ツキノワグマ(ursus thibetanus)による飼料作物被害key words : asiatic black bear, corn,...

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ツキノワグマ(Ursus thibetanus)による飼料作物被害 誌名 誌名 日本草地学会誌 ISSN ISSN 04475933 著者 著者 出口, 善隆 巻/号 巻/号 65巻1号 掲載ページ 掲載ページ p. 44-50 発行年月 発行年月 2019年4月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

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Page 1: ツキノワグマ(Ursus thibetanus)による飼料作物被害Key words : Asiatic black bear, Corn, Damege, Forage crop, Tohoku region. 1. はじめに ツキノワグマ(Ursus thibetanus)

ツキノワグマ(Ursus thibetanus)による飼料作物被害

誌名誌名 日本草地学会誌

ISSNISSN 04475933

著者著者 出口, 善隆

巻/号巻/号 65巻1号

掲載ページ掲載ページ p. 44-50

発行年月発行年月 2019年4月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: ツキノワグマ(Ursus thibetanus)による飼料作物被害Key words : Asiatic black bear, Corn, Damege, Forage crop, Tohoku region. 1. はじめに ツキノワグマ(Ursus thibetanus)

日草誌65(1) : 44-50 (2019)

特 集 一草地・飼料作における獣害の実態と被害対策に向けての展望一

ツキノワグマ (Ursusthibetanus) による飼料作物被害

一東北地方の事例一

出口善隆*

岩手大学農学部 (020-8550岩手県盛岡市上田 3-18-8)

受付日: 2018年8月20日/受理日: 2018年12月11日

キーワード:飼料作物,ツキノワグマ,東北地方, トウモロコシ,被害.

Forage crop damage by Asiatic black bear (Ursus thibetanus) in Tohoku region

Y oshitaka Deguchi *

Faculty of Agriculture, Iwate University. Morioka, Iwate 020-8550. Japan

Key words : Asiatic black bear, Corn, Damege, Forage crop, Tohoku region.

1. はじめに

ツキノワグマ (Ursusthibetanus) は東北地方では飼料作

物を加害し,さらに人身被害をも引き起こす動物である。本

稿ではツキノワグマの基本生態を紹介するとともにその被害

実態と対策の現状について解説し,今後の課題について議論

する。

2. ツキノワグマの生態

ツキノワグマはイランからヒマラヤを経て日本までの森林

に生息する(パネル 1986)。日本では本州および四国に分布

する(羽澄 1996)。東北から中部地域までの東日本地域では,

安定的な個体数が維持されていると考えられる。滋賀県以西

の近畿・ 中国地域個体群は,それぞれの個体群の分布域が小

さく孤立化し,絶滅が危惧されるほど個体群は脆弱である。

四国では絶滅が危惧され,九州では絶滅した可能性が高い(米

田2005)。体高は 50-60cm, 体重はオスで 50-120kg, メス

で40-70kgである。体毛は黒く,前胸に白い三日月模様が

ある。寿命は新潟県での捕獲個体で最長 28年の報告がある

が,狩猟や駆除により 10年以上の個体は少ないと言われて

いる(羽澄 1996)。行動圏サイズは地域により異なるが,成

獣オスで 50-300km2,成獣メスで 20-200k面程度である(山

崎2017)。雑食性で主として植物質のもの,特に堅果や果実

を食べる。春には草本(フキ (Petasitesjaponicus), カンス

ゲ (Carexmorrowi)等),木本の新芽や花(ブナ (Fagus

crenata)等),また前年の秋が豊作年であった場合には,結

実したブナやミズナラ (Quercuscrispula)の堅果も利用する。

夏には草本(アザミ属 (Cirsiumspp.), ウワバミソウ (Ela-

* [email protected]

