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SEAJ Journal 2013. 8 No. 142 32 ミニマルファブについて第1回の沿革[1]に引き続き、 今回は、ミニマルファブのコンセプトについて解説する。 ●ファブの規模を1/1,000にする理由 ミニマルファブの最終目的は、半導体製造の巨大投資問 題の解決にあり、そのために、次の3つの特徴を持つファ クトリーを開発する。(ⅰ)ハーフインチウェーハ、(ⅱ) 30cm幅の製造装置群、(ⅲ)局所クリーン化搬送システム、 である。ハーフインチは、12インチに対して面積はおよそ 1/1,000になる。そこで、工場の投資額も5,000億円の現状に 対して、5億円に縮小し抑制される[2]、[3]。 投資額の課題を解決するには、当然のことであるが工場 規模を小さくすれば良い。しかし、少しくらいの小型化では、 より大きなウェーハサイズの方が有利になってしまう。そ れは、ファクトリーシステムとプロセス技術のあらゆる点 で、スケールメリットが出るように作られているからであ る。すなわち、縮小化によるメリットを出せるようにする には、ゼロからファクトリーを創造しなければならない。 そこで、思い切って量産性というものを切り捨て、集積回 路を1個だけを作るウェーハサイズにしてしまうと、逆に これまであり得なかった小型化メリットが現れる。具体的 には、ウェーハをハーフインチ、正確には直径12.5mm と する。これは300mm ウェーハに対して、面積でおよそ3桁 小さい、すなわち約1/1,000の面積しかない。このようにす ると、仮にウェーハ上にデバイスを1つだけ作る場合には、 ダイシングという切り離し工程が必要なくなる。そうなる と、ダイシングでサイズが変わることで前工程(ウェーハ プロセス)と後工程と呼んで分断されていた生産工程が統 一され、生産を阻害する大きな問題を一つ解決することが できる。さらに、このサイズのウェーハは割れにくいので、 分厚くする必要は無く、はじめから薄いウェーハにしてお けばよいので、バックグラインドも必要性がほとんどなく なる。 このサイズで300mm ウェーハと同じデバイスを作る場 合、1枚のウェーハ上に作ったデバイスの総価格は1/1,000 であるから、不良ウェーハを捨ててもたいしたことにはな らない。テストウェーハのコストも1/1,000になる。 プロセステクノロジーには大きなメリットが発生する。 これまでビーム系のプロセステクノロジーは、ウェーハが 大きいほど時間が掛かり、大口径ウェーハには極めて不向 きなものであった。ハーフインチウェーハでは、ビームス キャニング面積が1/1,000なので、実効的にプロセススピー ドが1,000倍になる。従って、電子ビーム露光は、ミニマル ファブでは極めて現実的なプロセス技術となる。 工場の投資額は、ウェーハ面積に比例して縮小されるの で、およそ1/1,000の5億円となる。これは重大なメリット である。現状、1ラインに必要な5,000億円を用意できず、 日本メーカは衰退の一途をたどっているが、5億円なら誰 でも参入可能であり、半導体産業を再活性化することがで きる。 ところで、半導体では特に死の谷の問題が無視できない。 せっかく素晴らしい研究成果がでたとしても、それを開発 の人々が受け取るとは限らない。仮に開発フェーズに入っ たとしても、生産段階に移行するとも限らない。筆者は、 長年、生産にあって研究に足りない物は何かを考え続けて きた。10年ほど前、局所クリーン化リサーチシステムの開 発[1]を行っているうちに、それが、同時生産性(同時 に製造する量、すなわちウェーハ口径)の違いと、品質保 持システムの有無の2つであることを理解するに至った。 そうであるなら、第1の問題であるウェーハサイズは、研 究者のウェーハサイズ、すなわち1cm 2 程度にしてしまえば 良いことになる。これが、面積がほぼ1cm 2 程度のハーフイ ンチウェーハを使用する別の理由である。第2の問題は、 品質保持システムを研究システムに付加すれば済むことで ある。それでも、研究システムの品質保持方法が生産シス テムと違えば、またそれによる死の谷が発生してしまう。 最も効率の良い方法は、研究システムと開発システムと生 産システムが全く同じであるということである。ミニマル ファブはこれを厳密に実現した恐らく世界的に類を見ない 研究-開発-生産一体型システムである。ミニマルファブで はクリーンルームが特に必要なく、その意味で、既存のメ ガファブよりも遙かに高度な品質保持機能を有している。 ミニマルファブは試作に向いていると理解する人が多いが、 ~第2回 ミニマルファブのコンセプト~ ミニマルファブ特集 独立行政法人産業技術総合研究所 ミニマルファブ技術研究組合 はら ろう

