にあり、そして今この瞬間にもこの病気の罹患

の恐怖に怯え、また既に罹患し、着々と迫る死に直面しながら苦しんでいる方々がいるという現実を感じ

てみると、とてもとても、今の自分にそのような方々の思いを演じるなんて、恐れ多くて出来ないと思って

しまった。だが、その病気がある以上、そして苦しんでいる方々がいる以上、近い将来医療者側の立場と

して逃げられない問題であることは確かだし、その事を思い直して、病気があるという現実に思いを浸ら

せてみた。治療法のない病気で苦しんでいる方がたくさんいる事は今わかったことではないはずなのだ

が、今回患者さんの立場を演じてみることで、初めて身をもって病気があることの「恐れ」を感じる事がで

きたように思う。今回は、自分は保因の可能性のある人ではなくその妻を演じたのだが、実際に気持ちを

考えてみると今回の設定では、奇麗事ではなく、病気を恐れる人を心配しながらも自分の将来を無意識

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に優先させようとしまう、人間の打算的な部分に改めて気付かされてしまった。自分がこう感じてしまうの

だから、今度逆に自分が不治の病にかかったら結局やはり周りの人達にとっては迷惑なんだろうな…、

そう感じてしまい、そして実際の患者さん達も、本当は違うとしても、このような不安や孤独にさいなまれ

る事があるだろうし、そのような答えようのない不安と、何より体調の変化は自分でもよくわかるし、私は

想像の中で考えただけでも数々の不安に押し潰されそうであった。このような病気に、自分も罹るかもし

れないという不安をもってきている患者さんに、自分が医療者という特殊な立場から、むしろこの特殊な

立場だからこそ出来る何かがあるはずと信じて、今回の実習ではできる限りのことは考えてみたつもりで

はある。だが、これから先、よりたくさんの様々な経験を積んで、それからまた同じ問題を考えてみたらよ

りベターな応対が出来るかもしれないし、なので出来るだけベターな医師になるために、これからも様々

な事に積極的に取り組んでいきたいと感じた。

(イ) 非常に考えさせられるテーマだった。10分という制約のある発表でカウンセリング→診断→告知とカウン

セリングという流れを全て入れる訳にはいかず、何を主題とするかを班員で議論し、発表会までに何度も

シナリオを書き換えた。不治の病になることが分かってしまう遺伝子診断の重みを表現するため、最終的

には遺伝子診断を受ける前の段階でのカウンセリングの進行、患者の心の揺れ、家族の心の揺れを描く

ことにした。櫻井先生、涌井先生に、実際のハンチントン舞踏病の遺伝カウンセリングの話を聞き、診断

を受けるためのハードルは非常に高いこと、とにかく診断前のカウンセリングを回を重ねて何度も行うこ

と、といった点を発表を通して伝えたかった。そして、診断を受けるためのハードルという点では若干詰め

が甘かったが、当日は、派手な演出はできなかったものの、ある程度この主題を描くことには成功したと

思う。実習は時間をかけて議論しただけあり、こうした疾患の深刻さ、家族の思い、カウンセリングの意義

を身にしみて感じた。将来の医師像についても考えさせられ、とても有意義な実習だったと思う。

(ウ) 実習を通して、検査を受けるまでの当事者の思いをできる限り想像してみた。一言で当事者といっても、

患者となる可能性がある本人、その妻、親族など、立場はさまざまである。シナリオは、遺伝子検査を受

けるかどうか悩む本人の「どうすればいいのでしょう・・・」という言葉で終わったが、このような疾患では、

患者も医師も本当にどうすればいいのだろう。何よりも自分の体のこと。誰にでもあるような、時折生じる

顔の筋肉の引きつりなど、ちょっとした不随意運動が起こるたびに、HD かもしれないことが頭に浮かぶこ

とだろう。白黒はっきりさせようと検査を受けることも怖いし、検査を受けずに病気かもしれないと思いな

がら日々をやり過ごすこともつらい。検査を受け、もし検査陽性の結果が出たら、自分の余命がだいたい

わかってしまうこと。生きているうちにも思い通りに動けなくなってしまう時期のあること。仕事のこと、妻

の今後のこと、妻のお腹の中にいるこどものこと、親族のこと。仮に自分は検査陰性であっても、兄弟な

どの血縁者には陽性の可能性があること。サバイバーズギルド。必死に想像力を働かせてみたが、本人

の思いにどれだけ近づけただろうか。カウンセリングする側にとっても、根本的な治療が現時点ではない

こともあって、どのように話すべきなのだろうか。正確な情報を、淡々と正確に与えるだけでも難しいこと

だろう。当事者であるそれぞれの人には、今回のロールプレイの中では「夫」と「妻」であるが、それぞれ

の人の立場、考えがある。そうした立場や考えに立ち入るものではなく、それぞれが納得した選択をする

手伝いをすることを、目指すべきカウンセリングと捉え、最善と思えるカウンセリングをロールプレイの中

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で目指してはみた。が、もしも現実の患者が私たちのロールプレイを見ていたら、はたしてどのような思い

でカウンセリングを聞いたのだろうか。また、遺伝子の問題は、当人だけに閉じた性質のものではない。

血縁者には等しく同じ問題が存在する。このこともまた、ロールプレイ実習の中で改めて実感した。

18. シナリオ

A: 夫(30)

B: 妻(24)

C: 遺伝子診療部担当医

テーマ:ハンチントン病~遺伝子診断を受けるまでの難しさ

<1回目のカウンセリング>

A: ハンチントン病の可能性があると言われたんですが、ここで遺伝子診断を受ければ確定できるんですよね?

C: できます。でもその前に、この病気について確実に理解していただく必要があります。

→以下の内容を説明

① 優性遺伝病なので、50%の確率で子に遺伝し、遺伝すると必ず発症します。ですから夫の父親と血縁のある

人全員に関わる問題です。親戚に病気について知りたくなかった人がいた場合、検査を受けてしまうとトラブ

ルになる可能性があります。

② 世代を経るごとに、発症年齢は若くなり、症状は重症化します。

③ 研究は進んでいるものの、現時点では根本的な治療法はなく、対症療法のみの治療になります。

④ 発症後10-20年で死亡する病気です。末期は介護が不可欠で、長期にわたる家族のサポートが必要です。

A: そうですか・・・妻は今妊娠しているのですが。

C: もし A さんが陽性の場合、お子様も50%の確率で陽性です。ただ、お子様の意思が確認できない状態で、出

生前診断や幼児期に診断を行うことは認められていません。

A: そうですか・・・。どうしようか。

B: うーん。

C: ご親族の方とご相談なさったほうがよいかと思われますし、ご夫婦のお気持ちもいろいろと変わることでしょう。

今後時間をかけて、何度かカウンセリングをし、その上で診断を受けられるかお決めになってはいかがでしょ

うか。陽性だった場合を考え、精神科医とのカウンセリングもご用意します。

<夫婦の会話>

・ 夫の父親は奇病で死亡(診断は出ていないがハンチントン病の可能性が大きい)

・ 夫は最近体調が悪い(不随意運動、怒り易い→神経内科を受診)

・ 家族暦(父親の病歴)を聞いた神経内科担当医が遺伝子診療部に紹介

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A: こんなに深刻な話だとは思わなかった。どうしたらいいのだろう。

俺はね、病気じゃない、という保証が欲しかっただけなんだ・・・

B: でもあなたが陽性だったらどうなるの?もしこの子にも病気があったら私はどうすればいいの?

A: 二人とも病気だと恵理子にすごく迷惑をかけちゃうよね。それに俺が病気だと俺の兄弟も病気の可能性があ

るんだよな。兄貴は子供2人いるし、妹はまだ結婚もしていないし。

B: あなたが病気になったとき、私に何ができるんだろう。病院は何かしてくれるのかしら。

・・・でも早く分かった方が、それだけいい治療があるかもしれないから、受けてみてもいいんじゃない?大丈夫

だったらすっきりするし。

A: そうは言っても、死ぬってことだぞ。仕事はどうするんだ?子供だっているんだぞ?親戚にはどう伝えればい

いんだ?

<2回目のカウンセリング>

A: 先生、この病気についてもう少し詳しく教えてください。発症した後、どんな生活になるんですか?仕事はでき

るんですか?

C: 進行してくると仕事を続けるのは難しく、日常生活でも介助が必要になりますが、症状が顕著でない初期のう

ちは、たいていの日常動作は自立していて、仕事も続けることができると思います。

B: 夫とお腹の子供が二人とも病気だった場合、私はどうすればいいんですか。私には何ができるんですか。

C: 進行すると介護が不可欠になるので、奥様や奥様のご家族のご協力が必要となりますが、我々としても、対症

療法やカウンセリングなど、できる限りのサポートをする準備があります。ただ、一番大きいのは奥様の力だと

おもいます。

A: 申し訳ない。結婚したばかりなのに、介護の話なんて、申し訳ない。

<妻一人のカウンセリング>

B: 先生、今日は一人で来ました。相談があるんです。

C: どうしましたか?

B: 夫が病気だと分かったら、この子を堕ろそうと思うんです。もし、この子が病気だったとすると、かわいそうすぎ

て耐えられないんです。子育てをしながらの介護に自信がないし、二人とも介護するとなると、もっと自信がな

いです。元気な子供が欲しいと思うのは、親として当たり前じゃないですか?夫のことは心配なんですけど、私

自身もどう生きていけばいいのか分からないんです。夫のことがはっきりしないと、私も不安で不安で仕方な

いんです。夫に診断を受けさせるにはどうしたらいいですか?先生、夫に勧めてください。

C: お気持ちはよくわかります。

B: 分かるわけないじゃない。(つぶやく)

C: 旦那さんとはそうした話をされますか?

B: 前回のカウンセリング以来、どうも本心で話し合うことができなくて・・・

C: そうですか。でもまだ病気になったわけではないんですよ。お子さんについても、旦那さんが病気だからといっ

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て必ず病気になるわけではないんですよ。

前回もお話しましたが、我々としては、ご夫婦がご夫婦として納得された決断を下されるサポートをしていくつ

もりです。ですから、こちらからご主人様に検査を受けることをお勧めをするという訳にはいきません。

奥様のそうした不安も含め、ご主人様ともう一度よく相談してみてはどうでしょうか。おそらく、旦那さんも同じよ

うな心配をされていると思いますよ。

B: でも私としてはどうしても夫に検査を受けさせたいんです。。。

<3回目のカウンセリング>

A: 先日妻が一人で伺ったそうで、お世話になりました。妻といろいろ話し合い、妻がこんなに悩んでいることとか、

改めて実感しました。自分の命のことばかり考えてしまって、こんなにも周りを巻き込むとは、どうしても想像で

きませんでした。

C: それは仕方のないことだと思います。何より当事者の A さんは辛いことと思います。検査についてはご夫婦で

話されましたか?

A: はい、妻の思いも良く分かりました。私も、検査を受けてはっきりした方がいいとは思います。・・・でも、先生!

やっぱり怖いんです。自分の死を意識すると冷静になれないんです。

先生、遺伝子診療なんてカッコイイですよ。でも、死ぬと分かるだけの遺伝子診断にどんな意味があるんです

か。実際に死刑宣告された人たちは今どうやって生きているんですか。

C: おっしゃるとおり、この病気には現在治療法がありません。ただ、今後治療法が開発される可能性もあります

し、遺伝子を持っている場合症状は確実に現れます。診断を受けるということは、そうした変化に確実に対処

できる、というところに意味があると考えています。患者さんの会もあって、同じ病気を持った人同士で情報交

換をする場もあります。ただ、「知らない権利」として診断を受けないことを選ばれる方もいらっしゃいます。診

断に関して最終的にご決断なさるのは A さんです。診断を受けるにしろ受けないにしろ、我々は A さんとご家

族が十分納得して日々を送ることについて、力になりたいと思っていますし、それが遺伝カウンセリングの意

義と考えています。ですから、決して A さんに検査を勧めている訳ではありません。

A: 病気と共存するといっても、陽性だったらちゃんと生きていける自信もないし、受けないでビクビクしながら人生

を送るのも嫌だし、そうは言っても子供は生まれてくるし、、、たとえ陰性だったとしても兄弟やその子供も心配

です。妻に介護させるというのも私は嫌です。どうしたらいいんでしょう。

・・・・・・・終了・・・・・・・

以上

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート(ひながた)

19. テーマ:難聴の子を産むかもしれない夫婦の不安と遺伝カウンセリング

20. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:難聴の人間が家系に何人かいたときの妊婦の不安。

(イ) 問題点2:自分の子供が難聴で生まれてくる可能性がどのくらいかわかったときの親の反応。

(ウ) 問題点3:難聴の子に不安をもっている夫婦をみる難聴のお爺さんの心情。

・・・

21. 出演者

(ア) 夫

(イ) 妻

(ウ) 医師

(エ) 爺

22. 出演者の思い

(ケ) 夫:難聴の子が生まれても、なんとかやっていけるのではないか。

(コ) 妻:難聴の子が生まれるかもしれないことに強い不安。

(サ) 医:状況をよく理解し、分かりやすく夫婦に状況を伝えよう。

(シ) 爺:子供が生まれるというだけでうれしい。

23. 各自の感想

(ア) この実習を始めたばかりの頃はやる寸劇を意味があまり分からず、また何を求められているのかもわか

らなかった。しかし実習をやるにつれ、医師が言うべきでこと、医師として

相応しい態度について学ぶ事ができた。それと同時に患者の気持ちに

近づくことも出来た。

(イ) 病気に対する知識の獲得はさることながら、遺伝カウンセリングを通して、自分が医師として患者さんにど

のように接していくのか、どのような医療をしていきたいのかということ

を考えるきっかけになった。

(ウ) 医師がどれだけ言葉を選ばなくてはいけないかを考えさせられました。

(エ)結果的に、はじめの構想とはだいぶ違ったものになったが、それはとりもなおさず、難聴についての理解が

少しずつ深まった過程でのことなので良かったと思う。劇自体はあ

まり深みのないものだったかもしれないが、各人の個性に合った配

役が作れて楽しかったです

24. シナリオ

ある日 ~プロローグ~

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妻:聞いてほしいことがあるの

夫:どうした?何か良いことでもあったの?

妻:やっと・・・やっと・・・子供ができたの!!ねぇ、ほんとよ!

夫:なんだって?!それは・・・ありがとう。本当にありがとう。

<夫が妻の肩を抱き二人で喜びの雰囲気をかもし出す>

↓このあと、爺にそのことを知らせにいく。

夫:お義父さん・・・ <肩たたきをしながら>

妻:お父さん・・・私、私たち子供が、赤ちゃんができました!

二人に望まれて生まれる子がこの世に誕生するのよ!

爺:良かったねぇ~

夫・妻:えぇ~

―その瞬間、妻の心にある思いがよぎったー

・・・私のお父さんとか親戚は何人か難聴を患っているわ。そうすれば、私の生まれてくる子は難聴にはならないか

しら・・・・。生まれてくる子は大丈夫なのかしら・・・。

妻:もし生まれてくる子が私のおとうさんみたいに難聴になったら、私たち自身も、生まれてくるこの子も幸福にならな

いわよ・・・

妻:私、だから調べてみてもいいんじゃないかと思うの・・・ <緊張した面持ち>

夫:そうだね。君の言うようにしていいと僕も思う。僕も生まれてくる子が気になる。

<真剣な面持ち>

―受診してみる―

医:本日はどうしましたか。

妻:・・・実は、ご相談したいことがあって。今、妊娠3ヶ月目なんですが、生まれてくる子には遺伝的な難聴の可能性

があるかもしれないんです。でも私は生まれてくる子には幸せになってもらいたいんです。建聴の子の方が生ま

れてくる子にとって、また、私たち夫婦にとってだって、幸せになれると思うんです。

医:失礼ですが、そちらのお父様は難聴でいらっしゃられるんですか?

夫:はい。重度の難聴で補聴器をつけて、大きな声でしゃべって聞こえる程度です。

医:そうですか。わかりました。

医:奥様やご主人の家計の中で、他に、難聴のかたはどなたかいらっしゃいますか?

夫:いません

妻:私の家系ではここにいる父がそうです。あと、父の母、兄、がそうでした。ねぇお父さん?

爺:あぁー、おれの母ちゃんと、兄貴、あと、甥が難聴だった気がするなぁー

医:そうですか・・・どうやらこの場合検査してみないとはっきりしたことはいえませんが遺伝的な難聴の場合はX連鎖

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劣性の遺伝形式をとる難聴である可能性が高いですね。

夫:X連鎖劣性ってなんですか?

医:性別を決定する染色体というものがありまして、男はXYという染色体、女はXXという染色体をもっているんです。

妻:あっ高校の生物でやったわ

医:えぇ。そうなんです。今回の場合もし、遺伝的な難聴であるとしたら、おじいさんのXY の染色体のうち、Xのほうに、

難聴の原因遺伝子があると考えられます。

夫:はぁー

医:そうすると、奥さんはお父さんからXという染色体をもらっていますので、変異したXを受け継いでいると思われま

す。

妻:ってことは絶対子供は難聴なんですか?

医:そういうことではありません。もし、お子さんが男の子の場合50%、女の子ならば、難聴の可能性はありません。

夫:50パーセント?!

妻:では、子供が男のかどうか、それで、男のこだった場合難聴かどうか調べていただけるんですか?

医:現状の医療現場では、おなかにいる子にとってプラスになるための検査、つまり、おなかにいる時点で、治療を

開始できるような疾患を疑われるような場合でないと遺伝子検査はしないようになっています。このケースの場

合、生まれてくるお子さんのために出来ることは、生まれてくる前に検査をするというよりは生まれた子を、いち

早く難聴の検査をし、難聴であった場合、早期に対応していくということではないでしょうか。

夫:そうですか・・・

医:早期対応をして、小さいうちから補聴器などつければ、発育も遅れませんし、建聴のことほとんどかわらず、生活

できるとおもいます。

妻:はぁー

―家にて―

夫:ん~結構難聴の可能性がたかいんだなぁー。

妻:そうねぇー、私、前々からなんとなくこのことを考えていたんだけど、やっぱり、難聴の子が生まれてきたらたいへ

んよねー

夫:でも、おじいさんは不便そうだったけど先生もああいってたし、今の時代ならなんとかなるんじゃないか?

妻:何いってるのよ。そんなこといったって大変にきまってるじゃない。あなたには私の苦労なんてわからないのよ。

ずっと不安に思ってきて実際ミニ降りかかってきた私の気持ちなんて貴方にはわからないわよ。

夫:そんなこというなよ、おれはお前をはげまそうと・・・

妻:そんなはげましなんていらないわよー!私みたいな人間は子供なんてうむべきじゃないのよ!

妻:<横を見て>あ、お父さん

爺:<無言で>立ち去る・・・

―爺の独白―

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爺:…うーむ、初めて孫の顔を拝めると喜んどったが…難しいもんじゃのおぅ…娘が、あんなに悩んでおったとは。あ

の子はできた子じゃけぇ、今までそんな素振りは少しもみせなかったがの。…んだども、子供を授かるっちゅうこ

とは、それだけでずいぶん有り難いことだと思うがの、そうは思わんか、ばあさんや。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート(ひながた)

25. テーマ:NF1

26. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:(例)NF1 による遺伝カウンセリングにおける美容への対応

(イ) 問題点2:(例)NF1 の説明の程度

27. 出演者

(ア) 名前なし:ナレーション

(イ) N:患者

(ウ) 医師 F:遺伝外来担当医

(エ) 看護師:遺伝外来担当看護師

28. 出演者の思い

(ス) ナレーション:ナレーションなので聞いている人にうまく説明できるかどうかが心配だった。

(セ) N:患者の心の悩みを打ち明けるように話せるようにした。

(ソ) 医師 F:説明に加え、心理的なケアが出来るようにする。

(タ) 看護師:患者の気持ちを同情的に分かることが大事だと思う。

29. 各自の感想

(ア) 今回の実習を通して、遺伝病についてただ漠然と学ぶよりも、実際にロールプレイとして自ら演じたり他

の発表を見学することによって、その病気の問題点などをより身近に実感できた。また、遺伝カウンセリ

ングという、より患者さんとの接し方を考えさせられる場を演じることで、医師として実際に患者さんの前

でどう振舞えば良いかということを改めて考えさせられた。

(イ) 患者やクライエントのことだけではなく、その家族、親戚など幅広い考慮が必要なこと、またその難しさを

知ることが出来てよかった。

(ウ) 実習を通して遺伝カウンセリングの難しさを実感できたと思う。

(エ) この実習では遺伝カウンセリングというものを学ぶだけでなく、今後どこに行っても必要となる、患者サイ

ドから見た医療像を学ぶということが重要なのではないかと思った。

30. シナリオ

ナ:Nさんは現在25歳。3歳のとき神経線維腫症1型(NF1)と診断された。Nさんの家族にNF1の人はいません。N

さんの症状は比較的軽く、日常社会生活にほとんど問題ない程度であった。彼には結婚を考えている女性がお

り、彼女に自分の病気のことについて伝えるべきかどうか悩み、もう一度自分の病気についてちゃんと整理しよ

うと思い、S大学遺伝子診療部F教授を受診した。

医師:どうぞ。

N:(歩く)

医師:はじめまして、Nさんですね。担当のFです。よろしくお願いします。

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N:よろしくお願いします。

医師:今日はどのようなご相談でお越しになられましたか。

N:はい、私は3歳の時NF1と診断され、今まではそんなに生活を送る上で支障をきたしませんでしたが、結婚を考

えている女性がいて、その女性に自分の病気をどう伝えるか悩み、もう一度自分病気について知りたいと思い

まして来院しました。

医師:そうでしたか。NさんはNF1についてどこまでご存知ですか?

N:かかりつけの皮膚科のお医者さんは遺伝する…病気みたいな…ことは言ってましたが…。 具体的な説明につい

てはあまりよく知りません。

ナ:医師はNF1について説明をした。NF1 はレックリングハウゼン病とも呼ばれ、皮膚、神経を中心に人体の多くの

器官に神経線維腫をはじめとするさまざまな異常を生じる遺伝性の病気であること、症状は人によって様々で

あること、3000 人に1人の割合で、患者数の多い病気であることを話した。

N:しかし先生、この病気の原因っていうのはいったい何なのでしょうか?

医師:それはですね…

ナ:医師は NF1の原因が 17 番染色体の上に存在する神経細線維をつくる遺伝子の異常によることを説明した。

医師:そしてこの病気は必ずしも全ての患者さんに当てはまるとは限りませんが年齢経過によって徐々に症状が出

てくることが普通です。ごく稀に神経線維腫が悪化した場合があることもありますから…

看護師:でも基本的には NF1 自体で亡くなられることはほとんどありませんよ。ただ子供に半分の確率で遺伝する病

気ですので結婚の時に悩む患者さんが多いですね。でも立派に社会人として生活されている方も多くいますよ。

N:そうだったんですか…。ところで先生、これから結婚して子供を持ちたいと思っていますが、子供も同じ病気になる

ことはあるのですか!?

医師:いえ、必ずしもお子さんがNF1になるわけではありません。先程も看護師がお話しましたように、NF1が親か

ら子に遺伝する確率は 50%で、Nさんのお子さんがNF1になるかどうかの確率は半々です。

N:あれぇ?でもでも、うちの両親はどちらもNF1ではないですし、身近な親戚にもNF1にかかっている人はいないん

ですよぉ!?なんで俺だけNF1になってんですか?

看護師:まあ、Nさん落ち着いてください。

医師:Nさんの場合、遺伝形式は突然変異といって、両親が正常でも起こりうる現象なんです。誰でもおこりうる事な

のですよ。

N:そうなんですか…。でも、私は軽くてすみましたけど、もし子供に遺伝した場合どうなりますか?私も症状が軽いと

はいえ子供の頃はこの病気のせいで悩みました…。体育のときやプールに入るときにはいつもこのカフェオレ

斑のせいで…(泣いたふり)

看護師:…そうですよね、今まで色々なことで苦労されたでしょうね。(頷きながら)NF1 の患者さんにとって一番問題

となるのは美容の事ですからね。

医師:確かに美容に関しては問題となることは多いですが、NF1 の症状は様々で、N さんの症状と同じ症状が表れる

とは限らないんですよ。

N:それではもし子供に NF1 が遺伝した場合、何か治療法とかありますか?

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医師:残念ながら現時点では患者さんを完全に NF1 から解放できるような根本的な治療法はありません。しかしいろ

いろな症状に対する治療は可能です。行うべき治療は患者さんによって様々ですが、皮膚の神経線維腫や色

素斑は皮膚科や形成外科、発達や成長の心配があれば小児科、骨格の異常は整形外科など症状に応じて専

門の医師を受診することが必要になってくることもあります。

N:そうなんですか…

医師:具体的には線維腫が大きくなって垂れ下がったり、出血したりする場合には外科的手術をしてとってしまいま

す。小さな線維腫でもたくさん出来てきて、見栄えが気になるときには手術をしてとることが出来ます。皮膚の色

素斑はあまり目立たないことが多く、普通は治療の対象にはなりません。どうしてもというときはレーザー治療な

どをすることもあります。骨格や骨の異常は整形外科にきちんとした診察を定期的にしてもらう必要があります。

脊椎の曲がりが強いときは、支柱をつける手術が出来ます。

N:そうですか…。しかし今までのことを彼女になんと話せばいいか…。話さないわけにもいかないし…。ああっ!どう

すればいいんでしょうか先生!!

医師:う~ん、難しい問題ですね…。

(一同 沈黙)

医師:確かに自分の病気について打ち明けるということは非常に勇気のいることです。しかしもし結婚することになれ

ば話さないわけにもいかないですからね。

看護師:NF1 の患者さんの中にはサポートグループなどに行かれている方もしらっしゃいますよ?ご存知でしたか?

N:いいえ知りませんでした。そんなグループもあったんですか…。自分の病気について今まで家族と話し合うことは

ありましたが、他の人に話すことなんてなくて、全部抱え込もうとしてきました…。ちょっと精神的にきつかったで

すね。そういうグループで誰か悩みを打ち明けられる人がいるっていうのもいいですね。私の彼女にもそういう

相談が出来ればいいんですが…、ちょっと今はまだ打ち明ける勇気がありません。でもいつかこの病気につい

て話したいとは思っています。

医師:そうですか。またご家族の方とも話し合ってみてはどうでしょう?

N:ええ、そのつもりです。

はぁ~。少しは気が楽になりました。ありがとうございます。また相談に伺ってもよろしいですか?

