1 産科危機的出血に対する対応法は? 2 妊娠高血圧症候群 up to …

4
P48 産科教育セミナー 1 産科危機的出血に対する対応法は? 産科教育セミナー 2 妊娠高血圧症候群 up to date 妊娠高血圧症候群(HDP)は,母体や新生児の罹病率や死 亡率増加につながる周産期管理上非常に重要な疾患である.母 体は早産,子癇, HELLP症候群,常位胎盤早期剥離など重篤な 疾患を伴いやすく,また胎児発育不全(FGR)や胎盤機能不全 を伴いやすいことが知られている.さらにHDP既往女性では将来メ タボリック症候群を, HDP母体から生まれたFGR児も将来肥満・メ タボリック症候群の発症リスクが高いことが報告されている. HDPは学説の疾患と呼ばれ病因・病態は不明であったが,今ま さにその解明が進んでいる.これらの知見に基づき予知・予防法 や新しい治療の試みが報告され,さらに定義・臨床分類も国際的 な基準に沿う形で改定された. 本講演では, HDPについて歴史的背景,最近の病態に関する 知見,発症予知,管理方法,新しい治療法から母児の長期的な 影響まで,最近の知見を交えて概説する. [略歴] 1987岡山大学医学部医学科卒業 1991 1995岡山大学大学院医学研究科 1987 1991臨床研修(岡山大学医学部附属病院,広島逓信病 院,愛媛県立中央病院) 1995米国セントルイス大学薬理生理学教室 客員研究員 1997岡山大学医学部附属病院産科婦人科 医員 1999岡山大学医学部附属病院産科婦人科 助手 2000文部科学省在外研究員(米国ケースウエスタンリザー ブ大学) 2005岡山大学医学部・歯学部附属病院 講師 2008岡山大学病院周産母子センター 准教授 2012岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科 学 准教授 2017年-現在 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科 学 教授 2019年-現在 岡山大学病院 副病院長 [所属学会] 日本産科婦人科学会(代議員),日本婦人科腫瘍学会(理事),日本 臨床栄養学会(評議員),日本内分泌学会(代議員),日本産婦人科 手術学会(常任理事),日本女性栄養・代謝学会(理事),日本胎盤 学会(理事),日本糖尿病・妊娠学会(評議員),腎と妊娠研究会(理 事) [専門医等] 日本産科婦人科学会専門医/指導医,日本周産期・新生児医学会周 産期(母体・胎児)専門医/指導医,日本がん治療認定医機構がん 治療認定医,日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医/指導医,日本 女性医学学会女性ヘルスケア専門医/暫定指導医 産後出血(peripartum hemorrhage PPH)は稀ではない.そ の頻度は,分娩時の520%程度に発生すると言われているが, 分娩時の正確な出血量の把握は困難であり,それにより対応が遅 れることがある.世界保健機関(WHO)でも積極的妊娠第三期 の管理を推奨するなどPPHの予防が重要である.本邦ではPPH母体死亡の原因として最も多いものであるが,母体死亡の原因とし ては近年減少傾向である.とはいえ, PPHの危険因子保因妊婦は 増加しており, PPHそのものは減少していない. PPHによる母体死 亡が減少した原因としてはShock IndexSI)による PPHの早期 覚知と治療法の標準化が挙げられる. 2010年に示された「産科 危機的出血への対応ガイドライン」 以降,出血量の目測等ではなく 血圧と脈拍数による出血性ショックの早期覚知が標準化され, SI もとにしたアルゴリズムが一般化した.また,「産科危機的出血への 対応ガイドライン」では輸血の時期や高次施設への搬送時期につ いても示されており,早期覚知がPPHの母体死亡減少に寄与して いると考えられる.従ってまず早期覚知することが重要である. また, PPHが発生した時の治療戦略についても標準化されつつ ある. 循環血漿量を確保するための輸液・輸血が重要である.その際, 希釈性の凝固障害・アシドーシスや低体温といったDeadly triad (死 の三徴)を防ぐためには濃厚赤血球と新鮮凍結血漿を大量に輸 血する必要がある. 並行して出血原因の検索も重要である.原因としては頻度順に 弛緩出血 Tone),常位胎盤早期剥離などの胎盤血腫や胎盤遺 Tissue),頸管裂傷や子宮破裂などの分娩時外傷 Trauma), 羊水塞栓症を含む凝固障害 Thrombinのいわゆる 4Tが挙げら れる.これらはバイタルを落ち着けつつの修復が必要である. 最も頻度の高い弛緩出血の場合は子宮収縮薬の投与以外にも 様々な治療法が示されている.すなわち, Bakri Balloon などの子 宮腔内バルン留置, B-Lynch stitchHeyman縫合といった子宮 の止血縫合,子宮動脈の結紮や動脈塞栓術による出血部位への 血流コントロールなどが有用とされている. 産科危機的出血に対する対応法の最終手段としては出血部位 の外科的修復ということになるが,原因が弛緩出血や癒着胎盤な どの場合は産褥子宮全摘術ということになる.最終手段である理由 は産婦が以後の妊孕性を失うだけでなく,手術合併症の極めて高 い手術であるためと,手術手技や術後管理が困難であるからである. また,最も重要であるのは予防,早期覚知,一次処置,蘇生, 高次搬送,外科的介入という PPHへの対応をチーム医療として展 開すべきであるという点であると考える.そのためには産科医師・ 助産師のみならず他科の医師・看護師,臨床工学技士・臨床検 査技師・放射線技師など多職種間での情報や機材の共有が必要 で,カンファレンスやシミュレーション等をしておくべきであると考える. 本講演ではそれらの点についても言及する予定である. [略歴] 19923香川医科大学医学部医学科卒業 19946大阪警察病院産婦人科医員 19966大阪府立母子保健総合医療センター産科医員 20043大阪大学大学院医学系研究科臓器制御外科学産婦人科 博士課程卒業 20046大阪大学大学院医学系研究科助手 産科学婦人科学 20067大阪大学医学部附属病院産科チーフ兼病棟医長 20078大阪大学大学院医学系研究科学内講師 産科学婦人科学 20089市立泉佐野病院産婦人科部長兼周産期センター産科医療 センター長 20126大阪大学大学院医学系研究科 講師 20129りんくう総合医療センター産婦人科部長兼泉州広域母子セ ンター長 りんくう総合医療センター産婦人科 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科学 荻田 和秀 増山  寿

