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メゾスコピック 大学 2006 12 13

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メゾスコピック系の物理

上智大学理工学部物理学科 大槻東巳

2006 年 12 月 13 日

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目 次

第 1章 はじめに 1

1.1 半導体ナノ構造の物理 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1

1.2 考えている系に関する基礎知識 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

1.3 2次元電子系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 4

1.4 伝導度を計算する道具立て . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

1.4.1 Drude公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 8

1.4.2 久保公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10

1.4.3 Thouless公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12

1.4.4 Landauer公式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13

第 2章 バリスティック伝導 18

2.1 共鳴トンネリング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18

2.1.1 対称ポテンシャル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

2.1.2 タイトバインディング模型 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

2.2 量子ポイントコンタクト . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25

2.3 十字路 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28

2.4 量子ドットとクーロンブロッケード . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32

2.4.1 クーロンダイヤモンド . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 34

第 3章 拡散領域における伝導 37

3.1 コンダクタンスの揺らぎ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 37

3.2 ランダム行列理論による解釈 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

3.2.1 ランダム行列理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 38

3.2.2 Thouless公式による解釈 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 41

3.3 Landauer公式による解釈 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 43

3.3.1 2体相関関数の導出 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 44

3.4 量子カオス系 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 49

3.4.1 コンダクタンス . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 50

3.4.2 UCF . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 52

3.4.3 コンダクタンスの分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 53

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第 4章 量子ホール効果 54

4.1 エッジ状態 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

4.2 乱れた端子 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 57

4.3 非平衡分布 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 58

参考文献 60

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1

第1章 はじめに

1.1 半導体ナノ構造の物理近年、微細構造技術の発展により、半導体ナノ構造と呼ばれるものが作られるよう

になり、非常に短いスケールでの電気伝導度が調べられるようになった。こうした系は基板上の界面に作られ、界面と垂直な方向の運動は抑制され、電子の運動としては界面に沿ったものだけが重要となる。この2次元電子系は単に薄い膜というのではない。この系は以下のような特筆すべき性質を持っている。

1) 電子密度が小さく、これが電場をかけるなどして、変えられる

2) 電子密度が小さいため、フェルミ波長が長く (40nm程度)なり、系の形状と同じ程度になりうる

3) 弾性散乱長が非常に長い (10μm程度までなる)

4) フェルミ面が丸いとしてよい

5) 磁場を垂直方向にかけると、ランダウ量子化の効果が顕著に現れる

大きさが数十ナノメートルの系では、系よりもフェルミ波長、平均自由行程が長いので量子効果が見やすい。このときは不純物による散乱が全くないバリスティック (ballistic)

伝導という現象がみられる。人工的なポテンシャルを作ることにより、系の形状を反映した新奇な伝導度を示す点がたいへん面白い。本講義ではこれについて最初に述べる。系の大きさがマイクロメートル程度になると、不純物散乱の効果が重要になる。こ

のとき、試料は普遍的な伝導度の揺らぎ (universal conductance fluctuation, UCF)を示す。これは量子干渉効果によるもので、アンダーソン局在と深い関連がある。本講義では、次にこのUCFについて説明する。特にランダム行列理論を用いて簡潔に記述する。最後に量子ホール系について述べる。量子ホール効果とはホール伝導度 σyxが e2/h

の整数倍に正確に量子化される現象である。系がメゾスコピックになるとこうした系で何が起こるかを、実験の例を上げて説明する。

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第 1章 はじめに 2

図 1.1: Si-MOS構造とGaAs/AlGaAsの模式図。

1.2 考えている系に関する基礎知識これから考える系は2次元電子系である。これからは主に二つの系を念頭におく。一

つは Si-MOS、もう一つはGaAs/AlGaAsヘテロ接合である。図に系の模式図と、何故2次元電子系が形成されるかを示す。こうした系における典型的なパラメータを表にしておく。ヘテロ接合は格子定数が近

い物質をサンドイッチしている。これによって滑らかな界面が出来る。GaAs/AlxGa1−x

と書くと x ≈ 0.3である。ドーパントによる散乱が小さくなるように、ドーピングは界面から離れたところにする。こうしてヘテロ接合は不規則ポテンシャルによる散乱が少なくなり、移動度が大きくなる。

課題 1.1

これらの数値のいくつかはmeffと neから計算できる。どれがそうか? 実際に計算して見よ。

Si-MOSでどのように微細構造を作るかを、図で説明する。黒い領域が 2次元電子系ができているところである [1]。

1. p-Siに電圧をかけてこの間にこられる電子の領域、電子数密度を変える

2. 電子ビームリソグラフィーでゲート電極を削る

3. 二つのゲートをいじってより細線幅と電子密度を制御しやすくしたもの

4. ドライエッチング法で作ったもの。幅の最大値がわかるメリットがある

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第 1章 はじめに 3

図 1.2: Si-MOS構造のバンド構造

図 1.3: GaAs/AlGaAsヘテロ構造のバンド構造

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第 1章 はじめに 4

Si GaAs

meff 0.19m 0.067m

εr 11.9 13.1

ne 1 − 10 × 1011cm−2 4 × 1011cm−2

kF 0.56 − 1.77 × 106cm−1 1.58 × 106cm−1

λF 37-118 nm 40 nm

EF 0.63-6.3 meV 14 meV

μ 104cm2/V·s 104 − 106cm2/V·sl(m.f.p.) ∼ 40 nm 102 − 104 nm

kFl 2.1-21 15.8-1580

ωcτ ∼1 (B/T) 1-100 (B/T)

GaAs/AlGaAsではゲート電極がなくても2次元電子系が形成されるので、細線を作り、微細構造を得るのはかえってややこしい。実際は以下のようにやる。

1. 1μm以上の幅なら、化学エッチングでけずる。

もっと幅の細い系を作りたければ、以下のようにする。

2. スプリットゲート法。ゲート部分に負の電極をつけて、電子がきづらいようにする。

3. shallow-mesa depletion法。

4. スプリットゲート法を改良したもの。

こうして作ったGaAs-AlGaAsのナノ構造の SEM画像を以下に示す。図は上記の方法、c)を使って作った幅 75nmの細線のホールバー [2]。

1.3 2次元電子系これから扱う2次元電子系の理論について、ここで復習しておく。不純物ポテンシャ

ル、電子間相互作用などを無視したハミルトニアンは、

H =p2

x + p2y

2m+

p2z

2m+ Vc(z) (1.1)

となる。Vc(z)は2次元面に垂直な z方向の閉じこめポテンシャルである。波動関数はこのとき、

ψ(x, y, z) = exp

(i

h(pxx+ pyy)

)ϕn(z) (1.2)

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第 1章 はじめに 5

図 1.4: 2DEGの作製方法の概念図。

となる。ϕn(z)は閉じこめポテンシャルにより、指数関数的に減衰しており、減衰長は数十 Aである。nは z方向の波動関数の量子数で、最低準位のE0と次にエネルギーの低いE1は 20meV以上離れているので、前出の表にあるようにフェルミエネルギーよりもこの差の方が大きい。よって全ての電子は数Kの低温では n = 0にあるとしてよい。今後、n = 0として話を進める。まずエネルギーEは運動量 px, pyの関数として、

E =p2

x + p2y

2m=

p2

2m(1.3)

で与えられる。運動量の大きさが p以下の位相空間の大きさΩは、系の面積をSとして

Ω = πSp2 = 2πmSE (1.4)

となる。これより単位面積あたりの状態密度 ρ(E)は

ρ(E) = 21

h2S

dE=

m

πh2 (1.5)

となる。ここで 2倍しているのは、スピン縮退を考慮したためである。

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第 1章 はじめに 6

図 1.5: SEM画像

課題 1.2

Si-MOS、GaAsヘテロ接合における状態密度を計算せよ。

次に2次元面と垂直な方向に磁場をかけるとどうなるか、復習しておく。z方向の磁場 (0, 0, B)はベクトルポテンシャルA = (0, Bx, 0)で表せるので (ランダウゲージ)、2次元電子に対するハミルトニアンは

H =1

2m(p + eA)2 =

1

2m(p2

x + (py + eBx)2) (1.6)

となる。これは yを含んでいないので波動関数を ψ = eikyφk(x)とおいて φk(x)に対するシュレーディンガー方程式を書き下すと

hωc

2

[−�2 ∂

2

∂x2+

(x−Xk

)2]φk(x) = Eφk(x) (1.7)

をうる。ここでいくつか新しい変数が出てきたので説明しておく。ωc := eBmはサイク

ロトロン振動数で、これは電子が磁場中でサイクロトロン運動しているときの振動数を表す。� :=

√h/eBは磁気的長さで最低ランダウ準位におけるサイクロトロン半径に

対応する。Xk := −k�2は中心座標と呼ばれるもので、(1.7)が原点がXkにシフトした調和振動子を表していることからそう名付けられている。結局波動関数は規格化条件

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第 1章 はじめに 7

を考慮して

ψn,k(x, y) =

√1

Ly

eiky × 1√2nn!

√π�

e−(x−Xk)2/2�2Hn((x−Xk)/�) (1.8)

となる。Hnはエルミート多項式である。十分広い平面では、調和振動子の中心がどこにあっても物理的には同じなので、固

有エネルギーEはXkによらないはずである。よって

En =

(n +

1

2

)hωc (1.9)

は強く縮退している。縮退度を計算してみよう。これは取りうる中心座標の数を勘定すればよい。系を Lx × Lyの平面として y方向に周期境界条件を課すと

kLy = 2πm

となるので、中心座標Xkは間隔 2π�2/Lyをおいて並ぶことになる。よって 0から Lx

の間に中心座標は LxLy/2π�2入ることになる。これが一つのランダウ準位の縮退度で

ある。結局、電子密度 neが

ne =1

2π�2(1.10)

になるまで一つのランダウ準位にはいり、これよりも大きくなると次のランダウ準位に電子は入っていくことになる。これの式は電子が磁気的長さくらいの円に一つずつつまっていく様子を表している1。結局、状態密度 ρ(E)は磁場が 0だとフラットで m

2πh2、磁場がかかると (n+ 1/2)hωc

にデルタ関数的なスパイクをもった構造

ρ(E) =1

2π�2

∞∑n=0

δ(E − En) (1.11)

になる。もちろん、実際の系では不純物があるのでこのデルタ関数はなまってしまい、ガウス関数の様になる。今まではXkを動かしてもエネルギーは変わらないとした。これは x方向の並進対

称性を仮定したからである。メゾスコピック系では端があることが無視できなくなる。端があると電子は壁のポテンシャルによりエネルギーが上がり、またサイクロトロン運動中に壁で散乱されながら電子は壁に沿って運動する。これはエッジ状態と呼ばれる。この状態が強磁場中でのメゾスコピック系での伝導現象を記述するのに大きな役割を果たすことを授業の後半で述べる。

1今スピンの縮退は無視した。多くの系ではゼーマン分離により 1方向のスピンしか最低準位にはいれないからである。

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第 1章 はじめに 8

図 1.6: 2次元電子系の状態密度

課題 1.3

10Tの磁場中では一つのランダウ準位を占めることのできる電子数密度はいくつか? これより、Si-MOS、GaAs/AlGaAsはそれぞれどれくらいのランダウ準位までつまっているかを計算せよ。

1.4 伝導度を計算する道具立て

1.4.1 Drude公式

まずDrude公式を復習する。抵抗を受けているときの電子の運動方程式は

mdv

dt= −eE − mv

τ− ev × B (1.12)

である。定常状態では vは一定なので

mvx

τ+ evyB = −eEx

mvy

τ− evxB = −eEy

となり、j = ne(−e)vより

j = σE, σ =nee

m

1

1 + (ωcτ)2

(1 −ωcτ

ωcτ 1

)(1.13)

がえられる。零磁場では電気伝導度は

σ(0) =nee

m(1.14)

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第 1章 はじめに 9

弱磁場中ωcτ � 1では電気伝導度 σxxがB2に比例する補正を受けて減少し、また強磁場中 (ωcτ � 1)では σxxは小さく、ホール伝導度 σyxは nee/Bという散乱時間 τ や有効質量mによらないことが分かる。

