ハンマー投におけるターン速度向上が ハンマーヘッ …...hammer head velocity...

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1.緒 ハンマー投げとは,直径2.135mのハンマ ーサークルの中でスイングを行った後に3か ら4回のターン動作を用いて7.26㎏(一般男 子用)のハンマーヘッドを加速させ投げ出し その距離を競う競技である。現在の男子の世 界記録は1986年8月30日にユーリ・セディフ (ロシア共和国=旧ソビエト連邦)が樹立し た86.74mであり,今日まで約30年間更新さ れていない。ハンマー投げの投動作は複雑で, 反時計回りで回転を行う場合には左足の踵と 研究ノート ハンマー投におけるターン速度向上が ハンマーヘッド速度と動作に及ぼす影響 ―1年間の取り組みとその変化― 山本大輔 1) ,野 口 安 忠 2) Influence of Turn Speed on Hummer Head Velocity and Motion in Hummer Throw Yamamoto Daisuke 1 Noguchi Yasutada 2 Keywords hummers throw, hummer head, turn speed, duration time, height of center of mass ハンマー投,ハンマーヘッド,ターン速度,動作時間,重心高 Absutract The purpose of this study was to investigate the changes in throwing motion after training for increasing turn speed in hummer throw. A subject was one male hummer thrower of the student in top-level. The duration time as turn speed and hammer head velocity and the height of center of mass of thrower (CM) during hummer throw were analyzed using three-dimensional-analysis method. As the Results, although turn speed and hummer head velocity at each instant were increased, release velocity and throwing distance were hardly changed due to insufficient acceleration of hummer head during final phase before release. It is thought that rise of the height of CM before final phase is that cause. These results suggested that it is necessary to control the height of CM during high speed turn, for achieving higher performance. 1) 天理大学体育学部 2) 福岡大学スポーツ科学部 1.Faculty of Budo and Sport studies, Tenri University 2.Faculty of Sport and Health Science, Fukuoka University 天理大学学報 245 43 49,2017

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Page 1: ハンマー投におけるターン速度向上が ハンマーヘッ …...hammer head velocity and the height of center of mass of thrower (CM) during hummer throw were analyzed

1.緒 言

ハンマー投げとは,直径2.135mのハンマーサークルの中でスイングを行った後に3から4回のターン動作を用いて7.26㎏(一般男子用)のハンマーヘッドを加速させ投げ出し

その距離を競う競技である。現在の男子の世界記録は1986年8月30日にユーリ・セディフ(ロシア共和国=旧ソビエト連邦)が樹立した86.74mであり,今日まで約30年間更新されていない。ハンマー投げの投動作は複雑で,反時計回りで回転を行う場合には左足の踵と

研究ノート

ハンマー投におけるターン速度向上がハンマーヘッド速度と動作に及ぼす影響―1年間の取り組みとその変化―

山 本 大 輔1),野 口 安 忠2)

Influence of Turn Speed on Hummer Head Velocity and Motion in

Hummer Throw

Yamamoto Daisuke1,Noguchi Yasutada2

Keywords

hummers throw, hummer head, turn speed, duration time, height of center of massハンマー投,ハンマーヘッド,ターン速度,動作時間,重心高

Absutract

The purpose of this study was to investigate the changes in throwing motion

after training for increasing turn speed in hummer throw. A subject was one male

hummer thrower of the student in top-level. The duration time as turn speed and

hammer head velocity and the height of center of mass of thrower (CM) during

hummer throw were analyzed using three-dimensional-analysis method. As the

Results, although turn speed and hummer head velocity at each instant were

increased, release velocity and throwing distance were hardly changed due to

insufficient acceleration of hummer head during final phase before release. It is

thought that rise of the height of CM before final phase is that cause. These results

suggested that it is necessary to control the height of CM during high speed turn,

for achieving higher performance.

