明日の「食」を知る - baycurrent of...明日の「食」を知る 15...

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14 BayCurrent Consulting 地球の人口は産業革命以来増え続けている。 世界人口は2050年に98億人にまで増加するという。 その時、劇的に変化するであろう将来の「食」に迫る 明日の「食」を知る ※1 2009年-2050年食糧生産高比較 国連食糧農業機関(FAO)調べ 増える命、絶える資源 タンパク質クライシス(危機)に目を向けよ 2050年に98億人に増える人類を養うためには、地 球上の食糧生産を約70% ※1 増やす必要があるとい う。また人口の増加に加えて新興国の経済発展により 生活水準が向上し、肉食化が進むと2030年頃には需 要と供 給のバランスが 崩れ「タンパク質 危 機 ( P r o t e i n Crisis)」が起こると予測される。しかし現在の畜産方法 では家畜の生産に膨大な量の穀物が使われており、そ の穀物を栽培するために森林が破壊されているのだ。 このままでは土地も資源もその生産に追いつかない。さ らに畜産業が排出する温室効果ガスは世界中の輸送 機械が排出する二酸化炭素を上回っており、畜産業は 地球を破壊すると言う意見すらある。我々は「食」を根底 から見直す必要があるのだ。 この人口のビッグバンに起因する農業の課題解決の糸 口は「新たなタンパク質源の普及」、および生産地の多様 化を可能にする「破壊的技術の進歩」と我々は考える。

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Page 1: 明日の「食」を知る - BayCurrent of...明日の「食」を知る 15 求められる新たなタンパク質源 タンパク質の代替品として注目を集める昆虫食

14 BayCurrent Consulting

地球の人口は産業革命以来増え続けている。世界人口は2050年に98億人にまで増加するという。その時、劇的に変化するであろう将来の「食」に迫る

明日の「食」を知る

※1 2009年-2050年食糧生産高比較 国連食糧農業機関(FAO)調べ

増える命、絶える資源

タンパク質クライシス(危機)に目を向けよ

2050年に98億人に増える人類を養うためには、地

球上の食糧生産を約70%※1増やす必要があるとい

う。また人口の増加に加えて新興国の経済発展により

生活水準が向上し、肉食化が進むと2030年頃には需

要と供給のバランスが崩れ「タンパク質危機(Protein

Crisis)」が起こると予測される。しかし現在の畜産方法

では家畜の生産に膨大な量の穀物が使われており、そ

の穀物を栽培するために森林が破壊されているのだ。

このままでは土地も資源もその生産に追いつかない。さ

らに畜産業が排出する温室効果ガスは世界中の輸送

機械が排出する二酸化炭素を上回っており、畜産業は

地球を破壊すると言う意見すらある。我々は「食」を根底

から見直す必要があるのだ。

この人口のビッグバンに起因する農業の課題解決の糸

口は「新たなタンパク質源の普及」、および生産地の多様

化を可能にする「破壊的技術の進歩」と我々は考える。

Page 2: 明日の「食」を知る - BayCurrent of...明日の「食」を知る 15 求められる新たなタンパク質源 タンパク質の代替品として注目を集める昆虫食

15明日の「食」を知る

求められる新たなタンパク質源

タンパク質の代替品として注目を集める昆虫食

まず注目されているのは昆虫食だ。その歴史は長く、

アフリカや東南アジアでは昆虫は貴重なタンパク源とし

て何世代にもわたり日常的に食されている。コオロギ、

イナゴ、イモ虫、蜂などの昆虫は、高い栄養価を誇る貴

重なタンパク源だ。また少ない天然資源で育てることが

可能だ。例えば、1グラムのタンパク質を生産する場合、

254平方メートルの土地必要な牛に対し、昆虫はたった

18平方メートルで生産することができる。こうした高タン

パク・低資源の視点から、今昆虫食の見直しが世界各

国で広まっている。一方で虫を食べる習慣のない人々

が虫をそのままの形で食すには精神的抵抗が高いこと

も事実だ。根本にある虫への抵抗感を減らすため、いく

つかのスタートアップは昆虫をタンパク質粉末に変え、

プロテインバーや小麦粉の代用品にして販売する試み

を始めている。下図は2015年から2023年に置ける米

国の食用昆虫市場規模の推定である。8年で14倍の5

千万ドル(約56億円)になると言う。

地域別の一人当たり肉消費量2000年と2050年の世界の地域別の1人当りの肉消費量(キログラム/人/年)

