インタビュー vol.40学問のかぎは、 · 今、教育業界でも...

Download インタビュー vol.40学問のかぎは、 · 今、教育業界でも AIに関して学生によく話すのは、自動運転 池上術だけでは解決できないのです。のかを考えれば法律の問題でもあります。AIの技問題」は、倫理の問題でもあるし、責任を誰が取るびつきがないと実現できません。

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  • 階 No.40    2

    小学校1年生から学会に所属していた

    池上 

    茂木さんは知識が豊富で、ありとあらゆる

    ジャンルを横断して幅広く活躍されています。幼い

    ころはどのような子どもでしたか。

    茂木 

    僕は小学生のとき、蝶の研究をしていたんで

    す。「日本鱗りん翅し学会」に小学校1年生くらいから

    入っていました。この学会は、蝶や蛾を研究対象と

    する学術団体で、アマチュアから専門家まで、興味

    のある人なら誰でも入会できるんです。

    池上 

    小学校1年生から? 

    私も蝶を採っていまし

    たが、学会に入ることは思いつきませんでした。

    茂木 

    家の近所に、伊藤さんという昆虫学をやって

    いる大学院生が住んでいたんです。僕があんまり蝶

    を好きだから、うちの母親が僕を伊藤さんに弟子入

    りさせてくれたんです。5歳のときでした。日本鱗

    翅学会も伊藤さんが教えてくれた。そういう助言を

    くれるメンターとの出会いは大事ですよね。

    池上 

    その大学院生が茂木さんにとってのメンター

    なんですね。それにしても、5歳って小学校に上が

    る前でしょう。すごいなあ。

    茂木 

    それから、小学校5年生のときにアインシュ

    タインの伝記を読んで、物理学をやろうと思ったん

    です。大学は物理学科へ行きました。でも、そこで

    恋愛をきっかけに、生き方をちょっと悩んじゃった。

    このまま理系でやっていっていいのかと法学部に編

    入学、そして次は脳科学。理化学研究所で伊藤正男

    さんという小脳の大家に弟子入りをしました。

    池上 

    法学部では何を学んでいたんですか。

    茂木 

    ゼミはアメリカ憲法でした。

    池上 

    それは意外ですね。結果として文系、理系の

     

    意識の解明をテーマに、脳科学に分野を限定せず、

    文学や芸術など専門の枠を飛び越えてパワフルに活

    動する茂木健一郎さん。AIが人間にとってかわる

    のではと言われる今、その多角的な視点を通して、

    人間にしかできないこと、子どもたちに本当に必要

    な教育とは何かを考えます。

    脳科学者

    茂も

    木ぎ

     健けん

    一いち

    郎ろう

    1962年、東京都生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学、日本女子大学非常勤講師。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚のもつ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに、文芸評論、美術評論にも取り組む。2005年『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞、2009年『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。

