心室中部閉塞性肥大型心筋症に 心尖瘤を伴った症例 · 第13回 心室...

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106 レジデント 2012/12 Vol.5 No.12 レジデント 2012/12 Vol.5 No.12 107 福田恵一(ふくだ けいいち) 慶應義塾大学医学部 循環器内科 教授 1983 年 慶應義塾大学医学部卒業。1990 年 慶應義 塾大学医学部 助手,1991 年 国立がんセンター研究 所 細胞増殖因子研究部 留学,1992 年 ハーバード大学ベスイスラエ ル病院 留学,1995 年 慶應義塾大学医学部 助手,1999 年 同 講師, 2005 年 同 再生医学 教授を経て,2010 年より現職。 本連載では,慶應義塾大学病院循環器内科で実際に行われたカンファレンスのなかで面 白い症例,興味深い症例を紹介していきます。実際の議論の様子をそのままお伝えして いきます。その臨場感を感じながら,楽しく,かつ勉強になるコーナーにしていきたい と考えています。 木村謙介(きむら けんすけ) 慶應義塾大学医学部 循環器内科 講師 1993 年 北海道大学医学部卒業。1997 年 慶應義塾 大学 循環器内科 助手,2001 年 済生会宇都宮病院 循 環器内科 副医長,2005 年 慶應義塾大学 循環器内科 特別研究助手, 2008 年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 留学,2010 年 慶應義 塾大学医学部 循環器内科 助教を経て,2011 年より現職。 司 会 監 修 参 加 者 第 13 回 心室中部閉塞性肥大型心筋症に 心尖瘤を伴った症例 〔専門医〕 〔学生〕 〔受持医〕 〔研修医〕 〔専修医〕 今回取り上げた心室中部閉塞性肥大 型心筋症に心室瘤を伴った症例は,左 室心尖部瘤をキーワードに,まず鑑別をどう行 うかを考え,さらに疾患の特徴を把握したうえ で,その治療法について多角的に検討してみま 症 例:48 歳・男性 主訴:動悸 現病歴:45 歳時より高血圧で投薬されていた。 1 年前,資格試験の不合格通知を見た際に初め て胸部圧迫感を自覚したが,その際は数分で軽 快。それから数日後の朝,自転車で坂道を走行 中に胸部絞扼感を自覚し,近院の ER を受診。 採血,心電図検査の結果から,急性冠症候群の 疑いがみられ,緊急冠動脈造影を施行。明らか な冠動脈病変は認めないものの,左室造影で心 尖部の瘤の形成と左室中部の閉塞所見を認め, たこつぼ心筋症と診断。入院となり,抗凝固療 法とβ遮断薬(アーチスト ® 5 mg)を開始。 既 往歴:20 歳代で X 線像で心拡大を指摘され る。その他,45 歳で高血圧と橋出血,47 歳 す。鑑別では,左室造影における独特な所見か ら,たこつぼ心筋症が鑑別に挙がります。さら に,致死性不整脈を合併することから,不整脈 に対する治療の他,不整脈を引き起こす瘤や閉 塞起点そのものに対する治療に関しても検討し で躁鬱病を発症。 生活歴:喫煙は脳出血で入院する 5 年前まで 1 日 30 〜 40 本,飲酒は連日焼酎を 1 日に 2 合。 家 族歴:特記すべきことなし ていきます。 introduction 症 例 脚注:1 急性冠症候群,2 冠動脈造影,3 左室造影 はじめに :今回は診断を考えるうえで面白い症 例をピックアップしてみました。肥大 型心筋症に,心尖部の瘤を伴う症例です。 それでは症例のプレゼンテーションを,担 当オーベンの先生からお願いします。 受持医:症例は 48 歳の男性で,主訴 は動悸です。現病歴は,45 歳時より 高血圧で投薬されていました。1 年前,夜に資 格試験の不合格通知を見た際に,初めて胸部圧 迫感を自覚しましたが,その際は数分で軽快し ました。それから 4 日後の朝,自転車で坂道 を走行中に胸部絞扼感を自覚し,近院の ER を 受診されました。そこで採血,心電図検査を受 けた結果,ACS 1 の疑いがあるということで, 緊急 CAG 2 を施行されました。明らかな冠動脈 病変を認めませんでしたが,LVG 3 で心尖部の 瘤の形成と左室中部の閉塞所見が認められ,た こつぼ心筋症と診断されました。その後入院と なり,抗凝固療法とβ遮断薬(アーチスト ® 5 mg)を開始されました。 :ここまでのアナムネで何か質問のあ る先生はいますか? 前医では,経過か ら,臨床的にたこつぼ心筋症と診断,という流 れです。試験の不合格通知を見た際に初めて胸 部圧迫感が出現したようですが,この患者さん にとってこの試験の不合格というのは相当スト レスだったのでしょうか? 受持医:生計を立てていくうえで,この 資格試験は相当重要だったようです。 :その後に,自転車で坂道を走行中に 胸部絞扼感を自覚していますが,これ はどのぐらいの労作だったんでしょうか? 受持医:はい,頂上まで 300 m くら いの坂道を,いつも自転車で一気に駆 け上るのを日課にされていたようで,その日も 同じように一気に自転車で登りきった後に,胸 痛が起きたということです。 :300 m の坂道を全力で自転車で駆け 上った後,ということですか? 受持医:そうです。 :近院の ER を受診して,採血されて いますが,入院後の経過も含めて,心 筋逸脱酵素などはどうだったのでしょうか? 受持医:CK は 113 IU/l が 最 高 で し たが,トロポニンが 0.141 ng/l と軽 度上昇を認めていました。 :皆さんと,この症例を追体験しなが らみていきたいと思います。 当院搬送までのエピソード :急性期の心電図を出してください(図1)。 これは近院の ER に到着したときの急性 期の心電図です。急性期にしては,レートがそ んなに速くないですね。では解説してください。 受持医: 心拍数 75/ 分の正常洞調律で, 房室ブロックなどは認めず,明らかな 心房負荷も認めません。軸は左軸偏位,時計方 向回転を認めています。胸部誘導の V4 〜V6肢誘導のⅠ,aVL で T 波の陰転化を認めてお り,ST 部分はやや上昇しています。他はとく に QT の延長などはみられません。 :この心電図から,患者さんのどういっ た心臓の状態,病態が推測されますか? 受持医:エピソードと ST 変化があるこ とを兼ね合わせると,トロポニンも漏れ ていますし,不安定狭心症もしくは心筋梗塞に 至るような急性冠症候群が考えられます。 aVR aVL aVF V1 V2 V3 V4 V5 V6 図1 前医 ER 受診時 心電図所見:心拍数 75/ 分の 正常洞調律で,房室ブロックなど は認めず,明らかな心房負荷も認めま せん。軸は左軸偏位,時計方向回転を 認めています。胸部誘導の V 4 〜V 6 肢誘導のⅠ,aV L で T 波の陰転化を 認めており,ST 部分はやや上昇 しています。

