日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モ url doi · 2019. 5....
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Meiji University
Title日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モ
デル
Author(s) 山下,洋史
Citation 明大商學論叢, 101(1): 13-26
URL http://hdl.handle.net/10291/20129
Rights
Issue Date 2018-12-17
Text version publisher
Type Departmental Bulletin Paper
DOI
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/
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13日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 13 )
日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル
An Evaluation Model of Quality Control Costs and
Defect Risk in Japan
Keywords:QC circle, quality inspection,Japanese-style QC,U.S.-style QC
山 下 洋 史Hiroshi YAMASHITA
目 次1.はじめに2.日本の雇用システムとライン部門でのQC3.統計的品質管理(SQC)とQC7 つ道具4.効率性重視の米国型QCと安全性重視の日本型QC5.日本型QCと米国型QCの評価モデル(基本モデル)6.QCサークルの直接的目的と間接的目的との相乗効果7.本研究の提案モデル(QC評価モデル)8.簡単な数値例による分析9.おわりに
1.は じ め に
戦後,日本企業はきめの細かい品質管理(QC;Quality Control)により,高品質の製品を生
み出し,それが日本製品の市場競争力を高めてきた。とりわけ,日本企業ではQC の専門スタッ
フのみならず,ライン部門でも積極的なQCが展開されており,その際にQC サークル活動や業
務改善提案活動が大きな役割を果たしている。こうしたスタッフ部門とライン部門による「二重
のQC」は,米国の専門スタッフによるQCとの対比において特徴的である。
このような基本的考え方に基づき,臧・山下ら[1]は,米国型の専門スタッフによるQC と,
日本型のスタッフ部門とライン部門による「二重のQC」の優位性・劣位性を比較するための
QC評価モデルを提案している。このQC評価モデルは,米国型の専門スタッフによるQCを効
率性重視のQCとして,また日本型の「二重のQC」を安全性重視のQC として,それぞれ位置
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14 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 14 )
づけ,両者の間に生じる優位性・劣位性のトレードオフ問題を定式化している。さらに,この基
本モデルに簡単な数値例を設定して両者のコストとリスクを分析した結果,①ライン部門での
QCが,スタッフ部門によるQCよりも非常に小さいコストでなければ,日本型QC(スタッフ
部門とライン部門による「二重の QC」)が劣位となること,また②安全性をより重視すべき状
況においては日本型QCの有効性が高まること,を確認している。しかしながら,ライン部門で
のQCが不良率を低下させる効果をモデルに組み込んでいなかったために,ライン部門でのQC
が極端に小さいコストでなければ,日本型QCの優位性が表れないという,現実から少し乖離し
た分析結果となっていた。
そこで,本研究では上記のような臧・山下ら[1]のQC 評価モデルの問題点をふまえた上で,
ライン部門でのQC,とりわけQCサークルや業務改善提案の活動が,QC に対する従業員の意
識とスキルを高めることで,不良率を低下(良品確率を向上)させる効果を発揮しうるという考
え方に基づき,これによる良品確率の改善率を評価モデルに組み込んだ新たな分析モデルを提案
する。さらに,本研究の提案モデルに対して,臧・山下ら[1]と同様の簡単な数値例を設定し,
効率性を重視した米国型QCと安全性を重視した日本型QC について,それぞれに費やされるコ
ストとリスクの和を比較し,日本型QCが優位性を発揮するための条件を検討していくことにす
る。
2.日本の雇用システムとライン部門での QC
日本企業では,品質管理部門の専門スタッフのみならず,ライン部門の従業員が「QC7 つ道
具」に代表される簡単なQC手法を身につけ,きめの細かいQC[2]を展開してきた。これによ
り,実質的には全数検査に近いQCが進められてきたのである。
しかしながら,ライン部門の従業員にとって,加工や組立といった本来業務のスキルのみなら
ず,QCの知識やスキルを身につけるためには,その分だけ多くの時間と努力が要求される。ま
た,本来業務以外にも,専門スタッフが担当すべきQC を積極的に学習するためには,高い労働
意欲が求められる。その一方で,こうした本来業務以外(ここではQC)の学習は,本来業務に
費やされるはずの労働時間を奪ってしまうことになり,一般に短期的な効率性[3]を低下させる
ことになる。さらに,ライン部門の従業員(作業者)にとっても,QCは自身の本来業務ではな
いため,それを要求することは過重労働を強いられると考えてしまうかもしれない。
それにもかかわらず,日本企業においてライン部門の従業員による積極的なQC を可能にして
きた要因は,日本の雇用システムとそこから生み出される組織特性にあるものと思われる。これ
に関して,鄭・山下ら[4]は,一般に日本の「終身雇用」と呼ばれる長期的な雇用システムが,
本来の業務とは異なるQCの学習にライン部門の従業員が取り組むための「時間的余裕」を生み
出し,モノを作り込むだけでなく,「品質を作り込む」という意識を浸透させてきたことが,ラ
イン部門での自律的・積極的なQCを可能にする要因であるとしている。さらに,こうした長期
