地球温暖化の道内農作物への影響は? ~2030年代の予測と対応 … ·...

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研究報告 (2) 地球温暖化の道内農作物への影響は? ~2030 年代の予測と対応方向~ 北海道立総合研究機構 中央農業試験場 農業環境部 中辻 敏朗

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研究報告 (2)

地球温暖化の道内農作物への影響は?

~2030 年代の予測と対応方向~

北海道立総合研究機構 中央農業試験場 農業環境部

中辻 敏朗

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北海道は日本の食料供

給にとって重要な役割を担

っていますが、この役割を

将来においても果たすため

には、温暖化で本道の主

要作物がどのような影響を

受けるかを予測し、それに

基づいて適切な対応策を講じる必要があります。

このような背景から、私たち道総研農業研究本

部では、地球温暖化が道内の基幹作物である水

稲、畑作物、飼料作物の生育や収量、品質など

に及ぼす影響を、2030 年代をターゲットに予測し、

想定される課題への対応方向を検討するプロジ

ェクト研究を実施しましたので、その成果の一部を

報告します。

本日の話の内容です。まず予測の前提となる

2030 年代の気候を説明します。その後、水稲、畑

作物として秋まき小麦、てんさい、大豆、飼料作物

として牧草の将来予測を紹介し、最後に技術的な

対応方向を示します。

世界の気温上昇程度については、用いる温室

効果ガス排出シナリオで程度が異なりますが、

1980~1999 年までに比べて今世紀末には 1.8~

4.0℃程度上昇すると見込まれています。ただし、

この図に示す通り、比較的近未来の 2030 年代ま

では、排出シナリオによらず、世界平均で約1℃

上昇する予測となっています。そこで、本研究で

は、用いる排出シナリオの違いの影響を少なくし、

また現実味のある近未来を対象にするため、2030

年代を予測のターゲットとすることとしました。

気温上昇のイメージをつかんでいただくため、

道内の平均気温が1℃または2℃上昇した場合の

地図を示します。これは、現在の6~9月の平均

気温が 17.5℃以上の地域を赤色で示した地図で

す。道内の安定的な水稲栽培地域にほぼ合致す

る範囲です。

これに対し、現在の平均気温が1℃上がると、

17.5℃以上の地域はこのくらい広がります。

研究報告(2)

