次世代モバイルネットワークの概要 -...

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FUJITSU. 62, 4, p. 377-382 07, 2011377 あらまし 世界の携帯電話ユーザは45億人を突破し,ますます増加を続けている。とくにここ数 年はインターネットアクセスや音楽のダウンロード,動画通信などのモバイルデータ通 信トラフィックが年率3倍近い伸びを示している。スマートフォンの人気に伴って今後 2020年までの10年間で200倍に激増するとも予測されているデータトラフィックを吸収 し,新たなサービスのプラットフォームとして注目されているのが,第3.9世代(3.9G)と も呼ばれるLTE Long Term Evolution)である。 本稿では,201012月に国内でも商用サービスが開始された,この高速無線アクセス を実現するLTEについて,その特徴と主要技術,ネットワーク構成について概要をまと める。 Abstract The number of people using cell phones in the world has exceeded 4.5 billion and this figure is continuing to grow. For the past several years, mobile data traffic such as Internet access, the downloading of music, and video communication has been nearly tripling every year. With the popularity of smart phones, mobile data traffic will increase 200 times in the next 10 years to 2020. There are high expectations that Long Term Evolution (LTE), which is known as a 3.9G wireless system, will be a new service platform that can support such a huge amount of mobile data traffic. This paper describes the features, technologies and network architecture of LTE, which started commercial service in December 2010 in Japan, realizing high-speed wireless access. 加藤次雄 次世代モバイルネットワークの概要 Next-Generation Mobile Network

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FUJITSU. 62, 4, p. 377-382 (07, 2011) 377

あ ら ま し

世界の携帯電話ユーザは45億人を突破し,ますます増加を続けている。とくにここ数年はインターネットアクセスや音楽のダウンロード,動画通信などのモバイルデータ通

信トラフィックが年率3倍近い伸びを示している。スマートフォンの人気に伴って今後2020年までの10年間で200倍に激増するとも予測されているデータトラフィックを吸収し,新たなサービスのプラットフォームとして注目されているのが,第3.9世代(3.9G)とも呼ばれるLTE(Long Term Evolution)である。本稿では,2010年12月に国内でも商用サービスが開始された,この高速無線アクセス

を実現するLTEについて,その特徴と主要技術,ネットワーク構成について概要をまとめる。

Abstract

The number of people using cell phones in the world has exceeded 4.5 billion and this figure is continuing to grow. For the past several years, mobile data traffic such as Internet access, the downloading of music, and video communication has been nearly tripling every year. With the popularity of smart phones, mobile data traffic will increase 200 times in the next 10 years to 2020. There are high expectations that Long Term Evolution (LTE), which is known as a 3.9G wireless system, will be a new service platform that can support such a huge amount of mobile data traffic. This paper describes the features, technologies and network architecture of LTE, which started commercial service in December 2010 in Japan, realizing high-speed wireless access.

● 加藤次雄

次世代モバイルネットワークの概要

Next-Generation Mobile Network

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011)378

次世代モバイルネットワークの概要

バイルデータ通信トラフィックを収容する高速無線アクセスシステムは,携帯電話をその起源とする流れと,無線LANを起源とする流れの二つに大きく分類できる。LTEは第3世代携帯電話方式(3G)であるW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access)の高速データ通信規格HSPA(High Speed Packet Access)を更に進化させたもので,下り100 Mbps以上,上り50 Mbps以上の高速通信の実現を目指し,W-CDMA方式の標準化団体である3GPP(3rd Generation Partnership Project)で2009年3月にRelease 8として標準仕様が定められた。第4世代向けに開発された技術を用いて,第3世代と同一の周波数帯を使ってサービスをすることで,第4世代へのスムーズな移行をねらっている。限りなく第4世代に近いシステムという意味で,HSPAが第3.5世代と呼ばれていることに対して,LTEは第3.9世代と呼ばれている。

LTEの要求条件は,2005年の3月から3GPPで議論が開始された。第3世代までは,音声通信などに用いるCS(Circuit Switched)ドメインと,データ通信用のPS(Packet Switched)ドメインの両方をサポートしていたが,LTEではシステムをシンプルにしてコストを低減するために,今後トラ