図1

Source:Statista社公示情報より策定 20002050

北米・欧州

中・南米

東・南アジア太平洋

中央・西アジア・北アフリカ

サハラ以南アフリカ

8983

7758

5128

3320

2211

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

図2新たなタンパク質一覧

・栄養豊富・低コストで生産されるタンパク質・水の消費量が少ない・CO 2フットプリントの大幅な削減・約9万種

・EXO (米国)・Chirps Chips(米国)・Bitty Foods(米国)

・環境に優しい・食中毒のリスクがない・抗生物質を含まない・1つの細胞から大量生産が可能

・Memphis Meats(米国)・Mosameat(オランダ)・SuperMeat(イスラエル)・Integriculture(日本)

・低糖・高カルシウム・低脂肪・コレステロールフリー

・Ripple Foods(米国)・Good Karma Foods(米国)

・Soylent(米国)・Super body fuel(米国)

・Impossible foods(米国)・Beyond meat(米国)

・MycoTechnology(米国)・Terramino foods(米国)

・Perfect day foods(米国)

・Algama(フランス)

・New wave foods(米国)

・少量の水・低CO 2排出・賞味期限が長い

・抗生物質を含まない・ホルモンフリー・遺伝子組み換えでない・グルテンフリー

・栄養価が高い・成長速度が速い

・栄養価が高い・成長速度が速い・味覚が本物のエビとほとんど同じ

・カロリー、脂肪、炭水化物が少ない・ビタミンとミネラルが含まれる・オーガニック

・栄養価が高い・ホルモンや抗生物質を含まない・環境に優しい・コレステロールフリー・ラクトースを含まない・賞味期限が長い

昆虫食コオロギ、バッタ、キャタピラー、イナゴ、ワタなどの食用昆虫

真菌類(キノコベースのタンパク質)

新しいタンパク質源 スタートアップ利点

海藻

藻類や植物から作られたエビ

植物から生産された乳製品(豆乳やアーモンドミルク等)

植物ベースのタンパク質から作られた食べ物に代用できる飲み物

主に植物原料を使用して作られたモックミート

(大豆・えんどう豆の加工品)

クリーンミート(培養肉、人口肉)動物の幹細胞から細胞を抽出し培養

酵母酵母と発酵技術から生成されたリアルミルク

図3

Source:Statista社公示情報より策定 小麦粉代用品プロテインバー

米国における食用昆虫市場価値推測

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

0 5040302010

スナック

(単位:百万米ドル)

