テロ組織『isis』の特異な戦略と主権国家体系への...

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-  101 四天王寺大学紀要 第 59 号(2015年 3 月) 序章 テロ組織であるISISIslamic State of Iraq and Syria :和訳では「イラクとシリアのイスラム国」 と呼称される) 1 はその名が示すとおり、イラクとシリアの一部の地域一帯を勢力下において おり、2014年 6 月29日には国家樹立の宣言を行った。 米国のヘーゲル国防長官は同年8月21日、「(ISISは)ただのテロ集団ではない」と発言して いる。ニューズウィーク紙は「(ISISにより)長年存続してきた国家の枠組みが崩れ(る)危 険性もある」 2 とまで述べている。ヘーゲル発言は二通りの解釈が成り立つと考える。一つは ISISの残虐性、資金力及び組織力を指摘するものであり、もう一つはISISの登場は現存の主権 国家体制を揺るがす新しいアクターの登場であると予測するものである。先のヘーゲル国防長 官の言葉を借りれば、前者は「『ただの』テロ集団ではない」、つまりこれまでのテロ集団と比 較した時にその差異が明確に具現するという意味合いとなる。後者は「ただの『テロ集団』で はない」、つまりISISがこれまでのテロ集団というカテゴリーを越えた存在であることを示唆 するものである。 テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について 恵 木 徹 待 ISISIslamic State of Iraq and Syria)が驚異的であるのは彼らの特異な戦略に理由がある。こ れまでテロ組織は失敗国家や崩壊国家に巣食うとされてきたが、そうした国際政治学上の「真 空地帯」ではテロ組織が主権国家に勝利することは難しかった。そのためISISは既存国家に巣 食うのではなく、新たな国家建設という対抗措置を選んでいる。更には先行研究が示すように、 反政府組織は隣国を跨いで活動を行う時、その活動を有利に進められることがある。こと米国 が主導する傾向にあるテロ分野においては、活動拠点に反米的国家を選ぶか否かが重要なファ クターとなる。それはその国を起点に主権国家間闘争が誘発されやすくなるからである。そし てそのことによって国際的な関心を他に向けることが可能となる。国際社会が現在でもISISに対 して有効に対処できないでいる理由もまさにこの点にある。その結果、ISISは保持する資金力や 組織力の威力を倍加させ、長期間に亘って国際社会へ脅威を与え続けているのである。 キーワード:安全保障、戦略論、テロリスト、ISIS、主権国家、国際政治、米国外交 ―――――――――――――――――― 1 ISISは他にも、ISILIslamic State in Iraq and the Levant:和訳「イラクとレバントのイスラム国)」や、 単にISIslamic State:和訳「イスラム国」)と呼称されるが本稿ではISISで統一する。 2 )「イラクとシリアはウクライナとガザより深刻だ」『ニューズウィーク日本版』2014. 07.24 http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/07/post-3341_1.php(2014.09.20入手)

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四天王寺大学紀要 第 59 号(2015年 3 月)

序章 テロ組織であるISIS(Islamic State of Iraq and Syria:和訳では「イラクとシリアのイスラム国」と呼称される) 1 )はその名が示すとおり、イラクとシリアの一部の地域一帯を勢力下においており、2014年 6 月29日には国家樹立の宣言を行った。 米国のヘーゲル国防長官は同年 8月21日、「(ISISは)ただのテロ集団ではない」と発言している。ニューズウィーク紙は「(ISISにより)長年存続してきた国家の枠組みが崩れ(る)危険性もある」 2 )とまで述べている。ヘーゲル発言は二通りの解釈が成り立つと考える。一つはISISの残虐性、資金力及び組織力を指摘するものであり、もう一つはISISの登場は現存の主権国家体制を揺るがす新しいアクターの登場であると予測するものである。先のヘーゲル国防長官の言葉を借りれば、前者は「『ただの』テロ集団ではない」、つまりこれまでのテロ集団と比較した時にその差異が明確に具現するという意味合いとなる。後者は「ただの『テロ集団』ではない」、つまりISISがこれまでのテロ集団というカテゴリーを越えた存在であることを示唆するものである。

テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

恵 木 徹 待

 ISIS(Islamic State of Iraq and Syria)が驚異的であるのは彼らの特異な戦略に理由がある。これまでテロ組織は失敗国家や崩壊国家に巣食うとされてきたが、そうした国際政治学上の「真空地帯」ではテロ組織が主権国家に勝利することは難しかった。そのためISISは既存国家に巣食うのではなく、新たな国家建設という対抗措置を選んでいる。更には先行研究が示すように、反政府組織は隣国を跨いで活動を行う時、その活動を有利に進められることがある。こと米国が主導する傾向にあるテロ分野においては、活動拠点に反米的国家を選ぶか否かが重要なファクターとなる。それはその国を起点に主権国家間闘争が誘発されやすくなるからである。そしてそのことによって国際的な関心を他に向けることが可能となる。国際社会が現在でもISISに対して有効に対処できないでいる理由もまさにこの点にある。その結果、ISISは保持する資金力や組織力の威力を倍加させ、長期間に亘って国際社会へ脅威を与え続けているのである。

キーワード:安全保障、戦略論、テロリスト、ISIS、主権国家、国際政治、米国外交

―――――――――――――――――― 1 )ISISは他にも、ISIL(Islamic State in Iraq and the Levant:和訳「イラクとレバントのイスラム国)」や、

単にIS(Islamic State:和訳「イスラム国」)と呼称されるが本稿ではISISで統一する。 2 )「イラクとシリアはウクライナとガザより深刻だ」『ニューズウィーク日本版』2014.07.24  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/07/post-3341_1.php(2014.09.20入手)

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恵 木 徹 待

 筆者はISISの脅威や特異性は既存国家の枠組みを崩していくことではなく、むしろ彼らが主権国家アクター間の政治闘争を利用する戦略を採りその勢力を広げている点にあると考えている。豊富な資金力や万全な組織力、そして国家樹立宣言自体は他のテロ組織にも確認できる。よってそれだけをもってISISを「ただのテロ集団ではない」と言い切ることは困難である。更に言えば、ニューズウィーク紙が主張するような、ISISの登場によって「長年存続してきた国家の枠組みが崩れ(る)危険性」など考えられず、むしろ現存の主権国家間闘争の度合いが強化されていく傾向が見られる。ISISの脅威は国家の枠組みを崩している点ではなく、主権国家体系を利用しながら活動している点にあるのである。本稿ではこの点に関し鋭意理論付けを試み、どのような条件が揃った時に国際社会によるテロ組織への対処が乱れるのかにつき、新しい視座を提示したいと考えている。 ISISの国際舞台への登場は最近のことであり、同組織に対し検証を行うのは時期尚早とみる向きもあろう。しかし米国のオバマ大統領は2014年 9 月28日のインタビューで初期段階におけるISISに対する過小評価を既に認めている 3 )。ISISの前身は2004年にアブ・ムサブ・アル・ザルカウィにより設立されたAQI(和訳:「イラクのアルカイダ」)である。このAQIは米軍の攻撃によっていったん地下に潜伏したが、同組織の残党がシリア内戦の混乱に乗じて勢力を伸ばし、その時点における米国の介入が遅れたことが原因でシリアを世界中のイスラム武装勢力の中心地にしてしまったというのである。本稿においても、ISISの現在の資金力や、最近の国家樹立宣言のみを重視するのではなく、ISISがイラクとシリアに跨ってその活動領域を広げてきたという事実に注目して論を進めていきたいと考えている。 第 1章ではまず第1項として、ISISの活動目的そして実際の行動等につきみていきたい。そして同第 2項で、テロ問題一般に対する国際社会のこれまでの対応につき概観する。続く第 2章では関連する先行研究に対する検証を試みる。その後第 3章においてこれまでのテロ活動を5つのタイプに分類し、国際社会による対処の効果につき比較検討していく。第 4章では前章から導き出せるISISの特異性とその背景につき結論を出したいと考えている。

第 1 章第 1 項 ISISについて ISISの前身は2004年にアブ・ムサブ・アル・ザルカウィにより設立されたAQI(イラクのアルカイダ)である。それが2006年にISI(和訳:「イラクのイスラム国」)と呼び名を変え、その後シリア(Syria)という名が付加され現在のISISとなった。2014年 2 月にはアルカイダ本体と決別している。 以下ではISISの実態につき、 4つの視点(①資金、②雇用・人材育成、③統治・活動形態、④活動目的・地域)からまとめてみたい。まず資金源及びその額であるが、イラクのエネルギー問題の専門家であるルアイ・ハティーブ氏は、ISISはイラクで奪取した油田の原油を密輸することで一日に少なくとも200万米ドル(約 2億800万円)を稼いでいると指摘している 4 )。更に―――――――――――――――――― 3 )「ISISの脅威を「過小評価」 オバマ米大統領が認める」CNN 2014.09.28  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140929-35054390-cnn-int(2014.09.28入手) 4 )「イラクで油田奪取のイスラム過激派、密売で 1日 2億円稼ぐ」CNN 2014.08.24  http://www.cnn.co.jp/world/35052773.html(2014.09.21入手)