課題 1.4

抵抗テンソルR = σ−1を (1.13)から求めよ。これよりホール抵抗RH = RxyがB/ne

となることを示せ。medskip

問題はDrudeの公式では量子効果が一部しか取り入れられないこと、そもそも τ をどうミクロなモデルから決めるかということである。この点をふまえ以下のように改良する。まず不規則ポテンシャルがあるような系では電子は拡散運動をしている。この運動

は拡散定数Dで記述される。この拡散定数を電気伝導度と結びつけよう。定常状態では、ドリフト電流密度と拡散電流密度が打ち消しあっている。即ち、

−j

e−D∇ne = 0 (1.15)

となっているとする。化学ポテンシャル μはこのとき、一定である。μはフェルミエネルギーEFと電場のポテンシャルエネルギーの和、

μ = −eV + EF (1.16)

であることに注意すると、

∇EF = ∇nedEF/dne = ∇ne1

ρ(1.17)

を用いると、電気伝導度と拡散定数は

σ = e2ρD (1.18)

という関係で結びついていることがわかる。これをアインシュタインの関係式と呼ぶ。(ρは単位体積あたりの状態密度である)

拡散定数は定性的に以下のように見積もられる。電子は平均時間 τ ごとに1回散乱される。1回に進む距離は散乱長、l = vFτ 程度である。t秒間には散乱は t/τ 回生じる。散乱されて飛んでいく方向はでたらめなので、これは酔歩の問題となり原点からの距離は l

√2t/τ と評価できる2。これが拡散長 LDである。拡散定数は拡散長から

LD =√

2dDt (1.19)

と定義されるので、2次元で

D =v2

2(1.20)

22がでるのは lでなく l2の平均を計算するからである

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第 1章 はじめに 10

となる。アインシュタインの関係式から

σ = e2ρv2

2= e2

ne

EF=nee

m(1.21)

となり、Drudeの公式を再現する。

1.4.2 久保公式

こうした電気伝導度の議論をいちばん一般に扱うのが久保公式である。久保公式はミクロなハミルトニアンから、電気伝導度を計算する処方箋を与えるものである。これを導出してみよう。平衡状態の系に外から摂動を加える。このとき、系はほんの少し、熱平衡状態から

ずれる。このずれを密度行列 ρ(H)で記述する3。平衡系での密度行列 ρeqは

ρ :=e−βH

Tre−βH(1.22)

で定義される。ハミルトニアンが時間に依存する場合、密度行列は

∂ρ

∂t=

1

ih[H, ρ] (1.23)

という運動方程式を満たす (ハイゼンベルクの運動方程式と符号が逆なことに注意)。この解は

ρ(t) = ρeq +

∫ t

−∞dt′e(t−t′)H/ih [Hext, ρeq]

ihe−(t−t′)H/ih · · · (1.24)

となる (微分して確かめればよい。t = −∞で系に外力は働いていないと仮定する)。外力がかかることによって現れる物理量の変化 δB(t)は、この密度行列によって

δB(t) = Trρ(t)B − TrρeqB

=

∫ t

−∞dt′Tre(t−t′)H/ih [Hext, ρeq]

ihe−(t−t′)H/ihB (1.25)

となる。B(t) := eitH/hBe−itH/h (1.26)

とおくと

δB(t) =

∫ t

−∞dt′Tr

[Hext, ρeq]

ihB(t− t′)

=

∫ t

−∞dt′ρ

[B(t− t′), Hext]

ih(1.27)

3状態密度と混同しないこと

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第 1章 はじめに 11

となる。具体的に Hextとして

Hext := −AX(t) (1.28)

を代入すると、

δB(t) =

∫ t

−∞dt′ΦBA(t− t′)X(t′) (1.29)

とかける。ここで

ΦBA(t) :=1

ihTr[ρeq, A]B(t) (1.30)

は応答関数と呼ばれる。さて、

1

ih[e−βH , a] =

1

ihe−βH

∫ β

0

dλeλH [a, H]e−λH

= e−βH

∫ β

0

dλˆa(−ihλ) (1.31)

という恒等式を使うと、ΦBAは

ΦBA(t) = Trρeq

∫ β

0

dλ ˆA(−ihλ)B(t) (1.32)

となる。電気伝導度とは外場、

∑i eE ·xiがかかったときの電流の応答である。x = vを用い

ると、

ΦBA(t) = Trρeq

∫ β

0

dλ e∑

i

vi(−ihλ)J(t) (1.33)

なので、

σμν = V

∫ ∞

0

dt′ <∫ β

0

dλJν(−ihλ)Jμ(t) >eq (1.34)

をうる。μ, ν は電流と電場の方向である。これが久保公式による電気伝導度の表式である。< · · · >eqは平衡状態における平均を表す4。久保公式を用いて伝導度のDrudeの表式を求めてみよう。J と λH が交換すると仮

定する。

σ = V

∫ ∞

0

dt

∫ β

0

dλ < J(0)J(t) >eq (1.35)

となる。今、J(t) = e−t/τJ(0)とおくと

σ = V βτ < J2 >eq (1.36)

4このように σは電流の揺らぎでかける。統計力学でやったように、比熱は内部エネルギーの揺らぎで、帯磁率は磁化の揺らぎでかけるのと同じである

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第 1章 はじめに 12

となる。J =P

i −evi

V, < J2 >eq=

(eV

)2∑i < v2

i >eq を代入すると、

σ =e2

Vτβ∑

i

< v2i >=

ne2τ

m(1.37)

をうる。フェルミ分布の場合、伝導度は

σ = V

∫ ∞

0

dt

∫ β

0

dλ exp(−t/τ)〈 1

V

∑k

eh

mkμ

1

V

∑k′

eh

mk′νa

†kaka

†k′ak′〉

=τe2h2β

m2V

∑k,k′

kμk′ν〈a†kaka

†k′ak′〉

となる。k′ �= ±kの和は消えるので、結局

σ =τe2h2β

m2Vδμ,ν

∑k

k2μf(εk)(1 − f(εk))

V

2

d

e2

m

∫ ∞

0

dεερ(ε)δ(ε − EF)

=ne2τ

m

をえる。

1.4.3 Thouless公式

久保公式は

1. 数値計算にむかない

2. 端子の効果が明かではない

3. 現象論的に実験を解釈できない

等の欠点がある。この点を改良したのが以下に述べる Thouless公式と Landauer公式である。まず電気伝導度のサイズ依存性を解析しよう。電気伝導度は3次元で 1/Ω·mの次元

をもつ。一般の次元では 1/Ω · md−2となるので、この長さの次元を消すためにコンダクタンス

G := σLd−2 (1.38)

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第 1章 はじめに 13

を定義する。電気伝導度の表式 (1.18)を用いると

G = e2(ρLd)D

L2(1.39)

をうる。ρLdは状態密度である。ここで escape time δtcを電子が拡散して系の端まで逃げる時間、

δtc :=L2

D(1.40)

と定義し、不確定性関係から

Ec :=h

δtc(1.41)

を定義する。EcはThoulessエネルギーと呼ばれる。すると

G =e2

h(ρ(EF)Ld)Ec (1.42)

がえられる。これが Thouless公式である。つまりコンダクタンスは Thoulessエネルギーの幅にあるエネルギー準位の数ということがわかる。

Thouless公式の利点はコンダクタンスがエネルギー準位の数で議論できることである。久保公式を数値的に計算しようとするとエネルギー分母が 0になり発散が出てしまうとか、電流の行列要素の計算が複雑だとかの困難があるが、これがエネルギー準位の分布だけで議論できてしまうところがよい。実際にThouless公式を使う場合、Ecとしては周期境界条件でのエネルギー固有値と

反周期境界条件のもとでエネルギー固有値の差から評価する。状態が局在している場合、固有エネルギーは境界条件によらないはずである。これよりEc = 0となり、フェルミ面の状態が局在状態だと電流を運ばないことがわかる。

1.4.4 Landauer公式

今までは端子の効果を考えてこなかった。しかしメゾスコピック系では端子の効果が非常に重要となる。これを取り入れるように工夫したのが多チャンネルタイプのLandauer

公式である [3, 4]。この考え方は以下のようなものである。まず電流、電圧計のついた熱浴 jを考える。jには不純物ポテンシャルを含まない細

線がついているとする。この細線は y方向に伸びていて、x方向に閉じこめられているとすると、波動関数は

eikyφjn(x) (1.43)

という形になり、そのエネルギーは

Ejn = E(j)n +

h2k2

2m(1.44)

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第 1章 はじめに 14

図 1.7: 多端子形状の模式図。下はチャンネル中のエネルギースペクトル。

となる (図参照)。この波が散乱領域を通って熱浴 iに到達し、チャンネルmに入ったとし、その波動

関数を散乱行列 S を用いて √vjn

vimsij,mne

ikimyφim(x) (1.45)

とかく。透過係数 Tij,mn (i �= j)、反射係数Rii,mnは

Tij,mn = |sij,mn|2, Rii,mn = |sii,mn|2 (1.46)

となる。例えば j番目の熱浴のn番目のチャンネルから i番目の熱浴のm番目のチャンネルに入る電流 Iimは Iim = (−e)vim(vjn/vim)|sij,mn|2 = −evjnTij,mn となる。なお vjn

は群速度なので

vjn =1

h

dEjn(k)

dk|EF

(1.47)

と計算すればよい。S行列のユニタリ性から S−1 = S†が成立する。また運動量と磁場を同時に反転させ

ると、散乱過程は逆になることから S∗(−B) = S−1(B)が成立する。結局、

ST(B) = S(−B), sij,mn(B) = sji,nm(−B) (1.48)

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第 1章 はじめに 15

がえられる。こうして

Tij,mn(B) = Tji,nm(−B), Rii,mn(B) = Rii,nm(−B) (1.49)

がえられる。これは実験事実を解釈する上でたいへん重要な式である。例えば、磁場を反転させるとき、端子も反転させて始めて対称性が成り立つのである。次のこの透過係数、反射係数を用いて電気伝導度を計算してみよう。熱浴が化学ポ

テンシャル μiをもっていたとする。熱浴の中で最小の化学ポテンシャルを μ0とおく。μ0から μiまでのエネルギーをもつ状態が運ぶ電流は

I = (−e)∫ μi

μ0

dEρ(E)vin =−eh

(μi − μ0) (1.50)

となりチャンネル番号 nにはよらない。これをふまえて

Tij :=

Mi∑m=1

Mj∑n=1

Tij,mn Rii :=

Mi∑m=1

Mi∑n=1

Rii,mn (1.51)

を定義する。i番目の熱浴がMi個のチャンネルをもっていると、ここから出ていく電流は (−e)Mi(μi−

μ0)/hで、入ってくる電流は (−e)(Rii(μi − μ0) +∑

j �=i Tij(μj − μ0))/h である。電流の保存則より、

Mi = Rii +∑j �=i

Tij (1.52)

が成立する。よってIi =

−eh

[(Mi −Rii)μi −∑j �=i

Tijμj ] (1.53)

がえられる。磁場に関する反転性

Rii(B) = Rii(−B), Tij(B) = Tji(−B) (1.54)

からMi = Rii +

∑j �=i

Tji (1.55)

も成立する。これから結局

Ii =−eh

∑j �=i

Tij(μi − μj) (1.56)

が導かれる。μ = −eV を用いると

Ii =e2

h

∑j �=i

Tij(Vi − Vj) (1.57)

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第 1章 はじめに 16

となる。端子が 2個の場合をまず考えてみよう。この場合、M1 = R11(B) + T12(B), M2 =

R22(B) + T21(B) である。磁場を反転させると M1 = R11(B) + T12(−B), M2 =

R22(B) + T21(−B) となるので T12 = T21 := T は磁場を反転させても変わらない。(1.57)より 2端子抵抗は

R12,12 := −(μ1 − μ2)/eI =h

e21

T(1.58)

