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250 バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.3(2017)
30th anniversary
各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?
1. グリーンエコノミーとサーキュラーエコノミー
バイオエコノミーについて、あるアカデミアの先生と議論した際に「グリーンエコノミーとどこが違うのか?」との質問をいただいた。また、ある企業関係者は「当社はすでにサーキュラーエコノミーに沿った企業戦略を立てている」と説明され、別の関係者は「化学メーカーにとってサーキュラーエコノミーは使いやすいが、バイオエコノミーはやや違和感がある」と発言された。 バイオエコノミーを説明する上で、グリーンエコノミーやサーキュラーエコノミーとの関係を把握することは重要であるため、第 1 回では、文献数の年次推移も参考にしながら、3つの概念の関係を整理する。
(1) グリーンエコノミーとグリーン成長 グリーンエコノミーは国連環境計画(UNEP)が 2011
年に公表した報告書「Towards a green economy」1)が契機になっている(表)。UNEPは、グリーンエコノミーを「資源・環境・生態系を維持しつつ、経済を成長させ、生活の質や貧困問題を解決するための経済のあり方」と定義している。同じ 2011 年に経済協力開発機構(OECD)が公表した「Towards Green Growth」2)に記載された「グリーン成長(Green Growth)」はグリーンエコノミーを具現化する取り組みであると理解され、4グループ 25 項目の評価指標が設定されている。2010 年のソウルサミットに際して韓国政府が設立したグローバルグリーン成長研究所(GGGI)は、中国・
バイオエコノミーが推進するグリーンエコノミーとサーキュラーエコノミー
坂元雄二 ● 日本バイオ産業人会議(JABEX)
原 泰史 ● 政策研究大学院大学 科学技術イノベーション政策研究センター
(SciREX センター)
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………※ 1 バイオエコノミー:“バイオ経済”“生物経済”という訳もみられるが、各国の Bioeconomy 戦略の多くは環境や社会について
も言及していて、単に経済的な側面だけではないことが多いため、「バイオエコノミー」の表記を用いる。※ 2 グリーンエコノミー:環境省は“グリーン経済”の訳を用いているが、国連が定義するGreen Economyには環境や社会に関す
る言及があり、単に経済的な側面だけの意味ではないため、「グリーンエコノミー」の表記を用いる。OECDによる green growthについては「グリーン成長」と表記する。
※ 3 サーキュラーエコノミー:世界経済フォーラムで 2015 年に提唱された Circular Economyを、それ以前に日本で用いられた循環(型)経済と区別するため、「サーキュラーエコノミー」という表記を用いる。
は じ め に
日本ではバイオエコノミー※ 1(Bioeconomy)という言葉はほとんど認知されていないが、各国はバイオエコノミー戦略を策定しアクションプランの実行段階にある。本シリーズでは、海外におけるバイオエコノミーの現状を紹介し日本が目指すべき方向性について議論したい。第 1 回は、政策研究大学院大学 SciREXセンターの原 泰史氏に文献数の調査について協力いただき、近年、国際機関や国際会合で提唱され、バイオエコノミーを論じる上で理解しておくべき、グリーンエコノミー※ 2
(Green economy)、サーキュラーエコノミー※ 3(Circular economy)とバイオエコノミーの関係について概観する。第 2 回は、フィンランド技術研究センター(VTT)の客員教授を兼務する東京大学准教授
五十嵐圭きよ
日ひ
子こ
氏に、欧州の研究現場で感じるバイオエコノミーの状況についてご紹介いただく。第3 回は、原 泰史氏にバイオエコノミーに関する特許、論文、ファンドおよびソーシャルデータの解析を基に今後の展望をいただく。第 4 回ではバイオエコノミーに関する総括を予定している。
【第1回】
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251バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.3(2017)
30th anniversary
インドを含むアジア、アフリカ、中南米の約 20カ国のグリーン成長に関する取り組みを支援している。また、GGGI、OECD、UNEPおよび世界銀行が設立したGreen
Growth Knowledge Platform(GGKP)では、情報共有のためのWEBサイト開設や年次総会の開催等を実施している。グリーンエコノミー戦略はアイルランドやアフリカ諸国などが策定しているが、EUや米国では戦略は策定されていない。2010 年に策定された EU
の経済成長・雇用に関する総合戦略「EUROPE2020」3)