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シリアでは税金に類似するものを徴収し、原油のみならず電気も売買している 5 )。ビン・ラディン率いるアルカイダもかつて西アフリカのダイヤモンド鉱山、アラブ首長国連邦(UAE)の金市場、そしてパキスタンの金融業者等も含めた「資金ネットワーク」を持っていたことが知られている 6 )。アルカイダはこの資金力によって他のテロ組織との差異を見せつけた。ゆえに資金力のみを見ればISISが特にこれまでのテロ組織に比べ突出しているとは言えない。 ISISによる資金獲得の特徴は「現地調達」によってそのほとんどを賄うという点にある。資金や物資の供給経路(ロジステックス)を遮断されないようにすることは戦闘における要諦であり、古くは孫子の兵法においても「糧秣を敵地で調達する」ことがよしとされ、敵地で調達した穀物一鍾は自国から運んだ穀物の二十鍾に相当すると言われている 7 )。米国国防総省のカービー報道官は2014年 8 月29日の会見で、イラクにおけるISISに対する軍事作戦に一日750万ドル(約 7億 8 千万円)の費用がかっていると発表している 8 )。これまでの米国の苦戦を考慮すれば、ISISが現地調達した資金の有効性は見てとれる。ワシントン近東政策研究所、マシュー・レビット氏は「イスラム国は恐らくわれわれが知る中で最も資金力のあるテログループだ」、「イスラム国は国際的な金融システムに組み込まれていないため」、制裁やマネーロンダリング(資金洗浄)対策の法律、銀行規制の影響を受けにくい、と述べている 9 )。アルカイダの莫大な資金源は国際社会によって「遮断」されたことを考慮すれば、ISISが国際社会から遮断される恐れの少ない資金源をもっていることは大きな特徴と言ってよい。 また、資金の豊富さはそのまま戦闘技術の向上にも向けられていて、ISISの兵士の中には米国式の防弾チョッキを身に着け、暗視ゴーグルを装着可能なヘルメットをかぶった兵士の姿も確認されている。また、運搬可能な防空システムや対戦車ミサイルなどの高度な兵器も保有しているとみられる10)。 次に雇用・人材育成面であるが、ISISでは戦闘の際、組織的な攻撃態勢がとられるなど、兵士はよく訓練されているという。我々はかつてアルカイダが独自の訓練施設にて兵士を育成する様子を映像等で良く目にした。ISISも人材育成に力を入れていることはアルカイダと変わらない。しかし注目するべきは米国人、イギリス人を含めた外国人の多さである。正確な数は把握できていないが、ISISに加担している外国人は 1万人超とも言われている。イギリスのキャ―――――――――――――――――― 5 )Zack Beauchamp, 17 things about ISIS and Iraq you need to know. VOX 2014.09.18  http://www.vox.com/cards/things-about-isis-you-need-to-know/what-is-isis(2014.09.21入手) 6 )ダグラス・ファラー(竹熊誠訳) 『テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って』、日本

経済新聞社、2004、pp.9-10。 7 )守屋洋 『孫子の兵法』、産能大学出版部、2000、pp.43-44。 8 )「米軍事作戦、 1日 8億円 対イスラム国で国防総省」産経ニュース 2014.08.30  http://www.sankei.com/world/news/140830/wor1408300042-n1.html(2014.11.14入手) 9 )Indira A.R. Lakshmanan, Islamic State Now Resembles the Taliban With Oil Friends. Bloomberg 2014.08.26

http://www.bloomberg.com/news/2014-08-25/islamic-state-now-resembles-the-taliban-with-oil-fields.html

(2014.09.21入手)10)「イスラム国「最も裕福なテロ組織」 高水準の装備や宣伝動画」産経ニュース 2014.09.23  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140923/mds14092318320009-n1.htm(2014.09.23入手)

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メロン首相はこれまでにISISに加担したイギリス人は500人ほどいると発表している11)。ハーフ米国国務省副報道官も最大100人の米国人が戦闘員としてISISに合流していると述べている12)。さらには、イギリス人やフランス人女性も戦闘員の婚約者やジハーディスト(聖戦主義者)としてシリアへ渡航しているとの報道もある13)。 欧米諸国はISISに参加した自国民が今後帰国し、自国内でテロ活動を行うことを危惧している。テロリストの入国に関しては近年規制が強化されている一方で、自国民は比較的入国しやすいこと、そして彼らが自国を出国する際にはこれまで詳細な記録が残され管理されてこなかったという、テロ時代における出入国の盲点を突いたものであると言える。 次に、ISISの統治形態につき確認する。ISISは統治システムの最上位に最高指導部を置き、バグダディ指導者と 2人の元将校で構成される。最高指導部はイラクとシリアのそれぞれの担当に分けて戦闘や支配地域の統治などを総括する。最高指導部の下には10人前後からなる評議会を設置し、メンバーは戦闘や戦闘員の勧誘、広報など部門別の責任者を兼ねており、「国会」と「内閣」のような役割を持つ。さらに支配地域を区分けして十数人の「知事」を置いている14)。さながら中国や北朝鮮式の上位下達形式の統治形態を想起させる。一方で、電気や水道の供給、銀行や学校、裁判所、礼拝所、パン屋等の運営も効率よく行っており、現地住民も一定の評価を行っている。カリフ国家樹立以後新規に移住してくる若い世代も多い15)。このような運営にはイラクのフセイン政権与党バース党の元党員も加わっている。 スンニ派イスラム・カリフ国家の建国という2004年以来のISISの活動目的は変化していない16)。それも現存する国家を占領(capture)するのではなく、まったく新しい国家を樹立(constitute)することを目指している17)。一部報道によれば、彼らはカリフ国家を中国から欧州まで広げることを望んでいるとのことである18)。 これまでの研究では、テロ組織はその能力及び最終目的から国家という運営形態を好まない

――――――――――――――――――11)「ISISとの戦い、欧米に欠けているのは諜報活動だ」JBPress 2014.08.20  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41525(2014.11.14入手)12)「米国人戦闘員『最大100人』シリアの過激派に合流」 時事ドットコム 2014.08.27  http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014082700135(2014.11.14入手)13)「イスラム国目指す女性続出 欧米から、戦闘員の婚約者も」時事通信 2014.09.21  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140921-00000043-jij-m_est(2014.09.21入手)14)「イスラム国:国家的統治 フセイン政権残党が組織」毎日新聞 2014.09.15  http://mainichi.jp/select/news/20140915k0000m030093000c.html(2014.09.21入手)15)Mariam Karouny, How ISIS Is Filling A Government Vacuum In Syria With An 'Islamic State'. Reuters 2014.09.04  http://www.huffingtonpost.com/2014/09/04/isis-government-syria_n_5763536.html(2014.09.22入手)16)Zack Beauchamp, op.cit.

17)Glen Rangwala, The Islamic State and International Politics of Statehood in the Middle East.

  E-INTERNATIONAL RELATIONS 2014.07.26  http://www.e-ir.info/2014/07/26/the-islamic-state-and-the-international-politics-of-statehood-in-the-middle-east/

(2014.09.21入手))18)Mariam Karouny, op.cit., 2014.

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という主張19)や、同様にアルカイダの分派は今後益々形が見えなくなってくるという主張20)

が展開されてきた。しかし、2014年 8 月24日に自らの支配地域を「カリフ国」として建国宣言を行ったナイジェリアのボコハラムの例も含め、テロ組織による「国家樹立」は新しい現象であり注目に値する。 更に注目すべきは、ISISが現在の主権国家体系に囚われず、国境を跨いで新しい国家の樹立宣言をおこなったという点である。ISISは現在までにイラク東部のディヤラ(Diyala)行政区から北シリアのアレッポまでを支配下に置いている。将来的にはレバノン及びヨルダンも軍事行動の対象下に入れると考えられている21)。筆者はISISが「主権国家体系に囚われず、国境を跨いで、まったく新しい国家を樹立」したというよりも、「主権国家体系を活用して、国境を跨いだ」という方が正しいと考えている。この点に関し、セイルヤンやグレンは、テロ集団にとって格好の隠れ家となり得るとして、近隣国の存在に注目している22)。本稿ではこれらの研究を踏まえながらも、過去そして現在のテロ事案における発生国と近隣国との関係につき、いくつかの型に分けて考察を進めたい。 以上、①資金、②雇用・人材育成、③統治・活動形態、④活動目的・地域という 4つの視点からISISの分析を試みた。今後国際社会はこのようなテロ組織に対し有効な対処が求められるが、まずはこれまで国際社会はテロ組織に対しどのように対抗してきたのかにつき、次項で確認しておきたい。

第 1 章第 2 項 国際社会によるテロ組織への対処 テロ対策において国際社会が取りうる措置としては、情報収集及び分析、活動資金への規制、法執行、外交措置、そして軍事的行動という様々な側面、そして段階がある。この中でより最終的かつ強力な措置が軍事的行動となる。 テロ対策は海賊対策と同様、①国連安全保障理事会を中心とした国際組織による長期的視野での対処が検討され、そこには国家アクターのみならず、国際機関や民間アクターも多く参加していること、②多くの決議が立案、審議、決定されていること、そして③取り締まりといった実践行動も検討されていることなどの傾向が見られる。いわば「オール国際社会関係者VS

海賊、もしくはテロ組織」といった構図が既に出来上がっていると言えよう23)。 一方で、安保理での審議は極めて政治的になりやすい。米国は、テロ組織は「全人類共通の敵」であるという標語を政治的プロパガンダに利用し、安保理での決議を得たいと考える反面、それに反対する常任理事国がいる場合には審議は紛糾することになる24)。――――――――――――――――――19)Jakub Grygiel, The Power of Stateless. Policy Review, April & May 2009, p.47.20)片山善雄 「テロ対策の軍事的側面」テロ対策を考える会編著『テロ対策入門』、亜紀書房、2006、p.206。21)Glen Rangwala, op.cit., 2014, p.1.22)Salehyan Idean, Transnational Rebels: Neighboring States as Sanctuary for Rebel Groups. World Politics, Vol.59,

No.2, 2007, p.224: Glen, op.cit., 2014, p.1.23)恵木徹待 「国際関係と法」、後藤光男編著 『法学・憲法への招待』、敬文堂、2014、p.58。24)同上、p.58。

