はしがき -...

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はしがき 不動産法という学問の分野が明確に確立しているわけではないが、一般社 会における取引や日常生活をめぐる紛争で、不動産がかかわる事件は枚挙に いとまがない。これらの紛争を解決する規範となるのが法律であるが、何ら かの形で不動産に関係する学問分野は多岐にわたり、それぞれが独立して多 くの研究成果をあげているのも事実である。しかし、これらの紛争の現場に おいてその解決の責を担う裁判官や弁護士その他の法律実務家は、それぞれ の学問の専門家でも研究者でもないが、法の適用を介して適切に紛争を解決 する使命がある。その際、学問分野の枠組みを超えた理論の展開が望まれる ことが少なくない。この点を十分理解しないまま判断された結論は、容易に 社会に受け入れがたいものであるが、それが一人歩きする脅威を感じている のは筆者に限らないであろう。 このような危惧を払拭するには、既成の学問領域を超えて、他の分野にお ける研究成果を取り入れた理論の構築が必要であろう。このつの試みとし て、不動産関係事件において、最近問題となっている論点に関し、それぞれ の学問領域における研究者がどのような取組みをしようとしているのか、貴 重な研究成果を期待したのが本書である。本書で予定した論点としては、ご 寄稿いただいたもののほか、不動産媒介契約における信義則、分割使用入会 (割山)の法的性格、抵当権と時効取得、不動産訴訟をめぐる鑑定の現況 と課題があり、まだまだ多くの重要な論点が残されていると思われるが別の 機会に譲りたい。 民法改正等極めて多忙な時期であるにかかわらず、本書にご寄稿をいただ いた諸先生方には、心よりお礼申し上げるとともに、このような出版の機会 を与えていただいた民事法研究会代表取締役田口信義氏、また、本書の企画、 編集に多大なご尽力をいただいた安倍雄一氏には、心より感謝申し上げる。 平成30年月吉日 編者 澤野順彦 はしがき 1

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は し が き

不動産法という学問の分野が明確に確立しているわけではないが、一般社

会における取引や日常生活をめぐる紛争で、不動産がかかわる事件は枚挙に

いとまがない。これらの紛争を解決する規範となるのが法律であるが、何ら

かの形で不動産に関係する学問分野は多岐にわたり、それぞれが独立して多

くの研究成果をあげているのも事実である。しかし、これらの紛争の現場に

おいてその解決の責を担う裁判官や弁護士その他の法律実務家は、それぞれ

の学問の専門家でも研究者でもないが、法の適用を介して適切に紛争を解決

する使命がある。その際、学問分野の枠組みを超えた理論の展開が望まれる

ことが少なくない。この点を十分理解しないまま判断された結論は、容易に

社会に受け入れがたいものであるが、それが一人歩きする脅威を感じている

のは筆者に限らないであろう。

このような危惧を払拭するには、既成の学問領域を超えて、他の分野にお

ける研究成果を取り入れた理論の構築が必要であろう。この�つの試みとし

て、不動産関係事件において、最近問題となっている論点に関し、それぞれ

の学問領域における研究者がどのような取組みをしようとしているのか、貴

重な研究成果を期待したのが本書である。本書で予定した論点としては、ご

寄稿いただいたもののほか、不動産媒介契約における信義則、分割使用入会

権(割山)の法的性格、抵当権と時効取得、不動産訴訟をめぐる鑑定の現況

と課題があり、まだまだ多くの重要な論点が残されていると思われるが別の

機会に譲りたい。

民法改正等極めて多忙な時期であるにかかわらず、本書にご寄稿をいただ

いた諸先生方には、心よりお礼申し上げるとともに、このような出版の機会

を与えていただいた民事法研究会代表取締役田口信義氏、また、本書の企画、

編集に多大なご尽力をいただいた安倍雄一氏には、心より感謝申し上げる。

平成30年�月吉日

編者 澤 野 順 彦

はしがき

1

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テキストボックス
澤野順彦編『不動産法論点大系』 民事法研究会発行

●執筆者一覧●

(執筆順)