    vol.40

    池上 彰 のインタビュー

    学問のかぎは、

    AIにはない人間力

    撮影 吉永考宏

  • 3    階 No.40

    池上 彰 のインタビュー

    ジャンルをこえて幅広く活動されているのですね。

    茂木 

    世間からは「お前の専門は何なんだ」とよく

    言われます。「何者なんだ」と。ライフワークとし

    てずっと考えているのは、意識は脳からどのように

    生まれるのかという、いわゆる「心脳問題」です。

    英語でいうところの「デイジョブ」でいろんなこと

    をしながら、「ナイトジョブ」で意識の研究をして

    います。この意識の脳科学の研究はテレビ的ではあ

    りません。市場性がないのでひそかにやっています。

    池上 

    でも一時、大変なブームになりましたね。

    茂木 

    ブームになった「アハ!体験※1」は、意識

    の脳科学の非常に大きなテーマです。それをわかり

    やすくお伝えできた点ではよかったですね。

    人間の脳のしくみからみた

    リベラルアーツの重要性

    池上 

    日本社会では、だいたい「理系・文系」、「専

    門性」といったある種の決めつけがあって、越境す

    ると「あの人、誰?」となりがちですよね。

    茂木 

    専門があったほうがわかりやすいんでしょう

    ね。池上さんの週刊誌の連載を拝読していると、森

    羅万象を扱っている。池上さんもジャーナリストと

    しては専門の分野は決まっていないんですか。

    池上 

    ありませんね。私がNHKをやめたきっかけ

    は、解説委員長に「お前は解説委員にはなれない。

    解説委員というのは専門性がないといけない。お前

    に専門性はないだろう」と言われたことなんです。

    私は解説委員になりたかったので、そこで挫折をし

    て考えた結果、「ものごとをわかりやすく説明する

    こと」が私の専門性なんだ、と思い至りました。

    茂木 

    これは日本社会の抱える問題で、子どもたち

    の教育にも関わることですが、「専門」というシス

    テムについてあまりにも無反省だと思います。僕は

    高校時代、ニーチェに大きな影響を受けました。

    ニーチェは「古代ギリシアには専門という概念がな

    かった」と書いていて、すごく感銘を受けたんです。

    チャールズ・ダーウィンも、自然科学者ですが、有

    名な著書『種の起源』はジャーナリスティックです。

    あれは学術的に書いた査読論文ではありません。自

    分の研究だけでなく、さまざまな研究者から上がっ

    てきた報告を総合した一般書なんです。そのなかで、

    生物種がどう生まれてきたかということを解き明か

    した。そうしたことから見ても、専門性の箱に閉じ

    こもってしまうのはもったいないと思うんです。

    池上 

    確かにそうですね。古代ギリシアにおいては、

    社会を複眼的に見るリベラルアーツという概念が出

    てきました。

    茂木 

    池上さんが今、東京工業大学でなさっている

    講義がまさにそうですね。イノベーションを起こす

    ために、リベラルアーツはとても大事です。

     

    僕がよく考えるのは、日本人で初めてノーベル物

    理学賞を受賞した湯川秀樹さんのことです。湯川さ

    んは、子どものころからずっと漢文の素そ読どくをされて

    いた。そして、自然界の力を媒介しているのは、中

    間子という途中で消えてしまう粒子だということを

    証明した。この因果関係はわからないのですが、不

    滅のものだと思われていた中間子が消えてしまうと

    ジャーナリスト

    池いけ

    上がみ

    彰あきら

    (聞き手)

    1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト。名城大学教授。東京工業大学特命教授。慶應義塾大学卒業後、73年、NHK入局。報道記者として勤務。94年から11年間、「週刊こどもニュース」で子どもたちにわかりやすくニュースを解説。2005年、NHKを退局。19年5月に取材で韓国を訪れた。『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』(文藝春秋)、『そうだったのか!シリーズ』(集英社)など著書多数。『池上彰が聞いてみた 「育てる人」からもらった6つのヒント』(帝国書院)好評発売中。

