iotにおける価値化に向けた研究開発 - ntt.co.jp ·...

4
NTT技術ジャーナル 2018.7 6 IoTの進展に向けた研究開発の取り組み IoTへの期待と現状 社会のさまざまなモノがネットワー クにつながり,クラウド等におけるサ イバー空間上での情報交換 ・ 情報処理 を実世界にモノ ・ コトの可視化や制御 等のフィードバックで価値を生み出す IoT(Internet of Things)は,多様な 分野で新たな産業創出や,直面する社 会課題を解決する手段として期待さ れ,その利用は進行しつつあります. NTT研究所では,このIoTを用いて 物理的なモノや社会の動きを可視化し 最適化 ・ 制御する,つまり,モノ ・ 社 会を動かす時代は,情報通信ネット ワークにとってこれまでの役割と大き く異なる第三の時代,「動かす(ドラ イブする)時代」の到来と考え,これ までと異なる要件への対応や新たな利 用領域の開拓に向け,研究開発に取り 組んでいます (1) 総務省の調査 (2) によれば,IoTの利 用としては,集めたデータを基に,ロ ボットや機械の遠隔制御や保守運用等 を行い,提供するプロダクトの価値を 向上する利用と,業務の可視化 ・ 効率 化による自社等のプロセスを改善する 利用に大きく分類されています.国内 の農業やエネルギー,製造や流通,サー ビスや情報通信産業等の多様な分野に おいて,2015年度でプロダクト ・ プ ロセスへの導入率は20%,2020年に は40%まで高まると分析されています. さらなる進展に向けた課題と NTTグループの取り組み 一方,同調査によれば,IoT利用に 対し,プロダクトとしての「利活用場 面が不明」「効果に疑問」といった意 見が多いとも報告されています.この ため,IoTのさらなる進展に向けては, 「創出価値 ・ 効果の具体化」を,費用 対効果の面でリスクが少ない,例えば, 「スモールスタートや簡易な方法で検 証」できる環境や手段が,今後利用の 裾野を広げるうえで重要になっていく と思われます. つまり,IoTの普及を加速させるた めには, 「IoTにおける価値化」と「IoT システムの構築方法」の 2 つの解法を 構築する必要があると考えています. まず,NTTグループでは,「IoTに おける価値化」の早期具体化に向けて, 技術構築の早い段階からパートナーと 連携した協業の取り組みを進めてい ます. 例えば,製造業では,ファナック株 式会社とオープンプラットフォーム 「FIELD system」の開発に取り組ん でいます.FIELD systemではエッジ コンピューティング技術を用いて工場 内の稼動状況をリアルタイムに収集 ・ 分析して製造現場の効率化や知能化を めざすとともに,アプリケーションを エッジにダウンロード可能にすること で「進化する工場」の実現をめざして おり,2017年10月に国内向けサービ スが開始されました (3) また,船舶分野でのIoT利用に向け ては,日本郵船株式会社グループと安 全と環境を考慮した高度な船舶運航や 機器の故障予知など高度な保守管理の 実現に向けた技術開発を進めてい ます (4) 次に「IoTシステムの構築方法」に ついて,IoTのさまざまな要件に対応 するための技術の機能アーキテクチャ を策定し,このアーキテクチャをリ ファレンスに研究開発を進めていま す.実世界に近い部分から,主要な機 能を図1 に示します. センサとその情報をデジタイズ可能 な機能およびネットワークとつながる 機能を有する「デバイス&センサ」, サイバー空間につなぐためのインター ネットプロトコルの変換機能等を有す る「IoTゲートウェイ」,通信フロー IoT センシング エッジコンピューティング IoTにおける価値化に向けた研究開発 IoT(Internet of Things)は,これまでICTになじみのない分野でも,新 たな価値を創出すると期待されて,さまざまな分野で利用が進行中です. NTTでは,このIoTを活用する時代は,社会や産業を「動かす(ドライブす る)時代」と考え,必要な要件とともに技術の役割を4つに明確化し,キー となる技術の構築をパートナーの皆様との協業で進めています.本稿では, さらなるIoTの進展に向けたNTTの研究所における技術開発の取り組みに ついて紹介します. しゅういち /田 ひろゆき NTT未来ねっと研究所

Upload: others

Post on 29-Jun-2020

2 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: IoTにおける価値化に向けた研究開発 - ntt.co.jp · IoTでは,多様なビッグデータを活 用した新たな価値創出が期待されてい ますが,総務省の調査では,企業や自

NTT技術ジャーナル 2018.76

IoTの進展に向けた研究開発の取り組み

IoTへの期待と現状

社会のさまざまなモノがネットワークにつながり,クラウド等におけるサイバー空間上での情報交換 ・ 情報処理を実世界にモノ ・ コトの可視化や制御等のフィードバックで価値を生み出すIoT(Internet of Things)は,多様な分野で新たな産業創出や,直面する社会課題を解決する手段として期待され,その利用は進行しつつあります.