医師:ええ、もちろんです。また何かお悩みの点がありましたら相談に来てください。

N:はい!今日は本当にありがとうございました。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

1. テーマ:デュシェンヌ型筋ジストロフィー

2. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:デュシェンヌ型筋ジストロフィーとわかった時の両親への説明。

(イ) 問題点2:保因者診断で検査結果陽性と出た場合の対応。

(ウ) 問題点3:保因者とわかった母の娘に対する対応。

3. 出演者

(ア) 父:患児の父

(イ) 母:患児の母

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) 一郎:患児

4. 出演者の思い

(ア) 父:息子がデュシェンヌ型筋ジストロフィーを罹患していると突然告げられ動揺。医師に対して高圧的に

接してしまう。

(イ) 母:父と同様、動揺するが、医師の説明をきちんと聞き、今後のこともしっかりと考えている。

(ウ) 医師:正確な情報をわかりやすく伝えようと思っている。

(エ) 一郎:まだ3歳であり、純粋にお父さんと遊びたいと考えている。

5. 各自の感想

(ア)正直、この実習が始まるまでは自分たちでシナリオを作り、演じることに本当に意味があるのだろうか、みん

なの前での発表となるとやはり抵抗があるといったマイナスのイメージを抱いてしまっていました。しかし、実際に実

習が始まってみると自分でも驚くくらいグループのみんなとのシナリオ作りに熱が入っており熱中している自分に気

付きました。実際にシナリオを作るとなると出演者の思いを想像し自分がもしその立場だったらどのように思い、感じ、

どのような言葉を発するだろうと真剣に考えさせていただくことが出来ました。

遺伝学的問題は、一つや二つの問題ではなく解決策が一つといった簡単に割り切れるものではありません。その

患者さん、ご家族の状況に応じて幾重にも問題が絡み合い、それに対する最善の対策も患者さん一人一人で全く異

なるものであるところに、難しさおよび医師側としても取り組みに対する重要性があると思われます。一般に医療に

関して、医師と患者間でのインフォームドコンセントが重要視されてきており、医師の側から医療に対する考え方を改

め、患者の人権を守り、患者の立場を尊重するといった概念からこの「説明と同意」が頻繁に言われるようになって

来ています。確かに従来の医療従事者側からの押し付け医療と比べれば素晴らしい考え方だとは思います。しかし、

少し方向を変えて見てみるとこの“インフォームドコンセント”という言葉には医療者は与えるものであり、患者はそれ

に対し与えられるものだということを暗に言っているようにも感じ取れます。確かに医療に関する情報は医師と患者

間で絶対的に差異がありますがそれは医師という資格を持つものが医療を遂行する上で避けられない医療の本質

であり、その情報の非対称性を兼ね備えた上でいかに医療を遂行するかが大事なことのように思われます。この情

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報の非対称性というべき医療の本質から生まれやすい患者の受身で弱い立場を守るためにも“インフォームドチョイ

ス”というべき概念の導入がより良いように感じられます。特に、この遺伝学的問題では患者側の自己決定権を尊重

した“インフォームドチョイス”が重要視されてくるように本実習を通じて考えさせていただくにいたりました。

確かに、教科書や参考資料などで基礎的知識を習得することは最低限必要なことではありますが、それ以上に医

師を目指す立場の自分にとって患者の思いを実際に肌で感じられるようになるのはそれ以上に大切で、必要なこと

であり、医師の素質といったものに関わってくるものであると痛感しております。そのためにもこのような実際に患者

の立場、及び患者の家族の思い、そしてそれに医師側がいかに対応したらよいのかを親身になって考える機会を本

実習で与えさせていただき、大変有意義な機会を得ることが出来ました。医療が目指すものは何か、医療とは何かと

いった医療の本質性から考えさせていただいたように感じられ、今後医師を目指すうえで、今回感じたこと、考えさせ

ていただいたことを常に頭の根底に置き、原点としていきたいと思っております。

(イ)患者、医師の行う告知も含めたカウンセリングのシナリオを考えたことは、とても新鮮であり、新たな視点で見

られるようになったと思う。しかし、他のクラスメイトの発表を見るに、自分たちの足りなかったところなどを感じとり、

医療の難しさをよりいっそう実感した。将来の自分の行う医療が、知識の蓄積だけでなく患者やその家族といい関係

を保てるように、今回の経験を生かせていけたらいいと感じている。

(ウ)今回のロールプレイ実習を行うにあたり、まず、班長という役割を与えられたので、班を引っ張っていく必要が

あり、レジメとパワーポイント作りでは率先してテーマについて調べ、作成にあたった。そこまではよくある作業であっ

たのだが、ストーリ作りがやはりこの実習ならではのもので、苦労するとともに、とてもやりがいのあるものだった。特

に、医師から患者さん家族に、疾患の説明や遺伝的な知識の説明をする場面ではどういう言葉を使えばいいのか、

本当に班全体で悩んだものである。しかし、これは将来、医師になればごく日常のものなので、そういう機会をこの段

階で与えてくれたこの実習は大変有意義なものであったと思う。

(エ)ロールプレイ実習では、医学的な知識をほとんど持たない人に病気について簡単にわかりやすく説明するこ

との難しさや、病気の告知や検査の説明を受けるときの患者さんやその家族の心境などについて、約四週間という

割と長い期間考えることができたのでとても良い経験になったと思う。また発表会という形式で他の班の発表が見れ

たことは、自分達の班に足りなかったことなどを認識するきっかけとなり良かったと思う。更に、社会予防医学の先生

方や、他大学他施設の先生方に講評をしていただく事で、将来患者さんにどのような態度、口調で接した方が良い

のか考える材料がもらえたと思う。

特に私の班では、クライエントが取り乱した時に「落ち着いて下さい」と言葉をかけるシーンがあったが、本当にクライ

エントの気持ちを考えていたら、こんな言葉はかけられない。時には沈黙も必要であり、クライエントの気持ちを考え

て一言一言良く考えて発するべきだということを学んだ。また、私の班ではクライエントへの説明で突然変異という言

葉を使った。この位の言葉だったらクライエントも理解できるだろうと思ったのだが、もっと噛み砕いて説明したほうが

良いと指摘された。自分達は噛み砕いて説明しているつもりでもクライエントにとってはまだわかりにくい場合があり、

更に説明がわかりづらくてもクライエントはカウンセラーに向かってわかりづらいとは言いづらく、カウンセラー側から

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クライエントが話についてこれているかちょくちょく確認してあげたほうが良いのではと思うようになった。

カウンセリングは難しいが、クライエントの抱く不安や恐怖、医師への思いなどについてとことん考えることが最低限

必要だと思った。

6. シナリオ

ナレーター:今日も大場家の家庭からは笑い声が絶えません。娘、7歳、愛子、息子、3歳、一郎を授かり、誰が見て

も幸せいっぱいな毎日を過ごしていました。

ある日・・・

シーン①

一郎:(あひる歩行)

母:ねえねえ、あなた、最近、ちょっと一郎の歩き方、おかしくない?

父:え~、そうか?

母:ちょっと、あれ見てよ。

父:まだ3歳だし、みんなあんな感じじゃないか?

母:私、この前、幼稚園の先生にも言われたの。他の子に比べて、歩き方がちょっと変だって。

父:そうか~、じゃあそこまで言うなら、お前、ちょっと病院連れてってやれよ。

一郎:パパ~、遊んで~!!

ナレーター:そして、翌日。お母さんは一郎を連れて、病院に行き、ある検査を受けることになりました。

数週間後、検査結果が出たということで、両親ともに病院に呼び出されました。

シーン②

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医師:どうぞ、お座りください。

母:息子はやはり病気なんですか??

医師:実は、息子さんは・・筋ジストロフィーという病気だということがわかりました。

母:それはどんな病気なんですか?

医師:筋ジストロフィーという病気は、筋肉がどんどん弱っていってしまう病気です。息子さんは、今後、歩けなくなっ

てしまう可能性があります。

母:それは治らないんですか??

医師:今のところ、残念ながら、完治させる治療薬はなく、進行を遅らせることしかできません。

母:命に関わってくるんでしょうか?

医師:・・・。人によって病気の進行度は異なってきますが、将来的には車いす生活になったり、この病気が原因で死

に至る可能性があります。

父:じゃあ、一郎がだんだん弱っていくのを黙って見ていろというのか・・。あんた、それでも医者かぁぁぁぁ!!!

医師:(座らせる。)

母:本当にどうにもならないんですか?

医師:残念ながら、今の医療では、進行を遅らせることしかできないんです・・。

父:なんとかしろよ!!

医師:落ちついてください。

母:なんでこんなことになっちゃったの?なんで一郎だけが・・。

医師:この病気は遺伝病で・・・

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母:私たちに問題があるんですか?

医師:単純にそう言い切れるわけではありません。確かにご両親がこの病気を引きおこす遺伝子を持っていらっしゃ

る可能性もありますが、息子さんの遺伝子に突然変異がおこった可能性もあるんです。男性と女性で性染色体に違

いがあるのをご存知ですか?

父:そんなん知っとるわ~!!!(切れ気味)

母:はい、知っています。(なだめつつ。)

医師:息子さんの問題となっている遺伝子は X 染色体上にあるので、突然変異によるものでなかったら、その異常は

お母様から受け継いだことになります。

母:じゃ、私にもし異常があったら、私もこの病気を発症するんですか?

医師:突然変異の可能性も否定できませんし、もしお母様に異常があったとしても、女性の場合は発症しません。と

いうのも、女性の性染色体は2本の X 染色体からなっています。1本の X 染色体に異常があっても、もう1本は正常

なので、X 連鎖劣性遺伝病であるこの病気の場合、保因者にしかなりません。

母:X 連鎖なんちゃらってなんですか?

医師:簡単に言うと、持っている全ての染色体に異常がなければ発症しない病気のことです。男性の場合は、X 染色

体が1本しかないので、その1本に異常があれば発症してしまいます。女性は、2本の X 染色体を持っているので、1

本に異常があっても発症しないんですよ。そして、1本に異常がある人のことを保因者と言います。

母:じゃあ、発症はしなくても私は保因者であるかもしれないってことですよね?

医師:・・はい。

母:保因者だったら、本当に何の症状も出ないんですか?

医師:骨格筋には異常は起こりませんが、心筋症を発症してしまう可能性があります。その危険性は、お母様の遺伝

子を調べる保因者診断というものによって明らかにすることができますよ。ただ、保因者診断は、人の設計図である

遺伝子を対象にした検査であり、検査結果は一生ほぼ不変です。また、その形質は子孫に伝わります。これらのこと

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をご理解いただいた上で、検査を受けるか否かを決めるのはご本人の権利です。

母:どうしたらよいのかしら?

父:やっとけよ。

母:え、でもそんなこと急に言われても・・。

父:わかんないままうじうじしているより、白黒はっきりさせたほうがいいだろ?

母:確かにそうだけど・・。じゃあ、お願いします。

ナレーター:こうして、お母さんは保因者診断を受けることになりました。数週間後、大場夫妻が病院に呼び出され、

お母さんが保因者であったことということが告知されました。

そして、さらに数週間後、夫妻がまた病院にやってきました。

シーン

医師:どうなさいましたか?

父:聞きたいことがあるんだよー!

母:実は、私たちにはもう一人娘がいるのですが、私が検査陽性であるということは、娘もこの変異遺伝子を受け継

いでいる可能性もありますよね・・?

医師:はい・・確かにおっしゃるとおりです。

父:愛子がもし持ってたら・・・(トーン down)

母:愛子にも私のように保因者診断を受けさせるべきなのでしょうか?でも、娘にこの話をするのは、酷な気がし

て・・。

医師:まあ、あわてないでください。娘さんもまだ小さいですし、もし変異遺伝子を受け継いでいたとしても、心筋症を

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必ずしも発症するとは限りませんし、たとえ発症するとしても、20代を越えてからになります。保因者診断は成人に

なるまで出来ませんし、娘さんご本人に問題でもありますので、娘さんがこのことを理解してきちんと判断できるよう

になってからまた娘さんを含めて話し合ったらよろしいかと思います。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

7. テーマ:色覚特性保持者の社会的な差別の問題

8. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:命に関わる特性ではないが、社会的に差別的な考えが根強く残っており、スクリーニングの段

階での差別の問題などもある

(イ) 問題点2:発症しなくても保因者となることは多く、頻度も高い特性である

(ウ) 問題点3:保因者もある程度色覚感知が困難になることがある

9. 出演者

(ア) 慧:色覚特性保持者

(イ) 有貴:慧の恋人

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) 和広:有貴の父

10. 出演者の思い

(オ) 慧:有貴と結婚したいが自分も色覚特性保持により差別を受けてきたこともあって子供にその遺 伝が

現れないかと心配。

(カ) 有貴:色覚特性を持つ子が生まれるとしても慧と結婚したい。

(キ) 医師:赤緑色盲のことを正確に伝え、今の色盲に対する社会の受け入れ体制についてもできるだけ伝え

よう。

(ク) 和広:色盲は遺伝するに違いないから二人の結婚には反対だ。

11. 各自の感想

(ア) 色覚特性という症状は特に一般人にとってはたいしたことではないように思いがちだが本人たちのコンプ

レックスは強く、心理的な温度差があることを実感した。旧来の色覚検査が撤廃されたことによって色覚

特性への差別はかなり減ってはきたと思うがまだ色覚特性についての誤った知識(まったく見えないので

はないか…etc)がいまだはびこっていることも事実であり、事態は複雑であることがよくわかった。特にこ

の特性は頻度が高いことから多くの人に関わる問題であり、軽視はできない。眼科医をやる父に聞いた

が色覚特性が日常生活に影響することはめったにないということだ。遺伝特性への正しい知識を敷衍す

ることも医師の仕事なのかもしれないと思った。

(イ) 見てきたもの、してきたこと、されてきたこと、現実の経験、体験が人によってどれほど異なるか、を

しみじみ思う。自分のものでない現実、感情、困難、を自分のものとして感じることはどんな想像力

をもってしても完璧にはできないのだ、とも。また、同じ場所に置かれれば皆が同じように思うわけで

もない、と。自己と他が違うことを面白がれる。けれど、違うがためにわからない、わかれないことは

悲しい。二人で毎日信号を渡った幼馴染みが、赤と緑を見分けにくいと知らなかった。そのために私

が受験したことのある大学を、彼は受験できない、と聞かされなければ。眼鏡無しに遠くの時計が読

める彼が羨ましかった。ヒトでなかったら、淘汰されて行くのは彼よりも私が先ではないかと今もとき

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どき思う。

(ウ) ロールプレイを通じて遺伝について再度勉強することができ、患者の気持ちを考えることのできるいい機

会でした。

(エ) 正直、寸劇をやるなんて気が進まなかったが、自分達で病気について調べたり、他の班の発表を聞

いたりして、遺伝カウンセリングや病気に対する理解が深まったのはよかったと思う。実際に、他の

クラスメート達が創った寸劇を見ていると、みんなで相談しながら、細かいところまで気を配りつつ台

本を書いたのだろうが、それでも医師をはじめとする登場人物の台詞や態度に患者に対する配慮

の足りなさがところどころでみうけられた。医師と患者のコミュニケーションは、難しいものだとあらた

めて実感した。今回の経験を今後の自分に活かしていきたいと思う。

12. シナリオ

シーン1:遺伝子カウンセリングを訪れる男女

医師 「今日はどうなさいましたか?」

慧 「色盲が遺伝病であることを知り、色盲について詳しく知りたいと思ってお伺いしました。私は小学校の頃、色覚

検査で色盲であることがわかりました。それによって学校の進学や、就職にあたってはさまざまな差別を受

けました。気を遣われることも多く、いろいろ苦労させられました。今こちらの彼女と結婚を考えているので

すが色盲であることによって、彼女の両親、特に彼女の父に反対され、自分が色盲についての知識を何も

持っていないことに改めて気づき自分の色盲についてより詳しく知りたいと思って来ました。」

医師 「色盲と一口に言っても様々な種類の症状があります。私たちは色盲とは呼ばず、ある一定の色が見えにくい

方のことを色覚特性を持った方とお呼びしています。色覚特性は一般に遺伝するものではありますが、そ

のお子さんへの伝わり方は様々です。」

有貴 「検査することによってどのタイプの色盲なのかはわかるんですか?」

医師 「はい、検査を受けることによってご自身の色覚特性の種類は有る程度わかりますが、慧さんもご存じのよう

に現在の医療では色覚特性の治療法はありません。このことをご承知の上で検査を受けられますか?」

慧 「検査を受けることによって症状が悪化したり、新たな異常が起こったりすることはあるんでしょうか?」

医師 「その点は心配いりません。検査を受けることによって体調が悪くなったり、ご自身の症状が悪化したりするこ

とはありません。」

慧 「そうですか。元々自分の症状についてどのような異常か知りたいと思っているので検査を受けたいと思いま

す。」

シーン2:1週間後ふたたび検査の結果を訊きにくる男女

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慧・有貴「こんにちは」

医師 「こんにちは。検査の結果が出ました。」

有貴 「どうだったんですか?」

医師 「慧さんの色覚特性の種類は赤緑色盲というものです。赤緑色盲とは赤色と緑色の判別が困難になってしまう

もので、(資料を見せながら)例えばこちらの文字が有貴さんには6に見えると思いますが赤と緑の判別が

難しい慧さんにとっては5に見えると思いますがどうでしょう?」

慧 「はい、確かに」

有貴 「赤緑色盲というのは遺伝するのでしょうか?」

医師 「端的に言うと遺伝が大きく関与しています(資料を見せる)。人間は皆46本の染色体を持っています。染色

体には男女が共通してもっている常染色体と、性別を決める性染色体があります。男性の場合はXとYとい

う性染色体を、女性の場合はXという染色体を2本持っています。慧さんがお持ちの赤緑色盲ではこのXと

いう染色体に変異があることによって色をふつうの人と同じようにはみることができません。お子さんに遺

伝する確率を申し上げますと、男の子の場合は慧さんのような色覚特性を持つことはありません。女の子

の場合慧さんほど色が感知できないということはないのですが必ず普通の人よりは色が識別しにくくなって

しまいます。」

慧 「ではかなり女の子がうまれた場合必ずある程度遺伝するということですね。本当に防ぐことはできないので

しょうか?」

医師 「残念ながら現在の医療ではそれは難しいと思います。しかし、慧さんがお子さんだった時代よりも色覚特性

の子供に対しての差別などは改善されています。特殊な職種に就かない限り困ることはほとんどありませ

ん。(有貴に向かって)お父さんが色覚特性を重くみていらっしゃるのも色盲についてよくご存じではないた

めだと思いますので、よろしければ私の方から直接お話させていただけませんか?」

有貴 「はい、是非お願いします。父は頑固なところがあるので納得してもらえるかわかりませんが…。」

シーン3:3日後父を連れて再び男女が来院

慧・有貴「こんにちは」

有貴 「先生、この間お約束したように父を連れて参りました。」

和広 「こんにちは」

医師 「慧さんと有貴さんからいろいろのお話を伺い是非お父さんにも色覚特性についてご説明申し上げたいと思い

まして来ていただきました。お父さんは色覚特性についてどのように考えておられますか?」

和広 「色盲というと“遺伝する病気”で子供が生まれたらその子も色盲になるのでは?と心配です。学校でいじめら

れたり、進学や就職で不利になるのではないかとも思います。故にできれば私としても結婚はしてほしくな

いのです。娘にとってもそのような異常な子供を持つのは不幸なことだと思いますし…。」

医師 「確かに色覚特性は遺伝病の一つと考えられています。しかし必ず色覚特性を持つお子さんが生まれるわけ

ではありません。そして何よりも現在色覚特性についての社会の考え方が徐々にではありますが変わりつ

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つあります。今まで行われていた小学校の色覚検査も廃止されましたし、一部の職種では職業制限が残っ

ていますが就職、進学で色覚特性によって困ることはまずないと思います。それに慧さんもおわかりだと思

いますが赤と緑が識別しにくくてもその人自身の生活の質が変わるわけではないのです。」

和広 「そうですか…」

有貴 「お父さん。お父さんは色盲のことを異常だとしか考えていないけど、彼自身普段の生活で困ることで困ること

はほとんどないのよ。私の友達にも色弱の人がいるけどその人も結婚して幸せな日々を過ごしているわ。

お父さんは慧さんのことが嫌いなわけじゃないのでしょ?色盲という言葉に偏見を感じているから結婚に賛

成してくれないんじゃない?色盲っていうのは病気なんかじゃないわ。眼が悪い人がふつうの人が見えるも

のがはっきりと見えないように、人とは少し見え方が違うだけ、色盲は色の見え方の個性なのよ。」

和広 「・・・そうか。(少し気を許したように)おまえたちがそういうなら好きにしなさい。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

13. テーマ:ターナー症候群

14. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:ターナー症候群は病気ではなく体質であるという理解。

(イ) 問題点2:遺伝病全てにいえることであるが、誰が悪い、誰のせいであるということはない。

(ウ) 問題点3:発見された時期(出生後すぐ、幼児期、思春期)によって対応が異なること。

15. 出演者

(ア) かの子:カウンセリング対象者

(イ) ひろ子:母

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) 看護師・ナレーション:遺伝外来担当看護師

16. 出演者の思い

(ケ) かの子:周囲の友人と比べて成長も遅く初潮もこないので不安。

(コ) ひろ子:書籍で見かけたターナー症候群の特徴と娘の身体特徴がそっくりなため不安

(サ) 医師:ターナー症候群は体質であり、症状の一部は薬剤によって抑えることができることを冷静になって

理解して欲しい

(シ) 看護師:母娘ともに事態を冷静に受け止められるかどうか心配

17. 各自の感想

(ア) ロールプレイの台本を作るという作業は思っていた以上に困難なものでした。理由の一つは病気に対す

る知識を要した点です。浅はかな知識では話に説得力がなくなってしまうので、深く調べる必要がありま

した。

もう一つ、一番難しかったのは会話一つ一つに現実味を持たせるように考えることです。カウンセリング

の場で患者が何を不安に思っているのか病気を宣告されどのように感じるか。想像力を働かせるほかな

いのですが、それはとても有意義なことだったように思います。それは同時に次の医師の台詞に反映さ

れました。患者の気持ちを考えるとおのずと医師が避けなければいけない言葉などが見えてきました。

この作業は今回のロールプレイでの台本作りに限ったものではなく、将来自分が医師になった良き必ず

行わなければならないことだと思いました。医師は知識があるだけでは決して成り立たない職業だと初め

て感じました。そういった意味で今回の実習は普段の講義と別の、しかしとても大切なことを学べた実の

あるものになりました。

(イ) 今回は性別的には起こりえないターナー症候群の娘役をやって、どうすれば役になりきれるかとても考え

させられました。自分は男なので初潮が来ない不安も不妊の辛さも分からない。結局は自分が遺伝的に

EDで身体の成長が中学1年くらいで止まってしまったと考えることで意識を持って劇に臨みましたが、そ

れが適切であったかどうかは最後までわからずじまいでした

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ロールプレイ実習全体を通してですが、講義の時間を作成時間に充てるのはあまり望ましくないことであ

ると思った。なんとなくダラダラ話し合って、ダラダラ作っていても講義時間内である程度形を作れてしまう

くらいの時間があったので割り当てる時間がもう少し少なくてもいいと思う。

実習当日であるが、発表時間配分や交代時間、質問時間など時間が明らかに詰まりすぎであり、前述の

ようなゆとりがなかったので、こちらのほうに十分な時間を当てる(3日に分けるなど)下方がよいと感じた。

他の班の発表を見ていて、カウンセリングの内容重視の班とカウンセリングよりも患者の家族の葛藤を

中心に描いた班が分かれてしまい、最終的にどちらが重要だったのかよく分からなくなってしまったので、

事前の説明でもう少し意識統一してもいいと思いました。

(ウ) 遺伝カウンセリングの台本を作ってみて一番難しかったのは医師の言葉遣いでした。同じ内容でも言い

方によって患者さんを傷つけてしまうこともあるので言葉を選びながら慎重に説明するよう気をつけまし

た。発表会全体を見て感じたのは笑いを取ろうとして茶番劇に走る班もあった気がします。あと、表彰や

ら賞品授与はやめたほうがいいと思います。

(エ) 今回の遺伝ロールプレイ実習は、古庄先生が仰っていた通り非常にためになる自習だったと思う。実際

にシナリオを作る際、例えば医師の言葉尻一つにしてもどうすれば相手の患者さんに負担なく受け容れ

られるだろうか、など患者さんの立場を考えて、みんなで話し合いながらシナリオを作るのは苦労したと

同時にとてもためになった。これから臨床に出て行く時も、今回の経験をぜひ活かしたいと思う

18. シナリオ

Scene1

ナレーション:鹿の子は15歳の中学3年生。身長が135cm と同級生より小さくなかなか女性らしい体つきにならない

ことと、初潮がまだ来ないことを気にしておりこの日母親と遺伝カウンセリングに訪れた。

看護師:伽野島さーん

母・かの子:失礼します。

医:どうぞ、おかけください。 (間) どうしましたか?

母:この子は15歳になるのですが、他の子に比べて身長も低いしちょっと成長が遅いようで・・・調べてみたところター

ナー症候群という病気があるということを知って、こちらに伺ったのですが・・・

医:ふーむ。失礼ですか、生理は来ましたか?

かの子:・・・まだです。

医:小さいことに中耳炎を起こしたことはありますか?

母:あっ、小学校に入る前に何度かありました。

医:赤ちゃんのときに手や足の甲がむくんでいたようなことはありましたか?

母:そうですね・・・ぷくっとしてましたけど。赤ちゃんなんで特にむくんでいたかどうかはよく分かりません

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医:んーそうですね。はっきりとは申し上げられませんが、お母様のおっしゃるとおり、ターナー症候群の可能性はあ

ると思います。もしターナー症候群でしたら、本来あるべき染色体の本数が異なるという特徴があります。まだ、ター

ナー症候群であるかどうか確かでないので、確定診断のためには染色体検査が必要になります。血液を調べさせて

いただくのですが、お受けになりますか?

母:はい、私はそのつもりで娘をつれてきました。

医:かの子ちゃんはどうですか?

かの子:はい、お願いします。

Scene2

看護師:伽野島さーん

母・かの子:失礼します。

医:どうぞ、お座りください。 (間) 検査の結果ですが、こちらをご覧ください。

母:先生。これは・・・

医:はい。結論から申し上げますと、かの子さんはターナー症候群です。

(間)

医:お気持ちはお察しします。ですが、ターナー症候群というのは病気ではなく、体質の一つとして捉えていただきた

いのです。

かの子:どういうことですか?

医:人の体の細胞にある染色体というものをご存知ですか?

かの子:聞いたことはあります。

医:分かりました。通常、一つの細胞の核の中に46本の染色体があって、その中に X と Y という性染色体というもの

があります。多くの女性では X が2本、多くの男性では X と Y が一本ずつあります。かの子さんの場合、この X が一

本欠けていて、ここに書いてあるように「45,X」となっています。

かの子:じゃぁ、私は女じゃないのですか?

医:女の子ですよ。あくまで多くの女性にXが2本あるというだけであってXが1本の女性もたくさんいらっしゃいます。

かの子:そうですか・・・

母:その一本がないとどうなるのですか?

医:ホルモンの量が少ないことにより、かの子さんのように成長が遅いことが主な徴候になります。

母:病気などの心配はないのでしょうか?

医:糖尿病などの生活習慣病になる可能性が高いです。後、将来的に子供が作りにくい体質といえます。

母:あぁ、不妊ということですか?

医:一概には言えませんが・・・

母:どうにかならないのですか?

医:不妊に関しては現在開発されている治療法では改善は難しいのですが、出産したという例もありますので100%

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とは捉えないでください。ただ、現在の成長の遅れといった症状はホルモン治療によって改善することができます。

かの子:本当ですか?

医:はい。まず、身長についてですが、かの子さん。この一年でどれくらい身長がのびましたか?

かの子:え~と、3cm くらいだったと思います。

医:でしたら、まだ伸びる可能性は高いので成長ホルモンを取ることをお勧めします。これを飲むことによって身長の

伸びが改善されます。

かの子:そうなんですか?

医:えぇ。そして、ある程度まで身長が伸びましたら女性ホルモンを取ることになると思います。これによって月経も始

まりますし、女性らしい体つきになっていきます。

母:よかったわねぇ、かの子。

かの子:うん。

母:でも、そういう治療ってお金がかかるんじゃないでしょうか?

医:その点はご心配なく。ターナー症候群の場合、ホルモン投与などにかかる費用は全て公費で賄われます。

母:それを聞いて少し安心しました。

かの子:私と同じような人って他にもたくさんいるんですか?

医:日本では 2 万人くらいいるそうです。

母:あら・・・けっこういるんですね。なにか、その人たちの団体みたいなものってあるんですか?

医:(看護師をさして)君、あそこにあった資料を持ってきてもらえるか?