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恵 木 徹 待

 米国は安保理内における「工作」が失敗した時には単独で軍事行使を行う傾向にあり、その結果およそテロ対策においても、国際社会による完全な多角軍事行動が機能しない場合には、米国による部分的な多角軍事行動もしくは米国の完全な単独軍事行動25)という幅広い選択肢が考えられる。また、これらに加えて地域諸国による地域安全保障の動きもあるので、テロ対策における国際社会による軍事的行動には 4つの形態があるといえる。 これらの軍事行動はその目的別に二つに分けられる。一つは更なる犯行の防止や報復を目的とする限定的攻撃、そして二つ目はテロ支援国家やテロ組織の拠点がある国家の政権交代および占領を意図した政権転覆である26)。

第 2 章 先行研究検証 前章までに大きく 3つの論点が揃ったと考える。一つ目は、テロ組織は「国家」運営を思考し、またそれに適しているか、そしてなぜ今ISISは国家という形を選択したのかという論点である。二つ目に、現代主権国家体系にテロ組織が対峙する時、いかなる条件の下で活動を行えば国際社会の対応が乱されるのかという点である。そして最後に、テロ組織が樹立する「国家」は、現存する国家の枠組みを脅かす存在となり得るか否かという点である。 片山はアルカイダの分派は世界各地に拡散し、ますます形がみえなくなってきたように思えると述べ、元来の「組織」の形態から、「ネットワーク」、そして「運動・潮流」に進化を遂げたと主張する27)。アルカイダやISISを始め、現代におけるテロ組織の脅威は片山の言うように思想や精神レベルにおいて「潮流」として世界各地に伝播している点にあることは筆者も認める。しかし今回のISISのケースではテロ組織が「国家」組織としてはっきりと主権国家体系に対峙してきた事実を我々は無視してはならないであろう。 テロ組織による「国家」樹立はISIS、ボコハラムといったテロ組織による最近の動きである。よって本稿を含めた新しい研究が今後更に求められてくる。これまでの先行研究ではグレイジェルが、ラディカルな思想を人民に広げたいテロ組織は、統治過程において政治的妥協を必要とする国家形成という選択肢を選ばず、国家以外の形態(stateless)を好む傾向にあると主張してきた28)。加えて、テロ組織は行政能力にも欠けるとも言う。しかし第 1章第 1項で述べたとおり、ISISにはイラクのフセイン政権与党バース党の元党員も加わっており、国家樹立及び運営への確固たる意図と人材雇用を含めた周到な準備が窺える。また統治に関しても「現住民」からの評価もあり、更には移住してくる者もいるなどその行政管理・運営能力は決して過小評価できない。次に、テロ組織に狙われやすい国家につきみていく。 まず、ロットバーグは、国家を 4類型に分け、それぞれstrong state(強国)、weak state(弱

――――――――――――――――――25)多胡淳 『武力行使の政治学 -単独と多角をめぐる国際政治とアメリカ国内政治』、千倉書房、

2010、pp.20-21。26)片山、前掲書、2006、pp.204-205。27)同上、p.206。28)Jakub Grygiel, op.cit., 2009, p.46-47.

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小国家)、 failed state(失敗国家)、collapsed state(崩壊国家)としている29)。彼は失敗国家を「当該政府がその国民に対して必要な公共サービスを行うことができない」状態であると定義し、当該サービスを行うことはできるが十分とは言えない(poor)場合には弱小国家とし、失敗国家が更に極端な場合(extreme case)に発展すると崩壊国家となるとしている。 次に、坪内は「国家の機能低下」と「主権国家体系の衰退」はイコールなのかとの疑問を投げかけ、この分野の議論はこれまで抜け落ちてきたと述べる30)。結論から言えば「国家の機能低下」と「主権国家体系の衰退」はイコールではないであろう。崩壊国家や失敗国家はテロ対応能力も十分でないということが言え、テロ組織は一般的にはこれらの国家に「巣食い」やすい傾向にある。しかし反対にテロ組織がそのような崩壊国家や失敗国家に逃げ込めばそれだけ国際社会からの干渉も受けやすくなる(後述のアフガニスタンやソマリアのケースを参照)。国家の機能低下によって発生する地政学的空白は国際政治学でも重視されてきた。要するにその空白にどのアクターが入り込むかということであり、既存の主権国家(群)が入り込むのか、テロ組織が入り込むのか、そして結果的にどちらに軍配が上がるのかという点が重要となる。後述するように、こと失敗国家や崩壊国家を見る限りはこれまでのところ、主権国家に軍配が上がっているように思える。 一方で寺谷は、主権国家体系では国際社会は纏まってテロリストを排除していく傾向にある反面、テロリストによるカオスの状態も依然存続し、これら両者が共振していると主張する31)。この「共振状態」を筆者なりに分析すれば、現代のテロ組織は国際社会が「纏まって排除」できないよう画策していて、国際社会の側にも常に「纏まって」対処できない要因があるため、国際社会によるテロ組織への一丸となった対処と、テロ組織が意図的に作り出すカオスが常に「不安定に」共振しているということになろう。 では、テロ組織はいかに国際社会におけるカオスを創り出しているのであろうか。この点において、筆者はテロ組織による「国境を跨ぐ」という行動様式に注目したいと考えている。グレンは、現代国際関係において反政府組織が存続していくためには国境を跨ぐ聖域(cross-border

sanctuaries)の存在が重要な鍵となると述べている32)がまさに同意である。セイルヤンは更に難民の存在、当該国と近隣国のライバル関係(interstate rivalries)、近隣の弱小国家の存在(weak

neighboring states)の 3つが重要であると述べる33)。しかしいずれの研究もこれらの要素がいかに国際社会の対応を非効率的なものにしてしまうのかに関する分析が不十分であるように思える。セイルヤンによる研究では、反政府組織が国家に巣食い、更に国境を越えて暴力行為を

――――――――――――――――――29)Rotberg, R.I., Failed and Weak States Defined. 2013.02.11  http://robertrotberg.wordpress.com/2013/02/11/failed-and-weak-states-defined/(2014.11.15入手)30)坪内淳 「国際関係論はなぜ国家に沈黙するのか‐主権国家システムの永続性をめぐって‐」山本

武彦編著『国際関係論のニュー・フロンティア』、成文堂、2010、p.96。31)寺谷広司 「内戦化する世界と国際法の展開」、『社會科學研究59巻 1 号』、2007、p.131。32)Glen Rangwala, op.cit., 2014, p.4.33)Salehyan Idean, op.cit., 2007, p.228.

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行う時、国際的危機に発展する可能性があると指摘するにとどまっている34)。また国際社会による対処に関し、一国による軍事行動は効果的ではなく、他国と協力していく必要があると述べる35)。しかし後述するように、米国による単独行動に効果があった事例もあり、この分析は必ずしも正しくない。本稿ではグレンやセイルヤンの主張を継ぎながら、テロ組織が国境を跨って活動する際に主権国家体系全体に与える影響まで検証していきたい。 最後に、クリスチャン・カリはISISの登場は主権国家体系への挑戦であると主張する36)。しかし筆者はその立場を取らない。これまで述べてきたように、ISISが現在の主権国家体系をうまく活用してその活動を強化していることは間違いないし、これはこれまでのテロ集団には見ることができなかったという点で国際社会への脅威であることは疑いがない。しかしISISが主権国家体系に組み込まれてくるかと言えばその可能性は極めて低いと考えている。その理由を①国家成立の要件、②国家承認、③外交活動上の不都合、④国際司法の壁という諸点から以下述べていきたい。 仮に今後ISISが武力の行使を止め、これまでに獲得した領土内において平和的に国家を建設しようとした場合、国家が成立するための 3要件(統治する領土、人民、統治機構)の存在が問われてくる。第 1章で検証してきたように、ISISはこれまでのテロ組織とは異なり、上記 3要件を満たしつつあることは否めない。しかし、ISISはイラク及びシリア両国においてもスンニ派以外の民族を統治することには未だ成功していない37)。 ISISに影響を受けているソマリアのアルシャバーブやナイジェリアのボコハラムも、住民(統治民)の支持、コミュニティ・デベロップメントという点で未熟である38)。つまりISISが建国した「国家」は国家の成立要件を満たし得ない可能性が高い。 またISISは現在のところ、他国からの国家承認を得られていない。加えて、世界12億のカトリック人口の精神的指導者であるローマ・カトリック教会のフランシスコ法王もISISを批判している39)。また、アルカイダ本体を始め、シリアではアルカイダの分派であるアルヌスラ戦線などがISISの建国宣言を非難している40)。 このように、主権国家体系に組み込まれる一般的な過程におけるここまでの段階においてで――――――――――――――――――34)Ibid., p.242.35)Ibid., p.242.36)Christian Cali, The Islamic State’s Challenge to the International System. E-INTERNATIONAL RELATIONS,

2014.08.21, p.1.  http://www.e-ir.info/2014/08/21/the-islamic-states-challenge-to-the-international-system/(2014.09.21入手)37)Tim Lister, ISIS: The first terror group to build an Islamic state? CNN 2014.06.12   http://edition.cnn.com/2014/06/12/world/meast/who-is-the-isis/(2014.09.28入手)38)Mohamed Ibrahim, Somalia and global terrorism: A growing connection? Journal of Contemporary African

Studies, Vol.28, No.3, 2010, p.292.39)「宗教は暴力を正当化せず、ローマ法王が批判 イスラム過激派念頭か」AFP 2014.09.22  http://www.afpbb.com/articles/-/3026639(2014.09.28入手)40)「ISIS国家への冷ややかな反応」『ニューズウィーク』 2014.07.17  http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/07/post-3334.php(2014.09.28入手)

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

さえ、ISISに立ちはだかる壁は高い。今後仮にISISが国家として成立した場合には国際社会における協働や国際法の順守などが当然求められる。そこには経済活動や貿易活動も含まれるが、この段階で他国からの経済制裁や資金凍結措置などが発動され国家運営が正常に行われない可能性も高い。これまで国際的ネットワークから離れている為に安泰であったISISの資金力も国際ネットワークに入った途端に減じていくことになる。更には、バグダディ氏を始め、ISIS幹部や一般戦闘員も戦争犯罪や人道に対する罪で国際刑事裁判所(ICC)に起訴される可能性も出てくる。 以上のように考えると、ISISの主権国家体系への参入はほぼ不可能に近いと考える。