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16 BayCurrent Consulting

将来の「肉」をガラリと変えるクリーンミート

ペトリ皿※2から作られるラボ育ちの肉、クリーンミート。こ

こ数年の技術進歩と注目度の上昇は著しい。クリーンミー

トとは牛や豚、鶏などの家畜の細胞を痛みのない方法で

少量採取し幹細胞から抽出した筋肉細胞を培養・増殖さ

せてつくり出す、新たな「肉」だ。別名、培養肉・人工肉とも

呼ばれる。長年人類が期待してきた肉の培養はタンパク質

を得る以上に、下記のような利点がある。

・環境に優しい生産方法: 従来の方法と比較して土地面積

は99%縮小可能になり水使用量は最大90%削減可能。さ

らに、温室効果ガスの排出量は最大96%削減可能となる。

・生き物に苦痛を与えない:クリーンミートは動物から採取

する幹細胞から可食部のみをつくるため、動物を屠殺す

る必要が無い。

・食中毒のリスクが低い:2017年の1年で日本国内において

発生した食中毒は1万6千件以上にのぼり※3衛生管理が

行き届いている日本でさえも食中毒は完全には避けられ

ない。しかしほぼ無菌状態で生産されるクリーンミートには、

病原菌や細菌を持たず食中毒のリスクが低い。さらにはビ

タミンCなどの栄養価を加えることも可能だ。

クリーンミートの課題 〜大規模生産の壁〜

クリーンミートを実現する上での主な課題はコストを抑え

ることと、動物血清を使わないことだ。

2013年に世界で初めて作られたクリーンミートバーガーの

価格は約32万5千ドル(約3,400万円)と大衆に届けるには

程遠い金額であったが、この数年で研究が進み、最近では

ハンバーガー1個当たり11ドル(約1,200円)にまでコストを下

げることに成功した会社もあるという。しかしこれはあくまでも

ペトリ皿にのった少量の肉をつくる場合の話であり、商業化

や普及の課題とは異なる。大規模生産には大量培養装置

の開発や機械の自動化などさらなる技術進歩が必要だ。

また、現在の研究ではクリーンミートの培養には牛の胎児

から採取できるウシ胎児血清(FBS)を使用しているが、こ

※2 細胞や微生物の培養などに用いるガラス皿。シャーレとも呼ばれる  ※3 厚生労働省 食中毒統計資料

従来の肉とクリーンミートの比較 図4

Source:CB insights

1.05

260.0

2.6

324

1,79916.00

3.52

5

0

10

15

クリーンミート

コスト(USD) 土地(S2feet) 水(Gallon) 温室効果ガス(Pound)

