事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2...

209
目次 序章 研究の背景と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 Ⅰ 研究の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 Ⅱ 研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 Ⅲ 研究の対象と範囲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 Ⅳ 論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 2 章 先行研究のレビュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 Ⅰ 「組織」と「知」の相互関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 1 近代的組織論の基礎としての「分業」・・・・・・・・・・・・・・・ 17 2 組織の外部環境の影響・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 3 「集中管理型」工業社会から「自律分散ネットワーク型」情報社会へ 31 4 知識経営論としての視座・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 5 ネットワーク社会におけるクラスター論・・・・・・・・・・・・・・ 42 6 まとめ:「組織」と「知」の相互関係・・・・・・・・・・・・・・・ 46 Ⅱ 「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48 1 国際経営学における従来の組織関係論・・・・・・・・・・・・・・・ 48 2 知識経営学からのアプローチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55 3 まとめ:「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・・・・・ 61 3 章 研究課題と分析方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63 Ⅰ 研究課題と分析視点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63 Ⅱ 研究対象の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64 Ⅲ 分析枠組と方法論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 4 章 事例研究 1 :波長多重用光素子開発と事業化・・・・・・・・・・・・・ 72 Ⅰ 事例の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 1 技術概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73 2 開発経緯と事業化の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80 - 1 -

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Page 1: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

目次

序章 研究の背景と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8

Ⅰ 研究の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8

Ⅱ 研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

Ⅲ 研究の対象と範囲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10

Ⅳ 論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

第 2 章 先行研究のレビュー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16

Ⅰ 「組織」と「知」の相互関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17

1 近代的組織論の基礎としての「分業」・・・・・・・・・・・・・・・ 17

2 組織の外部環境の影響・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

3 「集中管理型」工業社会から「自律分散ネットワーク型」情報社会へ 31

4 知識経営論としての視座・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37

5 ネットワーク社会におけるクラスター論・・・・・・・・・・・・・・42

6 まとめ:「組織」と「知」の相互関係・・・・・・・・・・・・・・・ 46

Ⅱ 「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48

1 国際経営学における従来の組織関係論・・・・・・・・・・・・・・・48

2 知識経営学からのアプローチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55

3 まとめ:「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・・・・・ 61

第 3 章 研究課題と分析方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63

Ⅰ 研究課題と分析視点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63

Ⅱ 研究対象の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 64

Ⅲ 分析枠組と方法論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67

第 4 章 事例研究 1:波長多重用光素子開発と事業化・・・・・・・・・・・・・72

Ⅰ 事例の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73

1 技術概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 73

2 開発経緯と事業化の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 80

- 1 -

Page 2: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

3 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・83

4 事業の変容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・89

Ⅱ 事例の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 91

1 ミクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・91

2 マクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・94

3 時間軸分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104

第 5 章 事例研究 2:時分割多重用電子部品開発と事業化・・・・・・・・・・ 108

Ⅰ 事例の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 109

1 技術概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109

2 開発の経緯と事業化の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・116

3 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・122

4 事業の変容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・123

Ⅱ 事例の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 131

1 ミクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・131

2 マクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・135

3 時間軸分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・138

第 6 章 事例研究 3:無線用電子回路開発と事業化・・・・・・・・・・・・ 144

Ⅰ 事例の記述・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・145

1 技術概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 145

2 開発の経緯と事業化の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 154

3 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 157

4 事業の変容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 157

Ⅱ 事例の分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・158

1 ミクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 160

2 マクロ分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163

3 全体分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 167

- 2 -

Page 3: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

第 7 章 総括:事例における「知」と「組織」の共進化・・・・・・・・・・・・171

Ⅰ 各事例における「知」と「組織」の共進化過程の抽出・・・・・・・・・171

1 事例 1 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・ 171

2 事例 2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・ 174

3 事例 3 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・ 177

Ⅱ 各分析視点からの「知」と「組織」の共進化における因果関係の考察・・・180

1 ミクロ分析における因果関係の考察・・・・・・・・・・・・・・・ 181

2 マクロ分析における因果関係の考察・・・・・・・・・・・・・・・ 186

3 時間軸分析における因果関係の考察・・・・・・・・・・・・・・・ 191

Ⅲ 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・193

終章 結論と今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 197

謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 203

注 (取材記録 )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 203

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・204~209

- 3 -

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図表目次

図表 1-1 論文構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15

図表 2-1 分業のタイプ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・18

図表 2-2 分業をもたらす「作業要素」の外部化・・・・・・・・・・・・・・・21

図表 2-3 作業間の相互依存性の表象化可能性と分業・・・・・・・・・・・・・22

図表 2-4 半導体産業における統合と分化の変遷・・・・・・・・・・・・・・・24

図表 2-5 機能別組織構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25

図表 2-6 事業部別組織構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・26

図表 2-7 マトリクス組織構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27

図表 2-8 製品ごとに見た生産から販売までの過程・・・・・・・・・・・・・・29

図表 2-9 工業社会における企業組織の構築・・・・・・・・・・・・・・・・・30

図表 2-10 ネットワーク型組織の基本構成・・・・・・・・・・・・・・・・・ 32

図表 2-11 リニア・モデルとコンカレント・モデル・・・・・・・・・・・・・ 34

図表 2-12 集中管理型組織と自律分散ネットワーク形組織・・・・・・・・・・ 36

図表 2-13 企業経営の位相転換・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37

図表 2-14 SECI モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40

図表 2-15 「場」と「知」の創造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 42

図表 2-16 ダイヤモンド・モデル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43

図表 2-17 ネットワーク型社会とクラスター・・・・・・・・・・・・・・・・ 45

図表 2-18 「知」と「組織」の相互関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47

図表 2-19 寡占的優位理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50

図表 2-20 PLC 理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51

図表 2-21 PLC 理論における輸出入変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 52

図表 2-22 経営資源移動理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53

図表 2-23 内部化理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 55

図表 2-24 シングルループ学習とダブルループ学習・・・・・・・・・・・・・ 57

図表 2-25 JV を捉えるフレームワーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・61

図表 2-26 「知」と「組織」の共進化・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 62

- 4 -

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図表 3-1 「知」と「組織」の相関関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64

図表 3-2 大企業とベンチャー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・66

図表 3-3 研究対象とする事例比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・67

図表 3-4 事業の成長位相・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70

図表 3-5 分析手法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 70

図表 3-5 本研究のフレームワーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 71

図表 4-1 通信ネットワークにおける基幹通信網 (概念図 ) ・・・・・・・・・・・ 74

図表 4-2 光通信における波長多重 (WDM)方式 (概念図 ) ・・・・・・・・・・・・ 75

図表 4-3 PLC 技術による MUX/DMUX 素子の原理 (概念図 ) ・・・・・・・・・・ 76

図表 4-4 PLC 素子用基板の製法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 77

図表 4-5 PLC 素子の加工と製作・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78

図表 4-6 PLC 技術における「すり合わせ」性・・・・・・・・・・・・・・・・ 79

図表 4-7 NTT の新規事業選択肢・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 81

図表 4-8 合弁事業の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 83

図表 4-9 PIRI 財務実績の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 88

図表 4-10 PLC 技術の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・92

図表 4-11 PLC 事業に対する NTT の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 95

図表 4-12 親企業 NTT の支援期間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 96

図表 4-13 事例における各社の提供物と獲得物・・・・・・・・・・・・・・・ 99

図表 4-14 本事例における組織間学習のスキーム・・・・・・・・・・・・・・101

図表 4-15 PLC 事業を取り巻くバリューチェーン・・・・・・・・・・・・・・103

図表 4-16 PLC 事業における「知」と「組織」・・・・・・・・・・・・・・・ 105

図表 4-17 PLC 事業における内部環境と外部環境・・・・・・・・・・・・・・106

図表 5-1 時分割多重 (TDM)方式 (概念図 )・・・・・・・・・・・・・・・・・・110

図表 5-2 時分割多重方式の構成部品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 111

図表 5-3 超高速通信用 GaAs 回路 (IC)写真・・・・・・・・・・・・・・・・ 112

図表 5-4 超高速通信用 GaAs モジュール (IC 回路内蔵 )写真・・・・・・・・ 112

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図表 5-5 GaAs トランジスタ (MESFET)の構造と動作原理・・・・・・・・・・ 113

図表 5-6 Si と GaAs の電子速度比較・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・109

図表 5-7 GaAs 電子回路技術の汎用性・互換性・要素技術・・・・・・・・・・ 116

図表 5-8 NTT 再編・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・118

図表 5-9 NTT グループ企業事業一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・120

図表 5-10 NEL 組織構成図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・121

図表 5-11 IT バブル前後の市場変化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 123

図表 5-12 IT バブルの発生メカニズム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124

図表 5-13 市場の成長によるパラダイムシフト・・・・・・・・・・・・・・・ 125

図表 5-14 パラダイムシフトによる需要の変化・・・・・・・・・・・・・・・ 126

図表 5-15 トランスポンダーの構成部品と MSA 規格・・・・・・・・・・・・ 127

図表 5-16 各種 MSA と構成グループ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 128

図表 5-17 MSA 規格による小型トランシーバー・・・・・・・・・・・・・・ 129

図表 5-18 標準化のスタイルと光通信での事例・・・・・・・・・・・・・・・ 130

図表 5-19 GaAs 技術の特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 132

図表 5-20 GaAs 事業を取り巻くバリューチェーン・・・・・・・・・・・・・ 134

図表 5-21 GaAs 事業を取り巻くバリューチェーンの変化・・・・・・・・・・ 134

図表 5-22 NEL 社事業を取り巻く時代状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・136

図表 5-23 GaAs 事業に対する NTT の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 136

図表 5-24 GaAs 事業における「知」と「組織」・・・・・・・・・・・・・・・ 140

図表 5-25 GaAs 事業における内部環境と外部環境・・・・・・・・・・・・・ 141

図表 6-1 マイクロストリップ型 MMIC 構造模式図・・・・・・・・・・・・・・ 146

図表 6-2 マイクロストリップ型 MMIC とユニプレーナ型 MMIC の比較・・・・・ 147

図表 6-3 3 次元 MMIC の概念図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 147

図表 6-4 3DM による IC 面積低減効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・148

図表 6-5 3DM による IC 面積低減効果・実測値・・・・・・・・・・・・・・・・149

図表 6-6 3DM による IC 面積低減効果・回路実例・・・・・・・・・・・・・・・・150

図表 6-7 3DM によるマスタースライス型回路構成(断面構造模式図)・・・・・・152

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図表 6-8 3DM によりマスタースライス型回路チップ構成平面図・・・・・・・・153

図表 6-9 3DM による回路製作時間低減効果・・・・・・・・・・・・・・・・・154

図表 6-10 3DM 技術の特徴 (1)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 160

図表 6-11 3DM 技術の特徴 (2)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 161

図表 6-12 3DM 事業を取り巻く時代状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 164

図表 6-13 3DM 事業に対する NTT の選択・・・・・・・・・・・・・・・・・ 165

図表 6-14 無線用回路世界市場の規模とシェア・・・・・・・・・・・・・・・・166

図表 6-15 3DM 事業における「知」と「組織」・・・・・・・・・・・・・・・・167

図表 6-16 3DM 事業における内部環境と外部環境・・・・・・・・・・・・・・ 168

図表 7-1 技術の密着性・特化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 181

図表 7-2 技術の共通性・互換性・汎用性・独立性・・・・・・・・・・・・・・ 183

図表 7-3 3 事例における「知」と「組織」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・184

図表 7-4 通信市場と NTT および NTT 新規事業の変遷・・・・・・・・・・・・・187

図表 7-5 NTT における新規事業の位置・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 188

図表 7-6 3 事業における内部環境と外部環境・・・・・・・・・・・・・・・・・192

図表 7-7 「知」と「組織」の共進化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 194

- 7 -

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序章 研究の背景と目的

Ⅰ 研究の背景

21 世紀は「知識社会」の時代といわれる。19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて確立さ

れた物理学における量子力学を理論的基礎として、20 世紀中盤に進められた固体物理研

究と半導体トランジスターの発明により、20 世紀後半は、コンピューター技術が発展し、

これにより第一次産業革命以降続いてきた「工業社会」に代わり、新たな「情報社会」

が到来した。そして、20 世紀終盤に始まった、通信技術の発達とコンピューター技術の

結合により、インターネットの開発と普及が新たなコミュニケーションの可能性を切り

開き、これによる社会変革として、グローバル化とローカル化をかつてない段階へと進

ませ、あるいは web2.0 といわれる新たなネットワーク時代へと突入しはじめた、高度な

「知識社会」の形成が始まったのである。コンピューターのみにとどまらず、近代以降、

技術の発展は社会における生産・消費活動を根源から革新し、社会思想の形成や社会制

度の改革にも影響をもたらしてきた。あるいは、社会における経済発展が、更なる社会

変革や技術革新を呼び、人類の歴史における「知」と「社会」、ないし「知」と「人的組

織」との深い関わりが展開されてきた。その人類史の中でも、21 世紀はとりわけ、「知」

の果たす意義と役割が濃密な時代となってきたのである。

そもそも「工業社会」は、17 世紀における第一次産業革命以降の近代社会において、

大量生産を主軸として進化したものである。この時代の社会や企業は、従って「分業」

化や機械化による生産性向上・労働の効率化などを強く意識した「管理型組織」をベー

スに構築されてきた。しかし、20 世紀以降、人類史における技術の発展のスピードはそ

の加速度を増し続け、20 世紀後半からの情報処理・情報伝達技術の発達により、社会に

おける市場や生産体制も大きく質的に変化してきた。特に近年のインターネットの発達

により、地理的な圧縮効果やグローバル化が進み、これは市場や生産体制のネットワー

ク化や競争激化を生んだ。またインターネットによる時間的圧縮効果は技術・製品・市

場の寿命短縮にも波及し、他方、市場や産業構造の流動化にも拍車をかけることとなっ

た。この流動化する社会に対して、俊敏で柔軟な対応によって生き残るため、多くの企

業において、情報の共有化・ネットワーク化が進み、この基礎としての組織のフラット

化や民主化が進展し、工業社会において主流であった集中管理型の官僚型組織構造に代

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わり、「自律分散型組織」が重視されるようになってきている。

しかし、インターネットの発達がもたらした情報の共有化・ネットワーク化、これと

呼応する組織構造のフラット化・自律分散化などの動き、あるいは大衆社会において喪

失されていた多様性や「個」の復権などの傾向、これらはまだ 21 世紀の「知識社会」へ

の変容への序曲にすぎない。何故なら、これらはまだ、主として「知」の外部表象化と

しての「情報」に関わる変化の側面であり、「知」の内在化部分である暗黙知に関わる、

人間同士の関係性の変化については、必ずしも十分に反映した現象とはいえないのであ

る。

人間の内部に内在化した「知」については、近年、「埋め込み型ないし粘着性の知識

(imbedded knowledge)」あるいは「暗黙知 (tacit knowledge)」といった言葉により、その

重要性が指摘されるようになってきている。現在、「知」の創造は、この暗黙知と表象化

されたいわゆる「形式知 (explict knowledge)」との循環によって行われるといわれている

が、従ってこの内在化した「知」の存在こそは、21 世紀の産業活動にとって重要な知的

イノベーションを誘発する鍵であり、新しい時代の組織構築を考える上で見逃せない因

子である。個々の人間の中に内在化した「知」を交流し、表象化し、産業に資する「知」

として創造・昇華していくため、21 世紀における「組織」はどのように「知」と関わり

進化していくのか、あるいは、21 世紀における「知」の進化はどのような形で「組織」

との関係性の中で遂げられていくのか、ここに我々に課せられた大きな課題がある。こ

のような視点に立つとき、「知」を「知」だけの進化の過程で語ることはできず、また「組

織」を「組織」だけの進化の過程として語ることは意味をなさない。「知」の創出過程の

中に、暗黙知を内在化した人間の関わりを考慮するとすれば、「知」の創出過程そのもの

に人的「組織」のありようが深く関与し、逆にいえば「組織」の進化は、この「知」の

創出過程との関わりの中で達成されていくものと考えられる。従って我々は、この大き

な課題への鍵として、なんらかの意味での、「知 (knowledge)」と「組織 (organization)」の

各々の進化が互いに共鳴し助長される「共進化 (co-evolution)」の過程を見出していくこ

とが必要となるのである。これからの「知識」経営や「組織」経営は、互いに独立に論

じることはできず、互いの「共進化」の中で論じていく必要があると考える。

本研究は、このような時代的背景と問題意識をベースとして、こうした課題が も顕

在化する分野のひとつとして、先端技術デバイスのベンチャリングを取り上げ、事例の

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分析を行う。後述するように先端技術デバイスのベンチャリングは、「知」の創出と進化

が、その事業において も先鋭化することが求められる分野のひとつだからである。そ

れ故にここでの考察を、より広範囲な産業分野においても同様の議論が成り立ちうるの

か、またその分野によって、議論の中軸は異なるものとなってくるのか、更により深い

分析へと進むための第一の足掛りとしていきたい。

Ⅱ 研究の目的

本研究は、21 世紀における知識社会の到来の中で、「知」の発展・進化と、その知を

支える人的「組織」の発展・進化の相互依存関係を解析することにより、産業にとって

有効な知の創造・育成のために必要な組織論的視野を形成し、他方、産業の進歩に効果

的な組織の創造・育成のために必要な知識論 (本研究の場合主として技術論 )的視野を形

成することを第一の目的とする。その手掛かりとして、本研究では、先端技術のデバイ

ス・ベンチャリングにおける知識経営・組織経営の問題を取り上げ、具体的には、通信

用部品産業における 3 種類の事例の記述と分析により、「知」と「組織」の相互関係そし

てこれに基づく「共進化」の過程について考察を行う。

Ⅲ 研究の対象と範囲

本研究において、取り扱うのは、先端技術 (いわゆるハイテク )としての通信用部品に

関するデバイス産業分野であり、この分野における新規事業開拓としてのベンチャリン

グである。この研究対象の選択の動機について、以下に箇条書きで説明する。

a) 何故、先端技術デバイス産業を取り上げるのか?

先端技術産業においては、市場の動きは極めて早く、製品のプロダクト・ライフ・サ

イクルは比較的短い。一方こうした産業分野では、短い製品寿命と目まぐるしい市場の

成長位相の反面、デバイスの開発には、多くの時間と労力が必要であり、この開発時間

の長さと市場変化の速さという両者を整合させるために、様々な、多様で時には異質な

人々・組織との「協働」そして組織内・組織間の「学習」というものが持つ意義は、他

の多くの産業に比べ、とりわけ重要であるといえる。すなわち、現代における「知」と

- 10 -

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「組織」の問題が も顕在化する対象分野と考えられる。

b) 何故、ベンチャリングを取り上げるのか?

「知」と「組織」の関係性を観察する一つの重要な対象として、ベンチャーないしベ

ンチャリング・プロジェクトチームをとりあげることは、ことのほか重要である。前述

した暗黙知を含んだ知の形成過程において、暗黙知を内在する人間の交流を図るうえで、

「互いの顔が見える」小さな組織は、極めて有効に働く可能性がある。また、ベンチャ

リングにおいては、「知」や「組織」も短期間の間に様々に変化する可能性が高く、両者

の相関関係を観察しやすい対象であると考えられる。また、大企業の組織における問題

点を逆照射するという意味においても、小さな組織が主体であるベンチャリングを取り

上げ観察することにより、有効な知見が得られる可能性がある。

c) 産業振興上の重要性

先端技術デバイスのベンチャリングを取り上げるのは、単に本研究の研究上の分析対

象として適しているだけでなく、日本経済の低迷脱却のための重要な課題のひとつとし

て、実業界において果たす役割の面からも、重要性を無視できないからである。

いわゆる「大企業病」として知られる日本企業の硬直化した企業風土からの脱却の打

開策のひとつとして、米国で発達したシリコンバレー型ベンチャーの導入と振興により、

大企業で失われた社員の起業家精神を揺り起こし、日本の産業に活力を取り戻そうとい

う提案がある。活力と俊敏性に優れたベンチャー型事業の興隆は、製造業での技術事業

化におけるいわゆる「死の谷」の克服にも、有効な手段として期待されている。特に、

先端技術関連のデバイス事業では、技術の先端性という特質からイノベーション志向の

ベンチャー気質にあふれた技術者および起業家の活躍が必須であること、また他の分野

に比べて技術開発のスピードや製品化のタイミングが重要であることから、ベンチャー

型事業化がとりわけ期待される分野といえる。従って、先端技術デバイスのベンチャリ

ングは、今後の日本経済が活性化していくための、ひとつの試金石的な分野でもあると

いえるのである。

以上述べたように、先端技術デバイス・ベンチャリングの事例における「知」と「組

織」の相互関係と共進化の過程を仔細に解析することにより、21 世紀知識社会における

新しい知識経営・組織経営のあり方について、その特質と課題をもっとも顕在化した形

で観察・分析できる可能性がある。

- 11 -

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一般に、こうした問題について研究する手法として、統計解析などを用いた定量的研

究手法と、事例分析などを用いる定性的研究手法の 2 種の研究手法がある。定量的研究

手法は、母集団とサンプリングの的確な選択により、現象の一般性や普遍性を議論する

のに適した研究手法である。しかし一方、こうした研究手法では、事象の一つ一つの個

別的な差異や、因果関係の詳細な追跡には必ずしも適していない。すなわち、事象の因

果関係が比較的明らかで弁別しやすい場合にその効果を発揮するが、因果関係そのもの

が未知な要素が多くその相互関係が単純でない場合、あるいは事象の前提条件が必ずし

も明確でない場合には、定量的研究手法は必ずしも有効な手法とはいえない。これに対

し、事例分析による定性的研究手法では、得られた結論や示唆の一般性や普遍性につい

ては、対象事例数が限られていることによる限界が存在するが、一方、一つ一つの事象

について仔細な観察と分析を行うことによって、因果関係を解きほぐし、事象の前提条

件を明確にすることにおいて、有効性を発揮すると考えられる。ただしこの場合には、

研究対象とする事例の選択と、分析枠組みの論理性・適切化が重要となることはいうま

でもない。限られた数の事例の観察であっても、事象における因果関係の解析を丁寧に

行うことで、得られる結論・課題・示唆のもつ普遍的な価値は向上すると考えられる。

本研究では、こうしたことを勘案して、特に事例観察と分析に基づく定性的な研究手法

を採用することとした。

本研究では、このような意図から、研究の範囲を、以下に述べる 3 つの先端技術デバ

イス・ベンチャリングの事例にフォーカスし、解析を行う。

第 1 の事例は、光通信における信号の多重化に関して、波長分割方式を用いる場合に

必要となる光学素子の開発とその事業化に関するものである。

第 2 の事例は、光通信における信号の多重化に関して、時分割方式を用いる場合に必

要となる電子部品の開発とその事業化に関するものである。

第 3 の事例は、無線 (通信および通信以外 )における信号の送受信に関して、必要とな

るマイクロ波電子回路の開発とその事業化に関するものである。

ここであえて、事例について、その事業主体となる企業名で記述せずに、事業対象と

なる技術内容で記述しているのは、後述するように、事業の中核となる技術そのものの

もつ性格・特質が、本研究における重要な着目点であるからである。

- 12 -

Page 13: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

解析対象とする 3 つの事例は、ともに基本的には通信技術におけるキーデバイスの開

発と事業化に関するものであり、その産業分野やバリューチェーン内での位置も極めて

よく似ている。

合わせて、本研究では、これらの領域について、同一の通信系企業 (NTT)を母体とす

るベンチャリング事例の比較検討とすることによって、その開発や事業化の環境も非常

に近いものとして設定している。

このような研究対象の設定により、事例の比較検討過程における個別事情の差異 (現象

の因子として働く変数 )を極力低減し、もっぱら、事業の対象技術の特色、すなわち事業

の核となる「知」の特質と、人的「組織」の特色が中心的ファクターとして浮き出るよ

う意図した。

事例解析においては、デバイスの開発段階からの追跡と、事業化を図るための主体と

なる 初の組織が生成してから消滅するまでを主とした観察期間として設定することに

より、比較の同等性を維持するよう心がけた。

また、解析手法については、事例における「知」と「組織」の相互関係に着目しつつ、

後述するように、マクロ解析として、当該組織の外部環境分析 (事業主体の組織と、市場・

顧客、競合、関連連携組織などとの関係 )、ミクロ解析として、当該組織の内部環境分析

(技術の特質、事業主体の組織の特質、およびこれらの関係性 )、そしてこれらの視点を

統合化したうえでの時間軸分析 (各因子の相関関係、事業そのものの時間的変化 )、と 3

つの分析方法を適用し、事例ごとの差異を検証する。そして 後にこれら 3 つの事例の

比較検討をまとめ、その共通性と差異から、「知」と「組織」の共進化過程を抽出し、共

進化の条件と課題について議論することとした。

Ⅳ 論文の構成

本論文は、以下のように構成される。

序章では、研究の背景、問題意識、研究の目的を述べ、次に、事例研究という研究方

法の選択理由、研究対象と研究範囲を定義する。また、論文の構成を記述する。

第 2 章では、先行研究のレビューとして、まず事例のミクロ解析 (内部環境解析 )の基

礎として、近現代工業社会以降の組織論の中心概念としての「分業」が具体的な企業の

組織形態にどのように作用したのかを概観した後、知識経営論と組織論との接点につい

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て言及し、新たな「知」の分業という視点を加えた組織論について考える。次に、「知」

と「組織」の共進化過程についての理解を深めるため、事例のマクロ解析 (外部環境分析 )

の基礎として国際経営学において内部化理論などの従来の経営論から、知識経営論の登

場によってどのように視点の変化がうまれたかを概観し、現代の国際経営学において学

習という「知」に関わる要素がどのように取り扱われているか、また「知」と「組織」

との関係がどのように密接なものとして取り上げられているかについて言及する。 後

にこれらを踏まえて、本研究の主題である「知」と「組織」の共進化という概念の整理

を行い、本研究の位置を確認する。

第 3 章では、第 2 章を踏まえて、研究課題とこれに関した分析枠組、分析の方法論を

記述する。研究課題は、「知」と「組織」の相互関係と共進化がどのように行われるか、

というものである。本研究における研究対象の選択理由を述べ、具体的な事例分析の手

法としては、ミクロ分析、マクロ分析、時間軸分析の 3 種類の切り口から行うことを説

明する。

第 4 章では、第一の事例研究として、光通信における波長多重用光素子開発とその事

業化についてとりあげ、事例の記述と分析を行う。

第 5 章では、第二の事例研究として、光通信における時分割多重用電子部品開発とそ

の事業化についてとりあげ、事例の記述と分析を行う。

第 6 章では、第三の事例研究として、無線における、送受信用電子回路開発とその事

業化をとりあげ、事例の記述と分析を行う。

第 7 章では、事例分析を踏まえた考察として、再度、分析の視点を整理し、事例にお

ける因果関係の共通性を分析する。次に、各事例における、「知」と「組織」の共進化過

程を抽出し、事例間の比較検討を通じて、「知」と「組織」の共進化における要件と課題

について、得られた知見を整理する。

終章では、総括として、本研究の結論として、事例分析により得られた知見から「知」

と「組織」の共進化に関する命題をまとめ、今後の研究課題について述べることとする。

後に、関係者への謝辞、注、参考文献などを記す。

次頁の図表 1-1 に論文の構成を模式的に図示する。

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図表 1-1 論文構成

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第 2 章 先行研究のレビュー

本章では、今日における「知」と「組織」の関係性を議論するために、現代企業にお

ける組織論を概観し、特に知識経営論の立場からの課題を整理する。

まず本研究での対象事例の分析枠組を構築するため、事例のミクロ分析 (組織内部の分

析 )の基礎となる、現代企業における組織構成・組織形態がそもそもどのような内的必然

性のもとに構築されてきたのか、基本概念を整理する。また、その概念・思想の起源を

第一次産業革命当時の経済学者 Smith[1976]の分業論に遡り、当時の思想の枠組を現代の

視点から整理しなおす作業を行う。あるいは、Chandler[1962]によって注目された事業部

制などの創出の背景に、どのような歴史的環境・外的必然性があったのかを振り返る。

そして、このような近現代の工業社会の特質に根ざした組織論が、その後、情報社会、

知識社会への変遷の中で、どのように影響を受けたのかを概観する。ひとつは工業社会

か ら 情 報 社 会 へ の 変 化 に よ る ネ ッ ト ワ ー ク 型 組 織 の 出 現 で あ り 、 ひ と つ は

Badaracco[1990]、野中 [1990]などに代表される暗黙知への着目をベースとした、現代に

おける産業の源泉としての「知」への意義付けである。産業における資源や施設といった

従来の産業資源にかわり、新しい産業資源としての「知」の重要性については、

Porter[1990]はじめ、現代の多くの論者が取り上げるようになってきている。こうした知

識経営学の視座により現在における「組織」の問題を捉え直すと、Smith[1976]の分業論

の延長線上に「知」の分業を基軸とした新たな組織論が浮かび上がってくる。

一方、本研究では、先端技術によるデバイス・ベンチャリングに関して 3 つの事例を

研究対象として取り上げるが、このどの事例においても、市場や競合企業などは国外が

主要な舞台である。現在、先端技術と名のつくものについての事業は、ほとんど市場や

競合企業はグローバル化しており、国内だけが舞台の事業化はむしろ珍しいといえる。

従って、事例のマクロ解析 (組織の外部環境の分析 )として、顧客、競合、連携組織との

組織間関係を分析しようとすれば、いきおい、それは国際経営学の範疇のものとなる。

国際経営学においては、従来、Dunning[1981]の内部化理論など、経営資源として有形な

ものを中心として考え、組織間・組織内の相互関係を考えてきていたが、知識経営学の

登場以降、組織の学習や組織間の学習といった学習に重要性をおく経営論が多く登場し

てきた。そこで、これらを踏まえて本章後半では、本研究の主題である、「知」と「組織」

の共進化経営の概念を整理する。

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Ⅰ 「組織」と「知」の相互関係

1 近代的組織論の基礎としての「分業」

沼上 [2004]は、現代における組織は、「軍事組織であろうと企業組織であろうと、組

織と呼ばれるものの特徴は、基本的に分業と調整の二つである」と述べている (沼上

[2004]、16 頁 )。沼上の定義によれば、

a ) 分業:役割が分けられ、それぞれの役割を分けることで、たとえば専門性を発揮さ

せるなど、何らかのメリットを追及している

b ) 調整:分業の一部ずつを担っている人々の活動が、時間的・空間的に調整され、多

数の人々の活動が、あたかも一つの全体であるかのように連動して動くようになっ

ている (あるいは、そうなろうと努力している )

ということである (沼上 [2004]、16-17 頁 )。

この分業の原理に基づき、近代的組織は労働の効率性を追求する結果、図表 2-1 に示

されるようないくつかの分業タイプ別の組織構成に分類できるという。

基本的な分類の視点として、ひとつは、各作業のアウトプットをまとめるための、機

能的統合を図るか、加算的統合を図るか、という視点 (分類軸 )、もうひとつは、各作業

の配置様式として時間的な直列性 (間的な拡張 )を考えるか、時間的な並列性 (空間的な拡

張 )を考えるか、という視点 (分類軸 )である。前者の視点が、分業という概念に、後者の

視点が、調整という概念に対応するものと考えられる。ここで機能的統合による分業と

は、例えばパンの製造に関しては、パン粉をこねる、パンの形を成形する、パンを焼く、

そしてパンを販売する、という各作業要素に分解し、作業ごとに組織化する、という概

念である。また、加算的統合による分業とは、パンを作る作業について、多数の人が同

時にまたは入れ替わりにより多数のパンをつくる施設・場 (時間的、空間的 )を提供する

ことにより、作業効率を上げながら量産を行う、という概念である。

沼上の指摘するように、基本的にはこのような労働の効率性を実現するため、上記視

点にそった組織構成・組織形態がとられてきたというのが、近現代の工業社会における

企業組織論の中心的な考え方といえる。

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図表 2-1 分業のタイプ

(沼上、2004、49 頁の図を一部修正 )

沼上の述べている「分業」に基づく組織論の起源は、17 世紀のヨーロッパにおける第

一次産業革命時代にまで遡って考えることができる。

近代経済学の祖とされる Adam Smith[1776]の『国富論』の第一編、第一章は「分業に

ついて」というテーマで始まっている。「分業」こそが、「労働の生産力の改良、および

労働の生産物が国民のさまざまな階層のあいだに自然に分配される順序」をもたらし、

近代社会の経済構造を規定する第一のエレメントであったことが、Smith[1776]の重要な

論点であった。

Smith[1776]によれば、「労働の生産力の 大の改良と、それがどこかにむけられたり、

適用されたりするさいの熟練、腕前、判断力の大部分は、分業の結果であったように思

われる。」のである。彼は、この考察を、ピン製造の分野における、職人仕事と家内工業

との比較から導きだしている。重要な箇所なので、以下に詳細に引用する。

この仕事 (分業がそれを独立の職業としてしまった )にむけて教育を受けたのでもなく、

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そこで使用される機械 (その発明もおそらく同じ分業が引き起こしたもの )の使い方を知

っているのでもない職人なら、精いっぱい働いても、おそらく一日に一本のピンを造る

ことも容易ではないだろうし、二十本を造ることなどはまちがいなくできないだろう。

ところが、この仕事が今日行われているやりかたでは、仕事全体が一つの独自の職業で

あるだけでなく、多数の部門に分割されていて、その大部分がまた同じように、独自の

職業になっているのである。一人は針金を引き伸ばし、別の一人はそれをまっすぐにし、

三人目はそれを切断し、四人目はそれをとがらせ、五人目は頭をつけるためにその先端

をけずる。頭を造るには二つまたは三つの別々の作業が必要であり、頭をつけるのも独

自の仕事であるし、ピンを白く磨くのも別の仕事である。ピンを紙に包むことさえ、そ

れだけで一つの職業なのである。ピンを造るという重要な仕事が、このようにして、約

十八の別々の仕事に分割されているのであり、そのすべてが、別々の人手によって行わ

れている製造所もあるし、時には同じ人がそのうち二つか三つの作業を行うばあいもあ

ろう。私はこの種の小さな製造所をみたことがあるが、そこでは十人しか雇われておら

ず、したがってまたそのうちの何人かは二つか三つの別々の作業をしていた。しかし、

彼らはきわめて貧しく、したがってまた必要な機械もいいかげんにしか備えていなかっ

たのに、精を出して働いていたときには、一日に約十二ポンドのピンを自分たちで造る

ことができた。一ポンドで中型のピンが四千本以上ある。それだからこの十人は、自分

たちで一日に四万八千本以上のピンを造ることができたわけである。 (Smith[1776 ]、邦

訳 24-25 頁 )

Smith[1776]は、「分業の結果、同じ人数の人たちのなしうる仕事の量が、このように

大いに増加するのは、三つのことなる事情による。第一に、すべての個々の職人の腕前

の向上、第二に、ある種類の仕事から別の仕事に移るさいに通常失われる時間の節約、

そして 後に、労働を容易にし、省力し、一人で多人数の仕事ができるようにする、多

数の機械の発明による。」と、この分業の効果を解析している。

沼上 [2004]によって示される図 2-1 の分業構造は、驚くほど、Smith 的枠組の上に成り

立っていることが見て取れる。即ち、それほどまでに、Smith[1776]の指摘した近代的工

業化のトリガーとしての分業思想は、近代および現代の企業組織の基本構造として今日

に至るまで普遍性を維持しているのである。

この Smith[1776]の論点を現代風に言い換えれば、

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a) ラーニングカーブに基づく労働効率の向上

b) 業務間の調整と接続ロスの低減

c) 労働 (作業要素 )の単純化による機械化とこれによる生産性向上

というものであろう。Smith[1776]の指摘した、分業による生産効率の向上は、実際現代

においても、その基本は変わることなく、そしてこれが近代的な組織構成の大きな指導

原理となっている。

即ち、上記 Smith[1776]の提示した分業化による生産性向上効果を活かすためには、

d) 仕事の内容を種別化し、各種別に対応する組織を構成することで、同じ人間が同じ仕

事を継続して行い、学習効果を挙げることで、労働の効率化を図る(機能的分業と統合

の導入)

e) 同じ業務を複数の人間ないし組織で分担し、接続部分についてはこれとは別に共通化

を図り、全体での接続ロスを 小とする (シフト制や並行分業組織の導入 )

f) ベルトコンベアー方式および機械化 (加算的統合をベースにした、製造ラインの構築

と機械化・管理型組織の導入 )

といった、組織構築が有効となるのである。

沼 上 [2004]の 整 理 に よ る 現 代 企 業 に お け る 様 々 な 組 織 構 成 も 、 基 本 的 に は こ の

Smith[1776]の指摘した「分業」による効率化の枠組にそって行われているものと考える

ことができる。

ところでこの Smith[1776]の分業の概念を、更に仔細にそのディテールを考えてみると、

ひとりの職人の中に閉じていた様々な作業工程について、どの部分が分業の対象として

外部に取り出し効率を上げることができるのか、また、どの部分は分業することによっ

てもあまり効率の向上が期待できない、あるいはそもそも分業として外部に取り出すこ

とができないものなのか、といった問題があることに気づく。分業とは、職人個人の内

部に閉じていた一連の作業を個人の枠組の外に表象化し、作業要素ごとに担当する別の

作業枠組の個人を配置することで合理性を図る、というものである点に着目すると、分

業の具体的な構成方法について、更に考察を進めることができる。

もし、職人の行っている作業要素が、他の作業要素との密接性(粘着性)が高く、他

の作業との相互関係により進めていかなければならないものであると、これを単体とし

て外部にとりだして他の人間が担当していくことは難しい。従って、こうした作業要素

は、分業として外部には取り出しにくいものである。 (図表 2-2 参照 )

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図表 2-2 分業をもたらす「作業要素」の外部化

すなわち、図表 2-2 の左側に示した個々の職人の内部で行われていた作業項目のうち、

分離独立性の高い作業要素については、外部に取り出し、図中右側に示したように、水

平展開して、一人の職人がその部分の作業だけに専念し、いままで何人もの職人で別々

に行ってきた作業を、すべて一手に引き受けて、共通的に作業することができるのであ

る。しかし、図中左側に示した職人の内部での作業のうち、他の作業とあまりにも密接

に関係しており、そこだけ切り離して取り出すことのできないもの (これを仮にここでは

「内部粘着性の高い作業要素」と呼ぶ )については、外部に取り出して別々に作業するこ

とが難しいので、結局、図中右側にも示したように、職人個人の内部で閉じた形で作業

を行うほかないのである。こうしたことから、分業の作業内容と分業形態について詳細

な関係性を見ていくと、これら両者の間には密接な相関関係があることに気付くのであ

る。

ここで、このような内部粘着性の高い作業についてもどうしても個々人の職人の外部

に取り出し共同作業化したい場合は、こうした作業要素間の相互関係を誰にも分かる形

で把握し外部表現し、作業者同士の相互調整を行えるような「密接な関係」にあるチー

ムを導入するなどの方法も考えられるを考える。この手法を模式的に、図表 2-3 に示す。

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図表 2-3 作業間の相互依存性の表象化可能性と分業

図表 2-3 の左側には、個々の職人の作業の内容を示したが、このうち、互いに密接な

作業についても、その密接な関係性を他の人間にも分かるように外部表象化することが

できれば、図中右側に示したように、この関係性を理解する限られたチームが各作業を

分担し、この関係性を損なわないようにチーム全体で協力して作業を進めていくことが

可能であろう。しかし、個々の職人内部で行う内部粘着性の高い作業のうち、こうした

作業間の関係性を外部表象化することが難しい作業郡については、こうしたチームによ

る分業も難しく、結局、図に示されるように、職人個人の外部に取り出して分業するこ

とは極めて難しいものと考えられる。

すなわち、個々人の職人の手によって行われていた作業のうち、実際に分業として取

り出せるものと、そうでないものとの違いに着目して整理してみると、図表 2-2 や図表

2-3 の左側に示される個人内部での作業要素のうち、作業要素の独立性が高いものであ

ること、あるいは少なくとも作業要素間の関係性が密接であっても、その関係性を外部

表象化できるということが、分業化の条件となるのである。

このように、Smith[1776] によって説明された「分業」の概念は、更に詳細にその内

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容を吟味してみれば、個人の中に内在化していた一連の作業 (技術=知 )の、外部表象化