    ※1…ひらめきや気づきの瞬間の「あっ!」という感覚のこと。テレビ番組にも取りあげられた。

  • 階 No.40    4

    いう発見は、ひょっとしたら、漢文の素読によって

    つちかわれた東洋思想的な発想に支えられていたの

    かもしれないと思っています。脳の記憶のシステム

    に蓄えられた知識や経験が組みかえられ、新しい結

    びつきをつくって発見や発明が生まれます。脳の

    ネットワークは何がどう結びつくかわかりませんが、

    創造性を発揮するためには、幅広い教養を身につけ

    ておくことが重要です。リベラルアーツは、サイエ

    ンスアンドテクノロジーの大学にこそ必要なのです。

    AIの判断基準を決めるのは人間

    池上 

    茂木さんは人工知能(以下、AI)について

    の本もお書きになっていますね。今、教育業界でも

    AIはよく話題にのぼります。

    茂木 

    AIに関して学生によく話すのは、自動運転

    の問題です。自動運転は理系・文系の壁をこえた結

    びつきがないと実現できません。例えば「トロリー

    問題」は、倫理の問題でもあるし、責任を誰が取る

    のかを考えれば法律の問題でもあります。AIの技

    術だけでは解決できないのです。

    池上 

    フィリッパ・フットが提起したトロリー問題、

    あるいはトロッコ問題ですね。ブレーキがきかない

    トロッコで走っていて、このままだと5人をはねて

    殺してしまう。しかし分岐点で進路を変えれば1人

    殺すだけで済む。さて、どちらを選ぶか、という。

    茂木 

    さらに、そのようすを見ている傍観者が、橋

    の上から身をのりだしている太った人をレールに突

    き落とせばトロッコを止めることができるが、突き

    落とすべきか、という派生問題もあります。優先順

    位として何を選ぶのか。われわれ人間はそこでどう

    すればいいのか、すぐには選べません。

    池上 

    トロリー問題の状況を車の自動運転におきか

    えると、「向こうから来た車にぶつからないように

    避けたら、目の前に人間が歩いていた。自動運転の

    車のAIはどう判断するか」ということでしょう?

    茂木 

    そうです。AIが判断をするためには、いわ

    ゆる評価関数

    ─優先順位をどうするか、何をどれ

    くらい評価して決めるかを、エンジニアが書き込ま

    なければなりません。

    池上 

    なるほど。人々がそのテーマについてどう考

    えるかを議論し、深めることも大事ですね。

    茂木 

    はい。脳のなかで倫理的な判断をする側頭頭

    頂接合部というところ(頭頂葉と側頭葉のジャンク

    ション)があるのですが、そこは、身体性※2の知

    覚もするところです。つまり、脳科学の立場からす

    ると、倫理的判断には身体性もからんでくるんです。

    AIに「体」はありません。評価関数を決めるのは

    あくまで人間です。

     

    今のAIは、評価関数が明確に定まっている場合

    は非常に強い。将棋などは、もう藤井聡太七段でも

    絶対に勝てません。AIのベンチャー企業である

    ディープマインド社がつくった「アルファゼロ」と

    いうプログラムは、将棋にまったく興味がない素人

    がルールだけを教えたAIです。それが、自己対局を

    繰り返して、既存の最強の将棋ソフトをこえる能力

    をつけた。当初は自己対局に2か月かかっていまし

    たが、CPUの性能が上がれば、もっと短くなります。

    池上 

    では、寿司職人はAIにとってかわられるか

    というと、どうでしょう。

    茂木 

    寿司屋にも、お客さんと対面する店と、しな

    い店がありますよね。会話のなかで「今日はこうい

    う気分かな」、「体調はどうかな」と判断してにぎる

    ことは、まだ人間にしかできませんね。

     

    豊臣秀吉がお茶を所望したとき、石田三成が1杯

    目は大きい茶碗でぬるめのお茶を、2杯目は小さめ

    の茶碗でやや熱めのお茶を、3杯目は小さい茶碗で

    ごく少量の熱いお茶を出した……というようなこと

    がAIにできるかというと、非常に難しいんです。

    アップル社のスティーブ・ジョブズとの共同創業者、

    スティーブ・ウォズニアックが、いろいろなことに

    適応できるAIのテストとして、「コーヒーメイキ

    ングタスク」というものを考えたのですが、池上さ

    んは、コーヒーをどう淹れますか。

    ※2…周囲の環境との相互作用を可能にする物理的な体の存在のこと。

    創造性を発揮するためには、

     

    幅広い教養を身につけておくことが重要です。

  • 5    階 No.40

    池上 彰 のインタビュー

    池上 

    今は、紙パックの上からお湯を注ぐタイプで

    す。昔は豆からひいていましたけれども、最近は時

    間の余裕がないので。

    茂木 

    学生に聞くと、インスタント、お店でしか飲

    まない、コーヒーは飲まないという人もいました。

    「コーヒーメイキングタスク」は、一般の家にロボッ

    トが入って、台所でコーヒーをつくるというタスク

    ができるかどうかというテストです。人間からする

    と簡単なようですが、スティーブ・ウォズニアック

    は「最も難しいタスクだ」と言っています。コー

    ヒーの淹れ方や好みは一人ひとり違います。コー

    ヒーがどこにあるかも家によって違う。これは人工

    知能にはできないことなんです。人間が生き残る道

    のヒントは、AIが不得意な分野にあると思います。

    みずから探究する喜びを感じてほしい

    茂木 

    ところで、池上さんの週刊誌の連載、いつも

    おもしろく読ませていただいています。リサーチの

    アシスタントはいらっしゃるんですか?