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Page 1: ミニマルファブ特集 - SEAJミニマルファブ特集 ~第2回 ミニマルファブのコンセプト~ SEAJ Journal 2013. 8 No. 142 33 それは一面でしか無い。ミニマルファブは生産システムで

SEAJ Journal 2013. 8 No. 14232

ミニマルファブについて第1回の沿革[1]に引き続き、今回は、ミニマルファブのコンセプトについて解説する。

●ファブの規模を1/1,000にする理由ミニマルファブの最終目的は、半導体製造の巨大投資問

題の解決にあり、そのために、次の3つの特徴を持つファクトリーを開発する。(ⅰ)ハーフインチウェーハ、(ⅱ)30cm 幅の製造装置群、(ⅲ)局所クリーン化搬送システム、である。ハーフインチは、12インチに対して面積はおよそ1/1,000になる。そこで、工場の投資額も5,000億円の現状に対して、5億円に縮小し抑制される[2]、[3]。

投資額の課題を解決するには、当然のことであるが工場規模を小さくすれば良い。しかし、少しくらいの小型化では、より大きなウェーハサイズの方が有利になってしまう。それは、ファクトリーシステムとプロセス技術のあらゆる点で、スケールメリットが出るように作られているからである。すなわち、縮小化によるメリットを出せるようにするには、ゼロからファクトリーを創造しなければならない。そこで、思い切って量産性というものを切り捨て、集積回路を1個だけを作るウェーハサイズにしてしまうと、逆にこれまであり得なかった小型化メリットが現れる。具体的には、ウェーハをハーフインチ、正確には直径12.5mm とする。これは300mm ウェーハに対して、面積でおよそ3桁小さい、すなわち約1/1,000の面積しかない。このようにすると、仮にウェーハ上にデバイスを1つだけ作る場合には、ダイシングという切り離し工程が必要なくなる。そうなると、ダイシングでサイズが変わることで前工程(ウェーハプロセス)と後工程と呼んで分断されていた生産工程が統一され、生産を阻害する大きな問題を一つ解決することができる。さらに、このサイズのウェーハは割れにくいので、分厚くする必要は無く、はじめから薄いウェーハにしてお

けばよいので、バックグラインドも必要性がほとんどなくなる。

このサイズで300mm ウェーハと同じデバイスを作る場合、1枚のウェーハ上に作ったデバイスの総価格は1/1,000であるから、不良ウェーハを捨ててもたいしたことにはならない。テストウェーハのコストも1/1,000になる。

プロセステクノロジーには大きなメリットが発生する。これまでビーム系のプロセステクノロジーは、ウェーハが大きいほど時間が掛かり、大口径ウェーハには極めて不向きなものであった。ハーフインチウェーハでは、ビームスキャニング面積が1/1,000なので、実効的にプロセススピードが1,000倍になる。従って、電子ビーム露光は、ミニマルファブでは極めて現実的なプロセス技術となる。

工場の投資額は、ウェーハ面積に比例して縮小されるので、およそ1/1,000の5億円となる。これは重大なメリットである。現状、1ラインに必要な5,000億円を用意できず、日本メーカは衰退の一途をたどっているが、5億円なら誰でも参入可能であり、半導体産業を再活性化することができる。

