ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991...

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日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 手術により得た爪母より, explant culture, disper・ sed cell culture,およびゲル内での三次元的なex- plant cultureの3方法でヒト爪母細胞を培養した. Explant culture で はIV型コラーゲンをコートした シャーレ上でも無処理シャレー上でも初期には細胞は 同様に増殖したが,無処理シャーレでは細胞が早期よ り角化(細胞の大型化と脱核)した. Dispersed cell cultureではIV型コラーゲンをコートしたシャーレ とIV型コラーゲンをコートしたI型コラーゲソ膜上 でともに細胞は増殖したが, plating efficiency は前者 では約0.2%,後者では約0.5%であった.また前者で は角化が早く始った.無処理シャーレ上でも細胞は接 着したが増殖しなかった.培養経過中にコ・=・ニー内で 細胞が積み重なり,程度の差はあれ,ドーム状に盛り 上る現象が, explant culture, dispersed cell culture でみられた.ご=・ラーゲソゲル内での三次元的なex- plant culture では全方向に向かって細胞が出現し,樹 枝状に増殖した.電顕所見ではケラトヒアリン穎粒は みられず,コラーゲソ膜と細胞間に基底膜様構造もみ られなかった.培養細胞の抗毛ケラチソモノクp-ナ ル抗体を含む各種抗ケラチソ抗体に対する反応は,組 織爪母細胞と同様で,表皮基底細胞,表皮有辣細胞, 培養表皮細胞のいずれとも異っていた. 爪母細胞は表皮細胞や外毛根鞘細胞とほぼ同じ条件 でよく増殖し,表皮細胞とは異っだ性質を有すること がわかった. 爪は他の表皮付属器と同様に表皮細胞が特異に分化 をしたものと考えられる.近年,ヒト表皮付属器のう ち,外毛根鞘細胞1)~5)エクリン汗管細胞6)の培養法に ついては次々と報告されているが,調べえた範囲では ヒト爪母細胞の培養はみあたらない.私たちは手術で 得た爪母を被検対象として, explant culture, disper- 徳島大学医学部皮膚科(主任 武田克之前教授) 平成2年12月17日受付,平成3年9月6日掲載決定 別刷請求先:(〒770)徳島市蔵本町3丁目 徳島大学 医学部皮膚科 長江浩朗 中西 秀樹 武田 克之 sed cell culture,およびゲル内での三次元的なex- plant culture の三方法で爪母細胞の培養に成功し,そ の形態を観察した.また,培養された細胞の抗毛ケラ チソモノクローナル抗体を7)~9)を含む各種抗ケラチソ 抗体に対する反応も検索し,ヒト表皮細胞と比較検討 した. 被検対象および実験方法 1)対象および爪母採取法 陥入爪および指趾の悪性腫瘍患者17名(男子8名, 女子9名,13~80歳)を対象とした.検体は部分抜爪, 全抜爪にかかわらず,抜爪後,後爪郭を皮弁状に挙上 し,その下方にある白い部分(爪母)のみを直視下に 採取し,各種実験に供した. 2)培地および培養基質 2-1.培地 全ての実験に以下の培地を用いた. Eagle's MEM (Gibco CAT N0.410-1,500)に15% fetal calf serum (Gibco), lOng/ml epidermal growth factor (Toyobo), 4μg/ml insulin (Sigma), 0.1μg/ ml cholera toxin (Calbiochem), 0.4μg/ml hydrocortisone-21・hemi-succinate sodium slat (Sigma), 25mM Hepes buffer (Gibco), lOOU/mlペ ニシリンG(東洋醸造), O.lmg/ml硫酸ストレプトマ イシソ(明治)を加えた. 2-2.培養基質 外毛根鞘細胞の培養結果2)4)5)より判断し,培養基質 にはIV型・ラーゲソ,I型コラーゲソゲルを選択し た. 0.3%酸可溶性IV型こ=・ラーゲソ液(新田ゼラチソ) を4μ1/cm2あて径3.5cmプラスチタクシャーレ (NUNC)にのせ,ラバーポリスマンで一様に底面に拡 げ,室温殺菌灯下で1時間放置し乾燥させ,PBS(-) で30分リンス後,実験に供した.またI型コラーゲソ膜 (新田ゼラチン)も同様に処理した.I型コラーゲソゲ ルは荒瀬ら5)の方法に準じて以下のゲル溶液を氷水中 で作成し使用した. base gel : 0.3%酸可溶性I型コラーゲソ液8に通 常の10培濃度のEagle's MEM (CAT N0.410―1.500) とreconstitution buffer (2.2g NaHCO,, 4.7g Hepes in 100ml of 0.05N NaOH)をそれぞれ1の割合で混

