サポートするために 新報リポート · 30人の参加者は熱心に耳...

新報リポート 9 16 E S L 30 11 〜2009・メンタル・ヘルス・セミナー・パート1〜

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Page 1: サポートするために 新報リポート · 30人の参加者は熱心に耳 伊藤秀樹総領事挨拶を傾けた。 講演に先立って、在バン 月着任した伊藤秀樹氏からクーバー日本国総領事に今

新報リポート留学生のメンタルヘルスを

サポートするために 

 

たくさんの日本の若者が、

大きな夢を描いて留学する。

日本とは違う環境の中で、

英語を学び、いろいろな人

たちと交流してみたい。若

者がそう願うのはすばらし

いことだ。しかし留学する

と楽しいことばかりがある

わけではない。家族から離

れて生活することは、孤独

や不安に苦しむ時手を差し

伸べてくれる人がいなくな

ることを意味する。留学生

のメンタル・ヘルスをサポー

トするにはどうしたらいい

のだろうか。

 

9月16日、在バンクー

バー日本国総領事館で、日

本人留学生をサポートする

ESLスクールのスタッフ、

留学事業にかかわる関係者

を対象に留学生のメンタル

ヘルスをサポートするため

のセミナーが開催された。

BC州政府のチャイルド・ア

ンド・ユース・メンタルヘル

スの臨床セラピストとして

青少年の精神健康の分野に

携わっているサチコ・ティー

センさんと、バンクーバー

総合病院の精神科医で、ダ

ウンタウンのクリニックでは

日本人の診療もしているラ

リー・オング先生の講演に、

約30人の参加者は熱心に耳

を傾けた。

伊藤秀樹総領事挨拶

 

講演に先立って、在バン

クーバー日本国総領事に今

月着任した伊藤秀樹氏から

たばかりの伊藤氏にとって、

この挨拶が記念すべき初仕

事となった。

「高校留学生の心の問

題:予見と対処」

セラピスト 

サチコ・ティー

センさん

 

環境を変えても、もとも

と心の中にあったものは変

わらない

 

心の問題は、本人の心の

中にあったものと環境の関

わりの中で出てくる。心の

問題があった時、「環境を変

えればなんとかなるだろう」

と考えてカナダに来る人も

いる。しかし環境を変えて

も、変わるのは環境だけで、

もともと心の中にあったもの

は変わらない。むしろ環境

が変わったことで、心の中に

もともとあったものがストレ

スを受けて、いろいろなかた

ちで表面化しやすい。「環境

を変えるということが、子

供の心の問題の解決になら

ないどころか、かえって問題

が悪化したり、複雑化した

りする」とティーセンさん

は語る。

 

具体的には、カナダに来

たことで言葉がわからない、

麻薬などの誘惑がある、孤

独を感じやすくなる、学校

のシステムが違う、責任を

持って厳しく優しく見てく

れる監督者がいない、車が

ないと動けないため行動範

囲が狭くなる、などの問題

が挙げられる。

 

カナダでは日本にあるよ

うなサービスを期待できな

いということを忘れてはい

けない。日本に比べて助け

てくれる資源が少ないので

問題は悪化しやすく、日本

語で診断・治療をしてくれ

る人は圧倒的に少ない。未

成年の場合は親の参加なし

には安全管理や治療に支障

がある。カルチャーショック

など、時間とともに解決す

る心の問題であればカナダ

での短期のカウンセリング

や本人の努力で回復するこ

ともあるが、問題がより深

刻な場合には帰国しなけれ

ばならない。学生はそれを

理解した上で留学すること

が重要だ。

客観性を持って相手に共感

すること

 

ティーセンさんは講演の

中で聴衆に、日本からカナ

ダに来て感じたことについ

て自分の心の中を探ってみる

よう語りかけた。自分の中

に、カナダでの生活に対す

る失望はないだろうか。

 

