地域ブランドの成功要因と効果に関する実証分析ip/pdf/paper2005/mji05051fukumoto.pdf ·...

30
地域ブランドの成功要因と効果に関する実証分析 知財プログラム MJI05051 福 本 哲 也 2006 年 2 月 要 旨 多くの自治体で地域ブランド戦略が取り組まれており、商標法の改正などでその動きは 今後ますます加速することが予測される。そこで本論では、地域ブランド戦略の要素とな る製品に注目し、成功事例について成功に至った要因とブランド化したことによる周囲へ の影響を回帰分析を用いて実証分析した。 その結果、自治体は主導権を持つのではなく、あくまで支援に徹する立場であることが 理想的であると推察できた。さらに、成功すれば地域内のすべてに好影響をもたらすわけ ではなく、代替的な効果も生じていることが立証された。

Upload: others

Post on 20-Feb-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

地域ブランドの成功要因と効果に関する実証分析

知財プログラム

MJI05051

福 本 哲 也

2006 年 2 月

要 旨

多くの自治体で地域ブランド戦略が取り組まれており、商標法の改正などでその動きは

今後ますます加速することが予測される。そこで本論では、地域ブランド戦略の要素とな

る製品に注目し、成功事例について成功に至った要因とブランド化したことによる周囲へ

の影響を回帰分析を用いて実証分析した。

その結果、自治体は主導権を持つのではなく、あくまで支援に徹する立場であることが

理想的であると推察できた。さらに、成功すれば地域内のすべてに好影響をもたらすわけ

ではなく、代替的な効果も生じていることが立証された。

2

目 次

1. はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3

2. 地域ブランドの定義と事例の選定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

3. 事例調査 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

3.1. 地鶏の現状 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

3.2. 秋田比内地鶏 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

3.2.1. 歴史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

3.2.2. 開発からブランド化まで ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8

3.2.3. 生産・流通 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9

3.2.4. 品質管理 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

3.2.5. 商標と認証制度 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11

3.2.6. 政府、自治体の支援 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12

3.2.7. 波及効果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12

4. 計量分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

4.1. 第一次分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

4.1.1. 説明変数 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14

4.1.2. 推定結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15

4.2. 第二次分析 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

4.2.1. Difference in differences・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20

4.2.2. 被説明変数 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 21

4.2.3. 説明変数 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22

4.2.4. 推定結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24

5. まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28

5.1. 提言 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28

5.2. 今後の課題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28

5.3. 所感 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29

3

1. はじめに1

地域ブランドという言葉が注目を浴び、多くの地域では地域活性化の手段として様々な

取り組みが始まっている。今後、商標法の改正で地域名を付した商標が取りやすくなるこ

となどにより、この動きは益々加速していくことが予想される。2

しかしながら、地域ブランドの本質的な効果を理解しないまま躍起になって行動すると、

単なる知名度アップ活動であったり、他と代わり映えの無い物産PRや観光キャンペーン

で終わってしまうことにもなりかねない。ともすると効果がないばかりか、マイナスのイ

メージを周囲に植え付けてしまう恐れもある。そこには、自治体や企業、生産者など関係

者間の思惑の差があったり、地域や特産物が外からどう見られているのか把握できていな

いといった原因があるのではなかろうか。当然、各地域には特色があり、背景も異なるた

め全国統一的な戦略を提示することは困難である。しかし、あらかじめ理論的に予測され

る筋道を立てることと、周囲に与えるインパクトの具体的なイメージを念頭に置いて取り

組むことで、少しでも改善できると考える。

そこで本稿では、成功とされる事例を取り上げ、その成り立ちと周囲への影響を実証分

析することで、地域ブランド評価の手法を検討した。

地域ブランドに関しては、多くの調査研究が行われているが、数値データを用いたもの

としては、アンケートに基づいて分析を行った山本、岩本(2004)と加藤(2005)が挙げられ

る。前者は、北海道の牛乳ブランドを題材に、特徴的な農業・農村景観の魅力が、地域ブ

ランド価値を高める要因の一つと推察した。さらに、多くの自治体が取り組んでいる認証

制度はあまり効果がなく、地理的表示を保護する仕組みを確立させるべき、と主張してい

る。また、後者は、地域そのもののイメージについてランク付けし、重要なのは「ブラン

ドに対する地域の「意志」や「思い」であり、地域が「誇り」としていること、「伝えた

いこと」を自信を持って外部に発信できるかどうか」としている。

本稿が、それらと特に異なるのはパネルデータを用いた回帰分析を取り入れた点である。

このことによって、地域ブランド製品の評価が高まることが、地域内の他のすべての製品

に対しても正の効果を与えるのではなく、ときには代替的な効果を与えることなどが実証

された。

なお、本稿の構成は以下のとおりである。第 2章では、本稿で扱う地域ブランドを定義

し、事例の選定を行う。第 3章では、その事例を詳細に調査する。第 4章で、それについ

て回帰分析モデルによる計量分析と推定結果を示し、第 5章をまとめとする。

1 本稿作成に関しては、政策研究大学院大学において、東三鈴助教授(主査)、福井秀夫教授(副査)、久

米良昭教授(副査)、鶴田大輔助手(副査)並びに知財プログラム教員、学生の皆様から大変貴重なご意見

をいただきました。ここに記して感謝の意を表します。 2 商標法の一部を改正する法律(2006 年 4 月 1 日施行)

4

2. 地域ブランドの定義と事例の選定

地域ブランドについては様々な定義がなされているが、本稿では地域の経済活動や流通

面を実証的に分析していくため、地域ブランド戦略の要素となる地域名が付された製品・

役務を狭義の地域ブランドとする。そこで、地域ブランドを生産・提供される地域、消費

形態、品質条件で細分化したのが表 1である。ここではまず、消費者の生活に最も密接に

関わっており、かつブランドロイヤリティーの高い食品に絞る。3 中でも、地域ブラン

ド戦略に用いられることの多い農畜水産物の生産物4に注目し、かつ特別な思い入れなど

の心情的なバイアスを取り除くため、筆者の出身地5 からなるべく離れた地域のものとす

る。

表 2は、2004 年に日経流通新聞MJが、全国の消費者、バイヤー、農業・漁業協同組合

を対象に行ったものであり、上位にランキングされている製品はブランド価値が高いもの

として見ることができる。この中から、満足度、魅力度の両方に挙げられている秋田県の

「比内地鶏」をモデル事例とする。特に、地鶏は、地鶏ブームと言われるほど銘柄も増え

ており、ほぼ全国の都道府県でその取り組みがなされ、注目されている分野でもある。

表 1.地域ブランドの区分6 表 2.生鮮ブランドランキング

地域が限定される

地域に関わらない

地域内消費

地域外流通

一定 多種

天然物 ○ △ ○ ○

生産物 ○ △ △ ○ ○

スタンダード料理 △ ○ ○ △ ○

郷土料理 ○ ○ △ ○

伝統工芸品 ○ △ ○ ○

伝統工芸品以外の製品

○ △ ○ ○ △

○ ○ ○ △役務

製品

食品

農水畜産物(生鮮品及びそれを原料にした加工品)

料理

食品以外

生産・提供地域 消費形態 品質条件

順位 満足度 魅力度

1  松阪牛  松阪牛

2  鹿児島黒豚  鹿児島黒豚

3  魚沼産コシヒカリ  魚沼産コシヒカリ

4  佐藤錦  佐藤錦

5  礼文の生ウニ  比内地鶏

6  比内地鶏  夕張メロン

7  宮崎完熟マンゴー  名古屋コーチン

8  大間のまぐろ  神戸牛

9  厚岸カキ  福岡とよのか

10  間人がに  大間のまぐろ

(出所)筆者作成 (出所)日経流通新聞記事(2005/1/1)

3 公正取引委員会の行った調査によると、消費者が特定のブランドを気に入って購入している分野は、化

粧品に次いで食料品となっている。 4 本稿で参考とした笠原(2003)の調査でも、地場産品の代表として「農水産品」を取り上げている。 5 鳥取県 6 生産・提供地域:付された地域名と同地域内で生産、もしくは提供されているかどうか。 消費形態:付された地域名と同地域内で主に消費されるものか、もしくは地域外で流通するものか。 品質条件:一定の基準があるものか、もしくはバリエーションがあるものか。

5

3. 事例調査

3.1. 地鶏の現状

高級食肉と言えば松阪牛に代表されるように牛肉を指すことが多かったが、近年食品に

対する消費者の嗜好は多様化し、味はもちろんのこと安全性や健康面も重視されはじめ、

鶏肉の分野でも高品質なものに対するニーズが高まっている。全国的にブロイラーの消費

が低迷している中で、地鶏の生産が増加しつつあることもその現れであろう(図 1)。

0

100

200

300

400

500

600

700

5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 (年次)

