ロシアの農業・農政 - maff.go.jp...エン麦 4,187 1,617 3,001 431 1,162 1,917 2,422 657 697...

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ロシアの農業 農政 ロシアの農業農政 -穀物を中心として- 2012619農林水産政策研究所 長友謙治 内容 内容 1.ロシアの農業・農政 連崩壊後のロシア経済農業 2.2000年代におけるロシアの小麦 生産増加とその要因 連崩壊後のロシア経済農業 (2) ロシアの貿易 (3) ロシア農業の変化の構図 年代 縮小 生産増加とその要因 (1) 小麦の生産動向 (2) 小麦の単収増加要因の分析 無機肥料投入量増加要因分析 90年代縮小 2000年代の回復 (4) ロシアの農業生産の動向 無機肥料投入量増加要因分析 (4) 農業経営を巡る環境の改善 穀物輸出国ロシアの課題 生産概況 生産主体 農業経営に係る新たな動き 穀物輸出国ロシアの課題 (1) 品質の低さと輸出先の地域的偏り (2) 穀物供給の不安定性 穀物市場介入 (5) ロシアの農業政策 農業政策の基本的な枠組み 農業関係予算 穀物市場介入 穀物輸出規制 (3) 物流インフラの問題 穀物生産 流通 ストの上昇 (6) ロシアのWTO加盟 穀物生産流通ストの上昇 4.まとめ 2

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ロシアの農業 農政ロシアの農業・農政-穀物を中心として-

2012年6月19日

農林水産政策研究所 長友謙治

内容内容1.ロシアの農業・農政(1) ソ連崩壊後のロシア経済と農業

2.2000年代におけるロシアの小麦生産増加とその要因(1) ソ連崩壊後のロシア経済と農業

(2) ロシアの貿易

(3) ロシア農業の変化の構図

① 年代 縮小

生産増加とその要因(1) 小麦の生産動向

(2) 小麦の単収増加要因の分析

(3) 無機肥料投入量増加要因の分析① 90年代の縮小

② 2000年代の回復

(4) ロシアの農業生産の動向

(3) 無機肥料投入量増加要因の分析

(4) 農業経営を巡る環境の改善

3 穀物輸出国ロシアの課題① 生産概況

② 生産主体

③ 農業経営に係る新たな動き

3.穀物輸出国ロシアの課題(1) 品質の低さと輸出先の地域的偏り

(2) 穀物供給の不安定性① 穀物市場介入

(5) ロシアの農業政策① 農業政策の基本的な枠組み

② 農業関係予算

① 穀物市場介入

② 穀物輸出規制

(3) 物流インフラの問題

(4) 穀物の生産 流通 ストの上昇(6) ロシアのWTO加盟

(4) 穀物の生産・流通コストの上昇

4.まとめ

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1.ロシアの農業・農政

(1) ソ連崩壊後のロシア経済と農業

【ロシア経済の動向】

・ 実質GDP:90 98年に4割縮小

【ロシア農業の動向】

・ 実質農業生産額:90 98年に4割以上縮小・ 実質GDP:90-98年に4割縮小

・ 99年から08年は年7%の成長。

→ 07年に90年水準超え

成長の背景 石油価格の高騰

・ 実質農業生産額:90-98年に4割以上縮小

・ 99年以降回復するも、依然90年水準以下。

→ 耕種農業は08年に90年水準超え

→ 畜産業は90年の約6割水準・ 成長の背景=石油価格の高騰 → 畜産業は90年の約6割水準

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(2) ロシアの貿易

【貿易概況】

・ 大幅な輸出超過(08年2千億ドル黒字)【農水産物貿易】

・ 大幅な輸入超過(08年250億ドル赤字)大幅な輸出超過(08年2千億ト ル黒字)

・ 主要輸出品目は石油、天然ガス等。

・ 2000年代の石油価格高騰

→ 経済成長と石油依存の高まり

・ 大幅な輸入超過(08年250億ト ル赤字)

・ 品目別には、→ 経済成長と石油依存の高まり → 輸出超過は穀物等一部品目のみ。

→ 輸入超過が大きいのは、食肉、果実、飲料、野菜等。

・ 食肉の輸入額(08年72億ドル)は穀物の輸出額(同33億ドル)の2倍以上。輸出額(同33億ト ル)の2倍以上。

「安価な原料の輸出と高価な製品の輸入」

→ 「食料安全保障」論の背景

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(3) ロシア農業の変化の構図

① 90年代の縮小:ソ連時代の経済システムの崩壊 → 畜産で顕著

【ソ連】

消費者に対する安価な畜産物の供給 逆ざや価格(消費者価格<生産者価格)・ 消費者に対する安価な畜産物の供給 : 逆ざや価格(消費者価格<生産者価格)

・ 生産性の低い畜産で畜産物の国内供給を維持 ← 飼料穀物輸入、安価な資機材供給

【ロシア】

連時代の農業 食料政策の廃止 貿易の自由化・ ソ連時代の農業・食料政策の廃止、貿易の自由化

→ 畜産物価格の高騰 → 需要の縮小と輸入の増加 → 生産縮小

* 2000年代に入り畜産物需要が回復するも、前半までは輸入が生産回復を抑制。

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② 2000年代の回復:市場経済下における需要の獲得 → 穀物で顕著