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106 レジデント 2012/12 Vol.5 No.12

第 13 回 心室中部閉塞性肥大型心筋症に心尖瘤を伴った症例

レジデント 2012/12 Vol.5 No.12 107

福田恵一(ふくだ けいいち)慶應義塾大学医学部 循環器内科 教授1983 年 慶應義塾大学医学部卒業。1990 年 慶應義塾大学医学部 助手,1991 年 国立がんセンター研究

所 細胞増殖因子研究部 留学,1992 年 ハーバード大学ベスイスラエル病院 留学,1995 年 慶應義塾大学医学部 助手,1999 年 同 講師,2005 年 同 再生医学 教授を経て,2010 年より現職。

本連載では,慶應義塾大学病院循環器内科で実際に行われたカンファレンスのなかで面白い症例,興味深い症例を紹介していきます。実際の議論の様子をそのままお伝えしていきます。その臨場感を感じながら,楽しく,かつ勉強になるコーナーにしていきたいと考えています。

木村謙介(きむら けんすけ)慶應義塾大学医学部 循環器内科 講師1993 年 北海道大学医学部卒業。1997 年 慶應義塾大学 循環器内科 助手,2001 年 済生会宇都宮病院 循

環器内科 副医長,2005 年 慶應義塾大学 循環器内科 特別研究助手,2008 年 カリフォルニア大学サンディエゴ校 留学,2010 年 慶應義塾大学医学部 循環器内科 助教を経て,2011 年より現職。