野 澤 正 充(立教大学大学院法務研究科教授)

武 川 幸 嗣(慶應義塾大学法学部教授)

澤 野 和 博(立正大学法学部教授・弁護士〔澤野法律不動産鑑定事務所〕)

北 居 功(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)

難 波 譲 治(立教大学大学院法務研究科教授)

原 田 剛(中央大学法学部教授)

尾 島 茂 樹(名古屋大学大学院法学研究科教授)

遠藤研一郎(中央大学法学部教授)

田 髙 寛 貴(慶應義塾大学法学部教授)

松 尾 弘(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)

多 田 利 隆(西南学院大学大学院法務研究科教授)

石 田 剛(一橋大学大学院法学研究科教授)

宮 田 浩 史(宮崎産業経営大学法学部教授)

七 戸 克 彦(九州大学大学院法学研究院教授)

藤 井 俊 二(創価大学大学院法務研究科教授)

澤 野 順 彦(弁護士・不動産鑑定士〔澤野法律不動産鑑定事務所〕)

大久保由美(弁護士〔島田法律事務所〕)

鎌 野 邦 樹(早稲田大学大学院法務研究科教授)

内 田 勝 一(早稲田大学名誉教授)

升 田 純(中央大学大学院法務研究科教授・弁護士〔升田純法律事務所〕)

橋 本 博 之(慶應義塾大学大学院法務研究科教授)

中 村 肇(明治大学大学院法務研究科教授)

小林憲太郎(立教大学法学部教授)

小柳春一郎(獨協大学法学部教授)

(所属は、2018年�月末現在)

