勤医協中央病院麻酔科 初期研修マニュアル 脊髄くも膜下麻酔 手技編

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1 勤医中央病 研修マニュアル 脊髄くも膜下⿇酔 ⼿編 1. 患者さんが⼊室したら、全⾝⿇酔の場合と同様、図、血圧、 SpO2 モニターをつけます。⼊室時のバイタルサインを録しておきます。全⾝⿇ 酔を併用しない場合は、換量の測定はしていません。呼吸は測定してお きましょう。静脈路が保されていなければ、保します。に術前の絶飲 ⾷時間が⻑い場合は、脊髄くも膜下⿇酔による血圧低下が大きくれること がありますので、ソルラクトを 500ml/30min の速度で与を開します。 術前の態によって、輸液量は適宜します。 2. 患者さんに臥をっていただきます。 1)まず、仰臥の態で⼿術の左に寄ってもらい、それから右きの 臥をっていただきます。このとき、滴ラインや図などモニター のコードがっ張られたり、患者さんの体の下に巻きまれたりしないよう に注します。腕経叢が牽されるのを防ぐために、頭が脊柱に対して っぐとなるよう、デッキやバスタオルで枕の⾼さを調節します。 2)臥となったら、患者さんの背中がなるべく⼿術の左端に寄るよう、 肩と腰を背中へきます。 3)患者さんに脚を、膝がお腹につくように曲げていただきます。膝を 腕で抱えてもらうと、背中全体を丸くすることができます。膝に障がある 場合などでは、できる範囲内で曲げていただきます。 4)顔は臍を⾒てもらいます。こうすることで、大限に背中を丸めること ができます。 5)背中が⼿術に対して角となるようにします。 脊髄くも膜下腔穿刺では、体をきちんとることが功の鍵です。 右下肢の骨折や、その他の理で右臥が患者さんにとって合な場 合は、左臥とします。また、ご自分で動けない⽅は、⿇酔科と看師で

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当院麻酔科2ヶ月ローテション研修医向けに作られたマニュアルです。

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勤医協中央病院 初期研修マニュアル

脊髄くも膜下⿇酔 ⼿技編

1. 患者さんが⼊室したら、全⾝⿇酔の場合と同様、⼼電図、血圧計、SpO2

モニターをつけます。⼊室時のバイタルサインを記録しておきます。全⾝⿇酔を併用しない場合は、換気量の測定はしていません。呼吸数は測定しておきましょう。静脈路が確保されていなければ、確保します。特に術前の絶飲⾷時間が⻑い場合は、脊髄くも膜下⿇酔による血圧低下が大きく現れることがありますので、ソルラクトを 500ml/30min の速度で投与を開始します。術前の状態によって、輸液量は適宜増減します。

2. 患者さんに側臥位を取っていただきます。

1)まず、仰臥位の状態で⼿術台の左側に寄ってもらい、それから右向きの側臥位を取っていただきます。このとき、点滴ラインや⼼電図などモニターのコードが引っ張られたり、患者さんの体の下に巻き込まれたりしないように注意します。腕神経叢が牽引されるのを防ぐために、頭が脊柱に対して真っ直ぐとなるよう、デッキやバスタオルで枕の⾼さを調節します。

2)側臥位となったら、患者さんの背中がなるべく⼿術台の左端に寄るよう、肩と腰を背中側へ引きます。

3)患者さんに両脚を、膝がお腹につくように曲げていただきます。両膝を腕で抱えてもらうと、背中全体を丸くすることができます。膝に障害がある場合などでは、できる範囲内で曲げていただきます。

4)顔は臍を⾒てもらいます。こうすることで、最大限に背中を丸めることができます。

5)背中が⼿術台に対して直角となるようにします。

脊髄くも膜下腔穿刺では、体位をきちんと取ることが成功の鍵です。

右下肢の骨折や、その他の理由で右側臥位が患者さんにとって不都合な場合は、左側臥位とします。また、ご自分で動けない⽅は、⿇酔科と看護師で

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体位をとります。体幹に対して⾸がねじれることのないように介助します。