Upload: others

Post on 17-Mar-2022

4 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

P48

産科教育セミナー

1 産科危機的出血に対する対応法は?

産科教育セミナー

2 妊娠高血圧症候群 up to date

 妊娠高血圧症候群(HDP)は,母体や新生児の罹病率や死亡率増加につながる周産期管理上非常に重要な疾患である.母体は早産,子癇,HELLP症候群,常位胎盤早期剥離など重篤な疾患を伴いやすく,また胎児発育不全(FGR)や胎盤機能不全を伴いやすいことが知られている.さらにHDP既往女性では将来メタボリック症候群を,HDP母体から生まれたFGR児も将来肥満・メタボリック症候群の発症リスクが高いことが報告されている. HDPは学説の疾患と呼ばれ病因・病態は不明であったが,今まさにその解明が進んでいる.これらの知見に基づき予知・予防法や新しい治療の試みが報告され,さらに定義・臨床分類も国際的な基準に沿う形で改定された. 本講演では,HDPについて歴史的背景,最近の病態に関する知見,発症予知,管理方法,新しい治療法から母児の長期的な影響まで,最近の知見を交えて概説する.

[略歴]1987年 岡山大学医学部医学科卒業1991-1995年 岡山大学大学院医学研究科1987-1991年 臨床研修(岡山大学医学部附属病院,広島逓信病

院,愛媛県立中央病院)1995年 米国セントルイス大学薬理生理学教室 客員研究員1997年 岡山大学医学部附属病院産科婦人科 医員1999年 岡山大学医学部附属病院産科婦人科 助手2000年 文部科学省在外研究員(米国ケースウエスタンリザー

ブ大学)2005年 岡山大学医学部・歯学部附属病院 講師2008年 岡山大学病院周産母子センター 准教授2012年 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科

学 准教授2017年-現在 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科

学 教授2019年-現在 岡山大学病院 副病院長

[所属学会]日本産科婦人科学会(代議員),日本婦人科腫瘍学会(理事),日本臨床栄養学会(評議員),日本内分泌学会(代議員),日本産婦人科手術学会(常任理事),日本女性栄養・代謝学会(理事),日本胎盤学会(理事),日本糖尿病・妊娠学会(評議員),腎と妊娠研究会(理事)