「地球温暖化の道内農作物への影響は?~2030 年代の予測と対応方向~」

北海道立総合研究機構 中央農業試験場 農業環境部 中辻 敏朗

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2℃上がった場合は、根釧地方と山岳部を除く

ほとんどがカバーされます。温度条件だけからみ

ると、稲を作れる地域がこのように広がると言えま

す。このように、平均気温が1℃もしくは2℃上がっ

ただけで、道内の気温分布が大きく変わり、農業

にも大きな影響が及ぶことがお分かりいただけた

と思います。

温暖化のイメージをつかんでいただいたと思い

ますので、ここから本題に入ります。

予測の前提となる温暖化気候データには、農

業環境技術研究所の Yokozawa らによる「気候変

化メッシュデータ日本」を利用しました。これは、

世界各国で開発した4つの気候モデルで計算し

た世界の気候予測値を日本付近の2次メッシュに

展開したものです。気象要素は平均気温、最低・

最高気温、降水量、日射量の5項目で、2000年か

ら 2099 年まで 10 年ごとの月別平均値が示されて

います。本研究では、4つのモデルの中から、気

象庁の地球温暖化情報などでの将来予測に比較

的近い、CCSR/NIES という気候モデルによる予測

値を使うこととしました。

このモデルによる気温予測値を道内の 935 メッ

シュについて平均し、現在と比較した図です。茶

色の線で示した月平均気温は 1.3~2.9℃、年平

均で2℃上昇しますが、農耕期間の5~9月は平

均 1.8℃の上昇で、秋、冬よりも温度上昇は小さめ

です。赤線は記録的高温となった 2010 年の6~8

月の気温ですが、昨年(2010 年)の気温は 2030

年代予測値を1℃近く超えており、我々は 2030 年

代以降をすでに経験したと言えましょう。

これは降水量と日射量です。年間降水量は現

在の 1.2 倍で、6、7月に多雨と予想されています。

また雨の影響を受けて農耕期間の日射量は現在

より 15%減少と見積もられています。赤線は先ほ

どと同じく 2010 年の6~8月の降水量です。昨年

は 2030 年代予測値に近く、先の気温と合わせて、

この 2030 年代予測値には十分現実味がありま

す。

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また、農業にとっては、霜の降りる時期や雪解

け時期も大切な気候指標ですが、これらの時期も

温暖化で変わります。秋の初霜の日と春の遅霜の

日を日最低気温から推定したところ、初霜は現在

よりも4~19 日遅くなり、晩霜日は4~18 日早くな

ると予想されました。また、長期積雪終日、つまり

根雪が終わる時期を冬期間の降水量と3月の気

温から推定したところ、雪解けは現在よりも3~17

日早まると予測されました。

では、このような2030年代の気候が作物へのど

のような影響を及ぼすかについて、これ以降、具

体的に見ていきます。なお、この研究では「温暖

化」を気温や降水量のような気象要素の変動と見

なすこととし、二酸化炭素濃度の上昇が作物生育

に及ぼす直接的な影響については考慮していな

いことをはじめにお断りしておきます。

まず、水稲です。北海道の稲は5月下旬に田

植えをして、9月中旬~下旬に収穫をしますが、

生育の途中で、気温が収量や米の品質に強く影

響する時期があります。

第一の関門は 7 月中旬の冷害危険期です。こ

の時期は花粉が作られる時期で、このとき低温に

遭遇すると花粉が奇形化したり、花粉の数が少な

くなったりして、不稔籾が増えて、著しい減収を引

き起こします。水色は水田に張る水の深さを示し

ますが、農家は冷害危険期には水を深くして、低

い外気温から稲の体を守るようにしています。

第二の関門は穂が出た後の登熟期間です。こ

の期間は籾にデンプンを盛んに送り込んで籾を

充実させる期間です。この期間に低温に遭うとデ

ンプンの転流がうまくいかず、籾は小さく収量も少

なくなります。また、低温ではデンプンの構成成分

であるアミロース含有率も高くなり、粘り気の少な

い食感のお米になってしまいます。このように、温

度環境にデリケートな水稲が温暖化でどうなるの

でしょうか。

まず、収量について、林らが提案した気候登熟

量示数を使って検討しました。気候登熟量示数と

は、出穂後の日射量と平均気温で決まる値で、最

大可能収量のことです。日射量が多いほど、また

気温が 21.9℃の時にピークを示します。

ここでは、岩見沢を例に、出穂日(穂が出る日)