ところで、半導体では特に死の谷の問題が無視できない。せっかく素晴らしい研究成果がでたとしても、それを開発の人々が受け取るとは限らない。仮に開発フェーズに入ったとしても、生産段階に移行するとも限らない。筆者は、長年、生産にあって研究に足りない物は何かを考え続けてきた。10年ほど前、局所クリーン化リサーチシステムの開発[1]を行っているうちに、それが、同時生産性(同時に製造する量、すなわちウェーハ口径)の違いと、品質保持システムの有無の2つであることを理解するに至った。そうであるなら、第1の問題であるウェーハサイズは、研究者のウェーハサイズ、すなわち1cm2程度にしてしまえば良いことになる。これが、面積がほぼ1cm2程度のハーフインチウェーハを使用する別の理由である。第2の問題は、品質保持システムを研究システムに付加すれば済むことである。それでも、研究システムの品質保持方法が生産システムと違えば、またそれによる死の谷が発生してしまう。最も効率の良い方法は、研究システムと開発システムと生産システムが全く同じであるということである。ミニマルファブはこれを厳密に実現した恐らく世界的に類を見ない研究-開発-生産一体型システムである。ミニマルファブではクリーンルームが特に必要なく、その意味で、既存のメガファブよりも遙かに高度な品質保持機能を有している。ミニマルファブは試作に向いていると理解する人が多いが、

~第2回 ミニマルファブのコンセプト~ミニマルファブ特集

独立行政法人産業技術総合研究所ミニマルファブ技術研究組合

原はら

 史し

朗ろう

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ミニマルファブ特集 ~第2回 ミニマルファブのコンセプト~

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それは一面でしか無い。ミニマルファブは生産システムでもある。

ミニマルファブの生産性は、月産最大4万ウェーハ、年間最大50万ウェーハである。これは、ミニマルファブが、1分間に1プロセス処理することを基本とすることによる。60分で60枚処理されるので、24時間×30日で4万3千ウェーハとなる。歩留まりと稼働率を9割と仮定すると、月産4万ウェーハとなる。これは、メガファブのウェーハ生産量と何ら変わらない。メガファブとミニマルファブはウェーハサイズが違うだけなので、本質的なウェーハ生産量は変わらないのである。ミニマルファブでは、当面極力新しいプロセス技術を導入しない。このことで、メガファブで枯れたプロセス技術を活用できるので、本質的にメガファブと同じ1分1プロセスになり、結果として同じウェーハ生産性を有することになる。

ただし、メガファブと根本的に異なる点が1つある。メガファブでは、集積回路などを作る場合納期が通常2ヶ月〜6ヶ月もかかる。これに対して、ミニマルファブでは、最短で1日、長くても2〜3日でできてしまう。本来、1分1プロセスで600工程(システム LSI の場合)であれば、600分+搬送時間、すなわち1日でできるはずである。それが2ヶ月かかるのは、枚葉処理プロセスであることと、搬送に渋滞が発生することで、待ちウェーハばかりになっているためである。メガファブでは、自分の番は100回に1回しか回ってこない。それで、生のプロセス時間の100倍もの納期がかかってしまう。実際、300mm 工場では、枚葉処理装置がほとんどであるにもかかわらず、25枚入りの容器

(FOUP)というバッチ搬送容器を用いているために、25枚に1枚しか常に処理していないので、これだけで25枚の処理時間がかかってしまっている。ミニマルファブでは、枚葉処理 - 枚葉搬送であり、その上、レシピの順番に装置を

配列できるので搬送は隣の装置に移動するだけであり、本質的に待ちウェーハが発生しない。このために、生のプロセス時間に近い1日程度で LSI の製造が可能となるのである。これは、恐ろしく重大なメリットである。ユーザは、LSI の生産を依頼すると、翌日にはもうできてしまう。