(出荷量)

図 1.ブロイラーと地鶏、銘柄鶏の出荷量7

(出所)畜産物流通統計

特に地鶏が地域ブランド製品として評価される理由として考えられるのは、第一に大方

の地鶏の名前に地域名が冠されていることが挙げられる。名前を聞けばその地域が思い出

され、地域のイメージに結び付けやすいことは重要である。その他にも、斉藤(2004)は、

①高級居酒屋における食材へのこだわりとメニューのレベルの高さが、消費者のブランド

想起となっていること、②広域的な流通圏を形成していないことや地域イメージが産直を

連想しやすいこと、などの理由を挙げている。これらのことが消費者のブランド志向に当

てはまり、取引価格の優位性を形成し、地域ブランドとして評価されるようになると説明

している。

現在、地鶏は銘柄鶏8 と合わせると、全国で約 150 種存在していると見られている。当

7 出荷量の単位は、ブロイラー:百万羽。地鶏、銘柄鶏:十万羽。 8 農林水産省の定める特定 JAS 制度(1999)では、地鶏は在来種の血液が 50%以上、飼育期間 80 日以上、

28 日齢から平飼い、1 ㎡当たり 10 羽以下で飼育されたものと規定している。銘柄鶏とは、ブロイラーで

も飼育方法等に工夫をしたものである。

ブロイラー

地鶏、銘柄鶏

6

然、流通量が増えるに伴い銘柄間の競争は激しくなり、消費者の目もますます厳しいもの

となってくる。もともと高品質な地鶏は飼育期間が長くコストが掛かるため、それなりの

価格を設定せざるを得ない。その中で利益を上げ、生き残っていくためには、差別化や品

質の向上のための制度を含めた生産管理方法や、さらには流通システムの確立が重要とな

る。

産地銘柄の保護について最も進んでいるフランスでは、原産地呼称統制法(Appellation

d'Orgine Controlee AOC 法 1919)によって、国内の選ばれた食品について、生産され

る地域や製造方法について厳密に規定している。特に、製品と産地との結びつきを本質的

要件としている点が参考になる。また、通称赤ラベル(Label Rouge 1965)と呼ばれる品

質保証制度でも、特に畜産物の飼育管理に関して厳しい規定を設け、その保護と発展に効

果を上げている。これらが、世界に誇るフランス料理の基礎になっているのである。

吉田(1992)は、フランスの銘柄鶏であるブレス鶏とルエ鶏の事例を挙げ、両制度の下

で高品質肉用鶏が生まれる最大の要因は、①「産地が在来種的な優良品種・系統をもって

いたこと」であるとし、「高品質畜産物にとって特定産地への限定は声価を高める有効な

手段である」と解説している。また、②「産地組織とリーダー」の存在も大きな要因であ

るとしている。さらに商品化戦略について、産地や飼養方法の特色を詳しく書いたラベル

の貼り付けや、購買者に鮮度を伝えるために腸以外の内臓を残すなどの工夫も有効だとし

ている。

畜産物に限らず、地域ブランド化を目指す場合、高品質であることは大前提である。し

かしながら、質が良いからといってもすべてが売れるわけではない。その品質を維持、向

上させながら、さらに消費者の心を掴み続ける戦略が必要なのである。すなわち、このフ

ランスの事例に当てはめても、行政側と生産者側の厳しい管理体制の上に成り立った効果

的な流通システムが重要であることが言えるであろう。ただし、この研究は生産面に特化

したものであり、周囲に与える影響については触れていない。

地鶏による地域ブランドの確立後のインパクトについては、斉藤(2004)が、①「地鶏

の生産が拡大することによって、(中略)雇用の需要が形成されるため、地域の活性化へ

の貢献が期待されること」、②「地鶏の価格プレミアムが拡大することによって、鶏肉価

格全体を押し上げることができれば、価格競争を抑止することができること」、③「保証・

識別機能が明確かされることによって(中略)消費者の信頼を確保しやすくなること」、

④「高級な料理店や居酒屋などで生食用だけでなく、食文化を演出しやすいことが、ブラ

ンドの想起に繋がりやすいこと」を挙げている。結論では、日本の地鶏は、ある程度フラ

ンスの基準に照応してはいるものの、フランスに比べて規模が極めて小さいため、あまり

大きな成長は望めないことと、地域内に同じ地鶏の生産主体が複数ある場合の品質統一の

難しさが指摘されている。

これらの指摘を踏まえ、秋田比内地鶏の事例について考察することとする。

7

3.2. 秋田比内地鶏9

秋田比内地鶏は、名古屋コーチン、薩摩地鶏と並ぶ日本三大地鶏のひとつとして評価が

高く、レストランや居酒屋などでは高級食材として扱われている。都内のデパートでは

100gが 600 円を越え、世界一高い鶏肉と言われることもあるが、その需要は高く、出荷

量は伸び続けている(図 2)。

0

100

200

300

400

500

5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15(年次)

(千羽)