3. 穿刺⾼の確認とマーキング

1)左右の腸骨稜を確認し、腸骨稜に沿ってマジックで印をつけます。

2)左右の腸骨稜を結ぶ線が Jacoby 線です。解剖学的には L4、または L4/5

椎間の⾼さを通るとされています。この⾼さにある棘突起にマジックで印をつけます。

3)⽪下脂肪のついた患者さんでは、体の外から触れた腸骨稜を基準としたJacoby 線は、実際には 1〜2 椎体上を通っていることが多くあるため、まず、最初に印をつけた棘突起より尾側の棘突起に印をつけていきます。最も尾側にある棘突起が L5 となります。

4)L5 を基準に、今度は頭側へ棘突起の数を数え、L2 まで印をつけます。穿刺部位は、L2/3 を基本とします。L2/3 の椎間が触れにくかったり、穿刺が難しい要素があれば、L3/4 を選びます。L4/5 からの穿刺は局所⿇酔薬の広がりが悪いため、避けます。また、成⼈では脊髄下端が L1 の⾼さにあるため、L1/2 以上の⾼さからの穿刺は避けます。

以上は、初⼼者のためのマーキング⽅法です。しっかりしたマーキングは、確実な穿刺を⾏うために役⽴ちます。初級者では、腸骨稜のマーキングを省き、L2、3、4 の三つの棘突起をマーキングする⽅法でもかまいません。また、指導医レベルでは、椎間⾼を確認するのみにとどめ、マーキングを省くこともあります。

背中は、患者さんからは⾒えない部分であるため、触るときには必ず声をかけてから⾏います。

4. 消毒、穿刺セット準備

ここからは、清潔操作で⾏います。

1)まず、両⼿をウェルパス、またはエタプラスで消毒します。⼿は、⼗分に乾かします。滅菌⼿袋の外袋を、看護師に開いてもらい、内袋を受け取り

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ます。平らな台の上に内袋を広げ、⼿袋をはめます。⼿袋の内袋は不潔野に広げますが、⼿袋本体と自分の両⼿は不潔野に触れることがないよう、⼗分に気をつけて⾏います。

2)脊髄くも膜下腔穿刺セット(写真1)は、看護師が開けてくれます。セットは、自分の右側においてもらいます。(利き⼿が左の場合は左に置いてもらいます)広げた布の端の部分は不潔野に近いため、触らないようにします。

3)まず、消毒用スポンジ 1 本を⼿に取り、イソジンを含ませ、マーキングによって決めた穿刺点を中⼼に、同⼼円を描くように広く消毒します(写真2)。このとき、⽪膚に⼿が触れないように気をつけます。使用した消毒用スポンジは、ビニール袋のかかったゴミ箱へ捨てます。2 本目の消毒用スポンジを取り、イソジンを含ませ、同様に消毒を⾏います。2 回目の消毒は、1

回目より⼀回り⼩さく消毒します。消毒用スポンジをゴミ箱へ捨てます。

4)消毒の効果を⾼めるため、2 分間待ちます。

5)この間に、穿刺の準備をします。

6)脊髄くも膜下腔穿刺セットの内容を確認します。10ml シリンジ 1 本、5ml シリンジ 1 本、18G 針(ピンク)1 本、24G 針(紫)1 本、25G 脊椎穿刺針 1 本、ガーゼ、透明覆布 1 枚がセット内容です。

5. 針の取り扱い

1)患者さんに使用した針は、針刺しに注意して取り扱います。針刺しを避ける原則として、リキャップはしないようにしてください。

2)穿刺中は、針の置き場所を自分で決めておき、その近辺に不用意に⼿を出さないようにします。慣れないうちは、針刺し用のスポンジを出してもらってそこに刺しておくか、清潔ペアンを使用して、1 回使用したらすぐにハザードボックスかお針箱に捨て、再度使用する場合には新しい針を出してもらうなどの⼯夫をするとよいでしょう。