【1990年代】

・ 市場経済移行に伴う混乱、畜産の縮小。

→ 穀物の需要 供給ともに縮小し 穀物純輸入国にとどまる→ 穀物の需要、供給ともに縮小し、穀物純輸入国にとどまる。

【2000年代】

・ 98年金融危機とルーブル切下げ、ロシア経済は成長軌道へ。

穀物の収益性と価格競争力の回復 生産増加と輸出市場の獲得 穀物純輸出国→ 穀物の収益性と価格競争力の回復 → 生産増加と輸出市場の獲得 → 穀物純輸出国へ

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(4) ロシアの農業生産の動向① 生産概況① 生産概況

【耕種農業】

総じて1990年代に収穫量が減少し、90年代後半を底として回復。

・ 穀物・豆類: 小麦の収穫量は顕著に増加。飼料穀物はトウモロコシを除き回復が進まず。

・ 工芸作物: ヒマワリの収穫量が顕著に増加。テンサイも90年代前半の水準を超える。

・ 馬鈴薯、野菜: 自給的生産が多いため収穫量の変化は比較的小さい。馬鈴薯、野菜 自給的生産が多 ため収穫量の変化は比較的小さ 。

・ 飼料作物: 牧草は畜産(牛)の縮小に伴う生産減少が継続。

第1表 主要耕種作物の収穫量(単位:百万トン)

1990-94 1995-99 2000-04 2005-09 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011

穀物・豆類 98.6 64.7 76.4 88.6 77.8 78.2 81.5 108.2 97.1 61.0 93.9

小麦 42.1 33.4 42.3 53.5 47.6 44.9 49.4 63.8 61.7 41.5 56.2

大麦 26.1 14.6 17.4 18.1 15.7 18.0 15.6 23.1 17.9 8.4 16.9

ライ麦 11.2 5.1 5.2 3.9 3.6 3.0 3.9 4.5 4.3 1.6 3.0

麦 11 3 7 1 5 9 5 2 4 5 4 9 5 4 5 8 5 4 3 2 5 3エン麦 11.3 7.1 5.9 5.2 4.5 4.9 5.4 5.8 5.4 3.2 5.3

トウモロコシ 2.0 1.5 1.8 4.2 3.1 3.5 3.8 6.7 4.0 3.1 6.7

豆類 3.2 1.4 1.7 1.6 1.6 1.8 1.3 1.8 1.5 1.4 2.5

工芸作物

テンサイ 24.3 15.0 17.1 26.9 21.3 30.7 28.8 29.0 24.9 22.3 46.3

ヒマワリ 3.0 3.4 4.0 6.5 6.5 6.7 5.7 7.4 6.5 5.3 9.6

大豆 0.6 0.3 0.4 0.8 0.7 0.8 0.7 0.7 0.9 1.2 1.7

馬鈴薯 35.0 33.9 28.6 28.7 28.1 28.3 27.2 28.8 31.1 21.1 32.6

野菜 10.0 10.6 11.1 12.1 11.3 11.4 11.5 13.0 13.4 12.1 14.7

飼料作物

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飼料作物

多年生牧草の干草 22.1 14.5 12.7 10.2 11.2 10.0 10.5 9.9 9.3 7.6 -

資料:ロシア連邦統計庁

* 耕種作物の収穫量増減の要因

[穀物・豆類]

・ 小麦、大麦: 総じて作付面積より単収が収穫量増減に大きく寄与。

・ ライ麦、エン麦、豆類: 総じて作付面積減少が収穫量減少に大きく寄与。ライ麦、エン麦、豆類: 総じて作付面積減少が収穫量減少に大きく寄与。

[工芸作物]

・ テンサイ: 2000年代の収穫量増加には作付面積より単収が大きく寄与。

・ ヒマワリ: 収穫量増加に対する作付面積増加の寄与がかなり大きいヒマワリ: 収穫量増加に対する作付面積増加の寄与がかなり大きい。

第2表 穀物・豆類及び工芸作物の収穫量増減に対する単収・作付面積増減の寄与度(単位:千トン)

1990-94年(①期)→1995-99年(②期) 1995-99年(②期)→2000-04年(③期) 2000-04年(③期)→2005-09年(④期)

収穫量増減

単収効果 面積効果重複効

収穫量増減

単収効

面積効

重複効

収穫量増減

単収効

面積効

重複効増減

単収効果 面積効果効果 増減 効果 効果 効果 増減 効果 効果 効果

穀物・豆類 ▲ 33,909 ▲ 22,640 ▲ 14,628 3,359 11,661 22,847 ▲ 8,266 ▲ 2,919 12,203 12,399 ▲ 169 ▲ 27

小麦 ▲ 8,631 ▲ 10,309 2,223 ▲ 545 8,880 11,023 ▲ 1,611 ▲ 531 11,167 7,067 3,513 587

大麦 ▲ 11,500 ▲ 7,782 ▲ 5,302 1,583 2,883 6,597 ▲ 2,556 ▲ 1,158 620 1,485 ▲ 797 ▲ 68