との関係を図に示しました。青が現在のライン、赤

が 2030 年代のラインです。出穂日が遅くなるほど

出穂後の積算日射量と平均気温は低くなるので、

収量は減っていきます。○が各年代の推定出穂

期ですので、この図によれば、2030 年代には出

穂期が早くなることで、登熟期間の気象条件が良

くなり、収量は現在よりも6%ほど高まると予測され

ました。

また、線の幅は安全出穂期間、すなわち安定し

た収量・品質を得るのに望ましい出穂期間を意味

します。2030 年代にはこの期間が長くなるとともに、

曲線の傾きが現在よりも緩やかになるため、出穂

日の前後による収量の変化は小さくなり、作柄は

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安定する方向へ向かうと見られます。

温暖化は米の食味にも影響します。これは岩

見沢でのアミロース含有率の試算例です。先ほど

も少し言いましたが、アミロース含有率が低いと米

は良く粘り、美味しいお米となります。期待の新品

種「ゆめぴりか」もアミロースが低い品種です。

アミロース含有率は、ここに示した丹野の式で

求めましたが、出穂後の平均気温が高いほど下

がりますので、2030 年代には現在よりも1ポイント

程度下がります。実際、高温年となった昨年

(2010 年)の米のアミロースは全般に低い傾向に

あったことが報告されています。また、ここには示

しませんが、これも低い方が美味しくなるタンパク

質含有率もやや低下する傾向にあるので、アミロ

ースの低下と合わせて、北海道の米がより美味し

くなることが期待されます。

その他の影響としては、温暖化で生育ステージ

の進行が前倒しになるため、先ほど示した7月中

~下旬の冷害危険期の気温は、2030 年代でも現

在より少し高まるだけです。このため、将来の気温

の変動幅が現在並と仮定すると、この期間の低温

による冷害発生リスクは 2030 年代にも残ります。

一方、直播栽培という畑に直接籾を蒔く、省力的

技術として期待されている栽培法については、温

暖化が有利に働くので、直播の水田面積が少し

ずつ増えていくことが期待されます。

次は秋まき小麦です。秋まき小麦は、名前の通

り9月中旬~下旬に種を蒔き、芽が出て少し生育

した状態で雪に埋もれ、冬を越します。そして、年

が明けて春に生育を再開します。この時期を起生

期と言います。6月初旬に穂が出て、穂にデンプ

ンとタンパクを貯めながら登熟し、7月下旬~8月

上旬に成熟期となって収穫を迎えます。ほぼ10 ヶ

月間、畑に植わっている作物です。

秋まき小麦の収量予測には、ヨーロッパで開発

された作物モデル WOFOST を利用しました。この

図に示すように、WOFOST では、生育ステージ、

炭酸同化、呼吸、蒸散、各器官への同化産物の

分配などのプロセスがモデル化されていて、気象

データを入力すると、生育量が日単位で推定でき

ます。また、収量の推定は、土壌水分条件を考慮

する場合としない場合の二通りについて推定でき

るようになっています。なお、このモデルは、すで

に志賀によって北海道の秋まき小麦に適用され、

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十分使えるモデルであることが明らかにされてい

ます。

岩見沢と芽室でのシミュレーションの例です。

2030 年代の起生期や成熟期は現在よりも早まりま

すが、登熟日数は現在並です。つまり、生育期間

が現在よりも全体に前にスライドするようなイメー

ジです。

2030 年代の収量は、気温と日射量から算出し

た場合、農耕期間の日射量が減少するため、現

在よりも全般に減少します。ただし、土壌水分条

件も考慮した場合には、水田から畑に転換した岩

見沢の転換畑小麦のように、粘土質のため現状

で水分不足が低収要因となっている地域では、

2030 年代には降水量が増えるため、現在よりもや

や増収すると見積もられました。

秋まき小麦では越冬状態を良くし、春先の生育

を適度に確保するため、いつ種を蒔くかが重要で

す。つまり、早く蒔いて秋のうちに育ち過ぎると、

翌春以降の生育が良くなりすぎて、登熟期に強い

風や雨に当たると倒伏します。逆に遅く蒔いて小

さくて弱々しい麦では、雪の下で越冬することが

できません。

2030年代には秋の気温上昇に伴い、播種適期

も変わります。この図は、これからの基幹品種「き

たほなみ」について、秋の気温から求めた播種適

期です。青色が現在の、赤色が 2030 年代の播種

適期ですが、2030 年代の適期は現在から6~10

日遅くなります。このため、輪作をする小麦畑では、

麦の前はバレイショの作付けが多いのですが、バ

レイショの収穫後から麦の種まきまでに若干の時

間的余裕が生まれそうです。

なお、先ほど水分不足で低収となっている地域

では、2030 年代には降水量の増加で増収すると

言いましたが、この場合、雨による倒伏や、赤か

び病という毒素を作るカビの害、穂発芽といって