    池上 

    いませんよ、私は記者ですから。記者は取材

    をして、それを記事にまとめるのが仕事です。リ

    サーチがいちばん楽しいところなのに、そこを誰か

    にやらせちゃったらもったいない。自分で調べて

    「こんなことがあるんだ!」と発見し、そのおもし

    ろさを書いて伝えたいと思うわけです。

    茂木 

    池上さんが毎週連載でいろいろなテーマにつ

    いて書くことは、終わりのない問いに取り組むおも

    しろさがあるんじゃないかと思います。その記事に

    書かれたことで終わりじゃなくて、まだまだわから

    ない世界が広がっている。探究学習やアクティブ・

    ラーニングにおける脳のメカニズムも、脳を研究し

    ている人間からすると終わりがありません。どんな

    テーマも、「この解にたどり着いて終わり」という

    ことはなく、1を知れば10わからなくなり、10を知

    れば100わからなくなる。それがおもしろい。

    池上 

    まさにそうです。自分なりに調べると、バラ

    バラに見えていた歴史や事象がわーっとつながって

    いく瞬間があり、その気づきからさらに広がります。

    茂木 

    だから池上さんはいつまでもお若いんですね。

    「わかった!」「見つけた!」といった感じで成功体

    験を得ると、ドーパミンが出て高揚感がもたらされ、

    学ぶことによる喜びをさらに強めてくれる。学びの

    喜びにめざめた人は一生幸せになれます。なぜなら、

    学びに終わりはないからです。

    池上 

    そうですね。私が若いかどうかは別として、

    人にまかせてしまったら、そうした気づきや楽しみ

    を感じる瞬間は経験できません。

    茂木 

    今、文部科学省は再び総合学習の時間を重視

    していますし、今後は大学入試でも探究学習の経験

    が問われるようになっていくのではないでしょうか。

    このところ何度かうかがっている、京都市立堀川高

    等学校はとてもおもしろいですよ。

    池上 

    堀川高校は公立ですが、1999年に人間探

    究科・自然探究科という専門学科を新設して、3年

    後に国公立大学の現役合格者が前年の約20倍になっ

    たことで注目を集めましたね。

    人間がAIに勝る分野(左)とAIが人間に勝る分野(右)。茂木健一郎さんの『人工知能に負けない脳』(2015年、日本実業出版社)より。イラスト:三宅秀典(シナプス)

    010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101010001101100011101000001111100010001101100011101000001111100000111010100011011000111010000011111000100011011000111010000011111000001110101000110110001110100000111110001000110110001110100000111110000011101

    オペレーション業務全般

    人工知能が人間に勝る働き方

    書類作成計算力

    記憶力データ

    検索&解析

    イノベーション

    コミュニケーション直感やセンス

    身体性発想アイデア

    人間が人工知能に勝る働き方

    学びの喜びにめざめた人は一生幸せになれます。

    なぜなら、学びに終わりはないからです。

  • 階 No.40    6

    茂木 

    はい。5人前後から100人になりました。

    京都大学への進学者も急激に増えて、今では学年の

    生徒数に対する現役合格率は公立高校でトップクラ

    スです。やはり探究は非常に大きな力になります。

    子どもたちには、ぜひ自分で探究する楽しさを感じ

    ながら勉強してほしいですね。

    好きなものへの集中がのちに芽を出す

    茂木 

    池上さんはどうやって探究されているのです

    か。何か秘訣は?