ライ麦 ▲ 6,113 ▲ 2,421 ▲ 4,707 1,016 132 1,285 ▲ 921 ▲ 232 ▲ 1,376 341 ▲ 1,612 ▲ 105

エン麦 ▲ 4,187 ▲ 1,617 ▲ 3,001 431 ▲ 1,162 1,917 ▲ 2,422 ▲ 657 ▲ 697 357 ▲ 994 ▲ 60

トウモロコシ ▲ 517 ▲ 479 ▲ 50 12 379 381 ▲ 2 ▲ 0 2,363 499 1,467 397

豆類 ▲ 1,828 ▲ 567 ▲ 1,531 270 263 589 ▲ 229 ▲ 97 ▲ 55 0 ▲ 55 ▲ 0

工芸作物

テンサイ ▲ 9 286 ▲ 3 176 ▲ 7 028 918 2 058 4 649 ▲ 1 979 ▲ 612 9 849 7 846 1 373 630テンサイ ▲ 9,286 ▲ 3,176 ▲ 7,028 918 2,058 4,649 ▲ 1,979 ▲ 612 9,849 7,846 1,373 630

ヒマワリ 436 ▲ 690 1,470 ▲ 344 611 356 230 24 2,541 1,070 1,160 311

大豆 ▲ 256 ▲ 136 ▲ 160 39 116 82 26 7 354 65 249 39

資料:ロシア連邦統計庁のデータから筆者算出.

注.「単収効果」については,例えば①期→②期の場合,「両期間の単収増減」×①期作付面積,同様に「面積効果」は「両期間の作付面積増減」×①期単収,「重複効果 は 期間 単収増減 作付 積増減 よ 算出

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「重複効果」は両期間の単収増減×作付面積増減によって算出.

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【畜産業】【畜産業】

・ 1990年代:畜産物の生産量が激減 ← 需要の減少と輸入の増加

年代 生産回復・ 2000年代:生産回復へ

← 経済成長・所得向上による需要回復

← 食肉の関税割当制度導入(2003年)による輸入抑制

* 家禽や豚では生産の回復が進むが、牛では遅れ。

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* 畜産業の生産回復と生産性の向上畜産業の生産回復と生産性の向

・ 家畜、家禽の生産性は総じて向上。

ブロイラ や採卵鶏を除くと生産性の水準は依然低い・ ブロイラーや採卵鶏を除くと生産性の水準は依然低い。

← 先進的な畜産経営を導入した企業とそれ以外の生産主体への二極化。

値 参考* 日本の値(参考)

1日増体重:去勢肥育もと牛0.72~1.08kg、純粋種豚710~870g、肉用鶏54g

乳用雌牛の年間(305日)産乳量8,000kg

採卵鶏の1羽当たり年間平均産卵個数:307個採卵鶏の1羽当たり年間平均産卵個数:307個

第3表 農業企業で飼養される家畜・家禽の生産性

1990 2003 2004 2005 2006 2007 2008 90-08増加率(%)

1日増体量(単位:グラム)

牛 423 383 384 414 433 440 450 6.4

豚 233 256 270 310 327 334 371 59.2

ブロイラー 22 40 41 43 45 45 46 106.8

乳 牛 1 頭 当 た り 年 間 産 乳 量乳 牛 1 頭 当 た り 年 間 産 乳 量

(単位:リットル)2,781 2,993 3,070 3,320 3,623 3,796 4,024 44.7

採 卵 鶏 1 羽 当 た り 年 間 産 卵 量

(単位:個)236 286 293 302 302 301 303 28.4

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資料:マネーリャほか

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② 生産主体:その類型と作目による住み分け

【農業企業】

コルホーズ等を継承した生産組織(2006年:約4万経営体、1経営体当たり平均農用地面積約2,400ha)

→ 穀物等の大規模土地利用型作目や養鶏で高いシェア。

近年 家禽肉 豚肉等 上昇 先進的な経営 導 生産性向上→ 近年、家禽肉、豚肉等でシェア上昇。先進的な経営の導入で生産性向上。

【農民経営】

コルホーズ等から独立した比較的大規模な個人経営(約15万経営体、同約140ha)

→ 穀物等の大規模土地利用型作目で農業企業に次ぐ 野菜等でもシェア上昇→ 穀物等の大規模土地利用型作目で農業企業に次ぐ。野菜等でもシェア上昇。

【住民副業経営】

農業企業従業員等による小規模な副業経営(約2千万経営体、約0.5ha)

→ 馬鈴薯 野菜や養鶏を除く畜産で高いシェア。豚肉ではシェア低下。→ 馬鈴薯、野菜や養鶏を除く畜産で高いシェア。豚肉ではシェア低下。

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③ 農業経営に係る新たな動き

【アグロホールディング】・ 主に農外資本が中心となり、複数の農業企業を傘下に収めて大規模に農業生産を行う経営形態。営形態。

・ 民間資本の農業への流入、新たな生産技術や効率的な経営の導入により、農業の資金制約の緩和や生産性の向上に寄与との指摘。

第4表 南部ロシアのトップ・アグロホールディング

連邦構成主体 アグロホールディングが連邦構成主体の農用地に占めるシ ア(%)