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15日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 15 )
的な雇用システムは,従業員の「企業に対する高い帰属意識・貢献意欲」を醸成し[5],それが
本来業務以外のQCの学習に対しても高いモチベーションで取り組む姿勢を育む役割を果たして
きた。
このように,日本企業では長期的な雇用システムが生み出す時間的余裕[6]と,そこから醸成
される高い帰属意識・貢献意欲が,ライン部門において本来業務とは異なるQC の学習を促進し,
日本独自のQC(QC部門の専門スタッフとライン部門の従業員による「二重のQC」)を発展さ
せてきたのである。それに加えて,ライン部門におけるQC の学習は,現場(ライン部門)での
QCや品質検査を可能にするだけでなく,不良率そのものを低下させる効果を発揮するかもしれ
ない。本研究では,こうした効果(不良率の低下率)を,臧・山下ら[1]のQC評価モデルに対
して新たに組み込むことを試みる。
3.統計的品質管理(SQC)と QC7つ道具
QCの基本的考え方は,できるだけ少ないサンプル数の抜き取り検査で,全数検査に限りなく
近い精度を実現しようとするところにある。そのために,統計的手法をQC に活用し,いわゆる
統計的品質管理(Statistical Quality Control,以下「SQC」)が多くの企業に浸透していった。
これにより,統計的推定・検定から分散分析・実験計画法・多変量解析に至るまで多くの統計的
手法が活用されるようになったが,こうした SQCは基本的に統計学の知識とスキルを持つ専門
スタッフによって進められてきた。この SQCは,少ない人員による少ないサンプル数の品質検
査で,多くの製品・部品の品質を保証するという意味で,後述の「効率性重視のQC」に相当し,
米国のQCに浸透している。
さらに,上記の SQCは日本にも伝わり,学問と実務の両面から研究と応用が進展していった。
日本の大学において,経営工学系の学部・学科(生産工学部や,経営工学科・工業経営学科・管
理工学科・経営システム工学科)でSQCを学んだ学生が企業に入り,QCの専門スタッフとし
て企業に SQCを浸透させていったのである。これにより,日本企業でもQC の専門スタッフ部
門では,基本的に米国企業と同様の SQCが進展していくこととなった。
しかしながら,現場のライン部門では「品質の作り込み」という考え方のもとに,日本独自の
QCが発展していった[2]。日本企業では,ライン部門の従業員(作業者)が,本来業務とは異
なるQCの知識とスキル(とりわけ,簡単な統計的手法)を身につけ,QC サークルを中心に
SQCが展開されているのである。実際に,筆者らが 2012 年 1 月に調査したヤマハ掛川工場のグ
ランドピアノ生産ラインでも,ほとんどの工程で品質の全数検査が行われていた[1]。すなわち,
まずライン部門で品質検査(全数検査)を行ってから,QCの専門スタッフ部門で品質検査(多
くは,抜き取り検査)を行っているのである。
その際に,現場のライン部門で活用される簡単な SQCの手法が「QC7 つ道具」である。QC7
つ道具は,①ヒストグラム(度数分布),②層別,③チェックシート,④特性要因図,⑤パレー
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16 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 16 )
ト図,⑥散布図(相関図),⑦管理図によって構成され,SQC の専門教育を受けていないライン
部門の従業員でも,少し学べば十分に活用することのできる簡単な手法である。これらの統計的
手法を,QCサークルにおいて積極的に活用しながら,品質に関する分析と継続的改善[7]が進
められてきたのである。そういった意味で,QC7 つ道具は日本企業においてライン部門でのQC,
とりわけ SQCに大きく貢献し,日本企業の発展の一要因になってきたとも言われている。
4.効率性重視の米国型 QCと安全性重視の日本型 QC
ここまで述べてきたように,QCの専門スタッフのみならず,ライン部門の従業員(現場の作
業者)が積極的なQC活動を展開する日本型QCは,スタッフ部門とライン部門で二重に品質を
チェックするという意味で「安全性を重視したQC」[4]として位置づけることができる。これ
に対して,QCの専門スタッフが多様な統計的手法を駆使しながら,すべての製品・部品の品質
を一括して管理する米国型QCは,より少ない時間と人員で集中的に管理するという意味で「効
率性を重視したQC」[4]として位置づけることができる。そこで,本研究では前者の日本型QC
を「安全性重視のQC」,後者の米国型QCを「効率性重視のQC」と呼ぶことにし,2003 年に
発生した「狂牛病問題」の事例に注目しながら両者を比較していくことにする。
当時,米国で発生した狂牛病問題に対して,日本は全数(全頭)検査を要求し,米国は抜き取
り検査を主張した。その結果,両者の妥協点を見出すことができず,日本は米国からの牛肉の輸
入を禁止することになってしまった。このような事態を招いた最大の要因は,米国における「効
率性重視のQC」と日本における「安全性重視のQC」という,QC に対する基本的考え方の違
いにあったのではないかと思われる。
当然のことながら,全数検査には多くの人員が必要であり,QCの専門スタッフのみでは対応
しきれない。したがって,効率性を重視する米国型QC では,全頭を検査することは事実上不可
能であり,抜き取り検査に頼らざるを得ない[8]。一方で,スタッフ部門とライン部門で「二重
のQC」を展開する日本型QCでは,全頭を検査することも不可能ではない。もちろん,日本で
も抜き取り検査ですめば,その方が効率的で好ましいが,牛肉のように人体に入る製品(食品)
には,絶対的な安全性が求められるため,全数検査を行うべきと考えるのである。日本企業では,
ライン部門の従業員がQCサークルやTQCの活動を通じて,QCに関する知識とスキルを日頃
より身につけ,かつ「品質の作りこみ」の意識が浸透しているため,全数検査も不可能ではない。
すなわち,狂牛病問題のように,より厳格な品質保証が求められる場面で,効率性重視の米国型
QCと安全性重視の日本型QCという基本的考え方の違いが,より顕著に表れるのである。
5.日本型 QCと米国型 QCの評価モデル(基本モデル)