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Page 1: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3)

長江 浩朗

ヒト爪母細胞の培養法

荒瀬 誠治

          要  旨

 手術により得た爪母より, explant culture, disper・

sed cell culture,およびゲル内での三次元的なex-

plant cultureの3方法でヒト爪母細胞を培養した.

Explant culture で はIV型コラーゲンをコートした

シャーレ上でも無処理シャレー上でも初期には細胞は

同様に増殖したが,無処理シャーレでは細胞が早期よ

り角化(細胞の大型化と脱核)した. Dispersed cell

cultureではIV型コラーゲンをコートしたシャーレ

とIV型コラーゲンをコートしたI型コラーゲソ膜上

でともに細胞は増殖したが, plating efficiencyは前者

では約0.2%,後者では約0.5%であった.また前者で

は角化が早く始った.無処理シャーレ上でも細胞は接

着したが増殖しなかった.培養経過中にコ・=・ニー内で

細胞が積み重なり,程度の差はあれ,ドーム状に盛り

上る現象が, explant culture, dispersed cell culture

でみられた.ご=・ラーゲソゲル内での三次元的なex-

plant culture では全方向に向かって細胞が出現し,樹

枝状に増殖した.電顕所見ではケラトヒアリン穎粒は

みられず,コラーゲソ膜と細胞間に基底膜様構造もみ

られなかった.培養細胞の抗毛ケラチソモノクp-ナ

ル抗体を含む各種抗ケラチソ抗体に対する反応は,組

織爪母細胞と同様で,表皮基底細胞,表皮有辣細胞,

培養表皮細胞のいずれとも異っていた.

 爪母細胞は表皮細胞や外毛根鞘細胞とほぼ同じ条件

でよく増殖し,表皮細胞とは異っだ性質を有すること

がわかった.

          緒  言

 爪は他の表皮付属器と同様に表皮細胞が特異に分化

をしたものと考えられる.近年,ヒト表皮付属器のう

ち,外毛根鞘細胞1)~5)エクリン汗管細胞6)の培養法に

ついては次々と報告されているが,調べえた範囲では

ヒト爪母細胞の培養はみあたらない.私たちは手術で

得た爪母を被検対象として, explant culture, disper-

徳島大学医学部皮膚科(主任 武田克之前教授)

平成2年12月17日受付,平成3年9月6日掲載決定

別刷請求先:(〒770)徳島市蔵本町3丁目 徳島大学

 医学部皮膚科 長江浩朗

中西 秀樹  武田 克之

sed cell culture,およびゲル内での三次元的なex-

plant culture の三方法で爪母細胞の培養に成功し,そ

の形態を観察した.また,培養された細胞の抗毛ケラ

チソモノクローナル抗体を7)~9)を含む各種抗ケラチソ

抗体に対する反応も検索し,ヒト表皮細胞と比較検討

した.

       被検対象および実験方法

 1)対象および爪母採取法

 陥入爪および指趾の悪性腫瘍患者17名(男子8名,

女子9名,13~80歳)を対象とした.検体は部分抜爪,

全抜爪にかかわらず,抜爪後,後爪郭を皮弁状に挙上

し,その下方にある白い部分(爪母)のみを直視下に

採取し,各種実験に供した.

 2)培地および培養基質

 2-1.培地

 全ての実験に以下の培地を用いた.

 Eagle's MEM (Gibco CAT N0.410-1,500)に15%

fetal calf serum (Gibco), lOng/ml epidermal growth

factor (Toyobo), 4μg/ml insulin (Sigma), 0.1μg/

ml cholera toxin (Calbiochem), 0.4μg/ml

hydrocortisone-21・hemi-succinate sodium slat

(Sigma), 25mM Hepes buffer (Gibco), lOOU/mlペ

ニシリンG(東洋醸造), O.lmg/ml硫酸ストレプトマ

イシソ(明治)を加えた.