[専門医等]日本産科婦人科学会専門医/指導医,日本周産期・新生児医学会周産期(母体・胎児)専門医/指導医,日本がん治療認定医機構がん治療認定医,日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医/指導医,日本女性医学学会女性ヘルスケア専門医/暫定指導医

 産後出血(peripartum hemorrhage:PPH)は稀ではない.その頻度は,分娩時の5~20%程度に発生すると言われているが,分娩時の正確な出血量の把握は困難であり,それにより対応が遅れることがある.世界保健機関(WHO)でも積極的妊娠第三期の管理を推奨するなどPPHの予防が重要である.本邦ではPPHは母体死亡の原因として最も多いものであるが,母体死亡の原因としては近年減少傾向である.とはいえ,PPHの危険因子保因妊婦は増加しており,PPHそのものは減少していない.PPHによる母体死亡が減少した原因としてはShock Index(SI)によるPPHの早期覚知と治療法の標準化が挙げられる.2010年に示された「産科危機的出血への対応ガイドライン」以降,出血量の目測等ではなく血圧と脈拍数による出血性ショックの早期覚知が標準化され,SIをもとにしたアルゴリズムが一般化した.また,「産科危機的出血への対応ガイドライン」では輸血の時期や高次施設への搬送時期についても示されており,早期覚知がPPHの母体死亡減少に寄与していると考えられる.従ってまず早期覚知することが重要である. また,PPHが発生した時の治療戦略についても標準化されつつある. 循環血漿量を確保するための輸液・輸血が重要である.その際,希釈性の凝固障害・アシドーシスや低体温といったDeadly triad(死の三徴)を防ぐためには濃厚赤血球と新鮮凍結血漿を大量に輸血する必要がある. 並行して出血原因の検索も重要である.原因としては頻度順に弛緩出血 (Tone),常位胎盤早期剥離などの胎盤血腫や胎盤遺残 (Tissue),頸管裂傷や子宮破裂などの分娩時外傷 (Trauma),羊水塞栓症を含む凝固障害 (Thrombin) のいわゆる4Tが挙げられる.これらはバイタルを落ち着けつつの修復が必要である. 最も頻度の高い弛緩出血の場合は子宮収縮薬の投与以外にも様 な々治療法が示されている.すなわち,Bakri Balloonなどの子宮腔内バルン留置,B-Lynch stitchやHeyman縫合といった子宮の止血縫合,子宮動脈の結紮や動脈塞栓術による出血部位への血流コントロールなどが有用とされている. 産科危機的出血に対する対応法の最終手段としては出血部位の外科的修復ということになるが,原因が弛緩出血や癒着胎盤などの場合は産褥子宮全摘術ということになる.最終手段である理由は産婦が以後の妊孕性を失うだけでなく,手術合併症の極めて高い手術であるためと,手術手技や術後管理が困難であるからである. また,最も重要であるのは予防,早期覚知,一次処置,蘇生,高次搬送,外科的介入というPPHへの対応をチーム医療として展開すべきであるという点であると考える.そのためには産科医師・助産師のみならず他科の医師・看護師,臨床工学技士・臨床検査技師・放射線技師など多職種間での情報や機材の共有が必要で,カンファレンスやシミュレーション等をしておくべきであると考える. 本講演ではそれらの点についても言及する予定である.

[略歴]1992年3月 香川医科大学医学部医学科卒業1994年6月 大阪警察病院産婦人科医員1996年6月 大阪府立母子保健総合医療センター産科医員2004年3月 大阪大学大学院医学系研究科臓器制御外科学産婦人科

博士課程卒業2004年6月 大阪大学大学院医学系研究科助手 産科学婦人科学2006年7月 大阪大学医学部附属病院産科チーフ兼病棟医長2007年8月 大阪大学大学院医学系研究科学内講師 産科学婦人科学2008年9月 市立泉佐野病院産婦人科部長兼周産期センター産科医療

