リエゾン機能の効率化に関する研究 -...

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〔論文〕 弘前大学経 済 研 究 第 34 94-102 20llf1 12 26 リエゾン機能の効率化に関する研究 ーコーディネータに関する研究- 綿引 要約 との研究は,企業がリエゾン・オフィスの何 に不便を感じているのかを明らかにし ,改善方 法を提示することが目的である 。筆者は,企業 に協力を得てリエゾン・オフィスについて利用 実験を行い,利用しにくい原因を明らかにした。 その主な原因は, ①返事までの時聞が長いこと, ②途中経過が見えな いこと, ③企業が的外れな 相談をしたときのリエゾン ・オフィスの対応の 悪さの 3 点に集約できる。これはコーデ、イネー タが個人の範囲で業務内容を勝手に解釈してお り,リエゾン ・オフィスも明確な方向を示して いないことに起因する 。この状態を解決するた めには,顧客満足の視点,少なくとも顧客不満 足を避ける管理が必要である 。 I はじめに 企業と大学の仲介役を期待されて作られたリ エゾン・オフィスであるが,その効率化に関し てこれまで取り上げられることが少なかった (藤Jl と松井,2010 )。その理由として,運営委 員の教員自らが動く訳ではなく実際の活動を コーディネータに任せていることが最も大きい 点(綿引 ,2008 )であり,研究の多くが リエゾ ンの成功事例を取り上げることに終始している ことにも原因があろう 。 94 共同研究を行った経験のある企業は手順が 分っているので, リエゾン ・オフィスを経由す る必要はなく,また研究能力が一定水準以上の 企業は学術論文を読みこなし学会にも参加して いることから,企業の研究開発担当者と大学教 員とが直接話をする機会がある 。 こういった場 合は,共同研究につながる場合は事務処理のみ の相談をリエゾン-オフィスに持ち込んでいる 乙との方が圧倒的に多い(藤川と松井, 2010, 綿引, 2006 。 大学はこういった研究能力があ る企業のみを共同研究の相手としているなら ば,おそらくリエゾン・オフィスは必要ないだ ろう。 その一方で,大学での研究に向かない相談は 自治体の工業試験場や私営の研究所で相談に 乗ってもらうべきとするならば,それも 一つの スタンスとして明確にすべきである 。大学は研 究能力が一定水準に満たない相談についても地 域貢献の一環として研究開発能力を高めるべき として見るのであれば,リエゾン・オフィスは さらなる努力が必要である 。特に新規に技術相 談を希望したい企業がリエゾ、ン・オフィスを利 用 しない理由として,次の 3 点があげられる 。 ①名称もさることながら,共同研究センタ ーの 役割そのものが大学外から分かりにくい。② ホームページでも共同研究センターの使命と利 用規則すなわち公式的な役割が記載されている 大学は少ない。③ リエゾン・オフィスと研究協 力課の役割の区別がつきにくいだけでなく.学

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〔論文〕 弘前大学経済研究第34号 94-102頁 20llf1三12月26日