には「green economy」「green growth」の記載があり、欧州環境局(EEU)のサイトで「Green Economy」に関する記載がある。米国政府のサイトにはグリーン成長を推進するとの表記はある。 「green economy」「green growth」に関する学術文献数をエルゼビア社の論文情報データベース Scopus Ⓡ
で年次別に調べると、2009 年以降に出現し、その後も増え続けている(図 1)。日本では環境省や外務省のホームページで「グリーン経済」や「グリーン成長」と
して紹介され、(国研)科学技術振興機構(JST)が運営する日本語学術文献に特化した論文データベースであるJ-globalによる検索では「グリーン経済」や「グリーンエコノミー」に関する日本語の文献数は 2013 年頃にピークがある(図 2)。EUやアメリカでグリーンエコノミーに関する戦略が策定されていない理由は明確ではないが、EUの「Green Performance Strategy(2013
年:自然環境保全や地域開発)」や「Super Green Project
(2013 年:輸送)」、米国の「Green Building Strategy
(2008 年:環境建築)」や「Green Power Partnership
(2001 年:エネルギー)」など「Green」を冠する既存の戦略がある点や、単語の「green」が農業を意味することに加え、グリーンエコノミーの目的や手法の一部がバイオエコノミーと類似している点も一因であると思われる。日本において「グリーンエコノミー」や「グリーン経済」を戦略や政策の名称として用いる場合には、グリーン成長戦略(日本再生戦略、2012 年)、グリーン・イノベーション(新成長戦略、2010 年)、グリー
表 グリーンエコノミー、グリーン成長、サーキュラーエコノミー、バイオエコノミーに関する国際的な合意や各国戦略の策定状況(国名は戦略を策定した国)
1994
1996
2003
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
グリーンエコノミー/グリーン経済
アイルランド
ガーナ
UNEP;Towards a green economy, エチオピア
モザンビーグ
エチオピア
ケニア
サーキュラーエコノミー/循環(型)経済
ドイツ:循環経済・廃棄物法可決
ドイツ:循環経済・廃棄物法施行
日本(環境省);循環型社会形成推進基本計画
EU:Resource Efficient Europeによる資源効率(RE)の推進
世界経済フォーラム総会 : Towards the Circular Economy
EU:Circular Economy Package(CEP)
オランダ、スコットランド
グリーングロース/グリーン成長
韓国
韓国:Global Green Growth Institute(GGGI)設立、フランス
OECD:Towards Green Growth、ルワンダ
ベトナム
バイオエコノミー/バイオ経済/生物経済
OECD:The Bioeconomy to 2030
ロシア、カナダ
EU、米国、ノルウェー、スウェーデン、ウルグアイ
ドイツ、ベルギー、オランダ、マレーシア
フィンランド、ハンガリー、南アフリカ
イタリア、スペイン
フランス、タイ
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252 バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.3(2017)
各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?【第1回】
ンバイオなどこれまでの施策で用いられた用語との関係の整理とともに、「グリーン」という単語の多義性と、UNEPや OECDが定義する多様な目標や手段に対する説明の煩雑さ(green growthは 25の評価項目)、具体的な解決策の設定などが課題であると思われる。
(2) サーキュラーエコノミー 日本では、循環(型)経済という用語は、ドイツで「循環経済・廃棄物法」が可決された 1994 年頃より認知されているが、エレン・マッカーサー財団によりコンセプトが発表され、2014 年初の世界経済フォーラム総会(ダボス会議)でその推進が提唱された報告書「Towards the Circular Economy」4)で定義された「サーキュラーエコノミー」が注目される(表)。財団、ダボス会議、EUが規定するサーキュラーエコノミーは、資源からモノをつくって廃棄するというリニアモデルからの脱却を目指すもので、Reduce(廃棄物の抑制)、Reuse(再使用)、Recycle(リサイクル)といった日本でも馴染みのある 3Rのアクションだけでなく、メーカーには、過度な仕様変更を行わず寿命の
長い製品を開発することや、単なる製品の製造・販売ではなく、修理・メンテナンスや部品交換、レンタル・シェアなどのサービス重視型のビジネスモデルの構築を目指すことも求められている。EUは成長戦略「EUROPE2020」3)でフラッグシップイニシアティブの 1つに資源効率(RE)を指定し「Resource Efficient