穂から発芽してしまう現象などの障害がないことが

前提となります。実際、開花期以降に大雨に見舞

われた昨年(2010 年)は、倒伏や穂発芽による品

質低下が道内で広く認められています。先ほどの

モデルによるデータの解釈に当たっては、このよう

なモデルで考慮していない要因に留意が必要で

す。

次は砂糖の原料となる、てんさいです。国産の

砂糖生産量の 4/5 は北海道のてんさいでまかな

われています。てんさいは水稲や小麦とは違い、

明確な生育期を持たず、5月初旬に定植後、生育

を続け、根の部分がどんどん大きくなって、10 月

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上旬以降に収穫を迎えます。およそ半年ほど畑

で生育します。

過去のデータを詳細に解析したところ、てんさ

いの収量(根重)は4月中旬~6月下旬、つまり生

育前半の積算最高気温で説明でき、温度が高ま

ると多収となることが分かりました。全道平均では

現在の 56 t/ha から 2030 年代には 62 t/ha 程度

にまで増えそうです。

一方、根に含まれる糖分の含有率、つまり根中

糖分は7月上旬~10 月上旬、つまり生育後半の

積算最低気温と負の相関があり、温度が高まると

糖分は低下し、これも全道平均では現在の 17%

から1ポイント下がって 16%になると見積もられま

した。

根重と根中糖分を予測する回帰式が得られた

ので、この2つを掛け合わせると糖量になります。

2030 年代の糖量の全道メッシュ図がこれです。現

在の糖量に対する 2030 年代の糖量の比で示して

います。全道でざっと計算したので、実際にてん

さいの作付けが無い地域も含まれています。青色

が現状並みかやや減少、赤色が濃いほど糖量が

増えることを意味します。これによると、2030 年代

は現在よりも糖量が増える地域が多く、全道では

6%ほどの増収と見積もられました。

てんさいについてその他の留意点ですが、昨

年のてんさいは猛暑と多雨で病害にかなりやられ

ました。2030 年代には、高温・多雨で発生しやす

い褐斑病、葉腐病などへの対応や圃場の排水対

策が重要となるでしょう。

また、てんさいでは根重だけ大きくても、また根

中糖分だけ高くてもだめで、両者を掛け合わせた

糖量が最大となる時期に収穫することが重要です。

2030 年代には、てんさいの生育期間が秋の気温

上昇で延びると予想されるので、糖量を最大とす

るための収穫適期の見直しなどが、糖量増加の

実現にとって必要となります。

次は大豆です。大豆の播種は5月下旬です。

順調に生育すると7月下旬~8月上旬に花が咲き

ます。その後、莢ができ、中のマメがだんだん充

実して、葉っぱが枯れ上がり、成熟期を迎えます。

その後、にお積みをして乾燥させて収穫するか、

最近は畑に放置して乾燥させて直接コンバインで

収穫する体系も広まってきました。

大豆も低温に弱い作物で、出芽直後から開花

期までが特に低温に敏感な時期です。播種後の

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霜にやられると葉が死んでしまいますし、開花期

頃に低温に遭うと受精がうまくいかず、莢の数や

豆の量が少なく、収量も減少します。

大豆については、中央、上川、北見、十勝の各

農業試験場で蓄積してきた収量データを解析し

たところ、「ユキホマレ」という品種の収量は6~8

月の平均気温の2次曲線で表せることがわかりま

した。2次曲線なので、収量がピークとなる温度が

あり、それは 19.4℃で、この温度が大豆「ユキホマ

レ」の収量からみた適温と考えられます。

この関係に基づき、2030 年代の収量を予測し

てみると、網走のように、現在の気温が低く 2030

年代に生育適温に近づく地域では、増収が見込

まれます。その一方、岩見沢のように、現在の気

温が適温に近い地域では、2030 年代には適温を

超えてしまうため、減収すると予想されます。

このような収量予測を全道展開したのがこの図

です。先ほどのてんさいと同じように、現在の収量

に対する 2030 年代の収量比で示しています。青

色が現在並かやや減収、赤色が濃いほど増収を

意味します。先のスライドで示したように、岩見沢

を含む道央や道南の一部で減収する他は、多く

の地域で増収し、全道平均では 314 kg/10a から

365 kg/10a へと 16%増収すると予測されました。

その他の事項ですが、DVI という生育指数を用

いて気温の推移から生育期を予測すると、2030

年代の開花期や成熟期は、現在より6~9日早ま

ると見積もられました。

これと関連しますが、大豆については「道産豆

類地帯別栽培指針」というものがあり、この指針で

は生育期間の積算気温や霜の降りない期間の長

さなどで地帯区分をし、それぞれの地帯に適した

品種や栽培上の留意点などが示されています。

2030 年代には道内各地の気温が変化しますの

で、地帯区分の見直しと新たな地帯区分の設定

などの改定が必要です。