と密接な関係があることが理解できる。言い換えれば、Smith[1776]の示した「分業」の

概念は、基本的には、個人の中に閉じて構成されていた生産システム (一連の作業 )を、

組織の枠組に展開することであり、その形態は、各作業要素の相互関係に大きく依存し

たものであった、といえる。

こうした観点からみた Smith 的分業は、現代の産業界における、垂直統合と水平分業

の議論にも直結しているのである。

例えば、三輪 [2001]は、近年の半導体産業を例にとり、その産業構造が、バリューチ

ェーンのレイヤー毎の技術の成熟性に依存して、どのように変化してきたかを整理して

いる (三輪 [2001]、73~100 頁 )。

三輪 [2001]によれば、1950 年以降の半世紀に渡る半導体産業発展史は、産業構造の違

いから、いくつかの特徴的な時期に分けて考えることができるという。即ち、1950~1960

年のトランジスタ部品時代、1960~1975 年の大型コンピュータ時代、1970~1985 年のミ

ニ・コンピュータ・ IC 半導体部品時代、1980~1990 年のワークステーション・パソコン

時代、1990~2000 年のパソコン・通信時代、2000 年以降のデジタル家電時代などである。

これらの各時代について、システム、設計、製造、設計自動化ツール (EDA: Electronic

Design Automation)、製造装置といった各階層の技術について考えると、各々の階層技術

の成熟度、必要な投資規模、市場規模などに応じ、 適な製品形態 (カスタム化か汎用化

か )、企業構造 (垂直統合か水平分業か )が変化し、バリューチェーンにおける統合化の度

合いが、即ちビジネスのアーキテクチャーが各々の時代で変化してきたというのである。

この様子を、三輪 [2001]の論文をベースに、図表 2-4 にまとめる。

三輪 [2001]によれば、半導体産業界で、当初の大型コンピュータ時代には、ひとつの

企業内で半導体部品開発、製造装置開発、設計、設計ソフト開発、システム開発、コン

ピュータ開発と一連の工程がすべて内包され、企業組織内に閉じて行われていたという。

この時代には、この各レベルでの技術は密接に関連付けられ、もっぱら自社のシステム

用にカスタマイズされた部品が製作されていた。しかし、技術の成熟・発展にともない、

市場が拡大し、ミニコンピュータやワークステーションのような分野が市場として開け、

ここに製品を供給することが可能になった。加えて、製造装置開発や設計ソフト開発な

ど、技術そのものが極めて高度に専門化され、独自に発展するようになるとともに、開

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発そのものへ膨大な投資を必要とするようになり、このため、自社の内製に限っていて

は投資回収できないため、こうした各レベルの技術が、企業内から分割され、外部に切

り出されていくようになる。これは、仕様のオープン化や、或る意味での技術流出、技

術普及となって更なる市場の拡大へと繋がっていく。

三輪 [2001]の分析による半導体産業全体での、企業の分化・統合の様子は、基本的に

は Smith[1776]の描いた職人の作業の分化・統合と類似した側面をもつ。即ち、半導体産

業では、産業レベルで、企業の中に閉じていた製品化工程 (バリューチェーンのレベル )

が、技術的な進捗と市場の成長にともない、技術として内部的なレベル間の密接度が高

く切り分けられない技術なのか、あるいは投資規模や市場規模との絡みで外部表象化 (水

平展開 )が適切であるか、といった位相が変化していき、 適な形態としての垂直統合化

と水平分業化が循環していくということを述べたものと解釈できる。ただし、三輪 [2001]

の指摘では、組織の分化・統合について、技術という企業の内部要因だけではなく、更

に市場という外部環境や取引コストなどの問題も絡んでいるため、更に次節にて述べる

議論が深く関与してくる。

図表 2-4 半導体産業における統合と分化の変遷

(三輪、2001、79 頁の図を一部修正 )

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2 組織の外部環境の影響

沼上 [2004]は、前節で述べた作業要素への「分業」と作業要素間の「調整」をベース

にして、現代における企業組織は基本的に以下の 3 つの構造に分類できるという。即ち、

現代企業の組織構造は、

a ) 機能別組織 (Functional Structure)

b ) 事業部制組織 (Multi-Divisional Structure)

c ) マトリクス組織 (Matrix Organization Form)

の 3 つに集約されるという。この各々の概要を、図表 2-5~図表 2-7 に示す。

機能別組織とは、図表 2-5 に示されるように、製品の種別にはよらず、企業内での機

能に着目して、機能ごとに組織を形成したもので、従って、例えば研究開発を行う組織

では、あらゆる製品の研究開発のみを行い、その製品の完成や販売まではカバーしない

ものである。Smith 的分業により、ある機能に特化した組織とすることで、効率化を図

ろうというものである。こうした、要素組織では、要素組織単体としては事業体として

存在しえない。なぜならば、全体の機能がそろって、はじめて企業としての存在が保証

され、製品を外部に供給することが可能になるためである。

図表 2-5 機能別組織構造

(沼上、2004、28 頁 )

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一方、事業部別組織とは、各組織ユニットが、自律的に存在できる構造となっている。

図表 2-6 に示されるように、製品ごとに対応する組織ユニットが形成され、従って、こ

のユニット内には、研究開発から販売までのすべての機能がそろっており、ユニット単

体でも事業主体として機能するである。即ち、ここでいう事業部とは、Business Unit (BU)

という英文名にも示されるように、それ自身がひとつの企業体になっているとも考えら

れる。事業全体を、事業部 (BU)としてどのように分割するかは、製品の分野別に分ける

手法 (製品別事業部制 )や、市場の地域ごとに分ける手法 (地域別事業部制 )など、様々な手

法が考えられる。

機能別組織では、分業化によって生産の効率は向上するかもしれないが、各組織は、

単機能しか持たないため、企業としての全体像や製品・市場への認識は持ちにくくなる。

従って、各組織間のコミュニケーションが悪くなると、途端に企業活動の統合性に支障

をきたし、市場への対応力が落ちることなどにより、製品創出力の低下が起こりかねな

い。

図表 2-6 事業部別組織構造

(沼上、2004、30 頁 )

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事業部制組織では、一方で、製品ごとないし市場ごとに各事業部ユニットが単体で機

能するため、市場対応力や製品創出力は向上するが、他方、機能別組織ほど各要素機能

が専門化していないため、ひとつひとつの機能については能力や効率が上げにくく、企

業規模が小さなユニットとして専門化した大企業に対する競争力が低下する可能性があ

る。

マトリクス組織は、こうした両者の欠点を補うための折衷案であり、両者の良さのみ

をハイブリッド的に活かそうとした組織である。即ち、図表 2-7 に示すように、例えば、

仕事のつながりを、事業部的な縦軸と、機能別的な横軸の両方から構成し、両方の視点

から対応しようとするものである。この手法では、指揮系統が、ダブル化され、担当者

から見ると2人のボスがいるように見えることから、ツーボス・システムとも呼ばれる

という。両系統の視点が、シナジー効果を生めば、この組織は効果を表すが、逆に両系

統の視点がぶつかりあい、互いにマイナスに働くと 悪の結果となる。担当者は、ツー

ボスの間に立って判断が下せず、組織機能が著しく低下するということになる。

当然、人間の組織であるから、どの組織形態が有効に働くかは、取り扱う製品・市場・

技術・環境・タイミングなどに強く依存するとともに、組織を構成している人間の特質

そのものにも依存することが考えられる。

図表 2-7 マトリクス組織構造

(沼上、2004、33 頁 )

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現代の企業は、こうした大別して3つの組織形態を様々に組み合わせる形で、各企業

の特色に応じて、組織構築を行っている。どの企業にどのような組織形態が適切なのか、

あるいはどのようなタイミングにはどのような組織形態が適切なのか、その判断基準は、

これらの組織論の根底にある概念が深く絡んでいる。

現代における、事業部制組織の意義に着目し、その背景を分析したものとして、

Chandler[1962]の研究が知られる。Chandler[1962]は、代表的な米国企業 70 社あまりに対

して事業部制の導入に着眼して組織形態とその変遷・因果関係を調査し、結果、「アメリ

カ企業が成長、統合、多角化を経験したのは、市場の変化に促されたからだ」という結

論を導きだしている。即ち、「新旧の経営資源をうまく結集して変わりゆく市場に対応す

るためには、集権的職能別組織の構築が求められた。地理的拡大や製品多角化がさらに

進むと、今度は事業部制へと移行して、需要動向の変化に合わせて大規模な職能別活動

を統合した。多数の大企業がたどってきた軌跡からは、市場と経営体制が密接に関係し

合っているとの事実が鮮やかに浮かび上がってくる」 (Chandler[1962] 、邦訳 481 頁 )と

いう。

すなわち、米国における大企業が、機能別組織から事業部制組織に変化してくる背景

に、外部環境としての市場の急速な発達があり、この市場の動きに対応するために、企

業は、組織の内部構造を再分化・再総合化してきたものと理解できる。

図表 2-8 は、企業内部で製品が生産され、市場に出て行くまでの過程を模式的に示し

たものである。図中、3 種類の製品が、まず企業内部で生産される。このとき、各生産

工程は、企業内での内部環境として、機能的合理性の追求があり、作業の機能別分業が

行われる。しかし、生産された製品は、企業の外部環境としての市場から見れば、製品

の生産工程には無関係に、どの製品種であるか、あるいはどの地域に存在していく個別

顧客に対して販売供給されるか、という問題が も直接的な問題である。市場サイドで

は、生産された製品を、製品別ないし販売地域ごとに整理する流れが生じる。そこで、

生産から販売までの全過程を考えると、どの部分に焦点をしぼり、全体の流れを合理化・

組織化していくかによって、企業の 適組織構造が変わってくることになる。市場が豊

富に成長しており、もっぱら市場の需要にあわせたシステム構成を考える場合には、製

品別ないし地域別の事業部制の有効性が高まることが理解できる。即ち、企業からみた

場合、事業部制組織というものは、製品の製造という企業の内部環境よりも、市場に対

する製品の販売という企業の外部環境に強く依存した組織論であるといえる。

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Page 29: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

図表 2-8 製品ごとに見た生産から販売までの過程

いわゆる B2B ビジネスを考える場合には、当然、市場での取引規模や販売形態に応じ

たバリューチェーンの分化・統合が、自社の組織構造にも同様な形で反映してくること

が考えられる。即ち、産業界全体での、アーキテクチャーが変化すれば、それに合わせ

て自社の供給する製品の構成や位置付けも変化していく。外部環境としての、市場全体

のアーキテクチャーの変化が、自社の組織形態に直接反映してくる可能性もあるわけで

ある。前述した、三輪 [2001]の指摘する、技術の成熟性や市場規模、投資規模のもたら

す半導体産業全体におけるアーキテクチャー変化は、敏感に組織内の内部構造に反映し

てくるものとなるのである。

現代企業における、機能別組織、事業部別組織、マトリスク組織などの形態は、この

ように企業内の内部的な要因もさることながら、より強く組織の外部環境 (市場・競合 )

に依存して、 適化が図られてきたものとして理解できる。

- 29 -

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以上の議論を整理すると、近代の工業社会における企業組織においては、Smith[1776]

の分業論に起源をもつ、作業効率ないし専門性の追求という、組織の内部的な要因に基

づく組織構築の概念に、Chandler[1962]の分析した外部環境としての市場および競合の状

態に基づく組織構築の概念が、重なりあうことで、組織構成の基本的なスキームが作ら

れているものと考えられる。

図表 2-9 に、こうした近代工業社会における組織の構成について、その概念を模式化

してみた。図中、組織の内部環境としては、生産効率の追求や専門性強化といった生産

にける機能性の追及から機能分化や機能統合といった分業の 適化が行われ、一方、企

業の外部環境としては、市場・顧客や競合との関係性から、市場に合わせた 適な組織

形態が求められる。これら 2 方向からの要請のせめぎあいの結果、全体的な 適解とし

ての組織構造が決定されるのである。結果、組織内の構造は、内部環境と外部環境の相

互作用によって生み出されるものということができる。

図表 2-9 工業社会における企業組織の構築

- 30 -

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3 「集中管理型」工業社会から「自律分散ネットワーク型」情報社会へ

図表 2-5~図表 2-7 において示されている近代的企業の組織構成のどれをとってみて

も、基本的には、組織にある種のピラミッド型の管理体制が敷かれていることが分かる。

すなわち基本的には、組織の 高意志決定者を頂点とした、意思決定のハイエラキーが

構成され、この組織構造に対応した情報伝達機構が構築されているのである。これは、

ちょうど、人間の各臓器や筋肉などの器官が、神経網という情報伝達網で脳に結ばれ、

脳が生体全体の意志決定・判断を行っている姿に似ている。近代における工業社会は、

基本的には、こうした集中管理による意思決定方式を基礎としてきた。これは、大量生

産という工業の基本テーマを解決するには、きわめて合理的なシステムであったと考え

られる。と同時に、これを支える情報伝達方式そのものが、集中管理による合理性を追

求してきたものであった。こうした情報伝達は、本研究の対象事例である通信における

基幹通信網という概念と一致している。多くの端末に局在する情報をいかに早く少ない

労力で合理的に伝達するか、という命題に対して、過去の情報伝達系は、基本的にこの

基幹通信によるハブ形式を用いていた。

しかし、この集中管理方式は、情報伝達面でいえば局所的な対応に時間がかかるとい

う欠点があり、生産でいえば製品の多品種少量への対応はしにくいという面がある。工

業社会が成熟し、製品の需要が飽和して、量産効果よりも多様性による価値創出に力点

が変わってくるに従い、また製品寿命が短くなり、市場の流動性が高まり、俊敏な対応

が重視されてくるに従い、集中管理方式のデメリットが目立つようになってきた。

決定的な要因として、インターネットの出現により、情報伝達が従来にはない広がり

と速さを持つにいたったことにより、あたかもインターネットにおける情報伝達そのも

ののメカニズムが集中管理型ではなく自律分散型ネットワークであったことと呼応する

ように、企業や社会の組織も、集中管理型から自律分散型ネットワーク形式へと変化を

迫られてきたのである。

高木 [1995]は、「職能性組織」「事業部性組織」そして「マトリックス組織」といった

工業社会時代の組織形態は知識情報時代には適応できない、と指摘している (高木 [1995]、

187-188 頁 )。

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高木 [1995]は、その理由として、これらの組織形態は、基本的に「職能別の分業」が

組織編成の原則であるがゆえに、「分業化した職能の連結で実現する以上の活動はしな

い」組織である、と指摘する。それは、「安定した環境条件において適合する」組織であ

り、「予想外なことがどこかで起き、それが急に広がる」知識情報時代には必ずしも有効

に作用しないと述べている。知識情報時代の特徴とは、「時間的地理的な制約を越えて知

識や情報が豊富に入手できるようになったこと」そして、「ネットワーク的につながった

世界の動き」が「突発的で不連続」に組織に影響を与え、その流動化した環境に対応で

きることが組織にとって重要な課題となるというのである (高木 [1995]、193-196 頁 )。

高木 [1995]は、この新しい時代に適応する「ネットワーク組織」は、「中央コントロー

ルのないシステム:ポリエージョントシステム (複雑多主体システム )」であるといい、

沖野 [1989]の論文にある「集中管理されていないが全体的なバランスが維持され、要素

が自律的に行動しつつも全体として柔軟な形で変化に対応できる動的システムになって

いる」ものであるという (高木 [1995]、197-198 頁 )。

しかし一方、この中央コントロールのないポリエージョントシステムには、「組織ユニ

ットレベルの行動規範」と「全体レベルの行動規範」の2種が必要であり、組織行動に

は「自律」と「協働」をめぐる二律背反が生じるのだという。即ち、ピラミッド型の工

業化時代の組織には、「分権と集権」という二律背反があったが、新しいネットワーク型

組織には、「自律と協働」という二律背反があるというのである (高木 [1995]、198-200 頁 )。

図表 2-10 ネットワーク型組織の基本構成

(高木、1995、197 頁)

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図表 2-10 に、高木 [1995]のイメージするネットワーク型組織の模式図を示す。各組織

構成員 (ないしユニット )は、各々が自律的に他と関わり、情報の流れはあらゆる構成員

(ないしユニット )間で自由にパスを持つ。管理型組織が、情報の流れや指示系統、意志

決定を集中管理的に行っていたのに比べ、フラット化された、有機生命体のような組織

であるといえる。こうした組織の特徴は、どの部分を切り取っても、組織機能が働くと

いうことで、集中管理型組織が、組織のある部分を切り取ると、組織全体が機能しなく

なることと対照的である。こうした特徴が、環境の変化に対して、俊敏に各部分で反応

し、適応していく能力となると考えられる。

こうした組織の基礎は、各組織構成員 (ないしユニット )の自律化でありこの問題は、

組織における権限委譲の問題と密接であり、これはまた、組織構成員の教育・育成とい

う問題とも密接にリンクしている。

Watkins[1995]によれば、現代における組織は、継続した学習によって事業を活性化し

ていくため、「全体的な従業員参加とエンパワーメントの文化」「学習を獲得し、共有化

するためのシステム」「知識労働者の増加率」「全従業員の知識レベルを向上させるとき

の、一人当たりの費用改善」「新たな経済活動に投入される組織資産の増加率」などが重

要になるという。

組織要員が自律分散的な機能を発揮するには、各要員の判断能力が問われることになる

ため、要員の教育や学習が権限委譲と対になるものとして必要となってくる。また、当

然のことながら、判断の基礎となる情報の共有、これを支えるフラットでデモクラティ

ックな組織体制というものも重要となってくるのである。即ち、ネットワーク型組織は、

組織要員のレベルにおいて、これらの多くの課題を解決していくことを通じて、はじめ

て有効なものとなってくるのである。

集中管理型組織から、自律分散ネットワーク型組織への変化は、いわゆる研究開発体

制におけるリニア・モデルからコンカレント・モデルへの変化にも対応している。

第一次世界大戦の直後、アメリカを中心として、世界での大企業における研究開発で

は、いわゆるリニア・モデルという、基礎研究、応用研究、製品開発、製造・生産、販

売、流通という流れにおいて、これらのステップを時系列に並べ、分業化する体制が主

流であった。この時代は、デュポンにおけるナイロンの開発などに象徴されるように、

大企業が膨大な費用をかけて基礎研究から順次開発を行い製品開発しても、革新的な製

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品が生まれれば、十分投資が回収できるという考え方が、神話のように信じこまれた時

代であった。しかし、その後、膨大な研究投資をかけても、ナイロンのような大発明は

それほど算出できず、大方の企業では、基礎研究からのリスクの高い大規模な研究開発

投資は事実上できなくなっていった。また、技術の加速度的な進展により、あらゆる製

品の製品寿命・開発期間が短くなり、市場が流動化するに従い、いわゆるリニア・モデ

ル的な分業体制では、市場の動きに俊敏に反応し、市場に適した製品開発を行っていけ

ない、との危機感がたかまった。こうした背景から、いわゆるコンカレント・モデルと

いわれる並列分業的な研究開発体制が普及し始める。これは、開発した製品と市場との

不適合成のリスクから逃れるため、研究や開発の早い段階から市場までを見渡せる担当

者をチームとして引き入れ、開発担当技術者だけでなく、マーケターや生産管理、サー

ビスの担当者も巻き込んで、市場に適した製品つくりとなるよう、絶えずフィードバッ

クをかけていこうというモデルである。

図表 2-11 に、リニア・モデルとコンカレント・モデルの概念を示した。

図表 2-11 リニア・モデルとコンカレント・モデル

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図表 2-11 において (a)は、従来のリニア・モデルによる開発体制を示しており、この方

式では、基礎研究・応用開発・製品開発・製造生産・営業販売・市場流通といった一連

のステージが時間的にシーケンシャルに並んでおり、各ステージを完了しないと、次の

ステージに進まない。従って、営業販売や市場流通段階になって顕在化する市場とのミ

スマッチや問題点が、研究や開発にフィードバックされるには大きな時間を有する。も

ともと製品の性質上本質的に開発に大きな時間を要するもの、あるいは市場での製品寿

命が非常に長い製品では、こうしたフィードバック・ロスは相対的に小さなものとなる

が、逆に、市場での製品寿命が比較的短いもの、他社の製品開発期間が短い製品では、

こうした自社のフィードバック・ロスは、競争力の低下へと直結する。現代においては、

情報伝達の速さと科学技術の加速度的な発展のため、ほとんどあらゆる種類の製品の開

発期間や製品寿命が短縮化されている方向にあるため、次第にこのリニア・モデルが適

合しない製品分野が増えてきたと考えられる。

一方、図表 2-11(b)に示すのは、コンカレント・モデルと呼ばれる開発手法であり、こ

こでは開発の早い段階から、基礎研究・応用開発・製品開発・製造生産・営業販売・市

場流通の各専門家が一同に会するチームを形成し(実際には基礎研究まで含むことは珍

しいが)、はじめから販売や流通までを視野に入れた製品作りを図ろうとするものである。

この場合、各分野の専門性を深めるのにはデメリットもあるが、全体 適化にはメリ

ットが生ずる。従って、製品と市場との齟齬といった問題を早くから察知し、対策をと

ることが可能となる。現代の流動的で変化速度の大きな市場へ対応するには、コンカレ

ント・モデルのほうが適していると考えられる。

このリニア・モデルとコンカレント・モデルの違いは、時間軸を中心とした「分業」

と「統合」の問題であるとも考えられる。分業化することで、部分 適化は進むが、一

方全体 適化には統合化が必要である、ということである。あるいは、言葉を言い換え

れば、コンカレント・モデルにおいては、 (時間軸に対する )直列分業ではなく並列分業

である、という言い方もできるだろう。

このコンカレント・モデルの組織構成では、開発プロジェクトであるチームの組織形態

そのものが、いわゆる集中管理型からネットワーク型に変化していることが注目される。

というのはこのモデルでは、全情報をチーム・メンバーで共有化する必要があるという

こと、情報の流れはハブ的な集約化を図るのではなく、相互に自由で柔軟なチャネルと

なる必要があるということ、各チーム要員は自律的判断が求められるということ、など

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があるからである。市場への俊敏な対応を実現するには、各方面の担当者が自律的に能

動的に判断し行動していくことが求められるが、このためには、情報の共有化や立場の

違いを超えてフランクに議論できるデモクラティックな関係、組織のフラットネスも必

要である。あらゆる情報や意思決定が、一人の人間の判断と権限によって決められる集

中管理方式では、事業化にむけた多様な判断ができない。このことから、コンカレント・

モデルにおける組織形態は、おのずとネットワーク形ないし生態的アメーバ形ともいわ

れる非集中管理形へと変化していったのである。

図表 2-12 と、特に従来の集中管理型組織の階層的(ハイエラキー型)構成と、ネット

ワーク形組織の生態的アメーバ形(フラット型)構成を対比して示したものである。

図表 2-12 集中管理型組織と自律分散ネットワーク組織

野中 [1990]は、実際に多くの企業の経営調査により、ホンダや花王など多くの日本企

業で、こうしたコンカレント・モデル形開発がとられていること、そしてこうした開発

体制が組織のフラット化と密接な関係にあることを指摘している。

リニア・モデルかコンカレント・モデルかといった製品開発での組織構成の問題は、

視点を変えれば、ネットワーク型組織の重要性と有効性が、製品開発の場にも反映して

もの、と捉えることもできる。

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寺本義也 [1991]は、近年の情報通信の発達は、空間的な制約条件のみならず時間的な

制約条件をも変えてしまい、現代の企業は、組織形態だけでなく、経営手法として、従

来の階層型からフレックス型、分散型、ネットワーク型などに分化してきていると指摘

している (寺本義也 [1991]、pp.22~30)。 (図表 2-13 参照 )

図表 2-13 企業経営の位相転換

(寺本義也 ,1991,26 頁)

4 知識経営論としての視座

コンピューターの発明とインターネットの発展は、20 世紀後半の世界を一変させてし

まったが、特に 20 世紀の 後には、「情報社会」という言葉に代わり、更に「知識社会」

という言葉が用いられるようになってきた。

この背景には、もともと現金や生産物のように目に見える有形のものではない「知識」

というものに、産業発展の原動力となるイノベーションの源を求め、この無形の価値を

再認識しようという動きがあったものと考えられる。この動きに対応して、従来の経営

論が、基本的には、目に見える資産(有形資産)としての現金や生産物、製品、土地、

施設などを対象として経済的コストを中心に語られてきたのに対し、目に見えない資産

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(無形資産 )としての「知識」の重要性に着目し、産業における「知」の役割について考

える知識経営学が盛んになってきた。知識という目に見えないもののうち、更に表象化

されない暗黙知の重要性にも、焦点が当てられるようになってきた。

Polanyi [1966]は、「我々は語ることができるより多くのことを知ることができる」と

いい、例えば人の顔の識別能力をあげて、人間は語ることができる以上の何らかの知を

有しているのだと説明している (Polanyi [1966]、邦訳 15 頁 )は。そして彼は、ここでいう

知 (暗黙知 )は、単なる静的な情報ではない点を強調している。

以下、彼の「暗黙知」の解説を引用する。

ゲシュタルト心理学によれば、我々が外見的な特徴を認知する場合、部分的な個々の

細目については明確に語ることができなくても、我々はそれら諸細目について感知して

いることを統合して全体的特徴を知ることができる、とされている。知識についての、

私の分析は、ゲシュタルト心理学でのこの発見と密接に関連している。しかし私は、ゲ

シュタルト (形態 )についてこれまでは無視されてきた諸側面にこそ注目したいのである。

ゲシュタルト心理学によれば、対象の外見的特徴が認知されるのは、網膜や脳に刷り込

まれた要素的な諸細目がたがいにおのずと均衡のとれた状態に達することによる、と考

えられている。しかし私はそれとは反対に、ゲシュタルトは、我々が知識を探求すると

きに経験を能動的に形成する活動の結果として成立する、と考えている。人間が知識を

発見し、また発見した知識を真実であると認めるのは、すべて経験をこのように能動的

に形成、あるいは統合することによって可能となるのである。この能動的形成、あるい

は統合こそが、知識の成立にとって欠くことのできぬ偉大な暗黙的な力である。(Polanyi

[1966]、邦訳 17~18 頁 )

Polanyi[1966]は、個人の中に内在化した力としての「知」、すなわち単に静的に存在し

て表象化されないというものではなく、個人の中に蓄積された膨大な情報・経験との相

互作用によってそのつど創出されてくるものとしての「知」の存在の重要性を指摘して

いるものと考える。

こうした暗黙知の重要性を産業活動の中で指摘したのは、Badaracco[1990]であった。

彼は、知識には「移動型知識 (migratory knowledge)」と「密着型知識ないし埋め込み型知

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識 (imbedded knowledge)」があると指摘する。

a)「移動型知識」は、明確にかつ完全に表現されているもので、パッケージ、機械、個

人の頭脳に存在するものであり、 (邦訳 46 頁 )

b) これに対し「密着型知識」は、「個人・グループ間での特殊な関係と、相互の取引関

係を形成する特定の規範、態度、情報の流れ、意思決定の方法の中に主として存在する」

のだという。(邦訳 108 頁)

そして「密着型知識」は「移動型知識」と異なり、いったん確保すれば「簡単には消

失しない」ものであるという。彼は密着型知識の例として、「熟練者や専門家が所有する

知識」を挙げ、「こうした知識はすばやく移動することは不可能である」とする。即ち、

「コンピューター記号や化学式の知識とは異なり、そうした知識は、言葉やその他の記

号を通じて他の人間に明確に完全に伝達されることはない。その学習のためには、数ヶ

月間または数年間にわたって忍耐強い注意深い見習いとなる必要がある。」という。

彼は、この密着型知識を利用することにより、企業はその競争力を高めることができ

るというのである。そして今日、富の源泉は、土地、労働、資本といったものから知識

に移ってきており、他の組織といかにこの「知」の連鎖を生み出し利用するか、という

ことこそが現代の企業の課題であると述べている。 (Badaracco[1990]、邦訳 145-178 頁 )

こうして議論されてきた暗黙知を、形式知との循環によって知の創出がなされる、

という分析により、産業活動の中で位置付けようとしたものとして野中郁次郎の SECI

モデルが挙げられる。野中 [1990]は、知識は暗黙知と形式知の社会的相互作用を通じて

創造されるという前提に基づき、4つの知識変換モードが考えられる、とする (野中

[1990]、91 頁 )。

a ) 共同化:経験を共有することによって、メンタル・モデルや技能などの暗黙知を創

造するプロセスであり、「共体験」を通じて、人は言葉を使わずに他人の持つ暗黙知

を獲得することができる。

b ) 表出化:暗黙知を明確なコンセプトに表すプロセスであり、暗黙知が、「対話」や「共

同思考」を通じて、メタファー、アナロジー、コンセプト、仮説、モデルなどの形

をとりながら、しだいに形式知として明示的になっていくプロセスである。

c ) 連結化:コンセプトを組み合わせて、一つの知識体系を創り出すプロセスであり、

異なった形式知を組み合わせて新たな形式知を創り出すプロセスともいえる。

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d ) 内面化:形式知を暗黙知へ体化するプロセスであり、行動による学習と密接に関連

している。内面化においては、文書化が体験を内面化するのに助けとなり、体験の

範囲を拡大することも有効である。実際に他の人の経験を追体験しなくても、内面

化は起こりうる。

図表 2-14 SECI モデル

(野中、1996、93 頁)

こうして個々人の体験が、共同化、表出化、連結化を通じて、メンタル・モデルや技

術的ノウハウという形で暗黙知ベースへ内面化されるとき、知識が価値あるものとして

創出・蓄積されていくのだという。野中は、この知識創造プロセスを SECI モデルとし

て、図表 2-14 に示すような形にまとめている。

Badaracco[1990]や野中 [1990]によって発掘された暗黙知の概念を、さらに「組織」に

結びつけるものとして、「場」という概念が創出された。

伊丹 [1999]は、組織において、人々の「動く秩序」が生まれるには、情報の共有によ

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り情報的相互作用が生じ、共通理解と心理的共振の2つが生まれることが重要であり、

こうしたものを生み出すものとしての「場」の重要性を指摘している (伊丹 [1999]、24-28

頁 )。伊丹によれば、場の形成には、参加メンバーが4つの「基本要素」を共有すること

が必要で、これは、アジェンダ (情報は何に関するものなのか )、解釈コード(情報はど

う解釈すべきか)、情報のキャリアー (情報を伝えている媒体 )、連帯欲求の4つであると

いう。

伊丹 [1999]の定義する「場」は、組織の人々の行動を促すものとしての情報を媒体とし

た繋がりについて述べているのだが、同時に、人々の連帯欲求とか心理的な交流につい

ても重視しており、「知識」共有が、外部表象化された情報の問題だけでないことを示唆

している。

野中 [2000]は、この組織における「場」の概念を知識創造のプロセスに導入し、「『創造

する力』は単に個人の内にあるのではなく、個人と個人の『関係』、個人と環境の『関係』、

すなわち『場』から生まれる」といい、「場」の概念を SECI モデルに重ね合わせたモデ

ルを創っている(野中 [2000]、58 頁)。

即ち、SECI モデルの「知」の創出過程に対応して、「場」にも様々な段階のものがあ

り、以下のような4つの場を循環していくことで、組織の知が創造されていくのだとい

う。

a) 創発場とは、個人の存在論的な場であり、個人が感情、経験、メンタル・モデルを共

有する場であり、自己は他者に共感化、協調することで自己と環境との境界を消滅させ、

暗黙知の生成を行うものだという。

b) 対話場とは、意識的に人選された人々が相互作用する場であり、プロジェクト・チー

ムのように、個人間の意識的な対話を通じて暗黙知が形式知に変換される。自己は他者

の視点から全体の中の自己を認識し、冷静に自己を再帰的に内省し、対話を通じて多元

性と個別性が相互作用する場であるという。

c) システム場とは、典型的には時空間を共有せず、仮想的な空間で相互作用する場であ

り、情報技術がもっとも機能する場でもあるという。形式知の相互作用を通じて、更な

る形式知が増幅され、論理的に人々の理解と納得の幅を広げる正当化プロセスが組織内

や組織間に頻繁に生起するという。

d) 実践場とは、相互作用場が心で他者と自己を統合しようとするのに対し、両者を体で、

つまり行動を通じて統合しようとする場であるという。

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ここでいう「場」の定義としては、物理的空間 (オフィス、分散した業務空間 )、仮想

空間、特定の目的を共有している人間関係、そしてこうした人間同士の共有しているメ

ンタルスペース (共通経験、思い、理想 )も含めた、いずれでもありうる場所 (platform)で

あるという。知識とは、本質的に「場」に依存しており、経験から知っていることか、

あるいは外部から知りえたこととしても、自らの経験を通じて理解されるのであり、情

報はネットワークであるのに対して、知識は「空間」である、という。

この「場」の概念を取り込んだ SECI モデルを図表 2-15 に示す。

図表 2-15 「場」と「知」の創造

(野中、紺野、2000、58 頁を一部修正)

5 ネットワークにおけるクラスター論

Badaracco[1990]や野中 [1990]の着目した暗黙知の重要性は、自律分散ネットワーク型

の組織にとって、どのような問題意識をもたらすだろうか?

こうした問題を先鋭的に捉えたのは、戦略論で高名な Michael E. Porter であった。

Porter[1990]は、いわゆるクラスター論として知られる産業集積化の優位性を述べてい

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る。Porter によれば、今日における産業の地域的な集積のメリットは、次のような4つ

の点から考えられるという (Porter[1990]、217-257 頁 )。

a ) 知識ベースの生産要素のリンケージ効果 (情報の粘着性 )

b ) 企業のみならず、大学、研究機関、金融機関、地方自治体などの包含効果

c ) イノベーションの誘発

d ) 集積内における競争

そしてこうした点が優位性として働く根拠として、自説のダイヤモンド・モデルを用

いて説明を行っている。 (図表 2-16 参照 )

図表 2-16 ダイヤモンド・モデル

(Porter、1992、196 頁を一部修正 )

Porter[1992]の指摘の中で、特に従来の産業集積論に比較して注目されるのは、

a ) 地域の競争優位の源泉として、物質的な生産財ではなく、「知識」の集積に着目して

いる点、

b ) この知識ベースのインフラとして、関連企業だけでなく、大学や国の研究機関など、

あるいは金融機関や地方自治体などの意義を考慮している点、

c ) また、集積化による効果を従来のようにコストの低減といった観点ではなく、イノ

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ベーションの創出という視点で見ている点、

d ) 集積内での協調だけでなく競争の存在を評価している点

などである。

従来、産業の地域での集積効果というと、古くは英国経済学の Marshall[1890]から近

年の空間経済学の Krugman[1991]まで、基本的には集積化による何らかのコスト低減効

果を中心に論じられてきたのだが、Porter[1992]は、「知」の集積やイノベーションといっ

た全く新しい概念でその優位性について論じたのであった。

Porter[1992]は、地域の産業クラスター形成において、御互いが顔の見える距離に、暗

黙知を持った人間が交流し、こうした交流がイノベーションの基礎となることに着目し

た。これは、Saxenian[1994]によって、知の溢出 (knowledge spill over)効果として指摘さ

れた米国シリコンバレーのクラスターが、 も典型的な事例として知られている。

御互いが顔の見える距離に存在して暗黙知の交流を行うというクラスターの意義は、

巨大に張りめぐらされたネットワークに向き合う現代の情報社会の人間や組織にとって、

形式知だけの交流では片手落ちとなる危険性について、ひとつのヒントを与えているの

かもしれない。即ち、情報社会から知識社会へとより深い「知」の発掘と探索に向かう

には、外部表象化された形式知としての交流が中心となりがちなネットワークだけでは

不足であり、これを補うものとして何らかの密な人間関係の形成として、クラスターの

意義が増してくる。こうした課題については、いわゆる近年の web2.0 時代への突入によ

って変化しつつあるネットワーク社会の枠組とも関連しているが、本研究の視野を越え

るものとなってしまうため、ここではこれ以上の言及をしないものとする。しかしこの

問題に対しても、本研究の基本課題である工業社会型組織への知識経営学的アプローチ

が、この問題に関しても何らかの示唆となることを期待したい。

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図表 2-17 ネットワーク型社会とクラスター

図 2-17 に、ネットワーク型社会とクラスターの関係について、図示を試みた。

クラスターの意味は、通常のネットワーク型社会では、暗黙知はあくまで個人の内部

にとどまっているが、クラスター化された領域では、ネットワークの要素としての個人

の間の距離が近く (いわゆる「顔の見える」距離、バーチャルではなく、物理的接触や物

理的交流のある距離 )、この暗黙知の共有空間が生まれるところに特徴がある。これによ

って、このクラスターにおいては、暗黙知の共有・交流から「知」の創造としてのイノ

ベーションが生まれやすくなると考えるのである。

Porter[1992]のみならず、近年、有形・無形資産としての「知」の産業資源としての重

要性に着目する議論が活発化している。

Burton-Jones[1999]は、「貨幣その他の実物の富よりもむしろ知識を基盤とする『本質的

に』新しい資本主義」としての「知識資本主義」の時代が始まった (Burton-Jones[1999]、

邦訳 16-52 頁 )と述べている。そして、基本的には Penrose[1959]の企業を生産資源の集合

体として捉える思想に準拠しながら、「長期的に見て重要なのは、形式知と併用されるに

せよ、単独で用いら、れるにせよ、『暗黙知』だけが企業に持続的な競争優位をもたらす

という点である」と述べている。そして「企業は、自らを単なる『情報処理者』ではな

く、むしろ、『ナレッジ・インテグレーター『知の統合者』と位置づけることが肝要だ』

- 45 -

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としている。

こうした「知」の重要性の指摘の中で、本研究は、「知」の進化過程における「組織」

との関わりに焦点を絞っていくものである。

6 まとめ:「知」と「組織」との相互関係

以上、本節では工業社会における企業組織構築の基本的な概念を概観した。

産業革命以降の「分業」による事業効率化のための組織分化と、外部環境としての市

場の発展に伴う事業合理化のための組織統合化といった、組織内部・外部両面からの要

因に基づき、企業組織は、その形態を 適化してきた。

しかし、20 世紀の情報社会において、情報ネットワークの発達に並行して、組織構造

のネットワーク化も進んだ。

更に近年の知識経営学の視点は、産業資源としての「知」の重要性を顕在化させ、特

に暗黙知と形式知の循環による知の創出が、イノベーションの興隆にも必要であるとの

指摘がなされた。

こうした有形資産に加えて無形資産の効果を含めた経営学では、「知」の視点を取り入

れた「組織」論、また「組織」論的な視点を取り入れた「知識」論が重要であり、「知」

と「組織」を各々の相関関係によって考えていく必要がある。

そこで、こうした知識経営論の視点を加えることで、図表 2-9 において整理した、工

業社会における企業組織構築の概念に対し、「知」の枠組を取り込むことを考える。

図表 2-18(b)は、図表 2-9 における「組織」の分化・統合に対して (図表 2-18(a)に再掲 )、

「知」の分化・統合 (広い意味での「知」の分業化 )を関係付けて模式化したものである。

ここで、「組織」にたいしても「知」に対しても、組織の外部環境は、直接・間接に影響

を及ぼすことも考慮しなければならない。組織の内部環境として、生産効率や工程の専

門化の観点から分業を基礎とする組織の分化・統合への力が働くが、同時に、知の創造

を導くための暗黙知 (知の統合化 )と形式知 (知の分化 )の循環という観点から、知の分化・

統合への力が働くとともに、これらが互いに相関関係を有する、というのが、この図の

趣旨である。

- 46 -

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図表 2-18 「知」と「組織」の相互関係

(a) 従来の経営学での組織の考え方(作業の分業)

(b) 知識経営学の視座から見直した組織の考え方(「知」の分業)

この基本的な考え方をベースに、次節では、更に「知」の進化と「組織」の進化につ

いて、先行研究を整理しながら、研究の分析枠組構築へと繋げていく。

- 47 -

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Ⅱ 「知」と「組織」の共進化過程

以上の整理は、主として工業社会における企業組織の形態について、知識経営学の視

座からのアプローチを行うための準備であるが、本研究で取り上げる先端技術によるデ

バイス・ベンチャリングに関しての事例については、もうひとつ、国際経営学の立場か

らの視点も整理しておく必要がある。 前述したように、本研究での 3 事例は、どの事

例においても、市場や競合企業などは国外が主要な舞台である。現在、先端技術と名の

つくものについての事業は、ほとんど市場や競合企業はグローバル化しており、国内だ

けが舞台の事業化はむしろ珍しい。従って、事例のマクロ解析(組織の外部環境の分析)

として、顧客、競合、連携組織との組織間関係を分析しようとするため、国際経営学の

基本的な枠組は把握しておく必要がある。

と同時に、国際経営学における、国境を越えた企業間(組織間)関係の議論は、一般

的な組織間の協力や連携の意味を考える上での典型であるとも考えることができる、す

なわち、国際経営論における、組織間関係の意義やこれと関連したものとしての組織の

進化過程を整理することで、一般的な組織論の本質的な部分での組織進化過程や組織間

関係の問題に肉迫していくことが可能である。本節では、本研究での事例分析に密接な

グローバル・アライアンスとしての組織間学習についても考えながら、「知」と「組織」

が共に影響を与えながら進化していく「共進化」の過程について、関係する概念を整理

していく。

本節の 後では、本研究のテーマとなる「『知』と『組織』の共進化経営」について、

その定義を行い、視点の整理を行うものとする。

1 国際経営学における従来の組織関係論

前節での議論から、経営学において、様々な経営資源に対して、「知」を重要な経営資

源として考えるようになってきたのは、比較的近年であることに気付く。いわゆる国際

経営学においても、近年になるまでの議論は、主として、企業にとっての経済効果とし

て、国際化をどのように考えるか、という視点から展開されてきた。その流れを概観す

ると、Hymer [1960]による寡占的優位理論にはじまり、Vernon[1966]のプロダクト・ライ

フ・サイクル (PLC)論、Penrose[1956]に起源を持ち Fayerweather[1975] が体系化したとい

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わ れ る 経 営 資 源 移 動 理 論 、 そ し て Coase[1937] の 取 引 コ ス ト 論 に 起 源 を 持 ち

Williamson[1980], Dunning[1981], Buckley & Casson[1993], Rugman[1983]等によって精緻

化され発展した内部化理論 (Internalization Method)へと受け継がれていく一連の思想が

ある。この流れに対して Hamel[1991]によって組織間学習という視点からのグローバル

化が意識されるようになるのが近年の新たな潮流でるが、本節では、この Hamel[1991]