安全性重視の日本型QCと効率性重視の米国型QC を,コスト(効率性)とリスク(安全性)
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17日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 17 )
の両面から比較すべく,臧・山下ら(2013)は下記のような評価モデル(以下,「基本モデル」)
を提案している。この基本モデルでは,ライン部門とスタッフ部門による日本型「二重のQC」
(以下,「様式 1」)における合計コスト T1(QCにかかるコストと良品・不良品の誤判定による
損失の和)と,スタッフ部門のみによる米国型QC(以下,「様式 2」)での合計コスト T2 を,
(1)式のように定式化している。ただし,(1)式における C1 はライン部門でのQC にかかるコス
トを,C2 はスタッフ部門でのQCにかかるコストを表している。また,U と V は,それぞれ良
品を不良品と判定した場合と,不良品を良品と判定した場合の 1個あたりの損失であり,N は
生産数である。さらに,p11 はライン部門において良品を良品と判定する確率(正判定確率),p12は不良品を不良品と判定する正判定確率を,p21 と p22 はそれぞれスタッフ部門における同様の正
判定確率を表し,G は実際の良品確率を示している。その際,ライン部門でのQC によって不良
品と判定されたものは,その時点で処分され,スタッフ部門によるQC の対象とはならないもの
としている。
T1=C1+{G・p11+(1-G)(1-p12)}C2+{G・p11(1-p21)+G(1-p11)}U・N
+(1-G)(1-p12)(1-p22)V・N (1)
T2=C2+G(1-p21)U・N+(1-G)(1-p22)V・N (2)
(1)式と(2)式より,様式 2に対する様式 1の優位性(T2-T1)は,
T2-T1=-C1+{1-G・p11-(1-G)(1-p12)}C2+{G(1-p11)(1-p21)-G(1-p11)}U・N
+(1-G)p12(1-p22)V・N (3)
となる[1]。ここで,上記の基本モデルを,簡単のために p11=p12=p21=p22 として,これらの正
判定確率をすべて p で表せば,(4)式~(6)式のように簡素化される[1]。
T1=C1+{G・p+(1-G)(1-p)}C2+{G・p(1-p)+G(1-p)}U・N+(1-G)(1-p)2・V・N
(4)
T2=C2+G(1-p)U・N+(1-G)(1-p)V・N (5)
T2-T1=-C1+{1-G・p-(1-G)(1-p)}C2-G・p(1-p)U・N+p(1-G)(1-p)V・N
=-C1+(G+p-2・G・p)C2-G・p(1-p)U・N+p(1-G)(1-p)V・N (6)
(4)式~(6)式は,ライン部門でのQCコスト C1 が小さいほど,またスタッフ部門でのQCコ
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18 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 18 )
スト C2 が大きいほど,様式 1(ライン部門とスタッフ部門による日本型「二重のQC」)のコス
ト優位性が高まる(あるいは劣位性が減少する)ことを示している[1]。また,良品を不良品と
判定した場合の損失 U が小さいほど,また不良品を良品と判定した場合の V が大きいほど,日
本型QCのコスト優位性が高まることがわかる。
一方,実際の良品確率 G と正判定確率 p が,それぞれ様式 1のコスト優位性(T2-T1)に与
える影響を確認するために,T2-T1 を G および p で偏微分すると,(7)式と(8)式のようになる。
u(T2-T1)/uG=-p・C2+(1-p)C2-p(1-p)U・N-p(1-p)V・N
=(1-2・p)C2+p(p-1)(U+V)N (7)
u(T2-T1)/up=(1-2・G)C2+(2・p-1)(U+V)G・N (8)
(7)式において,正判定確率 p は一般に 0.5<p<1であり,かつ C2,U,V,N はすべて正で
あるため,(7)式の符号は負となる。これより,良品確率 G が向上すると,様式 1のコスト優位
性が低下(コスト劣位性が増大)することがわかる。逆に言えば,実際の良品確率 G が低いほ
ど,ライン部門とスタッフ部門による「二重のQC」というきめの細かいQCの価値が高まるの
である。
これと同様に,(8)式における良品確率 G についても,一般に 0.5<G<1であるため,(8)式
の符号も負となる。したがって,品質検査の精度が向上する(正判定確率 p が高まる)ほど,様
式 1のコスト優位性が低下(コスト劣位性が増大)することになる。
さらに,T2-T1 を生産数 N で微分すると,(9)式が得られる。
u(T2-T1)/uN=-G・p(1-p)U+p(1-G)(1-p)V=p(1-p){-G・U+(1-G)V} (9)
(9)式において,p(1-p)>0であるため,(9)式の符号は,V>G・U/(1-G)のとき正となり,
V<G・U/(1-G)のとき負となる。これより,生産数 N の影響は,他の変数(p, G, U, V)の
値に依存し,とりわけ G/(1-G)の値によって大きく異なることがわかる。
6.QCサークルの直接的目的と間接的目的との相乗効果
日本企業では,現場(ライン部門)の従業員がQC サークルの活動を通してQC の知識とスキ
ルを身につけ,それがスタッフ部門とライン部門での「二重のQC」,そして安全性重視のQC
を可能にしてきた。こうしたQCサークルの活動は,専門スタッフのみによる米国型QC との対
比において特徴的であり,日本企業における品質面での優位性を生み出す要因として機能してき
た。
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19日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 19 )
一方で,金子・山下遥ら[8]は,ライン部門におけるQC サークルの活動が,上記のような
「二重のQC」による安全性重視のQCを可能にするだけでなく,①製品(あるいは部品)の品
質そのものの向上と,②ライン部門での従業員のモラール向上という効果も生み出してきたこと
を指摘している。すなわち,①QCの専門スタッフのみならず,現場のライン部門がQC に関与
