日本消化器病学会 食と消化器病委員会 第3回座談会 …2...

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日本消化器病学会 食と消化器病委員会 第3回座談会 「食事とアレルギーについて」 司会: 三輪 洋人 (日本消化器病学会 副理事長/兵庫医科大学 内科学消化管科) 橋本 悦子 (日本消化器病学会 理事/西武鉄道株式会社 健康支援センター) 出席: 石村 典久 (島根大学医学部附属病院 消化器内科) 田中 直樹 (信州大学医学部 代謝制御学) 内藤 裕二 (京都府立医科大学附属病院 消化器内科) 中牟田 誠 (国立病院機構九州医療センター 消化器内科) 浮田千絵里 (国際医療福祉大学成田病院準備事務局 管理栄養士)

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日本消化器病学会 食と消化器病委員会 第3回座談会

「食事とアレルギーについて」

司会:

三輪 洋人(日本消化器病学会 副理事長/兵庫医科大学 内科学消化管科)

橋本 悦子(日本消化器病学会 理事/西武鉄道株式会社 健康支援センター)

出席:

石村 典久(島根大学医学部附属病院 消化器内科)

田中 直樹(信州大学医学部 代謝制御学)

内藤 裕二(京都府立医科大学附属病院 消化器内科)

中牟田 誠(国立病院機構九州医療センター 消化器内科)

浮田千絵里(国際医療福祉大学成田病院準備事務局 管理栄養士)

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消化器病学会で1つの柱にしている「食」について正しい知識を広く発信するために、これまでに「健康で長生きする食事」と「中食と食品添加物」について2回の座談会を行ってきました。3回目の今回は、「食物アレルギー」について取り上げます。アレルギーという言葉は日常的に使われていますが、実はよくわかってないという方も多いのではないでしょうか? ひとくちに食物アレルギーといっても、生死に関わる重篤なものから何となく調子が悪いものまであり、医学的にもまだ解明されていない部分も多い分野です。食物アレルギーに関する正しい情報や、普段の生活で気をつけたいことについて、消化器内科の医師と管理栄養士が語りました。

日本消化器病学会 食と消化器病委員会 第 3 回座談会

食事とアレルギーについて

食物アレルギーとは?

橋本:食物アレルギーは、これまで多くの消化器内科医があまり本気で取り組んだことのないテーマではないかと思いますが、そもそも食物アレルギーとは何でしょうか? 石村:「食物アレルギー」とは、食物に対する免疫の過剰反応で、じんましん、咳、呼吸困難、下痢など体にとって不利益な反応を引き起こす現象と定義されています1)。一方、免疫反応が引き金にならない場合は食物アレルギーではなく、「食物不耐症」といいます2)。具体的には、牛乳に含まれる乳糖を分解する酵素の働きが弱いために牛乳を飲んで下痢をする「乳糖不耐症」や、食事に含まれる毒性の物質によって不利益な反応が起きる「食中毒」などです。橋本:同じ下痢でも、免疫反応によるものがアレルギー

で、免疫反応ではない不耐症や食中毒はアレルギーではないのですね。石村:はい。食物アレルギーはさらに、食事を摂取した後、短時間で発症する「即時型」と、時間がたってから発症する「非即時型」の2つのタイプに分けられます。即時型食物アレルギーは、免疫グロブリンE(IgE)抗体というタンパク質が原因となって起こると考えられています。IgE抗体は、食事に含まれるアレルギーの原因物質「食物アレルゲン」を排除するために体内でつくられます。初めて食物アレルゲンに感作されただけではアレルギーは起こりませんが、この状態で再び同じ食物アレルゲンを摂取すると、IgE抗体によって肥満細胞が活性化され、ヒスタミンなどの化学物質がつくり出されます。その結果、皮膚、消化器、呼吸器などの臓器に急激に症状が現れるのが、アレルギー反応です3)。一方、非即時型食物アレルギーはIgE抗体が原因ではありません。好酸球性消化管疾患やセリアック病が知られています2)(表1)。

表1 食物アレルギーの分類2)