 2-2.培養基質

 外毛根鞘細胞の培養結果2)4)5)より判断し,培養基質

にはIV型・ラーゲソ,I型コラーゲソゲルを選択し

た. 0.3%酸可溶性IV型こ=・ラーゲソ液(新田ゼラチソ)

を4μ1/cm2あて径3.5cmプラスチタクシャーレ

(NUNC)にのせ,ラバーポリスマンで一様に底面に拡

げ,室温殺菌灯下で1時間放置し乾燥させ,PBS(-)

で30分リンス後,実験に供した.またI型コラーゲソ膜

(新田ゼラチン)も同様に処理した.I型コラーゲソゲ

ルは荒瀬ら5)の方法に準じて以下のゲル溶液を氷水中

で作成し使用した.

 base gel : 0.3%酸可溶性I型コラーゲソ液8に通

常の10培濃度のEagle's MEM (CAT N0.410―1.500)

とreconstitution buffer (2.2g NaHCO,, 4.7g Hepes

in 100ml of 0.05N NaOH)をそれぞれ1の割合で混

Page 2: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1378 長江 浩朗ほか

Fig. 1 Nai】matrix cellsin an explant culture on collagen type IV-coated dishes.

 0n day 2,the cells appeared around the explanted nail matrices (A,×100). On

 day 6,the cells prolifelated and presented a paving stone-like arrangement

 (B,×40).

合した.

 top gel : base gel と培地を1対1の割合で混合し

た.

 3)培養方法

 3-1. explant culture

 IV型コラーゲンでコートしたシャーレで培養した.

対照には無処置シャーレを用いた.採取した検体を11

番のタスで細切し,シャーレにのせ,接着のため3~5

分間クリーソペソチ内で放置した後,培地を加え.

37℃,5%C02 in air のインキューベーター内で培養

した.

 3-2. dispersed cell culture

 IV型コラーゲンでコートしたシャーレおよびIV

型コラーゲンでコートしたI型コラーゲソ膜上で培養

した.対照には無処置シャーレを用いた.採取した検

体を11番のメスで可能な限り小さく細切し, 0.3%

trypsin十〇.05%ethylene diamine tetraacetic acid

(EDTA)/PAS(-)で37°C, 30~40分間処理した.血

清を加えて酵素を不活後,軽くピペッティングして得

られた細胞浮遊懸濁液を200g, 5分間遠心分離した.

沈流を培地で希釈し,ヘモサイトy一ターで分散した

細胞数を数え,1~3万/cm2の割合で植え込み37°C,

5%C02in air のインキュベーター内で培養した.

 3-3.コラーゲソ内での三次元的なexplant culture

 荒瀬らの方法5)に準じてcollagen gel cultureを

行った.径3.5cmのシャーレに水冷base ge1溶液を1

ml入れ, 37°Cでゲル化させ(base geに この上に細切

した爪母片を植え込み, top gel 溶液を1.5ml加え再び

Page 3: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

ヒト爪母細胞の培養法

On day 13,the Cel】swere densely packed, and large denucleated cells were seen

(C,×40).0n dav 28, the cells formed large epithelial sheats around the nail

matrices (D,×2) wtih focal dome-shaped growth (arrows).

37℃でゲル化させた.その上に培地を1.5m】注入し,

37°C, 5%C0,インキュペーターで培養した.

 なお全ての実験で培地は週2回交換した.

 4)培養細胞の観察,組織学的検討, plating

efficiency

 全ての実験で,培養細胞を日数を追って位相差顕微

鏡(日本光学)で観察し,適時写真撮影した. Dipersed

cell cultureでは,培養3~4日目に細胞を80%ノタ

ノールで固定後1%ギムザ染色し,細胞数4個以上の

コロニー-を数えplating efficiencyを計算した.また

IV型コラーゲンでコートしたI型コラーゲン膜上で

増殖した培養細胞コロニーを膜とともに10%中性ホル

ロリンで固定し,組織標本作成に準じて厚さ5ミクロ

ンの切片を作成,ヘマトキシリン・エオジン染色を行っ

1379

た.同時に2.5%ダルタールアルデヒド,1%オスミウ

ム酸で二重固定し型のごとく脱水,エポソ包埋した.