看護師:こちらをどうぞ。ひまわりの会・りんごの会などのサポートグループがあります。こういうグループに足を運ん

で他の人と情報交換をするといいと思います。

母:そうですね。ありがとうございます。

医:なにかありましたら、私もいつでも相談に乗りますので、気軽にお越しください。一緒にがんばっていきましょう。

母・かの子:はい。どうもありがとうございました。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート(ひながた)

19. テーマ:家族性乳癌

20. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:遺伝子検査の意義。家族性乳癌の場合とくに、意義がそれほど高くない。

(イ) 問題点2:クライエントへのメンタルサポート。

(ウ) 問題点3:家族性乳癌・遺伝子検査に必要な説明およびサポート。もし陰性であった場合にも今後の定

期健診等すすめる。

21. 出演者

(ア) クライエント

(イ) クライエントの夫

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) ナレーター・看護師:遺伝外来担当看護師

22. 出演者の思い

(ス) クライエント:自分が家族性乳癌であるかどうか不安。検査についてはあまり意義が高くないとはいえ、受

けておきたいような受けたくないような複雑な気持ち。

(セ) クライエントの夫:もし妻が家族性乳癌であったとしても支えていく覚悟、妻を励ます。

(ソ) 医師:病気について受け止められるか、冷静に考えられるか心配だ。遺伝子検査の意義をしっかり説明

する。

(タ) ナレーター・看護師:検査結果が陰性であったことによかったと思っている。

23. 各自の感想

(ア)まず、つくっていく過程で感じたこと。1つは、遺伝子検査をしても変異があるかどうか、はっきり白黒わかること

は少ないこと。特に家族性乳癌はそうだった。そう考えると、血液検査やレントゲン検査のような手軽さはないし、遺

伝カウンセリングの大切さを感じた。ほかに短い時間で全てを充分に表すことはできないので、どこにポイントをおく

かも大事だと思った。次に、発表をみて感じたこと。1つは、「落ち着いてください」や、「がんばりましょう」という医師

の言葉。これらの言葉は、先生も仰っていたが信頼を失いかねない。本当に心がこもっていればよいのかもしれない

が、自分はどうでもいいときに使う言葉と思っているので、言えないし、言われたら、この野郎と思うかもしれない。ほ

かに、「わからなかったら聞いてください」という言葉。これは患者にとっていつでも聞いて良いのだと感じられて良い

とは思うが、将来、医師になったときには具体的に、「これはわかりますか?」と逆に尋ねていかないとわからないこ

とを残してしまうのではないか。最後に、良いカウンセリングとはどのようなものか改めて考えてみたが、具体的には

思いつかなかった。しかし、この実習で考えるきっかけができたと思う。

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(イ)今回ロールプレイ実習を通していろいろなことを学びました。自分の班は家族性乳癌についてだったのですが、

シナリオをかく上で一番考えたのは遺伝子検査についてでした。家族性乳癌では BRCA1、2 の遺伝子検査をしても

必ずしも変異がみつかるわけではなく家族性乳癌の 60%弱ほどしか BRCA1、2 に変異はみられないため、検査の意

義・重要性が低いと思われ、またコスト面においても少し高いと先生にアドバイスをうけました。その部分をもう少しシ

ナリオにだせればよかったかなと思います。また、遺伝病というのは必然的に家族を巻き込む問題であり、患者さん

やその家族、血縁者の不安や思いについて考えることができたと思います。

自分の役はナレーターと一場面、看護師だったのですが、医師の補佐役として、もう少し患者さんに安心感を与えら

れるような雰囲気をつくったりできればよかったと反省しています。またサポートグループなどについても言及できれ

ばよかったと思います。いろいろなことを組み込みながら脚本をつくることはなかなか難しかったと思います。発表会

でほかの班をみてみて、演技・内容のすばらしい班が多く、いろいろな立場から遺伝病、遺伝カウンセリングをみるこ

とができました。また医師の発言ひとことひとことやその態度がよくも悪くも大きな影響を及ぼすということを強く感じ

ました。前半の発表をみて、患者さんに「もし先生が自分の立場ならどうしますか?」と言われた時医師はどうすべき

かということについて、自分自身これからの課題にしたいと思いました。医学的なことはイエス、ノーで答えることはで

きるが、たとえば「先生が自分の立場なら検査をうけますか?」というような質問の場合はあまり明言しないというよう

なことを先生がおっしゃっておられました。私は医師個人の意見を言うことが患者さんにとって望ましい場合もあるの

ではないかとも思います。そのときどきにおいて患者さんが何を求めてるかを理解し、よみとることが必要であり、患

者さんとの関係をつくること・コミュニケーションの重要性を感じました。

(ウ)今回の実習を通して、改めて各遺伝病についてその医学的知識を学び、またそれぞれの疾患が抱える問題点

について論じ合い、台本を作っていく上でもちろん患者の台詞なども考えるので、患者の気持ちを熟慮する機会が持

て、なかなか有意義な時間が過ごせたと思います。最初は正直、劇をして何の意味があるのだろう、と思っていまし

たが、医師の告知の仕方一つ取ってみてもいろいろ選択肢があり、またこの時患者は如何なる気持ちでいるのだろ

うかと想像も多種多様にあり、自分たちの班で作っていく時も他の班の発表を見ている時も、クラスメートそれぞれが

自分が医師になったらこう対応すべき、あるいは自分が患者だったらこう思うから医師にはこう接してほしいなという

ことを具体的な場面において熟考できたのが今回の実習の最大の収穫だったのではないかなということに発表が終

わってから気づきました。発表の日は、私の想像以上にみんなが真剣に他の班の発表を見ていたので、そう感じた

のだと思います。

ところで、発表の日の感想にも書いたかと思うのですが、ロールプレイングで病気の説明をある程度詳しくすると、

あまり患者の気持ちの描写ができず、また患者の背景などから描写すると、病気の説明がおろそかになってしまい

がちになるので、10 分の発表でその両方を入れ、なおかつ間延びしないようにするのが一番気を使ったところでした。

やはり、賞を取った班はその組み合わせがうまかったと思います。

最後に、一つ思うのですが、この実習は確かに臨床を意識し始めるこの時期にやるのもいいとは思うのですが、共

通教育の頃にやってみてももっと時間がゆっくりとれいいのではないかとも思います。

(エ)発表会は年末最後の授業で時間外まで延長して行われて、帰省の予定に影響がありました。

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確かに普通の授業と異なり、ロールプレイをすることにより、知識も定着しやすく、ただ病気を知ることに終わらず、そ

こにある患者さんの心情にまで考えさせられ深く理解できたとは思いますが、その点が残念でした。

24. シナリオ

ppt:クライエントは 25 才女性。祖母、叔母、そして母が乳癌に罹り、遺伝子診断により、BRCA1に変異がみられ、家族性乳癌と診

された。自分も乳癌になるのではと心配し、S 大学付属病院の遺伝子診療部にやってきた。

医師:「こんにちは。」

クライエント・・「こんにちは」

医師・・「今日はどんな相談ですか?」

ク: 「実は、、祖母も叔母も母も乳癌で、遺伝子に変異のある乳癌だと聞き、自分も乳がんになるのでは、と

思いホームページでここのことを見て来ました。確か、家族性乳癌という病気だと診断されたと思うのです。家族性というこ

はやはり遺伝するのですか?」

医師・・「それは、不安でしょうね。家族性乳癌というのは全乳癌の5%程度で、専門的なことを言うと、遺伝子が含まれている23対

染色体のうち17番の長腕、又は13番の長腕の遺伝子に変異があることが原因です。この遺伝子が変異している人のうち

発症するのは60~70%です。」

夫: 「70%ですかー。」

医師:「家族性乳癌の症状ですが、乳房内腫瘤およびそれに伴う皮膚の変化が見られます。」

ク: 「腫瘤ってなんですか?」

医師:「腫瘤とは、しこりのことで乳癌では5~10ミリの大きさになると注意深くさわればわかるしこりとなります。また、皮膚の変化と

ては、皮膚の陥凹や萎縮、乳頭の屈曲や陥凹、発赤などがあります。さらに、癌が皮下のリンパ管を侵した場合には浮腫

生じます。そのほかには乳頭分泌異常、乳頭のびらんなどが見られます。

ク: 「それは、どんな感じなのでしょうか?」

医師:「乳頭分泌異常では血液が混じった分泌がある場合に特に注意が必要で、乳頭びらんでは軽いかゆみや痛みを伴う慢性の

疹様の変化があります。腋窩リンパ節に癌が転移した場合には腋窩にしこりができたり、腕がむくむなどの症状がでることも

ります。」

ク: 「へ~。そのような病気なんですか。なんだか難しい話で怖いわ。」

夫・・「病気のことはわかりましたけど、実際には今、何が出来るのですか?」

医師:「はい、遺伝子診療部では遺伝子が原因となる病気の遺伝子診断とカウンセリングを行っています。あなたの場合、家族性

癌の変異遺伝子かどうかを遺伝子診断することによって、保因者であるかどうかがわかるので疾病の早期発見、早期治療

行うことができます。」

ク: 「早く見つけられると治せる確率も高くなるということですよね。デメリットはないのですか?」

医師:「デメリットとしては、変異遺伝子を持っているからといって100%発症するわけではないのですが、保因者であることがわか

ば多大なショックを受けることになるということです。

実際のところ、乳癌では変異遺伝子をもっているからといって検査で陽性になる確率は低く、また陰性になったからといっ

発症しないということはありません。具体的には、家族性乳癌は全乳癌の5%程度でしかないのです。さらに、家族性乳癌

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家系であっても変異遺伝子の検出される割合は日本では、三割ほどと高くなく、また、変異遺伝子をもっていたときでも発

する確率は60~70%とそこまで高くありません。そして、たとえ変異遺伝子が検出されなくても散発性乳癌になる可能性

大いにあります。つまり、検査をした結果、陽性だから発症しやすい、陰性だから発症しないということはないのです。検査

用は40万円と、高額であるのですが、あまり検査の意義は高いとはいえません。」

夫・・「なんだかあまり意味のない検査に聞こえますね。」

ク:「実際にはどのように遺伝子検査を行うのですか?」

医師:「もし、遺伝子検査を行うなら、髪の毛や血液の細胞から遺伝子を調べます。」

ク:(うなづく)「なるほど。痛くないのですね。」

医師:「はい。検査はクライアントの自発的な意志によってのみ行われるものです。また、検査結果は知りたい人にのみ伝えること

なります。遺伝子診断は未だ不確定な要素が多く、研究的な面も強いのですが、それらを含めて理解していただいた上で検

するかどうか検討なさってください。」

ク・・「わかりました。少しうちで相談して、考えてみます。ありがとございました。」

医師・・「いえいえ、じっくりとご相談なさって下さい。」

ppt:家庭。話し合う

ク:「あなた、どうしよう、検査で陽性だからって発症するとも限らないし、陰性だからって発症しないとも限らないけど、陽性だったら

っぱり不安だわ。それに、四十万円って高いわよね」

夫・・「そうだねえ。高いねえ。でも値段の問題じゃないよ。家のローンもあって苦しいけど、お金のことは心配しなくて良いよ。君の

康が一番大事なんだから。」

ク・・「うん・・・。あなた、ありがとう。そうよね。でもお金の問題は置いておいても、迷うわ~。検査の意義があまり高くないと仰られて

たし。」

夫:「そうだねぇ。でも、一応うけてみてもいいんじゃないか?少しでも何か分かった方が不安も減るだろう。」

ク:「でも、、もし検査が陽性だったら、不安が増すのは私なのよ。」

夫:「わかってるよ。でも、、、確かに君が不安なように僕も不安だよ。でもなにがあってもずっとささえてあげるよ。君だけの問題じゃ

い、二人の問題だよ。僕たちは夫婦じゃないか。」

ク:「あなた、、、、ありがとう。やっぱり受けてみようかしら。」

夫・・「どんな結果が待ち受けていても、二人で立ち向かおう!」

ppt:数日後。病院。

ク:「よく検討した結果、やっぱり遺伝子検査を受けることに決めました。」

医師:「そうですかぁ。では検査を行う前にもう一度、家族性乳癌について説明いたします。

検査をして遺伝子に変異がある、すなわち陽性であった場合、検診を頻繁に行って早期発見をするなどの対処はできますが、

症前に不安の種をなくすことはできません。つまり、一生病気の不安を抱えて生きていくことになります。また陰性でも、発症

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ないということではないのですが、それでもおこなうということですね?」

ク:「はい。」

医師:「それでは検査をしましょう。検査結果はまた、後日知りたかったら病院でお伝えしましょう。そのときは知らせても良い人と、

たはひとりで来てください。」

ク:「はい。わかりました。」

ppt:検査後。結果がでて病院に呼ばれる。

ク:「こんにちは。検査結果を聞きに来ました。」

医師:「はい。検査結果ですね。お二人にお伝えして良いですか?」

ク&夫:「はい。」

看護師、カルテを取りに行く。

医師:「検査の結果は陰性でした。つまり、Aさんの遺伝子には変異はみられませんでした。」

ク:(ちょっとうれしそうに)「そうですか~。」

医師:「はい。とはいえ変異遺伝子が見つからなかったからといって、必ずしも発症しないわけではないと以前にも説明しましたね。

族性乳癌でないとしても、乳癌に罹らないわけではないので、これから定期検診をうけるようにした方が良いですよ。それに

り、たとえ乳癌が発症したとしても早期発見、早期治療が十分可能になります。これからも、お体に気をつけてください。」

ク&夫:「そうですね。本当にありがとうございました。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

25. テーマ:近親婚のカップルに対する遺伝カウンセリング

26. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 留意点1:近親婚で産まれる子供がなぜ先天異常の状態で生まれてきやすいか、その理由についての

説明

(イ) 留意点2:その上で近親婚のカップルは他人同士のカップルに比べ1~2%だけ先天異常の子供が生ま

れてきやすいことを理解してもらう

27. 出演者

(ア) 医師

(イ) 女の父

(ウ) いとこ男

(エ) いとこ女

28. 出演者の思い

(チ) 医師:近親婚のリスクについてちゃんと理解してもらい、前向きに考えてもらいたい

(ツ) 女の父:いとこ同士の結婚はリスキーだから絶対に娘をやるわけにはいかない

(テ) いとこ女:自分はいとこ男と結婚したいが、父が危険といっているので不安だ

(ト) いとこ男:いとこ女と結婚したいが、女の父親にも反対され、近親婚についても正しい知識がないのでどう

していいかわからない

29. 各自の感想

(ア) 今回の実習もそうだが、早期体験実習や看護実習などすべての実習を通して「患者さんの立場に立って

気持ちを考えてみる」とゆう事が経験できたことが良かったと思う。ただ準備段階で本は与えられたが、

あまり先生に質問する機会もなく実際のカウンセリングとかけ離れた劇になっていないかが心配だった。

本に書いてあった通りに質問形式で患者の理解度を確かめるとゆう方法で劇を進めたが、ふくしま先生

には実際はあまりないかもしれないねと批評を頂いた。ほかにも間違えている点がたくさんあると思うの

で、それを確かめる授業がもう一度あると良いのにと思った。

(イ) 今回作ったシナリオの中で、自分が演じた父親はただ近親婚をしようとするカップルに対して反対するば

かりで、遺伝カウンセリングに立会い、近親婚についてしっかり理解することができないままだった。それ

は時間の都合で仕方なかったのだが、少し残念であった。実際、自分が近親婚をしようとするカップルの

父親だったらどうだろうか?自分自身今回の実習をするまで、近親婚はすごく危険なもので、普通のカッ

プルに比べ先天異常になる可能性が1~2%だけ増えるものなんて考えてもいなかったので、知識が無

いままだったら当然のように反対するだろう。今現在の状況では一般の人も自分と同じで近親婚につい

てのしっかりとした知識を持っている人は少ないだろう。近親婚を勧めていくわけではないけれども、知識

も持たない両親に結婚を反対されてしまうカップルを減らすためには、近親婚についての教育をしていか

なければならないと今回の実習で思った。

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(ウ) 今回の実習を行なう中で、特に遺伝カウンセリングやその前後のシナリオを考える上で感じたのが、自分

が遺伝病の患者さんの立場ならばどうするだろうか?家族の立場ならばどう思うだろうか?ということで

した。こども病院の川目先生もおっしゃっていましたが、一度自分が演じた以外の役柄で演じてみて下さ

い。という言葉は、つまりはその人の立場にたってみて考えて欲しいということだったのだと思います。同

じようなことが小学生の頃に先生や親から言われた記憶があります。そのときはクラスのいじめられっ子

の立場にたてば、いじめなんてできないはずだ。というものだったのですが、その時同時にいじめを見て

見ぬふりをするのも悪いのだと教えられたものでした。将来医師となる我々は患者という弱い立場の

方々と接します。この時に相手の立場で考え、感じ、また病んだ人に気付いた時には決して無関係・無関

心を装うことなく、親身になって接したいと思います。今回の実習を通してあたりまえではあるが、なかな

か実践できない上記のようなことを少しでも考えることができてよかったです。

(エ) いままで社会予防教室の実習では様々なことをやってきた。そして今回の実習は患者の気持ちを理解す

るという趣旨であったが、様々なことを学ぶことができた。実際、このような実習は二度とないと思う。相

手の立場になって考え、そして相談する。一見簡単なことだが学ぶことはたくさんあった。例えばカウンセ

リング中の貧乏ゆすりひとつでも相手に不安感や不信感を与えてしまうということなどである。今まで考

えもしなかったようなことが患者の方にとってはとても大きなことなのだろうと思った。このような経験を生

かして、将来は最近問題になっている傲慢な医師ではなく、患者の立場に立った医師になりたいと思う。

8. シナリオ

BGMスタート

照明ON

場面1・公園(結婚しよう的な) 1分

男 「僕の名前は上杉達也といいます。

高校時代は白球を追いかけていた僕も今や商社で働くサラリーマン。

つきあって4年になる、いとこの南ちゃんとの結婚を考えているのだけど、

先日上司から転勤を言い渡されて・・・

今日はそのことを打ち明けるつもりなんだけど・・。」

女 「おまたせー。」

男 「やぁ。」

女 「どうしたの?元気ないじゃない。」

男 「あぁ、ちょっとね。気にしないで。」

二人・ベンチ(教卓)に座る

女 「でも、今年はホント寒いわねー。」

男 「そうだねぇ、僕たちが付き合い始めたのも丁度こんな冬の日だったよね。」

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女 「そうそう、たっちゃんったら、いきなり後ろから抱きしめるんだから。」

女・一人で自分を抱きしめ思い出すふり

男 「おいおい、よせよ。」

女 「あっ、雪よ。十二月に雪なんて珍しいわね。

私、雪って好きよ。 冷たいけど、なんだか暖かくって・・・」

男 「み、南、実は俺、転勤することになったんだ。」

女 「えっ、何処に?」

男 「それが・・、エジプトなんだ!」

女 「エジプト!?」

男 「ああ、エジプトなんだ。」

女 「どれくらい向こうにいるの?」

男 「わからい。もしかしたらずっと向こうで暮らすかも知れないらしい。」

女 「そうなんだ・・・。でもそれってチャンスじゃない!

たっちゃんが成功するように私、応援するわ。」

男 「南!」

男・女の肩をぐっとつかむ

「結婚しよう。結婚して一緒にエジプトで暮らそう!」

女 「えっ?たっちゃん?」

男 「一緒にエジプトに行こう!俺のクレオパトラになって欲しいんだ!」

女 「本当!ありがとう、うれしいわ!」

女・男におもいっきり激しく抱きつく

男 「じゃあ、一緒にエジプトに行ってくれるのかい?」

女 「ええ、もちろん。

ピラミッドで結婚式あげましょ!約束よ。」

男 「ああ!スフィンクスに誓うよ。」

照明OFF

ナレーション・医師

その数日後、二人は彼女の父親に結婚の承諾を得ることになりました。

照明ON

場面2・家(娘さんを下さい的な) 2分

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父 「いらっしゃい。

おや、今日はどうしたんだい、妙に真剣な顔して。」

男 「おじさん、実は、今日は大事な話があるんですが・・・」

父 「何だい?」

男 「あの・・、娘さんと結婚させて下さい。」

父 「け、けっこん?」

女 「そうなの、私たちが付きあっていること、お父さんも知ってるでしょ。

彼がエジプトに転勤するから、二人で向こうで暮らすことにしたの。

いいでしょ?二人で決めたことなの。お願い。」

男 「お願いします。」

父 「しかし、君たちはいとこ同士じゃないか。」

女 「確かにいとこ同士だけど、いとこ同士が結婚しちゃいけないなんて聞いたこ

とないわ。

藤井フミヤや管直人だっていとこと結婚したって聞いたわ。」

父 「うーん。確かに二人が好き同士で結婚したいのは分かる。

しかし、いとこ同士の結婚は障害を持った子供を産みやすいらしいじゃない

か。

聞いた話によると、普通のカップルから生まれる子供よりもずっと高い確率

で生まれるらしい。

君たちは今はお互いのことしか考えてないだろうが、

生まれてくる子供のことを考えてみなさい。」

父・立ち上がり二人に背を向ける

男 「そんな・・・。」

女 「じゃあ、お父さんは結婚を許してくれないの?」

父 「ああ、そんなリスキーな結婚を許すわけにはいかん。」

照明OFF

ナレーション・医師

二人はやりばのない悲しみでいっぱいでした。

突然知らされた事実に、お互いがいとこであったことを恨むしかありませんでした。

そんなとき、近くの大学に遺伝カウンセリングというものがあって、

いとこ婚の相談ができることを知り、わらにもすがる思いで遺伝子診療部の門を叩い

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たのです。

照明ON

場面3・病院(遺伝カウンセリング) 4分

医師 「今日はどういったご相談ですか?」

男 「僕たち結婚を考えているんですが、実はいとこ同士なんです。」

医師 「なるほど。」

男 「彼女の父から、いとこ婚の子供は障害を持った子供が生まれやすい

から結婚は認めないと言われまして・・。

インターネットで調べてみたら、確かにそのようなことがたくさん書いて

あって。

そのせいで、いとこ婚をあきらめる人も多いようだし・・・。

でも、僕たちはどうしても結婚をあきらめることができなくて。

それで、今日は相談に来ました。」

女 「どうなんですか?本当にそんなリスクがあるんですか?」

医師 「そうですねぇ・・・。

おとうさんは何て言っておられたんですか?詳しく聞かせて下さい。」

女 「いとこ同士から生まれる子供は他のこどもに比べて

10倍も病気の子供が生まれる確率が上がるとか、

病気の種類によっては100倍にもなるみたいなことを言ってました。」

男 「インターネットにもそんなことが書いてあって、

だから兄弟のような近い親族同士の結婚は法律で禁止されているみたい

で。」

医師 「では、なぜいとこ同士が結婚すると

病気の子供が生まれやすいと思いますか?」

女 「血が近いから?でしょうか?」

医師 「血が近いとはどういう意味ですか?」

女 「いえ、よく分かりませんが、そんな表現を聞いたことがあったので。」

医師 「彼はどうですか?」

男 「血が近いというか、遺伝的に近いということを聞きました。」

医師 「そうですか。少し難しい話になるかも知れませんが、遺伝子について説明し

ましょう。

遺伝子というのは両親から半分ずつ受け継がれ、親子や兄弟は遺伝子の1/

2が同じなんです。

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そして、あなた方いとこ同士は1/8の遺伝子を共有していることになりま

す。」

女 「1/8ですか・・・それって、つまり血が近いってことですよね

それが私たちの子供の障害と何の関係があるんですか?」

医師 「そうですね。お二人は遺伝病という言葉は聞いたことありますか?」

男 「親の病気が子供に遺伝する病気ってこと・・・だよなぁ?」

女をみやる

女 「んーそういうイメージだよね。よく嫁姑問題とかで、嫁のせいで子供が病気

にってイヂメラレる

とかってドラマあるよね」

医師 「じゃあ普通の夫婦ではどれくらいの頻度で生まれると思いますか。」

男 「え!?正常な夫婦からは遺伝病の子供は生まれないんじゃないんですか?」

女 「えー一万人に一人ぐらいは生まれるんじゃない?」

医師 「実際、他人同士の夫婦からも遺伝病の子供は生まれます。遺伝子に新しく変

異がおこると、

親が遺伝病じゃなくても子が発症することがあります。

その確率がだいたい3%~5%と言われています。」

男 「へぇ、そうなんですか。」

医師 「ところで、いとこ結婚では、その確率がどのぐらい増えると思われます

か?」

女 「ん~~~、30%ぐらいですか?」

男 「そうかなー?やっぱり50%ぐらい増えそうじゃない?(女を見ながら)」

医師 「ある遺伝子に変異があるとすると、いとこのがその変異した遺伝子を持つ確

率は

さきほど説明した通り、1/8となります。

その確率を一般の人が変異を持つ確率を掛け合わせると、

(ためて)一般に近親婚の夫婦で遺伝病の子供が生まれる確率は

全体として1~2%増加する程度だと言われています。」

女 「え?そうなんですか!?(うれしそうにして)

たっちゃん!!よかったね。いとこ同士だからってあんまり普通と変わらな

いぢゃない。」

男 「そうだね。思っていたよりもずっと少ない確率なんですね。

ただ、おじさんを説得しなきゃいけないし、

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3%のものが1、2%増えるって聞いてもまだちょっとピンとこない

なぁ。」

医師 「もしよろしければお父さんとご一緒に来ていただいても構いませんよ。

ただ、最終的にはお二人で決める問題ですので、二人でゆっくりと話し合っ

てみてください。」

男 「はい、分かりました。どうもありがとうございました。」

二人は礼をして席を立つ

照明OFF

ナレーション・男

それから月日は流れ、達也がエジプトに出発する日が近づいてきました。

そんなある日、南は再び医師のもとを訪れたのです。

照明ON

医師 「それで、どうすることにされたのですか?」

女 「やっぱり私たち一緒にエジプトで暮らすことになりました。」

医師 「そうですか、それはよかったですね。」

女 「あれから、二人でいろいろ話したんですが、確率が1、2%増えるってどう

ゆうことだろうって

考えているうちに、そんな確率なんかよりも二人が出会って、好きになった

という偶然の方が

ずっと大事なんじゃないかって思えてきて・・・。

そんな偶然の中から、生まれてきた二人の子供なら

なおさら神秘的で・・・、

たとえ障害を持っていてもきっと愛せるだろうって思ったんです。

先生、どうもありがとうございました。」

医師 「いえ、少しでも力になれて何よりです。それではお気をつけてエジプトに

行ってきてください。」

照明OFF

ナレーション・男

数年後、二人はエジプトで元気な男の子を授かり、「和也」という名前をつけたそう

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です。

おしまい。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

30. テーマ:糖尿病に関する遺伝カウンセリング

31. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:患者の遺伝病に対する知識の欠如。

(イ) 問題点2:現在では遺伝子検査で糖尿病の検査ができないこと。

(ウ) 問題点3:詳しく調べるには、家族の詳しい病歴等が必要であり、クライエントだけでなくその家族にも話

し合ってもらう。

32. 出演者

(ア) 裕子:クライエント。妊娠 3 ヶ月。

(イ) 姉:クライエントの姉

(ウ) 内科医師:糖尿病の内科的説明を行う

(エ) 遺伝カウンセラー:遺伝外来担当医

33. 出演者の思い

(ナ) 裕子:姉が糖尿病の疑いがあると知り、家族に糖尿病罹患者が多いことに気づく。そして将来は自分や

おなかの中の子も罹患するのではと不安。

(ニ) 姉:自分が糖尿病かもと検診で知らされ、母のような透析を受けなくてはならないのかと心配。

(ヌ) 内科医:糖尿病は人によって個人差あるから、そのことを伝えて安心させないと。あと糖尿病は生活習慣

が大事だからそれも伝えないと。

(ネ) 遺伝カウンセラー:糖尿病の遺伝検査は難しいから、それ以外の情報で何とかできる限りののことを伝え

てあげないと。

34.

(ア) 各自の感想遺伝医学ロールプレイ実習を終えて、改めて実習期間中の出来事を思い起こしてみると、私

はロールプレイ実習の演技自体にはあまり熱心とは言えず、他の班の熱心な演技には驚いた。劇の内

容を考えるにあたって、私たちの班が特に気をつけた点はリアリティであった。私個人の感想としては、

糖尿病というテーマは遺伝カウンセリングがし難く、台本を作るにあたって中心的な役割を果たしてくれた

佐藤さんもその点で最も苦労していたように思う。この実習で患者さんと医師の両方の立場から考えるこ

とが出来た事によって今後、医療に携わってゆくにあたって通常の授業では得られないものを手に入れ

ることができたように思う。

(イ) 先生がおっしゃっていたように、正直最初はなんでこんなことやらなきゃならないのだろうと思っていまし

た。しかも、糖尿病という遺伝病・遺伝カウンセリングと一見関係なさそうな題で、さらに班員もほかより少

なく、とてもやる気がでるような状態じゃありませんでした。しかし、班の人と打ち合わせを進めていくうち

に、次第にこれはやりがいのある実習かもと思い始め、本番ではかなり真剣に取り組めました。発表の

あとのクラスの人の意見ではかなりダメだしを食らいましたが、自分たちにとってはちゃんと出来上がった

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のでよかったと思います。といっても原稿のある劇なので、感情を入れて演ずることは難しく、実際医師に

なったときにはちゃんとできるのかという不安も残りました。でも、この実習がなければいきなり実践なわ

けで、そういう意味で考えるいいきっかけになりました。医師に近づくたびに、今回の実習を思い出したい

と思います。

(ウ)

糖尿病が、ロールプレイングの対象となる遺伝疾患の中に存在している事に先ず驚きました。糖尿病は、

どうしても環境要因の影響が強く、遺伝要因の影響が皆無ではないにしろ、皆無に近い疾患と言うイメー

ジがありました。

調べてみると、確かに単一遺伝子病や、遺伝要因の影響が強い多因子遺伝病も存在しましたが、糖尿

病全体から見ると極々僅かで、99%近くは日常の生活環境と感染による自己免疫疾患などが病因とな

っていました。

この事実に加えて、糖尿病と遺伝カウンセリングの結びつき難そうなイメージが、寸劇を作るに

当たって大きな悩みとなりました。

第一に私が疑問に思ったことは、糖尿病(ミトコンドリア糖尿病等の単一遺伝子病は除く)と診断された患

者が、遺伝カウンセリングを訪れるかと言う点でした。

もし仮に自分が糖尿病と診断されたら、内科医や栄養士運動インストラクターの所に話を聞きに行く事は

あるでしょうが、遺伝カウンセリングに行く事は、まずないと思いました。

増して、自分が罹患していない状況で、家族に糖尿病患者が多いと言う理由から遺伝カウンセリングを

訪れることなど、絶対ないと言い切れます。

しかし、この様に考える理由の一端は、私が身近に知っている糖尿病患者が、十年以上服薬のみで、何

の合併症も発症せずに健康的に暮らしている事だと、糖尿病患者の体験記等を読んでいるうちに気づき

ました。

身内に一人でも透析を受けている糖尿病患者がいる場合、ご家族の糖尿病に対する認識は、私の糖尿

病に対する認識に比べ、非常に深刻なもので、糖尿病予防に対する熱意も大きく感じられました。

この事から、単一遺伝病に属する糖尿病でなくても、遺伝カウンセリングに行くという状況が無理なく受

け入れられる様に思われ、家族に多因子遺伝病に属する糖尿病患者が多いという設定で、遺伝カウン

セリングの患者が出来上がりました。

調べていくうちに、もう一つ印象的だったのは、糖尿病に対する分類で、遺伝関係の書物にはⅠ型Ⅱ型

Ⅲ型まで記述されていましたが、他の医学関係の書物(例え内科関係の書物でも)では糖尿病の分類は

Ⅰ型Ⅱ型でした。これは、医師たちの間でも、糖尿病が遺伝病として捉えられ難い現状を反映していると

思います。

寸劇を作るに当たっても、遺伝カウンセリングの専門医は良いとして、内科医がⅢ型まで糖尿病を説明

するのか、そもそも内科医に糖尿病=遺伝病という認識が存在するのかという所で、非常に悩みまし

た。

実習後の教授のコメントで、遺伝病と言うのはレアなものだという認識が強いが、そうではなく、一般的な

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病気も遺伝病に属す場合はありうるというコメントで、最初から個人的に感じていた違和感のようなもの

の正体が、自分でも良く分かりました。

どうしても、遺伝病というのは何百人、何千人、場合によっては何万人に一人という疾患としてのイメージ

が強く、糖尿病のように多くの患者を抱える疾病とは結びつき難かったのだと、寸劇を終えてから理解し

ました。

寸劇を作るに当たっては、ミトコンドリア糖尿病を除く糖尿病では遺伝子検査が確立しておらず、家族歴

を細かく調査していくほか内という、白黒が今一つはっきりしない点でも、話が全然展開せずに悩まされ

ました。しかし、この手の悩みは、多因子遺伝病と思われる糖尿病で遺伝カウンセリングを受けに来た

方々は、もっと強く感じる苛立ちや歯痒さなのだろうとも思いました。

患者の立場、医師の立場を考えるに際して、それぞれがどれ位知識を持っているかとか、何処まで理解

を示すことが可能かなどを考えずには寸劇を作れず、その点では、幾つもの視点を持って糖尿病と言う

ものを考えることが出来たと思います。

35. シナリオ

ナレーション:市内のとある病院にて

カウンセラー えぇと、佐藤さんですよね。現在はうちの病院の産婦人科に受診中で…

患者 はい

カウンセラー こちらにいらっしゃるのははじめてですよね。今回は相談をご希望とのことですが、どのような相談でし

ょうか?

