さきがけ数学塾 変分法入門 - jst...さきがけ数学塾 変分法入門...

89
さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 3 7 日(月)1300 3 9 日(水)1200 場所: JST 三番町ビル1F 会議室(東京都千代田区三番町) 主催: 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」研究領域

Upload: others

Post on 24-Aug-2020

1 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

さきがけ数学塾

変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~

日時: 2011 年 3 月 7 日(月)13:00 ~ 3 月 9 日(水)12:00

場所: JST 三番町ビル1F 会議室(東京都千代田区三番町)

主催: 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業

さきがけ「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」研究領域

Page 2: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

プログラム(案)

日時 タイトル 講師

7日(月)

12:30- 受付開始

13:00-13:05 JST事務局からの説明

13:05-13:30 あいさつ,注意事項の説明など

13:30-16:00 変分法とその偏微分方程式への応用 大下承民

16:10-18:10 弾性体の変分原理と その工学問題への応用

垂水竜一

18:30-19:30 受講者の研究紹介

8日(火)

09:00-11:00 パターン形成と相分離現象 大下承民

11:20-12:20 曲面の変分問題 極小曲面論入門Ⅰ 小磯深幸

12:20-13:20 昼食休憩

13:30-16:00 曲面の変分問題 極小曲面論入門 II 小磯深幸

16:20-17:50 極小曲面を用いた量子ナノ構造 藤田伸尚

18:00-18:30 曲面の変分問題の可視化

(ソフトウェアのインストール,例の紹介)

18:50-20:30 交流懇親会(立食形式、自由参加)

9日(水) 09:00-11:30 演習,受講生による発表,研究討議

11:30-12:00 閉会のあいさつ,アンケート

・初日は、受付の都合上、開始 20 分程度前にお越し下さい。 ・食事以外の休憩については、講師の判断で、適宜設けて頂きます。

Page 3: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

変分法とその偏微分方程式への応用パターン形成と相分離現象

大下承民岡山大学大学院自然科学研究科

2011年 3月 7日

目次1 序論 2

1.1 変分問題の例 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

1.2 最小問題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3

1.3 オイラー・ラグランジュ方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

1.4 ルジャンドル・アダマール条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

2 関数空間 6

3 直接法 7

3.1 序論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7

3.2 直接法の抽象的結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

3.3 制約条件付き直接法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

3.4 弱下半連続性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

4 フレッシェ微分 12

4.1 臨界点 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

4.2 臨界点とオイラー・ラグランジュ方程式,弱解の正則性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

4.3 ラグランジュの未定乗数 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

5 線形偏微分方程式への応用 13

5.1 ポアッソン方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

5.2 固有値に対するレイリー・リッツの特徴付け,クーランの最大最小原理 . . . . . . . . . . . . . 14

6 関数空間の近似と数値解法 15

1

Page 4: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

7 非線形偏微分方程式への応用 16

8 カーン・ヒリアードモデル 17

9 Γ収束 20

1 序論

1.1 変分問題の例

様々な物理法則が変分原理であらわされ,変分法は微分幾何学,工学,偏微分方程式などが交叉する分野である.いくつかの変分問題の例を紹介しよう.例 1.1. 弾性体モデルにおける問題.

I(u) =∫

Ω

W (∇u(x)) dx

を最小化する関数 u : Ω ⊂ R3 → R3 を求めること.ただし,∇uは変形勾配で, det(∇u) > 0 とし,境界 ∂Ω

上で u = u0 が与えられているとする.また,3 × 3 行列 A に対して W = W (A) ≥ 0 は与えられた関数で,材料に蓄えられるエネルギーを表す.例えば W (A) = f(detA) のような形で表される.

例 1.2. プラトー問題は,与えられた境界をもつ極小曲面を求める問題.表面積を最小にする曲面を探すことに帰着する.プラトーは数多くの実験により,石鹸膜は表面積を最初にするように張られると考えた.

極小グラフは,グラフで表される極小曲面である.関数 u : Ω ⊂ R2 → R のグラフの表面積は

I(u) =∫

Ω

√1 + |∇u|2 dx

で与えられる.境界条件

Ωの境界 ∂Ω 上 u = u0 (1)

のもとで I(u) を最小化する u は,極小曲面方程式

div(

∇u√1 + |∇u|2

)= 0

を満たす.この左辺はグラフの平均曲率の 2倍を表す.

弾性膜.2次元の弾性体で平衡状態が平面内にあり,変位は垂直方向のみで,エネルギーが伸張による面積の変化量にだけ比例すると考えると,弾性膜の平衡問題は∫

Ω

√1 + |∇u|2 − 1 dx (2)

の最小問題に帰着する.

2

Page 5: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

例 1.3. 懸垂線,回転極小曲面の問題.曲線 y = u(x) > 0 (a ≤ x ≤ b) を x軸のまわりに回転してできる回転体の表面積

I(u) = 2π

∫ b

a

u(x)√

1 + u′(x)2 dx

を境界条件 u(a) = α, u(b) = β のもとで最小化する問題.最小面積の曲面は懸垂面である.また,境界条件の他に,長さ一定

J(u) =∫ b

a

√1 + u′(x)2 dx =一定

の制約条件のもとで位置エネルギー I を最小化する曲線は懸垂線である.例 1.4. ディリクレ原理.N = 1, u : Ω ⊂ Rn → R, F (x, u, p) = F (p) = 1

2 |p|2. ディリクレ積分

I(u) =12

∫Ω

|∇u|2 dx (3)

を境界条件 (1) のもとで最小化する関数が,ラプラス方程式 ∆u = 0*1の境界値問題の解である.これをディリクレ原理という.

n = 2 のとき,(3) は弾性膜のエネルギー (2) の近似式(|∇u| 1)として現れ,最小化関数は弾性膜の平衡状態を表している.

また,(3) は capacity の問題としても現れる.Ω が二つの導体曲面で囲まれている (∂Ω = Γ1 ∪ Γ2) とき, Γ1

上で u(x) = 1, Γ2 上で u(x) = 0 という境界条件で考えると,最小問題の最小値は二つの導体の電位差を 1

としたときにためられる電荷量(capacity)を表している.例 1.5. 最急降下線の問題.曲線 y = u(x), u(a) = 0, u(b) = β, u(x) > 0 (0 < x ≤ b) に沿って質点が落下するとき,所要時間

I(u) =∫ b

0

√1 + u′(x)2

u(x)dx

を最短にする uを求めること.

1.2 最小問題

汎関数

I(u) =∫

Ω

F (x, u(x),∇u(x)) dx (4)

を考察する.ただし,Ω ⊂ Rn は有界領域で境界は滑らかとし, x = (x1, · · · , xn) は Ω 内の generic な点を表す.

*1 ∆ =Pn

i=1∂2

∂x2i

はラプラシアン

3

Page 6: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

RN×n は N × n 実行列の集合で,

p =

p11 · · · p1

n

.... . .

...

pN1 · · · pN

n

∈ RN×n

に対して,|p| = (∑N

α=1

∑ni=1(p

αi )2)1/2.

F : Ω × RN × RN×n → R, F = F (x, u, p) = F (x1, · · · , xn, u1, · · · , uN , p11, · · · , pN

n ) は与えられた関数.

u : Ω → RN , u = (u1, · · · , uN ) ∈ RN はベクトル値またはスカラー値の関数,uα は u の成分,

∇u =

∂u1

∂x1· · · ∂u1

∂xn

.... . .

...∂uN

∂x1· · · ∂uN

∂xn

∈ RN×n

は u のヤコビ行列である.

最小問題とは,境界条件が与えられているなど,適当な条件を満たす関数 u の中で I(u) を最小化するものを求めること,すなわち,条件を満たす許容関数全体の集合を M とするとき,

I(u) = α := infu∈M

I(u) (P)

となる u ∈ M を求める問題である.

1.3 オイラー・ラグランジュ方程式

F を滑らかとする.境界条件 (1) を満たす滑らかな関数 u が最小化関数であると仮定すると,任意のϕ ∈ C∞

0 (Ω ; RN ) に対して ddtI(u + tϕ)|t=0 = 0 でなければならない.つまり

∫Ω

N∑α=1

n∑

j=1

Fpαj(x, u(x),∇u(x))

∂ϕα

∂xj+ Fuα(x, u(x),∇u(x))ϕα

dx = 0, ∀ϕ ∈ C∞0 (Ω ; RN ) (EL-W)

である.これをオイラー・ラグランジュ方程式の弱形式という.また,ϕ をテスト関数という.部分積分*2を行い,ϕ が任意であることを使うと,u は次の古典形のオイラー・ラグランジュ方程式を満たすことがわかる.

n∑j=1

∂xjFpα

j(x, u(x),∇u(x)) − Fuα(x, u(x),∇u(x)) = 0, α = 1, · · · , N (EL)

*2R

Ω f ∂g∂xj

dx =R

∂Ω fgνj dS −R

Ω∂f∂xj

g dx

4

Page 7: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

ディリクレ境界条件 (1) を課さない場合は,(EL-W) は任意の ϕ ∈ C∞(Ω ; RN ) に対して成り立たなければならない.このときは自然境界条件

n∑j=1

Fpαj(x, u(x),∇u(x))νj(x) = 0 (x ∈ ∂Ω) (5)

が得られる.ν = (ν1, · · · , νn) は ∂Ω 上の外向き単位法線ベクトルである.

(EL)は,N > 1 のとき連立方程式,N = 1, n > 1 のとき単独偏微分方程式,n∑

j=1

∂xjFpj (x, u(x),∇u(x)) − Fu(x, u(x),∇u(x)) = 0, (6)

さらに,n = N = 1 のときは単独常微分方程式になる.古典的な変分問題のいくつかは,オイラー・ラグランジュ方程式に帰着させることで解くことができる.特に n = 1 の場合,(EL)は常微分方程式であるから,解を求積法により具体的に表せる場合がある.例 1.6. 非線形ポアッソン方程式

N = 1, F (x, u, p) = 12 |p|

2 − G(x, u), u : Ω → R, G(x, s) =∫ s

0g(x, t) dt, g : Ω × R → R とすると,汎関数

I(u) =∫

Ω

12|∇u(x)|2 − G(x, u(x)) dx

に対するオイラー・ラグランジュ方程式は非線形ポアッソン方程式

−∆u = g(x, u) (7)

になり,自然境界条件は∂u

∂ν= ∇u · ν = 0 (x ∈ ∂Ω)

となる.これは外向き法線微分が零であることを意味しており斉次ノイマン境界条件という.g(x, u) = f(x)

の場合が通常のポアッソン方程式である.

1.4 ルジャンドル・アダマール条件

N = 1 のとき,滑らかな最小化関数 u が存在すれば d2

dt2 I(u + tϕ)|t=0 ≥ 0 よりn∑

i,j=1

∂2F

∂pi∂pj(x, u(x),∇u(x))ξiξj ≥ 0 (ξ ∈ Rn, x ∈ Ω) (8)

が成り立たなければならない.これを Legendreの条件という.一般(N > 1)の場合は,Legendre–Hadamard

条件N∑

α,β=1

n∑i,j=1

∂2F

∂pαi ∂pβ

j

(x, u(x),∇u(x))ξiξjηαηβ ≥ 0 (ξ ∈ Rn, η ∈ RN , x ∈ Ω) (9)

が成り立たなければならない.

5

Page 8: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問題 1. これらを示せ

Legendre 条件と Legendre–Hadamard 条件は, F の p に関する凸性,および凸性よりも弱い rank one

convexity という性質がそれぞれ重要であることを示唆している.第 3.4.1節を見よ.

厳密な議論をするためには,滑らかな関数あるいは C1 級の関数の中で最小化関数を見つけることは難しいので,まず,許容関数のクラスを広げて最小問題を考え,最小化関数の正則性の議論は別に行う.このとき正則性はいつも成り立つわけではないことに注意が必要である.実際,C1 級の関数の中では最小値に到達せず,区分的 C1 級の関数(つまりカドをもつ関数)の中ではじめて最小値が達成される場合がある.例 1.7. Ω = (0, 1), N = n = 1, F (x, u, p) = F (p) = (p2 − 1)2, u(x) = x for x ∈ (0, 1

2 ), 1−x for x ∈ [12 , 1).

I(u) = 0 だが,u は C1 級ではない.

2 関数空間

次のような記号を用いる.

C1([a, b]) 連続的微分可能関数 f : [a, b] → R 全体の集合C([a, b]) 連続関数 f : [a, b] → R 全体の集合C∞(Ω) 滑らかな関数 f : Ω → R 全体の集合C∞

0 (Ω) 台がコンパクトで Ω に含まれる滑らかな関数 f : Ω → R 全体の集合

表 1 関数空間

線形空間におけるノルムはベクトル(あるいは関数)の大きさを測る物差しである.ノルムにより2点間の距離や点列の収束(二つの関数間の距離や関数列の収束)が定義できる.有限次元の線形空間ではすべてのノルムは同値であり,点列の収束はノルムに依存しない.しかしながら,関数空間上には本質的に異なるノルムがたくさん存在する.例えば,C1([a, b]) において二つのノルム

‖f‖C1 = maxx∈[a,b]

|f(x)| + maxx∈[a,b]

|f ′(x)|

‖f‖C = maxx∈[a,b]

|f(x)|

を定義したとき,関数列 fnn∈N が ‖ · ‖C1 で強収束していれば,明らかに ‖ · ‖C でも強収束しているが,逆は成立しない.

汎関数の変分問題 (P) においては |u(x)| の最大値を評価するのは難しく,積分によるノルムを用いる方が便利である.例えば

‖u‖Ls =(∫

Ω

|u(x)|s dx

)1/s

, s ∈ [1,∞)

6

Page 9: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

‖u‖H1,s =( ∫

Ω

n∑i=1

∣∣∣∣ ∂u

∂xi(x)

∣∣∣∣s + |u(x)|s dx

)1/s

, s ∈ [1,∞)

である.コーシー列が収束するとき,ノルム空間は完備であるといい,完備なノルム空間をバナッハ空間という.完備性があると関数解析のいろいろな定理が適用できる.

√2 に収束する有理数の列

1, 1.4, 1.41, 1.414, ‥‥‥‥‥ 

はコーシー列であるが,有理数の全体からなる集合 Q の中で極限をもたない.Q を完備化して実数の集合 Rができるのと同様にして,完備でないノルム空間は,コーシー列の極限となる元をどんどん追加していくことで完備化できることが知られている.例えば s ≥ 1 に対して,Ls ノルムが有限である滑らかな関数全体の集合 u ∈ C∞(Ω) ; ‖u‖Ls < ∞ を Ls ノルムに関して完備化してできるバナッハ空間が Ls(Ω) である.このとき,追加された関数 u ∈ Ls(Ω) に対しても ‖u‖Ls < ∞ である*3.また,H1,s ノルムを使えば,バナッハ空間 H1,s(Ω) ができ,u ∈ H1,s(Ω) ならば ‖u‖H1,s < ∞ である.さらに,C∞

0 (Ω) の H1,s ノルムによる完備化を H1,s

0 (Ω) とする.変分法は無限次元バナッハ空間における微分法と捉えることができる.

表 2 変分法とバナッハ空間

古典的な変分法の用語 バナッハ空間での用語関数(列) 点 (列)

許容関数のクラス バナッハ空間変分法 (無限次元空間における)微分法第一変分 フレッシェ微分(ガトー微分)停留関数 臨界点,停留点最小化関数 最小(化)点最小化関数列 最小化(点)列

3 直接法

3.1 序論

変分法における直接法とは,最小化関数を最小化列の極限として求める方法である.DI(u) = 0 を解く事よりも I(u) を最小化する方が容易であるという考え方に基づき,オイラー・ラグランジュ方程式を介さず,変分問題を “直接”解くことを意味する.

ガウスやリーマンはディリクレ原理を当然のことと考えていたようである.

*3 リーマン積分可能とは限らないのであるが,これは積分の概念を拡張することで克服できる(ルベーグ積分).また,ほとんどいたる所等しい関数を同一視しなければならない.

7

Page 10: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

“In any event therefore the integral will be non-negative and hence there must exist a distribution

(of charge) for which this integral assumes its minimum value,” Gauss

ところが,Weierstrass は,最小値に到達しない変分問題の例を示し,最小値の存在を自明のこととする議論を批判した.この非存在性は単なる数学の問題ではなく,例えばマルテンサイト(異なる結晶格子が周期的に現れる構造)は,最小点の非存在および最小化列の振る舞いにより説明されると考えられている.

Weierstrass の反例にもかかわらず,ディリクレ原理は非常にすばらしく捨て去ることはできなかった.そしてヒルベルトやルベーグなどの研究により厳密に議論できる手法が完成し,1930–31 年に Douglas と Rado

は,ディリクレ積分の最小化を使ってプラトー問題に対する古典的結果を証明した.

まず,有限次元で最小値を持たない例を考えてみる.

(1) R 上の関数.f(x) = ex とする.すべての x ∈ R に対して f(x) > 0 であり, x1 > x2 > · · · > xm → −∞となる数列をとると,f(xm) → 0, m → ∞ なので infx∈R f(x) = 0 であるが,f(x) = 0 なる実数 x は存在しないので, 0 は最小値ではない.

x → ±∞のとき f(x) → ∞であるような関数であれば,最小化列の有界性が得られることに注意せよ.

(2) 有界閉集合 [−1, 1] 上の関数.

f(x) =

x, x ∈ (0, 1]−x + 1, x ∈ [−1, 0]

とすると, infx∈[−1,1] f(x) = 0 であるが,0 に到達しない.

この f は x = 0 で連続でないことに注意せよ.

次に無限次元の例を考えてみる.どちらも, (P) の下限は 0 であるが u が存在しない例である.

(3) Bolzaの反例.N = n = 1, Ω = [0, 1]. F (x, u, p) = F (u, p) = (p2−1)2+u4. M を区分的 C1 級関数の全体とする.区間 [0, 1] を m 等分して,各小区間上で um(x) = x− 2k

2m for x ∈ [ 2k2m , 2k+1

2m ], um(x) = −x+ 2k+22m

for x ∈ [ 2k+12m , 2k+2

2m ], k = 0, · · · ,m − 1 と定義すると I(um) → 0 as m → ∞.

(4) Weierstrass の反例.F (x, p) = (xp)2, Ω = [−1, 1], M = u ∈ C1([−1, 1]) ; u(±1) = ±1. um(x) =arctan(mx)arctan m とおくと I(um) → 0 as m → ∞.

下限が達成される(最小化関数が存在する)ための条件を考察する.上の反例から二つの条件が浮かび上がってくる.微分積分学でよく知られた定理を思い出そう.命題 3.1. M ⊂ Rn を有界閉集合とする.連続関数 I : M → R は M において最大値・最小値をもつ.

この命題は次のように示すことができる.

証明. I の最小化列,すなわち limm→∞ I(um) = α := infu∈M I(u) を満たす点列 um∞m=1 ⊂ M をとってくる.M は有界閉集合なので,Bolzano–Weierstrass の定理より,um から M の中で収束する部分列を取

8

Page 11: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

り出すことができる.これをそのまま um で表し,um → u ∈ M とする.I の連続性から

I(u) = limm→∞

I(um) = α (10)

となり,I は u で最小値に到達する.最大値も同様である.

ここで最小値の存在だけなら,(10) は次の条件

um → u =⇒ I(u) ≤ lim infm→∞

I(um) (11)

で置き換えられることがわかる.

実際,um∞m=1 が u ∈ M に収束しているとき,

I(u) ≤ lim infm→∞

I(um) = α

であるが,定義より明らかに I(u) ≥ α なので, I は u において最小値に達する.定義 3.1. (11) が成り立つとき,I は(点列)下半連続という.

したがって以下の命題が成り立つ.命題 3.2. M ⊂ Rn を有界閉集合とする.下半連続関数 I : M → R は M において最小値をもつ.

変分問題 (P) においても同様の議論をするのであるが,関数列を扱うので,どのような収束の概念を用いるかが重要なポイントである.

1. 最小化列が収束する部分列をもつこと(コンパクト性)を示すこと.これは収束列が多い(収束の概念が弱い)ほど成り立ちやすい.

2. 汎関数が下半連続であることを示すこと.これは収束列が少ない(収束の概念が強い)ほど成り立ちやすい.

これら二つの条件を同時に満たすような収束を考える必要がある.

無限次元空間では,ノルムによる普通の収束(強収束)より弱い収束として,弱収束という概念がある.結論からいうと,H1,s 空間(1 < s < ∞)における弱収束を用いればうまくいくことがわかる*4.そのかわり,許容関数の正則性が失われることに注意しなければならない.*5

定義 3.2. H1,s 上の任意の連続線形汎関数 f に対して m → ∞ のとき f(um) → f(u) となるとき,um ⊂ H1,s は u ∈ H1,s に弱収束するといい,um u weakly in H1,s で表す.一方,‖um − u‖H1,s → 0

であるとき,um は u に H1,s で強収束するといい,um → u strongly in H1,s で表す.

次のような存在(と一意性の)結果が得られる.定理 3.1. F : Ω × Rn × RN×n → R を連続とし,次の条件を仮定する.

*4 Rn では強収束と弱収束の概念は一致する.*5 普通の意味で微分可能とは限らない.例えば,区分的 C1 級関数を含む.

9

Page 12: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

(F1) ある s > 1, c > 0, φ ∈ L1(Ω) が存在して,すべての x, u, p に対して F (x, u, p) ≥ c|p|s + φ(x) が成立.

(F2) すべての x, u に対して p 7→ F (x, u, p) が凸関数.

このとき,M = u ∈ H1,s(Ω) ; u = u0 on ∂Ω とおくと,I(u0) < ∞ ならば I は M 内で下限 (P) に到達する.つまり,(P) の最小点 u ∈ M が存在する.

さらに,すべての x に対して,(u, p) 7→ F (x, u, p) が狭義凸ならば,最小点 u は M において一つしかない.問題 2. 一意性を示せ.

存在性は次の抽象的結果と弱下半連続性に関する一般的な結果から得られる.

3.2 直接法の抽象的結果

(V, ‖ · ‖V ) を反射的バナッハ空間*6とし,I : V → R ∪ ∞*7 の最小問題を考察する.H1,s(Ω), 1 < s < ∞は反射的バナッハ空間である.

最小化列の有界性を保証するために次の条件を考える.定義 3.3. 条件

‖um‖V → ∞ =⇒ I(um) → ∞ (12)

を満たすとき,I は強圧的という.

V における弱収束を um u weakly in V で表す.定義 3.4. 条件

um u weakly in V =⇒ I(u) ≤ lim infm→∞

I(um) (13)

が成り立つとき,I は 弱下半連続 という.定理 3.2. (最小点の存在)I : V → R ∪ ∞ は,反射的バナッハ空間 V 上の恒等的に無限大ではない強圧的かつ弱下半連続な汎関数とする.このとき,I は下に有界で,下限に到達する.すなわち,

I(u) = infu∈V

I(u)

を満たす u ∈ V が存在する.