食物による不利益な反応

食物

不耐症

乳糖不耐症、食中毒 など

即時型(lgE 依存性)

・即時型症状(じんましん、アナフィラキシーなど)・口腔アレルギー症候群・食物依存性運動誘発アナフィラキシー

・好酸球性食道炎・好酸球性胃腸炎・セリアック病 など

非即時型(lgE 非依存性)

食物アレルギー

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橋本:食物アレルギーの症状は、食べた後どのくらいで出るのですか?石村:即時型食物アレルギーの多くは、数分から2時間以内に症状が現れます。非即時型食物アレルギーは2時間以降に発症します。場合によって数日から2週間で発症することもあります4)。三輪:牛乳を摂取すると体調不良を起こす場合、牛乳アレルギーなのか乳糖不耐症なのかをどのように判断するのですか?石村:判断は難しいのですが、温めれば飲めるなどある程度摂取できるのなら乳糖不耐症ではないでしょうか。乳糖不耐症の診断方法の一つに、患者さんに乳糖を摂ってもらい、吐く息に含まれる水素ガスの量を測定する検査(呼気試験)があります。乳糖が小腸で吸収されなかった場合、大腸で腸内細菌によって発酵されるときに水素が発生するので、吐く息に含まれる水素の量が増えた場合に乳糖不耐症と診断します。橋本:花粉症の人に起こりやすい食物アレルギーはありますか?石村:花粉症の原因となるアレルゲンは、リンゴ、メロン、キウイなどの果物や野菜に含まれる食物アレルゲンと構造が似ています。ですから、花粉症の人はそのような果物や野菜に対してアレルギーを持つ可能性があります。特に、食物を食べた直後から口の中がイガイガしたり喉が痛んだりするなどの症状が起こる「口腔アレルギー症候群」が起こりやすいです1,2)。内藤:運動で突然起こるものもありますね。石村:はい。それまでは何ともなかったのに、特定の食品を食べた後に運動することによって誘発される「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」という疾患がありま

す。これは、運動などによって消化管の透過性(吸収されやすさ)が亢進し、アレルゲンの吸収が促進されることが原因と考えられています。小麦などが原因になることが多く、即時型食物アレルギーに分類されます1)。三輪:頻度や発症年齢など、疫学的なことはどのくらいわかっているのですか?石村:食物アレルギーのほとんどは即時型で、非即時型を発症する方は非常に少ないです。即時型食物アレルギーの発症年齢は0〜2歳がピークで、年齢とともに頻度も下がります。消費者庁が定期的におこなっている調査の平成30年のデータによると、原因食物で特に多いのは、0〜2歳では鶏卵、牛乳、小麦です。一方、18歳以上では小麦、甲殻類、魚類が多くなっています5)。18歳以上の卵や牛乳のアレルギー頻度が下がるのは、年齢とともにこれらの食品に対する耐性を自然に獲得するためです(図1)。橋本:エビを食べた後に呼吸が止まりそうになり、救急車で運ばれた知人がいます。甲殻類へのアレルギーが成人で増えるのには理由がありますか?石村:甲殻類は、大人になってから食物アレルギーを発症する頻度が高まる食物の一つです。子どもの頃は問題なかったのに、あるとき突然発症することがあります。甲殻類アレルギーは、経口感作や経皮・経粘膜感作によって発症し、口腔アレルギー症候群や食物依存性運動誘発アナフィラキシーの原因になるなど多彩な臨床像を示しますが、成人で増加する原因については十分わかっていません。三輪:今、花粉症の人がどんどん増えていますが、食物アレルギーも増えているのですか?石村:日本人では詳しくは調べられていないのですが、

図1 食物アレルギーが起こる年齢と主な原因食物5)

【発症年齢分布】 【年齢別原因食物】

消費者庁「平成 30年即時型食物アレルギーによる健康被害に関する全国実態調査」より一部改変

各年齢で 5%以上占めるものを記載(4851例)