これらを超薄切後,酢酸ウランとクェン酸鉛で二重染

色し,透過型電子顕微鏡(日立HU-12HV)にて観察,

写真撮影した.

 5)免疫組織化学的検討

 IV型コラーゲンでコートしたI型コラーゲソ膜上

で培養した細胞コロニーをPBS(-)で2回洗浄後,-

20℃ノタノールで15分間固定風乾後, ABC法で各種抗

サイトケラチンモノクローナル抗体に対する反応態度

を観察した.対照としては,培養表皮細胞,正常爪ほ

組織を含む正常表皮を用トた.なお培養表皮細胞は手

術患者(38歳,男性)の大腿より採取した分層皮膚を,

桑名ら1す)方法で培養したものを川いた.抗ケラチソ

Page 4: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1380長江 浩朗ほか

Fig. 2 Nail matrix cells in a dispersed cell culture on collagen type IV-coated

 dishes. On day 3,colonies composed of a few polygonal cells were seen (A,×

 100).0n days 6 (B,X100)and 9 (C,×40),the cells gradually proliferateted and

 formed large colonies, however, large, irregular-shaped cells appeared. 0n day

 14, small polygonal cells almost disappeared, and were replaced by large,

 irregular-shaped and denucleated cells (D,×40).

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ヒト爪母細胞の培養法

Fig. 3 Nail matrix cells in a dispersed cell culture on a collagen type IV-coated

 collagen type l membrane. 0n day 3,colonies composed of a few small cells

 were seen (A,×40).0n day 9, the cells well proliferated and reached

 confluence, (B,×100), showing cell-to-cell attachment (B, inset,×200). On day

 13, the cells were densely packed. Individual cells were stillclearly seen (C,×

 40). On day 19 (D,×40), colonies kept a paving stone-like arrangement but

 partially became thickened. Large, flat and denucleated cells appeared, and

 individual cells were not clearly identified.

1381

Page 6: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1382 長江 浩朗ほか

Fig. 4 Histological appearance on day 19. The cells focally piled up about ten

 layers (H. E.,×200).

Fig. 5 Electron micrograph of cultured nail matrix cells on collagen type l

 membranes on day 19. The cellswere multilayered and linked each other by

 desmosomes. Neither keratohyalin granule nor basal lamina-like structure were

 seen (×10,000).

抗体は角化型のRKSE60 (ケラチン番号10, Bio-

Sience),特殊型のK8.12(ケラチソ番号13,16, BioMa-

kor),単層上皮型のLP34(ケラチン番号6, 18, Da-

kopatts)とPKK2(ケラチソ番号7, 16, 17, 19,

LabSVStem)を使用した10)

 また同じ検体を用いて免疫蛍光抗体法で抗毛ケラチ

Page 7: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

ヒト爪母細胞の培養法

Fig. 6 Nail matrix cells in a collagen type l gel matrix. 0n day 4,the cells

 gradually proliferated and formed spike-like structures that radiated into gel in

 various directions (A,×100).0n day 10, the spikes elongated and enlarged, and

 amorphous materials were seen at the base of the spikes (B,×100).0n day 19,

 cellular growth ceased (C,X100).

1383

Page 8: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1384 長汀 浩朗.Iまか

Fig. 7 Immunohistological and immunocvtological reactions for HKN-5. The

 immunoflourescence appeared in the upper cell layers of the sectioned nail

 matrix A、 ×200……but the epidermal kerationcvtes showed no reaction プB、×

 200 . Most of the cultured nail matrix cells showed positive reaction :で、×200 .

 but the cultured epidermal kerationcvtes were negative l゛D、×200。。

Page 9: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

ヒト爪母細胞の培養法

ソモノクローナル抗体(新潟大学皮膚科学教室,伊藤

雅章先生らより供与)に対する反応を観察した.田沢

らの方法7)に準じて,一次抗体としてHKN-5, HKN

-6,二次抗体としてFITC標識ウサギ抗マウスグロブ

リン抗体(Dakopatts)をPBS(-)で希釈し,室温

30分間反応させ,ニ●ソX2F-EFD2落射蛍光顕微鏡で

観察した.