証明. um を最小化列とする.すなわち,limm→∞ I(um) = α := infu∈V I(u). 強圧性より um は V の有界列である.V は反射的バナッハ空間なので,Eberlein–Smulian の定理より,um は(必要ならば部分列をとり)V で弱収束している,すなわち,um u weakly in V と仮定してよい.このとき I の弱下半連続性より

α ≤ I(u) ≤ lim infm→∞

I(um) = α.

*6 V 上の連続線形汎関数の全体を共役空間といい,V ∗ で表す.V ∗∗ = V であるとき反射的という.*7 値が無限大も許すという意味.

10

Page 13: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

よって I(u) = α.

3.3 制約条件付き直接法

M ⊂ V を V の弱閉集合(すなわち,(um) ⊂ M, um u weakly in V ならば u ∈ M)とすると,I : M → Rに対して定理 3.2 と同様の結果が成り立つ.閉凸集合は弱閉集合である.

定理 3.1 の証明において,(F1) は強圧性,(F2) の凸性は弱下半連続性を保証するために使われる.

3.4 弱下半連続性

バナッハ空間におけるノルムは弱下半連続であることはよく知られている.よって,um u weakly in

H1,s(Ω) ならば ‖u‖H1,s ≤ lim infm→∞ ‖um‖H1,s.

また s∗ :=

sn

n−s (n > s)

∞ (n ≤ s)とおくと,Rellich–Kondrakovの定理より um u weakly in H1,s(Ω) ならば

um u strongly in Lr(Ω), 1 ≤ r < s∗ が成り立つ.特に,‖u‖Lr = limm→∞ ‖um‖Lr.

これらの定理から,F (x, u, p) = 12 |p|

2 − G(x, u) で G が適当な増大度の条件を満たしていれば,I の弱下半連続性が導かれる.より一般には,次のような弱下半連続性の結果が知られている.定理 3.3. 連続関数 F : Ω × Rn × RN×n → R が,条件

• F (x, u, p) ≥ φ(x), φ ∈ L1(Ω).

• p 7→ F (x, u, p) は凸関数.

を満たしていると仮定する. m → ∞ のとき um u weakly in H1,s(Ω) ならば I(u) ≤ lim infm→∞ I(um)

(s ≥ 1).

3.4.1 補足

ただし,n > 1 かつ N > 1 の場合,凸の条件はかなり緩められ,適当な増大度の条件のもとでは,F (x, u, ·)が quasiconvex であればよい.

Jensen の不等式より p 7→ F (x0, u0, p) が凸なら

1Vol(Ω)

∫Ω

F (x0, u0, p0 + ∇ϕ(x)) dx ≥ F (x0, u0, p0) ∀ϕ ∈ H1,∞0 (Ω) (14)

が成り立つ.一般に (14) が成り立つとき F (x0, u0, ·) を quasiconvex という.

11

Page 14: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

弾性体モデルでは W (∇u) = f(∇uのすべての小行列式) = f(∇u, adj∇u, det∇u) の形が現れる.f が凸であるとき,W は polyconvex という.

f : RN×n → R が

f(λξ + (1 − λ)η) ≤ λf(ξ) + (1 − λ)f(η) (ξ, η ∈ RN×n,rank(ξ − η) = 1,λ ∈ [0, 1])

であるとき f は rank one convex という.

一般に convex =⇒ polyconvex =⇒ quasiconvex =⇒ rank one convex の関係がある.N = 1 または n = 1

のとき,これらはすべて同値である.

4 フレッシェ微分

4.1 臨界点

I : V → R をバナッハ空間 V 上の実数値関数とする.V 上の連続線形汎関数*8 T があって,I(u + ϕ) =

I(u) + T (ϕ) + o(‖ϕ‖V ) (ϕ → 0) を満たすとき,I は u でフレッシェ微分可能,T を I の u におけるフレッシェ微分といい,DI(u) で表す.また,DI(u)(ϕ) を 〈DI(u), ϕ〉 あるいは DI(u)ϕ とかく.このとき,〈DI(u), ϕ〉 は I の u における ϕ 方向への方向微分(ガトー微分)である.*9

DI(u) = 0 となる点 u ∈ V を I の臨界点という.

I がフレッシェ微分可能関数ならば,I の最小点 u ∈ V は I の臨界点である.

4.2 臨界点とオイラー・ラグランジュ方程式,弱解の正則性

F が C2 級であったとしても最小化関数 u が C2 級とは限らない.普通の意味の微分に関してオイラー・ラグランジュ方程式 (EL) を満たす C2 級の関数 u を (EL) の古典解という.一方,オイラー・ラグランジュ方程式の弱形式 (EL-W) を満たすソボレフ関数 u を (EL) の 弱解という*10.汎関数 (4) が適当なソボレフ空間上でフレッシェ微分可能であるとき,その臨界点は (EL) の弱解である.

古典解は弱解であり C2 級の弱解は古典解である.しかしながら,C2 級でない弱解は古典解ではない.ここで弱解の正則性という問題が生じる.ラプラス方程式のような楕円型方程式に対しては正則性の結果が知られている.一方,非線形弾性体の問題においては最小化関数がたとえ存在したとしても正則(古典解)でないかもしれない.以後は弱解だけを考察する.

*8 有界線形汎関数, すなわち,|T (ϕ)| ≤ C‖ϕ‖V を満たす線形写像 T : V → R といってもよい.*9 多変数関数の微分法における全微分や方向微分の一般化である.

*10 テスト関数のクラスのとり方により若干のバリエーションがある.

12

Page 15: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

4.3 ラグランジュの未定乗数

I, J : V → R を連続的フレッシェ微分可能な関数,M := u ∈ V ; J(u) = 0 としM 上での I の最小問題を考える.u ∈ M が I の M における最小点であり,DJ(u) 6= 0 であれば,ある λ ∈ R が存在して

DI(u) + λDJ(u) = 0 (15)

を満たす.同様に m 個の連続的フレッシェ微分可能関数 J1, · · · , Jm : V → R に対して M := u ∈V ; J1(u) = · · · = Jm(u) = 0 とした場合,(DJ1(u), · · · , DJm(u)) : V → Rm が全射ならば,あるλ1, · · · , λm ∈ R が存在して

DI(u) +m∑

k=1

λkDJk(u) = 0 (16)

を満たす. λ1, · · · , λm ∈ R をラグランジュの未定乗数という.問題 3. 多変数関数のラグランジュの未定乗数定理を用いて上の結果を示せ.

5 線形偏微分方程式への応用

線形方程式の場合,解の存在自体は別の方法や理論で得られる場合もある.変分原理は解が満たす定性的性質を与えてくれる.例えば,ディリクレ原理によると

∆u = 0 in Ωu = u0 on ∂Ω

の解 u は,v = u0 on ∂Ω となるどんな関数 v をもってきても∫Ω

|∇u|2 ≤∫

Ω

|∇v|2

を満たす.このような性質はラプラス方程式の数値解を求めてもそのグラフからは分からないであろう.また,線形作用素の固有値についても変分的特徴付けが役に立つことがある.

5.1 ポアッソン方程式

ポアッソン方程式のディリクレ境界値問題を考える.−∆u = f(x) in Ωu = 0 on ∂Ω (17)

汎関数

I(u) =∫

Ω

12|∇u|2 − fu dx (18)

13

Page 16: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

をV = H1,2

0 (Ω)

の上で最小化する関数が解となる.ここで H1,20 (Ω) は C∞

0 (Ω) の H1,2 ノルムに関する完備化である.これは,斉次ディリクレ境界条件( ∂Ω 上で u = 0 )を満たす H1,2 関数の全体と一致する.

5.2 固有値に対するレイリー・リッツの特徴付け,クーランの最大最小原理

ラプラシアンの固有値問題

−∆u = λu in Ω (19)

u = 0 on ∂Ω (20)

は,無限個の固有値 0 < λ1 < λ2 ≤ · · · をもつことが知られている.√

λm は弾性膜の波動方程式に対する共鳴振動数を表している.第 1固有値は次のように特徴付けられる(レイリー・リッツの特徴付け).

λ1 = infu∈H1,2

0 (Ω)u 6=0

∫Ω|∇u|2 dx∫Ω

u2 dx. (21)

証明. M = u ∈ H1,20 (Ω) ; J(u) :=

∫Ω

u2 dx = 1 における I(u) =∫Ω|∇u|2 dx の最小点を u1 とする.

I, J は 2次汎関数でフレッシェ微分可能である.実際,I(u, v) =∫Ω∇u · ∇v dx, J (u, v) =

∫Ω

uv dx とおくと I(u) = I(u, u), J(u) = J (u, u), 〈DI(u), ϕ〉 = 2I(u, ϕ), 〈DJ(u), ϕ〉 = 2J (u, ϕ) である.

よって DI(u1) = µDJ(u1) であり,u1 は −∆u1 = µu1 の(弱)解である.すなわち,

I(u1, ϕ) = µJ (u1, ϕ), ∀ϕ ∈ H1,20 (Ω)

µ = I(u1) = minu∈M I(u) は −∆ の固有値,u1 は対応する固有関数である.µ は (21) の右辺に等しいので第一固有値であることがわかった.

最初の m − 1 個の固有値 λ1, · · · , λm−1 と固有関数 u1, · · · , um−1 が求まったとして,Mm = u ∈H1,2

0 (Ω) ; J(u) = 1, Jk(u) = 0 (k = 1, · · · , m − 1) における I(u) :=∫Ω|∇u|2 dx の最小問題を考え

る. ここで Jk(u) = J (u, uk) である.

最小点を um とすると DI(um) = µDJ(um) +∑m−1

k=1 αkDJk(um) より 2I(um, ϕ) = 2µJ (um, ϕ) +∑m−1k=1 αkJ (uk, ϕ).ここで,αk = 2I(um, uk) = 2λkJ (um, uk) = 0 なので DI(um) = µDJ(um) であ

り µ := I(um) = minu∈Mm I(u) は固有値,um は固有関数である.

次に第m固有値が直接変分的に特徴付けできることを示す.

14

Page 17: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

v1, · · · , vm−1 を任意に選んできたとき W (v1, · · · , vm−1) = u ∈ H1,20 (Ω) ; J(u) = 1,J (u, vk) = 0 (k =

1, · · · ,m − 1) とおく.このとき

λm = supv1,··· ,vm−1

infu∈W (v1,··· ,vm−1)

I(u) (22)

が成り立つ.

証明. v1, · · · , vm−1 を最初の m − 1 個の固有関数 u1, · · · , um−1 としたとき,W (v1, · · · , vm−1) = Wm なので infu∈W (v1,··· ,vm−1) I(u) = λm.任意の v1, · · · , vm−1 を選んだとき,infu∈W (v1,··· ,vm−1) I(u) ≤ λm を示せばよい.最初の m 個の固有関数で張られる部分空間と W (v1, · · · , vm−1) の共通部分が空でないことに注意する.実際

∑mk=1 J (v`, uk)ck = 0 (` = 1, · · · , m − 1),

∑mk=1 c2

k = 1 を満たす ck をとると,u =

∑mk=1 ckuk ∈ W (v1, · · · , vm−1). この u に対して I(u) =

∑mk=1 c2

kλk ≤ λm.

問題 4. 上の議論の中に現れる um が確かに存在することを直接法により確かめよ.

(21) から Poincare の不等式

λ1

∫Ω

u2 dx ≤∫

Ω

|∇u|2 dx, u ∈ H1,20 (Ω)

が得られる.H1,20 (Ω) は u ≡ 0以外の定数関数を含まないことに注意して欲しい.

問題 5. 斉次ノイマン境界条件の場合に同様の考察をし Poincare–Wirtinger の不等式

µ2

∫Ω

(u − 〈u〉)2 dx ≤∫

Ω

|∇u|2 dx, u ∈ H1,2(Ω)

を示せ.ただし,µ2 > 0 は第 2固有値,〈u〉 = 1Vol(Ω)

∫Ω

u dx は u の平均値である.

6 関数空間の近似と数値解法

微分方程式の数値解法は,関数をどのように近似するかで二つに大別される.領域からたくさんの分割点x1, · · · , xm を選び,その上での関数値 u(x1), · · · , u(xm) を数値的に求める方法と,未知関数 u をよくわかっている関数系 φk の一次結合 u =

∑mk=1 ckφk で近似してその係数を求める方法である.ここでは後者の方

法で,無限次元の関数空間 V を有限次元の部分空間 Xm で近似することを考える.例えば,一次独立な関数系 φk をとってきて Xm = spanφ1, · · · , φm とおくと X1 ⊂ X2 ⊂ · · · ⊂ V である.

簡単のため,(17) の数値解法を考える.ガラーキン法とは,u ∈ Xm の中で∫Ω

∇u · ∇ϕdx =∫

Ω

fϕ dx ∀ϕ ∈ Xm (23)

を満たすものを求める方法である.これは,m 元連立一次方程式を解く事に帰着される.

ガラーキン法における Xm の特別な場合として有限要素空間を用いるのが,有限要素法である.

15

Page 18: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

一方,リッツ法は直接法の数値解法への応用であり,Xm の中で汎関数 (18) を最小化する関数 um,すなわち,I(um) = infu∈Xm I(u),を近似解とする方法である.

φm としてラプラシアンの固有関数系をとってきた場合を考えてみる.対応する固有値を λ1 < λ2 ≤ · · · ≤λm → ∞ とし,φm は L2 内積に関する正規直交系にしておく.このとき,リッツ法の解は

um =m∑

k=1

αk

λkφk, αk =

∫Ω

fφk dx

である.f ∈ L2(Ω)の固有関数展開(フーリエ級数展開)は,

f =∞∑

k=1

αkφk

となり,(17)の真の解は

u =∞∑

k=1

αk

λkφk

と表されるので,um は真の解 u のフーリエ級数展開の第 m部分和になっていることがわかった.この場合は連立一次方程式が対角化されているので簡単に解けてしまったのである.しかしながら,この方法は行列の対角化に対応している固有値問題を先に解かなければならないので,実際の数値計算ではよくわかっている関数系を用いて出てくる連立一次方程式を数値的に解く方が早い.

7 非線形偏微分方程式への応用

非線形問題に対して微小変形や変位を扱う場合,方程式を線形化して解析する方法がある.しかしながら線形化方程式は近似であるのでこのような線形化解析は大きな振幅を扱う場合には適用できない.非線形問題では解の存在が明らかでない場合もあるし,解が一つとは限らないので解を一つ見つけてもそれ以外に解はないのかという問題も考えられる.このような場合に直接法を適用して大振幅解を見つけることが可能になる場合がある.

n = 3,N = 1 とする.簡単のため,非線形ポアッソン方程式の中で特別な非線形項を考えてみる.−∆u + λu + u3 = f(x) in Ωu = 0 on ∂Ω (24)

ここで f ∈ C(Ω) である.このとき,(24) は任意の λ ∈ R に対して解をもつ.

証明. V = H1,20 (Ω),

infu∈V

I(u), I(u) =∫

Ω

12(|∇u|2 + λu2) +

14u4 − fu dx.

問題 6. 上の証明を完成させよ.

16

Page 19: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問題 7. f = 0 とする.(24) は常に u = 0 を解にもつ.λ < −λ1 のとき (24) は u = 0 以外に解をもつことを示せ.ただし,λ1 > 0 はディリクレ境界条件 (20) のもとでの −∆ の第 1固有値である.

次に非線形項 u3 の符号を変えた方程式(燃焼問題や非線形シュレディンガー方程式と関係がある)を考える.

−∆u + λu = u3, u > 0 in Ωu = 0 on ∂Ω (25)

u = 0 は明らかに上の微分方程式を満たすが,ここでは正の解が存在するかどうかについて考える.この方程式の解は

I(u) =∫

Ω

12(|∇u|2 + λu2) − 1

4u4 dx (26)

の臨界点に対応するが,V = H1,20 (Ω) において I は下に有界でない.なぜなら u4 項の符号がマイナスだか

らである.しかしながら,λ > −λ1 のとき (25) は解をもつ.問題 8. これを示せ.さらに,この解が V における (26) の鞍点(極小点でも極大点でもない臨界点)であることを示せ.

ヒント:

infu∈M

I(u), I(u) =12

∫Ω

|∇u|2 + λu2 dx (27)

M = u ∈ H1,20 (Ω) ; J(u) =

14

∫Ω

u4 dx = 1 (28)

8 カーン・ヒリアードモデル

合金の相分離現象を記述するモデルを考える.Ω はなめらかな境界をもつ R3 の有界領域とする.M =

u ∈ H1,2(Ω) ; 1Vol(Ω)

∫Ω

u dx = ρ においてファンデルワールス・カーン・ヒリアード自由エネルギー汎関数

I(u) =∫

Ω

12(ε2|∇u|2 + λu2) +

14u4 dx (29)

の最小問題を考える.u = u(x) は局所密度で,最小化する関数 u が熱力学的に安定な平衡状態を表す.ただし,ε > 0, ρ, λ ∈ R は定数で,Vol(Ω) は領域 Ω ⊂ R3 の体積である.対応するオイラー・ラグランジュ方程式は

−ε2∆u + λu + u3 = µ in Ω∂u∂ν = 0 on ∂Ω

1Vol(Ω)

∫Ω

u dx = ρ(30)

となる.ここで,∂/∂ν は外向き法微分,右辺の µ ∈ R は制約条件からくる未定乗数で化学ポテンシャルとよぶ.λ ≥ 0 のとき,I の M における最小化関数は u ≡ ρ である.また,これが唯一の最小化関数である.定数関数は空間的に一様な(よく混ざった)状態を表している.

17

Page 20: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問題 9. 以上のことを示せ.

以後 λ < 0 の場合を考えるが,簡単のため λ = −1 とし,エネルギーが負にならないように定数を加える(変分問題には何の影響もない).W (u) = (u2−1)2

4 として

Eε(u) =∫

Ω

12ε2|∇u|2 + W (u) dx (31)

を考えればよい.W は W (−1) = W (1) = 0 < W (s) for s ∈ R \ ±1, W ′′(±1) > 0 を満たし,s = 0 の近くで W ′′(s) < 0 となっていて上に凸,その両側は下に凸である.もし W ′′(ρ) < 0 であれば u ≡ ρ はM において極小点でなく不安定である.この場合小さな揺らぎが増大しエネルギーが減少していく(スピノーダル分解).また,|ρ| ≥ 1 のとき唯一の最小化関数は u ≡ ρ であるので,以後 ρ ∈ (−1, 1) の場合を考える.問題 10. 以上のことを示せ.

uε を Eε の M における最小点とすると Eε(uε) = minu∈M Eε(u) > 0 である.なぜなら,Eε(u) = 0 となるのは u ≡ 1 または u ≡ −1 であるがこれらは制約条件を満たさない.

ε が大きいときエネルギー的に有利なのは u(x) =定数である.一方,ε が小さいときは W (u) = 0 となる方がエネルギー的に有利である.

極限 ε → 0 を考察する. de Giorgi は曲面の表面積を近似するために汎関数 (31) を導入した.

適当な比較関数を用いることで 1εEε(uε) = O(1) (ε → 0) であることがわかる.

問題 11. 適当な関数空間上で E0(u) の最小問題を定式化しその解を求めよ.

p 7→ 12ε2|p|2 + W (u) は狭義凸なので解 uε は正則である.しかしながら ε → 0 の極限をとると「特異性」が

出現する.

以下で,uε の零等高面 x ; uε(x) = 0 の近傍が幅 O(ε) の薄い遷移層になり,Eε(uε) ∼ εσ×(相境界の表面積) となることがわかる.このことは表面張力(単位面積当たりのエネルギー)が εσ であることを意味している.ただし,σ > 0 は 1次元の場合の界面エネルギーである.

C1 級の関数のかわりにソボレフ空間を考えたように,ここでも適当なバナッハ空間の上で相境界の表面積を考えたい.そこで登場するのが BV 空間である.

u = u(x) の全変動を

Var(u ; Ω) = sup∫

Ω

u(x) div g(x) dx ; g = (g1, g2, g3) ∈ C10 (Ω ; R3), |g| ≤ 1)

で定義する.問題 12. 以下を確かめよ.(1) u が C1 級ならば Var(u ; Ω) =

∫Ω|∇u| dx である*11.

(2) Var(αu + β ; Ω) = |α|Var(u ; Ω) (α, β ∈ R).

*11 実際は H1,1(Ω) ⊂ BV(Ω)

18

Page 21: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

区間 [a, b]上の関数では Var(u ; a, b) = sup∑m

i=1 |u(xi) − u(xi−1)| ; a = x0 < · · · < xm = b と表される.ただし,右辺の上限は区間 [a, b] のすべての分割に対してとる.

u ∈ L1(Ω) で Var(u ; Ω) < ∞ となる関数を有界変動関数といい,BVノルムを ‖u‖BV = ‖u‖L1 +Var(u ; Ω)

で定義する.有界変動関数の全体 BV(Ω) は BVノルムに関してバナッハ空間になること,および BVノルムの L1 収束に関する下半連続性が知られている.

A ⊂ Ω に対して階段関数 φA(x) =

1 x ∈ A

0 x ∈ Ω \ Aは(関数の範囲で)導関数を考えることができないが,

その全変動を定義できる.φA(x) の全変動 Var(φA ; Ω) は ∂A∩Ω がなめらかな曲面であるとき,その表面積Area(∂A ∩ Ω) に等しい.問題 13. これを確かめよ.

ここで

与えられた体積分率で領域を分割するとき,その相境界の表面積を最小にするものを求めよ (P )0

という最小問題を考えたとき,次のような存在結果が得られる.

α : = infu∈M

J(u), J(u) =σ

2Var(u ; Ω) (32)

M = u ∈ BV(Ω) ; u = 2φA − 1, A ⊂ Ω, Vol(A) =ρ + 1

2Vol(Ω) (33)

とおいたとき,J は M の中で下限に到達する.問題 14. これを証明せよ.

さらに,この最小化関数に対応する相境界は(正則*12で)平均曲率一定曲面であることが知られている.この平均曲率の一定値は体積一定の制約条件からくるラグランジュの未定乗数である.

uε は(部分列をとれば)J の M における最小化関数の一つに L1 収束していること(Modica–Mortola)を示す.

Step 1: uε のコンパクト性

h(t) :=∫ t

0

√2W (s) ds とおくと,コーシーの不等式 a + b ≥ 2

√ab より

Jε(u) :=1εEε(u) ≥

∫Ω

|∇u|√

2W (u) dx =∫

Ω

|∇(h(u))| dx (u ∈ M). (34)

よって,W (u) ≥ |u|3 − C1, |h(t)| ≤ C2(|t|3 + 1) より h(uε) は BV(Ω) で有界.故に,Rellich の定理よりwε := h(uε) → w strongly in L1(Ω) としてよい.|h−1(t)| ≤ C3(|t|+1) より uε = h−1(wε) → h−1(w) =: u

strongly in L1(Ω) が得られる.