NTT研究所では,このIoTを用いて物理的なモノや社会の動きを可視化し最適化 ・ 制御する,つまり,モノ ・ 社会を動かす時代は,情報通信ネットワークにとってこれまでの役割と大きく異なる第三の時代,「動かす(ドライブする)時代」の到来と考え,これまでと異なる要件への対応や新たな利用領域の開拓に向け,研究開発に取り組んでいます(1).

総務省の調査(2)によれば,IoTの利用としては,集めたデータを基に,ロボットや機械の遠隔制御や保守運用等を行い,提供するプロダクトの価値を向上する利用と,業務の可視化 ・ 効率化による自社等のプロセスを改善する利用に大きく分類されています.国内の農業やエネルギー,製造や流通,サー

ビスや情報通信産業等の多様な分野において,2015年度でプロダクト ・ プロセスへの導入率は20%,2020年には40%まで高まると分析されています.

さらなる進展に向けた課題と NTTグループの取り組み

一方,同調査によれば,IoT利用に対し,プロダクトとしての「利活用場面が不明」「効果に疑問」といった意見が多いとも報告されています.このため,IoTのさらなる進展に向けては,

「創出価値 ・ 効果の具体化」を,費用対効果の面でリスクが少ない,例えば,

「スモールスタートや簡易な方法で検証」できる環境や手段が,今後利用の裾野を広げるうえで重要になっていくと思われます.

つまり,IoTの普及を加速させるためには,「IoTにおける価値化」と「IoTシステムの構築方法」の 2 つの解法を構築する必要があると考えています.

まず,NTTグループでは,「IoTにおける価値化」の早期具体化に向けて,技術構築の早い段階からパートナーと連携した協業の取り組みを進めています.

例えば,製造業では,ファナック株式会社とオープンプラットフォーム

「FIELD system」の開発に取り組んでいます.FIELD systemではエッジコンピューティング技術を用いて工場内の稼動状況をリアルタイムに収集 ・分析して製造現場の効率化や知能化をめざすとともに,アプリケーションをエッジにダウンロード可能にすることで「進化する工場」の実現をめざしており,2017年10月に国内向けサービスが開始されました(3).

また,船舶分野でのIoT利用に向けては,日本郵船株式会社グループと安全と環境を考慮した高度な船舶運航や機器の故障予知など高度な保守管理の実現に向けた技術開発を進めています(4).

次に「IoTシステムの構築方法」について,IoTのさまざまな要件に対応するための技術の機能アーキテクチャを策定し,このアーキテクチャをリファレンスに研究開発を進めています.実世界に近い部分から,主要な機能を図 1 に示します.

センサとその情報をデジタイズ可能な機能およびネットワークとつながる機能を有する「デバイス&センサ」,サイバー空間につなぐためのインターネットプロトコルの変換機能等を有する「IoTゲートウェイ」,通信フロー

IoT センシング エッジコンピューティング

IoTにおける価値化に向けた研究開発

IoT(Internet of Things)は,これまでICTになじみのない分野でも,新たな価値を創出すると期待されて,さまざまな分野で利用が進行中です.NTTでは,このIoTを活用する時代は,社会や産業を「動かす(ドライブする)時代」と考え,必要な要件とともに技術の役割を 4 つに明確化し,キーとなる技術の構築をパートナーの皆様との協業で進めています.本稿では,さらなるIoTの進展に向けたNTTの研究所における技術開発の取り組みについて紹介します.

吉よ し の

野 修しゅういち

一 /田た な か

中 裕ひろゆき

NTT未来ねっと研究所

Page 2: IoTにおける価値化に向けた研究開発 - ntt.co.jp · IoTでは,多様なビッグデータを活 用した新たな価値創出が期待されてい ますが,総務省の調査では,企業や自

NTT技術ジャーナル 2018.7 7

特集

やトラフィックの挙動等からシステムを監視する「セキュリティゲートウェイ」,仕様やプロトコルが異なる多種多様なアプリケーションや,デバイス間でデータ交換を可能にする「IoTデータ交流」,データ処理の場所やソフトウェア実行環境の最適化を行う

「ソフトウェアコンポーネント」,アプリケーションの汎用性の高い機能を提供する「ライブラリミドル」が主な機能要素です.IoTでは多様なアプリケーションサービスが想定されることから,そのそれぞれでこれらすべての機能要素を用意する必要はなく,利用形態に合わせて必要な機能を市中の技術も活用し,組み合わせて利用していくと考えています.