患者 はい、実は…

PLLL PLLL

ナレーション: 回想始まります

患者 もしもし、姉ちゃん?どうしたの?

姉 うーん、元気かなと思って。前に電話したときはつわり苦しんでたみたいだし

患者 あぁ、つわりね。うん、割と軽くすんだみたいで今はもうぜんぜん大丈夫体調も良いよ。

お姉ちゃんも元気?

姉 …それがさぁ、そうでもないのよ。

今日会社で、健康診断の結果が返ってきたんだけど、糖尿病の疑いありって診断されちゃって…

患者 え、糖尿病…

お母さんと確かお祖母ちゃんも糖尿病だったよね

姉 そうなのよ…

患者 じゃあ、お姉ちゃんも透析受けなきゃいけないの?

姉 …よくわからないけど、糖尿病の疑いってだけで、絶対に糖尿病ってわけじゃないみたい…詳しくは病院に行っ

てこいってカンジで。それにもし糖尿病でもまだ軽い状態らしいから、透析は受けなくていいみたいだけど…

患者 …お母さん、週に三回病院通うの大変だって言ってたわよね。

姉 そうなのよ、私も糖尿病って言われてそのことを思い出しちゃって。裕子は覚えてないだろうけど、お祖母ちゃん

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も透析受けてたし。

患者 え、お祖母ちゃんも透析受けてたの?

姉 うん、お祖母ちゃんも受けてた…お母さんずっと病院にお祖母ちゃんの送り迎えしてたし、お祖母ちゃん透析の

ために、血管の手術を受けたこともあったから、自分は絶対に透析とか受けたくないって言ってたのに… そ

の上お祖母ちゃん、ほとんど目が見えなかったの覚えてる?あれも糖尿病のせいだったんだ。

患者 うわー、そういえばそうだったよね。

姉 お母さんもさぁ、はじめは糖尿病軽かったんだよね。

…それがどんどん進んで、今じゃ透析受けてるし。

患者 うん

姉 …そういう事を考えると、私も今はいいけど、そのうち透析が必要になるんじゃ?ってきがしてくる

患者 …そうなのかなぁ

姉 …あんた今いくつだっけ?

患者 えぇと…二十八歳

姉 私は三十九。でもお母さんが糖尿病見つかったのって五十くらいだったんだよね

患者 確か…私が高校入学した年だから、四十八だと思うけど

姉 それでも今のわたしより九歳年上だわ。 …糖尿病って年を追うごとに悪くなるらしいんだよね

患者 …でもさ、景子叔母さんも糖尿病らしいけど、もう二十年くらい薬飲んでるだけみたいだし、ずっと軽い場合も

あるんじゃない?

姉 だといいんだけど… はぁ…

患者 うん…ねぇ今思ったんだけど、うちの家族糖尿病多いよね

姉 そうだったかしら?

患者 うん。だって、お祖母ちゃんでしょ、お母さんでしょ。それから景子叔母さん、お姉ちゃんはまだ分からないけど、

疑いがあるわけだし。

姉 そうねぇ、そう言われると、お母さん三人姉妹だけど、その内二人は糖尿病よね。

患者 ……ねぇ、もしかしてだけど、うちって糖尿病になりやすい家系なんじゃ。

姉 はぁ?何言ってんの?糖尿病って生活習慣病でしょ。

それって、要するに普段の生活で病気になるかならないか決まるんじゃないの?

患者 そうなんだけど……。でも、癌になりやすい家系ってあるじゃない。この前テレビ見たんだけど、糖尿病でもなり

やすい家系とかあるらしいの。

もしも、うちが糖尿病になる家系なら、私も、それからお腹の子も将来糖尿病になって、透析を受けたり目が

見えなくなるって事でしょ。そんな事、旦那になんて謝れば……それに、もしお姑様(おかあさま)に知られたら、

どんな風に言われるか……。

姉 ちょっと、落ち着きなさいよ。

何もそう言う家系って決まったわけじゃないでしょ

患者 でも………。

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姉 それに糖尿病だからって、絶対に透析を受けなきゃいけないってわけじゃないでしょ。

あんたがさっきそう言ったのよ。

患者 でも、お母さんも、お祖母ちゃんも……。

姉 そんなに心配なら、今度の定期健診のとき、お医者さんに聞いてみれば?

お医者さんなら、きちんと分かるだろうし。

患者 そうね……。うん、そうしてみる。

姉 そうしなさい。(電話を切る)ったく、何で相談する為に電話した私が、相談に乗っているのかしら。

ナレーション:こうして佐藤は医師に相談し、内科を紹介された。

内科医 糖尿病は大きく分けて、Ⅰ型とⅡ方があります。

患者 どう違うんですか?

内科医 そうですね……。インスリンというものをご存知ですか?

患者 はい、聞いたことがあります。何でも、血液の中の糖分を下げるとか。

内科医 その通りです。インスリンとは、血液中の糖、つまり血統を下げるホルモンなんです。

糖尿病は、要するに血糖が上がる病気です。

その理由は様々で、Ⅰ型ではインスリンが、体の中で殆ど作られなくなる事で生じます。

Ⅱ型はインスリンの分泌される量が減る、又はインスリンの聞きにくい体質となる事で血糖値が高い状態にな

ります。このⅡ型が、糖尿病の中では一番多くて、95%はこれです。

患者 あの……糖尿病になったら、最終的には絶対に透析を必要とするくらい悪くなってしまう者なのでしょうか?

内科医 そんな事はありませんよ。食事療法や運動療法で、糖尿病の進行を食い止めることもある程度は出来ます

し、場合によっては糖尿病が完治する事もあります。

例え食事療法と運動療法で防ぎきれなくても、最近では治療薬も色々と有効なものが作られています。糖尿病

イコール透析では絶対にありません。

患者 そうですか。あの、もう一つお聞きしたいのですが、糖尿病になりやすい家系ってあるんですか?

内科医 Ⅱ型は普段の食生活との関係が強いとされていますから、家族で同じ食事をしているならどうしても糖尿病

の多い家族というのはあるでしょうが…

患者 でもうちの母と祖母は十代後半から 20 年くらい別々に暮らしていて、食べ物の好みも全然違っていました。

それに以前テレビでですが、糖尿病になりやすい遺伝子があるとか言っていて…そういうのって検査とかでわか

るのでしょうか?

内科医 そうですね…。うちの病院にその手の相談などを専門に扱う遺伝診療部というものがありますから、よろし

ければ一度そちらにそうだんしてみませんか?

ナレーション:こうして佐藤は遺伝診療部にやってきた。以上回想終了です。

患者 糖尿病は、遺伝する病気なんでしょうか? そもそも遺伝する病気で、なりやすいとかなりにくいとかどういう意

味なんです?

カウンセラー そうですね… まず病気と遺伝の関係についてお話しましょう。病気や怪我を遺伝との関係で見た場

合、このような図になります。

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単一遺伝病とは遺伝要因…つまり生まれつき病気の発症が決まる病気です。

多因子遺伝病というのは遺伝要因と環境要因…生まれつきの性質と日常の生活や環境で病気の発症が決

まるものです。

怪我などは環境要因のみに決定されますが、病気の大部分は多因子遺伝病なんです。たとえば、風邪やイ

ンフルエンザなんかも多因子遺伝病に分類されます。

この多因子遺伝病というのは、とにかく幅が広く、生まれつきの誠意質と環境が及ぼす影響の比率は病気に

よって実に様々なんです。

患者 糖尿病は多因子遺伝病なんですか?

カウンセラー 本当に極々わずかに単一遺伝病である糖尿病も存在します、最近ではⅠ型・Ⅱ型に加え、Ⅲ型という

ものが存在しますが、Ⅲ型の代表例であるミトコンドリア糖尿病が単一遺伝病ですね。しかし大部分、糖尿病

の九十九%くらいは多因子遺伝病です。いわゆる生活習慣病と呼ばれる糖尿病は多因子遺伝病なんです

よ。

患者 そういうのって検査か何かでわかるんですか?

カウンセラー 単一遺伝病の糖尿病か、多因子遺伝病の糖尿病か、ですか?

患者 はい

医師 現在研究中、という状況ですね。

様々な取り組みや試みが行われてい;ますが、実際臨床の場で適応できる検査は皆無に近いのが現状で

す。

患者 じゃあ、結局はわからないんですか?

医師 そうですね、現在の糖尿病の遺伝子診断は、家系図や詳細な家族歴からの推測が主流です。

患者 …推測ですか

医師 はい。でも詳細な検査結果があれば、かなり真実に近づけますよ。

患者 うちの家系がどれくらい糖尿病になりやすいかとかもわかりますか?

医師 そうですね… ある程度までならわかると思います。

ただし、そういったことを調べる場合、佐藤さん個人の情報だけでなく、ご家族の情報や協力が不可欠となり

ます。もし、詳しく調べたいと思われるなら、ご家族とよくお話しの上で結論を出されるべきだと思います。

患者 わかりました。一度家族と相談してみます。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

36. テーマ:家族性大腸ポリポーシス

37. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:いずれは確実に大腸癌を発症することから、告知は癌告知と同様の扱いであること

(イ) 問題点2:大腸切除術がほぼ必須だが、症状がないため必要性の納得は難しいこと

(ウ) 問題点3:先天性のものではないために、小児の遺伝子検査はむやみに行ってはならないこと

38. 出演者

(ア) 沓名:患者

(イ) 小林:遺伝外来担当医

(ウ) ナレーション:ナレーション

(エ) 佐々木:主治医

39. 出演者の思い

(ノ) 沓名:急に大腸を切れと言われ困惑し、さらに子供に遺伝することを危惧する

(ハ) 小林:適切な処置で最悪の事態は避けられると伝えるが、納得は難しいこともわかっている

(ヒ) 佐々木:主治医として実情を伝え、できるだけ沓名の側に立とうとする

40. 各自の感想

(ア) この遺伝ロールプレイを通して考えたのは、自分が患者の立場だったらどう思うか、何を聞きたいかとい

うことでした。家族性大腸ポリポーシスでは予防的大腸切除が行われますが、その切除範囲を選ぶこと

ができます。僕だったら大腸ガンの危険性を抑えることと、大好きなサッカーができることを両立させた選

択をし、定期的な検診でガンとポリープの発生を監視していくだろうと思います。また堅苦しくなってしまっ

ては見る側も面白くなくて、興味をもってもらえないかもしれないので、ネタを入れるのもありだと思います。

カウンセリングする医者のセリフでは資料を読んで、留意すべき点など調べることで、医者側、患者側の

立場を客観的に見ることもできました。

(イ) 多くの学生が感じたことと思うが、最初この実習の意義は良くわからなかった。「なぜ自分が茶番劇(失

礼)を演じなければならないのか」という疑問に答えるすべを、自分では持ち合わせていなかったのであ

る。しかしながら、実際に病気のことを調べ、脚本作成に当たっていくうちに、患者当人の立場はどうなの

か。医師はどうするべきであるのか。家族は…など、色々な方面に心をはせ、色々な心情を汲み取ろうと

した。臨床的な“知識”は何もわからないが、少しでも“こころ”の部分で臨床的なものに触れることを、こ

の実習は可能にしてくれた。もちろん、本当の当事者の心ではないけれども、自分だったら、他の班員だ

ったら、といった立場に当てはめて、我々はこの脚本に当たることができた。だから、“こころ”の部分は臨

床的なものに近づけていると、自分では思っている。評価の高かった班に比べて、若干淡々とした感の

ある脚本であり、上位に入れなかったのはそこらへんであろうと思っているが、脚本に関して悔いはない。

これから、講義はさらに臨床的な“知識”の部分へ突入していく。この実習でえた、臨床的な“こころ”の部

分を、忘れるようなことがあってはならない、そのように感じた。

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(ウ) 私は今回,寸劇という形で,遺伝子疾患への対応の難しさと,遺伝カウンセリングの重要性を学んだ。班

員が色々調べ物をしてくれ,資料も豊富にあり,教科書的にはこの疾患についての知識は満足のいくも

のだったが,それでも患者さんと向き合って,それを説明し,患者さんが納得をしていただくまでには,多

くの労力が必要であると,この寸劇を通じて痛感させられた。私たちが患者さんの台詞までを考えてしま

うのは,偏ったシナリオを作ってしまうのではないかと危惧したこともあったが,班員と一緒に出来るだけ,

医師と患者の苦悩を両者とも上手に描がけられるように心がけ,医師としてあるべき姿を学ぶことが出来

た。しかし,まだまだ課題も多い。実際のカウンセリングの現場に私たちが立つことになったとき,この経

験を生かして,患者さんに可能な限り納得していただけるような,対応を取れる医者になれるよう,目指し

て生きたいと思う。

(エ) 数時間にわたって準備をしてきた集大成たる寸劇は、わずか 10 分である。10 分では大したことはできな

い。本当の遺伝カウンセリングでは 10 分では挨拶しかできないだろう。とすると、実習の主眼は、劇自体

ではなくその過程たる準備段階にあったと考えるのが自然である。その過程において最も注目すべきこ

と、それが「ロールプレイ」である。その人物になりきるという手法は、様々な分野で広く行われていること

であるが、それは物事を様々な角度から眺める訓練の一環である。と簡単に記してしまったが、違った角

度から物を見るというのは全く簡単なことではないと思う。人間は自分の顔の正面にしか目を持たないの

だ。遺伝カウンセリングに限らず、医師のような専門性の強い職業においては、物事を真正面から見続

けているために目を動かすことをしばしば忘れてしまう。しかし、患者さんにとってそれは大変な不幸であ

る。正面からだけでは、物事の理解は薄っぺらいものになってしまう。医療者の立場からするとこうだけ

れど、患者さんの立場から、家族の立場から、恋人の立場から見たらどう見えるのか。それを考えること

は、物事の認識に深みを持たせる上で大変重要なことであり、また難しくトレーニングを要することである。

私は、今回の実習でその深みを十分に出せたとは思っていない。これからも日々精進し、その技能の習

得に努めねばならない。今回の実習に対する感想はそれに尽きる。

41. シナリオ

ナ:沓名さんは、しばらく下痢が続いたので、病院を受診しました。内視鏡検査を受け、その結果、診断は「家族性大

腸ポリポーシス」でした。主治医にカウンセリングを薦められ、主治医と共に遺伝子診療部を訪れました。

く:「あの~、先生は先ほど、家族性大腸ポリポーシスといわれましたが、これはどういうことなのでしょうか?」

さ:「家族性大腸ポリポーシスとは、大腸にたくさんのポリープができる病気です。先ほどの検査であなたの大腸に多

くのポリープが見つかりました。この病気は、遺伝子の病気ですので、こちらの診療部まで来ていただきました。」

こ:「主治医から聞きましたが、2年前にあなたのお父様が大腸がんで亡くなったそうですね。おそらく、お父様の病気

の遺伝子が、あなたに受け継がれたと思われます。」

く:「そうなんですか!?…で、どうなっちゃうんでしょう?ポリープができると何かまずいんでしょうか。」

こ:「ポリープのうちはそれほど怖い病気ではありませんが、しかしこれが最終的に大腸癌に発展してしまう可能性が

非常に高いのです。幸い沓名さんの場合、まだ癌にはなっていないようですが、将来癌になる可能性が非常に高い

ということになります。」

く:「癌ですか!?…なんとかならないんでしょうか?」

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こ:「残念ながら、この病気になれば、最終的にはほぼ確実に癌になります。」

く:「防ぐことは無理なんでしょうか…?」

こ:「癌になる前に対策をとることが大切です。これからずっとこまめに検診を受け続けていただくか、前もって大腸を

切除してしまうかのどちらかになっていくと思います。」

く:「大腸を切ってしまうんですか!そんなことして大丈夫なんですか?」

さ:「大腸切除というのは、この病気の患者さんでは最も多く行われていることなんです。たしかに、大腸を切ってしま

うので、生活に影響が出ますが、その度合いは肛門機能を残すかどうかで変わってきます。肛門まで取り除く手術で

は、人工肛門にしなくてはならず、排便に関して困難が多くなりますが、大腸癌になる可能性はほぼなくなります。」

く:「えっ?肛門をとってしまうんですか?」

さ:「肛門機能を残すような手術もありますが、大腸をすべて取り除くわけではないので、当然その分大腸癌になる可

能性は残ります。しかし、排便に関する困難はそれほどありません。切らないでこまめに検診を受けていただく場合

にも、症状が悪化した場合は結局大腸を切除する必要が出てきます。厄介なのは、癌ができる前に手術するのと、

後でするのでは、将来的な生存率に大きな差があることです。あまり先送りにすると、手遅れになってしまうんで

す。」

く:「では大腸を切ってしまえば安心なんですね?」

さ:「たしかに、切除すれば大腸がんの危険性は減ります。しかし、それでこの病気が治るというわけではないのです。

この病気の遺伝子を持つ方は、大腸以外の消化管―胃とか十二指腸とか―の癌にもなりやすいと言われています。

そのため、切除後も、定期的な検診は必要になります。」

く:「はぁ…何かいきなり色々言われて、混乱しているみたいです。急に癌になると言われても実感が湧かないですね。

それに大腸を切れといわれても…。なんだか悪い夢でも見ているようで…」

こ:「でもこれは現実です。あなたは家族性大腸ポリポーシスで、放っておけば癌になってしまうんです。とはいえ、急

に納得してくださいというのも、無理なお話かもしれませんね。まずは、ご家族と話してみてはいかがでしょうか。ご家

族とじっくり話し合ってこれからのことを決めていきましょう。あせることはありません。」

ナ:「沓名さんは家に帰り家族と話し合いました。数回のカウンセリングを経たのち、肛門機能を残す大腸の摘出手

術を受けることを決め、手術を受けました。そして、次のカウンセリングの日…」

く:「先生、妻が妊娠してしまっていたんです。」

こ:「そうですか。それはおめでとうございます。」

く:「おめでたくなんかないですよ。たしか、この病気は子供に遺伝するんですよね。私の子供にも遺伝してしまうんで

すか?」

こ:「確かにこの病気の原因となる遺伝子は親から子供へ 50%の確率で遺伝します。この遺伝子を持ってしまうと、

将来的にほぼ確実に病気になってしまいます。」

く:「遺伝しているかどうか調べる方法はありませんか?」

こ:「今まだお子さんは生まれていないので、知るとすれば出生前診断をするということになります。この病気の出生

前診断は、技術的には可能ですが、一般的には行われていません。というのは、この病気の発症は大抵は成人後

ですので、危険を冒して出生前診断を行う意義は薄いのです。」

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く:「一般はともかくとして私は検査を受けさせたいのですが。」

こ:「この病気の出生前診断の倫理的な問題はまだ論議すらされていないのです。海外でも十分な論議のないまま

検査を行って問題になったことがあります。」

く:「そんなことはどうでもいいんです。私は知りたいんです。」

こ:「では沓名さん、もしもお子さんに遺伝していることがわかったらどうなさいますか。」

く:「それは…例えば中絶するとか。だって将来癌になることを運命付けられているんですよ!かわいそうです。」

こ:「残念ながら、病気が遺伝していることを理由に中絶することは法律で禁止されているんです。」

く:「じゃあどうしろっていうんですか!私の子供の問題なんですよ。苦労するのはあなたじゃなくて私と子供なんで

す。」

こ:「先程も申し上げた通り、この病気の発症は大抵成人後です。癌になるのも中高年になってからがほとんどです。

今まで沓名さんが普通に過ごしてこられたように、お子さんも普通に生まれ、普通に育っていけるんです。しかるべき

時にしかるべき処置を行えば、一生そのまま生活していくこともできるんです。じっくり病気と向き合っていきません

か?」

さ:「我々もこれからもずっとお力添えをいたします。」

く:「…すみません、取り乱しました。では、生まれてから遺伝子の検査を受けさせることになるんでしょうか?」

こ:「確かに、そういうことになりますが、その場合、自分が将来病気になることを知ってしまうお子さんの気持ちを考

えなければなりません。」

く:「それはどういうことでしょうか?」

こ:「確かにポリープの発症は10代20代からみられますが、本当に防がなければならないのは大腸癌なんです。先

程も申し上げたように、癌の発生は大抵中高年になってからです。遺伝子検査は検査の精度の問題で、原因の遺伝

子の存在を 100%見つけられるわけではありませんし、陽性と出た場合には自分が将来病気になってしまうことを運

命づけられることになります。小さいうちに検査してそれを知ってしまうことは、ずっと後の病気のために精神的に大

変な負担をかけることになりかねません。」

く:「…そうですね。しかるべき時まで黙っていた方がいいですね。」

こ:「いえ、お子さんに早い段階から少しずつ病気のことを話していく必要があるということもまた事実です。お子さん

の成長に合わせて、病気の遺伝子をもっている可能性があることを少しずつ説明して、お子さんが結果を受け入れ

られるようになってから検査を考えていきましょう。」

く:「そうですね。これからも長くお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします。」

さ:「これからが本当の始まりです。協力してやっていきましょう。よろしくお願いします。」(3人握手そのまま)

ナ:こうして、沓名さんに突然に訪れた家族性大腸ポリポーシスという問題は、一つの区切りを迎えました。しかし、こ

れは終わりではありません。沓名さん自身、そして子供や孫たちまで続く遺伝子の病気との長い付き合いの始まりな

のです。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート(ひながた)

42. テーマ:口唇口蓋裂

43. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:予後は良いことを説明する。

(イ) 問題点2:多因子遺伝の機序を説明し、誰でも易罹病性を持っていること、および他の遺伝性疾患とは無

関係であることを説明する。

44. 出演者

(ア) 妻(シミ子):患児の母

(イ) 夫:患児の父

(ウ) 祖母:夫の母

(エ) 医師:遺伝外来担当医師

45. 出演者の思い

(ア) 妻(シミ子):生まれてくる子供が先天異常を持つことを知らされショック。一度説明は受けたが整理しきれ

ていない。自分のせいではないかと落ち込む。

(イ) 夫: ショックを受けているが、むしろ母親を説得できるか心配。

(ウ) 祖母:生まれてくる孫のことを思うあまり、先天異常を持つことを認められないでいる。

(エ) 医師:おばあさんが納得できるよう、正確な情報をきちんと伝えよう。

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46. 各自の感想

(ア) 今回の実習を経験する前にも将来医師を目指す者として患者の立場にたち物事を考えるような意識は

あった。しかし、実習のシナリオを考えていくうえでシナリオをよくしようと思えば思うほど患者さんとその

家族の心情を繊細に捉えていくことを学んだ。実習が始まる前まではロールプレイングを快く思うことは

なかったが、シナリオを考えていく上で人の心のひだを真剣に考える良いきっかけになるのではないかと

思い始めてきた。少なくとも僕にとってはこのように思えて、今になりとても為になったと思える。

(イ) 遺伝ロールプレイの実習でドラマを作ると聞いたときには、授業でやったことと同じようなことで意味があ

るかどうかわからなかった。口唇口蓋裂というテーマを選んでは見たものの、調べてみてもこの疾患では

ほとんど完治する手術法もあるし、成人になってから特にハンデキャップを負うような障害も残さない。先

天異常にはちがいないがカウンセリングなどいるのかどうかと考えていた。しかし、ドラマを作る段階にな

って、気がついたことがある。それは、カウンセリングというのは患者のために行われるものであって、医

師がただ病気の説明をするのではないということだ。つまり、カウンセリングは患者やその親の不安を取

り除くことや、周囲の人が持っている誤解や偏見を取り除き前向きな気持ちで治療をして希望を持つため

にすることが重要である。そのために正しい知識を提供すると同時に患者などの話を聞き不安に思って

いることを聞き出すきっかけとなるようにしなければならない。何回も患者側の視点で見る実習をしてきた

が、今回はそれを活かすことができた台本になった気がする。今回の実習を通して、医療者側の思う問

題点と患者が抱える悩みには違いがあるのではないかと思った。医療の世界では当たり前な、気にする

に値しないことでも患者は深刻に悩むこともある。それに世間体という名の社会的な偏見は時として障害

そのものよりもつらいものであるように思う。そのようなことを感じ取れて、とても意義のある実習だと思っ

た。

(ウ) 今回の実習メンバー4 人のうち 3 人が医学部寮生だったので、台本作りや読み合わせ、練習などは寮の

食堂で行った。当然ながら他の寮生の目に付き、様々なアドバイス、感想、冷やかしをいただいた。その

おかげで(?)何度も台本を書き直すことにもなり、また、外での撮影も行ったため、他の班よりも進行が遅

くなってしまった。しかし、そのおかげで今回のテーマである「口唇口蓋裂」や「遺伝病」について考える時

間が増え、より深い理解ができたと思う。賞品のバウムクーヘンもおいしかった。

(エ) まず設定が難しかった。祖母を登場させることを考え付いたことでまとまった内容にすることができた。遺

伝カウンセリングにおいては、いかに具体的に家族の悩みを盛り込むか。問題点の明確化、そしてそれ

を如何に解決するか、に焦点をしぼり練り上げていった。口唇口蓋裂という比較的解決しやすい症例だっ

たため、メリハリのある発表にできたのだと思う。疾患の情報収集から始めて、家族の直面する問題を真

剣に考えることはとてもためになったと思う。いろんな班の力作があり、見ていて飽きなかった。最後に賞

をいただいた時は努力が認められた気がしてほんとにうれしかったです。

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47. シナリオ

イントロムービー(無声)状況の説明が流れる

「口唇口蓋裂とその家族」

子供を授かった夫婦。異常がある疑いを説明され、改めて画像診断を受ける。

その結果、、、、、

子供が、口唇口蓋裂と分かる、、、、、

説明を受け一通りの理解をして、夫婦は家路に着いた、、、、、

シーン1 家庭 (部屋に入るシーンから始まる。)

妻 「お母さんになんて話そう?私わからない、、、、」

夫 「僕もまだ整理できてないよ、とりあえず、ありのまま話してみよう。」

妻 (うなずく)

家に入る。祖母(父方)が待ち伏せる。

祖母 「詳しい検査うけてきたんでしょ。 どうだったのよ?」

妻 「、、、、、、」

夫 「いいにくいんだけど、、、残念ながら、異常があるみたい。」

祖母 「えっ、、、、、、、どういういこと? どういういことなの? 意味わかんない」

妻 「、、、口唇口蓋裂、とかいう病気みたいです」

祖母 「口唇口蓋裂?? 生まれる前から病気ってなに? 口唇口蓋裂といえば、遺伝病じゃない?意味わか

んない。 」

夫 「、、、まぁ、そういうことらしい、、、、」

祖母 「ウチは代々、五体満足の立派な子を世に輩出させてきた。シミ子!!あんたのせいじゃない!意味わ

かんない!」

妻 「、、、、、、」

夫 「でも、まだ詳しく分かってないから。」

祖母 「いや、ぜったい産んではダメっ!!」

夫 「母さんも一回病院行こ…大学病院の遺伝子診療部というところを紹介されたから…詳しい話を

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聞きに行こう」

シーン2 病院

祖母 「先生、、、、口唇口蓋裂ってのは遺伝病なんでしょ?」

医師 「そうです」

祖母 「だったら、悪いのはこの嫁じゃないか?ウチの嫁が原因じゃないか?!ウチの家系ではそんな子生ま

れた事ないのに、、、、」

医師 「落ち着いてください、おばあさん。

遺伝病といっても親に原因があるとは一概に言えません。もちろん、親の遺伝子異常が子供の疾患に

つながっているものもあります。が、しかし、今回の口唇口蓋裂は多因子遺伝病と言われています。」

祖母 「多、、、因子、、、、、遺伝、、、」

医師 「そうです、多因子遺伝病です。」

祖母 「そんなことは分かってるよ。多因子の遺伝病でしょ?結局遺伝病なんじゃないか。悪いのは嫁だ。」

医師 「待ってください。多因子というのはいろいろな要因が原因になっているという意味です。いいですか?