1) 天理大学体育学部2) 福岡大学スポーツ科学部

1.Faculty of Budo and Sport studies, Tenri University2.Faculty of Sport and Health Science, Fukuoka University

天理大学学報 245:43―49,2017

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爪先を交互に中心にして回転し投てき方向へ推進している。このハンマー投げ種目において,飛距離を決定づける最も大きな要因はリリース時のハンマーヘッド速度であることが報告されている1,3)。このことから,より高い初速度を獲得するためにターン技術における研究がなされてきた。ターン動作中におけるハンマーヘッドには,下肢,体幹,上肢の順に回転運動が生じることで速度が伝達され7),初速度の高い選手ほどこのハンマーヘッド速度はターン動作開始時からすでに高いことがわかっている1)。ハンマーヘッド速度を高めるためには,身体のターン速度を高める必要があるが,ターン速度が増加するとハンマーヘッドにかかる遠心力も増加することになる。ターン速度の高い一流選手では体重の約3.6倍もの遠心力がハンマーヘッドに加わっていることが報告されており4),ターン速度とハンマーヘッド速度を高めるためには技術だけでなく高い体力的要素も必要とされる種目である。このハンマー投げについて,世界一流選手の技術について報告はなされてきているものの6),同一の被験者を対象にターン速度の向上を目的とした体力および技術トレーニングの効果を検証した実践研究はほとんどない。そこで,本研究では特に技術トレーニングを中心にターン速度向上を狙いとした取り組みから,ターン速度向上がハンマーヘッド速度や投てき動作にどのような影響をおよぼすのかについて,また2014年と2015年にかけての1年間の取り組みで投てき動作がどのように変化したかについて明らかにすることを目的とした。

2.方 法

2.1.被験者被験者は大学全国レベルの試合において入

賞経験を持つT大学陸上競技部でハンマー投げを専門とする男子学生1名とした。2014年9月および2015年10月にそれぞれ実験条件下にて投てき動作の撮影を行った。表1に被験者の身体的特性およびシーズンベストと実験時の投てき記録の変化を示した。

2.2.1年間の取り組み被験者は2014年から2015年にかけて,ター

ン動作開始から回転リズムを高めていくことに重点をおいて,時期によっても異なるものの週2~3回の投てき練習に加えて以下の技術練習についても取り組んだ。1)5回転の空ターン:投てき物を保持し

ないで行うターン練習。被験者は通常4回転投法であるが,より高い回転速度での安定した姿勢や足さばきを行うことを目的に5回転を行っている。2)ショートハンマー:ワイヤー長が半分

程度のハンマーに1.25㎏のプレートを付けたショートハンマーを用いた投てき練習。ワイヤー長が短く回転半径が小さいので回転速度を高めやすく,素早いリズムや動作の遂行能力を高めるために行った。

3)ケトルベル投げ:7.26㎏の鉄球にハンマーグリップ装着したケトルベルをノーターン,あるいは1ターンで投げる動作。両手保持と左手保持でそれぞれ行った。4)ロングハンマー:ワイヤーを2つ連結

したロングハンマーを用いたターン練習。両足接地中のハンマーヘッドの加速に必要な,

表1.被験者の身体的特性およびシーズンベストと実験時の投てき記録の変化

年齢 身長(m) 体重(㎏) シーズンベスト(m) 実験時の投てき記録(m)

2014年 20 175.1 97 62.62(PB) 58.38

2015年 21 175.4 98 60.23 58.66

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体幹の捻り戻しや体重移動などの動作を確認するターン練習を行った。また体力レベルを高めるために,ハイクリ

ーンやフルスクワットやベンチプレスなど様々なウエイトトレーニングを週2~3回継続的に行った。

2.3.測定方法2014年および2015年の実験は,T大学陸上競技西グランドの投てきサークルにて行った。被験者には十分にウォーミングアップを行わせた後に全力での試技を3投行わせ,その投てき動作を3台のデジタルビデオカメラ(Panasonic製,HC-V 700 M,60コマ/秒,1/1000秒)を使用して撮影するとともに,最