人は、自分の心の中にあ

るものを見つめていかなけれ

新報リポート

挨拶があった。

伊藤氏は数多

くの日本人留

学生が不慣れ

な海外生活の

中で精神面で

の不安を抱え

ていることを

指摘し、この

日の講演が心

の悩みを抱え

る留学生が問

題の解決を図

るための手が

かりとなるこ

とへの期待を

語った。総領

事館は今後も、

加ヘルスケア

協会と協力し

ながら留学生

をできるかぎ

り支援してい

くそうだ。11

日にバンクー

バーに到着し

〜2009・メンタル・ヘルス・セミナー・パート1〜

聴衆の質問に丁寧に答えるオング先生と通訳の小林芳子さん

Page 2: サポートするために 新報リポート · 30人の参加者は熱心に耳 伊藤秀樹総領事挨拶を傾けた。 講演に先立って、在バン 月着任した伊藤秀樹氏からクーバー日本国総領事に今

ば、相手に似たようなものが

見えそうな時に、それから

目を背けたくなる。あるいは

それを攻撃したくなる。逆に、

同情しすぎて客観的な行動

が取れなくなる。日本人留

学生をサポートする立場に

ある人たちは、客観性を持っ

て相手に共感することが必

要。攻撃的になったり逃げ

腰になったりせず、留学生と

向かい合うためには、自分の

中にあるものをしっかりと見

つめることが大切だ。

留学前の丁寧な選考課程が

必要

 

国内の学生を受け入れる

時でさえ学校側は、生徒が

学生生活に耐え、有意義に

過ごすことができる人物か

どうかを見極めてから入学

を許可する。国内の学生で

さえも厳しく選考するのに、

未成年を外国から連れてき

て、新しい環境に入れるた

めには、国内の学生に対し

て以上に丁寧な選考課程が

必要となる。それが留学生

を扱う機関に期待されてい

るのだ。

 

ではどのように学生を選

考するべきなのか。ティーセ

ンさんは、先生などによる

調査書、作文、そして面接

を勧める。調査書は少なく

とも3通。調査書は、形式

的なコメントを防ぐために

質問形式にし、学校での成

績、出席日数、心や行動の

問題が表面化したことがあ

るか、カウンセリングや心

療内科に関わったことがあ

るか、ある場合はその結果

はどうだったのか、などを

聞くようにする。そうしな

ければ、生徒の心の状態に

関する情報は入ってこない。

 

作文は、本人の心のあり

方が表れるような内容が良

い。人生観、今までの人生の

記録、自分の家族、将来の

希望、留学に何を期待して

いるのか、自分の長所・短

所などについて書いてもら

うと、その人の心の中を見る

ことができる。また、「もし

こういうことがあったら、あ

なたはどうしますか?」と

いう形式の質問をすること

で、生徒の考え方のプロセス

を理解し、考えて行動でき

る人物かどうかを判断する

ことができる。

 

面接は、日本語で生徒と

その親をインタビューするこ

とが望ましい。可能であれ

ば、スカイプなどを使ってで

も、相手の顔を見て声を聞

いて話が出来ると良い。親

には、どうして子供をカナ

ダに送りたいのか、子供が

何を得られると期待してい

るか、非常事態にどう対応

するか、という質問をする

ことが望ましい。また、過

去に子供が悲しんでいた時

や悩んでいた時にどう対処

したかを聞くことで、子供

とのつながりが強い家庭か

どうかがわかる。それに加

えて、留学中に起こりうる

問題について話し合い、問

題が起こった時に学校側が

できることとできないことに

ついてはっきりと説明した上

で、契約書にサインしても

らうことも必要だ。

「日本人留学生によく見

られる精神医学的症状

と問題」

精神科医 

ラリー・オング

先生

日本人学生を助けたいとい

う強い気持ち

 

オング先生は20年ほど前、

JETプログラム(語学指導

などを行う外国青年招致事

業)に参加し、日本へ渡った。

しかし家族や友人のいるバ

ンクーバーから遠く離れた

横浜で、食欲不振や不眠症、

集中力の低下などの症状に

苦しんだという。しかし、剣

道などを通して日本の友人

と楽しい時間を過ごすこと

で次第に回復した。その経

験が、せっかくカナダに来た

ものの心の問題で苦しんでい

る日本人留学生の助けにな

りたいという強い気持ちに

つながっている。複数の勤務

先を持ち、多忙なスケジュー

ルをこなすオング先生だが、

日本人生徒を助けるための

時間をできるだけ作るよう

にしているそうだ。

ダに送られてくる学生もい

る。しかし、環境の変化が

ストレスとなって、精神的な

問題が悪化することがある。

 