上位3アグロホールディング

面積連邦構成主体

体の農用地に占めるシェア(%)名称 面積

(千ha)

ロストフ州 9.4 1. Agrosoyuz "Yug Rusi" 200

2. Yugtrasitservis 120

3 ASTON 453. ASTON 45

ヴォルゴグラード州 11.6 1. MT-AGRO 150

2. GETEX 120

3. Gelio-Pax 78

1. Novaya Agralnaya sistema 120

スタヴロポリ地方 11.9 1. Novaya Agralnaya sistema 120

2. Agros 120

3. Agriko 100

クラスノダール地方 12.0 1. Agrocomplex 140

2. Agroholding "Kuban" 76g g3. AgroGuard 61

資料:FAO (原出典) Data of Rostov Institute of Agricultural Economics

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(5) ロシアの農業政策

① 農業政策の基本的な枠組み:2000年代後半に進んだ体系化① 農業政策の基本的な枠組み:2000年代後半に進んだ体系化

【農業発展法と農業発展計画】「農業の発展に関するロシア連邦法」(2006年12月29日付連邦法第264号)農業の発展 関する シア連邦法」( 年 月 日付連邦法第 号)

・ ロシア農政の基本法

・ 「農業の発展並びに農産物、農産原料及び食品の市場の規制に関する国家計画」

現行計画:2008年~12年、次期計画:2013年~20年(2012年内に策定予定)

・ 実行確保の仕組み

数値目標、施策 ← 計画を踏まえた予算の確保、連邦構成主体に対する助成

計 実施状 「農業発展計 実施状 係る 家報告 を毎年 表計画の実施状況 ← 「農業発展計画の実施状況に係る国家報告」を毎年公表

【食料安全保障ドクトリンと自給率目標】

「食料安全保障ドクトリン」 (2010年1月30日付政令第120号)

・ 各種農産物について自給率向上の数値目標

食肉 肉製品 上 牛乳 乳製品 上( 年実績 )→ 食肉・肉製品:85%以上、牛乳・乳製品:90%以上(2009年実績:71%、83%)

→ 政策手段:関税割当制度による輸入抑制と国内生産の振興

* 背景には食肉等の輸入増加と農産物貿易の大幅な輸入超過。

目標実現のための具体的な施策は農業発展計画等による・ 目標実現のための具体的な施策は農業発展計画等による。

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② 農業関係予算

【1990年代】 過度に自由主義的な農業政策と財政難

→ 「農業・漁業」予算の縮小と連邦予算のウェイトの低下(2割程度へ)

【2000年代】 06年以降連邦農業政策の拡充強化:「優先的国家プロジェクト」、「農業発展計画」

→ 支出総額に占める「農業・漁業」の割合の上昇。

→ 「農業・漁業」分野における連邦予算の割合の上昇(5~6割へ)。

* 融資利子助成が「農業・漁業」分野の連邦予算の過半(2010年約700億ルーブル)。

第5表 ロシア連邦の連結国家予算における農業・漁業関係支出額の推移(実績ベース)

1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 20021995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002

支出総額(単位:1995-97年1兆ルーブル,1998年以降10億ルーブル)

486.1 652.7 839.5 842.1 1,258.0 1,960.1 2,419.4 3,422.3

支出総額のうち「農業・漁業」(同上) 22.3 25.2 31.1 24.3 35.5 55.0 67.4 59.8

「農業・漁業」のうち連邦予算(同上) 7.0 8.5 9.9 4.7 8.8 13.4 23.7 27.8

支出総額に占める「農業・漁業」の割合(%) 4.6 3.9 3.7 2.9 2.8 2.8 2.8 1.7

「農業・漁業」に占める連邦予算の割合(%) 31.4 33.7 31.8 19.3 24.8 24.4 35.2 46.5

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

支出総額 3,964.9 4,669.7 6,820.6 8,375.2 11,378.6 14,157.0 16,048.3 17,616.7

支出総額のうち「農業・漁業」 68.1 78.6 78.6 110.8 146.4 238.3 279.1 262.3

「農業・漁業」のうち連邦予算 31.7 34.8 32.4 58.2 68.7 131.8 173.8 123.2

支出総額に占める「農業・漁業」の割合 1.7 1.7 1.2 1.3 1.3 1.7 1.7 1.5

「農業・漁業」に占める連邦予算の割合 46.5 44.3 41.3 52.6 46.9 55.3 62.3 47.0

資料:ロシア連邦統計庁「ロシア統計年鑑」及び「ロシアの財政」 ただし 2005年以降は予算項目の組替えが行われたため ロシア連邦出

14

資料:ロシア連邦統計庁「ロシア統計年鑑」及び「ロシアの財政」.ただし,2005年以降は予算項目の組替えが行われたため,ロシア連邦出納庁ウェブサイト所掲の決算書をも参照して筆者が数値を修正.

注.「支出総額」とは,ロシアの連邦,連邦構成主体,地方公共団体の財政支出(実績額)を重複を省いて集計した連結総額.