           結  果

 1.eχplant culture

 IV型コラーゲンをコートしたシャーレ上でも無処

理シャーレ上でも初期に同様の細胞増殖がみられた

が,コントロールの方が角化の開始が早く,増殖も早

く停止した.以下にIV型コラーゲンをコートした

シャーレでの経過を示す.

 培養2日目には,すでに爪母周囲に細胞がわずかな

がら出現し(Fig. lA),以後,漸次増殖した.6回目

では,コロニーは植え込んだ爪母全周に敷石状配列を

示しながら増殖拡大した(Fig. IB).個々の細胞は多

角形で大きな核を有し表皮の基底細胞に類似している

(Fig. lA, B). 13日日ではコロニーはさらに拡大して

いるか中央部で細胞密度が非常に高くなり一部で細胞

の重層化,細胞の大型化や,核の消失がみられる(Fig.

lC).なお,この細胞はIV型コラーゲンでコートした

シャーレ上で4週以上増殖し,一部で細胞がpile up

し,ドーム状に盛り上る現象もみられた.この盛り上

りは肉眼でも識別でき,植え込んだ爪母片よりも大き

くなる場合もあった(Fig. ID).

 2. dispersed cell culture

 IV型コラーゲンをコートしたシャーレとIV型コ

ラーゲンをコートした1型コラーゲソ膜の両方で細胞

の増殖がみられたが,前者では角化の開始が早かった.

無処理シャーレ上でも培養直後は細胞がある程度接着

したが,以後増殖しなかった.以下にその経過を示す.

IV型コラーゲンを=・-トしたシャーレ上では,培養3

日目には数個の小型の多角形細胞よりなるこJpニーを

形成し(Fig. 2A), 6日目(Fig. 2B), 9日目(Fig.

2C)とコ・=・ニーは細胞間接着を保ちながら増大してゆ

くが漸次不整形の大型細胞も出現する.14日目にはコ

ロニーの増殖はほぽ停止し,初期にみえた小型の細胞

はほとんど消失,不整形大型細胞がさらに増加し,脱

核した細胞コロニーから剥離する細胞もみられる

(Fig. 2D).

 IV型コラーゲンをコートしたI型コラーゲソ膜上

では3日目にやはり小型の多角形細胞よりなるコp

1385

ニーを形成する(Fig. 3A).以後コロニーは細胞間接

着を保ちながら(Fig. 3Bわく内),9日目(Fig. 3B),

13日目(Fig. 3C)と増殖しコソフルエソトになり漸次

細胞密度が高まる.19口目でも不整形大型細胞はほと

んどみられず特有の敷石状配列が保たれているが,一

部で細胞は重層化し,不整形大型細胞,脱核細胞も出

現し,全体が無構造物質で覆われたようになり,個々

の細胞の区別がっきにくくなった(Fig. 3D).なお

plating efficiencyはIV型コラーゲンでコートした

シャーレ上では0.2%~0.3%, IV型コラーゲンでコー

トしたI型コラーゲソ膜上では約0.5%であった.

 膜上で19日間培養した細胞コロニーの断面像では1

~2層の細胞が密につまっている部と,一部では約十層

に重層した部が認められこの部では核の消失した細胞

が上層部にみられた(Fig. 4).電顕でみると細胞は数

層に重層化し,細胞間はデスモソームで結合している.

コラーゲン膜と細胞間に基底膜はみられず,ケラトヒ

アリソ穎粒もみられなかった(Fig. 5).

3.コラーゲングル内での三次元的なexplant

cluture

 培養4日目には植え込んだ爪母片よりあらゆる方向

に向かって細胞が出現し,一様に広がるのではなく,

突起をつくり樹枝状に伸びはじめた(Fi&6A).以後

突起は漸次太くなりつつ伸長し.10日目には樹枝状突

起基部に無構造物質がみられた(Fig. 6B). 19日目に

は増殖はすでに停止し,ほとんどの突起の表面が脱核

した細胞や無構造物質で覆われている(Fig. 6C).