センター長2012年6月 大阪大学大学院医学系研究科 講師2012年9月 りんくう総合医療センター産婦人科部長兼泉州広域母子セ

ンター長

りんくう総合医療センター産婦人科 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科産科・婦人科学

荻田 和秀 増山  寿

P492020 ( 令和 2 ) 年 11 月

産科教育セミナー

産科教育セミナー

3 東京都における母体救命搬送の現況

産科教育セミナー

4 ちょっと工夫が必要な帝王切開前置胎盤における出血量軽減の工夫

 前置胎盤は帝王切開時に大量出血を来たすことがあり,産婦人科診療ガイドライン産科編2020には「帝王切開の術前に輸血や子宮全摘についてもインフォームド・コンセントを得ておく(A)」と記載されている.子宮下部は線維芽細胞/平滑筋細胞の構成比が高く収縮力が弱いため,胎盤剥離面から大量の出血を来たしやすい.前置胎盤は近年の高年妊娠化に伴い年々増加している.本講演では前置胎盤の患者さんを担当した若手の先生が,安心・安全な医療を患者さんに提供できるよう,①出血リスクの評価,②術前準備,③術中の対処法について概説する. 大量出血のリスクは胎盤の位置,頸管長や胎盤辺縁の厚み(内子宮口上の胎盤厚),癒着胎盤の可能性により異なる.出血リスクの程度に応じて帝王切開の日程を設定し,輸血(自己血,同種血,自己血回収装置)やハイブリッド手術室の準備を行う.癒着胎盤の可能性が高い場合は血流(総腸骨動脈あるいは大動脈)遮断用バルーンカテーテルと尿管ステント(子宮摘出必要時の尿管損傷回避目的)の留置を考慮する.帝王切開は術中に腟から流出する出血を評価するため,レビテーターなどを用い開脚位で行う. 子宮筋の切開は術中出血量を軽減するため原則として胎盤を避けて行う.しかし,胎盤が子宮前壁全面に付着し胎盤への切り込みが避けられず,癒着胎盤の可能性が低い場合には,経胎盤的に児を娩出することも許容される.また癒着胎盤や超低出生体重児の場合は底部横切開で児を娩出することもある.内子宮口付近から湧き上がるような出血を認める場合はガーゼ圧迫,子宮頸部を絞扼するrubber tourniquet,U字縫合,子宮内バルーンタンポナーデなどの出血量軽減法を組み合わせ出血を制御する.多量の性器出血が子宮筋閉創後も持続していることがあるので,術中に適宜腟からの出血の程度を確認する.また,術中に出血が制御できているように思えても,帰室後に大量出血を認めることがある.したがって,前置胎盤では全例で予防的に子宮内バルーンを使用することを考慮する. 帝王切開時の大量出血や子宮摘出を回避するためには,十分な出血リスクの評価を行い,手術に臨む前に子宮筋の切開や出血量軽減の一連の操作を頭の中で繰り返しシミュレーションすることが望ましい.

[略歴]1998年 京都大学医学部医学科卒業2007年 米国Duke大学留学2009年 京都大学大学院医学研究科外科系専攻博士課程修了2018年 京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学 准教授2020年 京都大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター 

センター長[所属学会]日本産科婦人科学会(代議員,幹事,産婦人科ガイドライン産科編委員会委員,周産期委員会委員),日本周産期・新生児医学会(評議員),日本妊娠高血圧学会(幹事,評議員),日本胎盤学会(理事),日本産婦人科手術学会(幹事),日本婦人科腫瘍学会(代議員),日本産科婦人科内視鏡学会,日本ロボット外科学会,日本母体救命システム普及協議会(プログラム開発・改定委員会委員,学術委員会委員)

[専門医等]日本産科婦人科学会専門医・指導医,日本周産期・新生児医学会母体・胎児専門医・指導医,日本婦人科腫瘍学会専門医,がん治療認定医,日本ロボット外科学会専門医