第 3 章 テロ組織の行動と国際社会の対処に関する 5 つの分類 本章では、テロ組織をタイプ別に 5つに分類し、第 1章においてISISへの分析項目として使用した 4つの視点(①資金、②雇用・人材育成、③統治・活動形態、④活動目的・地域)、そして国際社会による対処とその効果につきそれぞれ詳細に検討したい。 検証結果の表示に際しては以下のように行いたい。まず資金についてであるが、第 1章でも触れたように、テロ対策の初期段階からの資金凍結等の規制措置の成否はテロ組織の戦闘能力に大きく影響してくる。よって資金に関する評価項目は表 1のようにしたい。

 次に、雇用・人材育成面である。昨今のグローバリズムの進展に伴い、多様性の概念が広く流布し、一方では先進国に広がる閉塞感及び不平等感が社会病理を生み出している。この、他文化への関心と自国への不満はいわゆる「ホームグロウンテロリズム」と呼ばれる新たなテロを生み出す一つの要因となっている。テロ組織にとっても外国人を育成し彼らが自国に戻った時に国内でテロ活動を行ってくれれば一番効果的に成果を挙げることが可能となる。この背景には自国民の出入国には規制が難しいというテロ対策における盲点がある。そのため、テロ組織の脅威を測る上でも当該テロ組織がいかに外国人戦闘員を抱え、各種訓練を行っているかという指標を無視することはできない。よって雇用・人材に関する評価は表 2のようにしたい。

表 1

資  金

評価の表示法 ◎

国際社会から規制されに

くい独自の資金調達方

法、資金ネットワークを

持っている。

独自の資金調達方法、資

金ネットワークを複数に

亘って持っているが国際

社会から規制されやす

い。

資金の多くを他の団体に

頼っている、もしくは資

金調達方法が国際社会か

ら規制されやすい(象牙

密輸等)。

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恵 木 徹 待

 次に活動形態であるが、ここでは当該テロ組織が国家建設を目指しているか否かという視点を入れたい。既述のように、ISISが「ただのテロ組織」ではないと言われる背景には資金力や戦闘員の雇用の側面だけでなく、国家の樹立を宣言したという事実もある。また、ナイジェリアのボコハラムも同様に国家樹立の宣言を行っており、現代テロリズムにおける新たな現象の一つであると言ってよい。そこでこれまでのテロ組織と差別するためにも国家建設の有無という指標は欠かせないと考える。 次にテロ組織の活動地域であるが、本稿ではテロ組織が「国境を跨いで」活動する時に主権国家体系に相応の影響力を与えることができるという仮説に基づいて検証を行っている。そのため、当該テロ組織の活動国が一か所かそれとも複数に跨るのか、そしてそれらの活動国の位置づけはどうかという点を特に重視して検証していきたいと考えている。活動国の位置づけを行う際には、ロットバーグによる「弱小国家」、「失敗国家」、そして「崩壊国家」という区分に加えて、当該国家が反米的であるのか否かという視点を入れたい。ここで言う「反米的」とは以下のいずれかに該当すると本稿では定義したい。まず現政権もしくはこれまでの政権の指針が長く反米的であったか否かということである。二点目として、当該国が明らかに反米的姿勢もしくは言動を見せている他の国と同盟関係、もしくはそれに類似する関係にあるかである。最後に三点目として米国自体が一定程度の長期に亘り当該国へ敵対的な姿勢もしくは言動を示しているかである。 この「反米的」という視点を導入する理由はテロ分野における国際社会による対応の特徴に関係してくる。第 1章第 2項でみたように、テロ対策における軍事行動には、①国際社会による完全な多角軍事行動、②米国による部分的な多角軍事行動、③米国による完全な単独軍事行動、そして④地域による地域安全保障という 4つの区分がある。これらのほとんどにおいて米国の存在が大きいことが分かる。テロ問題は往々にして米国単独の政治問題となることも多く、当該国家と米国との関係は見逃すことができない。 最後に、テロ対策における軍事行動の「効果」を測る基準として、第 1章第 2項で示した限定的攻撃そして政権転覆を狙った攻撃をそれぞれ更に 2つに分け、以下のような 4つの区分で測りたいと考えている。効果の低いものから順に、①軍事行動の準備、もしくは空爆(及び地上戦)実施、②テロ組織のリーダー、サブリーダー格の殺害もしくは拘束、または構成員の大量殺害もしくは拘束、③被支配地の奪還もしくは政権移行の達成、そして④新政権の長期に亘る存続もしくは当該テロ組織の壊滅の 4つである。 これら 4つの効果を以下の表 3のように示したい。

表 2

雇用・人材育成

評価の表示法 ◎

外国人の雇用・訓練及び

そのための広報活動を

行っている。

戦闘員の雇用・訓練及び

そのための広報活動にお

いて外国人を対象として

いない。

取り立てて戦闘員の雇

用・訓練及びそのための

広報活動を重視していな

い。

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

 続いて、テロ活動を 5つに分類し、それぞれの指標につき検証したい。

①アフガニスタン型 アルカイダは資金力もあり、人材育成にも力を入れていた点でISISと類似する。ただ両者の大きな違いはアルカイダがネットワーク型のテロ組織であり、活動拠点が定まっていなかったということである。そのため、彼らに活動拠点を「提供」する国家が必要であった。ロットバーグは、失敗国家(failed states)はテロ組織にとって快適で、恰好の隠れ家となるため、そのような国家の失敗の力学を知ることはテロとの戦いにおいては重要なことであると述べている41)。アルカイダに隠れ家を提供したのがアフガニスタンとスーダンという失敗国家であり42)、アルカイダは特に国家を建設する必要はなかった。しかし、このことは「テロ組織に避難所あるいは援助を提供する国家は、米国に敵対する政権と見なす」とした当時のブッシュ政権をしてアフガニスタンへ軍事行動を取ることを容易にさせた。アルカイダはネットワーク型で居場所が定まらない分、限定的軍事攻撃では限界があり、アフガニスタン政権の転覆を狙った軍事行動が米国によって取られた。これまでのところ、テロ対策において政権転覆を狙った軍事行動が採られたのはアフガン戦争のみである43)。 但し、この米国単独の、しかも政権を転覆させるという軍事行動は国際法違反の誹りを免れておらず、その後のイラクへの攻撃と相まって現在でもテロや内戦介入における米国の大きなトラウマとなっている。決して米国を擁護する訳ではないが、ことテロ対策となると米国は最終的にヒール役に祭り上げられやすいのも事実である。このアフガニスタンに対する軍事行動の際も米国の同盟国だけでなく、非同盟国である中国、ロシアも当初米国への協力を約束している。加えて中央アジアのイスラム諸国、インド、パキスタン、サウジアラビア、トルコなど、多くの地域大国が米国による軍事基地の借用及び領空の使用権に関する協力を申し入れた。しかしいったん攻撃が始まるとドイツとロシアは反対に回るという、まさに国際政治の駆け引きが展開されたのである44)。この時点で、いかに米国単独の、しかも政権転覆を狙った行動が国――――――――――――――――――41)Rotberg, R.I., The New Nature of Nation-State Failure. The Washington Quarterly, Vol.25, No.3, 2002, p.85.42)マイケル・マン(岡本至訳) 『論理なき帝国』、NTT出版、2004、pp.221-222。43)片山、前掲書、2006、p.205。44)マイケル・マン、前掲書、2004、pp.152-153。

表 3

軍事行動の効果

評価の表示法 × △ ○ ◎

①軍事行動の準備、

もしくは空爆(及

び地上戦)実施

②テロ組織のリー

ダー、サブリー

ダー格の殺害もし

くは拘束、または

構成員の大量殺害

もしくは拘束

③被支配地の奪還

もしくは政権移

行の達成

④新政権の長期に

亘る存続もしく

は当該テロ組織

の壊滅

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恵 木 徹 待

際政治をかき乱すかを我々は学んだ。しかし、この時はまだ欧米とロシアがアフガニスタンを巡って激しい対立を起こす要因は少なく45)、結果としてこの軍事攻撃は成功し、タリバン政権は崩壊した。しかし、その後はロヤ・ジルガ(国民大会議)という基盤があったにもかかわらず、安定性には欠ける政権を樹立せざるを得なかった。このことも影響して、米国はその後隣国パキスタンでビンラディンを捕捉し射殺するまで、長い期間に亘り手を焼くことになった。 セイルヤンはこの件につき、アルカイダは隣国パキスタン内の、政府のコントロールが弱い辺境地域に逃げ込むことで聖域を確保することができたと述べている46)。上述のとおり米国が長期に亘って対応に苦慮したことは筆者も認める。しかし最終的に米国は自国の特殊部隊をパキスタンで展開させビンラディンを射殺することに成功した。これは逃げ込んだ先が親米的国家であるパキスタンであったことが大きい。セイルヤンの研究は「複数国に跨って展開する」という事実のみに注目するだけであり、テロ組織が逃げ込んだ先の国の対米国事情の考慮がなされていない。 この時ビンラディンを追いつめた特殊部隊SEALsの活躍を映画にしたのが「ゼロ・ダークサーティー」であるが、高木はこの映画作製は米国のアフガン介入の正当性を世論に訴える恰好な情報戦略であったと述べている47)。ISISの広報戦略にはこの「ゼロ・ダークサーティー」をまねた手法が見られると指摘するメディアもあり48)、非常に興味深い。 以上、アフガニスタン型は表 4のように示される。

