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Marketing Conference 2013 プロフェッショナル・サービス・ファームの マーケティング戦略の考察 ~法律事務所を題材に~ 小谷 恵子 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(修士課程) [email protected] 20131110

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Marketing Conference 2013

プロフェッショナル・サービス・ファームの マーケティング戦略の考察

~法律事務所を題材に~

小谷 恵子

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科(修士課程)

[email protected]

2013年11月10日

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研究の背景・問題意識

法律家は、プロフェッショナルな職業の中で最も歴史が長いとされている。プロフェッショナルは、一人でも業務を行えるが、集団(ファーム)になることで高いシナジーを発揮する。プロフェッショナル・サービスが何を指すかは諸説あるものの、法律事務所がプロフェッショナル・サービス・ファーム(以下、「PSFs」)であることは明らかである。 米国では1980年代から法律事務所が積極的にマーケティングに取り組むようになった。日本では2000年頃から、広告解禁、司法制度改革による弁護士数の増加、外資系事

務所の拡大、弁護士法人化等の制度変更によって、法律事務所の外部環境が大きく変化している。マーケティングや広報という言葉が意識的に使われるようになったのは、2005年頃からである。依頼者が弁護士を選ぶ材料となる情報の公開が進んだことで、弁護士と依頼者の関係にも変化がみられる。

これまで日本の法律事務所では、一般企業で行われているようなマーケティングのフレームワークを利用することなく、変化する環境に適応するために、各事務所・各弁護士が独自の手法でマーケティング活動を展開してきた。しかし、それらの活動の情報が整理されていないため、戦略が機能していない、または機能していないことが分かっていないことも少なくない。

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種類 主ターゲット 取扱い分野 規模 (人)

所在地 事務所数 (全13653※)

国内大規模総合事務所 企業、ベンチャー 企業法務のすべての分野 200~ 東京・大都市

5 (うち300人以上が4)

外資系事務所 (特定共同事業)

企業、ベンチャー 企業法務のほとんどの分野 ~150 東京 40

(うち日本人弁を雇用:30)

ブティック事務所 企業、ベンチャー 特定の専門分野(ex. 特許・知財、労務、会社法、訴訟)

~50 東京

約800 (そのほとんどが③にあたる)

国内事務所 企業、ベンチャー、個人

企業法務の多くの分野 ~200 大都市

債務整理系事務所 個人 債務整理や個人事件 2005年頃から急速に拡大

~115 全国展開

公設事務所 個人 個人事件(事故、犯罪、離婚等個人のトラブル)

~5 全国(主に弁護士過疎地)

約12800 (94%) 内

法テラス81 ひまわり公設69 個人事務所 個人

個人事件(事故、犯罪、離婚等個人のトラブル)

~5 全国

筆者による分類

※ 数字は、日本弁護士連合会「弁護士白書2012」より

法律事務所は、下記のように分類するができる。

弁護士と法律事務所の現在

弁護士数※は、現在、32,088人。 うち、東京三会(東京、第一東京、第二東京弁護士会)に所属する弁護士が、15,076人。

(参考) 弁理士 9,145人、税理士数 72,635人、公認会計士 23,119人、司法書士 20,670人、行政書士42,117人、 社会保険労務士36,850人。

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研究の目的

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日本のPSFsの代表的な例として法律事務所が現状行っているマーケティング

活動を整理し体系化することを試みる。

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法律事務所の行っているマーケティング活動の実態から実証研究を行い、

「コトラーのプロフェッショナル・サービス・マーケティング」* のフレームワークを

用いつつ、独自の視点を入れて、法律事務所と所属する弁護士個人の両面

から日本の法律事務所の現状の考察を行う。

研究の方法

* フィリップ・コトラー、トーマス・ヘイズ、ポール・ブルーム (2002) 『コトラーのプロフェッショナル・サービス・マーケティング』

(平林洋訳、株式会社ピアソン・エデュケーション)

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コトラーの理論でいうリーガル・サービスとは何か?

1.製品と違って、サービスには次のような特性がある。

無形性: 購入していないサービスは、形あるものとして見ることはできない。 不可分性: サービスとサービス提供者は切り離せない。 変動性: サービスの内容や質は変動する。 消滅性: サービスを保存しておき、後で販売することはできない。 満足と基準の違い: 満足とその基準は依頼人によって変化する 顧客もサービス提供プロセスに参加: 依頼者は提供プロセスに参加する。