Europe」5)(2011 年)を策定しているが、EU 全体でREを 1 % 改善すると年間 € 2,300 億のコストダウンと 15 万人の雇用創出につながると試算している。また、EUのサーキュラーエコノミーに関する 2015 年のアクションプラン 6)の中で、その実現に向けた EU
共通の枠組み「サーキュラーエコノミーパッケージ(CEP)」を採択した。CEPにおける行動計画における優先 5 分野には、プラスチック、食品廃棄物、バイオマス・バイオ由来資源などバイオ関連の 3 分野が設定され、研究開発・イノベーション促進プログラム「Horizon2020」と欧州戦略投資基金からそれぞれ€ 6.5 億、€ 5.5 億の資金が 5 分野に投入される。またCEPでは EU 共通のリサイクル率目標の達成などを目指した廃棄物法令の改正も提示された。日本では環境
図 2 J-globalによる年次別のグリーン経済+グリーンエコノミー、グリーン成長+グリーングロース、循環(型)経済+サーキュラーエコノミー、バイオエコノミー+バイオ経済+生物経済の文献数(発表国:日本、言語:日本語)縦軸は文献数
図 1 Scopus Ⓡによる年次別の green economy、green growth、circular economy、bioeconomy の文献数縦軸は文献数
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253バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.3(2017)
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基本法、循環型社会形成推進基本法(2001 年)に基づき、2003 年に「循環型社会形成推進基本計画」が策定され現在は第三次計画(2013 年)が進行中であるが 3Rなどが主な取り組みとなっている。 前節と同様にScopus Ⓡで「circular economy」の記載がある文献数について年次推移を調べると、2004 年以降に徐々に上昇し、2011 年頃のピークを経て 2016 年に大幅に増加している(図 1)。これは、2015 年以降のダボス会議や EUの推進によると思われる。日本では 2000 年頃を中心にドイツの取り組みを紹介する「循環型経済」に関する文献が多いが、その後は漸減している(図 2)。
2. グリーンエコノミー、サーキュラーエコノミーを推進するバイオエコノミー
3つの概念はそれぞれ提唱された背景や状況は異なるが、環境や社会の課題に対応しつつ経済発展を目指す点で一致している。グリーンエコノミーは先進国では戦略として策定されず、サーキュラーエコノミーは現時点で EUのアクションプランとオランダやスコットランドで戦略があるのみであるが、バイオエコノミーは各国が戦略を策定しアクションプランを推進している。この理由として、バイオエコノミーでは、対象
となる産業群や技術を特定でき、ゲノム編集・合成生物学のように注目すべき技術革新がその推進手段となり得ると判断されていることも一因であると思われる。 グリーンエコノミー・グリーン成長とバイオエコノミーの連携に関する記載として、例えば、最近のOECDのプレゼン資料では、グリーン成長をバイオエコノミーで推進するとの記載がみられる。同様に欧州農業組織委員会(COPA)・欧州農業協同組合委員会(COGECA)のプレゼン資料は、バイオエコノミーが農村においてグリーン成長を推進する新たな機会になるとしている。 2015 年に新たな概念が提唱された「サーキュラーエコノミー」は、今後、各国で戦略策定が検討される可能性があるが、その際に、すでに策定されているバイオエノコミー戦略との関係をどのように整理するかが課題になると思われる。ダボス会議や EUにおける「サーキュラーエコノミー」の概念図として、その推進役であるエレン・マッカーサーの原案に基づく図 3が用いられている。この図では、技術・部品の流れ(右側)とともに、生物資源の循環(左側)が大きな役割を果たすことが期待される。EUの CEP 行動計画(2015 年)では、生物資源の循環に関してバイオエコノミーの貢
図 3 エレン・マッカーサー財団が提案するサーキュラーエコノミーの概念図
大きくテクニカルマテリアル(右側)とバイオロジカルマテリアル(左側)に分かれて記載されている。(文献 4)より引用)
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254 バイオサイエンスとインダストリー vol.75 No.3(2017)
各国が推進するバイオエコノミー戦略とは何か?【第1回】
献を記載しており、翌年の 2016 年春オランダのユトレヒトで開催された「BioEconomy Utrecht 2016」(第4 回欧州バイオエコノミーステークホルダー会議)において、32項目からなるマニュフェストが発表された。このマニフェストでは、バイオエコノミーとサーキュラーエコノミーはお互いを強化し、CEPの目標達成にバイオエコノミーが貢献できるとし、サーキュラーバイオエコノミーという言葉を用いている 7)。
3. バイオエコノミーに関する国内の幅広い議論に期待