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(6) ロシアのWTO加盟

【経緯】

・ 18年に及んだ加盟交渉

1993年6月 加盟申請

2011年12月16日 WTO閣僚理事会がロシア加盟議定書を承認

【今後の手続き】

・ ロシアによる加盟議定書の批准

WTO閣僚理事会の加盟議定書承認日から220日以内WTO閣僚理事会の加盟議定書承認日から220日以内

→ ロシア連邦議会の可決と大統領の署名: 2012年7月23日まで

・ 加盟議定書の発効

ロシアによる批准の日から30日後

15

【合意内容抜粋】

関税引下げ* ( 終譲許税率) ウ ブサイ 所掲 数値・ 関税引下げ* ( 終譲許税率) *WTOウェブサイト所掲の数値

全品目平均 7.8% ← 10% (2011年)

農産品平均 10.8% ← 13.2%

工業品平均 7 3% ← 9 5%工業品平均 7.3% ← 9.5%

・ 農業補助金

2012年 上限90億ドル2012年 上限90億ト ル

2013年以降段階的に上限引下げ → 2018年44億ドル

・ 畜産物の関税割当制度・ 畜産物の関税割当制度

家禽肉・牛肉: 関税割当維持、関税率は現状並みないしそれ以上

豚肉: 関税率引下げ、2020年から関割廃止

第6表 ロシアの食肉関税割当制度:現行とWTO加盟後

家禽肉 豚肉 牛肉

現行 WTO 現行WTO

現行 WTO2019まで 2020

割当枠(千トン) 330 364 430 430 廃止 560 570

関税率

枠内25%

0.2ユーロ/kg以上25% 15%

0.25ユーロ/kg以上 0%25%

15%0.2ユーロ/kg以上 15%

枠外80%

0 7ユーロ/kg以上80% 75%

1 5ユーロ/kg以上 65% 50%1ユーロ/kg以上 55%

16

0.7ユーロ/kg以上 1.5ユ ロ/kg以上 1ユ ロ/kg以上

注.「現行」はベラルーシ・カザフスタン・ロシア関税同盟決定による2012年の割当枠及び関税率.「WTO」はWTO加盟議定書における合意内容であり,関税率は譲許税率.牛肉の割当枠は生鮮・冷蔵と冷凍の合計.

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ロシア連邦の経済地区

北方北西

中央

極東

中央

中央黒土

東シベリア西シベリア

ウラル沿ヴォルガ

北カフカス

ヴォルガ・ヴャトカ

注. 行政上の広域区分としては「連邦管区」が置かれているが、農業の地域比較には旧来の「経済地区」の区域分けが好適。

17

2.2000年代におけるロシアの小麦生産増加とその要因→ 地域差に留意して分析→ 地域差に留意して分析

(1) 小麦の生産動向【冬・春小麦別】【冬 春小麦別】

・ ロシアの小麦総収穫量は2000年代に大幅に増加:Ⅰ期 3,344万トン → Ⅲ期 5,149万トン

・ 小麦総収穫量の増加は主に冬小麦の収穫量増加によるもの。

・ 総収穫量の増加に対する寄与は 総じて単収増加の方が作付面積増加よりも大きい・ 総収穫量の増加に対する寄与は、総じて単収増加の方が作付面積増加よりも大きい。

18

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【経済地区別】

・ 小麦総収穫量増加に対する各経済地区の寄与

→ 北カフカス経済地区(冬小麦地域):寄与率4~5割

・ 北カフカスの小麦収穫量増加要因

→ Ⅰ期→Ⅲ期を通して見ると、単収の増加が作付面積の増加よりも大きく寄与。

* Ⅱ期→Ⅲ期には単収増加幅が縮小し、作付面積増加の方が大きく寄与。

19

(2) 小麦の単収増加要因の分析

【論点1】小麦平均単収の増加に対する寄与は、 「冬小麦作付面積割合の増加」(“適地適作化”)と 、

「冬小麦、春小麦の単収自体の増加」のどちらが大きいか?

【結論1】 適地適作化よりも単収自体の増加の寄与が大きい。Ⅰ期→Ⅲ期を通じた小麦平均単収の増加は0.65トン/ha。これに対する寄与率は、

冬小麦 春小麦の単収自体の増加: 72%冬小麦、春小麦の単収自体の増加: 72%冬小麦作付面積割合の増加: 14% (*残余は両者の重複分)

【論点2】冬小麦、春小麦の単収自体の増加要因は何か?→ Ⅰ期→Ⅱ期、Ⅱ期→Ⅲ期*の単収増減要因を分析。(*データの制約からⅢ期は2008年まで)

【分析手法】【分析手法】→ 北カフカスの冬小麦単収、西シベリアの春小麦単収を被説明変数、無機肥料投入量、気象

要因(降水量、気温)などを説明変数として重回帰分析。得られた回帰式を用いて、単収増加に対する各説明変数の寄与率を推計。

• 分析の留意点→ 「無機肥料投入」は、資機材投入面における改善を代表する指標との位置づけ。

分析結果の「小麦単収の増加に対する『無機肥料投入』の寄与」には、無機肥料以外の資機材投入面での改善(例 燃料や部品の調達が容易になり 農業機械の適時稼働が可能にな たこと)等の寄与面での改善(例:燃料や部品の調達が容易になり、農業機械の適時稼働が可能になったこと)等の寄与も含みうる。

20

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【結論2】小麦の単収増加要因は地域によって異なる。

① 北カフカス*の冬小麦単収

(*分析対象は、クラスノダール地方、スタヴロポリ地方、ロストフ州)

・ 単収増加要因としては、「無機肥料投入」の寄与率が高く、天候要因(降水量、気温)の寄与率は低かった。

・ Ⅰ期→Ⅱ期に比べⅡ期→Ⅲ期の単収増加幅が縮小した理由は?