肉 クリーンミート

肉 クリーンミート

肉 クリーンミート

12.00

50

100

150

200

250

300

500

1,000

2,000

1,500

5

10

15

20

【コラム】 大豆が森林を奪う

高タンパクの大豆は肉に代替するタンパク源としても

世界的に人気がある。肉に見立てた大豆加工食品を目

にすることも多くなった近年、大豆の生産量はこの50年

で2,700万トンから2億6,900万トンと10倍に増えている。

その栽培面積は日本国土の約2.7倍の面積に当たる

100万k㎡にのぼる。しかし、大豆消費量の3/4は家畜用

肥料に向けられており、実は生産拡大が続いている最大

の要因は食肉消費の増大だ。これだけの大豆を生産す

るために何百万ヘクタールもの森林や草原が農地に変

えられている。大豆需要が増え続ける一方で、自然破壊

にも目を向けなければ私たちは大きなしっぺ返しを食ら

うことになるだろう。

単位:百万平方キロメートル

地球の土地利用の統計

1%都市

地球の表面積

29%

71%

100%=510 100%=149 100%=105 100%=511%淡水

農作物

家畜

低木

森林

農耕地

71%

Source:Statista社公示情報より策定

陸地

居住可能な土地

氷河

荒地

10%

19%

50%

37%

11%

77%

23%

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17明日の「食」を知る

のFBSは大量に入手することは難しく非常に高価だ。加えて

「生き物に苦痛を与えない」というクリーンミートの目指す利

点に疑問符が付く。血清の代替となる研究をいちはやく進め

ることがこのクリーンミートの真の可能性を引き出すための

一番の課題だろう。あるクリーンミート企業のCEOは「クリーン

ミートの培養はインスリンを抽出する方法と類似している」と

話す。インスリンが初めて世に出回った約100年前、当時は

牛や豚の膵臓の細胞からホルモンを抽出して製剤していた

ため、多くの動物が犠牲になっていた。しかしその50年後に

は人間の大腸菌を使用したヒトインスリン剤が発明され、数

年後には酵母を使ったインスリンが発明された歴史がある。

技術進歩が著しい今、当時50年かかった技術を数年

で達成することは現代の技術では不可能ではないだろ

う。肉市場のパラダイムシフトはすでに始まっているのだ。

農業における技術革新 AgriTech

FinTech、RegTechなど新しい技術を活用して業界構

造を破壊するサービスが様々な業界で生まれている。そ

の大きな波から農業は逃れることはできない。人口増加

と都市集中が進む2050年問題解決のために必要とな

る、新技術を活用した新しい農業の姿を考えたい。

幹細胞がハンバーガーになるまで 図5

手順1 手順2 手順3 手順4

牛の体内にある組織を採取する 組織から幹細胞を抽出する 幹細胞に必要な栄養素を加えて筋肉細胞を培養・増殖させる

筋肉細胞は着色され、細かく切り刻まれ、脂肪と混合されてハンバーガーに成形される

クリーンミートの新たなバリューチェーン 図6

繁 殖 飼 育 食肉処理 加 工

体内から組織を採取 組織から細胞を抽出して培養させる

小売り流 通 消 費

SHOP

・環境に優しい生産方法 ・生き物に苦痛を与えない ・食中毒のリスクが低い

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18 BayCurrent Consulting

SUPERMARKET

未来の農業の姿 図7

・アパート/ビル内にバーティカルファーム(垂直農法)を設置・エネルギー源は太陽光、風力から発電する再生可能エネルギーを使用・水源は雨水を利用。雨水から養殖場も整備可能

・住居にはミニコンテナファーム(コンテナ型の畑)が置かれ、新鮮な野菜、果物を自分の家で栽培し収穫可能・コンテナファームのメンテナンス管理はコンテナファームを扱う企業が行う

・スーパーマーケットには大型のコンテナファームが設置されミニコンテナファームでは栽培できない種類豊富な野菜や果物を販売可能にする。・クリーンミートプラントを保有し自社ブランドのクリーンミートが販売可能になる

・クリーンミート製造工場は消費者から近い場所に建てることにより輸送費を削減する

・従来の農場では森林を破壊して農地を耕していたが垂直農法では縦型に建設することにより少ない土地で生産が可能になる・消費者と物理的距離も近いため流通過程での損傷もなくなる。集中管理が可能なため農薬も最小限に抑えることが可能・水産養殖と水耕栽培を合わせた循環型農業(アクアポニックス)も含まれる

・農家は農場に出向くことなく遠隔で管理をする・センシング技術により農作物および畜産の品質管理が徹底されることにより高品質化な生産が可能になる ‐農作物は酸味、甘味など味や形に不揃いをなくすことが可能。また病害などによる不作も防ぐことが可能になる

‐家畜は個体ごとに生年月日や生育状況、健康状態、餌の摂取量が情報として管理され、異常を察知した際に早急に対応が可能。また出荷以降も追跡が可能になる

・トラクター等の農業機械は自動運転となり収穫だけでなく、除草作業や水管理も自動で行うことが可能になる

地下

地上

⑤大規模アクアポニックス型垂直農法 ⑥ギガファーム(自動化農場)④大規模クリーンミート製造工場

③スーパーマーケット

②住居

①循環型アパート/ビル自動化のためにデータと指示を通信

水/CO2/ガス輸送用パイプライン

自家消費用コンテナファーム

都会 郊外 農村

水産養殖

垂直農法(水耕栽培)

垂直農法

水産養殖

太陽光発電

風力発電

太陽光発電

垂直農法

クリーンミート生産 太陽光発電

太陽光発電

肥料などの供給用ドローン

モニタリング用センサー

モニタリング用ドローン

自動運転農機

アクアポニックス(循環型農業)

プライベートブランドファーム

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19明日の「食」を知る

SUPERMARKET

未来の農業の姿 図7

・アパート/ビル内にバーティカルファーム(垂直農法)を設置・エネルギー源は太陽光、風力から発電する再生可能エネルギーを使用・水源は雨水を利用。雨水から養殖場も整備可能

・住居にはミニコンテナファーム(コンテナ型の畑)が置かれ、新鮮な野菜、果物を自分の家で栽培し収穫可能・コンテナファームのメンテナンス管理はコンテナファームを扱う企業が行う

・スーパーマーケットには大型のコンテナファームが設置されミニコンテナファームでは栽培できない種類豊富な野菜や果物を販売可能にする。・クリーンミートプラントを保有し自社ブランドのクリーンミートが販売可能になる

・クリーンミート製造工場は消費者から近い場所に建てることにより輸送費を削減する

・従来の農場では森林を破壊して農地を耕していたが垂直農法では縦型に建設することにより少ない土地で生産が可能になる・消費者と物理的距離も近いため流通過程での損傷もなくなる。集中管理が可能なため農薬も最小限に抑えることが可能・水産養殖と水耕栽培を合わせた循環型農業(アクアポニックス)も含まれる