Step 2:下半連続性

*12 n ≤ 8

19

Page 22: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

uε → u strongly in L1(Ω) とすると

0 ≤∫

Ω

W (u) dxFatou≤ lim inf

ε→0

∫Ω

W (uε) dx = 0 (35)

である.故に,W (u) = 0,したがって,ほとんどすべての xで u(x) = 1 または u(x) = −1 である.また,u ∈ M.Ω+ = x ∈ Ω ; u(x) = 1 とおくと u = 2φΩ+ − 1.ここで σ := h(1) − h(−1) とおくと

lim infε→0

Jε(uε)(34)

≥ lim infε→0

∫Ω

|∇(h(uε))| dx下半連続≥ Var(h(u) ; Ω) =

σ

2Var(u ; Ω) = J(u) (36)

Step 3: 構成

勝手に v ∈ M をとってきて,相境界 Γ がなめらかと仮定*13し,v を近似する vε ∈ M を構成する.そのために 1次元の場合の遷移層解 Q を利用する.

Q − W ′(Q) = 0 (37)

limξ→±∞

Q(ξ) = ±1 (38)

第一積分を求めれば,Q は Q =√

2W (Q) を満たすことがわかり,∫ ∞−∞

12 Q2 + W (Q) dξ =∫ ∞

−∞

√2W (Q)Q dξ =

∫ 1

−1

√2W (s) ds = h(1) − h(−1) = σ が得られる.よって,σ は 1 次元の場

合の界面エネルギーである.

相境界の管状近傍において座標系 (s, r) ∈ Γ× (−δ, δ) を x = s+ rν で定め,vε(x) = Q( rε ) とおく.正確には

Γ から離れた所で vε(x) = 1 または vε(x) = −1 として滑らかに接続しさらに制約条件を満たすように修正する必要があるが詳細は省略する.

∫ δ

−δ12 Q2( r

ε ) + W (Q( rε )) dr =

∫ δ/ε

−δ/ε12 Q2(ξ) + W (Q(ξ)) dξ → σ (ε → 0) よ

り Jε(vε) =∫Γ

∫ δ

−δ12 Q2( r

ε ) + W (Q( rε )) dr dS → σArea(Γ) (ε → 0).よって

J(v) = σArea(Γ) = limε→0

Jε(vε) ≥ lim infε→0

Jε(uε)(36)

≥ J(u) (39)

u が J の最小化関数であることがわかった.

極限問題 (P )0 は数学的には扱いづらい面もあるが,幾何学的あるいは直感的には理解しやすい.

領域が (0, 1) の場合,(P )0 の最小化関数は u(x) =

1 (0 < x < ρ+12 )

−1 (ρ+12 < x < 1)

か u(x) =

−1 (0 < x < 1−ρ2 )

1 ( 1−ρ2 < x < 1)

のいずれかであり,いずれの場合も J(u) = σ である.問題 15. 2次元の領域で,体積分率が両極端の場合に極限問題 (P )0 を考察せよ.

9 Γ収束

de Giorgi は,汎関数の列に対する Γ収束の概念を導入した.

*13 一般の場合はまず相境界をなめらかな曲面で近似する.

20

Page 23: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

定義 9.1. バナッハ空間 V 上の汎関数 Jm(m = 1, 2, · · · ), J : V → R ∪ ∞ が次の条件を満たすとする.

1.(下半連続性) um → u strongly in V ならば J(u) ≤ lim infm→∞ Jm(um)

2.(構成)任意の u ∈ V に対して,J(u) ≥ lim supm→∞ Jm(um),um → u strongly in V を満たす点列um ⊂ V がとれる.

このとき,Jm は J に Γ収束するといい,JmΓ→ J で表す.

JmΓ→ J であり,もし Jm の最小点 um が u に収束していれば,u は J の最小点であることがいえる.

前節の Jε と J の定義域を,値が無限大として V = L1(Ω) へ拡張しておくと,JεΓ→ J であることがわかる

(前節の Step 2, 3).

非線形偏微分方程式の特異極限問題が幾何学的問題へ帰着されたのであるが,逆にいえば,幾何学の問題を微分方程式で近似できるともいえる.

参考文献[1] クーラン,ヒルベルト,数理物理学の方法[2] キーナー,応用数学 変換論と近似論 上下[3] ゲリファント,フォーミン,変分法[4] 西浦廉政,非線形問題1,岩波書店[5] 田中和永,非線形問題2,岩波書店[6] ブレジス,関数解析 その理論と応用に向けて,産業図書[7] J.W. Cahn and J.E. Hilliard, Free energy of a nonuniform system I. Interfacial free energy, J. Chem. Phys.

28 (1958), 258–267.

[8] D.G. Costa, An invitation to variational methods in differential equations, Birkhauser (2007).

[9] B. Dacorogna, Direct methods in the calculus of variations, Second edition, Springer (2008).

[10] G. Dal Maso, An introduction to Γ-convergence, Birkhauser (1993).

[11] L.C. Evans, Partial Differential Equations, American Mathematical Society (1998).

[12] P.C. Fife, Models for phase separation and their mathematics, Electron. J. Diferential Equations 48 (2000),

1–26.

[13] E. Giusti, Minimal surfaces and functions of bounded variation, Birkhauser (1984).

[14] A.N. Kolmogorov and S.V. Fomin, Introductory real analysis, Dover (1970).

[15] L. Modica and S. Mortola, Il limite nella Γ-convergenza di una famiglia di funzionali ellittici. Boll. Un. Mat.

Ital. 5, 14-A (1977), 526–529.

[16] P.H. Rabinowitz, Minimax methods in critical point theory with applications to differential equations, CBMS

Regional Conference Series Math. 65, Amer. Math. Soc., Providence (1986).

[17] M. Struwe, Variational methods, applications to nonlinear partial differential equations and Hamiltonian

systems, Springer (2008).

21

Page 24: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

1

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理と

その工学問題への応用

-オイラーの座屈理論とレイリーの共鳴理論-

1

大阪大学 大学院工学研究科機械工学専攻 固体力学領域

垂水 竜一

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性論の発展に大きく貢献した科学者・数学者たち

Brief history of elasticity

1678 Robert Hookeceiiinosssttuv

Ut tensio sic vis

(バネのような物体にかかる力は伸びに比例する)*

2

1705 Jacob Bernoulli1742 Daniel Bernoulli1744 L. Euler1822 Cauchy; stress1900 L. Rayleigh

1950- Rivlin, Ericksen, Truesdell, Ball, etc.

*Y. C. Fung “固体の力学”, 培風館

http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Hooke

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

線形代数の復習

弾性体の変形と運動

Lagrange記述とEuler記述

Euler記述した弾性体の力学

Lagrange記述した弾性体の力学

Outline of the talk

3

Lagrange記述した弾性体の力学

弾性体の変分原理

変分原理の工学問題への適用例

Euler buckling

Acoustic resonance

(その他の話題)

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

ベクトルのユークリッドノルムと内積

2階テンソルのFrobeniusノルムと内積

Linear algebra and calculus

4

Permutation tensor

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Permutation tensor を使ったベクトル・テンソルの計算

Linear algebra and calculus

5

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

が実対称行列のとき、 は次式を満たす固有値 、および固有ベクトル

を持つ。

この固有ベクトル は 上の正規直交基底であり、スペクトル分解定理から次式が成り立つ。

Linear algebra and calculus

6

ここで

Page 25: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

2

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

が対称でpositive definite とは、次式が成立することを言う。

が対称でpositive definite のとき、その全ての固有値は正。

Linear algebra and calculusDefinition:

Proposition:

7

の固有値を とし、固有ベクトルとして正規直交基底 を考えると、

Proof:

なので全ての固有値は正。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Gaussの発散定理:

を区分的に連続な境界 を持つ領域(単連結な開集合)とし、 を 上の外向き

単位法線ベクトルとする。また、 を 内で連続微分可能、 上で連続なテ

ンソル値関数とする。このとき、次式をGaussの発散定理と言う。

Linear algebra and calculus

8

ここで、

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の運動と変形

Definition:

単連結な開集合 が区分的に連続な境界 を持つとき、 を弾性体のdomain と呼び、

を物質座標と呼ぶ。また、C1級のベクトル関数 を の運動と呼び、

を空間座標(現座標)と呼ぶ。ここで、 は参照状態(多くの場合、変形前の状

態)、 は現状態と呼ばれる。

9

reference configuration current configuration

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

いま は任意の小領域へ分割でき、 は局所的に次のAffine変形で近似できるとする

(Frechet differentiable)。

ここで、 は次式で定義される変形勾配であり、その行列式はorientation preserving condition を満たすとする。

弾性体の運動と変形

10

このとき はローカルに可逆である。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

次式で定義される2階のテンソル および をそれぞれ、右Cauchy-Greenテンソルおよび

左Cauchy-Greenテンソルと呼ぶ。

Definition:

Cauchy-Greenテンソル および は対称でpositive definiteである。

Proposition:

弾性体の運動と変形

11

次式で定義される2階のテンソル および をそれぞれ、Lagrangeのひずみテンソルおよび

Eulerのひずみテンソルと呼ぶ。

Definition:

以下の条件は同値である。

Lemma:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

対称でpositive definiteな線形変換 に対して、次式を満たす対称でpositive definiteな線形

変換 がユニークに存在する。

Proposition:

は対称なので、その固有値 と固有ベクトル を用いてスペク

トル分解すると

Proof:

弾性体の運動と変形

12

トル分解すると、

はpositive definiteなので固有値は全て正。そのため がユニークに存在する。

このとき、

は を満たすユニークで対称かつpositive definiteな行列。 も同様。

Page 26: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

3

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

、 とする。このとき、対称でpositive definiteなテンソル および

を次式で定義する。ここで を右ストレッチテンソル、 を左ストレッチテンソルと呼ぶ。

Definition:

ここで および の固有値 に対して および の固有値は 。

弾性体の運動と変形

13

の各点において、次式を満たす変換 がユニークに存在する。ここで は回転行列。

Proposition:

ここで は回転行列であり、 を左極分解、 を右極分解と呼

ぶ。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

変換 を次式で定義する。

Proof:

いま なので、

弾性体の運動と変形

14

したがって、 が存在する。一方、次の二つの分解が存在すると仮定すると、

の定義から、

先の命題から の根はユニークなので 。よって となり、この回転行列は

ユニーク。右極分解も同様。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

および は次式で与えられる。

弾性体の運動と変形

15

ここで は次のprincipal invariants

導出にはn=3の2階テンソルに対するCayley-Hamilton定理を使う。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の運動と変形

16

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

物質座標 を独立変数とし、物質点 の物理量の変化を考える記述法をLagrange 記述

と呼ぶ。一方、独立変数を とし、空間点 における物理量の変化を記述する方法を

Euler 記述と呼ぶ。弾性理論(固体力学)ではLagrange記述が多用され、流体力学では主にEuler記述が用いられる。

Lagrange記述とEuler記述

17

reference configuration current configuration

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Example:Lagrange記述された速度ベクトル は、物質点 の時刻 における速度を表し、

Euler 記述された速度ベクトル は、空間点 の時刻 における速度を表す。ここで、

のとき 。

Lagrange記述とEuler記述

18

Page 27: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

4

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Definition:

Lagrange記述とEuler記述

Example:Lagrange記述された速度ベクトル は、物質点 の時刻 における速度を表し、

Euler 記述された速度ベクトル は、空間点 の時刻 における速度を表す。ここで、

のとき 。

19

C1級の関数に対して、 を固定した に関する全微分をLagrange微分、 を固定した に関

する偏微分をEuler微分と呼び、それぞれ次式で定義する。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler表示された関数のLagrange微分は、次式に従いEuler 微分へ置き換えることができる。

Proposition:

Proof:

Lagrange記述とEuler記述

20

Euler表示されたスカラー関数 をLagrange微分する。

これはベクトル関数 についても成立。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

参照状態の質量密度を 、現状態の質量密度を とする。また、領域

および領域 の質量をそれぞれ次式で定義する。

ここで ならば となることを質量保存則と言う。

Lagrange記述とEuler記述

21

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

任意の に対してスカラー関数 が次式を満たすとき、質量保存則が成り立つ

と言う。

Definition:

Lagrange記述とEuler記述

22

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

任意の に対してスカラー関数 が次式を満たすとき、質量保存則が成り立つ

と言う。

Definition:

Theorem:

Lagrange記述とEuler記述

23

質量密度 がC1級のとき、以下の条件は同値である。

① 質量保存の法則が成り立つ。

② ここで

③ 次の連続の方程式が成立する。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

条件①について変数変換を用いれば、任意の に対して次式が成り立つ。

Proof:

の任意性より被積分項は一致するため となり条件②を得る。一方、質量保存

則より なので、これを変形すると、

Lagrange記述とEuler記述

24

則より なので、これを変形すると、

いま はregularなので 。したがって上式中の[ ・ ] 内は恒等的にゼロ。これは

連続方程式に等しい( を用いた)。

Page 28: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

5

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

任意の に対して次式が成り立つとき、運動量の釣り合いが満たされるという。これは、

ニュートンの第二法則に対応する。

Definition:

弾性体 の単位体積あたりに働く物体力を 、 を外向き面法線とする単位

面積あたりに働く面力ベクトルを と表す。

Definition:

Euler記述した弾性体の力学

25

運動量の釣り合いが満たされ、面力 が全ての変数について連続ならば、次の2階

のテンソル がユニークに存在する。 をCauchyの応力テンソルという。

Axiom (Cauchy):

* 面力t はlocalな量で、それは面法線にのみ依存する(例えば曲率には依存しない)。また、原子間相互作

用は短距離で、そのスケールでの変形もAffineと考える。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

質量保存則と運動量の釣り合いがともに満たされているとする。このとき次式が成立する。これを

Cauchyの運動方程式と呼ぶ。なお、 のときには応力の平衡方程式と呼ばれる。

Theorem:

運動量の釣り合い式を変形すると、

Proof:

Euler記述した弾性体の力学

26

これをもとの釣り合い式に戻してlocal formを取るとCauchyの運動方程式が得られる。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

任意の に対して次式が成り立つとき、角運動量の釣り合いが満たされるという。ここ

で は座標原点からの位置ベクトル、×はベクトル積を表す。

Definition:

Theorem:

Euler記述した弾性体の力学

27

質量保存則と運動量の釣り合いがともに満たされているとする。このとき、次の条件が満たされ

るときかつそのときに限って、角運動量の釣り合いが成立する。

省略(内積とベクトル積に関する性質 を使う)。

Proof:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler記述した弾性体の力学

:切断面 上で が に及ぼす力

: の 上での合力

28

current configuration

Cauchyの応力原理:

: によるP点まわりのモーメント

のとき、平均合力 は一定のベクトル値へ収束し、P点まわりのモーメン

ト は消える。すなわち、

ここで はCauchyの応力ベクトル。微小四面体に対する力の釣り合いから 。

そのため、 はi 面に加わる力のj 方向成分と理解する。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler記述した弾性体の力学

29

reference configuration current configuration

Lagrange 記述 Euler 記述

• 右の支配方程式は未知変数 を用いて記述されているため使いにくい。

• Domainが変形とともに変化するため、積分計算が極めて困難。

• Lagrange記述された右と等価な方程式を導きたい。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Calculus変数変換

領域 の変形 が微分可能でbijective (一対一写像) のとき、任意の

について次の変数変換が成立する。

また、 のとき、

30

簡単には次のように書くことができる。

この変換にはPiolaの恒等式 を用いる。

Page 29: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

6

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Lagrange記述した弾性体の力学

Cauchyの応力ベクトルを変形後のEuler 記述から、変形前のLagrange記述へと変換する。先

の面積積分の変換則より、

Piola 変換

ここで をPiola Kirchhoff の第一応力ベクトルと

31

ここで、 をPiola-Kirchhoff の第 応力ベクトルと

言う。また、先の面法線ベクトルの関係式を用いてこれを変形すると、

ここで、 をPiola-Kirchhoff の第一応力テンソルと言う。また、次式で定義される

をPiola-Kirchhoff の第二応力テンソルと言う。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Lagrange記述した弾性体の力学

ここで、角運動量の釣り合いから は対称テンソルであるが は対称でない。Lagrange 記述

における角運動量の釣り合いは、次の関係式を導く。

これは 、 を用いて次のように導かれる。

32

これに対して、 Piola-Kirchhoff の第二応力テンソル は対称テンソルである。実際、

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Lagrange記述した弾性体の力学

Proof:変数変換を用いて

ならば で、更に次式が成立する。

Proposition:

33

したがって、 。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

任意の に対して次式が成り立つとき、運動量の釣り合いが満たされるという。これは、

ニュートンの第二法則に対応する。

Definition:

弾性体 の単位体積あたりに働く物体力を 、 を外向き面法線とする単位面

積あたりに働くPiola-Kirchhoffの第一応力ベクトルを と表す。

Definition:

Lagrange記述した弾性体の力学

34

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

質量保存則と運動量の釣り合いが満たされているとき、次の運動方程式が成立する。

Theorem:

発散定理を使って変形後、Euler記述の場合と同様にLocal form を取る。

Proof:

Lagrange記述した弾性体の力学

35

について次式が成り立つとき、Euler記述した釣り合い式とLagrange記述した

釣り合い式は互いに同値である。

Theorem:

変数変換後、local formを取る。

Proof:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Lagrange記述した弾性体の力学

36

reference configuration current configuration

Lagrange 記述 Euler 記述

Page 30: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

7

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

典型的な問題は下図に示すはりの曲げ問題

弾性体の力学的平衡状態は次の境界値問題の解として与えられる。

37

典型的な問題は下図に示すはりの曲げ問題。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性体の力学的平衡状態は次の境界値問題の解として与えられる。

これは12個の未知関数に対する6個の方程式。方程式を閉じるためには、 と の関係が必

38

弾性体に生じる を の関数として表したい。

要。これを構成式(応答関数)と言う。構成式が と にのみ依存する場合、これを応力ひずみ

関係と言い、そのような系を弾性体と定義する(構成式が にのみ依存する場合、この系を均質

な弾性体と呼ぶ。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

Definition:

変形勾配 の関数として、ひずみエネルギー密度関数 を導

入する。ここで、 はGateaux differentiable、すなわち次の方向微分が存在する。

39

Piola-Kirchhoffの第一応力テンソル が、ひずみエネルギー密度関数 を用いて次式で表

されるとき、この弾性体を超弾性体 (hyperelastic) と呼ぶ。

(これ以降、特に断らない限り、弾性体は均質な超弾性体を指す)

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性体の力学的平衡状態は次のエネルギー汎関数の最小条件(停留条件)として与えられる。

ここで、 は 上の境界条件を満たすとする。

Theorem:

40

いま関数 によるエネルギー汎関数の変化を次式で定義する。

ここで、 の主要線形項を汎関数 の第一変分と呼び と表す(ここで、 はGateaux differentiable であることに注意する)。

Proof:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

これを弱形式のEuler-Lagrange方程式と呼ぶ。部分積分すると、

Taylor展開を用いると、停留条件 は次式で表される。

41

したがって変分法の基本公理より

これは平衡方程式と境界条件に一致する。したがって、弾性体の平衡状態はエネルギー汎関数

の停留条件 として与えられる。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の力学的平衡状態は次のエネルギー汎関数の最小条件(停留条件)として与えられる。

弾性体の変分原理

ここで、 は 上の境界条件を満たすとする。

Theorem:

42

なぜ上記のエネルギーは最小化されるのか?

Page 31: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

8

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Lagrange記述した内部エネルギーを 、熱流入を とし、熱流速ベクトルを

とする。任意の について次式が成り立つとき、熱力学の第一法則(エネル

ギーの釣り合い)が満たされるという。

Definition:

弾性体の変分原理

43

Lagrange記述した温度を とし、エントロピーを とする。任意の につ

いて次式が成り立つとき、熱力学の第二法則(Clausius-Duhemの不等式)が満たされるという。

Definition:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

熱流入 とし、次の境界条件を課す。

物体力は保存力、つまりポテンシャルの勾配として次式で定義できる場合を考える。

力学的境界条件

弾性体の変分原理

44

このとき熱力学の第一・第二法則を変形すると次の結果を得る。

熱力学的境界条件

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

したがって、次の関数 はLyapunov関数であり、 はballistic free energy と呼ばれる。

ここで、熱弾性型構成式(系の履歴効果を含まない)を用いると、ひずみエネルギー密度と

Helmholtz free energyは等しい。すなわち

弾性体の変分原理

45

いま の極限で が実現されると考えれば、この際の運動 は

次のエネルギー汎関数のLocal minimizerと考えられる。

Helmholtz free energyは等しい。すなわち

これは におけるエネルギー汎関数に等しい。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性体の力学的平衡状態は次のエネルギー汎関数の最小条件(停留条件)として与えられる。

ここで、 は 上の境界条件を満たすとする。

Theorem:

46

通常、ひずみエネルギー密度関数 は次式を満たすと仮定される。

すなわち、有限のエネルギーで無限に小さな体積への圧縮はできない。この他の条件として、

次のFrame indifference が重要である。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性体の力学的平衡状態は次のエネルギー汎関数の最小条件(停留条件)として与えられる。

ここで、 は 上の境界条件を満たすとする。

Theorem:

47

ひずみエネルギー密度関数 が次式を満たすとき、 はFrame indifferent と呼ばれる。

がFrame indifference condition を満たすとき、

したがって、独立な成分数は の9 成分から の6 成分へ減少する。

Frame indifference:

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

Piola-Kirchhoff 第一応力テンソル が次式を満たすときかつそのときに限って、ひずみエネ

ルギー密度関数 はFrame indifferent である。

Proposition:

次の対称操作 の集合 は群を構成する これを対称群(結晶学的には点群)と言う

Definition:

48

次の対称操作 の集合 は群を構成する。これを対称群(結晶学的には点群)と言う。

のとき、W を等方と言う。別の表現を取れば、

であり、テンソル不変量を用いれば、

Page 32: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

9

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Examples:

弾性体の変分原理

: Mooney-Rivlin material

: Ogden material

: Neo-Hookean material

49

Definition:

テンソル を変数とするテンソル が次式を満たすとき、 を等方と呼ぶ。

: St. Venant – Kirchhoff material

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Representation theorem:

対称テンソル を変数とするテンソル関数 は、次の表現を取るとき、かつ

そのときに限って等方である。

ここで は について等方なスカラー関数である。すなわち、

弾性体の変分原理

50

ここで は について等方なスカラ 関数である。すなわち、

Proposition:

を等方な超弾性体のひずみエネルギー密度とする。このとき、次式で定義されるPiola-Kirchhoffの第二応力テンソルは等方である。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Proof:がFrame indifference condition を満たし、かつ等方なとき、

弾性体の変分原理

51

よって、Representation theoryよりテンソル は等方。

ここで は次式で定義される等方なスカラー関数。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

構成関係式(応力-ひずみ関係式)の線形化

Linearization (constitutive relation):

は について等方かつ線形なので

弾性体の変分原理

52

基準状態 では応力が生じないとすると となるので

ここでLagrangeひずみ を用いると

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

このときひずみエネルギー密度は次式で表される。

これをSt. Venant-Kirchhoff material と呼ぶ。b、c は材料に依存した定数でLame定数と呼ば

れる。

Linearization (strain):