執筆者一覧

2

売買・

請負等

第�編

Ⅰ 問題の所在

本稿の検討対象は、不動産売買における①売買契約の成立と②所有権の移

転時期である。この�つの問題は、論理的には異なる問題であるが、現行民

法の基底にある意思主義ないし私的自治の原則との関連では、密接にかかわ

る。すなわち、契約は一般に、「対立する二個以上の意思表示が合致して成

立するもの�

」であり、契約自由の原則からは、その方式も自由であるとされ

る。それゆえ、①不動産売買契約についても、「口頭によって有効に締結さ

れ、外国のように公正証書による必要はないし、書面さえも必要」とせず�

単なる意思表示の合致によって成立することとなる。そして、②不動産所有

権も、民法176条の意思主義からは、「当事者の意思表示のみによって」、換

言すれば、売買契約の成立時に、売主から買主に移転する。その意味では、

売主と買主の意思表示の合致によって、①不動産売買契約が成立し、同時に、

②不動産の所有権も移転する、と解される。

しかし、問題は、そう単純ではない。まず、②不動産所有権の移転時期に

ついては、売買契約の成立から代金支払い・登記・引渡しの完了というプロ

��� 不動産売買における契約の成立と所有権移転時期

2

� 我妻榮『新訂民法総則(民法講義Ⅰ)』(岩波書店・1965年)244頁。このほか、谷口知平=五

十嵐清編『新版注釈民法⒀〔補訂版〕』(有斐閣・2006年)17頁〔谷口=五十嵐〕など。

� 谷口=五十嵐編・前掲書(注�)403頁〔谷口=小野秀誠〕。

��� 不動産売買における契約の

成立と所有権移転時期

野 澤 正 充

立教大学大学院法務研究科教授

セスの中のどの時点かが、学説上争われている。また、①不動産売買契約の

成立についても、下級審裁判例は、「書面作成および手付交付があって初め

て確定的・終局的な契約締結意思が認められ、その時点で不動産売買契約が

成立したと認定」している�

、との指摘がなされている。そうだとすれば、②

のみならず、①も一義的に明らかではなく、問題は複雑な様相を呈している

といえよう。

ところで、後述のように、不動産に限らず、売買契約における目的物の所

有権の移転は、さまざまな法的効果と結びつけられている。わけても、危険

の移転は、ローマ法以来の所有者責任主義に基づくものであり、平成29年改

正前民法における所有権の移転に伴う中核的な機能であった。しかし、平成

29年の民法(債権関係)の改正(以下、「債権法改正」という)により、危険の

移転と所有権の移転とは、明確に切り離されることとなる。そこで、本稿の

課題に対しても、債権法改正の影響は、少なからずあるように思われる。

以下では、不動産売買契約の成立(Ⅱ)と所有権の移転時期(Ⅲ)につい

て順次検討した後、その債権法改正による影響(Ⅳ)を論じることとする。

Ⅱ 不動産売買契約の成立

�.伝統的な学説の理解

民法555条は、「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転するこ

とを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによっ

て、その効力を生ずる」と規定する。それゆえ、同条によれば、売買は、①

売主が財産権を移転することと、②買主がその対価としての代金を支払うこ

とについて、「双方当事者間に合意がなされることによって成立する�

」。つま

り、売買契約は、「合意のみで成立し、なんらの方式を必要としない」。これ

Ⅱ 不動産売買契約の成立

3

� 松岡久和『物権法』(成文堂・2017年)93頁。

� 柚木馨=高木多喜男編『新版注釈民法⒁』(有斐閣・1993年)144頁〔柚木=高木〕。

に対して、「ドイツ民法313条、スイス債務法216条�項は、不動産売買に公

の証書の作成を要件としている」とされ、「方式の要件がない」フランス民

法と対比されている�

結局、不動産の売買に関しても、動産の売買と同じく、両当事者の①財産

権(所有権)の移転と②代金支払いの合意があれば、契約が成立する、と解

されている。

�.下級審裁判例の動向

しかし、下級審裁判例の中には、上記の①と②の合意がなされても、なお

売買契約は成立しない、と認定したものがある。

【①判決】(東京高判昭和54・11・7 判時951号50頁)

土地の売買について、売買代金を�億8000万円とし、手付金2000万円を公正

証書による契約書作成時に支払うこと、その他売買条件の一切が当事者間では

了解されていたが、売主が公正証書作成期日に公証役場に出頭せず、本件土地

を他に売却してしまった。

東京高等裁判所は、売主と買主の間で「本件土地の売買に関して約定すべき

事項につきほぼ合意が成立し、確定的契約の締結は、公正証書による契約書の

作成をもってすることとして、右契約日を定めたけれども、結局、契約書が作

成されるには至らなかったのであり、かかる事実関係の下にあっては」、いま

だ「売買契約が成立したということはできない」と判示した。ただし、「契約

締結の準備がこのような段階にまでいたった場合」には、売主としても買主の

「期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努めるべき信義則上の義務がある」

とし、売主の不法行為責任を肯定した(その上告審である最判昭和58・4・19

判時1082号47頁も、「契約締結の利益の侵害を理由とする不法行為に基づく損

害賠償請求を認容した原審の判断は、正当」であるとした)。

【②判決】(東京地判昭和57・2・17判時1049号55頁)