1位

2位

3位

4位

5位

0歳

鶏卵55%

牛乳28%

小麦12%

鶏卵38%

牛乳23%

小麦8%

牛乳21%

鶏卵19%

木の実類18%

鶏卵16%

牛乳16%

木の実類13%

小麦19%

甲殻類16%

魚類10%

木の実類8%

小麦11%

果物類11%

果物類9%

魚卵7%

落花生11%

落花生11%

大豆7%

1~2歳 3~6歳 7~17歳 18歳~

0歳(32%)

1~2歳(28%)

3~6歳(21%)

7~17歳(15%)

18歳~(5%)

18歳以上には鶏卵・牛乳がない

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他のアレルギーと一緒で、その頻度は増えてきているようです。内藤:アレルギーを専門的に診療できる医師が少ないので、病院によって食物アレルギー患者の数には差があるように感じます。三輪:何かを食べて調子が悪くなったとき、食物アレルギーなのかどうか、どのように判断するのですか?石村:食物アレルギーかどうかは、検査をしてみないとわかりません。ある食品を摂取した後に症状が出た場合、詳しい問診を行い、体内でその食品に対するIgE抗体がつくられているか、皮膚の反応が現れるかなどの試験を行います。その時点で原因食品を特定できる場合は食物アレルギーの診断が確定します。そうでない場合は、食品の経口負荷試験を行い、アレルギーが疑われる食品を1回から複数回にかけて摂取してもらい、症状が出るかどうかを確認します1)(図2)。橋本:即時型食物アレルギーは、血液検査や皮膚のパッチテストで診断されるのですね。石村:即時型食物アレルギーは、ある程度IgE抗体に依存しているので、そのような検査で判定できることが多いです。ただし、アレルギーのある方では複数のIgE抗体が陽性になることが多いので、その結果だけで真のアレルゲンと判断するのは難しいかもしれません。橋本:非即時型食物アレルギーは、どのように診断するのですか?石村:非即時型食物アレルギーの場合、IgE抗体が原因ではないので、今のところ明確に診断するのは難しいです。橋本:非即時型食物アレルギーはどのようなメカニズム

で起こるのでしょうか?田中:消化管で何が起こっているかは、複雑で詳しくはよくわかっていません。セリアック病の場合、食物のタンパク質が消化管で免疫反応を起こすのではないかといわれています。あるいは、腸内細菌の状態が変化して腸管内部の透過性が変化し、過剰な免疫反応が起こるともいわれています。図3をご覧ください。胃や腸などの消化管は、口から外界に直接つながっています。そのため腸の粘膜が、皮膚やのどなどと同じように、外界と体内環境を隔てる境界の役割を果たしています。腸の粘膜は、胃で消化され腸に運ばれた食事からの栄養素を効率よく体内に吸収すると同時に、外界から入ってきた有害な刺激物質(食品中の化学物質や微生物などを含む)や、腸内に住んでいる数百兆個ともいわれる腸内細菌については、体内に入り込まないようブロックしなければなりません。そのため、

日本医療研究開発機構(AMED)「食物アレルギーの診療の手引き 2017」より一部改変

●食物摂取後に症状の出現じんましん、かゆみ、咳、ぜん鳴、のどの違和感、下痢、嘔吐、腹痛、ショックなど

●詳細な問診と検査(血中抗原特異的 lgE 抗体検査・皮膚プリックテスト)

原因食物を特定

食物経口負荷試験

食物アレルギーの診断確定

●治療の原則は正しい診断に基づいた必要最小限の原因食物の除去

できる できない

図2 即時型食物アレルギーの診療の流れ1)

図3 食物アレルギーが起こるしくみ(仮説)

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腸には3つの守り神として、①腸粘膜表面を覆う粘液の“バリア”、②腸粘膜の細胞同士による硬い“スクラム”、③抗原提示細胞や制御性T細胞といった“見張り役”が存在しています。この見張り役が刺激物質や細菌などの侵入を適切に感知し、うまく排除しようとするしくみが「免疫」です。しかし、①のバリアや②のスクラムが壊れる(透過性が亢進する)、腸粘膜に炎症が起こり③の見張り役を混乱させる炎症細胞が増えるといった異常事態が複雑に絡み合うと、免疫のはたらきに狂いが出てしまいます。こうして起こった過剰な免疫反応が、食物アレルギーにつながるのではないかと考えられていますが、完全には明らかになっていません。