リエゾン機能の効率化に関する研究ーコーディネータに関する研究-

綿引 宣 道

要約

との研究は,企業がリエゾン・オフィスの何

に不便を感じているのかを明らかにし,改善方

法を提示することが目的である。筆者は,企業

に協力を得てリエゾン ・オフィスについて利用

実験を行い,利用しにくい原因を明らかにした。

その主な原因は,①返事までの時聞が長いこと,

②途中経過が見えないこと, ③企業が的外れな

相談をしたときのリエゾン ・オフィスの対応の

悪さの3点に集約できる。これはコーデ、イネー

タが個人の範囲で業務内容を勝手に解釈してお

り,リエゾン ・オフィスも明確な方向を示して

いないことに起因する。この状態を解決するた

めには,顧客満足の視点,少なくとも顧客不満

足を避ける管理が必要である。

I はじめに

企業と大学の仲介役を期待されて作られたリ

エゾン・オフィスであるが,その効率化に関し

てこれまで取り上げられることが少なかった

(藤Jllと松井,2010)。その理由として,運営委

員の教員自らが動く訳ではなく実際の活動を

コーディネータに任せていることが最も大きい

点(綿引,2008)であり,研究の多くがリエゾ

ンの成功事例を取り上げることに終始している

ことにも原因があろう。

94

共同研究を行った経験のある企業は手順が

分っているので,リエゾン ・オフィスを経由す

る必要はなく,また研究能力が一定水準以上の

企業は学術論文を読みこなし学会にも参加して

いることから,企業の研究開発担当者と大学教

員とが直接話をする機会がある。こういった場

合は,共同研究につながる場合は事務処理のみ

の相談をリエゾン-オフィスに持ち込んでいる

乙との方が圧倒的に多い (藤川と松井, 2010,

綿引, 2006)。 大学はこういった研究能力があ

る企業のみを共同研究の相手としているなら

ば,おそらくリエゾン ・オフィスは必要ないだ

ろう。

その一方で,大学での研究に向かない相談は

自治体の工業試験場や私営の研究所で相談に

乗ってもらうべきとするならば,それも一つの

スタンスとして明確にすべきである。大学は研

究能力が一定水準に満たない相談についても地

域貢献の一環として研究開発能力を高めるべき

として見るのであれば,リエゾン ・オフィスは

さらなる努力が必要である。特に新規に技術相

談を希望したい企業がリエゾ、ン ・オフィスを利

用しない理由として,次の 3点があげられる。

①名称もさることながら,共同研究センターの

役割そのものが大学外から分かりにくい。②

ホームページでも共同研究センターの使命と利

用規則すなわち公式的な役割が記載されている

大学は少ない。③リエゾン・オフィスと研究協

力課の役割の区別がつきにくいだけでなく.学

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リエゾン機能の効率化に闘する研究

外に電話番号が公開されていれば良いほうであ

り企業はどこに何を問い合わせて良いのか分

からない点である。ましてや,大学に心理的障

壁を感じているような企業にとっては,謎 敷々

居が高くなることは容易に想像できる。このよ

うな状況において,ようやくリエゾン ・オフィ

スの連絡先と何を頼めるのかが分かつても.問

い合わせる側にとって使い勝手が良くなければ

意味がない。

そこで, 実際に協力企業にリエゾン・オフィス

を利用してもらい,どとに不便さを感じている

のかを調査し対策を考えることが目的である。

Il 問題の所在

最終商品のマスマーケテイ ングに関する手法

(Kotler and Keller, 2008)やNPOのマーケティ

ング研究 (たとえばAndreasenand Kotler,

2002)が数多くあるが産学連携に関しては 9 商

品を作りだすための技術情報という特殊性から

マスマーケティングの手法は使えない。往々に

してどの大学もリエゾン・オフィスの独自の判

断に任せていると思われる。さらにコーデ、イ

ネータのスキルにもかなり差があるととが問題

を深刻にしている。先述のように方向性が定ま

らない状態でのリエゾン活動は,経営学の観点

からは最もやってはならないことである (Gray

and Walt巴rs.eds. 1998)。そこで,この研究で

はコーディネータの活動について特に窓口機能

に着目しリエゾン・オフィスの仲介活動の問

題点を採ることを目的とする。

そもそもリエゾン活動とは何か,コーディ

ネータは何をするのが仕事なのかについて研究

はなく,古くからリエゾン ・オフィスを持つ大

学でも相変わらずの手さぐりに近い状態のよう

である。

実務では.過去に科学技術振興機構のRSP

事業によって.コーデ、ィネータを 「一つは.地

域における産学官の人や研究情報の交涜を活発

化するネッ トワーク構築型で,もう一つが,既

に地域に産学官のネッ トワークを持つ地域に

おいて, 地域の大学等の研究シーズを育成 ・

活用する研究成果育成型J!)と定義している。

2013年までに段階的にRSP事業によるコーディ

ネータ雇用にかかわる補助は廃止されていく予

定であり.乙れまで以上にコーディネート活動

の効率化が求められる。

現在ある国立大学 2)のコーディネータの募

集要項の中から業務に関する項目を抜き出して

みた。これは, 2010年度末に他の国公私立大学

で募集されている業務内容とほとんど差がな

く.また自治体で募集している内容とも大きな

差がない,極めてオーソドックスなものである。

①民間機関等との共同研究について企画 ・調

整及び共同研究の実施支援

②競争的研究資金の獲得のための企画及び申

請に関する業務の支援

③学外からの産学官連携に係わる照会や相談

に関する学内との連絡 ・調整

④技術移転支援

⑤その他 産学官連携に関する業務支援

おそらく ,採用後も職務記述がないあるいは

抽象度が高すぎるという状態にある可能性が高

い。コーディネータの前職は,元教員や企業で

研究開発を担当していた人, 又は技術営業職に

いた人がほとんどであろう。技術の内容がある

1 )科学技術振興機構 (ただし国会図書館法によ って

2009年4月15日に保存されている)

http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/240489/www.jst.