も良い記録をメジャーで測定した(図1)。また投てき動作とともに,あらかじめ較正点間の距離が分かっているキャリブレーションポールを9カ所に垂直に立てて撮影しておいた。最も記録の良かった試技の映像を動画解析システム(DKH製,Frame-DIAS IV)を用いて身体分析点20点とハンマーヘッド1点をデジタイズし,これらの3次元座標値をDLT方により算出した。さらに得られた座標値をもとに両肩と両腰の中点および身体重心を算出し,これらをバターワースデジタルフィルターにより6Hzで平滑化して分析に利用した。なお,本研究では投てき方向をY軸,Y軸に垂直な右方向をX軸,鉛直方向をZ軸となるように静止座標系を定義した。デ

図1 実験設定と実験の様子

図2 ハンマー投げにおける動作時点と局面の定義

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ベンチプレス フルスクワット ハイクリーン

2014年 155㎏ 230㎏ 160㎏

2015年 155㎏ 240㎏ 170㎏

表2.ウエイトトレーニングの1RM

ジタイズにおける各軸の実測値と平均値の誤差は,それぞれ2014年のX軸が0.012m,Y軸が0,011m,Z軸が0,014mで2015年のX軸が0,005m,Y軸が0,004m,Z軸が0,005mであった。

2.4.分析項目と動作の時点定義動作の比較をおこなうにあたりハンマー投

げの投てき動作時点を次のように定義した。ハンマーヘッドのZ成分の変位が最も低い時点を Lo,高い時点をHiと定義し,これらの時点について動作開始時から時系列に1から5の数字を付記した(図2)。また,ハンマーグリップが手から離れた瞬間をリリースとした。また,本研究ではターン速度向上が動作や

ハンマーヘッド速度におよぼす影響について明らかにするために,以下の分析項目を算出し2014年と2015年の比較を行った。1)動作時間(s):動作開始から各時点

までにかかった経過時間を求めた。2)ハンマーヘッド速度(m/s):投てき

動作中の各時点のハンマーヘッド速度を算出した。3)身体重心高(m):各時点の身体重心

高を求めた。

3.結 果

3.1.ウエイトトレーニングの1RM被験者は投てき技術に加えて体力レベルを

高めるために,ベンチプレスとフルスクワットとハイクリーンを中心にウエイトトレーニングを継続して行った。その結果,2014年と2015年にかけてベンチプレスの拳上最大重量(1RM)には変化は見られなかったが,フルスクワットとハイクリーンの1RMはそれぞれ10㎏増加していた。

3.2.動作時間ハンマー投げにおいて,ハンマーヘッド速

度を高めるためにはターン速度を高めることが重要である。1回転のターン速度はそれにかかった動作時間ととらえることもできることから,2014年と2015年における動作時間について比較検討した(図4)。その結果,2015年における動作時間はターン開始から徐々に短縮され,リリースでは2014年に比べて約0.2

図3 分析項目

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図4 各時点における動作時間の変化

図5 各時点におけるハンマーヘッド速度の変化

図6 各時点における身体重心高の変化

秒早く投てき動作が完了していた。このことから,2015年ではターン速度が高まっていたことが確認された。

3.3.ハンマーヘッド速度2015年における投てき動作中のハンマーヘッド速度は,2014年に比べて全ての時点において向上していた(図5)。また両年ともターン開始から各 Loのハンマーヘッド速度は5Loまで徐々に増加する共通した速度変化パターンを示していたが,それ以降の投げ出し局面では2014年は0.49m/s増加しているのに対して2015年は0.22m/sの減速するという違いがみられた。投げ出し局面はリリースに向けてハンマーヘッドを加速させ初速度を決定づける重要な局面であるにも関わらず,2015年ではハンマーヘッドを加速させることができていなかった。

3.4.身体重心高ハンマーヘッドは両脚支持局面で加速させ

るため,両脚支持局面へ移行する右足接地動

作を適切に行うことが重要な技術での一つであるといえる。そのためには身体重心高のコントロールが重要であり,ターン中の身体重心高の大きな変化はスムーズな右足接地動作やそれに続くハンマーヘッドの加速に影響を及ぼす。そこで身体重心高の変化について検討した(図6)。その結果,特に5Lo以降で違いが認められた。2014年は4Hiから5Loにかけて0.03mと大きな増加はなく,5Loからリリースで0.07mと大きく増加していた。その一方で2015年では,4Hiから5Loの局面で0.10mと大きく増加し,5Loからリリースにかけて0.07m増加していた。