2.リーガル・サービスには3つのレベルがある。

中核サービス(コア): 顧客ニーズに応える、基本となるリーガルサービス 知覚サービス(形態): 人(弁護士、スタッフ)、品質水準、ブランド、提供過程、

待ち時間とサービス時間、立地、支援設備、他の顧客 拡大サービス(付随機能): 割引、初回無料

3.良いリーガルサービスとは、5つの指標によって決まる。

信頼性: 約束通りのサービスを信頼に足るレベルで正確に提供する技量。 対応の良さ: 顧客に進んで手を貸し、迅速なサービスを提供しようとする姿勢。 安心感: 顧客の信用は豊富な知識と誠実な態度によって高めることができる。 共感: その顧客だけに向けた親身な配慮。 有形物: 建物や設備、従業員、カタログなどの印刷物といった有形物の見た目。

4.コミュニケーション手段は、主に5つある。

人的販売、広告、パブリック・リレーションズ、販売促進、ダイレクト・マーケティング

知覚

拡大

中核

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分析の枠組みとして、下記の3つの要素を使い、法律事務所と事務所に所属する弁護士のマーケティング戦略の基本パターンを整理する。

顧客/案件獲得のパターン

⇒ 独自の視点

提供価値の品質の重視パターン

⇒ コトラーの述べる、良いリーガルサービスを決める5つの指標を 利用し、独自の視点を付加。

コミュニケーション手段

⇒ コトラーの述べるコミュニケーション手段を適用する。

WHOM

WHAT

HOW

分析の枠組み

61% 17%

15%

1人

2人

3~5人

6~10人

11~20人

21~30人

31~50人

51~100人

101人~

事務所の規模別に見た事務所数

26%

15%

24%

14%

8%

6% 1人

2人

3~5人

6~10人

11~20人

21~30人

31~50人

51~100人

101人~

事務所の規模別に見た所属弁護士数の割合

弁護士白書2012年版 数値は

2012年3月31日現在

WHO 法律事務所と弁護士個人の両方の側面で検討する。

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既存の関係当事者

既存顧客からの新規案件依頼

海外の法律事務所からの紹介

国内金融機関からの紹介

国内事務所からの紹介

顧問契約の継続

既存顧客からの新規顧客紹介

委員等の選任 (第三者委員会、社外取締役等)

新規顧客

新規顧客企業の開拓

新規の個人客の開拓

実績重視型 既存顧客から新規顧客を紹介してもらう場合は、既存顧客との関係構築もさることながら、依頼主となる新規顧客に実績が十分に伝わることで案件を獲得できる。

関係重視型 関係重視型は、関係性を重視する相手との関係構築を重視するパターンである。アライアンスを組む法律事務所、銀行、証券会社などからの紹介で案件が獲得できる。

ブランド重視型 サービスの無形性や変動性により、事前に実態を把握できない新規の依頼主は、ブランドを重視することになるため、知覚サービスの認知に力を入れることになる。

1 マーケティング活動を整理してみると、 顧客/案件獲得には3つのパターンがある。

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サービスの品質を測る5つの指標のうち、 どれを重視するかで2つのパターンがある。

複数名の弁護士が所属する比較的大きな規模の事務所、また、取扱業務が多岐にわたる事務所の場合、上記5つすべてを重視し、総合的にアピールする。

ウェブサイトでは、人よりも設備(ビルや会議室、模擬法廷など)の写真を多用し、最高の質、最良のリーガルサービス、ベストクオリティなど、抽象的な表現が使われる。

弁護士個人、または取扱業務が限定的な事務所やグループは、業務とターゲットに合致する点を強調した差別化を行う。 ウェブサイトでは、適正な費用、癒し(⇒安心感)、迅速性、24h対応(⇒対応の

よさ)、芸術活動を支える法務(⇒共感)、刑事事件・逮捕につい良い(⇒安心感)など。

9

良いリーガルサービスを決める5つの指標がとは、信頼性、対応の良さ、安心感、共感、有形物である。事務所の規模や業態によっては、その一部を強調することで他事務所との差別化を試みている。

総合型 5つすべての指標を

重視

差別化型 一部の指標を重視

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コミュニケーション手段には5つのカテゴリがある。

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3 人的販売

リーガル・サービスのコミュニケーションにおいて、最も重要なのが人的販売である。個人対個人のコミュニケーションが基本だが、組織化することもできる。会食やSNS等の個人的付き合いの他、

企業や海外の事務所への出向といったケースもある。

広告

テレビ、ラジオ、雑誌等への広告や撮影協力の他、イベントを利用した広告掲載、Martindaleや弁

護士ドットコム等への弁護士情報サイトへの広告掲載などがある。事務所のウェブサイトを広告と考えることもできる。

パブリック・リレーションズ

パブリック・リレーションズは、様々な利害関係者とのコミュニケーションが目的。紙媒体、電子媒体、CI、ニュース、イベントなどが

手段となる。新聞やテレビのコメンテーター、法律雑誌への執筆活動やセミナー等。

販売促進

個人をターゲットにした法律事務所では、初回相談料無料、着手金無料キャンペーン、分割払い、フリーダイヤル等を行う。

会社法務の場合は、無料のセミナーなどを実施している。

ダイレクト・マーケティング

ダイレクト・マーケティングは、パンフレットや年賀状等の郵送などを残し、近年オンライン・マーケティングの色が強くなっている。例えば、Web上でのセミナー申込、メールニュースの発行、Web上での相談・診断ツールなど。