今回紹介した国際的に提唱された 3つの概念はいずれも地球規模の課題へ対応しつつ経済成長を目指しており、その目標達成に向けた具体的なアクションにおいては、国際的なハーモナイゼーションや国民の生活様式の変革を求める政策も含まれ、さらに技術・知財や標準化に関する国際的な主導権争いという現実的な側面もある。それゆえ、これらの概念に関する議論は、企業やアカデミアの研究者・開発者や政府の科学技術政策や産業政策の担当者に加え、経済学・社会学などの人文系の研究者や環境学・生態学などの自然科学系の有識者、消費者の代表など関連するステークホルダーすべてを含め行われるべきである。 Scopus Ⓡに登録された「Bioeconomy」の単語を含む文献数は、各国による戦略の発表とともに増加している(図 1)。文献の内容をみると政策や技術に関するものとともに経済学的視点による文献も存在する。一方 J-global を用い調査したところ、「Bioeconomy」に対応する日本語は、現時点で統一されておらず、「バイオエコノミー」「バイオ経済」「生物経済」といった表現が使われ、それらを合わせても文献数は 2 報のみであった(図 2)。 「Bioeconomy」に相当する日本語については関係者が協議して統一する必要があると思われるが、「バイオ経済」を当てることは経済的な側面のみが強調される点では好ましくなく、国際的なハーモナイゼーションの重要性が今後ますます増大する観点からは、「バイオエコノミー」とすることが適切であると思われる。
お わ り に
日本では 2002 年の「バイオテクノロジー戦略大綱」の後、2008 年に内閣府が「ドリーム BTジャパン」を策定したが、政権交代により実行段階に移行すること
はなく、それ以降、バイオに関する国家戦略は策定されていない。一方で各国がバイオエコノミー戦略を次々に発表する状況の中で、日本バイオ産業人会議は各国のバイオエコノミー戦略に相当する国家戦略の必要性を提唱した(2030 年を想定した社会貢献ビジョン;2016 年)8)。ほぼ同時期に、産業構造審議会や農林水産技術会議など省庁の会合や資料において海外のバイオエコノミー戦略が紹介されるようになった。今後、企業・アカデミア・市民を含む幅広い関係者により「バイオエコノミー」に関する議論がなされ、未来投資会議・総合科学技術イノベーション会議での議論や第四次循環型社会形成推進基本計画(2018 年~)の策定などにおいて海外の「バイオエコノミー」戦略が参考とされることに期待したい。
謝 辞 本稿を執筆するに当たり、㈱三菱化学テクノリサーチの増田宏之研究員に、欧米の最新動向に関する情報をいただきました。感謝いたします。
参 考 文 献1) UNEP: Towards a green economy : pathways to sustainable
development and poverty eradication (2011)
www.unep.org/greeneconomy
2) OECD: Towards green growth (2011)
http://www.oecd.org/greengrowth/48224539.pdf
3) EU: EUROPE2020 A European strategy for smart, sus-
tainable and inclusive growth (2010)
http://ec.europa.eu/eu2020/pdf/COMPLET%20EN%20
BARROSO%20%20%20007%20-%20Europe%20
2020%20-%20EN%20version.pdf
4) World Economic Forum: Towards the Circular Economy:
Accelerating the scale-up across global supply chains (2014)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_ENV_TowardsCir
cularEconomy_Report_2014.pdf
5) EU: Resource Efficient Europe (2011)
http://ec.europa.eu/environment/resource_efficiency/about/
roadmap/index_en.htm
6) EU: Report on the implementation of the Circular Economy
Action Plan (2015)
http://ec.europa.eu/environment/circular-economy/imple
mentation_report.pdf
7) BioEconomyUtrecht2016, the fourth BioEconomy Stake-
holders′Conference : European Bioeconomy Stakeholders
Manifesto
http://www.bioeconomyutrecht2016.eu/
8) 日本バイオ産業人会議 : 進化を続けるバイオ産業の社会貢献ビジョン (2016)
http://www.jba.or.jp/jabex/proposal.html