となる。これが Landauer公式である。Landauerはチャンネルが一つの場合を考察したのでこれはmulti-channel Landauer公式とも呼ばれる。次に 4端子抵抗を測定を考える。このとき、電流端子を k, l、電圧端子をm,nとお

く。端子 kから電流 Iが流れ出て、lに流れ込む。端子m,nでは電流は 0である。このとき、(1.53)は I = −hI/eとして

I = (Mk −Rkk)μk − Tklμl − Tkmμm − Tknμn

−I = −Tlkμk + (Ml − Rll)μl − Tlmμm − Tlnμn

0 = −Tmkμk − Tmlμl + (Mm − Rmm)μm − Tmnμn

0 = −Tnkμk − Tnlμl − Tnmμm + (Mn −Rnn)μn (1.59)

となる。単純な 4 × 4行列を解けばよいように見えるが、実際これらは独立ではない。そこで μk, μl, μmから μnを引いて、⎛

⎜⎝ I

−I0

⎞⎟⎠ =

⎛⎜⎝ Mk −Rkk −Tkl −Tkm

−Tlk Ml − Rll −Tlm

−Tmk −Tml Mm − Rmm

⎞⎟⎠⎛⎜⎝ μk

μl

μm

⎞⎟⎠ (1.60)

を解く。結局抵抗Rmn,klは上の行列をDとして

Rmn,kl =h

e2TkmTln − TknTlm

|D| (1.61)

となる。先に述べた磁場に関する反転性 Tij(B) = Tji(−B)から

Rkl,mn(B) = Rmn,kl(−B) (1.62)

が成り立つことがわかる。このような多端子の場合の公式をLandauer-Buttiker公式と呼ぶ。

課題 1.5

Mi = N,Rii = 0(i = 1, 2, 3, 4)とし、T12 = NG, T13 = 0, T14 = K, T21 = 0, T23 =

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第 1章 はじめに 17

図 1.8: 4端子構造でのコンダクタンス

N, T24 = 0, T31 = 0, T32 = K, T34 = NG, T41 = N, T42 = 0, T43 = 0を考える (N =

NG +K)。このときR13,42, R42,13, R12,43, R43,12 を求めよ。

久保公式と Thouless公式はバルクの系では同等である。また久保公式と Landauer

公式は久保公式に端子の効果を取り入れれば同等であることが示されている [5]。直感的にわかりやすいのは Landauer公式である。

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18

第2章 バリスティック伝導

前章までの定式化をもとに、以下具体的な問題を取り上げる。ここで取り上げるのは興味深い膨大な実験、理論のほんの一部であることを知っておいて欲しい。詳しくは文献 [1]や国際会議の Proceeding等を参照していただきたい [6]。そのなかで本章では不純物散乱が無視できるバリスティック伝導を議論する。これは系のサイズ Lが弾性散乱長 leよりも小さいような、非常に微細なサンプルに適用される。実際、leは数ミクロンで、Lはサブミクロンのオーダーに加工できるので、これは可能である。

2.1 共鳴トンネリングはじめに共鳴トンネリングという現象について述べておこう。細線の幅が広い領域

から狭い領域になったとする。幅の広い領域では幅と垂直方向の運動は波数、π/Lxの整数倍で量子化され、狭い領域では π/L′

xという値の整数倍で量子化される。結局幅と垂直方向の運動エネルギーが高くなることになる。これは細線に沿った方向に運動している粒子にとっては、壁ができていることに対応する。そこで矩形ポテンシャルの壁があるときの、トンネリング現象を考えよう。まず 1次元の量子力学の問題を解こう。矩形ポテンシャルが

V (x) = V0 (0 < x < a), V (x) = 0 otherwise (2.1)

とする。簡単のため、V0 =h2k2

0

2mとする。今、入射してくる電子のエネルギーは V0よ

りも小さいとすると、矩形ポテンシャルの領域では波動関数はAeκx + Be−κx となる。ただし、κ2 = k2

0 − k2である。今、矩形ポテンシャルの左側で eikx + re−ikx、右側でteik(x−a) とすると、波動関数とその 1回微分の連続性から

1 + r = A+B

ik(1 − r) = κ(A− B)

Aeκa +Be−κa = t

κ(Aeκa −Be−κa) = ikt

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第 2章 バリスティック伝導 19

となる。はじめの二つでA,Bを消し、後の二つに代入して、

A = 12

(1 + r + ik(1−r)

κ

)B = 1

2

(1 + r − ik(1−r)

κ

)r = −i sinh(κa)/ sin 2θ

cosh(κa)−i sinh(κa) cot 2θ

t = 1cosh(κa)−i sinh(κa) cot 2θ

(2.2)

をうる。ただし、k + iκ = k0eiθとした1。

課題 2.1

今の解が、|r|2 + |t|2 = 1を満たしていることを示せ。また、r′, t′を求めよ。

この解を見てわかるように、透過確率 T は必ず 1よりも小さい。それでは壁が二つあるときはどうであろうか? 壁が二つならより反射されやすくなり、透過率は下がるように思える。しかし実際は量子効果によりもっと複雑なことが起こる。壁二つの問題を考えるのであるが、境界条件を 8個用意して、それを解くのは大変

であるし、一般性がない。そこでS行列を使おう。S行列とは入射してくる波と散乱されてくる波を記述するものであった。これだと、散乱体が何個もあったとき、扱いづらい。これを工夫して、ポテンシャルの右の領域と左の領域をつなげるトランスファー行列を S行列から作ってみよう。左側の波動関数を

Aeikx +Be−ikx

右側のをCeikx +De−ikx

とすると (B

C

)= S

(A

D

)=

(r t′

t r′

)(A

D

)(2.4)

である。これから (A

B

)=

(1/t −r′/tr/t t′ + rr′/t

)(C

D

)(2.5)

となる。この表式が便利なのは、さらに右にポテンシャルがあるとき、また同様の行列をかけていけばよいことである。例えば S1、S2で特徴づけられる散乱過程が続けて起こると、それぞれに対応するトランスファー行列をM1,M2として、

M = M1M2 (2.6)1ポテンシャルがデルタ関数に近いとき、この解は簡単になる。a → 0, k0, κ → ∞として、0 < κ2a :=

V0 < ∞とすると、r =

−iV0/2k

1 + iV0/2k, t =

11 + iV0/2k

(2.3)

となる。

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第 2章 バリスティック伝導 20

となる。これより例えば透過係数 tは、

t =t1t2

1 − r′1r2(2.7)

となる。今、チャンネルが一つの場合を考えた。N チャンネルの場合、t, r, t′, r′はN ×N の

行列になる。このとき、

t = t2(1 − r′1r2)−1t1,

r = r1 + t′1r2(1 − r′1r2)−1t1,

r′ = r′2 + t2r′1(1 − r2r

′1)

−1t′2,t′ = t′1(1 − r2r

′1)

−1t′2

(2.8)

となる。さて、ポテンシャルが Lだけ離れて二つ存在する場合を考えよう。1番目のポテン

シャルが 0から始まり、2番目のが Lから始まるとする。2番目のポテンシャルではeik(x−L), e−ik(x−L) に対する散乱問題として、t2, r2, t′2, r

′2 が定義されているので、r を

re2ikL、r′を r′e−2ikLとして再定義することが必要で、結局二つポテンシャルがあったときの透過確率は

T =T1T2

|1 − e2ikLr2r′1|2(2.9)

となる。Ti = |ti|2 (i = 1, 2)は個々の矩形ポテンシャルの透過確率である。二つのポテンシャルが並ぶと古典的にはT1T2(1 +R2R1 + · · · ) = T1T2/(1−R1R2)と

なることに、注意せよ。古典的な値は必ず 1よりも小さい。量子論的には e2ikLr2r′1 =

eiα|r1||r2|とおくと、α = 2πnのとき、この値は最大値、

Tmax =T1T2

(1 − |r1||r2|)2=

(1 − |r1|2)(1 − |r2|2)(1 − |r1||r2|)2

(2.10)

をとる。今、矩形ポテンシャルが同じ形をしてるなら |r1| = |r2|なので、

Tmax = 1 (2.11)

となる。つまり二つ壁があった方が、通り抜けやすくなりある場合は透過確率が 1になってしまうのである。この透過がいつ起こるかを調べてみよう。δを r2r

′1の位相として、

α = 2kL+ δ = 2πn (2.12)

とおく。よって、kの値が π/Lおきに透過率 1(perfect transmission) が起こる。これは矩形ポテンシャルの中にある定在波のモードと共鳴していると解釈できる。このよう

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第 2章 バリスティック伝導 21

な現象を共鳴トンネリングという。共鳴トンネリングは一般にポテンシャルの領域が左右にあり、その真ん中に高いポテンシャルで両側を隔てられた領域がある場合に起こる。このとき、真ん中の領域にある寿命を持った束縛状態があるとし、このエネルギーと外の平面波のエネルギーが同じになったとき、透過率が 1になるのである。練習のため,まじめに解いておこう。

ψ(x) =

⎧⎪⎨⎪⎩

Aeikx +Be−ikx x < 0

Ceikx +De−ikx a < x < L

Eeikx + F e−ikx L+ a < x

(2.13)

とする。 (B

C

)= S

(A

D

)=

(r t′

t r′

)(A

D

)(2.14)

である。もう一方のポテンシャルも同じ形とすると,同じ S行列で

eikLCeik(x−L), e−ikLDe−ik(x−L), eikLEeik(x−L), e−ikLF e−ik(x−L)

が関係づけられる。これは(De−ikL

EeikL

)=

(r t′

t r′

)(CeikL

F e−ikL

)(2.15)

よって (D

E

)=

(e2ikLr t′

t e−2ikLr′

)(C

F

)(2.16)

となる。転送行列の形にすると,(A

B

)=

(1/t −r′/tr/t t′ + rr′/t

)(C

D

)(2.17)

(C

D

)=

(1/t −r′e−2ikL/t

re2ikL/t t′ + rr′/t

)(E

F

)(2.18)

である。よって(A

B

)=

(1/t −r′/tr/t t′ + rr′/t

)(1/t −r′e−2ikL/t

re2ikL/t t′ + rr′/t

)(E

F

)(2.19)

となる。A = 1, E = t, F = 0とおいて

t =t2

1 − rr′e2ikL(2.20)

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第 2章 バリスティック伝導 22

をえる。具体的に r, t, r′, t′を求めておこう。0 < x < aでは波動関数は ceκx + de−κxとする。(

c

d

)=

ik0

(e−iθ −eiθ

−eiθ e−iθ

)(A

B

)(2.21)

(Ceika

De−ika

)=

−k20

4ikκ

(eκae−2iθ − e−κae2iθ −eκa + e−κa

eκa − e−κa −eκae2iθ + e−κae−2iθ

)(A

B

)(2.22)

(C

D

)=

−k20

4ikκ

((eκae−2iθ − e−κae2iθ)e−ika (−eκa + e−κa)e−ika

(eκa − e−κa)eika (−eκae2iθ + e−κae−2iθ)eika

)(A

B

)

(2.23)

(2.5)から (C

D

)=

(t− r′r/t′ r′/t′

−r/t′ 1/t′

)(A

B

)(2.24)

となる。(2,2)成分は 1/t′なので

t′ =4ikκ

k20

e−ika

eκa+2iθ − e−κa−2iθ(2.25)

また,(1,2),(2,1)成分はそれぞれ r′/t′,−r/t′なので

r′ = − eκa − e−κa

eκa+2iθ − e−κa−2iθe−2ika (2.26)

r = − eκa − e−κa

eκa+2iθ − e−κa−2iθ= r′e2ika (2.27)

なお,t = t′が (1,1)成分より導かれる。これを共鳴トンネリングの式,(2.20)に代入して,図のような共鳴を得る。

2.1.1 対称ポテンシャル

ポテンシャルが対称の場合,別の解き方がある。ポテンシャルが対称の場合,波動関数は必ず対称,反対称に分類出来きる。ポテンシャルが存在する領域 (試料)を |x| < L

とすると,ポテンシャルの存在しない領域の波動関数は波動関数は,対称のものが

ψs(x > L) = cos(kx+ θs) , ψs(x < −L) = cos(kx− θs) , (2.28)