また、大豆は外観品質による検査等級分けが

行われるため、外観品質も重要ですが、登熟気

温が高すぎると、裂皮といって表面の皮が裂けて

しまったり、しわが発生したりするので、2030 年代

にはこのような被害の発生が懸念されます。

最後に牧草です。牧草は刈り取る度に再生しま

すので、一度種を蒔くと10数年は継続利用できま

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す。道内での栽培面積が最も大きいイネ科牧草

チモシーを例に、牧草の生育経過をみると、牧草

は5月初旬から再生を開始し、この時期を萌芽期

と呼びます。その後6月下旬から7月上旬頃に出

穂期を迎え、この時期が1回目の刈取り期に当た

ります。この牧草を1番草と呼びます。その後、2

番草が再生を開始し、8月下旬か9月上旬に2回

目の刈り取りを行います。チモシー草地はこのよう

に年2回の収穫をした後、秋を経過して越冬しま

す。

このサイクルが、温暖化で少し季節の早い方へ

スライドします。この図は、DVR 法により、気温と可

照時間から推定した、道内 11 ヶ所でのチモシー1

番草の出穂期ですが、青線が現在、赤線が 2030

年代ですので、2030 年代の出穂期は現在よりも8

~20 日早まると予測されました。2番草を生育日

数60日間で刈り取るとすると、2030年代には生育

が全体に前倒しになるため、温度条件だけからみ

ると、3番草も利用できる地域、つまり年3回刈りの

地域も出現すると考えられます。

さて、肝心の収量はどうなるでしょうか。この図

は、2回刈りを前提として、気温と日射量から求め

た蒸発散量にチモシーの水利用効率をかけて推

定した、チモシー草地の年間収量です。現在が

青、2030 年代が赤です。2030 年代には気温が上

昇するにも関わらず、現在よりも収量は 10~20%

減少すると予測されました。ここには示しませんで

したが、2030 年代には気温のみが上昇し、日射

量は現在と同じと仮定して計算した場合は、現在

より 1~7%増収したので、この図での 2030 年代

の減収要因は日射量の減少にあると推定されま

す。

このように、2030 年代には年2回刈りでは収量

の減少が見込まれるので、年3回刈りのできる地

域が出現するのならば、刈り取り回数を3回に増

やして草の量を確保することが対策として考えら

れます。しかし、実際には 50~100 ha の草地を相

手に刈り取り回数を増やすことは、労力的にみて

難しいと言わざるを得ません。

この場合、2回刈りで収量を確保するには、出

穂時期の遅い晩生品種を使うことが有効です。晩

生品種は一般に早生品種よりも生育期間が長い

ので、多収となるからです。幸い、牧草には幅広

い熟期をもったいろんな品種が用意されているの

で、これをうまく使うことが現実的な対応方法と言

えるでしょう。

以上の影響予測を踏まえ、2030 年代に向けて

全作物に共通して必要な対応を、品種開発と栽

培技術の2つに分けて概説します。

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品種開発の方向性です。第一に、高温でも収

量や品質が低下しない高温耐性をもった品種の

開発が必要です。特に、小麦やてんさいは元来

涼しい気象条件を好む作物なので、これらをいか

に高温に耐えるようにしていくかが重要です。

また、高温・湿潤な環境で多発が予想される各

種病害虫、例えば水稲ではいもち病、秋まき小麦

では赤かび病などに対する抵抗性が従来にも増

して必要です。

また、畑作物全般における雨害、湿害への耐

性も強化すべきです。

その一方で、水稲で述べた通り、2030 年代にも

冷害リスクは残るので、水稲では冷害危険期での

耐冷性、秋まき小麦では越冬前の寒さに耐える力、

つまり耐凍性のように、寒さに対する耐性も付ける

という、高温と低温の両方への対応が必要とされ

ます。

最後に栽培技術の対応方向です。

播種・移植適期・収穫期の変更、栽培地帯区

分や各地帯に導入する品種の熟期の見直し、特

定の生育期における茎数などに代表されるような

各種生育指標の見直し、施肥体系の再構築など

が必要になると思われます。これらについては、

今後の作物の気象反応を注意深く観察し、各種

の予測も踏まえながら、現行の確立された栽培技

術をベースに修正を図っていくのが現実的です。

また、畑作では、今後の降雨変動に対応する

ため、排水改良等の農地基盤整備がこれまで以

上に重要です。

病害虫については、適期防除の励行に加え、

新規病害虫への対応を見据えた準備が必要と思

われます。

以上、地球温暖化の道内農作物への影響につ

いて、2030 年代をターゲットに、紹介しました。今

後は、本成果をもとにして、温暖化気候下で北海

道農業をどう展開していくかを現場と共に考え、

実行に移していく必要があります。道総研はこの

問題に積極的に取り組んでいきますので、みなさ

んのご意見、ご要望等をお寄せいただければ幸

いです。