3)穿刺終了後は、すべての針を自分で灰⾊のハザードボックスに廃棄します。このとき、ペアンなどを用い、素⼿で針を持たないようにします。

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6. ⿇酔薬の準備

1)1%オムニカイン(塩酸プロカイン 1A 10ml)を看護師に開封してもらい、10ml シリンジに 18G 針をつけ、薬液を吸引します。これは、穿刺部⽪下の浸潤⿇酔用です。薬液を吸引したら、18G 針はシリンジから外します。シリンジには 24G 針をつけ、針先までオムニカインを満たしておきます。

2)脊髄くも膜下⿇酔用 0.5%等⽐重マーカイン、または 0.5%⾼⽐重マーカインを、看護師に開封してもらいます。使用する薬剤、投与量は、⼿術に合わせ、あらかじめ決めておきます。5ml シリンジに 18G 針をつけ、投与予定量より多めに薬液を吸引します。薬液を吸引したら、18G 針は外します。シリンジ内の空気を抜き、目盛りを投与予定量に合わせておきます。

7. 穿刺

1)消毒から 2 分間待ったら、透明覆布のテープをはがし、不潔野に触れないよう気をつけながら広げ、⽳の開いた部分がちょうど穿刺予定部位に当たるようにかけます。

2)最初にマーキングによって決めた穿刺点を再度確認します。患者さんの体動によって、マーキングは 1cm 程度ずれることがほとんどです。マーキングを目安として、もう⼀度穿刺点を決めます。

3)24G 針をつけたオムニカインで、⽪下の浸潤⿇酔を⾏います。まず、オムニカインを⽪内に注射し、穿刺点に直径 3〜5mm の膨疹を作ります。膨疹から脊柱に対して垂直に 24G 針を 2〜3mm ほど進め、オムニカインを1ml ほど注⼊します。24G 針をさらに進めていき、0.5〜1cm ごとに 1ml

程度のオムニカインを注⼊します。注⼊前には、必ず軽く吸引して、血液の逆流がないことを確かめます。途中、骨に当たったら、針をいったん⽪下 3

〜5mm の深さまで引き戻し、刺⼊角度をやや頭側に傾けて、もう⼀度同様に⽪下組織に局所⿇酔薬を置いていきます。

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4)脊椎穿刺針は、オレンジ⾊の頭のついた内筒が、スムーズに動くことを確かめておきます。また、⽪下局⿇の操作によって体動があると、椎間⾼がずれてしまうことがありますので、本穿刺の前にもう⼀度、穿刺部位を確かめておきます。

5)脊椎穿刺針のべベルは必ず上に向けて穿刺します。両⼿の第2指で針の先端から 1/2 くらいの部分をはさむように持ち、第1指を針の頭に添えます。くも膜下腔に挿⼊される先端近くの部分には触れないように気をつけます。⽪下局⿇を⾏った部位から、脊椎に対して垂直に針を刺し、進めていきます。両⼿の第 3、4、5 指は、患者さんの背中につけ、針を進める⼿が前後左右にぶれないように、固定します。その他、⽚⼿で持つ⽅法などがあります(写真3)。

6)まず、⽪下局⿇に使用した 24G 針と同じ深さ(3cm)まで進めます。ここで⼀度内筒を抜き、髄液の逆流がないか 4〜5 秒かけて確認します。その後は、慎重に 5mm ずつ進め、内筒を抜き、髄液の逆流を確認していきます。硬膜を貫くと、プツンという穿刺感が得られますが、わからない場合も多く、慣れないうちは、少しずつ進めては逆流を確認する⽅が安全です。

通常は 4〜5cm でくも膜下腔に達しますが、痩せ型の⽅では浅く、肥満者では深くなります。穿刺途中で骨に当たった場合は、⽪下 0.5〜1cm の深さまで針を引き戻し、やや頭側に角度をつけて、もう⼀度進めていきます。⾼齢者では、髄液の逆流が遅いことが多いため、逆流の確認には 10 秒程度の時間をかけて⾏います。