→ 概ね天候要因で説明可能との分析結果。

* 「無機肥料投入」増加による単収の増加量は同程度。

* 天候要因は、Ⅰ期→Ⅱ期は改善し増収に寄与、Ⅱ期→Ⅲ期は悪化し減収方向に寄与。

第7表 北カフカスの冬小麦単収増加に対する各要因の寄与率分析

無機 料 単 増減推 単 増 実績無機肥料投入量

12-3月降水量 4-7月降水量 12-3月気温単収増減推計

値誤差

単収増加実績値

Ⅰ期→Ⅱ期の単収増加の要因分解(トン/ha) 0.5904 ▲ 0.0279 0.0106 0.1309 0.7040 0.0909 0.79

各要因の寄与率(%) 74 3 ▲ 3 5 1 3 16 5 88 6 11 4 100 0各要因の寄与率(%) 74.3 ▲ 3.5 1.3 16.5 88.6 11.4 100.0

Ⅱ期→Ⅲ期の単収増加の要因分解(トン/ha) 0.5891 ▲ 0.0003 ▲ 0.0955 ▲ 0.0611 0.4322 0.0773 0.51

各要因の寄与率(%) 115.6 ▲ 0.1 ▲ 18.7 ▲ 12.0 84.8 15.2 100.0

21

( )

注.筆者計算.単収増加要因としては,重回帰分析において係数が統計上有意とされた説明変数のみを採用した.

② 西シベリア*の春小麦単収② 西シベリア*の春小麦単収(*分析対象は、アルタイ地方、ノヴォシビルスク州、オムスク州)

・ 単収増加要因としては、天候要因の寄与率が高い。

→ Ⅰ期→Ⅱ期の単収増加、Ⅱ期→Ⅲ期の単収減少ともに、天候要因、とりわけ降水量によるところが大との分析結果。

・ 「無機肥料投入」については、単収増加に対する有意な寄与が認められなかった。

→ 西シベリアの無機肥料投入量は非常に少ない。

第8表 西シベリアの春小麦単収増減に対する各要因の寄与率分析

12-3月積算降水量 4-7月積算降水量 4-5月積算気温 単収増減推計値 誤差 単収増減実績値

Ⅰ期→Ⅱ期の単収増加の要因分解(トン/ha) 0.0824 0.1313 0.0109 0.2245 0.0873 0.31

各要因の寄与率(%) 26.4 42.1 3.5 72.0 28.0 100.0

Ⅱ期→Ⅲ期の単収減少▲ ▲ ▲ ▲ ▲

Ⅱ期→Ⅲ期の単収減少の要因分解(トン/ha) ▲ 0.0596 ▲ 0.0167 ▲ 0.0355 ▲ 0.1119 0.0036 ▲ 0.11

各要因の寄与率(%) 55.1 15.4 32.8 103.4 ▲ 3.4 100.0

注.筆者計算.単収増減要因としては,重回帰分析において係数が統計上有意とされた説明変数のみを採用した.

22

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*一様ではない生産財の投入状況

【無機肥料投入量】

・ 北カフカスで顕著に増加

← 高単収の冬小麦 輸出市場に近接

【農業機械台数】

・ 全国的に減少が続く

益率 が充 な← 高単収の冬小麦、輸出市場に近接

・ 西シベリアでは低水準

← 低単収の春小麦、販路確保に困難

← 収益率の水準が充分でない?

7 0

5.0

6.0

7.0

ロシア連邦平均

北カフカス平均

西シベリア平均

3.0

4.0

西シ リア平均

0 0

1.0

2.0

0.0

第11図 ロシアの穀物収穫コンバイン台数

(穀物作付地千ha当たり台)

23

資料:ロシア連邦統計庁,筆者計算.「北カフカス平均」,「西シベリア平均」については第10図と同じ.

(3) 無機肥料投入量増加要因の分析麦単収増加 生産財投 表 分析→ 小麦単収増加の生産財投入面における要因の代表として分析。

① 無機肥料投入量増加のパラドックス

・ 2000年代の無機肥料投入量増加は交易条件が悪化*する中で進行。*  交易条件悪化: 農産物価格に対する生産資材価格の相対的上昇

24

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② 交易条件悪化の中で無機肥料投入が増加した要因

仮説1: 「無機肥料等購入費補填」の効果?