し,きめの細かいQC活動を展開することで,高い品質を生み出すとともに,②こうしたQC の
活動がライン部門の従業員を単純作業のみから解放し,モラールを向上させるよう導いてきたの
である。
そこで,金子・山下遥ら[8]は日本企業においてQC サークルの生み出す効果が,①の「品質
向上」という直接的目的と,②の「モラール向上」という間接的目的の二面性を持つことを指摘
し,「QCサークルにおける直接的目的と間接的目的の相乗効果フレームワーク」(図 1)を提案
している。
・QCサークルでの小集団活動・QCスキルの習得・統計的分析
・チームワークの向上・「品質のつくり込み」の意識・単純作業のみからの解放
①直接的目的(品質向上) ②間接的目的(モラール向上)
QC サークルの目的
図 1.QCサークルにおける直接的目的と間接的目的の相乗効果フレームワーク[8]
図 1のフレームワーク[8]は,QCサークルにおける目的の二面性,すなわち直接的目的と間
接的目的が互いに強化し合う相乗効果を生み出すことを示している。品質向上というQC サーク
ルの直接的目的を「小集団活動」「QCスキルの習得」「統計的分析」といった活動が支え,これ
らが現場での「チームワークの向上」「品質のつくり込み」「単純作業のみからの解放」に対して
それぞれ貢献することで,ライン部門の従業員の「モラール向上」へとつながり,こうしたモラ
ールがさらなる品質の改善をもたらすのである。これは,QCサークルの直接的目的と間接的目
的の間で正のスパイラルがまわり,両者の相乗効果を生み出すことを示している。
図 1において,QCサークルの「2つの目的」をフラットな関係とせずに,直接的目的と間接
的目的としていることは,注目すべきところである。当然のことながら,QCサークルの直接的
目的は,製品や部品の品質向上にあり,これを臧・山下ら[1]の基本モデル(5節を参照)では
品質検査における正判定確率 p を向上させる効果のみで捉えていたが,本来は製造過程で作り込
む品質そのものの向上が重要なのである。さらに,こうしたQC サークルの活動を通じて,従業
員が自身の仕事に「やりがい」を感じることによって,結果的に「モラール向上」という間接的
目的が達成される。さらに,こうした間接的目的の「モラール向上」が,直接的目的の「品質向
上」に貢献し,それがさらなる「モラール向上」へと従業員を導く正のスパイラルが形成される
ことになる[1]。このように,図 1のフレームワーク[8]は,QCサークルのめざすべき方向性を,
品質向上(直接的目的)とモラール向上(間接的目的)に分解し,両者の相互関係(正のスパイ
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20 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 20 )
ラル)を整理しているのである。
本研究では,上記のような考え方に基づき,品質検査における正判定確率の向上のみならず,
良品確率の改善を考慮した評価モデルを,次節において提案する。
7.本研究の提案モデル(QC評価モデル)
本研究では,5節で述べた臧・山下ら[1]の基本モデルにおいて,ライン部門でのQCが良品
確率そのものを改善させる効果を考慮していなかったという問題点をふまえ,こうした効果を基
本モデルに組み込んだ新たなQC評価モデルを考えることにする。すなわち,ライン部門での
QCサークルや業務改善提案の活動が,QCに対する従業員の意識とスキルを高めることで,良
品確率自体を改善させる効果を基本モデルに組み込むことを試みるのである。
5節の基本モデル[1]では,ライン部門でのQC→専門スタッフ部門によるQC という「二重の
QC」(日本型QC,様式 1)も,専門スタッフ部門のみによるQC(米国型QC,様式 2)も,同
様に G% としていた良品確率(不良確率は 1-G%)が,ラインでのQC,とりわけQCサーク
ルや業務改善提案活動を通じた現場の学習や努力により A% だけ改善すると考え,様式 1にお
ける良品確率を(1+A)・G% で表すことにする(ただし,1≦1+A≦1/G)。また,基本モデ
ル[1]と同様に,品質検査における正判定確率を p とし,ライン部門でのQC にかかるコストを
C1,スタッフ部門での QCにかかるコストを C2,また良品を不良品と判定した場合と,不良品
を良品と判定した場合の 1個あたりの損失を,それぞれ U と V,生産数を N とする。
このとき,QCにかかるコストと良品・不良品の誤判定による損失の合計コストを定式化する
と,様式 1(日本型QC)の場合は(10)式の T1 となり,様式 2(米国型QC)の場合は(11)式の
T2 となる。
T1= C1+[(1+A)G・p+{1-(1+A)G}(1-p)}C2+{(1+A)G・p(1-p)
+(1+A)G(1-p)}U・N+{1-(1+A)G}(1-p)(1-p)V・N
T2=C2+G2(1-p)U・N+(1-G)(1-p)V・N=C2+G(1-p)U・N+(1-G)(1-p)V・N
(11)
したがって,様式 2に対する様式 1のコスト優位性(T2-T1)は,
T2-T1=-C1+[1-(1+A)G・p-{1-(1+A)G}(1-p)]C2+[{G-(1+A)G}(1-p)-(1+A)G・p(1-p)]U・N
+{p+(1+A)G-G-(1+A)G・p}(1-p)V・N
=-C1+ [1-(1+A)G・p-{1-(1+A)G}(1-p)]C2
(10)
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21日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 21 )
+[-A・G(1-p)-(1+A)G・p(1-p)]U・N
+{p+A・G-(1+A)G・p}(1-p)V・N (12)
(12)式より,T1 と T2 が等しくなるときの C1 は,
C1=[1-(1+A)G・p-{1-(1+A)G}(1-p)]C2+[-A・G(1-p)-(1+A)G・p(1-p)]U・N
+{p+A・G-(1+A)G・p}(1-p)V・N (13)
となる。
例えば,もし良品確率 G が 95%で,ライン部門での積極的なQC活動により,様式 1の良品
確率が 2%向上(改善)したとすると(A=0.02),T1 と T2 が等しくなるときの C1 は,
C1=[1-0.969p-0.031(1-p)]C2+[-0.019(1-p)-0.969p(1-p)]U・N