また日本では精神科医不

足の問題があり、一人の医

師が一日に50〜100人の患

者を診察している場合もあ

る。オング先生のもとを訪

れる日本人生徒が、日本で

誤った診断をされ、適切で

はない処方薬を服用してい

たケースもあるそうだ。し

かしこれは日本の精神科医

に対する批判ではない。オ

ング先生は一人の患者に長い

時間をかけるので、より正

確な診断ができる場合があ

るということである。

カナダのクリニックで受け

られるサービス

 

オング先生のクリニック

では、あらゆる年齢の患者

を診察している。小さな子

供から高齢者まで、どんな

患者とでも必ず一度か二度は

顔を合わせ、自分よりも適

切な医師や専門家がいると

判断した場合は迅速に彼ら

に紹介する。

 

自分が担当する患者は、

まず診断し、治療方法を提

案。その患者が住んでいる

地域の中でアクセスできる

資料について教え、処方薬

が必要な場合は自分が責任

を持ってそれを管理し、患

者と二週間に一度は必ず会う

ようにする。

どのような症例があるのか

 

オング先生は講演の中で、

具体的なケース(ただしこれ

は実在の人物ではなく、オン

グ先生の創作)を挙げ、精

神疾患をわかりやすく説明

した。DSMというマニュア

ル(チェックリストを使って

精神疾患の診断をすること

ができる)は便利だが、以下

の例のように心の問題が患

者の過去や家族関係に深く

関係する場合にはDSMだ

けでは適切な診断が出来な

いという問題があるという。

 

オング先生の挙げた例の

うちの一つを紹介する。読者

のまわりにも、このような心

の問題に悩んでいる人がい

るのではないだろうか。

 

22歳の日本人女性。カナ

ダでホームステイをしなが

ら英語を学んでいたが、常に

気分が沈んでいる様子で、自

殺願望があるようだとES

Lの学校のカウンセラーが気

づいた。連絡を受けたホス

トファミリーは、彼女をクリ

ニックへ連れて行く。

 

彼女の心の問題の原因は

難しい母娘関係にあった。

彼女の子供時代、仕事で忙

しい父親はほとんど不在で、

母親は子育ての負担と責任

の全てを負わされていた。そ

の重圧から母親は、娘が思

い通りに行動しなければ押

し入れに閉じ込めるなどの

虐待を行っていた。二年前、

子供時代の虐待について母

親と話し合おうとした彼女

は、過去の虐待の事実を母

親に完全に否定され、それ

が彼女の心をさらに傷つけ

ることになった。

 

もともと明るい性格で活

動的だった彼女は、環境を

変えれば心も晴れると思い

バンクーバーへ来たが、気分

は沈むばかり。集中力が低

下し、学校での成績は大き

く下がった。他の人と交流

することへの興味も失い、家

に引きこもるようになった。

食欲がなく、体重は15ポン

ド落ちた。いくら眠っても疲

れはとれない。母親との対

立の責任は自分にあると思

い込み、大きな罪悪感を感

じている。自分には生きてい

る資格がないと思うことも

ある。リストカットをしたい

衝動に駆られたこともある

が、家族のことを思うと実

行できない。

 

オング先生は、日本にい

た頃の先生自身がそうだっ

たように、運動して脳を活

性化したり、好きな人との

会話を楽しんだりすること

で多くの人は心の病気から

回復することができると語

る。しかし、この例の中の女

性のように、日常生活に大

きな支障が出るほど気分が

落ち込んでおり、自殺願望

がある場合には、それだけ

では十分ではない。この女

性が訪れたクリニックでは、

まずは短期間薬を処方して

様子を見たあと、カウンセ

リングや家族療法を始める

ことになるだろう。

(取材

船山祐衣、写真

大貫

宏)

日本人留学生に

見られる傾向

 

日本では精

神疾患をなるべ

く社会の目に触

れさせないよう

に、隠しておく

という傾向があ

る。そのため日

本人学生は心の

病気を隠したま

まカナダへ来て

しまう可能性が

ある。また、環

境を変えれば隠

しておいた心の

問題が少しは解

消されるのでは

ないかという希

望的観測でカナ

挨拶する在バンクーバー日本国総領事、伊藤秀樹氏

精神科医のラリー・オング先生

BC州政府の Child and Youth Mental Health でセラピストとして

活躍するサチコ・ティーセンさん

バンクーバー新報 2009 年 10 月 15 日号掲載