 妊娠・分娩期には,異常出血・産科DIC,脳卒中,周産期心筋症など,緊急に救命処置を要する事態が生じうる.救急医療に対応できる病院内で起きれば直ちに救命処置が施されるわけであるが,分娩の半数以上が1次施設で行われている日本においては,対応可能な高次施設への速やかな搬送が必要となり,これが母体救命搬送である.妊娠・分娩期特有の疾患であったり,妊娠・分娩期に生じるために産科のない施設から敬遠されたり,一般の救急医療で受け入れ困難とされる場合が少なくない. 東京都には,救命救急センターが26カ所,総合周産期センター・地域周産期センター・周産期連携病院が40カ所あり,この両者に該当する「母体救命対応が可能な周産期センター」が21カ所あって,母体救命搬送を担っている.東京都では,救急医療と周産期医療が連携して,緊急に母体救命処置が必要な妊産褥婦の受入先を迅速に確保する仕組みを「東京都母体救命搬送システム」として定め,2009年3月より運用が開始されている.母体救命症例を必ず収容する「スーパー総合周産期センター」を毎日当番制で指定し,事例が発生したら,「母体救命対応が可能な周産期センター」を直近から順次あたっていき,収容できるところがなければその日の当番の「スーパー総合周産期センター」が受け入れる,という仕組みである.母体救命搬送は3次救急であり,転院搬送もしくは一般通報である.転院搬送であれば搬送元医療機関が母体救命に相当するかどうか判断できるが,一般通報の場合は救急隊が「疾病観察カード」を参照し判断するため,多少のオーバートリアージが許容される. 東京都は年間約11万の分娩があり,母体救命搬送は年々増え,最近では年間200~300件ほどである.年々増えているのは,疾患背景の変化よりもシステムがより広く適用されてきているものと思われ,さらに,受け入れ先確保までの時間は短縮傾向にある.疾患は,出血性ショックや産科DICが半分以上を占め,その他,激しい腹痛,意識障害などである.なかには,一般通報で「未受診妊婦・陣痛発来」「流産・自然排出」などが,「疾病観察カード」により「妊娠」かつ「激しい腹痛」に該当するということで母体救命搬送とされるなど,効率性に課題は残る. 当院は2017年3月より「スーパー総合周産期センター」に指定されたが,もともと「母体救命対応が可能な周産期センター」であり近隣の母体救命症例を受け入れていたので,指定前後で数の大きな変動はない.「産褥期」の「出血性ショック」や「産科DIC」が半数以上を占めている.救命科が初療から対応しており,静脈・動脈路確保,輸血,全身検索など,マンパワーをもった速やかな対応ができている.また,普段からクリオプレシピテートを調整常備しており,速やかな加療を支えている.これらは母体救命搬送受け入れの骨格となっている.

[略歴]1994年3月 東京大学医学部医学科卒業2001年3月 東京大学大学院医学系研究科 生殖発達加齢医学専攻

修了 医学博士 東京大学医学部附属病院,焼津市立総合病院,東京警

察病院で研修ののち,2000年9月 長野県立こども病院産科2002年4月 東京大学医学部附属病院女性診療科・産科

(2003年12月-2006年3月 Fred Hutchinson Cancer Research Center)2012年7月 聖路加国際病院女性総合診療部2013年12月 東京都立墨東病院産婦人科2016年4月より同部長

[所属学会]日本産科婦人科学会,日本周産期・新生児医学会(評議員),日本超音波医学会,日本人類遺伝学会(評議員),日本産婦人科・新生児血液学会(理事),日本母性内科学会(理事),日本成人先天性心疾患学会(評議員),日本血栓止血学会,他日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会診療ガイドライン作成委員東京都周産期医療協議会周産期搬送体制検証部会委員日本医療機能評価機構産科医療補償制度原因分析委員会委員