【補填の仕組み】・ 農業生産者の無機肥料等購入費用の一部を連邦構成主体と連邦の予算で補助。農業生産者の無機肥料等購入費用の 部を連邦構成主体と連邦の予算で補助。* 補填の程度は連邦構成主体によって異なる。

【評価】・ 実質的な補填金額は年によって変動するが 無機肥料投入量は概ね一貫して増加・ 実質的な補填金額は年によって変動するが、無機肥料投入量は概ね 貫して増加

・ 小麦主要産地の連邦構成主体では、2005年と2008‐09年平均を比較すると、無機肥料価格の上昇倍率を上回って補填金額を増やしたところは少数派。

→ 総じて、交易条件の悪化をある程度緩和する効果はあるが、それだけで無機肥料投入量を増加させうるほどの規模ではないと見られる。

第9表 無機肥料等購入費補填の実績

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009

無機肥料等購入費補填金総額(百万ルーブル) 1 332 1 806 3 342 2 100 2 265 6 923 3 254 3 776 13 451 13 253無機肥料等購入費補填金総額(百万ル フ ル) 1,332 1,806 3,342 2,100 2,265 6,923 3,254 3,776 13,451 13,253

農業企業の無機肥料購入価格(ルーブル/トン) 1,201 1,786 2,350 4,353 6,580 7,932 9,836 11,737 22,610 18,549

補填金総額で購入可能な無機肥料の量(千トン) 1,109 1,011 1,422 482 344 873 331 322 595 714

資料:全ロシア農業問題情報研究所,ロシア連邦統計庁.「 補填金総額で購入可能な無機肥料の量」は,「無機肥料購入費補填金総額/農業企業の無機肥料購入価格」で計算格」で計算.

25

仮説2: 無機肥料過少投入の解消?

【仮説】

・1990年代

農業の交易条件の急激な悪化や金利

【概念図】

価格

農業 交易条件 急激な悪化 利の高騰等により、農業生産者は著しい収益性の低下と極度の資金制約に苦しみ、無機肥料投入量は激減して 適水準を下回っていた(無機肥料の限界生産物価

肥料の限界生産物価値

下回っていた(無機肥料の限界生産物価値>無機肥料価格)。

・1998年金融危機以後

農業の交易条件が一時期とはいえ改善され、金利水準も低下。農業生産者の収益性の改善や資金制約の緩和により、徐々に無機肥料投入の増加が可能と

肥料価格

徐々に無機肥料投入の増加が可能となった。

・2000年代適投入

過少投入

過剰投入

肥料投入量

年代

無機肥料の穀物に対する相対価格は再び上昇したが、無機肥料は過少投入状態で、投入量の増加によって費用以上の収入が得られたから 無機肥料投入量

入入 入

の収入が得られたから、無機肥料投入量が増加した。

26

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【裏付けが可能なこと】

・ ロシアでは、2000年代初頭には農業生産者の資金制約等から無機肥料が過少投入であったとする先行研究あり(リーフェルトほか)。

2000年代を通じて農業経営を巡る環境が大きく改善されたこと(収益性の改善 資金・ 2000年代を通じて農業経営を巡る環境が大きく改善されたこと(収益性の改善、資金制約の緩和等)。→ (4)で具体的なデータを示す。

【裏付けできないこと】【裏付けできないこと】

・ 現時点で無機肥料の投入がいかなる水準にあるか(過少投入かどうか)。

← 直接立証するデータを入手できない。

27

(4) 農業経営を巡る環境の改善

①収益率の改善

・ 農業企業の収益率*は、90年代に大幅に悪化したが、98年金融危機後に大きく改善。* 収益率=純利益/原価収益率=純利益/原価

← ルーブル下落を背景に農産物の価格引上げが可能となり、交易条件が大きく改善したため。

・ 2000年代後半: 交易条件は再び悪化が進んだが、収益率は徐々に改善。理由は?

28

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【農業企業の収益率と補助金】【農業企業 収益率 補助 】

・ 2000年代後半における農業企業の収益率維持・改善の背景→ 利益に占める補助金の割合が増加:過半が補助金→ 利益に占める補助金の割合が増加:過半が補助金

・ 収益率の水準→ 拡大再生産のためには30%以上の収益率が必要とされるが、農業企業全拡大再 産 以 収 率 必要 される 、農業 業体では、補助金込みでもこれに及ばない。

→ 無機肥料投入量は増えても、農業機械台数は減少を続けている原因か。

第10表 農業企業の総収益率(%)

1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 20091996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009

補助金込み(a)

▲20.5 ▲24.6 ▲29.2 7.9 6.4 8.8 0.2 2.9 10.4 7.8 9.9 17.2 15.3 9.7

補助金抜き(b)

▲28.5 ▲32.5 ▲36.7 1.8 2.2 4.4 ▲4.6 ▲1.9 5.3 2.1 2.6 8.1 2.7 ▲3.3

a-b 8.0 7.9 7.5 6.1 4.2 4.4 4.8 4.8 5.1 5.7 7.3 9.1 12.6 13.0

資料: ロシア連邦農業省. 「総収益率」とは,企業の事業活動全体の収益率.