の登場の意味を考えるうえで、前記の主要な学説について概観しておく。

(1) 寡占的優位理論

いわゆるグローバル (global)という言葉以前には、国際的な経営問題を考察する場合、

インターナショナル (international)とかマルチナショナル (multinational)、ないしトランス

ナナショナル (transnational)といった言葉が使われていた。そもそもマルチナショナルと

いう言葉を始めて使ったのは、Lilienthal の 1960 年におけるカーネギー工科大学での講

演であるといわれている。植民地化時代を除き、企業が直接海外投資の対象として海外

に目を向け始めたのは 1950 年代の後半の米国企業からであるとされ、Lilienthal のマル

チナショナルという言葉は、こうした米国企業の多国籍化を意識して使われたものであ

るという。この 1950 年代後半という時期は、第2次世界大戦後、世界で圧倒的な強みを

握っていた米国企業の世界的な寡占化の流れがはじまる時期であり、従って、従前の海

外進出というとアジア・アフリカ諸国への進出をさしていたのに対し、この時代の海外

進出の矛先はむしろ西ヨーロッパ諸国であった。米国はこの時期、国内巨大企業の国内

での独占化が進み、過剰な資金を得た巨大企業は、独占禁止法が強化される国内市場か

ら、ガット、 IMG,EEC などの整備を背景として、海外への展開を考えるようになって

いった、とされる。

Hymer [1960]による寡占的優位理論は、まさにこうした歴史的背景のもとに用意され

た、企業の海外直接投資の理論的礎であった。

Hymer[1960]によれば、長期間民間資本の国際移動は、直接投資 (direct investigation)と

証券投資 (portfolio investigation)の 2 種に分かれ、基本的な違いは、投資家ないし国内企

業が投資対象となる外国企業を直接支配するか、しないか、によっているという。単な

る証券投資ではなく、企業を直接投資に向かわせる原因は、企業間の競争を排除するた

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めか、あるいは特定の企業活動に対してもっている優位性を活用して、海外展開を図る

利点があるか、という 2 点に集約されるという。そしてこの優位性の展開において重要

なのは、市場の不完全性により、海外との取引よりも、自らの海外展開のほうが有利に

なるという状況の存在があるという。 (Hymer[1960]、2-39 頁 )

即ち、Hymer[1960]による寡占的優位理論の骨子は、国内で何らかの寡占的優位性(生

産力、マーケティング力、製品開発力、信用力など)を有する企業については、不完全

市場の存在する海外において、海外直接投資に基づく現地生産などによって、現地企業

と競争しても十分な優位性を維持する、あるいは現地企業の買収などにより、国際的な

競争を排除することができる、とするものである。

寡占的優位理論の基本概念を図示すると、図表 2-19 のようになる。

図表 2-19 寡占的優位論

Hymer[1960], そして Caves, Kindleberger, Robinson 等による寡占的優位理論に支えら

れて、米国巨大企業は、戦後の 1950 年代から 1960 年代、そして 1970 年代初頭までの時

期において、世界的寡占を目差した海外展開を図っていったといわれる。

(2) PLC 理論

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一方、1970 年代後半から 1980 年代にかけて、戦後のダメージから復興してきた欧州、

日本の台頭に従い、先進国としての米国から後進諸国に生産の拠点が移っていくという

現実を目の当たりにして、国際経営に新たな視点が生まれてきた。Vernon[1966]による

PLC (プロダクト・ライフ・サイクル )理論 は、こうした背景のもとに生まれてきたとさ

れる。

PLC 理論の骨子は、

a ) 新製品は、まず豊かな国内需要をもつ米国で顧客との密接な関係のもとで開発され、

比較的高価で販売される。

b ) 米国内で技術や製品が普及すると、他の競合企業も生産を始め、量産効果と競争で

製品価格は下がる。すると、米国以外の国でも製品の購入が可能になり、米国から

の輸出によって海外にも製品普及が始まる。

c ) やがて海外でも製品の生産が可能になると、労働力の安さや関税などの面で、米国

からの輸出が不利となり、米国企業も海外への直接投資により生産拠点を海外に移

す。すると、安価な製品が、海外から米国に逆輸入されるようになる。

という、生産拠点と輸出入の移動を説明するものであった。

図表 2-20 PLC 理論

図表 2-20 に、PLC 理論の概念を、前記寡占的優位理論と比較して模式図としてまとめ

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た。PLC 理論は、寡占化優位理論と異なり、世界市場での米国での絶対的優位から相対

的優位の時代変遷を捉えていると同時に、国際競争という場において市場が時間的に変

化していくプロセスに着目した点、またこの時間的変化の中で、企業(組織)間関係そ

のものも変化あるいは進化していく、という点が重要であると考えられる。特に、PLC

理論においては、米国とヨーロッパの先進国、そして後進諸国といった国際間での製品

の輸出入関係の変化ないし逆転現象について分析されており、企業(組織)間関係も、

企業(組織)の変化や進化によって変わっていくものであるという視点がうまれている

ものと見ることができる。

図表 2-21 に、PLC 理論における輸出入変化について、横軸に時間軸をとり模式的にま

とめた。このように、時間軸をひとつの変数パラメータとして考えるという視点に、PLC

理論の大きな特徴がある。

図表 2-21 PLC 理論による輸出入変化

(3) 経営資源移動理論

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Penrose[1956]は、企業を単なる資本の集積ではなく経営資源のかたまりとしてと

らえたというが、Fayerweather[1975]はこの考えを海外投資について展開し、企業の海外

直接投資は資本の流れというよりも企業の成長にともない豊かな経営資源が海外に流れ

ていくものとして捉えた。即ち、海外への投資は、資本のみならず、工業上の技術や経

営管理上の技術、企業家能力など移動可能な経営資源を含むものであり、これらの不足

している地域やより効率的に活かされる地域に、企業は経営資源を移動させ、発展を遂

げていくものであるという。

この Fayerweather[1975]の説には、PLC 理論と同様、市場や企業(組織)間関係の時

間的変化を見る視点が生まれているほか、企業の海外投資が、技術などの「知」を対象

として含むという見方が萌芽している。すなわち、ここでは、「知」が移動可能な経営資

源として、企業(組織)間においてやりとりされていく、という見方がなされている点

が重要である。

図表 2-22 に、経営資源移動理論の概念を、前記 2 つの理論と比較してまとめた。

図表 2-22 経営資源移動理論

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(4) 内部化理論

第2次世界大戦のダメージから回復した世界市場の興隆と金融面での自由化や交通運

搬技術の発達などにより、国境を越えた市場の拡大と生産拠点の移動はますます盛んに

なり、国境を越えた企業活動の利害損得を経済的な観点から追求した理論として、

Coase[1937]の取引コスト論をベースとした Dunning[1981], Rugman[1983]や Buckley &

Casson[1993]の内部化理論が発達した。

内部化理論は、取引コスト論の多国籍企業への展開として、企業の内部に国境を越え

た取引関係を持ち込むほうが、総コストの低減がはかれる、という観点からの理論とさ

れる。

特に、このコストの差は、B2Bビジネスの中間財の場合に顕著で、関税や取引費用・

リスクなどの伴う市場を通じた取引よりも、企業内部での取引のほうがコストの低減に

なるため、企業は海外展開により、直接中間財を自社内で移動させるのだという。

Dunning[1981]は、こうした内部化優位だけでなく、企業の海外展開においては、

Hymer[1960] の述べた寡占優位性や Fayerweather[1975]の述べた経営資源に加えリスク

分散なども含めた企業特殊優位と、また生産拠点などが地理的にもつ労働力コスト、天

然資源、輸送費、インフラストラクチャ、政治体制などの立地特殊要因なども要因とし

て働き、これら 3 つの要因が組み合わさって海外投資の動機を形成するとした。

図表 2-23 に、内部化理論の概念を模式的に示した。

内部化理論は、Hymer[1960]以降の様々な国際経営理論をいわば集大成的に纏め上げた

要素もあり、単に米国中心の企業海外戦略の理論化というよりは、グローバル時代にお

ける企業の海外直接投資活動を、取引コストという観点から、普遍的な理論として整理

し纏め上げたものとして考えることもできる。すなわち、企業活動を、コストという経

済的な観点から、統一的にとらえ、企業(組織)間の関係も、基本的にはコストを中心

とした考えていくという意味では、従来の経営学の枠組の中での完成度の高い理論とし

て捉えることができる。

知識経営学の登場以前の段階での、国際的な企業(組織)間関係の考え方を整理した

ものとして重要である。

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図表 2-23 内部化理論

2 知識経営学からのアプローチ

以上概観した寡占的優位理論から内部化理論までの流れは、基本的にすべて国際的な

企業活動を、コストや有形の経営資源の面から議論している。技術など移動可能な「知」

に関するものも経営資源とみなす観点から、特許や技術資料なども海外投資の対象とし

ているが、無形資産としての「知」の特殊性にまでは言及していない。企業間のグロー

バルな活動について、「学習」という知的資産・無形資産に関する領域への問題意識が芽

生えてきたのは、知識経営学が登場する近年に入ってからである。

近年の知識経営学の概念は従来の思想に影響を与え、前項で紹介した内部化理論の論

者である Buckley and Casson [1991]も、現代企業の優位性を導く研究開発において、多

国籍化が重要な役割を演じているとして、「知識の内部化」の重要性を指摘している。す

なわち、内部化理論にける、企業(組織)間でやりとりする経営資源全体における「知」

の重要性に着目しているのである。

また、Heenan and Perlmutter [1978]は、「EPRG モデル」として、多国籍企業は、その

経 営 の 意 思 決 定 や 協 力 体 制 の 傾 向 に 応 じ て 、 本 国 志 向 (Ethnocentric )、 現 地 志 向

(Polycentric)、地域志向 (Regiocentric)、世界志向 (Geocentric) などに分かれ、企業の成長

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によってその様態を変えていくものであるとしたが、こうした思想にも、企業の海外展

開を単に資源の移動ではなく企業組織そのものの質的変化・成長 (進化 )と結びつけてい

く思考が現れている。

トランスナショナルという造語で知られる Bartlett and Ghoshal[1993]も、多国籍展開の

意義として、組織間の情報ネットワーク形成の重要性を述べ、すなわち、国際企業活動

における「知」の交流に重要性について述べている (Bartlett and Ghoshal[1993]、93-128

頁 )。

こうした国際企業活動における「知」の交流の意義については、特に 1990 年代から

2000 年代に入り、アジア諸国の台頭と、インターネットの本格的普及による情報社会を

背景として、企業活動における差別化戦略、競争優位性に着目した Porter[1992,1999]な

どの戦略行動論や、企業の競争優位性の源としての知識に着目する学説が出てくること

に触発され、盛んに論議されるようになった。企業活動を「知」のやりとりの面から解

析した組織学習論・組織間学習論が多く登場してくるようになる。以下、その主要なも

のについて概観する。

(1) 組織の学習

組織学習の基本的な概念は、Huber[1991]によって、大きく4つのプロセスとして定義

されているという。即ち、知識獲得、情報流通 (配分 )、情報解釈、組織記憶の4つのプ

ロセスが組織内で行われるのだという。松行 [2002]による整理を引用・租借すると、

a) 知識獲得 (knowledge acquisition):組織ないし企業が、組織内と組織外から、公式的あ

るいは非公式的方法により、新しい知識を獲得する。具体的には、顧客調査、研究開発、

業績評価、競争企業の製品分析などの企業行動を通じて、新しい知識を獲得することな

どである。

b) 情報流通 (Information distribution):獲得した知識を情報として、組織内で共有するた

め、流通・配布する。

c) 情報解釈 (Information interpretation):得られた知識に、新しい意味が付与され、組織

内で認識・理解され共有化される。その解釈が多様である場合は、他の部門が所持する

多様な解釈までも理解することで組織学習は促進される。

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d ) 組織記憶 (Organization memory):得られた知識を組織内に蓄積する。その保持は、情

報流通、解釈、情報蓄積の規範・方法などによって影響を受ける。

(松行 [2002]、103 頁 )

この Huber[1991]のモデルに対し、組織内での「規範への認識」がどのように学習に関

与してくるかについて着目した「学習」の概念として、Argyris[1987]の「シングルルー

プ学習」「ダブルループ学習」という概念が知られている。

a ) シングルループ学習 (single-loop learning)とは、既存の組織の規範によって設定され

る範囲内において、組織の業績を維持するために、規範からのずれを見つけ修正し

ていく学習をいい、

b ) ダブルループ学習 (double-loop learning)とは、そのずれを訂正する際に、有効な業績

を規定する組織の規範そのものまでも変更し、新しい規範、新しい価値観、新しい

世界観などを再設定するような学習のことをいう。

吉田孟史 [2004]は、以下のようにこの概念を分かりやすく図示している。

図表 2-24 シングルループ学習とダブルループ学習

(吉田孟史、2004、144 頁)

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シングルループ学習とダブルループ学習という 2 種類の学習においては、どちらか一

方のみを行うのではなく、両者をバランスよく組み合わせていくことが重要であるとさ

れる。

プロフェッショナルな人材は、シングルループに陥りやすいが、シングルループ学習

への偏重は、防衛的思考と破滅的循環に陥る危険性がある、と Argyris[1991]は指摘して

いる (Argyris[1991]、115 頁 )。また Arthur[1994]によれば、シングルループ学習の偏重は、

産業クラスターでのイノベーションが阻止されるロックイン現象を起こすともいう。す

なわち、シングルループ学習とダブルループ学習の両者をバランスよく行うことが、組

織の発展には必要であるとされている。

(2) 組織間の学習

Argyris[1987]の学習理論は、学習を学習主体である組織だけの問題として考えるので

はなく、外部との相互交流という側面があることを指摘している。これは、組織の学習

から組織間の学習への展開を示唆するものである。

吉田孟史 [1991]は、組織間学習には5つのタイプがあるといい、次のように説明して

いる (吉田孟史 [1991]、47-57 頁 )。

a) タイプⅠ学習:他の組織から情報収集や知識獲得を行い、組織内で情報の意味付け・

解釈を行い、その知識を利用して諸資源を生み出すもの。

b) タイプⅡ学習:学習対象とする他の組織の資源や行動を模倣し、資源を生み出す知識

体系、その体系を生み出す解釈枠組、意味体系などを学習し、組織としての独自な知識

体系の形成を行う。

c) タイプⅢ学習 (組織間の相互学習 ):タイプⅠやタイプⅡの学習を起点とするが、模倣

や導入といった一方向的な学習で終わるのではなく、共同研究開発などのように、組織

間で相互連鎖的で共同的な学習活動に発展させる。

d) タイプⅣ (プロセス補完学習 ):学習プロセスの各段階を補完・補充するためにおこな

う学習。

e) タイプⅤ学習 (学習の場の学習 ):組織間関係を形成・維持した経験およびそれに付随

する種々の知識を獲得し、組織内に蓄積するもので、学習の場や学習のコンテクストの

学習。

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吉田 [1991]によれば、組織間の学習で、相手よりもいかに多くを学び、と同時に相手

にいかに学ばせないようにするか、といった問題意識は限定された条件下でのものであ

り、相手にもより多くを学ばせ、個の知識と同時に総体としての知識の量や質を急速に

増加させることを主たる目的としている、あるいはそのような組織間関係においてのみ、

上記のすべての学習が進展していく、としている。

(3) 学習と組織の特性

一方、組織間学習の主体である組織の特質について、Weick[1982]は、堅さと柔らかさ

という概念で、2つのタイプの組織があることを指摘している。

「堅い組織 (tightly coupled system)」と「柔らかい組織 (loosely coupled system)」という

見方によれば、

a) 堅い組織:個人の自由度が強く制約され、一つの中心を持つ組織で、組織要素とし

ての個人の結合・分離・再結合には柔軟性に欠け、トップの指示が必要となる。

組織的統合が容易、ドラスティックな変革が可能、持続性・反復性に優れている、

速い環境変化や構造的変革に組織全体で対応できる、という利点を持つが、微細な

環境変化に敏感に反応するのが難しい、組織の個々の要素が自律的に変化に対応す

ることができない、環境がたえず変化し目標や因果律があいまいな状況下では有効

に対応できない、といった点が不利となる。

b) 柔らかい組織:組織の要素としての個人の行動自由度が大きく、中心が多数有る構

造。要素間の結合・分離・再結合が柔軟で要素の創発性に基づく、要素間の統合が

難しい、ドラスティックな変革が難しい、持続性・継続性が欠如といったもので、

環境が緩やかに変化しているときに有効、敏感な感応機構をもつ、局在化された適

応が可能 調整が容易といった利点があるが、速いスピードで大きな方向転換・変

革をしにくいなどが不利となる。

この 2 種類の組織特性の区別は、組織の分化・統合をさらに詳細に考えると、分化さ

れた組織においても、各組織要素が比較的統合化に近い関係性を維持している場合と、

統合性より独立性・自律性が強く働いている場合があること、また統合化された組織に

おいても、他の組織との関係性において、同様な 2 つの状態があることを示唆している。

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(4) 組織間の関係性

国際的な合弁企業における、組織間の学習関係に注目した論者として Hamel[1991]が

知られる。Hamel[1991]は、連携企業からの学習で自社の競争力を強化するということ

の重要性を述べている (Hamel[1991]、83-103 頁 )。特に Hamel[1991]は、競争力や価値創

造能力を、海外パートナーとの「非対称的」な関係の中で学習することの重要性を述べ

ている。

ある意味で組織間学習の典型的な例としてのグローバルな合弁企業において、効果的

な組織間学習の条件としては、一方で、経営資源、組織文化・戦略・戦術などの適合性

といった側面から提携企業間のある程度の相似性が重要である (Doz[1988], Brouthers &

Wilkinson[1995])という指摘もあるが、他方、提携企業間にある種の非対称性が学習の継

続と有効性をもたらすという、提携企業間学習の非均衡性・非対称性の重要性を指摘す

る説 (Inkpen[1995], 高井 [2001])もある。

高井 [2001]は、2 つの親企業を有するジョイント企業の学習過程については、これら 3

者の相互関係を見るトライアングル・アプローチをすることが重要であり、特に東レと

デュポン社のジョイント・ベンチャー設立事例の解析を通じて、2 つの親企業の関係に

着目すると、ある種の非対称性の存在が、組織間学習の見地からは極めて重要であるこ

とを指摘している。特に合弁企業における組織間学習の分析を行う場合に、高井の提示

したトライアングル・アプローチは、各組織間の均衡や相互関係を整理するのに有用と

考えられ、本研究では、特に事例 1 の海外での合弁企業 PIRI の分析に、この分析枠組を

利用するものとする。

図表 2-25 に、高井 [2001]の分析フレームを示す。図中、中心におかれている合弁企業

(JV)に対し、関係している親企業 A や親企業 B が、御互いがどのような相対的関係にあ

るのか、その関係性の中で意図していることは何なのか、といった分析項目に沿い、互

いの意図がコンフリクトせずに、相互に達成し合える性質のものになっていること、す

なわち、学習というものに関していえば、学習される側と学習する側の学習に対する相

互の了解がとれることが、円滑な学習への要件となるのである。

Hamel[1991]や高井 [2001]の指摘している問題は、「知」と「組織」の関係性において、

組織の内部環境的にも、また外部環境的にも、「知」の学習と創造が有効となるためには

満たさねばならないいくつかの要件がある、ということである。

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Page 61: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

図表 2-25 JV を捉えるフレームワーク

(高井、1999、45 頁)

3 「知」と「組織」の共進化経営

以上、国際経営学において、内部化理論に代表されるようなコスト中心の経営論の流

れと、知識経営論以降の学習理論を中心とした流れを記述してきた。

コスト中心の経営論においても、近年は、経営資源の中で重要な位置をしめるものと

しての「知」の重要性が認識され、また一方で、組織は、市場の成長や進化に伴い、他

の組織との関係やこれとの関係において自己を進化させていくものであることも認識さ

れている。組織の進化において、「知」の果たす役割を強く認識したのが知識経営論であ

るが、特にここでは、「知」の学習という観点から、組織内での規範に関する維持性や非

維持性(シングルループ学習とダブルループ学習)、組織の特性(ルースな、あるいはタ

イトな)や外部環境としての組織間の関係性など様々な視点から、「知」の学習や創造と

「組織」そのものの特性や成長、外部環境など、様々な因子との相互関係が論じられて

きた。

こうした動態的視点から前節にて述べた「知」と「組織」の相互関係を振り返って考

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えてみると、「知」と「組織」は、互いに静的な相互関係のみではなく、その進化の過程

において相互作用するという点、すなわち相互の進化そのものに深く関与し、互いの進

化そのものが相関し、共鳴ないし助長しあうものとして、両者の関係を捉えていくこと

が重要であることに気付くのである。こうした両者の動的相互関係性を、本研究では、

「知」と「組織」の共進化過程として捉え、その特質・要件・課題を研究するものとす

る。 (図表 2-26(b)参照 )

本論文では、「『知』と『組織』の共進化に基づく両者の経営」を、「『知』と『組織』

の共進化経営」と呼ぶことにする。この経営手法について分析し、知見を整理していく

ことは、今後の企業経営全体にとっても、極めて重要な意義をもつものであろう。この

ような見地から、本研究では、「知」と「組織」の相互作用・相互関係性とはどのような

ものであるのか、そしてこれら両者の相互作用の結果としての「知」と「組織」の共進

化は、事業そのものの進展や成功にどのように貢献したのか、あるいは、その共進化を

阻んだ齟齬は、事業にどのような影響を及ぼしたのか、という問題について分析を行う

ものとする。

以下、本研究の研究課題・分析手法についての詳細については、次章にて説明する。

図表 2-26 「知」と「組織」の共進化

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第 3 章 研究課題と分析方法

Ⅰ 研究課題と分析視点

本研究は、先端技術デバイス・ベンチャリングにおける「知」と「組織」の進化の過

程を両者の関係性の中において捉えることを目的とし、具体的な3つの事例分析によっ

てこの問題を考察する。

このとき特に、事業の中核的な「知」としての技術が、その要素間に複雑な相互依存

性があり容易に形式知化されない「暗黙知」中心の「知」であるのか、あるいは要素間

は比較的相互に独立分化した関係であり相互の関係性についても表現可能な「形式知」

中心の「知」であるか、という「知」の特性に注目する。また事業の主体となる組織が、

構成要員間の協調性や相互意志伝達に富む「統合的」な組織であるのか、あるいは構成

要員間では協調性より競合性が高く独立性の高い「分化的」な組織であるのか、という

「組織」の特質にも注目する。そしてこれら両者の特質についての相関性に留意しつつ、

以下のような研究課題を考えるものとする。

a) 「知」の進化を助長し促進する、「組織」とはどのようなものであるのか?

b) 逆に「知」の進化を阻み停滞させる、「組織」とはどのようなものであるのか?

c) 「知」の進化と「組織」の進化は、どのような関連性を持ちながら、事業の進展に貢

献し、その発展に寄与していくのか?

これらの課題を考えるにあたって、基本的には野中の SECI モデルによって示された

「知」の循環過程をベースに、これが「組織」や組織間関係にどのように影響を及ぼして

いるかを分析し、現実の事例から「知」と「組織」の共進化過程を分析・考察するもの

とする。

研究課題のフレームを図示すると、図表 3-1 のようなものとなる。

図において、左端には、暗黙知という個人の内部にある「知」とその外部表象化とし

ての形式知の循環により進化をとげる「知」を考えるという意味で、「個人」を中心とし

た視点、中央には統合や分化により進化をとげる「組織」の視点、右端には組織を取り

巻く外部環境としての顧客や競合などの外部組織との「タイトな関係」や「ルースな関

係」といった「組織間」の視点、と様々なレベル・階層における視点を用意し、これら

の複合的・重層的視点から、事象を観察するものとする。

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これら要素間の相互関係については、図中の矢印に示されるように、多数の相関関係

が考えられる。その相関関係のうち、どの層関係系が事業の進展や発展にとって特に重

要なものなのか、を考えていくものとする。

図表 3-1 「知」と「組織」の相互関係

Ⅱ 研究対象の選択

本研究では、研究対象として 3 つの先端技術デバイス・ベンチャリングを選び、また

この 3 つの事例が基本的には同一の通信関連大企業を母体としたものであるように対象

設定している。

先端技術デバイス・ベンチャリングを取り上げた理由は、第 1 章でも述べたように、

市場の動きが早く、プロダクト・ライフ・サイクルの比較的短い先端技術関連産業分野

においては、「知」やその学習が極めて重要であるため、「知」と「組織」の共進化を観

察するのに、適した分野であると考えたからである。

また、同一の大企業を母体としたベンチャリングの比較としたのは、開発や事業の環

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境条件の際を極力小さなものとして設定することにより、事業で扱う技術内容とその特

質が、「組織」との関係性において果たす役割を抽出しやすくするためである。

ここで更に、何故、ベンチャリングの母体企業として、日本の通信系大手企業である

日本電信電話株式会社 (以下 NTT と略す )を選んだのか、という点についても触れておき

たい。

先端技術によるデバイス (ハードウェア )の開発と事業化は、一般に、極めて多くの開

発期間、開発投資、製造設備投資などを必要とし、しかもこうした初期投資の回収には

比較的時間がかかるのも通例である。これは、同じ先端技術であっても、ソフトウェア

の開発・事業化とは異なる点であり、この問題が、日本において、この分野のベンチャ

リングを少なくしている理由のひとつである。実際、近年の日本でのベンチャー創業お

よび IPO 化での業種・産業分野別の比較では、明らかにソフトウェア系ないしサービス

系の比率が高く、ハードウェア系のベンチャー事例は少ないのが現状である。

初期投資が大きく、その回収時間が長いということは、投資の回収効率を気にするベ

ンチャー・キャピタリスト (VC)にも投資を敬遠されがちにしてしまい、しかももともと

の開発リスクの大きさから、先端技術によるデバイスを事業対象とした純粋はスピンア

ウト型の独立ベンチャリングは、日本の土壌では成功例そのものが少ない。従って、「知」

と「組織」の共進化を観察するには適した対象であっても、そもそも成功例の少ないベ

ンチャーを取り上げるのでは、事象の偶然性や個別性に左右されやすく、分析の普遍性

を確保するのが難しくなることが予想される。

そこで、完全なスピンアウト型ベンチャーではないが、大企業に支援されたものとし

ての企業内ベンチャーや企業内プロジェクトの形態に近いベンチャリングを積極的に分

析対象としていくことで、ベンチャーそのものの不確実性や偶然性・個別性の因子を緩

和し、少しでも共通因子の抽出がしやすいようにできるものと考えた。この場合、親企

業の影響が入りこむものとなるが、逆にこれはベンチャリング主体だけではない大企業

も含めた学習過程の事例となり、「知」と「組織」の相関を分析するには、むしろより普

遍的なものが顕在化する可能性がある。

以上の理由から、本研究においては、NTT を母体とする、産業分野やバリューチェー

ンでの位置付けの類似した3つの事例を取り上げ、この比較分析を行うこととした。

しかし、3 つのベンチャリング事例を規定するものとしての親企業 NTT の持つ個別事

情については、逆に本研究での3つの事例すべてを律則するため、事例ごとに、詳細に

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考察するものとする。

図表 3-2 には、大企業とベンチャーの距離(支配と支援)の違いによるベンチャリン

グのケース分けを概念的に示したが、このような距離の違いが、「知」の学習過程にどの

ような影響を及ぼすのか、それは「組織」の具体的なありようとどう関わってくるのか、

注意深く考察していくことが必要であると考える。

図表 3-2 大企業とベンチャー

図表 3-3 に具体的な分析対象とする 3 つの事例の特徴をまとめた。

各事例における着目点として、技術応用の汎用性、技術基盤の共通性、事業主体とな

った組織の形態・特徴、対象市場の特徴(特に成長位相)、外部環境の変化などである。

これらの諸点における各事例の差異に着目することで、各事例における「知」と「組織」

の共進化過程にどのような違いが生じるのか、あるいはそれは事業そのものの進展にど

のような影響を及ぼすのかを考察する。なぜこのような比較項目を特に選択したのかと

いう点については、技術応用の汎用性や技術基盤の共通性が「知」の分化や統合に強い

相関を持っている点、市場の特徴や外部環境の変化も、「組織」や「知」の進化の位相や

過程に大きな相関を持っているからである。このあたりの詳細な説明は、第 7 章にて記

述する。

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図表 3-3 研究対象とする事例比較

Ⅲ 分析枠組と方法論

本研究では、後述するように 3 つの事例について分析を行う。

分析は、大きく分けて、ミクロスコピックな分析と、マクロスコピックな分析、そし

て時間軸による分析の 3 種による。

a) ミクロ分析 (内部環境分析 ):

ミクロスコピックな分析では、対象企業の内部環境としての、中核技術の特質、そし

て事業主体である組織の特質、およびこれらの相関関係に着目して分析を行う。この場

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合、「知」としての技術の内容と変化、そしてこれとの関係性において、組織内学習がど

のように行われたのか、がひとつの着目点となる。

b) マクロ分析 (外部環境分析 ):

マクロスコピックな分析では、事業主体である企業について、その外部環境との関係

性において、どのような関係性があったかに着目して分析を行う。

外部環境には、合弁企業の場合は、親企業 (単数ないし複数 )、競合企業、市場、およ

びこれらを包含する社会環境全般がある。これらを、対象ごとに、その関係性と関係性

の変化にも留意し、その内部環境との因果関係を分析する。

特に、後述するように、本研究での事例 1 の場合は、国内大企業 2 社、外国組織との

合弁ベンチャーが分析対象であるため、これらの親企業との関係性の分析が、非常に重

要である。特に、その関係性の中でも、「知」に関する組織間学習がどのように行われた

のか、またそのことと関連してベンチャー企業は親企業からの支援をどのように獲得し

ていったのか、こうしたことと他の因子との関係はどうであったのか、などが主な着目

点となる。

c) 時間軸分析(ミクロ分析とマクロ分析の総合化 ):

前記、ミクロスコピックな分析とマクロスコピックな分析を踏まえて、これらが相互

にどのような関係にあったのかを 後に総合的に分析・考察する。この場合、外部環境、

内部環境相互の関係性が、更に事業との関係の中でどのように時間的に変化していった

のかが重要である。こうした相対関係の動態的観察に基づき、「知」と「組織」の共進化

がどのように起こるのか、またその共進化は事業の進展とはどのように関係しているの

か、逆に共進化しない場合にそれは事業の進展にはどうのうな影響として現れるのか、

といった課題について事業の時間軸にそった考察・整理していくものとする。具体的に

は、事業の成長の時期を、一般に行われているようにおおまかに、創生期、成長期、成

熟期、衰退期と分け、前半の創生期・成長期に関するもの、後半の成熟期・衰退期に関

するもの、の2種について分析を行うものとする。但し、この事業成長位相の分類は、

あくまで便宜上のもので、実際の事業はかならずしもこの分類に正確にそった進展をし

ないことは理解したうえでのものである。

一般論としての製品ないし事業のライフとその成長の位相については、次のようなラ

イフサイクル・モデルがよく引き合いにだされる。

即ち、製品ないし事業のライフは、大別して

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a) 創生期:製品ないし事業の立ち上げ時期で、事業収益はまだ上がらない。

製品完成および市場開拓が主であり、初期投資が費やされる。技術や仕事の内容は

かなり個々人の属人的なものに依存しており、一方で事業を切り盛りするチームの

団結と情報共有が重要であり、各人は柔軟に様々な仕事をこなしていく必要もある。

b) 成長期:製品が売れ出し、市場が広がり始める。これに伴い、事業体も、製品供給と

販売に適した組織的な完成度が求められ、また量産化に向かう準備も必要となる。仕

事の分業化やこれに伴う組織再構築が必要となり、また技術はより専門化していく。

c) 成熟期:製品は市場に普及し、逆に競合他社が参入してくる。競合への差別化や大き

くなった組織を支える財務政策、統率力のある組織管理も必要となってくる。各人は

分業化の中で効率を追求するが、全体的な統合性がややもすると失われる。競争に勝

つための他企業との連携も必要となり、時には文化や背景の異なる企業と手を組む必

要もでてくる。

d) 衰退期:市場での競争が激しくなり、一般的には低価格化競争などへ向かいがちであ

る。技術は誰にでも理解できるようにして量産化を進める。競合の数は多く、勝ち残

っていくために現状の発想を一度断ち切り、新製品の開拓や事業の見直しを考えてい

くことが迫られる。

こうしたライフサイクルの位相は、あくまで一般論的なものであるが、大まかには、

多くの事例に当てはまる場合が多いので、ここでも便宜的にこの分類を採用する。

図表 3-4 に、事業の成長位相の概念図を示す。

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図表 3-4 事業の成長位相

本研究での分析手法の種類と内容について、図表 3-5 に整理する。

図表 3-5 分析手法

後に、本研究のフレームワークを図表 3-6 にまとめる。

以上説明した 3 つの事例について、各々3 つの視点からの分析をマトリクス的に行い、

これらの比較の中から、「知」と「組織」の共進化の過程を抽出し、共進化の条件と課題

について考察を行うものとする。対応する本論文での章立てについても、図中に示す。

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図表 3-6 本研究のフレームワーク

(a) 分析視点

(b) 全体構成

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第4章 事例研究Ⅰ:波長多重化用光素子開発と事業化

本章では、第一の分析事例として、光通信用波長多重用光素子の開発とその事業化を

とりあげる。

今日の光通信システムにおいて、各家庭や事務所などの端末から発信された信号は、

広域の地域や国単位で束ねられ、大容量の基幹系信号網を伝って遠距離に運ばれ、その

後、再び端末ごとの信号として分配されて伝えられる。この信号の多重化と分配には、

大分して、時分割多重 (TDM) 方式と波長分割多重(WDM)方式の 2 種があり、前者は

高速電子デバイス (トランジスタ、 IC)を用いた信号パルスの高速化を技術的基礎として

おり、後者は光受動素子 (合波器、分波器 )による波長の異なる信号光の合成・分解を技

術的基礎としている。そこで信号の送受信部分に用いられるトランスポンダには、電子

回路型の多重・分割モジュールと、光学素子による多重・分割モジュールの 2 種がある。

本章で取り上げるのは、この光素子部品を基礎とした波長分割多重技術に関する事業事

例である。 (電子部品を基礎とした時分割多重技術に関する開発とその事業化について、

次章にて取り上げる。 )

波長多重用光素子技術は、その技術としての特徴として、材料・加工・設計・アセン

ブリ・測定・システムなど比較的多くの要素技術が、互いに密接に関係ついており、こ

うした多方面の「知」のすり合わせ的な技術であることが第一の特徴として挙げられる。

更に、この技術は、ほとんど光通信に特化されたものであり、他の応用への適用はほと

んど考えられない。そのように、要素技術の構成においても、応用分野においても、極

めて特殊化された技術であることが大きな特徴である。この「知」としての特徴に対し、

これを事業化しようとした組織についても、「村人」的なローカルで協同意識の強い人々

がその主体であり、しかも、NTT という巨大組織からでたベンチャリングでありながら、

米国での独立性の高いベンチャーとして起業され、事業運営されたという点に大きな特

徴がある。また、難しかった事業運営に対して、NTT が研究面ないし資金面で支援を継

続しただけでなく、米国のマーケティング・フロントと、NTT の開発技術者たちを直接

結びつけるような極めてルースな協力関係が、各組織間にあり、このルースな協力関係

が、この事業の成功に大きく作用したものと考えられる。

このような特徴ある事例として、本章では、本事例を調査し、分析するものとする。

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Ⅰ 事例の記述

1 技術概要

現在日本を始め米国・欧州そしてアジアにおいて大容量通信技術として広く用いられ

ている、半導体レーザーと光ファイバーを用いた光通信において、いわゆる通信信号の

多重化技術としては、高速デジタル IC を用いた電気的な信号の時分割方式が、歴史的に

は中心的に実用化されてきた。これは、もともと光通信以前は電気的有線通信方式が主

流であり、従ってここでの多重化方式であるデジタル・パルス信号をベースにした時分

割多重 (Time Division Multiplex: TDM)が光通信においても主流であったためである。

通信全体の歴史においては、当初、無線通信ないし電気的有線通信方式において、ア

ナログ信号の伝送が行われ、多数の電話信号を、4kHz おきにその周波数をずらして、

合成する周波数分割多重(Frequency Division Multiplex: FDM)伝送方式などが用いられ

ていた。

しかし、より多数の信号を伝送するには、1937 年に発明され 1962 年に実用化された

デジタル通信方式のほうが優れているものであった。デジタル信号を用いた通信方式と

しては、PCM(Pulse Code Modulation:PCM、パルス符号変調 )方式が主流であり、電気信

号のパルスを高速化することで一定の時間的周期内に多数の信号を合成する時分割多重

(TDM)によって、ひとつの伝送線で多くの信号を送ることが可能になる。

しかし TDM では、その多重化率は、用いられている電子回路 (トランジスタ )の高速性

によって律則されるものとなる。トランジスタの動作速度は、基本的にはトランジスタ

のゲートの大きさ (ゲート長 )に反比例するといわれ、このためトランジスタの高速化が

大きなモチベーションとなって微細加工技術が進展した。

周知のように、半導体トランジスタの集積回路においては、回路の集積度も、基本的

にはトランジスタの大きさに反比例するため、微細加工技術進展のもう一つのモチベー

ションは、回路の高集積化でもある。

いずれにせよ、電子回路の高速化による時分割多重方式は、こうしてトランジスタ微

細化技術の進化とともに極めて急速に進められてきたのだが、逆にその高速化以上の多

重化を進めることはできなかった。微細化を主眼とした回路高速化には、当然それなり

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の限界がある。

しかし、通信の信号伝達が、電気的ケーブルに代わり光ファイバーによって実現でき

ることになると、この光の性質を利用した多重化が図れないか期待が高まったのである。

波長多重 (Wavelength Division Multiplex: WDM)方式はその典型例であるが、光信号の

波長帯域に着目して、波長ごとの信号を分離・合成することができれば、用いる波長の

数 (分解能 )だけ、多重化を行うことができるため、多重化の可能性はいっきに広がると

考えられたのである。(実際、現在までにこの波長多重化用 PLC 素子は、100 チャネル以

上のものが実現されている。 )

図表 4-1 は、通信ネットワークにおける基幹系通信の概念図であるが、各家庭や事務

所の端末から引かれた信号線は、町ごと、州 (県 )ごと、そして国ごとと次第に束ねられ、

そのたびに回線数に対応するような多重化が必要となっていくことになる。家庭端末で

は 64Kbps 程度であった信号も、大陸横断や国と国を結ぶような遠距離の伝送システム

では毎秒テラビット・レベルのものにまで束ねられていくことになる。即ちそのような

遠距離の基幹系伝送を実現するのは、時分割多重化方式と波長多重化方式を併用するな

どして、信号の多重化率を非常に大きなものとしていかねばならない。

図表 4-1 通信ネットワークにおける基幹通信網(概念図)

(NEL 社プロモーション資料)

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波長多重 (WDM)方式による、信号多重化の概念を、図表 4-2 に示す。まず入力として

はいってきた様々な電気信号を送信側で、夫々波長の異なる光信号に変換し、その多数

の光信号を束ねることで、1 本の光ファイバー内を一度に多数の信号を伝送する。そし

て、受信側では、伝送されてきた光信号を、まず波長ごとに別の光ファイバーに振り分

け、その後、各光ファイバーの光信号を電気信号に変換する。こうして、結果的に、多

数の信号線に各々の電気信号を振り分け、伝送することができる。この WDM システム

では、従って、多数の波長の光信号を合成する合成器 (多重化装置 Multiplexer: MUX)と、

1 本の光信号から波長ごとの光信号に分配する分配器 (多重分離装置 Demultiplexer:

DMUX)という2つの部品が必須である。

図表 4-2 光通信における波長多重 (WDM)方式(概念図)

(NEL 社プロモーション資料)

この MUX, DMUX として、本事例におけるハイテク・デバイス・ベンチャーが開発

したのが、PLC(Planar Light‐wave Circuit)素子であった。 (正確には、後述するように、

PLC 技術を用いて製作した AWG(Arrayed Waveguide Grid)素子が、MUX・DMUX とし

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て用いられる。 )

この PLC 技術の基本的なアイデアは、光ファイバーVAD 法の発明者として知られる

伊澤達夫博士によって生まれ、基礎的な技術開発は 1980 年代前半の NTT 研究開発部門

が行った。これはシリコン基板のうえに酸化シリコンによる光導波路を形成したもので

ある。例えば、この PLC 技術によって光干渉回路を構成し、ちょうどプリズムのように

用いることによって、合波として入力してきた1本のレーザー光を、成分光の波長ごと

に回路出口にある多数の光ファイバーに分流させる、あるいは逆に様々な波長をもつ多

数の入力信号光をひとつの出力ファイバー内に合流させることが可能になる (図表 4-3 参

照)。

図表 4-3 PLC 技術による MUX/DMUX 素子の原理(概念図)

(NEL 社プロモーション資料)

即ちこの技術により、レーザー光の波長による合成・分解が可能となり、多数の光信

号を束ねたり分けたりといったことを用いて、個々の端末からの伝送信号を、地域ごと

に束ね、基幹網を通じて遠隔地に送り、到着地点で再びほぐし、各個別端末へと分配す

るといった通信技術が実現できるのである。

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図表 4-3 は、完成された PLC 素子の機能を説明する概念図であるが、この PLC 素子を

実現するためには、平面基板上に、石英の光導波路を形成する技術が必要となる。この

技術は、光ファイバーの製法として発明された VAD 法をヒントに考案された。当初、

CVD 法によってガラス板上に光導波路を形成しようとしたがうまくいかず、伊澤博士の

発明した光ファイバー製作法 VAD 法にヒントを得て、火炎堆積法 (FHD)という手法で、

ガラスの微粒子を火炎とともにバーナーから吹きつけ、石英ガラス基板上に光導波路の

もととなるコア層を形成 (図表 4-4 参照 )したのが、開発の糸口となったという。

図表 4-4 PLC 素子用基板の製法

(NEL 社プロモーション資料)