8. 薬剤投与

1)髄液の逆流が⾒られたら、その深さのまま針を 90°ずつ回転させ、すべての⽅向で髄液が逆流することを確かめます。

2)全⽅向での髄液の逆流が確認できたら、内筒を半分ほど戻し、左⼿の第1指、第 2 指で針のなるべく頭に近い部分を持ち、左⼿背と第 3〜5 指を患者さんの背中につけ、針が動かないように固定します(写真 4)。左⼿で針

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が固定できたら、内筒を抜き、マーカインの⼊ったシリンジをしっかりと接続します。(利き⼿が左の場合は、右⼿で針を固定するとよいでしょう。)

3)シリンジを 0.1ml ほど吸引し、髄液が返ってくることを確かめ、マーカインを 1ml 注⼊します。注⼊したら、もう⼀度 0.1ml 吸引し、逆流を確かめ、さらに 1ml 注⼊します。これを全量投与できるまで繰り返します。途中で髄液の逆流がなくなったら、穿刺針がずれてしまったということなので、シリンジを外して内筒を戻し、もう⼀度逆流が⾒られる深さまで進め、同様にして、残りのマーカインを注⼊します。

4)全量注⼊したら、もう⼀度 0.1ml ほど吸引して髄液の逆流を確かめ、引いた髄液をくも膜下腔に戻してから、シリンジをつけたまま針を抜去します。マーカインがくも膜下腔に正しく投与されると、患者さんは背中・下肢に温感を感じます。

5)穿刺部に絆創膏を貼ってもらい、ハイポアルコール綿球 1 個で消毒を落とします。ハイポアルコール綿球は 2 個用意されていますが、残りの 1 個は⿇酔域を確認するために使います。

9. 体位変換

消毒を落としたら、患者さんの体位を仰臥位に戻します。患者さんは自⼒で下肢を動かせないことが多いので、しっかり介助します。

10. ⿇酔⾼の確認

おおむね 5 分待ち、ハイポアルコール綿とピンプリック法を使って⿇酔レベルを確かめます。

1)まず、確実に⿇酔が効いていないであろう部位(肩、上肢など)にアルコール綿を当てます。患者さんに冷たく感じることを確認します。

2)つぎに、⿇酔が必ず効いていて欲しい部位(⼿術に必要な⿇酔レベル)に同様にアルコール綿を当てます。冷たく感じるかどうかを確認します。冷覚低下があれば、デルマトームに沿って、より頭側へアルコール綿をずらし

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ていき、冷たさを感じるレベルを調べます。

3)⼿術に必要なレベルで冷たさを感じる様であれば、デルマトームに沿ってより尾側へアルコール綿をずらしていき、冷覚が鈍い部位を⾒つけます。 4)冷覚低下のあるレベルが確認できたら、先のとがった物で⽪膚を軽くつつき、痛覚低下のあるレベルを確認します。確実に⿇酔の効いていない部位と冷覚低下のあるレベルの痛覚を⽐較し、②、③と同様の⼿順で痛覚低下のあるレベルを確認します。

5)痛覚低下のあるレベルを、⿇酔レベルとして記録しておきます。

11. ⼿術開始

必要な⿇酔レベルが得られれば、⼿術体位を取り、⼿術開始となります。

血圧低下時には、術前合併症やバイタルサインに応じて、エフェドリン 4mg

静注またはネオシネジン 0.05〜0.1mg 静注で対応します。低血圧が持続する場合には、ドーパミンの投与も考慮します。

SpO2 が低下した場合には、⿐カヌラ、マスクなどで酸素投与を開始します。

12. ⼿術終了後

もう⼀度、⿇酔レベルを調べ、最終⿇酔レベルとして記録しておきます。

バイタルサインが安定していれば、帰室させます。

◎ 局所⿇酔薬の種類、脊髄くも膜下⿇酔の合併症などについては、成書などで勉強してください。

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写真 1 脊髄くも膜下⿇酔セット内容 写真 2 背部の消毒

写真 3 本穿刺(⽚⼿で針を持つ場合) 写真 4 針を固定し、局所⿇酔薬を投与

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