tostema umbellatum)), チシマザサ (Sasakurilensis)等の

タケノコ,キイチゴ属(Rubusspp.)やウワミズザクラ (Prunas

grayaha)等の液果,昆虫(スズメバチ (Vespaspp) , トビ

イロケアリ (Lasiusjaponicus))を摂食する。秋には堅果(ブ

ナ,ミズナラ,クリ (Castaneacrenata)), サルナシ (Actinidia

arguta), ヤマブドウ (Vitiscoignetiae), マタタビ (Actinidia

polygama), ミズキ (Swidacontroversa), オニグルミ (Juglans

mandshurica)などの果実を食べる(羽澄 1996;橋本・高槻

1997)。交尾期は 6-8月で,交尾排卵動物と推測されている。

受精卵は胚盤胞期になると発生を休止し,子宮内に浮遊した

まま止まり,晩秋になってから着床し胎盤を形成する。妊娠

メスは 1-2月に出産し,冬眠をしながら授乳,保育を行う(大

井 2009)。産子数は秋の栄養蓄積状況によって, 0-3子まで

変動する(羽澄1996)。冬眠に入るのは 11月下旬から 12月で,

一般に妊娠メスが最も早く,次いで非妊娠メス,そしてオス

が一番遅いとされている(大井 2009)。土穴,岩穴,樹洞,

倒木の空洞根上がりなどを利用し冬眠する(羽澄 2000)。

冬眠から目覚めるのは 3月から 5月にかけてであるが,最初

はオス,次いで子のいないメスで,最後に出てくるのが子持

ちのメスである(大井 2009)。母グマと子グマは 1年半ほど

一緒に過ごす(山崎 2017)。交尾期のつがいと子グマを連れ

たメスを除いて,基本的に単独生活者である(大井 2009)。

3. ツキノワグマによる被害

農林水産省 (2017)および東北農政局 (2017)のHP公開

資料によれば, 2016年度における全国の獣類による農作物

被害金額は 136億 78百万円であり,その内東北地方は 8億

94百万円で,全国の農作物被害金額の 6.5%を占める。また,

大要は 2017年度日本草地学会弘前大会 (2017年3月)において発表。

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出口:ッキノワグマによる飼料作物被害 45

全国におけるクマによる農作物被害金額は 3億 87百万円で,

そのうち飼料作物は 1億 54百万円で全国のクマによる農作

物被害金額の 39.7%を占める。 2016年度の東北地方におけ

るツキノワグマによる農作物被害金額は 1億 31百万円で(固

1), 全国におけるクマによる農作物被害金額の 33.9%を占め

る。またこの金額は,東北地方における獣類による農作物被

害金額の 14.7%を占める。東北地方におけるツキノワグマに

よる作物別被害金額が公表された 2004年度から 2007年度ま

での数値では,ツキノワグマによる飼料作物被害金額はツキ

ノワグマによる農作物被害金額の 12.9-22.3%を占めていた。

2016年度の東北各県におけるツキノワグマによる農作物被

害金額は,青森県では 11百万円,岩手県では 34.7百万円,

宮城県では 12.3百万円,秋田県では 18.2百万円,山形県で

は46.0百万円,福島県では 9.2百万円であった(図 2)。山

形県,岩手県での被害金額が多い。

耕作地におけるツキノワグマによる農作物被害に関する研

究がいくつか報告されている。出口ら (2003) は2001年 7

月から 9月まで東北大学附属農場の飼料用トウモロコシ圃場

(約 2.0ha) に暗視カメラを設置し, 24時間ビデオ撮影を行

いツキノワグマによる圃場への侵入実態を調査した(図 3)。

またクマによる飼料用トウモロコシの倒伏本数を調べ,摂食

量等を推定し被害実態を調査した。調査圃場では 7月22日

2,000

0

0

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0

0

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5

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1

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(圧

R皿)臨個馳挙

゜ 2012 2013 2014 2015 2016

ロシカ ■イノシシ aサルロクマロカモシカロその他

図 1. 東北地方における動物種別農作物被害金額.

(東北農政局資料より作成)

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(圧尺皿)臨個柳挙

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゜ 青森 岩手 宮城 秋田 山形 福島

ロシカ ■イノシシロサルロクマ [Dカモシカロその他

図 2. 2016年度県別動物種別農作物被害金額.