土地の売買について、目的物の範囲および代金額(�億6000万円)を合意し、

当事者が記名捺印した不動産売買仮契約書と題する書面も作成された。 ただし、

��� 不動産売買における契約の成立と所有権移転時期

4

� 柚木=高木編・前掲書(注�)144頁〔柚木=高木〕。

同仮契約書の前文には、「不動産売買に関する基本事項について仮契約を締結

し、正式契約を円滑且つ支障なく締結するための証として当仮契約書各一通を

保有する」と規定され、同第�条には、「更に具体的細部事項を定めて正式契

約を締結する」と明記されていた。

東京地方裁判所は、以下のように判示して、売買契約の成立を否定した。ま

ず、「売買契約は、当事者双方が売買を成立させようとする最終的かつ確定的

な意思表示をし、これが、合致することによって成立するものであり、代金額

がいかに高額なものであったとしても、右意思表示について方式等の制限は何

ら存しないものである反面、交渉の過程において、双方がそれまでに合致した

事項を書面に記載して調印したとしても、さらに交渉の継続が予定され、最終

的な意思表示が留保されている場合には、いまだ売買契約は成立していない」。

これを本件についてみると、本件仮契約書の前文および第�条の記載からは、

「後日正式契約を締結し、正式契約書を作成することにより売買契約を成立さ

せるという当事者の意思」が明確に示されている。そうだとすれば、「目的物

及び代金額については、本件仮契約書に明確に記載され、売買代金の支払方法

及び時期についても、おおむね合意に達している」けれども、「本件では当事

者が後日正式な売買契約を締結する意思であったこと」が明らかであり、「い

まだ本件売買契約が成立したものとは認められ」ない。

この�つの判決の事案はいずれも、当事者間では目的物と代金額とが合意

されている。それゆえ、伝統的な学説の理解によれば、売買契約の成立が認

められてよい。にもかかわらず、各判決は、売買契約の成立を否定した。そ

の背景には、「手付金の授受があるまでは、たとえ売渡承諾書、買受承諾書

あるいは仮契約書等の書面の交付があったとしても、当事者間になんら債権

債務関係は生じないとの、不動産取引業界における一般的取引慣行」がある、

との指摘�

がなされている。また、国土利用計画法(昭和49年�月25日法律第92

号)は、土地の投機的取引および地価の高騰が国民生活に及ぼす弊害を除去

し、かつ、適正かつ合理的な土地利用の確保を図るため、一定規模以上の大

規模な土地取引について、都道府県知事への事後届出制を設けている�

。すな

わち、同法23条�項は、「土地売買等の契約を締結した場合」には、買主

Ⅱ 不動産売買契約の成立

5

� 鎌田薫「不動産売買契約の成否」判タ484号(1983年)20頁。

(権利取得者)が、「その契約を締結した日から起算して�週間以内」に、「当

該土地が所在する市町村の長を経由して、都道府県知事に届け出なければな

らない」とする。そこで、契約締結時の認定が重要となり、行政解釈では、

「①手付金の授受があるときは、証書の有無を問わず契約が成立した、②売

渡承諾書等は、手付金の授受等を伴わない限り、契約または予約に該当しな

い、③申込証拠金は、契約の締結に至らなかった場合には全額返済されるこ

とが明らかにされているときは、契約または予約に該当しない

」とされてい

る。そこで、実務においては、「結局のところ、手付金の授受をもって契約

成立時認定の最大のメルクマール」としている、との理解も示されている

ところで、上記の�つの判決の後も、下級審裁判例は、同様の傾向を示し

ている10

【③判決】(東京地判昭和63・2・29判タ675号174頁)