go.jp/chiiki/rsp/index.htrnl (2011年10月アクセス)

2) {fl)えば大分大学のコーデ、イネータの募集要項。

http://www.oita-u.ac.j p/000007259.pdf (2011年2月アク

セス)

また 豊橋技術科学大学では 文部科学省の大学等産学

官)filj}lj自立化促進プログラムの業務内容と して以下の事項

を業務として列挙している。

http://www.tut.ac.j p/about/ docs/kou boh23. 7 .20 .pdf (2011年10月27日アクセス)

-産業界からの技術相談の対応.地域連携ネットワークの構築

ー内部人材育成プログラムの構築と標準化への検討

・その他.産学迎悦推進本部の活動に|期する業務

- 95ー

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とどの様な反応が返ってくるかについて覆面調

査を行った。

調査方法

本研究はあくまでも予備調査としての位置づ

けであり,一般化するものでもない。ど乙に

問題があるのかを探索することが目的である。

この点から問題探索型ケース ・スタディ(Yin

1994)を用いた。

調査の期聞は2008年から2011年にかけて, 5

社の技術者の協力のもと複数の大学のリエゾ

ン・オフィスを利用してもらいv 途中経過を報

Ill

程度分かっていなければ,成立しない業務であ

るので,このような人選は妥当と判断したと思

われる。しかし前職の影響を受けたコーディ

ネータが今までの経験に基づいた「思い入れ」

あるいは「思い込み」で業務を遂行している可

能性がある。コーデ、イネータが自覚する業務は

グラフのとおりである。

グラフによるとコーデ、イネータは,「研究者 ・

企業等の紹介・引き合わせj,「技術相談」といっ

たコミュニケーションを重視していることが分

かる。そこで, リエゾン ・オフィスの最前線に

立ち業務を遂行することが期待されているコー

ディネータに問い合わせて,どのくらいの時間

コーディネータの主な業務内容クラフ

1000

pnu -iHJu

nxu m一

ハunHu

nuJ

phu

tphu

m-

nru

円J

’勾

fa

800

700

578.-百600

500

400

300

200

インキュベーション施設の運営

ファイナンス支援

フォーラム等Z24〈包オ構築

ライセンシl発掘

(名目U

等によるシlズ提供含e

e

経営支援

ライセンス契約

・フォロー

ビジネスモデル作成支援

地財マネジメント

研究・技術開発管理

製品開発支援

技術開発プロジェクトマネジメント

市場開拓

・用途発掘

技術評側

研究会

・交流会の開催

国や地域プログラムへの応募支援

技術相談

シlズ発掘

・育成

研究者・企業等の紹介・引き合わせ

nu

100

財団法人全日本地域研究交流協会(2007:24)出所複数回答)

96

(N=l324

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リエゾン機能の効率化にE期する研究

告してもらうことにした。協力していただいた

企業は.東京に研究開発機能があり既に共同研

究の経験がある上場企業2社との地方の中堅企

業でこれから本格的に研究開発を行おうとして

いる段階にある企業である。これらの企業の協

力者とは筆者が以前より付き合いがあり,今回

の調査に企業名が分かるデータは一切公開しな

いことを条件に特別に協力してもらった。

収集したデータは,最初に問い合わせた時期

と実行可能か不可能力、のいずれかの返事をもら

うまでの期間,大学名,問い合わせた方法,そ

の他である。調査の過程および最終的な返事が

来た後に企業担当者に直接インタビューある

いはメールによるインタビューを行った。

ν 調査結果

この調査への協力は極めて良好であり, 5件

の相談について報告を得た。中にはe-mailでプ

ロセスを逐一転送してくれた協力者もいた。し

かし匿名を条件にするという約束であるので

一切伏せることにした。

ケースA 電子機器 (共同研究未経験)