反対称のものは

ψa(x > L) = sin(kx+ θa) , ψa(x < −L) = sin(kx− θa) , (2.29)

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第 2章 バリスティック伝導 23

図 2.1: 共鳴トンネリングの模様。横軸は壁の高さでスケールしたエネルギー,縦軸は透過確率。ポテンシャルの間隔は h/

√2mV0を単位として 22,ポテンシャルの幅は 2で

ある。

0.2 0.4 0.6 0.8 1

0.2

0.4

0.6

0.8

1

とかける。これらの任意の線形結合も解であることに着目して,見慣れた散乱状態を作ろう。そのためには,i exp(i(θa − θs))を反対称の波動関数にかけて足すことにより,x > Lでは正の方向の波のみが存在するようにしてやればよい。これにより

ψ(x < L) = ei(kx−θs) + ei(−kx+θs)1 − e−2iδθ

2, (2.30)

ψ(x > L) = ei(kx+θs)1 + e−2iδθ

2,

を得る。ここで δθ = θs − θaである。さらに eiθsをかけて

ψscat(x < L) = eikx + e−ikxe2iθs1 − e−2iδθ

2, (2.31)

ψscat(x > L) = eikxe2iθs1 + e−2iδθ

2,

となるので,透過係数,反射係数は

t =e2iθs(1 + e−2iδθ)

2, r =

e2iθs(1 − e−2iδθ)

2, (2.32)

となる。こうして透過率 T,反射率Rは

T = cos2 δθ , R = sin2 δθ (2.33)

となる。

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第 2章 バリスティック伝導 24

2.1.2 タイトバインディング模型

タイトバインディング模型ではサイト nでの波動関数 φnは

−V φn+1 − V φn−1 + (Wn + 2V )φn = εφn (2.34)

を満たす。サイトポテンシャルWn = 0の場合,ε = −2V cos k + 2V となる。これが端子の状態,φn = eiknの固有エネルギーである。ポテンシャルが n = 0でのみ,W0という値をとるとすると,波動関数は

ψn =

⎧⎪⎨⎪⎩

eikn + re−ikn n ≤ −1

ψ0 n = 0

teikn n ≥ 1

(2.35)

である。(2.34)より

ψn+1 =Wn + 2V cos k

Vψn − ψn−1 (2.36)

となるので,w = W0/V とすると

ψ0 = (eik + e−ik)(e−ik + reik) − (e−2ik + re2ik) = 1 + r (2.37)

ψ1 = (eik + e−ik + w)(1 + r) − (e−ik + reik) = teik (2.38)

ψ2 = (eik + e−ik)teik − (1 + r) = te2ik (2.39)

最後の式から t = 1 + rが得られる。これを 2番目の式に代入して,

(eik + e−ik + w)t− (e−ik + (t− 1)eik) = teik (2.40)

から

t = t′ =2i sin k

2i sin k − w(2.41)

r =w

2i sin k − w(2.42)

となる。r′ = −tr∗/t∗よりr = r′ (2.43)

である。これを (2.20) に代入すれば,タイトバインディング模型での共鳴トンネリングが議論できる。

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第 2章 バリスティック伝導 25

図 2.2: 量子ポイントコンタクトにおけるコンダクタンスの量子化。

2.2 量子ポイントコンタクト1988年、van Weesら [7]は量子ポイントコンタクトと言われる構造を作り、そのコ

ンダクタンスを測定した。すると驚くことに、コンダクタンスGは正確に (10−4の精度で)

G =2e2

hN (2.44)

というように、2e2/hの整数倍に量子化された。さて、これはどう考えればいいのであろうか?これを考えるために、まず古典的に

解析してみよう。化学ポテンシャルの高いところと低いところの電子数密度の差を δn

とおく。このとき、単位時間化学ポテンシャルの低い領域に飛び出す電子の数が流れる電流 Iなので、ポイントコンタクトの幅をW として

I = (−e)WδnvF

∫ π/2

−π/2

cos φdφ

2π= −eWvFδn

π(2.45)

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第 2章 バリスティック伝導 26

となる。2次元の状態密度 2 ×m/2πh2より

δn = δμm

πh2 = −eV m

πh2 (2.46)

なので、コンダクタンス I/V は

Gclassical =2e2

h

WkF

π(2.47)

となる。もちろんこれでは量子化されない。ところでこのWkF/πという量は何を表しているのであろうか?幅がW の狭い領域

では波動関数がΨ(0) = Ψ(W ) = 0を満たすので、エネルギーは

E =p2

y

2m+

h2

2m

π2

W 2n2 (2.48)

というように量子化される。これが n = 1, 2, 3 · · · である。どの nまでつまるかはE <h2k2

F

2mからきまるので、結局

n = Int

(WkF

π

)(2.49)

である。実験で見えているコンダクタンスは

Gquantum =2e2

hInt

(WkF

π

)(2.50)

なのである。これは量子力学的には電極から電極へのチャンネルの数が nでチャンネルが短くまたクリーンなため、散乱が起こらず反射係数が 0になっていると思えばよい。このとき Landauer公式から

G =2e2

hn (2.51)

が導かれる2。また、金のようによくのびる性質をもった材質で細線を作り、これをのばして幅を

変えることも可能である。材質をのばしていきながらコンダクタンスを測定すると見事に 2e2/hの整数倍のプラトーが観測される [9]。ではプラトーからプラトーへとどのように遷移しているか、調べるにはどうすれば

よいであろう?この手の計算によく使われるのが、モードマッチングの方法である。ここでは簡単なモデル計算を紹介する。以下、図のように両端に幅 bの細線がついており、真ん中が幅 aにくびれているとする。実験では bが十分大きく、aが量子ポイントコンタクトの幅W である。

2久保公式で厳密にやっても同じ結果がえられることが、示されている [8]。

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第 2章 バリスティック伝導 27

2DEG

depletion region

gate

図 2.3: 量子ポイントコンタクトの概念図。

まず左側の領域で

Ψn =

√2

b

[eikny sin

(nπxb

)+

N∑m=1

Rmne−ikmy sin(mπx

b

)](2.52)

を考え、右側の領域で

Ψn =

√2

b

N∑m=1

Tmne−ikmy sin(mπx

b

)(2.53)

となっているとする。真ん中のくびれている部分では、√2

a

J∑j=1

(ujneiqjy + vjne−iqjy) sin

(jπx

b

)(2.54)

とする。ここで knは

kn =

(k2

F − n2π2

b2

)1/2

(2.55)

の実数である。同様に qjは

qj =

(k2

F − j2π2

a2

)1/2

(2.56)

で定義されるが、この場合、虚数もとりうるとして J > kFa/πととっておく。これらの波動関数が y = 0, Lで連続で微分も連続だと言う条件を課して T,Rを求め、

tmn =

√km

kn

Tmn rmn =

√km

kn

Rmn (2.57)

を計算すればよい。結果は前図のようになり、くびれの領域が長いほど、量子化がよく、またプラトー間の遷移に振動が伴うようになることがわかる。

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第 2章 バリスティック伝導 28

図 2.4: くびれがあったときのコンダクタンスの振るまい。

その他、2端子形状ではコヒーレント電子フォーカシングという現象が知られている [11]。これは隣どうしに端子をおいて、磁場を変化させてコンダクタンスを測定するものである。サイクロトロン半径がちょうど端子の間隔に一致したところでコンダクタンスがピークを示すのが確かに観測されている。

課題 2.2

h/e2の値はいくつか? これは量子化抵抗値と呼ばれるもので、25kΩ程度であるが、正確に求めよ。

2.3 十字路次に4端子形状での面白い実験結果とその解釈について述べる。4端子形状で思いつ

くのはホール抵抗RHがどう振る舞うかである。Roukesら [2]は序章の最初の図で示した形状を作り、線幅を狭くしていったときにホール抵抗がどうなるか調べた。図がその結果である。点線が 2次元のバルクの場合で、線幅を狭くすると低磁場側でずれが見え始めつい

にはホール抵抗が消失することがわかる。またバルクに対して期待される値からのずれはじめるところで、プラトーが見えている。こうした効果は温度への依存性が弱く、古典模型で解析できることが知られている。この古典模型というのが “ビリヤード模

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第 2章 バリスティック伝導 29

図 2.5: メゾスコピックな系でのHall伝導度。

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第 2章 バリスティック伝導 30

型”である。古典的なビリヤード模型というのは、図のような形状を考え、質点を遠くから発射し

て運動方程式を追う簡単な模型であるが [12]、Landauer公式と組み合わせると、実験結果をうまく解釈できる便利な代物である。電子の軌道は磁場によっていろいろな形となる。図 aは典型的な軌道であるが、電子が左側に行くように見えて、複雑な散乱をした結果、結局別の端子に入っていく様が見えるであろう。面白いのは、十字路に来るに従って、電子が前方に加速されると言う現象 (collimation)である。図 bは scrambling

と言って、十字路のなかで何度も壁にぶつかる現象である。図 cはリバウンドといって、磁場によるローレンツ力で電子は左に向かおうとするが、壁にぶつかって右の端子に入ってしまう現象である。図 dは磁場によるガイディングと呼ばれ、図 eは2端子形状の最後のところでも述べたフォーカシングである。こうした軌道を念頭において、ホール抵抗の消失、プラトーを解釈してみよう。まずLandauer-Buttikerの定式化により、RHを求めてみよう。式 (1.61)で(m,n, k, l) =

(1, 3, 2, 4)とする。また右の端子に行く例えば、T21, T32等を TRとおく。今不規則性がないので、形状が4回対称を持っているとして

TR = T21 = T32 = T43 = T14

TL = T12 = T23 = T34 = T41

TF = T13 = T31 = T24 = T42

(2.58)

となり、(1.60)で定義される行列Dは⎛⎜⎝ TF + TR + TL −TF −TR

−TF TF + TR + TL −TL

−TL −TR TF + TR + TL

⎞⎟⎠ (2.59)

となる。結局RHは

RH =h

e2TR − TL

2TF (TF + TR + TL) + T 2R + T 2

L

(2.60)

で与えられる [13]。この式とビリヤードの散乱過程をもとに、実験事実を解釈してみよう。まずホール抵抗の消失であるが、これは図 a,bのように scramblingがおきて、十字

路で複雑な反射がおき、TR ≈ TLとなってしまうことが原因であると考えられる。これにはさらに collimationによって TF が増大する効果も効いていると思われる。実際、collimationを起こさないような角張った十字路では、このようなホール抵抗の消失は生じないことが実験でもシミュレーションでも確かめられている。また形状によっては負のホール抵抗が見えるというのは図 cのリバウンドによって解釈できる。(2.60)でTR − TLの符号がリバウンドのために逆転してしまうのである。

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第 2章 バリスティック伝導 31

図 2.6: Hall形状のコンダクタンスのビリヤードモデル。

次にホール抵抗がプラトーを示す原因について述べる。これは量子ホール効果と違って、RHは決して量子化されていないことに注意。このプラトーが始まる磁場は十字路の形状に依存している。まずどうなれば図dのように素直にローレンツ力に従って、端子に吸い込まれるのであろう? これは磁場Bが

B > Bg =mvF

ermin(2.61)

のときに起こる。ここで rminは角の曲率半径の最小値である。このとき TL ≈ N=端子でのチャンネル数となり、RH = h/e2N となるのである。さて、N の値であるが、これは原理的には磁場に依存する。しかしサイクロトロン

半径の二倍 2mvF/eBが系の幅よりも大きければ、Nはほとんど磁場に依存しないことが知られている。なぜならサイクロトロン半径が細線の幅程度の大きさにならないと、磁場によるサブバンド構造の変化が見られないからである。これがプラトーの原因である。結局プラトーは

2mvF

eW> B >

mvF

ermin(2.62)

のとき見えることになる。これも実験結果と一致している。ところで scramblingに見られるように、十字路の中では軌道がカオティックになっ

ている。こうした単純な構造から生まれる複雑な軌道は、カオス理論により解析されている。またこの古典的にはカオス軌道を示す系が、量子論的にどのように振る舞うか、近年盛んに議論されている (第 3章を参照のこと)。