+{0.031p+0.019}(1-p)V・N
=(0.969-0.938p)C2+(0.969p2-0.95p-0.019)U・N+{-0.031p2+0.02p+0.019)V・N
(14)
となる。さらに,良品を不良品と誤判定したときの損失 U よりも,不良品を良品と誤判定した
ときの損失 V の方が大きいことをふまえ,V=k・U とすると(ただし,k>1),T1 と T2 が等し
くなるときの C1 は,
C1=(0.969-0.938p)C2+(0.969・p2-0.95・p-0.019)U・N+{-0.031・p2+0.02・p+0.019)k・V・N
=(0.969-0.938p)C2+{(0.969-0.031k)p2-(0.95-0.02k)p-0.019(1-k)}U・N (15)
となる。例えば,k=5の場合,T1 と T2 が等しくなるときの C1 は,下記のようになる。
C1=(0.969-0.938p)C2+(0.814p2-0.85p+0.076)U・N (16)
ここで,一般に日本企業の品質検査では(16)式における正判定確率 p は 0.95≦p≦1であるた
め,スタッフ部門でのQCにかかるコスト C2 が大きいほど,また良品を不良品と判定した場合
の 1個あたりの損失 U が大きいほど,さらに生産数 N が大きいほど,T1 と T2 が等しくなると
きの C1 が大きくなることがわかる。すなわち,C2 と U と N が大きいほど,ライン部門での
QCにかかるコストを C1 が大きくなっても様式 1(日本型QC)の優位性が失われないのである。
一方で,正判定確率 p による C1 の影響については単純ではないが,(16)式の右辺第 1項は常
に正で,右辺第 2項も p>0.9455 であれば正となる。さらに,上記のように日本企業では一般に
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22 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 22 )
p>0.95 であるため,右辺第 2項も正となり,様式 2よりも様式 1が優位(符号が正)となる C1の値が存在する。
以上のことから,ライン部門でのQCによる良品確率の改善率(A%)を考慮していなかった
基本モデル(臧・山下ら[1])の分析結果に比較して,様式 1の優位性が高まっていることがわ
かるが,これは G=0.95 と k=5を固定し,かつ A=0.02 とした場合のみの結果であるため,次
節では臧・山下ら[1]と同様に,簡単な数値例を設定したもとで,良品確率の改善率 A を変化さ
せることにより,様式 2に対する様式 1の優位性を分析していくことにする。
8.簡単な数値例による分析
本研究の提案モデルは,ここまで述べてきたように,5節の基本モデル(臧・山下ら[1])に
対して,現場のライン部門での QC活動による良品確率 G の改善を考慮した分析モデルである。
そこで,本研究の提案モデルに対して簡単な数値例を設定し,様式 2(米国型QC)に対する様
式 1(日本型QC)のコスト優位性(T2-T1)を算出することにより,基本モデルの分析結果と
比較し,良品確率の改善率 A が上記のコスト優位性にどのような影響を与えるかについて分析
していくことにする。
まず,臧・山下ら[1]の数値例を基に,G=0.95,p=0.995,U=1,000,N=100,000 の値を設
定し,これを数値例①とする。その上で,ライン部門でのQC にかかるコスト C1 とスタッフ部
門でのQCにかかるコスト C2 を,本研究の提案モデルでは
C1=C2=k・U{1-(1+A)G}N/2 (17)
とし,また基本モデルでは
C1=C2=k・U(1-G)N/2 (18)
とする。ここで,C1 と C2 を,それぞれ(17)式と(18)式で捉えることにするのは,不良品をすべ
て良品と誤判定したときのリスク(金額)と同額のコストをかけ,そのコストを,ライン部門で
のQCとスタッフ部門でのQCに半額ずつに分けて費やすという考え方に基づいている。その結
果として,様式 1(日本型QC)では C1+C2 のコストがかかり,様式 2(米国型QC)では C2 の
みのコストとなる。さらに,数値例②~⑤として,C1=C2/2(数値例②),C1=C2/3(数値例
③),C1=C2/4(数値例④),C1=C2/5(数値例⑤)を設定する。
次に,基本モデルと同様の損失係数 k=5,10,15,20 の 4 通りに,良品確率の改善率 A=
0.01,0.02,0.03,0.04 の 4 通りを組み合わせ,計 16 通りについて,本研究の提案モデルと基本
モデルにより,C1 と T2-T1 を算出すると,表 1~表 5のような結果となった。
-
23日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 23 )
表 1~表 5(数値例①~数値例⑤)の結果より,ライン部門でのQC 活動による良品確率の改
善率 A を考慮していない基本モデルでは,様式 1(日本型QC)のコスト優位性(T2-T1)がす
べて負(表 1~表 5の網掛け部分)となっているのに対して,良品確率の改善を考慮した本研究
の提案モデルでは,T2-T1 が正となる Case が多くなっていることがわかる。基本モデル[1]で
は良品確率の改善を考慮していないため,臧・山下ら[1]も指摘しているように,日本型QC の
コスト優位性が表れにくいが,本研究の提案モデルはこうした問題点を克服し,良品確率の改善
表 1.数値例①:C1=C2の場合 基本モデル 本研究の提案モデル 基本モデル 提案モデル
Case 改善率 A(1+A)G 係数 k 損失 V ライン C1 スタッフ C2 ライン C1 スタッフ C2 T2-T1 T2-T1
Case1─1 0.01 0.9595 5 500000 12500000 12500000 10125000 10125000 -12167000 -7670021Case1─2 0.01 0.9595 10 1000000 25000000 25000000 20250000 20250000 -23861375 -14862690Case1─3 0.01 0.9595 15 1500000 37500000 37500000 30375000 30375000 -35555750 -22055359Case1─4 0.01 0.9595 20 2000000 50000000 50000000 40500000 40500000 -47250125 -29248029