②ソマリア型A(テロリスト) アフガニスタンと同様、 9・11の後はソマリアでも敵対する軍閥同士が相互に相手をアルカイダであると主張する事態になったが、米国を始めとする国際社会はそれには取り合わなかった。そしてその後アフリカイスラム過激派は影を潜めていたのである49)。それを破ったのが現

――――――――――――――――――45)Pavel Koshkin, Will the ISIS threat help to reset US-Russia anti-terrorism cooperation? Russia Direct 2014.08.19  http://www.russia-direct.org/content/will-isis-threat-help-reset-us-russia-counter-terrorism-cooperation

(2014.09.24入手)46)Salehyan Idean, op.cit., 2007, p.242.47)高木徹 『国際メディア情報戦』、講談社、2014、pp.168。48)「『イスラム国』世界で最も裕福なテロ組織 原油・略奪・身代金」産経新聞 2014.09.24  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140923/mds14092318320009-n1.htm(2014.09.25入手)49)マイケル・マン、前掲書、2004、p.224。

表 4 アフガニスタン型

アフガニスタン型

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

○ ○ NO

活動国の単複

複 ○

失敗国家(アフガニスタン)+親米国家 (パキスタン)

米国の単独軍事行動

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

在ソマリア軍と交戦中であるテロ組織アルシャバーブ(Al-Shabaab)である。アルシャバーブは主にモガディシュ及び南ソマリア周辺のハウィエ族の出身者で構成されている。これはクラン(clan)と呼ばれる血縁を基にした氏族を指す。最近では様々な利権を持つクランがソマリア海賊とも協力関係を築くケースが見られる。アルシャバーブとソマリア海賊との関係は特に複雑であり、海賊の20%から50%の資金がアルシャバーブに流れているとされている50)。またこの他にも象牙の密輸等で得た金をその活動資金としている51)。 ソマリアは正当な政府をもたない崩壊国家であるが、国内世論そして国際社会はソマリア暫定連邦政府(TFG)がソマリアを代表する政府であると認識している。このTFGがアルシャバーブの対処にあたっているが、その勢力は弱く、米国と東アフリカ 6 ヶ国(ケニア、ウガンダ、タンザニア、ジブチ、エリトリア、エチオピア)は米国東アフリカ・テロ対策イニシアティブ(EACTI)を形成し合同でアルシャバーブ壊滅に取り組んでいる。2014年 9 月 5 日、米国国防総省はアルシャバーブのリーダーであるアーメッド・アブディ・ゴーダン(Ahmed Abdi

Godane)を空爆により殺害した旨発表した。 このソマリアA型は米国プラス周辺国によって軍事行動が行われている。一見ISISを空爆するために周辺地域のイニシアティブ獲得に奔走している今回の米国の行動に似ているように思えるが内実は異なっている。現在のところ、アルシャバーブは国際社会にとって脅威的とまでは言えない。このような場合、大国のインセンティブは減少し、周辺国による対処が求められる。この点は次のボコハラム型も同様である。その後、周辺国の対応がその能力の無さゆえに遅れている場合、もしくは当該テロ組織の脅威が増大した場合に大国、特に米国が当該問題に関与してくるようになる。ソマリアA型はまさに米国がしびれを切らした例であり、米国の軍事行動によって短期間でリーダー格を殺害している。ゆえに米国としてはアフガニスタン型よりも対応しやすい例であったということができよう。 以上、ソマリア型A(テロリスト)は表 5のように示される。

――――――――――――――――――50)Mohamed Ibrahim, op.cit., 2010, p.290.51)Ashish Kumar Sen, Terrorists slaughter African elephants, us to finance operations. The Washington Times

2013.11.13  http://www.washingtontimes.com/news/2013/nov/13/terrorists-slaughter-african-elephants-use-ivory-

t/?page=all#pagebreak(2014.11.11入手)

表 5 ソマリア型A

ソマリア型A(テロリスト)

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

△ △ NO

活動国の単複

単 △崩壊国家

米国の多角的軍事行動+周辺 6ヶ国による地域的安全保障

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恵 木 徹 待

③ソマリア型B(海賊) テロ組織と海賊は、その目的及び行動において異なる。海賊行為については国連海洋法条約第101条で「私有の船舶又は航空機の乗組員又は旅客が私的目的のために行うすべての不法な暴力行為、抑留又は略奪行為」と定めがある。一方、テロ行為に関しては未だ国際法上の明確な定義は存在しない。また、海賊が最終的には物品の略奪や身代金支払の強要を目的とするのに対し、テロリストは物品や金銭以外の強要や社会不安への扇動を目的とする点で海賊行為とは異なる52)。しかし海賊に対する国際社会による昨今の行動は、テロ組織へのそれと類似する点が多い。米国はイラクやアフガニスタンでの対テロ作戦を遂行するためにペルシャ湾やインド洋でCTF-150という作戦を遂行していたが、海賊問題の深刻化に伴い、新たにCTF-151を導入した経緯がある53)。一方で、国際社会による海賊への強硬な態度は海賊による報復や狂暴化を招き、ソマリア沖が第二のイラクやアフガニスタンになり、いっそう混迷していく可能性があるという指摘もある54)。 また、前項で少し触れたように、ソマリアにおけるテロ組織と海賊との関係も無視できない。氏族同士の抗争が激しいソマリアでは他の氏族から金品を奪えば復讐を受ける恐れもある。一方で海賊行為ならば外国人を対象にしているので身代金が奪取でき、かつ復讐の恐れもない55)。そこで前述のように、一部の海賊は一定の資金をテロ組織に供与し棲み分けを行いながら自らは海賊行為に専念する者が増えているのが現状である。特に沿岸部のプントランドではその傾向にある。前項のアルシャバーブは首都モガディシュ及び南ソマリア周辺出身者が多数を占め、プントランドの海賊とはうまく棲み分けが行われている。海賊自身、外国人を誘拐した際の莫大な身代金を使って暫定政府軍にも匹敵する軍事力を備えていると見られている56)。 国連安保理は2008年から2013年にかけて毎年ソマリア海賊に関する決議を採択してきた。また、2008年 8 月には多国籍軍がアデン湾に海洋安全警備地域を設定し、警備活動を強化している57)。翌2009年 1 月には約60か国の政府代表、および21の国連機関・民間団体が参加する「コンタクト・グループ」も発足した58)。 海賊はその活動範囲を広げており、2010年夏になって多国籍軍の軍艦が警備や臨検の権限をもたない紅海南部に移動して活動するようになった。国連安保理決議では、ソマリア領海ではあらゆる手段をとって取り締まることが認められているものの、紅海南部はその領域にはいっておらず、多国籍軍もイエメンやエリトリア領海に入って活動することには躊躇している59)。

――――――――――――――――――52)恵木、前掲書、2014、p.57。53)竹田いさみ 『世界を動かす海賊』、筑摩書房、2013、p.119。54)宮田律 『過激派で読む世界地図』、筑摩書房、2011、p.137。55)高野秀行 『謎の独立国家 ソマリランド -そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』、本の雑誌社、2013、p.246。

56)宮田、前掲書、2011、p.138。57)同上、p.137。58)竹田、前掲書、2013、p.113。59)宮田、前掲書、2011、pp.134-135。

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

国際社会はソマリア海賊に対し、これまでのところ効果的な対応ができていない。 以上、ソマリア型B(海賊)は表 6のように示される。

④ボコハラム型 ボコハラムとはナイジェリア周辺に拠点を持つテロ組織であり、2014年 4 月に同国北東部ボルノ州で270人以上の女子生徒を拉致したことで一躍有名となった。同 5月には同じく北東部で少女 8人を再び拉致している60)。米国は無人、有人の偵察機などを送り込んで生徒たちの捜索に協力していたが、国防総省の幹部らはナイジェリア側がこうした支援を活用する態勢にないとして、ナイジェリア軍や同政府の指導力に懸念を示していた。また、フランスのオランド大統領は拉致事件後、この問題に対処するため安全保障サミットを主催した。ナイジェリアと同国に隣接するベナン、チャド、ニジェール、さらに米英両国とEUが参加し対応しているが成果は上がっていない61)。 テロ組織は国家に加え、国境管理が不十分な場所にも巣食い真空地帯を形成する62)。ボコハラムはISISと同様、ナイジェリアをベースとしつつも真空地帯となった国境を経て近隣諸国にも活動を広げ、本年 5月にはニジェールのディファ(Diffa)地区でニジェール軍を待ち伏せしたり、同 7月にはカメルーン北部のコラファタ(Kolafata)において同国副首相の妻を誘拐した63)。同 8月にも前回拉致事件が発生したナイジェリア北東部ボルノ州で再び男女97人が拉致されたが、このケースについては2014年 8 月17日までにチャド軍がナイジェリア国境付近において85人の男性を救出している64)。――――――――――――――――――60)「ナイジェリア、再び少女拉致 12 ~ 15歳の 8人、イスラム過激派か」産経ニュース 2014.05.07  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140507/mds14050705570001-n1.htm(2014.09.25入手)61)「ボコ・ハラムに『宣戦布告』関係各国が協力態勢構築へ」CNN 2014.05.18  http://www.cnn.co.jp/world/35048051.html(2014.09.25入手)62)Stuart Elden, Terror and Territory. Antipode, Vol.39, No.5, 2007, p.826.63)New Atlanticist, As ISIS Upends States in the Mideast, Boko Haram is Doing the Same in Africa

  Governments and Media, Seized With Iraq-Syria Crisis, Are Paying Scant Attention in Nigeria.