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第 2章 バリスティック伝導 32

2DEG 2DEG

VG

(a) (b)

図 2.7: 量子ドットの模式図とそのエネルギー形状の概念図。

ここでは詳しくふれないが、4端子形状では非局所抵抗というメゾスコピック系独得の抵抗が観測されている。

課題 2.3

細線に垂直な方向の運動量を p⊥、平行を p‖とおく。エネルギーの保存則から

p2⊥ + p2

‖ = constant (2.63)

である。今、線の幅が広くなると二つの値はどのようになるか? これにより collimation

を説明せよ。

2.4 量子ドットとクーロンブロッケード量子ポイントコンタクトの技術を使うと、さらに面白い構造ができる。例えば、量

子ポイントコンタクトを二つつなげると、二つの間にサブミクロンの小さな領域ができる。これが量子ドットである (図 a)。ドットの右側には μr = EF + eV の化学ポテンシャルをもった端子が、左側には μl = EFの端子がついているとする。ドットが有限のため、その中には離散的なエネルギー準位が形成されているとする (図 b)。

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第 2章 バリスティック伝導 33

この場合、左の熱浴とドット領域のトンネル率は Γl/h、右の熱浴とドット領域のはΓr/hであるとする。十分低温ではフェルミエネルギー付近の状態と結合したドット内の状態が共鳴トン

ネリングを示す。そのとき、コンダクタンスは [14]

G =e2

h

ΓlΓr

(EF − E0)2 + 14(Γl + Γr)2

(2.64)

というBreit-Wignerタイプの式で与えられる。左右のトンネル確率が等しければ、コンダクタンスが 1になるが、左右のトンネル確率が違うと決して 1にならないことに注意 (2.1参照)。さて問題は共鳴がおこるE0の値、もしくはEFの値である。一見考えるとE0はドッ

ト中の準位でこれはランダムなのでEFを変えていくとランダムな間隔で共鳴がおきそうである3。それとスピンの縮退があるのでGの前に係数 2がついても良さそうである。ところが量子ドットのような小さい系の場合、そうはなっていない。このドット中

に電子がN 個詰まっているとその静電エネルギー U(N)は

U(N) =(Ne)2

2C−NeVg (2.65)

となる。通常はこの (Ne)2/2Cの項は無視できるが、キャパシタンスCが極端に小さい場合、この項が効いてくるのである。そこでこのように考えよう。ドットの中にN − 1

の電子があったとする。熱浴から電子が飛んできてドットの中の 1電子準位EN に電子が入り、ドット中の電子がN 個になったときのエネルギーの保存則は

EF + U(N − 1) = EN + U(N) (2.66)

となる。これより

EF = EN + (2N − 1)e2

2C− eVg (2.67)

となる。さて、ゲート電圧を変えていくと、今度は

EF = EN+1 + (2N + 1)e2

2C− eV ′

g (2.68)

で共鳴が起こることになる。結局、二つのゲート電圧の差ΔVgは

eΔVg = (EN+1 − EN) +e2

C(2.69)

となる。さて、e2

Cが典型的なエネルギー準位間隔より十分大きければ、この間隔は e2/C

という等間隔になるはずである。しかもスピン縮退はとける。またその間隔は 1電子3正確にはランダム系でも準位には相関がある。これを議論するのがランダム行列理論である。これ

については次章で述べる

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第 2章 バリスティック伝導 34

図 2.8: クーロン・ブロッケード。

準位の間隔よりもはるかに大きくなっている。これがクーロンブロッケードとよばれる現象である。実験的には、Vgを変えてEF一定でコンダクタンスを測定する [15]。図に見事な実験

の一例を示す ([6]の p.312の図より)。

2.4.1 クーロンダイヤモンド

ゲート電圧 Vgとソース-ドレイン間の電圧 V がどのような値のとき、電流がブロックされるのであろうか?これを考察するために図のようなモデルを考えてみる。真中の領域がクーロン島である。ここに q = −neの電荷が溜っているとする。この

ときクーロン島の電位を φとすると

q = −ne = −C1(V1 − φ) − C2(V2 − φ) − Cg(Vg − φ) (2.70)

が満たされているので、

φ =q + C1V1 + C2V2 + CgVg

C1 + C2 + Cg(2.71)

となる。電荷−eがクーロン島から電極 1に移動するのに各々の電極のする仕事W1,W2,Wg

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第 2章 バリスティック伝導 35

は、Δq = eとして

W1 = Δq1V1 + eV1 =e(C2V1 + CgV1)

CΣ(2.72)

W2 = Δq2V2 =−eC2V2

CΣ(2.73)

Wg = ΔqgVg =−eCgVg

CΣ(2.74)

となる。CΣ = C1 + C2 + Cgである。一方、静電エネルギーは

U =1

2

(q21

C1+q22

C2+q2g

Cg

)=

q2

2CΣ+ Const. (2.75)

となるので、

ΔU =e2(−2n + 1)

2CΣ(2.76)

となる。結局、クーロン島から電極 1にいくのが禁止されるには

ΔE1 =e2(−2n + 1)

2CΣ−W1 −W2 −Wg > 0 (2.77)

を満たす必要がある。よって

−e(n− 1/2) + C2(V2 − V1) + Cg(Vg − V1) > 0 (2.78)

が満たされなければならない。簡単のため、V1 = −V2 = V/2として

−e(n− 1/2) − (C2 + Cg/2)V + CgVg > 0 (2.79)

となる。電子が電極2からクーロン島に入るのが禁止される条件はW1 = Δq1V1 = eC1V1/CΣ,W2 =

Δq2V2 + (−e)V2 = −e(C1V2 + CgV2)/CΣ,Wg = eCgVg/CΣから、

ΔE2 =e

[(n +

1

2

)e− C1V1 − CgVg + C1V2 + CgV2

]> 0 (2.80)

となり、V1 = −V2 = V/2として(n+

1

2

)e− (C1 + Cg/2)V − CgVg > 0 (2.81)

となる。

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第 2章 バリスティック伝導 36

V1

V2

Vg

図 2.9: 量子ドットの等価回路。

-1.5 -1 -0.5 0.5 1 1.5

-0.4

-0.2

0.2

0.4

図 2.10: クーロン・ダイヤモンド

さらに電極 1からクーロン島に入るのを禁止する条件は 2.81の電極を入れ換えて(n +

1

2

)e+ (C2 + Cg/2)V − CgVg > 0 (2.82)

となり、逆にクーロン島から電極 2に抜け出す条件は

−e(n− 1/2) + (C1 + Cg/2)V + CgVg > 0 (2.83)

となる。実際にグラフにかいたものを最後に示す。この場合、C1 : C2 : Cg = 1 : 2 : 2である。

このクーロンブロッケードが起きる領域はその形からクーロンダイアモンドと呼ばれている。

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37

第3章 拡散領域における伝導

前章では電子が不純物に散乱される場合を考えなかった。なぜかというと非常に小さいサンプルでは不純物による弾性散乱長 leがサンプルサイズよりも大きいからである。系の大きさLが leよりも大きくなると、不純物散乱の効果を取り入れなければならない。本章ではこの不純物散乱がどのような現象を引き起こすかを議論する。電気抵抗を高温で決めているのはフォノンによる散乱や電子間相互作用による散乱

である。低温になると、これらの散乱は無視できるようになり、不純物散乱が効いてくる。通常これが残留抵抗としてあらわれる。ところが2次元以下ではアンダーソン局在が起こり、通常すべての状態が局在してしまい、電気伝導度は絶対零度で 0となる [16, 17, 18, 19]。このアンダーソン局在は電子の量子干渉効果によるものである。さてここで議論しているメゾスコピック系ではなにがおこるであろうか? 話を簡単

にするため、絶対零度に限ることにする。電子は局在しておりその波動関数Ψは

Ψ ∼ e−r/ξ (3.1)

というすそをもっていると考える。系のサイズ Lが局在長 ξよりもはるかに大きい場合、波動関数の局在により、電流は減衰してしまい伝導は起こらないはずである。サイズ Lが弾性散乱長よりも小さいとバリスティック伝導になるので、結局

ξ � L� le (3.2)

が電子が拡散的にサンプルを動いている条件になる。実際、この条件を満たすのはバリスティック伝導のときよりも簡単で、実験的にはこの拡散領域の方が先に実現された。

3.1 コンダクタンスの揺らぎ上記の条件でコンダクタンスを測定した結果を図に示す。図の左は金のコンダクタン

スの磁場依存性、右はシリコンMOSのコンダクタンスの磁場依存性である。磁場によってコンダクタンスが不規則に変化しているように見える。この変化はサンプルごとに独得のもので、同じサンプルなら再現性があることから、磁気指紋 (magneto fingerprint)

と呼ばれた。さて、磁気指紋をよく眺めてみると、金もシリコンMOSも大体、0.1e2/h程度の幅で

振動しているようである。少し考えると、これは大変奇妙なことがわかる。何故なら、

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第 3章 拡散領域における伝導 38

図 3.1: 伝導度の揺らぎの実験

金のコンダクタンスは 1000e2/hでシリコンMOSは e2/h程度なので、絶対値が 1000

倍も違えば揺らぎはその平方根、30倍程度違ってもおかしくないからである。同じことは数値計算によってもほぼ同時期に Stoneによって発見された [20]。典型的

な計算結果 [21]を図に示す。コンダクタンスの絶対値は変わっているが、平均値は広い領域で一定だと言うことがわかるであろう。このように拡散領域ではコンダクタンスのゆらぎはコンダクタンスの絶対値に依ら

ず e2/h程度である。この現象を universal conductance fluctuation (UCF)と呼ぶ。

3.2 ランダム行列理論による解釈このUCFを一般的にランダムな系でのスペクトルを考察することで説明しよう。

3.2.1 ランダム行列理論

今、系全体に状態が拡がっているとして、そこに不規則性ポテンシャルをさらに加えたとする。このとき、ハミルトニアンを行列表示するとその行列要素はランダムなものになろう。数学的に扱いやすいように行列要素Hijはガウス分布しており、またその分布確率は P−1HP という同値変形をしても変わらないとすると、

P ({Hij}) = A exp

(−1

2TrH2

)(3.3)

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第 3章 拡散領域における伝導 39

図 3.2: 伝導度の揺らぎの数値計算

とおける1。このように行列要素がランダムな場合、固有値もまたランダムになるのであろうか?