4.考 察

ハンマー投げにおいてより良いパフォーマンスを発揮するためには,ハンマーヘッド速度を高めることが重要である1,3).そのハンマーヘッド速度を高めるためには,ターン中の回転半径を大きくするか,そもそも回転速度(ターン速度)を高める必要がある。そのため本研究における被験者は,ターン速度を高めハンマーヘッド速度向上を狙いとするトレーニングを行ってきた。ハンマー投げでは専門的トレーニングとして,目的に合わせてワイヤー長や重量の異なるハンマーを用いた投てき練習を行う。正規の規格とは異なるため,あくまでトレーニングの補助的な役割を果たしているが,これによりターン感覚の養成やスピード強化など技術の向上や修正に取り組むことができると考えた。坂東たち1)は

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投てき記録の良い選手ほど,投てき動作開始時からすべての時点においてハンマーヘッド速度が高かったことを報告している。このことから,ターン動作において各ターンの加速を大きくすることだけではなく,高いハンマーヘッド速度で動作を開始できる技術の習得をトレーニング過程で取り入れることが重要であると示唆している。本研究における被験者は,ターン速度の向上を目的にトレーニングを行ってきたが,動作時間の結果から2015年における各ターン速度が高まっていたことが確認された。またターン速度の向上に伴って,2014年に比べて2015年は動作開始から全ての時点においてハンマーヘッド速度が向上していた。しかしながら,実験時の投てき記録は0.28mの向上に留まっていた。これは,リリースに向けてハンマーヘッドの最終加速を行う投げ出し局面において,2015年の投てきではその加速が十分に行われていなかったためであると考えられる。このハンマーヘッドの加速は,主に片脚支持局面中に捻転した体幹を両脚支持局面で捻り戻す動作や,ハンマーヘッドに対してハンドルがやや先行した状態で Loから右足離地にかけての両脚支持局面中に身体を後方へ倒し込む動作によって引き起こされている2,5)。実際に Hiから Loの局面でハンマーヘッドが加速している様子が本研究の速度変化からもみてとれる。また,これらのターン動作は絶えずハンマーヘッドとは逆方向に身体を移動させて,ハンマーヘッド速度の増加に伴う遠心力に対抗する力を発生させ続けながら行われている5)。このように高速で複雑な動作の中で身体重心をコントロールすることは,回転運動を継続するうえで必要不可欠な運動である。この身体重心の変位に着目すると,2014年に比べて2015年の投てき動作では投げ出し局面直前の4Hiから5Loにかけて極端に重心高が上昇している様子がみられた。2015年に投げ出し局面において十分にハンマー速度を高められなかった理由は,この直前の両脚支持へと移行す

る局面での身体重心高の上昇にあると考えられる。片脚支持局面から両脚支持局面へと移行するHiから Loの局面で身体重心高が極端に上昇すると,スムーズな右足接地動作の遅れやそれに続くハンマーヘッドの加速に支障をきたす可能性がある。右足接地が遅れると体幹の捻転がほどけてハンマーヘッドが先行しやすいため,ハンマーヘッドを加速する局面が短くなったり,あるいはハンドルに対してハンマーヘッドが先行してしまうことで倒れ込み動作を利用したハンマーヘッドの接線方向の加速ができなくなってしまう。また,いずれの時点においても身体の伸び上がりによって極端に身体重心高が上昇すると,脚の力を十分に発揮できないだけでなくバランスを保持すること自体が困難になってしまう。さらに,ターン動作後半はターン速度とともにハンマーヘッド速度も高まり,軌道が徐々に水平から垂直方向へと傾いてくる局面でもあるため,斜め上方向に加わる大きな遠心力に対して釣り合う求心力を短時間の動作の中で発揮できなければ身体重心が引き上げられやすくなる。さらには,4Hiから5Loとそれに続く5Loからリリースの投げ出し局面は,連続してハンマーヘッドを加速させ続けなければならないため,投てき者には投げようとする意識が働きやすくなる局面でもあるといえる。このように様々な条件を鑑みると,本研究における被験者は右足接地前にリリースに向けて最終加速を行おうとしてしまい身体が伸びあがった状態,一般に指導現場で言われる投げ急ぎの動作となってしまっていたと考えられる。これによって,上述のように右足接地の遅れや,それに伴ってハンマーヘッドの加速動作が十分に行えなかったため最終的により高い初速度を発揮することができなかったのであろう。より高まったターン速度の中で,安定した