食物アレルギーがある人は薬をのむときや外食のときも注意を

橋本:食物アレルギーの人が病院に行ったときに注意しなくてはいけないことはありますか?田中:われわれ消化器内科でも、小麦や牛乳などのアレルギーの方を診療することがあるのですが、食物アレルギーのある方はぜひ医師にそのことを伝えてほしいと思います。薬の中には、鶏卵、牛乳、ゼラチンなどの食物由来の成分が含まれているものがあるためです1)。橋本:どのような薬にそのような成分が含まれているのですか?田中:よく処方される薬では、例えば整腸剤のエンテロノンR散®、制酸・緩下剤のミルマグ錠®、経口または経腸栄養剤のアミノレバンEN配合散®に牛乳由来の成分が含まれています。牛乳アレルギーの人は避けなければなりません1)(表2)。橋本:これらの薬の添付文書には、牛乳アレルギーの方には投与しないようにと書かれていますね。

田中:食物アレルギーに関する問診を行わない医師もいますので、アレルギーのある方は率先して伝えることを

意識してほしいと思います。橋本:薬によるアレルギーもありますね。中牟田:薬によるアレルギーで、肝障害をきたすものを薬物性肝障害といいます。薬物性肝障害は、中毒性、特異体質性、その他の特殊型の3つに大きく分けられます。中毒性の薬物性肝障害は、用量依存性なので投与前に発症を予測することができます。よく知られているのが鎮痛剤のアセトアミノフェンによる薬物性肝障害です6)。三輪:子どもに解熱剤としてよく処方する薬ですね。中牟田:はい、日本で処方される量でしたら全く問題はありません。次に特異体質性ですが、薬物性肝障害の中で一番頻度が高く、用量依存性ではないため予測が難しい薬物性肝障害です。アレルギー性のものと代謝性のものがあります6)。橋本:発症の予測ができるのが中毒性、予測ができず発症頻度が高いのが体質特異性ですね。もう一つの特殊型の薬物性肝障害にはどのようなものがあるのですか?中牟田:最近知られているのが、乳がんのホルモン療法に使われるタモキシフェンやアロマターゼ阻害薬、リウマチ治療に使われるメトトレキサートによる肝障害です。非アルコール性脂肪肝炎などを引き起こす場合があります。橋本:サプリメントや食品でも肝障害が起こることはありますか? 中牟田:特定の成分を多く含む健康食品による肝障害の報告はあります。漢方薬や健康食品でも薬物性肝障害は起こりうるということです(図4)7)。橋本:これは覚えておいたほうがいいですね。橋本:浮田先生は病院の栄養士として、入院患者さんの食物アレルギーの実態についてどのようにお感じですか?

日本医療研究開発機構(AMED)「食物アレルギーの診療の手引き 2017」より引用

鶏卵

含有成分塩化リゾチーム

(リゾチーム塩酸塩)タンニン酸アルブミン

耐性乳酸菌製剤

カゼイン

製剤ゼラチン(ブタ皮由来) エスクレ坐剤

ミルマグ錠 ®

ムコゾール点眼液 ®、リフラップ ® 軟膏・シート

タンナルビン ® など

エンテロノン R 散 ®、コレポリー R 散 ®、ラックビー R 散 ®、耐性乳酸菌散「JG」®

制酸剤、緩下剤

経腸 または 経口栄養剤

鎮静・催眠剤

整腸剤

止瀉剤、整腸剤

消炎酵素

アミノレバン EN 配合散 ®、エネーボ ®、エンシュア・H®、エンシュア・リキッド ®

ラコール NF®

商品名 薬物分類

牛乳

ゼラチン

表2 食物アレルギーの人が気をつけたい薬1)