簡単のため、2 × 2行列を考えよう。このとき

H =

(a b

b c

)

とおくと

P (a, b, c) =

√2

(2π)3exp

(−1

2(a2 + 2b2 + c2)

)(3.4)

となる。この行列の固有値 ε±は

ε± =a + c±√(a− c)2 + 4b2

2(3.5)

である。さて、二つの固有値の間隔はどうなっているであろう? 全くランダムなら固有値の

間隔に顕著な構造は見られないであろう。しかし量子力学でやったように縮退した状1Aは

∫ΠdHijP ({Hij}) = 1から決める。

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第 3章 拡散領域における伝導 40

図 3.3: Wigner分布

態は摂動によって分離する。これと同じことが起こるのである。二つの固有値の間隔が sに等しい確率は

P (s) =

∫da

∫db

∫dcP (a, b, c)δ(s− (ε+ − ε−)) (3.6)

で与えられるので、P (s) =

s

2e−s2/4 (3.7)

となる。これはWignerが原子核の励起スペクトルを解析するのに提案したので、Wigner

分布と呼ばれている。Wigner分布の特徴は sが小さいところでP (s)が 0となることである。これは二つの準位が互いに反発し避けあっていることを意味する。これが準位反発 (level repulsion)である。

課題 3.1

P (s)は通常 1 =∫∞

0dsP (s) =

∫∞0

dsP (s)s というように、sを規格化しておくのが便利である。この場合、P (s) = π

2s exp

(−π4s2)となることを示せ。また複素エルミート

行列に対して同様の議論を行うと、P (s) = 32π2 s

2 exp(− 4

πs2)となることを示せ。

行列の次元が大きい、すなわち固有値の数が十分大きい場合、固有値の分布関数は

P ({εi}) = AΠi>j |εi − εj |β exp

(−β

2

N∑n=1

ε2i

)(3.8)

となる。βは系の時間反転対称性やスピン回転対称性から決まり、通常の不純物ではβ = 1、磁場がかかったり磁性不純物が入るとは β = 2となり、スピン軌道相互作用が

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第 3章 拡散領域における伝導 41

強い系ではは β = 4 となることが知られている。準位が多い場合は、準位が二つだけの上で述べた例と全然違うように思えるが、実際 P (s)はWinger分布で非常によく近似できる [22]。このWigner分布は極めて一般的なものである。歴史的には原子核の励起スペクトル

の解析に対して、最初に提案され、後に微粒子のエネルギー準位から比熱を議論する際に適用された (いわゆる久保効果)。このメゾスコピック系に適用されたのは 10年ほど前からである。最近、古典的にカオスが見られる系を量子化するとやはりWigner分布が見られることがわかっている。これは実験的にもみようという試みがなされている。

課題 3.2

固有値に全く相関のないとき、最近接準位間隔は

P (s) = e−s (3.9)

で与えられることを示せ。これは Poisson分布の一種である。

3.2.2 Thouless公式による解釈

このUCFを解釈するのに便利な方法が、Thouless公式にランダム行列理論を適用するやり方である [23]。さて、ここで 1章で述べたThouless公式 (1.42)を思い出そう。これはコンダクタン

スGが

G =e2

hN (3.10)

で与えられるとするものであった。N はThoulessエネルギーの間に入っているエネルギー準位の数である。そこでコンダクタンスの平均値は

< G >=e2

h< N > (3.11)

揺らぎは

< δG >=e2

h< δN > (3.12)

ということになる。もし、準位に相関が全くなければ< δN >=√< N >となるであ

ろう。しかしランダム系での準位は強く反発している。N が揺らぐためには間隔が狭くなるか拡がるかして、準位が密になったり疎になったりしなければならないが、

・密になろうとすると、内側の準位が反発する

・疎になろうとすると、外側の準位が反発する

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第 3章 拡散領域における伝導 42

図 3.4: 準位数の揺らぎ

ので、揺らぐことはできないのである。また反発の強さは βの値に依存し、βが大きいほど強い反発がおきるので、磁場がかかった系 (β = 2)の方が磁場のかかっていない系 (β = 1)よりもN の揺らぎが小さいことがわかる。実際、< δN2 >はランダム行列理論により β = 1のとき

< δN2 >=2

π2

(log(2π < N >) + 1 + γ − π2

8

)+O(< N >−1), (3.13)

β = 2のとき

< δN2 >=1

π2(log(2π < N >) + 1 + γ) +O(< N >−1) (3.14)

で与えられる。図にその様子を示す。これからわかるように< δN2 >はほとんど一定である。また磁場があるなしで大きく変わることもわかり、数値計算の結果を定性的に説明できる。

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第 3章 拡散領域における伝導 43

3.3 Landauer公式による解釈前節でThouless公式により、UCFがなぜ起こるかを定性的に調べたが、Thouless公

式だと係数がはっきりしない (Thoulessエネルギーにあいまいさがのこる)、logNの項が存在しているが、これは正しいのか?という問題がある。そこで Landauer公式

G = 2e2

hTrtt† (3.15)

でコンダクタンスを解析しよう2。この透過係数行列の固有値分布を扱えば、コンダクタンスなどが厳密に議論できるのである [24]。

2端子形状での S行列をN ×N の反射係数行列 rと透過係数行列 tで表すと

S =

(r t′

t r′

)

となる。サンプル長が局在長よりも短く、弾性散乱長よりも長いという条件から、サンプルの中で十分散乱がおき、しかし局在はしないという状況を考えていることを思い出すと、この rも tもランダムな行列になっていると考えられる。r, tはN ×N 行列で、あるチャンネルから入り、別のチャンネルに抜けるプロセスを表すが、十分散乱が多いと i番目のチャンネルから j番目のチャンネルに抜ける確率の大きさはすべて同程度として良いであろう。そこで Sを

S =

(v(1) 0

0 v(2)

)(−√

1 − τ√τ√

τ√

1 − τ

)(v(3) 0

0 v(4)

)=

(−v(1)

√1 − τv(3) v(1)

√τv(4)

v(2)√τv(3) v(2)

√1 − τv(4)

)

(3.16)

と書き直す3。v(i)(i = 1, 2, 3, 4)はランダムなユニタリ行列で、τ はN ×N の対角行列で、その要素 τiは 0 < τi < 1である。磁場が 0のときは、S = STなので、v(3) = v(1)T、v(4) = v(2)Tである。これより t = v(2)

√τv(3)となり、

G = 2e2

h

N∑i=1

τi (3.17)

となる [25]。そこで τiの分布関数が分かればよい。これはランダム行列理論と非常によく似ており、β = 1の場合、

P ({τ}) = C1Πi<j|τi − τj |Πi1√τi

(3.18)

2(1.58)式を逆数にしてコンダクタンスにしている。係数 2はスピンからくる3一般に N 次元のユニタリ行列は N2 個の自由度をもっている。よって、左辺の自由度は 4N2で右

辺は 4 × N2 + N となり、あわないように見える。これは実は D = diag(eiη1 , eiη2, , · · · , eiηN ) とし、v′(1) = v(1)D, v′(2) = v(2)D, v′(3) = Dv(3), v′(4) = Dv(4) として、v′(i) のうち、N 個のパラメータを消すことができるからである

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第 3章 拡散領域における伝導 44

β = 2の場合、P ({τ}) = C2Πi<j |τi − τj |2 (3.19)

で与えられることが知られている [27]。前節と違うのは τ の範囲が 0から 1に限られているのと、exp(−Ax2

i )のような項がないことである。ここで、τ の密度 ρ(τ) :=

∑Ni=1 δ(τ − τi) を定義すると便利である。これを用いると

G = G/(2e2/h)は

< G >=

∫dτ < ρ(τ) > τ (3.20)

< δG2 >=

∫dτdτ ′ < ρ(τ)ρ(τ ′) > ττ ′− < G >2=

∫dτdτ ′ττ ′K(τ, τ ′) (3.21)

から計算できる。ただしK(τ, τ ′)は 2体相関関数で

K(τ, τ ′) :=< ρ(τ)ρ(τ ′) > − < ρ(τ) >< ρ(τ ′) > (3.22)

で定義される。これはすぐ下で述べるように計算でき [26]、

K(τ, τ ′) =1

π2β

∂τ

∂τ ′log |

√τ −√

τ ′√τ +

√τ ′| (3.23)

となる。これより

< δG >= 2e2

h

√1

8β(3.24)

となる。実際には数値計算するとN が 3くらいでほとんどこの値が得られる。Thouless公式にハミルトニアンのランダム行列理論を適用した場合は、log補正が存

在したが、S行列のランダム行列を考えた場合は、補正が存在しないことに注意しよう。これは端子の効果と解釈されている。

課題 3.3

時間反転対称性がある場合、つまり磁場のかかっていない場合、S = STである。このとき、(3.16)式の左辺の自由度はN(2N + 1)になることを示せ。右辺の自由度はいくつか?

3.3.1 2体相関関数の導出

以下にこの 2体相関関数を導く。フーリエ変換を駆使して問題を解くためには透過係数行列の固有値、τiのように範囲が (0,1)では都合が悪い。そこで、

τi =1

1 + λi

(3.25)

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第 3章 拡散領域における伝導 45

という新しい変数、0 < λi <∞を導入する。確率分布は

P ({λi}) = exp(−βW ) (3.26)

となり、このとき、W =

∑i<j

u(λi, λj) +∑

i

V (λi) (3.27)

である。

u(λ, λ′) = − ln |λ− λ′| (3.28)

V (λ) = N ln(1 + λ) + f((1 + λ)−1) (3.29)

以下の議論は相互作用の部分、u(λ, λ′)が必ずしも log的でなくてもよい。λの密度分布は

ρ =

∫dλ1 · · ·

∫λN exp(−βW )

∑i δ(λ− λi)∫

dλ1 · · ·∫λN exp(−βW )

(3.30)

で与えられる。2点相関関数K(λ, λ′)は

K(λ, λ′) = − 1

β

δρ(λ)

δV (λ′)(3.31)

となる。N が十分大きな極限ではこの u, V は

V (λ) +

∫ λ+

λ−dλ′ρ(λ′) = const. (3.32)

をみたす。λ−, λ+は積分の上限、下限で今の場合、0,∞である。この式を変分して

δV (λ) +

∫ λ+

λ−dλ′u(λ, λ′)δρ(λ′) = const. (3.33)

となる。ただし、この変分はN を固定してとるので、∫ λ+

λ−dλ′δρ(λ′) = 0 (3.34)

である。式 (3.33)は δρから δV を求める式である。求めたいのはその逆で、

δρ(λ) = −∫ λ+

λ−dλ′uinv(λ, λ′)δV (λ′) (3.35)

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第 3章 拡散領域における伝導 46

である。uinvは ∫ λ+

λ−dλ′′u(λ, λ′′)uinv(λ′′, λ′) = δ(λ− λ′) − 1

λ+ − λ−(3.36)

をみたす。第 2項は ∫ λ+

λ−dλ′uinv(λ′′, λ′) = 0

にするためである。こうしておくと (3.33)の定数項はあってもなくてもよくなる。こうして

K(λ, λ′) =1

βuinv(λ, λ′) (3.37)

が得られる。以上は一般的に相互作用の形によらずに成り立つ。注目すべきは、この2体相関関

数が一体ポテンシャル V には依存しないことである。この関係式から具体的にコンダクタンスの表式を求めてみる。物理量Aの平均は

A =N∑

n=1

a(λn) (3.38)

でその分散は

VarA =

∫ λ+

λ−dλ

∫ λ+

λ−dλ′a(λ)a(λ′)K(λ, λ′) (3.39)

である。よって、

VarA =1

β

∫ λ+

λ−dλ

∫ λ+

λ−dλ′a(λ)a(λ′)uinv(λ, λ′) (3.40)

を計算すればよい。実際にカーネルを出すには以下のようにすればよい。解くべき方程式は∫ ∞

0

dλ′ψ(λ′) ln |λ− λ′| = φ(λ) + const. (3.41)

∫ ∞

0

dλ′δψ(λ) = 0

である。このままでは解きにくいのでフーリエ変換を行う。そのためには

x = lnλ (3.42)

ψ(x) = exψ(x) (3.43)

φ(x) = φ(x) (3.44)

K2(x, x′) = ex+x′

K2(ex, ex′

) (3.45)

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第 3章 拡散領域における伝導 47

と変数変換すればよい。こうすると (3.41)は∫ ∞

−∞dx′ex′

e−x′ψ ln |ex − ex′| = φ+ const.

∫ ∞

−∞dxψ(x) = 0

となる。求めたいのは

e−xψ(x) =

∫ ∞

−∞dx′ex′

(−β)e−x−x′K2(x, x

′)φ(x′)

から、

ψ(x) = −β∫ ∞

−∞dx′K2(x, x

′)φ(x′) (3.46)

この方程式は相互作用 ln |ex − ex′ |が ln |ex − ex′| − (x+ x′)/2 となっても同じである。なぜなら ∫

dx′xψ(x′) = 0 ,

∫dx′x′ψ = const.