NTT研究所では,これらの機能について,各分野の個別要件に対応したシステムをオープンソースソフトウェア(OSS)等の汎用的なソフトウェアをベースに構築しつつ,共通的な要件,汎用性の高い再要素を見極め,モジュール化した機能群を再利用していくことを考えており,今後も,幅広い分野でさまざまなパートナーとのコラボレーションを通じ,新たなIoT価値の早期の具体化を進めつつ,普遍的な機能の分析とその機能を共通利用するための環境構築を進めていきます.

新たな技術と価値の方向性

IoTを実現するために必要な 4 つの役割 ・ 技術に対し,技術開発に取り組

んでいます. 4 つの役割を図 ₂ に示します. 4 つの役割 ・ 技術とは,モノの情報をデジタル化 ・ 実社会とサイバー空間のインタフェース機能である

「Sense,Connect & Drive」,データやソフトウェアを利用する ・ 利用に適し た 場 所 に 配 備 す る「Data & Software Logistics」,データから価値を紡ぎ出す「Analytics & Predic­tion」,IoTによる安心 ・ 安全な社会駆動を実現する「Security」です.■簡易な運用がキーとなるSense,

Connect & Driveシステム構築やシステム運用に対す

るコスト意識が高い場面も多いIoTでは,構築 ・ 保守運用が簡単なシステムである必要があると考えています.センサを利用したデータ収集については,単純で簡易な手順でデータを取得できるセンサが重要であり,NTTグループでは,生体データのセンサとして着るだけでデータ取得が可能となるhitoe®の研究開発とその利用シーンの開拓を推進しています.最近の例としては,高齢化社会における重要な社会課題の解決をめざし,病院や施設におけるリハビリ状態の可視化やこの情報を活用した高品質なリハビリテーションの提供について,東レ株式会社,藤田保健大学と協業を推進しています.本活動については,本特集記事『ウェ

図 1  機能アーキテクチャ

Analytics & Prediction

SecurityData & SoftwareLogistics

Sense, Connect &Drive

ライブラリミドル高速分散処理基盤

ソフトウェアコンポーネント

IoT データ交流

セキュリティゲートウェイIoT ゲートウェイ

ネットワーク

IoT デバイスセキュリティ

デバイス & センサ

セキュリティ

オーケストレーション

製造 船舶ヘルスケア

スマートシティ

コネクティッドカー

農業

YZX

マネジメント

アプリケーション

Page 3: IoTにおける価値化に向けた研究開発 - ntt.co.jp · IoTでは,多様なビッグデータを活 用した新たな価値創出が期待されてい ますが,総務省の調査では,企業や自

NTT技術ジャーナル 2018.78

IoTの進展に向けた研究開発の取り組み

アラブル素材hitoe®を応用したリハビリ支援の取り組み』でも紹介します.

サイバー空間とのコネクティビティを提供するネットワークにおいても,IoTの進展に伴い,これまでネットワークにつなげなかった場所でもIoTの利用が期待されています.例えば,NTT研究所では,老朽化が進む上水道管等のモニタリングとして,地下のインフラ監視を可能とするデバイスとの通信の研究開発を進めています(5).この例では,50 dB以上の電波伝搬損失が起こる地下の水道のバルブボックスからの無線通信を地上に設置する基地局の信号処理で高信頼化を実現し,低電力化と合わせ数年間のメンテナンスフリーな運用の実現をめざしていま

す.本活動については,本特集記事『電波が届きにくい場所のIoT端末を確実にネットワーク収容する中継無線技術』で紹介します.■データや仕組みの共通化や局所

的な情報処理がキーとなるData & Software LogisticsIoTでは,多様なビッグデータを活

用した新たな価値創出が期待されていますが,総務省の調査では,企業や自治体におけるビッグデータ活用における課題意識として,「データ収集 ・ 管理コスト」「データ利活用費用対効果が不明瞭」等が挙がっています(2).現在は,個別な利用が中心ですが,今後,IoTを大きく進展させていくためには,データの標準化やデータを扱う共

通の仕組み,いわゆる,データ交流に資する標準化が重要になってくると考えています.NTT研究所では,オープンデータの利用や,業界をまたがるデータ利用を促進する国際標準候補として,oneM2Mがその 1 つであると考え,研究開発とともに標準化活動を進めています.oneM2Mは,IoTシステムで共通的に使われる機能群をプラットフォームとして仕様化しています.また,他の既存標準規格と相互接続する仕様策定も進めています.oneM2Mのアーキテクチャでシステムを構築することで,取得したデータへ同じAPI

(Application Programming Inter­face)でアクセス可能となり, 1 つのデータを異なるアプリやユーザが利用しやすくなります.また,利用分野だけでなく,異分野からも同じAPIでデータにアクセス可能であり,IoTを進展するうえで重要と考える,異分野の連携 ・ 異分野の知見の導入等が行いやすくなると考えています.