弾性体の変分原理

53

Linearization (strain):いま、次式で定義される変位関数を導入する。

このときLagrangeひずみは

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

これを変位勾配について線形化した次のひずみをCauchyひずみと呼ぶ。

このとき線形化したひずみエネルギー密度と応力テンソルは

弾性体の変分原理

54

これは弾性体に生じる応力が負荷したひずみに正比例することを意味しており、この関係式を

Hookeの法則と言う。ここで は弾性定数テンソルと呼ばれ、次式で表される。

Page 33: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

10

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

いま右下図の変形を考えると、Hookeの法則から

σ11σ11

55

x1

x2

1111

これを整理すると、次のヤング率とポアソン比を得る。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

静水圧 P

いま右下図の変形を考えると、Hookeの法則から

56

x1

x2これを整理すると、次の体積弾性率を得る。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性定数と線形ひずみエネルギー密度を行列形式で書くと次のようになる。

57

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

弾性定数行列の固有値は 。したがって、弾性定数行列は次

の条件が満たされるとき、かつそのときに限ってpositive definite。

弾性定数行列がpositive definiteのとき、ひずみエネルギー密度W は非負、すなわち

58

一方、ひずみエネルギー密度W に対するStrong ellipticity condition は

このとき、Lame定数の取りうる範囲は次式となる。これは、弾性体中の音速(縦波と横波)が正

という条件と同値(Proof: Cauchy-Schwartz 不等式を使う)。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

弾性体の変分原理

Blackman’s Diagram: 弾性定数の比は原子間の結合様式を表す。

59

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler buckling

60

Page 34: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

11

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

下端を回転バネで固定された剛体棒の上端に荷重PとモーメントMを負荷する。このとき回転

バネのひずみエネルギーW、および荷重とモーメントのポテンシャルエネルギーVは、

これより系全体のエネルギー I は

Euler buckling

61

ここで とおいた。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

ポテンシャルエネルギーの停留条件 より、

(i) の場合:

case (i)

case (ii)

Euler buckling

62

(ii) の場合:

(iii) の場合:

自明解

自明解と二つの非自明解

三つの非自明解

case (iii)

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler buckling

63

Pitchfork bifurcation point(超臨界点)

Limit point

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler buckling

64

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

の場合

安定平衡状態(等号は中立平衡状態)

Euler buckling

65

の場合

不安定平衡状態

安定平衡状態

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

1. 奥行き方向の断面は左右対称で、荷重はこの対称

軸と長手方向の軸線を含む平面内に働くとする。こ

のとき、たわみも同一平面内で生じる。

2. はりは一様な曲げモーメントのみを受け、せん断力

による影響は考えない。

3. はりの軸線に垂直な各断面は変形後も平面を保ち、

Hypothesis (Bernoulli‐Euler):

Euler buckling

66

3. はりの軸線に垂直な各断面は変形後も平面を保ち、

かつ軸線に直交する。

このときはりの内部で生じるひずみと応力は次式で与えられる。

Page 35: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

12

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

したがって、曲げ変形によりはりに蓄えられるひずみエネル

ギーは次式で表される。

Euler buckling

67

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

したがって荷重のポテンシャル変化は

たわみ関数を とする。Arc Lengthは

Euler buckling

68

これより系全体のエネルギー変化は

Buckling 条件は 。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

まずは、この問題を微分方程式の立場から考える。

とおくと の第一変分は

Euler buckling

69

これより次のEuler-Lagrange方程式を得る。

これはEulerのbuckling方程式と呼ばれる。この線形常微分方程式の一

般解は次式で表されることが知られている。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

一方、境界条件は次式で表される。

Euler buckling

70

で固定境界条件を課すと、

一方、 で自然な境界条件を課すと、

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

一般解の未知数は4個。これは上記4個の境界条件から決定できる。こ

れを行列形式で書くと、

Euler buckling

71

これが非自明解を持つためには これを解いて、

ここで はbucklingのモードを表す。Dは任意定数。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Euler buckling

72

Page 36: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

13

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

次に、このbuckling問題を変分法のDirect method を使って解く。

まず、 での固定境界条件は、

この境界条件を満たすTest functionとして次の級数を考える。

Euler buckling

73

これを用いるとエネルギー汎関数は、行列形式で次のように表現

できる。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

ここで次の行列を導入する。

このとき、停留条件 は次の特性方程式で表される。

Euler buckling

74

これが非自明解を持つためには、

これを解くことで近似解が得られる。この解析法をRitz法(または

Rayleigh-Ritz法)と言う。基底関数を適切に選べば、少ない項数で

精度の高い近似解を得られることが知られている。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

いま、たわみ関数を次式で近似する。

このとき特性方程式 は、

Euler buckling

75

ここで、 。この特性方程式の最小固有値は

これは解析解と有効数字4桁まで一致する。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Acoustic resonance

76

Chladni figures

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

質点の運動方程式はニュートンの法則より次式で与えられる。

いま初期値を と設定する。このとき、上式

の解は次式で表される。

ここで はnatural frequency (固有振動数)と呼ばれる

Acoustic resonance

77

ここで はnatural frequency (固有振動数)と呼ばれる。

この問題をエネルギー論的に考える。バネのひずみエネルギーをW、

質点の運動エネルギーをTと表すと、

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

したがって、

エネルギー保存則より系の全エネルギーは保存されるため、

Acoustic resonance

78

したがって、振動周期はRayleigh Quotient を用いて次式で書かれる。

この結果は、先の運動方程式の解析解に一致する。

Page 37: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

14

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

次に、自由度を増やした上記の問題について考える。この系の運動エネルギーとポテンシャルエ

ネルギーは

Acoustic resonance

79

とすれば、質点の運動方程式は次のEuler-Lagrange方程式より得られる。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

基準振動解 を仮定すれば、これは固有値問題へ帰着する。このとき最小の固

有値とその固有ベクトルは

Acoustic resonance

80

この問題をRayleighの方法でエネルギー論的に解くことを考える。ここではモードの形(質点

の振幅)を予め与える必要がある。たとえば、

と近似した場合を考える。このとき、

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

したがってRayleigh-Quotient を用いると振動周期は次の結果となる。

Acoustic resonance

81

この結果は、真の解 よりも約6.7%高い。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

次に、Rayleighの手法に従って、断面積A、ヤング率Eの

一次元の棒(連続体)の共振を考える。

Acoustic resonance

82

共鳴モードの形を次式で近似する: 。このとき、

Rayleigh Quotient を用いて得られる周波数は解析解よりも約10.3% 高い。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

次に、二次元の板の振動問題を考える。連続体力学より、

この板の運動エネルギーは

たわみuの曲率とその不変量は

Acoustic resonance

83

一方、ひずみエネルギーがたわみuの曲率にのみ依存すると考えると、Frame Indifferencecondition より

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

この系はホロノミックで散逸が無いため、実現されるたわみ関数uは最小作用の原理に従う。す

なわち、許容される関数uの中で解は を満たす。

これより板の作用汎関数は次式で表される。

いま次の変換を考える

Acoustic resonance

84

いま次の変換を考える。

このとき作用汎関数の第一変分は次式となる。

Page 38: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2011/2/24

15

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

ここでM, Pは 上の法線nの方向余弦を(xn, yn)、接線sの方向余弦を(xs, ys)として

次式で表される。

Acoustic resonance

85

いま自然な境界条件を課してM=0, P=0 とすれば、Euler-Lagarange方程式は

これが板の自由振動に関する方程式であり、加速度の無い場合には次の重調和方程式を得る。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

この問題をRayleighの方法で解くためには、振動のパターンを予め

指定する必要があるが、それを予測するのは容易ではない。そこで、

Ritz法を使って問題を解く。

作用汎関数をt について部分積分すると、

Acoustic resonance

86

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

これは停留条件 を、束縛条件 の下で解く変分問題。

ここで、 はLagrangeの未定定数に対応する。

Acoustic resonance

87

この問題をRitz法で解く。この際、 の展開に正規直交系を選べば、この変分問題は線形固

有値問題となり解きやすい。簡単のため、 は辺の長さが2の正方形形状とする。また、 で

は固定境界条件を課し、基底を次式で設定する。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

Acoustic resonance

88

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

まとめ

変分法は、弾性体の力学問題を解く上で中心的な役割を果たしていると考えられている。その

主な理由としては、

• 熱力学の第一・第二法則を課せば、ひずみエネルギー密度関数はLyapunov関数となるこ

とを示せるため、ひずみエネルギー密度関数の最小値は、熱力学的平衡状態と見なすこ

とができること

• (超)弾性体の構成式にひずみエネルギー密度関数Wを用いれば、ひずみエネルギー密

89

度関数のEuler-Lagrange方程式を、弾性体の平衡方程式に一致させることができること

• 弾性体の平衡方程式(Euler-Lagrange方程式)を解析的に解けなくとも、多くの問題につ

いて、Ritz法等の直接解析法によって近似解を得ることができること

といったことが挙げられる。ここで紹介したBuckling やResonanceの問題以外にも、変分法は相

変態や亀裂の伝播問題等に対しても適用することができ、より一般的には、有限要素法と呼ば

れる数値計算法を理論的に支えている。

Department of Mechanical Engineering, Osaka University

90

Page 39: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

曲面の変分問題— 極小曲面論入門 —

「さきがけ数学塾」2011.3.7 – 3.9

小磯深幸 (九州大学大学院数理学研究院 & JSTさきがけ)

講義の概要 面積の極小値や臨界点を与えるような曲面を極小曲面という.極小曲面は,その問題の自然さから,古典的な課題でありながら現在も活発に研究されており,数学内外への応用も多い.本講義では,3次元ユークリッド空間内の極小曲面について,基本的かつ重要なトピックスを選んで解説する.さて,与えられた枠で張られる極小曲面について調べるという問題は,Plateau 問題と呼ばれている.第 1節では,極小曲面論及びPlateau 問題の研究の歴史を概観する.第 2節では平面曲線の曲率,第 3節では空間の曲面の曲率について説明し,極小曲面を平均曲率が至る所 0である曲面として定義する.第 4節では,平均曲率が至る所 0であることと,面積の臨界点であることが同値であることをみる.第 5節では,極小曲面に,等温座標と呼ばれる有用な表示を与える.これを用いて,第 6節では,Weierstarss-Enneper の表現公式と呼ばれる極小曲面の表現公式を与える.極小曲面は,正則関数と有理型関数の積分を用いて表される.この公式は,極小曲面の性質を調べるのにも例を構成するのにも大変有用である.さらに,複素解析学的な手法を用いて得られる極小曲面の重要な性質のいくつかを紹介する.第 7

節では,極小曲面が面積極小であるための条件を求める.この課題は比較的現代的なものであり,解析学を本質的に用いる必要がある.そのため,本稿ではあまり詳しく述べることはできない.第 8節では,極小曲面の研究についての現状や課題について,ほんの少しだけ述べる.なお,本講義中のいくつかの話題は,高次元空間内の極小超曲面や極小曲面に対して

一般化されるが,簡単のため,主として 3次元ユークリッド空間内の極小曲面について述べる.また,この講義で扱う関数はとくに断らない限り何回でも微分可能であるとする.

目次1 極小曲面論の歴史 — 古典的 Plateau問題を中心に —

1

Page 40: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

1.1 Plateau問題とは何か.古典的 Plateau問題誕生前後の歴史1.2 古典的 Plateau問題の解の存在1.3 古典的 Plateau問題の解の一意性1.4 解の安定性(面積極小か否か)1.5 安定な極小曲面の個数1.6 平均曲率一定曲面に対する Plateau問題

2 平面曲線の曲率3 R3内の曲面の曲率

3.1 第 1 基本形式3.2 第 2 基本形式3.3 第 2 基本形式の図形的意味3.4 曲面の曲率3.5 例 (回転面)

4 極小曲面の定義と変分問題の解としての特徴付け4.1 極小曲面の変分問題の解としての特徴付け4.2 Plateau 問題

5 極小曲面の等温座標表示5.1 等温座標5.2 Gauss 写像5.3 調和関数

6 Weierstarss-Enneper の表現公式6.1 正則座標6.2 Weierstrass-Enneper 表現公式6.3 随伴極小曲面6.4 極小曲面に対する鏡像の原理とその応用6.5 極小曲面のGauss写像とGauss曲率についての補足

7 面積の第 2 変分公式と安定性7.1 面積の第 2 変分公式7.2 極小曲面の安定性7.3 Gauss 写像の像と安定性

8 おわりに参考文献

2

Page 41: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

1 極小曲面論の歴史 — 古典的Plateau問題を中心に —

1.1 Plateau問題とは何か.古典的Plateau問題誕生前後の歴史針金を使って閉じた曲線を作り,石鹸液の中にひたしてからそっと引き上げてみよう.すると,針金の枠に石鹸の膜が張るのが見られる.このような,石鹸膜がモデルとなるような数学的概念を極小曲面と言う.また,シャボン玉 (空気を包む石鹸膜) がモデルとなるような数学的概念は,平均曲率一定曲面と呼ばれている.石鹸膜は非常に薄いのでその重さを無視すれば,表面張力の作用により,それ自身に近い曲面と比べてできるだけ面積が小さい形になる.つまり,面積極小になる.

同じ針金枠を張る 2種類の石鹸膜 (どちらも向き付け可能)

同じ針金枠を張る石鹸膜 (左:向き付け可能,右:メビウスの帯型.向き付け不可能)

さて,空間の中に与えられた閉曲線 Γ に対し,Γ で張られる (Γ を境界にもつ) 曲面全体の成す集合を S とおこう.S は無限次元である.S に含まれる曲面 X に対し,X

の面積を A(X) で表そう.すると,A は S から 0以上の実数の成す集合 R+ への写像である.このような「無限次元空間上で定義された『関数』」を汎関数という.A : S → R

は面積汎関数と呼ばれる.汎関数に対しても,「微分」を定義することができる.面積汎関数 A の微分が X で 0 になるとき,X を極小曲面という.(極小曲面の厳密な定義は第 3節で与える∗.)

∗「面積汎関数 A の微分が曲面 X ∈ S で 0 になる」という性質は,平均曲率と呼ばれる曲面の曲がり具合を表す量が 0 であるということと同値であることがわかる.実は,「平均曲率が至るところ 0 である」という性質を満たす曲面を極小曲面と定義するのである.一方,「平均曲率が至るところ一定である」

3

Page 42: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

このような概念が初めて文献に現れたのは,1762 年にフランスの数学者 J. L. La-

grangeが彼の論文† の中に「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」と書いた時である.Lagrange は,(x, y) 平面の領域上で定義された関数 f(x, y)のグラフ z = f(x, y)の形で表されている曲面が極小曲面であるために関数f が満たすべき条件

∂x

(fx√

1 + f 2x + f 2

y

)+

∂y

(fy√

1 + f 2x + f 2

y

)= 0 (1)

を導き∗,例として平面をあげた†.一方,L.Euler は懸垂曲面√x2 + y2 =

a

2

(ez/a + e−z/a

), (a > 0)

が面積最小曲面の例であることを証明した.1776 年に J.B.M.C.Meusnier は (1)と同値な式(

1 + f 2y

)fxx − 2fxfyfxy +

(1 + f 2

x

)fyy = 0 (2)

を導いた.これは今日,極小曲面の方程式と呼ばれており,極小曲面論において基本的なものである.また彼は,(2)が,曲面 z = f(x, y)の平均曲率‡が 0であることと同値であることを示し,この事実により,その後,平均曲率が至るところ 0 であるような曲面が極小曲面と呼ばれるようになった.さらに,常螺旋面

y

x= tan(az), (a = 0)

が (2)をみたすことを示した.

懸垂曲面(左),常螺旋面(右)

このころ,極小曲面を関数として具体的に表すことや,新しい例をみつけるための研究が盛んになされたようである.あるいは,Lagrangeが与えた「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」という問題を解こうとしたのかも知

という性質を満たす曲面を平均曲率一定曲面という.†Essai d’une nouvelle methode pour determiner les maxima et les minima des formules integrales

indefinies∗f の右下の添字は当該の変数での偏微分を表す.†全平面で定義されたグラフ z = f(x, y)で極小曲面であるものは,平面のみである.‡平均曲率の定義は第 3節で与える.

4

Page 43: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

れない.G.Monge が 1784 年に,次いで A. Legendre が 1787 年に,後に S.F.Lacroix,A.M.Ampere,その他の数学者達が,(1)を積分することにより,極小曲面を複素解析関数を用いて表す公式を得たが,これらは新しい極小曲面を得るのには有効ではなかったし,Lagrangeの問題を解決するのにも有効ではなかった.1816 年に J.D.Gergonne § が次のような具体的な問題を提起し,それは数学者達の極小曲面に対する関心を高めた.

(i) 2つの同じ半径の円柱の交わりで張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(ii) 空間の四辺形で張られる曲面の中で面積最小のものを求めよ.(iii) 与えられた2つの円を通る曲面の中で面積最小のものを求めよ.

19 世紀に極小曲面を求めるための道具として知られていたのは複素解析的な方法だけであり,与える境界としては直線,円,多角形等だけしか扱うことができなかったのである.

1832 年,1835 年に H.F.Scherk が

z = loge

(cos y

cos x

)を含む 5つの新しい極小曲面の例を得た.1855 年頃から極小曲面の研究は非常に盛んになり,O.Bonnet,J.A.Serret,B.Riemann,K.Weierstrass,A.Enneper,H.A.Schwarz

他の数学者により,多くの新しい結果を得た.彼らは,極小曲面の例の構成,表現公式の導出,与えられた直線や円や多角形を境界にもつ極小曲面の構成やその性質の研究など,多くの新しい結果が得られた.

Scherkの極小曲面(左),Enneperの極小曲面(右)

たとえば,Riemann は,前述の問題 (iii)の研究から,現在Riemannの極小曲面と呼ばれている曲面の族を発見した.なお,円の族によって構成される曲面(管状曲面という)で極小曲面であるものは,懸垂面とRiemannの極小曲面だけである.

§“Questions proposees, Ann. Mathem. p. appl. 7 (1816)

5

Page 44: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

Riemannの極小曲面

ところで,Lagrangeの問題「与えられた閉曲線を境界にもつ曲面全体の中で面積最小のものをみつけたい」についてはどうなったのであろう? Riemannは,空間内の特別な等辺四辺形で張られる極小曲面の存在を証明することに成功し (1865年頃),さらに,Schwarz は一般の空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明に成功した (1867

年).これらの証明はいずれも極小曲面を具体的に構成することによって与えられたのである.RiemannとSchwarzによって構成された極小曲面は,(u, v)平面上の関数 x(u, v),

y(u, v), z(u, v) を成分とする点 (x(u, v), y(u, v), z(u, v))の集合として,次のように表される. ⎛⎜⎝ x(u, v)

y(u, v)

z(u, v)

⎞⎟⎠ =

⎛⎜⎜⎜⎜⎜⎜⎝Re

∫ w

w0

12(1 − g(ζ)2)f(ζ) dζ

Re

∫ w

w0

√−12

(1 + g(ζ)2)f(ζ) dζ

Re

∫ w

w0f(ζ)g(ζ) dζ

⎞⎟⎟⎟⎟⎟⎟⎠ (3)

ただしここで,w = (u, v) = u+√−1vであり∗,w0は (u, v)平面上の定点である.f(w)

と g(w)は複素変数w = u +√−1vの関数

f(w) = (1 − 14w4 + w8)−1/2, g(w) = w

で,(3)の右辺の積分は,複素積分である.なお,この曲面を滑らかに拡張して得られる三重周期をもつ曲面は,Schwarz D 曲面と呼ばれている.ダイヤモンドと同じ対称性をもち,ナノスケールやミクロスケールのソフトマターなどの自然現象にしばしば現れる曲面として,物理学,化学,工学その他の分野の研究にもしばしば登場する.

Schwarz D曲面の基本領域 (左図)と,それを拡張した三重周期極小曲面の一部 (右図)

∗2つの実数の組 (u, v)と複素数 u +√−1vを同一視する.

6

Page 45: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

(図の出典  http://www.fukuoka-edu.ac.jp/˜fujimori/min surf/index.html)

(3)は,Enneper(1864年)とWeierstrass(1866年)によって独立に導き出され,Weierstrass-

Enneper の表現公式と呼ばれている (第 6節で詳しく述べる).なお,この公式の最も簡単な応用例は,(3)に f(w) = 2, g(w) = w を代入して得られる曲面

x = u − u3

3+ uv2, y = −v +

v3

3− u2v, z = u2 − v2

で,Enneperの極小曲面と呼ばれる.さて,Lagrange の問題への解答を数学的に与えたのは,19世紀末までの時点では,

上述のRiemann,Schwarz による,空間四辺形で張られる面積最小曲面の存在証明のみであった.一方,19 世紀後半に,ベルギーの物理学者 Plateauは,石鹸膜の実験を行うことにより極小曲面の性質を調べた.このことにちなんで,与えられた枠で張られる極小曲面について調べるという問題は Plateau 問題と呼ばれるようになった.

1.2 古典的Plateau問題の解の存在さて,Plateau 問題についての第一の課題は,与えられた閉曲線で張られる極小曲面が「存在するかどうか」であろう.このことを初めて数学的に証明したのは,J.DouglasとT.Radoで,1930 年のことであった.Lagrangeが問題を提出した 1762年以来,1930 年までずいぶん長くかかったのには,大きく分けて次のような 2 つの理由がある.

(I) 具体的に解を表現することなしに,単に「解が存在する」ということだけを証明するという非常に抽象的な概念が,19世紀までにはなかった.

(II) 数学が 1762年から 1930年までの間に発展し,有用な道具がそろってきた.

Douglas はこの研究により,第 1 回のフィールズ賞∗を受賞した.Douglasの方法は,高次元空間内の曲面に対しても適用できるし,また,複数の閉曲線より成る枠を張る曲面に対しても適用可能である.その後,Courantは,Douglasの方法を改良し,より理解しやすい証明法を考案した.

ここではCourantによる証明の概要を述べよう.まず,基本的なアイデアを述べる.Γを3

次元ユークリッド空間R3内の閉曲線とする.Γを張る円板型曲面†全体Sを考え,その面積の最小値をA0とする.すると,Sに属する曲面の列 Xnn=1,2,···で lim

n→∞A(Xn) = A0

となるものが存在する. limn→∞

XnをXとおけば,Xの面積はA0であり,このXは Γを張る面積最小曲面となっている.故に,Xは Γを張る円板型極小曲面である.この方法は最小化法と呼ばれ,変分問題(無限次元空間上の極値問題)の解の存在証明の方法と

∗40歳以下の極めて優れた数学上の研究業績をあげた者に授与される権威ある賞.†円板からR3 への滑らかな写像によって与えられる曲面.