これを光導波路にするには、形成した層を、半導体集積回路と同じ写真製版技術によ

ってパタン加工し、平面型の回路構造としなくてはならない。従って、PLC の形成には、

ガラスの材料技術、層形成技術のほか、パタン化加工技術など様々な製作技術が必要と

なる。図表 4-5 にその加工法の概要を示す。この加工技術としては、基本的には、半導

体集積回路製作で用いられているドライエッチング技術やフォトリソグラフィー技術な

どを用いるが、しかし、エッチング対象物に依存したエッチングレイトの違いや、具体

的なエッチング量、またやや専門的であるが縦方向エッチングと横方向エッチングの比

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率など、この場合に固有の加工手法・加工技術の確立が必要であった。またこの加工精

度が、光素子としての特性にどのように影響するかなど、技術は多方面にわたって相関

が強く、これらの多面的な技術をすり合わせて全体の条件を出していく必要があった。

図表 4-5 PLC 素子の加工と製作

(勝見、2001、86 頁)

前述したように実際の PLC の性能は、加工されたパタンの大きさ・位置関係のほか、

加工断面の形状、材料の温度依存性など多くのパラメータによって決まる。しかも、性

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能自体についても、損失や干渉、強度分布、波長依存性など多くのパラメータがあり、

こうしたものの実現値が、上記材料特性、パタン設計、加工精度などに依存して決まる

ほか、その設計目標は、応用されるシステムの設計法に大きく依存している。

このように、PLC 素子の実現には、石英の材料技術、また基板上に光導波路回路を形

成する加工技術、また光干渉回路の設計シミュレーション技術、設計技術、そして性能

測定技術、素子の部品モジュールとしてのアセンブリ技術、また使用されるシステムへ

の適合性による詳細な素子設計仕様など、実に様々な領域の知識が必要となる。更には、

これらの分野の異なる知識が、いわゆるすりあわせ的に調整コントロールされることに

よってはじめて素子として実現されるというところに、この技術の技術的特徴があると

いえる。

図表 4-6 には、こうした PLC 技術の特徴を模式的に示した。

図表 4-6 PLC 技術における「すり合わせ」性

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2 開発経緯と事業化の背景

PLC 技術は、1970 年代前半に基礎研究所で伊澤博士が手がけたエレクトロ舞具レーシ

ョン法による光集積回路の基礎研究を素地として、1978 年ごろ伊澤博士の着想に始まり、

1981 年に、これを引き継いだ茨城研究所の枝広隆夫博士、河内正夫博士、安光保博士等

を中心に開発が進められたといわれている。

1985 年当時、PLC の技術的骨格はできていたが、製品化には到達していなかった。と

いうより、従来基礎技術の開発だけに専念し、商用化は民間企業に委託してきた NTT 研

究所にとって、製品化の具体的イメージそのものが鮮明にはもてなかったのも一方にお

いて事実である。NTT の研究所としては、ある程度基礎技術として確立されたこの PLC

技術を、是非とも実用化し日本ないし世界の通信システムを光多重という新しい方向に

向かわせ、NTT のプレゼンスを高め競争優位性を確保したいと考えていた。そこで PLC

技術を実用化・商用化するための特別プロジェクトとして、ベンチャリングの話が浮上

したのである。

周知のように、NTT はもともと日本の電話事業として国家主導で 1890 年に開始され

た官営事業に端を発し、 1952 年に半官半民の日本電信電話公社として出発し、やがて

1985 年に民間企業として再出発し 1987 年に株式上場した、日本でも有数の巨大企業で

ある。民営化直後は、従業員 31 万人、総資産 10 兆円、資本金 7800 億円という規模であ

った。

この 1985 年の民営化を契機に、NTT は新たな事業展開への道を模索し始めた。「国際

化と新規事業開発」という新しい事業方針は、同社が持っていた当時の弱みからの脱却

を図るための施策であったといえる。民営化するまで、NTT は開発した部品技術につい

ては、製造部門をもたないため、民間の製造会社に技術移転して製造を委託し、出来上

がった製品を自社システムに購入するという形態をとっていた。しかしこのような構造

では製造のノウハウは自社ではなく製造会社に蓄積され、逆に製造に適した現実的な技

術開発の指針を得ることが次第に困難になる、という問題を抱えていた。このため民営

化によって産業界への指導性立場から一転して競合関係に入ると、NTT は従前の構造か

らの脱却を図るため、あらたな製造チャネルの開拓に乗り出すこととなった。自社から

のベンチャー創出はそのような方向性からいわば必然的に求められたものと考えられる。

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図表 4-7 NTT の新規事業選択肢

図表 4-7 に、NTT のとりうる新規事業創出の組織的な選択肢をまとめた。図中で、ベ

ンチャリングの組織は、独立・自律性の強さという縦軸と、多様性という横軸で整理し

てある。独立性は、単なる技術移転やライセンス供与のようなものから、共同開発、そ

して自身によるベンチャリングとなるに従って、強いものとなる。一方、多様性につい

ては、自社や自社のグループ企業の枠組に閉じたものから、外部の企業、特に外国企業

との連携や合併によって、徐々に強まっていく。

具体的なベンチャーの創出にあたり、この表で示されるような、海外企業との合弁な

どは、NTT のような保守的体質を抱えた大企業にとっては、通常はとりにくい選択肢で

ある。しかし、この 1980 年代中期には、NTT の中には、極めて挑戦的な新規事業展開、

海外進出を志向する素地が形成されつつあった。実は 1985 年の民営化の 5 年ほど前に、

不祥事が発覚したことから、同企業の歴史には珍しく他の民間企業(石川島播磨重工業)

から 高経営責任者、真藤恒氏が抜擢され、民営化の前段階から、民間からの経営手法

を持ち込んだ新指導者のもとで、企業改革が始められていた。

民営化 NTT の初代社長となった真藤恒氏は、九州大学工学部卒業後、播磨造船所に入

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社し、その後、昭和 35 年の播磨造船所と石川島重工業との合併以降、同社の社長になっ

た。長年にわたり、民間企業の経営者として手腕を発揮した真藤氏は、公営企業として

のカルチャーに染まった NTT の建て直しに辣腕を振るった。

「顧客重視」「経営の効率化」「社員の働き甲斐」といったポリシーを打ち出した新体

制のもとで、旧来の保守的な企業風土・企業文化を打ち破るため、起業家精神に富んだ

新規事業の提案と開拓は、同時に余剰従業員の削減、従業員の意識改革と労働生産性向

上、技術革新によるインフラ管理中心の旧来のビジネス・モデルからの脱却、新たな資

金源確保を図るうえでも、極めて重要な方針とされた。

従来市場の競争原理のもとでの熾烈な企業活動も経験してこなかった同社にとって、

新規事業の開拓にあたっては、当面は外部の知識吸収に依存せざるを得ない、との認識

から、新規事業開拓における外部企業との合弁化も促進された。こうしたことから、NTT

の本社経営企画本部内には、新規事業開発室が設置され、新規事業全体の企画・戦略立

案・アイデア探索・他企業との連携模索など多くの新規事業設立業務を担当することと

なった。実際 1980 年代後半には、実際に NTT の歴史始まって以来の多くの合弁会社設

立と新規事業着手がおこなわれた。1993 年 3 月末に、子会社は 139 社、関連会社は 81

社、合計 220 社が新規事業開拓を目差し、総従業員 3 万 5 千人(内出向者 2 万 5 千人)

総売上げ 1.6 兆円、利益額 400 億円に到達する状況となっていたという。これは、当時

の NTT 本体の従業員 23 万人、売上げ 5.9 兆円、利益額 2500 億円に比較しても、かなり

大きな比重といえる。

当時の具体的な合併形式の新規事業会社としては、大手商社・千代田化工建設・東洋

エンジニアリングなどとの合併でつくった NTT インターナショナル、日本 IBM との合

併でつくった日本情報通信株式会社(通称 NI+C)、広告代理店の国連社・日本無線・伊

藤忠商事と合併してつくった NTT テレマーケティングなどが知られる。

こうした NTT の新規事業推進施策に加えて、1980 年代の中期は、日米間にあった半

導体摩擦により、米国から日本への市場開放圧力、規制緩和圧力が一段と強まったとい

う国際環境があり、こうしたことが NTT に米国企業との連携を志向する環境素地を作っ

た。

NTT 研究所での PLC 技術開発のベンチャリングは、まさにこのような NTT 社内外の

状況の中で進行した。

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3 事業化と事業運営

ベンチャーの創業者となった NTT 研究所の宮下忠氏は、本来ビジネスなどとは無縁の

学者肌の研究者として、長年研究生活を送ってきた。北海道大学理学部で大学院まで進

み物理学を専攻していた学生時代、宮下氏は純粋科学の世界に魅せられていたという。

25 歳の年に、NTT(当時の日本電信電話公社)に入社後も、自ら、華々しい東京の地に

ある研究所ではなく、茨城にある地方研究所で地味な一研究者としての学究的な人生を

歩みたい、と志されたとのことである。しかし 20 代の後半から手を染めることになった

光ファイバーの研究が、結果的には、宮下氏をビジネスの世界へと引き込むことになっ

た。ベンチャー設立の 1980 年代半ばに、宮下氏は 40 代はじめの研究室長として、PLC

開発の陣頭指揮に当たっていた。そして、この技術の開花のためには、どうしても先端

市場であるアメリカの地で、製品として完成させたいという思い、また従来のように日

本の既存メーカーに製品化の主導権を渡してしまうのではなく、自らの手で事業化し世

の中へ送り出したいという、強い信念を持つようになっていたという。こうして宮下氏

は、40 代以降の自分の人生を、この技術の製品化に捧げることを決意し、そして、「ど

うせやるなら」と、異国アメリカに地に家族ともども移住し、その地に骨を埋める覚悟

で渡米することになる。

宮下氏自身は特に米国にあこがれていたわけでもなく、また英語が得意であったわけ

でもなかった。宮下氏は、当初は、レストランに入ってもウェートレスの言葉さえ聞き

取れず、食事もままならない状況であったという (勝見 [2001]、 頁 )。しかし、以下の

ような気持ちから、手がけた PLC 技術の事業化をなんとしても米国で遂げるべく、新天

地での新たな人生にかけてみる気になったのだという。

「実用化まで時間がかかるとしても、先に火がつくのは米国だろう。それに、米国に

は新しいものにすぐ食いつき、それがよければ、無名のベンチャー企業のものでも評価

する風土がある。まわりに対しては、この論理で押し通しました。ただ、正直なところ、

自分たちにその確証があったわけではありません。むしろ、オレたちの会社をつくろう、

それなら日本から離れたほうが自由にできるのではないかという思いのほうが、強かっ

たかもしれません。」(勝見 [2001]、116 頁)

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研究者として地味な学究生活を送ってきた人が、このように地理的にも業態的にも全

く未知の世界に退路をたって、足を踏み入れるということ、それは他人が話として聞い

たり、語ったりするほど容易なものではなく、一人の人間としての大変重い決意と覚悟

があったと推測できる。このような一人の人間としての「起業家」の存在こそが、ベン

チャー事業の基本的な原動力であることは、まず確認しておきたい。

本来、研究畑の人間ばかりであった NTT の研究所内に、たまたまこのような「起業家」

を生み出したことをベースとして、ベンチャー事業創出の話が進展した。

NTT は、日本の総合商社三菱商事の仲介によって、米国の研究投資機関バテルを巻き

込み、3社の共同投資によるジョイント・ベンチャーとして、1987 年に米国のオハイオ

州に PIRI を設立した。ジョイント・ベンチャーでは、NTT が開発してきた通信用部品

基盤技術について、通信以外への応用製品も含め、技術開発、製品開発、製造、販売を

行うものとした。図表 4-8 に、PIRI 設立にあたって協力した各社の協力内容をまとめた。

図表 4-8 合弁事業の構成

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資本金は約 10 億円で、出資比率は NTT、49%、バテル、10%、三菱商事、41%で

あった。この出資比率を見ると、開発元である NTT の影響力を維持しながら、しかし

50%以下とすることで NTT の決定的な支配や影響を免れるものとなっている。この背景

には、通信系以外への展開の可能性を考慮したということ、NTT と競合他社とのクロス

ライセンス契約の条項から逃れる意味合いもあったといわれるが、ベンチャーにおける

親会社の支援と支配という 2 面性を考える上でも、微妙なバランスを実現したものと考

えられる。

ちなみに、この当時の NTT の新規事業開拓にあたっての出資比率に関する考え方によ

れば、NTT100%出資は特別なケースであり、むしろ原則として他企業との合併を奨励し

ていた。具体的には、商法上の関連会社などの区分をベースとして、次のように整理し

ている (関口 [1988]、109-126 頁 )。

100% :ノウハウ流出防止の必要がある場合、

NTT 財産だけを基準にして設立する場合

50%超: 終的に NTT が責任を負う必要がある場合

1/3 超:特別決議阻止能力保有の必要がある場合

30%以下:共済組合包摂の必要がある場合

25%以上:

10%以下:営業、取引面での出資の場合

この原則を参考に、しかし実際の出資については、新規事業の性格、戦略性、パート

ナーの経営資源や態度などによってケース・バイ・ケースで判断していたという。

PIRI の場合は、上記では、 終的に NTT が責任を負う必要はない、という場合にあ

たるが、事実上、後述するように NTT は PIRI に対して、義務というよりは深い期待に

よって、支援を続けていくのである。

PIRI の実際の事業運営については、当初 3 年間はほとんど売り上げがたたなかったと

されている。結局、PIRI の経営が、単年度黒字になるのは開業 7 年目であり、その黒字

の実態も実際には NTT からの支援による研究試作による収益を含んでのものであった

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という。

この企業収益の低迷原因は、なんといっても、製品そのものが完成しなかったことに

ある。まず、第一に、当初予測していた自動車や飛行機などへの応用という市場が、実

際に米国でのマーケティング活動を続ける中で、実際にはまだほとんど存在していない

ことがわかってきた。

当初、ボーイング社が、航空機内に搭載された銅配線をすべて軽量で電磁作用のない

光ファイバーに置き換えるという計画の中で、独特の仕様の PLC 素子を注文してくれる

という例はあったという。しかし、こうした需要は、PLC 技術を事業として支え展開し

ていくには十分なものではありえなかった。

光通信そのものは当時の状況としてあくまでも夢物語で実際の需要や市場はなかった

ことから、当面の PLC 応用市場として、こうした航空機や自動車への応用が NTT 研究

所内で考えられたものであったが、一番の潜在市場として予測した米国でのマーケティ

ングを重ねるうちに、むしろ事業化を支えるほどの市場性のないことがわかってきたの

である。

そこで、方針を転換して、まだ現実感のない光通信への技術研究の分野から、将来技

術の研究という切り口で試作品ビジネスとして参入をはかろうとしたのだが、ここで明

らかになってきたのは、顧客側は、PIRI の提供する技術では受け入れがたいという事実

であった。一番の問題は、PLC のアセンブリであり、この部分の重要性については NTT

研究所ではほとんど意識していなかったが、PIRI の地道なマーケティングにより、顧客

に受け入れてもらうためには、アセンブリの部分こそ重要であり、自前でアセンブリ化

したものでなければ、購入は望めないという事実であった。また、研究段階とはいって

も、製品の信頼性や歩留りといった点の保障は、通信インフラへの導入技術の検討時に

は要求されるという現実もあった。

このような顧客側の詳細な要求について、バテルから派遣されてきた米国人技術者の

果たした役割は大きいものであった。

宮下氏によると、バテルより PIRI に派遣ないしハンティングされてきた技術者として

は、マイク・マイヤー氏と、ケビン・シュミット氏、ジェイコブ・サン氏の3人がいた

が、どの技術者も人柄がよく協調性があり、日本人のチームワークによく馴染んだとい

う。マイク・マイヤー氏は、ドイツ系アメリカ人、ケビン・シュミット氏も同じくドイ

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ツ系アメリカ人でテキサス大学出身、ジェイコブ・サン氏は台湾系で、大学院のみアメ

リカのローチェスター大学をでているという。彼等は、いわゆるシリコンバレー型の転

職を重ねて際後には大金持ちになる夢を描くタイプではなく、米国のローカル文化につ

かった、会社への忠誠心が高く、同じ会社に勤務し続けることを人生観とした、しかも

基本的にはストックオプションのようなものにもあまり興味のない、極めて日本人的な

技術者であったとのことである。彼等は、PIRI で技術開発に従事し、 終的には米国で

の PLC 技術の草分け的な存在にもなるが、後述する PIRI 消滅後も極めて地味な人生を

歩んでいるらしい。

こうした米国人スタッフたちによるマーケット・フロントでの地道な活動が進み、単

に言語上の問題以上に、米国市場に精通した米国人スタッフの口から、顧客や市場の要

求が、PIRI 内で翻訳され、熟知されるようになっていった。

前述した様々な課題について、この事業が成立しなければ退路がない、といった状況

の PIRI 社員の粘りのマーケティングの中から、製品化にむけた勘所が次第に明らかにな

り、わかっていったといえる。

このように、製品そのものを出せないために PIRI の黎明期 3 年はすぎていき、続くそ

の後の4年間も NTT の研究所との連携による製品実現期間としてすぎていった。ベンチ

ャーの財務実績としては通常は倒産に追い込まれかねないこの 7 年という長い年月が、

PLC 製品の実現には現実として必要であったのである。

製品実現のための厳しい現実の中で、PIRI の開発陣だけであったなら、ほとんど成功

せずに終わっていた可能性が強い。しかし NTT の研究所は全面的な支援を惜しまなかっ

た。その理由は、ここで仮に PIRI が事業化に失敗し、PLC 技術が実用製品として世にで

て通信システムを電気通信から光通信へとかえる原動力とならなかったらならば、NTT

の研究所のプレゼンスが失墜し、更に従来のビジネス・モデルにかげりのある NTT 全体

の事業にとっても、競合他社への将来的な優位性獲得ができないことになるからである。

PLC 実用化の意味を強く意識した NTT 研究者たちは、どちらかといえば町工場的な泥臭

い仕事の連続の中で、PLC のアセンブリ技術の開発、歩留まり向上、信頼性向上などを

進めていった。この際、仕事のチームワークも、従来の組織割りとは無関係に、極めて

ルースで柔軟に目的志向型に担当者間で行われていった。

このころ、PIRI 社内部では毎朝社長を取り囲んだミーティングが行われ担当者間の意

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思疎通が促進されていたが、実際には PIRI も NTT も含めた縦横の担当者間のコミュニ

ケーションがマン・ツー・マンで図られ、ミーティングそのものの必要性がないほどで

あったという。この組織運営やコミュニケーション手法の特質は、一方で PLC という材

料開発に近い技術の特質と関係が深いとの指摘もある。即ち、PLC 開発には、素材、プ

ロセス、分析、設計、方式など様々な分野の暗黙知がオーバーラップして関わっており、

必然的に、そのような暗黙知を抱えた担当者間のルースな関係性が、開発の中心的な機

能として必要でもあったという。(注 1、注 4)

長期間の開発努力の末、 終的には NTT 研究所から簡便な PLC とファイバーとの接

合技術が開発され、課題であったアセンブリの問題が克服されていった。また開発に長

い時間がかかったとはいえ、歩留まりや信頼性も実用に耐えるものに改善されていった。

図表 4-9 PIRI 財務実績の推移

(勝見、2001、202 頁の図を一部修正)

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こうして NTT と PIRI、そして間接的ながらバテルも含めた三者の協力関係は、イン

ターネット興隆による通信容量の飛躍的増大と、これによる光通信技術のブレーク直前

に、PLC の製品化を達成する(図表 4-9 参照)。

現時点から振り返って客観的に見れば、PIRI の主力技術は、なんといっても極めて大

容量の通信に対する通信用部品として展開されてしてはじめて大きな需要が生ずるもの

であり、これは基本的にはインターネットの普及によってもたらされる通信量の飛躍的

増大があってはじめて成り立つビジネスであったと考えられる。従って、同社のベンチ

ャーとしての事業収益は、インターネット興隆のタイミングとの兼ね合いによってはじ

めて成立しえたのである。

インターネットは、当初軍用ないし大学用のネットワークとして開発されたが、1990

年に初めて商用化され、1995 年にマイクロソフト社のウィンドウズ 95 販売を大きな契

機として一般に普及し、この結果沸き起こったトラフィックの急増は劇的であり、超大

容量光通信用関連部品への高需要・市場展開が急激に生み出されていく。

PIRI 技術への需要は、同社起業9年目にあたる 1995 年にはいってはじめて米国大手

通信会社より寄せられた光通信部品としての大量納入打診を皮切りに、1996 年の世界的

な光通信需要のブレークによって急増した。PIRI の売上高は、これを契機に急上昇し、

1996 年の売上高 650 万ドルに対し 1999 年にはこれが 6200 万ドルに達した。こうして長

い潜伏期間を経た後、PIRI はその事業としての真価をようやく発揮することとなった。

4 事業の変容

長期間の開発努力の末、製品化への課題であったアセンブリの問題が克服され、歩留

まりや信頼性も実用に耐えるものに改善され、こうして PIRI は、インターネット興隆に

よる通信容量の飛躍的増大と、これによる光通信技術のブレーク直前に、PLC の製品化

を達成する。この結果、年商 50 億円以上、従業員 200 人以上の事業へと発展した。

結果的にはインターネットの予想以上の興隆と浸透によって、通信業界にはいわゆる

IT バブルが生まれ、投機的な思惑から 2000 年に向けて急激な先端部品需要が発生し、

PIRI はこの波に見事に乗ったため、2000 年には、米国企業 SDL から 18 億ドルという高

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値で企業買収されることとなる。これは資本金総額約 800 万ドルに対して、投資回収率

としては約 200 倍以上に相当するものであった。

その後、買収した米国企業からさらに別のカナダ系企業 JDS Uniphase へと転売される

ことになるが、PIRI の中核技術者達は、新しい環境の中では結局、有効にその技術を活

かせないまま、会社内部の政治的な事情も加わって退社することになる。PIRI の基本技

術は親会社である日本の NTT およびそのグループ企業 NTT エレクトロニクス社(NEL)

によって引き継がれることになるが、PIRI の基本組織は米国内では消滅してしまう憂き

目をみることになる。その背景には、M&A による米国型経営や分離独立型組織と、連

帯感と忠誠心によって続けてきた PIRI の全員参加型経営とに齟齬が生じたという側面

がある。

従って、皮肉にも、米国で培われ米国で花咲いた PIRI の PLC 技術と事業は、 終的

には日本に舞い戻り、NTT および NEL によって継承されるものとなる。これが単なる

偶然なのか、技術論・組織論的な必然性があったのかは難しいところであるが、後述す

るように、技術や事業が継承・進化するための条件という点からは、示唆に富む点が多々

あるといえる。

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Ⅱ 事例の分析

1 ミクロ分析

(1) 技術的特質

本事例において、まず中核的な「知」となった PLC を巡る技術的な特質について考察

する。

図表 4-10 は、PLC 技術の特質を、特に要素技術との関係性と、応用に対する関係性と

いう2つの側面から整理したものである。

まず、要素技術との関係性から見ると、PLC 技術では、前述したように、材料、加工、

設計、測定評価、アセンブリ、システムへの導入法といった各方面での技術や知見が、

複雑に関連付いており、各々の技術を独立して 適化することができない、という特徴

を有していた。いわゆる「すり合わせ」的な要素を強く持った技術だといえる。各要素

技術は、互いに密着しており、相互の条件を調整しながら、全体の素子開発を進めてい

かねばならなかった。

また一方、応用先としての光通信システムに関しては、波長多重という手法について

は、わずかには薄膜フィルター型の波長合成・分波器が競合技術として存在していたが、

これはチャネル数が 8 以下のときはコスト面で有利になるものの、非常に大掛かりな装

置となり、PLC を用いた小型なモジュール構成には不向きである点、また多チャンネル

にはそもそも向いていない点から、競合性は高くなかったといえる。むしろ、波長多重

方式そのものが、後述する時分割多重方式との競合関係にあり、実際のシステムでは、

どちらにより比重をかけるほうが安価で性能のよいシステムとなるか、といった比較が

なされていたのである。IT バブル直前から絶頂期に関しては、通信のトラフィックの驚

異的な増加が期待されたために、空前の PLC 需要を生んだのだが、 IT バブル崩壊後は、

この神話が崩れ、既存のシステムで十分トラフィックの需要に応えられるとの結論と、

後述するように市場そのものが高性能で高価な遠距離通信部品から、低性能で安価な近

距離通信部品へとパラダイムシフトしたことも重なり、時分割多重技術だけでも十分な

通信容量が確保できるということになり、PLC による波長多重用部品への需要はいっき

に落ち込んでしまった。

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しかし、技術そのものの特性として、波長多重方式は、システム・メーカーごとに極

めてカスタマイズされた特殊仕様で構築されるため、顧客ごとに PLC 部品への細かい設

計要求が異なり、PLC 技術は応用に対して極めて特化された互換性の限られた技術とし

ての特徴を有していた。

図表 4-10 PLC 技術の特徴

(2) 組織的特質

事業の創始者宮下氏の属人的個性や、起業した場所がたまたま(正確にはバテルから

の施設提供であったため)シリコンバレー地域ではなくオハイオ州の片田舎であったと

いう偶然も重なり、PIRI 社を支えた従業員の特性や PIRI 社の組織的特性は、協調性・

柔軟性に富み、個々人のむき出しの競争意識がでるようなものではなく、むしろ互いに

コミュニケーションを重視し、日常的に協力しあって仕事を進める、統合的な組織であ

った。そして、同時にこれは外部に対しても、例えば親企業である NTT との関係におい

ても、頻繁に NTT の技術者が PIRI を訪れ、営業担当者などと同伴して顧客訪問をした

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り、PIRI 社内で PIRI の技術者と濃密な議論を行ったりと、柔軟でルースな関係性を保

ちつつ、連携を深めていった。

このような PLC 事業における組織形態や組織行動、組織的特質は、前記のような技術

的特質とどのような相関をもっていたのであろうか?

PLC 技術がすり合わせ的な要素が強い技術であったことは、後述するように開発組織

そして事業組織が「村人」的な、比較的ルースで協調的に富んだものであったことが大

変有効に働いたと関係している。これには、日本における研究段階のみならず、起業し

た米国においても、たまたま偶然が重なり、日本と同様、ローカルな地で、ローカル・

カルチャーに染まった人々によって事業化されたという点が、更に有効に作用したと考

えられる。また、長い開発時期において、米国人の営業フロントから NTT の開発支援部

隊にいたるまで、こうしたルースな関係が維持され、適度な自律性と多様性が実現され

たことも、偶然性もあるが技術の進化にとって実に幸運なことであった。

一方、応用面での、特化された技術の特質は何を意味していたのか?

応用で特化され、顧客との詳しい個別仕様のすり合わせが必要であったことも、米国

人スタッフから日本の技術陣まで含めたルースな協調関係が非常に有効に働いた。応用

面で、互換性や共通性、汎用性があると、素子の仕様は標準化の方向に向かい、顧客と

の関係も密着した暗黙知中心の関係性よりも、より形式知中心の、書類での性能比較に

重点をおいた「乾いた」ものになる傾向がある。こうした点からも、PLC 技術の特質と、

その事業を支えた組織、組織間関係とは、実に鮮やかな適合性を見せていたと考えられ

る。組織、組織間関係の特性と、知の特性が互いにシナジーし共鳴効果を生み出してい

たものと考えられる。

このようなことから、買収後の PIRI が、買収した米国企業の中でうまく育たず、政治

的な理由もあったとのことであるが、結果的に消滅してしまったのにも、ある程度の妥

当性が感じられる。何故なら、買収した米国ないしカナダ系企業においては、企業文化

としてこうした技術的な特性や協調・連携をうまく支え活かすような組織ではなかった

と考えられるからである。そのため、組織としての求心力の低下から PIRI 時代からのキ

ーエンジニアが会社をやめてしまったり、組織としての技術開発力そのものが低下して

いったようである。勿論、買収後の米国ないしカナダ大企業内での PIRI 組織の弱体化と

消滅の原因としては、第一に IT バブルの崩壊による PLC 素子の需要の急落や企業経営

の行き詰まりといったことが大きな原因であったと考えられるが、それだけではなく、

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こうした技術と組織との齟齬という問題が陰にあったという側面についても、現時点で

の整理としては見落とせない因子であると考えられる。

この技術が、しかし、将来にわたって、同じような特質を維持し続けるか、という問

題については、必ずしも現在は解が得られない。基本的には、ほとんどの技術が普及と

成熟化とともに、共通性・汎用性を増し、標準化の方向に向かうとともに、パッケージ

化され、モジュール化していくという傾向があると考えられる。よく指摘されるような

自動車技術におけるすり合わせ性といったものに関しても、将来にわたってその特質が

維持されるという論理的な根拠はないと考える。

PLC 技術に関しては、実際に、波長多重用素子ではなく、光ファイバーを端末付近で

数本に分岐するためのスプリッター素子という応用が他方で開発された。このスプリッ

ター素子は、波長多重用素子 (AWG)とは全く異なり、性能や設計も汎用的で、定価格で

非常に大量に必要となる光部品である。従って、このスプリッター素子に関しては、波

長多重用素子 (AWG)とは完全に異なる事業組織、組織間関係が 適に働く可能性がある。

現に、この技術をもとに事業を発展させている現在の NEL 社(NTT エレクトロニクス

社)の場合、生産については中国の工場に委託したりして、技術は形式知化され、国境

を越えて伝達され、これにともない担当組織は分化し、互いに独立性の高いものとなっ

ている。

このように同じ技術であっても、その発展の位相によって、知としての特質も、また

従って 適な事業組織形態、組織間関係も変化していく可能性がある。

本研究で調査対象とした波長多重用素子の開発・事業化期間の範囲に関しては、知の

特質も事業化組織の特質も(買収後以外は)大きく変化することはなかった。しかし、

後述するようにこれはあくまで事業の創生期および成長期での事象であることは念頭に

おく必要があると考える。

2 マクロ分析

前節で述べたように、本事例の場合、技術的特質に組織的特性が非常によく整合し技

術の進化が助長された事例と考えられるが、その背景となる外部環境として、特に親企

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業との関係性などについて本節で詳細に分析する。

(1) 関連組織(親企業)との関係

前章でも述べたように、まず PIRI というベンチャーの設立そのものの NTT 側の方針

について考えると、本来 NTT がこうした場面で多くの場合取ってきた手法は、社内ベン

チャーとしての子会社設立や、既存子会社への新事業部設立、あるいは日本の他企業と

のジョイント・ベンチャー設立などである(図表 4-11 参照)。

図表 4-11 PLC 事業に対する NTT の選択

しかし、本事例では、PLC 技術の事業化にあたり、関係者はいきなり、「米国企業と

の合弁による米国での起業」という選択を行っている。これは、前章で述べた同社の置

かれていた当時の特殊事情が追い風になったものではあるが、基本的には、技術の完成

と実用化のためにもっとも先進的で開発製品の市場に近い米国での起業を重視したため

でもある。同時に、主役となった NTT 開発技術関係者の意図という面に着目すると、何

よりベンチャーらしい機動性と柔軟性・自律性を確保するのに親企業からの束縛を断ち

切りたいという創業者側の強い思い、また日本国内での起業ではいずれ従来の NTT での

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構図と同様、他企業にその製造が委ねられ製品化の主導権が奪われてしまうという危機

感が込められていた模様である。(関係者への取材:注 1~4)

図表 4-12 親企業 NTT の支援期間

また、一方で、こうした自律性を与えたにもかかわらず、親企業 NTT が、これほど手

厚く支援した、という特殊性も考慮しなくてはならない。

図表 4-12 は、他の NTT のベンチャリング事業に対する支援の継続期間を比較したも

のである。明らかに、PLC 事業の場合は、他の諸事業に比較しても長期間にわたる継続

的な支援が得られていたことが分かる。すなわち、他の事業は、大体通常のベンチャー・

キャピタル (VC)の投資と同様、約 3 年程度を目処に打ち切りないし、何らかの支援低減

へと向かっているのである。

PLC 事業のみが、非常に長期間にわたる支援を維持できた理由は、第一に PLC 事業は

成功した場合に、NTT の本業であり中核事業である通信事業全般に対する影響力・イン

パクトが非常に大きいということがある。他のベンチャリング事業では、同じ先端技術

のデバイス関連での比較とはいえ、必ずしも NTT の本業に不可欠なものとはいえない。

どちらかといえば、NTT の本来的な研究の成果物として、派生的に得られた知的資産を

有効に活用して事業化しようという色彩が濃いため、その事業が仮にうまくいかなくて

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も、NTT の本業にはあまり大きな影響はないといえる。しかし、PLC 事業の成功の可否

は、インターネットの普及などにより、ビジネス・モデルを根底から覆されつつあった

NTT にとっては、電気通信網から超大容量の光通信への転換という計り知れないインパ

クトを持つものであったのである。その意味で、この事業は、通常の先端技術デバイス・

ベンチャリングとは異なる、やや特殊な、大きなミッションと後ろ立てをもっていた事

業であったと解することができるのである。

と同時に、こうした共有ミッションの意義を常に継続して意識化し、親企業からの具

体的な支援を獲得し続けたベンチャー企業側の努力についても留意しなければならない。

ベンチャーPIRI の創始者宮下忠氏は、その素朴な人柄から、周囲の研究者・技術者に

は氏の人柄に惹かれていた人々が少なくなかったという。「宮下さんのためだったら、一

肌脱がずにはいられない」といった属人的な人気も幸いして、宮下氏は NTT 時代および

PIRI 時代も引き続き、多くの NTT 技術者との人間的交流を続けていった。特に、NTT

の研究所には、PIRI に転出した宮下氏をあくまで自分達の代表者としてあるいは自分達

のフロントとして送り出したという意識が強く、宮下氏のもので育った多くの後輩の技

術者や同僚の技術者達が、PIRI に対して強い共同体意識を持ち続けたこと、またこれを

絶やさぬように宮下氏のほうでも、何かと日常的に相談を持ちかけ、ほとんど組織の壁

なく柔軟な人間関係を構築していったことは、親企業の支援を強めるうえで極めて有効

に働いたものと考えられる。幸いにも、NTT 内での光通信関係の研究者は、その業績を

社内で高く評価され、NTT 研究所内でその後、研究所長をはじめトップマネジメントを

コントロールしていく人々の多くが、何らかの形で宮下氏と深い関係にあったことも、

政治的には極めて有効に作用したと考えられる。即ち、NTT 本社の意志はともかくとし

て、研究所の経営方針には、宮下氏の PIRI への支援が、陰に陽にと絡み付いていったも

のと考えられる。

PIRI 社の自律性確保の背景には、種々の条件が重なり合っている。

PIRI の事業運営については、創業者宮下氏は、バテルの協力を得て米国人の技術者、

マーケター、財務担当者を雇い入れ、日本の子会社的なスタイルではなく米国独立企業

のスタイルでの経営に努めた。こうした点にも親企業からの支配を逃れベンチャーの自

律性を確保したいという創業者の思いは活かされていたと考えられる。中核となる技術

者については、バテル、NTT の両者から 3 名ずつ派遣されたが、このうちバテルからき

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たものは、創業者の意向も汲んでバテルを退職し退路を立つ形での参加となった。もと

もと NTT の研究者であった創業者も、子供も含め米国への永住を決意して渡米した。即

ち基本的には NTT への退路を絶ち完全に米国での自律を目指すところから、この事業は

スタートした。

幸いなことに、出資比率が 50%を割っていることもあり、現地での経営自体に日本の

NTT が介入してくることはなかった。NTT から見ればバテルや三菱商事への遠慮もあり、

これを結果的には PIRI 経営者がうまく利用できたという側面もある。物理的にも日本の

NTT からは遠い異国の地で、創業者は米国流のビジネスの吸収を行い、同時に PLC 製品

の米国での完成と販売を目指して奔走することとなる。このように、様々な条件が積み

重なり、PIRI 社の自律性が育っていった。

PIRI 社の場合、親企業との関係性に一種の非対称的関係が存在したことも、組織間学

習の成立条件としては、極めて重要である。

NTT を含め、関係した各々の組織ごとに、夫々の立場からこの事業を通じて何を学び、

何を得たのか、以下、第2章にて紹介した高井 [1999]のスキームにならって、整理して

みよう。

a) NTT は、自社によって開発した基本技術により、製品を実現し市場への普及を図る

ため、もっとも有望な米国市場での市場情報と製品化ノウハウが入手したかった。

b) 一方、PIRI の創業者から見れば、NTT からの技術的、資金的、また精神的支援を受

けながらも、米国での自律的な事業経営を行い、自社による製品化を確立したかった。

c) 共同出資した米国企業バテルおよび日本の商社三菱商事から見れば、共同出資の意

図は、米国的な経営センスから投資のリターン獲得が当然のこととして第一義であった。

このため、バテルは技術者の派遣や諸施設の提供、米国でのビジネス・ノウハウなどを

提供し、学習するものとしてではなく、学習させるものとしての役割をはたした。

各組織が、この事業を通じて、提供したもの、得たものを図表 4-14 に整理する。

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図表 4-13 事例における各社の提供物と獲得物

ところで、結果的には、PIRI は M&A によって莫大な利益、投資効果を出資者側にも

たらした。しかし PIRI の財務的な運用実績を振り返ってみるなら、単年度黒字や累積損

解消にいたるまでの期間の長さは、通常の VC (ベンチャー・キャピタリスト )が期待す

るものよりもはるかに大きなものとなっている。この間に多くのベンチャーが陥るよう

にキャッシュ不足や技術開発の頓挫による倒産にいたらなかったのは、日本の NTT によ

る継続した支援によるところが大であった。即ち、関係者の話では、赤字経営の長期化

の中で、試作品発注を中心として、増資や研究開発上の様々な支援を NTT は継続して行

い、更には精神面でも、属人的な人間関係を通して、PIRI に対して大きな支えとなって

いた模様である。NTT が何故そこまで PIRI を支援したかというと、PIRI の製品・市場

開拓によって、通信の光技術化が促進され、NTT の命運を期する通信技術イノベーショ

ンへと繋がるからである。即ち PIRI の事業ミッションは、そのまま NTT 側の基本ミッ

ションとして共有化されていたのである。開発の足が長い部品材料製品を扱い種々の困

難を乗り越えて事業を成功させることができたのは、一方で「米国企業との合弁による

米国での起業」によって、ベンチャーの自律性を確保し、他方で日本の親企業と「企業

の根幹に関わる重要なミッションを共有する」ことで、親企業の手厚い継続支援を維持

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できた、という微妙なバランス効果によるものと考えられる。そしてこの NTT の姿勢が、

初期におけるバテルからの様々な人的・知的支援を引き出し、長期的投資には必ずしも

積極的でなかったバテルを引きとめ続ける原動力にもなったのである。

結果的には、インターネットの予想以上の興隆と浸透によって、通信業界にはいわゆ

る IT バブルが生まれ、投機的な思惑から 2000 年に向けて急激な部品需要が発生し、PIRI

は M&A により巨大なリターンを生んだ。しかし PIRI が M&A で大きなキャピタルゲイ

ンを生み出したそのことよりも、重要なのは、この長期にわたる黎明期を乗り切って、

バテル、PIRI、NTT の連携が、実際に光通信に大きなインパクトをもたらした PLC 製品

の開発と実用化を成功に導いたという事実である。また、PIRI はその後、SDL から JDS

ユニフェース社に転売されることになるが、 JDS の中では結局、有効にその技術を活か

せないまま、会社内部の政治的な事情によって消滅してしまう憂き目をみることになる。

即ち、この PLC 技術を米国組織の中で有効に事業に作用させることができたのは、実は

米国流の M&A 型経営や組織ではなく、ローカルなミッション型組織を志向した PIRI で

あったということも、学習論・組織論としては見逃せない事実である。

現状では、ベンチャーが親企業の支援なしに継続し運営を成功させていくためには、

越えなくてはならないハードルがいくつもある。特にハードウェア系の製造ビジネスの

場合には、開発の足が長く、設備投資もかかることから、ソフトウェア系ビジネスに比

べて、この初期のハードルを越えることは至難の業である。こうした中で、本事例は、

親企業とのミッションの強い共有をベースとして、グローバルなアライアンスを巧みに

活用することで、資金、資材、技術などの物質的な支援のみならず、「知」の学習という

組織間アライアンスが、ハイテク・ベンチャー成功への要件として強く働く可能性のあ

ることを示唆している。以上の議論を高井による分析スキームにより整理すると、図表

4-15 のようになる。(この図では主として組織間学習への関与に観点をしぼるため、合

弁事業の構築そのものに功績のあった親会社三菱商事については、単純化のため、あえ

て表からはずしている。)

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図表 4-14 本事例における組織間学習のスキーム

本事例における組織間学習においては、ベンチャーである合弁企業の親企業 NTT、バ

テルの間に学習と投資を軸とした非対称性の存在が要件となっていたこと、かつ異質な

知識を吸収するフロントとなる合弁企業 PIRI の自律性が、学習のプロセスにおいても、

また PIRI から NTT への知の伝達・組織間学習においても、重要な条件となっていたも

のと考えられる。と同時に、技術の中核となった PLC を巡る「知」の特質が、多くの分

野の異なる人々の暗黙知の共有を必要としたことが、組織論的にルースで柔軟な運営の

有効性と密接な関係にあったことが示唆される。

以下に、本事例での組織間学習の有効性を生み出すもととなった要件を整理する。

a) 日本の親会社 NTT からの共有ミッションに基づく強力な支援を受けながら、しかし、

米国市場での自律な活動を続けたベンチャーが知識吸収フロントとして働いた。

b) 組織間の関係としては、日本の親会社 NTT と米国の親会社バテルの学習をめぐる非

対称的・非平衡的な連携関係の継続の中で、組織間学習が円滑に進んでいった。

c) ハイテク・デバイスあるいは先端技術という言葉から怏々にして思い浮かべがちな、

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合理的で機能的な組織や企業活動ではなく、本事業の基礎には、異国での永住を決