で後者の一定値は定数項に吸収できるからである。こうして相互作用の項は

ln |ex − ex′| − ln e(x+x′)/2 = ln |2 sinhx− x′

2| (3.47)

となる。こうして ∫ ∞

−∞dx′ψ(x′) ln |2 sinh

x− x′

2| = φ(x) + const. (3.48)

を解くことになる。この方程式は Fourier変換により簡単に解ける。まず相互作用の項の Fourier変換を

求めておく。∫ ∞

−∞dxe−ikx ln 2 sinh(x/2) = − 1

ik

∫ ∞

−∞dx

d

dxe−ikx ln 2 sinh(x/2)

=1

2ik

∫ ∞

−∞dxe−ikx coth(x/2)

=1

2ikiπ

− sinh 2πk

(cosh(2πk) − 1)/2

k

1

2

1

1/2

−2 sinh πk cosh πk

2 sinh2 πk

= −πk

cosh πk

sinh πk= −π

kcoth πk

こうして

K2(k) =k

πβtanh πk (3.49)

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第 3章 拡散領域における伝導 48

が求められる。これをコンダクタンスに適用すると a(λ) = 1/(1 + λ)として、

G/G0 =N∑

n=1

a(λn) , G0 =e2

h(3.50)

となる。G/G0 = Gの平均は

〈G〉 =

∫ ∞

0

dλa(λ)ρ(λ) (3.51)

で与えられる。またその分散は

Var(G) =1

βπ2

∫ ∞

0

dk|a(k)|2k tanh(πk) (3.52)

となる。ただし、

a(k) =

∫ ∞

0

dλλik−1a(λ) (3.53)

である。これを積分して、

VarG/G0 =1

8β(3.54)

となる。細線の場合、透過係数の分布は

T =1

1 + λ, λ = sinh2 x (3.55)

として、

P ∝ exp

[−β(∑

i<j

u(xi, xj) +∑

i

V (xi)

)], (3.56)

u(xi, xj) = −1

2ln | sinh2 xj − sinh2 xi| − 1

2ln |x2

j − x2i |, (3.57)

となる。これから2体相関関数を計算すると

K(k) =|k|βπ

(1 − e−π|k|) (3.58)

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第 3章 拡散領域における伝導 49

となる。

VarA =

∫ ∞

0

dx

∫ ∞

0

dx′K(x, x′)a(x)a(x′)

=

∫ ∞

0

dx

∫ ∞

0

dx′a(x)a(x′)[K(x− x′) +K(x+ x′)]

=1

2

[∫ ∞

0

dx

∫ ∞

0

dx′a(x)a(x′)(K(x+ x′) +K(x− x′))

+

∫ 0

−∞dx

∫ ∞

0

dx′a(−x)a(x′)(K(x− x′) +K(x+ x′))]]

=

∫ ∞

−∞dx

∫ ∞

0

dx′a(x)a(x′)K(x− x′)

=

∫ ∞

−∞dx

∫ ∞

−∞

dk′

2πeik′xa(k′)

∫ ∞

0

dx′∫ ∞

−∞

dk′′

2πeik′′x′

a(k′′) ×∫ ∞

−∞K(k)

dk

2πeik(x−x′)

=

∫ ∞

−∞dk′δ(k + k′)

∫ ∞

0

dx′∫ ∞

−∞

dk′′

2πei(k′′−k)x′

a(k′)a(k′′) ×∫ ∞

−∞K(k)

dk

=1

2

1

∫ ∞

−∞K(k)a(k)a(−k)

となり、結局

VarA =1

2π2β

∫ ∞

0

dkk(1 − e−πk)|a(k)|2 (3.59)

となる。コンダクタンスの分散を求める場合、

a(k) =πk

sinh(πk/2)(3.60)

なので、これを代入して、

VarA =1

2βπ2

∫ ∞

0

dk(1 − e−πk)kπ2k2

sinh2(πk/2)=

2

15β(3.61)

となる。ほんの少しだが、これは 1/8βよりも小さい。これは透過係数の反発相互作用が弱まっているからである。

3.4 量子カオス系こうしたランダムな散乱行列で記述される系の代表的な例は量子カオス系である。量

子カオス系とは古典的には軌道がカオス軌道になってしまう系である。有名なのはシナイビリヤード、スタジアムなどである。

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第 3章 拡散領域における伝導 50

(a) (b)

図 3.5: カオス系と非カオス系

量子カオス系では何が特徴的かというと、ランダムネスがなくても準位統計が先に述べたWigner分布になるということがあげられる。また、波動関数が図のようにスカーをもつことが数値計算、実験からわかっている。このような量子カオス系に端子をつけた系が最近、実験で数多く調べられている [28,

29]。

3.4.1 コンダクタンス

2端子コンダクタンスを議論するには

G =2e2

h

N1∑n=1

N1+N2∑m=N1+1

〈|Snm|2〉 (3.62)

を計算すればよい。N1, N2はそれぞれの端子のチャンネル数である。ユニタリの場合、

〈|Snm|2〉 =1

N1 +N2(3.63)

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第 3章 拡散領域における伝導 51

を用いて、

G =2e2

h

N1N2

N1 +N2(3.64)

となる [30]。直交クラスの場合、

〈|Snm|2〉 =

∫dμ(U)

N1+N2∑k,k′=1

UnkUmkU∗nk′U∗

mk′ =1 + δnm

N1 +N2 + 1(3.65)

を計算すれば良い4。(3.66)から

UnkUmkU∗nk′U∗

mk′ =1

N2 − 1(δkk′ + δnmδkk′) − 1

N(N2 − 1)(δkk′ + δnmδkk′) (3.67)

となるので

G =2e2

h

N1N2

N1 +N2 + 1(3.68)

となる。まとめて書くと

〈G〉 =2e2

h

N1N2

N1 +N2 − 1 + 2/β(3.69)

である。チャンネル数が大きい場合、

〈G〉 =2e2

h

(N1N2

N1 +N2+ (1 − 2/β)

N1N2

(N1 +N2)2

)(3.70)

となる。第一項は端子抵抗の和を意味する。第二項は抵抗が単純な抵抗の和よりも増えていることを意味している。特に二つの端子が同じ場合、第二項は

δG =2e2

h

1

4

(1 − 2

β

)(3.71)

となる。これは弱局在補正と呼ばれている。このように時間反転対称性が破れた系と破れない系では伝導度の振舞が普遍的な因

子だけ異なる。では時間反転対称性が移り変わる過程はどうであろう?時間反転対称

4このような4つの行列の積は

〈UαaUα′a′U∗βbU

∗β′b′〉 =

1N2 − 1

(δαβδabδα′β′δa′b′+δαβ′δab′δα′βδa′b)− 1N(N2 − 1)

(δαβδab′δα′β′δa′b+δαβ′δabδα′βδa′b′)

(3.66)を使う。

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第 3章 拡散領域における伝導 52

性は磁場によって壊れるので、磁気抵抗をみればよい。この場合、磁気抵抗はカオス系と非カオス系で異なる振舞を示す。非カオス系では磁気伝導度が

δG(B) ∝ |B| (3.72)

となるのに比べ、カオス系ではδG(B) ∝ B2 (3.73)

になるのである [31, 32]。またカオス系では磁気伝導度に自己相似な構造が現れることも知られている [33]。

図 3.6: カオス系における伝導度の揺らぎ

3.4.2 UCF

4つのランダムユニタリ行列の積 (3.66)を用いると、ユニタリの場合のUCFを簡単に議論できる。コンダクタンスをG0 = 2e2/hで規格化する。その 2乗から分散が計算できる。簡単のため、ここではユニタリの場合を行なう。分散は 〈(G/G0)

2〉− 〈G/G0〉2

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第 3章 拡散領域における伝導 53

となるので、〈(G/G0)2〉を計算すればよい。

〈(G/G0)2〉 =

N1∑n,n′=1

N1+N2∑m,m′=N1+1

〈SnmS∗nmSn′m′S∗

n′m′〉

=

N1∑n,n′=1

N1+N2∑m,m′=N1+1

〈SnmSn′m′S∗nmS

∗n′m′〉

=

N1∑n,n′=1

N1+N2∑m,m′=N1+1

[1

N2 − 1(1 + δnn′δmm′) − 1

N(N2 − 1)(δnn′ + δmm′)

]

=N2

1N22

N2 − 1

となるので、

var(G/G0) =N2

1N22

N2(N2 − 1)(3.74)

となる。N1 = N2 = m� 1の場合、

var(G/G0) =1

16(3.75)

となり、(3.54)で β = 2とした場合に一致する。

3.4.3 コンダクタンスの分布

このようにコンダクタンスは平均値(弱局在効果)、分散(UCF)など大変興味深い性質を示す。そこでコンダクタンスはどのような分布をしているか、興味がわく。まず、チャンネル数が両端子とも 1の場合を考えよう。このとき、コンダクタンスの分布は (3.18), (3.19)より

P (T ) =1

2βT−1+β/2 (3.76)

となる (T は透過係数でG = G0T )。チャンネルが増えるにつれてコンダクタンスの分布は

1. 金属領域ではガウス分布、この場合、分散が普遍的

2. 絶縁体領域では対数正規分布

となる。また、金属絶縁体転移点直上ではあらたな分布が生じる。

課題 3.4

透過係数の分布関数を求め、〈T 〉, var(T )を β = 1, 2, 4について求めよ。

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54

第4章 量子ホール効果

量子ホール効果とは、2次元電子系に十分強い磁場をかけ、電子が少数のランダウ準位にのみ存在するようになったとき、ホール抵抗が磁場や電子密度に依存しない領域 (プラトー)を示し、その値がN を整数として、

RH =h

Ne2(4.1)

と量子化される現象である [34]。この量子化の精度は 10−7 程度と非常によい。図にKlitzingらによって最初にえられた実験結果を示す [35]。この量子ホール効果はマクロな系で発見された。系がメゾスコピックになった場合、

何が起こるであろう? 量子化が有限サイズ効果でこわれるのだろうか? 以下、このメゾスコピック系での量子ホール効果を解説する。

4.1 エッジ状態第 1章で強磁場中では電子がランダウバンドに分離し、そのエネルギーは中心座標

Xkに依存せず En =(n+ 1

2

)hωc となることを示した。今、−L/2から L/2の領域に

ある x方向の幅が Lの細線を考える。細線は十分 y方向には長いとする。中心座標が系のはしに近づくと電子は壁の閉じこめポテンシャルを感じ、エネルギーが高くなり、中心座標依存性を示すようになる。図に不純物がないときの、±L/2に無限大のポテンシャル障壁があるとして計算機で求めた中心座標Xk = −k�2とエネルギーEnkを示す。図を見ると、中心座標が壁に近づくと、エネルギーが確かに上昇していることがわ

かる。この上昇は電子の波動関数の裾が壁にかかってくるあたりから起こる。n番目のランダウ準位の波動関数の x方向の拡がりは

√n+ 1/2�程度なので、中心座標が壁か

ら√n + 1/2�まで近づくと、エネルギーが上がり始めることがわかる。実際、図でも

ランダウ準位が高いほど、エッジの領域が大きくなっている。中心座標がちょうど±L/2のとき、例えば最低ランダウ準位 n = 0のエネルギーは

3hωc

2と、n = 1のバルクのエネルギーに一致している。n = 1のバンドで中心座標が

ちょうど±L/2 になると、7hωc

2のバルクの状態のエネルギーと一致する。これは n =

奇数のバルク状態の波動関数は反対称で、このちょうど片側が (n− 1)/2の中心座標が±L/2となっているエッジ状態に一致するからである。

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第 4章 量子ホール効果 55

(a) (b)

図 4.1: 量子Hall効果

課題 4.1

第 1章 ((1.8)式)でやったように、x方向の波動関数 φn(x−Xk)は

φn(x−Xk) =1√

2nn!√π�

e−(x−Xk)2/2�2Hn((x−Xk)/�) (4.2)

となる。エルミート多項式の直交関係、∫ ∞

−∞dze−z2

H2n(z) = 2nn!

