チャイコフスキーの バレエ音楽。悩 め る 音 楽 家 、 チ ャ イ コ フ ス...

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肖像画の彼は、その甘美な旋律とは裏腹に、視線は重く思い詰める風で、何か問いたげだ。� 彼をよく知る人々によれば、彼ほど内気で謙虚、そして、己に厳しい作曲家はいないという。� 彼は言う。「悲しいこと、辛いことを我慢するのが、幸福をよぶ呼鈴になる」と。複雑な思いを 秘めていたといわれるチャイコフスキーのこと、何が彼にとっての「幸福」であったかは定かで はないが、少なくとも我々は、彼が呼び入れた幸福の一つであったはずの「作品」を堪能する ことで、彼の悲しみや辛さにいくらかでも報いられればと思う。となれば、いざ、チャイコフスキー� の世界、彼のバレエ音楽の世界へ。遥かロシアから響く、幸福の呼鈴をその胸に聴こう。� 呼鈴に招かれた、幸福の音楽たち。� チャイコフスキーの� バレエ音楽。� グランシップマガジン18

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Page 1: チャイコフスキーの バレエ音楽。悩 め る 音 楽 家 、 チ ャ イ コ フ ス キ ー。 甘 く て 優 美 、 リ リ カ ル な 、 彼 の バ レ エ 音

肖像画の彼は、その甘美な旋律とは裏腹に、視線は重く思い詰める風で、何か問いたげだ。�

彼をよく知る人々によれば、彼ほど内気で謙虚、そして、己に厳しい作曲家はいないという。�

彼は言う。「悲しいこと、辛いことを我慢するのが、幸福をよぶ呼鈴になる」と。複雑な思いを

秘めていたといわれるチャイコフスキーのこと、何が彼にとっての「幸福」であったかは定かで

はないが、少なくとも我々は、彼が呼び入れた幸福の一つであったはずの「作品」を堪能する

ことで、彼の悲しみや辛さにいくらかでも報いられればと思う。となれば、いざ、チャイコフスキー�

の世界、彼のバレエ音楽の世界へ。遥かロシアから響く、幸福の呼鈴をその胸に聴こう。�

呼鈴に招かれた、幸福の音楽たち。�

チャイコフスキーの�バレエ音楽。�

グランシップマガジン―18

Page 2: チャイコフスキーの バレエ音楽。悩 め る 音 楽 家 、 チ ャ イ コ フ ス キ ー。 甘 く て 優 美 、 リ リ カ ル な 、 彼 の バ レ エ 音

悩める音楽家、�

チャイコフスキー。�

甘くて優美、リリカルな、�

彼のバレエ音楽。�

 チャイコフスキーは、1840年、ロシ

アのウラル地方で生まれた。幼少の頃

から、感受性が強く、とくに「音楽」に

対しての反応には、特別なものがあっ

たという。あるときなどは、母親が戸

外に出て遊ぶよう、ピアノの椅子から�

彼を引きずりおろすと、窓へと走り、�

ガラスを叩きながら、歌を歌い、リズム

をとり、ついには窓ガラスを割ってしまっ

たのだ。またあるときは、家庭教師に

向かって「この頭の中にいる音楽を追い

払ってくれ」といい、泣きながら頭を叩

き続けたという。�

 法律学校を卒業し、一度は司法省の

役人となるが、夢を捨てきれずに再び

音楽の道へ。しかし、ピアノが非常に上

手かったにも関わらず、生来の内気さ

ゆえ、ピアニストとしての舞台活動を拒

否。音楽学校で変奏曲の課題が出され

れば、200曲も作曲して持ち込み、先

生をうんざりさせ、また、37歳で教え

子と結婚するが、新婚旅行中に二人の

生活に耐えきれずに神経衰弱から自

殺を考えるなど、物静かな面差しから

は想像もつかないほど、その選択は常

に「極端」だった。�

 そして、そんな性格の一端を表す確

かな「しるし」は、楽譜の上に刻まれて�

いる。当時、最弱音、最強音は「p

pp

」�

「fff

」までがほとんどだった。しかし、�

彼はときとして「p

ppppp

」や「ffff

」�

という記号を用いた。演奏家によると、�

実際に演奏する場合、これを相対的な

強弱としてとらえるのが妥当なようだ

が、こうした極端なダイナミズムも、確�

かに「チャイコフスキーらしさ」の一つだ。�

 さらにチャイコフスキーについて語る

とき、つけ加えられる言葉がある。そ

れは彼が「同性愛者」(あるいは「バイ

セクシャル」)であったということだ。当

時のロシアにおいて、これは重大な問題

であり、彼の死因についてもコレラによ

るものとする説とは別に、同性愛への

苦悩の末の「自殺説」もあり、この方

面から彼の作品を解釈する向きもあ

るなど、いずれにしろ、彼の人生は、絶

えず混沌の中にあったといえる。�

 優美で叙情的、甘くメランコリックな

旋律。そして、絢爛豪華なオーケスト

レーション。性格ほど気難しくはないそ

の作品は、世界中で親しまれ、音楽の

教科書やクラシックの入門的なコンサー

トでは、必ずといっていいほど、彼の作品

が用いられている。�

 ところで、チャイコフスキーという名

から、まず、最初にあなたが思い浮かべ

る曲は何だろうか。ピアニストの試金

石といわれる「ピアノ協奏曲第1番」だ

ろうか。「交響曲第6番 悲愴」も、誰

もが一度は耳にしたことのあるはずの

楽曲だ。しかし、それらと並んで、ある

いはそれ以上に親しまれているのが、彼

のバレエ音楽である。�

 「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「く

るみ割り人形」といえば、チャイコフス

キーの三大バレエ。それらは美しい旋律

と華麗なオーケストレーションから、音�

楽的にも最高峰のバレエといわれるが、�

そもそも第1作「白鳥の湖」の作曲依

頼を受ける際、彼はまず、バレエ音楽の�

復権を考えたのだという。というのも、�

それまでバレエは踊り手のもの、音楽は

単なる引き立て役に過ぎなかったので

ある。それを彼は、音楽は少なくとも

舞踊と対等に結び合い、一体となって劇

的効果を高めるものであえることを訴

えたかったのだ。�

 しかし、当時としては、彼の試みはや�

や新しすぎたらしい。結果、踊れない、�

演奏できないということから、陳腐な

曲に置き換えられてしまい、これに激

怒した彼は、一旦はバレエ音楽から離れ

るが、10年後に演出家マリウス・プチィ

パと出会い、後の2作を生み出すこと

となるのである。�

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