Case1─5 0.02 0.969 5 500000 12500000 12500000 7750000 7750000 -12167000 -3128368Case1─6 0.02 0.969 10 1000000 25000000 25000000 15500000 15500000 -23861375 -5774658Case1─7 0.02 0.969 15 1500000 37500000 37500000 23250000 23250000 -35555750 -8420948Case1─8 0.02 0.969 20 2000000 50000000 50000000 31000000 31000000 -47250125 -11067238
Case1─9 0.03 0.9785 5 500000 12500000 12500000 5375000 5375000 -12167000 1457959Case1─10 0.03 0.9785 10 1000000 25000000 25000000 10750000 10750000 -23861375 3402722Case1─11 0.03 0.9785 15 1500000 37500000 37500000 16125000 16125000 -35555750 5347486Case1─12 0.03 0.9785 20 2000000 50000000 50000000 21500000 21500000 -47250125 7292249
Case1─13 0.04 0.988 5 500000 12500000 12500000 3000000 3000000 -12167000 6088960Case1─14 0.04 0.988 10 1000000 25000000 25000000 6000000 6000000 -23861375 12669450Case1─15 0.04 0.988 15 1500000 37500000 37500000 9000000 9000000 -35555750 19249940Case1─16 0.04 0.988 20 2000000 50000000 50000000 12000000 12000000 -47250125 25830430
表 2.数値例②:C1=C2/2の場合 基本モデル 本研究の提案モデル 基本モデル 提案モデル
Case 改善率 A(1+A)G 係数 k 損失 V ライン C1 スタッフ C2 ライン C1 スタッフ C2 T2-T1 T2-T1
Case2─1 0.01 0.9595 5 500000 6250000 12500000 5062500 10125000 -5917000 -2607521Case2─2 0.01 0.9595 10 1000000 12500000 25000000 10125000 20250000 -11361375 -4737690Case2─3 0.01 0.9595 15 1500000 18750000 37500000 15187500 30375000 -16805750 -6867859Case2─4 0.01 0.9595 20 2000000 25000000 50000000 20250000 40500000 -22250125 -8998029
Case2─5 0.02 0.969 5 500000 6250000 12500000 3875000 7750000 -5917000 746633Case2─6 0.02 0.969 10 1000000 12500000 25000000 7750000 15500000 -11361375 1975343Case2─7 0.02 0.969 15 1500000 18750000 37500000 11625000 23250000 -16805750 3204053Case2─8 0.02 0.969 20 2000000 25000000 50000000 15500000 31000000 -22250125 4432763
Case2─9 0.03 0.9785 5 500000 6250000 12500000 2687500 5375000 -5917000 4145459Case2─10 0.03 0.9785 10 1000000 12500000 25000000 5375000 10750000 -11361375 8777722Case2─11 0.03 0.9785 15 1500000 18750000 37500000 8062500 16125000 -16805750 13409986Case2─12 0.03 0.9785 20 2000000 25000000 50000000 10750000 21500000 -22250125 18042249
Case2─13 0.04 0.988 5 500000 6250000 12500000 1500000 3000000 -5917000 7588960Case2─14 0.04 0.988 10 1000000 12500000 25000000 3000000 6000000 -11361375 15669450Case2─15 0.04 0.988 15 1500000 18750000 37500000 4500000 9000000 -16805750 23749940Case2─16 0.04 0.988 20 2000000 25000000 50000000 6000000 12000000 -22250125 31830430
-
24 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 24 )
率 A やライン部門でのQCにかかるコスト C1 の値によって,日本型QCのコスト優位性が表れ
るモデルとなっているのである。そういった意味で,本研究の提案モデルから,日本型QC のコ
スト優位性を生み出す潜在的な要因,すなわちライン部門でのQC 活動による品質向上(良品確
率の向上)という要因の重要性が示唆される。
一方,良品確率の改善率 A の影響については,基本モデルでは良品確率の改善率 A を考慮し
ていないため,当然のことながら A に対する日本型QCのコスト優位性(T2-T1)は一定であ
表 3.数値例③:C1=C2/3の場合 基本モデル 本研究の提案モデル 基本モデル 提案モデル