  Atlantic Council. 2014.09.08  http://www.atlanticcouncil.org/en/blogs/new-atlanticist/as-isis-upends-states-in-the-mideast-boko-haram-is-

doing-the-same-in-africa(2014.09.25入手)64)「チャド軍、ボコ・ハラム拉致の85人救出」CNN 2014.08.17  http://www.cnn.co.jp/world/35052443.html(2014.09.25入手)

表 6 ソマリア型B

ソマリア型B(海賊)

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

◎ △ NO

活動国の単複

複 ×崩壊国家及び周辺海域

 国際社会による 多角的軍事行動

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恵 木 徹 待

 このようにこれまでゲリラ戦術を繰り返してきたボコハラムであるが、ISISの建国宣言直後に支持を表明してからはISISと同じような戦術を採り始め、2014年 8 月24日には自らの支配地域を「カリフ国」として建国宣言を行った。その背景にはボコハラムがISISの資金力に魅力を感じ、同組織へのすり寄りを見せているという指摘もある65)。しかし筆者は本稿でも述べているように、テロ組織の「国家」建設は十分に合理性のある彼らの戦略であると考えている。 2014年 9 月 8 日カメルーン政府はナイジェリアから国境を越えて侵入したボコハラムを軍が撃退したと発表した。ボコハラムの死者は100人にのぼっている66)。同10月にはナイジェリア政府はボコハラムとの停戦に合意したとの発表を行ったが、ボコハラムはこれを否定しており、本年11月10日に発生したナイジェリア北東部の高校の爆破(生徒48人が死亡)を始め、未だそのテロ活動は衰えを見せていない67)。 このボコハラム型が国際的関心を誘発したのは270人以上の大量の女子生徒の拉致であったが、北朝鮮による日本人拉致問題でも、更にはISISに拉致され殺害されたアメリカ人やイギリス人のケースでも同様であるが、拉致問題というだけでは長期に亘る国際的な関心、そして当該国における安全保障問題を誘発しない。昨今人間の安全保障なる概念が広まっているが国家が実際に軍事行動まで発動するのはやはり伝統的な安全保障事案であることがほとんどである。よって今後ボコハラム型が伝統的な安全保障事案であるISIS型に類似していくのか否かがボコハラム型の脅威を測る上での重要な指標となろう。 アルシャバーブと同様、ボコハラムも象牙の密輸から資金を得ていると言われている68)。この大規模密猟の首謀者は、30万人以上が虐殺され「世界最悪の人道危機」と言われたダルフール紛争の当事者であるスーダンの武装組織ジャンジャウィードだと疑われている。彼らは近隣のチャドや中央アフリカでも組織的密猟を行ってきたとされる69)。スーダン政府は否定しているが、このジャンジャウィードは同政府と結びついているとされており、一方で中国はスーダン政府を支援している。仮にではあるが、今後ボコハラムがチャドを越え、スーダンのジャンジャウィードと手を組むか、または逆にジャンジャウィードがボコハラムに接近した場合、スーダン政府や中国政府を巻き込み国際的危機を誘発する恐れは十分にある。そうなるとボコハラム型はISIS型に容易に変化すると考えられる。上記のとおりナイジェリアのテロ対策能力に難色を示した米国が、拉致された女子学生の捜索のため80名もの米軍地上部隊と無人偵察機「プレデター」をチャドに投入し、米兵の約半数は同機の運用を担当させ、

――――――――――――――――――65)「イスラム国:アフリカにも影響力 豊富な資金力も一因」毎日新聞 2014.09.02  http://mainichi.jp/select/news/20140903k0000m030120000c.html(2014.09.25入手)66)「カメルーン軍、ボコ・ハラム撃退 百人超死亡か」読売新聞2014.0909  www.yomiuri.co.jp/world/20140909-OYT1T50166.html(2014.09.11入手)67)「ナイジェリアの高校で自爆テロ、生徒ら48人死亡」TBS 2014.11.11  http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2346536.html(2014.11.11入手)68)Ashish Kumar Sen, op.cit.

69)「中国人の「象牙愛好」がアフリカ内戦を激化させている」産経ニュース 2012.09.23  http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120923/waf12092312010008-n2.htm(2014.11.17入手)

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

残る半数は地上の安全を確保させている70)。その背景には、ナイジェリアとスーダンの間に位置するチャドを米国が安全保障上の要衝と判断したということがあると筆者は見ている。 以上、ボコハラム型は表 7のように示される。

⑤ISIS型 ISISに関しては第1章でその活動目的や形態については述べたので、ここでは主に米国、米国への支持国及び米国に反対を表明した国のそれぞれの行動と思惑を中心にみていきたい。 2014年 8 月 7 日オバマ大統領はISISが活動するイラク北部への限定的空爆を承認した。続く同8日から10日までの 3日間米国はイラクへの空爆を行った。同 9月15日に各国首脳はパリに集まり、ISISへの対策は急務であることを強調し、「適切な軍事支援」を含め、「必要なあらゆる手段」を講じてISISと戦うイラクを支援していく構えを表明した71)。また同19日には国連安全保障理事会においてもイラク政府への支援を閣僚級会合で協議しISISを非難する議長声明を出した。同日、米国に続きフランスがイラクにおける空爆を実施した。また同24日にはオランダとベルギーもイラク空爆に参加する旨表明し、続いてドイツも北部クルド地域に軍事支援を行うことを決定した。 その後、ISISはイラクとシリアの両国に跨って活動を行っているため、イラクへの空爆だけではISIS壊滅には不十分であり、シリアへの空爆の必要性が議論に浮上するようになった。詳しくは後述するが、米国は1979年にシリアをテロ支援国家として認定して以来、これまで間断なく制裁を続けており72)、本稿の定義する「反米的国家」に合致する。 米国は同 9月22日、イラクに引き続き今度はその「反米国家」であるシリアにおける空爆を実施する。その一方で、前述した国連安保理においてロシアとイランは、米国によるシリア領内での空爆に反対姿勢を示した。イランのザリフ外相の代行として出席したアラグチ外務次官は「地域の窮状を救う真の主導権は地域内から出てくるべきものであり、地域の協調の必要」性を強調した73)。

――――――――――――――――――70)「チャドに米兵80人派遣、ナイジェリア拉致生徒の捜索へ」CNN 2014.05.22  http://www.cnn.co.jp/usa/35048271.html(2014.11.17入手)71)「対『イスラム国』のパリ会議、イラクへの軍事支援で一致」AFP 2014.09.16  http://www.afpbb.com/articles/-/3025945(2014.09.16入手)72)国枝昌樹 『シリア アサド政権の40年史』、平凡社、2012、p.121。73)「露・イランはシリア空爆反対、国連結束の困難さ浮き彫り 安保理がイスラム国非難声明」産経ニュー

ス 2014.09.20  http://sankei.jp.msn.com/world/news/140920/erp14092017580013-n1.htm(2014.09.26入手)

表 7 ボコハラム型

ボコハラム型

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

△ ○ YES

活動国の単複

複 △弱小国家(ナイジェリア)+近隣国家群

地域の集団安全保障

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恵 木 徹 待

 シリアにおける米国の軍事作戦にはバーレーン、ヨルダン、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦の 5か国も有志国連合として参加した。米国としては単独軍事行動ではない点を強調する意図がある。しかし、国連安保理決議も事前のシリア政府による要請もしくは承認も得られていない。ロシアのチュルキン国連大使は「国際的なテロ作戦には、主導国の了承もしくは安保理の承認が必要」だと述べている74)。 欧州の国々もイラク空爆の時とは明らかに異なる態度を取り始めた。イラク空爆を行ったフランスを始めドイツもシリア空爆には不参加の旨表明している。頼みの綱のイギリスでさえ、米国がイランとシリアに脅威を与えることに関しては、いかなる強制を受けても「協力することができない」と言明してきた。実は米国は以前にもシリア空爆に向けて動いた時があった。2011年に始まったシリア内戦について、オバマ大統領は軍事的に関与しない方針を堅持しながらも、もしシリア政府が化学兵器を使用すればそれは「レッドライン」を越えたことになる、と警告を発していた。そして2013年 8 月シリアで化学兵器が使用された疑いが強くなり、今回と同じく限定的な空爆を行うと表明した。ところが、国際政治における仲間と恃むイギリス政府が議会の反対にあって離脱してしまう。その影響もあり、その時はオバマ大統領は連邦議会での承認を得られなかった75)。イギリスが国家安全保障上の重要な首相判断を覆したのは、231年前に植民地米国の反乱を抑圧するための軍事行動を継続する動議が否決されて以来であるという76)。マンは以前から「アメリカがシリアかイランを攻撃するとすれば、つき従うのはイスラエルだけだろう。」と述べている77)。 以上、ISIS型は表 8のように示される。

第 4 章 ISISの特異性とその背景 これまでの 5つの型をまとめて示せば表 9のようになる。国際社会による対応で効果が挙がっていないのは、ソマリア型B(海賊)及びISIS型である。ともに資金面や人材面が充実しているテロ組織であるが、国際社会における行動において最も効果が上がっているアフガニスタン型の資金や人材面における指標はソマリア型B(海賊)及びISIS型には及ばないものの、――――――――――――――――――74)同上75)高木、前掲書、2014、pp.236-237。76)田中均 「シリア問題から透けて見える『世界の構造変化』米国の抑止力が低下するなか日本が目指すべき外交」DIAMOND ONLINE 2013.09.13 http://diamond.jp/articles/-/41793(2014.09.26入手)

77)マイケル・マン、前掲書、2004、p.316。

表 8 ISIS 型

ISIS 型

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

◎ ◎ YES

活動国の単複

複 ×弱小国家(イラク)+反米的国家(シリア)

米国と有志国連合による多角的軍事行動

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

ソマリアA型(テロリスト)及びボコハラム型よりは良いため、特にテロ組織の資金や人材が国際社会による対応を狂わせているとは断言できない。 次に、現代テロリズムにおける新しい傾向であるテロ組織による国家樹立の事実であるが、国家樹立を行った、もしくは国家建設を目指しているということ自体が国際社会による対応の効果に決定的な影響を与えたとまでは言い切れないため、ここでも明確な結論を得ることは難しい。 そこで活動国の位置づけという視点から改めてソマリア型B(海賊)とISIS型を眺めていたいと思う。他の 3つの型は親米国家や近隣国家群の協力が得られる、もしくは米国による軍事的行動に対する容認を得られやすい環境にあるのに対して、ISIS型はシリアという反米的国家が立ちはだかり、ソマリア型B(海賊)ではその国家群さえ無くなり、海賊の行動は広く自由になる。ソマリア型B(海賊)においては国際協調が進んでいるが、それは主権国家の領土から離れたところでの対処となるため、領土が行動拠点になることが多いテロ対策に比べ国際社会による協力が進みやすくなるためである。