※2010 ~ 2018 年に日本全国 27 施設から集計した薬物性肝障害 307 例の起因薬の割合Aiso M, et al. Hepatol Res. 2019;49(1):105-10. より作図

非ステロイド性抗炎症薬12%

その他16%

抗菌薬・抗真菌薬11%

悪性腫瘍治療薬10%

消化器科用薬 9%精神・神経科用薬 8%

循環器科用薬6%

抗アレルギー薬5%

造血と血液凝固関連薬4%

抗高脂血症薬4%

健康食品 9%漢方薬 6%

図4 薬物性肝障害の割合7)

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浮田:入院時の食物アレルギー対応は、10年前より多くなっていると感じています。病院給食のアレルギー対応は非常に煩雑になってきています。橋本:食物アレルギーのある方からはどのような相談がありますか?浮田:ほとんどの場合、アレルギーの原因となる食品を除去してほしいという要望です。橋本:では、どうやってミスなくアレルギーの原因となる食品を避けていくか教えていただけますか。浮田:はい。今、薬剤師と管理栄養士の二本立てでアレルギーチェックを行い、薬物と食品の両方へのアレルギー対策を行う施設が多いと聞いています。橋本:病院で食事を提供する際に、アレルギー対策のために全体で避けている食品はありますか。例えば、アレルギーの原因となる頻度の高い食品はどうされていますか。浮田:ただ避けようとすると、栄養も限られますし、食材のバラエティも乏しくなってしまいます。むしろ、調理ラインを別にして、アレルギー患者さん用の食事を提供するほうが現実的です。橋本:その際、調理する食材すべてを把握するのは大変ではないでしょうか?加工食品は提供できないのですか?浮田:食品ラベルのアレルギー表示を見て、除去しなければならない食材が入っていないかどうかを確認しています。容器包装された加工食品については、食物アレルギーを発症しやすい食品の表示が食品表示法で定められています8)(図5)。橋本:外食をするときにもこのような表示があるといいですね。浮田:現在、外食時のアレルギー表示の規則はありませんが、消費者庁ではその必要性を検討しています。

食物アレルギーが関係する消化管の病気について

橋本:最近は、好酸球性消化管疾患も増えていますね。非即時型食物アレルギーですが、具体的にはどのような疾患ですか?石村:好酸球性消化管疾患は、好酸球というアレルギー性の炎症をおこす白血球が消化管の粘膜に多く集まり、消化管に炎症を起こす疾患です。その結果、粘膜に傷害が生じて腹痛や下痢などの症状が起こります。指定難病になっています10)。

三輪:比較的新しい疾患ですよね。石村:はい。以前は日本ではまれな疾患と言われていましたが、最近では、好酸球性食道炎は内視鏡検査を受けた200 〜 1000人に1人ほどの割合で見つかるといわれています。8割が男性で、多くが40 〜 50代で発症します11)。ちょうど逆流性食道炎が発症しやすい年齢でもあり、胃酸の逆流で食道のバリア機能が低下することが影響しているという仮説もあります。また、ヘリコバクターピロリに感染していない人にアレルギーが起こりやすいという特徴もあります。橋本:どのようにして診断されるのですか?石村:主に内視鏡検査で疾患を疑い、組織検査で診断されます。好酸球性消化管疾患には食道炎と胃腸炎があるのですが、食道炎は食道に特徴的な変化が起こっていて、内視鏡で確認することが比較的容易です。症状は、食事がつかえる、胸やけがするなどがあります。一方、胃腸炎は特徴的な内視鏡像がなく診断は難しいのですが、CT検査を行うと小腸や大腸が腫れているという特徴から診断がつくことがあります。また、腹水が溜まったり、腹痛、下痢などの症状が生じます。橋本:原因は何ですか?石村:原因についてはあまりわかっていなかったのですが、食物アレルゲンを除去する食事療法で病態が改善することが報告され、好酸球性消化管疾患は食物アレルギーが主な原因だということがわかってきました。内藤:例えば花粉症や喘息など、消化管以外のアレルギー疾患を持っている人に好酸球性食道炎が多いような気が