√π (4.3)

と漸化式、2zHn = Hn+1 + 2nHn−1 (4.4)

を用いて、 ∫ ∞

−∞dx(x−Xk)

2[φn(x−Xk)]2 =

(n+

1

2

)�2 (4.5)

となることを示せ。

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第 4章 量子ホール効果 56

図 4.2: バルク状態とエッジ状態

これは磁場がないときの細線に対する、y方向の波数とエネルギーの関係と形式的に非常によく似ている (1.4.4節参照)。0磁場での細線のときのサブバンドにあたるのがランダウ準位で、サブバンド指数をランダウ準位指数に読みかえれば、まったく同じ形式で伝導を議論できる。しかし以下のような決定的な違いがある。

・磁場が 0のときは、少数のサブバンドだけ占めるようにするには、細線の幅が十分狭く、かつ電子密度が小さくなければならなかった。しかし量子ホール領域の場合、たとえ幅の広い系でも、また電子密度が大きくても、十分強磁場をかければ少数のランダウ準位に電子は落ち込むので非常に幅の狭い系でなくても、実現できる。

・ 0磁場では状態 kと−kは空間的には同じ場所にあった。そのため、不純物があると後方散乱が容易に起こり、透過係数行列、反射係数行列が複雑になった。ところが強磁場の場合、kと−kは中心座標で言うとXkと−Xkに対応する。ランダウ関数はガウス関数的な裾 exp(−(x−X)2/2�2)を引いているので、Xkが系のはしにある場合、二つの状態はほとんど重ならないので、後方散乱は事実上生じない。

このことから、ホール抵抗が量子化されることが簡単に示される。実際、4端子形状を考え、後方散乱がないことから、Landauer-Buttiker公式で、電流端子を 1, 3、電圧端子を 2, 4とし、T12 = T23 = T34 = T41 = N、他の透過、反射確率はすべて 0とす

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第 4章 量子ホール効果 57

る。量子抵抗を (1.61)式から計算しよう。

detD = det

⎛⎜⎝ N −T13 −T12

−T31 N −T32

−T21 −T23 N

⎞⎟⎠ = det

⎛⎜⎝ N 0 −N

0 N 0

0 −N N

⎞⎟⎠ = N3 (4.6)

また T12T34 − T14T32 = N2から、確かに

RH = R24,13 = h/Ne2 (4.7)

となる。このままだと量子化が起こるのはエッジ状態にフェルミ面がある場合だけで、マク

ロな系ではエッジ状態はバルクよりもはるかに数が少ないので、実験的に磁場や電子密度を変化させてフェルミ面をそこにあわせることはできない。エッジ状態は壁から磁気的長さ 100A程度なので、10μmの細線幅でもバルクのランダウ状態に比べて100A/10μm=1/1000しか存在しないのである。よってエッジ状態だけでは、マクロな系でのプラトーの説明はできない。しかし、フェルミエネルギーがバルクにかかっていても、バルク状態が局在しているとしてこれが電流に寄与しないと考えれば、プラトーを説明できる。

4.2 乱れた端子今までの議論は端子が無反射、Rii = 0としてきた。しかし、実験で得られている正

確な量子化を説明するには、Rii �= 0でもホール抵抗が量子化されていなければならない。これは示せるのであろうか?

そこでこのような反射が起こったとしよう。4端子形状を考え、先ほどと同じように(k, l,m, n) = (1, 3, 2, 4)ととる。仮に電圧端子mで反射Rが起こったとする。N −R =

Tkm + Tlm + Tnm = Tmk + Tml + Tmnと、強磁場条件、Tlm = Tnm = Tmk = Tmn = 0を用いると、Tkm = Tml = N − Rとなるので、このとき、(1.60)の行列式は

det

⎛⎜⎝ N 0 −(N − R)

0 N 0

0 −(N − R) N − R

⎞⎟⎠ = N2(N − R) (4.8)

となる。これより (1.61)は、

RH =h

e2(N − R) ·N −N · 0

|D| =h

Ne2(4.9)

となり、量子化が保たれることが分かる。Rii �= 0を実験的に実現するには、端子にゲート電圧をかければよい。これによって

あるランダウ準位以下に属するエッジ状態を反射させ、熱浴の中に戻すことができる。

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第 4章 量子ホール効果 58

4.3 非平衡分布今まではエッジ状態がすべてのランダウバンドで同じ値までつまっているとした。何

かの拍子で、ランダウ準位ごとに異なる “フェルミエネルギー”をもつようになったら、何が起こるだろうか?もし磁場が 0か弱い場合は、各サブバンドの混合が強くてすぐに緩和してしまうであろう。ところが強磁場がかかると、エッジ状態が空間的にも分離してしまうので、なかなか緩和が起こらないと思われる。例えば、n = 0と n = 1のランダウ準位に属するエッジ状態は閉じこめポテンシャル

が無限大の時でも、中心座標は磁気的長さ �くらい離れている。不純物ポテンシャルVimpが

Vimp = V0 exp

(−(r − ri)

2

d2

)(4.10)

(riは不純物ポテンシャルの位置)と書き表されていると、二つのエッジ状態に関する行列要素は

exp

(−1

4

(X0k −X ′1

k )2d2

�4

)(4.11)

となり、長距離ポテンシャルd� �の場合、非常に小さくなることがわかる。図にd = �

と d = 2�の場合を示す [36]。仮にこのような非平衡分布が可能だとすると、何が起こるであろうか? そこで電流

端子 lから出た電流が何らかの非平衡分布をもったとして、電圧端子mに飛び込んでいったとする。非平衡分布のため、電流は各チャンネルに fnI 割り当てられているとする。

∑Nn=1 fn = 1である。そのとき電圧端子に入っていく電流 Iinは

Iin =

N∑n=1

T(n)ml fnI (4.12)

となる。一方電圧端子から出ていく電流は強磁場なので電流端子 kに流れ込む。この電圧端子mがEF + δμのエネルギーを持っていたとすると、その出ていく電流は

Iout =e

hδμ(N −R) =

e

hδμ

N∑n=1

T(n)km (4.13)

前節で述べたように Tkm = Tml = N −Rである。Tkm = Tml =∑N

n=1 T(n)として、

RH =h

e2

∑Nn=1 T

(n)fn∑Nn=1 T

(n)(4.14)

となる。つまり量子化が fn = 1/N と T (n) = 1という条件が両方破れると、壊れるのである。

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第 4章 量子ホール効果 59

図 4.3: エッジ状態の混合

このことを利用して、小宮山ら [37]はエッジ状態の非平衡がどのくらいの距離、長持ちするのかを測定した。それにより、非平衡分布が 0.25mm程度まで続くことを示した。

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参考文献

[1] 英文の総合解説として、C.W.J. Beenakker and H. van Houten: Solid State

Physics 44 (1991) pp.1-228がよい。もっとも分量が多すぎるが。有名な夏の学校、Les Houchesの講義録、“ Mesoscopic quantum physics”, ed. Akkermans et

al. (1996) North-Hollandはいろいろな分野を詳しく解説している。やさしい日本語の解説書では、小野嘉之 “メゾスコピック系の物理” (丸善),勝本信吾編 “メゾスコピック村のアリス”(丸善),勝本信吾 “実験・人工量子力学” (岩波書店)が面白い。また論文選集として、日本物理学会から “メゾスコピック系”が出ている。本格的な教科書は,たとえばY. Imry “Introduction to mesoscopic physics” (1997,

Oxford), S. Datta “Electronic transport in mesoscopic systems” (1995 Cambridge

univ. press),川畑有郷 “メゾスコピック系の物理学”  (1997,培風館)がよい。特に最後にあげたものはよい。

[2] M.L. Roukes et al.:Phys. Rev. Lett.59 (1987) 3011

[3] R. Landauer: IBM J. Res. Dev. 1 (1957) 223, Z. Phys. B 21 (1975) 247, B 68

(1987) 217.

[4] M.Buttiker: Phys. Rev.B 38 (1988) 9375, 12724, Phys. Rev. Lett.62 (1989) 229.

[5] H.U. Baranger and A.D. Stone: Phys. Rev.B40 (1989) 8169 に詳しい議論がなされている。

[6] “Quantum dynamics of submicron structures” ed. H.A. Cerdeira et al., NATO

ASI Series E: Applied Sciences 291, Kluwer (1995).

[7] B.J. van Wees et al.: Phys. Rev. Lett.60 (1988) 848.

[8] A. Kawabata: J. Phys. Soc. Jpn.58 (1989) 372. 久保公式で2端子抵抗の量子化を議論した論文。

[9] J. I. Pascual et al.: Science 267 (1995) 1793.

[10] Y. Avishai and Y.B. Band:Phys. Rev.B40 (1989) 12535. モードマッチングをつかって、透過確率を数値的に求めた論文。

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第 4章 量子ホール効果 61

[11] H. van Houten et al.:Phys. Rev.B39 (1989) 8556. 電子フォーカシングを扱った論文。

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[13] H.U. Baranger and A.D. Stone: Phys. Rev. Lett.63 (1989) 414. 量子力学的な4端子形状での透過確率の計算。

[14] W. Xue and P.A. Lee: Phys. Rev.B38 (1988) 3913. 量子ドットの共鳴トンネル現象を議論した論文。

[15] T. Heinzel et al.: Europhys. Lett. 26(1994) 689. クーロンブロッケードの実験の一例である。

[16] P.W. Anderson, Phys. Rev. 109(1958) 1492 . アンダーソンのオリジナル論文。

[17] S. Yoshino and M. Okazaki: J. Phys. Soc. Jpn.43 (1977) 415. 2次元電子の局在を大規模数値計算で扱った論文。100 × 100サイトという大きな系をこの時代にしている。

[18] P.A. Lee and T.V. Ramakrishnan, Rev. Mod. Phys. 57 (1985)287 . 1985年までのアンダーソン局在の理論をまとめた総合解説。

[19] B. Kramer and A. MacKinnon, Rep. Prog. Phys. 56 (1993) 1469 . 1990年初頭までの結果をまとめた総合解説。主に数値計算について解説している。

[20] A.D. Stone: Phys. Rev. Lett.54 (1985) 2692, P.A. Lee and A.D. Stone: Phys.

Rev. Lett.55 (1985) 1622.

[21] T. Ohtsuki, K. Slevin and Y. Ono: J. Phys. Soc. Jpn.62 (1993) 3979.

[22] M.L. Mehta, Random Matrices 2nd Edition (Academic Press 1991). ランダム行列理論の教科書。

[23] B.L. Altshuler and B.I. Shklovskii: Sov. Phys. JETP 64 (1986) 127.

[24] ランダム行列理論を用いたメゾスコピック系の総合解説としてC.W.J. Beenakker:

Rev. Mod. Phys. 69 (1997) 731 があげられる。

[25] H.U. Baranger and P.A. Mello: Phys. Rev. Lett.73 (1994) 142.

[26] C.W.J. Beenakker: Phys. Rev. Lett.70 (1993) 1155.

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第 4章 量子ホール効果 62

[27] R.A. Jalabert and J-L. Pichard: J. Phys. I France 5 (1995) 287.

[28] C.M. Marcus et al. Chaos 3 (1993)4.

[29] Y. Ochiai et al.: Proceedings of the 12th International Conference on EP2DS,

Physica B249-251 (1998) 353, R. Akis et al., 368.

[30] こうしたランダムな S 行列の平均のとり方は P.A. Mello: J. Phys. A 23(1990)

4061が詳しい。

[31] A.M. Chang et al.: Phys. Rev. Lett.73 (1994) 2111.

[32] H.U. Branger, R.A. Jalabert and A.D. Stone: Phys. Rev. Lett.70 (1993) 3876.

[33] R. Ketzmerick: Phys. Rev.B54 (1996) 10841.

[34] 解説記事として T. Ando: Prog. Theor. Phys. Suppl. 84 (1985) 69; K. von Klitz-

ing: Rev. Mod. Phys. 58 (1986) 519; H. Aoki: Rep. Prog. Phys. 50 (1987) 655;

また教科書として Introduction to the Theory of the Integer Quantum Hall Effect:

M. Janßen, O. Viehweger, U. Fastenrath and J. Hajdu (VCH 1994), 青木秀夫: “

量子ホール効果”, 物理学最前線 11 (共立出版 1985); 安藤恒也: “量子ホール効果”, 現代の物理学 (岩波書店) があげられる。

[35] K. von Klitzing, G. Dorda and M. Pepper: Phys. Rev. Lett.45 (1980) 494.

[36] T. Ohtsuki and Y. Ono: J. Phys. Soc. Jpn.58 (1989) 3863.

[37] S. Komiyama et al.: Phys. Rev.B40 (1989) 12566.