ま え が き

世界の携帯電話ユーザは45億人を超え,ますます拡大の傾向にある。その中でもインターネットアクセスや動画伝送などのモバイルデータ通信トラフィックは,ここ数年は年率3倍近い伸びを示している。今後もクラウドやスマートフォン,あるいはセンサの普及により,モバイルのデータ通信トラフィックは爆発的な拡大が予想されており,高速無線アクセスへの期待はますます高まっている。今後2020年までの10年間で200倍に激増するとも予測されている(1)データトラフィックを吸収するための,新たな高速無線アクセスプラットフォームとして注目されているのが,第3.9世代(3.9G)とも呼ばれるLTE(Long Term Evolution)である。本稿では,2010年12月に国内でも商用サービスが開始された,この高速無線アクセスを実現するLTEについて,その特徴と主要技術,ネットワーク構成を述べるとともに,さらなる高速化に向けた将来の動向について概要をまとめる。

LTEとは

無線アクセスシステムの動向を図-1に示す。モ

ま え が き

LTEとは

高速無線アクセスシステム

移動速度

Bluetooth802.15.1

UWB802.15.3a

1G(アナログ)

2G(デジタル)

3G(IMT-2000)

LTE

AMPS IS-95GSMPDC

WiMAX802.16-

2004802.16e 802.16m

W-CDMA/TD-SCDMA/HSPA

CDMA2000 EV-DO/DVETACSNTT

~40 k 2 M 54 M 100 M伝送速度(bps)

1 G14 M

ZigBee802.15.4

2.4 GHz802.11b

5 GHz802.11a/g

802.11n

PAN

WiFi

携帯電話 1995 2000 2010

LTE-Advanced高速

低速

ETACS: Extended Total Communications SystemIS-95: Interim Standard-95GSM: Global System for Mobile CommunicationsPDC: Personal Digital CellularTD-SCDMA:Time Division Synchronous Code Division Multiple Access

PAN: Personal Area NetworkEV-DO: Evolution Data OnlyEV-DV: Evolution Data and VoiceUWB: Ultra Wide BandWiFi: Wireless FidelityAMPS: Advanced Mobile Phone System

図-1 高速無線アクセスシステムの動向Fig.1-Trends of mobile communication systems.

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次世代モバイルネットワークの概要

高出力送信が容易となるSingle-Carrier FDMAを採用している。(2) マルチアンテナ技術の適用基地局,および端末の双方において複数のアンテナを用いた送受信技術をサポートすることにより,周波数利用効率の向上,カバレッジの増大を実現している。伝搬環境などに応じてMIMO(Multiple Input Multiple Output),送信ダイバシティ,ビームフォーミングから最適な方法を選択することができる。MIMOは,複数のアンテナを用いることで,同一周波数に異なるデータを送受信する技術である。アンテナの数に応じて無線の使用効率を上げることができる。LTEでは仕様上は下り最大4ストリームのMIMOまでサポートしている。(3) 帯域幅の拡大第3.5世代のHSPAが5 MHz幅の帯域を使うのに対し,LTEは最大で20 MHz幅までをサポートする。帯域幅と伝送速度はほぼ比例するため,帯域幅が4倍になれば通信速度も4倍の高速化が可能となる。さらに,LTEでは様々な帯域幅の周波数に適用できるように,1.4,3,5,10,15,20 MHzの帯域幅をサポートしている。(4) 伝送遅延の低減

VoIPのサポートや,オンラインゲームなどのリアルタイムアプリケーションを快適に利用するためには,伝送遅延をできるだけ短くする必要がある。LTEでは短い無線フレーム長とパケット伝送に特化した無線チャネル構成を採用して伝送遅延の低減を実現している。また,無線ネットワークアーキテクチャに関して,第3.5世代まで採用されていた無線基地局と無線制御局の2階層構成を改め,図-2に示すような無線制御局のないフラットな構成とすることで,輻

ふくそう

輳のない最適条件における片方向伝送遅延5 ms以下を実現している。

LTEで採用された仕様・性能と第3世代,第3.5世代の各無線方式の仕様・性能の比較を表-1示す。

ネットワーク構成

LTEを収容するためのコアネットワークは,3GPPに お い てSAE(System Architecture Evolution)という名称で検討が始まり,その結果IPベースの次世代コアネットワークとしてEPC

ネットワーク構成

フィックの主流になるデータ通信に特化してPSドメインのみをサポートし,音声サービスはVoIP(Voice over IP)を用いてデータ通信としてPSドメインで提供することを想定している。また,第3世代で懸念となっていた遅延時間について,大幅な改善をねらっている。