7

Page 46: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

して基本的なものである.この最小化法で難しい点は,極限 lim

n→∞Xnが存在するかどうかという点である.Douglas-

Courantは,次のようにしてこの困難を克服した.Γ上に異なる 3点Q1, Q2, Q3をとる.2次元ユークリッド空間R2 の点 w = (u, v)

を複素数 u +√−1vと見なすことにより,R2を複素平面Cと同一視する.R2 = C の

単位円C = (u, v) | u2 + v2 = 1上に異なる 3点P1, P2, P3をとる.Cが囲む閉円板をBとする.B = (u, v) | u2 + v2 ≤ 1である.BからR3への 2階連続的微分可能な写像で,C を Γの上に 1対 1に写すもの全体を S とおく.X ∈ S に対し,BからBへの滑らかな全単射 ϕ との合成 X := X ϕをとる(つまり,曲面の形を変えないで,表示の仕方のみ変える)ことにより,

(i) X(Pj) = Qj j = 1, 2, 3

(ii)

∣∣∣∣∂X

∂u

∣∣∣∣ =

∣∣∣∣∂X

∂v

∣∣∣∣, ∂X

∂u· ∂X

∂v= 0

をみたすようにできる∗.故に,Sに属する写像 Xで (i), (ii)をみたすもの全体の成す集合を S とおくと,S もまた,Γを張る円板型曲面全体の集合となっている.さて今,Sに属する曲面X の面積A(X)の成す集合 A(X) | X ∈ Sは非負の最小値A0をもつ.このとき,曲面の一助変数族Xn = (x1

n, x2n, x

3n) ∈ S, (n = 1, 2, 3, · · · ), で,面積が A0

に収束する,すなわち limn→∞

A(Xn) = A0なるものが存在する.条件 (ii)を使うと,

A(Xn) =

∫∫B

∣∣∣∣∂Xn

∂u× ∂Xn

∂v

∣∣∣∣ dudv =

∫∫B

∣∣∣∣∂Xn

∂u

∣∣∣∣ · ∣∣∣∣∂Xn

∂v

∣∣∣∣ dudv

=1

2

∫∫B

(∣∣∣∣∂Xn

∂u

∣∣∣∣2 +

∣∣∣∣∂Xn

∂v

∣∣∣∣2) dudv

=1

2

3∑k=1

∫∫B

((∂xk

n

∂u

)2

+

(∂xk

n

∂v

)2)dudv

=1

2

3∑k=1

D(xkn)

となる.ただし,一般にB上の 2階連続的微分可能な関数 hに対し,

D(h) :=

∫∫B

((∂h

∂u

)2

+

(∂h

∂v

)2)dudv

とおく.D(h)は hのDirichlet積分と呼ばれる.さて,yknを,xk

nと同じ境界値をもちB

で調和,すなわち∂2yk

n

∂u2+

∂2ykn

∂v2= 0

∗条件 (ii)が成り立つとき,(u, v)は曲面 X の等温パラメータであるという.

8

Page 47: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

をみたす関数とし,Yn = (y1n, y

2n, y

3n)とおく.Yn ∈ Sである.同じ境界値をもつ関数の

中で調和関数がDirichlet積分の最小値を与えることが知られているので,

A(Xn) =1

2

3∑k=1

D(xkn) ≥ 1

2

3∑k=1

D(ykn)

が成り立つ.故に,lim

n→∞A(Yn) = A0

である.また,Ynが条件 (i)を満たすことから,Ynの境界値 Yn|Cの極限ψ := limn→∞

Yn|Cが存在することが示され,さらに,Bでの調和関数はBの境界 C 上の値のみで決まることから,ψ : C → R3 を境界値にもち B で調和な写像を Y : B → R3 とおくと,Y = lim

n→∞Yn, A(Y ) = A0であることがわかる.この Y は Γを張る「円板型曲面」の中

で面積最小であり,したがって,Γを張る極小曲面である.

1.3 古典的Plateau問題の解の一意性さて,存在することはわかった.次に基本的な課題の 1 つは,「1 つの枠を与えたとき,その枠で張られる極小曲面は 1 種類だけだろうか? 」という問題である.閉曲線 Γ に対して,それで張られる極小曲面 (解と呼ぶ) の一意性は一般には成立しない (下図)し,解の個数が有限であるかどうかすら自明ではない (下図).実際,この課題は現在でもまだ完全には解決されていない.「完全な解決」が何を意味するかといことすら明らかでないであろう.

2種類の極小曲面を張る閉曲線の例 (上段)と3種類の極小曲面を張る閉曲線の例 (下段)

9

Page 48: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

モンスター曲線:無限個の極小曲面を張る閉曲線

「1 種類だけ 」なのか,もっとたくさんあるのか,ということは,極小曲面の性質について調べる時に大変重要になってくる.「解の一意性」について知られている結果で基本的なものをあげる.

定理 1.3.1. 平面内の単純閉曲線∗,平面閉曲線に十分近い単純閉曲線は,極小曲面をただ 1 つしか張らない.(下図 右)

定理 1.3.2 (T. Rado, 1933). 閉曲線 Γ が平面内の凸閉曲線に 1 対 1 に直交射影 (または,中心射影) されるならば,Γ で張られる極小曲面はただ 1 つしかない.(上図 左)

定理 1.3.3 (J. C. C. Nitsche, 1973). 閉曲線 Γ の全曲率=

∫Γ

k dsが 4π よりも小さいならば,Γ で張られる円板型極小曲面はただ 1 つしかない.

ここで,閉曲線 Γ の全曲率とは,接線の向きの,長さに対する変化率 (曲率と呼ばれる) を Γ 上で積分したものである.たとえば,半径 r の円については,この円上のどの点においても曲率は 1/r であり,全曲率は 2π である.より一般に,平面内の凸閉曲線の全曲率は 2πである.上の 3つの定理は,「比較的単純な閉曲線は,極小曲面を 1つしか張らない」ことを示している.

全曲率が約 6πの閉曲線の例∗自己交差をもたない閉曲線.

10

Page 49: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

1.4 解の安定性(面積極小か否か)さて,面積汎関数 A の微分が 0 となるような曲面が極小曲面であった.ここで,実数値関数の極大極小問題を思い出してみよう.たとえば,R 上で定義された関数 f(x) = x3

について,f ′(0) = 0 であるが,f は x = 0 において極大値も極小値も取らない.つまり,x = 0 は f の変曲点である.同様に,面積汎関数 A の微分が曲面 X において 0 であってもX が面積極小とは限らない.極小曲面 X が面積極小となっているとき,X は安定であると言う†.つまり,境界を動かさずに曲面を少し変形させた時に面積が最小になっているような曲面を,安定な極小曲面と呼ぶのである.たとえば,安定でない極小曲面の形をした石鹸膜が現れたとしても,一瞬の後には安定な極小曲面へと形を変えてしまう.その意味で,物理的に実現される極小曲面は安定なものだけであると言ってよい.したがって,極小曲面のうちで安定なものとそうでない (不安定な) ものとを区別することは自然である.この問題について,知られている結果を述べよう.

同じ枠を張る 2種類の極小曲面 (懸垂曲面).左は安定 (面積極小).右は不安定 (面積極小ではない).

今,極小曲面 X 上の点 P に対し,P における単位法ベクトルを ν(P )とする.ν(P )

は空間 R3 内の長さ 1 のベクトルだから,それを平行移動して始点が R3 の原点と一致するようにすれば,終点は原点中心の単位球面 S2 上の点となる.この点を G(p) とおこう.すると,G は極小曲面 X から S2 への写像を与える.この写像を X の Gauss

写像という.

p

X

ν(p)

G(p)

S2

定理 1.4.1 (J. L. Barbosa-M. do Carmo, 1976). 極小曲面 X の Gauss 写像の像の面積が 2π よりも小さいならば,X は安定である.

†厳密な定義は第 1.4節で与える

11

Page 50: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

単位球面 S2 全体の面積は 4π であることに注意しよう.定理 1.4.1 から,極小曲面の法線方向の変化があまり大きくなければ安定であることがわかる.したがって,極小曲面の十分小さい部分は安定である.一方,任意の数 a ∈ (2π, 4π) に対し,Gauss 写像の像の面積がちょうど a であるよ

うな不安定な極小曲面が存在する.では, Gauss 写像の像の面積がちょうど 2π であるような極小曲面は,安定か不安定かどちらであろうか?  [3] において,このような極小曲面が安定であるか否かが (特別な場合を除き)決定されている.この結果を用いることにより,たとえば,ぎりぎり面積極小でない極小曲面の具体例を無限にたくさん構成することができる.下図の曲面は,それ自身は面積極小でないが,その一部 (どの部分でも,どんなに小さな部分でもよい) を削り取れば面積極小である,という意味でぎりぎり面積極小でない極小曲面である.

x = u cos v +1

4u2 cos(2v) − 1

3u3 cos(3v) − 1

8u4 cos(4v)

y = −u sin v − 1

4u2 sin(2v) − 1

3u3 sin(3v) − 1

8u4 sin(4v)

z = u2 cos(2v) +1

3u3 cos(3v)

0 ≤ u ≤ 1, 0 ≤ v ≤ 2π

ぎりぎり不安定な極小曲面 ([3])

この極小曲面の Gauss 写像は半球面の上への 1対 1写像であるので,定理 1.4.1により,その任意の真部分集合は面積極小である.一方,この曲面全体については,面積汎関数の 2階微分(第 2変分という)は 0であり,第 3変分が 0でないような曲面の変形の方向があるので,面積極小ではない.第 3変分の計算及び具体例の構成には,上述のWeierstrass-Enneper の表現公式 (3)が用いられる.

1.5 安定な極小曲面の個数3次元ユークリッド空間R3内の単純閉曲線Γに対し,Γで張られる円板型極小曲面が一意的であるための十分条件のいくつかを §1.3で紹介した.また,解が 2つ以上ある例,

12

Page 51: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

3つ以上ある例も紹介した.では,解が 2つ以上ある場合に,解の個数が境界 Γ の性質を用いて表せるであろうか? この問いに対する解答を筆者は知らない.次の有限性定理を知っているだけである.

定理 1.5.1 (Koiso, 1983 [2]). R3の凸領域の境界上にある滑らかな単純閉曲線は,安定で自己交差をもたない円板型極小曲面を高々有限個しか張らない.

定理 1.5.1 証明の方針は次のとおりである.Γ を定理の仮定を満たす閉曲線とし,Γ

で張られる安定で自己交差をもたない円板型極小曲面全体を S0 とする.S0 がコンパクトであることと,S0 の各点が孤立点であることが示せる.このことより,S0 が有限集合であることがわかる.

1.6 平均曲率一定曲面に対するPlateau問題与えられた枠で張られる平均曲率一定曲面について調べるという問題も,自然で興味深い.この問題は,平均曲率一定曲面に対するPlateau 問題と呼ばれる.以下では,平均曲率一定曲面 (surface with constant mean curvature)を,CMC曲面と略記する.また,平均曲率が一定でH の曲面をCMC-H 曲面と書く.

CMC曲面に対するPlateau問題の解の存在と一意性については,極小曲面の場合とは異なる状況がある.まず,存在については次のことが知られている.Γを半径Rの閉球に含まれる単純閉曲線とする.このとき,|H| ≤ 1/Rなる任意の実数Hに対し,Γで張られる円板型CMC-H曲面が存在する.解の一意性については,一般には成立しない.実際,|H| < 1/Rならば,Γで張られる円板型CMC-H曲面は少なくとも 2つ存在する.たとえば,Γ0を単位円としよう.すると,|H| < 1なる任意の実数Hに対し,Γ0で

張られる半径 1/|H|の球面帽子∗が 2つ存在する.これらはCMC-|H|である.また,Γ0

で張られる CMC-1曲面は,半径 1の半球面のみである.さらに,|H| > 1なる実数H

に対しては,Γ0で張られる円板型CMC-H 曲面は存在しない.

同一の円で張られる 3つの球面帽子

ところで,円 Γ0で張られる極小曲面は,Γ0が囲む円板だけである.Γ0で張られるCMC曲面は球面帽子だけであろうと予想するのは自然だが,実際はそうではない.3以上の任意の整数 gを種数†にもつ解が存在する.しかしながら,比較的単純な解は球面帽

∗球面の部分集合を球面帽子と呼ぶ.†種数 g の解とは,円板に g 個の把手を付けたものの表面を滑らかに変形させてできる曲面であって,

Γ0 を境界にもつものである.自己交差してもよい.

13

Page 52: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

子に限ることが知られている.中でも次の 2つの結果は基本的である.

定理 1.6.1 (M. Koiso, 1986). Γ0 を R3 内の単位円とし,Γ0 を含む平面を Π とする.X は Γ0 で張られるコンパクトで自己交差をもたない CMC-H 曲面 (H = 0)とする.もしも X が Π における Γ0 の外部と交わらないならば,X は球面帽子である.

定理 1.6.2 (L. Alıas-R. Lopez-B. Palmer, 1999). 円で張られる円板型 CMC-H 曲面(H = 0)であって安定なものは,球面帽子に限る.

Figure 1: Delaunay 曲面 (平均曲率一定回転面).左から,球面,円柱,懸垂曲面,un-

duloid,nodoid.

2 平面曲線の曲率この節では,平面曲線の曲率の定義を与え,「平面曲線はその曲がり具合によって形が決定する」ことをみる.標準的な事柄であるので,この節及び次節を飛ばして,第 4節に進んでいただいてもよい.

ベクトルは通常縦ベクトル[p

q

]を意味するが,面積の節約のために横ベクトル (p, q)

で代用することも多い.内積の記号は 〈 , 〉 を用いる.平面曲線 γ(s) = (x(s), y(s)) が |γ′(s)| ≡ 1 を満たすとき, 弧長表示 されていると

いう.このとき,a ≤ s ≤ b 間の長さは∫ b

a

√x′(s)2 + y′(s)2 ds =

∫ b

a

|γ′(s)| ds =

∫ b

a

ds = b − a

となる.(それが弧長表示といわれる理由.)このとき γ′(s) = (x′(s), y′(s)) は単位ベクトルで,その方向角 θ(s) を用いて γ′(s) = (cos θ(s), sin θ(s)) と表示される.方向角の微分 θ′(s) を曲線 γ(s) の (符号付き) 曲率 κ(s) という.

γ′′(s) =

[− sin θ(s) · θ′(s)cos θ(s) · θ′(s)

]= θ′(s)

[− sin θ(s)

cos θ(s)

]であるから,|κ(s)| = |γ′′(s)| がなりたつ.

14

Page 53: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問 2.0.1. 半径 r の円の曲率を求めよ.

補題 2.0.1. 平面曲線の曲率は平行移動と回転 (行列式が正の直交変換) で不変である.直線に関する対称変換では −1 倍される.

Proof. 平行移動では θ は変わらない.正の回転では θ は定数だけ変化する.直線に関する対称変換では c − θ(s) が新しい方向角となる.

このように,曲率は合同変換で不変な量である.もっと強く,曲率は曲線を特徴づける量であることがわかる.

定理 2.0.3. a ≤ s ≤ b 上定義され,弧長表示された 2 つの曲線 γ1(s), γ2(s) を考える.もし,γ1 が γ2 に正の合同変換 (平行移動と回転の合成) で重なり合えば,γ1 と γ2 の曲率は等しい.逆に,γ1 と γ2 の曲率が等しければ 2 つの曲線はある正の合同変換で重なり合う.

Proof. 前半は上の補題で示した.逆を示す.γ1 と γ2 に平行移動と回転を施しても曲率は変わらないから,γ1(a) = γ2(a) = (0, 0), γ′

1(a) = γ′2(a) = (1, 0) であると仮定してよ

い.そのとき,曲率が等しいことから θ′1(s) ≡ θ′2(s) であり,また θ1(a) = θ2(a) = 0 であるから θ1(s) ≡ θ2(s) となる.よって,任意の s において

γ1(s) =

∫ s

a

[cos θ1(s)

cos θ1(s)

]ds =

∫ s

a

[cos θ2(s)

cos θ2(s)

]ds = γ2(s)

問 2.0.2. 曲率が定数となる曲線は円または直線であることを示せ.

問 2.0.3. 長さ L の閉曲線 γ(s)(γ(L) = γ(0), γ′(L) = γ′(0)

)について,その曲率の積

分∫ L

0

κ(s) ds は 2π の整数倍であることを示せ.この整数を閉曲線の 回転数 という.また,回転数が 0 となる曲線の具体例を与えよ.

次に,弧長表示されていない曲線 γ(t) の曲率についての公式を与えておく.定義域上の各点 tで,γ′(t) = 0 であることを仮定する.(そのような曲線を 正則曲線 という.)γの弧長表示を考えて,曲率の定義を使うことにより,

κ = |γ′|−3〈γ′ × γ′′, e3〉, |κ| = |γ′|−3|γ′ × γ′′|.が示せる.ただしここで,× はR2をR3 = R2 × Rに自然に埋め込んだときの外積であり,e3 := (0, 0, 1)である.

問 2.0.4. 放物線: y = x2 および楕円: x2/a2 + y2/b2 = 1 について曲率の最大と最小を求めよ.

15

Page 54: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問 2.0.5. 螺線: (x, y) = et(cos t, sin t) と (x, y) = t(cos t, sin t) について曲率を求めよ.t → ∞ のときに曲率はどうなるか.

3 R3内の曲面の曲率この節では曲面の曲がり具合を記述する量として第 1, 第 2基本形式を導入し,曲面の曲率を定義する.この節も,前節に続き標準的な事柄であるので飛ばして,第 4節に進んでいただいてもよい.式を短くするために,添え字を多用し,Einstein の規約: xiyi :=

∑i x

iyi を用いる.曲面 M : X = X(u); X = (x1, x2, x3), u = (u1, u2) を考える.偏微分を添え字であらわし,Xi :=

∂X

∂uiとかく.任意の点 p ∈ M における u1 方向の接ベクトル (X1)p と u2

方向の接ベクトル (X2)p は 1 次独立であると仮定する.従って,点 p における接ベクトル空間 TpM の任意の元は aiXi の形でかける.

TpM の基底 Xi の双対基底を dui と書くことにする.ξ ∈ T ∗p M について

ξi := ξ(Xi) とおけば ξ = ξidui である.

3.1 第 1 基本形式2 つの接ベクトル v = viXi, w = wiXi の内積は 〈viXi, w

jXj〉 = 〈Xi, Xj〉 viwj となる.

定義 3.1.1. TpM 上の正値対称 2 次形式 g(v, w) := 〈v, w〉 を曲面の 第 1 基本形式 とよぶ.その表現の係数行列 (の成分) gij := 〈Xi, Xj〉 も第 1 基本形式とよぶ.2 次正方行列 [gij] は正値対称行列である.その逆行列を [gij] とかく (gikgkj = δi

j).

定義 3.1.2. v ∈ TpM に対して写像 v : w → g(v, w) なる v ∈ T ∗p M が定まる. の逆

変換を # とかき,合わせて音楽作用素とよぶ.(viXi) = gijv

iduj, (ξidui)# = gijξiXj

である.別の言い方をすれば (v)j = gijvi, (ξ#)j = gijξi.

問 3.1.1. 円筒 (cos t, sin t, z) (u1 = t, u2 = z) の第 1 基本形式を求めよ.

3.2 第 2 基本形式各点 p ∈ M において,TpM に直交する単位ベクトルを 単位法ベクトル とよぶ.これは 2 つあるが,通常 ν = |X1 ×X2|−1X1 ×X2 をとる.ν, Xi の偏微分も添え字で表す.

すなわち,νi :=∂ν

∂ui, Xij :=

∂Xi

∂uj=

∂2X

∂ui∂uj.

定義 3.2.1. 対称 2 次行列 hij := 〈Xij, ν〉 を 第 2 基本形式 とよぶ.対称 2 次形式h(viXi, w

jXj) := hijviwj も第 2 基本形式とよぶ.

16

Page 55: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

命題 3.2.1. hij = 〈Xij, ν〉 = −〈Xi, νj〉 = −〈Xj, νi〉命題 3.2.2. 曲面 M が一つの平面に含まれることと第 2 基本形式が恒等的に 0 であることとは同値である.

Proof. ⇒) ν は定ベクトルになるから,hij = 〈Xij, ν〉 =∂

∂uj〈Xi, ν〉 − 〈Xi, νj〉 = 0.

⇐) 上の式から 〈Xj, νi〉 = 0. また,|ν|2 ≡ 1 から 〈ν, νi〉 = 0. よって νi ≡ 0, つまり ν

は定ベクトルである.すると, ∂

∂ui〈X, ν〉 = 〈Xi, ν〉 = 0 で 〈X, ν〉 は定数となる.

3.3 第 2 基本形式の図形的意味上では天下り的に第 2 基本形式を定義したので,図形的意味を説明する.p ∈ M を固定し,p での単位法ベクトル νp を含む平面 Π と M との交わりの曲線 γ を考える.Π

に含まれる単位接ベクトル X をとり,Y := ν × X とおく.X, Y, ν は正規直交基底になる.曲線 γ を p + tX + f(t)νp と X(u1(t), u2(t)) の 2 通りに表示する.両者を微分して

比較すれば,

γ(0) = p + f(0)νp = p, よって f(0) = 0,

γ′(0) = X + f ′(0)νp = (ui)′(0)Xi, よって f ′(0) = 0, X = (ui)′(0)Xi

γ′′(0) = f ′′(0)νp = (ui)′′(0)Xi + (ui)′(0)(uj)′(0)Xij,

よって f ′′(0) = (ui)′(0)(uj)′(0)〈Xij, νp〉 = h(X, X).

また,平面曲線 γ の t = 0 における曲率 κ は 1.2 の公式から

κ = |γ′|−3〈γ′ × γ′′, e3〉 = |X|−3〈X × f ′′(0)ν,−Y 〉 = f ′′(0).

従って κ = h(X, X). この κ を曲面の X 方向の曲率 とよぶ.これが第 2 基本形式の図形的意味である.とくに,次のことがわかる.

命題 3.3.1. 第 2 基本形式 h(X, Y ) は曲面の表示のしかた (X) によらずに定まる.(ただし,単位法ベクトル場 ν をとりかえると符号が変る.)

3.4 曲面の曲率v ∈ TpM にたいして ξ(w) := h(v, w)で定義される ξ ∈ T ∗

AM が定まる.v に ξ# ∈ TpM

を対応させる写像W をWeingarten 写像とよぶ.この写像は曲面の表示のしかたに依存しない.成分表示では W (viXi) = gikhkjv

jXi, (W ij = gikhkj) となる.あらかじめ 1

点 p ∈ M において gij(p) = δij(p) となるように曲面を表示しておけば W ij(p) = hij(p)

であるから,Weigarten 写像は対角化可能である.

17

Page 56: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

定義 3.4.1. Weingarten 写像の固有値を 主曲率, それに属する固有空間を 主曲率方向,

2 つの主曲率の平均を平均曲率, 積をGauss 曲率とよぶ.

命題 3.4.1. 曲面X の平均曲率をH,Gauss曲率をKとすると,

H =1

2hijg

ij, K =det[hij]

det[gij]

1 点 p において gij(p) = δij(p), W ij(p) = hij(p) という表示が可能なことから次が

わかる.

命題 3.4.2. 各点 p ∈ M において,主曲率方向は互いに直交する.主曲率は X ∈ TpM

を動かしたときの X 方向の曲率の最大値と最小値に一致する.

問 3.4.1. 曲面を r 倍に相似拡大すれば主曲率は 1/r 倍になることを示せ.

問 3.4.2. 2 つの主曲率が同じ定数 c である曲面は半径 c−1 のある球面に含まれる.