Case 改善率 A(1+A)G 係数 k 損失 V ライン C1 スタッフ C2 ライン C1 スタッフ C2 T2-T1 T2-T1
Case3─1 0.01 0.9595 5 500000 4166667 12500000 3375000 10125000 -3833667 -920021Case3─2 0.01 0.9595 10 1000000 8333333 25000000 6750000 20250000 -7194708 -1362690Case3─3 0.01 0.9595 15 1500000 12500000 37500000 10125000 30375000 -10555750 -1805359Case3─4 0.01 0.9595 20 2000000 16666667 50000000 13500000 40500000 -13916792 -2248029
Case3─5 0.02 0.969 5 500000 4166667 12500000 2583333 7750000 -3833667 2038299Case3─6 0.02 0.969 10 1000000 8333333 25000000 5166667 15500000 -7194708 4558676Case3─7 0.02 0.969 15 1500000 12500000 37500000 7750000 23250000 -10555750 7079053Case3─8 0.02 0.969 20 2000000 16666667 50000000 10333333 31000000 -13916792 9599429
Case3─9 0.03 0.9785 5 500000 4166667 12500000 1791667 5375000 -3833667 5041293Case3─10 0.03 0.9785 10 1000000 8333333 25000000 3583333 10750000 -7194708 10569389Case3─11 0.03 0.9785 15 1500000 12500000 37500000 5375000 16125000 -10555750 16097486Case3─12 0.03 0.9785 20 2000000 16666667 50000000 7166667 21500000 -13916792 21625582
Case3─13 0.04 0.988 5 500000 4166667 12500000 1000000 3000000 -3833667 8088960Case3─14 0.04 0.988 10 1000000 8333333 25000000 2000000 6000000 -7194708 16669450Case3─15 0.04 0.988 15 1500000 12500000 37500000 3000000 9000000 -10555750 25249940Case3─16 0.04 0.988 20 2000000 16666667 50000000 4000000 12000000 -13916792 33830430
表 4.数値例④:C1=C2/4の場合 基本モデル 本研究の提案モデル 基本モデル 提案モデル
Case 改善率 A(1+A)G 係数 k 損失 V ライン C1 スタッフ C2 ライン C1 スタッフ C2 T2-T1 T2-T1
Case4─1 0.01 0.9595 5 500000 3125000 12500000 2531250 10125000 -2792000 -76271Case4─2 0.01 0.9595 10 1000000 6250000 25000000 5062500 20250000 -5111375 324810Case4─3 0.01 0.9595 15 1500000 9375000 37500000 7593750 30375000 -7430750 725891Case4─4 0.01 0.9595 20 2000000 12500000 50000000 10125000 40500000 -9750125 1126971
Case4─5 0.02 0.969 5 500000 3125000 12500000 1937500 7750000 -2792000 2684133Case4─6 0.02 0.969 10 1000000 6250000 25000000 3875000 15500000 -5111375 5850343Case4─7 0.02 0.969 15 1500000 9375000 37500000 5812500 23250000 -7430750 9016553Case4─8 0.02 0.969 20 2000000 12500000 50000000 7750000 31000000 -9750125 12182763
Case4─9 0.03 0.9785 5 500000 3125000 12500000 1343750 5375000 -2792000 5489209Case4─10 0.03 0.9785 10 1000000 6250000 25000000 2687500 10750000 -5111375 11465223Case4─11 0.03 0.9785 15 1500000 9375000 37500000 4031250 16125000 -7430750 17441236Case4─12 0.03 0.9785 20 2000000 12500000 50000000 5375000 21500000 -9750125 23417249
Case4─13 0.04 0.988 5 500000 3125000 12500000 750000 3000000 -2792000 8338960Case4─14 0.04 0.988 10 1000000 6250000 25000000 1500000 6000000 -5111375 17169450Case4─15 0.04 0.988 15 1500000 9375000 37500000 2250000 9000000 -7430750 25999940Case4─16 0.04 0.988 20 2000000 12500000 50000000 3000000 12000000 -9750125 34830430
-
25日本における品質管理のコストと不良リスクの評価モデル( 25 )