ターン動作を行うためには体重や筋力などの体力的要素の向上とターンの技術や感覚の両面の改善が重要であると考えられる。本研究

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における被験者のウエイトトレーニングにおける1RMの値をみると,廣瀬たち2)の報告における類似した競技レベルを有する選手と比較しても同程度であることから,本被験者においては特に技術的な改善が今後の主な課題であると考えられる。本研究の結果から,このようにターン開始

から高いターン速度で動作を行おうとした場合,ターンが進むにつれて動作時間の短縮および遠心力の増加,それに伴う技術的な新たな課題が浮き彫りとなった。ターン速度向上に取り組む際にはリズムだけでなく,短い動作時間の中で増加する遠心力と,それに釣り合う求心力の発揮に必要な技術および体力的要素との関わり合いを鑑みながら指導およびトレーニングを進めていくことが重要であると考えられる。残念ながら,これらの課題に対する改善方法は具体的に示すことはできなかったが,事例を蓄積しながら様々な選手の課題に応じた解決策を導いていくことが今後の課題であると考えられる。

Ⅴ.結 論

本研究では,2014年から2015年にかけて5回転の空ターンやショートハンマーなどターン速度向上を狙いとする技術練習に取り組み,ハンマー投げにおけるターン速度がハンマーヘッド速度や動作に及ぼす影響について探った。その結果,ターン速度の向上に伴いハンマーヘッド速度増加し,全ての時点においてハンマーヘッド速度が上がっていた。一方で,4Hiから5Loにかけて身体重心が鉛直方向へ伸びあがる運動が早かったことにより,投げ出し局面ではリリースに向けて十分にハンマーヘッドを加速しきれなかった。そのため2014年から2015年にかけて初速度および投てき記録は向上していたものの,その変化は大きいとはいえないものであった。しかしながら,ターン動作開始時から5Loまでは高いハンマー速度で動作を遂行することができ,高いパフォーマンスを発揮するための技術が

部分的にではあるものの獲得できていたことが示唆された。このことからターン速度向上に取り組み,より高い初速度を発揮するためには,特に時間的・体力的・技術的に複雑な動作となる後半において的確な動作を遂行するという課題に対して,あらかじめ必要となるであろう技術および体力的要素と競技者との関わり合いを鑑みながら指導およびトレーニング計画を進めていくことが重要であると考えられる。

Ⅵ.引用文献

1)坂東美和子,田辺智,伊藤章(2006)ハンマー投げ記録とハンマーヘッド速度の関係.体育学研究51(4):505―514.

2)廣瀬健一,高梨雄太,青木和浩,金子今朝秋(2013)ハンマー投競技者のパフォーマンスとコントロールテストの関連性について―ケトルベル投に着目して―.陸上競技研究92,38―44

3)室伏重信,斉藤昌久,湯浅景元(1982)ハンマー投のバイオメカニクス的研究―投射時におけるハンマー頭部の初速度・投射角・投射高が飛距離に及ぼす影響―.中京体育学研究,21(3):38―43.

4)岡本敦(2007)ハンマー投げの牽引力に体重の与える影響.環境経営研究所年報6,51―53.

5)田内健二,藤井宏明(2009)ハンマー投げ―回す力,飛ばす力―.体育の科学,59(6):396―402

6)梅垣浩二,室伏広治,藤井宏明,桜井伸二,田内健二(2010)第11回世界陸上大阪大会の男・女ハンマー投上位入賞者のバイオメカニクス的特徴.世界一競技者のパフォーマンスと技術,財団法人日本陸上競技連盟:201―211.

7)湯浅景元,奥山秀雄,室伏重信,斉藤昌久(1984)ハンマー投げのバイオメカニクス的特性.体育の科学,34(4):319―322.

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