(東北農政局資料より作成)

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46 日本草地学会誌第 65巻第 1号 (2019)

に雌穂抽出個体が 5割に達した。調査期間中の圃場へのツキ

ノワグマの侵入は 52回観察された。侵入が観察された回数

は乳熟後期 (雄穂出穂後 21日から 30日まで)が 27回と最

も多く,全侵入回数の半数以上を占めていた。次いで乳熟前

期(雄穂出穂後 11日から 20日まで)の 19回であった。侵

入が観察された期間は,乳熟前期と乳熟後期に有意に偏って

いた。侵入時間帯は 18時から24時までが 23回ともっとも

多く,次いで 0時から 6時までが 17回であ った。侵入時間

帯は 0時から 6時までと 18時から24時ま でに有意に偏って

いた。このことからツキノワグマは人を避け,夜間に飼料用

トウモロコシ圃場に侵入していると考え られた。飼料用トウ

モロコシの被害割合は乳熟前期が 8.0%と最も高く,次いで

乳熟後期の 4.9%で,全調査期間では 13.8%であった(図 4,

囮5)。1日あた りの被害熱量は調査期間中平均 169,171kJ・

日―lで,ツキノワグマ 6.52頭分の日摂取熱量に相当した。

このことから,複数の個体が飼料用トウモロコシ圃場へ侵入

していることが推測された。

また, Saitoら (2008)は8月から 9月まで,岩手県雫石

町にあるツキノワグマによる食害が発生した飼料用トウモロ

コシ圃場において,ツキノワグマの食痕から DNAを採取し,

圃場で摂食したツキノワグマの個体識別を行った。その結果

21個体のツキノワグマが識別された。そのうち 6個体が同

じ圃場で摂食していた。また,同一個体が同じ圃場で繰り返

し摂食を行い,複数の圃場でも摂食を行っていたことも判明

した。このように,複数の個体が,繰り返し同じ飼料用トウ

モロコシ圃場で摂食することにより,被害が拡大しているこ

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図 3. 飼料用トウモロコシ圃場の周辺を探査するツキノワグマ.

図 4. ツキノワグマによる飼料用トウモロコシ被害.

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出口 :ツキノワグマによる飼料作物被害 47

図 5. ツキノワグマに摂食された飼料用トウモロコシ.

140

120

100

-< ~80 森

--< 釦 60

挙40

20

゜ 2012 2013 2014 2015 2016

ロ東北 0関東 0北陸 a東海●近畿 口中国

圏 6. ツキノワグマによる人身被害人数.

(環境省資料より作成)

とが明らかとなった。

また, リンゴ果樹園における食害 に関する報告として,

Sakamotoら (2009)は 2006年 8月に盛岡市周辺において

ツキノワグマ(成獣雌 l頭)に GPS首輪を装着し,行動を

調査した。GPSの測位は 10分間隔で行った。調査期間前半(8

月上旬)は,集落中心部から約 2km離れた山林内でのみ活

動していた。調査期間後半 (8月下旬), リンゴの早生品種

の収穫期になると,集落中心部か ら約 1km離れた山林内か

ら毎晩果樹園への侵入が確認された。首輪に取り付けだ活動

性センサーデータから,調査期間前半は 12時から 20時の活

動が活発であった。 しかし,調査期間後半には 18時から翌

朝 9時の活動が活発であった。果樹園出没前後で活動時間帯

が昼行性から夜行性へと変化したことが明らかとなった。こ

のことからツキノワグマは人を避けるために生活パターンを

変化させ,夜間に果樹園や圃場に侵入していると考えられる。

ツキノワグマが他の加害動物種と大きく異なるのは,人身

被害が発生することである。山菜採り中の事故ではあるが,

2016年 5月から 6月にかけて秋田県鹿角市で発生した死傷

事故は記憶に新しい (米田 2018)。2016年度のツキノワグマ

による人身被害人数は全国で 104人(うち死亡者 4人)であ っ

た。そのうち東北地方の 54人(うち死亡者 4人)が最も多く,

次いで関東 (山梨県,長野県,静岡県を含む)の 25人であっ

た (図 6)。米田 (2017)は明治後期か ら平成期までの新聞

に掲載された人身事故記録 (1993件)から,事故時の活動

種別に農林作業,春に採る (山菜採り等),秋に採る(キノ

コ採り等),余暇遊戯,家内敷地,散歩,釣り,見回り,そ

の他に分類した。その結果 「農林作業」中の事故が439件

と最も 多 く,次いで「春に採る」 433件,「秋に採る」 404件

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48 日本草地学会誌第65巻第1号 (2019)