3.5 例 (回転面)

xz平面に弧長表示された曲線 γ(s) = (p(s), q(s)) (p > 0)を z軸を中心に回転させて得られる曲面をX = (p(u1) cos(u2), p(u1) sin(u2), q(u1))とする.X1 = (p′(u1) cos(u2), p′(u1) sin(u2), q′(u1)),

X2 = (−p(u1) sin(u2), p(u1) cos(u2), 0) から g11 = 1, g12 = g21 = 0, g22 = p(u1)2. また,X1 × X2 = (−pq′ cos,−pq′ sin, pp′) で ν = (−q′ cos,−q′ sin, p′). ついで,X11 =

(p′′(u1) cos(u2), p′′(u1) sin(u2), q′′(u1)),

X12 = (−p′(u1) sin(u2), p′(u1) cos(u2), 0), X22 = (−p(u1) cos(u2),−p(u1) sin(u2), 0).

よって,h11 = p′q′′ − p′′q′, h12 = h21 = 0, h22 = pq′. Weingarten 写像の係数行列は対角行列で固有値は p′q′′−p′′q′ と p−1q′. 主曲率方向はそれぞれ u1 方向と u2 方向になる.

4 極小曲面の定義と変分問題の解としての特徴付けまず,曲面の平均曲率と極小曲面の定義を,比較的直感的に述べておこう.詳しい説明は,第 3節で与えた.曲面 Σの点 P での単位法ベクトルを N とする.Πは N を含む平面とし,γ := Π∩Σ

とおく.P での γ の曲率円を C とし,P での単位法ベクトル N に対する γ の曲率をk(Π) とおく.つまり k(Π) = ± (C の半径 )−1.Π を動かした時の k(Π) の最大値と最小値 k1, k2 をΣ の点 P での主曲率という.

18

Page 57: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

k(Π) = ±R−1

H(P ) :=k1(P ) + k2(P )

2を曲面Σの点 P における平均曲率という.H がΣ上定数

のとき,Σを平均曲率一定曲面と呼び,H ≡ 0のときΣを極小曲面と呼ぶ.

例 4.0.1. (i) 平面の平均曲率は至る所 0.(ii) 半径 r > 0 の球面の,内向き単位法ベクトルに対する平均曲率は 1/r,外向き

単位法ベクトルに対する平均曲率は−1/r.(iii) 半径 r > 0 の円柱の表面の,内向き単位法ベクトルに対する平均曲率は 1/(2r),

外向き単位法ベクトルに対する平均曲率は−1/(2r).

例 4.0.2. 平均曲率一定の回転面は,次の 6 つに分類される (図 1.6参照):平面,球面,円柱,catenoid (懸垂面),unduloid,nodoid.

catenoid,unduloid,nodoid の母線は,それぞれ,放物線,楕円,双曲線を直線に沿って転がしたときの焦点の軌跡として得られる.これは,平均曲率一定回転面の母線が満たす 2階の常微分方程式を研究することにより証明される.これらの曲面は,この性質を発見した 19世紀のフランスの数学者 Delaunay にちなんで,Delaunay 曲面と呼ばれる.

unduloidの一部 (右図)とその母線

19

Page 58: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

noduloidの一部 (右図)とその母線

4.1 極小曲面の変分問題の解としての特徴付け2次元可微分多様体ΣからR3へのはめ込み X : Σ → R3 に対し,X の面積 A(X) は次で与えられる.

A(X) =

∫Σ

ただしここで,dΣ :=

√det(gij) du1du2

は X の面積要素である.Xε = X + (ξ + fν)ε + O(ε2) を X の境界を固定する変分とする.すなわち,X∗ :

Σ × (−ε0, ε0) → R3 は C∞ 級写像で,

X0(w) = X(w), ∀w ∈ Σ

Xε(ζ) = X(ζ), ∀ζ ∈ ∂Σ, ∀ε

をみたす.ただしここで,∂Σは Σの境界である.また,ここで,f : Σ → R であり,ξ は変分ベクトル場 δX := (∂Xε/∂ε)ε=0 = ξ + fν の接成分であって,共に ∂Σ 上 0である.

補題 4.1.1. A の第 1 変分は次で与えられる.

δA :=d

dεA(Xε)|ε=0 = −2

∫Σ

Hf dΣ (4)

証明dΣ = |X1 × X2| du1du2 (5)

である.

δ|X1 × X2| = δ((|X1 × X2|2)1/2) = (1/2)|X1 × X2|−1δ((|X1 × X2|)2), (6)

δ((|X1 × X2|)2) = δ(g11g22 − g212) = (δg11)g22 + g11(δg22) − 2g12(δg12), (7)

20

Page 59: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

δgij = δ〈Xi, Xj〉 = 〈δXi, Xj〉 + 〈Xi, δXj〉= 〈ξi + (fν)i, Xj〉 + 〈Xi, ξj + (fν)j〉= 〈ξi + fνi, Xj〉 + 〈Xi, ξj + fνj〉= 〈ξi − fhiαgαβXβ, Xj〉 + 〈Xi, ξj − fhjlg

lmXm〉= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − f(hiαgαβgβj + hjlg

lmgmi)

= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − f(hiαδαj + hjlδ

li)

= 〈ξi, Xj〉 + 〈ξj, Xi〉 − 2fhij. (8)

ξ = ξiXi とおくと,(5), (6), (7), (8) より,

δ(dΣ) = (〈ξi, Xj〉gij−fhijgij)dΣ = (√gξi)i

√g−1−2fHdΣ = (divξ−2fH)dΣ. (9)

故に,

δA =

∫Σ

δ(dΣ) =

∫Σ

(divξ − 2fH)dΣ = −2

∫Σ

fH dΣ +

∫∂Σ

〈ξ, n〉 ds = −2

∫Σ

fH dΣ

である.ただしここで,n は ∂Σ に添う外向き単位法ベクトルであり,ds は ∂Σ の線素である.また,Σ 上の積分を ∂Σ 上の積分に直すときには,Divergence Theorem (多様体上での「部分積分」の公式の一つ) を使った.

補題 4.1.1より,次が示せる.

命題 4.1.1. はめ込まれた曲面X : Σ → R3が極小曲面であることと,X の境界を固定する任意の変分に対して面積の第 1変分が 0であることは同値である.

4.2 Plateau 問題与えられた閉曲線を境界とするコンパクトな極小曲面を求めよ,という問題を Plateau

問題という (cf. 第 1節).

定理 4.2.1. 平面 P 上に有限個の閉曲線の和集合 Γ が与えられているとする.このとき,Γ を境界とするコンパクトな (しかし連結とはかぎらない) 極小曲面はその平面 P

に含まれる.

Proof. 平面 P を z = 0 としてよい.写像 ϕ(t) : R3 → R3; (x, y, z) → (x, y, (1 − t)z)

を考える.ϕ(t) は P , 従って境界を動かさず,ϕ(0) は恒等写像で,0 < t < 1 のときにz 方向に縮める写像である.条件を満たす極小曲面 X の変分 X(t) := ϕ(t) X を考える.Xit = (0, 0,−zi) だから gijt = −2zizj. よって,(det g)t = −2(z1)

2g22 +(z2)2g11−

2z1z2g12 = −2(det g)gijzizj = −2(det g)|grad z|2, (√

det g)t = −|grad z|2√det g. よって d

dt

∫dΣ = −

∫|grad z|2 dΣ ≤ 0. 等号成立は z が定数(従って 0)である場合に

21

Page 60: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

限る.なお,grad u := (du)# である.(注: 曲面のコンパクト性は面積の存在に用いている.)

この定理を改良すればつぎの命題が得られる.

補題 4.2.1. 有限個の閉曲線の和集合 Γ が半空間 K に含まれている.すると,Γ を境界とするコンパクトな極小曲面は K に含まれる.

Proof. K を z ≥ 0 としてよい.写像 ϕ(t) : R3 → R3 を

ϕ(t)(x, y, z) =

⎧⎨⎩(x, y, z), (z ≥ 0 のとき)

(x, y, z + tz8), (z < 0 のとき)

と定めれば定理 4.2.1 と同様に示される.なお,冪指数の 8 は強い意味はない.微分可能性を壊さない大きさならよい.

問 4.2.1. 境界のないコンパクトな極小曲面はR3内には存在しないことを示せ.

補題 4.2.1 の系として次が得られる.

定理 4.2.2. 有限個の閉曲線の和集合 Γ を境界とするコンパクトな極小曲面は,Γ が張る凸集合 (Γ を含む最小の凸集合.Γ の凸方包という.) K に含まれる.

5 極小曲面の等温座標表示極小曲面は,等温座標を用いて簡単に表示することができる.

5.1 等温座標定義 5.1.1. 曲面の表示 X(u) が |X1| = |X2|, 〈X1, X2〉 = 0 を満たしているとき,等温座標表示 であるという.座標としては,等温座標 であるという.これは gij = f · δij となるような関数 f が存在することと同値である.また,定義域における 2 つの接ベクトルの成す角が曲面に写っても変わらない,とも言い換えられる.

平面の標準的な表示は等温座標表示である.等温座標の基本的な例を 1 つあげる.原点を中心とする単位球面 S2 から北極 N = (0, 0, 1) を除いた部分 S2 \ N を S2

∗ と書くことにする.S2

∗ の点 A に対し,A と N を結ぶ直線が xy 平面 R2 と交わる点をP (A) とする.写像 P : S2

∗ → R2 を 立体射影 とよぶ.

命題 5.1.1. 球面の立体射影は等温座標である.立体射影の逆写像 ϕ は球面の等温座標表示である.ただし,外向き単位法ベクトル場にたいしては負の表示になる.

22

Page 61: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

Proof. P ((x, y, z)) = (1 − z)−1(x, y) だから

ϕ(u, v) = (r2 + 1)−1(2u, 2v, r2 − 1), (r2 := u2 + v2).

よって

ϕu = −2u(r2 + 1)−2(2u, 2v, r2 − 1) + (r2 + 1)−1(2, 0, 2u)

= 2(r2 + 1)−2(−u2 + v2 + 1,−2uv, 2u),

ϕv = 2(r2 + 1)−2(−2uv, u2 − v2 + 1, 2v).

これから |ϕu|2 = |ϕv|2 = 4(r2 + 1)−2, 〈ϕu, ϕv〉 = 0. 表示の向きは南極での様子をみればわかる.

問 5.1.1. 立体射影によって球面の小円(または大円)は平面の直線又は円にうつること,逆に平面の直線と円は立体射影の逆写像によって球面の小円にうつることを示せ.

5.2 Gauss 写像定義 5.2.1. 曲面 M の表示 X : Σ → R3 にたいし,その単位法ベクトル場 ν を S2

への写像 ν : Σ → S2 とみたものを Gauss 写像 とよぶ.また,立体射影との合成ρ = P ν : Σ → R2 も Gauss 写像とよぶ.

問 5.2.1. Gauss 写像の像が 1 点になる曲面,及び,1 つの曲線になる曲面を特徴づけよ.(平面,線織面)

ここで必要な Weingarten 写像についての性質をまとめておく.

補題 5.2.1. 一般に Weingarten 写像は以下の性質を持つ.(1) 第 1 基本形式に関して対称: 〈W (X), Y 〉 = 〈X, W (Y )〉. (2) W (Xi) = −νi = gjkhkiXj. (3) (W )2 =

2HW − K id, W ikW

kj = 2HW i

j − Kδij. (4) 〈νi, νj〉 = 2Hhij − Kgij.

Proof. (2) は既に何回か用いた.(1) は (2) から従う.(3) は Hamilton-Cayley の公式.(4) は (2) と (3) からわかる.

これを極小曲面に適用する.極小曲面の場合は 〈νi, νj〉 = −Kgij. これは K = 0 なる点 u0 で Gauss 写像 ν の微分が単射であることを示す.よって,さらに u0 で ν が北極でなければ,P ν の微分が単射であることになる.したがって,u0 のある近傍での逆写像 X = (P ν)−1 は曲面の表示をあたえる.表示 X においては ρ = P ν が恒等写像であって ν = ϕ であるから,

〈Xi, Xj〉 = gij = −K−1〈νi, νj〉 = −K−1〈ϕi, ϕj〉 = −K−14(r2 + 1)−2δij.

すなわち,X は等温座標表示である.

23

Page 62: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

命題 5.2.1. 極小曲面は,Gauss 曲率が 0 でない点の近傍では Gauss 写像の立体射影P ν の逆写像をもちいて表示できる.しかも,この表示は等温座標表示である.

5.3 調和関数上で極小曲面の相当部分は等温座標で表示できることがわかった.逆に,一般の曲面M

の等温座標表示 X が与えられているとする.すなわち,gij = f · δij であるとする.そのとき,

〈X11 + X22, X1〉 =1

2

∂u1|X1|2 − 〈X2, X21〉 =

1

2

∂u1|X1|2 − |X2|2 = 0,

〈X11 + X22, X2〉 = 0,

〈X11 + X22, ν〉 = h11 + h22 = fgijhij = 2Hf.

つまり X11 + X22 = 2Hfν である.とくに,等温座標表示のもとでは,極小曲面であることと X11 + X22 = 0 であることとが同値である.

定義 5.3.1. 等温座標において f11 + f22 = 0 となる (ベクトル値) 関数 f を (ベクトル値) 調和関数 とよぶ.

命題 5.3.1. 曲面 M の等温座標表示 X について,曲面 M が極小曲面であることと X

が調和関数であることは同値である.

注意 5.3.1. 任意の曲面は等温座標で表示できることが知られているが,証明はしない.今後,等温座標が存在することは認めて議論をすすめる.

問 5.3.1. 懸垂曲面,回転面の等温座標表示を与えよ.(直交条件はすでに満たされている.|X1|2 = |X2|2 となるように s = s(s) を定めればよい.)

6 Weierstarss-Enneper の表現公式さて,極小曲面 X = (x, y, z) は臍点 (主曲率 k1, k2が一致する点) を除き(必要ならば座標軸をとりかえることにより),局所的には,微分可能な複素関数 f(w) を用いて次のように表される.

(x, y, z) = Re(∫ w

w0

(1 − w2)f(w) dw,

∫ w

w0

i(1 + w2)f(w) dw,

∫ w

w0

2wf(w) dw)

この表現公式は Enneper(1864年)とWeierstrass(1866年)によって独立に導き出され,Weierstrass-Enneper の表現公式と呼ばれている.複素関数 f(w) を具体的に与えて Weierstrass-Enneper の表現公式を用いることに

より,極小曲面の具体例をいくらでも得ることができる.これはすごいことで,例えば,平均曲率一定曲面ですらこのようにうまくはいかない.

24

Page 63: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

さて,f(w) に具体的な関数をあてはめてみよう.

f(w) = 1 は Enneper の極小曲面を与える.f(w) = k/2w2(k は実数)は懸垂曲面を与える.f(w) = ik/2w2 (k は実数)は常螺旋面を与える.f(w) = 2/(1 − w4) は Scherk の極小曲面を与える.f(w) = (1 − 14w4 + w8)−1/2,は Schwarz(シュワルツ) と Riemann(リーマン) に

よって発見された空間四辺形を張る極小曲面を与える.

【いろいろな極小曲面】

[1] 常らせん面 (helicoid) [2] 懸垂曲面 (catenoid)

x = u cos v, y = u sin v, z = kv√

x2 + y2 =a

2

(ez/a + e−z/a

), (a > 0)

[3] Scherkの極小曲面 [4] Enneperの極小曲面

z = loge

(cos y

cos x

)x = u − u3

3+ uv2, y = −v +

v3

3− u2v, z = u2 − v2

[1] [2] [3] [4]

Figure 2: Costa 曲面 (自己交差をもたない完備極小曲面で 4番目に発見されたもの.found by Costa, 1984)

Weierstrass-Enneper の表現公式は,極小曲面の一般的な性質の研究に用いられる一方で,著しい性質を持つ極小曲面の新しい例の構成に利用されている.とりわけ,極小曲面の具体例の構成に,この公式は欠くことができない.この節では,より一般な公式について解説する.

25

Page 64: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

6.1 正則座標Cauchy-Riemann の方程式から直ちに次のことがわかる.

補題 6.1.1. v が u1, u2 の調和関数ならば,w := v1 −√−1 v2 は z := u1 +

√−1 u2 の正則関数である.逆に,w が z = u1 +

√−1 u2 の正則関数ならば,v := Re

∫w dz は

u1, u2 の調和関数である.

従って,等温座標表示 X(u) において,X が調和であることとベクトル値関数 ξ :=

X1 −√−1 X2 が z := u1 +

√−1 u2 の正則関数であることとは同値である.以下,内積〈∗, ∗〉 は単に複素係数に拡張して 〈ξ, η〉 := ξ1η1 + ξ2η2 + ξ3η3 と定める.Hermite 内積ではなく,|ξ|2 = 〈ξ, ξ〉 となる.逆に,ある一般の表示 X(u) で ξ := X1 −

√−1 X2 が z := u1 +√−1 u2 の正則関

数であるとする.そのとき,

〈ξ, ξ〉 = 〈X1, X1〉 − 2√−1 〈X1, X2〉 − 〈X2, X2〉 = (|X1|2 − |X2|2) − 2

√−1 〈X1, X2〉.

命題 6.1.1. 曲面の表示 X(u) が極小曲面を等温座標で表示したものであることと,〈ξ, ξ〉 = 0 なる正則関数 ξ を用いて X = Re

∫ξ dz と表せることとは同値である.

6.2 Weierstrass-Enneper 表現公式上のことから,極小曲面を求めることは 3 つの正則関数 ξi で (ξ1)2 + (ξ2)2 + (ξ3)2 = 0

なるものを求めることに帰着する.この表現と Gauss 写像のとの関係を調べる.外積も単に複素係数に拡張する.

4X1 × X2 =√−1 (ξ + ξ) × (ξ − ξ) =

√−1 (−ξ × ξ + ξ × ξ) = −2√−1 · ξ × ξ.

また,|X1 × X2| = |X1|2 =1

2|ξ|2. よって,ν = −√−1 |ξ|−2ξ × ξ.

天下り式に F := ξ1 −√−1 ξ2, G := ξ3/F によって正則関数 F, G を定める.F = 0

の点では ξ1 =√−1 ξ2, ξ3 = 0 から ν =

−√−1

2|ξ2|2 · ξ × ξ = (0, 0, 1) であり,法ベクトル

が北極を向いている.そのような点は除外して考える.ξ1 −√−1 ξ2 = F と (ξ1)2 + (ξ2)2 = −(ξ3)2 = −F 2G2 とから ξ1 =

F

2· (1 − G2),

ξ2 =

√−1 F

2· (1 + G2) がえられるので,極小曲面は次の形で書けることになる.

定理 6.2.1 (Weierstrass-Enneper の表現公式). 法ベクトルが北極を向いている点を除いて,単連結な極小曲面は正則関数 F と有理型関数 G を用いて X = Re

∫ξ dz と表

26

Page 65: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

示される.ここで,

ξ =

⎡⎢⎣ξ1

ξ2

ξ3

⎤⎥⎦ =F

2

⎡⎢⎣ 1 − G2

√−1 (1 + G2)

2G

⎤⎥⎦ .

逆に,単連結領域D上の正則関数 F と有理型関数 Gについて,F のm位の零点がちょうどGの 2m位の極であるならば,上のように定義されるX は極小曲面である.

この正則関数 G は以下のように Gauss 写像とみなされる.計算により,

ξ × ξ =|F |22

(1 + |G|2)

⎡⎢⎣√−1 (G + G)

G − G√−1 (|G|2 − 1)

⎤⎥⎦ , ν =1

1 + |G|2

⎡⎢⎣ G + G

−√−1 (G − G)

|G|2 − 1

⎤⎥⎦ .

よって ν を立体射影で射影した先は 1

2

[G + G

−√−1 (G − G)

]になる.R2 を C と同一視す

ればこれは G に他ならない.正則関数 F に意味を与えるためには,第 1 基本形式と第 2 基本形式を求める必要が

ある.まず,X1 =1

2(ξ+ξ), X2 =

√−1

2(ξ−ξ)であって,g11 = g22 = 〈X1, X1〉 =

1

2|ξ|2,

g12 = 0. これは ξ による表示では

g(ξ, ξ) = 0, g(ξ, ξ) = |ξ|2 =|F |22

(1 + |G|2)2

ということになる.第 2 基本形式についてはまず,∗′ で z による微分をあらわして,

h(ξ, ξ) = h(X1 −√−1 X2, X1 +

√−1 X2) = h11 + h22 = 0,

h(ξ, ξ) = h11 − h22 − 2√−1 h12 = 〈ν, X11 − X22 − 2

√−1 X12〉= 2〈ν, X11 −

√−1 X12〉 = 2〈ν, ξ′〉.

ξ =F

2· V とかけば 〈ν, V 〉 = 0 であって,2〈ν, ξ′〉 = 〈ν, F ′ · V + F · V ′〉 = F · 〈ν, V ′〉.

よって,

h(ξ, ξ) =2F

1 + |G|2⟨⎡⎢⎣ G + G

−√−1 (G − G)

|G|2 − 1

⎤⎥⎦ ,

⎡⎢⎣ −GG ′√−1 GG ′

G ′

⎤⎥⎦⟩ = −2FG ′.

命題 6.2.1. Weierstrass 表示において,G は Gauss 写像であり,g(ξ, ξ) = 0, g(ξ, ξ) =|F |22

(1 + |G|2)2, h(ξ, ξ) = 0, h(ξ, ξ) = −2FG ′ がなりたつ.

これは “複素座標” による表示である.もとの実数の座標にもどすと,

27

Page 66: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

命題 6.2.2. Weierstrass-Enneper 表現公式において,[gij

]=

|F |24

(1 + |G|2)2

[1 0

0 1

],

[hij

]=

[−Re(FG ′) (FG ′)

(FG ′) Re(FG ′)

]

がなりたつ.主曲率は ±4|G ′||F |(1 + |G|2)2

,Gaus曲率は −(

4|G ′||F |(1 + |G|2)2

)2

である.

問 6.2.1. 極小曲面を回転させると F, G はどのように変換されるか?

問 6.2.2. F, G で表示された極小曲面 M がある.それに Gauss 写像で座標をいれると,F, G はどのように変換されるか?

6.3 随伴極小曲面極小曲面Xが正則関数 F と有理型関数 Gを用いてWeierstrass-Enneperの表現公式により定義されたとき,eiθF と Gを用いて定義される極小曲面をXθとおこう.命題 6.2.1

により,Xθの第 1基本形式はXの第 1基本形式と一致する.すなわち,Xθはすべて等長である.XθをX の随伴極小曲面という.特に,Xπ/2をX の共役極小曲面という.

例 6.3.1. 懸垂面と常螺旋面は共役である.

懸垂面 (左),その随伴極小曲面の一つ (中),常螺旋面 (右)

6.4 極小曲面に対する鏡像の原理とその応用すでにみたように,極小曲面は等温座標を用いて表示することができ,そのとき曲面の各座標関数は調和関数である.このことと,調和関数に対する鏡像の原理を用いることにより,以下のような,極小曲面に対する鏡像の原理が示せる.

定理 6.4.1 (鏡像の原理). (i) 極小曲面Σが線分 を含むならば,Σは に関して対称である.

(ii) 極小曲面Σが平面Πと直交するならば,ΣはΠに関して対称である.