図 2. 秋田比内地鶏の出荷数

(出所)秋田県 HP のデータを元に作成

3.2.1. 歴史

「比内地鶏」とは、主に比内町10 のある県北部で育てられていた日本在来種「比内鶏」

と米国産ロードアイランドレッド種を交配した一代雑種比内鶏のことである。旧藩時代に

は年貢として藩主に納められたという記録もあり、その歴史は相当古いことがわかる。11

秋田といえば有名なのは「きりたんぽ鍋」であるが、比内鶏はその材料として欠かすこと

が出来ないものとされている。地鶏を使った鍋料理として完成されたのは明治 35 年、料亭

「北秋くらぶ」初代の石川重吉によるものとされ、その頃から「博多の水炊き」「東京のし

ゃも鍋」と並んで、名物鶏肉料理とされていた。比内鶏の味の良さは科学的にも実証され

ており、うまみ成分と言われるイノシン酸がブロイラーの 2 倍近く含まれていることがわ

9 ここでは、佐藤(2002)、畠山(1998)と秋田県畜産試験場、秋田農政事務所比内地鶏愛好会が発刊した資

料等を参考とし、関係者へのヒヤリングにより調査した。 10 現大館市 11 『日本経済新聞記事』1996 年 11 月 24 日

8

かっている。この点は、1.の先行研究で示された「産地が在来種的な優良品種・系統をも

っていたこと」という成功要因に合致する。ところが比内鶏は美味い鶏ではあっても、か

つては一部の農家が稲刈り後の畑に放し飼いしていた程度で、もともと数も多くはなく、

一時は絶滅寸前まで減少してしまうのである。12 しかし、その学術的価値の高さから、昭

和 17 年に天然記念物に指定され、その後大切に保護されてきたのである。13

昭和 40 年代に入ると米余りが問題となり、昭和 46 年には生産調整のための減反政策が

取られることとなった。これにより秋田県では、米に変わる別の産品を創り出す必要が生

じた。そこで目をつけたのが比内鶏である。すでに味に関しては高い評価を得ていたもの

の、商業ベースには程遠かったこの地鶏を元に、県畜産試験場が試験研究によって生み出

したのが「秋田比内地鶏」である。

3.2.2. 開発からブランド化まで

秋田県畜産試験場で、昭和 48 年に比内鶏保存会から種卵を購入したのが始まりである。

同時に、比内町では比内地鶏生産組合が発足し、本格的な生産を目指すこととなった。

当時の秋田県では、かつてないほどの配合飼料価格の高騰、畜産物価格の低迷により、

畜産経営が危機的な状況であった。県は畜産危機突破資金として 16 億円の県財政資金の予

算化をするなど、畜産業に対して重視していた時期であった。

県畜産試験場では、同年より「肉用鶏に対する地鶏の利用に関する試験」を開始し、翌

年には、交配種づくりのため、国の助成事業の指定を受けることとなる。それ以前から、「外

国鶏の性能調査」、「産卵鶏の交配方式に関する試験」等の試験研究を行ってきていたが、

比内鶏に特化した研究はこの年からである。この頃は、全国的にも地鶏開発のための研究

が行われており、地鶏ブームが起こり始めた時期とも言える。

昭和 53 年には、比内交雑鶏の放飼試験の開始と併せて、素ひなの供給を始めた。もとも

と、比内鶏は庭先で放し飼いされていたものであり、自然の状態の中で十分運動させなが

ら飼うことが味の良い鶏肉をつくることの必須条件であったためである。この放飼試験に

より、今後の水田転換畑の高度利用にとって新たに有望な分野であることが示唆されるこ

ととなった。その翌年には、比内鶏の飼育を転作の本命として農家への指導を開始した。

数年後には、2 万 5 千羽のひなを県内の農家に出荷、県内全体では 10 万羽が育てられる

までになった。その頃から関西への出荷も始まっている。他県においても、比内鶏の素質

に注目し、導入、研究が始められていた。県畜産試験場では、昭和 55 年から 10 年計画で

種鶏舎や成鶏舎などの施設を建築し、さらに本格的な取り組みを進めていく方針を立てた。

昭和 58 年には、いわゆるグルメブームのきっかけとも言われている漫画「美味しんぼ」

12 約 300 羽。 13 天然記念物でも、数の保持が可能な範囲で食することができる。

9

が連載開始され、次第に高品質な食材に注目が集まり始める。そのような社会的背景も後

押ししたとも考えられる。

しかしながら、昭和 61 年の「比内交雑鶏の生産及び流通に関する調査」によると、1 羽

当り所得とその率は有利であるが、飼養羽数が少ないため複合部門として期待する所得規

模まで達していない生産者が多いことがわかる。よって、技術実証試験、管理方法の検討

がなされた。日本食鳥協会でもこれからの地鶏の可能性を信じ、地鶏に近い性質を持たせ

た高級ブロイラーの普及、消費拡大に乗り出している。

秋田比内地鶏の全国的な評価は確固たるものとなりつつあったが、併せて生産体制も整

備され、経営的にも確立されてきたのは昭和 62年頃と思われる。今後の需要拡大を確信し、

比内町では生産拡大計画を立て、比内地鶏生産部会を発足させたのがこの年である。また、

合川町農協14は、町と連携して飼育施設の資材を無償貸与を開始した。さらに、「きりたん

ぽ鍋」の食材として新米の時期にあわせた季節生産的・副業的な取り組みが中心であった

が、解体処理施設、加工処理施設を設置・拡充して飼養規模の拡大と周年生産化を可能に

し、これを誘導支援することとしたのもこの頃からである。これによって雇用も増大し、

地域活性化に大きな影響を与え始めたのである。見方によれば、この年に地域ブランド製

品として確立されたとすることができるであろう。

現在は、民間企業でも試験研究を行っている。例えば、本家比内地鶏㈱では、需要が増

えたことに合わせて拡販を急いだために、生産管理が及ばず 1 羽当たりの肉の質、量のば

らつきが大きくなったという反省を基に、冷蔵輸送システムを開発している。しかし、こ

れもすべて初期の県畜産試験場の貢献の延長線上なのである。

3.2.3. 生産・流通

秋田比内地鶏の生産と流通の経路は複雑であるが、各組織の役割が明確となっているこ

とが特徴的である。主なルートは以下のとおりである。

県畜産試験場での試験研究は絶え間なく続けられているが、一代雑種比内鶏のひなの孵

化に関しては平成 3 年から県農業公社が請け負っており、現在は種鶏のひなの供給のみを

行っている。県農業公社からは主に JA あきた北央やその他の JA、ウゴ・コーポレーション

㈲経由で比内どり食品㈲へ供給している。比内町の比内地鶏生産者部会から処理場の運営

を任された本家比内地鶏㈱については、黎明舎からの供給を受けている。生産量について

は、現在本家比内地鶏㈱が約 22 万羽と、県内の生産量の 50%を占め、次いで比内どり食品

㈲が約 13 万羽、JA あきた北央が約 9万羽となっている。

出荷についてもそれぞれ独特のルートを持っている。本家比内地鶏㈱は FC の秋田比内や・ ・ ・ ・ ・

14 現 JA あきた北央

10

をオープンさせ、居酒屋やデパートに出荷している。比内どり食品㈲では主に全農チキン

フーズを経由して専門店に出荷しており、JA あきた北央では、独自に開拓した大きな通信

販売ルートと飲食店への出荷が主なものとなっている。さらに、本家比内地鶏㈱と JA あき

た北央では、県内産の野菜などとのセット販売により、相乗効果を上げている。

3.2.4. 品質管理

上記の主な出荷ルートのそれぞれが市場において競争していることが秋田比内地鶏のブ

ランド価値を高めていると見ることができるが、共通しているのはその徹底した管理シス

テムである。

いずれも飼育に関しては、特定 JAS 制度を上回る厳しい規定を設けている。秋田県では、

秋田比内地鶏を特定 JAS に認可したい意向ではあるが、生産者にしてみると、独自に規定

した基準よりも低い基準で認可されると、かえって価値が下がるとして県には同意してい

ない。これは、他のブランド地鶏として名高い名古屋コーチンなどでも同様の主張がなさ

れている。現在の秋田比内地鶏の売れ行きを見れば、このような制度面について県に同調

せず農協や民間主導で進めてきたことが、結果的に成功につながっていると言うことがで

きる。

個別に見ると、さらに強力な管理体制を取っていることがわかる。

本家比内地鶏㈱では秋田比内や・ ・ ・ ・ ・

各店舗に対し、調理方法の指導までも直接行っている。

そして、指示に従わない場合は取引を停止するのである。また、製品から各生産者まで追

跡できるトレーサビリティーについても徹底されている。

JA あきた北央では、独自の飼育マニュアルを作成し、生産者の経費の収支をすべて同 JA

の口座により管理している。そのため各生産者の購入数等も完全に把握できるのである。

また、ペナルティー規約も設けており、マニュアルに違反した場合、まずはその年の収益

を没収し、それでも改善されない場合は組合から除名することとしている。当然のごとく、

部会発足当初から、供給する比内地鶏を生産者毎に仕分け、その後の出荷先まで押さえて

いるため、トレーサビリティーも完璧である。さらに、処理施設には HACCP 方式15を取り入

れ安全性も高めている。取り組み当初から、安全と安心を第一としてきたのである。JA あ

きた北央は、その特徴的な取り組みが評価され、平成 13 年には畜産大賞を受賞している。

これらは品質第一の原則であり、一連の経営戦略の中で経費削減等の観点は当然あると

は思うが、それはあまり表に見えてくることはない。また JA あきた北央の場合、売り込み

の際にはけして値引きをしないという。「農家に一円でも多く、お金を残すのが使命」16と

15 1960 年代に米国で宇宙食の安全性を確保するために開発された規格。我が国では総合衛生管理製造過

程の承認制度が創設され、1996 年から施行された。 16 『朝日新聞記事』1999 年 8 月 31 日

11

いう意気込みと同時に、高品質なものを作り続けなければいけないという信念があるのだ。

多くのアンケート調査でも、最近の消費者は値段よりも安全性や品質を重視しているとい

う結果が出されており、高度で万全な品質管理が大前提であるといえる。17

また、これらの組織の、生産者を強引にひっぱりながらしっかり支援もし、強気の営業

でけして妥協はしない姿勢に、リーダーシップを見てとることができる。3.1.の先行研究

でも示された「産地組織とリーダー」の存在も大きな要因である。

3.2.5. 商標と認証制度

地鶏に限らず、農産物は評判が良くなるにつれ、偽物や粗悪品が出回りやすい。知らな

い所でフリーライドされていたり、他県の製品として売られていることもある。市場にお

いて有利に競争していくためにも、商標などで保護しておくことは重要である。

平成 11 年には「類似商号で客に誤解を与え、利益を害された」と比内地鶏を販売する比

内屋が、前年に「秋田比内や」で商標出願していた秋田比内や・ ・ ・ ・ ・

を相手に、商号の使用差し

止めと 1億 1000 万円の損害賠償などを求めた訴訟を起こした。最終的には「原告の場合は

比内町の『比内』に屋号を示す『屋』が結合されたもので、顕著性としては弱い」として

比内屋が全面敗訴している。言い方は悪いが、やられてからでは遅いのである。

秋田比内地鶏に関する商標で、鶏肉そのものについての最初の登録は、JA 合川による「秋

田 JA 合川比内鶏振興部会推奨\比内鶏\比内鶏のスープ使用」である。18 平成 7年に出願

され、平成 10 年に登録されている。その後、秋田比内や・ ・ ・ ・ ・

が「秋田比内や」、JA あきた北央

が「秋田マタギ比内地鶏」を登録している。秋田県としては、以前より「比内地鶏」の商

標を希望していたものの、「一般名称として普及している」などの事情で申請を断念した経

緯がある。やっと平成 16 年に図形入りで「秋田県\認証\比内地鶏」が認可されたところ

である。

これに対し、比内町では平成 11 年より、同町で放し飼いで育てられた地鶏に限って使用

を認める「比内地鶏認証マーク」を使い、商品の差別化に効果を上げている。消費者にと

っては、それが実際登録商標なのかどうかよりも、視覚的にわかりやすい形での差別化が

有効と思われる。高級スーパーなどの小売店に出かけると、このマークと出荷証明が貼り

出されており、客に対して効果的にアピールしていると実感することができる。19 1.の先

行研究や、3.2.4.で論じたような産地の努力や思い入れが、認証マークを通じて消費者に

届いた成果である。

17 野村総合研究所の調査では、特に 2000 年以降「とにかく安いものを」という意識が弱まり、こだわり

を重視した消費形態に移行しているという結果が出ている。 18 「特許電子図書館」http://www.ipdl.ncipi.go.jp/homepg.ipdl 19 伊勢丹系列のスーパー「クイーンズ伊勢丹」等。