・農家は農場に出向くことなく遠隔で管理をする・センシング技術により農作物および畜産の品質管理が徹底されることにより高品質化な生産が可能になる ‐農作物は酸味、甘味など味や形に不揃いをなくすことが可能。また病害などによる不作も防ぐことが可能になる

‐家畜は個体ごとに生年月日や生育状況、健康状態、餌の摂取量が情報として管理され、異常を察知した際に早急に対応が可能。また出荷以降も追跡が可能になる

・トラクター等の農業機械は自動運転となり収穫だけでなく、除草作業や水管理も自動で行うことが可能になる

地下

地上

⑤大規模アクアポニックス型垂直農法 ⑥ギガファーム(自動化農場)④大規模クリーンミート製造工場

③スーパーマーケット

②住居

①循環型アパート/ビル自動化のためにデータと指示を通信

水/CO2/ガス輸送用パイプライン

自家消費用コンテナファーム

都会 郊外 農村

水産養殖

垂直農法(水耕栽培)

垂直農法

水産養殖

太陽光発電

風力発電

太陽光発電

垂直農法

クリーンミート生産 太陽光発電

太陽光発電

肥料などの供給用ドローン

モニタリング用センサー

モニタリング用ドローン

自動運転農機

アクアポニックス(循環型農業)