であった。また,ツキノワグマがデントコーン圃場で採食を

行う際は,畑の辺縁部で採食を行うのではなく,中心部にま

ず侵入して,そこから同心円状を描くように外側に向かって

食べ進めることが多い(山崎2017)。山崎 (2017)は, この

ような採食を行うために,農作業の際に人間が畑に近づいて

も,よもやそのなかにツキノワグマが居座っているとは気づ

かずに,人身事故に発展する懸念があると述べている。出口

ら (2003)の調査でも,ツキノワグマの飼料用トウモロコシ

圃場への侵入は主に黎明薄暮と夜間の時間帯であるが,乳熟

後期には 10時台に 1回 13時台にも 3回侵入が観察された。

これらのことから, 日中の圃場においてもツキノワグマの人

身事故に対する充分な注意が必要である。

4. 被害対策と課題

ツキノワグマによる農作物被害対策として,主に電気柵 (3

段張り)の設置が行われている。電気柵 (3段張り)は 1段

目を地表から 20cm,2段目を 50cm,3段目を 80cmの高

さ(三浦2002) もしくは 1段目を地表から 20cm,2段目を

40cm, 3段目を 60cmの高さ(江口 2013)に圃場を囲むよ

うに電気柵を張る。 Hyugens・Hayashi(1999) は, 7月か

ら10月にかけて電気柵を設置することで,飼料用トウモロ

コシ圃場において完全にクマの侵入を防除できたと報告して

いる。しかし,最下段の電気柵と地面の間からの潜り込みが

発生することがあり,このような場合,さらに外側に地表か

ら30cmの高さに 1段のみ電気柵を張ることによって,滑り

込みを防ぐことができる (Hyugens・Hayashi1999)。

他の被害対策として学習放獣が実施されている。この方法

はクマをワナで捕獲し奥山に移送し,刺激成分カプサイシン

を含むスプレーをクマに噴射することで忌避学習を施したの

ち放獣する方法である。しかし西中国地域において同様の忌

避学習を施したが回帰した例もあり(米田 1998), この方法

の効果に関して意見の一致はみられていない(出口ら

2003)。また,軽井沢市においては,ツキノワグマを学習放

獣する際に,ベアドッグをけしかけて忌避的な条件づけを

行っている(山崎2017)。ベアドッグは, もともとはヒグマ

やムースなどの大型獣の狩猟に使われてきた犬種で,北アメ

リカではクマの追い払いなどに使われ効果を上げている(山

崎2017)。しかしベアドッグの養成の難しさなどが課題と

なっている。

岩手県盛岡市での果樹園におけるツキノワグマ防除対策活

動の一例を紹介する。 2006年度は全国的にツキノワグマの

大量出没が発生した(山崎2017)。この年,盛岡市では 26頭

のツキノワグマが捕獲され,そのうち盛岡市I地区では半数

の13頭が捕獲された。 I地区は盛岡市の南西,奥羽山脈の

一部に位置し,水田が広がり,山地近くにはリンゴ園が存在

し,人身被害は発生していないものの, リンゴ園では食害や

枝折れの被害が存在する(山本ら 2017)。そのため盛岡市農

政課の呼びかけで, I地区自治会,猟友会,岩手大学が協力

して被害対策を実施することとなった。役割分担は,①自治

会は機仇による刈り払い,既存電気柵の提供,新規電気柵の

購入,②盛岡市は機械での刈り払い,連絡調整,猟友会はク

マや山にくわしいハンターの視点からの対策指導轟音玉に

よる作業前の安全確保,③岩手大学は鎌による刈り払い,電

気柵設置の労力補助,専門機関として効果的な被害対策の検

討とされた(山本ら 2017)。2007年度から毎年 6月, 7月,

9月にリンゴ果樹園周辺の刈り払いや電気柵の設置などを行

い, 12月に電気柵の撤去を行っている。参加者は, リンゴ

農家,地域住民,岩手大学の学生や教員,盛岡市,盛岡市猟

友会などで, 2016年度には毎回 60人程度が集まった(山本

ら 2017)。その結果 2007年度は盛岡市全体での捕獲頭数

は14頭であったがI地区では 3頭, 2011年度は盛岡市では

10頭に対して I地区では 0頭, 2014年度, 2015年度も I地

区では 0頭であった。 2006年度と同様にツキノワグマの捕

獲数が多かった 2016年度には,盛岡市全体では 23頭の捕獲

に対して, I地区では 1頭の捕獲であった(図 7)。このよう

に,電気柵に加えて,耕作地周辺の藪を刈り払うことで,ツ

キノワグマが侵入しにくい圃場環境を作出することができる

と推測され,飼料用トウモロコシ圃場周辺の藪の刈り払いは

有効な被害対策となると考えられる。

また,被害状況によってはツキノワグマの有害駆除捕獲が

必要となる場合もある。有害駆除捕獲とは狩猟免許状を受け