単に遺伝子の異常ではありません。薬やX線ほかにもいままでにかかった病気、また年齢など色々なも

のがからんでいるんです。」

祖母 「そんなことは、わかってるよ、、、、」

医師 「だから、誰かを責めるということは出来ないんです。誰の責任でもないです。

それに、口唇口蓋裂に限らず遺伝病は誰にでも起こりえるんです。

口蓋裂、口唇裂、口唇口蓋裂をあわせると 600 人に 1 人。

つまり、小学校に一人はいるということです。」

祖母 「でも、、、、でもね先生、、、ビジュアル的なことは?言語障害だって見られるっていうじゃない?」

医師 「おばあさん、、、、ずいぶんと詳しいですね。

外見のハンデは手術により治療することが出来ます。いくつかの治療法も確立されています。

言葉の問題も適切な時期に手術を行えばハンデキャップとなることはありません。

私も口唇口蓋裂のお子さんを見てきましたけどほとんどのお子さんはすくすくと大きくなってますよ。

今は整理できないかもしれません。これから一緒に解決していきましょうね。」

祖母 「・・・」

医師 「それにしても、おばあさん。詳しいですね」

祖母 「・・・」

妻 「もしかして・・・おかあさん・・・」

祖母 「そうだよ! 調べさせてもらったよ。」(テレつつ、てやんでぃ)

先生の話も、全部分かってたんだよ。頭でわかってても、心がっ、あたいのここがっ

…納得しないんだよ!!」(熱い顔で、遠くを見つめる)

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旦那 「・・・かあさん」

妻 「・・・おかあさん」

医者 「・・・おばあさん」

祖母 (ニヤリ)

夫 「なんだかんだ言って、かあさんも僕ら三人のことを想っててくれたんだよ」(すごく爽やかに)

妻 「私、こういう時どういう顔すればわからない・・・」 (キモく照れる)

夫 「笑えばいいんだよ。」

妻 「そうだね。あなたは大丈夫、私達が守るから。」

エンディングスライド (小田和正「言葉に出来ない」♪)

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

48. テーマ:ダウン症候群の出生前診断

49. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:医師の態度は指示的になってはならない。

(イ) 問題点2:羊水穿刺には流産のリスクがあることを説明する。

(ウ) 問題点3:身体的なものだけでなく、サポートグループを紹介するなど精神的ケアもする。

(エ) 問題点4:法律的に疾患を理由とした人工妊娠中絶はできないが、経済的理由で中絶することもあること

を述べる。

50. 出演者

(ア) 医師

(イ) 夫

(ウ) 妻

(エ) ナレーター

51. 出演者の思い

(フ) 医師:ダウン症の人工妊娠中絶にはあまり乗り気ではない。

(ヘ) 夫:ダウン症に関しては無理解、子供がダウン症の場合は人工妊娠中絶を希望している。

(ホ) 妻:健康な子供が欲しいが、高齢のため子供に疾患があってもどちらかというと産みたい。

(マ) ナレーター:客観的に状況を説明する。

52. 各自の感想

(ア) この発表会はカウンセリングの練習、疾患についての知識の獲得もあるが、それ以上に医師、患者さん、

その周囲の人など、さまざまな角度からひとつの疾患について考えるきっかけになったという点でよい機

会であった。他の授業でも、患者さんの立場になって考えよう、とは言われるが、患者さんの周囲の人の

気持ちを考えよう、とはなかなか言われない。だが、患者さん中心の医療が叫ばれている昨今、そのケア

に中心的な役割を果たすであろう周囲の人が何を考え、医療に何を求めるのかを考える貴重な機会に

なり、有意義な時間だった。時間が許せば自分の演じた以外の役のセリフも読み直してみたいと思う。

(イ) 今回のロールプレイングを終えて遺伝カウンセリングを行う際には、相手の感情をよく考えてカウンセリン

グする必要があることがわかった。

他の班に比べて僕達の班はストーリーがつまらなく、感情もあまり現さないようなものだったが、カウン

セリングでよくない結果が診断された場合、やはりもっと感情的になるものだったなと思った。

(ウ) 今回のロールプレイング実習を通して悩まされることが数多くあり有意義な時間を過ごすことができた。

カウセリングに来院する人の立場に立ってせりふを書いて演じることは容易ではなく、思った以上にせり

ふ作成に時間がかかった。一つ一つの言動を注意しなければならないという意識があったからだが、そ

れだけカウンセリングはデリケートなものなのだと感じた。そして、カウンセリングがどれだけ大変なことで

あり、むずかしいことかを身にしみて感じることができた。また、発表会では貴重な論評をたくさん聞くこと

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ができ学ぶことが多かった。「赤ちゃんは作るものではなく、授かるものなのだ。」と福嶋先生が注意され

ていたのは印象的だった。何気なく使っている日常会話が不適切であることもありうる。言われてみれば

当たり前なことだが、案外気づきにくいことだ。今後、僕たちは医師になってからは不適切な言動により

患者さんを傷つけてはならない。気づいたらいやな先生になっていた、というようなことは今後避けたい。

学生のうちに日常的なところからも見直し、成長していかなければならないと思う。今回の実習で僕は反

省点が多く、自分を見つめなおす良い機会となった。このような機会はもうないかもしれない。今回学ん

で反省したことを忘れずに良い医師をめざしていきたい。

(エ) この発表会の意義をグループワークという視点で考えると、普段の勉強である本を読むことみたいな個

別の作業ですむものに対して、班で原稿を考えたり意見を出し合ったりして最後は全員で納得しないとう

まくいかないのがグループワークの難しさであり醍醐味であるように思う。また、他の班の発表を見て感

じたのは普段おなじ授業を受けているクラスメートでも発表会ではそれぞれの班によって方法論や手段

が様々で、3年生というひとつの集団でくくられている中にも様々な個性があることが同じクラスメートだ

けでなく先生方にも印象付けられた発表会ではなかっただろうか。

53. シナリオ

場面1…両親が遺伝カウンセリングに初めて訪れるシーン。

ナレーター「母親42歳、父親42歳、母親ははじめての妊娠。夫妻と同じように高齢出産をした親戚にダウン症の子

供が産まれたため、両親は高齢出産を心配して大学病院へ来院しました。」

医師「こんにちは、どうされましたか?」

夫「やあ、はずかしながらこの年でこいつがはじめて妊娠しまして、親戚にもダウン症の子がいるものですからちょっ

と不安になってどうしようかと思っているんですよ。」

医師「そうなんですか~。」

夫「先生、やっぱり高齢出産だとダウン症の可能性は高くなるんですか?ダウン症の子供をそだてるのはお金かか

りそうですし、できれば正常な子供がほしいんですよね。」

医師「そのようにおっしゃるかたも多いんですよね。実際、高齢出産では確かにダウン症のリスクは増加します。説明

させていただきますが、20歳の方が出産する場合はダウン症の子供が生まれる確率は 1441 分の1なのですが、奥

さんと同じ 42 歳の方の場合 52 人に 1 人はダウン症の子供が生まれてきます。」

夫「52 分の1ですか、けっこうリスク高いですね。」

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医師「ところで奥さんはやはり不安をお持ちですか?」

妻「私はどちらかというとあまり気にせずに自然に任せたと思っています、私もこの年ですし次の子供を授かれるか

どうかわかりませんおで、できれば産みたいかなと。」

夫「私も家内とよく話してはいるんですけど、どうしても不安になってしまうんです。出生前診断というのを小耳にはさ

んだんですけど、具体的に出生前診断の話を聞かせていただきたいんですが。」

医師「どうしても気になるようでしたらダウン症に関しては出生前診断を行うことができます。」

医師「出生前診断というのはその名前の通り産まれる前に胎児の状態を見ることです。お子さんがダウン症の子が

どうかもわかります。奥さんは妊娠15週なので羊水診断ならできます。」

妻「羊水診断って?どんなようなものでしょうか?」

医師「はい、え~今お母さんのおなかの中で胎児が液体の中に浮いています。その液体を羊水というんですけど、お

なかに針をさしてその羊水をとりましてその染色体を分析するとダウン症かわかるんですよ。」

妻「つまり、おなかに針を刺すんですか?危険はないんですか、赤ちゃんに刺さったりとか?」

医師「はい、針といっても大変細いものですし超音波で見ながら処置いたしますので、大半の方は日帰りで退院して

ゆかれます。ただ、流産のリスクが増加することがわかっています。ただし、0.3%ぐらいです。この数値が高いかど

うかはご両親のご判断にお任せすることにします。」

夫「わかりました。では、一回うちに帰って家内とよく相談してまた伺いたいと思います。ありがとうございました。」

医師「おつかれさまでした。全国各地にはダウン症をもつ親御さんやそのリスクに悩む方々でつくられたネットワーク

がございますので、もしよろしければご紹介します。そういったことも含めまして、また何かございましたらいつでもカ

ウンセリングにいらしてください。」

ナレーター「夫婦は帰宅後、出生前診断を受けるかどうかを話し合った。その結果、検査を受けることを決意した。再

び同病院を訪ね、検査を受けた。その診断結果を聞きに再度来院した場面である。」

場面2…両親が出生前診断の結果を聞きにくるシーン。

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医師「お久しぶりです、いやー寒くなりましたね。早速ですが、診断の結果が出ました。」

妻&夫「はい。」

医師「診断の結果、お子さんは21番染色体を通常より一本の多くもつ21トリソミー型のダウン症ということが判明し

ました。」

妻「えっ、そうなんですか・・・」

夫「どうして、うちの子に限ってそんな・・・」

医師「でもダウン症というのはそもそもそう珍しいものではないんです。ダウン症というのは1000人にひとりくらい産

まれて、全国にも元気にすくすくと育っているダウン症の子はたくさんいますよ。」

夫「でも、もし産んだとしてもすぐに死んじゃうんじゃないんですか?」

医師「そんなことはありません。ダウン症そのものは直せませんが、ダウン症にともなる合併症にさえ注意すれば今

では50歳以上まで元気に生きています。」

妻「合併症って?」

医師「はい、一番多いのが先天性の心奇形で・・・」

ナレーター「そして合併症の説明が続いていった。そして 、両親もここの合併症については納得した様子だった。」

医師「ということで合併症についてはほとんど直せますので、適切な処置がとられているかぎり命に別状はありませ

ん。実際、当病院でも多くのダウン症の方々をサポートしておりまして、何の支障なく社会生活を営まれている方が

ほとんどです。」

夫「でも、うちの子がダウン症なんて、弱ったな~。おろすことはできないのかな~?」

医師「今は胎児の障害を理由に中絶することはできないのが現状ですが・・・」

夫「先生の立場ではそういうしかないんでしょうが、実際は中絶する人もいるんですよね?」

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医師「はい、そうですね、確かに経済的理由で中絶される方も中にはいらっしゃるようです。でも、その前に実際にダ

ウン症のお子さんにふれることで印象が変わる方も多いので一度ダウン症の子を持つ親の会などのサポートグルー

プをお訪ねになることを当病院としては勧めておりますがいかがでしょうか?」

夫「お願いします。(医師がパンフレットを渡す)また、二人で話し合ってどうするか決めたいと思います。今日はどうも

ありがとうございました。」

医師「お疲れさまでした。また何かございましたらいつでもこちらにいらしてください。」

ナレーター「その後、両親は話し合い家族会を訪ねることを決め家族会を訪ねた。いままでダウン症の子に接したこ

とのなかった両親は初めてダウン症の子供そしてダウン症の子をもつ親達に接した。そして両親の心境は変化をは

じめていた。場面は親の会を訪ねて帰宅後、再び両親がカウンセリングに訪れた場面に移る。」

場面3…両親が出産を決意したことを知らせに来たシーン。

医師「こんにちは、その後十分に話し合いをなされたのですか?」

夫「はい、実はあれから紹介いただいた家族会にいきまして、そこでいろいろとお話を聞いてきました。」

医師「どんなお話を聞かれたのですか?」

妻「同じダウン症の子を持つ仲間がいることがわかって気持ちが落ち着いて前向きになったといったことがよくきかれ

ました。」

夫「それに親の会でみた子供達はみんなかわいくて、親御さん達もふつうに子育てを楽しんでいるようすだったのが

とても印象的でした。」

妻「親御さん達の中には子供がかすかに動くのを感じて愛着がわいてきたといわれる方もいましたし、私はまだおな

かの中の子供が動くのを感じていないのですがそれでも自分のおなかの中に生命が息づいていることを考えると自

然と愛着がわいてくるんです。」

医師「それでは・・・・」

妻&夫「はい」

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妻「いろいろ悩みましたが、産むことに決めました。」

医師「そうですか、わかりました。元気な子供が産まれるように私たちの方でも全力でフォローしていきますので一緒

にがんばりましょう。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

54. テーマ:ハンチントン病

55. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 留意点1:前提としてはまず片親が患者である場合、50%の確率で変異遺伝子を受け継ぐ。浸透率はほ

ぼ 100%。世代を経るにしたがって発症年齢が早くなり、かつ症状が重症化する。50%リスクのある家族

の発症前診断は、遺伝子検査で Huntingtin 遺伝子(4p16.3)の CAG リピートの増大を検出することによっ

て技術的には可能である。

(イ) 留意点2:依頼者に関する条件としては 20 歳以上であること、本人の意思による依頼であること、全ての

過程に立会い依頼者を支えてくれる同伴者を確保すること、といったことが挙げられる。

(ウ) 留意点3:経過・予後の点から家系内未発症者に対する発症前診断の実施に関しては慎重に検討する

必要がある。

(エ) 留意点4:確定診断を告知する場合に発症前診断よりも慎重さが足りない(検査結果の発表まで待たさ

れる、電話でいきなり伝えられる、何のフォローアップもないなど)ことが多いので注意する。

56. 出演者

(ア) 患者:遺伝カウンセリングの依頼者

(イ) 妻:患者の妻

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) ナレーター:ナレーター

57. 出演者の思い

(ミ) 患者:父親のこともあるし、どのようなことになるのか心配だ。どのように受け止めたものか。

(ム) 妻:結果がどのようになったとしても夫を支える覚悟はあるつもり。しかし不安はぬぐえない。

(メ) 医師:医師の良心として事実を正直に伝えよう。その上で夫婦によく考えて欲しい。

(モ) ナレーター:(なし)

58. 各自の感想

(ア) 今回のロールプレイでは、前期の遺伝についての授業で得た知識などを活かしつつ自分たちなりに勉強

をしたり資料をそろえたりしたことで、遺伝疾患についてのより深い知識などはまあ付いたのではないか

と思う。また、他班の発表を見ることによっていろいろな状況でのカウンセリングや当事者の視点・考え方

などを知ることができたことも有意義であったのではないであろうか。特に、同じ疾患であってもシチュエ

ーションが違う場合は並行して考えることができたのでよりためになったと思う。しかし、自分たちの班で

シナリオを作って演ずる段になっては、自分たちなりに考えたつもりではあったものの特に当事者意識と

いう方向で少し掘り下げが不十分になってしまった(ハンチントン病という予後の悪い病気を選択したこと

もその一因ではないかと思うが、それを踏まえたうえでもう少し煮詰めるべきだったのではなかろうか。ま

た、10分という時間の使い方や演出の方法にも再考の余地があったかもしれない。)ことが残念であっ

た。また、シナリオを作る際に医師の説明を「情報を説明するのが精一杯」といった内容にしてしまい、そ

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れが冷たい印象を与えてしまったことは良くないことであった。これは臨床の現場に行くことを念頭に置い

てこれから改善していかなくてはならないと思う。さらに、疾患についての説明会やロールプレイの発表

において少しあがってしまったことが個人的にはやや不本意であった。今回考えた点やより深く考えたほ

うが良かった点については実際に患者さんと向かい合った時に振り返ることによってより役に立つのでは

ないかと思う。

(イ) 私は以前、入院するような重い病気になったことがあるのだが、そのとき主治医は医学について何の知

識もない自分に対し、分かりやすく説明をしてくれ、医者とは患者さんに対して、しっかりと自信を持って

受け答えし、病気について説明をしなければならない、という印象を受けた。そして今回の実習に臨んだ

のだが、いざ自分でストーリーを考えようとしたとき、想像以上に大変だということを思い知った。まず、患

者さんが一体どういった質問や反応をするのか、と疑問に思った。しかも今回はとても重い病気であり、

遺伝病でもあるハンチントン病である。もちろん人それぞれ反応は違うのではあるが、もし自分だった

ら・・・などと考えたとき、立ち直れないくらい落ち込み、自分の運命を憎むのではないだろうか、と想像し

た。そう感じたときに、そのひどく落ち込んだ患者さんに向かい合わなければならない医者は、どう声をか

けたらよいのだろうか、どう説明したらよいのだろうか、とものすごく悩んだ。今回は患者がこういう反応を

すると決めることができるが、将来、医療の現場に立ち、同じような場面に遭遇するかもしれない。そのと

き、自分は患者さんに対しどういった対応がとれるか、今の自分ではその答えは分からない。しかし、こ

れから経験を積んでいく中で、きっといつか立派に受け答えできるようになるであろう。今回の実習はそう

いった意味で自分にとって、医者としての厳しさを知り、それに向き合ういい機会であったと感じた。

(ウ) この実習をやって様々なことに気付かされた。まず、遺伝医学のみならず、患者さんに医師が疾患や症

状などについて説明するということは大変難しい。特に今回の実習ではそのことに十分気をつけて患者

さんにとってわかりやすいように台詞を考え、脚本が完成した後もわかりやすいものだと自信を持ってい

た。しかし、実習が終わり、先生方からコメントをいただくときにわかりにくいと言われた。この指摘を受け

たときに医師が患者さんに説明するのは難しいことを痛感した。こういうことは自分だけでは気がつかな

い、解決できないので、今この段階で気がついたことで、この実習はいい機会だったと思う。また、実習の

終わった後にある先生がおっしゃっていたことですが、遺伝疾患には100人に1人というように非常に頻

度が高い疾患もあるので、自分の周りにその疾患を持っている人がいる可能性は十分ある。そのような

頻度の疾患に限ったことではないが、ある疾患について何か発言したりするときには、その疾患を持って

いる人のことを考えなければいけないということでした。普段、日常生活などでは気をつけるようにしてい

るが、今回は授業で改めて言われて気付かされました。最後に、実習を始めた頃は、なんでこんなことを

まだ三年生でやるのかと疑問に感じましたが、やり終えてみると医師と患者のコミュニケーションの取り

方などについて学べ、意義があったんだと思いました。他にも、いろいろな人の意外な一面を見ることが

できてよかったです。

(エ) 劇のシナリオを考えるのはあまり得意じゃないけど自分たちで調べたレジメを参考にすれば何とかなると

思っていた。レジメには僕たちの調べたハンチントンについての遺伝的知識やカウンセリングをする上で

重要となることなどが盛り込んであったのでそれらを使えば何とかなると楽観的だった。しかしストーリー

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を考えていく中で、ハンチントンの病状についての説明でとても戸惑った。舞踏病を解りやすい表現にし

よう。でも踊るような・・・なんて表現をしたら相手を非常に傷つけてしまうだろう。相手の立場を思いやり、

できる限り衝撃を最小限にし、かつ必要な情報を伝えるにはどんな表現が適切か。班員でかなり悩んだ。

先生に相談すると、必ずどこかで患者はハンチントン病の事実を知って衝撃を受けるとおっしゃられた。

患者を傷つけることを恐れ、その恐怖から逃れられるような表現を探しているような気がした。表向きは

最小限の衝撃と言いつつ、それを理由に患者にとって衝撃的な事実を伝えることから逃れようとどこかで

していた。そういう自分の弱さを思い知らされた実習だった。将来患者さんと向き合って告知をするとき、

この実習で体験した自分の弱さとぶつかり合うことになるだろうけど、そのような時にこそ今回の実習で

の体験が活かされてくるように思う。

59. シナリオ

場面1 病院にて遺伝カウンセリング

父をハンチントン病で亡くした35歳になる患者、志摩は自分もハンチントン病ではないのかと気になり、大学病院

の遺伝子診療部を電話予約し、妻とともに訪れました。

患者 「実はこの春、父をハンチントン病で亡くしまして、何かハンチントン病って遺伝するとか、しないとか聞いて急

に不安になったんです。」

妻 「先生、うちの主人は大丈夫なのでしょうか?すぐに死ぬとかそういうことは?」

医師 「ではまず、ハンチントン病についてご説明いたしますので、それを聞いていただければ、と思います。」

妻 「はあ。」

医師 「ハンチントン病という病気は、脳の中にある線条体という細胞の集まりが失われることによって発症します。

だいたい中年の頃に発症することが多いですね。」

患者 「中年ですか?結構、私に近い年齢ですね…。」

妻 「それで発症すると、どうなるのでしょうか?」

医師 「始めのうちは性格が変化し、怒りっぽくなり、感情のコントロールができなくなります。そして、身体が自分の

思い通りに動かなくなったり、勝手に動いたり、動作のコントロールもできなくなり、物事が認識できなくなり

ます。例えば、食事中、持っていたはしを落としたり、それらの症状がだんだん強くあらわれてきます。」

患者 「そういえば、父は生前ピクピクするような動きをしていましたが、それはハンチントン病と関係あるのでしょう

か?」

医師 「そうですね、間違いないと言っていいと思います。」

患者 「では、私はどうなるのですか?発症するか?しないか?」

医師 「志摩さんの場合ですと、お父さんだけが発症したとのことなので、息子である志摩さんが発症する確率は5

0%という事になります。」

患者 「50%ですか!思っていたよりも厳しい数値ですよ!」

医師 「落ち着いて下さい。まだ発症すると決まった訳ではありません。」

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患者 「しかし…。」

妻 「もし仮に発症しても治るのでしょうか?」

医師 「これは非常に言いにくい事なのですが、病気を完治させたり進行を遅らせたりする事は、今の医学では不可

能なのです。もし、発症しますと15年から20年の間に亡くなることが多いようです…。」

患者 「…。」(考え込んでしまう)

妻 「先生、もしこの人が病気になったら、私たちはどうしたらいいのでしょうか?」

医師 「もし発症した場合でも、最初の数年は自立して生活できます。専門医に相談すれば、それぞれの症状を最小

限に抑える事もできます。それに、医師以外にもホームヘルパーやソーシャルワーカーの方達にチームを

組んでもらうことで患者さんご本人やご家族の生活がより送りやすいものにすることもできますし、サポート

グループに相談すれば、ほかの患者さんとのつながりをもつことができます。」

妻 (患者を見て)「ですって、あなた。」

患者 (顔をあげる)「…では、私にできることは何でしょうか?」

医師 「発症前診断というものがあります。ハンチントン病の場合は原因となる遺伝子がわかっています。具体的に

いいますと、CAGという遺伝子の並びが長く繰り返されることにより発症します。検査は血液を採取すること

によって行われます。」

患者 「それで、その検査というものは必ず受けなくてはならないのでしょうか?」

医師 「そんなことはありません。今回は一応書面にて意思を確認させていただきますが、発症前診断というものは

誰かの強要や説得によって決めるものではないのです。あくまで自分の意志によってお決め下さい。また、

今日仮に受けようとお思いになりましてもそれが全てではないことも言っておきます。つまり気が変わってや

めるということがあっても構わないわけです。診断の結果によっては、いつ発症するかという不安にかられた

り、今後の生活について不安に思うこともあるでしょう。一番大切なのは志摩さんご自身の意思なのです。」

患者 「私の意思ですか…」

妻 「ねぇ、あなたどうしましょうか?」

患者 「あの…家内の意見を聞くことに関しては支障はありませんか?」

医師 「それは重要ですね。患者さんご自身の意思といいましても、迷うこともあると思います。そのときに支えてくれ

る人、つまり奥さんと相談することは大きな支えとなると思います。」

患者 「そうですか…。おい、君はどう思う?」

妻 「ちょっと今は何とも言えないわ…」

患者 「あの、先生、気が変わったらいつでもやめていいんですよね?」

医師 「それは構いません。ご家族で検査を受けるかどうか十分話し合ってください。何かわからないことや相談した

いことがありましたらいつでもいらしてください。」

場面2 家

志摩夫妻は医師のカウンセリングで強い衝撃を受け、帰宅しました。

患者 「一番大事なのは僕の意志か」

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妻 「そうみたいね。どうしましょう?」

患者 「説明を受けていたら、迷っちゃうんだよね。もしもハンチントン病の遺伝子を持っていたら確実に発症するし。

治らない病気だし…。ハンチントン病の遺伝子がなかったらいいのだけど、あったらこれからどうすればい

いのだろう?だんだん日常生活に支障が出てきて周囲の介助が必要になってくるだろうし…。それを考え

ると結果を聞くのが怖いんだよ。」

妻 「あなたの気持ちよく分かるわ。」

患者 「もし発症したら君にも迷惑をかけるだろうけど、それでもいいのかい?」

妻 「もちろんよ。」

患者 「良かった。僕としてはハンチントン病にかかるのかどうか、早く知っておきたいっていう気持ちもあるんだ。確

かに結果を知るのは怖いけれど、突然、病気になるのも怖い気がするんだよ。」

妻 「そうよね。私はあなたの意見に反対しないわ。」

患者 「じゃあ、また病院に行ったときに検査をお願いしよう。」

場面3 病院にて遺伝カウンセリング二回目

家で検査を受けると決心した志摩夫妻は再び病院を訪れました。

医師 「お待たせしました。少しお疲れのようですが…。何か悩んでたり、分からないことがあったら、遠慮なく何でも

おっしゃって下さい。」

患者 「はい。この一ヶ月かなり悩みました。ハンチントン病について調べたり、日本のハンチントン病ネットワークの

ホームページを見て、ハンチントン病になっても頑張っている人たちの存在も知りました。まだ、私がハンチ

ントン病になると決まったわけではないのですが、自分でも結果を知らずに発症するのが怖いという気持ち

もありまして、検査を受ける決心がつきました。」

医師 「検査のことですが、いつやめても構いません。一度検査した後で、結果を聞くのをやめるということもできます

し、実際、そういった方もいらっしゃいます。一応、今は検査するという方向でよろしいでしょうか?」

患者 「はい。よろしくお願いします。」

医師 (書面を取り出す)「では、こちらが書面になります。これに必要事項を記入していただいて、今日検査用に採

血をしたいと思いますが、よろしいですか?」

患者 「はい。お願いします。」

後日、検査が行われました。

場面4 病院にて結果告知

検査結果が出たと聞いて、志摩夫妻は三度病院を訪れました。

医師 「どうぞ、こちらにお掛け下さい。検査の結果が出ましたが、お伝えしてよろしいでしょうか?」

患者 「お願いします。」

医師 「では、申し上げます。検査の結果、ハンチントン病の原因となるCAGリピートの増大は認められませんでした。

患者さんがハンチントン病になる可能性はありません。」

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患者 「ふ~。何が起こってもこれから一所懸命生きていこうという気持ちはあったのですが、正直不安でいっぱいで

した。今はほっとしているというのが正直な気持ちです。」

妻 「よかったわね、あなた。」

医師 「何かご心配なことがありましたら、また遠慮なくご連絡下さい。いつでもご相談にのります。」

患者 「ありがとうございました。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

60. テーマ:難聴の出生前診断と遺伝子検査

61. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:難聴の正確な情報を伝えること。特に、難聴の原因についてはまだ分かっていないこ

とが多く、それを両親に伝えること。

(イ) 問題点2:難聴の出生前診断を実施することが出来ないことを両親に理解してもらう。そして、それを両親

に伝えた時の反応。

(ウ) 問題点3:俊介の治療のために遺伝子検査を受けることができることを伝える。その結果によっては、次

の子供が難聴になる確率を予想することができることを伝える。 また、両親二人の遺伝子が分かる可能

性が生じることも伝える。

(エ) 問題点4:今回は告知までしか出来なかったが、告知後のサポートが重要である。

62. 出演者

(ア) 夫:患児の父

(イ) 妻:患児の母

(ウ) 医師:遺伝外来担当医

(エ) 看護師:遺伝外来担当看護師

63. 出演者の思い

(ヤ) 夫:次の子供も難聴になるようであれば中絶も考えているが、そのことは妻には言わないよ うにして

いる。

(ユ) 妻:難聴の子供が生まれるのは大変だが、自分のお腹の中に宿った命を母として感じ、出来れば産んで

育てたいと思っている。俊介が3歳になるまで難聴になっていると気づかなくて少し自分を責めている。

(ヨ) 医師:難聴では出生前診断をしないべきだと思っている。なるべく正確な情報を提供・夫婦のサ

ポートをし、たとえ難聴のリスクがあっても子供を産んで欲しいと思っている。

(ラ) 看護師:医師と夫婦との橋渡し的な存在になろうとする。夫婦に対して優しい言葉をかけるように心がけ

ている。

64. 各自の感想

(ア) 今回、このような経験をできて非常に良かったです。これから医師になる者として、相手の立場になって

物事を考えるという事はとても大切な事であり、それを今回のロールプレイで学ぶ事ができ大変有意義な

経験となりました。これからの医療を考えていく上で、遺伝カウンセリングの重要性が更に増していくこと

は明白であり、今回のロールプレイで遺伝カウンセリングを経験でき良かったです。また、ストーリーを作

成していく上で難聴についての知識も身につき、人の心情に思いをはせることも出来て良かったです。

(イ) 今回の実習では医師の言葉選びの難しさを実感しました。遠隔医療実習の時にある患者さんが「医師の

言葉で傷ついた。」とおっしゃっていたので、今回のセリフを考える際に言葉選びはとても慎重になって考

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えました。また、いざシナリオを作成してみると、医療従事者側の発言が多くなってしまい、患者の気持ち