3GPPにおいて,最終的にTR25.913(2)として承認されたLTEの要求条件の概要を以下に示す。(1) データ通信(パケット交換)に特化(2) 可変帯域をサポート(1.4~ 20 MHz)(3) 低遅延の実現・接続遅延:最大100 ms以下・転送遅延:5 ms以下(無線区間)(4) 高速性の実現・下りリンク:100 Mbps以上・上りリンク:50 Mbps以上(5) 周波数利用効率の向上(第3.5世代比率)・下りリンク:3倍以上・上りリンク:2倍以上(6) 既存システム(第3世代/第3.5世代)との共存次章以降では,上記要求条件を満足するために

LTEに採用された主要技術と,ネットワーク構成の概要を示す。

主 要 技 術

LTEの最大の目的は高速な無線アクセスの実現である。高速化のためには,無線利用効率の向上と,利用できる周波数帯域の拡大の二つが必要となってくる。そのため,LTEでは以下の技術を採用している。(3)-(5)

(1) 無線アクセス方式下りリンクには,無線LANなどでも適用されているOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)を採用している。OFDMAは周波数軸と時間軸でユーザへチャネル(サブキャリア)の割当てを行う。ユーザの無線環境に応じて伝送効率の高いチャネルを割り当てることにより,周波数の利用効率を向上させることができる。マルチパス干渉への耐性も高く,第3世代,第3.5世代で採用されているCDMA(Code Division Multiple Access)方式と比較して,同じ周波数幅の中に3~ 4倍のデータを収容することができる。一方,上りリンクには,送信信号のピーク対平均電力比が小さく

主 要 技 術

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011)380

次世代モバイルネットワークの概要

(Evolved Packet Core)が,LTEと同様に3GPP Release 8の標準仕様として規定された。EPCはデータ通信用に特化したアーキテクチャであり,以下の特徴を有している。(6),(7)

(1) パケットベースのアーキテクチャ今後のトラフィックの主流がインターネットアクセスをはじめとするデータ通信になることが想定されることから,ネットワークの簡素化および効率化を図るために,パケット交換方式のみを規定している。第3世代システムで提供されている回線交換サービスは,IMS(IP Multimedia

Subsystem)の能力を用いて相当のサービスを提供する。(2) 常時接続接続遅延を短縮するために,端末が電源をONしてネットワークに登録をした時点で,EPCは論理的な伝送路を確立させる。コアネットワーク上では,常に伝送路が確立している状態を保つことになるので,実際に通信を行うときには,移動端末と基地局間の無線の接続設定だけを行えばよい。このため,接続遅延時間の大幅な削減が可能となる。無線区間でのプロトコルのシンプル化や前述の無線ネットワークアーキテクチャのフラット化と併せて,接続遅延時間100 ms以下を実現している。(3) 異種無線収容

EPCはLTEの収容を主眼として仕様化されたものであるが,第3世代のW-CDMAや第3.5世代のHSPAといった3GPP準拠の無線システムだけでなく,CDMA2000やWiMAX,WiFiといった様々な無線アクセスも収容すると同時に,これらの異なる無線アクセスシステム間のハンドオーバも可能とする共通のコアネットワークとして規定されている。汎用的なIPを広く取り入れることによって,無線アクセス方式に依存しないネットワークアーキテクチャを構成している。

EPCネットワークアーキテクチャの概要を図-3に示す。MME(Mobility Management Entity)は,端末の認証や移動の管理を行う。既存のW-CDMAやHSPAとのインターワークも行い,EPC内のユーザデータ転送経路の設定を行う。S-GW(Serving Gateway)は,LTEの無線基地局であるeNodeB(enhanced Node B)を収容し,ユーザデータを転送する。LTEと既存のW-CDMA/HSPAへのユーザ

MME/S-GW MME/S-GW

eNodeB

eNodeB

eNodeBX2

X2X2

S1S1 S1

S1

UEUE

UE

図-2 LTE無線ネットワークアーキテクチャFig.2-LTE wireless network architecture.

表-1 高速無線アクセスシステムの比較

W-CDMA(3G)

HSDPA/EUL (3.5G)

CDMA2000 1xEV-DOLTE

Rev.0 Rev.A

多重化方式 DL:CDMAUL:CDMA

DL:CDMAUL:CDMA

DL:CDMAUL:CDMA

DL:CDMAUL:CDMA

DL:OFDMAUL:SC-FDMA

周波数帯域 5 MHz 5 MHz 1.25 MHz 1.25 MHz 20 MHz

変調方式 HPSK,QPSK HPSK,QPSK16QAM

BPSK,QPSK8PSK,16QAM

BPSK,QPSK8PSK,16QAM

QPSK,16QAM64QAMなど

データ速度(最大)