意した創業者を中心として、現地従業員・NTT 技術者等とのルースで柔軟な人間関

係・信頼関係の醸成という非常に人間臭い活動と組織運営が素地となっている。

本事例では、こうした諸条件がタイミングよく整合し、平行して成り立っていたこと

が有効な組織間学習をもたらしたと考えられる。また、素朴な共同体的な人間関係をベ

ースとしたコミュニケーションの確立を基礎に、その人的つながりを通じた暗黙知の伝

達が、技術の完成と同時に事業の成功に大きく関わっていたとも考えられる。この点に

ついては、次節にて、更に詳細な分析を行うこととしたい。

(2) 顧客・競合との関係性

PIRI 社の経営スタイルとしての外部組織とのルースな協力体制は、関連組織としての

親企業との関係に留まらず、顧客との間においても同様な関係が築かれていった。

PIRI ビジネスの中核技術としての PLC 技術の特徴を考えると、B2B ビジネスのバリュ

ーチェーンの中で、PLC 技術により製品化を行うには、顧客側のモジュールへの細かい

製品仕様や性能配分、配線接続法、アセンブリ条件、要求される環境条件での信頼性や

歩留りといった様々な要求条件に、どのように材料条件、設計条件、製品コンセプトを

適合させた製品を実現していくか、多くの分野の暗黙知のすり合わせが必要であったと

いえる。

このバリューチェーンの連結部での暗黙知の交流に対して、PIRI の組織および PIRI

を取り巻く組織間関係が極めて有効に働いたものと考えられる。即ち、まず学習のフロ

ントとして、米国人技術者たちが有効に働き、これが彼等のメンタリティや人生観とも

深く関わる形で、PIRI のチームワークの中で日本人技術者にも交流されていく。次に、

ルースで密着した関係にあった NTT の技術者にもこの暗黙知が交流されていき、NTT

の研究所の開発現場での開発のサイクルに溶け込んでいった。そして、技術的に、各方

面の知識がすり合わせ的に必要となる中で、人々の輪と交流が、暗黙知の交流を促進し、

PLC 技術の製品化へと繋がっていったと考えられる。 PLC 技術の開発や事業化におい

て、こうした組織論的な特徴は、極めて有効に作用したものと考えられる。

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図表 4-15 PLC 事業を取り巻くバリューチェーン

このように製品化を支える様々な暗黙知(図表 4-13 参照)の吸収と共有化のため、バ

テルから派遣された米国人技術者・マーケター、PIRI 全スタッフ、NTT 技術者、これら

三者とも、組織の壁にとらわれず自由に担当者同士が相談する、ルースな組織間関係は

極めて有効なものであった。創業者宮下氏は自らこれを、「中央からの支配が届きにくい

辺境の地において運命共同体的な『村型組織』が有効に作用した」と評している(注 1)。

また偶然ではあるが、米国の中でも人的流動性の激しいシリコンバレーではなく、終身

雇用と企業への忠誠心の高い地方文化を基礎としたオハイオ州での起業であったことも

幸いしていたということを、宮下氏は強調していた。従来、製造・販売を行ってこなか

った NTT にとっては、こうした暗黙知の存在そのものが未知であった。PIRI の自律的

な活動によってまず PIRI がバテルの協力により米国という異国の地で学び、次に NTT

との連携で NTT に知識が伝えられていくという学習過程が作られていったものと考え

られる。

こうした顧客密着型の営業スタイルは、PLC 技術による製品開発で有効であっただけ

でなく、競合他社との関係においても、カスタム化された製品の確立ということで、こ

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の分野での圧倒的なシェアの獲得に有効に働き、対競合への有力な差異化戦略としても

優れたものとなった。

3 時間軸分析

本事例は、1980 年代後半という光通信市場の立ち上がる以前の米国において、基本技

術を開発したものの市場知識や製品化ノウハウに欠ける日本企業 NTT から米国に骨を

埋める気で退路を断った創業者が渡米し、米国の研究開発及び研究投資機関バテルの初

期的支援を受けながら、現地での粘り強いマーケティング活動を行い、製品を完成させ

たものであるが、この製品完成までには、実に7年という長期にわたる努力が必要であ

った。この長期にわたる製品開発期間を NTT の技術的支援などを受けながら耐え抜き、

ついに光通信市場の立ち上がりにぎりぎりで間に合うタイミングで製品を完成させるこ

とができたのは、いかにも幸運なことであった。

前節で述べたように、組織の内部環境としての、「知」と「組織」の特質は、互いに共

鳴効果を有し、技術としての要素技術の密着性や応用の個別性は、組織としてのルース

な協調関係が非常に有効に作用する原因となった。

事例分析によって得られた本事例における「知」と「組織」の相関関係を、図表 4-16

にまとめた。

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図表 4-16 PLC 事業における「知」と「組織」

図中、技術の汎用性という項目についてみると、本技術の場合、応用としての光通信

に特化した技術であり、特定の顧客の要望にあわせた製品仕様を実現しなくてはならな

いカスタム品に近い製品であり、要素技術となる材料・加工・設計などの相互依存性や

密着性が極めて高く、要素としての暗黙知の結合性も極めて高いものであったといえる。

このことが、組織運営としても、ルースで統合的な組織と非常によくマッチしており、

逆にいえば、そうした組織が必然として求められたとも考えられる。

結果的に、技術の「知」としての特質と、「組織」の特質がよく整合し、事業としての

発展に寄与したものと考えられる。

どんな事業にもいい時期とわるい時期はつきものである。事業として発展した成功期

と発展が阻まれた不成功期という見方をすると、本事業については、前述した「知」と

「組織」の整合性がよく「共進化」したと思われる時期には、結果として 終的には大

きな事業の進展を生み、一方、買収によって、全く異なる特質の組織に吸収されてから

は、偶然性もあるとはいえ、事業の発展が阻まれた不成功期となっている。即ち、「知」

と「組織」との有効な共進化が、組織の外部環境との齟齬によって、その有効性を失う

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可能性のあることを、事例は示唆しているものと考える。

こうした本事例における組織の内部環境と外部環境との関係を、図表 4-17 にまとめた。

図表 4-17 PLC 事業における内部環境と外部環境

ここでいう事業の成功期・不成功期というものを、本事業の時間的推移の中で整理し

直してみよう。ここでは、事業の時間的推移を事業の成長位相としておおまかに、事業

の創生期、成長期、成熟期、衰退期という分け方で記述する。

(1)創生期

事業の低迷の中での開発努力が続く。当初3年間は売上立たず、7年間は赤字。

米国での営業活動から、当初期待していた飛行機などの応用市場がないことが判明。

またアセンブリ技術の重要性を発見。

NTT との連携により、製品化努力を続ける。この間、NTT からの研究試作受注で生

き延びる。

この時期、技術の特質は、複雑に相互依存性をもつ要素技術によって構成され、す

りあわせ性の高い暗黙知が中心。

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一方、組織は、協調性に富み、柔軟な統合的なものであり、技術的特質との整合

性はきわめて良かったと考えられる。

財務的に低迷はしていたが、この時期は、製品完成に向かって前進した事業の進

展時期とみなされる。

(2)成長期

7年後にようやく製品化(AWG)に成功。

運よく、その直後、インターネットのブレークで市場急成長。

売上急拡大。従業員200名以上、年間売上100億円規模の事業へと成長。

この時期、技術の特質は、依然として複雑に相互依存性をもつ要素技術によって

構成され、すりあわせ性の高い暗黙知が中心。

一方、組織も、依然として、協調性に富み、柔軟な統合的なものであり、技術的

特質との整合性はきわめて良かったと考えられる。

この時期は、明らかな事業の進展時期。

(3)成熟期

米国企業 SLD(その後、 JDS)に買収される。背景に IT バブルによる投機熱。

買収後は、米国大企業の中の1部門となり、組織は弱体化。他部門との政治的関

係により消滅。

この時期、技術の特質は、複雑に相互依存性をもつ要素技術によって構成され、

すりあわせ性の高い暗黙知が中心。

しかし、組織は、買収によって、米国ないしカナダの大企業の中に組み込まれ、

以前の協調性や柔軟な統合性は失われ、ドライでタイトに分化した組織形態。

以前の村人的連帯が失われ、技術的特質との整合性は悪化。

この時期は、事業は弱体化し消滅へと向かった。

(4)衰退期

その後、PLC 事業は NTT のグループ会社 NEL に引き継がれる。

PLC 製品は、より簡便で低性能な「スプリッター」素子として FTTH に活用され、

中国委託工場での大量生産事業へと変遷する。

技術は形式知として国外に移転され、事業主体の組織も分化したものに。

この時期の技術の特質と組織の特質は整合しており、事業的にも再び進展の時期

であった。

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第 5 章 事例研究 2: 時分割多重用電子部品開発と事業化

前章にて述べたように、今日の光通信システムにおける信号の多重化には、大分して、

時分割多重化 (TDM)方式と波長分割多重化 (WDM)方式の 2 種があり、前者は高速電子デ

バイス (トランジスタ、 IC)を用いた信号パルスの高速化を技術的基礎としており、後者

は光受動素子 (合波器、分波器 )による波長の異なる信号光の合成・分解を技術的基礎と

している。前章では、光素子部品を基礎とした波長分割多重化技術に関する事業事例を

取り上げたが、本章ではこの電子部品を基礎とした時分割多重化技術に関する事業事例

を調査・分析する。

波長多重用光素子技術では、その基本と成るデバイス技術の構成に様々な分野の技術

が密接に関係しており、いわゆる「すり合わせ」的な技術であったこと、またその応用

についても、光通信のみに極めて特化されていること、などの特徴があった。これに対

して、時分割多重用高速電子部品技術では、基本となる化合物半導体 GaAs 電子回路技

術は、その要素技術は、各々独立性が高く、しかもコンピューター応用など広範囲な汎

用性を持つ Si 半導体技術を構成する要素技術との共通性が極めて高い。また GaAs 電子

回路技術そのものの応用範囲も、Si 技術に比べれば狭いものの、やはりコンピューター、

携帯電話、家電など、必ずしも光通信だけに閉じたものではない。このように、前章で

述べた技術と本章で述べる技術とは、かなり性格の異なる要素が多い。

また、技術の事業化を取り巻く外部環境についていうと、前章での事業化のタイミン

グは、NTT が民営化し新規事業開拓に非常に積極的になっていた機運にうまく乗る形で

始まれた。本章で述べる技術の事業化も着手されたタイミングは比較的似ているが、前

章での事例と大きく異なるのは、極めて NTT 本体と近い場所での事業化であり、NTT

のグループ会社である NEL 社のコントロール下で進んだという点である。前章での事例

は、意識的にも、NTT から離れた外国でのベンチャーとして起業しているが、本章の事

例では、NEL 社の中での事業化が進み、物理的にも NTT 研究所と密接した場所で事業

化が行われた。そして、事業が具体化してくる 1990 年代後半は、NTT が社として乱立

ぎみの新規事業に対して収益性を問いだした時代でもあり、事業化の方向は外部への汎

用商品の量産化により財務的な自立性を強く意識した時代であった。こうした外部環境

の違いが、本章での事業化事例には、強い影響を与えている。

事業的には、前章での波長多重用技術事業化同様、本章での時分割多重用技術事業化

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も、 IT バブルのあおりで 2000 年ごろを頂点とした売上増加を呼ぶが、2001 年のバブル

崩壊以降厳しい状況に追い込まれる。合弁ベンチャーであったため、バブルの絶頂期に

たまたま M&A で買収され売り抜けた PIRI 事業とは対照的に、本章の事例事業は組織内

で収束する形となった。前章の事例とは様々な点で違いのある本章での事例を比較分析

することで、「知」と「組織」の関係性について考察を深めることとする。

Ⅰ 事例の記述

1 技術概要

光ファイバーで伝送する信号列は、電気信号の状態下で、パルス幅を短縮することに

より、同じ周期に多くの信号列を多重化する、またそこから取り出した信号を分配する

ことにおり、多くの信号系列に分解することが可能となる。このために必要となるのは、

高速の信号パルスを形成・処理するための高速電子回路技術である。NTT は、当初スー

パーコンピュータなどのメモリーや情報処理高速化用に開発されていた化合物半導体

GaAs による超高速電子デバイス技術を、通信用トランスポンダ技術に応用し、1980 年

代からその事業化への試みを始めていた。

図表 5-1 に、時分割多重方式の概念を模式的に示す。図中、入力側から送られてきた

多数の長周期のパルス信号列は、高速化され、同じ周期内に他の信号列とともに並べる

ことが可能となり、こうしてもともとの信号列の本数分だけの倍数で高速化された信号

列に変換される。この高速信号が半導体レーザーで光信号に変換され光ファイバーを送

られ、受信された後に再び高速の電気信号に変換される。この高速の電気信号列から、

夫々の信号列が振り分けられ、もとの周波数に変換されて、多数の出力端子に電気信号

として伝達される。

このように、時分割方式そのものは、光ファイバーによる光通信に依存したシステム

ではない。従って、光通信が実用化される以前の電線による電気通信時代からの方式で

あり、その意味で PLC による波長分割多重方式に比べ、もともと大きな汎用性をもつ方

式であったといえる。また当然ながら、その技術的基礎となったのは、コンピュータ応

用と共通性の高い、半導体電子回路技術である。

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図表 5-1 時分割 (TDM)方式(概念図)

(NEL 社プロモーション資料)

時分割多重方式を実現するため、図表 5-2 に示すような、高速の電子回路部品が必要

となる。電気信号を光信号に変換する部分では、半導体レーザーとその変調器、駆動回

路、また光信号を電気信号に変換する部分では、フォトダイオードによる受光素子と微

弱な電気信号を増幅するための増幅器、また多数の電気信号列をひとつの高速信号に変

換する MUX、また逆にひとつの高速信号を多数の周波数の遅い信号列にもどして分配す

る DMUX、これらと関係して信号のタイミングや位相を調整するための回路部品など、

多くの部品要素から、成り立っている。この機能全体は、送信器 (Transmitter)、受信器

(Receiver)、であり、両者をペアにしたものをトランシーバー (Transceiver) ないし トラ

ンスポンダー (Transponder)などと呼ぶ。

このシステムを実現するには、高速で駆動する電子回路が必要となる。NTT は、この

高速用電子回路を、GaAs(ガリウム砒素 )という化合物半導体を用いたトランジスターに

よって実現し、他社に先駆けてその性能を向上させたため、折からの IT バブル期には、

高速トランシーバー市場を席巻する勢いで事業展開を行ったのである。

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図表 5-2 時分割多重方式の構成部品

(NEL 社プロモーション資料)

図表 5-2 に示されるのは、電気信号から光信号の変換に関しては、半導体レーザーや

その駆動回路、伝送されてきた光信号から電気信号への変換に関しては、受光素子や増

幅器、また多チャンネルの低周波信号から高速信号への変換に関しては MUX、高速信号

から多チャンネルの低周波信号への分配変換に関しては DMUX、およびこれらの信号の

位相やレベル調整用の周辺回路である。

これらの高速回路ないし高速機能モジュールは、高速の電子回路によって構成されて

いるが、その基本技術は、高速駆動コンピュータと同じデジタル電子回路技術である。

従って、波長分割多重方式の基本部品が、同技術に特化した特殊な技術であったのに対

し、時分割多重方式の基本部品は、より汎用性の高い要素技術から構成されている。こ

のことが、技術革新上にどのような特徴を生み出すか、また製品開発に関わる企業組織

の特質にどのような影響を及ぼすかについて、後述する。

図表 5-3、図表 5-4 には、事業化された NEL 社の高速電子回路製品、および電子回路

を内蔵した高速機能モジュール製品の実物写真を示す。

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図表 5-3 超高速通信用 GaAs 回路 (IC)写真

(NEL 社プロモーション資料)

図表 5-4 超高速用 GaAs モジュール (IC 回路内臓 )写真

(NEL 社プロモーション資料)

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前述したように、NTT の超高速通信用電子回路技術開発は、同社研究所における化合

物半導体 (GaAs:ガリウム砒素 )トランジスタの研究開発の歴史と深い関係がある。

GaAs(ガリウム砒素 )を材料としたトランジスタが報告されたのは 1966 年のカルフォ

ルニア工科大学 C.A.Mead による MESFET(Metal-Electrode-Semiconductor Field Effect

Transistor: メタル電極半導体型電界効果トランジスタ )が、 初のものであるとされてい

る。これは半絶縁性 GaAs 基板上の n 型エピタキシャル層を用い、ソース、ドレイン、

ゲートという3つの電極をもつ Al ショットキーバリヤー型トランジスタであった (図表

5-5 参照 )。

図表 5-5 GaAs トランジスタ (MESFET) の構造と動作原理

(a) 素子構造

(b) 電気特性

(大森、1986、59 頁 )

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何故、この GaAs を材料として用いたトランジスタの発明が注目を浴びたかというと、

この GaAs 中における電子の走行速度が、物性的に従来の Si 半導体のそれに比較して、

数倍以上早いとされていたからである (図表 5-6 参照 )。

図表 5-6 Si と GaAs の電子速度比較

(大森、1986、33 頁 )

当時、世界の研究者は少しでも早い動作速度のコンピューターを実現するため凌ぎを

削っており、この新しい材料による高速トランジスタ実現の可能性は、たちまちのうち

に世界中の開発競争に火をつけた。1974 年に、HP(ヒューレット・パッカード )社から、

GaAs トランジスタを用いた 初の論理ゲート IC の発表がされ、1984 年には Rockwell

社からスピンアウトして設立された GigaBit Logic 社から、SSI(小規模集積回路 )の市販

が開始された。Si トランジスタにおけるバイポーラ型トランジスタと MOS(メタル酸化

膜半導体 )型トランジスタの発明のように、GaAs トランジスタにいても、多くのトラン

ジスタ構造が発案されたが、特に GaAs 基板上の薄膜成長技術の発展により、GaAs トラ

ン ジ ス タ は 、 HEMT(High Electron Mobility Transistor)や HBT(Heterostructure Bipolar

Transistor)など、量子効果などを利用することにより通常の MESFET よりも更に高速動

作を実現する多くのデバイスの開発をもたらした。こうした新しいトランジスタにより、

世界の研究者たちは、従来型の Si トランジスタの 10 倍から 100 倍近い性能も実現でき

ると意気込んだのであった。

基本的に、この 1980 年代の GaAs トランジスタ開発は、Si トランジスタに対する競合

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技術として意識され、その主要な応用としてコンピューターが強く意識されていた。従

って、デジタル回路の集積度を上げること、メモリー回路やロジック回路を開発するこ

とが、大きな目標となっていた。米国国防省の DARPA 計画では、GaAs 回路による SRAM

とゲートアレイの実現が計画され、日本においても、1981 年に始まった通産省の科学技

術用高速計算システム開発計画が GaAs による超高速回路の実現を射程にいれていた。

GaAs トランジスタの応用は、一方でアナログ回路でも注目され、後述する無線用トラ

ンジスタや無線用 IC としてもその性能は期待されていた。現実の市場規模としては、ア

ナログ IC 市場はデジタル IC 市場に勝るとも劣らない規模とされており、これに無線用

の単体トランジスタなどを加えると、むしろアナログ市場のほうが規模としては大きい

ものであった。

NTT では、1980 年代の初頭は、GaAsIC によるメモリー回路の開発も行っていたが、

1980 年代後半は、本来の通信応用としての高速回路開発に注力していった。

この化合物半導体 GaAs による超高速電子回路技術の形成のための要素技術は、基本

的には、Si 半導体による電子回路技術を転用したものであるといえる。

材料に依存した様々な定数上の差異はあるのだが、基本的なトランジスターの動作原

理や、設計法、回路形成法、集積回路製造法など、多くの点で、GaAs 電子回路の技術は、

Si 電子回路の技術と本質的には同じ要素技術の上に成り立っている。

従って、この GaAs 電子回路技術というものは、要素技術としては汎用的な Si 電子回

路技術とほとんど共通であり、また、その応用についても、高価なことから Si ほど広範

囲ではないにしても、光通信のみならず、無線通信やコンピューター、携帯電話や家電

など、高範囲に及ぶ汎用技術という側面を持つ。逆に言えば、応用する側から見れば、

性能面での優劣はあるにしても、GaAs 技術は Si 技術と基本的には互換であり、仕様に

ついても共通化や標準化が進み易い分野であるといえる。(電源回路仕様など、詳細な点

では種々差異もある。 )

こうした GaAs 技術の特徴を、図表 5-7 に模式的にまとめた。

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図表 5-7 GaAs 電子回路技術の汎用性・互換性・要素技術

2 開発の経緯と背景

NTT 研究所による化合物半導体 GaAs を用いた高速電子回路の研究は、1970 年代から

盛んに行われていたが、その実用化を担う NTT エレクトロニクス株式会社(以下 NEL

社と呼ぶ)がこの製品化と事業化を始めるのは 1980 年代後半に入ってからであり、更に

これが実際に商品として収益に繋がる事業となるには 1990 年代を待たねばならなかっ

た。

GaAs 電子回路が実際に事業として大きな収益に結びついてくる 1990 年代後半には、

NEL 社そして NTT を取り巻く環境は、1980 代とは大きく変わっていた。第 4 章で述べ

た PIRI 社の事業発足当時は、NTT の民営化に伴う改革の嵐の中で、新規事業開拓が NTT

としての至上命題として取り上げられていた時代である。しかし、 1990 年代は、 1980

年代に多産した多くのグループ会社とともに、NTT 本体を含めた NTT 事業全体の再編

が新たな課題として論議された時代であった。

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1985 年に行われた NTT 民営化の 5 年後の 1990 年、電気通信審議会が、NTT の巨大性・

独占性が公正な競争を阻害しているとして、郵政大臣に答申を提出した。その答申では、

5 年後の 1995 年を目処に、長距離通信業務を市内通信部門から分離することを提言して

いる。このとき、NTT の社長は真藤恒氏に換わり山口開生社長であったが、この答申に

対して、NTT の分割は国際競争力を低下させる恐れがあり反対する、との表明を行った。

電気通信審議会の答申は、NTT 株の急落を呼び、NTT の大株主であった大蔵省も分割案

には反対の立場をとった。政府自民党は、この答申に対する検討を 5 年間凍結し、1995

年に再議論することとした。そして、1995 年、郵政省は、「NTT の在り方についての特

別部会」を発足させ、約1年にわたる議論の末、同部会は、 1998 年度中を目処に NTT

を東西 2 社の地域会社と長距離会社の 3 つに分割することを提言した。しかし、このと

きも NTT(児島仁社長 )は、競争力低下を理由に分割案には反対し、政府内でも意見がま

とまらず、検討は持ち越された。

こうした中で、NTT 再編への大きなトリガーとなったのは、橋本龍太郎首相の NTT

の国際進出促進案である。橋本首相は、情報通信市場のマルチメディア化とグローバル

化の中で、NTT の生き残りのためには、NTT も国際進出を図っていかねばならない、と

考え、そのための規制緩和を郵政省に指示した。NTT もこの国際化には積極的であり、

従って国際化を図るための経営形態再編という形で議論が進展した。基本的な方向とし

て、NTT がそれまで行ってきた多様な分社化の中で、 も国際化の牽引力となる子会社

を純粋民間会社として切り出し、それまでの特殊会社という規制からはずして自由な事

業展開を行わせることが考えられ、しかし当時世界的に進んでいた通信業界の合併寡占

化に対抗するためには、NTT の総力をあげてこれを支援する必要があり、このため当時

日本でも解禁論議のあった「持ち株会社」方式でこの問題を解決しようとした。そして、

この持ち株会社方式は、先に提言されていた NTT の 3 分割案に対しても、適度に NTT

のグループ総合力を残せること、国際進出とペアで NTT 全体の競争力を高めることがで

きること、などの点から、NTT も分割を受け入れる方向に向かわせたのであった。

1996 年 6 月に就任した宮津純一郎 NTT 社長は、郵政省と、NTT の分割再編について

合意し、翌 1997 年に、「日本電信電話株式会社法(NTT 法)」は「日本電信電話株式会

社等に関する法律」に改正され、NTT の再編成と国際通信分野への進出が承認された。

そして 1999 年に、NTT は特殊会社として、持ち株会社と東西の地域会社、および純粋

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民間会社としての NTT コミュニケーションズ(略称 NTT コム)に再編され、持ち株会

社と、その翼下に NTT ドコモ、NTT データなどを配する新体制へと移行した(図表 5-8

参照)。

図表 5-8 NTT 再編

(宮津、2003、136 頁の図を一部修正 )

こうした NTT の再編は、当然 1985 年以来増え続けた様々な新規事業会社全体の再編

成にも波及し、また R&D 体制についても、大きな影響を与えた。

まず R&D 体制に関しては、持ち株会社制度の中で、世界でも珍しいケースとして、

NTT の研究所は持ち株会社の直属となり、NTT グループ全体の技術革新に対してミッシ

ョンを背負う形で研究開発を行うこととなった。

これにより、R&D 体制には、従来以上に事業への直接貢献や、事業としての収益性

が求められるようになっていった。この影響として、R&D 活動は、従来のハード中心

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の開発体制からソフト中心の開発へとシフトしていった。ハード中心の開発体制では、

従来、せっかく開発した技術のノウハウが外部メーカーに握られてしまい、資産として

蓄積されないという問題があったが、ソフト中心の開発では、開発した技術は直接 NTT

の事業会社に引き継がれ、NTT グループとしての力の蓄積により効率的に貢献できる、

という利点があった。

一方、NTT の再編は、R&D 活動だけでなく、民営化以降、急速な勢いで増やし続け

た様々な新規事業についても、その収益性を問い直し、収益性の面からの整理が進んで

いくようになった。NTT の新規事業は、1993 年時点で総計 220 社 (図表 5-9 参照 )にもな

っていたが、こうした再編がきっかけとなって、新たな枠組の中で整理されていくこと

になる。

この流れは、NTT のグループ会社である NTT エレクトロニクス (NEL)にも当然波及し

ていった。もともと研究所の試作品請負のような形ではじまった NEL 事業であったが、

こうした時代になり、NTT に依存した試作品会社としてではなく、外部への汎用製品に

よって収益性のある事業を展開できる、自律企業への成長を求められるようなっていっ

たのである。このことは、NEL 内部において、より効率的な量産が行える、本格的な製

造会社としての組織作りへと波及していくものとなった。

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図表 5-9 NTT グループ企業事業一覧

大分類 小分類 NTT グループ企業(会社名)

金融・カード (株 )エヌ・ティ・ティ・テレカ、他9社

電話帳ビジネス エヌ・ティ・ティ情報開発、他8社

教育ビジネス エヌ・ティ・ティ・ラーニングシステム (株 )、

他2社

広告・出版 (株 ) エヌ・ティ・ティ・アド、他7社

リサーチ・コンサルティング

人材派遣

(株 )情報通信総合研究所、他1社

物流 (株 )エヌ・ティ・ティ・ロジスコ、他4社

グループ支援事業

アメニティ (株 ) エヌ・ティ・ティ・トラベルサービス

テレマーケティング エヌ・ティ・ティ・テレマーケティング(株)、

他13社

情報通信エンジニアリング エヌ・ティ・ティ・テレコムエンジリアニング

九州、他15社

建物・建物エンジニアリング (株 )エヌ・ティ・ティ・ファシリティーズ、

他5社

不動産 エヌ・ティ・ティ都市開発(株)、他28社

電気通信関連

SI・情報通信処理 日本情報通信(株)、他5社

国際 エヌ・ティ・ティ・インターナショナル(株)、

他11社

経営資源の展開

先端技術開発 エヌ・ティ・ティ・エレクトロニクス・テクノ

ロジー(株)( NEL)、他13社

SI・情報通信処理 エヌ・ティ・ティ・データ通信 (株 )、

他55社

高度情報通信

移動体通信 エヌ・ティ・ティ移動通信網 (株 )、

他38社

(NTT 有価証券報告書、平成 5 年 3 月版をもとに作成)

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こうした背景から、1990 年代の NEL 社は、従来の NTT 研究所に依存した研究試作受

注型小規模生産の子会社から、汎用的な商品を外部に販売していく自立した企業として、

収益向上と市場拡大、生産体制の整備など、民間製造会社としての体制を整えていく。

その中で、会社の組織体制としては、各部署の自律化と収益責任を問い易い事業部制が

中心となり、NEL 社の会社組織体制はこの事業部制を軸に組み立てられていった。

図表 5-10 に、2002 年時点での NEL の組織構成を示す。GaAs 事業については、超高速

デバイス事業部と、超高速モジュール部とに分かれ、各々が協力もしながら、一方で競

合関係も有し、独立した製品開発、営業活動により、事業を進めていた。

図表 5-10 NEL 組織構成図

(NEL プロモーション資料 )

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3 事業化と事業運営

当初、NTT のグループ会社で、NTT から購入した先端技術をもとに通信用部品の製

造・販売を業としていた NEL 社においても、それまで研究所の試作品発注には応じてき

たものの、こうした超高速電子デバイスの商品化や事業化経験はまったくない中で、一

種のベンチャー・プロジェクトとして当該技術の事業化が進められた。当初の組織は小

さく柔軟性にあふれ、事業化に熱意を持つ数人の技術者が中心となり、外部の商社との

協力関係のなかで製品化・事業化の道を模索していった。しかしこの事業化を開始した

1980 年代には、この技術への需要は非常に少なくなかなか売上は立たなかった。一方、

研究畑で研究として進めてきた NTT および NEL の技術者たちにとって、実はこうした

技術の事業化そのものが初めての経験であり、当初は製品カタログの作り方すらわから

なかったという。そこで、この事業としての立ち上げの時期は、NTT および NEL にと

っても、こうした技術の事業化そのものの手法の探索とノウハウの蓄積時期ともなった。

長い努力の結果、次第に、製品のパッケージングやカタログ化、製品仕様の決定や、

営業体制、営業ノウハウなど、NEL 社は試行錯誤の中で獲得していったのである。

1990 年代の後半になって、インターネット技術が立ち上がり、マイクロソフト社のウ

インドウズ 95 の販売がその普及を加速し、世界での通信トラフィックは急増した。これ

がきっかけとなって、いわゆる IT バブルへと繋がるのだが、この時期、膨れ上がった通

信量に対処するため、高速時分割方式トランスポンダの需要も急拡大した。このため、

NEL の高速電子デバイスへの需要は急激に高まり、NEL の電子デバイス事業も急拡大し、

これに伴い組織も急成長を遂げた。しかも、同社は、電子デバイスとしての IC(集積回

路 )販売に留まらず、トランスポンダの主要部品となる信号多重や信号分割、信号同期な

どに関する基本モジュールも独自に構成して販売したため、この需要も時機を得て急拡

大し、同社は電子事業本部の中にデバイス事業部とモジュール事業部という 2 つの独立

した事業部を発足させ、夫々が営業活動も独立して行う中でその自律的事業化を進めた。

この事業部制による分業体制は、生産業務を合理化しラインを形成、検査・納品など

の量産体制を確立するには欠くことのできないものであり、拡大する一方の需要に対応

するためには、極めて有効に機能したものと考えられる。2000 年前後の時期には、両事

業部は、50~100 人規模の組織へと、また年間売上についても数十~百億円規模のもの

へと膨れ上がっていった。

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4 事業の変容

周知のように2001年に入ったころから投機的な意図により実質的な需要以上に膨

張していた IT バブルは、いっきに崩壊へと向かう。(図表 5-11 参照)

図表 5-11 IT バブル前後の市場変化

(出所:RHK)

こうしたバブルの発生と崩壊という現象は、渦中にいる人間にとっては、実はなかな

か察知しにくい現象である。後の時点から、客観的に振り返ってみれば、バブルの発生

要因は、色々なところに存在していたと考えられる。図表 5-12 は、その一つの要因を分

かりやすく解説したものであるが、産業界のバリューチェーンに従い、B2B ビジネスの

階層構造 (食鎖 )が形成されていたが、ここでの発注メカニズムが、バブル発生の一つの

要因となっていたのである。

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図表 5-12 IT バブルの発生要因

すなわち、今、食鎖の頂点にたつシステム・メーカーA社が仮に 1000 件の需要を感じ

たと仮定しよう。システム・メーカーA 社は、ベンダー(納入業者)にあたる複数のモ

ジュール・メーカーB 社、C 社、D 社には、部品を買い叩くために、実際よりは幾分大

袈裟に需要を伝えがちである。次に、この受注を示唆されたモジュール・メーカー各社

は、この納品に向けて、自身のベンダーであるやはり複数に部品メーカーE 社、F 社、G

社、H 社に対して、更に誇張ぎみの需要を伝える。問題なのは、これを受けた部品メー

カーE 社から見て、自身の得意先は、B 社だけではなく、C 社、D 社でもあるため、も

ともと発注先が同じであるにもかかわらず、各社の発注示唆をすべて別件として計算し、

過剰な需要が市場に喚起されているものと誤解してしまうことである。こうした連鎖が、

市場全体を次々と過剰な期待に向かわせ、更に取材したマーケティング・リサーチ会社

の報告がこれを助長するものとなって働いてしまうのである。

インターネットの普及により、世界の通信市場で、トラフィックが急激に増加するこ

とは疑いようのない事実であるから、この期待感が、正のフィードバックを盛り上げ、

過激な投資によるバブルを誘発してしまうのである。

懸命なアナリストは、実際に敷設された光ケーブルのダークファイバー (使用されてい

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ないファイバー )の状況を調査して、バブルの発生を感受していたという話も聞くが、正

確に市場の全体像を把握することは誰にもできないのが現実である。

いずれにせよ、IT バブルは現実のものとして発生し、そして現実に崩壊した。このこ

とによる、通信部品産業への痛手は極めて厳しいものであった。当然ながら、倒産・破

産する企業が続出し、また過剰投資の結果は、製品の激しい価格急落であった。一度急

落した製品価格はほとんど回復されることなく現在に至り、従ってこのことが、生き残

った企業にとっても、収益を回復できない重い足かせとなって働いている。

このバブル崩壊前夜の市場環境として見過ごせないのは、高速化技術の成熟と通信需

要の一般への急拡大によって、低価格量産化へと市場のパラダイムがシフトしていたと

いう事実である。

図表 5-13 市場の成長によるパラダイム・シフト

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図表 5-13 にその内容をまとめたが、技術の成熟と市場への普及が、まず圧倒的なコン

シューマー市場の喚起を行い、市場の需要が、コンシューマーに近い近距離通信へと移

っていった。これにともない、遠距離通信よりは少し性能が低い、しかし価格が安価な

部品の需要が立ち上がり、市場の中心は、従来の高価で高性能の部品から、安価で低性

能の部品へと移ってしまったのである。

この様子は、ちょうど、Christensen[1997]が指摘してよく知られるようになった磁気

ハードディスク産業でのパラダイムシフトとよく似ている。図表 5-14 は、市場のパラダ

イムシフトにより、市場に適合する製品の性能はむしろ下がっていったという皮肉な結

果を図示するものであり、Christensen[1997]の指摘のように、過去の市場で圧倒的に有

利であった NEL は、新しいパラダイムに乗り遅れる結果となる。

NEL にとって不幸なことは、このパラダイムシフトによって、従来この市場では性能

的な制約から活躍できなかった Si CMOS 技術が、活動の機会を得たということである。

Si 技術は、Si という材料の安さ、汎用性の高さ、歴史的な経緯、技術の成熟度、市場の

広さなどあらゆる点から、GaAs 製品に比べ圧倒的に有利である。このパラダイムシフト

によって、強敵である Si CMOS 技術に市場参入のチャンスを与えてしまったことは、致

命的な問題ともいえるのであった。

図表 5-14 パラダイム・シフトによる需要の変化

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更に、このパラダイムシフトの副産物として、米国を中心として、徐々に競合企業間

における連携の動きが活発化し、MSA (Multi Source Agreement)と呼ばれる一種の仮想的

カルテル化が進行した。

これは、例えば部品製造の競合数社やモジュール・メーカーなどが連携して、汎用的

なモジュール製品の仕様を決め、この共通化によって連携した数社の相対的な競争力を

強くし、かつ仕様統一化による開発コスト低減・量産拡大を図るというものである。即

ち一種のローカルな標準化であるともいえる。

市場ではこうした競合企業間連携によるバーチャルなバリューチェーンの垂直統合化、

水平分業化が進み、購買側も納入業者側も、こうした連携を核としたネットワーク市場

へと変化していったのである。

図表 5-15 に、具体的なトランスポンダー部品の MSA 規格へのグループ化を示す。

図表 5-15 トランスポンダーの構成と MSA 規格

(NEL 社プロモーション資料を一部修正)

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図表 5-15 に示した各 MSA 規格に参加したメンバー企業を図表 5-16 に示す。有名な企

業が、複数の MSA 規格に参加して、市場シェアを握ろうとしている様子が見て取れる。

図表 5-16 各種 MSA と構成グループ

こうした MSA によって実際に生まれた製品の写真を図表 5-17 に示す。これは、従来

製品に比べ、MSA 規格によって小型化されたトランシーバーである。

各構成部品の仕様は、MSA に参加した多くの企業によって開発段階から決定され、参

加企業だけが製品の初期販売に加わることが可能となる。 終的には、MSA 規格の内容

は公表され、原理的には他企業もこの仕様の製品を供給することが可能になるのだが、

すでに先行者利益は MSA 参加企業によって独占されたあとでの話である。部品の購入

側顧客から見れば、MSA によって部品の低価格化を図ることができ、またセカンドソー

スなどの問題もクリアできる。MSA に参加していない企業は、大量生産時の、きわめて

薄利多売市場で市場に参加するしかない、という結果になるのである。

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図表 5-17 MSA 規格による小型トランシーバー

(NEL 社プロモーション資料)

市場でおこったこのようなカルテル化は、実は製品標準化の動きのごく一部であり、

市場では様々なかたちでの標準化が発生する。

図表 5-18 は、標準化の動きをいくつかのものに分類した表だが、一般に通信技術は全

世界での共通性や公共性が高いため、より一般的な仕様については IEEE などの学会が

主導権を握って標準化委員会を設置し進めている。しかし、実際の市場では、IEEE など

によって管理されないものについて、デファクト型と呼ばれるより不定形で自由な標準

化が進行していくのである。

MSA も、デファクト・スタンダード化のひとつの形態と考えることができる。この場

合、公的な標準化組織ではなく、企業間の自由な連携と協議によっていることに特徴が

ある。この競合企業も含めた企業間連携の動きは、市場の水面下でひそかに進行し、ほ

とんど提携が決まった時点でにわかに表面化してくるため、基本的には、日常的な人的

ネットワークがベースに存在している。すなわち、市場において、競合企業を含めた多

くの部品階層・分野での日常的なネットワーク化、ルースな関係作りに積極的に関わる

組織が、この連携活動に加わることが可能になるのである。

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図表 5-18 標準化のスタイルと光通信での事例

標準化組織ナシ 標準化組織アリ

競 争 に よ り 決

「競争優位」型

デファクト型

「協創優位」型

デファクト型

協 議 に よ り 決

コンソーシアム型

デファクト型

事例:MSA

デジュリ型

デファクト型

事例: IEEE、OIF

(竹田、2001、127 頁の図を一部修正 )