28

Page 67: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

定理 6.4.2 (鏡像の原理). (i) 極小曲面Σの境界が線分 を含むならば,Σは を超えて極小曲面として拡張できる.

(ii) 極小曲面Σの境界が平面Πと直交するならば,ΣはΠ ∩ Σを超えて極小曲面として拡張できる.

この講義ノートであげたさまざまな極小曲面に中に,鏡像の原理に表現される性質を発見することができる.また,Weierstrass-Enneperの表現公式を用いて単連結な極小曲面を作り,鏡像の原

理を用いてその極小曲面を拡張することができる.第 1.1節であげた Schwarz D 曲面の基本領域と,その三重周期極小曲面への拡張は,その例である.近年,この方法を応用してさまざまな三重周期極小曲面の例が構成されている.

6.5 極小曲面のGauss写像とGauss曲率についての補足次の各定理は,極小曲面論において基本的である.

定理 6.5.1 (H. Fujimoto). R3内の完備な極小曲面のGauss写像の像は,S2の高々4点を除外する.この評価は sharpである.

定理 6.5.2. ΣはR3内の完備で向き付け可能な極小曲面とする.Σの全曲率∫

Σ

K dΣ

が有限ならば,Σはコンパクト Riemann面から有限個の点を除いたものと共形同値である.

定理 6.5.3. ΣはR3内の完備な極小曲面とする.Σの全曲率∫

Σ

K dΣが有限ならば,∫Σ

K dΣ = −4mπ (m = 0, 1, 2, ...) である.

定理 6.5.4. R3内の完備な極小曲面で,全曲率が0のものは平面,−4πのものはEnneper

の極小曲面と懸垂面のみである.

7 面積の第 2 変分公式と安定性以下では,曲面Xの変分をX(ε)で表し,Xεは ∂X(ε)/∂εを意味するものとする.また,特に断らない限り,考える曲面は向き付け可能と仮定する.

29

Page 68: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

7.1 面積の第 2 変分公式面積の第 1 変分は d

dtArea(X(ε)) = −2

∫H · 〈Xε, ν〉 dΣ だった (補題 4.1.1). X(0) が

極小曲面なら ε = 0 において H = 0 だから,d2

dε2

∣∣ε=0

Area(X(ε)) = −2

∫Hε · 〈Xε, ν〉 dΣ

となる.そこで,一般の曲面の変分ベクトル場 V = uν について Hε を求めよう.正則行列 P の微分について,PP−1 = id から P ′P−1 + P (P−1)′ = 0, (P−1)′ = −P−1P ′P−1,

(det P )′ = (det P0)(det(P−10 P ))′ = (det P0) tr(P−1

0 P )′ = (det P ) tr(P−1P ′) がなりたつことに注意しておく.まず 2H = gijhij から 2Hε = −gikgjgkεhij + gijhijε. 第 1 項の gkε :=

∂εgk は簡

単にgkε = 〈Xk, X〉ε = 〈Vk, X〉 + 〈Xk, V〉 = −2〈V, Xk〉 = −2uhk

となる.よって,補題 5.2.1 から,

−gikgjgkthij = 2uW iW

i = 2u tr(2HW − K id) = 2u(4H2 − 2K).

つぎに,gijhijε = gij〈νt, Xij〉 + gij〈ν, Xijε〉 = 〈νε, gijXij〉 + gij〈ν, Vij〉. ここで,

gij〈ν, Vij〉 = gij〈ν, uijν + 2uiνj + uνij〉 = gijuij − ugij〈νi, νj〉, 補題 5.2.1 から 〈νi, νj〉 =

〈−W (Xi),−W (Xj)〉 = 〈W 2(Xi), Xj〉 = 2Hhij − Kgij. よって,gij〈ν, Vij〉 = gijuij −(4H2 − 2K)u. 残りの 〈νt, g

ijXij〉 がもう少し面倒である.νε は接ベクトルだから,gijXij の接成分だけ考えればよい.Γj

ik := giΓjk, 2Γjk :=

gjk + gkj − gjk, gijk :=∂

∂ukgij とおく.Γj

ik を Christoffel 記号 とよぶ.

2gij〈Xij, Xk〉 = 2gijΓikj = gij(gikj + gjki − gijk)

= 2gijgikj − (det g)−1(det g)k = 2gijgikj − 2√

det g −1(√

det g )k,

〈νε, gijXij〉 = gk〈νε, X〉〈gijXij, Xk〉= gkgijgikj −

√det g −1(

√det g )k〈νε, X〉,

gkgijgikj −√

det g −1(√

det g )k = −(gj)j −√

det g −1gk(√

det g )k

= −√

det g −1(gk√

det g )k,

〈νε, X〉 = −〈ν, V〉 = −u,

〈νε, gijXij〉 =

√det g −1(

√det g · gij)iuj.

まとめて,

2Hε = 2(4H2 − 2K)u + gijuij − (4H2 − 2K)u +√

det g −1(√

det g · gij)iuj

=√

det g −1(√

det g · gijuj)i + (4H2 − 2K)u.

特に,式の意味から,対応: u → √det g −1(

√det g gijuj)i は座標に依存しない.

30

Page 69: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

定義 7.1.1. 曲面上の関数 f にたいして,Δf :=√

det g −1(√

det g gijfj)i と書く.作用素 Δ を Laplacian とよぶ.(Δの定義を,ここでの定義の符号を変えたものとする流儀もあるので,注意が必要である.)

命題 7.1.1. 一般の曲面の変分ベクトル場 V = uν について

Hε =1

2Δu + (2H2 − K)u.

最初に戻って次の定理が得られる.

定理 7.1.1 (面積の第 2 変分公式). 極小曲面 X : Σ → R3 の変分 X(ε) に対して,その面積の第 2変分は

d2

dt2∣∣ε=0

Area(X(ε)) = −∫

Σ

(Δu − 2Ku)u dΣ

である.ただし,u = 〈Xε, ν〉|ε=0.

7.2 極小曲面の安定性定義 7.2.1. ここでは境界で 0 になる変分ベクトル場のみを考える.コンパクトな極小曲面 Σ は,任意の変分ベクトル場にたいして面積の第 2 変分が 0 以上になるとき,安定 であるという.安定でないとき,不安定 であるという.コンパクトでない極小曲面の場合は,その任意の有界部分が安定であるとき安定,そ

うでないとき不安定,という.

定理 7.2.1. 極小曲面 Σ 上に Δψ − 2Kψ = 0 なる正の関数 ψ が存在すれば,Σ は安定である.

Proof. 曲面上の任意の関数 u は u = vψ という形でかける.grad(pq) = p grad q +

q grad p から |grad u|2 = v2|grad ψ|2 + 2vψ 〈grad v, grad ψ〉 + ψ2|grad v|2. v は境界上で 0 だから,Stokesの定理を使って,

−∫

Σ

v2ψΔψ dΣ =

∫Σ

⟨grad(v2ψ), grad ψ

⟩dΣ

=

∫Σ

v2|grad ψ|2 + 2vψ 〈grad v, grad ψ〉 sΣ,∫Σ

|grad u|2 + 2Ku2 dΣ =

∫Σ

v2ψ(−Δψ + 2Kψ) + ψ2|grad v|2 dΣ

=

∫Σ

ψ2|grad v|2 dΣ ≥ 0.

等号は v が定数,従って 0 の場合に限る.よって,定理 7.1.1 により第 2 変分は 0 以上で,0 になるのは u ≡ 0 の場合に限る.

31

Page 70: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

問 7.2.1. 平面が安定であることを示せ.ただし,上の定理を直接には用いないこと.

問 7.2.2. 極小曲面上の Δψ − 2Kψ = 0 なる関数 ψ で,内部で正,境界で 0 のものが存在すれば,安定であることを示せ.

7.3 Gauss 写像の像と安定性極小曲面の安定性を判定するためには,次の補題が有用である.X を極小曲面とし,

L[ψ] = Δψ − 2Kψ

とおく.

補題 7.3.1. Xを極小曲面とし,XのGauss写像を ν = (ν1, ν2, ν3)とする.R3 の定ベクトル v に対し,

L[〈ν, v〉] = 0

が成り立つ.特に,v = Ej (E1 := (1, 0, 0), E2 := (0, 1, 0), E3 := (0, 0, 1)) を考えることにより,

L[〈ν, Ej〉] = L[νj] = 0, j = 1, 2, 3 (10)

がわかる.また,X の支持関数 σ := 〈X, ν〉 に対して,L[σ] = 0 (11)

が成り立つ.

証明 極小曲面 X : Σ → R3 の変分 X(ε) = X + εfν + · · · に対し,2Hε = L[f ] であった (命題 7.1.1).平行移動 Xε = X + εv によって平均曲率 H は変化しないから,νv := 〈ν, v〉 は L[νv] = 0 をみたす.また,相似変換 Xε = (1 + ε)X によって平均曲率 H は 1/(1 + ε) 倍になるから,

L[σ] = 2Hε = 2d

∣∣∣∣∣ε=0

(1 + ε)−1H = −2H = 0

定理 7.3.1. 極小曲面 Σ の Gauss 写像を ν = (ν1, ν2, ν3)と表す.νの像がある開半球面に含まれれば,Σ は安定である.

Proof. 曲面を回転させて,Gauss 写像による像が北開半球面 D+ に含まれるようにする.すると ν3 は定理 7.2.1 の条件を満たし,Σ は安定である.

半球面を少しでも広げると次のように不安定になってしまう.

32

Page 71: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

定理 7.3.2. 極小曲面 Σ のGauss 写像による像が,ある閉半球面を真に含むならば,Σ

は不安定である.

定理 7.3.1よりも一般に,次の定理が成立することは第 1.4節で紹介した.証明には,解析的な議論が必要である.

定理 7.3.3 (J. L. Barbosa-M. do Carmo, 1976). 極小曲面 X の Gauss 写像の像の面積が 2π よりも小さいならば,X は安定である.

なお,次の結果が知られている.

定理 7.3.4 (M. do Carmo-C. K. Peng, 1979). R3内の完備で安定な極小曲面は平面のみである.

講義では,懸垂面の安定な部分領域を例として紹介する.

8 おわりにさて,極小曲面は,18 世紀後半以来,現在に至るまで多くの数学者達を魅了し続けてきた.これらの曲面は,単にその直感的イメージのつかみやすさだけから数学の研究対象として興味を持たれているのではない.これらの曲面は,問題の自然さから現れるさまざまな著しい性質を持つ.また,極小曲面は変分問題 (何らかのエネルギーを最小にするものをみつける,という問題) の良い例であり,これらを研究する方法を開発することは,もっと一般の変分問題研究のための新しい理論の発見につながる.さらに,これらの数学概念にはさまざまな重要な数学上の応用や数学以外の学問への応用があり,また一方では,建築に用いられるなど実用上の応用もある.こういったさまざまな理由により,極小曲面は,古典的な問題でありながら,現在もなお多くの数学者達によって活発に研究されている.近年は,コンピューターグラフィックスが,極小曲面の直感的な理解や,それらの持つ性質の予想を立てるのに役立っている.さて,極小曲面の安定性についての議論では,曲面が向き付け可能であることを仮定

した.第 1.1節で紹介したメビウスの帯型極小曲面のように,向き付け不可能な極小曲面は豊富に存在する.向き付け不可能な極小曲面の安定性についての研究は,今後の課題であろう.極小曲面の研究において重要な手法の一つに幾何学的測度論と呼ばれるものがある.

これについては,全く触れることができなかった.この方法は,特に,エネルギー最小化列の収束を示すのに力を発揮する.第 1.2節で述べた,与えられた枠を張る極小曲面の存在証明を振り返ってみよう.考える曲面はすべて円板型と仮定していた.ところが実

33

Page 72: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

際は,R3 内の単純閉曲線で張られる曲面の中で面積最小のものは円板型とは限らない.種数が高い曲面が面積最小となる場合がある.このように,曲面の位相型をあらかじめ固定するべきではない場合がある.そのようなときには,幾何学的測度論が活躍する.最後に,ドイツの建築家 F.オットーによる建築物の例をあげておこう.オットーは,

建物の屋根をいくつかの「石鹸膜の形」を組み合わせた形に作った.例としては,1967

年のモントリオール万国博覧会でのドイツ・パビリオンや 1972 年のミュンヘンオリンピックのスタジアムの屋根がある.[5]は,これらの屋根の写真を掲載しているが,それだけではなく,多くの写真や絵を用いて,主として自然界に見られる (何らかのエネルギーの) 最小値や極小値を与えるものたちの解説を行っており,大変楽しい本である.

参考文献[1] U.Dierkes, S. Hildebrandt, A. Kuster, and O. Wohlrab, Minimal Surfaces I, II,

Springer-Verlag, 1992.

[2] M. Koiso, On the finite solvability of Plateau’s problem for extreme curves, Osaka

Journal of Mathematics 20 (1983), 177–183.

[3] M. Koiso, On the stability of minimal surfaces in R3, Journal of the Mathematical

Society of Japan 36 (1984), 523–541.

[4] 小磯憲史,変分問題,共立出版

[5] S.Hildebrandt, A.Tromba著・小川泰 他 訳. 形の法則 — 自然界の形とパターン. 東京化学同人出版, (1994).

[6] R. Osseman, A Survey of Minimal Surfaces, Dover Publications, 1986.

[7] J. C. C. Nitsche, Vorlesungen uber Minimalflachen, Springer-Verlag, 1975.

[8] J. C. C. Nitsche, Lectures on Minimal Surfaces I, Cambridge Univ. Press, 1989.

34

Page 73: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

1

極小曲面を用いた量子ナノ構造

東北大学・多元物質科学研究所 藤田 伸尚

1.はじめに

自然界に見られる安定な物質構造の多くは、与えられた温度・圧力・化学ポテンシャル等の条

件下で一定不変の熱力学的平衡状態として実現している。統計力学では、系に含まれる構成要素

(原子、分子等)の間に働く相互作用エネルギー、熱力学エントロピー、電磁場等の外場、その他

の外部条件を含む自由エネルギーを出発点とし、これを最小化する状態として熱力学的平衡状態

が表現される。この普遍的原理により、結晶(周期構造)、アモルファス(不規則構造)、さらには準

結晶(準周期構造)を含む多様な物質構造の安定性を説明することができる。1

自然界に形成する最も身近な曲面構造として、シャボン膜の形状を理解する際にも同じ原理

が適用される [1]。最も単純なモデルとして、シャボン膜が単位面積当たり一定の有効自由エネル

ギーγを持つと考え、与えられた境界条件C を満たす(例えば、適当な針金の外枠を境界とする)

曲面 S 上の自由エネルギーの積分値を、

SS

dAdA

(1)

と定義する。但し、γ[単位:エネルギー/面積=力/長さ]は表面張力とも呼ばれ、シャボン膜を構

成する分子種や膜厚、温度等に依って異なる値を持つ。実際のシャボン膜の曲面構造は、を最

小とする曲面 0S として与えられる(膜の両側の空気圧の差がゼロの場合)。また、当該モデルでは

がシャボン膜の面積に比例することから、この問題は与えられた境界条件の下で面積を最小化

する問題(Plateau 問題 [2])に帰着する。Plateau 問題の解として決定される曲面は極小曲面と呼

ばれ、曲面上至るところで平均曲率 H がゼロとなることが示される。

空間的な周期性を有する極小曲面は周期的極小曲面と呼ばれ、代表的な例のいくつかは 19

世紀には既に出版されていた [3; 4]。1970年に H. A. Schönにより Gyroid (G曲面) が新たに発

見され [5]、1980 年代には高分子集合体(ソフトマター)における微細な界面構造として G 曲面が

自発的に形成することが見出されたため、周期的極小曲面は数学のみならず物理・化学を含む物

質科学の分野からも注目を集めるようになった [6]。これらの物質における典型的な周期は10~1

00nm(ナノメートル)程度であり、これを鋳型としてナノ構造材料・デバイスを作成した場合、曲面構

造に由来するユニークな物性が期待される。従って、曲面構造と物性との関係を明らかにすること

は純粋な物理学的問題としてだけでなく、工学的応用の観点からも非常に興味深い課題である。

本稿の目的は、電子が周期的極小曲面上に強く拘束されて伝播する理想的物質を考え、そ

1 自然界に形成する構造には、熱力学的平衡状態とは全く異なる散逸構造と呼ばれるものも

ある。これは、外部との物質・エネルギーのやり取りを伴う非平衡開放系において形成す

るエネルギー的な流れを伴う定常的な構造のことで、渦潮などはその一例である。

Page 74: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

2

の量子論的特性を調べることである。滑らかな曲面上を運動する電子に対しては、Jensen-Koppe

(1971) を手始めとするシュレーディンガー方程式の定式化が知られている [7; 8; 9; 10; 11]。極

小曲面に対しては、Weierstrass-Enneper 表現を適用することでシュレーディンガー方程式はさらに

Gauss球面上の極座標 , を変数とする偏微分方程式として書き表せる [12]。これを適当な境界

条件の下で数値的に解くことで、周期的極小曲面に対する電子構造(バンド構造、及びエネルギ

ー固有関数)が求められる。このようにして求めた電子構造を曲面の幾何学的性質(トポロジーや

曲率)と関連付けながら議論を試みる。また、互いに Bonnet変換により関連付けられる極小曲面の

電子構造が、単一の高次元バンド構造の異なる断面プロファイルとして表せることを示す。

2.周期的極小曲面

一般に、極小曲面に対するWeierstrass-Enneper(WE)表現は次式で与えられる:

.)(Re:

)(2,)1)((,)1)((Re

)(),(),()(

22

we

dFdiFdFe

wzwywxwx

i

wwwi

(2)

但し、 ivuw は曲面上の任意の点に対するガウス写像の複素平面上へのステレオ投影、 は

スケール因子、 は角度パラメタ(Bonnet 角)、 )(F は正則関数である。与えられた )(F

に対して の異なる曲面の族(Bonnet 族)が対応するが、ユークリッド空間上で自己交差

しない曲面は一般に限られた の値に対してのみ許される。Scherk 第 1 曲面・第 2 曲面

(1)、及び P 曲面・D 曲面・G 曲面 (2) は代表的な周期的極小曲面として知られてい

るが、(1)と(2)はそれぞれ Bonnet 族を構成する。また、Bonnet 角の変化に対応する曲

面の変換を Bonnet 変換と呼ぶ。

(1) Scherk 第 1・第 2 曲面:

1

4)(

4

F

(3)

WE 表現から学部レベルの積分問題を解くと、次の表式が得られる(積分定数を

0)0(

となるように決めた場合)。

2

2

1

1ln2,

1

1ln

2,

1

1ln

2)(

w

w

w

w

iiw

iw

iw

(4)

二つの曲面はそれぞれ下記の Bonnet角により与えられる。

Page 75: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

3

第 1 曲面: 0

)2/cos(

)2/cos(ln2,,:

)2cos(21

)2cos(21ln,

1

sin2tan2,

1

cos2tan2)(

24

24

2

1

2

1

Y

XYX

rr

rr

r

r

r

rwx

(5)

第2曲面: 2/

4

21

2

2

2

2

1

)2sin(2tan2,

cos21

cos21ln,

sin21

sin21ln)(

r

r

rr

rr

rr

rrwx

(6)

但し、変数 ),( r は複素変数の極座標表示 )exp( irw を表す。

Fig. 1:Scherk の第 1 曲面は x 軸と y 軸の二方向に二次元的な周期性を持ち

(doubly-periodic)、Scherk の第 2 曲面は z 方向のみに一次元的な周期性を持つ

(singly-periodic)。

(2) P・D・G曲面:

これらの曲面は三次元的な周期性を持つ(triply-periodic)周期的極小曲面の代表格とし

て知られ、高分子集合体の自己組織化により形成する界面構造を良く記述する幾何学

的構造として重要である。

Page 76: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

4

84141

1)(

F

(7)

WE表現の積分は第一種楕円積分

を用いて、

)1()

1

1(),

1

2(),

1

2()(

2

2

22f

w

wf

w

iwf

w

wfw

(8)

三つの曲面はそれぞれ以下の Bonnet角により与えられる。

P 曲面(Schwarz): 0

G 曲面(Schön) : )/(tan 1 sr

D 曲面(Schwarz): 2/

但し、 )()6/exp(2 2kKiisr 、 )( 2kK は第一種完全楕円積分、また、

)3/exp( ik である。

Fig. 2:Schwarz の P 曲面、Schwarz の D 曲面、Schön の G 曲面の立方体単位胞。

3.Bonnet変換と並進対称性

第2節で述べたように、関数 )(F 及びBonnet角 は極小曲面の幾何学的構造を完全に決

定するが、曲面の周期がどのようにしてWE表現によって与えられるのかを本節では考えてみよう。

まず、Scherkの曲面に対する関数 )1/(4)( 4 F は i ,1 の四点で特異点を持ち、これ

らは一位の極となっている。WE 表現の x, y, 及び z 成分に対応する被積分関数

)1)(()( 2

1 FG 、 )1)(()( 2

2 iFG 、及び )(2)(3 FG の実部と虚部を等高線で

Page 77: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

5

表す(下図)と、 )(F に由来する特異点(一位の極)を持つことが分かる。但し、下図で

は横軸と縦軸は の実部と虚部に対応する。

Fig. 3: Scherk の曲面に対する WE 表現の被積分関数の等高線プロファイル。

特異点以外の領域ではこれらの被積分関数は正則であるので、特異点を含まない任意の単連結

領域を取り囲む閉曲線上の積分はゼロとなる。一方、極のいずれかを取り囲む閉曲線上の積分値

は、留数定理を用いて次のように計算できる。

)()(2),()(2),()(2lim

)(,)(,)()(

321

321

GiGiGi

dGdGdGCCC

(9)

iCiC i 4,0,4)(,4,4,0)( 1

(10)

但し、 ),1( iC は特異点 のみを反時計回りに一回周回する任意の Jordan曲線である。

始点と終点が一致する任意の閉じた積分経路が特異点の一つまたは複数を周回するとき、これに

対応する曲面上の経路の始点と終点がその積分値に対応する有限の並進ベクトルで結ばれる。

その場合、始点と終点は対称性の観点から全く等価なため、極小曲面はその並進ベクトルに対す

る並進対称性を持つ。上記の結果 )(),( 1 iCC

は Scherkの曲面に対する3空間における基本

並進ベクトルに他ならない。これらの実部を取ると、第1曲面に対する基本並進ベクトル

Page 78: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

6

0,0,4A

及び 0,4,0 B

が得られる。また、虚部からは第 2曲面に対する基本並進ベクトル

4,0,0C

が得られる。読者は Fig.1の第 1曲面には上述の基本並進ベクトルよりもさらに短い

並進ベクトル 0,2,22/)( BA

に対する並進対称性の存在に気づいたかもしれない。後者に

対しては曲面の表裏が入れ替わるので、曲面の表と裏の区別が存在しない場合に限り許される対

称性である。一般に表裏の区別が存在しない曲面は、本節の方法で同定されるよりも高い対称性

を持ちうる。

次に P・D・G曲面について考える。 )(F の特異点は 0141 84 の八つの解、

3,2,1,0

4/)12(4/)12(

8,...,2,1 2

13,

2

13

n

nini

jj ee

(11)