DL:384 kbpsUL:64 kbps

DL:14.4 MbpsUL:5.7 Mbps

DL:2.4 MbpsUL:154 kbps

DL:3.1 MbpsUL:1.8 Mbps

DL:325 MbpsUL:86 Mbps

商用開始時期 2000 HSDPA:2006EUL:2008 2003 2006 2009

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011) 381

次世代モバイルネットワークの概要

は更なる高速無線アクセスを実現するために,すでにLTE-Advancedの標準化が進んでいる。LTE-Advancedは第4世代に位置付けられる無線アクセス方式であり,その名のとおりLTEの技術をベースにしている。LTEにおける20 MHzの無線帯域を複数束ねて最大100 MHzまでの高帯域化を図るキャリア・アグリゲーション技術や,最大8ストリームまでサポートするMIMOの拡張によって,1 Gbpsの高速化伝送の実現をねらっている。富士通は,LTE端末や基地局,コアネットワーク装置およびこれらの装置を実現するための各種要素技術の開発を既に行っている。また,LTEやEPCを効率良く構築,運用するための管理技術やエンジニアリング技術の開発も進めており,LTEの商用サービスの開始に貢献してきた。引き続きLTEの本格的な普及に向けて開発を進めると同時に,LTE-Advancedの実現に向けて標準化活動から実用化に至るまで,たゆまぬ研究開発を推進していく予定である。

参 考 文 献

(1) 情報通信審議会 情報通信技術分科会 携帯電話等周波数有効利用方策委員会 第32回.

(2) 3GPP:TR25.913 Requirements for Evolved UTRA (E-UTRA) and Evolved UTRAN (E-UTRAN)(Release 8).

(3) 3GPP:TS36.300 Evolved Universal Terrestrial Access (E-UTRA) and Evolved Universal Terrestrial Access Network (E-UTRAN) overall description

データの切替えを行うアンカーポイントの機能も有する。P-GW(Packet Data Network Gateway)は,IMSなどオペレータ自身が運営するIPサービスシステムや,オペレータ以外のIPサービスプロバイダとの接続機能を持ち,移動端末へのIPアドレスの割当てなどを行うとともに,WiMAXやWiFiなど,3GPPで規定する以外の無線アクセスを収容する。PCRF(Policy and Charging Rules Function)は,EPC内におけるQoSなどのポリシーや課金ルールを規定する。P-GWやS-GWにおいて,PCRFからの指示に従ったポリシー制御や課金制御が行われる。HSS(Home Subscriber Server)は,ユーザを特定するための各種識別子や,ユーザが契約しているサービスの情報などのユーザプロファイルが格納されている。ユーザがeNodeBやNodeBを経由してネットワークにアクセスしたときに,MMEによってHSSに格納されているプロファイルが参照されて,ユーザ認証やサービスの認証が行われる。SGSN(Serving GPRS Support Node)は,W-CDMAやHSPAに接続される端末の認証や移動管理を行う。これらの各ノード間が汎用のIPを用いて相互に接続することで,EPCは無線アクセス方式に依存することなく,高速なデータ通信の効率的な転送を実現している。

む  す  び

本稿では,高速無線アクセスサービスを実現するLTEについて,その特徴と主要技術,およびネットワーク構成について概要を述べた。3GPPで

む  す  び

eNodeB

MME

S-GW P-GW

NodeB/RNC

WiMAXWiFi

PCRF

HSS

キャリアIPサービス(IMSなど)

SGSN

LTE

W-CDMA/HSPA

3GPPアクセス

非3GPPアクセス

図-3 EPCネットワークアーキテクチャFig.3-EPC network architecture.

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011)382

次世代モバイルネットワークの概要

(GPRS) Enhancements for Evolved Universal Terrestrial Radio Access Network (E-UTRAN) access (Release 8).

(7) 3GPP:TS23.402 Architecture enhancements for non-3GPP accesses (Release 8).

stage2 (Release 8). (4) 3GPP:TR36.913 Requirements for Further

Advancement for E-UTRA (LTE-Advanced) (Release 8). (5) 齊藤民雄ほか:LTE/WiMAXシステムの動向.

FUJITSU,Vol.60,No.4,p.304-309(2009). (6) 3GPP:TS23.401 General Packet Radio Service

加藤次雄(かとう つぐお)

ネットワークシステム研究所 所属現在,フォトニクス,ワイヤレス,IPネットワークの研究開発に従事。

著 者 紹 介