問合せ開始, 2008年 5月

返信までの時間 2ヶ月

問合せ先: 9学部で構成される総合大学

問い合わせ方法 ・筆者が一度リエゾン ・オフィ

スと会社を仲介し,その後会社の担当者から,

メールと電話で問い合わせた。

対象となる分野 .材料,機械,情報

この会社は大手の電機メーカーの子会社で製

造が中心で従業員は300人ほどで,研究開発業

務も行っている。共同研究 (材料)と生産調整

期間中従業員に対する教育 (CADの使い方等)

の2つを希望した。

共同研究の問い合わせのためにリエゾン・オ

フィスに直接訪問したが,最初に対応した事務

に対する印象が悪くコーデ、イネータが気を遣っ

ているのが良く分かつた。また,この事務から

興味のない異業種交涜会を勧められた。

従業員の教育に関しては, 筆者が前もって科

目等履修生制度を企業に紹介したが.希望する

講義(レベルの問題を含め)がなかった。乙の

会社は博士課程の学生のアルバイ トとして雇う

つもりでリエゾン・オフィスに相談したが,こ

こでは対応できないと断られた。仕方ないので

近隣の高専に話を持って行った。

共同研究内容については,再度問い合わせて

もらったが,どうも教員側が乗り気ではないと

いう連絡を最初の訪問から 2カ月後に電話での

連絡を受けて問合せは終了した。

ケースB 電気機器

問合せ開始 2008年 6月

返信までの時間: 4週間

問合せ先 自然科学系単科大学

問い合わせ方法 ー筆者が一度リエゾン・オフィ

スと会社を仲介。会社の担当者から,メールと

電話で問い合わせた。

対象となる分野 .電子,材料

最初に企業の担当者がリエゾン ・オフィスに

電話をかけて,コーディネータと会話で何をし

たいのかを伝えた。その時に,学内限定である

が転送していい個所だけメールで寄乙して欲し

いと言われた。

候補となる教員がいることが分かるまで2週

間何の返事もなく,教員からの返事がさらに 2

週間かかった。しかも,企業の担当者によると

「(教員から)断りたいのだろうという雰囲気の

メールのみで,どうしたいのか良く分からない

状態だった。」3)という。うやむやのまま終了

した。

ケースC 素材メーカー

問合せ開始: 2008年 9月

3) 2008年8月に行ったメールでのインタビューより。

- 97 -

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問合せ先 .自然科学系単科大学

返信までの時間 :1ヶ月

問合せ方法 :直接リエゾン ・オフィスヘメール

で問い合わせた。

対象となる分野:材料

筆者がある会合で知り合った企業の担当者に

リエゾン ・オフィ スのHPアドレスを送った。

この会社はすぐに共同研究をしたい内容につい

てリエゾン・オフィスにメールを送ったが,そ

のまま返事がなかった。1ヵ月後に共同研究希

望者がいない旨の返事を受け取った。その聞に

全く返信がなかった。

ケースD 食品加工

問合せ開始: 2009年1月

問合せ先 5学部で構成される総合大学

返信までの時間返事無し

問合せ方法 技術展示会で,その場』こいたリエ

ゾン ・オフィスの担当者に問い合わせた。

対象となる分野;生物,栄養’機.械

年に一度行つている県主催の技術展示会のポ

スタ一を工業試験場で

スタ一と展示物のみで、,その研究をしている先

生はその場にいなかつたため. コーテ、イネータ

と思しき人に話しかけてみた。その人は分から

ないという ことで,後日先生から連絡をすると

いうことで、あった。名刺交換を会場で、行ってい

たのだが,その後全く返事がない。

電話で問い合わせてみたが,そのコーディ

ネータは既に辞めていて,問い合わせに関する

案件は一切引き継がれていなかった。

ケースE 情報サービス(共同研究未経験)