を引き出すことの難しさも分かりました。今回の実習で、遺伝カウンセリングへの理解が深まっただけで

なく、患者の立場にたって考えるということを体験できたことは本当に有意義だったと思います。

(ウ) この実習を通して、遺伝カウンセリングについての理解がよりいっそう深まりました。特に勉強になったと

思うのは、疾患についてのレジメを作るために調べ物をしたこと、班員と相談したこと、先生方にいろいろ

と教えていただいたことです。また、ロールプレイを通じてストーリー作りをする際に遺伝カウンセリングで

行わなければならないこと、してはいけないことなどが以前より理解できるようになりました。他のロール

プレイを見ることでも遺伝カウンセリングに対して考えることが出来、良い体験ができたと思いました。

(エ) ロールプレイ実習を通して、遺伝カウンセリングの重要性や難しさ(話す内容だけでなく、言葉の言い回し

など)を実感することが出来ました。実際に自分たちでストーリーを作ることによって、先天性難聴につい

て理解が深まりました。難聴の子供を持つ親の気持ち、難聴の可能性のある子供を妊娠した女性の気

持ちについて考える貴重な機会が得られ、良かったです。

65. シナリオ

ナレーション

夫婦が遺伝カウンセリングを受けるために病院にやってきた。この夫婦には3歳になる俊介がいるが、最近になって

先天的な難聴であると診断された。妻は現在妊娠しており、その子も難聴になるのではないかと心配して来院した。

場面1 病院

医師 「こんにちは。遺伝子診療部の田中と申します。よろしくお願いします。」

看護師 「看護師の田中です。よろしくお願いします。」

妻・夫 「よろしくお願いします。」

医師 「さて、今日はどういったことで受診されましたか?」

妻 「じつは、私たち夫婦の間には3歳になる子供がいるのですが、最近難聴だと診断されたんです・・・・。」

夫 「それで、今妻は妊娠しているのですが、その子もまた難聴になってしまうのではないかと心配になって相談

に来たんです。次の子にはちゃんと耳が聞こえて産まれてきてほしいんです!いつかニュースで、出生

前診断というものをこの病院がやっているというのを見たんですが、それをやってほしいんです。」

医師 「そうですか。分かりました。まず初めに、難聴についてはどのくらいご存知ですか?」

妻 「子供が難聴だと診断された時に医師から説明を受けましたが、そのときは気が動転してしまって医師の説

明はほとんどもう覚えていません・・・。」

医師 「そうですよね。では難聴について簡単に説明させていただきます。難聴には生まれつきのものと生まれつ

きでないものに分けられます。生まれつきの難聴はかなり頻度が高く、赤ちゃんの1000人に一人の割

合で重い難聴の子供が生まれてきます。このうち、半分くらいは遺伝子が関与していると考えられていま

すが、いまだにほとんどの原因はよく分かっていません。」

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夫 「そうなんですか。でも、やっぱり遺伝が絡んでる可能性があるんですね。そうなのかなぁと私たちも考えてい

たんですよ。遺伝ということは、私たち夫婦の遺伝子が普通ではないということですよね?」

妻 「・・・・私たちが原因なの・・・。」

看護師 「検査をしなければなんともいえませんが、お二人の遺伝子に異常が起こっている可能性はあります。です

がそれはどんな夫婦にも起こりうることであって、お二人が特別なわけではないので、そのことは理解し

ておいてください。」

医師 「先程も申し上げたとおり、難聴というのは本当にたくさんの原因があって、そのほとんどがまだ未解明なの

で、俊介君の原因が遺伝なのかどうかも、検査をしてみないと分からないのです。」

妻・夫 黙ってうなずく

看護師 「出生前診断をして欲しいということでしたが、これには様々な問題があって診断をすることは難しいと思い

ます。」

夫 「え???なんでですか??(驚き)それをやってもらおうと思って今日は来たのに・・・。」

医師 「難聴の出生前診断をおこなうことは技術的に難しいのです。これは、先程も説明した通り原因遺伝子がま

だ分かっていないからです。また、この検査には倫理的な問題があります。」

夫 「倫理的な問題って?」

医師 「例えば、生まれた子供がこの検査によってダウン症になるという診断がついたとすると、それを知った両親

はその子供を中絶してしまうかもしれません。すると、「この世の中にダウン症の子供は生まれてはいけ

ない」という優勢思想をうえつけてしまうかもしれないし、現に障害を抱えながら精一杯生きている人たち

に対する社会の差別を助長することになってしまうかもしれないからです。一般的に出生前診断は生死

を分けるような患者さんの診断に用いられるのです。」

夫 「じゃあ、難聴では出生前診断をすることが出来ないということですか?」

看護師 「最近では進歩した人工内耳や早期治療によって健常者と同じような生活が出来るようになってきています

し、出生前診断をおこなうことは難しいと思います・・・。」

妻・夫 ・・・・・・沈黙・・・・・・

看護師 「出生前診断は出来ませんが、もしかしたら他の方法で次のお子さんが難聴になるかどうかの確率なら分

かるかもしれません・・・。」

夫 「え!!!!それはどういう方法なのですか??」

医師 「それは遺伝子検査というものです。」

妻 「遺伝子検査・・・」

医師 「今回のケースでは、俊介君の難聴の原因を特定することが出来ればという条件はつきます。もし俊介君の

難聴の原因が遺伝的なもので、特定することが出来たなら、次のお子さんの遺伝子を予想して確率を求

めることは出来ます。しかし、いまだに多くの難聴の原因は不明なので俊介君の難聴の原因をはっきり

させることが出来ないかもしれません。」

妻 「でも、原因が分かる可能性は少しはあるのですよね?」

医師 「遺伝子の検査をすることは出生前診断と同様に難しいですが、やってみる価値はあると思います。」

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看護師 「しかし、遺伝子の検査をすると、お子さんの遺伝子が分かることに加えて、間接的にご両親お二人の遺伝

子も分かる可能性も生じます。遺伝子情報とは究極の個人情報なので、検査をするかどうかの判断は

慎重にお考えになってからにしてください。私たちはいつでも相談に乗りますので、いつでもお気軽にお

越しください。」

夫 「ありがとうございます。そうさせていただきます。」

ナレーション

二人は長い時間をかけて話し合った。そして、自分たちの遺伝子が分かるかもしれないが、検査によって俊介の難

聴の治療が出来るかもしれない・次の子供の難聴のリスクが分かるかもしれないという利点を考え、俊介に遺伝子

検査を受けてもらうことにした。そして検査をおこない、数日後・・・。

場面2 病院

医師 「羽賀さん、お久しぶりです。」

妻 「こんにちは。ご無沙汰しております。」

看護師 「早速ですが、先日おこなったお子さんの検査の結果が出ました。」

夫 「先生、どうだったのでしょうか?」

医師 「結論から申し上げますと、お子さんに遺伝子の変化がみつかりました。そして、それによって難聴になって

いると考えられます。」

夫 「やっぱり、そうだったのですか・・・・。」

医師 「お子さんは、コネキシンという遺伝子が変化したことによる難聴だと判明しました。」

妻 「コネキシン!?」

夫 「なんですか、それは。」

医師 「難聴の人の多くは、この遺伝子が変化してしまったことによって耳が聞こえなくなっています。耳の中という

のは外側から外耳、中耳、内耳と分けられるのですが、この遺伝子の異常による内耳の機能の障害が

認められます。この遺伝子の異常の伝わり方は常染色体劣性というものですがご存知でしょうか?」

妻 「はい。私たちも少し難聴について勉強したので、なんとなくなら分かります。」

看護師 「勉強をなさるということはとても大切なことですね。」

医師 「そうですね。簡単にご説明しましょう。人はみな何らかの病気の原因となる遺伝子を持っているのですが、

今回のケースでは両親から同じ変異のある遺伝子が同時に子供に伝わると、発症してしまうのです。」

看護師 「俊介君が遺伝子の異常が原因で難聴になったからといって、ご両親のどちらかが悪いというわけでもなく、

誰にでもこのようなことは起こりうるのでこのことをよく理解しておいてくださいね。」

妻・夫 ・・・黙ってうなずく・・・

医師 「今回の検査によって俊介君の難聴の原因が特定できましたので、原因に基づいた治療を受けていくことが

可能となりました。これは耳鼻咽喉科の領域なので、紹介状を書いておきますので治療を受けてくださ

い。」

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夫 「分かりました。よろしくお願いします。俊介もよくなるといいのですが・・・。」

妻 「それで・・・次の子供はどうなるのでしょうか?俊介みたいに難聴になるのでしょうか?」

医師 「断定することはできませんが、次のお子さんは俊介君と同様、25%の確率で難聴になることが予想されま

す」。

夫 「25%・・・・・。」

看護師 「しかし、次のお子さんが生まれたときにすぐ難聴スクリーニングをおこなって難聴のお子さんかどうか判断

することは出来ます。もし難聴の子だったら、俊介君の時よりも早く治療をおこなうことができるので、言

語習得が可能になることもあります。」

ナレーション

二人は家に帰った。

場面3 家

夫 「25%だってさ・・・。この数字って結構大きいな。」

妻 「この子が難聴にならなければいいけど・・・。」

夫 「なぁ・・・正直に言ってもう一人難聴の子供が生まれたら大変じゃないか・・・?」

妻 「それどういう意味??」

夫 「どういう意味って・・・。俺は中絶したほうがいいんじゃないかなって思ってるんだ。」

妻 ショックを受ける

夫 「二人も難聴の子供がいたら大変だろ。俺は仕事で家にあまりいれないからあれだけど、お前は常に子供と

一緒にいることになるんだぞ。今、ただでさえ俊介のことでもお前はつらそうなのに、もう一人増えた

ら・・・。」

妻 「ねぇ!!!!!!」

夫 「なんだよ。」

妻 「今、この子動いたわ。」

夫 「は?????」

妻 「動いたの!!!!!」

夫 「なんだって!!!」

妻 「きっとこの子産まれたがってるのよ。産まれたいって言っているのが聞こえるの!きっとこの子は大丈夫よ。

それに、もし難聴で生まれてきたとしても、先生がおっしゃってたように早く治療したらしゃべれるようにな

れるかもしれないじゃない。私がしっかり育てるわ。だから、お願いだからこの子を産ませて」

ナレーション

このあと、二人は幾度となく話し合いをおこない、次の子供を産むことに決めた。そして出産し、難聴スクリーニング

検査の結果、次の子供は耳が聞こえる子供だった。今は家族4人で仲良く生活している・・・。

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終わり

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

66. テーマ:神経線維腫症Ⅰ型の子供を持つ家族での第二子の出産

67. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:出生前診断は技術的に困難であり、また倫理的にも問題がある。

(イ) 問題点2:根本的な治療法法はないが、重症化を防ぐ方法はある。

(ウ) 問題点3:美容面での患者さんのコンプレックス。

(エ) 問題点4:常染色体優性遺伝で浸透率は 100%。

68. 出演者

(ア) 母:第二子妊娠中

(イ) 健次郎(小学生)

(ウ) 祖父

(エ) 医師:健次郎の遺伝カウンセリング担当医

(オ) いじめっ子1

(カ) いじめっ子2

69. 出演者の思い

(リ) 母:亡くなった主人の忘れ形見でもある第二子を、どうしても産みたい。

(ル) 祖父:神経線維腫症Ⅰ型で生まれた場合のつらい人生を考えると、中絶して欲しい。

(レ) 医師:たとえ神経線維腫症Ⅰ型で生まれた場合でも、しっかりとサポートしていくことを伝え、そのうえで

家族でよく話をして決めて欲しい。

70. 各自の感想

(ア) NFⅠという疾患について、私はこの実習を行うまで全く知らず、当然、どのような症状が出て、患者がど

のようなことで悩むのかも想像がつかなかった。疾患について調べるうち、命には関わらなくても、疾患に

ついての知識がないために、皮膚症状を見て、うつるものだとか、不潔、と誤解され、差別されたりして、

非常に辛い思いをしている人もいる、ということを知った。症状があっても、遺伝病だと知らずに、本人も

大して気にすることなく成長する例もあるようだが、特に女性の場合は、見た目の問題は深刻だろうと感

じた。シナリオを考える過程で、患者やその家族の思いを、多少なりとも自分の身に置き換えて考えるこ

とが出来たと思う。同時に、相手の思いを想像する難しさも感じた。自分が医師になった時、全てを想像

するのは無理でも、少しでも相手の辛さを理解しようとする努力は、絶対に必要だろうと思った。最初から、

「どうせ人の気持ちなんてわからない」と思って患者さんに接するのと、理解しようと真摯に努力するのと

では、相手に与える印象も違うと思う。そういった気持ちは、態度や表情、口調、ちょっとした言葉の端々

などに現れて、伝わってしまうものだと思う。現場に出て働くようになっても、忙しさにかまけて、努力を怠

らないよう心がけていけるといいと思う。

(イ) 今回のロールプレイを体験して、多くのことを学ぶことが出来ました。自分達での役作り、シナリオ作りを

通して、NF1 という病気についての基本的な知識や患者さんが不安に思ってること、また遺伝カウンセリ

ングの重要性を学びました。病気の基本症状を調べるのは簡単なことですが、それらの症状から患者さ

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んにとって何が不安材料となるのか、どういうコンプレックスをかかえてしまうのかを考えるのは大変でし

た。担当の古庄先生からも何度かご指摘を受け、数少ない実習の中でストーリーを完成させることが出

来ました。僕自身が患者さんの役を演じることになり、どういったことで傷つくのかを深く考えなければなり

ませんでした。大人になればある程度の理解はあるものの、小学校という設定の中ではいじめという患

者さんのコンプレックスをいかに会場に伝えていくかを考えました。実際に医師になった後では目にする

ことのできない、患者さんの私生活について深く考える機会となって良かったと思っています。ただ、やは

りロールプレイという名の通り役割を割り振ってさらに多くのことを考えられると、今回の実習がより良い

ものになったのではという残念な気持ちも少しあります。他の班の発表を見て学ぶこともまた多くありまし

た。一番簡単な比較の対象として、同じ NF1 という病気を扱った班のシナリオでした。僕たちのシナリオと

は違い患者さんが大人という設定だったので、自分達のストーリーと比べることができ興味がわきました。

他の班ではやはり結婚などというテーマが多く、現実的にはこれから生まれてくる子供の病気の可能性

や、結婚に関する問題が多いのだろうと感じました。そういった他の班と比べて、子供の患者さんを演じ

ることができたのは僕たちの班の強みだと思っています。今回の実習では、遺伝カウンセリングの必要な

代表的な病気をとりあげましたが、もっと他にも遺伝カウンセリングの必要な病気はあると思うので、それ

らについても学習を深めていきたいと思っています。ありがとうございました。

(ウ) 今回の実習を始めるにあたって最初に感じたことは、なぜそんなことをするのかわからない、といったこと

であった。しかし、実習を進めていくうちに、やりがいのあることであると気づき、当初とは比べ物にならな

いくらい真剣に取り組んだ。発表会当日には朝早くに同じ班の人で集まって予行演習をした。演技も見学

も真剣に取り組み、先生方の効果的な質問もあったので良い勉強になったと思う。

(エ) 遺伝情報という究極の個人情報。それだけに、患者さんの抱える不安、苦悩、葛藤は計り知れないもの

であると思う。今回はそれを想像し、シナリオを作って演じたわけだが、どれほどそこに近づくことができ

たのだろうか。まだまだ足元にも及ばなかったのではないだろうか。あと数年後には、もしかしたら、実際

に今回のような場面に遭遇するかもしれない。そのときにどれだけ患者さん、家族、その他そこに関わる

人々を支えることができるのだろうか。普段の講義ではそういったことになかなか気付かないが、今回の

実習でその難しさに気付けたのは大変大きいことだと思う。今回の実習は終わりではなく、スタートとして、

これからもそのことを考えながら、勉強に励んでいきたい。

71. シナリオ

・いじめ

ナレーション:体育後の着替えにて。健次郎が教室の隅で隠れながら服を脱ぎ始める。

健次郎:(教室の隅で隠れながら服を脱ぎ始める。)

いじめっ子1:健次郎、何だよその顔のあざ。汚ねえなあ、皆に見せてみろよ。

いじめっ子1:(健次郎の服を脱がす)体にもあるじゃねーかー。汚ねえなー

いじめっ子2:健次郎に触らない方がいいぜ、不潔だから。

いじめっ子1:(健次郎を蹴る。)

健次郎:(うずくまる。)

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いじめっ子2:こんな奴ほっといて行こうぜ。

皆:(健次郎をほっておいて教室から出て行く。)

・その日の夜(椅子に座って)

ナレーション:その日の夜、健次郎と祖父が話している

健次郎:おじいちゃん、僕今日もいじめられたんだ。

祖父:うん、なんだい。また、胸のあざのことでかい?

健次郎:うん、そうだよ。毎日のようにいじめにあってるし、もう学校に行きたくないよ。

祖父:(健次郎の頭を撫でながら)お前も辛いんだなあ。

健次郎:(しばらく泣いている。)

・カウンセリング

ナレーション:健次郎の母が病院を訪れた。

医師:お久しぶりです、土岐さん。今日はどうされましたか?健次郎君のことでですか?

母:いえ、今日は健次郎のことではなくて…主人が先月交通事故で亡くなったことはお話したと思うんですが…。

医師:ええ。

母:…それが、先日妊娠したことがわかりまして。

医師:…

母:(お腹に手を当てながら)主人も健次郎もNF1でしたから、この子がどうなるかと不安で。

医師:そうですか。

母:あの、健次郎のときにお話は伺ってはいましたが、もう一度この病気について説明していただけないでしょうか?

医師:わかりました。NF1は健次郎君にあるように皮膚にカフェオレ色のあざのようなものができたり、いぼのような

ものが無数にできるのが特徴の病気です。これらはカフェオレ斑や神経線維腫と呼ばれています。また、両親の

片方が NF1 の場合、子供に 2 分の 1 の確率で遺伝する病気です。NF1 とひとくくりに言っても、カフェオレ斑だけの

人もいれば、視神経膠腫という神経に腫瘍ができる人、偽関節というような骨の病気になる人、さらにはなかなか

学力がつかない学習障害になる人など、さまざまな症状が出てくることがあります。約 50%は新しく遺伝子が形を

変えてしまう突然変異というものによっておこるもの、つまり遺伝したわけではない場合と、残りの約 50%は両親ど

ちらかから変異を受け継ぐ場合があります。そこまではよろしいですか?

母:はい。

医師:土岐さんの場合、ご主人もこの病気でしたので、子供は 2 分の 1 の確率で発症します。

母:健次郎を産むときには、遺伝するって知らなかったんですが、2 分の 1 で遺伝するんですね…。この子が NF1 か

どうかを、産む前に調べることはできないんですか?

医師:出生前に NF1 であるかどうか調べることは、技術的に大変困難です。

母:そうですか…健次郎も年をとるごとにカフェオレ斑や線維腫が増えてきて、学校でいじめられているのですが、予

防法や治療法はまだないんですか?

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祖父:先生、私はこの子を産むのに反対です。

母:おとうさん!!

祖父:健次郎は小さい頃から、あのカフェオレ斑のせいでひどくいじめられて辛い思いをしてきました。あの子が「いじ

められた」と言って私に泣きついてくるたび、私は胸が締め付けられるような思いでした。もう、こんな思いはかわ

いい孫にはさせたくないのです。

母:じゃ、お父さんは健次郎が生まれてこなければ良かったとでも言うんですか。

祖父:そんなこといってないだろ!!ただ私は、健次郎のような思いをさせる子供は 1 人で十分だと…

母:(泣き出す)私は健次郎が生まれてきてくれてよかったと思ってます。主人が亡くなったときもずっと側についてい

てくれたやさしい子です。病気のせいで、ずいぶんと辛い思いをさせてしまったことは事実ですが、私はあの子が

いるから生きていられるんです。お父さん、お腹のこの子は大切な主人の忘れ形見です。不安がないって言ったら

ウソになるけど、この子にも健次郎にも生まれてきてよかったと思ってもらえるように育てたいと思ってる。だから

今日も先生の話を伺いに来たのよ。

祖父:…

医師:まだ確実にお子さんが病気になるとは決まったわけではありませんし…。残念ながら NF1 は現在の医療技術

では根本的に治すことができません。しかし、もし仮に次のお子さんが NF1 だったとしても、大きな合併症を予防して

いくことや、健康管理に関しては、健次郎君のようにしっかりと対応することができますし、私としても健次郎君と同様

にしっかりと対応させていただくつもりです。納得のいくまでもう一度、御二人で話し合ってみてはいかがですか。

・祖父の決断

ナレーション:その翌日のこと

健次郎:おじいちゃん!聞いて!今日、僕、やつらにやり返してやったんだ!

祖父:本当か、健次郎!よくやったな

健次郎:うん!

祖父:(独白)次の子が NF1 でも、今日の健次郎のように強くなっていけるよな。

・報告

ナレーション:1 週間後

母:先生、私はこの子を産むことにしました。あまり悲観的になるのも、私を支えてくれた健次郎や亡くなった主人に

申し訳ないですし…この間、健次郎がいじめっ子にやり返してやったって…病気にめげずに生きている健次郎を見て

父も私の思いに納得してくれました。

医師:そうですか。それは良かったですね。もし仮に次のお子さんが NF1 であったとしても、健次郎君とともにしっかり

サポートさせていただきます。今後も何かあったらまたご相談ください。

母:はい。ありがとうございました。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート(ひながた)

72. テーマ:デュシャンヌ型筋ジストロフィーの保因者診断

73. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 保因者女性が妊娠した際の出生前診断

イ、治療法のない重症難病の出生前診断については,同じ病気を持つ患者の生存の価値を

否定するものであるとか優生学的思想につながる

ウ、結婚に支障が生じ得る

エ、保因者診断を行うか否か(家族・親類からの理解を含む).診断を行い,陽性だった場合および

陰性だった場合にどのようにするか

74. 出演者

(ア) 婚約者

(イ) クライアント

(ウ) 医師

75. 出演者の思い

(ロ) 婚約者:まだ結婚もしていないのに、子どもができてしまって、しかも遺伝病かもしれないので心配であ

る。

(ワ) クライアント:最初の妊娠で不安もあるのに、子どもが遺伝病かもしれないのでとても不安である。

(ヲ) 医師:もしクライアントが保因者だった場合、どのように説明しようか考えている。

76. 各自の感想

今回、ロールプレイ実習を行いましたが、あまり時間をかけることができず、それぞれの疾患に対して実際にどの

ような遺伝カウンセリングが行われているのかをまだ正確に把握することができていないかもしれません。また、遺

伝子診断というものが本人だけでなく、その親戚やこれから生まれてくる子孫にまで影響するという「事の重大さ」を

劇で伝えきれなかったことを反省しています。しかし、今回の実習を通して、遺伝カウンセリングは本当に慎重に行わ

れるものであり、言葉遣いやクライアントとその家族の気持ちに十分に配慮されなければならないということを学びま

した。そして、実際に劇を仕上げるには、様々な方向から物事を見る他に、多くの知識が必要とされました。

今後、近い将来、自分が医師として遺伝の問題に直面することがあるかもしれません。あるいは、クライアント側にい

るかもしれません。そのような時に今回の実習が少しでも役に立つように、また、今後医師になる者としての基本的

態度を身につけるうえでこの実習を生かせるように、もう一度遺伝カウンセリングについて考えてみようと思います。

今回の実習学んだことは、いくつかあります。まず実際に自分が遺伝カウンセリングを行うとき、どうすればいいか、

ということを考えるいい機会になりました。こういう機会がないと、このようなことを考えることができないと思います。

また、自分がロールプレイを行った疾患についてはもちろん、自分がやっていない疾患についてもしっかり学ぶこと

ができたと思います。問題点は、あれだけの時間数で劇を作るということは、ちょっと難しいということです。最後の時

間にミニレクチャーをやってもあまり意味がないんで、できればもっと早くからやっておくべきだと思いました。

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今回のロールプレイ実習を通して、遺伝カウンセリングについての知識を深め、遺伝に関する諸問題や医師患者

関係について深く考えることが出来た。3人ではあったが、グループとして話し合い,共同作業を進めることはチーム

医療の概念にも通じるものがあったと思う。お互いに意見を交換することで一つのものを作り上げ、発表するのは大

変有意義で、貴重な体験だったと思う。自分たちが当事者役として、なりきって演ずることにより普段の、ただ椅子に

座って受ける講義では決して得ることの出来ない、臨床現場における医師、患者、クライエントの立場の思いなど学

習できたことは、これから臨床へ出たときに必ず役に立つと思う。 さらに、自分たちの劇だけでなく、他グループの劇

を見ることもそれぞれの良い点、問題点などを客観的に捉えることができて、とても勉強になった.日本において遺

伝カウンセリングはまだまだ発展途上だと思うが、人の個人情報を扱う大変重要な分野であり、これからはどんどん

一般に浸透して需要が高まってくることであろう。どんな人も「遺伝」という分野は決して無関係ではいられないし、難

しい問題だと思う。今回の実習をするにあたって、実際のカウンセリング現場をビデオでもいいから、実際に見て体

験したかった。(個人情報のため、無理だとは思ったが・・・)

今回の実習で学んだことを忘れず、これからも日々頑張って勉強していきたい

77. シナリオ

ロールプレイ原案

ディシェンヌ型筋ジストロフィー(X 連鎖劣勢遺伝病)

・クライアントは女性(22 歳)。

彼女の姉の子(6 歳、♂)が DMD に発症している。

彼女には婚約者(24 歳)がおり、二人とも気にしている。

彼女は妊娠 6 ヶ月(♂)で、自分たちの子どもがキンジスかを調べてもらうために来

院した。

登場人物

中田まゆみ…クライアント

服部洋一郎…婚約者

長谷川貴俊…医師

長「中田さーん、どうぞ」

中「ハーイ」

長「どうぞ、おかけください」

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中「はい、あ、先生、この人私の婚約者なんですけど、一緒に話し聞かせてもらっていいですか?」

長「中田さんがよければどうぞ、ご一緒してください。」

中「二人のことなので一緒に考えていこうと思ってます」

服「よろしくおねがいします」

長「今日は、どうされましたか?」

中「はい、いま私は妊娠しているんですが心配なことがあって来院しました。」

長「はいはい」

中「私の姉に 6 歳の男の子がいるんですが、この子が遺伝病なんです」

長「ふむふむ」

中「私は詳しくは分からないんですが、どうやら筋ジストロフィーという病気らしいんですよ」

長「はいはい」

中「はい、それで私の子供もこの疾患にかかってしまうんでしょうか?」

長「そうですね、お話は分かりました。ですが、いきなり赤ちゃんが罹患しているかを調べることはできません。

しかし、まずあなたが保因者かどうかを検査することはできます。」

服「先生、保因者ってなんですか?」

長「はい、本人は発病することはまずありませんが、子孫にはその病気の遺伝子を伝えてしまうかもしれない人のことです。」

服「はあ、そうなんですか」

中「・・・」

長「お二人の将来に関わることですし、結論を出すのに急がないでくださいね。」

服「そうですか、じゃあ一度しっかり考えてから、来ようか?」

中「そうね、そうしましょうか。じゃあ先生、一度家族と相談してからまた伺います。」

長「何かあったらいつでも連絡してください。」

中「はい、ありがとうございます。」

長「お疲れ様でした。」

長「中田さーん、どうぞ」

中「はい」

長「こんにちは、どうぞおかけください、あ、ご一緒にどうぞ。」

服「はい。」

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長「どうですか、しっかりお話しはできましたか?」

中「はい、話し合った結果、やはり検査をお願いすることにしました。」

長「婚約者のかたもよろしいんですか?」

服「はい、お願いします。」

長「遺伝子検査はですね、人の設計図である遺伝子を対象にした検査であり、検査結果は一生ほぼ不変で、その形質は子孫に伝わります。つ

まり、もし保因者であった場合、子どもにそういった遺伝子を伝える可能性があるということ、ご理解ください。」

中「はい、わかりました」

長「その結果がどのような結果であれ、あなたはお知りになりたいですか?」

中「…ええ、知りたいです。」

長「それでは検査を行います。検査の結果は一週間後にでますので、また一週間後にお越しください」

服「先生、よろしくお願いします」

中「よろしくお願いします」

長「中田さーん」

中「はい」

服「まゆ、大丈夫だよきっと。」

中「そうよね…、」

長「こんにちは、昨夜はよく眠れましたか?」

中「いえ、あんまり…、やっぱり気になっちゃって。」

長「そうですよね、やっぱり気になりますよね」

服「せ、せ、先生!、検査の結果はどうだったんですか?」

中「…」

長「それでは検査の結果をお伝えしてよろしいですか?」

中「はい、お願いします」

長「分かりました、それではお伝えします。(一呼吸おいて、検査結果渡す)検査の結果、残念ながら真悠水さんはキンジストロフィーの保因者で

あることが判明しました。」

中「え?・・・・・・」

服「ほんとですか、先生!」

長「事実です」

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服「もう一度検査してくれませんか?」

長「残念ながら検査の精度が高いので、何度やっても同じなんです。」

服「そんな!、マユ…」

中「…」

長「落ち着いてください。説明を聞いてください。」

服「おちついてられませんよ、こんな状況なのに」

長「まだ赤ちゃんが罹患したと決まったわけじゃないんです」

中「え、そうなんですか・」

服「それってどういうことですか?」

長「はい、まゆみさんが保因している筋ジストロフィーはデュシャンヌ型というタイプのものです。この病気は基本的に女性は罹患しないんですよ。

デュシャンヌ型筋ジストロフィーは、頻度が出生児3500人に対して1人の遺伝病で、筋肉の細胞骨格を作る蛋白質、ジストロフィンをコードす

る遺伝子の異状によって発症します。3~5歳頃に歩行に関する異常で明らかになり、ふくらはぎの仮性肥大や心筋症、IQ 低下などの症状

を伴います。だいたい 12 歳までには車椅子生活になってしまいます。」

中「はあ」

長「いいですか、人の染色体は 46 本あります。そのうち性染色体は、男性が XY、女性は XX と言うタイプになっています。」

服「はい、それは知っています」

長「その X 染色体のうちのある領域に異常がでるんです。女性は X 染色体を 2 本持つので、片方に異常があっても、もう片方が正常なら発病し

ないんです。ただ保因者と言うことになります。」

服「それは今のマユミの状態なんですよね」

長「そうです、ただ、男性の場合は X 染色体が一本しかないので、この X 染色体が何らかの原因で障害を受けると、正常に働かなくなるので、罹

患してしまうことになります。」

中「そうなんですか、じゃあ私のおなかの中の赤ちゃんは、男の子なので筋ジストロフィーに罹患している可能性がある、ってことですよね?」

長「はい、性別が分からなければ 25%の確率なんですが、お腹の赤ちゃんは男の子なので、約 50%の確率で罹患していることになります。」

中「…そうですか。」

長「今、保因者診断を行いましたよね。それだけでは、お腹にいる児が筋ジストロフィーに罹患しているかは分かりません。それは出生前診断と

いうので可能です。今回の場合、胎児が筋ジストロフィーに罹患しているか否か自体を問うものであり、こういった場合は治療的人工中絶が

関係することがあります」

中「先生・・・今回の話を聞いた上で、もう一度2人でよく考えてから判断したいと思います。」

長「そうですね・・・わかりました。また分からないことがあれば、いつでもいらしてください。」

中「はい、ありがとうございました」

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この後、二人は出生前診断を受けることにした。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