12

3.2.6. 公的機関の支援

県畜産試験場の貢献が大きいことは既に紹介したが、もちろんこれは県の施策の方向性

によるものである。秋田比内地鶏の成り立ちに沿って、主な事業としては、昭和 40 年代後

半の畜産危機突破資金、昭和 55 年に始まった畜産試験場施設整備のための 10 年計画、平

成 3年の秋田比内地鶏生産振興対策事業、最近では平成 12 年から始まった特定JAS対応

比内地鶏産地拡大対策事業を含んだ“あなたと地域の農業夢プラン”応援事業や平成 16 年

の比内地鶏産地素びな生産体制整備事業などが挙げられる。

また、平成14年には、JAあきた北央が農林水産省のアグリチャレンジャー事業を活用し、

事業を拡大している。

これらはほとんど施設に対する支援であり、畜産試験場へのヒアリングでも、施設以外

に関する、例えば飼料やひなの購入に掛かる経費や、その他宣伝などの商工振興的なもの

に対しての予算は微々たるものであったようである。

もちろん、首都圏での観光物産展等で他の食材と併せた PR 活動は既に行われていたが、

他との差別化を図るために特定 JAS 認証取得の促進や商標登録等取得などを織り込んだ PR

活動等に関する事業として、比内地鶏産地拡大総合対策事業が予算措置されたのは平成 15

年からである。

これまでの宣伝、PR などの普及活動に関しては、複雑な流通体系の中で主に農協や企業

が先行して積極的に行っていたのである。組織毎の役割分担が確立されていた結果である。

3.2.7. 波及効果

調査によって確認できたのは、JA あきた北央では秋田比内地鶏の販売ルートに他の農産

物も乗せたことによる売上げの増加が挙げられる。また、大館市きりたんぽ協会に問い合

わせたところ、秋田比内地鶏の影響できりたんぽの売上げは伸びているようである。さら

に、3.1.の先行研究でも指摘されているように、秋田比内地鶏の生産拡大により、処理・

加工に携わる人たちの雇用も1日平均 40 人増えたことなどが挙げられる。

比内町では、昭和 60 年から比内とりの市が開催されており、毎年の参加者も駐車場等の

関係で上限の約4万人で推移している。町内の道の駅でもドライブ客向けに販売を始めた

ところ、予想以上に売れ行きが伸びている。

13

4. 計量分析

第 3章で、秋田比内地鶏が地域ブランド製品と認識されたのは昭和 62 年とした。ここで

は、ブランド化に到った要因と、そのことが周囲の他の製品にどのような影響を与えるこ

とになったのか推定していく。時期については捉え方によって別の見解があると思われる

が、今回の分析ではその前後を比較する手法を取っているため、一定の目安を設けること

とする。

第一次分析では、秋田比内地鶏の生産量が伸びているのは、地域のイメージ形成を成す

ためのブランド製品と認められたこと、すなわち地域ブランド化したことが影響を与えて

いると仮説をおく。そこで、秋田比内地鶏の生産量を被説明変数とする時系列モデルを用

いて、実際に影響を与えているのかどうか、入手可能で客観的なデータを用いて、その仮

説を検証する。

第二次分析では、秋田比内地鶏が地域ブランド化されたことが、同じ秋田県内の他の製

品に影響を与えると仮説をおく。そこで、ブロイラーの出荷量、鶏卵用種鶏の飼養羽数、

県民の米の消費を被説明変数としたパネルデータを用い、その他の要因と思われる変数と

併せて、その仮説を検証する。

4.1. 第一次分析

仮説として挙げた「秋田比内地鶏が地域ブランド化したことが、生産量を増加させてい

る」ことは、直感的には当たり前である。ここでは、すでに述べた自治体や生産者たちの

努力といった数値化が困難なものを除き、客観的に確認できる 1970 年から 2003 年の時系

列データを用いて分析を行う。

この仮説の検証を行うために用いたモデルは(1)式のとおりである。

tttt X εααα +++= 210 (地域ブランド)量)(秋田比内地鶏の生産 (1)

被説明変数である(秋田比内地鶏の生産量)については、県全体のデータは平成 5 年以

降のものしか入手できなかったため、最大の生産地である比内町が導入してきたひな鶏の

数を、生産量に比例しているとして代理変数とした。(地域ブランド)は年度毎のダミー変

数で、ブランド製品と認められる以前は 0、以後は 1とする。Xは秋田比内地鶏の生産量に

係るその他の要因を表す変数で、認証マーク、試験研究数、牛肉輸入自由化、商標登録数、

鶏肉率、畜産業費、商工費、地鶏ブーム、インターネットが含まれている。

210 ,, ααα はそれぞれ推計するパラメータで、ε は誤差項である。

14

4.1.1. 説明変数

①地域ブランド

1987 年以降を 1とし、それより前を 0とする。

②認証マーク

比内地鶏生産部会が、商品の差別化を進めるために、比内町で放し飼いで育てた

地鶏に限定して「比内地鶏認証マーク」の使用を認め始めたことを示すダミー変数

である。また、地鶏肉の日本農林規格(特定 JAS)が施行されたのも同年からであ

り、この年から視覚的に高品質の証が確認できることが重要視され始めたと考えら

れる。よって、1999 年以降を 1とし、それより前を 0とする。

③牛肉輸入自由化

牛肉の輸入自由化が開始されたことを示すダミー変数である。安値の牛肉が増加

することによって、消費が牛肉に移行することが考えられる。よって、牛肉の輸入

自由化が開始された 1991 年以降を 1とし、それより前を 0とする。

④商標登録数

県の商標権に対する知財意識の高さを示す指標として、県保有の商標権の積算を

用いる。

⑤試験研究数

県の試験研究がどのくらい生産量に寄与したのかを測る指標として、ひな鳥の供

給を農業公社に移管するまでの期間に、県畜産試験場が行った試験研究の積算を用

いる。期間を限定したのは、それ以降の試験研究について正確な調査ができなかっ

たためである。しかしながら、今日の秋田比内地鶏の礎となったのは、昭和 40 年代

から始められた県畜産試験場の試験研究によるところが大きいと考えることができ

るので、限られた期間であってもそれなりの効果が期待される。もちろん個々の試

験研究の貢献度には差があり、数だけでは正確に説明することは出来ない可能性は

あるが、研究開発に対する意識の高さや貢献度を測ることができると考え、その代

理変数として用いることとする。

⑥鶏肉率

日本国民の食生活の傾向の変化が与える影響を測るため、日本国民の 1 人が 1 年

間で消費する食料のうち、鶏肉の占める割合の推移を用いる。

15

⑦畜産業費20

本来であれば、秋田比内地鶏に特化した補助金等を用いる必要があるが、過去の

資料には数値がない場合や、予算の項目が他の畜産物と合計されている場合があっ

たため、正確に算出することが出来なかった。よって、県の畜産業に対する意識の

高さを示す指標として、各年の県の畜産業費を人口で割った 1 人当たりの額の対数

値を用いることとした。

⑧商工費

地域ブランド政策において、商工業の振興が図られることがある。そこで県の商

工業に対する意識の高さを示す指標として、各年の県の商工費を人口で割った 1 人

当たりの額の対数値を用いる。しかし、畜産業費との相関が高いことと、3.2.6.で

示したとおり、最近に至るまで秋田比内地鶏に関する本格的な支援はさほどなかっ

たことがうかがわれるため、あえてこの変数を含めないタイプ 1 と、含めたタイプ

2の二通りの推計を行う。

⑨地鶏ブーム

昭和 50 年前後からとも、60 年代からとも言われている全国的な地鶏ブームが、

生産量に対して影響を与えていると考え、朝日新聞と日経新聞各社の発行した新聞、

雑誌21に「地鶏」の単語が掲載された記事数の積算を代理変数として用いる。

⑩インターネット

インターネットによる情報収集やオンラインショッピング22の効果が生産量に対

して影響を与えていると考え、その普及率の推移を用いる。

なお、変数の基本統計量は表 3のとおりである。

20 畜産業費、商工費ともに、総務省『都道府県決算状況調』のデータによる。 21 朝日新聞、アエラ、週刊朝日、日経新聞、日経産業新聞、日経流通新聞 MJ、日経金融新聞、日経プラ