土地の売買について、当事者間において、代金総額(16億21万円)、取引形

態、 支払方法、所有権移転時期、引渡時期、質権設定、違約金等に関する合意

��� 不動産売買における契約の成立と所有権移転時期

6

� 国土交通省土地・建設産業局企画課「国土利用計画法に基づく土地取引規制について」土地総

合研究23巻�号(2015年冬号)34頁。なお、同報告によれば、事後届出件数は、平成23年�万

1051件、平成24年�万2369件、平成25年�万3356件であった。

昭和50年�月24日50国土利11号土地局利用調整課長通達(鎌田・前掲論文(注�)20〜21頁に

よる)。なお、各都道府県は、この通達に基づき、ホームページ等に「契約」についての説明を

掲載している。たとえば、富山県は、「契約には、予約を含み」、「手付金、申込証拠金その他名

目のいかんを問わず、当事者を拘束する金銭の授受があれば、契約(予約)とみな」す一方、

「売買承諾書等の念書的な文書の授受は、手付金等当事者を拘束する金銭の授受がない限り、契

約(予約)に該当」しないとする。

鎌田・前掲論文(注�)21頁。

10 もっとも、売買契約の当事者間における契約の成否の問題ではなく、媒介契約を介して不動産

仲介報酬請求権発生の要件となる売買契約の成否が争われる場合には、所有権の移転と代金支払

いの合意があれば、売買契約の成立が認められるとする判決も存在する。たとえば、仙台地判昭

和62・6・30判タ651号128頁は、所有権の移転と代金支払い(20億円)についての「合意が成立

し、残されているのは登記手続、引渡及び代金支払の各債務の履行だけであり、覚書」が作成さ

れている場合には、「単なる下話とか予約ではなくて、民法555条に該当する双方意思の合致であ

る」とした。その理由は、「民法上売買は方式自由の諾成契約であり、対象となる財産権と代金

額が定まり、売ろう買おうの約諾がなされた以上、それは予約に止まらず売買そのものである」、

ということにある。

が成立し、その旨を記載した買付証明書と売渡承諾書がそれぞれ相手方に交付

された事案である。

東京地方裁判所は、まず、「売買契約が成立するためには、当事者双方が売

買契約の成立を目的としてなした確定的な意思表示が合致することが必要であ

る」とする。そして、「不動産売買の交渉過程において、当事者双方が売買の

目的物及び代金等の基本条件の概略について合意に達した段階で当事者双方が

その内容を買付証明書及び売渡承諾書として書面化し、それらを取り交わした

としても、なお未調整の条件についての交渉を継続し、その後に正式な売買契

約書を作成することが予定されている限り、通常、右売買契約書の作成に至る

までは、今なお当事者双方の確定的な意思表示が留保されており、売買契約は

成立するに至っていない」とした。

【④判決】(東京地判平成 5・12・24判タ855号217頁)

鉄筋コンクリート造�階建共同住宅とその敷地の売買につき、代金額の合意

がなされなかったが、買主から売主に対して2000万円が交付された。争点とな

ったのは、この2000万円を交付した趣旨であり、買主は売主に対する貸金であ

ると主張したのに対し、売主は本件売買を前提とする手付金であると主張した。

東京地方裁判所は、まず、「売買代金の額につき確定的な両者の意思の合致

がないまま売買契約が締結され、手付金の授受がなされたことになる」とする。

そして、「売買代金の額がいくらになるかが売買契約の重要な要素であること

を考えると、このことは、一見奇異に見えるが、右認定のように、売買代金の

額に関する売主と買主の意見の相違は後日調整することとし、それを前提に売

買契約を締結し、手付金を授受すること自体は、両当事者の間に売買契約を確

定的に締結する意思がある以上、認められるものというべきである」として、

「2000万円は、本件物件の売買契約に係る手付金と認めるのが相当である」と

した。

この�つの判決も、いずれも不動産売買契約の成立には、両当事者の「確

定的」な意思表示が必要であるとする。そして、【③判決】は、目的物およ

び代金額等を記載した買付証明書と売渡承諾書を取り交わしたとしても、な

お「確定的」な意思表示であるとはいえないとする。しかし、【④判決】は、

代金額の合意がなくても、「手付金を授受すること自体は、両当事者の間に

Ⅱ 不動産売買契約の成立

7

売買契約を確定的に締結する意思がある」ことを示すものであるとする。そ

うだとすれば、下級審裁判例は、学説の指摘するように、手付金の授受を不

動産売買契約の成立のメルクマールとしている、と考えられる。

�.小 括

伝統的な学説の理解によれば、売買契約は諾成契約であり、何らの方式も

不要であるから、①財産権の移転と②代金支払いの合意があれば、契約が成

立することとなる(民555条参照)。しかし、不動産は、貴重な財産であり、

その代金額も高額である。そこで、実務においては、不動産売買契約の成立

を慎重に認定し、当事者間で①と②の合意がなされても、なお「確定的」に

売買契約を締結する意思があるとはしない。そして、手付金の授受をもって、

その確定的な意思を認定し、売買契約の成立を認めていると解される。

Ⅲ 不動産所有権の移転時期

�.意思主義と形式主義

不動産の売買契約が成立し、代金が支払われ、登記の移転も不動産の引渡

しも完了した場合において、不動産の所有権が売主から買主に移転するのは、

この一連のプロセスの中のどの時点なのかが問題となる。

この問題について、民法176条は次のように規定する。すなわち、「物権の

設定及び移転は、当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」。そ

の解釈をめぐっては、学説が対立する。というのも、所有権の移転について

は、次の�つの考え方が存在するからである。

�つは、フランス民法の採用する意思主義である。これは、所有権の移転

を生じさせる意思表示が何らの形式を必要としない、とするものである。た

とえば、売買について、フランス民法典1583条は次のように規定する。すな

わち、「売買は、物がいまだ引き渡されておらず代金がいまだ支払われてい

��� 不動産売買における契約の成立と所有権移転時期

8

●編者紹介●

澤野 順彦(さわの ゆきひこ)