    池上 

    私の場合、一次情報は新聞13紙です。記事を

    斜め読みして、「おおっ」と何か引っかかったとき、

    さらにそこを読み込みます。

    茂木 

    それが大事なんですよ。脳科学の言葉で言う

    と、論理的な分析をする大脳新皮質と、感情をつか

    さどる扁桃体があって、「おおっ」と引っかかるの

    はどちらかというと感情、扁桃体の働きなんです。

    池上さんの「おおっ」は、小さな情報から、その背

    後にあるものの広がりや先の展開などをある程度推

    測しているのだと思います。学生と話していると、

    これがなかなかできないようです。今の世の中は本

    当に情報量が多いので、池上さんのように何が重要

    なのかを見きわめる能力が必要です。自分で仮説を

    立てて、「これが重要だ」と設定できる人と、でき

    ない人の違いは何か。それがわかると教育界に大き

    なインパクトがあると思います。

    池上 

    茂木さんのように、5歳のころから好奇心旺

    盛で、いろいろなことを調べて……そうしたところ

    から違ってくるのでしょうか。

    茂木 

    日本史の専門家、磯田道史さんは、古文書の

    なかで何が重要で、どういうところにいい情報があ

    るのかは、彼の場合は「嗅覚」がきくと言っていま

    した。人間の直感というのはなかなかすごい。これ

    はAIにはできません。直感的な判断ができる嗅覚

    や価値観、感性を養いたいですね。

    池上 

    磯田さんの場合は古文書を本当に若いころか

    ら大量に読みこなしていたんですね。だから、何が

    大事なのかがわかる。

    茂木 

    それから、歌手の松任谷由実さんが、「長く

    活躍するアーティストは、自分が好きなアーティス

    トの作品だけじゃなくて、その人に影響を与えた

    アーティストは誰なのかを調べて、さかのぼって勉

    強している」と教えてくれました。本を読むことも、

    音楽を聴くことも、地道にたくさんやっている人は、

    審美眼のようなものが生まれてくるのでしょう。

    池上 

    やっぱりいちばんいいのは、その子自身が興

    味のあること、おもしろいと思えることに集中する

    ことじゃないでしょうか。それがいずれ何かの形で

    芽を出す。茂木さんだって、ひたすら蝶を集めてい

    たところから今に至っているのですから。

    教育現場におけるAIの可能性

    茂木 

    この機会にぜひお伝えしたいのですが、脳科

    学の立場からすると、これからの子どもたちに必要

    なのは批判的思考、クリティカルシンキングです。

    池上 

    ノーベル医学生理学賞を受賞した本ほん庶じょ佑たすく先生

    は、小学生のころ、とにかく学校の先生たちを質問

    ぜめにして嫌がられていたそうです。私は「こども

    電話相談室」に出たことがあるのですが、最後に

    「わかったかな?」と言うと、不服そうに「ありが

    とうございました」と言う子がいて、「納得してい

    ないな」と思うことがありました。でも、生放送だ

    から子どもも気をつかって電話を切るんですよ。

    茂木 

    その声をどう拾うかですよね。教育って本来、

    手間が必要なものだと思うんです。今まさに、大人

    の事情で、子どもたちの質問が学校の教室でも抑え

    られてしまっているかもしれない。それをなんとか

    京都市立堀川高等学校の「探究基礎」の授業で生徒たちと交流する茂木健一郎さん。写真:PHP研究所第一制作部

    人間の直感というのはなかなかすごい。

     