78. テーマ:色覚特性に関する質問

79. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 問題点1:色覚特性についての遺伝形式や起こりうる症状についての説明。

(イ) 問題点2:色覚特性に関する差別意識の変遷

(ウ) 問題点3:遺伝子の変異を抱える家族に対する精神的サポート

80. 出演者

(ア) エリコ:相談者

(イ) 夫 :相談者の夫

(ウ) 医師 :遺伝専門医

(エ) フジイ:相談者の父親

81. 出演者の思い

(ン) エリコ:父親の色覚特性を心配し、子供を持つことに不安を感じる

(ア) 夫 :子供を望んでおり、妻の父親の色覚特性

(イ) 医師 :正確な情報を提供し、夫婦が考える手助けをしていきたいと考える。

(ウ) フジイ;孫は欲しいが自分が色覚特性のために背負った苦労を孫にさせたくはないと考えている。

82. 各自の感想

(ア) 今回、特にシナリオを作るなかで患者さんの側に立って気持ちを考えることの必要性を強く感じた。自分

の家族や親しい人が医療を受ける側に立ったとき何を思いどんなことを心配するかを真剣に考えるきっ

かけになったと思う。医療者の側としては、どんな言葉で言えば患者さんに正確に情報が伝わるかを考

えることは前提であり、さらにどんな言葉で伝えれば患者さんの心理に配慮できるかを考えさせられたこ

とは大変貴重な体験になったと思う。

(イ)こういった授業はなかなかないので楽しかったです。劇をするのは結構難しかったです。医師が患者さんに

分かりやすく病気の説明をするのも難しいですが、患者さんの気持ちを考えながらカウンセリングをして

いくのはもっと難しいと思いました。知識の勉学だけでなく、そういったことも勉強しなくてはいけないなと

思い、これからもっと勉学に励もうと思いました。

(ウ)一般の人にわかるように遺伝や病気のことを説明するのはとても難しいと実感した。自分達でカウンセリン

グを想像することも大切だとは思うけれど、できれば実際のカウンセリングの様子を何パターンも見せて

もらった方が勉強になるような気がした。各グループに対する講評を、時間つぶしのためではなく、きち

んとまとめて発表して欲しい。

(エ)ロールプレイでは医師の説明で簡単に納得した患者を演じたが、実際はそのようにはいかないだろうと、劇

が終わった後で思った。実際に当事者にならないと、本当にその人の気持ちを考えることはむずかしい。

ロールプレイを通して学んだことを忘れないでいたいと思う。

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83. シナリオ

-家での夫婦の会話

夫: 「僕たち結婚して 5 年になるけど、そろそろ子どもが欲しいよね。」

妻: 「うーん…。」

夫: 「なんでいつもそんな返事なの?子ども嫌い?」

妻: 「そうじゃないんだけど…。あのね、ちょっと心配なことがあって…。実は私のお父さんが色盲で、もし私たちの

子どもが色盲になったときのことを考えると、怖いの。」

夫: 「色盲は遺伝する病気なのかな?」

妻: 「詳しいことはよくわからないけれど、みのもんたがテレビでそう言っていたから。」

夫: 「それじゃあ、信大に遺伝の先生がいるらしいから、今度お父さんと一緒に病院に言って聞いてみようか。」

妻: 「そうね。」

-信大病院

医: 「こんにちは、どうされましたか?」

妻: 「私たち子どもが欲しいのですが、私の父が色盲で、子どもができたときにその子どもが色盲になるかどうか心

配なんです。色盲が遺伝する病気だと聞いたものですから。

先生、やっぱり生まれてくる子どものことを考えると、私たちは子供を作らない方がいいんでしょうか。父も色

盲のせいでいろいろと苦労があったみたいなので。」

(妻、父を見る。)

父: 「先生、わしが小さい頃は、今ほど世の中で身体障害者のことは理解されとらんかった。先生が生まれるずっと

前の時代や。他の子どもたちには見える赤と緑が、わしだけには見えんかった。そのことで、まるでわしが何も

見えんかのように、みんなからいじめられた。教師からもや。

結局子どものころは楽しい思い出は一つもない。毎日学校に行くのがイヤでイヤで、何でわしの目は他の人

と違うてしまったんや、何でよりによってわしなんやって、いっつも自分を責めとった。

就職でも制限があって、わしは本当はパイロットになりたかったんやけど、この目のせいでなれへんかった。

結婚も、わしは見合いなんだがね、先生、わしの色盲を知ると、どんな相手も断わってきよった。そやから孫

にはそんな惨めな思いはさせたくないんや。運良く娘は色盲にはならんかったけど…。」

(父、泣く。)

医: 「フジイさん、落ち着いてください。もし子どもができたからといって、必ずしも色覚特性になるとは限りません。

それと、今では色盲という言葉には差別的意味合いがあるとされ、色覚特性と呼ばれています。また、今は色

覚特性などの身体障害による差別は、支援団体などの拡充とともに昔に比べて減ってきていると言われてい

ます。藤井さんもおっしゃっていたように、今ではずいぶんと世間の身体障害に対する意識も変わってきていま

す。なのでそれほどご心配の必要はないと思いますよ。」

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(夫、イライラしながら)

夫: 「先生、ではその色盲…ではなくて色覚特性でしたっけ?その色覚特性はどんな病気なんですか?妻は正常だ

から、お義父さんが色覚特性でも私たちの子どもが色覚特性になることはないんじゃないですか?」

医: 「では色覚特性についてご説明いたします。この特性では赤と緑を判別することが難しくなります。頻度としては

日本では男性のうち 20 人に 1 人がこの特性を持っています。この特性は確かに遺伝します。しかし、すべての

人が実際に色覚特性になるわけではありません。これはこの特性の遺伝の仕方によるものです。男性か女性

かは、2 本で 1 対の遺伝子によって決まるのですが、男性では X と Y、女性では日本の X 染色体があります。

色覚特性は X 染色体に変異があって生じるのですが、女性の場合は X が 2 本あるのでめったに症状が現れ

ません。しかし男性では X が 1 本しかしかないため、この 1 本の X 染色体に変異があると、発症します。これま

でのお話をうかがう限りでは、フジイさんには X 染色体に変異があると考えられます。そしてエリコさんは 2 本

の X 染色体のうち、父方から受け継いだ 1 本の X 染色体に変異があるでしょう。このように染色体に変異があ

ってもその症状が現れない人のことを保因者と言います。エリコさんに色覚特性が現れないのは、正常な X 染

色体がもう1 本あるためです。子どもができて、その子どもに色覚特性が現れるかどうかは、どちらの X 染色体

を受け取るかによって決まります。もしお子さんが女の子の場合、1/2 の確率でエリコさんの変異をもつ X 染色

体を受け継ぐとしても、色覚特性は現れずに保因者となります。また、残り半分の確率で正常な女の子が生ま

れることになります。男の子の場合は、父親から Y、母親から X 染色体を受け継ぐことになるので、もしエリコさ

んの変異を持つ X 染色体を受け取ると、色覚特性が生じることになります。つまり半分の確率で男の子が産ま

れ、半分の確率で色覚特性が現れます。しかし色覚特性は、それが生死に関わることはなく、日常生活に困る

こともほとんどありません。職業上の制限も撤廃されつつあります。また、生まれてくるお子さんがみんな色覚

特性を持つと決まったわけではないですので、お子さんを持つかどうかはお二人が話し合う中で決められるの

がいいと思いますよ。」

妻: 「わかりました。では私たちのあいだに生まれてくる子どもが男の子の場合は、半分の確率で色覚特性を持って

いて、女の子の場合は、半分が私のような保因者になるということですね。あの…、もし先生が私の立場だった

ならどうしますか?子供を産みますか?」

医: 「うーん、そうですねえ…。家族、特に夫婦間での十分な話し合いが必要だと思います。それによって答えは

様々に変わってくると思います。もしご相談される中で疑問などが生じましたら、またいつでもいらして下さって

かまいません。

今日の話の中でわかりづらい点やご質問などはありませんか?」

夫: 「いいえ、ありません。」

医: 「どんな些細なことでもかまいませんよ?」

妻: 「大丈夫です。」

夫: 「ありがとうございました。では二人でよく考えてみます。」

家での夫婦の会話

妻: 「先生の話を聞いて少し安心したわ。」

夫: 「そうだね。」

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妻: 「先生も生まれてくる子供の75%は色覚特性を持たないって言ってたし。」

夫: 「でも生まれてきた子供が保因者ならその子供の子供についても子供は悩むことになるのかな。」

妻: 「そうね。でも生まれてもいない子供の子供が保因者かどうかまで考えないといけないなんて遺伝子ってなんだ

か難しいね。」

夫: 「だけど考えてみたら完全に正常な子供なんていないような気がするんだよね。色覚特性が現れなくても他の

遺伝子に変異があらわれることだってあるだろうし。」

妻: 「そうね。お父さんもああ入っていたけれどいつもいつも色覚のことで苦しんでいたようにも見えないし。子供を

産むことも考えてみようかな。」

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート D1-3

84. テーマ:家族性乳癌

85. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 留意点1:遺伝子異常という言葉を使わない配慮。

(イ) 留意点2:BRCA1,BRCA2 によらない癌のケースへの配慮。

(ウ) 留意点3:悲観的にならないよう配慮。

(エ) 留意点4:検査を受ける上でのメリット、デメリットをしっかり伝える。

(オ) 問題点1:家族の問題に触れられなかった。

86. 出演者

(ア) 彼女:自分が乳癌かどうか思い悩んでカウンセリングを受ける

(イ) 母:彼女の母。乳癌のセルフチェックをする&彼氏:彼女の恋人

(ウ) 遺伝カウンセラー:遺伝カウンセラー

(エ) ナレーター:ナレーター

87. 出演者の思い

(エ) 彼女:自分が家族性乳癌の場合、彼氏と将来の娘に十字架を背負わせるかもしれない。

(オ) 彼氏:彼女を愛している。病気は障害にならない。

(カ) カウンセラー:事実を伝え、クライアントをフォローする。

(キ) ナレーター:状況説明。

88. 各自の感想

(ア) 実際に演じてみて、確かに得るものはありました。しかし、どんな実習にも共通して言える事ですが、掛か

った時間に比べて得るものが少ない。つまり、体験学習は効率がとても悪いのです。本当にやってみけ

れば得られないのか吟味する必要を感じました。言葉で説明しても分からない、というのは説明する側の

責任逃避ではないでしょうか。例えば、実習 4 回目の櫻井先生のミニレクチャは充実した内容で、大変勉

強になりました。実習などよりも、あのような密度の高い講義こそを期待します。

(イ) とりあえず優勝したのでよかったです。脚本の原形は自分が書きましたが、やはり女性がいない状況で

家族性乳癌は難しかったです。もっと女性の気持ちをききたかったです。小テストは不要だと思います。

勉強する人はするししない人はしませんから。今回できが悪かったようですがそれは問題が予想以上に

マニアックだった点と多すぎる拘束への反発の結果であると思います。脚本ができあがり練習も終わって

いるのに最後のミニレクチャーを待つために教室の残る時間が不毛でした。ミニレクチャーは先に行った

方がみんなのためになると思います。班分けをこちらに任せてくれたのはよかったと思います。初日の1

4班はかなり量として多かったので後半だれてしまいました。

(ウ) 遺伝カウンセリングのことなど全く分かってなかったが、このロールプレイ実習を進めるなかで、患者とカ

ウンセラーのやりとりを考えることで少しは理解できたと思う。カウンセラーは検査などの情報を示すだけ

で、検査を受けるかどうかは患者自身に決断してもらわなければならないが、この点を注意しておかない

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とカウンセラー(自分)の意見が反映されたセリフになってしまったりした。また、遺伝子など医療に従事

する人間なら当然知っている言葉も患者は理解できない可能性も考えて台本を作る必要があった。これ

らはなにも遺伝カウンセリングに限ったことではなく、医師が患者に説明する際には共通することだと思う。

この実習の経験を将来の患者との対話に活かしたいと思う。

(エ) テーマが家族性乳癌であるにもかかわらずうちの班のメンバーは全て男性であったため、自分が女性役

を演じることになった。もともと演技するということが得意ではないうえに、女性の繊細な心情を演じなけ

ればならないので、最初はうまくいくかどうか非常に不安だった。幸いシナリオが早期に完成したので練

習する時間をたくさんとることができ、これが演技に対する理解を深めることにつながった。予想外の優

勝という結果になったが、これはよく練られた脚本を準備してくれた藤岡さんの力によるところが大きい。

発表の後の講評で患者役の演技が素晴らしいというお言葉をいただいた。女性の心情を理解して演技し

ようと努めた自分の努力がある面では正しかったということであり、これほど嬉しいことはないと思う。

89. シナリオ

彼女=×田○子

彼氏=△男

ナレ=ナレーター

カウ=遺伝カウンセラー

■第1幕 自宅での彼女

ナレ:2005年12月某日。結婚を間近に控えた○子のもとに、一本の電話がかかってきた。

彼女:(電話を耳に当て)もしもし。あ、おじさん? どうしたの?

彼女:え? おばさんが入院? どうして? ──乳癌!?

ナレ:おじの話によると、母の妹であるおばは、定期健診でしこりが見つかり、緊急入院となったらしい。彼女は急に

不安になる。ふと、十数年前のことを思い出したのだ。

ナレ:まだ自分が小学校高学年の頃、母が鏡の前で胸を触っていた。彼女は母に訊いたものだ。

彼女:なにしているの、お母さん?

母 :乳癌のチェックよ

彼女:乳癌?

母 :おっぱいにできる悪いできもののことよ

彼女:それができるといけないの?

母 :そう。発見が遅れると死んでしまうこともあるのよ

彼女:えっ? お母さん、大丈夫なの?

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母 :うん……たぶん、大丈夫……

彼女:…………

ナレ:彼女はそのとき、母の顔色がすぐれないことに気づいていた。だが、そんなことはすぐに忘れてしまう。数日後

のバス旅行。帰りのバスが谷底に転落し、母は帰らぬ人となったのだ……。

ナレ:おばの容態を聞き、彼女はこのときの会話を初めて思い出した。もしかして、あのとき母の胸にはしこりがあっ

たのではないだろうか。

彼女:(電話をもって)もしもし、お父さん? お母さんのことで訊きたいことがあるの。──え、やっぱり! お母さんも

乳癌だったの?(電話を切る)

彼女:おばも母も乳癌だなんて……。だとすると、私もいつかは乳癌に……!?

■第2幕 彼氏との食事(デート)

ナレ:ふたりがテーブルで向かいあっている。彼女はじっと皿を見ている。

彼氏:(ナイフを止めて)どうしたの、全然食べないじゃない

彼女:え……そうかな

彼氏:もうすぐ式なんだからさ、体には気をつけないとダメだよ

彼女:うん……わかってる……

ナレ:自分が乳癌かもしれないというということを、○子は△男に伝えることができなかった。結婚を前に幸せそうな

彼に、とてもそんな重い話はできない……。

彼氏:ところでさ、子供の話なんだけど

彼女:え?

彼氏:やっぱり娘がほしいよね

彼女:娘!? 女の子?

彼氏:娘にお酌をしてもらうのが、俺の長年の夢なんだ

彼女:娘──。

彼女:もし自分も乳癌になるなら、自分に娘ができたときも……。

ナレ:○子は悩む。このまま彼と結婚してもいいのだろうか。彼のことは愛している。彼と、私たちの子供には、何も思

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い悩まずに生きてほしい。でも、もし私や娘が乳癌になったら、そんな幸せは望めない。かといって、簡単に言い出す

こともできないし……。

彼女:私は、どうすればいいんだろう……。

■第3幕 大学病院にて

カウ:×田さん、どうぞ

ナレ:彼女は緊張しながら遺伝カウンセリングルームのドアをくぐった。インターネットで家族性乳癌について検索し、

遺伝カウンセリングの存在を知った。事前に電話で相談内容を告げ、今日がカウンセラーとの初めての面談だった。

カウ:×田○子さんですね。どうぞおかけになってください

彼女:(勧められるまま椅子に座る)

カウ:家族性乳癌の件で来られたとのことですが……

彼女:はい。実は……

ナレ:彼女はカウンセラーに、これまでの事情と自分の悩みを告げた。

カウ:(納得した顔で)なるほど。では問題を整理しましょう。まずあなたは、将来乳癌になる可能性が高いかどうか知

りたい。これはよろしいですね?

彼女:はい

カウ:そして、もし自分に娘ができたとき、彼女が乳癌になる可能性がどれくらいかも知りたい

彼女:そうなんです

カウ:ではまず、あなたが思い悩んでいる家族性乳癌について簡単に説明しましょう。家族性乳癌とは、遺伝性の乳

癌のことです。主に、BRCA1、BRCA2という遺伝子が関わってきます

彼女:遺伝子……?

カウ:そうですね。まずは遺伝子について説明しましょうか

ナレ:カウンセラーは、遺伝子について丁寧に説明する。

彼女:……遺伝子についてはわかりました。家族性乳癌は遺伝する病気なんですね。ということは、もし私が乳癌な

ら、娘も必ず乳癌になるんですか?

カウ:いえいえ、そうとは限りません。家族性乳癌には主にふたつの遺伝子──BRCA1あるいはBRCA2のエラーで

起こるのですが、このエラーが娘さんに伝わる確率は50%なんですよ

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彼女:50%……

カウ:そもそも、あなたの遺伝子にエラーがないかもしれませんよ

彼女:え? そうなんですか!? おばも母も乳癌なのに?

カウ:ですから、あなたのお母さん方が家族性乳癌だとしても、あなたが乳癌である確率は五分五分なのです。あな

たの遺伝子に問題がなければ、もちろん娘さんの遺伝子も大丈夫です

彼女:その、遺伝子のエラーは、どうすればわかるんですか?

カウ:BRCA1やBRCA2に限れば、簡単な検査でわかります。ただ、仮に結果が陽性の場合、あなたにとって難しい問

題が生じるかもしれません

彼女:それはどんな……

カウ:たとえば、家族性乳癌であるという現実に思い悩んだり、家族性乳癌であることを誰かに知られれば、就職や

保険で不利になるかもしれません。そして、あなたが悩んでいる結婚についても……

彼女:(苦しそうに唇を結ぶ)

カウ:ただ、メリットもあります。発症前に保因者であることがわかれば、乳癌検診を今から頻回に行うことで、早期発

見や早期治療が可能となります。乳癌は、ごく早期に発見できれば、95%が治癒可能なんですよ

ちなみに、ご心配されている乳癌の浸透率──つまり70歳までの罹患率ですが、BRCA1にエラーがある場合65%、

BRCA2の場合92%になります

彼女:そんなに……

カウ:また、BRCA1やBRCA2にエラーがなかったとしても、他の遺伝子の影響で家族性乳癌が起こる場合があります。

ですから、もし結果が陰性でも、完全に安心とは言いきれないのですが……

彼女:……わかりました

カウ:私から申し上げられることはここまでです。実際に検査をするかどうか、よくお考えになってください

彼女:はい。ありがとうございました……

■第4幕 再び遺伝カウンセリングルーム

カウ:×田さん、おひさしぶりです

彼女:おひさしぶりです

カウ:×田さんのご希望通り、検査が終了しました

彼女:はい……

ナレ:初めてのカウンセリングの数日後、彼女は遺伝子検査を受けることを決意し、遺伝子検査を依頼した。その結

果が出たとの連絡を受け、三度(みたび)カウンセリングルームを訪れたのだ。

カウ:前回採取いたしました静脈血からDNAを抽出し解析を行った結果、BRCA1に異常が発見されました

彼女:ということは、私が乳癌になる確率は……

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カウ:70歳までに65%です。BRCA2に比べると低いのですが、BRCA1の異常の場合、再発率が高いので注意が必

要です

彼女:(あきらかに困った表情)

カウ:×田さん、そう気を落とさずに。まだ乳癌になったわけではありません。これから予防に気をつければいいので

すから

彼女:予防は、どうしたら……

カウ:×田さんは25歳ですから、毎月の乳房のセルフチェックですね。そして35歳までは1年もしくは半年ごとに病院

で乳房の検査を受けてください。毎年のマンモグラフィー──乳房専用のX線撮影──も行ってください。あとは、主

治医を見つけることですね

彼女:わかりました。あの、それと……

カウ:はい。なんでしょう?

彼女:彼には、なんて言えば……

カウ:……難しい、問題ですね

彼女:私だけなら……覚悟していたことですし……今は難しくても、いつかは受け入れることもできると思うんです。で

も、これから彼と家族になるなら、彼にもこの問題を背負わせることになってしまう……

カウ:彼は、受け入れてくれないと思いますか?

彼女:それは……わかりません

カウ:もし彼に告知するのであれば、この場で立ち会ってもかまいませんよ

彼女:……ありがとうございます。また少し、考えてみようと思います。まだ、今は気持ちの整理がつかなくて

カウ:わかりました。私はいつでもここにいますから。どんなささいな相談でももちかけてください

彼女:はい。そのときはよろしくお願いします

■第5幕 彼氏からの電話

ナレ:彼女が自身の遺伝子異常を知った数日後、家にいる彼女のもとに、彼氏から電話がかかってきた。

彼氏:いったいどういうことなんだ! 指輪を送り返してくるなんて!

彼女:……ごめんなさい

彼氏:どうして!? 俺のことが嫌いになったのか!? 俺が何かしたっていうのか!?

彼女:違うの。あなたは悪くない。悪いのは、私なの……

彼氏:どういうことだよ!

彼女:ごめんなさい。もう……あなたとは一緒になれない(そう言って一方的に電話を切り、頭を抱えてうずくまる)

彼氏:○子! ○子!

ナレ:こうするしかなかった。彼女はどうしても、彼にこの十字架を背負わせることができなかったのだ。

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彼女:これでよかったのよ……これで……(彼女の頬を一筋の涙が流れる)

■第6幕 数時間後

彼氏:(ドアをノックしながら)俺だ! いるんだろ! 開けてくれ!

彼女:△男さん……

(彼女はドアを開ける。彼氏が息を切らせて部屋に入る)

彼氏:いったいなんのつもりなんだ! ちゃんと説明してくれ!(彼女の肩を揺さぶって)

彼女:……(彼女は再び涙を流す)

彼氏:○子!

彼女:……癌なの

彼氏:え?

彼女:癌なのよ、わたし。私の娘も癌になるの……

彼氏:癌だって!? どういうことだよ! それに、娘って……まさか子供ができたのか!?

彼女:(首を振る)

ナレ:彼女はたどたどしい言葉で、彼氏に事情を説明した。

彼氏:家族性……乳癌……

彼女:わかったでしょ。わたしもいつか癌になるの。そうしたら死んじゃうかもしれない。ううん、死ななかったとしても、

おっぱいがなくなっちゃうかもしれないのよ!

彼氏:そんなこと……俺にはそれより、きみがいることの方が大事なんだ!

彼女:△男さん……

彼氏:きみが死ぬのも、きみがいなくなるのも同じなんだ。俺にはきみが必要なんだ。きみが癌だって関係ない!

彼女:…………

彼氏:娘だってそうだ! たとえ彼女が癌になったとしても、俺ときみとが結ばれなければ、彼女は絶対に産まれない

んだぞ!

彼女:でも、いつか死んじゃうかもしれない……

彼氏:人間はいつか死ぬんだ! それが早いか遅いかは問題じゃない! 大事なのは、その人がどういう人生を送

ったかだ! 違うか!

彼女:違わ……ない……

彼氏:俺ときみとの娘なんだ! 納得するに決まってる! 癌がなんだ! 癌だって娘の細胞だ! 俺は癌ごと彼女

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を愛す! それは、きみだって同じだ!

彼女:△男さん……

彼氏:きみが癌なら、癌細胞ごときみを愛する! 俺はきみを愛しているんだ! ○子、俺は、きみを愛している!

(彼女をがっと抱きしめる)

彼女:△男さん……

彼氏:幸せになろう、○子。俺と一緒に……

彼女:(無言でうなずき)……ありがとう、△男さん……

■第7幕 結婚式

ナレ:こうしてふたりは結婚式を迎えた。

ナレ:彼女は天国の母親に誓う。

彼女:お母さん、わたし、幸せになるね……

ナレ:ふたりの愛は、宿命を凌駕したのだ。○子と△男よ、永遠に──。

fin

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習レポート

3.テーマ:近親婚

4.ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア)結婚を考えているカップルに対して、近親婚に対する正確な情報を提供し、本人同士が

納得する結論をだしてもらえるようサポートする。

(イ) 遺伝性疾患を持つ家族歴をはじめ、家族歴については正確に聴取できるように努め

る。

5.出演者

(ア)美貴:妻

(イ)わか:夫

(ウ)医者1

(エ)医者2

6.出演者の思い

(ア)美貴:生まれて来る子供が遺伝的な疾患を持つのではないかと心配

(イ)わか:美貴と同じ心配をしている

(ウ)医者1:フェニルケトン尿症は食事をしっかりと気をつければ問題ないことをしっかりと説

明しようと考えている

(エ)医者2:医者1と同じ考え

7.各自の感想

(ア)今回の実習では実際に演技をするということですごく緊張しました。しかし、遺伝カウンセ

リングの場でしっかりと考えていかなければならないさまざまなことをみんなで話しあえたことは

すごくためになったと思いました。近親婚の場合生まれてくる子供がどのような遺伝的疾患を持っ

てしまうかよそくすることがむずかしいので、シナリオを考えるときにそこが一番難しかったです。

カウンセリングする側はどのような疾患が普通のカップルよりもどの程度高い確率で子供に発現

するかということを詳しく相談者の納得のいくように説明することが重要であると感じました。この

ようなことを考えるきっかけができたので今回の実習は有意義なものとなりました。

(イ)今回のテーマは近親婚ということで、あまりこの実習までは、遺伝カウンセリングのクライ

アントとしては思い浮かばなかったテーマでした。そのため、最後までどのように話を進めていけ

ばよいのか考えました。ほかのグループの発表を見ることができたので、自身でもやってしまい

そうであるけれども、クライアントを傷つけてしまいそうな言動についてなど、更に理解が深まって

良かったと思います。遺伝カウンセリングロールプレイをやってみて、遺伝カウンセリングは本当

に抱え込んで苦しい思いをしている人の駆け込み寺のような存在であるな、と感じました。

(ウ)この実習において、単に遺伝カウンセリングについてだけではなく、実際に医師になった

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ときに良い診察を行える能力も学ぶことができたと思う。シナリオを作る段階からカウンセリング

の順序、ひとつひとつの言葉遣いにまで気をつけて作っていった。患者の話に傾聴しつつ、正確

な情報を適切に伝えるのは簡単なことではないことがわかった。

(エ)この実習を通じて、遺伝カウンセリングを行う際に様々な問題や障害があることを知り、

実際に自分が医師となり患者にカウンセリングを行うことになったときに、どのような点に注意し

て行えばいいか、学べてとても良い経験になった。また、クラスの友達の発表で、意外な一面を

見ることができてよかったです。

8.シナリオ

わか:僕と結婚してくれないか

美貴:はい

指輪をはめてもらう

わか:あーよかった。俺らいとこ同士で、美貴が親戚同士の結婚に乗り気じゃなかったから、心配

だったんだ

美貴:私が結婚したいと思えるのはあなただけだから。

=場面が変わり、ナレーションが入る=

N:その後、籍を入れ、結婚の報告に、お互いの両親を含めた親戚に報告に行った二人は、近親

婚では障害児が生まれやすいから、と一部の親戚からは祝福されなかった。そして、結婚して 7

ヵ月後、妊娠していることがわかった。子どもが障害児に本当になるのか、かかりつけの内科で

その相談を美貴がしてみることになった。

=場面が変わる=

美貴:先生ご無沙汰しています。

医者2:どうされました?