スワン、日経マガジン。両社記事データベースより。 22 ㈱情報通信総合研究所の調査によると、2005 年はインターネットショッピングの利用が性別、年代を

問わず 80%を超えている。

16

表 3. 第一次分析基本統計量

サンプル数 平均 標準偏差 最小値 最大値秋田比内地鶏生産量 34 8.622 3.148 0 12.170地域ブランド 34 0.500 0.508 0 1認証マーク 34 0.147 0.359 0 1牛肉輸入自由化 34 0.382 0.493 0 1商標登録数 34 2.000 4.579 0 15試験研究数 34 12.853 6.643 0 18鶏肉率 34 1.864 0.480 0.835 2.383畜産業費 34 7.967 0.400 6.752 8.896商工費 34 10.026 0.853 8.300 11.078地鶏ブーム 34 43.735 57.059 0 197インターネット 34 7.065 16.496 0 60.6

4.1.2. 推定結果

表 4 は、4.1.で示したモデルを回帰分析した結果である。

(地域ブランド)の係数は統計的には有意に正であり、ブランドと認められることが予

想通り生産量を増加させていることがわかる。また、認証マーク等による他の製品とのわ

かりやすい差別化に効果があることも示された。もちろん、認証マークに効果があるのも、

すでにそれが高品質なものであるという認識が浸透していることが重要である。経済的に

見た場合、地域ブランドの係数 2.252 を元の数値23に戻すと約 10 羽、認証マークの係数は

同様に約 219 羽となる。この数字から現在 20 万羽数規模の生産に対してさほど有意とは言

えないが、ここでは秋田県のみのデータを用いており、他地域との比較ができていない点

でバイアスが存在することが、その理由と考えられる。もしかしたら地域ブランドがなか

ったために生産量が減少していたかもしれないケース等が考えられるが、この点の分析に

ついては今後の課題とする。

畜産業費の係数は統計的に有意に正であることより、事例調査で触れたとおり畜産業そ

のものに対する支援がとても重要であることが証明された反面、商工費の係数に有意性が

ないことより商工費が関与していなかったこともわかる。この点について経済的に見ても、

一人当たりの畜産業費が1単位増加するにつれ約 86 羽増加しており、秋田県の人口が 12万人前後で推移してきたことを考慮すると、相当に有意であると言える。

23 被説明変数である秋田比内地鶏の生産量の対数値を用いているため。

17

インターネットの普及率の係数が有意に正であることは、情報伝達、口コミ等の効果が

大きいことを示していると考えることもできるが、タイプ 2 で商工費を加えた場合、イン

ターネット普及率の有為性が失われている。効果的なサイト運営ができているかどうか改

めて見直す必要があるのか、または、3.2.6.で示したように生産者との役割分担が整理さ

れているため、特に整備する必要がないのかどちらかであろう。商工業振興を現わしてい

る商工費の効果が低いのは、インターネットの普及率の係数が有意に正であったことと併

せて考察すると、情報発信よりも情報収集の方が高い効果を示しているという見方もでき

る。例えば、秋田比内地鶏についてインターネットで調べたい時に、大方の人は検索キー

ワードに「秋田比内地鶏」を入力するはずである。まず秋田県庁のサイトを開き、そこか

ら辿っていく人はほとんどいないと思われる。また、情報収集効果を重視するのであれば、

山本(1998)が提案しているように、消費者の生の声を聞く機会がほとんどない畜産業界の

ために、生産者とネットワークを作りお互いの情報を伝え合う情報インフラの整備が必要

となってくるかもしれない。しかし、ここでは県の予算のみを指標としているため、本当

の宣伝効果を確認するためには、生産者を含めたすべての PR 経費を把握する必要がある。

商標登録数の係数が有意に負であることは、権利保護が生産量を抑えていることを示し

ている。フリーライドや粗悪品が排除される効果があるとも考えられる。

牛肉の輸入自由化が開始された 1991 年時には、すでにパワーブランドとしての地位を築

いていたためか、係数は統計的に有意ではなかった。また食生活の傾向については、ブラ

ンド食品にとっては関係がない可能性がある。消費者にとって、地鶏とブロイラーは同類

の食材として代替的なものであり、例えば、ブロイラーを食した上に追加的に地鶏を購入

することは考えにくい。今日は奮発して地鶏を食べようと購入した場合に、さらにブロイ

ラーを購入することはないと思われる。そもそも秋田比内地鶏がブロイラーを含めた全鶏

肉に対して、占める割合が小さいことも有意性が確認できなかった要因である可能性もあ

る。

地鶏ブームについては、正の効果があると思われたが結果は負であり、かつ有意性もな

かった。おそらく、ブームとは先行してブームを作るグループと、すでに起こっているブ

ームに後から乗ってくるグループで形成されるものと考える。秋田比内地鶏が、地鶏ブー

ムに後押しされたのではなく、先行グループとしての役割を担っていたことがその原因と

考えられる。ブームに乗って現れた他の銘柄について調査すると、異なる結果が出るかも

しれない。

試験研究については、やはり量より質が重視されるものであるためか、ここでは有意性

を確認することはできなかったが、事例調査からもその重要性は推し量ることができよう。

さらに、ひなの供給を農業公社に移管した後も、またブランド確立以降も、引き続き試験

研究が続けられているので、正確な指標とはならなかった可能性がある。

18

表 4. 第一次分析推定結果

標準誤差 標準誤差

地域ブランド 2.252 * 1.152 2.048 * 1.181

認証マーク 5.391 ** 2.532 5.661 ** 2.564

牛肉輸入自由化 0.099 0.953 0.869 1.303

商標登録数 -0.730 * 0.368 -0.665 * 0.378

試験研究数 -0.251 0.367 -0.148 0.387

鶏肉率 5.534 5.730 7.780 6.309

畜産業費 4.457 *** 0.915 4.932 *** 1.069

商工費 -2.704 3.101

地鶏ブーム -0.018 0.015 -0.011 0.017

インターネット 0.186 ** 0.090 0.160 0.095

切片 -35.012 *** 7.429 -17.676 *** 21.238

補正 R2

有意 F

サンプル数

   タイプ1    タイプ2

係数 係数

34 34

0.816 0.814

17.230 15.430

***、**、* はそれぞれ有意水準 1%、5%、10%を満たしていることを表す。

19

4.2. 第二次分析

仮説として挙げた「秋田比内地鶏が地域ブランド化したことが、同じ秋田県内の他の製

品に影響を与える」ことを分析するためにブロイラーの出荷量等を被説明変数とする場合、

非常に多くの説明変数が考えられる。例えば、第 3 章で述べたような自治体や生産者たち

の努力の他にも、別のブランド地鶏の推移や自然災害などが挙げられるが、これらすべて

をモデルに組み込むことは不可能である。

これを解決する方法として、秋田比内地鶏が生産されていない他地域の変数の推移と比

較して分析する方法が考えられる。そこで、東北 6 県24 の 1970 年から 2003 年のパネルデ

ータを用い、各県固有の数値化が困難な性質を取り除くためのダミー変数を追加した Fixed

effect model によって分析することとする。さらに、第一次分析で用いた地域ブランドダ

ミーを含め、このような推計を行う場合に代表的な手法とされる Difference in

differences を用いて分析を行う。トリートメントグループを秋田県とし、コントロール

グループとして東北地方の秋田県以外の県を用いることにした。

この仮説の検証を行うために用いたモデルは(2)式のとおりである。

ititit

it

ititit

Z εβββ

βββ

+++

+

++=

54

3

210

)*( (秋田県以外の県)            

地域ブランド秋田県          

(地域ブランド)(秋田県)(他の製品)

(2)

被説明変数である各県の他製品の生産量等を(他の製品)とする。(秋田県)は、秋田県

であることを示すダミー変数で、秋田県が 1、その他の地域は 0 とする。(地域ブランド)

は第一次分析でも用いた地域ブランドダミーで、(秋田県*地域ブランド)はそれぞれのダ

ミー変数を掛け合わせた値なので 1か 0となる。(秋田県以外の県)は東北地方の秋田県以

外の県を示すダミー変数である。ただし、この推定では比較対照をする基準県を宮城県と

するため、正確には、秋田県と宮城県を除いた 4県を示すことになる。25 Z は製品の生産量

等に係るその他の要因を表す変数で、BSE、牛肉輸入自由化、商標登録数、鶏肉率、米率、

畜産業費、農業費、地域ブランドブーム、インターネットが含まれている。

543210 ,,,,, ββββββ はそれぞれ推計するパラメータで、ε は誤差項である。

24 青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県。 25 基準県については、秋田県以外であればどの県でもよい。