弁護士・不動産鑑定士・法学博士(澤野法律不動産鑑定事務所所長)

【略歴】

1937年生まれ

1961年 中央大学法学部卒業

1967年 弁護士

1971年 不動産鑑定士

1988年 立教大学大学院法学研究科後期課程修了(法学博士)

2004年〜2007年

立教大学大学院法務研究科教授

【主要著書】

(著書)

『民事裁判と鑑定』(住宅新報社・1982年)

『不動産法概論』(住宅新報社・1983年)

『借地借家法の経済的基礎』(日本評論社・1988年)

『借地借家法の現代的展開』(住宅新報社・1990年)

*上記�点により第�回(1992年)日本不動産学会賞(論文賞)受賞

『定期借地権』(日本評論社・1992年)

『借家契約』(住宅新報社・1983年)

『定期借地権の法律相談』(住宅新報社・1995年)

『震災復興の法律相談』(住宅新報社・1995年)

『訴訟における不動産鑑定』(住宅新報社・1996年)

『Q&A定期借家の実務と理論』(住宅新報社・2000年)

『新・競売不動産の評価』(住宅新報社・2001年)

『新版不動産評価の法律実務』(住宅新報社・2003年)

『判例にみる借地・借家契約の終了と原状回復』(新日本法規出版・2004年)

『判例にみる地代・家賃増減請求』(新日本法規出版・2006年)

『不動産法の理論と実務〔改訂版〕』(商事法務・2006年)

『判例にみる借地・借家における特約の効力』(新日本法規出版・2008年)

『借地借家の正当事由と立退料 判定事例集〔改訂版〕』(新日本法規出版・2009年)

『判例にみる借地借家の用法違反 賃借権の無断譲渡・転貸』(新日本法規出版・

2012年)

『論点借地借家法』(青林書院・2013年)

(共編著)

『現代借地・借家の法律実務Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』(ぎょうせい・1994年)

『裁判実務大系�借地借家訴訟法』(青林書院・1995年)

『新版借地トラブルQ&A』(有斐閣・1997年)

『借地借家法の理論と実務』(有斐閣・1997年)

『現代裁判法大系⑵不動産売買』(新日本法規出版・1998年)

編者紹介

687

『裁判実務大系�震災関係訴訟法』(青林書院・1998年)

『新借地借家法講座 1・2・3』(日本評論社・1998年〜1999年)

『新版借地トラブルQ&A〔第�版〕』(有斐閣・2000年)

『新・裁判実務大系⑺不動産競売訴訟法』(青林書院・2000年)

『新・裁判実務大系⒁⒂不動産鑑定訴訟法Ⅰ・Ⅱ』(青林書院・2002年)

『借家の法律相談〔第�版補訂版〕』(有斐閣・2002年)

『コンメンタール借地借家法〔第�版〕』(日本評論社・2010年)

『専門訴訟講座⑤不動産関係訴訟』(民事法研究会・2010年)

『実務解説 借地借家法〔改訂版〕』(青林書院・2013年)

『新基本法コンメンタール借地借家法』(日本評論社・2014年)

その他、共著・論文多数

編者紹介

688

落丁・乱丁はおとりかえします。 ISBN978-4-86556-218-7 C3032 Y−7600E

カバーデザイン:関野美香

発 行 所 株式会社 民事法研究会

〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿 3-7-16

〔営業〕 TEL 03(5798)7257 FAX 03(5798)7258

〔編集〕 TEL 03(5798)7277 FAX 03(5798)7278

http://www.minjiho.com/ [email protected]

平成30年�月18日 第�刷発行

定価 本体7,600円+税

編 者 澤 野 順 彦

発 行 株式会社 民事法研究会

印 刷 株式会社 太平印刷社

不動産法論点大系