問合せ開始 :2011年1月

問合せ先 9学部で構成される総合大学

返信までの時間返事なし

問合せ方法.企業の担当者から直接電話とメー

ルで問し、合わせた。

対象となる分野 ・情報

98

HPで公開されている電話番号にかけたが,

との部署ではないと一方的に切られた。別の部

署にかけると,内容を詰めるためにメールが欲

しいと言われ,指定されたア ドレスに送ったが

2ヶ月経っても返事がない。その聞に 2回電話

をしたが,担当者がいないというととで連絡が

つかずそのまま切られた。乙の大学とは共同研

究はしないことにした。

後日,本論文の筆者が事情は一切伏せてイン

タビューを申し込んでみたが,メールで内容が

欲しいということを電話で言われたため.その

日のうちに指定するアドレスに送ったが全く反

応はなかった。

v 検討

1)問題の整理

共同研究を行うための問い合わせであって

ら最初から全て共同研究につながる事はほと

んどないので, 5社全てが共同研究につながら

なかったこ とについては,悲観するべきではな

い。注目すべきは,覆面調査の対象となった大

学のリエゾン ・オフィスの対応は利用者側から

みると誠意に欠ける といってもいい対応であ

る。繰り返しになるが,勿論乙のことは他の大

学での状況を象徴しているあるいは一般化でき

るというものではない。調査に協力してもらっ

た企業は,偶然にもハズレをヲ|いてしまっただ

けかもしれない。

偶然であっても この状況はかなり 問題であ

る。再度企業側に課題ができたときにもう一度

問い合わせてみようという気を起させないどこ

ろか,その気を萎えさせるような態度をとるリ

エゾン・オフィスの存在である。その点は以下

の点に要約で、きる。

①最初に問い合わせてから何らかの返事をす

るまでの反応時間が長い

②問い合わせがあってから返事をするまでの

間,また返事をした後のフォローがない

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リエゾン機能の効率化に関する研究

③リエゾン・オフィスでは対応しきれない(本

来の業務ではない)要求が来た場合.他の

部署のことは知らないと一方的にコミュニ

ケーションを断絶してしまう

これらの点について取り上げて行く。

①返事までの時間

特に元教員がコーディネータである場合にお

きやすいようだが,不確かなことを言うことは

相手に迷惑をかけることになるため,確定した

こと,雌実なこと以外は言えないと思い込んで

いる。乙れは至極正論である。しかし重要な

のは時間という コストの概念の違いがある。正

しいあるいは正確な’情報を提供するのに無期限

で調査を行うというのは,研究者としては正し

いのかもしれないが, これはあくまでも「研究

者であればこそ」である。返事をするのに 1ヶ

月ぐらいかかるのは大学関係者から見れば, そ

れほど違和感のあるものではない。

一方企業からすれば 「最低でも 1週間以内に

暫定的な返事がほ しいjと思っている 4)。 企

業の可能性試験の場合は,もちろん企業によっ

ても分野によっても違うのだが, l~3カ月で

何らかの方向性を出さなければならない場合が

多い。このとき複数の研究室との交渉を始める

ことは.秘密を守る観点から企業としても避け

なければならない。企業はできればその日のう

ちに返事が欲しいと思っているようだが.同時

にそれは現実的ではないということも知ってい

る。許容できるのは最大 1週間ぐらいである(綿

ヲI.2008)。

それゆえ,返事がないあるいは返事が遅いこ

とが企業を苛立たせることになる。「出来るの

か出来ないのかの返事が欲しい」 「出来るとい

う返事を期待しているわけではない」という言

4)調査に協力してくれた企業の担当者は例外なく最短で「その場で返事が欲しいJ最長でも 「我慢して 1週間Jと述べている。

99

葉どおり,どの辺りまで話をしているのか”先

生のところで話が止まっているのか,調整中な

のかといった中間報告があれば,企業を不快に

させることもなかった可能性がある。企業での

可能性試験は l~ 3カ月というととを考える

と, 1カ月間も返事をしないというのは致命的

であることをコーディネータも教員も自覚する

必要がある。

どんな状況でも 1週間以内に返事をするよう

に心がけており,長くなりそうであればそれ以

前に事情を説明し,いつ頃返事ができるかどう

かの説明を心がけるべきである。

②フォロー

この論点は①の返事までの時間と大きくかか

わってくる。何らかの形であれ,問い合わせが

あってから回答するまでプロセスを経ることは

仕方ないであろう。問題はその聞に何の返信も

しないという点である。ケースEでの例は.偶

然であるが企業が問い合わせたコーディネータ

と筆者がインタビューを申し込み対応したコー

デ、イネータは同一人物であった。乙のコーディ

ネータは,知的財産を扱う専門であり積極的に

学外への宣伝活動を業務としているわけでは

ないが. HPには対応するコーディネータとし

て名前とアドレスが記載されている。インタ

ビュー申し込みから実際に会うまでのやり取り

は基本的にメールであったが,返信率は 6害IJを

切る状態であった。問い合わせを拒否している

かのような印象を与えていることに気づいてい

ないようであった。

そもそも論であるが,この例に象徴されるよ

うに「コーデ、ィネータは何をするのが仕事なの

か」が暖昧である。乙れはコーデ、イネータによっ

て各自解釈が異なるようである。この解釈の違

いを図であらわした。(a)はもっとも狭く解釈

した場合で, 学内で共同研究内容と研究体制の

ある研究室あるいは教員を探してきて紹介する

ことであると理解している。この感覚が過ぎる

と他大学での連携を横取りするようなことも起

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きるようだ。通常は(b)であるが,(a)に加え

て企業と教員が交渉する場に同席し教員を支

援する業務を含むと解釈している。やや広い解

釈(c)は,企業の相談内容に応じて学内に限ら

ず公設試や他大学への紹介を行う業務も含むと

解釈している。もっとも広く解釈している(d)

は,その会社が当該大学あるいはよその機関(公

設試など)との共同研究に至ったかどうか,そ

れに必要な補助金の申請の手伝いも含むと解釈

している。

このように,コーディネータによってどこま

で、やるべきかの範囲が異なっている。もっとも

最広義で解釈している場合は,業務としてより

も趣味の領域に近いかもしれない5)。

さらに扱うべき商品(研究内容)の範囲であ

る。最狭義は,自分が所属する大学内の研究で

かつ一定金額のものに限定する場合である。こ

れまでのインタビューで最も多かったのは,地

域(通常は日常的に往復できる範囲)の公設試・

研究機関 ・教育機関での研究を意味しており.