た者が,農林水産業または生態系等に係る被害の防止の目的

で鳥獣の捕獲等または烏類の卵採取等を行うことで,狩猟鳥

獣以外の鳥獣の捕獲も可能である(鈴木2013)。さらに許可

された期間であれば年中捕獲を行うことができる。それに対

して狩猟は,狩猟免許状および狩猟者登録を受けた者が,狩

猟期間に法定猟法により狩猟鳥獣の捕獲等を行うことである

(鈴木2013)。しかし,近年,有害駆除捕獲や狩猟において,

狩猟者の減少および高齢化が大きな問題となっている。全国

の狩猟免許所持者数は 1975年度では 517,800人であったが,

減少の傾向をたどり 2015年度には 190,100人とおおよそ 1/3

となっている。さらに年齢別で見ると 1975年度では 60歳以

上は 45,700人と全体の約 9%であったのに対し, 2015年度

には 120,300人と全体の 63%を占めている(図 8)。今後,

有害駆除捕獲を担う若い人材の育成が急務である。さらに,

東北地方を含む一部地域の課題ではあるが,福島第一原子力

発電所事故による放射性物質による野生動物汚染による狩猟

意欲の低下も問題となっている。ッキノワグマの肉に関して

は2018年6月 13日現在,福島県の一部地域,宮城県全域,

山形県全域(ただし,県の定める出荷・検査方針に基づき管

理されたクマの肉を除く),岩手県全域において出荷制限の

指示が出されている(表 1)。これに対しても,国家的な規

模での対策が必要である。

5. まとめ

2016年度の東北地方におけるツキノワグマによる農作物

被害金額は 1億 31百万円で,全国におけるクマによる農作

物被害金額の 33.9%を占める。また, 2004年度から 2007年

度までの数値では東北地方におけるツキノワグマによる被害

金額の 12.9-22.3%が飼料作物の被害であった。耕作地にお

けるツキノワグマ被害研究から,複数の個体が,繰り返し同

じ圃場で摂食することにより,被害が拡大していることが指

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出口:ッキノワグマによる飼料作物被害 49

0

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5

0

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2

2

1

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5

感゚~~ 産感~,~ ~,, 忍忍忍忍~~も~"ロ盛岡市 ■1地区

図 7. 盛岡市およびI地区におけるツキノワグマ捕獲頭数.

(盛岡市資料より作成)

600000

500000

゜゚゚゚

000000

40030020

(Y)森抑淀忘

100000

゜ 1975 1985 1995 2005 2015

口18-19歳口20-29歳口30-39歳口40-49歳 ■50-50歳口60歳以上

図 8. 全国の狩猟免許所持者数.

(環境省資料より作成)

表 1. 東北地方における野生獣肉の出荷制限等の指示が出ている地域.

摂取制限 出荷制限

イノシシ イノシシ クマ シカ ノウサギ

福島県 一部地域 全域 一部地域 全域

宮城県 全域 全域 全域*

山形県 全域*

岩手県 全域 全域

*:県の定める出荷・検査方針に基づき管理された肉を除く.

(消費者庁資料より作成)

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50 日本草地学会誌第 65巻第 1号 (2019)

摘されている。さらにツキノワグマがデントコーン圃場で採

食を行う際は,畑の中心部から食べ進めるために,気づかず

に人身事故に発展する懸念がある。

被害対策として,主に電気柵による対策が行われている。

また,電気柵に加えて,耕作地周辺の藪を刈り払うことで,

ツキノワグマが侵入しにくい圃場環境を作出することができ

ると推測される。一方,ツキノワグマの有害駆除捕獲におい

て,狩猟者の減少および高齢化が問題となっている。さらに,

東北地方では,福島第一原子力発電所事故による放射性物質

による野生動物汚染による狩猟意欲の低下も問題となるな

ど,課題も多い。

引用文献

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おけるツキノワグマ (Ursusthibetanus)の行動および被害の実

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