 テロ組織は崩壊国家、失敗国家もしくは弱小国家に「巣食う」ことが知られているが、それのみでは不十分であり、加えて自由な逃げ場や隠れ家が広く存在することがテロ組織が存続する重要なファクターとなる。そして更に重要なことはいかに国際社会の一致団結した対応を乱すことができる箇所に逃げ込むかということである。より具体的に示せば、①当該反米的国家の同盟国もしくは友好国の思惑、②米国の同盟国の思惑、そして③当該反米的国家の国内事情の 3つが複雑に絡みやすい環境をいかに形成するかということになる。この③に関してはセイ

表 9

アフガニスタン型

ソマリア型A(テロリスト)

ソマリア型B(海賊)

ボコハラム型

ISIS 型

資金 人材国家建設を目指しているか

活動国の位置づけ 国際社会の対処方法 効果

NO

NO

NO

YES

YES

活動国の単複

×

×

失敗国家(アフガニスタン)+親米国家 (パキスタン)

崩壊国家

崩壊国家及び周辺海域

弱小国家(ナイジェリア)+近隣国家群

弱小国家(イラク)+反米的国家(シリア)

米国の単独軍事行動

米国の多角的軍事行動+周辺 6ヶ国による地域的安全保障

国際社会による多角的軍事行動

地域の集団安全保障

米国と有志国連合による多角的軍事行動

(2014 年 11 月 1 日現在)

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ルヤンも指摘している。しかし、テロ対策においては当該国の国内事情だけではなく、米国との関係性というファクターを入れて検証を行うことは不可欠となる。以下、各点につきみていきたい。 シリアの友好国であるイランのロウハニ大統領は2014年 9 月23日、今回の米国によるシリア空爆に対し「国連安保理決議か、シリア政府の軍事支援の要請が必要であり、たとえ多国連合であっても、法的承認がなければ侵略と捉えられる」と述べ、「国際法違反」であると非難した78)。イランは米国のアフガンにおける「トラウマ」をうまく援用した形であるが、その背後には今回の空爆によりシリアのアサド政権に対しても侵攻が及ぶのではないかというイラン側の危惧がある。 ロシアのラブロフ外相も同様の発言を行っている。この背景には何があるのか。米国ジョージメイソン大学のジャック・ゴールドストーン氏は「ISISはロシアにとっても脅威である一方、現在のロシアにとってはウクライナ問題が第一であり、中東情勢は第二である」と述べている79)。ロシアとしてはウクライナ問題に干渉してくる米国に対し、この場を借りて「反撃」を行っているのである。こうなると本件はもはやシリアと米国の関係ではなく、ロシアと米国の国際関係へと問題が昇華していると言える。このような国際環境の中ではいかにテロ組織対策であろうとも米国が単独で軍事行動を起こすのは非常に困難となる。その困難さたるやアフガン時の「トラウマ」の比ではない。 また、中国はこれまでISIS問題には沈黙を保っていたが、2014年 9 月27日、国連総会における一般討論演説において登壇した王毅外相は「国連安全保障理事会が主導的役割を十分に果たすべきだ」と述べている80)。実は中国はシリアの友好国であるイランと戦略的地域的パートナーシップを積極的に結ぼうとしており、ジョン・カラブレスはこれを「ナショナリズムを通じた親族関係(kinship of nationalisms)」と呼んでいる81)。中国がシリアにも擁護の声をあげるのは時間の問題であった。これで中国も対米合戦に「参戦」したことになり、中国・ロシア対米国の様相を呈している。パベル・コシュキンは、ISIS対応に関し、国際社会は各国が協力しつつもどこか独立した平行線を行っているように思える、我々にとって非常に重要なことは冷戦体制のゼロ・サムゲームを復活させないことだ、と述べているが82)まさに的を射た主張であり、現実問題として露呈し始めている。 このような国際関係を更に複雑としているのが欧州の反応である。イギリスを始め、米国によるイラク空爆を支持した欧州各国がシリア空爆を躊躇している背景にもこのウクライナ問題が存在する。欧州は、ロシアによるウクライナ・クリミア半島編入やウクライナ東部への軍事――――――――――――――――――78)「シリア空爆 イラン大統領『法的承認なければ侵略』と非難」毎日新聞 2014.09.24  http://mainichi.jp/select/news/20140924k0000e030229000c.html(2014.09.27入手)79)Pavel Koshkin, op.cit.

80)「シリア空爆を批判 中ロ外相」時事 2014.09.28  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140928-00000008-jij-n_ame(2014.09.28入手)81)John Calabrese, China and Iran: Partners Perfectly Mismatched. Middle East Institute, Aug. 18, 2006, P.1.82)Pavel Koshkin, op.cit.

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

介入を国際法違反と批判し、ロシアに対して制裁を行っている。ロシアは米軍のシリア空爆を違法と批判、安保理決議が必要と主張しており、欧州がシリア空爆に参加すればロシアにウクライナ介入を正当化する口実をあたえかねないという思惑がある83)。遅ればせながら2014年 9月26日にイラク空爆を議会が承認したイギリスも、シリアに関しては「複雑な問題」である(フィリップ・ハモンド外相)としているのはそうした事情を表している。 ミアシャイマーはシリアの複雑な国内事情を指摘した上で、そもそも米国はシリアに手をつけてはいけなかったと主張する。シリアでは、イラクのアルカイダ(AQI)との繋がりが指摘される「ヌスラ戦線」が、2011年以降、首都ダマスカスなどにおいて爆弾テロなどを続発させたほか、2012年アレッポ市西方に位置するシリア軍の基地を制圧するなどしてその活動を活発化させていた。こうした中、米国国務長官は2012年12月AQIに関する「外国テロ組織」指定を改定し「ヌスラ戦線」をAQIと一体であると位置付けた84)。しかしシリアはAQIなど国際的テロ集団に関する情報をこれまで米国に提供していたのだとミアシャイマーは述べている。そしてアサド政権を打倒することはシリアをテロ集団の天国とさせることになると主張する85)。マンも、シリアもイランも「アメリカを攻撃したことのある国際テロリズムを援助してはいない、パレスチナやレバノンの国家テロリズムを支援しているのは周知の事実だが、これらはあくまで反イスラエル抗争を行う組織であ」ると述べている86)。両者ともに米国が国際テロとシリア国内における国内テロを混同したことが間違いであったと指摘する87)。 更に米国側に「不安定な共振」が発生してくる。化学兵器事案である。米国はテロ組織対策に加えて、化学兵器事案によりもはや抑制が効かなくなっていた。米国は2013年 8 月シリアで化学兵器が使用された疑いが強くなり、今回と同じく限定的な空爆を行うと表明した。結果的にそれは見送られ、現在ではISISの打倒に目を向けているわけであるが、ロシアやイランが指摘するよう、アサド政権への攻撃の可能性も残されている。それはまさにISIS問題が誘発しているのがテロ問題だけではないからである。そして遂にCNNは2014年11月13日、米国のオバマ大統領が「ISIS撲滅のためにはイラクでの勝利だけでなくシリアの勝利も必要だ」、「シリアの政権移行を実現させてアサド政権を排除しない限り、ISISの掃討はできない」との認識の下、対シリア政策の見直しを行うよう国家安全保障チームに指示を出したと報じた88)。ISIS側としてはシリアにおける複雑な国内事情、そしてそれらに対する米国の不安定な態度を見透かしていたという推測も成り立つのである。 オバマ大統領としてはイラクからの撤退を決定し、中東からアジア太平洋へのシフトを目指

――――――――――――――――――83)「シリア空爆 欧州諸国 米国支持すれど参加にためらい」毎日新聞 2014.09.24  http://mainichi.jp/select/news/20140924k0000e030176000c.html(2014.09.27入手)84)公安調査庁 国際テロの脅威 国際テロリズム要覧85)John J. Mearsheimer, America Unhinged. The National Interest, January/ February 2014, P.16.86)マイケル・マン、前掲書、2004、p.315。87)同上、p.219。88)「米大統領、シリア戦略の見直し指示か ISIS掃討に誤算」CNN 2014.11.13  http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141113-35056506-cnn-int(2014.11.13入手)