プライベートブランドファーム

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20 BayCurrent Consulting

都市型農業 垂直農法(Vertical Farm)〜高層ビルで有機野菜を育てる〜

垂直農法とは高層ビルや急斜面(壁・フェンスなど)、

コンテナなどを利用して狭小な土地に多くの農作物を

栽培可能にする農法だ。私たちが知る水平に広がる広

大な土地で栽培されていた農法概念を覆す。従来の農

場と比べ、はるかに少ない水、土地、肥料で季節を選ば

ずに通年栽培が可能になる。また、屋内で栽培するた

め、天候にも左右されず農薬も使用しない有機栽培が

可能だ。温度調節はすべてコンピューターで制御され、

多数の赤外線カメラとセンサーでデータ収集を行い、品

質管理も自動で徹底される。都市部、スーパーマーケッ

ト、駐車場の一角など、ありとあらゆる場所で作物を栽

培が可能になれば、消費者は新鮮で美味しいとれたて

の野菜や果物を気軽に手にすることができるだろう。ま

たこの垂直農場ではアクアポニックスと呼ばれる水産養

殖と水耕栽培をかけあわせた循環型農業も可能だ。魚

の排出物を微生物が分解し、農作物はそれを栄養とし

て吸収し、代わりに農作物は魚に戻る水を浄化して水

槽に戻す仕組みだ。

地球にも優しく、多くの可能性を秘める垂直農法は世界

的に注目されており、2023年には現在の市場規模の3倍で

ある64億ドル(約7,200億円)になると予測されている。

ギガファーム〜農業のギガファクトリー〜

前述した垂直農法は鮮度が重要な農作物を消費地に

近い場所で栽培する点で優れている。一方で、主食など

の消費量が多い米、小麦などの農作物については、都市

部から離れた広大な土地でさらに効率性を追求する農

法が必要になるだろう。Tesla社のギガファクトリー※4のよ

うに、自動運転のドローンや農機が人に代わって働き、そ

の動力となるエネルギーは併設された太陽光や風力発

電で補われる。また、水や肥料はセンサーから収集され

たデータを分析し、最適な量と時期が判断される。農家は

農地に出向くことなく遠隔で指示することも、将来は直接

関わらず農作業を完全に自動で行うことも可能になるだ

ろう。これはギガファームとも言える。

食品トレーサビリティ(追跡可能技術)〜消費者の関心は価格以上に品質〜

大規模な工業化や化学の進歩により水質汚染などの

環境問題、農薬や殺虫剤、遺伝子組み換えや家畜に与

えられた抗生物質は重大な健康被害を及ぼし世界の

人々を不安に陥れている。また生産地、原材料、賞味期

限などを偽る悪質な食品偽装問題があとを絶たない。消

費者は価格以上に食の安全性を求めているのだ。食品

の透明性が求められるこの時代に、様々な分野で注目さ

れているブロックチェーン技術が革新をもたらすと考える。

食品にブロックチェーン技術を組み込むことにより、サ

プライチェーンは可視化される。ブロックチェーンの導入

により、改ざん不可能な生産記録と流通記録から、農家、

流通、販売業者、消費者は信頼できる一貫した情報がプ

ラットフォーム上で管理されることになる。これにより悪行

をはたらく者は排除され、正直者が利益を生む、本来の

あるべき姿に矯正されるのだ。

図8

Source:Statista社公示情報より策定

2013 2016 2020 20230

1000

2000

3000

4000

5000

6000

70006,400

世界の垂直農業市場予測2013-2020(百万米ドル)

1,9701,500

403

※4 テスラ社がパナソニック社と合同で米国ネバダ州に建設しているリチウムイオン電池の生産工場。将来は製造すべての過程を自動化する試み。

Page 8: 明日の「食」を知る - BayCurrent of...明日の「食」を知る 15 求められる新たなタンパク質源 タンパク質の代替品として注目を集める昆虫食

21明日の「食」を知る

図9

Source:Statista社公示情報より策定

畜産農業、漁業、林業26.76

2.02.52.93.53.63.94.04.14.65.2

7.3

運送業

サービス業

オフィスワーカーおよび行政支援職

建設

Total, 16 years and over

製造業

販売および関連職

専門職および関連職

インストール、メンテナンス、修理の職業

経営、ビジネス、財務業務

Source:Statista社公示情報より策定

(十億米ドル)

(パーセント)

2015 2016 201920182017 2020

▎2015年から2020年までのスマートファームの市場価値予測 ▎職業別米国の失業率2018年8月

スマートファーム市場の成長と農業従事者の失業率

23.120.11

17.5715.52

13.74

0

30

25

20

15

10

5

0 8.07.06.05.04.03.02.01.0

食品バリューチェーンにおける技術の適用事例 図10

·家畜の分娩見守り:妊娠している牛の首、耳、足、尾などにセンサを装着。 分娩前になるとアラートが作動·灌漑制御システム:湿度・温度センサーを使用し土壌の状況に応じて自動で水などを供給·農業用クラウドファンディング:提供するクラウドファンディングプラットフォームにより、安価な費用で農家は投資家とつながることが可能 ·水や電気のスケジュール最適化: センサから土壌状態データを収集し、灌漑スケジュールを正確に予測

·穀物貯蔵システム: サイロ内の温度と湿度をセンサで測定し貯蔵に適した温度を自動で保  ·サプライチェーンマネジメント: 顧客と農家をつなぐプラットフォームを提供し需要と供給の集約化

·食品用3Dプリント: ペースト状にした食品を専用のカプセルに入れ、風味・甘さなどを調整し3Dプリント技術で食品を調理·水耕栽培:「都市農業者」の希望者に水耕栽培用の機器や肥料などとともにノウハウを提供·食品トレーサビリティ:ブロックチェーン技術で食品サプライチェーンのすべての関係者に対して食品トレーサビリティを可視化

·ドローンおよびアルゴリズム分析:ドローンベースのセンサーと高度なアルゴリズムを使用し、空中から果樹の病気を検出·自動餌やりシステム: 養殖水槽に振動ベースのセンサを取り付け、飢えた魚と餌が与えられた魚の行動を読み取り、魚の食欲状況を測定しエサの量を調整·自律灌漑システム: センサー・クラウド技術を活用し、農場の灌漑と施肥を完全自動化(自動+意思決定支援の灌漑システムとは異なる)·ロボット技術の高度化: 現実的な環境下でも状況を理解し作業できるロボットを製造するために、独自の特許技術を開発·遠隔農業: 農機の運転席や農園に農家がいなくても、リモートで作物を育てるための自動機械を開発·保険用ディープラーニング: 世界中の生産性データをディープラーニング分析。これにより、保険会社の意思決定をより迅速かつ正確にすることを目指す·スマート農業プラットフォーム: スマートファームの統合プラットフォームにビッグデータ分析を提供することで、気候、土壌、農業、害虫および病気、物流、市場のリアルタイムデータを収集および分析可能にする·害虫駆除用ドローン: AIとドローンと狩蜂の組み合わせた「Biodrop」。AIが狩蜂を投下する