 4.抗ケラチン抗体に対する反応

 Table 1に示すように,培養細胞は単層上皮型の

LP34, PKK2で陽性と,組織爪母細胞と同様の反応を

示した.また培養表皮細胞はK8.12に対して陽性に反

応したが培養細胞は陰性と異った反応を示した.

 抗毛ケラチンモノクローナル抗体に対しては,

HKM・5には組織爪母細胞は爪甲に近い層で反応し

(Fig. 7A),組織表皮細胞は反応しなかった(Fig.

7B).爪母よりの培養細胞では反応するものが多くみ

られたが(Fig. 7C),培養表皮細胞は反応しなかった

(Fig. 7D). HKN-6でも組織爪母細胞は同様の反応を

示したが,培養細胞は反応しなかった.

          考  察

 ヒト爪母細胞を種々の方法で培養した.培養に際し

て,検体は全て手術時に得たものを用いたが,そのほ

とんどが趾由来(特に第1趾の陥入爪による爪囲肉芽

腫手術検体)であったため真菌や,時に細菌に汚染さ

Page 10: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1386                      長江 浩朗ほか

Table l Immunohistochemical and immunocytochemical examinations using various types of monoclonal

 anticytokeratin antibodies

         anticytokeratin antibodymaterial(human)        keratin numberRKSE60

 (10)K8バ2(13, 16)

 LP34(6,18)

   PKK2

(7, 16, 17, 19)

HKN-5 1 HKN・6

 (hard keratin)

epidermal keratinocytesinbasal celllayer - + + 十 - -

squamous cell layer + - 十 - - -

nail matrix cells - - + 十 十 +

cultured nail matrix cells - - + + + -

cultured epidermal keratinocytes - + 十 + - -

れているものが多く,培養に移せたものは採取した検

体の約半数であった.

 個々の培養法について検討すると, explant culture

では無処理シャーレでも初期には細胞の増殖がみられ

たが,角化(細胞の大型化と脱核)が早く出現して,

コロニーの増殖が早期に停止し,IV型コラーゲンを

コートしたシャーレで細胞の増殖が良好であった.細

胞の形態や増殖様式は表皮細胞や外毛根鞘細胞のex-

plant culture とほぼ同じであったが,増殖した細胞の

コロニー内に肉眼でも識別できる大きさで細胞がpile

upし,ドーム状の盛り上りを形成した.この現象は程

度の差はあれIV型コラーゲンでコートしたI型コ

ラーゲソ膜でのdispersed cell cultureでも認められ

た.上記のような局所的な変化は表皮細胞培養ではあ

まりみられず,爪母細胞培養に特異的な変化と推察し

た.

 Dispersed cell cultureでは無処理シャーレ内で細

胞は増殖せず,IV型コラーゲンをコートしたシャーレ

とIV型コラーゲンをコートしたI型コラーゲソ膜で

のみ細胞が増殖した.IV型コラーゲソ上では皮膚表皮

細胞11)12)もヒト外毛根鞘細胞2)3)も接着,増殖が促進さ

れることが報告されており,爪母細胞でもほぼ同様の

結果であった.コラーゲンが上皮系細胞の増殖,分化

を促進する機序としては,培養細胞に基底膜をつくら

せる能力を持つこと,細胞を直接培養皿に植え込んだ

ときに起こる扁平化,伸展による体積の増大を防ぎ,

培養細胞に元の形態,体積を保たせることなど13)1‘)が

考えられている.

 IV型コラーゲンをコートしたI型コラーゲソ膜で

はさらに良好な結果が得られた.この時のplating

efiieiencyは約0.5%と比較的高率で,これはIV型コ

ラーゲンを培養基質とした場合の外毛根鞘細胞の

plating efficiency"とほぼ同じで, 3T3細胞feeder

layer法を用いたヒト皮膚表皮細胞のplating

efficiency(0.1~1.0%)15)とも一致する.また,増殖も

IV型コラーゲンでコートしたシャーレ内よりもはる

かに良好で,角化も遅延した.培地中に浮遊するロラー

ゲン膜上で細胞の増殖がより良好な理由として,膜の

柔軟性により細胞が形を変えることができること,膜

の裏側からも栄養を吸収できること13)などが言われて

いる.