このような市場のカルテル化、ネットワーク化の動きは、NEL の事業部体制の中では

必ずしも有効に察知・対処されなかったようである。少なくとも一部でこの動きに敏感

であった技術者や営業担当者はいたにしても、それがすぐさま組織的な対応には結びつ

かなかった。

この原因のひとつは、営業活動まで独立自律化し部分的には競合状態にもなっていた

ため、両事業部では担当技術者間や担当営業者間でも協力関係よりは競合的な意識すら

生まれ、両事業部での情報の流れや意思の疎通は実質上かなり制限されたものとなって

いたことがあげられる。即ち両事業部間での幅広い情報共有やこれをベースとした連携

活動は、皮肉なことに事業部としての互いの独立・自律性が構築されることによって逆

に阻まれるという結果を生むのである。

市場のあまりに急速な変化の中で、独立・自律型組織の形成によって GaAs 事業での

量産体制を整えた NEL であったが、逆にこの独立・自律型組織が、 IT バブル以降あま

りに急速に展開する市場の動きに対して必ずしも俊敏に反応できなかったことと、独立

性よりもむしろルースな組織間関係によって統合的な視野をもって市場での連携やネッ

トワークに組み入ってくことを阻む原因となってしまった可能性が高い。

IT バブル崩壊によって市場が急速に冷却し、製品単価も暴落した状況の中で、NEL の

時分割多重化技術による電子事業は 2002 年以降大幅な撤退を余儀なくされた。

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Ⅱ 事例の分析

事業の経過を渦中にいる時点ではなく、後から振り返ってその是非自体を論評するこ

とはあまり意義のあることではない。重要なのは、その経過の中で有効に働いた因子・

有効に働かなかった因子を拾い出し、より普遍性のあるインプリケーションとして整理

する作業である。そこで、本研究で取り上げた事例について、「知」のマネジメントと「組

織」のマネジメントの相関という点から整理してみる。

1 ミクロ分析

(1) 技術的特質

本事例における技術的な分析として、GaAs 技術は、光通信における多重用としての位

置付けは同じ部品であるにもかかわらず、PLC 技術とはその特質が大きく異なっていた

ことをまずあげねばならない。

図表 5-19 は、GaAs 技術の、要素技術の Si との共通性(汎用性)、GaAs 技術の応用そ

のものの汎用性、顧客から見た場合の互換性(仕様の標準化)、階層的な技術の独立性な

どを図示したものである。

前述したが、GaAs 技術は、要素技術がより汎用的な応用範囲を持つ Si 技術との共通

性が高く、しかもその応用についても、通信のみならず、幅広い応用範囲を有する汎用

技術である。応用先についても、その超高速性が活かせる特殊な分野以外では、Si 技術

によって互換される部分もある。こうした技術的な特質は、PLC 技術とは異なり、技術

のかなりの部分が、その汎用性や互換性ゆえに形式知化されるという特徴を生む。GaAs

技術の多くは、形式知化されたものであった。

- 131 -

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図表 5-19 GaAs 技術の特徴

(2) 組織的特質

GaAs 技術は、当初の開発期間は比較的少人数の技術者中心に事業化が進められ、協調

的統合的組織であったといえるが、やがて技術が立ち上がると早い時期に2つの事業部

へと組織が分化し、互いの独立性が増していった、特に、各事業部の独立採算制が求め

られるに従い、むしろ、事業部間では協調性よりも競合性が高まり、相互のコミュニケ

ーションも低下していった。基本的に、GaAs 技術は、Si 技術との互換性も高く、例え

ば現実に Si 回路の設計者が GaAs 回路も設計するとか、Si 回路の製作工程担当者が GaAs

回路の製作も手がけるといったことが可能であり、独立性の高い分化した組織でも十分

機能するのである。

こうした GaAs 事業をめぐる組織の特質は、技術的特質と整合しており、特に量産化

体制を整える時期においては、事業部制は有効に作用したと考えられる。

時分割多重化技術の部品技術的な基礎は、高速電子回路技術であり、これは本質的

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には開発の経緯でも示されたように、コンピュータなど応用範囲は極めて広く、汎用性

の強い基本技術であった。このため、トランジスター技術そのものの進展や改良は、通

信応用分野だけでなく、広く行われその結果が通信用技術の進展に直接反映する状況で

あった。このため前述したように Christensen[1997]が磁気ハードディスク技術に関して

指摘したように、安価な Si 半導体 IC の高速化が汎用市場で進み、通信分野で主流であ

った高価な化合物半導体 IC 市場をある時点でドラスティックに侵食する、市場における

デコンストラクション、パラダイムシフトが起こった。

こうした市場におけるパラダイムシフトは、基本的には各要素技術の独立・互換性が

背景にあった点が重要である。通信用トランスポンダの構成階層としての、モジュール

とデバイス (IC)についても、階層内の可換性、階層間の独立性が強いため、技術が形式

知化しやすく、これが階層技術の独立の進化を促進した。従って、当初は、各々が独立

した事業として発展したわけだが、技術進化と需要の増大によって、モジュールの IC

化による低価格化への圧力が働き、モジュールと IC の構成が変化し始める。この時期は、

従って、逆に両者の仮想的な連携による統合化が進むことになる。市場もこうした統合

化の影響を受けることになる。但し、長期的には、モジュールが次々と IC に置き換えら

れ、モジュールの位置付けは薄れていくことが考えられる。その場合には、統合という

より、モジュールが IC に飲み込まれた形の市場形成となる可能性もある。

こうして市場全体で起こっている階層の統合・分化の動きは、企業内での対応をとる

ため、企業内での組織の統合・分化へ影響を与える。あるいは、企業内での統合・分化

が先手を打つ場合も考えられる。本事例の場合には、逆に企業内での組織は分化された

状況での慣性力が強く働き、この市場の動きに十分機敏に追随できなかったものと考え

られる。既に、事業部化されて自己利益を追求しはじめた構成要員にとって、競合化す

る他事業部との機敏な連携は、メンタルな面でも困難になっていた可能性がある。

以上の変化を、GaAs 技術をめぐる市場のバリューチェーンの変化として、図示する。

図 5-20 は、デバイス (IC)、モジュールの相互独立性が比較的高いものとしての、GaAs

事業を取り巻く市場のバリューチェーンを示したものである。前述した市場のパラダイ

ムシフトにより、市場のバリューチェーンは、図 5-21 に示す形態へと途中から変化した

と考えられる。これは、技術が進化するに従い、その結合範囲そのものを変化させてい

く現象として理解される。

- 133 -

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図表 5-20 GaAs 技術を取り巻くバリューチェン

図表 5-21 GaAs 技術を取り巻くバリューチェンの変化

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このような結合範囲の変化も、こうした汎用性や要素技術の共通性が高い技術では、

そうでないものより起こりやすいと考えられる。様々な技術の互換性が、組合わせの柔

軟性や可能性を高め、これによって結合の自由性も高まるのである。

PLC 技術には見られなかったこの急速な構造変化が、NEL の GaAs 事業にとっては、

「知」と「組織」の共進化を狂わすものとなってしまったと考えられる。GaAs 事業では、

PLC 事業とは異なる組織の独立性や自律性が重要であったが、また組織統合化への動き

も、俊敏に求められ、PLC 事業とはまた異なるユニークな「知」の進化、組織の進化が

起こっていくのである。

2 マクロ分析

(1) 関連組織(親企業)との関係

本事例の場合、前章の PIRI の場合と異なり、事業ははじめから NTT のグループ企業

である NEL の中ではじめられた。 これは、初期の光素子技術とは異なり、半導体事業

ではより多くの装置・施設面での設備が当初から必要であり、NTT を離れての事業化は、

ほとんど困難であった状況に依存している。

従って、図表 5-22 に示すように、NEL 社 GaAs 事業を取り巻く時代状況は、PLC 事業

を創始したころの PIRI 社を取り巻くものとは大きく異なっていた。NTT は民営化(1985

年)後 10 年ほど経過し、インターネット興隆による通信費事業の行き詰まりから経営が

逼迫するようになる。これにより、民営化後に乱立した新規事業についても、収益実績

が求められる時代へとなっていった。特にインターネットにより、国際化を目差すよう

になると、新たな競合性の導入に備え、新規事業の整理統合とともに、各事業の独立採

算制・収益性が問題視されるようになる。こうしたことを反映して、グループ会社であ

る NEL 社内部でも、各事業部の採算性追求・競合性が高まっていく。

こうした背景から、図 5-23 に示すように、NTT の方針とはなれた事業としての自律性

は当初より獲得することが困難な状況にあった。この点、事業の外部環境は、前章の PLC

事業と大きな差異がある。外部環境との関係性のこうしたわずかなタイミングの差が、

事業組織の構成や運営に大きな影響力を及ぼすということは、実際の事業においては、

きわめて起こりうる事象である。

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図表 5-22 NEL 社 GaAs 事業を取り巻く時代状況

図表 5-23 GaAs 事業に対する NTT の選択

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NTT の再編によるグループ企業の収益性確保の動きとも連動して、NEL 自体の製造会

社としての本格成長のタイミングの中で、事業部制がとられていった。また、実際に、

市場の立ち上がりと成長が、量産化の必要を生み出し、NEL の量産製造会社としての性

格付けから、事業部制を外部環境として促進した。バブル上昇期には、こうした NEL の

事業部制はまた、事業的にも成功したものと考えられる。即ち、NEL 内での事業組織の

独立・分化の促進により、GaAs 事業は IT バブル期の急激な需要増加に対応していた時

期の NEL において、技術と組織が共進化する方向性を形作ったと考えられる。

しかし、半導体産業全体での垂直統合化と水平分業化の相克のように、技術の進展は、

暗黙知と形式知のバランスも変化させ、「知」の階層化や分化、統合化をその成長位相に

依存して変化させる。通信用トランスポンダ市場でおこった MSA によるバーチャルな

垂直統合化には、対応する「知」のネットワーク化が必要であった。このような業界全

体での「知」の変化に、NEL「組織」が俊敏に対応できなかったことが、事業収縮のひ

とつの原因となった可能性が強い。

ところで、PLC 事業においては、親企業の強く継続的な支援の存在が、事業の成功に

は極めて大きな現実的な要因であった。この支援を引き出すには、ベンチャー企業側に

も、創業者宮下氏の人望や NTT 側との、特に NTT 研究所のマネジメントクラスとの

強い人間関係、また担当者レベルでの日常的な連携、といったものが大きく作用してい

た。

こうした観点で GaAs 事業を比較するとどうなるであろうか? まず、GaAs 事業では、

必ずしも PLC 事業での宮下氏のように特徴的で強力な中心人物がいたわけではない。当

初、NEL 社での事業立上げ期に中心的に活躍した技術者はいるが、GaAs 事業は本質的

に多くの人々の関与が基礎となっており、これは PLC 事業との技術的な違い、汎用的な

技術である、ということにも起因していると考えられる。同時にこの技術の汎用性のた

めか、事業全体に強い求心力を持ち人望もある一人の人物が継続して事業を推進すると

いう形態ではなかった。どちらかといえば、多くの個性的な指導者が互いに反目しあう

面も持ちながら、夫々の立場で事業に関与していき、事業全体を統率する強いミッショ

ン意識、共同体意識は弱かったものと考えられる。こうした技術の特質とも関係した属

人的な特質、組織の特質、あるいは指導者の特質にも、GaAs 事業は PLC 事業とは多く

の相違点が見受けられる。NTT の研究所との関係性についても、PLC 事業に見られるよ

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うな密着性や相互依存性は希薄であり、 後に NEL 社が GaAs 事業からの撤退を決めた

ときも、NTT の研究所からの強い事業継続要求が出なかった点も、また PLC 事業との差

異として際立っている。技術の互換性や汎用性は、人間関係の繋がりについても、影響

を及ぼしているものと見受けられる。

(2) 顧客・競合との関係

GaAs 事業における顧客との関係はどうであったか。

開発当初においては、高性能(高価格)が要求される遠距離通信の市場が中心で

あり、ある程度特定顧客と密着し、技術的優位性を発揮し、シェアを確立したとい

える。

また競合との関係も、当初は比較的優位に立っていたが、市場が成長するに従い、

形式知中心の技術であるがゆえに、競合との競争は激化していった。

特に、市場の成熟化に伴い、ひそかに低価格化のため、競合間での標準仕様化を目的

とした連携が進んだ。また部品小型化のために、デバイス・メーカーとモジュール・メ

ーカーの連携や擬似統合化も進んだのである。

このとき、2事業部制でデバイス事業部とモジュール事業部の競合状態であた NEL 社

はこの動きに乗り遅れたといえる。市場および競合間で進んだ組織統合に対して、NEL

社内では、従来の分化した組織の慣性力が働いたとみなせる。

3 時間軸分析

GaAs 事業については、その製品寿命は極めて短く、市場の進化や事業の変遷も急速に

起こった点が特徴的である。

図 5-24 に示すように、NEL の中で、GaAs 事業は当初の未発達な時点では、 IC とモ

ジールの区分などなく、モジュール・ビジネスそのものも存在しない状況であった。し

かし、市場の立ち上がりとともに、モジュール・ビジネスが立ち上がり、IC ビジネスと

分化していった。この場合の分化は量産体制を整える上で極めて有効に働いたと考えら

れる。しかし、市場の成熟により生じたパラダイム変化による再統合の動きには乗り遅

れる結果となってしまった。

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Page 139: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

先端技術デバイスの市場では、このように市場の流動性や変化は、ことのほか速いと

考えられる。実際に、IT バブル期の米国では、小さなベンチャーが乱立し、その中には

100 億ドル近い投資を受けて劇的に成長するものもあったが、一方、バブルによって、

破綻する企業も莫大な数に及んだ。こうしたベンチャーでは、寸分を惜しんでプロトタ

イプ製作に取り組み、日本で1年がかりで仕上げてくるような試作品を 3 ヶ月あまりで

顧客に提示し、顧客からの発注示唆によりベンチャーキャピタリストから巨額の投資を

受ける、といったバブル・ゲームが繰り返されていたのである。ドッグイヤーないしラ

ットイヤーという言葉が生まれた背景には、このような極めて早い市場の流動性が実在

していた。こうした分野を生き抜くには、従って、旧来の稟議書で時間をかけて判断を

行うスタイルの経営では、市場の速さに追随できない。従って、この GaAs 事業の事例

の組織論的な意味付けとして、そもそもこの分野での組織形態として、そもそも従来の

日本的な事業部制組織の枠組でいいのか、といった深い問題が存在している。量産化と

俊敏な開発という問題を、この分野でどのように両立させていくのか、といった深い問

題も内在していると考えられる。

本事例の場合、PLC に関する PIRI 事業の立ち上げ時期とは、NTT のおかれていた外

部環境が大きく異なることをあげなくてはならない。事業の立ち上げが、PIRI のように

NTT から離れた距離ではじまったのではなく、NTT のグループ会社の中で始めざるをえ

なかったことから、GaAs 事業は、NTT の方針の変化にも敏感に反応したと考えられる。

市場そのものの成長のタイミングも、GaAs 事業には早い時期から、量産化への動きと事

業部制への圧力として働いたと考えられる。

基本的には、各要素技術が独立して進化可能であり、形式知中心の GaAs 技術の特性

と、市場のタイミングからいっても、事業部性は有効に働き、この時点での「知」と「組

織」の共進化はうまく作用したと考えられる。

しかし、市場の変化は、組織の慣性力を持ち始めた GaAs 事業をうまく対応させるこ

とができずに、「知」と「組織」との関係は次第に齟齬をきたしていったと考えられる。

以上の見地から、PLC 事業との比較とともに、GaAs 事業における「知」と「組織」

の相関関係を、第 4 章の図表 4-16 にならって、図表 5-24 にまとめる。

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図表 5-24 GaAs 事業における「知」と「組織」

図中、技術の汎用性の項目については、GaAs 技術については、その基礎となるトラン

ジスタ技術、子回路技術の汎用性が高く、従って、その開発は各要素技術ごと荷独立し

て進めることが可能であり、統合的な組織の必要性が希薄であることが示唆される。

また要素となる暗黙知の結合については、電子回路レベルでの製作技術や設計技術は

比較的形式知で結合しており、仕様や性能のやり取りで独立して技術開発可能である部

分が多い。回路とモジュールとの相関関係については、比較的形式知でやり取りできる

時期が続いたが、やがて技術進化により、回路でモジュールを置き換えるような時期に

なってくると、その暗黙知での結合性は高まったものと考えられる。

こうしたことと照らし合わせたうえで、現実の組織運営を見ると、独立性・自律性の

高い事業部運営が、量産時期には必要であり、多くの時期いおいて、この事業部制によ

る分化した組織は良好に機能したものと考えられる。

その意味で、大半の時期において、「知」と「組織」の特質はうまく整合し、両者の進

化は助長しあい、「共進化」のモードが形成されたと考えられる。

本事例では、第 4 章と同じく、光通信用部品デバイスでのベンチャリングを研究対象

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としてとりあげ、産業分野、産業階層、製品応用、製品機能など表面的には極めて類似

した 2 つの事例の比較・分析を試みた。これらの事業における中核技術となる「知」の

特質と進化の位相、そしてこれらの事業を支えた人的「組織」の特質と進化の位相につ

いて分析した結果、両者の進化過程には深い相関関係が存在し、その相関に基づいた「共

進化」が、組織の外部環境である市場や競合他社との関係性に基づく一定の条件下で、

事業そのものの進展や成功に大きく寄与したものとみなされる。

但し、両事例の類似性にもかかわらず、実際にはその進化の過程は対称的ともいえる

特質を有しており、事業における「知」と「組織」のマネジメントは、その産業分野や

製品種別から単純に一律に規定すべきではなく、中核となる「知」の深い理解と洞察に

より、その進化過程の特質を十分考慮して「共進化」するような「組織」経営を心がけ

ることが重要であるといえる。

第 4 章図表 4-17 にならって、事例をめぐる内部環境と外部環境との関係を、図表 5-25

にまとめる。

図表 5-25 GaAs 事業における内部環境と外部環境

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図中、先に述べたように大半の時期は、「知」と「組織」の特性はうまくマッチし、事

業の成功と結びついていたと考えられる。事実、好調期には、量産体制により数十億円

の年商を上げるビジネスとして成立していた。

しかし、市場のパラダイム・シフトが起こり、市場での回路とモジュールの擬似統合

が進むと、NEL の事業部制の組織はこれにうまく対応できずに、結果として事業として

もいきづまりを見せる。すなわち、組織の内部環境と、外部環境との整合がうまく働か

ず、組織の特質は事業の成功に結びつかなくなったと考えられる。

図表 5-24 および図表 5-25 より、事例 2 においても、事例 1 とはまた異なる形で、「知」

と「組織」の共進化モードが観察されること、この共進化が壊れるときに、事業の発展

も阻害されるものと考えられる。

以上の事業の時間的推移を、創生期から成長期、成熟期、衰退期という大まかな事業

の成長位相との関係で、以下にまとめる。

(1)創生期

事業開始当初は、電子事業部による統合化の中で技術開発が進む。

電子事業部が一括管理する中で、顧客とも密着しながら技術の醸成が図られる。

この時期は、技術も未分化で比較的暗黙知に満ちており、組織が少人数で協調的・

統合的であったこととよく整合していた。

事業的には、成長期を準備していた順調な進展時期と見られる。

(2)成長期

1995 年のインターネット・ブレーク後、市場が急成長。

これにより、NEL での GaAs 事業も急成長し、デバイスとモジュールに分化した

2 つの事業部制下で体制整備。

デバイス事業部とモジュール事業部は、各々の技術を個別に完成させ、事業を拡

大し、量産化体制を整える。

技術は形式知中心で分化し、これに組織の独立性・分化性もよく整合していた。

事業は発展し、ともに年商数十億円を達成。

(3)成熟期

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市場の成熟に伴い、組織内外での競合が激化。

2事業部は次第に独立採算での体制から競合性が高まり、意思疎通が困難になっ

ていった。(同じ顧客に別々に営業にいくようになっていく)即ち、市場の状況や

競合技術の進展などについても、情報の交流が不足し、知識の統合化に欠ける状

況になっていく。

この時期は、技術的特質も組織的特質も成長期から表面的には変化していないが、

水面下では、次の衰退期に起こる技術的変化が次第に準備されていたと考えられ

る。

(4)衰退期

市場の成熟により、高性能・高価な長距離通信市場から、低性能・低価格の短

距離通信市場へとシフトする。これは同時に、高価格市場から低価格市場への

シフトでもある。

より低価格な製品への需要が高まり、モジュールの小型化、 IC 化が加速される。

このため、従来のモジュール・メーカーと、デバイス( IC)メーカーが水面下で

連携し、擬似統合的な仕様調整(標準化)を進めていった。

MSA(Multi Source Agreement)と呼ばれる競合同士の連携グループ化が進む。

事業部制があだとなってこの動きに乗り遅れた NEL 社の GaAs 事業は、やがて撤

退を余儀なくされる。

この時期は、技術での統合化が進んだが、NEL 社での組織は、分化されたままで

あり、両者の乖離・齟齬が生じたとみなせる。

事業的にも弱体化し消滅していく。

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第6章 事例研究3:無線用電子回路開発と事業化

本章では、NTT が開発した無線用電子回路技術についての開発と事業化の事例を取り

上げる。

技術の中核は、通称 MMIC (Monolithic Microwave Integrated Circuit、 混載型マイクロ

波半導体集積回路 )技術と呼ばれる無線用アナログ IC 技術に関するある種の構造提案で

ある。

周知のように、電子回路には、いわゆるデジタル回路とアナログ回路の 2 種があるが、

このうち、デジタル回路の設計については、今日、多くの設計技術が形式知化されてお

り、その結果はいわゆる CAD(Computer Aid Design、自動レイアウト設計 )技術やロジッ

ク設計ソフトとして構築されている。一方、アナログ回路の設計には、通常、複雑な配

線間ないし IC 基盤との電磁相互作用を考慮しなければならず、考慮すべき要素が多いた

めに簡単には CAD 化できず、高度な設計 適化には、技術に精通・熟練した設計者の

職人的能力に依存するところが多いとされている。即ち、アナログ回路の設計では、デ

ジタル回路の設計に比較して、設計技術者の属人的な暗黙知に依存する部分がはるかに

多いといえる。

本研究で取り上げる技術は、いわばこの暗黙知を形式知に転化させることを主眼とし

た特殊な提案技術であり、通称 3 次元 MMIC 技術と呼ばれるものである。これは、通常

の MMIC 構造上に、3 次元ないし多層構造の配線を配し、この配線構造の中に、電磁遮

蔽層を形成することにより、上記アナログ回路の問題点であった複雑な配線間ないし IC

基盤との電磁相互作用を取り除き、これに基づいて初めてアナログ回路での CAD 構築

を図ったものである。このことにより、暗黙知の部分が多く属人的な職人芸中心であっ

たアナログ回路の設計をより形式知化し、新しい事業として展開しようというものであ

った。

更に、NTT 側の意図としては、必ずしもこの事業化による直接的な利益だけでなく、

この技術の普及がアナログ回路全般の技術普及を促進し、間接的には、無線通信全般の

興隆を促し、無線通信キャリヤーである NTT そのものに資するといった、壮大な効果を

も期待していた。

この技術の開発と事業化においては、こうした技術的な特色も起因して、開発や事業

化の主体となる組織形態は様々な変質過程を踏み変化していった。この変化の位相を、

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技術的な側面と組織論的な側面、更には外部環境としての市場や競合からの視点もいれ

て分析することは、「知」と「組織」の相関関係や共進化過程を分析するうえで、非常に

興味深い。

以下、開発から事業化までの各ステップにおいて、技術としての「知」の構造上の特

徴と性格がどのように形成・構築されていったのか、またこれと関連した「組織」の変化

がどのように作用したのか、その進化の過程を調査・分析する。

Ⅰ 事例の記述

1 技術概要

MMIC (Monolithic Microwave Integrated Circuit、 混載型マイクロ波半導体集積回路 )技

術とは、GaAs や Si などの半導体基板上に、トランジスタなどの能動素子と受動素子 (抵

抗、容量、インダクタ、線路 )、また信号分配・合成回路などの受動機能素子などを一括

形成して構成する高周波集積回路を意味する。ちなみに、Monolithic(混載 )の語源は、一

つの石 (半導体基板 )の上に形成した、というところから来ている。

第 5 章でも述べたように、歴史的には半導体トランジスタは、Si が主流であったが、

1960 年代から化合物半導体である GaAs を材料としたトランジスタが開発されるように

なってきた。この GaAs は、電子速度の高速性もさることながら、導電性の Si とは異な

り、半絶縁性の基板が得られるということから、早くから MMIC 用の材料としても注目

されてきたのである。というのは、回路基板が導電性であると、回路から発生する電磁

場が基板と相互作用してしまうため、Si 基板では MMIC の製作は困難であるからである。

従って、MMIC の開発は、GaAs トランジスタが開発されるようになった 1960 年代から

始まり、良好で均一な GaAs 結晶が得られるようになった 1980 年代に本格化した。1970

年代には、GaAs 基板ではなく、テフロンやアルミナを基板としてこれに集積回路形成技

術で金属配線や抵抗素子を形成し、これにトランジスタ、ダイオード、キャパシタなど

の個別素子を実装するハイブリッド型の MIC (Microwave Integrated Circuit、 マイクロ波

半導体集積回路 )ないし HIC (Hybrid Integrated Circuit、混成集積回路 )の開発が進められ

た。

GaAs MESFET を用いた MMIC が始めて製作されたのは、1976 であり、1980 年代に

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は、米国で軍用アンテナなどへの応用が引き金となり、国家プロジェクトとしての

MIMIC Project がスタートした。 1980 年代から 1990 年代においては、MMIC は民生

用の技術として、移動体通信に用いられるようになっていった。

この GaAs 基板の MMIC は、MIC ないし HIC と構造的に良く似たマイクロストリップ

型 MMIC と呼ばれているものが主流である。これは、半導体基板の上に、マイクロスト

リップ線路と呼ばれる伝送路を形成し、薄く加工した半絶縁性半導体基板の裏面に形成

した接地導体との間でマイクロ波伝送を実現するものである。この裏面の接地導体との

アース接続のため、トランジスタやキャパシタ、抵抗などの電極が形成された半導体表

面との間に、バイアホールを形成するという構造を有する(図表 6-1 参照)。

図表 6-1 マイクロストリップ型 MMIC 構造模式図

(相川、1997、5 頁 )

一方、こうした構造上の複雑性を解消し、かつ回路の小型化を促進するため、ユニプ

レーナ型と呼ばれる MMIC が考案された (図表 6-2 参照 )。これは、従来の半導体基板両

面で構成されるマイクロストリップ線路を、基板表面だけで構成できるコプレーナ型線

路で置き換えたもので、半導体裏面にあった接地電極を、半導体表面に形成した中央の

信号線を両脇から距離をおいて挟みこむ形に、置き換えた構造である。この構造変換で、

すべての回路が、半導体基板表面だけで形成され、回路製作技術の簡便化と、回路小型

化を実現することができた。ユニプレーナ型 MMIC は、その構造上の単純性から、オン

ウエハー測定 (回路をウエハーから切り出さずに、工程途中のウエハー形状のまま、性能

測定できること )も可能であるという利点がある。

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図表 6-2 マイクロストリップ型 MMIC とユニプレーナ型 MMIC の比較

(相川、1997、8 頁 )

このようなマイクロストリップ型 MMIC、ユニプレーナ型 MMIC に対し、更に回路小

型化を図るための構造として、NTT 研究者によって、3 次元 MMIC(略称 3DM)が考案・

開発された。

図表 6-3 3 次元 MMIC の概念図

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3DM の基本概念を図表 6-3 に示す。

これは、半導体基板上に、ポリイミドと呼ばれる有機絶縁膜を形成し、この絶縁膜で

はさみながら、多層の金属配線層や、場合によっては、基板に垂直方向の 3 次元的な配

線構造体を形成するものである。

特に特徴的なのは、後述するマスタースライス型回路に多用される手法として、中間

的な配線層に、広い接地導体を配し、この上部にある配線と、下部にある配線ないしト

ランジスタなど能動素子を、電磁的に分離してしまうことができる。

こうした電磁分離技術や、そもそも多層配線構造による多層化の効果としての回路小

型の効果が、こうしたアナログ回路では極めて大きく、図表 6-4~図表 6-6 に示すように、

ほぼ平均して回路面積を 3 分の 1 に低減できるという利点が生まれた。

図表 6-4 3DM による IC 面積低減効果

(NEL 社プロモーション用資料 )

図表 6-4 は、もっともプリミティブな説明において、3DM 技術により、回路の多層化

がおこなえ、2 次元的に平面に展開された回路よりも、それを多層に積み重ねることで

回路占有面積が低減されるという原理を説明している。

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図表 6-5 3DM による IC 面積低減効果・実測値

(NEL 社プロモーション用資料 )

図表 6-5 は、実際に製作した 3DM 回路の IC 面積低減効果を実測値によって示したも

ので、様々な周波数帯(図中 C バンド、X バンド、K バンド)に対して、周波数によら

ずほぼ 3 分の 1 程度の面積低減効果が実証されている。ここでは、比較的簡単な増幅器

回路をもとに議論している。

図表 6-6 は、かなり高度で複雑な受信回路レベルでも、実際に 3DM 技術を用いて回路

製作し、やはり従来のものより 3 分の 1 程度の面積低減効果が生まれていることを実証

したものである。すなわち、回路の周波数や種別によらず、3DM 技術が、広い範囲で大

体従来の回路に比較して 3 分の 1 程度の面積低減効果をもっていることを、実際の回路

製作で実証している。

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図表 6-6 3DM による IC 面積低減効果・回路実例

(NEL 社プロモーション用資料 )

一般に、半導体回路では、回路面積が低減されると、1 枚のウエハー (半導体の板 )から

取れるチップ (回路 )数が反比例して増えることから、逆に、1 つ当たりの回路コストが低

減できる。

特にアナログ回路で通常用いられる GaAs のような高価な半導体においては、回路面

積の低減は、回路価格に強く反映する傾向がある。半導体や回路形成工程のコストだけ

ではなく、実際には、検査コストや、チップのパッケージ化コストなど多くの付帯費用

がかかるので、面積低減比そのものが、回路価格の低減比にはならないが、価格競争で

しのぎを削る半導体業界においては、この価格低減効果は非常なインパクトになりうる

ものである。

3DM のもつ回路面積低減効果、ないし回路価格低減効果に加え、その大きな技術的特

徴は、いわゆるマスタースライス型アナログ回路の実現と、アナログ回路設計の自動化

(CAD 化)である。

マスタースライス型回路というのは、デジタル回路では、ゲートアレイ方式と呼ばれ

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るものに相当する。

ゲートアレイ方式とは、ASIC など多種類の回路をできるだけ早くかつ安価に製作する

ために考え出された方式で、半導体チップ上にあらかじめ多くの基本ユニットとなるト

ランジスタをつくりこんでおく。回路の発注がなされると、この基本ユニットの間を、

配線で接続することで、自由に所望の回路を実現する。初めから、トランジスタの位置

を決めずに設計する場合に比べて、当然面積的なロスは避けられないが、逆にトランジ

スタの製作はすべて終わった段階からつくり始めることができるので、製作期間の大幅

な短縮になる。また、基本ユニットをつくりこんだ半導体基板は、あらゆる発注に共通

して使え、しかも受注時期に関係なく用意しておくことができるので、コスト低減を図

ることができる。このため、適度な性能のもとに多種類の回路を短期間につくる必要の

ある場合にはこの手法は工業的に極めて有効な手法となる。

このゲートアレイ方式に類する手法がアナログ回路でも実現できれば、極めて便利で

はあったのだが、アナログ回路の場合、前述した設計の複雑性から、この手法はまった

く成り立ち得なかった。しかし、3DM 技術を用いれば、アナログ回路でも、このマスタ

ーアレイ方式が実現できるようになったのである。加えて、3DM による電磁遮蔽効果に

より、配線の設計までもが、配線間の相互作用を気にせずに自由に行えるようになった

ため、アナログ回路としては初めて、設計の自動化が行えるようになった。

このマスタースライス方式と、自動設計 CAD を組み合わせることにより、アナログ

回路の製作時間は飛躍的に早くなり、また属人性のない簡便なものになるといえる。

マスタースライス型回路の構造断面を図表 6-7 に示す。

技術としてのポイントは、断面構造での中央に配された遮蔽用の配線層で、この存在

により、断面構造での下部(FET トランジスタを含む能動層)と上部(配線層)を遮断

し、上部で自由に配線を引き回すことで、下部に配された FET のうち、 下層の遮蔽配

線を用いて、必要なもののみを取り出し、使用して、回路を構成することができるよう

になる。このようにして、下部にあらかじめ準備された能動層に対して、あとから上部

に乗せる配線構造だけで、自由な回路設計ができるようになるのである。

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図表 6-7 3DM によるマスタースライス型回路構成(断面構造模式図)

(NEL 社プロモーション用資料 )

このときの、チップ平面構成を図表 6-8 に示す。

図中左端は、あらかじめ準備しておく FET を含む能動層と、キャパシタなどの受動素

子群で、これらを規則的に配置した基板を事前に製作しておく。図中右端は、これに

下層の遮蔽配線を被せたところで、こうして窓をあけた領域の FET をのみ使用し、あと

の不要な FET は、遮蔽配線で隠してしまうのである。

こうした技術により、はじめてアナログ回路においても、ゲートアレイ的な回路製作

が可能となる。

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図表 6-8 3DM によるマスタースライス型回路チップ構成平面図

(NEL 社プロモーション用資料 )

マスタースライス型回路の導入効果も含め、3DM による、アナログ回路の製作時間の

低減効果について図表 6-9 に示す。

図中、TAT として示しているのは Turn Around Time の略で、一回の回路製作に要する

時間の総計を意味している。

従来技術では、回路設計、レイアウト設計、回路製作に夫々1~2 ヶ月要するため、す

べての工程が終わって回路を手にするまで半年近くかかってしまう。しかも、アナログ

回路の場合、回路のレイアウトが難しく、出来上がった回路の性能が期待したものにな

るとは限らない。そこで、実際に回路を製作してから、性能を測定し、性能が期待した

ものを満足していない場合、再試作となる。このような繰り返しから、実際の回路が出

来上がるまで、1 年以上を有することもある。

一方、3DM 技術においては、特にマスタースライス技術であらかじめ FET を作りこ

んだ基板を用意しておけば、製作時間が大幅に短縮される。さらに、3DM の特徴である

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CAD を用いた設計も可能で、レイアウト設計時間も大幅に短縮される。結果として、す

べての工程を従来の 3 分の 1 である 2 ヶ月程度で終了することができ、しかも 3DM 技

術の場合、設計したものと出来上がったものとの性能の差がないことから、再試作の必

要がないため、実質的な製作時間の低減効果は非常に大きなものとなる。

図表 6-9 3DM による回路製作時間低減効果

(NEL 社プロモーション用資料 )

このように 3DM 技術は、極めてユニークであり、また画期的な特徴を数多く有する

技術であった。ちなみに、その技術的な利点を整理すると、以下のようになる。

a) 電磁遮蔽効果による設計の単純化

b) これに基く自動設計 (CAD)の実現

c) 主として多層構造による回路面積低減 (平均従来技術の 3 分の 1)

d) これによる回路価格の低減

e) 電磁遮蔽効果によるマスタースライス型回路の実現

f) これの効果も含めた回路製作時間の大幅低減 (従来技術の 2 分の 1 以下 )

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3DM 技術のメリットについて整理したので、デメリットについても整理すると、

a) 配線の製作工程が複雑なものとなる

b) その分のコストが増加する

c) 従来の回路との違いが、導入リスクを持つ(信頼性、この分野での量産実績、汎用的

な入手容易性、関連アセンブリ仕様の変更などの変更コスト)

d) 技術的には、基板となる半導体として GaAs だけでなく、Si や InP などあらゆるもの

に適応可能だが、実際に供給する NEL 社が、必ずしもこうした技術を持っていない。

(もっている他企業は、うまくアライアンスするだろうか? )

e) 実際に GaAs 半導体をもちいて製品供給する NEL の GaAs 回路価格が極めて高く、

3DM による価格低減効果が事実上のメリットにならない。

f) 回路面積低減効果は、周波数が 1GHz と低いところでは顕著ではなく、 も市場の大

きい製品には利用しにくい。

即ち、多くの点は、技術本来に起因するものよりも、新規事業としての展開方法に依

存したものである。

2 開発の経緯と事業化の背景

NTT は 1980 年代初頭から、このマイクロ波 IC(アナログ回路 )の設計簡略化の構想を

持っていた。しかし、その発想の起源は、はじめから設計の簡略化を目的の主眼として

いたというよりも、同じ技術手法がもたらす「回路小型化」や「集積化」のほうにその

目的意識があった可能性が強い。というのは、デジタル、アナログを問わず半導体回路

技術全般において、小型化と集積化は、常に研究や技術開発の強いモチベーションとし

て作用し続けてきた命題だからである。ごく一般的には、半導体回路における小型化と

集積化は、高性能化と低コスト化に直結しており、基本的に「良きこと」「追及すべきこ

と」として研究者に意識されてきた命題である。

NTT では、自身も出資している研究機関 ATR に研究者を出向させ、様々な基礎研究を

他の組織の研究者と協同で進めることを奨励しており、本研究の対象技術もこうした自

由な環境の中で黎明期を迎えている。ATRでは、設計技術の研究者のみが一人ないし

数人で研究を進めため、具体的な半導体回路の製作やその製作技術の検討は、いわばア

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ウトソーシングとして部材製造会社が請負う形で進められた。即ち、基本的には設計技

術者が主導権を握る形で、この技術全体の開発が進んでいった。この黎明期の研究の中

で、回路の集積化・小型化を極限まで推し進める構想、そしてこの集積化技術のもう一

つの側面として、配線間・基盤との複雑な電磁相互作用を遮蔽し、設計を単純化する発想

が培われていった。

ATR に出向していた研究者は NTT の研究所に戻った後にも、この技術の研究を続行し

ていく。その中で、この人事異動に伴う研究体制の変化として、製作技術をアウトソー

シングで他社の製造会社に検討依頼する方向から、自社の製造技術専門の研究所との協

同研究へと、自然に移行していった。これは、将来 NTT の自社技術として社内にクロー

ズした総合技術として実用化したいという設計技術者の思い、社内でクローズした研究

体制が研究マネジメントとして有利であるという研究管理者の判断が重なって出てきた

方針である。

当時、NTT では、主として方式寄りの設計技術の横須賀研究所と、半導体の製造技術

の研究を歴史的に進めてきた厚木研究所を、夫々別のロケーションに有しており、当該

研究は、1990 年代初頭以後この横須賀研究所と厚木研究所との協力体制のもとに推し進

められていくことになる。そして、この地理的に離れており、マネージメントとしても

全く独立運営されていた 2 つの研究所での協力関係としての研究体制は、当該研究に新

たな刺激を生み出すもととなる。というのは、製造技術検討の受発注というアウトソー

シングでの一方向的関係から、研究所としては対等な立場にある NTT 内での協力体制に

移行したことにより、製造技術研究所である厚木研究所の研究者の発言力が増し、能動

的・独立自律的な製造技術研究が孵化されていったからである。一方、当該技術の進展

のためには、設計技術と製造技術の深い融合が必要となっていった。それは例えば、製

作技術に律則された設計規準 ( 小パタン寸法や 小パタン間隔などに始まり、詳細なレ

イアウト設計の基本ルール )が、設計の具体的手法に大きな影響を及ぼし、かつ設計され

た回路性能にも大きな影響を及ぼすことが一例として挙げられる。更に、製作に用いる

材料の特性や製作条件も、回路設計に密接な関係を持っていた。こうした設計と製作技

術の強い連関性から、両研究所の研究者達は、自然に相互にルースで柔軟な連携を組み

ながら、日常的にも交流を深める形で、協同研究を進めていった。この連携の中から、

総合化技術としての進展があり、研究結果も学会や研究会、国際会議等で多く発表され

ていった。

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この時期、当該技術の技術的完成度は高まり、その特徴として、高度集積化による小

型化やそれに基づく低コスト化もさることながら、電磁相互作用の防止による設計の簡

易化、これに基づくアナログ回路で始めての設計自動化 (CAD 導入 )、あるいはデジタル

回路におけるゲート・アレイ方式 (基本的な単位ユニットとしてのトランジスタをはじめ

から IC 基盤に作りこんでおき、顧客からの発注後に回路設計に基づく配線設計を行い、

短期間のうちに回路製作をおこなってしまう手法 )と類似のマスター・スライス方式の実

現など、アナログ回路設計技術の形式知化において、目覚しい進展をもたらしていった。

4~5 年の基本検討時代を終え、研究所内では当該技術の実用化を図るため、実用化プ

ロジェクトの中で同技術の量産性、信頼性などの検討が進んでいく。こうして実用化が

検討された技術は、設計技術のみならず製造技術も含めて資料化され、場合によっては

NTT のグループ会社や競合他社への技術移転を可能にするような形式へと、形式知化さ

れていった。このことは、会社定款上、直接製品の製造販売に手をくだせない NTT とし

ては、基本的に運命付けられた開発マネジメントに由来するものであるが、結果として、

このマネジメントは技術を属人的な暗黙知から形式知へと変換する強制力としても作用

することになったといえる。

このような技術実用化への関係者の努力が実を結び、1997 年ごろから、NTT のグルー

プ会社である NEL が、この技術の利点に目をつけ、当該技術の移入により、無線 IC 市

場への参入を果たそうという事業戦略をたてていくようになる。NTT のグループ会社で

ある NEL は、NTT が開発した様々な技術を買入れ、NTT が定款上展開できない通信用

部品の製造・販売を行っている会社である。

3 事業化と事業運営

NEL は、1998 年に一種の社内ベンチャー事業として当該技術を用いた新規事業を社内

に発足させ、同事業の本格展開へと向かっていく。NTT の研究者の間では、実は同技術

を用いた独立したベンチャー会社の設立さえ話題にのぼっていたのだが、現実問題とし

て、半導体回路の製造・販売には、多くの製造設備の準備と販売体制の整備といった初期

投資・初期整備が必要であり、ベンチャーとして全くの無からの出発よりは、既存半導

体製造会社NELにおける新規事業導入という形での事業化のほうが、はるかに現実的

であると判断されたのである。

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NEL での新規事業としての立ち上げは、NEL の GaAs 事業部体制の中に組み込まれた