もっとも広義が(そのコーディネータが知り得

る範囲での)世界中の研究を意味している。

図 コーテ‘ィネータが認識している業務範囲

顧客の地域

巨ヨ

0 巳日

~盃]~豆]匝亙亙]~図

筆者作成

5)ある有能なコーディネータは白「紹介して終わり。そんなのやってて面白いかね。最後まで見届けたいでしょう。Jと述べている。2011年2月のインタピ、ューより。

以上のように,活動すべき領域の解釈がかな

り「人によって」違う。これは,同じ大学に勤

務するコーディネータですらも個人によって捉

え方が異なっている 6)。

③本来業務以外の依頼への対応

リエゾン オフィスには共同研究や受託研究

など研究以外の依頼もある。たとえば,一般人

向けの講演会や技術指導である。ケースAの

ような依頼は,大学ではなく企業や専門学校に

行うべき話であろう。大学生・大学院生生活を

した経験のある企業研究者でも,どこまで大学

で、やってもらえるのか分からずに電話をしてく

る。

研究開発能力のある企業には大学院修了者が

多く勤務しているが,大学Lこいたことがあるか

らといっても,学生として大学にいたのか事務

職か教員かの立場によってその理解度は全く異

なる。ましてや問い合わせをする企業の従業員

は,大学を出て企業勤務が数年になれば企業の

価値観で考え行動するようになるため,ワンス

トップサービスが当たり前と思うようになるだ

ろう。ましてや,中小企業であればそれは当た

り前のことであるため,大学にも期待するのは

当然の流れである。リエゾン ・オフィスが明ら

かに業務以外の問い合わせを受けた時に,「そ

の内容はこの部署ではありません」と切るのは

拒絶と受け取られでも仕方ないであろう。

2)対策

どんな組織でも言えることであるが,最初に

出会うのがその組織の最前線,または顔である

ということを忘れてはならない。企業からして

みれば電話に出たのがたまたま勤務経験の浅い

人であろうとベテランであろうと利用者からみ

れば全く関係ない。

6) 2011年 2月に行ったリエゾン・オフィスに勤務するコーディネータへのインタビュー3名と 自治体のコーディネータ 2名より。

nu ハu

yi

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リエゾ、ン機能の効率化に関する研究

まずはやるべきことは.コーデ、ィネータと し

て活動領域を(a)~(d)のどこに設定するのか

であろう。その上で以下の改善が必要である。

①システムの改善

コーディネータが個人単位で進めている業務

を組織と して対応するようにするととである。

例えば”メールでの問い合わせなどは典型的で

返信率が6割弱というのは論外である。これは

HPに個人メールを掲載し個人で対応している

ことに起因することにあるだろう。少なくとも

特定の個人が抱え込んでしまい,そのままにさ

れてしまうということは避けなければならない。

ケースDで問題であると指摘したように,退

任する場合でもコーディネータ間での引き継ぎ

が順調に行われるようにする必要がある。

②コーデ、ィネータの身分

コーディネータの前職は様々で。もっとも多

いのは定年退職者した企業の研究開発担当者

で,教員,ポス ドクといった人もいる。共通す

るのは 2年から 3年の契約で,どの立場も将来

の生活計画が立てられない人たちである。更新

して10年ほど勤務している人もいるが,極めて

例外的存在であり,たまたまそこにいられたに

すぎない。その人から次の世代に引き継がせる

にしても,いつまで勤務できるか分らない立場

の人がコーディネータとしての技能を積極的に

身につけようとする動機を維持できるかという