●ミニマル市場それでは、このような小さなファブでどのような市場を

狙うのであろうか。図1は、チップの生涯生産個数と1cm2

当たりのチップ価格を描いたグラフである。究極の手作りである1個から地球のモノづくりのほぼ限界値である億単位まで描いてあるので、この図によって地球のモノづくりの全体像を見渡すことができる。この図の縦軸のコストは、ウェーハなどの原材料費、チップ製造費、マスク代、設計費、IP 費用等を含んだ全てのコストの合計をきちんと算出した積み上げコストであり、現在の集積回路のコストを正確に示すものである。まず、微細加工のデザインルール250nmの曲線を見てみると、1個(1cm2の場合)で1億円掛かっていたチップが、1万個で1万円まで下がってくる。これは最初の投資1億円を生産数量で割るという典型的な量産効果である。ところが、10万個を過ぎると、チップコストは飽和してしまう。大抵の人は、1,000万個くらいまでは価格がずっと下がると思い込んでいるがそれは幻想である。1,000万個もの生産をする真のメリットは実はコスト低減では無く、市場支配にメリットがあるだけなのである。少なくともユーザにとってはとりたてたメリットは無いと言って良い。ここで、縦軸にもう一つの指標としてチップを使う家電製品の価格をとる。これをチップ価格の10倍とする。なぜなら、商品中の主要チップの価格は商品価格の1/10程度とすれば、わかりやすいからである。家電製品は10万円以下になると、大量に売れる、すなわちグローバル商品と

一 十 百 千 万 十万 百万 千万 億 百

十万

百万

千万

十億

チッ

プ価

格 [円

/cm2]

チップ生産個数 [個]

チッ

プを

使う

家電

商品

価格

[円

]

十万

百万

千万

十億

百億

家電製品 価格帯

1万個以下の 商品は ありえない

微細加工のデザインルール

40nm

60nm

90nm

130nm

180nm

250nm

PS3

家電

製品

の最

低生産

予定個

数(足

切り)

ミニマルファブ 年間生産個数 50万個

家電

製品

の最

低生産

予定個

数(足

切り)

グローバル化で、 足切りラインが上昇

初期 ターゲット

ボリューム ターゲット 発展

ターゲット

年間10兆円 年間10兆円

図1 図1:チップの生涯生産個数と1cm2当たりのチップ価格

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なりうる。そのことに注目すると、250nm のチップを搭載した商品が10万円以下になるのは、1万個以上生産したときとわかる。商品価格が2〜3万円になると、世界中に売れるようになる。その時、チップ、そして商品は10万個以上必要である。微細化が進展し、たとえば40nm 世代になると、商品価格10万円を切るには、10万個、2〜3万円になるには、100万個も必要なことがわかる。それで、今のビジネスでは100万個は最低売れなければならないということになり、とりわけ日本では、そのような市場を掴みかねて苦しんでいるのである。

今後、微細化が進むと、設備投資費がさらに肥大化し、このグラフは益々生産個数の多い右側へシフトしてゆく。すなわち、時代と共に、ビジネスとして成立する生産個数は増大を続けている。現時点で、足切り個数はすでに1万個まで上昇している。それ以下では、商品として成り立たないので、おもしろいチップを作ろうという創造的チャレンジはほとんど実を結ぶことがない。仮に試作として1個だけチップを作ろうとすると、1億円〜10億円の費用が発生してしまう。初めから大量に売れることが予測できるチップだけが試作・開発・生産できる状況にある。

市場が成熟期に入るということは、市場の拡大を制約している要因が顕在化したということである。その制約要因の一つは、このように商品の最初の船出のチャンスを自ら絶ってしまうことにある。商品開発段階から100万個も売れると自信を持って未来を予測できる商品は極めて限られる。これはグローバルビジネスの大いなる欠陥である。

さて、チップ価格が個数の減少で急上昇するのは、固定費が莫大だからである。固定費の中身は、LSI 工場の建設費、製造装置費、原料費、人件費、マスク費、回路設計費などである。従って、この固定費を下げることができれば、図の1個でのチップ価格(=固定費)をその分下げることができる。これは端的に言うと、工場サイズを縮小すれば実現できることである。ミニマルファブ構想の真意は、ここにある。ミニマルファブの目指すビジネス曲線は、図に点線で示してある。1万個以下でもビジネスとして成立させることで、新しいデバイス市場を開拓することができる。