[専門医等]産婦人科専門医・指導医,周産期専門医(母体・胎児)・指導医,超音波専門医・指導医,臨床遺伝専門医,日本血栓止血学会認定医,他

東京都立墨東病院産婦人科 京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学

兵藤 博信 近藤 英治

P50

産科教育セミナー

5 実現性と浸透性を目指した胎児超音波形態スクリーニング

 胎児疾患の超音波診断に関する近年の進歩は周知のところである.特に,出生後に速やかな治療や専門管理を要する疾患を胎児診断することの児予後へのインパクトは大きい.周産期・生後管理技術の進歩もあって多くの疾病児の予後が改善してきている.ただ,こういった疾病児の管理を行う施設は地域内で限られている.おのずと,疾病胎児の診断と管理の経験を豊富に有する医師も産婦人科医全体からみれば限られている.一方,疾病胎児の多くはlow risk populationから発生する.つまり,その妊娠管理は胎児疾患の管理を日常的に行っている周産期センターではなく,最初は1次施設や2次施設で行われていることがほとんどである.産婦人科という診療科には幅広い専門領域があり,1次,2次施設でlow risk populationの妊婦健診を行っている産婦人科医の多くは本学会専門医や超音波医学会専門医ではない.超音波断層法を用いて胎児形態をスクリーニングするという概念は近年広まっているが,胎児形態を超音波でみることに潜在的に苦手意識を持った産婦人科医は多い.疾病胎児をピックアップするための最初のきっかけとなってもらえる医師に,胎児形態スクリーニングの具体的な方法をどう伝え,どう浸透させるかは周産期医にとって重要な課題である. 胎児形態スクリーニングとは,形態異常の疑いのある児を広くピックアップするための検査である.診断名をつけることや病状を評価すること,周産期管理を考えることや予後を予測することは求められていない.スクリーニング陽性例の診断と病態評価,フォローアップのための精密超音波検査は地域に数人いる特定の専門医ができればいい技術と考える.多くが正常というpopulationの中から疾病を見逃さない(偽陰性をなくす)という意識の元では,偽陽性は一定数あるのが自然である.感度が高く偽陰性率が低いことがスクリーニング検査の理想である. 現在の日本の妊婦健診の体制を考えれば,複雑な知識や高い技術の必要なプログラムは,広く実現させることが難しい.専門医や専門施設がレベルの高い(より細かく頻度の低い疾患を拾い上げるための)プログラムを独自に追求することは重要である.一方で,広く実現可能で,しかも効率的なプログラムを考えることはより重要である.その場合,描出すべき断面は少しでも簡単なものがよく,その上で,観察する時の意識の持ち方によってピックアップされうる疾患の幅が広がるならば,効率がよい. 本セミナーでは妊娠中期以降のテクニカルな話題として,実現可能性と浸透性を意識しながら,胎児形態スクリーニングを行う際の留意点と実際の観察ポイント・手順の一案を提示したい.

[略歴]1998年 九州大学医学部卒業1998年 九州大学病院産婦人科2003年 国立循環器病センター周産期科専門修練医2006年 九州大学病院産婦人科 助教2011年 大阪府立母子保健総合医療センター産科2013年 九州大学病院総合周産期母子医療センター 助教2017年 同講師2020年 福岡市立こども病院産科

[所属学会]日本産科婦人科学会(指導医),日本超音波医学会(指導医),日本周産期・新生児医学会(専門医),日本母体胎児医学会,日本胎児治療学会,日本妊娠高血圧学会,日本産婦人科・新生児血液学会,日本早産学会

[役職]日本超音波医学会代議員,日本母体胎児医学会幹事,日本胎児治療学会幹事,日本妊娠高血圧学会幹事,日本周産期・新生児医学会評議員,日本産婦人科・新生児血液学会評議員,日本産科婦人科学会周産期小委員会委員,Journal of Obstetrics and Gynaecology Research 編集委員

福岡市立こども病院産科

日高 庸博

P512020 ( 令和 2 ) 年 11 月

産科教育セミナー

 

 

取得(da Vinci Siサージカルシステム)[Editorial Board Member](1)Scientific Reports /(2)Journal of Human Genetics /(3)Human Genome Variations /(4)The Journal of Obstetrics and Gynaecology Research(Associate Editor)

[学会活動](1)日本産科婦人科学会 代議員,ガイドライン運営委員会(産婦人科診療ガイドライン産科編2023作成委員会委員長),専門委員会(周産期委員会委員),倫理委員会(母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する審査小委員会委員),2020年度産婦人科専門医認定筆記試験問題作成委員会(周産期分野)委員),第74回プログラム委員会委員,理事会内委員会(サステイナブル産婦人科医療体制確立委員会委員)/

(2)日本周産期・新生児医学会 評議員/(3)日本婦人科腫瘍学会 代議員,査読委員/(4)日本女性医学学会 代議員/(5)日本人類遺伝学会 理事,評議員/(6)日本生殖医学会 代議員/(7)日本超音波医学会 胎児超音波スクリーニングガイドライン作成小委員会委員/(8)日本産科婦人科遺伝診療学会 代議員,幹事長,認定制度ワーキンググループ委員/(9)日本HTLV-1学会 評議員/(10)日本産婦人科・新生児血液学会 評議員/(11)日本胎盤学会 理事/(12)日本絨毛性疾患研究会 世話人/(13)日本遺伝カウンセリング学会 評議員/(14)日本母性衛生学会 代議員/(15)出生前診断研究会(九州・山口) 幹事/(16)日本産婦人科医会 先天異常委員会委員/(17)佐賀大学医学部非常勤講師/(18)長崎県母性衛生学会 会長/(19)長崎県健康事業団 理事/(20)長崎県保健医療対策協議会がん対策部会子宮がん委員会委員長/(21)長崎地方裁判所(専門委員)/