疑問もある。まずは, この身分の保障と人事評

価方法を改善する必要があろう。

③コーデ、ィネータへの教育

身分を保証したうえで,コーディネータをい

かにして大学のセールスパーソンに仕立てあげ

るかである。ある コーディネータは。企業の

要求はケースパイケースでマニュアル化や座

学では教えきれないと述べている 7)。しかし,

7)東京都立産業技術研究センターのコーディネータ問中敬三氏 (2011年 2月インタビュー),富山大学地域連携推進機構産学連携部門長石黒雅照氏 (2011年3月インタピュー)より。

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これまでに数人のコーディネータへのインタ

ビューを行ってきた結果,成果を上げる人の共

通する特徴が見えてきた。

その特徴というのはリピーターを呼び込もう

とする努力である。図で言うところの(c)と(d)

の領域を臨時としている人たちで,逆に成果が

上がらない人は(a)にとどまるようだ。

実際には製品化まで関わることは極めて難し

いが,「面倒を見てもらった」と感じさせるこ

とが重要で,決して専門知識で勝負している訳

ではないようだ。実際,最初に共同研究につな

がらなかったが.リピーターとして再度技術相

談に来たあるいは他の企業に紹介したという

ケースがあり.そこからことから共同研究につ

ながることもあり,年聞に10件以上の共同研究

の成約に持ち込む人もいる 8)。

実際, 財団法人全日本地域研究交涜協会

(2007)の調査では.コーディネータに期待す

るのは「経歴・経験jや「専門知識」よりも「コ

ミュニケーション能力」を重視していることが

分かつている。彼らの結果に基づけば\本調査

からのような事態は絶対避けなければならない

しまたこれをクリアできればコーディネート

活動はかなり円滑に進むはずである。

VI 結論

コーデ、イネータは何をするのが仕事なのか.

どこまで期待していいのかが明確ではなく.大

学によってその方針はおろか個人の解釈の違い

がはっきり出ている。大学問あるいは企業と大

学問での共通認識があるとは言えない。実際に,

たまたま親身になって対応してもらえたかどう

かの差が大きい。リエゾン・オフィスの問い合わ

せ業務について,顧客満足の視点,あるいはマ

イナス評価にならないような努力が必要である。

8)残念ながらこのコーディネータは教育機関ではなく自治体所属であるが この方法は参考になるだろう。

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誤解のないように言っておくが,企業の要求

を丸飲みせよというのではない。出来ることと

できないことを早めに相手に伝えること,時聞

がかかる(あるいはかかりそうな)場合は「待

たされたJという感覚をなくさせる努力が必要

である。また他大学で進んでいる話を横取りす

るようなことは,却って大学の評判を落とすこ

とになり技術があっても企業が近づきたがらな

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102

いことにつながることがある。

以上の点からすると,コーディネータを採用

するには厳密さを求める学者肌の人,指導する

立場にあった人,細々とした用事を誰かにやっ

てもらう乙とに慣れている人,社会経験の乏し

い人には向かない可能性が高い。社会全体の利

益を高めるという意識のもとでの行動が逆に大

学の利益につながっているようである。

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(2011年10月アクセス)