 コラーゲングル内でのexplant cultureでは多方向

に爪母細胞の樹枝状増殖がみられた.荒瀬ら5)はヒト

抜去毛包を同様の方法で培養し,同じ突起状の外毛根

鞘細胞の増殖を観察し,その理由として各種のregula・

tionから解放された外毛根鞘細胞が次々と分裂し,あ

らゆる方向に突起状組織を構築しながら増殖すると推

論している.

 電顕所見ではケラトヒアリン穎粒はみられなかっ

た.これはin vivoでの爪母細胞の特性と一致す

る17)18)しかし今回と同じ方法で培養した外毛根鞘細

胞,表皮細胞のコロニーにみられた基底膜様構造はみ

られなかった.

 抗ケラチソ抗体による検索では組織爪母細胞は表皮

基底細胞とも有鯨細胞とも異った反応を示した

(Table l).爪母より培養された細胞も組織爪母細胞

と同じ反応で,培養表皮細胞とはK8.12に対する反応

が異った.また抗毛ケラチソモノクローナル抗体に対

しては,組織表皮細胞は反応しないのに対し,組織爪

母細胞は爪甲に近い部分が反応した.培養表皮細胞で

も反応する細胞はみられなかったが,爪母よりの培養

細胞は反応するものが多くみられた.このことにより

培養された細胞はハードケラチンを有することが証明

された.検体を採取した部位に毛由来の細胞が存在す

ることは考えにくく,爪母細胞が培養されたものと考

た.

Page 11: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

ヒト爪母細胞の培養法

 爪母より得られた培養細胞はヒト表皮細胞やヒト外

毛根鞘細胞とほぼ同じ条件でよく接着,増殖し,表皮

細胞とは異った性質を有することが実証された.今後

の問題点としては,細菌,真菌による汚染に対する対

策と陥入爪などで得られる少しの検体より効率よく細

胞を増殖させうる条件をみつけることと思われる.純

粋な爪母細胞が多量に得られれば,爪の分化,爪特異

ケラチンの発現機序などについてより簡単に,生化学

                         文

  1)桑名隆一郎,荒瀬誠治,定本靖司,武田克之:Hair

   folliclecellとepidermal keratinocyteの相違点

   について,日皮会誌, 100 : 163-168, 1990.

 2)桑名隆一郎,荒瀬誠治,定本靖司,中西秀樹,武田

   克之:Hair folliclecellsの培養法(II),西日皮

   膚,50 : 271-276, 1988.

 3)桑名隆一郎,荒瀬誠治,定本靖司,中西秀樹,武田

   克之:Hair folliclecellsの培養法(Ill),西日皮

   膚,50 : 432-438, 1988.

 4) Kuwana R, Arase S, Sadamoto Y, Takeda K:

   A new method for culturing human hair follicle

   cells on floatingmixed collagen membranes, /

   Z)□wαtol,17 : 11-15, 1990.

 5)荒瀬誠治,定本靖司,加藤昭二,藤江建志,中西秀

   樹,武田克之:ヒト抜去毛包のコラーゲソゲル内

   培養.日皮会誌, 100 : 879-882, 1990.

 6) Pedersen PS : Primary culture of epithelial

   cells derived from the reabsorptive coiled duct

   of human sweat glands,IRCSMedSci, 12 :

   752-753, 1984.

  7)田沢敏男,伊藤雅章,清水直也,伊藤 薫,佐藤良

   夫:抗毛ケラチソ単クローソ抗体(HKN-5,

   KHN-6, HKN・7,HKN・8)による正常ヒト成長期

   毛組織の免疫組織化学的研究.日皮会誌,95 :

   1153-1157, 1985.

  8)ltoM,Tazawa T,Shimizu N,et a1: Cell

   differentiationin human anagen hair and hair

   follicles studied with anti・hair keratin mono-

   clonal antibodies, / InvestDermatol,86:

   563-569, 1986.

  9)伊藤雅章,田沢敏男:抗ケラチンモノクローナル

   抗体の付属器腫瘍診断への応用.臨皮,43 :

1387

的また分子生物学的アプローチが可能になると考え

た.

 抗毛ケラチンモノクローナル抗体を御提供いただいた新

潟大学皮膚科学教室,伊藤雅章,田沢敏男,伊藤 薫各先生

に深謝いたします.