20

4.2.1. Difference in differences

Difference in differences は、要因の比較により推定する手法で、制度や政策などの

評価に用いられることが多い。その制度が出来た時点を特定し、前後についてその制度の

影響を受けたグループ(コントロールグループ)と、影響を受けないグループ(トリート

メントグループ)の違いを比較することで、その制度や政策の影響を推定するものである。

例えば、米国において年齢差別禁止法が市場に与えた影響(川口、2003)や、自動車車検

制度が交通事故率に与えた影響(斉藤、2004)を分析する際に用いられている。26

本論文は、この手法を用いて、秋田比内地鶏が地域ブランド製品として認知される前後

について、それぞれの時期の秋田県と、東北地方のその他の県の違いを比較する。

(2)式のうち、以下の部分が Difference in differences で推定する箇所である。

it

it

itit

(秋田県以外の県)    

ド)(秋田県*地域ブラン  

(地域ブランド)(秋田県)

∗+

∗+

∗+∗

4

3

21

ββ

ββ (3)

(秋田県)、(地域ブランド)、(秋田県*地域ブランド)、(秋田県以外の県)のそれぞれ

のベクトルは、すべて 1 か 0 となるダミー変数である。よって(3)の部分は各グループ

について以下のとおりパラメータのみで表される。

表 4. 各県の示すパラメータ

前 1β 秋田県

後 321 βββ ++

前 (基準) 宮城県

後 2β  

前 4β       その他

の県 後 42 ββ +     

このモデルによって分析したいのは、秋田比内地鶏が地域ブランド製品と認められた以

後、ブロイラーの出荷量、鶏卵用種鶏の飼養羽数、米の消費が増加したかどうかである。

すなわち、もっとも注目するのは 3β の値なのである。そこで、帰無仮説を 0: 30 =βH と

し、対立仮説を 0: 31 ≠βH とする。

26 Difference in differences については、M.Bertrand,E.Duflo,S.Mullainathan(2003)や

S.G.Donald,K.Lang(2004)が詳しく解説している。

21

この分析により、帰無仮説が棄却された場合、対立仮説は 03 >β と 03 <β のどちらかに

当てはまることになる。それぞれの場合では、以下のように解釈することができる。

① 0: 31 <βH の場合

秋田県における秋田比内地鶏の地域ブランド化が、秋田県内の他製品の出荷量等を

引き下げている。これは、秋田比内地鶏の評価が高まるにつれ、秋田県内では他製品

の生産から秋田比内地鶏の生産へシフトしていることが考えられる。すなわち、地域

ブランド化が代替的な効果を生じていると言える。

② 0: 31 >βH の場合

秋田県における秋田比内地鶏の地域ブランド化が、秋田県内の他製品の出荷量等を

押し上げている。これは、秋田比内地鶏の評価が高まることが、秋田県の他製品の評

価も高め、同じ秋田県産の製品に対する選択優位性を生じていると考えることができ

る。すなわち、地域ブランド化が補完的な効果を生じていると言える。

4.2.2. 被説明変数

①ブロイラー出荷量

地鶏と同分野の製品に対する効果を測るため、農林水産省の畜産物流通統計か

ら得られた各県のブロイラー出荷量の対数値を用いる。

②鶏卵用種鶏飼養羽数

①と同様の観点で、畜産物流通統計から得られた各県の鶏卵用種鶏飼養羽数の

対数値を用いる。

③米の消費

補完的な効果がある製品としてきりたんぽが思い浮かぶ。しかし、3.2.7.で大

館市きりたんぽ協会からは、きりたんぽの売上げが伸びているのは確かだが、メ

ーカーで製造しているものまで把握するのは不可能であり、データが取れないと

のことであった。そこで、その材料となる米の消費を被説明変数とする。ここで

は、総務省統計局が毎年行っている家計調査年報より、各県庁所在地における 1

世帯当たり年間の米の購入に対しての支出金額を各県の代理変数とした。とはい

え、きりたんぽ製造にどれほどの米が使われているのか不明であるため、特に影

響がないことも十分考えられる。ただ、秋田県が有名なあきたこまち・ ・ ・ ・ ・ ・

をはじめと

する米どころでもあることから、興味深い結果が導き出されることが期待できる。

22

4.2.3. 説明変数

①地域ブランド

第一次分析と同様、1987 年以降を 1 とし、それより前を 0 とする。秋田比内地鶏が

ブランド化したことが、秋田県以外の県の製品に対して与える影響が示される。

②秋田県

秋田県であることを表すダミー変数で、秋田県であれば 1 とし、秋田以外の県を 0

とする。

③秋田県*地域ブランド

秋田県と地域ブランドの両ダミー変数を掛け合わせた変数で、1か 0となる。すなわ

ち、この値が 1 となる箇所が、秋田県における秋田比内地鶏がブランド化した後の状

況である。

④秋田県以外の県

秋田県と基準県を除いた東北地方の各県を示すダミー変数で、当該県を 1 とし、そ

の他の県を 0とする。

⑤BSE

BSE により畜産物全体が消費者からの信頼を落とした可能性がある。よって BSE が牛

以外の肉の消費に影響を与えると考え、日本で初めて確認された 2001 年以降を 1とし、

それより前を 0とする。27

⑥牛肉輸入自由化ダミー

第一次分析と同様、1991 年以降を 1とし、それより前を 0とする。

⑦商標登録数

第一次分析と同様、県の商標権に対する知財意識の高さを示す指標として、県保有

の商標権の積算を用いる。

⑧鶏肉率

第一次分析と同様、日本国民の 1人が 1年間で消費する食料のうち、鶏肉の占める

割合の推移を用いる。なお、この変数は米の消費には用いない。

27 10 月 1 日に農林水産大臣が「科学的には関係はないものの、豚・鶏の肉骨粉についてもその製造・販

売が一時停止される」と発表したことにより、養鶏業界への影響が懸念された。

23

⑨鶏卵率

日本国民の 1人が 1年間で消費する食料のうち、鶏卵の占める割合の推移を用いる。

なお、この変数は米の消費には用いない。

⑩米率

日本国民の 1 人が 1 年間で消費する食料のうち、米の占める割合の推移を用いる。

なお、この変数は米の消費のみに用いる。

⑪畜産業費

第一次分析と同じく、県の畜産業に対する意識の高さを示す指標として、各年の県

の畜産業費を人口で割った 1人当たりの額の対数値を用いることとした。なお、この

変数は米の消費には用いない。

⑫農業費

第一次分析と同じく、県の農業に対する意識の高さを示す指標として、各年の県の

農業費を人口で割った 1人当たりの額の対数値を用いることとした。なお、この変数

は米の消費のみに用いる。

⑬地域ブランドブーム

地域ブランドに対する全国的な意識の高まりが農畜産物に対して少なからず影響を

与えていると考え、朝日新聞と日経新聞各社の発行した新聞、雑誌に「地域ブランド」

の単語が掲載された記事の数の積算を代理変数として用いる。

⑭インターネット

第一次分析と同じく、普及率の推移を用いる。

なお、変数の基本統計量は表 5のとおりである。

24

表 5. 第二次分析基本統計量

サンプル数 平均 標準偏差 最小値 最大値ブロイラー出荷量 204 15.870 1.327 12.722 18.316鶏卵飼養羽数 204 14.894 0.622 13.540 15.634米の消費 204 52777 12212 29413 77246地域ブランド 204 0.500 0.501 0 1秋田県*地域ブランド 204 0.083 0.277 0 1青森県 204 0.167 0.374 0 1岩手県 204 0.167 0.374 0 1宮城県 204 0.167 0.374 0 1秋田県*地域ブランド 204 0.167 0.374 0 1山形県 204 0.167 0.374 0 1福島県 204 0.167 0.374 0 1BSE 204 0.088 0.284 0 1牛肉輸入自由化 204 0.382 0.487 0 1商標登録数 204 2.515 6.791 0 39鶏肉率 204 1.864 0.474 0.835 2.383鶏卵率 204 2.993 0.217 2.681 3.355米率 204 13.713 2.085 11.272 18.267畜産業費 204 7.812 0.588 6.532 9.197農業費 204 9.215 0.525 7.721 10.266地域ブランドブーム 204 7.765 10.545 0 57インターネット 204 7.065 16.292 0 60.6