ミニマルファブの対象とする市場を、初期ターゲット、ボリュームターゲット、発展ターゲットとして図に示してある。1千個以下では、既存ファブと比較してコストが1/100となる驚くほど高いコスト競争力があることがわかる。ミニマルに適したデバイスは何ですかと、良く問われるが、このことからわかるように、ミニマルに適したデバイスは、品種を問わない。要するに、1万個以下であれば十分な競争力がある。CPU やメモリであっても、1万個程度しか生産されないものは、ミニマルファブで製造した方が良い。

このような多品種少量の市場は、一般的にはとても小さな取るに足らない規模であると思われている。しかし、メ

ガファブにおいては、数千種類もの品種が作られており、事実上多品種少量はメジャーなものである。大量生産されない CPU やメモリの他、各種制御 IC、システム LSI、マイコン、専用 IC、パワーデバイス、それに MEMS(Micro Electro-Mechanical System:微小な電気機械システム)やセンサーなどは多品種少量品が主流である。図中の初期ターゲットは、商品で言えば、宇宙ロケット、エンジニアリングサンプル、特殊計測機器などである。ボリュームターゲットは、既存市場については、計測機器、各種工業用機器、家電製品中の周辺チップなどであるが、このゾーンでは商品価格は10万円未満になるので、家電製品を100個〜1万個で売れることとなり、グローバル商品の敷居が極めて低くなって、広大な新市場を拓くことになる。重要なことは、この多品種少量市場が、図に示すようにグローバル市場に匹敵する10兆円のチップマーケットを持っていることであるが、このことはほとんど知られていなかった [4]。

●ビジネスモデル端的に言えば、ミニマルファブを使って、図1の1万個

以下のデバイスを製造することで、既存ファブのコストの1/100とする強みを生かすのがミニマルファブを活用するデバイスメーカの新しいビジネスモデルである。ここでは、資金が潤沢であることは武器にならない。消費者が受け入れる新しいアイデアをデバイスに盛り込むことが競争力の源泉となる。

装置メーカにとっては、ミニマル仕様の新しい装置自体が競争的商品である。なぜなら、30cm 幅に、全ての装置要素と原料を詰め込むのは、至難の業であり、また、外部が微粒子だらけで温度制御されていない普通の環境という、半導体にとっては極めて厳しい環境から、内部プロセス空間を保護しなければならない、新しい装置技術が求められるからである。そのような箱庭的装置づくりは、日本人が最も向いている。

家電製品を作るメーカや自動車メーカにとっては、ミニマルファブをこれらの事業部の隣に配置するという、全く新しいビジネス形態、生産形態が生まれるであろう。なぜなら、家電や自動車の生産スピードは、1分に1台であり、ミニマルウェーハも1分に1枚で、ぴったりと両者の生産スピードが一致するからである。これらの最終商品メーカは、デバイスづくりの素人であるかもしれず、そのために、既存のプロのデバイスメーカは、これらの企業にプロセスを教授するビジネスが発生する。これはただで教えるわけではない、時限有料レシピとして提供するのである。

時限有料レシピは、装置メーカに多大なメリットを与える。これまでは、装置メーカは苦労して開発したプロセスを装置価格に入れ込んでいた。それだけではない、他国へ装置を売る場合には、最初の1台は無料で導入を迫られ、エンジニアはパスポートを取り上げられ、できるまで国に

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ミニマルファブ特集 ~第2回 ミニマルファブのコンセプト~

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帰してもらえないという、とてもかわいそうなことになっていた。ミニマルファブでは、レシピは別売りであり、不具合があれば、センドバックしてもらえばよいのである。壊れそうな装置は、2、3台先方へ届けておくことができる。