 また,本論文に関する研究費は,その一部を日本リディア

オリリー協会研究助成金(表皮細胞研究班)によった.謝意

を表したい.

   604-609, 1989.

 10)北島康雄:中間径フィラメントの基礎と腫瘍診

   断.臨皮,43 : 217-225, 1989.

 11) Murray JC, Stingl G, Kleinman HK, Martin GR,

   Katz SI : Epidermal cells adhere preferen・

   daily to type IV (basement membrane) col-

   lagen, J Cell Bioね80: 197-202, 1979.

 12)高橋 元,吉里勝利,黄金井康己,内沼栄樹,塩谷

   信幸:ヒト表皮細胞培養におけるコラーゲンの影

   響,日形会誌,3 : 566-567, 1983.

 13) Emerman J,Piterka DR : Maintenance and

   induction of morphological differentiation in

   dissociated mammary epithelium on floating

   collagen membranes, In Vitro 13 : 316-328,

   1977.

 14) Yang J,Nandi S : Growth of cultured cells

   using collagen as substrate, 瓦りi!g Qた・481:

   249-286, 1983.

 15) Rheinwald JG, Green H : Serial cultivator! of

   strains of human epidermal keratinocytes : The

   formaton of keratinizing colonies from single

   cells, Cell. 6 : 331-344, 1975.

 16) Michalopoulos G, Pitot HC, Primary cultures of

   parenchyinal liver cells on collagen membranes,

   Ex* CellRes. Wヅフ0-78,1975.

 17)鈴木順夫:爪母の発生,成長と再生,形成外科,

   31 : 94-102, 1988.

 18) Hashimoto K : Ultrastracture of the human

   toenail : Cell migration, keratinization and for・

   mation of the intercellular cement,Arch Derm

   Forsck, 240: 1-22, 1971.

Page 12: ヒト爪母細胞の培養法drmtl.org/data/101121377.pdf日皮会誌:101 (12), 1377-1388, 1991 (平3) 長江 浩朗 ヒト爪母細胞の培養法 荒瀬 誠治 要 旨 手術により得た爪母より,

1388 長江 浩朗ほか

Culture of Human Nail Matrix Cells on Collagen Type IV and in a Collagen Matrix

      Hiroaki Nagae, SeijiArase, Hideki Nakanishi and Katsuyuki Takeda

      Department ofDermatology,SchoolofMedicine,The Universityof Tokushima

       (Received December 17,1990;acceptedforpublicationSeptember 6,1991)

  We succeeded in culturing human nail matrix cells (NMC) either as explant outgrowth or dispersed cell

culture, on collagen type IV and in acollagen type lgel matriχ. Surgically excised nail matrices from fingers or toes

were cut into very small pieces and then either transferred to explant cultures or enzymatically treated to obtain

dispersed cells.

  In an explant culture, NMC grew out within 2 days after implantation both in the presence and absence of

collagen type rv and continuously proliferated for more than 2 weeks. finally making laroe epithelial sheats around

inoculated materices. However, the enlargement and denucleation, suggesting a differentiation of the cells.

occurred much earlier on uncoated dishes than on the collagen type 】フV,

  Dispersed NMC well proliferated only on collagen type IV. 0n a collagen type IV-coated collagen type l

membrane, NMC showed better growth and more delayed terminal differentiation than on collagen type IV・coated

dishes. Plating efficiency was also higher on the membrane of about 0.5% than on the dish of abO ut 0.2%. During the

culture the cells focally piled up and formed dome-shaped foci in the colonies・

  In a collagen matrix, NMC started growing within 2 days after innoculation. They gradually proliferated and

formed spike-like structures that radiated into the gel in various directions for 2 to 3 weeks.

  Electron microscopic studies of the cells on the collagen type IV membrane showed no keratohyalin granule

formation, as in the tissue nail matrix cells. No basal lamina-like structure was formed. Immunohistological and

immunocytological examinations using anti-hair keratin monoclonal antibodies suggested that the cells cultured

here contained keratinocytes originated from the nail matrix.

  (Jpn J Dermatol 101: 1377~1388,1991)

Key words: nail matriχ cells, culture, collagen type IV, collagen type l gel, anti-cytokeratin monoclonal

        antibodies