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3つの要素でマーケティング戦略を体系化できる。

総合型 5つすべての指標を

重視

差別化型 一部の指標を重視

実績重視型 実績を重視する相手との関

係構築

関係重視型 既存顧客等の関係性を重視する相手との関係構築

ブランド重視型 ブランドを重視する相手との

関係構築

事務所が、人的販売、パブリック・リレーション、ダイレクトマーケティングを行う。

事務所が すべてのコミュニケーション手段を行う。

個人が、人的販売、パブリック・リレーション、ダイレクトマーケティングを

行う。

サービスの品質の 重視パターン

顧客/案件獲得のパターン

個人がすべて/一部の コミュニケーション 手段を行う。

事務所が 個人の活動を利用する。

A

B

C

D

E

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関係性を重視する相手との関係構築には、品質のすべての指標を重視し、人的販売、

パブリック・リレーション、ダイレクトマーケティング等を行う。 ex. 既存顧客に 若手弁護士を出向させ、法務部のキーパーソンを事務所主催セミナーに招待する/案内を送る。

ブランドを重視する相手との関係構築には、コミュニケーション手段を選んで行う。 ex. 接点のない企業に対して、ウェブサイトを内容・デザイン共に充実させ、新聞・雑誌の弁護士ランキングや

リーグテーブルに積極的に参加する。

実績を重視する相手との関係構築には、個人のマーケティング活動を利用する。 ex. 既存顧客が他に紹介しやすいよう、ニュースレターを送信したり、個人の実績を事務所が把握してウェブ

サイトに掲載したりする。

関係性を重視する相手との関係構築には、品質の指標の一部を強調して差別化を行い、

人的販売、パブリック・リレーション、ダイレクトマーケティングを行う。 ex.クライアントのデータを最新に保つ努力をし、既存顧客との関係継続のために、会食、電話、SNSなど、請求

する時間以外の時間を割く。

実績を重視する相手との関係構築には、品質のすべて/一部の指標を重視して、5つ

のコミュニケーション手段をバランスよく使う。 ex. 既存顧客が実績を他に紹介しやすいよう、公表できる案件を増やす努力をし、記者の対応も丁寧に行い、会食、セミナー

イベント等で自分の専門性や実績を確認してもらう。

事務所がとるマーケティング戦略として、3つのパターンがある。

弁護士個人がとるマーケティング戦略として、2つのパターンがある。

A

B

C

D

E

結論: 法律事務所のマーケティング戦略は、5つの 基本パターンに体系化できる。

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考察

法律事務所は、市場環境が変化する中、競争力を保つために今後ますますマーケティング活動に力を入れていくことになる。

今回、一般的なフレームワークを使いながら、法律事務所のマーケティング戦略を5つのパターンに体系化し、事務所と弁護士個人の両方の取り組みがあることが明らかになった。これは、PSFsのマーケティング戦略の大きな特徴で

あると言える。組織に所属するプロフェッショナルは、組織のマーケティングと個人のマーケティングの両方があることを理解した上で、適切なアプローチをすべきである。 本研究は、PSFsのマーケティング戦略を考える上で、基本的なアプローチに主

眼が置かれている。実際には、顧客分析を行ってターゲットを設定し、マーケティング目標を策定、計画を立案するという作業を、継続的に実行しなければならない。

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① マーケティングのフレームワークを使いながら、PSFsの一つである法律事務所のマーケティング活動を整理し、体系化することができた。

② PSFsのマーケティングには、組織(法律事務所)と個人(弁護士)の両方

の取り組みがあり、それが相互に関係していることが明らかになった。 ③ 今回の体系化は、現状のマーケティング活動が目的と乖離していないか

の確認として利用でき、また、法律事務所が今後行うマーケティング実務への示唆としても有効である。

④ PSFsのマーケティング戦略は、一般の企業におけるプロフェッショナルで

あっても、仕事を受ける際の参考にできるものである。

研究の成果

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• フィリップ・コトラー、トーマス・ヘイズ、ポール・ブルーム (2002) 『コトラーのプロフェッショナル・サービス・マーケティング』 (平林洋訳、株式会社ピアソン・エデュケーション)

• 日本弁護士連合会 (2012) 『弁護士白書 2012年版』

参考文献