表示の義務があるもの 表示が推奨されているもの(特定原材料 7品目) (特定原材料に準ずるもの 20品目)

卵、乳、小麦、そば、落花生、えび、かに

あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんご、ゼラチン

厚生労働科学研究班「食物アレルギー診療の手引き 2017」より一部改変

図5 容器包装された加工食品のアレルギー表示8,9)

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します。石村:そうですね。好酸球性食道炎の患者さんの中には、アレルギー疾患を持っている方が非常に多いです。橋本:どのような治療を行うのですか?石村:好酸球性食道炎の場合は、胃酸を抑える薬で6〜7割の患者さんが治ります。治らない場合は、ステロイド治療を行います。好酸球性胃腸炎の場合は、ステロイド治療が中心です。ただ、ステロイドは長期に使うと高血圧や糖尿病、骨粗鬆症といった副作用が出てくるので、長期間治療を行う20 〜 30代の若い患者さんの中には食事療法を希望される方がいます。橋本:食事療法は具体的にどのように行うのですか?石村:原因と考えられる複数の食品の負荷試験を行うために入院してもらいます。即時型食物アレルギーの場合は摂取後の反応を短時間で見ることができますが、好酸球性消化管疾患は症状が出るまでに時間がかかるからです。まず、アレルゲン除去食を3〜4週間食べてもらい、症状がどうなるかを見ます。アレルゲン除去食とは、原因と考えられる小麦、乳製品、大豆、卵、魚介類、ナッツ類の6種類を除いた食事です。もし体調がよくならない場合は、さらに肉類や米などを除いたアレルゲン除去食を行います。もし体調がよくなれば、除去した6種から1種類を付加した食事を2〜3週間食べてもらい、大丈夫であれば次の1種類を付加することを続け、原因の食品を割り出していきます。非常に息の長い治療となります。橋本:どのくらいの期間入院するのでしょうか。石村:長期入院が必要となりますが、原因が同定できるのは約6割程度で退院後に再燃することもあるため、まだ検討の必要な治療法です三輪:同じく非即時型食物アレルギーのセリアック病についてはどうですか?田中:セリアック病は小麦グルテンに対する自己免疫疾患で、下痢や軽度の肝障害が生じます。米国では人口の1%がセリアック病と言われています。石村:私たちの施設で健診を受診された約2000例の検体を用いて検討したところ、セリアック病と診断されたのは1例のみ(0.05%)でした12)。三輪:海外のような典型的なセリアック病は日本ではまれなのでしょうか?田中:極めてまれと言われていますが、実は一般的にそう考えられているために、日本ではセリアック病を念頭

に調べられておらず、患者さんはいるのに十分見つかっていない、という可能性も否定はできません。実際、消化管リンパ腫の日本人患者さんで、以前から下痢があったもののグルテンフリー食で症状が改善した方がいらっしゃると報告されています12,13)。

食物アレルギーについて日ごろから気をつけたいこと

石村:アレルギーの原因となる食品を、患者さんがご自身で判断するのは難しいかもしれません。医師側も知識が十分とは言えませんし、正確に診断できるツールもまだありません。そのような状況でも、アレルギーにはどのような種類があるのかといった基礎的な知識や、食事が様々な疾患の原因になりうるといった認識を、一人ひとりが持つことが大事だと思います。中牟田:食べると調子が悪くなる食べ物がないか、普段の食事を振り返ってみるといいかもしれません。例えば下痢をしたときに、何を食べたのかを思い出してみるなど。浮田:何か症状が起きたときには、食べたものとその時の体調を記録しておくようにするとよいと思います。例えばサバを食べてお腹を壊してしまったとき、たまたま体調が悪かっただけだったとしても、その記録がないとお腹を壊したという記憶だけが残ってしまい、自分は「サバアレルギー」と思い込んでしまうかもしれません。田中:食事の内容だけではなく、例えば睡眠不足や飲酒などでも腸管の状態は変わります。消化管は免疫を司っている臓器ということがいえるでしょう。アレルギーはいろいろな臓器に反応が出ますが、それぞれの反応にも消化管は関係してくることを認識していただきたいと思います。三輪:お腹の調子が悪くなるものがすべてアレルギーではありません。例えば、小腸で吸収されずに大腸の腸内細菌が作用する場合はお腹がはりますが、それはアレルギーとは違いますよね。そこをはっきりしないと、食べられないものが多くなりすぎてしまいます。現在、医学的に解明が進んでいるのは、即時型食物アレルギーと好酸球性消化管疾患のみで、本当のアレルギーの実態はわかっていない部分が多くあります。そのような中で、診断のツールを作るなどして、理解を深めるところから始めていく必要がありそうです。橋本:理解を深めていく上で、食物アレルギーは症状の