司 会

監 修

参 加 者第 13 回

心室中部閉塞性肥大型心筋症に心尖瘤を伴った症例 〔専門医〕

〔学生〕

〔受持医〕

〔研修医〕

〔専修医〕

 今回取り上げた心室中部閉塞性肥大

型心筋症に心室瘤を伴った症例は,左

室心尖部瘤をキーワードに,まず鑑別をどう行

うかを考え,さらに疾患の特徴を把握したうえ

で,その治療法について多角的に検討してみま

症例:48 歳・男性

主訴:動悸

現病歴:45 歳時より高血圧で投薬されていた。

1 年前,資格試験の不合格通知を見た際に初め

て胸部圧迫感を自覚したが,その際は数分で軽

快。それから数日後の朝,自転車で坂道を走行

中に胸部絞扼感を自覚し,近院の ER を受診。

採血,心電図検査の結果から,急性冠症候群の

疑いがみられ,緊急冠動脈造影を施行。明らか

な冠動脈病変は認めないものの,左室造影で心

尖部の瘤の形成と左室中部の閉塞所見を認め,

たこつぼ心筋症と診断。入院となり,抗凝固療

法とβ遮断薬(アーチスト ®5 mg)を開始。

既往歴:20 歳代で X 線像で心拡大を指摘され

る。その他,45 歳で高血圧と橋出血,47 歳

す。鑑別では,左室造影における独特な所見か

ら,たこつぼ心筋症が鑑別に挙がります。さら

に,致死性不整脈を合併することから,不整脈

に対する治療の他,不整脈を引き起こす瘤や閉

塞起点そのものに対する治療に関しても検討し

で躁鬱病を発症。

生活歴:喫煙は脳出血で入院する 5 年前まで

1日30〜40本,飲酒は連日焼酎を1日に2合。

家族歴:特記すべきことなし

ていきます。

introduction

症 例

脚注:1 急性冠症候群,2 冠動脈造影,3 左室造影

はじめに

:今回は診断を考えるうえで面白い症

例をピックアップしてみました。肥大

型心筋症に,心尖部の瘤を伴う症例です。

 それでは症例のプレゼンテーションを,担

当オーベンの先生からお願いします。

受 受持医:症例は 48 歳の男性で,主訴

は動悸です。現病歴は,45 歳時より

高血圧で投薬されていました。1 年前,夜に資

格試験の不合格通知を見た際に,初めて胸部圧

迫感を自覚しましたが,その際は数分で軽快し

ました。それから 4 日後の朝,自転車で坂道

を走行中に胸部絞扼感を自覚し,近院の ER を

受診されました。そこで採血,心電図検査を受

けた結果,ACS1 の疑いがあるということで,

緊急 CAG2 を施行されました。明らかな冠動脈

病変を認めませんでしたが,LVG3 で心尖部の

瘤の形成と左室中部の閉塞所見が認められ,た

こつぼ心筋症と診断されました。その後入院と

なり,抗凝固療法とβ遮断薬(アーチスト ®5

mg)を開始されました。

:ここまでのアナムネで何か質問のあ

る先生はいますか? 前医では,経過か

ら,臨床的にたこつぼ心筋症と診断,という流

れです。試験の不合格通知を見た際に初めて胸

部圧迫感が出現したようですが,この患者さん

にとってこの試験の不合格というのは相当スト

レスだったのでしょうか?

受 受持医:生計を立てていくうえで,この

資格試験は相当重要だったようです。

:その後に,自転車で坂道を走行中に

胸部絞扼感を自覚していますが,これ

はどのぐらいの労作だったんでしょうか?

受 受持医:はい,頂上まで 300 m くら

いの坂道を,いつも自転車で一気に駆

け上るのを日課にされていたようで,その日も

同じように一気に自転車で登りきった後に,胸

痛が起きたということです。

:300 m の坂道を全力で自転車で駆け

上った後,ということですか?

受受持医:そうです。

:近院の ER を受診して,採血されて

いますが,入院後の経過も含めて,心

筋逸脱酵素などはどうだったのでしょうか?

受 受持医:CK は 113 IU/l が最高でし

たが,トロポニンが 0.141 ng/l と軽

度上昇を認めていました。

:皆さんと,この症例を追体験しなが

らみていきたいと思います。

当院搬送までのエピソード

:急性期の心電図を出してください(図1)。

これは近院の ER に到着したときの急性

期の心電図です。急性期にしては,レートがそ

んなに速くないですね。では解説してください。

受 受持医:心拍数 75/分の正常洞調律で,

房室ブロックなどは認めず,明らかな

心房負荷も認めません。軸は左軸偏位,時計方

向回転を認めています。胸部誘導の V4 〜 V6,

肢誘導のⅠ,aVL で T 波の陰転化を認めてお

り,ST 部分はやや上昇しています。他はとく

に QT の延長などはみられません。

:この心電図から,患者さんのどういっ

た心臓の状態,病態が推測されますか?

受 受持医:エピソードと ST 変化があるこ

とを兼ね合わせると,トロポニンも漏れ

ていますし,不安定狭心症もしくは心筋梗塞に

至るような急性冠症候群が考えられます。

aVR

aVL

aVF

V1

V2

V3

V4

V5

V6

図1 前医ER受診時

心電図所見:心拍数 75/ 分の

正常洞調律で,房室ブロックなど

は認めず,明らかな心房負荷も認めま

せん。軸は左軸偏位,時計方向回転を

認めています。胸部誘導の V4 〜 V6,

肢誘導のⅠ,aVL で T 波の陰転化を

認めており,ST 部分はやや上昇

しています。受