    嗅覚や価値観、感性を養いたいですね。

  • 7    階 No.40

    池上 彰 のインタビュー

    できないかと思っています。

    池上 

    ただ、先生に質問ばかりする子がいても、授

    業が進まなくて困ってしまうでしょうね。

    茂木 

    効率を高めるならAIの出番じゃないでしょ

    うか。一人ひとりの習熟度や関心に合わせた学習教

    材を提案したり、いろいろな示唆を与えてくれるよ

    うなAIができたらいいなと思っています。例えば

    英語なら、語彙力を統計的に推定するテストがある

    ので、テストで推定したその子の実力に合わせた英

    文を自動生成してくれる、といったイメージです。

    おそらく、教材の難易度を調節してくれるようなA

    Iも、これから出てくると思います。AIの導入で

    できた時間を、先生が子どもたちとのコミュニケー

    ションに使えたらいいですよね。

    人間の教師と生徒にしかできない学び

    池上 

    最後に、読者である先生や教育に関わるみな

    さんに伝えたいことはありますか。

    茂木 

    僕自身の小中学校での経験をふり返ると、先

    生の人柄に触れたときがいちばん記憶に残っている

    し、いろいろなことを学びました。先生方には、か

    ざらない素の自分を見せる時間をぜひどこかでもっ

    ていただきたいなと思います。

     

    そして、AI時代になっても、学問の「ある部分」

    は、絶対に人から人にしか伝わらないと思います。

    学問は、この人の話だったら何がなんでも聞きたい

    という熱意をもった人がいて、伝わっていくもので

    はないでしょうか。大学生も、好きな先生の講義は

    こっそりもぐりこんででも聴きに行きますよね。

    池上 

    私もふり返ってみれば、高校のとき現代国語

    を非常勤で教えに来ていた先生はとても魅力があり

    ました。その先生の話す言葉の背後には、膨大な教

    養があるということが伝わってくるんです。放課後

    には、生徒たちが有志で集まって、先生から話を聞

    く会をやっていたほどです。

    茂木 

    へえ、私塾のようですね。そういうお話を聞

    くと、やっぱり、学問は人から人へと伝わっていく

    ものが大きいと再確認できます。AIではできない

    こともまだまだたくさんありますね。

    池上 

    AIにも先生の代わりができるんじゃないか

    という議論が一部にありますが、AIに人間力はあ

    りませんからね。

    茂木 

    僕の教えた学生も、そろそろ講義をするよう

    になってきていて、どんな講義をすればいいかと相

    談に来るんです。そういうとき、「本当は100の

    ことを言いたいんだけど、今は1しか話せない、と

    いう人の話は迫力があって聞けるけど、1のことを

    話すために付け焼き刃で勉強をしているようじゃい

    けないよ」と伝えています。池上さんもきっと、大

    学の講義の背後には話したいことがたくさんありま

    すよね。

    池上 

    話している最中に、すぐ、「ちなみにこの歴

    史的な事件の背後にはこんなことがあってね」なん

    て、脱線してしまいます。すると学生はたいてい本

    筋よりも、そっちに興味をもつんです。

    茂木 

    おもしろいですもんね。1つのことの背後に

    ある10や100の圧力を、人間は感じるんですね。

    池上 

    1つのことしか知らなくて、それだけを話そ

    うとすると、「あ、薄っぺらだな」とわかる。きっ

    と、高校生でも、小・中学生でも、必ず子どもたち

    にはばれるんだと思います。「人から人へ伝える」

    授業、「100の背景から1つを伝える」授業が、

    本当の学びにつながっていく。これこそ、人間の教

    師と生徒にしかできないこと、AIにはできないこ

    となのかもしれませんね。今日は本当にありがとう

    ございました。

    対 談 を振り返ってを振り返って 

    茂木さんのお話を聞いていると、理

    系、文系という区分を見直す必要性を

    痛感します。子どもをどちらかに分類

    することなく、自由に遊ばせ、好きに

    勉強させる。これからの時代、文理の

    枠を越えて活躍できる人材を育てなけ

    ればなりません。

     

    AIの可能性が議論されるなかで、

    茂木さんの「AIに体はない」という

    指摘は重要です。人間には体があるが

    ゆえに、体調不良などでコンピュータ

    に勝てないことも多いのですが、身体

    性を獲得しているということは、人間

    について洞察を深めることもできるの

    です。

    AI時代になっても、学問の「ある部分」は、

      

    絶対に人から人にしか伝わらないと思います。