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恵 木 徹 待

していた矢先の出来事であり、ISISへの、というより今後の米国外交方針全体の決定もしくは修正にかなり悩んでいたことは想像に難くない。米国の「ためらいや迷い」は当初からあらゆるところで感じられた。例えば、今回の空爆に至る間、米国はシリア領空内を無人機を使って偵察活動を行い、地上軍の投入は行っていない。しかし、これではテロリストを捕獲し聴取しないということになり、その後の戦闘の指針となる現場情報が得られない89)。そして今回のシリア空爆の決定の遅れはこの現場情報の欠如にあったことは指摘されている。最終的には米国内からの批判はもとより、テロ対策における米国の「義務感」そして国際社会からの「期待」という暗黙の圧力の影響もあってシリアへの強硬路線を続けることにしたのであろうが、パベル・コシュキンは、この空白期間にISISや他のテロ組織の能力は強化されてしまったと述べている90)。また、かつてオバマ大統領のシリア担当の特別顧問を務め、現在はワシントンのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」に属するフレデリック・ホフ氏も「もし 2年前に違う道を取っていたら、今よりはるかに良い状況にいたというのは説得力がある」と述べる91)。イギリス議会外交委員会委員長リチャード・オタウェイ氏も「 1年前に(イギリス)議会がシリア介入を否決したことがこの戦略を阻害した。これが中東に空白を生み、ISISが入り込んだ」と述べている92)。 ISISの特異な戦略は 2国間に跨った行動だけではなく、第 1章で述べたように外国人戦闘員の雇用・訓練もその大きな特徴であった。このような外国人、特に欧米人戦闘員がこの空白期間に十分に訓練されてしまった。これにより、今後中東におけるISISの勢力が弱められたとしても自国に帰って自国内でテロを起こす可能性が増した。このようなことを考えると、今回の米国の「ためらい」が引き起こした、米国そして国際社会へのつけは甚大であると言える。 以上のように、今回のシリアにおけるISISへの対処は全体的に中途半端な感が否めないが、米国にその迷いを生じさせたのは「ISIS以外の」国際情勢が大きかったと言っても言い過ぎではないであろう。これは、テロ組織の側に立てば、米国の攻撃を緩めるため、弱小国家(または失敗国家や崩壊国家)をベースに隣国に逃れる場合には、その隣国を起点または中継点として、より多くの大国(親米、反米を問わず)の利益や懸念が複雑に絡み合うよう誘発していくことが得策であるということになる。反米的大国が米国に反対し、米国の同盟国が米国との行動を躊躇するような、そしてNBC問題や国内テロ問題等が複雑に絡み合うような問題(群)を誘発させ、情勢によっては再び弱小国家(または失敗国家や崩壊国家)に逃げ隠れるという戦略、そこに目をつけたISISはこれまでの国際テロの形態とは異なる、初めてのテロ活動の様式であると結論付けることができるのである。――――――――――――――――――89)Audrey Kurth Cronin, The ‘War on Terrorism’: What Does it Mean to Win? Journal of Strategic Studies, Vol. 37,

No. 5, 2014, P.186.90)Pavel Koshkin, op.cit.

91)「焦点:米国がシリア反体制派へ軍事支援強化、『時すでに遅し』」ロイター 2014.09.11  http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0H60G920140911(2014.09.27入手)92)「ISISとの戦い、欧米に欠けているのは諜報活動だ」JBPress 2014.08.20  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41525(2014.09.28入手)

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

 さて一方で、今後のISISと国際社会の攻防を見通すとすれば、次に重要となるファクターは上記 3つ(①当該反米的国家の同盟国もしくは友好国の思惑、②米国の同盟国の思惑、そして③当該反米的国家の国内事情)に加えて④として、当該テロ組織が与える国際社会全体への影響、ということが挙げられる。田中は、ISISが今後更にヨルダン、レバノンへと攻勢を強めた場合、レバノン南隣のイスラエルをも砲撃するだろうと述べている93)。そうなると恐らく先日のパレスチナ・ガザへの攻撃のようにイスラエルは徹底的に応戦すると考えられる。同様に、ISISの勢力が拡大し、その被害を直接受ける国が増えてくれば国際社会における「共通利益」が形成され94)、主権国家間対立は短期的にはある程度解消されるので、第 1章で述べた「オール国際社会関係者VS海賊、もしくはテロ組織」といった構図が復活する。ニューズウィークはこのことを「ISISがけんかを売った敵の数の多さと力」と表現している95)。こうなると、主権国家の領土内において国家の建設を目論むISISは、海賊と異なり非常に不利な状況に置かれることになり、その段階をピークにだんだんと勢力が弱まりやがてISIS自体は崩壊に向かうことは十分考えられるだろう。スチュアート・エルデンが主張するように、非国家アクターが既存の主権国家群を攻撃すればこれらの国家群は対抗措置を発動し、徹底的に応戦する。これらはコロンビア、アフガニスタン、イスラエル等でこれまでに実証されていることでもある96)。 但し一方で、今後ISISが本件をアサド政権対米国という積年の国際問題へ完全に転化することに成功させた場合などには逆に長期に亘って活動を維持する恐れも十分にある。そうなると、「オール国際社会関係者VS海賊、もしくはテロ組織」どころか、完全に他の国際問題とすり替わってしまうので非常に厄介である。前述のとおり、最近の米国オバマ大統領の対シリア戦略の転換はまさにISISの問題がアサド政権打倒という問題に転化しつつあることを示している。

結語 以上、これまで第 1章においてISISの特徴、そしてこれまでの国際社会によるテロ組織対処の方法につき確認した。第 2章では先行研究を批判的に検証した上で、国家を樹立して国際社会の対応を乱そうとする新たなテロ組織に関する分析がこれまで不十分であったことを示し、続く第 3章では国家樹立を宣言したISISの他、ナイジェリアのボコハラム、そしてアルカイダやソマリア海賊も含めテロ組織のタイプを 5つに分け、ISISに対する国際社会の対応が不十分である背景につき検証した。第 4章ではその原因はISISがその活動範囲を 2国間に跨って設定していること、そして更にはそれは主権国家間闘争を複雑にする条件を多く含んでいることを突き止めた。 ISISが「これまでのテロ組織とは異なる」と評された時、その根拠となっていたのは資金力――――――――――――――――――93)田中宇 「中東分割時代の主役交代」2014.06.25  http://tanakanews.com/140625caliph.htm(2014.09.27入手)94)恵木、前掲書、2014、p.57。95)「ISIS国家への冷ややかな反応」『ニューズウィーク』 2014.07.1796)Stuart Elden, op.cit., 2007, p.831.

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恵 木 徹 待

や人材面、もしくは国家樹立をしたという事実、また彼らの残虐性というものであった。今回それらの前提となるISISの活動戦略を明らかにしたという点で本稿は今後のテロ対策や国際政治への理解に資するものであると考えている。いずれにせよ、ISISの登場はこれまでのテロ組織とも主権国家とも異なる、注目すべき「新しい存在、戦略」であることには違いない。 今後の課題としては、テロ対策における国際社会各国の「思惑」が複雑になりその対処において「平行線」を辿った時、どの段階で再び「一本の線」として国際社会はテロ集団に対峙できるのか、またそれ以前において主権国家の「思惑」が国際社会としてのテロ対策へ影響を与えないためには何が必要となってくるのか、こうした研究が更に必要になってくると思われる。上記諸点につき今後も更に鋭意研究を行っていきたいと考えている。

 ――――――――――――――――――文献Audrey Kurth Cronin, The ‘War on Terrorism’ : What Does it Mean to Win? Journal of Strategic Studies, Vol.37,

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(2014.09.21入手)Salehyan Idean, Transnational Rebels: Neighboring States as Sanctuary for Rebel Groups. World Politics, Vol.59,

No.2, 2007, pp.217-242.Jakub Grygiel, The Power of Stateless. Policy Review, April & May 2009, pp.35-50.ジェームズ・レスリー・ブライアリー(長谷川正国訳) 『国際法の展望および諸論稿』, 成文堂、2010。John Calabrese, China and Iran: Partners Perfectly Mismatched. Middle East Institute, Aug. 18, 2006.John J. Mearsheimer, America Unhinged. The National Interest, January/ February 2014, pp.9-30.Stuart Elden, Terror and Territory. Antipode, Vol.39, No.5, 2007, pp.821–845.高木徹 『国際メディア情報戦』、講談社、2014。高野秀行 『謎の独立国家 ソマリランド -そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』、本の雑

誌社、2013。ダグラス・ファラー(竹熊誠訳) 『テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って』、日本経済新聞社、2004。

竹田いさみ 『世界を動かす海賊』、筑摩書房、2013。多胡淳 『武力行使の政治学 -単独と多角をめぐる国際政治とアメリカ国内政治』、千倉書房、2010。坪内淳 「国際関係論はなぜ国家に沈黙するのか‐主権国家システムの永続性をめぐって‐」、山本武彦

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テロ組織『ISIS』の特異な戦略と主権国家体系への影響について

編著『国際関係論のニュー・フロンティア』、成文堂、2010、pp.82-111。寺谷広司 「内戦化する世界と国際法の展開」、『社會科學研究59巻 1 号』、2007、pp.105-132。マイケル・マン(岡本至訳) 『論理なき帝国』、NTT出版、2004。Mohamed Ibrahim, Somalia and global terrorism: A growing connection? Journal of Contemporary African Studies,

Vol.28, No.3, 2010, pp.283-295.守屋洋 『孫子の兵法』、産能大学出版部、2000。宮田律 『過激派で読む世界地図』、筑摩書房、2011。Rotberg, R.I., State Failure and State Weakness in a Time of Terror. The World Peace Foundation, 2003.Rotberg, R.I., The New Nature of Nation-State Failure. The Washington Quarterly, Vol.25, No.3, 2002, pp.85-96.

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恵 木 徹 待

The ‘New’ Terrorist Group, ISIS― Its Peculiar Strategy and the Effect on the Westphalia System ―

Tetsunaga Eki

 Islamic State of Iraq and Syria or ISIS becomes a threat to international society because of its unique

strategy. Previous studies reveal that terrorist groups easily tend to haunt failed or collapsed states. On

the other hand, however, sovereign states have dealt with the terrorists successfully in such a ‘vacuum

palace’so far. This is one of the reasons why ISIS has built their ‘state’ as countermeasures to the sovereign

states rather than haunt the existing states. Furthermore, also as the studies show, rebel groups gain the

more advantage in crossing over the national border to the neighboring state. Especially, in the field of

terrorism, whether such another state is more like anti-US state would be the key factor to analyze since

US is always a key actor in terrorism. If so then, it would stir international conflicts by which terrorists

could turn international interests into others, not them. Thus, international society still fails to deal with

ISIS effectively. As a result, ISIS can use its profound financial resources and organizing ability to the full

extent, which has been giving long lasting threat to the international society.

Keywords: Security issues, Strategie’s Terrorists, ISIS, Sovereign States、International Politics, US

Diplomacy