NTT研究所では研究開発とともに,このoneM2Mの標準化活動に参加し,標準仕様の策定や策定した仕様の完成度向上に向けた検証を早期に普及させるため推進中です(6).

また,IoTにおける新たな価値創出に向けた手段として,局所的な情報処理であるエッジコンピューティング技

図 2  IoTにおける 4 つの役割と技術

Analytics&

Prediction

Data & SoftwareLogistics

Sense, Connect&Drive

Security・安全の確保

・データの交流と その処理ソフトの最適配備

解予・解析・予備

ル・データのデジタル化・モノの接続・駆動

Page 4: IoTにおける価値化に向けた研究開発 - ntt.co.jp · IoTでは,多様なビッグデータを活 用した新たな価値創出が期待されてい ますが,総務省の調査では,企業や自

NTT技術ジャーナル 2018.7 9

特集

術が期待されています.エッジコンピューティングは,これまでの端末とクラウド中心の情報処理に対し,その間の地理的に分散した拠点にも情報資源を置き処理を行うことで,新たな効果の創出をめざした技術です.NTT研究所でも早くから研究開発に取り組んでおり,さまざまな分野での利用検証を進めています.本特集記事『階層型気象予測におけるエッジコンピューティングとIoTセンサの活用』では,階層型のネットワーク構成を活用した取り組みとして,国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)との階層型気象シミュレーションシステムの共同研究について紹介します.

ま た,IoTの 普 及 ・ 進 展 に よ り,IoTのデバイスはシンプルなものだけでなく,高精細カメラ等の大量な情報流を伴う高機能なデバイスも登場してきています.NTT研究所では,高機能 ・ 高性能なIoTデバイス活用を支えるネットワークの提供に向け,分散配置を可能とした機能群による情報流の利用場面に応じた伝達を実現するデータストリームアシスト技術の研究開発に取り組んでいます.本活動については,本特集記事『IoTサービスを支えるデータストリームアシスト技術』で紹介します.

■スケーラビリティ ・ 簡易な利用が キ ー と な るAnalytics & Pre­dic tion,Securityビッグデータ分析やAI(人工知能)

技術により,新しい価値創出が期待されますが,扱うデータ量が増加するとともに,専門知識を活用しアルゴリズムの選定や最適化等が必要です.また,セキュリティについても,IoTの進展とともに,これまで以上に大規模なアタックや,巧妙化するアタックへの対処が必要になってきます.IoTを広く普及させ社会インフラとして誰もが活用していくためには,これらの複雑かつ専門的な処理を,より効率的に,簡易に利用できる環境をつくっていくことも重要と考えています.

今後の展開

今後も,先端技術開発とともに,多様な分野のパートナーの皆様との連携により,新たな価値を創出し,IoTの利用拡大や進展をめざします.

■参考文献(1) 川村 ・ 吉野:“NTTにおけるIoT研究開発の取

り 組 み,” NTT技 術 ジ ャ ー ナ ル,Vol.29,No.7,pp.6­9,2017.

(2) http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/index.html

(3) http://www.ntt.co.jp/news2017/1710/171003b.html

(4) http://www.ntt.co.jp/news2018/1802/180215a.html

(5) https://www.jst.go.jp/sip/dl/k07/booklet/40_yoshino.pdf

(6) 原田 ・ 前大道 ・ 山崎:“水平統合型IoTプラットフォーム標準規格oneM2Mの最新動向,” NTT技術ジャーナル,Vol.30,No.2,pp.69­72,2018.

(左から) 吉野 修一/ 田中 裕之

IoTは,多様な場面で利用が進みつつありますが,さらなる進展には,異分野と連携による価値創出,また,ICTになじみのない分野での利用促進が必要と考えており,先端技術をさらに高めつつ,パートナーとの連携を進め,IoTでの具体意的な事例の明確化と事業創出を進めていきます.

◆問い合わせ先NTT未来ねっと研究所 企画部TEL 046-859-3008FAX 046-859-3727E-mail kensui-mirai-p-ml hco.ntt.co.jp