(22)長崎県ATLウイルス母子感染防止研究協力事業連絡協議会委員/(23)長崎県先天性代謝異常等検査事業検討協議会委員/(24)長崎県新生児聴覚検査推進事業検討協議会委員/(25)長崎県妊産婦等相談支援ネットワーク推進協議会委員/(26)長崎県周産期医療支援システム協議会委員/(27)長崎県保健医療対策協議会「小児・周産期・産科医療確保対策部会」委員/(28)長崎県周産期医療検討委員会委員/(29)長崎県新型コロナウイルス感染症対策調整本部 特殊疾患(産科)コーディネーター

 

 

産科教育セミナー

6 周産期遺伝診療の基礎知識

 ゲノム解析技術の進歩により,DNAマイクロアレイ法や次世代シークエンス法などを用いた網羅的遺伝子解析法が開発された.周産期遺伝診療においても,網羅的遺伝子解析法により,母体血を用いた胎児染色体検査(non-invasive prenatal testing:NIPT)が臨床応用され,従来のGバンド法を用いた胎児染色体検査では限界があった微細欠失症候群なども技術的には評価可能になっている.一方,網羅的遺伝子解析では,病的意義が不明な遺伝子異常や偶発的所見が検出される可能性もある.また,胎児染色体検査には,確定的検査と非確定的検査とがある.前者には羊水検査や絨毛採取などがあり,それ自体で診断を確定できるが,破水や流産などのリスクを伴う.一方,後者には超音波検査,母体血清マーカー検査およびNIPTなどがあり,非侵襲的に罹患リスクを推定することができるが,診断の確定には侵襲を伴う確定的検査が必要とされる.最近では,NIPT偽陽性の原因として,胎盤限局性モザイク

(confined placental mosaicism:CPM)の存在が注目されている.CPMは,絨毛採取で染色体検査を行ったときの約1%に認められ,胎児の片親性ダイソミー,インプリンティング遺伝子疾患,胎児発育不全などの病態との関連が報告されている.周産期遺伝診療においては,妊婦とそのパートナー(以下,カップル)は事前に検査の意義をよく理解しておく必要があり,検査前後の遺伝カウンセリングが必須である.遺伝カウンセリングでは,カップルが検査で何を,何処まで,どのように,どのような方法で知りたいのか答えを見出すことができるように,医療者はカップルの話をよく聞くことが大切である.そして,医療者には,様 な々ゲノム解析技術の特性を理解して,検査計画を立案することが求められる. 本講演では,周産期遺伝診療で用いられる検査法ならびに遺伝カウンセリングについて概説し,臨床上の留意点について述べる.

[略歴]1995年3月 長崎大学医学部卒1995年5月 長崎大学病院産科婦人科入局1999年4月-2001年9月  ハーバード大学医学部ポスドクフェロー2000年3月 長崎大学大学院医学博士課程修了2003年7月 長崎大学病院産科婦人科 助手2006年4月 長崎大学病院産科婦人科 講師2011年4月 佐世保市立総合病院産婦人科 医長2012年4月 長崎大学病院産科婦人科 准教授2013年1月 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科学

講座 准教授2019年4月 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科学

講座 教授[専門医・指導医資格](1)日本産科婦人科学会専門医・指導医/(2)日本周産期・新生児医学会周産期(母体・胎児)専門医・指導医/(3)日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍専門医・暫定指導医/(4)日本生殖医学会生殖医療専門医/(5)日本女性医学学会認定女性ヘルスケア専門医・指導医/(6)臨床遺伝専門医・臨床遺伝指導医/(7)日本超音波医学会超音波専門医・指導医/(8)日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医/(9)日本内視鏡外科学会技術認定医/(10)日本がん治療認定医機構がん治療認定医/(11)日本性感染症学会認定医/

(12)母体保護法指定医/(13)日本周産期・新生児医学会新生児蘇生法専門コースインストラクター/(14)日本母体救命システム普及協議会認定ベーシックコースインストラクター/(15)da Vinci Certificate

長崎大学大学院医歯薬学総合研究科産科婦人科学

三浦 清徳