4.2.4. 推定結果

表 6は、4.2.で示したモデルを回帰分析した結果である。

まず、最も注目している(秋田県*地域ブランド)の効果については、4.2.1.で提示し

た帰無仮説 0: 30 =βH は棄却され、秋田比内地鶏の地域ブランド化によりブロイラーの出

荷量と鶏卵種鶏飼育羽数は有意に減少しており、米の消費は有意に増加していることが示

された。すなわち、同分野の製品については代替的であり、そうではない製品については

補完的、もしくは地域ブランド製品と同じ地域であることで優先的に選択されていると言

える。

あらためて畜産試験場に問い合わせてみたところ、ブロイラーと秋田比内地鶏の育成方

法はまったく異なるため、養鶏施設をそのまま用いることは考えにくいが、輸入の鶏肉が

増えてブロイラーの生産が厳しくなっている状況で、秋田比内地鶏の人気に押されている

25

のは確かとのことであった。ただ、鶏卵用の種鶏の施設は秋田比内地鶏の飼育に活用する

ことが可能であり、実際に転業した生産者もいるそうである。その後、さらに調査してみ

たところ、3.2.3.で紹介したウゴ・コーポレーション㈲では、ブロイラー農場を内部改装

して、秋田比内地鶏の専門農場として再生していることがわかった。やはり、地域ブラン

ド製品は同分野の製品にとっては代替的なものになりうることが言える。

その他に考えられることは、ブロイラーの生産をやめてまったく別の業種に移った可能

性もあることである。そもそも近くの岩手県は全国 3 位の大ブロイラー生産地28 であるの

に対して、秋田県は全国でも 38 位といった状況である。鶏肉についてはほとんど移入され

たものであり、生産者のブロイラー離れはある意味当然だったのかもしれない。

米の消費に対して、係数が有意に正であるのは、本当にきりたんぽの生産が秋田比内地

鶏に押し上げられているのかもしれないし、もうひとつのパワーブランドであるあきたこ

まちの評価も高めているのかもしれない。

あらためて経済的に見ても、(秋田県*地域ブランド)が1単位増加するにつれ、ブロイ

ラー出荷量と鶏卵羽鶏飼養羽数がそれぞれ 5328 羽、1153 羽減少していることから、少な

からず影響していることがわかる。また、一世帯あたりの米の消費額については、1単位

の増加に対し 3681円増加しており、ここ数年 3万円前後で推移していることを考慮すると、

経済的な有意性は高いといえる。 (地域ブランド)がブロイラーの出荷量に対して有意性がないのは、国内 3 番目の大生

産地である岩手県の影響と、秋田比内地鶏は秋田県の地鶏であるというイメージの強さが

その理由として推察される。また、秋田比内地鶏の県外出荷先が主に首都圏であり、近隣

県にあまり出回っていないため、そもそも影響を与えにくいことも考えられる。鶏卵種鶏

飼育羽数に対して係数が有意に正である理由は、ブロイラーの数値に地鶏、銘柄鶏が含ま

れていないこととは対照的に、すべての鶏卵種鶏が含まれていることが考えられる。ただ、

鶏卵種鶏飼養羽数についてのみに言及すると、ひとつのパワーブランドが、その同種の製

品のイメージを上げるために貢献しているとも言える。鶏卵種鶏飼養羽数と同様に、米の

数値にも銘柄米が含まれているので、(秋田県*地域ブランド)の効果とは対照的に、米の

消費に対して有意に負であることは、秋田比内地鶏があきたこまちのイメージを押し上げ

ているとも考えられる。

BSE について、ブロイラー、鶏卵ともに有意性がないのは、牛の病気という印象が強すぎ

たからかもしれない。ちなみに、このデータは 2003 年までのものであるが、2004 年に発生

する鳥インフルエンザは相当な影響を及ぼすことは間違いない。BSE とは逆に、牛肉の輸入

自由化はブロイラーの生産量を引き下げる要因となっている。秋田比内地鶏には影響を与

えなかったが、鶏肉全体で見た場合は影響していることがわかる。安い牛肉に流れたため

であると見ることができる。ただし、鶏卵に対する正の有意性については、未だ説明のつ

28 農林水産省『畜産物流通統計』2003

26

く解釈を得ることができていない。

一方、BSE が米の購入のための支出を増加させているのは、消費者が洋食から離れたこと

が考えられる。そうであるとすれば逆に、米の購入のための支出が減少しているのは、牛

肉の輸入自由化が、和食離れの誘因となっている可能性もある。このような外生的な要因

も、係数から考慮すると経済的に大きく影響していることがわかる。

商標登録数については、第一次分析同様フリーライドや粗悪品を排除する効果があると

もいえる。ただし、各県とも商標の内容が地域ブランドに関するものは少ないので、さら

に信憑性を高める変数とするためには、今後検討を要する必要がある。

食の傾向については、秋田比内地鶏には影響がなかったことと対照的に、一般的な食材

に対しては統計的にも経済的にも影響していることがわかる。ただし、米に関して係数が

有意に負である点については、昭和後期から平成にかけて台頭してきたあきたこまちが、

それまでメインのこしひかりよりも価格が低いからとも考えられる。実は、あきたこまち

は全国的に生産されている米である。高評価に乗じて偽物というわけではないが、安価な

ものが出回っている可能性もある。消費者にとってあきたこまちが秋田県産かどうかは関

係ない。すべて秋田県産だと思っている消費者が多いのは確かだが、正当なルートで品質

が保たれているならば、秋田県以外のものでも割り込むことができる。

畜産業費について、ブロイラーの出荷のみに関しては費用を直接生産にかける効果の高

さを示しているともいえるが、内訳が限定できないため鶏卵種鶏の減少に対する解釈がで

きなかった。農業費が米に対して有意性をもたなかったのも、その内訳に他の野菜等に関

するものを多く含んでいることがその原因であると思われる。

インターネットについては、ブロイラーの出荷額に対して係数が有意に正である理由は、

岩手県が有名な大生産地であることが影響している可能性もあるが、米の消費について有

意に負であるのは、ブロイラーに比べてオンラインショッピングの商品として取り扱われ

る規模が大きく、高品質でも安いものを探し出しやすいことが影響したと考えられる。

27

表 6. 第二次分析推定結果

標準誤差 標準誤差  標準誤差

地域ブランド 0.203 0.154 0.144 ** 0.066 -14214.77 *** 2018.67

秋田県 *地域ブランド

-1.673 *** 0.152 -0.142 ** 0.065 3681.07 * 2182.29

青森県 -0.416 ** 0.163 0.334 *** 0.070171.01 1970.29

岩手県 0.779 *** 0.218 0.103 0.0931697.52 2281.59

宮城県

秋田県 -1.715 *** 0.173 -0.458 *** 0.073-5273.47

**2564.97

山形県 -0.916 *** 0.112 -1.298 *** 0.0486951.35

***2087.47

福島県 0.130 0.098 -0.022 0.0424040.72

**1654.31

BSE -0.034 0.214 -0.049 0.091 11354.79 *** 3106.27

牛肉輸入自由化 -0.416 ** 0.171 0.144 ** 0.073 -10453.91 *** 1543.06

商標登録数 -0.039 *** 0.007 -0.019 *** 0.003 -2.93 95.89

鶏肉率 0.505 *** 0.175 0.456 *** 0.075

鶏卵率 0.039 0.570 -0.331 0.243

米率 -5710.87 *** 719.75

畜産業費 0.661 *** 0.149 -0.128 *** 0.064

農業費 2623.23 2210.21

地域ブランド ブーム

0.002 0.005 -0.001 0.002 269.69 *** 69.46

インターネット 0.010 * 0.005 0.003 0.002 -754.40 *** 75.40

切片 10.213 *** 2.091 16.178 *** 0.890 120385.60 *** 30460.76

補正 R2

有意 F

サンプル数

  ブロイラー出荷量   鶏卵種鶏飼養羽数   米の消費

係数   係数   係数

(dropped)

0.912 0.922 0.784

(dropped) (dropped)