形で、設計部、製造部、営業部、あるいは信頼性評価、パッケージングなど、すべての

関連部門に分化した組織として行われた。設計に関しては、デジタルとアナログでは、

大幅に異なる技術内容が求められることから、設計部の中にアナログ設計に特化したグ

ループが作られた。また営業体制についても、当該技術に関連した新しいサービスとし

て、顧客の設計に基づくファンドリー・サービス (製造請負 )を発足させたこと、デジタル

回路の顧客層とアナログ回路の顧客層では大きく対象が異なることもあり、新規事業の

営業に特化したチームが編成された。即ち、組織的には、分野ごとに独立した組織に分

化され、連携体制があるとはいいながら、全体を強く統率する牽引力は働かないものと

して事業化が進められていった。

現実に事業を始めてみると、当然予想はしていたとはいえ、多くの障害に行き当たっ

た。集積化による低コスト化が売り物であった新技術は、しかし、トランジスタを形成

した半導体基板のコストそのものが、高価格の超高性能デジタル回路中心にビジネスを

展開してきた NEL と、格安の無線 IC 業界の標準とは「予想」以上に格差があったため、

その差を埋めるのは難しかったとされる。当然、成熟市場への新規参入の難しさがすべ

て集約的に顕在化したが、ひとつの大きな問題点としては、アナログ回路における設計

の自動化という新しい提案が、市場に受け入れられることが、予想以上に難しかったこ

とがある。即ち、大多数の業界技術は、既存の手法をもとに確立されており、その慣性

力をもった手法をあえて突き崩して新技術を導入するには、まだまだそのメリットのイ

ンパクトが当時の状況では弱かったと考えられる。例えば、設計自動化による設計・開発

時間の短縮をうたっても、デジタル回路に比べ比較的大きなアナログ回路商品寿命との

比較において、必ずしも大きなインパクトになりえないとか、もともと薄利多売で成り

立つ市場状況において、手法を変えることによる様々な付帯コストが比較論として無視

できないとか、成熟市場への新規参入につきものの多くの困難さが、アナログ回路の設

計自動化という新しい技術提案の受容そのものにも障害となっていた。

4 事業の変容

前節で述べたような状況下で、当初の事業戦略であった、設計自動化やマスター・スラ

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イス方式によるファンドリー・サービスの進捗は思わしくなかった。 加えて社内的な

タイミングとして も不幸に働いたのは、折からの IT バブルで、超高速デジタル回路の

売上げが急成長し、社内的にデジタル部門への集中化が急務となったため、少なくとも

暫定的にはアナログ部門を縮小せざるを得ない状況になったのである。こうしたことか

ら、アナログ部門の関係者は、大幅にデジタル部門にシフトし、わずかに残った中心人

物が各部門から集められ、数人体制でアナログ事業が続けられた。

しかし、このことは、結果的には、営業と設計・製造などの関係者がアナログ部門に

おいては従来以上に緊密な連携をとることになり、分化された大組織から、統合的な小

組織へと変化をもたらしたと考えることもできる。

結果的には、こうした組織変更とある程度の呼応を持ちながら、アナログ部門の顧客

は、設計自動化やマスター・スライスといった本来の宣伝材料とは異なり、特殊用途にお

ける回路の超小型化に特化した顧客層として現れ始める。ここでは、設計技術は、分化

された自動化技術としてではなく、総合的な暗黙知に基づくものとしての特徴が再び主

体となっていった。

この方向転換の結果、投入人材は極端に縮小されたにも関わらず、事業開始 2 年目に

は、こうした特殊用途の売上げが増加し始めるのである。

だが、更に事業環境の変化はダイナミックに変化し、全世界的な IT バブル崩壊により、

NELは大幅な事業戦略転回を強いられ、半導体回路部門はほとんどといってよいほど

撤退を余儀なくされ、この中で、当該技術による新規事業そのものもNELの中では消

滅していった。

この消滅期をしばらく経た後、しかし時代の流れは更に変化し続け、IT バブル崩壊と

はいえ、日本国内では光通信の普及が進み、無線通信にも大容量化の要請が働き、無線

用 IC の小型化や低コスト化への動きは、再び新たな局面へと入っていく。

そして、NTT によって開発された当該技術は、形式知として特許や技術移転という形

を通じて、今度はグループ企業ではない他社へと技術移転され、全く新たな場で息を吹

き返していく。これは、前述した NEL の事業としては直接的な継続ではないが、間接的

に NTT 技術が生き延び、新たな展開へと変容したものとも見ることもできる。

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Ⅱ 事例の分析

事例にも現れているように、現実の事業は多くの内在的・外在的要因に左右され、その

進展は単純な原理に基づくものでは決してない。しかし、その進展ないし転回のポイン

トとなる各場面での因果関係の分析により、事業の歴史の中からある程度、普遍化の基

礎となる知見を導きだすことができると考えられる。本節では、事業としての進展や転

回との関係に注意しながら、事業の中核であった「知」の進化過程と、それを支えた人

的「組織」の進化過程の関連性について考察してみたい。

1 ミクロ分析

(1)技術的特質

図表 6-10 に、GaAs 技術や PLC 技術の例にならって 3DM 技術の特質をまとめてみた。

基本的には、その技術開発の趣旨からいっても、3DM 技術は、互換性にとみ、他の技術

との共通性や汎用性を第 1 の特徴とする技術であった。

図表 6-10 3DM 技術の特徴 (1)

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しかし、現実には、この事業をおこなった NEL 特殊事情、市場との齟齬などからこう

した汎用性は現実の力とならず、むしろ 3DM 技術に隠されていた特化技術としての特

性(図表 6-11 参照)が事業に活かされる形となった。こうした点に技術と事業とのマッ

チングの難しさが感じられる。

図表 6-11 3DM 技術の特徴 (2)

(2)組織的特質

一方、技術的特質との微妙な相関のもとに、3DM 事業を支えた組織の特質も様々に変

化していった。

3DM 技術の開発とその事業化は、実に様々な種類の局面を通過し、その技術内容も、

組織形態も多様に変化していった。

本事例については、事業化時期のみならず、開発時期においてもその変遷を詳細に追跡

し、「知」と「組織」の相関性を観察しよう。

- 161 -

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まず技術の黎明期において、設計技術の研究者が、自律的な「場」において研究を開

始したことは、この技術が基本的な発想としては、設計技術と製作技術の密着した関係

の中での方向性ではなく、設計技術自体を自律的に追求する方向に向かわせた大きな牽

引力となったと考えられる。通常、この種の技術開発は、設計者と製作担当者の緊密な

連携のもとに行われるため、逆にそのどちらか一方にのみ強い比重をおいた研究方針に

なりにくいきらいがある。本技術においては、その初期的な発想が、大胆な構造設計の

改変というところに焦点があたっていたが、そうした発想へと導くには、或る意味で偶

然も働いたが結果的に適切な環境条件であったと考えられる。即ち、この初期における

「組織」の分化は、本技術の特徴となる「知」の分化をもたらす重要な素地となってい

たと整理することができる。

一方、当該技術は、その進展を図るため、と同時に、技術の自社内への囲い込みを図

る意図もあって、NTT 内での 2 研究所の協同開発へと進展する。この時期の技術は、製

造技術の制約がもたらす設計規準への影響など、技術の総合的な成熟と完成が必要な時

期であった。こうした技術的な進展内容と呼応する形で、2 つの研究所は適度な独立性・

自律性を保たれながら、他方、ルースな連携が次第に深まり、頻繁な打合せや研究者間

の日常的な交流を通じて、組織的な統合性を深めていった。即ち、「知」の統合化が、「組

織」の実質的な統合化へと、導いていき、これが技術の成熟と事業化への基礎となった

ものと考えられる。

次に NEL における新規事業として、事業開始以降について分析しよう。

当時既に組織的に分業化が進み、企業規模を拡大しつつあった NEL にとって、新規事

業といえども、いやむしろ新規事業であるがゆえに財務実績がないため、全く独立した

組織 (社内ベンチャーや独立事業部など )で統合的に進めることはしなかった。これは、

ある意味で、当該技術の部分的な成熟を加速する効果があったが、一方で、統一的な戦

略化や、総合的な指導力を犠牲にする結果となった。また、営業サイドの「知」、設計サ

イドの「知」、製造サイドの「知」、アセンブリ・サイドの「知」など様々な「知」の分化

が促進され、統合性は逆に損なわれていったと考えられる。即ち、「組織」の分化が「知」

の分化へと波及していったものと見ることができる。 しかし事業としての現実は、皮

肉にも、当該技術の特徴であった設計の分化としての自動化を、当時の市場が受容しな

かったことによる齟齬が、結果として事業の拡大を阻むものとなった。

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その後、必ずしもポジティブな要因ではなかったが、NEL の社内事情からアナログ事

業の縮小が起こり、小さな規模での統合化が逆に起こる結果となった。この過程で、元

設計担当者の営業活動への参加度も強まり、回路高集積化小型化に特化した顧客の要望

に応える統合化技術として受注が進んだ。この過程は結果として「組織」の統合化と「知」

の統合化が呼応して進み、それなりに事業の進展に寄与した過程として見ることができ

る。

終的には、外部状況とこれに基づく社内事情で、NEL が半導体回路製造事業から撤

退し、当該技術の事業も一時的に消滅した。しかし、技術資料や特許として、また設計

技術部分と製造技術部分と分化されて形式知化された技術は、逆に組織の枠を超えて、

他社の事業の中に復活を遂げることとなる。これは、「知」の分化が基礎となって生じた

事業主体の分化・移植過程とみることにより、技術の事業化が形を変えて継続されたも

のとして理解することもできる。

このように 3DM 事業をめぐる「知」と「組織」の分化・統合化のプロセスは、きわめ

て複雑であるが、互いに相関し触発や加速化を行い、事業全体の進展に複雑に作用して

いる。各々が独立に進化を遂げてきたというよりは、幾分、様々な偶発的な効果や流動

的な外部条件の影響を受けながら、互いの連関のなかで進化し、「共進化」を遂げ、その

結果が事業の進展に寄与している、と結論付けられる。

2 マクロ分析

(1)関連組織(親企業)との関係

3DM 事業は、GaAs 事業同様、PLC 事業とは異なり、NTT のグループ会社である NEL

の中で、しかもデジタル回路ビジネス中心で事業部化されている組織の中に発足する。

このことは、3DM 事業の方向付けを大きく左右した。前述したように、NTT の研究者の

間では、実は同技術を用いた独立したベンチャー会社の設立さえ話題にのぼっていたの

だが、現実問題として、半導体回路の製造・販売には、多くの製造設備の準備と販売体制

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の整備といった初期投資・初期整備が必要であり、事実上、既存半導体製造会社 NEL に

おける新規事業導入という形での事業化しか、当時の状況では事業化の道はなかったと

考えられる。

図表 6-12 に、3DM 事業を取り巻く時代状況を図示する。

GaAs 事業についても述べたが、この 3DM 事業の開始時期は、通信市場がマルチメデ

ィア化へ進み、インターネットの普及が進み、NTT が事業収益の見直しを迫られていた

時期であった。このことが、NEL 内においても、事業の収益性が重視され、3DM 事業も

NEL 側の期待としては、この収益性向上への将来への布石として計画されたものであっ

た。しかし、実際には、無線市場は、技術的な類似性が高いにもかかわらず、NEL の経

験したデジタル市場とはまったく市場の性格が異なる成熟市場であり、NEL にとっては

過去の事業経験が必ずしも参考にならない全く未経験の分野であることが分かるのであ

る。そうした未経験な分野に参入するには、NEL 側の準備が十分成熟していたとは言い

難いかもしれない。

図表 6-12 3DM 事業を取り巻く時代状況

(NEL プロモーション資料)

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こうした背景のもと、図表 6-13 に示すように、3DM 事業については、PLC 事業に比

べ、自律性や多様性の確保は難しく、この点は GaAs 事業と共通していた。これはまた、

事業のタイミングと外部環境との関係によって、制約を受けたということである。

図表 6-13 3DM 事業に対する NTT の選択

図表 6-14 は、マーケティング・リサーチ会社 RHK の資料によるこの時期の世界の無

線回路市場のシェア分布図である。

図に見られるように、無線回路市場においては、既に実績の厚い多くの企業が市場を

割拠していた。特に米国の場合、Raytheon をはじめとして、膨大な軍需に支えられた巨

大企業がこの無線業界を支配しており、軍需で得られた資金を基に、M&A で更に巨大

化を遂げていく企業も少なくはなかった。そのような成熟市場に新規参入を図るには、

多くの参入障壁が待ち構える。特にこうした量産中心の市場で、量産実績がない、超低

価格でもない企業が参入するのは非常に困難である。

こうした点から、実は 3DM のような特殊な技術の事業化を図る場合は、NEL にとっ

て不得手な低価格化量産市場ではなく、どちらかというと特殊なニッチ市場からはじめ

るべきであった。

- 165 -

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図表 6-14 無線用回路世界市場の規模とシェア

(出所:RHK)

実際、NEL の 3DM 事業では、既に 2 年目から、通信ではない、こうした特殊用途の

顧客が開拓されていったのである。この分野では、ほかの競合と比較されるような低価

格化ではなく、3DM でなければ絶対に実現できない超小型化がポイントとなった市場で

あった。量産規模もむしろ全く小さく、従ってこうした新規ビジネスを開始するには適

した分野が発掘されたのである。

こうしたニッチな市場で、他の技術が追随できない状況での事業化を進め、事業を少

しずつ拡大することが、恐らく 3DM 事業にとって 善の道であったと考えられる。

しかし、前述したように、NEL や NTT を取り巻く外部環境は、必ずしもこうしたプ

ロセスを許せない、過酷なものとなりつつあった。投資回収に時間がかかり、しかも回

収額も急増しない分野に、当時の NEL として長期的な事業育成を行っている余裕はなく

なっていた。即ち、3DM 事業と外部環境とのマッチングは効果的には行われなかったの

である。

- 166 -

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3 時間軸分析

本事例でも、事業の進展の過程を、「知」の分化・統合の過程、「組織」の分化・統合の

過程という 2 つの関連性として捉えてみることができた。本事例においても、「知」の進

化と「組織」の進化は、各々が独立して進むというより、互いの密接な関係性の下に、

刺激や加速を与えながら「共進化」するものとして理解することができた。

現実の事業は、多くの要因の複雑な絡み合いの中で進展しており、その要因をひとつ

の視点だけで単純化することはできないが、事業をこのような「知」と「組織」の共進

化プロセスとして観察・理解することが、事業経営の重要な視座となることだけは間違

いないものと考える。

ミクロ分析、およびマクロ分析の結果得られた知見をもとに、図表 6-15 および図表

6-16 に、3DM 事業における「知」と「組織」の相関、そして内部環境と外部環境との関

係を、先の 2 つの事例とも比較しながら、まとめた。

図表 6-15 3DM 事業における「知」と「組織」

- 167 -

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技術の汎用性という観点でみると、3DM 技術は、通信だけでなく無線一般に用いる

ことができ、このことは医療や測定機器など様々な応用に対して適用可能性をもつこと

につながる。

一方、要素技術についてみると、本来、要素技術のもつ強い暗黙知依存性を断ち切ろ

うというのが、この技術の目的であったが、結果的には、回路の超小型化に関して、特

殊な暗黙知をもつ技術でもあるという側面をもち、要素技術間の暗黙知共有性について

も、技術の進化の途上で、様々な形態をもってきている。

実際の事業としての組織運営は、NEL の既存の事業部の中で、やや権限構造があいあ

まいなまま進んだ面があり、「知」と「組織」の整合性についてみると、ニッチ市場に特

化してからは、少人数によるルースで統合的な組織形態が比較的よくマッチし、「知」と

「組織」の共進化モードがあったものと考えられる。

図表 6-16 3DM 事業における内部環境と外部環境

一方、外部環境との整合性について図表 6-16 で概観すると、無線市場が成熟市場であ

り、当初は市場にうまく参入できず、その組織も有効に働かなかったものと考えられる。

しかし、ニッチ市場特化の時期には、比較的、市場と「組織」と「知」の相互関係がう

- 168 -

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まく働き、共進化モードにより、事業としても発展方向にあったと考えることができる。

3DM 事業については、その時期によって、「知」の特質も「組織」の特質も大きく変

化しており、この変化が外部環境とうまく整合するかどうかによって、事業の発展も大

きく左右されていたと考えられる。

以下、事業の成長位相にそって、本事業の時間的推移をまとめる。

(1)衰退期

3DM 事業はもともと NEL 社が将来への布石として、無線用回路に進出するため

の足掛りとして計画された。

しかし、このとき、無線回路市場はすでに成熟期から衰退期に向かう時期に近く、

新規参入を図るには、極端な低コスト化や量産経験など NEL 社にとっての障害が

大きすぎた。

このため、当初の 1 年はなかなか売上が経たなかったが、この間に IT バブルから、

NEL 社は急成長したデジタル回路 GaAs 事業に傾斜し、3DM 事業は組織内で縮小

されていった。

この時期、市場や競合の業界では、技術は暗黙知中心の統合的なものであったが、

NEL 社のほうではこれに分化した組織で新しく形式知化した技術を普及しよ

うとしたが、うまくいかなかった。外部環境としての影響を受けた技術の特質

と、自社の組織の特質には齟齬があったといえる。

(2)創生期

特化市場開拓での再生(新市場での事業創生期)。

3DM 技術の汎用性に焦点をあてたマスタースライス・ビジネス(設計サービス、

自動 CAD 販売)は外部環境としての市場の需要とマッチングせず事業化が困難

であったが、3DM 技術の超小型化カスタマイズという特徴については、無線通

信以外の顧客が現れてきた。このことと、3DM 事業組織の人数縮小による「知」

の統合化(暗黙知の共有)がいみじくも対応して進んだ。

結果として、3DM 技術は、その汎用性という技術側面ではなく、カスタマイズ

(特化)という側面として、市場需要と結びつき、事業化が進んでいくこととな

った。

- 169 -

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しかし、NEL 社の GaAs 事業そのものからの撤退により事業としては消滅した。

この時期は、それなりに、技術の特質と組織の特質が整合し、小規模とはいい

ながら事業が進展しかけた時期とみることができる。

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第7章 総括:事例における「知」と「組織」の共進化

第 4 章、第 5 章、第 6 章にて、調査した 3 つの事例について、ミクロ分析(内部環境

の分析)、マクロ分析(外部環境の分析)、時間軸分析(事業の時間変化との関係につい

ての分析)という 3 つの分析スキームに従い、事例における「知」と「組織」の相互関

係について分析を行ってきた。

本章の前半では、3 つの事例についての知見を総括することで、「知」と「組織」の共

進化過程をまとめ、まず各事例ごとの共進化への条件と課題を明らかにすることとした

い。また本章の後半では、これに基づき、3 つの分析視点ごとに各事例を比較検討し、

事例の背後に潜む各因子の因果関係を考察し、本研究の成果となる命題導出につなげて

いく。

Ⅰ 各事例における「知」と「組織」の共進化過程の抽出

前章までに記述した 3 つの事例について、「知」と「組織」の共進化過程を整理し、各

事例における共進化の共通点や要件を知見としてまとめていく。

1 事例1における「知」と「組織」の共進化過程

PLC 技術の技術的な特質は、各要素技術が密接な相互依存性をもっており、いわゆる

「すり合わせ」性の強いものであった点である。また、応用先としての光通信について

も、システムそのものが顧客ごとにユニークなものであり、部品としてカスタム・メイ

ド的な個別仕様が求められるものであった。PLC素子は、光通信に特化されたものと

して独自に開発された技術で、他の応用への適用性や、逆に他の技術との互換性はほと

んどなく、極めて個別性の高い技術として確立されている。

一方、PLCの事業化を担った PIRI の事業運営の大きな特徴は、創業者宮下忠氏が、

NTT研究所での開発研究時代から継続的に持ち込んだルースな組織運営にあると考え

られる。宮下氏は、米国バテルの協力を得て米国人の技術者、マーケター、財務担当者

を雇い入れ、日本の子会社的なスタイルではなく米国独立企業のスタイルでの経営に努

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Page 172: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

めた。だが偶然ではあるが、米国の中でも雇用流動性の激しいシリコンバレーではなく、

実質的終身雇用と企業への忠誠心の高い地方文化をもつ片田舎での起業であったことも

影響して、米国人従業員も含めて PIRI は、従業員忠誠心の強い、自己主張はしながらも

どちらかというと「和」を重んじる日本的な組織形成が進んでいった。これにより技術

開発に関係する NTT、PIRI 双方とも、組織の壁にとらわれず自由に担当者同士が相談す

るルースな組織が生まれ有効なものとなった。また、米国人マーケターは、顧客との親

密な関係性のもとに、製品仕様に関する暗黙知を手に入れ、この人的交流を介して、PIRI

内部および NTT の日本人技術者に伝えていった。創業者宮下氏はこうした PIRI の共同

体的組織を自ら評して、「中央からの支配が届きにくい辺境の地において運命共同体的な

『村型組織』が有効に作用した」と述べている。

こうした宮下氏の個人的な影響力が強く働く形で事業が進められるには、当時の PIRI

を取り巻く外部環境が、まず米国から日本への自由化圧力が半導体摩擦を背景として強

まり、NTT の民営化が促進され、NTT の新規事業進出の奨励が背景にあった点を考慮し

なければならない。当時、新規事業の起業にあたり、NTT は外部からの学習と、NTT 職

員の意識改革を図るため、合弁の積極的導入とベンチャー化を推進した。こうしたこと

から、新規事業に対しては、自律性の重視、合弁先との非対称関係による学習の推進な

どの条件が外部環境として作用した。組織外からの学習の重視は、NTT 本体と新規事業、

ないし合弁先などとのルースな関係を許し、一方でNTT側の支援についてもある程度

保証する形で環境が整えられた。

こうした外部環境と、内部の組織の特質、そして技術の特質は見事にマッチして、互

いに共鳴し助長しあう共進化過程を生み出したと考えられる。PIRI の事業が、 終的に

は、市場に通用する PLC 素子を開発し、市場を席巻するようにまでなったことは、この

事業化を成功として考えられる十分な成果である。たまたま、 IT バブルにより、PIRI

はキャピタル・ゲインにして 200 倍以上という投資効率で買収されたが、そのことを持

って PIRI 事業を成功と考えるのは、必ずしもこの事業の本質をついたものではない。

PIRI の開発した PLC 素子が、光通信技術を根底から変革する可能性をもたらしたことが、

NTT としてもまた PIRI 事業に携わった人々にとっても、重要なことであり、まさにそ

れがこの事業の組織を超えた共通ミッションであったからである。

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本事例の場合、技術の中核となった「知」の特質が、多分野の異なる人々の暗黙知の

共有を必要としたことが、組織論的にルースで柔軟な運営の有効性を導いたと考えられ

るが、逆に米国企業に買収後は、こうした「知」と「組織」との共進化が崩され、周囲環

境との齟齬によって消失にむかったことが示唆される。即ち、事業の中核的な技術の特

質は統合的・相互依存性の強いものとして維持されたにもかかわらず、事業を担う組織

は、買収という外部環境の変化により、独立・分化性の高い特質の異なるものへと変化

したため、両者の間に齟齬が生じたと考えられる。この齟齬が、事業そのものの消失に

対しても、ひとつの因子として働いた。

このことは、技術及び事業の発展にとって、あくまで「知」と「組織」が変化するも

のであるということを前提に、つねに両者が共進化するモードを探りあてながら、知識

経営と組織経営の両者を整合性よく進めていくことの重要性を示唆している。

事業の成長・時間的推移の中で、この共進化の有無に着目して、各成長の位相を整理

しなおしてみよう。

① そもそも技術開発当時から「村人」的人間関係のある地方研究所で、互いの知恵(暗

黙知)を集めながら協調的に技術開発を行っており、この人間関係をベースに事業

化へと向かう時点で、たまたまオハイオ州の地方文化を背景に企業組織が形成され、

組織内部でも親企業など外部との関係性においてもルースで柔軟な協調的組織が形

成されていった。このことが、技術そのものの統合性とよく整合し、こうした共進

化経営の中で、事業は創生期と成長期を迎えていった。このとき、自律性の高い外

国での起業であったことは、NTT 組織からの自律性の獲得や多様性の導入に有効に

はたらき、かつ創業者と親企業との絶妙な密着により事業の困難期においても、親

企業の継続した支援を獲得することができた。

② しかしその後、急速な事業の発展を支えた IT バブルが、投機熱をあおり、事業の成

熟期を迎えると事態は急変する。バブルによる PIRI 社の買収後までを含めた議論を

行うと、米国ないしカナダ系大企業からの被買収後は、結果的に組織として比較的

タイトな分化された組織に変質せざるを得なかった。その過程で、キーエンジニア

の離反や組織の弱体化を招き、技術開発力も低下し、 終的に事業は消滅した。こ

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Page 174: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

れは技術としての「知」が暗黙知中心に形成されていたにもかかわらず、組織的に

はルースな統合からタイトな分化を強要したために、不自然さと齟齬を生じ、事業

として衰退したものと考えることもできる。

③ 一方、PIRI 社の消滅後、PLC の基本技術は、NTT のグループ会社 NEL 社〔NTT エ

レクトロニクス社〕に引き継がれていく。IT バブル崩壊後も、基本的にはインター

ネットによる光通信の需要は継続して増加していき、通信の末端顧客に近い短距離

通信の分野での安価なスプリッター(簡易ケーブル数変換器)の需要が高まった。

PLC 技術を高度な AWG ではなく、技術的に簡便なスプリッターに応用し、NEL 社

は急速に事業拡大を行う。このとき、技術は簡便化され形式知化され中国に移転さ

れ、アウトソーシングで大量生産が行われる。事業を支える組織も、分化・独立性

の高いものとなっていくが、これはこの量産体制には整合したものであり、ここで、

第2の技術と組織の共進化が生まれたものとみなせる。

このように、PLC 事業の時間的推移の中には、「知」と「組織」の共進化により、事

業が促進・発展するモード、逆に両者の齟齬により事業が弱体化するモード、再び両者

の整合性が高まり事業が伸びていくモードと、3種類のモードを観察することができる。

2 事例 2 における「知」と「組織」の共進化過程

時分割多重化技術の部品技術的な基礎は、GaAs 高速電子回路技術であり、これは本質

的には開発の経緯でも示されたように、コンピュータなど応用範囲は極めて広く、汎用

性の強い基本技術であった。また、要素技術としての材料、製造、設計、評価、アセン

ブリなど多くの基礎技術は、それ自身独立性が高く、個別に開発が進む要素も強かった。

このため、トランジスター技術そのものの進展や改良は、通信応用分野だけでなく、広

く行われその結果が通信用技術の進展に直接反映する状況であった。こうした技術的特

質は、開発や事業化においても、回路やモジュールなどが独立に発展していける素地と

なっていた。

一方、こうした技術の特色は、例えば Christensen[1999]が磁気ハードディスク技術に

関して指摘したように、安価な Si 半導体 IC の高速化が汎用市場で進み、通信分野で主

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Page 175: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

流であった高価な化合物半導体 IC 市場をある時点でドラスティックに侵食するなどの、

市場におけるデコンストラクションを誘発した。こうした市場におけるパラダイムシフ

トは、通信用トランスポンダの構成階層としての、モジュールと回路・デバイスについ

ても、仮想的な統合や過渡的な統合を生み、バリューチェーンの様々な変容をもたらし

た。技術的特質は、常に一定のまま継続するのではなく、その進化に応じて変化し、特

質そのものが変容していくことがあるという意味では、PLC 技術とその特質の変容の仕

方は正反対ではあるが、変容そのものの存在という意味ではよく似ている。

GaAs 事業は、NTT のグループ会社としての NEL の中で、事業部制を軸に進められた。

次第に新規事業の収益性を問題にする NTT の方向付けの中で、NTT の試作請負会社と

してではなく、NTT 外の一般汎用部品・装置を扱う製造メ量産製造会社として自立を目

差す NEL にとって、GaAs 事業も、当初のベンチャー的色彩から、速い時間で、収益性

のある単体事業として育てていく必要があった。そのため、事業部制は、適切な選択肢

であり、更に次第にビジネスとして形を現しはじめたモジュール事業についても、回路・

デバイス事業から切り離し、モジュール事業部をして切り出すことは、量産体制を整え

る意味で有効であった。

この NEL での GaAs 事業の発展時期は、時代環境としては、PIRI の起業を促した 1980

年代の NTT の内部事情とは大きくことなるものであった。GaAS 事業が本格化する 1990

年代後半は、NTT としては拡大した多数の新規事業について、その収益性を再考し、再

編成する時期にあたり、各事業は収益性の確保という視点から事業経営の 適化が求め

られた時期である。従って、NEL も NTT への試作会社からの脱皮と自律的な一製造会

社として量産化への合理的な組織作りが求められた時期であり、こうした時代背景が、

この時期の NEL の GaAs 事業経営のあり方に深く反映している。

こうした GaAs 事業における「知」と「組織」の関係を見ると、技術的階層内の可換

性、階層間の独立性が強いこと、即ち事業の核となる「知」が形式知化しやすいという

特質があり、これが事業組織の独立・分化を促進し、その中で共進化する方向性を形作

ったと考えられる。IT バブル期の急激な需要増加に対応していた時期の NEL において、

「組織」と「知」の共進化は形式知を軸に比較的有効に行われ、これが事業の進展にも

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Page 176: 事業化と事業運営・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ … · 2 事例2 における「知」と「組織」の共進化過程・・・・・・・・・・

寄与していたものと整理される。

しかし、半導体産業全体でのパラダイムシフトにより起こった垂直統合化と水平分業

化の相克のように、技術の進展は、暗黙知と形式知のバランスも変化させ、「知」の階層

化や分化、統合化をその成長位相に依存して変化させる。成長期に入ることで起こった

通信用トランスポンダ市場での需要のパラダイムシフトは、競合メーカー同士の MSA

によるバーチャルな垂直統合化をもたらし、対応する「知」の暗黙知化と、ネットワー

ク化が進んだ。このような外部環境としての業界全体での「知」の変化に、NEL の「組

織」が俊敏に対応できなかったことに、GaAs 事業の危機の誘因の「ひとつ」があったと

考えられる。無論、事業の発展や衰退の底には多くの因子が働いており、技術的な課題

や進捗状況、競合技術との進化のタイミング、競合企業や顧客層の動き、企業の社内事

情、財務的環境などなど非常に多くの因子の絡み合いが具体的な事業成績を構成する因

子となるものである。しかし、本事例において、組織的な行動と経営における外部環境

との齟齬が、ひとつの無視できない重要な因子であったことは否めない。

事業の成長・時間的推移に従って、「知」と「組織」の関係性を整理しよう。

① 開発から事業開始当初は、比較的少人数の組織により、暗黙知の共有化の中から技

術的にも製品の完成度が高められ、市場との整合性もとられて、統合的に技術も事

業も創生されていった。

② やがて事業の成長期を迎え、形式知として技術が完成され、デバイス回路技術とモ

ジュール技術が分化していく。またこれと呼応して、組織のほうも、デバイス事業

部とモジュール事業部という2つの独立性の高い事業部へと変化していき、「知」と

「組織」の共進化は全般的には形式知を中心に良好に進んだと考えられる。特に量

産事業においては、事業部制による分化下組織、タイトな組織関係が有効に働いた。

③ 一方成熟期を迎えたITバブル前後では、市場の急速な変化により、業界では統合

的なルースな組織関係に基づく新たなバリューネットが形成されていった。しかし、

NEL の組織は事業部制による慣性が強く働きすぎ、「知」と「組織」の共進化のモ

ードが崩れ、齟齬を生じたと考えられる。単にITバブルが崩壊したことだけでは

なく、市場の「知」や組織間関係の変化に追随できず、外部環境としてのパラダイ

ムシフトに対応できないまま、NEL の GaAs 事業は撤退へと進んでしまう。

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全体を振り返ると、創生期および成長期においては、「知」と「組織」の共進化のモー

ドが観察され、事業も良好に拡大したが、成熟期以降は、逆に両者の間に齟齬が生じ、

事業も撤退へと向かっていった。この事例は、PLC 事業の場合とは異なり、「知」と「組

織」の共進化において、「知」および「組織」夫々がもっている慣性力と、共進化のため

のモード変換との間の、微妙なバランスの重要性を物語っている。

即ち、「知」も「組織」も外部環境も、現実には目まぐるしく変化している、その中で、

「知」と「組織」の相互関係の変化を注意深く考察しながら、現実の「知」や「組織」

がもっている状態保持の慣性力と、新しい相互関係のモードへと変化していくタイミン

グをどのように見出すか、という極めて難しい課題でもある。

しかし、こうした問題意識を先鋭化させ、目まぐるしく変化していく外部環境に適応

し、パラダイムシフトを乗り切っていかなければ、事業の存続と発展は望めない。この

事例は、こうした共進化の難しい側面を浮き立たせているように思うのである。

3 事例 3 における「知」と「組織」の共進化過程

事例 1 および事例 2 は、各々、暗黙知中心あるいは形式知中心に、「比較的」一定した

技術的特質を維持したまま、進化した事例であるといえる。

これに対し、事例 3 は、その技術的特性が状況に応じて変化していき、また従って、

対応する組織の形態も様々に変化した事例と考えることができる。

3DM 技術というものが、本来、アナログ回路の暗黙知を低減し、形式知化する典型的

ツールとして開発された点にも、この技術の非常にユニークな位置付けを見ることがで

きる。基本としている設計ツールや、製造技術など、要素技術は、デジタル回路とアナ

ログ回路ではかなりの部分で共通性もあるが、アナログ回路の場合は、パタン設計など

に暗黙知的な要素が多くあり、アナログ回路独特の専門性を形作っていた。3DM 技術は、

こうしたアナログ回路の特質を打ち砕く、インパクトの高い技術として、事業化が意図

された。

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しかし 3DM 事業は、事業のタイミングとしてはある意味でのミスマッチをもっては

じまったといえるかもしれない。不幸にも、PIRI のように、NTT 全体が挑戦的な新規事

業を推奨し、肝要にその成長を見守る時代的背景はなかった。NEL の中で始められた時

点でも、新規事業であるにもかかわらず、すでに量産的なフェーズの事業部の中に組み

込まれて始まっている。そして、実は NEL にとっては、全く未経験の市場分野であるに

もかかわらず、当初から量産受注や売上ベースでの即効的な期待を抱かれながら、事業

は開始された。しかし、客観的に見れば、当時の無線回路市場は低価格競争中心の成熟

市場であり、新規参入を果たすには、当時の NEL の体制は、客観的にはこの事業に不向

きなものであったといえよう。

即ち、市場全体は従来のアナログ技術をもとに暗黙知中心の技術と統合的組織により

運営されており、これを打ち砕くほどの力は当時の NEL 社にもまた3DM 事業にもなか

った。従って、むしろ市場との整合性の悪さがそのまま裏目にでて、この事業はのっけ

から難航することとなるのである。

実際の事業では、むしろ 3DM を用いた特化性の高い、特殊設計技術としてニッチ市

場が見つかった点はある意味で皮肉な話でもある。事業開始2年目以降は、むしろ 3DM

技術のもっている特化性・特殊性に惹かれた顧客が現れはじめ、超小型化を主眼とした

特殊市場が開拓されていく。このとき、3DM 事業の組織は、NEL 社内で大幅に縮小され

ていた。これは、 IT バブルにより前述した GaAs 事業(基本的はデジタル技術)が急速

に発展し、経営資源を集中させる必要から、アナログ事業は2の次とされ、大幅に力を

そがれていったのである。しかし、偶然にも、このことは、ニッチ市場の開拓には有効

に作用した。少人数の小組織となった 3DM 事業関係者の間では、逆に暗黙知の共有が

しやすい体制となり、この市場開拓にはむしろ整合していたと考えられるのである。

即ち、3DM の開発過程や、事業縮小化以降の組織形態は、それなりに「知」と共進化

するモードの中で進められたと考えられる。

開発過程では、組織の分化とルースな組織間関係が有効に働き、「知」の形成に有効な

モードを作っていったと考えられる。また、実用化を意識するようになってからの、「知」

の形式知化や開発組織の分化など、比較的スムースに行われた。しかし、事業化以降に

ついては、事業部として確立されていた組織の中での「知」の共有化には課題があった

- 178 -

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ようである。或る意味での、組織の縮小がニッチ市場の開拓に有効に作用した点を考え

ると、その後も「知」と「組織」の共進化のモードをうまく制御できれば、事業として

育成していくことができたかもしれない。

現時点から眺めてみれば、種々の意味で、当時のタイミングは、この事業に不幸に働

いた。 IT バブルによって NEL のなかでの無線回路事業の意義がいっきに小さなものに

なっただけでなく、無線回路事業の基礎となる GaAs 事業までもが、 IT バブル崩壊によ

って撤退の憂き目をみる。NEL 自体の経営としても、バブル崩壊後の財務危機を乗り越

えるためには、無線回路事業などのつけいる隙間はなかったと考えられる。

すなわち現実の事業においては、市場という客観的な外部環境も重要であるが、同時

にこうしたものの影響を受けつつ、事業体の組織内部における属人的な人間関係や属組

織的な状況などの内部環境のほうも、場合によっては、事業の存続により致命的な影響

力をもつのである。

事業において、市場という外部環境の分析には注意を傾けるのは当然であるが、組織

内部の環境に十分な分析と考察を持つことは必ずしも十分になされない場合が多い。し

かし、事業の育成、存続と発展には、「知」との共進化モードとともに、組織の内部環境

の適性とタイミングがことのほか重要であるという教訓をこの事例は告げているように

も思う。

本研究のテーマは、事例の分析を通じて「知」と「組織」の共進化経営の道を探るこ

とであるが、当然のことながら、事業の発展の条件は「知」と「組織」の共進化だけで

はない。「知」と「組織」の共進化をひとつの重要なファクターとして考えながら、同時

に事業を成立させる多くの諸条件との相関関係についても、念頭に置きながら、こうし

た分析を進めることが重要であろう。本研究はそうした広大な視野のなかでの、ひとつ

のステップとして位置付けられる。

事業の成長・時間的推移にそって、「知」と「組織」の共進化について整理sてみよう。

① 研究当初、暗黙知であった技術は、設計者よりに分化した研究所で、暗黙知を形式知

に変える技術として誕生し、再びルースな組織関係の中で暗黙知として発展し、特許

などの形で形式知しながら、NEL の中で分化された組織の中で事業化へと向かった。

- 179 -

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しかし、市場では、技術は暗黙知中心のものとして固定化され、形式知による当該技

術の進出は難しかった。即ち、事業創生期においては、「知」と「組織」の整合性は

さほど悪くはなかったものの、市場環境との整合性が悪く、結果的に事業としては困

難なものであった。

② 一方、社内での事業縮小後、ニッチ市場として、無線通信以外の分野で超小型化に特

化した特殊技術として、当該技術の暗黙知の部分が活用され、事業が育ちはじめた。

縮小によってルースな統合化を遂げていた組織はこれに整合したものと考えられる。

こうした複雑な循環を繰り返しながら、3DM 事業は進んだが、残念なことに、これを

支える GaAs 事業の崩壊とともに、事業として消失した。ただし、当該技術は、ふたた

び、特許のライセンス化という形で形式知化され蘇り、他の事業組織で受け継がれてい

くことになった。

基本的には、3DM 事業においても、ニッチ市場開拓期においては、「知」と「組織」の

関係は整合し有効に作用し、共進化したものと考えられる。事業化の過程で、当初、量

産市場を目標とすることで、タイトな分化した組織に偏り、停滞していた時期もあるが、

様々な要因が重なって、よりルースな組織で暗黙知中心の技術へシフトしていったもの

と観察される。

ただし、この事例では、研究開発時期はともかく、事業化が開始されてからわずか 2

年で実質的には事業縮小に向かっており、ほとんど事業実績を残しているとはいえない。

したがって、事業の立ち上がり時期までしか、「知」と「組織」の共進化は追跡できない

のである。

Ⅱ 各分析視点からの「知」と「組織」の共進化における因果関係の考察

3 つの事例における「知」と「組織」の進化過程について、ミクロ分析、マクロ分析、

時間軸分析という 3 つの分析視点から分析を行ってきた。

ここでは、これらの各分析視点を振り返り、各々の視点から各事例に潜む共通の因果

関係の抽出を行う。そしてこの考察を通じて、本研究を通じ得られた知見から、「知」と

「組織」の共進化経営に関する命題の導出を試みる。

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1 ミクロ分析における因果関係の考察

まず、ミクロ分析の視点から、組織の内部環境における因果関係を考察する。

図表 7-1 と図表 7-2 に、事業の核となる技術についての、基本的な特質を整理する。

事例1、事例 2、事例 3 で観察したように、事業の核となる技術の特質は、同じよう

な産業分野、バリューチェーンの中での同じような技術階層、あるいは部品としての使

用法や機能までもが類似している場合においても、詳細にみてみると、その特質は大き

く異なる場合がある。これは、特に PLC 事業と GaAs 事業の比較において、典型的に現

れている。

ここで言う技術の特質とは、要素技術の相互関係性・独立性、あるいは他の技術の要

素技術としての共通性・個別性、また自身の応用先へ対して特化技術であるのか、汎用

技術であるのか、応用先からみて他の競合技術との互換性があるのか、またこれらのこ

とと関連して「知」の中心が暗黙知に重点があるんのか形式知に重点があるのか、とい

ったことをさす。

図表 7-1 技術の密着性・特化

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図表 7-1 のように、要素技術の相互関連性が強く、かつ応用への特化性が強い場合、