ミニマルファブのユーザーインターフェース(UI)であるタッチパネル操作体系は統一される(図2)。多数の企業が別々の装置を作るのであるから、これは非常に画期的で過去無かったことである。既に百数十ページのミニマル UIガイドラインが策定されている。ユーザは一つの装置の操作を覚えれば、後は全部同じなのである。装置メーカを1年間留め置くなどということは、なくなるだろう。自らのアイデアも流出する危険性を考えれば、ミニマルファブの場合、操作が非常に簡単なため、自ら操作した方がずっと効率的である。

UI の統一は、既存ユーザだけのためにあるのではない。ミニマルファブでは、新規のユーザが爆発的に増えるであろうことを踏まえた、そのための重要な事前の手立てである。

●ロードマップ図3にミニマルファブ開発のロードマッ

プを示す。まず、中核であるミニマルリソグラフィ装置群の開発を行い、次に小型化が困難な、プラズマ、CVD、イオン注入装置群の開発を進める。現在、リソグラフィ装置群については、試験的な販売が可能な水準に達している。スパッタとエッチングについては、1年後には、産総研つくばのミニマル開発拠点で利用可能になる予定である。イオン注入は既にミニマル化を達成しており、ウェーハ真空搬送システムの開発が完了すれば、商品化への道筋が描けるという状況である。

2015年から3年ほどの間には、プロセス数が少ない、MEMS、センサー、パワーデバイスなどへの専用ミニマルファブを構築

する。その後、3年ほどかけて、LSI を製造するミニマルファブラインを開発して行く。

●ミニマルファブの拓く世界ミニマルファブは多品種少量を真にモノにする、新しい

取り組みである。その要諦は、多品種であることによる開発の非効率性を克服するために、搬送系などに代表される多品種に共通な部分を規格化し、統一したことにある。クリーンルームを不要とするために、機械システムを導入した。すなわち、一個づくりに、品質保持を目的とした搬送機械を導入するという新しいタイプのシステムである。通常、手作りシステムは機械化されていない。そのため、複雑なものは作れない。ミニマルでは、一個づくりで複雑で高品質なものを作り上げる。これは、現在はやっている3Dプリンタが造る将来産業[5]よりもずっと広範で付加価値の高い産業を生み出すことになるだろう。

参考文献:[1] 原史朗,「ミニマルファブの沿革」,SEAJ Journal,141,53-56

(2013).[2] ファブシステム研究会編著,「レポート 21世紀型生産システム〜

微細加工ファブシステムを中心に〜」,p1-260(2008).[3] 原 史朗,前川 仁,池田 伸一,中野 禅,「ミニマルファブシステ

ムの構想と実現に向けて」精密工学会誌 77(3),249(2011).[4] 日本経済新聞 2010年5月19日1面トップ記事「半導体設備投資

1/100」.[5] クリス・アンダーソン,「MAKERS-21世紀の産業革命が始まる」

NHK 出版(2012).

図2

図2:ミニマルタッチパネル・トップ画面

図3:ミニマル開発ロードマップ

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 年度

MEMS 基礎構造開発

CMOS基礎構造開発 0.18~0.25mcron LSI要素技術開発

先端デザインルール 加工技術開発

LSI試作ライン開発 (装置100台クラス)

LSI量産ライン 10品種・ 10ライン建設

ミニマル特定用途 プロトタイプ開発

MEMS 製品プロセス開発

ディスクリート素子 技術開発(エピ等) ディスクリート素子

製品プロセス開発 ディスクリート素子 ライン製造と素子製造

MEMS ライン製造と素子製造

99

87

My LS

I

プロトタイプ開発 ミニマル製造装置 高度化開発 ミニマル製造装置

高速・低コスト化開発 ミニマル 装置開発

デバイス、 ライン開発

ミニマルコア装置 実用機開発

ミニマル特定用途 実用機開発

コア装置開発

基幹素子製造技術開発

実用ライン開発

図3

コア装置開発基幹素子製造技術開発

実用ライン開発

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