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軽いものから深刻なものまであるということを、患者さんも医師も正しく知ることは大事ですね。本日はありがとうございました。

参考文献(ウェブサイトの最終閲覧日はすべて2019年11月)

1) 日本医療研究開発機構(AMED)、食物アレルギーの

診療の手引き2017

2) 日本小児食物アレルギー学会食物アレルギー委員会、

食物アレルギー診療ガイドライン2016 ダイジェスト版

3) 日本アレルギー学会、一般の皆様へ https://www.

jsa-pr.jp/index.html

4) 環境保全機構、ぜん息予防のためのよくわかる食物

アレルギー対応ガイドブック 2014

5) 消費者庁、食物アレルギーに関連する食品表示に関

する調査研究事業報告書 2018

6) 滝川一、日本内科学会雑誌 2015;104(5):991-997.

7) Aiso M, et al. Hepatol Res. 2019;49(1):105-10.

8) 消費者庁、アレルギー表示に関する情報

https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/

food_sanitation/allergy/

9) 厚生労働科学研究班、食物アレルギーの栄養食事指

導の手引き2017

10) 難病情報センター、好酸球性消化管疾患(指定難病

98)http://www.nanbyou.or.jp/entry/3934

11) Ishimura N, et al. J Gastroenterol Hepatol.

2018;33(5):1016-1022.

12) Fukunaga M, et al. J Gastroenterol.

2018;53(2):208-214.

13) Nakazawa H, et al. Int J Med Sci. 2014;11(8):819-

23.

14) Makishima H et al. Int J Hematol.

2006;Jan;83(1):63-5.

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浮田千絵里先生国際医療福祉大学_成田病院準備事務局 管理栄養士。病態栄養専門認定管理栄養士、がん病態栄養専門管理栄養士、日本糖尿病療養指導士、生活習慣病改善指導士。

三輪洋人先生日本消化器病学会 副理事長/兵庫医科大学副学長、内科学消化管科 主任教授。専門は消化管疾患全般。

橋本悦子先生日本消化器病学会 理事/西武鉄道株式会社 健康支援センター/東京女子医科大学 消化器内科学 前教授。日本消化器病学会専門医・指導医。日本肝臓学会名誉会員・専門医・指導医。日本内科学会認定医・指導医。専門は、肝臓病、NASH、自己免疫性肝疾患、肝移植、C型肝炎など。

中牟田誠先生国 立 病 院 機 構 九 州 医 療 セ ンター肝臓センター部長。肝臓疾患専門。日本内科学会総合内科専門医 指導医、日本肝臓学会専門医 指導医、日本消化器病学会専門医 指導医。

石村典久先生島根大学医学部附属病院 消化器内科 講師(診療准教授)。総合内科専門医 指導医、消化器病専門医 指導医、消化器内視鏡専門医 指導医、肝臓専門医、胃腸科専門医 指導医。

田中直樹先生信州大学医学部 代謝制御学 准教授。専門分野は、肝臓病

(NASH、PPAR、代謝)、消化器病、病態栄養、メタボロミクス等。日本消化器病学会専門医ほか。

内藤裕二先生京都府立医科大学大学院 医学研究科 消化器内科学 准教授/同附属病院内視鏡・超音波診療部 部長。専門は消化器病学、消化器内視鏡学、消化管学、酸化ストレスと消化管炎症、生活習慣病。