夫々の分野での暗黙知の共有化が、技術の進化には重要となる。例えば、要素技術につ

いては、各要素技術に精通した技術者同士の暗黙知を含めた情報交換が技術進化に必要

であり、更に関連する外部組織としての親企業や場合によっては競合他社との密着した

関係も、こうした情報交換と絡んで必要となってくる。更に応用への特化性からは、顧

客との密着した関係を築くことで製品に必要な仕様を聞き出したり、製品開発の方向性

をすり合わせていくことが重要となる。またこのことは、組織の内部の問題としては、

顧客に近い営業フロントとしてのマーケターや営業担当者と、技術開発に従事している

技術者との濃密なコミュニケーションが重要となり、組織内部でのルースな関係や組織

全体での協調性や統合性が重要となってくる。従って、このような技術特質は、技術の

進化を促し助長するような、ルースな組織関係、協調的かつ統合的な組織を必要とし、

またそれに適した属人的な性格や人間関係などをも必要とする。これはちょうど、PLC

事業の場合があてはまると考えられる。こうした組織の特質は一方すべての技術の進化

に当てはまるのではなく、技術そのものが前記の特質をもっていることが条件となるこ

とを忘れてはいけない。従って、技術が進化し、こうした特質を失うときには、 適な

組織の形態も変わると考えられる。

一方、図表 7-2 に示したように、要素技術の独立性が高い場合は、これらの知識は形

式知として書類や特許、論文など移動可能な知識として共有化できるため、組織は特に

前記のような特徴を要せず、むしろ場合によっては、緊張関係ないし競争関係にあるタ

イトな組織関係が技術の進化を助長する場合も多く、組織内の人間関係も協調的という

より競合的であり、独立性が高いほうが有効に働くことが考えられる。この場合には、

むしろ技術の移動拡散や吸収によって組織の拡大を図り、水平展開によって量産化や規

模拡大を図ることが事業の進展に結びつくと考えられ、独立性が高く分化した組織のほ

うがより事業進展に貢献するものと考えられる。

これは、要素技術の独立性のほか、技術の応用先に対して、他の技術と互換性がある

か、あるいは、応用先について汎用性があるか、などといった問題も関係する。応用先

に汎用性が高い場合は、広範囲にわたる事業展開が必要であり、互換性がある場合も、

他の技術との統合や協力関係が必要になり、事業を特定に市場に固定化するよりは、よ

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り広く水平展開することに注意を傾けなければならないからである。特に、製品仕様も

こうした場合は、顧客によって特化されるよりは、標準化によって一般化されることが

多く、なおさら、これに対応できる水平方向の広がりが必要であり、そのための組織の

独立性や分化が必要となる。

要素技術間の関係性のみならず、応用先との関係も含めて、相互依存性の弱さや汎用

性や互換性といった技術的特質は、移動可能な「知」の形成、すなわち「知」の分化を

生みやすい傾向に繋がり、技術がこうした特質をもつとき、「知」も個人の中の暗黙知か

らはなれて、より形式知として広がっていくと考えられる。そして、これは事業を支え

る「組織」も、独立性・分化性の高い特質を持つことが、技術の進化を助長し、結果と

して事業の成功にも結びつくものと考えられる。

図表 7-2 技術の共通性・互換性・汎用性・独立性

従って、図表 7-2 に示したような技術的特質があるとき、事業組織も、どちらかとい

えば分化された独立性の高い組織によって、タイトな組織関係を維持することで、事業

が進展する可能性が高い。GaAs 事業の事例は、まさにこうした例であったのではないか

と考えられる。

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こうしたことから、3DM 事業の事例を考えると、技術がその時々で進化し、技術的な

性格や特質を変えていくとき、その事業の発展に適した組織の形態や特質も変化してい

くものと理解される。その時々で様々な事業局面をもった 3DM 事業は、こうした例と

して考えることができるのである。

このように、技術の特質は、これを進化させる組織の特性と密接な関係がり、これら

の特性の整合性がよければ共に進化を促進する共進化モードとなり、逆に、両者の特質

に齟齬が生じると、互いの進化を阻害しあう結果になる。

従って、技術について考える場合、その要素技術との関連性、応用技術との関連性を、

図表 7-1 と図表 7-2 のように分析し、その特質を十分深く洞察することが、知識経営お

よび組織経営にとっても重要な課題になるといえよう。

以上の考察に基づき、各事例についての「知」と「組織」の整合性についてまとめて

おこう。

図表 7-3 3 事例における「知」と「組織」

図表 7-3 に、図表 6-15 を再掲する。

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この図では、縦軸の比較軸としては、ミクロな分析視点に基づき、技術の汎用性や要

素技術間および応用先との相互依存性・結合性を大きな比較因子として取り上げた。

またこうした「知」の因子に対し、「組織」としてはどのような運営がなされたのか、

を次段にまとめ、 後に「知」と「組織」の整合性についてまとめている。

これらの比較軸に対して、横軸には、各事例をとり、夫々の事例においてこれらの分

析結果を比較した。

図表に示されるように、PLC 事業では、暗黙知中心の技術的特質とルースな組織運営

がマッチし、また GaAs 事業においては、成長期において、形式知中心の技術特質と事

業部性によるタイトな組織運営がマッチしていたものと考えられる。一方、その技術内

容に、暗黙知や形式知などへの多様な循環、変遷を持つ 3DM 事業においては、その時

期ごとに、市場、組織、技術のマッチング条件が変化していることが特徴的である。

このように、技術としての「知」と事業を支える「組織」は、夫々の特質に基づきな

がら進化を遂げていくが、その進化の過程における両者の特質が、事業のある位相にお

いて整合しているか、整合していないかが、両者の進化そのものを大きく左右している

ものとまとめることができる。

こうした技術=「知」の特質は、さらに個々の技術に依存して、比較的安定的に維持

される場合もあるが、技術そのものの発展・進化や、他の要素技術や競合技術の発展・

進化によって、変容していく場合もある。3DM の事例では、技術特性は様々に変化した

が、PLC の事例では、すくなくとも観察した期間においては、比較的一定した特質を維

持した。技術が、比較的一定の特質を維持しやすいか、その変容の速度が比較的速いか、

といった点もまた、個々の技術そのものの個別的な特性に依存している。

いずれにしても、「知」と「組織」の共進化を円滑に進め促進するための大きな課題は、

その変容の予見も含めて、このような見地から技術の特質をどこまで把握し洞察できる

か、ということではないだろうか。この問題の中に、Christensen[1997]が指摘した市場

のデコンストラクションに対し生き延びるための知恵もかくされているのではないか、

と考える。何故なら、こうした技術の特質、すなわち「知」の特質は、事業としての展

開、つまりバリューチェーンのどの部分で製品供給し、どのように競合や顧客と連携し、

どのようにビジネス・モデルを組んでいくか、という展開と深く関わっているからであ

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る。

以上の考察をもとに、事例分析を通じて得られた知見を整理することで、以下のよう

な命題を導出できる。

命題 1: 「技術(知)」の進化や「組織」の進化は、それぞれの特質が互いに整合する

とき、互いに助長し共鳴しあい、共に進化(共進化)していくことができる。

命題 1-1:「技術(知)」の進化は、これを推し進める組織の特質(分化/統合性)が知の

特質(独立/相互依存性ないし形式知中心/暗黙知中心)に整合するものであるとき、助

長される。

命題 1-2:逆に、 「技術(知)」の進化は、これを推し進める組織の特質が知の特質に

整合しないものであるとき、阻害される。

2 マクロ分析における因果関係の考察

事例 1、事例 2、事例 3 のマクロ分析を通じ、「知」と「組織」の共進化が円滑に進む

ための外部環境の要件と課題について整理を行い、外部環境に関する因果関係の考察を

行う。

前節での、「知」と「組織」の特質の相互関係について、組織の外部との関係性につ

いて更に考察を進めると、事業を支える組織の内部の特質だけでなく、外部組織との関

係性においても、技術の特質との整合性が重要であることに気づく。即ち、他の技術の

要素技術としての共通性や、応用先への汎用性は、競合技術同士の標準化や互換性が必

要とされ、技術としての形式知化が重要となる。この場合、この技術を取り巻く組織関

係は、タイトな独立性を保ちながら競争関係に進むと考えられ、しかし時と場合によっ

ては標準化のためのローカルなアライアンスが必要となり、その範囲内での限定された

協調関係に進むことも予想される。一方、要素技術としての共通性が弱くむしろ要素技

術間や要素技術と中核技術との相互依存性が強く、また応用先についても、特化技術と

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してカスタマイズ性が高い場合、顧客との密な関係や、親企業や場合によっては競合と

の連携が重要となり、ルースな組織間関係が必要となる。

こうした点を、実際の事例に即して整理しなおしてみよう。

図表 7-4 は、第 6 章にて示した図表 6-13 の再掲であるが、3 つの事例の事業が行われ

た期間における、通信市場、NTT、NTT の新規事業の時間的位置関係を図示したもので

ある。図に見られるように、この期間の外部環境として、国際的な通信市場の発展があ

り、これに対して、公営から民営化というタイミングで関わった NTT の個別事情がある。

即ち、1980 年代は、新規事業の開拓と、自立した民間企業に向けての外部からの学習と

起業家精神の鼓舞、というものに向かい、1990 年代以降、その収益性を問い構造改革へ

と向かったという 2 つの動きがある。この NTT の動きを背景としながら、NTT の新規

事業は、進化していった。

図表 7-4 通信市場と NTT および NTT 新規事業の変遷

こうした外部環境の推移は、NTT の新規事業にどのような影響を及ぼしたであろう

か? 図表 7-5 は、これも第 6 章にて示した図表 6-12 の再掲であるが、本研究で取り上

げた 3 つの事例の事業の位置を、NTT との関係で整理した図である。すなわち、PIRI の

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PLC 事業は、もっとも大きな自律性と多様性を獲得しているのに対し、NEL で行われた

GaAs 事業と 3DM 事業は、自律性と多様性については小さなところに位置することとな

った。このことは、また事業の組織においても、自律性と多様性に満ちた組織として、

ルースな組織関係を継続できた PIRI に対し、量産工程の確立と事業収益性に確保を重視

し、事業部制によって事業運営されていった GaAs 事業と 3DM 事業の違いとなって反映

されている。

このように、事業を行う組織の特性は、その中核技術の特質などミクロな内部環境だ

けでなく、市場などの大きな動きと連動した外部環境によって、まず大きく律則される

ものであることを理解する必要がある。逆に、この外部環境との整合性・親和性に欠け、

なんらかの齟齬をきたすような組織であるとき、事業の発展は阻まれる可能性がある。

図表 7-5 NTT における新規事業の位置

1980 年代の外部環境のタイミングの中で、結果的に PIRI は実に有効に事業を育成し

た。通常なら許されない長い開発期間を、米国にあって NTT からの独立性・自律性を維

持しながら、一方で研究所からの手厚い支援をバックに、とにかく製品の実現まで粘り

の経営を行った。

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この場合、PIRI の創業者である宮下氏の、親企業から適度に独立・自律し、一方でそ

の支援を切らさないための密着した経営手法に、大きく学ぶ点がある。これは大企業か

らの支援を必要とするベンチャーにとっての重要な戦略といえるが、同時にベンチャー

事業の中核技術が、暗黙知中心で構成され、親企業からの技術的あるいは人的支援が特

に重要となる特質を有しているときに有効な戦略となるのである。ベンチャーの中核技

術の特質が、汎用性や共通性に富んだものであるとき、むしろ事業としては広範囲な連

携を必要とするため、親企業との密着関係よりは、他の外部組織との協調や連携に注力

する必要がでる可能性があり、このようなときには、宮下氏のような対親企業間の経営

手法は有効に働かない可能性が高い。

NTT のグループ会社 NEL の中で行われた GaAS 事業について考えると、前記の外部環

境を比較的有効に活かしながら、当初の開拓期から、量産レベルまで、事業部制を活用

して事業を拡大していった。しかし、NTT から見ると或る意味でいい時期に買収で売り

抜けた PIRI 事業とことなり、GaAS 事業は、IT バブル崩壊と、市場のパラダイムシフト

の荒波の中でこれを乗り切ることができずに撤退を余儀なくされた。これは市場や競合

などの外部環境が、新たな統合化へと進む中で、事業部制の組織が慣性力として働き、

再統合化へと進みにくくしたものと考えられるが、同時に、事業の中心に宮下氏のよう

な求心力のある人物がいなかったこと、NTT の研究所などとの密着性が薄く、親企業の

強い支援が得られなかったことも関係している。しかし、これは GaAs 技術の技術的特

質が従来共通性の高い汎用的なものであったこととも関係していると考えられ、基本的

には親企業との支援だけを中心に考えるよりも、外部組織との連携を中心に水平展開し

ていくことのほうが重要であった可能性が高い。

また、3DM 事業は、或る意味ではこうした NEL や GaAs 事業の個別事情に更に翻弄さ

れるタイミングで事業を開始してしまい、7 年間の事業立ち上げ期間を持つことのでき

た PIRI の場合とは異なり、事業の立ち上げに実効的に許された期間は 2 年足らずであっ

た。しかもこの 2 年間という時期についても、自律的な経営を行えた PIRI と異なり、

NEL の GaAs 事業部の中でその立場はきわめて微妙なものであった。結果的には、NEL

社内での GaAs 事業の撤退の中で消滅してしまったわけであるが、これは市場との特質

の整合性のみならず、事業からみた社内の外部組織の特質との整合性もきわめて重要で

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あることを意味している。

このように比較してみると、当然のことではあるが、事業の発展と成長のために、「知」

と「組織」の共進化を生み出すための、基本的な素地が外部環境、とりわけ親企業や企

業本体中枢などとの関係性の中で用意されていくことが理解できる。企業における「知」

と「組織」の有効な共進化を引き起こすためには、外部環境がそれを触媒するように適

切なタイミングで準備されていることが重要で、この外部環境との齟齬が生じると、企

業における事業の成功は大きく阻まれるものとなる。こうした外部環境の慎重な分析と

予測、これに基づく経営の戦略化が、実際の事業の成否においては非常に大きく作用す

ることを、忘れてはならない。

以上の考察から導きだされる命題を以下にまとめる。

命題 2:「技術(知)」と「組織」の共進化が円滑に行われるためには、それぞれの特質

が互いに整合化に向かうような外部環境との関係性維持が重要である。

命題 2-1:「技術(知)」の特質が相互依存性の強い暗黙知中心のものであるとき、外部

組織との関係性においても、ルースで柔軟な協調関係の構築が、「知」と「組織」の共進

化を助ける。

命題 2-2:「技術(知)」の特質が共通性の強い形式知中心のものであるとき、外部組織

との関係性においても、タイトで独立性の高い関係の構築が、「知」と「組織」の共進化

を助ける。

更に、特に大企業を親企業として持つベンチャー企業ないしベンチャー事業の経営とい

う観点からみると、

命題 3:ベンチャー事業は、「技術(知)」と「組織」の共進化を図り、これが円滑に行わ

れるために、それぞれの特質が互いに整合化に向かうような親企業との関係性維持を意

図した経営を行う必要がある。

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命題 3-1:このため、特にベンチャー事業の創業者ないし経営責任者は、組織内部におい

て「技術(知)」と「組織」の共進化を図り、かつこれを円滑に行うための親企業との関

係性樹立に向けた外部経営を行う必要がある。

命題 3-2:同時に親企業側は、こうした経営をベンチャー企業側に柔軟に行わせるだけの

自律性を付与・育成していくことが重要である。(ベンチャーの経営手法にそった適切な

支援方法をとる必要がある。)

3 時間軸分析における因果関係の考察

「知」と「組織」の特質の整合性は、両者の進化をもたらし、これによって事業自体

も進展する。一方、「知」と「組織」が夫々変化し進化するのと同様、事業の成否もまた、

恒久的なものではなく、それ自身、絶えず変化していることも重要である。即ち、時間

軸を視野にいれて以上の議論を整理し直すと、事業そのものの命運について、「知」と「組

織」の整合性がどのように関与していたのか、という問題となる。

具体的な事例に立ち返って整理しなおそう。

図表 7-6 には、図表 6-16 を再掲し、こうした点から、縦軸に事業の成功期、不成功期、

という 2 種類の時期を大まかに分類し、夫々についての比較をまとめている。

そして、この 2 種類の比較により、総じて、組織の内部環境と外部環境との整合性が

どうであったのか、という観点からの比較検討を 後に行っている。

横軸には、各事例をとり、夫々の差異を比較している。

その結果、図表より、事例 1 の PLC 事業では、暗黙知中心の「知」に対し「組織」の

整合性のとれていた時期に事業の進展も多く見られ、逆に「組織」の特質との整合性が

とれなくなった時期に事業の危機や消滅が訪れたということが見出された。これに対し、

事例 2 の GaAs 事業でも、「知」と「組織」の整合性のよい時期が事業としても発展期で

あり、不整合期が事業の危機や消滅時期となった点では、同様であった。事例 3 の 3DM

事業においては、「知」の特質そのものが変化していったが、やはり総じて、その時々の

「知」と「組織」の整合時期が事業の進展時期と重なり、不整合時期が事業的にも低迷

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時期であったということは概ね成立している。

図表 7-6 3 事業における内部環境と外部環境

「知」の特質は、その進化に適した「組織」の特質と共進化を起こすものと考えられ、

こうした理解に基づく知識経営と組織経営の統合化、「共進化」経営が、事業そのものの

成否にも大きく影響していると考えられる。

このことは、今後の知識社会における事業経営全般について、貴重な示唆を与えてい

いると考えられる。即ち、固有の「知」の特質の理解と洞察がなされなければ、その特

質に対して、それと相互に助長しあい、共進化するような組織を実現し経営していくこ

とも困難であり、逆にそうした組織論なしに、知識経営のみを推し進め、進化を遂げよ

うとしてもこれもまた困難なものとなる。「知」に対しても、「組織」に対しても、深い理

解と洞察をもつことが、これからの事業経営にはことさら重要なものとなると考えられ

る。

事例解析を通じて得られた知見を命題化すると、以下のようになる。

命題 4:「技術(知)」と「組織」の特質の整合性に基ずく共進化は、事業そのものの進

展や成功の基礎となる。また一方、両者の不整合に基ずく共進化の齟齬は、事業そのも

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のの不振や弱体化へと結びつく。

命題 5: 「技術(知)」の特質も「組織」の特質も、夫々が時間的に変化し進化していく。

従って、夫々の進化の過程において、夫々の特質が整合し共進化するように調整してい

く経営(共進化経営)が重要である。これはまた、事業の成長の各位相において、絶え

ず「技術(知)」と「組織」の共進化を図るような経営である。

命題 6:知識社会における技術経営および組織経営は、その事業の中核技術の特質とそ

の時間的変化についての深い理解に基づき、命題 5 に基づき有効に行われなければなら

ない。同様に、その事業主体である組織の特質とその時間的変化についても深い理解が

必要である。(中核技術の特質や組織の特質は、産業分野や製品機能が類似していても、

類似のものになるとは限らない。)

Ⅲ 今後の課題

本研究では、主として「知」の分析、特質理解に焦点をあてているが、組織について

も、その構成要素である人間の各人の属人的な特質や過去の履歴、相互の関係性の分析

などを詳細に分析することにより、その組織的性向、特質を深く理解・洞察することも

重要な課題ではある。特に、PLC 事業における宮下氏の役割のように、事業の中心とな

る創業者や経営者の属人的な性格や特質、それに依拠したかたちでの経営手法の分析は、

「知」と「組織」の共進化を達成するうえで、極めて重要である。しかし、その解析は、

それ自身非常に大きな問題であるので、本研究では分析の対象外とした。その詳細分析

は、組織論の課題として、今後検討するに値する十分に大きな研究テーマであると考え

られる。

図表 7-7 は、本研究のフレームワークの説明を行った図表 3-1 を再掲し、特に「知」

と「組織」についてはその共進化、また外部環境については「共進化」の触媒作用とい

う面を強調して整理し直したものである。この関係図では、組織のリーダーである創業

者や経営者の役割については特に書き込まれていない。こうした面からの解析が、本研

究で取上げた各事例についても、更なる解析という意味で今後に残された課題である。

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図表 7-7 「知」と「組織」の共進化

現実の企業経営や事業経営においては、事業において対象としている「技術(知)」は、

前述したように、夫々に個性を持っている。従って、「知」と「組織」の共進化モードに

ついても、暗黙知中心に進化する場合、形式知中心に進化する場合など、様々であろう。

対象としている事業の中核技術の特質をよく把握した上で、円滑な共進化経営が図れる

ように「知」と「組織」の経営を行っていく必要があるのだか、現実には、必ずしも対

象技術の特質が十分考慮されないまま、「組織」そのものがもっている属性が経営に影響

を及ぼす場合も多いと考えられる。

野中郁次郎 [1991]は、「グローバル組織経営と知識創造」という観点から、「日本的知

の方法論は、体験を通じた暗黙知の獲得と共同化による共有に傾斜する傾向がある」と

指摘し、「日本的知の方法論が普遍性を持ちえるためには、暗黙知の形式化、そして連結

化を通じた知の創造への基盤が整備されなければならない」ともいっている。ここであ

えて「日本的」特質が議論される背景には、国や文化、習慣、歴史、社会的背景などに

よって、知識経営にも個性や特質が生まれることが予想できるからである。

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また、こうした経営手法の特質は、他にも、産業の種類であるとか、研究開発重視型

かマーケティング重視型かといった企業そのものの個性にも依存する可能性がある。

本研究で取り上げた事例のように、先端技術デバイスのベンチャリングにおいては、

研究開発や市場開拓における国際的な暗黙知の交流ということが特に重要になる。つま

り、通常の企業活動機能よりは、より暗黙知中心の知識経営になる可能性が高いと考え

られる。

淺川和宏 [2002]は、「グローバル R&D 戦略とナレッジ・マネジメント」という観点か

ら、多国籍企業のグローバル戦略としての R&D のグローバル化の重要性を指摘し、国

境を越えた新製品開発においては、海外における暗黙知のマネジメントが重要であり、

このためには、強い対外的ネットワークを現地コミュニティに埋め込むと同時に、海外

拠点と企業内他部門との対内的リンケージは弱いほうがいい」と述べている。即ち、「あ

まり強いリンケージは、海外拠点の情報のみならず行動・思考パタンにまで影響を与え、

現地特有の知的資源の確保にはマイナスとなる」という。

このように、実際の企業での知識経営や組織経営においては、前記、野中の指摘する

ような組織の属性の背景としての国民性(文化やメンタルな傾向など)や、浅川が述べ

ているような事業全体の方向性や位置付けなどに依存した外部環境の差異など、多くの

因子が経営手法に影響を及ぼしている。

本研究により導かれた命題についても、より普遍的な現象として他の産業分野や事例

においても成り立つかどうか、今後より多くの事例研究を重ねることにより検証してい

く必要がある。

また本研究では、3 つの事例における作用因子を或る程度共通化するために、例えば

NTT という巨大企業に関連するベンチャリングという形で研究範囲を故意に限定した。

このことが、本研究での分析結果にどのような影響を及ぼしたのかは、更に慎重に考察

していく必要がある。そのためには、むしろ、こうした巨大企業の影響力に関与しない

ベンチャリング事例などを取り上げ、比較検討を行うことも重要であろう。

また、野中の指摘する国民性や文化的背景の問題については、今回事例 1 において関

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係した米国側の組織としてのバテルの特質について、米国の他の巨大組織や他の非巨大

組織との比較検討を行うことは興味深いことである。米国側からみた、日本の組織との

組織間学習について、どのような傾向や共通の特性があるかを分析してみることは、グ

ローバルな連携についての見識を深めるうえでも重要であろう。

更に、こうした日米間の連携が、例えば日中間の連携とではどのような質的差異を生

み出すのか、生み出さないのか、課題への視野は本研究を起点にして様々に拡がってい

くことが考えられる。

事例における、こうした重要と思われる因子の影響力について、地道な比較検討を積

み重ねることによって、より普遍的な共通的なインプリケーションへと到達できるもの

と考える。本研究はその意味で、ひとつの到達点というよりも、むしろひとつの出発点

として捉えている。

どれだけの事例を調査すれば普遍性が高まるのか、といったことは一概にいえないが、

こうした事例分析において重要なのは、その分析過程においていかに考えうる重要な因

子を網羅し、丁寧に観察し、因果関係を整理していくかであろう。その的確さが、むし

ろ得られた結論の妥当性と示唆の共通性への保証となるものと考えられる。無論、前述

したように、本事例分析によってすべてが解明されたものとは全く考えない。むしろ本

研究を足掛りとして、今後同様の視点からの事例分析を積み重ね、より分析の精緻さと

的確さを磨くことによって、事象の本質に肉薄していくこととしたい。

こうした検証について、すぐさま、統計調査のような量的解析手法により、その普遍

性を検証できると考えるのは早計であろう。何故なら、統計調査のようなものでは、こ

のように多くの構成因子が複雑に絡まって一つの事業の成功や衰退を導いているような

事象に対しては、どうしても多くの因子の相互関係を丁寧に見ることができずに、単純

にある側面のみに焦点をあてた解析となるため、現象の本質を見誤ってしまう可能性が

ある。本研究のような事例分析を個別にかつ丹念に行うことは、手間のかかる作業とは

いえ、こうした複雑系での現象解析には、むしろ有効な研究手法である。

しかし、いずれにせよ、現象の因果関係について解析が進めば、得られた命題や示唆

についてその普遍性を検証するために、 終的には数量的にも多くの事例についてある

程度の統計的な検証を行っていく所存である。

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終章 結論と今後の課題

本研究では、光通信における波長多重用光学素子の開発と事業化 (事例 1:PIRI による

PLC 事業 )、光通信における時分割多重用電子回路部品の開発と事業化 (事例 2:NEL に

よる GaAs 事業 )、無線用電子回路部品の開発と事業化 (事例 3:NEL による 3DM 事業 )

という 3 つの先端技術デバイスのベンチャリングに関して、「知」と「組織」の共進化経

営という観点から分析と考察を行った。

これら 3 つの事例とも、著者が、直接関わった開発ないし事業であり、具体的には 1982

年から 1997 年まで 16 年間従事した半導体電子回路関係の技術開発と、1998 年から 2002

年まで 5 年間従事した無線用電子回路の事業化と光通信用高速電子回路部品および光素

子の営業販売業務および米国法人の経営参画が、これら事例に関連する著者の直接経験

である。

総計 21 年間にわたるこれらの技術開発・事業化経験を、知識経営学・組織論の立場か

ら分析・検討を行い、「技術」の視点だけでなく、その技術を担う組織、および技術の事

業化に関わる組織という「組織」の視点から捉え直すという作業は、本来技術者であっ

た著者自身にとっても極めて興味深い有益なものであったが、これはまた、そうした異

なる視座からの複眼的視野をもたらすという点において大方の技術者・経営者にも資す

るものであると考える。現在、日本経済の再興にために必要性が叫ばれている MOT

(Management of Technology、技術経営 )の観点からも、こうした技術と経営学の境界領域

での地道な作業は、今後ますます必要なものと考える。

本研究において試みたのは、技術を中心とした事業の核としての「知」と、事業主体

である「組織」との相関関係が、互いの進化にどのような影響をもたらすか、という分

析である。

3 つの事例に示されたように、通信産業の中で、その分野も製品としての機能もきわ

めて似通っている事例 1 と事例 2 において、或いは基礎となる要素技術にきわめて共通

要素の多い事例 2 と事例 3 において、その事業を促進し発展をもたらした組織形態は必

ずしも一致しない。というより、むしろ異なる組織形態が各事例の事業に有効に働き発

展をもたらしている。また、ひとつの技術、その事業においても、進化の過程において、

その時々で有効に作用した組織形態は必ずしも一定ではなく、その技術や事業の進化に

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ともない、事業の推進に適した組織形態は変化する場合がある。また一方、あまり変化

しない場合もある。

では、どのような組織形態が、ある時点でのある技術、ある事業化に対してもっとも

有効なのか、という問いに対しては、その技術 (知 )の特質と進化段階そのものを深く理

解することが重要であると考えられる。

事例分析の結果、波長多重用光素子 (正確には PLC を用いた AWG)のように、その技術

の性格上、要素技術の相関性がきわめて深く密着している場合、製品開発に携わる各方

面での暗黙知の交流がことのほか重要であり、技術の開発に携わる組織の性格や特性も

また、そうした暗黙知の交流に適した協調的でルースなものである必要がでてくる。PLC

の事例のように、技術の応用分野も比較的特化されており、製品の仕様が顧客の要望に

強く依存する場合、特定の顧客に対する密接な関係が重視され、組織間のルースな関係

性がより有効となると考えられる。組織の形態や特質がこれにそぐわない場合、PIRI が

買収後にたどった道のように、事業そのものが崩壊する危険性がある。

一方、外見上は同じ光通信分野における多重化技術であり多重用部品の事業であると

いっても、時分割多重用電子部品のように、技術の性格が、要素技術については他の技

術との共通性・互換性・汎用性が高く、各要素技術が比較的独立に開発可能なものであ

る場合に、この開発に従事する組織は、タイトに分化したもの、あるいは分業化された

もののほうが適していると考えられる。そして技術の応用についても、互換性や汎用性

が高い場合には、競合と自律的に戦える独立性の高い組織が適していると考えられる。

しかし、競合や顧客を巻き込んだ仕様の標準化やオープンな協力関係の形成が重要にな

ったり、市場がそのバリューチェンに変化をきたし、様々なルースなカップリングをも

とに統合化へ進むような場合には、これに対応した統合的な視野や人的ネットワークを

もつ企業組織が求められることになる。その意味において、適切な組織形態は、組織の

中の事情だけで決まるわけではなく、外部環境との関係性を考慮しなくてはならない。

事例 1 や事例 2 については、比較的技術の特性が一定しており、これに適した組織形

態も比較的一定した傾向であると考えられるが、事例 3 のように、技術の進化段階や市

場の発展段階に応じて、適切な組織形態が次々に変化していく場合もある。技術の進化

が、統合性を求めているのか分化を求めているのか、あるいは市場の進化が統合性を求

めているのか分化を求めているのか、技術の進化過程、市場の進化過程との相関を、注

意深く観察し、そのつど適切な組織との共進化を図っていく必要がある。

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本研究で取り上げた 3 つの事例分析から、「知」の進化や「組織」の進化を導くために

は、「知」そのものの深い理解が必要であり、その特性や環境の変化を敏感に察知し考慮

することにより、「知」の進化過程と「組織」の進化過程が相互に共鳴し促進・助長する

ような位相にあわせこんでいく経営、すなわち「知」と「組織」の共進化経営が重要であ

るといえる。

以下、前章で導出された命題を列挙して、本研究の結論とする。

命題 1: 「技術(知)」の進化や「組織」の進化は、それぞれの特質が互いに整合する

とき、互いに助長し共鳴しあい、共に進化(共進化)していくことができる。

命題 1-1:「技術(知)」の進化は、これを推し進める組織の特質(分化/統合性)が知の

特質(独立/相互依存性ないし形式知中心/暗黙知中心)に整合するものであるとき、助

長される。

命題 1-2:逆に、 「技術(知)」の進化は、これを推し進める組織の特質が知の特質に

整合しないものであるとき、阻害される。

命題 2:「技術(知)」と「組織」の共進化が円滑に行われるためには、それぞれの特質

が互いに整合化に向かうような外部環境との関係性維持が重要である。

命題 2-1:「技術(知)」の特質が相互依存性の強い暗黙知中心のものであるとき、外部

組織との関係性においても、ルースで柔軟な協調関係の構築が、「知」と「組織」の共進

化を助ける。

命題 2-2:「技術(知)」の特質が共通性の強い形式知中心のものであるとき、外部組織

との関係性においても、タイトで独立性の高い関係の構築が、「知」と「組織」の共進化

を助ける。

命題 3:ベンチャー事業は、「技術(知)」と「組織」の共進化を図り、これが円滑に行わ

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れるために、それぞれの特質が互いに整合化に向かうような親企業との関係性維持を意

図した経営を行う必要がある。

命題 3-1:このため、特にベンチャー事業の創業者ないし経営責任者は、組織内部におい

て「技術(知)」と「組織」の共進化を図り、かつこれを円滑に行うための親企業との関

係性樹立に向けた外部経営を行う必要がある。

命題 3-2:同時に親企業側は、こうした経営をベンチャー企業側に柔軟に行わせるだけの

自律性を付与・育成していくことが重要である。(ベンチャーの経営手法にそった適切な

支援方法をとる必要がある。)

命題 4:「技術(知)」と「組織」の特質の整合性に基ずく共進化は、事業そのものの進

展や成功の基礎となる。また一方、両者の不整合に基ずく共進化の齟齬は、事業そのも

のの不振や弱体化へと結びつく。

命題 5: 「技術(知)」の特質も「組織」の特質も、夫々が時間的に変化し進化していく。

従って、夫々の進化の過程において、夫々の特質が整合し共進化するように調整してい

く経営(共進化経営)が重要である。これはまた、事業の成長の各位相において、絶え

ず「技術(知)」と「組織」の共進化を図るような経営である。

命題 6:知識社会における技術経営および組織経営は、その事業の中核技術の特質とそ

の時間的変化についての深い理解に基づき、命題 5 に基づき有効に行われなければなら

ない。同様に、その事業主体である組織の特質とその時間的変化についても深い理解が

必要である。(中核技術の特質や組織の特質は、産業分野や製品機能が類似していても、

類似のものになるとは限らない。)

本研究で述べたような議論は、産業レベルで議論されている大企業の垂直統合とか水

平分業といったビジネス・アーキテクチャーの構築に関する議論と強い類似性を持って

いる。あるいは、製品の特質と組織経営との適合性として議論されている「すり合わせ」

型か「モジュラー」型か、といった議論にも呼応するものがある。が、重要なのは、大

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企業の組織論としてだけではなく、あるいは非常に大きな分類による製品論・技術論だ

けではなく、より小さな組織の組織論の中で、またより短い時間スケールの中で、また

より詳細な小さな分類での製品論・技術論の中でも、常にこうした「知」と「組織」の

相関を考えていく思考方法ではないだろうか。

そして、事例を丹念に解析することを通じて、単に「知」と「組織」との整合性の問

題だけでなく、組織をとりまく外部環境との関係性などについても、多くの有益な知見

や示唆を多く導きだすことができるのである。

本研究の場合、例えば大企業の中から生まれた技術シーズをもって社内外でベンチャ

リングを行う場合、親企業との関係性の構築についても、「知」の特質が統合的で相互依

存性が高い場合には、ことさら密着した連携関係の構築と維持が継続支援の確保のため

にも重要であり、またこうした経営手法をとれる経営者(起業家)の存在の重要性、こ

うした経営判断を許す自律性の確保や、こうした経営の基礎となる親企業とのミッショ

ン共有化が重要となることが示された。一方親企業は、ベンチャリングの育成において、

単に財務的な独立採算性や収益性を一律に求めるよりも、こうした技術内容にそった経

営手法の選択や変化について理解し、適切な「知」と「組織」の共進化経営がなされる

よう、むしろベンチャー経営の自律性を確保・育成していくことのほうが重要である(命

題 3)。

こうした知見や命題は、日本の多くの大企業発ベンチャーにとっても共通性が高く、

有益な示唆となると確信する。

序章で述べたように、知識社会の時代といわれる 21 世紀においては、このような人間

に内在化する暗黙知の役割を考慮した、新しい組織の構築や社会形成のあり方を、様々

なレベルで「精緻」に考えていくことが、我々に課せられた課題であると考える。そし

てこうした技術(知識)経営論、組織経営論の交錯により、新しい時代のイノベーショ

ンの創出へとつなげていくことが何より重要なことであろう。

本研究対象の技術そのものが志向しているように、通信技術の発達により、形式知と

しての情報は、かつてないほどの量が、かつてないほどの遠距離に、かつてないほど速

く、伝えられるようになってきた。インターネットにより情報のリーチとリッチネスが

相互膨張したといわれる。また web2.0 時代の到来は、ネットを通じて個人と社会との関

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わり方が、大きく変化してくることを予感させる。しかし、「知」の創造という観点でい

うと、こうした表象化した知のやりとりと同時に、顔の見える距離にいる個々人の交流

を通して、内在化した知の交流を図る行為が、他方ますます重要度を増すとも考えられ

る。即ち、知の伝達だけでなく、知の創造という観点から、新しい知識社会における組

織論の構築が重要となってくると考えられるのである。貧しいものではあるが本研究に

より示されたひとつの手掛かりが、こうした意味で少しでも次代を切り開く力となれば

本望である。

本研究における事例分析を手掛かりとして、更に事例に潜むより多くの因子の因果関

係の解析を進め、同時に他の産業分野や他の環境や背景の事例においても、このような

「知」と「組織」の共進化過程が観察できるのか、またここで観察された共進化の条件

が或る程度普遍的に成り立ちうるのか、今後より多くの広範囲な事例の分析により、明

らかにしていくことが必要である。こうした分析の継続により、より体系化された「知」

と「組織」の統合的な経営論や経営モデルの構築に資することができれば幸いである。

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謝辞

本研究にあたり、終始御指導いただいた早稲田大学大学院、寺本義也教授、同大学院、

山本尚利教授、英国国立ウェールズ大学大学院、Caroline Benton 教授に深謝いたします。

また国際合弁企業の分析に関して有益なコメントをいただいた日本大学、高井透教授、

ベンチャー企業経営について貴重な御示唆を賜りました早稲田大学大学院、柳孝一教授、

同大学院、東出浩教教授、技術経営論に関して御教示いただきました東京理科大学大学

院、宮永博史教授に心より感謝いたします。

PIRI に関する事例研究については、取材に快く応じていただき有益な御示唆をいただ

きました、宮下忠博士(PIRI 創業者、現在 TM Photonics Advisers)、河内正夫博士(NTT

エレクトロニクス取締役技術開発本部長)、日比野善典博士 (NTT フォトニクス研究所企

画担当主幹研究員 )、界義久博士(NTT フォトニクス研究所グループリーダー)の皆様に、

心より御礼申し上げます。

同様に、本研究で対象とした3つの事例研究に関し、筆者が NTT 在職中に、様々な知

見や示唆を日常的に与えてくれました、NTT、NTT エレクトロニクス、NEL アメリカ各

社の諸先輩・同僚の皆様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

注(取材記録)

1. 2005 年 12 月 9 日、茨城県つくば市にて宮下忠博士に取材

2.2006 年 1 月 17 日、神奈川県厚木にて界義久博士に取材

3.2006 年 1 月 17 日、神奈川県厚木にて日比野善典博士に取材

4.2006 年 3 月 13 日、東京都渋谷にて河内正夫博士に取材

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78) 野中郁次郎、竹内弘高 [1996] 『知識創造企業』東洋経済

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79) 野中郁次郎、遠山亮子編 [2006] 『知識創造経営とイノベーション』丸善

80) 野中郁次郎 [2002]『イノベーションとベンチャー企業』八千代出版

81) NTT ラーニングシステムズ株式会社 [1996]『NTT の10年』日本電信電話株式会社

社史編集委員会

82) 沼上幹 [2004]『組織デザイン』日本経済新聞社

83) 大前研一 [2001]『新・資本論』東洋経済

84) 大森正道編 [1986]「超高速化合物半導体デバイス」培風館

85) 大滝精一 [1992]「戦略提携と組織学習」『組織科学』 Vol.25, No.1, pp.36-46.

86) 折橋靖介 [2003]『多国籍企業の意思決定と行動原理』白桃書房

87) M.E.ポーター [1992]『国の競争優位(上、下)』 ダイヤモンド社

88) M.E.ポーター [1999]『競争戦略論(上、下)』 ダイヤモンド社

89) J.ポトムキン [2001]『ナレッジ・イノベーション』ダイヤモンド社

90) R.D.ロビンソン [1985] 『基本国際経営戦略論』文真堂

91) 榊原清則 [2005]『イノベーションの収益化』有斐閣

92) L.C.サロー [2004]『知識資本主義』ダイヤモンド社

93) 佐々木弘 [1998]『公益事業の多角化戦略』白桃書房

94) 関下稔 [2002]『現代多国籍企業のグローバル構造』文真堂

95) P.センゲ [2003]『学習する組織「5つの能力」』日本経済新聞社

96) 下田博次 [1986]『NTT の子会社戦略』日本経済新聞社

97) 高井透 [2001]「組織間学習と合弁企業の組織能力」『組織科学』Vol.35, No.1, pp.44-62.

98) 竹田志郎 [1994] 『国際経営論』中央経済社

99)竹田志郎、内田康郎、梶浦雅巳 [2001]『国際標準と戦略提携』中央経済社

100) A.タイコーヴァほか [1993] 『続歴史のなかの多国籍企業』中央大学出版部

101) 寺本義也、藤波進、大友敬、柴田高、松永徹平 [1994]『戦略を創る』同文館

102) 寺本義也、中西晶 [2000]『知識社会構築と人材革新、主体形成』日科技連出版社

103) 寺本義也、原田保編著 [2000]『協創経営』同文館

104) 寺本義也編著 [1994] 『日本型グループ経営の戦略と手法―情報・サービス編』中

央経済社

105) B. トイン、D. ナイ [2001]『国際経営学の誕生Ⅰ、基礎概念と研究領域』文真堂

106) 徳田昭雄 [2000]『グローバル企業の戦略的提携』ミネルヴァ書房

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107) 梅田望夫 [2006]『ウェブ進化論』ちくま新書

108) D.ウルリッチ、N. スモールウッド [2004]『インタンジブル経営』ランダムハウス講

談社

109) 山倉健嗣 [1977] 「組織間関係の分析枠組」『組織科学』Vol.11, No.3, pp.62-73.

110) 山倉健嗣 [1981]「組織間関係論の生成と展開」『組織科学』Vol.15 , No.4 , pp24-34.

111) 山崎清、竹田志郎 [1982]『テキストブック国際経営』有斐閣ブックス

112) 山下達哉、高井透 [1993]『現代グローバル経営要論』同友館

113) 吉田孟史 [1992]「組織間学習と組織の慣性」『組織科学』Vol.25, No.1, pp.47-57.

114) 吉田孟史 [2004]『組織の変化と組織関係』白桃書房

115) 吉田孟史 [2003]『コンカレント・ラーニング・ダイナミクス』白桃書房

116) 結城三郎 [1987]『NTT 新規事業開発室』日本実業出版社

117) 早稲田大学ビジネススクール [2002]『MOT 入門』日本能率協会マネジメントセンタ

118) J. D. Williams et.al., [1998] “A conceptual Model and study of cross-cultural business

relations,” Journal of business Research, 42, pp.135-143.

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