で与えられる(下図の黒丸)。これらは関数 )(F の 2 位の分岐点(branch point)であることに

注意したい。即ち、関数 )(F は特異点以外の領域では二価関数となっており、各特異点の

周りに二回周回して元の値に戻る。従って、WE 表現に対する積分経路は、2 枚の複素平面

(下図の I 及び II)が適当に取った branch cut(例えば下図の太線)で滑らかに接合した

Riemann 曲面上で考える必要がある。また、8 つの特異点をガウス球面上で表すと、ガウス

球に内接する立方体の頂点に対応することにも注意しておく。

Fig. 4(カラー): P・D・G 曲面の Bonnet 族に対する F()の定義域と特異点ζ1~ζ8。基

本並進ベクトルに対応する六つの閉経路 C1~C8を赤で示す。

P・D・G曲面に対する基本並進ベクトルは、Riemann曲面上最も基本的な六つの閉じた積分経

路 )6,...,2,1( jC jによって与えられる(上図)。これらは各特異点を一度周回する Jordan曲線

)( jC により、

Page 79: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

7

)()(),()(

)()(),()(

)()(),()(

136835

634733

232431

CCCCCC

CCCCCC

CCCCCC

(12)

と表される。これ以外の全ての閉経路による WE 積分は、これらの六つの基本的な閉曲線

に対する WE 積分の合成により与えられる。これらの閉経路による WE 積分、 )( jj C

は、

0

0

0

,,,,, 654321

isrisrrisis

isrisrisris

isrisrisisr

(13)

と与えられる [13]。但し、 )()6/exp(2 2kKiisr 、 )( 2kK は第一種完全楕円積分、また、

)3/exp( ik 、よって 156.2r 、 686.1s である。

(以下、スペースの都合上j

を 3成分の列ベクトルで表す。)

Bonnet 角 に対して上記の3基本並進ベクトルの3への射影 ]Re[ j

ie

を取ると、個々の曲

面に対する並進ベクトルが得られる。P・D・G曲面に対して、

002111

200111

020111

,,,,,)(Re:

00

00

00

,,,,,Re:

000

000

000

,,,,,Re:

22654321

22

654321

654321

sr

rs

sr

irs

ssss

ssss

ssss

i

rrr

rrr

rrr

G

D

P

(14)

即ち、3空間における基本並進ベクトルの組 321 ,, aaa は、それぞれ次式で与えられる。

111

111

111

:,

0

0

0

:,

00

00

00

:22 sr

rs

ss

ss

ss

r

r

r

GDP

(15)

以上により、P・D・G曲面に対するブラヴェ格子、P・D・Gはそれぞれ、単純立方格子(P)・面

Page 80: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

8

心立方格子(F)・体心立方格子(I)であることが分かる。実際に、これらの曲面に対する空間群はそ

れぞれ ・ ・ であることが知られており、上の結果と符合する。(空間群の同定には

並進対称性に加えて、Riemann 曲面上の )(F 関数の点対称性に関する考察を必要とするが、

ここでは省略する。)但し、表裏の区別が無いと仮定した場合には、P・D・G 曲面の空間群

はそれぞれ ・ ・ で与えられ、特にP及びD曲面ではブラヴェ格子が前とは異なる

のでより高い並進対称性を持つようになる。

周期的極小曲面の幾何学的説明はここまでとする。

4.曲面に拘束された電子状態

近年の半導体微細加工技術の進歩によって量子ドット・量子細線・人工超格子などの低次元

ナノ構造体の作製が可能となり、これらの量子閉じ込め効果を利用した新しい量子現象の発見や

それを応用した光・電子デバイスの開発研究が飛躍的に進展した。一方、物質科学では、ソフトマ

ターの系に見られる自己組織化現象を利用することで周期的極小曲面などの全く新しいタイプの

ナノ構造体の作製が進められて来た。これらの物質に対しては、曲面で区切られた細孔ネットワー

クを触媒等の反応場として利用した応用研究が進められているが、我々は曲面構造自体に由来す

る量子閉じ込め効果と量子干渉効果に注目する。現状ではこれらの物質は原子配列等の乱れを

多く含むため、曲面構造に由来する量子現象を観察するのは困難であるが、将来的に理想的な

周期的極小曲面がナノ構造体として実現された場合を念頭に、どのような量子現象が期待される

のかを理論的に明らかにしておくことは重要である。

曲面上に拘束された電子の運動を理論的に取り扱う為の最も簡単なモデルとして、曲面を中

心とする一定の厚さ d の薄膜内部に電子を閉じ込めた場合を考える。これに対するシュレーディン

ガー方程式は、

),,(),,()(1

2

32132133

1νμ,ν

μν

μ

2

uuuEuuuuVu

ggugm

(16)

となる。但し、(16)式ではデカルト座標系(x, y, z)の代わりに曲面に沿った座標系(u 1

,u 2

,u 3)を用い、

座標軸 u 3は曲面の法線方向に取っている。また、g は計量テンソル(但し、gj3 = g3j = 0, j=1,2)

、即ち、無限小距離 dsを ds2 = gdu

du

により与え、g = det(g、g

は計量テンソルの逆行列

を 表 す 。 薄 膜 内 部 に 電 子 を 閉 じ 込 め る ポ テ ン シ ャ ル エ ネ ル ギ ー は

)2/|(|),2/|(|0)( 333 duduuV である。

ここで、薄膜が非常に薄いと仮定し上式において 0d とおくと、曲面の垂直方向の運動

の自由度が完全に凍結し、曲面に沿った運動の自由度のみが残る。後者を記述する二次元のシ

ュレーディンガー方程式は以下の形を持つ。

Page 81: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

9

),(),()(8

1

2

21212

21

22

1kj,k

jk

j

2

uuEuumu

ggugm

(17)

但し、(17)式の計量テンソル gjkは、曲面に沿った方向に関する 2×2 の成分のみを表す。左辺の

第一項は曲面上の電子の伝播を表し、第二項は垂直方向の運動を量子化したことに起因する主

曲率の差の平方に比例する有効引力ポテンシャルエネルギーを表す。曲率に依存する引力ポテ

ンシャルエネルギーの存在は、純粋に量子力学的な効果として興味深い。極小曲面の場合、平均

曲率 02/)( 21 H により、有効ポテンシャルエネルギーは21

22

21

2 2/)(8/ mm

となる。即ち、曲面上の電子は負のガウス曲率が大きい双曲部に強く引きつけられる。

極小曲面に対しては、曲面座標系として WE 表現の複素座標 ivuw が用いられる。この

と き 、 曲 面 上 の 計 量 は )()||1(|)(| 2222222 dvduwwFds で 与 え ら れ 、 ま た 、

])||1(|)(|/[16)( 42222

21 wwF であるから、シュレーディンガー方程式は

),(),()||1(

4

)||1(|)(|

1

2 222

2

2

2

2222

2

vuEvuwvuwwFm

(18)

の形となる。さらに、ガウス球面上の極座標 と を iew )2/cot( により定義すると、方程式はさ

らに単純な形

),(),(1sin

1cot

|)(|

)cos1(2

2

22

2

2

4

wF

(19)

(但し、 22 /8 Em )に帰着する。

5.周期的極小曲面のバンド構造

式(19)において、個々の極小曲面の構造は左辺第一因子の分母 2|)(| wF に込められており、

Bonnet 角 は含まれていない。従って、同一の Bonnet 族に属する複数の極小曲面に対し、シュ

レーディンガー方程式は同じものとなる。この理由は、これらの曲面同士が局所的に等長同型であ

るためであると理解できる。しかし、三次元ユークリッド空間に埋め込まれた曲面として、これらの曲

面は全く異なるトポロジを持つ。曲面のトポロジはその上を伝播する電子波の干渉を強く規定する

ので、電子構造はこれらの曲面で異なったものとなる。トポロジによる電子構造の違いは、シュレー

ディンガー方程式を解く際に用いる境界条件の違いとして取り入れられる。

個々の周期的極小曲面について調べる前に、固体電子論の基礎であるブロッホの定理につ

いて復習しておく。ブロッホの定理は、周期的なポテンシャル中を運動する電子のシュレーディン

ガー方程式に対して一般的に成り立つもので、次のように記述される [14]。

Page 82: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

10

ブロッホの定理(Bloch’s theorem):

ポテンシャルエネルギー )(rVが周期格子の周期性を有すると仮定する。即ち、

)()( rVRrVR

に対して、

このとき、 )(rV中を運動する電子に対するシュレーディンガー方程式

)()()(2

22

rErrVm

の解(固有関数系)として、常に次の条件を満たすもの(ブロッホ関数)を選ぶことが出来る。

)( )()( RreRrk

Rki

k

ブロッホの定理は、シュレーディンガー方程式の全ての固有関数及びエネルギー固有値がベ

クトル kで指定されることを意味する。また、このように指定される固有関数をブロッホ関数と呼ぶ。

kは周期格子に対する逆格子空間(逆空間)のベクトルで、波数ベクトルと呼ばれる。また、エネ

ルギー固有値 E は kの関数 )(kE

として表すことが出来るが、関数 )(kE

のことをバンド構造と呼ぶ。

)(kEは周期格子の逆格子

の周期性を持つ。

周期的極小曲面に対してもブロッホの定理は適用可能である。この場合、曲面の任意の周期

Rの並進に対して、波動関数に位相因子 )exp( Rki

が掛かる。Riemann曲面上では、並進ベクト

ル Rを与える閉曲線に沿って波動関数を解析接続したときに、周回後の波動関数は元の波動関

数に位相因子 )exp( Rki

が掛かったものとなる。Scherkの曲面の場合、四つの極 ,1 i を周

回する軌道に対して波動関数の位相の回転はそれぞれ、

)exp(),exp( 1 iRkiRki

(20)

で与えられる(Fig.5)。但し、第 1曲面に対して k及びR

は xy面内のベクトルを表し、第 2曲面に

対してこれらは z 軸方向のベクトルを表す。一般に、同一の Bonnet 族に属する異なる曲面のトポ

ロジは、Riemann曲面上の閉曲線周りのブロッホ関数の位相の回転を通して取り入れられる。

Page 83: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

11

Fig. 5:Scherkの曲面に対する Bloch の定理の適用。(左)第 1曲面上の Bloch 関数の位相の

空間変化。(中)-平面上の特異点を周回する軌道に対応する位相の回転。(右) 第 2 曲面上の

Bloch関数の位相の空間変化。

理解の見通しを良くするために、Scherkの第 1・第 2曲面に対するバンド構造を統一的な枠

組みで記述することを試みる。議論の便宜上、3空間のベクトル ),,( 321 を6空間のベクトル、

)Im,Im,Im,Re,Re,(Re 321321 (21)

と表すことにすると、Scherkの曲面に対する基本並進ベクトル((10)式)は、

4,0,0,0,0,4)(,4,0,0,0,4,0)( 1

iCC

(22)

の形に書き直される。これらの 4 つのベクトルは第 1、第 2、第 6 成分からなる部分空間(=3)に

含まれるため、この部分空間上のベクトルとして

4,0,4)(,4,4,0)( 1

iCC

(23)

と表すことが出来る。また、4つのベクトルの総和は

0,0,0)()()()( 11 ii CCCC

(24)

であり、整係数一次独立な基本並進ベクトルは三つに限られる。((24)式は、四つの特異点を取り

囲む閉曲線の内部と外部を入れ替えると、特異点を含まない閉曲線とみなせることに対応する。)

(23)式の基本並進ベクトルが生成するブラヴェ格子 は面心立方格子である。

ここで、に対する三次元逆格子空間の波数ベクトル k

を導入し、各特異点の周りの位相の

回転を

Re

Im

i

i

11O

)exp( 1Rki

)exp( iRki

)exp( 1Rki

)exp( iRki

BR

1

B

R

)0,4,0(1

ARi

A

R i

)0,0,4(

Akie

Akie

Bkie

Bkie

)( BAkie

)( BAkie

)( BAkie

)( BAkie

C

RR

11

C

RR ii

)4,0,0(

Ckie

Ckie

Page 84: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

12

))(exp()),(exp( 1 iCkiCki

(25)

と定義する。Scherkの第 1・第 2曲面の位相の回転((20)式)は、(25)式で k

を個々の曲面に対

応する部分空間に限定した場合に対応する。このように拡張した位相の回転((25)式)を、シュレー

ディンガー方程式の境界条件として取り入れることで、Scherkの曲面の Bonnet族に対して仮想

的な三次元のバンド構造 )(~

kEScherk

が求められる。 )(~

kEScherk

はΛの逆格子 *Λ に対応する並進対

称性を持つ。Λが面心立方格子の場合、 *Λ は体心立方格子となる。但し、各格子点に対応する

曲面要素の点群は正方対称なので、バンド構造 )(~

kEScherk

は点群として正方対称性のみを持つ。

(即ち、四回対称軸 kzは kx、ky軸と非等価である。)第 1及び第 2曲面のバンド構造は、それぞれ

)(~

kEScherk

の二次元及び一次元部分空間上の断面:

)0,,(~

),(1 yxScherkyx kkEkkE 、及び、 ),0,0(~

)(2 zScherkz kEkE

で与えられる。逆格子 *Λ のWigner-Seitzセル(Brillouin ゾーン)に含まれる特殊点の内、点

及びM点は、共に(kx, ky)平面と kz軸に含まれる(Fig.6参照)。よって、点またはM点に対応

する位相の回転は二つの曲面で等価となる。このことは、Scherkの第1、第2曲面のバンド構造が、

点及びM点において完全に等しいエネルギー固有値を持つことを意味する。(これを、本稿で

は「二つの曲面のバンド構造が点またはM点において交差する」と表現する。)

)(~

)4/1()4/1,4/1(

)(~

)0()0,0(

21

21

Scherk

Scherk

EEE

EEE (26)

シュレーディンガー方程式((19)式)は、二つの変数を差分化し位相の回転を境界条件として

取り入れることで、行列の対角化問題に帰着する。これを数値的に解くことで、バンド構造を求める

ことが出来る。(但し、Scherkの曲面に対する実際のバンド構造は本稿では示さない。)

[演習:第 1及び第 2曲面に対する M点の波数(1/4,1/4,0)及び(0,0,1/4)を(20)式に代入し、これ

らが-平面上の特異点の周りで等価な位相の回転を与えることを確認せよ。]

Page 85: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

13

Fig. 6:面心立方格子に対する Brillouin ゾーン(即ち、体心立方格子*に対する

Wigner-Seitz セル)。(kx, ky)平面と kz軸はどちらも特殊点 及び M を含む。これらの点に

おけるエネルギー固有値は、Scherk の第 1・第 2 曲面に対して完全に一致する値を持つ。

P・D・G曲面の場合についても基本的にこれまでと同様の議論を行う。式(13)の基本並進ベク

トルを6空間のベクトルとして書き直すと、

)0,,,0,,(),0,,,,0,0(

),0,,,0,(),,0,,0,,0(

),,0,,,0(),,,0,0,0,(

63

52

41

ssrrssr

ssrrssr

ssrrssr

(27)

となるが、これらは整係数一次独立であり6空間におけるブラヴェ格子6を生成する。P・D・G曲

面の並進対称性を表すブラヴェ格子P・D・Gは、6をそれぞれに対応する部分空間上に直交

射影したものとなり、それぞれの生成元は(15)式で与えられる。ブロッホ関数は、六次元逆格子空

間上の波数ベクトル kに対して、(12)式の六つの閉経路、Cj上の位相の回転を

6,...,2,1)exp( jjki

(28)

と指定したシュレーディンガー方程式の解として求められる。また、これに対応して仮想的な六次

元のバンド構造 )(~

kEが決まる。 )(

~kEは6に対する逆格子

6の並進対称性を持つ周期関数であ

る。即ち、

*

6),(~

)(~

GkEGkE

(29)

を満たす。P・D・G 曲面に対するバンド構造は、 )(~

kEの各曲面に対する三次元部分空間(以

下、P・D・Gと表す)上の断面として与えられる。

次に、バンド構造のエネルギー固有値が異なる曲面同士で完全に一致する(バンドが交差す

Page 86: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

14

る)波数を求めることにする。まず、逆格子6の生成元 )6,...2,1( jQ j

ijjiQ 2

(30)

により定義する。これを満たすベクトルiQは次式で与えられる(但し、 ssrr /1,/1 )。

),0,0,0,,(),0,,,0,,(

)0,,0,,0,(),,0,,,0,(

)0,0,,,,0(),,,0,,,0(

63

52

41

srrQssrrQ

srrQssrrQ

srrQssrrQ

(31)

P・D・Gに対する逆格子P・

D・

Gは、

6の各曲面に対する三次元部分空間上の断面とし

て与えられ、それぞれ以下の基底で生成される周期格子となる。

,,:

,,:

,,:

653542641

*

621531432

*

543642651

*

QQQQQQQQQ

QQQQQQQQQ

QQQQQQQQQ

G

D

P

(32)

P・D・Gはそれぞれ単純立方格子・面心立方格子・体心立方格子である(第 3節)ことから、逆格

子P・

D・

Gはそれぞれ単純立方格子・体心立方格子・面心立方格子である。[演習:(31)式を

(32)式に代入してこのことを確認せよ。]

三つの曲面(P・D・G)のうち任意の二つからなる組み合わせを X, Y (X≠Y)とする。これらに

関する部分空間上の波数ベクトルを Xk及び

Ykと表記すると、

*

6, GkGk YX

(33)

の条件の下でこれらの波数ベクトルは Riemann 曲面上の閉曲線に対して同一の位相の回転を

与える。また、(29)式よりこれらの波数に対応するエネルギー固有値は曲面 X 及び Y で完

全に一致する(バンド交差)。 (33)式の逆格子ベクトルGは

YX E,E, YXYX GGGGG

(34)

のように、X 成分とY成分に一意的に分解可能である。よって、

0

YYXX GkGk (35)

YYXX GkGk

, (36)

となる。但し、上式の導出で部分空間XとY (X≠Y) が原点のみで交差することを用いた。以上

Page 87: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

15

から、六次元逆格子6の任意の逆格子ベクトルをX成分とY成分に分解した波数 Xk

Ykにお

いて、X曲面と Y曲面に対するエネルギー固有値は完全に一致することが分かった。特に、逆格

子ベクトルが

**

YXG

(37)

を満たす場合には **

YYXX GG

及び となるので、対応するバンド交差は点(Brillouin ゾー

ンの中心)で起こる。一方、(37)式以外の逆格子ベクトルに対応するバンド交差は Brillouin ゾー

ンの特殊点(special points)で起こる(Fig.7参照)。並進対称性に関して非等価なバンド交差は、

剰余群 ***

6 / YX の元に一対一で対応する。これらは、さらに点対称性に関して等価なものに

分類され、その多重度は Brillouin ゾーンの特殊点の多重度と一致する。

P・D・G曲面に対するバンド交差は Table 1で尽くされる [15]。各曲面に対する Brillouinゾ

ーンの特殊点を表すシンボル(, M等)についてはFig.7を参照して欲しい [16]。バンド構造の数

値計算を行った結果をFig.8に示す。これらの結果から、Table 1の特殊点におけるエネルギー固

有値が完全に一致することが確かめられる。

Fig. 7:単純立方格子(P)、面心立方格子(F)、及び体心立方格子(I)に対する Brillouin

ゾーンとそれに含まれる特殊点の位置(点群に関して等価なものの代表点のみ)。

Page 88: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

16

バンド交差 P曲面

( )

D曲面

( )

G曲面

( )

I

H

R

II M3 ( N

6 ) X

3 ( M

3, X

3 ) ―

III R1 ( P

2 ) ― H

1

Table 1:P・D・G 曲面に対するバンド交差のリスト。任意の二つの曲面のペアに対して、

点対称性に関して等価なバンド交差を各行に示す。但し、Brillouin ゾーンの特殊点のシン

ボルの右肩の数字は多重度を表す。また、曲面の表裏を同一視した場合のブラヴェ格子に

対応する特殊点をカッコ内に表す。

Fig. 8(カラー):P・D・G 曲面のバンド構造を数値的に求めた結果。シュレーディンガー

方程式は曲面の表裏の区別を含まないので、空間群はそれぞれ ・ ・ とし

て表示してある。横軸はそれぞれに対応する Brillouin ゾーンの特殊点及びその間をつなぐ

特殊線上の波数を表し、縦軸は各波数におけるエネルギー固有値 を表す。各バンド曲線

に対応する空間群の規約表現を番号で付記した( [15]参照)。Table 1 に示したバンド交差

に対応するエネルギー固有値を横線で強調した。青・赤・緑はそれぞれ、バンド交差 I・II・

III に対応する。同色の固有値を比較するとそれらが一致していることが確認できる。

Page 89: さきがけ数学塾 変分法入門 - JST...さきがけ数学塾 変分法入門 ~幾何学と解析学の橋渡し。そして応用へ~ 日時: 2011 年3 月7 日(月)13:00

17

6.最後に

本稿では、周期的極小曲面上に強く拘束されて運動する電子に対する量子力学を、

Weierstrass-Enneper 表現に基づいて定式化する方法を説明した。この方法では、Bonnet 変換で

結ばれる異なる曲面のトポロジの違いは、Riemann 曲面上の波動関数の位相の回転を通して取り

入れられる。また、これらの曲面のバンド構造は単一の高次元のバンド構造の異なる断面として与

えられ、両曲面に対して等価な位相の回転を与える逆格子空間の特殊点では二つのバンド構造

が交差しエネルギー固有値が完全に一致する。バンド交差のコンセプトは、周期的極小曲面上を

伝播する波動一般(例えば、音波)に対して拡張可能である。

引用文献

1. D. Weaire and S. Hutzler, The Physics of Foams, (Oxford, 2001).

2. J. A. F. Plateau, Statistique Experimentale et Theorique des Liquides soumis aux

seules Forces Moleculaires (Gauthier-Villars, Paris, 1873).

3. H. Schwarz, Gesammelte Mathematische Abhandlungen (Springer, Berlin, 1890)

Vol.1.

4. H. F. Scherk, J. reine angew. Math. 13, 185 (1834).

5. A. H. Schön, NASA Technical Report D-5541 (1970).

6. S. Andersson et al., Chem. Rev. (Washington, D. C.) 88, 221 (1988).

7. H. Jensen and H. Koppe, Ann. Phys. 63, 586 (1971).

8. R. C. T. da Costa, Phys. Rev. A 23, 1982 (1981).

9. R. C. T. da Costa, Phys. Rev. A 25, 2893 (1982).

10. M. Ikegami and Y. Nagaoka, Prog. Theor. Phys. 106, 235 (1991).

11. M. Ikegami et al., Prog. Theor. Phys. Suppl. 88, 229 (1992).

12. H. Aoki et al., Phys. Rev. B 65, 035102 (2001).

13. C. Oguey and J.-F. Sadoc, J. Phys. I France 3, 839 (1993).

14. N. W. Ashcroft and D. Mermin, Solid State Physics (Brooks Cole, 1976).

15. N. Fujita and O. Terasaki, Phys. Rev. B 72, 085459 (2005).

16. M. Lax, Symmetry Principles in Solid State and Molecular Physics (Wiley, New York,

1974).