·Moocall社(米)         ·FlyBird Farm Innovations社(インド)·Cropital社(インド)、 iGrow社(インドネシア)·Mimosa Technology社(ベトナム)

·VineView社(北米)        ·eFishery社(インドネシア)      ·Tevatronic社(イスラエル)      ·VISION ROBOTICS 社(米)    ·Handsfree Hectare社(英)     ·Agronow社(ブラジル)       ·Scicrop社(ブラジル)                       ·AGRIBELA社(ブラジル)

·TermoPLEX社(ブラジル)      ·Crofarm社(インド)

·Natural Machines社(スペイン)    ·CITYFARM社(マレーシア)·TE-FOOD社(ドイツ)

予測・計画

生 産

加工・流通

消 費

主な技術適用

·分娩中の牛の死亡率を低減           ·作物収穫率の向上と水の使用量の20%-30%削減 ·農家の資金調達の効率化              ·作物収穫率の25%向上と水・電気使用量の30%節約

·ブドウ畑1ヘクタール当たりで40,000ドルの損失回避  ·飼料効率の20%以上の向上           ·収量の2-29%向上、水と肥料使用量の5-74%削減  ·農業作業における機械化対象業務の拡大     ·遠隔農業を改善することで歩留まりの向上     ·リスク計算にもとづいた保険料決定や、トレーダーによる早期取引の実現·作物収穫効率の向上                                    ·無農薬の環境下で90%の害虫減少可能

·調理時間の短縮、多様な造形          ·地産地消型の持続可能な都市·消費者の安心、農家の信用、および悪徳業者の排除

·食品貯蔵中の損失の15%以上削減、省エネルギー率の最大60%向上·農作物の廃棄の削減、農家の収入増

期待される効果の例バリューチェーン 主な会社名

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22 BayCurrent Consulting

畜産農家の影響と今から施策するべき社会制度

図9はスマートファームの市場規模の推移予測(左)と

2018年の米国の職業別失業率(右)を表したグラフだ。右

肩上がりのスマートファームの市場に対し、農家の失業率

の悪さが目立つ。スマートファームの普及とともに失業率悪

化がさらに加速する可能性は大いにある。

世界には5億7千万世帯を超える農家が存在していると

言われている。その農家が実験室で白衣を着て研究室で

肉の培養を行うことや、自動化農場を遠隔管理するシステ

ムを開発・運用することは考えづらい。AIに仕事を奪われ

るという話は多くの業界で耳にすることだが、同様に畜産

農業においても仕事を奪われる農家が今後増える可能

性がある。その対策として、失業する農家の生活保護を考

え始めている例もある。シリコンバレーではスマートファー

ムの未来が語られる一方でユニバーサル・ベーシック・イ

ンカム(UBI:生活保護)を導入する議論が盛んだ。

生活保護が農家の失業対策として最善策とは思わな

いが、新たな雇用創出やスキル育成など、制度や仕組み

の整備は我々の想像よりもはるかに早く必要になるかも

しれない。

次世代の「食」のあり方

昆虫食への抵抗やクリーンミートが「培養肉」「人工

肉」などと名称されていた背景から、大衆に受け入れら

れるまでには時間を要するという懸念の声もある。しかし

この新たな食のカタチが、いかに環境に優しく、動物を

屠殺することなく、さらには栄養価も高いと理解が広まれ

ば、そのような懸念は一蹴され、瞬く間に市場は拡大し、

さらに高品質で多彩な食品が身近にならぶだろう。

そうなれば食糧危機に陥るといわれた2050年問題の

暗雲は振り払われ、世界には豊かな緑と新たな食で溢

れ、様々な思想や宗教の人々もより多くの選択ができる

時代になるかもしれない。

Preetham Edamadaka: ベイカレント・コンサルティング・シンガポールオフィス

所属シニアマネージャ

Itsumi Seike: ベイカレント・コンサルティング・シンガポールオフィス所属

アシスタントマネージャ

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