美貴:私、主人とはいとこ同士でして、近親婚で障害児が生まれやすい、って聞いて、先生に本

当のところどうなのか伺ってみようと思ってきたんです。実は、昨日わかったんですが、赤ちゃん

がいるんです。

医者2:そうなんですか!!おめでとうございます!

美貴:ありがとうございます。主人はすごく喜んでくれて、私もうれしいんですが、結婚報告のとき

障害児が生まれる、って親戚の一部に反対されたことが気になっていて。

医者2:そうですか。お子さんのことについては、専門にしている知り合いの大学病院の医師を紹

介しますから、旦那さんとそちらで詳しく聞かれたらいいでしょう。いかがですか?

美貴:はい、よろしくお願いします。

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=場面は大学病院へ=

N:二人は連添って大学病院のカウンセリングを受けにきた。第一回目は、AとBが近親婚で生ま

れる子どもが障害児である確率をどのように考えているか、を確認した。また、劣性遺伝の仕組

み、家族暦の聴取など1時間にわたってセッションを行った。

実際、二人の子どもが、治療をしないと重度の精神遅滞を引き起こすフェニルケトン尿症にかか

る確率が高いことがわかったことについては第二回目に改めて話をすることになった。

そして、第二回目となった。

医者1:こんにちは

わか:こんにちは、よろしくお願いします。

医者1:前回までの話で、わからないところはありますでしょうか?

わか:先生から図入りのわかりやすい資料をいただきましたし、看護師さんがとってくださったセッ

ション中のノートもいただきましたから、二人でしっかり勉強してまいりました。ですから、大丈夫で

す。

医者 1:前回、ご家族について伺いました。それで、00さんのお子さんは、ある病気を持て生まれ

る可能性があることがわかりました。

わか:ええ。それでどういう病気なんです?

医者1:生まれてすぐから、食事に気をつければ元気に育つ病気なのですが、フェニルケトン尿症

という病気です。

=資料を渡す=

わか:で、食事に気をつけないとどうなるんです?

医者1:知能障害などが起こりますが、食事療法で十分防げます。

美貴:命にはかかわらないんですよね?

医者1:はい。食事療法をしっかりすれば大丈夫です。生まれてすぐ、すべての赤ちゃんに検査を

行いますし、仮にフェニルケトン尿症であっても、病院の方でも全力でサポートしていきます。

わか:本当に大丈夫なんですか?

医者1:ええ。きちんとミルクの段階から気をつければ元気に育ちますよ。

わかと美貴:よかった。(見合わせてうなずく)

医者2:ただ、ここで覚えておいていただきたいのは、どのご夫婦にも障害児のお子さんは生まれ

てくる可能性はあるということです。ですから、お二人にもフェニルケトン尿症に限らず、障害を持

ったお子さんが生まれる可能性もあるわけです。

美貴:ええ。それはそうですよね。そして、近親婚でないカップルの場合に比べて、障害児が生ま

れる可能性は 1 パーセントだけ高くなる、って前回習いました。

わか:僕たちは、ただ、僕たちと僕たちの子どもがどのような状況に置かれているのか、先生に教

えていただきたかったんです。年寄りの親戚に色々言われて不安になっていたものですから。生

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物学とか良くわからないし、先生に噛み砕いて説明してもらえて、不安がとても軽くなりました。

美貴:私も、どんなことがあっても、この子は主人と一緒に育てていこうと思っていたのですが、不

安で不安で・・。ありがとうございました。

医者1:そうですか。今日お話した内容でも、そうでなくてもご心配なことがありましたら、いつでも

お電話くださいね。

わかと美貴:はい、よろしくお願いいたします。

=赤ちゃんの鳴き声流す=

N:その後、男の子が生まれ、その子は障害をもっていなかった。00夫妻は、その後、第二子の

妊娠の際も、遺伝カウンセリングを受け、不安を軽減することができた、と遺伝カウンセリングと

いうシステムがあってよかったと心から思った。

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社会予防医学実習 遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

90. テーマ:糖尿病

91. ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

(ア) 漠然とした不安を抱える患者さんの不安を少しでも軽減することの大切さ。

(イ) 特殊な遺伝・発現をするミトコンドリア遺伝病の正しくて分かりやすい説明をする。

92. 出演者

(ア) 患者

(イ) 夫:患者の夫

(ウ) 医 A:臨床遺伝専門医

(エ) 医 B:内科医

93. 出演者の思い

(ク) 患者:突然遺伝性の糖尿病といわれ戸惑いながらカウンセリングにおとずれる。

(ケ) 夫:妻の体調を気にかける。具体的に良くなる方法を知りたいと思っている。

(コ) 医 A:初のカウンセリングに対する不安を取り除くことからはじめようと考えている。

(サ) 医 B:病気について正しい知識を知ってもらった上で自分自身で考えてほしい。

94. 各自の感想

(ア)

今回の遺伝カウンセリングロールプレイを通して、これまでの講義では学べなかった事を学ぶ事ができたと思

う。なぜなら、「患者さんとのやり取り」という、実際の医療の現場での場面を想定した実践的なものだからだ。

遺伝カウンセリングは、患者さんやその家族に、疾患についての正しい知識を伝え、そして自らで意思決定を

していただく手助けをするものである。そうはいっても、ただそういうものかと話を聞くだけと、ロールプレイにし

ても自分たちで実際やってみるのとは大違いであった。伝えるべき情報があるとして、それをどう伝えるかでカ

ウンセリングは全く違う意味を持つものとなってしまう。患者さんの気持ちを十分汲み取る事なしにただ伝えた

のでは、患者さんに絶望感を与えるだけとなってしまいかねない。逆に言えば、様々なことを十分配慮に入れ、

きちんとしたカウンセリングを行う事で、絶望感しかもっていなかった患者さんに希望を持ってもらう事もできる

のだ。今回の実習で、その人の人生まで左右しかねない遺伝カウンセリングの意義や難しさを身をもって体験

できたと思う。また、他の班のすばらしい発表を見る事でも勉強になった。今回は遺伝カウンセリングを想定し

たものだったが、医師として患者さんに接していく私達全てに学ぶべき点があったと思う。今回学んだ事を今後

に活かしていきたい。

(イ)

ロールプレイ実習を終えてみて一番考えさせられたのは、医師が遺伝カウンセリングでどういった態度を取

ればよいのかということだった。医師は事実や情報を正確に伝えると同時に、患者の気持ちを思いやらなけれ

ばならない。ロールプレイを行い、また他の班の発表を見て、そのことを実践するのは思っていたよりもとても

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難しいのだと感じた。患者は医師のささいな態度、言葉に大きな影響を受けるのだということをいうことを改め

て心に留めたい。ロールプレイ実習は準備期間も長く大変だったが、様々なことを考えさせられる非常に有意

義な実習だったと思う。

(ウ)

糖尿病というテーマは、劇のシナリオにするには大きすぎて、非常にやりにくかった。糖尿病一般の話を出す

と、説明するだけでほとんどの時間を使い。かといって、Ⅰ型などにすると、話が遺伝ではなく内科の話になっ

てしまう。そのため、ミトコンドリア遺伝病という、糖尿病の中でも遺伝的要素が高く、かつ頻度が高いものをテ

ーマにしたが、それでもカウンセリングの場面しか作れなかった。他の班のようにカウンセリング以外の場面を

入れられなかったのが心残りです。

(エ)

今回の実習を実際にやってみて、実習中にしつこいほど言われ続けたこの実習に対する見解の変化というも

のはほとんどなかった。カウンセリングの重要性は再確認することはできたし、自分達自身が調べたミトコンド

リア異常による糖尿病についての知識はついたと思うが、かけている時間のわりに得たものは小さかったよう

に思う。患者をふくめた関係者を演じることで、患者さんたちが考えていることに思いをはせようとするという姿

勢を身に付けさせようとしているのならば、十分にシナリオ作成に携わり、患者の内面に目を向けることができ

た者が何人いただろう。そして何人がこの実習によってそのことの重要性に気づかされたのだろう。あまりにも

馬鹿にされている気がしてならないというのが正直な感想だ。演じることによって役になりきり、役柄の深層に

ある心理に達するという閾には到底たどり着けなかったし、もう少しシナリオを練る段階で班員と議論しておけ

ばよかったのではないかという後悔にも似た苦い思いが残る実習となった。来年以降もこの実習を続けるので

あれば、発表会云々よりもシナリオ作成段階の重要性を伝えていただけたらと思う。

95. シナリオ

病院で

医 A「盛崎さんどうぞ」

患者「失礼します」

医 A「どうぞこちらにおかけください」

「今日のカウンセリングを担当する、臨床遺伝専門医の吉田と申します」

医 B「内科医の村上です」

患者「よろしくお願いします」

夫 「よろしくお願いします」

「あの、すいません、私も同席していいのでしょうか?」

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医 A「もちろん構いませんよ」

「失礼ですが、旦那様でいらっしゃいますか?」

夫 「そうです、私がいても何の役にも立たない気がするのですけれど」

医 B「そんなことはありませんよ」

「病気というのは、患者さん 1 人だけの問題ではなく、家族全体の問題ですから」

「きっと旦那さんにもできることがあるはずです」

「それに、旦那さんがいらっしゃったほうが盛崎さんも心強いでしょう」

夫 「わかりました」

医 A「さて、早速で申し訳ありませんが、いくつか質問したいことがあります」

患者「はい」

医 A「これは確認ですが」

「ここで話されたことは第三者に漏れることはありませんので、ご安心ください」

患者「はい」

医 A「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ、簡単なことを2・3点お聞きするだけですから」

「そうですね、何か温かい飲み物でもいかがです?気分も落ち着きますよ」

患者「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫ですから」

医 A「そうですか?では、本題に戻りましょうか」

「本日は盛崎さんご本人の病気についてのご相談だそうですが、間違いありませんか?」

患者「はい、でも相談というか…」

「前の病院で、急に遺伝性の糖尿病だと言われて、何だかよくわからなくって…」

医 A「不安になられて、来院された」

患者「そうです」

「すいません、つまらないことでお伺いして」

医 A「いいえ、大丈夫です」

「盛崎さんのように、漠然とした不安を抱えて来院される方、多いですから」

患者「そうなんですか?」

医 A「ええ、ですからご心配なさらずに」

「先ほど前の病院とおっしゃいましたが、通院されていたのですか?」

患者「はい、1・2 ヶ月ぐらい前から体の調子がおかしくて、はじめは風邪かと思ったんですけど」

夫 「あまりにも様子がおかしいので、私が病院に連れて行きました」

医 A「病院に行かれたのはいつ頃ですか?」

夫 「2週間ぐらい前だと思います」

医 A「なるほど、それで遺伝性の糖尿病だと診断されたんですね?」

患者「はい、ミトコンドリア?が関係している糖尿病だそうなんですけど」

医 B「ミトコンドリアですか…」

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患者「あの、これ、前の病院のカルテのコピーです」

医 A「ありがとうございます」

医 B「なるほど、ミトコンドリア糖尿病で間違いなさそうですね」

医 A「すいませんが、最後にもう1つだけよろしいですか」

「盛崎さんの親族の方に、糖尿病にかかられている方はいらっしゃいますか?」

患者「はい、母が。あと、従兄弟にも 1 人、糖尿病の人がいます」

「母に聞いたところ、昔からうちの家系には糖尿病の人が多いらしいんです」

「そのことを前の病院でも話したら、遺伝性の糖尿病かもしれないと言われて…」

医 A「そうでしたか…、それでミトコンドリア糖尿病だと」

夫 「あの、ミトコンドリア糖尿病というのはどのようなものなのでしょうか」

「普通の糖尿病とは、やはり、違うのですか?」

医 B「それは、私の方から説明させていただきます」

「まず、ミトコンドリアというのは、細胞の中に多数存在する小さな器官のことで」

「細胞が活動するためのエネルギーを作り出しています」

「ミトコンドリアは細胞の DNA とは違う独自の DNA を持っていて」

「これが壊れると、ミトコンドリアが働かなくなり、エネルギーが作れなくなります」

「そうすると、細胞はエネルギー不足となって、活動できなくなるのです」

夫 「なるほど」

患者「なんとなくわかりましたけど、なんで糖尿病になるんですか?」

医 B「それはですね」

「食べ物は消化されると、糖・タンパク質・脂質に分解されます」

「このうち、糖は膵臓から分泌されるインスリンによって体内に取り込まれますが」

「糖尿病というのは、糖の量が多かったり、インスリンの量が少なかったりして」

「糖が体内に取り込みきれない病気のことです」

「盛崎さんの場合、DNA に変異をもったミトコンドリアが」

「膵臓の細胞に多く集まってしまい」

「インスリンが分泌されなくなってしまったのだと考えられます」

「つまり、糖を体の中にうまく取り込めないタイプの糖尿病です」

患者「はあ」

夫 「大丈夫?」

患者「うん」

医 A「少し時間を置きましょうか?」

患者「ちょっと混乱して…、でも大丈夫ですから、続けてください」

医 A「それでは、この病気の遺伝的な特徴をお話します」

「ミトコンドリア糖尿病というのは、ミトコンドリア DNA の 3243 番が」

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「点変異、つまり別のものに置き換わってしまったためにおこる病気です」

「発症年齢は30代が一番多く、糖尿病と同時に難聴になられる方もいらっしゃいます」

患者「難聴って、耳が聞こえなくなるんですか!」

医 B「盛崎さん」

「確かに、難聴になられる方はいらっしゃいます」

「ですが、まだ、盛崎さんが難聴になると決まったわけではありませんし」

「難聴といっても、まったく聞こえなくなる方はごくわずかです」

「不自由はあるでしょうが、補聴器などを使えば、十分、生活することができます」

患者「でも…」

夫 「先生!」

「難聴がいつ発症するか、わからないのですか?」

医 B「残念ながら、調べる手段はありません」

夫 「予防することは?」

医 B「ミトコンドリア糖尿病というのは遺伝的要素の大きい病気です」

「今のところ、難聴や糖尿病を予防するのに有効なものは見つかっていません」

患者「なんで、こんな…」

夫 「先ほど、遺伝的要素が高いとおっしゃいましたけど」

「それは、遺伝するということですか?」

医 A「簡単に言えばそういうことですが、病気がそのまま遺伝するわけではありません」

「病気のなりやすさが遺伝する、と考えていただいたほうがいいでしょう」

夫 「病気のなりやすさ、ですか」

医 A「そうです、そして、ミトコンドリアは母親からしか子供に伝わりません」

「盛崎さんの母方のご親戚に糖尿病の方が多いのは、そういうわけでしょう」

患者「あの、それって」

「私達に子供ができたら、その子も糖尿病になってしまうということですか?」

医 A「可能性は、高いです」

患者「そんな…」

医 A「ですが、先程も申し上げたように、遺伝するのは、病気のなりやすさです」

「遺伝したとしても、必ず発症するわけではありません」

夫 「事前に調べることはできないのですか?発症するとか、しないとか?」

「確か、出生前診断というのが、あったと思うのですけれど」

医 A「確かに、ミトコンドリアの検査はできますが」

「それで発症するかどうかは、残念ながらわかりません」

夫 「どうしてです?」

医 A「それはですね、少し難しい話になりますが」

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「同じ人でも、変異をもつミトコンドリアの割合は細胞によって違います」

「つまり、変異をもつミトコンドリアが集まっている細胞もあれば」

「ほとんどない細胞もある、ということです」

「ここまで、よろしいですか?」

夫 「はい」

医 A「ですので、検査した細胞に、変異をもつミトコンドリアの数が多くても」

「膵臓の細胞に少なければ、発症はしませんし」

「逆に検査した細胞に少なくても、膵臓の細胞に多ければ、発症してしまいます」

夫 「膵臓の細胞を直接調べることはできないのですか?」

医 A「難しいですね、できたとしても、膵臓の細胞すべてを調べるわけにはいきませんし」

「時期によって、細胞中の変異をもつミトコンドリアの割合は変化してしまいます」

夫 「つまり、発症するまでわからないと」

医 A「そういうことになります」

患者「ごめんね…、私がこんなんだから…」

夫 「そんなに自分を責めないで」

患者「先生、私はどうすればいいんでしょう…」

医 A「…お子さんのことを、私たちで決めることは、できません」

「お二人でよく話し合われて…」

夫 「ちょっと持ってくださいよ!」

「さっきから、検査はできないとか、わからないとか、そればかりじゃないですか」

「しかも、二人で決めろ、なんて、そんなこと…どうやって決めろって言うんです」

医 B「確かに、旦那さんが私たちのことを、無責任だと感じられるのは、当然だと思います」

「ですが、私たちにできることは、病気についての正確な情報をお伝えして」

「患者さんたちが、より良い生活を送られる手助けをすることだけです」

医 A「私たちが、何かを決めることは、できませんが、一緒に悩んで考えることならできます」

「でもこれだけは、覚えていてください」

「盛崎さんの生き方を決めるのは、盛崎さん自身です」

「そのためのお手伝いは、これからも、私が責任を持っていたします」

「ですから、何かわからないことや、心配になったことがあれば」

「いつでも構いませんので、遠慮なくお越しください」

患者「…ありがとうございます」

夫 「…先ほどは失礼なことを言って、申し訳ありませんでした」

医 A「そんなことはありませんよ、私のほうこそ、軽率な発言でした」

患者「今日は本当にありがとうございました」

「心配事も増えましたが、一人で悩んでいるより、ここに来てよかった気がします」

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夫 「それでは、今日は失礼します、どうもありがとうございました」

医 A「お大事に」

医 B「お大事に」

おわり

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遺伝医学ロールプレイ実習 レポート

1.テーマ:家族性大腸ポリポーシス

2.ケースの遺伝カウンセリング上の問題点・留意点

・ 家族歴から常染色体優性遺伝のポリープ形成を伴う大腸癌が疑われるとき、本症の可能性

が高い。

・ 親が患者であれば子供に遺伝する確率は 50%、遺伝した際の浸透率はほぼ 100%だが癌

化には多段階変異が必要であり、環境因子の関与も示唆され、sulindac sulfone などによる

化学予防が試みられている。

・ 発端者で APC 変異が決定できれば同一家系内の保因者診断が可能。コドン 1250-1450 の

間に APC 変異のある家系では 5000 個以上の多数の腺腫が発生し、コドン 171 以前の N 末

端側に変異のある家系では腺腫の数が極めて少ない。

・ 保因者は、半年から 1 年に一度の大腸内内視鏡検査が必要。1cm 以上の大きなポリープや

異型度の高い生検所見が得られた場合は手術適応である。

3.出演者

(ア)ミサワ アツシ:主人公、25 歳

(イ)ミサワ ケン :主人公の父、50 歳。大腸癌を罹患

(ウ)ミヤギ :医師

(エ)ナレーター

6.出演者の思い

(ア)ミヤケ:自分が FAP を遺伝しているのかどうか知りたい。

(イ)ミサワ:息子に FAP が遺伝しているのではないか、心配だ。

(ウ)医師 :家族性大腸ポリポーシスについて誤解無く理解し、より良い人生を歩んで欲しい。

(エ)ナレーター

7.各自の感想

遺伝病と一言で言っても、常染色体優性遺伝や常染色体劣性遺伝、X 連鎖劣性遺伝と多岐にわ

たるように、それぞれの遺伝病によって罹患者の悩みもまた多岐にわたることをこの遺伝

子ロールプレイ実習で学んだ。家族性大腸ポリポーシスでは、癌であるという事実と遺伝

病であるという事実の二重の苦しみを味わうことになる。片方でさえ受け入れがたい事実を

二重に受け入れなくてはならない患者の苦悩をどう表現すればいいのか、それを告知する

医師の心情、態度はどのようなものか。班でディスカッションする際に、台本を製作する際

に苦労した点だった。実際にできた台本がこれらのことを表現できたかはわからないが、少

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なくともそれぞれの立場を考え、理解しようと努めた経験は将来医師となった時に役立つと

確信している。

「遺伝する病気=遺伝病」という一般のイメージを踏まえ、それをどう患者に正しく理解してもらうか

という点に気を使った。また医師役として、患者への声のかけ方や対応の仕方、言葉の選

びにも非常に注意が要ることを知った。患者が取り乱すという設定にしたが、それを極力な

くしていくためには綿密なカウンセリングが必要であると痛感できた。今回学んだことを、実

際医師になり患者と向かいあった時に是非生かしていきたい。

今回の実習は非常に有意義なものであった、と断言しよう。初回の発表の際にこの事が確信でき

た。各劇団ごとに見事練りに練られた脚本、有用性をふんだんに吐き出した凝った演出、

そして舞台の上での堂々とした演者達。世論では否定的な意見が多かったように見受けら

れたが、蓋を開けてみれば皆生き生きと舞台に立っていた。少なくともあれを見た瞬間は

『天は二物を与えず』の言葉を荒唐無稽の妄想、と心の中で断定したものだ。当然ながら

我々は一学府の庇護の下にあり修行中、未熟な若輩者故ストーリーサイドでの不具合、考

証不足を指摘されることもしばしばではあった。が、ドラマサイドの指摘はほぼなかったよう

に見受けられた。ここに、右脳と左脳、無髄と有髄、アナログとデジタル、強いて言うならば

文系と理系の事象の問題意識の捉え方の差異が顕著に表れた点も面白かった。今後学

友をこのように多面的に捉えることは、残念なことに多くはないであろう。その事を踏まえて

も今回の実習は良いものであった。後に続く者達がこの実習でより良き何かを得ることを切

に望む。

シナリオを考える際、医師として伝えるべき情報をどうやって判りやすく説明するか、そして検査結

果や患者さんにとってショックの強い情報を伝えるとき、どのような言い方をするべきか。ま

た、患者やその家族のせりふも考えたことで彼らの思いを自分なりに考え、班員の意見も

聞けたことは貴重な経験であった。発表会ではクラスメイトの意外な演劇の才能に驚くこと

しばしばで、いろんな疾患の遺伝形式、発症する年齢などによって患者さんたちの悩みも

違ってくることを具体的に理解することができた。今回は遺伝性疾患に関するカウンセリン

グにしぼっていたが、そうでなくても患者さんやその家族に対する細やかな気遣いは重要

である。そのことを心して、このたび学んだことを今後も生かしていけたらと思う。

8.シナリオ

シーン①(父、医師)

ミサワ ケン50歳は二年前に妻と別れ、現在は母親と息子25歳の三人家族。会社の癌検診

で異常が見つかり、近くの病院で検査を受けることになった。数日後、その検査結果を聞きに

来院する。

父:先生、検査の結果はどうだったのでしょうか?

医師:前回の検査の結果ですが、大腸に悪性の腫瘍が見つかりました。

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父:…それは大腸癌ということでしょうか?

医師:そういうことになります。しかし早期で発見できましたので、手術で根治できます。

父:そうですか。それはよかった。

医師:ただ、少し問題がありまして…

父:問題…?

医師:ええ。実は内視鏡の検査結果で多数のポリープが見つかりまして。

父:ポリープ?それはよくないものなのですか?

医師:遺伝病の家族性大腸ポリポーシスである可能性があります。

父:え………私は、私は遺伝病なのですか!?

医師:断言はできません。ですが、正直なところ可能性は高いと私は見ています。

父:…。

医師:どうされました?

父:実は…ですね、息子にも言っていないのですが、私の父も大腸の癌で亡くなっているんです。

私も父と同じ病気なんですかね…。父が亡くなったときにその病気が遺伝するものと知って、

私も父と同じ病気になるかもしれないことがすごく怖かった。この数十年、いつも不安でした。

できればこの辛さを息子には味わってほしくないんです。私がこの病気で、息子に遺伝して

いるなら、このことは息子には知らせたくないんです。

医師:そうですか。

父:先生、私の病気が息子に遺伝してしまっているのでしょうか。

医師:ミサワさんが、あくまでこの家族性大腸ポリポーシスであった、と仮定した場合ですが、息子

さんにも 50%の確率でポリポーシスは遺伝し、発症します。ただし、ポリポーシスになった

からといって必ず大腸癌になるわけではありません。

父:大体どれぐらいの割合で癌になるのですか?

医師:個人差はありますが、25 歳過ぎごろまでに約 1%、40 歳を過ぎると 50%、また 60 歳までに

は 90%の確率で大腸癌になります。また大腸以外にも甲状腺がんや、十二指腸の病気を

併発する可能性があります。今回のミサワさんの場合のように癌が早期に発見されれば、

たとえ家族性大腸性ポリポーシスであったとしても、癌の治療はできるわけです。家族性大

腸性ポリポーシスは早期に発見できることで、得られることは多い病気だと思いますよ。もう

一度、三澤さんで考えていただき、ご家族と相談されるとよろしいと思います。

父:そうですか…わかりました。では帰って家族に相談してみます。

ありがとうございました。

シーン②(息子、医師)

父が FAP と診断されてしばらく後、話を聞いてきた息子が来院

息子:父から話を聞いてうかがいました。

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医師:そうですか、よくいらっしゃいました。

息子:単刀直入にうかがいますが、父が遺伝病の可能性があるということは僕にも遺伝しているの

でしょうか。先生、どうなのですか!

医師:そうですね、息子のアツシさんが家族性大腸ポリポーシスであるかどうかは、まず大腸内視

鏡検査をしてみなければわかりません。ただし、内視鏡でポリポーシスが見つからなかった

場合でも、まだ発症していない可能性もありますので、検査は年に一度は受けていただき

たいですね。35 歳を過ぎても見つからない場合はほぼ否定されます。

息子:すぐにわかる方法はないのですか? 早くわからないと不安でたまらないのです。

医師:遺伝子検査によって、お父さんからの遺伝子をアツシさんが受け継いでいるかどうかわかり

ますよ。ただし、お父さんの遺伝子検査で変異が発見されなければ、アツシさんの遺伝子

検査は行えません。

息子:なぜですか?

医師:アツシさんの検査で変異が見つからなかった場合、本当に陰性なのか、家族性大腸ポリポ

ーシスなのに検出されないのかが判断できないからです。

息子:じゃあまず父に遺伝子検査を受けてもらわなければいけないのですね。

医師:そうなりますね。ただし費用が比較的高価ですが…。それに、もっと重要なのは遺伝子検査

が必ずしも正しい選択であるとは限らないということです。安心を得たいと思って検査を受

けようとしている方は非常に多いですが、万が一変異が見つかった場合にその現実を受け

止める覚悟が十分でない方も多いようにみえます。つまり、結果要請である可能性も十分

に考えておく必要がある、ということです。また、遺伝子変異が見つからなかったとしても、

別の要因で癌が発症する危険性は十分にあることを覚えておいてください。

息子:そうですか…では家族とよく話し合ってみます。

後日、家族で話し合った結果、まず父の遺伝子検査が行われた。

そして父の検査結果で遺伝子変異が検出されたため、だいぶ悩んだが、息子も遺伝子検査も行う

ことにした。

シーン③(息子、医師)

遺伝子検査の結果を聞きに、息子が来院

息子:先生…どうだったのでしょうか。

医師:…検査の結果、ミヤケさんの遺伝子に変異が見つかりました。

息子:…では…では、父と同じ…

医師:家族性大腸ポリポーシスということになります。

息子:そんな…!じゃあ僕は癌になってしまうのだ…!

医師:(間をおいて)何度も説明しましたが、必ず癌になるとはいえないんですよ。(穏やかに)

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息子:わかっています。そんなのはわかっているんですよ。もちろん、覚悟はできているつもりでし

た。けど、けどね…。気持ちがついていかないんですよ!頭ではわかっていても気持ちの

整理ができないんです!

医師:そうかもしれませんね。当然です。少し深呼吸でもしましょうか。(間をおく)ポリポーシスは癌

になる可能性が高いとはいえ、その段階に至るまでに様々な原因が関与しているので、必

ずなるとは限りませんし、現在は薬による化学予防も試みられています。

息子:でも、完全に予防できるわけじゃないのでしょう?

医師:確かにそうです。そうは言ってもですね、半年から年に一度の割合で定期的に大腸内視鏡

検査を受けていただけば、たとえ癌が発症しても早期に発見して手術でとることができるの

です。

息子:いつ発症するかはわからないのですよね?

医師:そうですね、いつ家族性大腸ポリポーシスを発症するか大変ご不安だと思いますが、家族性

腫瘍や大腸腫瘍の患者さんのためのサポートグループもありますよ。大腸腺腫患者会、家

族性腫瘍研究会などがあり、患者さんとそのご家族を中心に、医師・カウンセラーを含めて

相互交流、情報交換などを行っています。他の方たちがどのようにして不安と戦っているの

かを知ることは、大きな励みになると思いますよ。

息子:そんな団体もあるのですか。自分だけではないんですね。私と同じ病気の人ってどれくらい

いるのですか?

医師:家族性大腸ポリポーシスは日本では 17400 人に一人ですから、7500 人ぐらいの患者さんが

いらっしゃることになります。その他、何かお聞きしたいことがありますか?

息子:いや、なんだか、少しですが気が楽になってきたような感じがします…。

医師:そうですか…。

息子:…。また、相談に来てもよろしいでしょうか?

医師:もちろんですよ。いつでもいらしてください。

息子:ありがとうございます。失礼します。