るが,本研究の提案モデルでは A が大きくなるに従って,T2-T1 の値が増大していく結果とな
っている。とりわけ,改善率 A が 3%と 4%の場合は,すべてコスト優位性が正の値となって
いることがわかる。この結果からも,日本型QC を特徴づけるライン部門でのQC が,単に品質
検査における正判定確率を向上させるだけでなく,製品・部品の品質そのものを向上させること
の重要性が示唆される。
さらに,ライン部門でのQCにかかるコスト C1 の影響については,C1 が C2 よりも小さくな
っていくほど,基本モデルでは日本型QCのコスト劣位性が減少し,本研究の提案モデルではコ
スト優位性(T2-T1)が増大することがわかる。とりわけ,数値例⑤ではすべてのCase におい
て T2-T1 の符号が正になっており,数値例④でもCase4─1 以外すべての符号が正になっている。
これらは,現実に即した結果であろう。
このように,本研究の提案モデルは,日本型QC のコスト劣位性を弱め,コスト優位性を強化
するためのメカニズム,すなわちライン部門でのQC 活動による品質向上(良品確率の改善)の
効果を示唆しているのである。
9.お わ り に
本研究では,臧・山下ら[1]のQC評価モデル(基本モデル)において,現場のライン部門で
のQC活動による品質向上が考慮されていなかったという問題点をふまえ,こうした現場での
QC活動による良品確率の改善率をモデルに組み込むことを試みた。そこで,まず日本の雇用シ
ステムとライン部門でのQCの関係を考察するとともに,QC7 つ道具がライン部門での簡便な
統計的品質管理(SQC)を可能にしていることを指摘した。次に,効率性重視の米国型QC と
表 5.数値例⑤:C1=C2/5の場合 基本モデル 本研究の提案モデル 基本モデル 提案モデル
Case 改善率 A(1+A)G 係数 k 損失 V ライン C1 スタッフ C2 ライン C1 スタッフ C2 T2-T1 T2-T1
Case5─1 0.01 0.9595 5 500000 2500000 12500000 2025000 10125000 -2167000 429979Case5─2 0.01 0.9595 10 1000000 5000000 25000000 4050000 20250000 -3861375 1337310Case5─3 0.01 0.9595 15 1500000 7500000 37500000 6075000 30375000 -5555750 2244641Case5─4 0.01 0.9595 20 2000000 10000000 50000000 8100000 40500000 -7250125 3151971
Case5─5 0.02 0.969 5 500000 2500000 12500000 1550000 7750000 -2167000 3071633Case5─6 0.02 0.969 10 1000000 5000000 25000000 3100000 15500000 -3861375 6625343Case5─7 0.02 0.969 15 1500000 7500000 37500000 4650000 23250000 -5555750 10179053Case5─8 0.02 0.969 20 2000000 10000000 50000000 6200000 31000000 -7250125 13732763
Case5─9 0.03 0.9785 5 500000 2500000 12500000 1075000 5375000 -2167000 5757959Case5─10 0.03 0.9785 10 1000000 5000000 25000000 2150000 10750000 -3861375 12002723Case5─11 0.03 0.9785 15 1500000 7500000 37500000 3225000 16125000 -5555750 18247486Case5─12 0.03 0.9785 20 2000000 10000000 50000000 4300000 21500000 -7250125 24492249
Case5─13 0.04 0.988 5 500000 2500000 12500000 600000 3000000 -2167000 8488960Case5─14 0.04 0.988 10 1000000 5000000 25000000 1200000 6000000 -3861375 17469450Case5─15 0.04 0.988 15 1500000 7500000 37500000 1800000 9000000 -5555750 26449940Case5─16 0.04 0.988 20 2000000 10000000 50000000 2400000 12000000 -7250125 35430430
-
26 『明大商学論叢』第 101 巻第 1号 ( 26 )
安全性重視の日本型QCを比較し,臧・山下ら[1]のQC評価モデル(基本モデル)を概説した。
その上で,臧・山下ら[1]の基本モデルに対して,ライン部門でのQC 活動による良品確率の
改善率を組み込むことにより,QCにかかるコストとリスクの面から日本型QCと米国型QCの
優位性・劣位性を評価するための新たな分析モデルを提案した。
さらに,本研究の提案モデルと基本モデルに対して簡単な数値例を設定し,日本型QC のコス
ト優位性に関する分析を行ったところ,現実に即した結果が得られ,日本型QC が優位性を発揮
するための条件,すなわちライン部門でのQC活動により品質を向上(良品確率を改善)させる
というメカニズムを構築することの必要性を示すことができた。
以上のように,臧・山下ら[1]のQC評価モデル(基本モデル)では,ライン部門でのQC活
動による良品確率の改善を考慮していなかったために,日本型QC のコスト優位性がほとんど表
れず,日本におけるきめの細かいQCの利点を記述することができなかったが,本研究の提案モ
デルでは,こうした日本型QCの持つ利点の定量的記述を可能にしたことを強調して,本研究の
結語としたい。
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明治大学社会科学研究所総合研究「企業のサステナビリティ戦略とビジネス・クォリティ」2014 年度前期成果報告論文集,pp.109─118,2014