0.000 0.000 0.000

204 204 204

***、**、* はそれぞれ有意水準 1%、5%、10%を満たしていることを表す。

28

5. まとめ

5.1. 提言

今回の事例では、公的機関が研究開発や施設整備といった基盤を作り、農協や企業が発

展させてきたことがわかる。最初に比内鶏に目をつけたのは秋田県であったが、規模が拡

大するにつれ次第に支援体制の方へシフトし、農協や民間主導で成長したことが成功につ

ながったのではなかろうか。実際これまでには、自治体主導により成功できなかった事例

がある。岐阜県では県主導で、古田織部にちなんだ「オリベブランド」を売り出すため、

平成 6年度から 29 億円の予算をつぎ込んだものの期待した成果が得られず、議会により見

直し対象になった。また、神奈川県と県内の 8 市 5 町が共同し、平成 3 年に立ち上げた「湘

南ブランド」は明確なコンセプトが絞り込めず、現在休眠状態である。公的機関による生

産そのものに掛かる支援は重要だが、特に普及の段階で市場が失敗していない限りは、表

に出ない方がいいとも言える。

さらに、回帰分析によって地域ブランド製品は補完的である場合と代替的である場合が

あることもわかった。地域ブランド戦略で掲げられる目標は、その多くが地域全体の底上

げや活性化であるが、実際に存在しうる負の有意性を持つ部分について分析しておかなけ

ればならない。今回の研究では、秋田比内地鶏が地域ブランド化したことや、自治体の予

算の内容等によって生じる影響を、市場における生産者や消費者の動向が反映するブロイ

ラーの出荷量、鶏卵種鶏飼養羽数、米の消費の変動で測っているため、これらの増減はい

ずれも金銭的外部性によるものと言える。よって、仮にこの状況下で不利益を被る個人や

団体が存在したとしても、自治体はそれらに対する支援等で関与する必要はないと言える。

つまり、地域ブランド戦略を進める課程で、補完的なのか代替的なのか判明したとしても、

その時点で関与することはかえって市場を乱すことになり得るのである。 また、今回の事例で認められる技術的外部性としては、秋田県内の補完的な製品に対し

て秋田比内地鶏がその評価を高めているプラス効果が挙げられるが、マイナス効果につい

ては確認することはできなかった。しかしながら、今後、他の地域で生産物による地域ブ

ランド戦略に取り組む際に、生産方法や加工方法によって、環境面などで周囲に対して外

部不経済をもたらす可能性があらかじめ想定されるのであれば、そこには自治体による関

わりが必要となる。

5.2. 今後の課題

データの入手が困難であったのは、他県の事例調査を行ったということもあるが、身近

29

な地域であれば、さらに有効な変数を検討し精度を高めることが可能だと思われる。

また、今回提示した手法を表 1.で示した別の分野の製品にも応用してみたい。特に、ス

タンダード料理を用いた戦略29 では集客等の効果も見込まれ、比内鶏のような優れた素材

がない地域にとっても活路を見出す可能性を感じるからである。

5.3. 所感

今回の調査を通して感じたことは、地域ブランド戦略には製品の品質を売りにするパター

ンと、地域のイメージで売り出していくパターンがあり、多くの地域にとって今後成功す

る可能性を秘めているのは、徹底的に品質の管理に努めてきた秋田比内地鶏同様、前者で

あろうということである。

後者は全国的に広まっている包括的な認証制度などが該当すると思われるが、そこには難

しさを感じる。極端な例を挙げると、全国すべての農産物が各都道府県の認証を受けてお

り、それらの品質が保証されていることを消費者は知っている。その前提で、見た目の同

じ野菜 47 本、それぞれに各都道府県の認証マークが貼られていた場合、購入する際の選択

基準は地域名しかないのである。つまり、地域そのもののイメージが重要視されるので、

北海道や京都といった人気地域以外では、品質保証としての意味はあっても、それを地域

の活性化や地域外への普及に結びつけることは、それだけでは困難と思われるからである。

これは、商標法の改正で地域名を付した商標が取りやすくなる場合にも懸念されることで

ある。権利保護の観点では効果があるが、地域名付きの製品が氾濫すると、せっかく品質

の良いものを生産しても、地域のイメージだけで選択されうるからである。

しかしながら、もし地域のイメージで売り出そうとする場合、当然一朝一夕に効果が現れ

るものではないが、調査に基づいた示唆ができる。加藤(2004)で示された各都道府県のイ

メージポイントに、総務省統計局の住民基本台帳人口移動報告年報から算定した県内移動

者の人口に対する比率をプロットした場合、正の相関が確認できたことである。30 断定で

きるものではないが、転居等による県内移動者の率が高い地域ほどイメージが高いのであ

る。例えば、東西に長い県の東に住んでいる場合、西のことは東ほど知らないが、西に引

っ越したことで西のことにも詳しくなるという考えである。もちろん、そのために地域内

での引越しを勧めるわけではなく、肝心なのは自分の住んでいる地域内のことをどれだけ

知っているかということである。少なくとも、その事業に携わる行政職員はそのことを意

識して取り組むべきである。自分の地域を改めて見つめ直すことで、可能性を秘めた素材

を発見することができるかもしれない。そこに最も大切なのは、ほかならぬ「郷土愛」で

あると考える。

29 宇都宮ぎょうざ、富士宮やきそば等。 30 R2=0.56。転出者、転入者では相関関係は確認できなかった。

30

【参考文献】

・ 秋田県畜産試験場(1973-2004)『畜産秋田』第142号-第205号

・ 秋田県畜産試験場(1989)『七十年のあゆみ』

・ 秋田農政事務所比内地鶏愛好会(2005)「美味しい比内地鶏は地鶏の気持ちがわかる生産者の努力から」

『食料と安全』第10巻、第7号(2005年7月号)pp.93-100.全国瑞穂食糧検査協会

・ 「外食産業中心に新たな比内地鶏ブーム」『鶏卵肉情報』(2004年新春特大号)月刊HACCP

・ 加藤昌俊(2004)「「地域ブランド戦略サーベイ」はじまる」

『日経リサーチレポート』(2004-Ⅰ号)pp.2-5.日経リサーチ

・ 加藤昌俊(2005)「地域ブランドという「魔法の杖」」

『日経リサーチレポート』(2005-Ⅳ号)pp.8-13.日経リサーチ

・ 笠原博(2003)「地場産品の地域ブランド化のために」

『SCB地域調査情報』(2003年10月22日号)pp.72-90.信金中央金庫総合研究所

・ ㈱情報通信総合研究所(2005)『インターネットショッピング利用実態調査結果Ⅷ』

(http://www.commerce.or.jp/release/04_07_05/040705.pdf)

・ 川口大司(2003)「年齢差別禁止法が米国労働市場に与えた影響」

(http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jsk012?smode=dtldsp&detail=F2004010262&displayflg=1)

・ 公正取引委員会(2003)『ブランド力と競争政策に関する実態調査』

・ 斉藤郁美(2004)「自動車車検制度が交通事故率に与える影響について」

『日本経済研究』第50号(2004年9月)pp.1-18.日本経済研究センター

・ 斎藤修(2005)「地域ブランド化の戦略と課題」、「地鶏をめぐるブランド化と管理の課題」

『平成16年度ビジネス・サポート事業報告書』社団法人日本アグリビジネスセンター

・ 佐藤修助(2002)「現実に対峙し、改革を」

『地上』VOL.56、No.11(2002年1月号)pp.66-71.JAグループ家の光協会

・ 佐藤修助(2002)「特産地鶏の生産振興と付加価値商品づくりによる地域農業の活性化」

(http://akita.lin.go.jp/grandprix/2001/34index.htm)

・ 「第162回国会農林水産委員会議事録」(2005)

(http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000916220050413009.htm)

・ 総務省(1970-2003)『都道府県決算状況調』

・ 総務省統計局(1970-2003)『家計調査年報』

・ 特許庁「特許電子図書館」(http://www.ipdl.ncipi.go.jp/homepg.ipdl)

・ 内閣府『地域の経済2005』

・ 農林水産省(1974-1990)『鶏卵食鳥流通統計』

・ 農林水産省(1972-1973)『鶏卵流通統計』

・ 農林水産省(1970-1971)『食鳥流通統計』

・ 農林水産省(1970-1990)『食肉流通統計』

・ 農林水産省(1991-2003)『畜産物流通統計』

・ 野村総合研究所(2004)『生活者1万人アンケートにみる日本人の価値観・消費行動の変化』

(http://www.nri.co.jp/news/2003/031215/031215.pdf)

・ 畠山義祝(1998)「秋田比内地鶏の生産とブランド化」

『畜産コンサルタント』No.407(1998年11月号)pp.10-15.中央畜産会

・ 「比内地鶏の情勢(秋田県ホームページ内)」(http://www.pref.akita.jp/tikusan/info/108_1.htm)

・ 山本康貴、岩本博幸(2005)「畜産物の地域ブランドに対する消費者評価に関する計量分析」

『畜産の情報』(2005年11月号)農畜産業振興機構

・ 山本謙治(1998)「農畜産物とインターネット産直の現状と課題」

『畜産コンサルタント』No.405(1998年9月号)pp.25-32.中央畜産会

・ 吉田忠(1992)「高品質畜産物の産地形成と産地銘柄保護規制政策について」

『畜産の情報』(1992年6月号)農畜産業振興機構

・ M.Bertrand,E.Duflo,S.Mullainathan(2003) “How Much Should We Trust Differences-in-Differences

Estimates?” The Quarterly Journal of Economics, MIT Press, vol.119,February 2004, pp.249-275.

・ S.G.Donald,K.Lang(2004)“Inference with Difference in Differences and Other Panel Data”

(http://econ.bu.edu/lang/panel.pdf)