29

【品目別の収益率】

[穀物] 変動は大きいが、総じて補助金抜きでも拡大再生産が可能な水準。補助金込み(2000-08年平均):39% 補助金抜き(2000-05年平均):30%

[豚肉] 2005年以降プラスとなったが、平均的には拡大再生産可能な水準以下。[豚肉] 2005年以降プラスとなったが、平均的には拡大再生産可能な水準以下。補助金込み(2005-08年平均):15%

[牛肉] 補助金込みでもマイナスの状態が継続。補助金込み(2005-08年平均):▲18%

30

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② 流動比率の改善

・ 収益率の改善を背景として企業の流動比率*も改善。* 流動比率=流動資産/流動負債

→ 2000年代後半には短期(運転)資金の借入れに支障のない水準に。

31

③農業企業の債務構成の正常化

【2000年代初頭まで】・ 金融機関以外に対する期限超過債務の累積(主に社会保険料や租税の延滞)・ 金融機関から融資を受けることが困難

【2000年代後半】・ 債務構成の正常化:期限超過債務の減少と金融機関からの融資の増加← 経営状況の改善+債務整理、利子助成融資等の政策による支援

32

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3.穀物輸出国ロシアの課題

(1) 品質の低さと輸出先の地域的偏り

・ ロシアの小麦輸出先は中東・北アフリカに集中:2009/10年度76%← 低タンパク質小麦の需要があり、価格・運賃でも優位。

33

* エジプト市場におけるロシアのシェアの固定化

・ エジプト市場では、ロシアは当初米国のシェアを奪う形で輸出を拡大→ 近年、ロシアのシェアは概ね3~4割程度で固定。

穀物輸出の更なる拡大には新市場開拓も必要・ 穀物輸出の更なる拡大には新市場開拓も必要。→ 小麦の品質向上は重要な手段。

34

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(2)穀物供給の不安定性

気象条件の厳しさによる穀物生産の不安定さや穀物生産の小麦への集中などから 小麦の供給過剰 価格下落と供給不足 価格高騰が繰り返されているが 有効なら、小麦の供給過剰・価格下落と供給不足・価格高騰が繰り返されているが、有効な対策は確立されているとは言えない。

【穀物 市場介入制度】【穀物の市場介入制度】

・ 政府機関が、供給過剰・価格下落時の買入介入、供給不足・価格高騰時の売渡介入を実施。

・ 大きく機能してきたのは、供給過剰・価格下落時の買入介入。特に販路確保が難しいウラル以東地域向け。→ 買入れ・在庫保管経費の大きさが問題。

【穀物の輸出制限】輸出関税の賦課、輸出禁止

・ 国内の穀物安定供給を 優先する政府と、輸出 優先の穀物輸出業者との間での調整は円滑でなく 需給実態以上に厳しい輸出規制が採られている面もの調整は円滑でなく、需給実態以上に厳しい輸出規制が採られている面も。

・ 政府による穀物需給実態の一層的確な把握、政府と穀物輸出業者との間における穀物需給に係る共通認識の醸成が期待される。

35

① 穀物市場介入

・ 基本的な仕組みは安定価格帯制度。・ 買入経費は実施機関である「統一穀物会社」に対し「ロシア農業銀行」から融資。

市場介入は「モスクワ銀行間通貨取引所 (商品取引所)において実施・ 市場介入は「モスクワ銀行間通貨取引所」(商品取引所)において実施。

第19図 小麦生産者価格・小麦粉消費者価格の推移と市場介入・輸出制限措置の発動状況(2006年~11年)(ルーブル/kg) (ドル/kg)

1 801.90  2.00  2.10  2.20  2.30  2.40  

1819 20 21 22 23 24 

ロシア小麦粉小売価格

ロシア小麦生産者販売価格(3級普通小麦)

米国小麦生産者販売価格(HRW)右軸

1.201.30  1.40  1.50  1.60  1.70  1.80  

1213 14 15 16 17 18  輸出関税

2007.11.12‐2008.6.30

売渡介入2007 10 29

買入介入2008.8.19‐2009.5.26

買入介入2009.11.2‐2010.4.19

輸出禁止2010.8.15‐2011.6.30

売渡介入2011 2 4

0.60  0.70  0.80  0.90  1.00  1.10  1.20  

6 7 8 9 10 11 12  2007.10.29

‐2008.6.302011.2.4‐2011.6.23

0.00  0.10  0.20  0.30  0.40  0.50  

0 1 2 3 4 5 

1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11

36

1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11

2006 2007 2008 2009 2010 2011

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* 2008/09年度~09/10年度の買入介入実施状況:裁量の強い運用と効果への疑念

【2008/09年度】 大規模の買入介入。3級食用普通小麦については、 低基準価格を二度引き上げて買入を実施。 ← ウラル以東地域から強い要請。

【2009/10年度】 穀物価格が更に低下したが、買入介入は前年度より小規模。← 財政負担や保管施設の制約か?

37

② 穀物輸出規制

・ 過去三度にわたる輸出規制の実施。・ 輸出規制を巡っては、連邦政府と輸出業界の間で駆け引き。→ 改善の余地はないのか?

【2007/08年度の場合】→ 輸出関税率が40%に引き上げられるまでの間に一年分の駆け込み輸出。

【2010/11年度の場合】【2010/11年度の場合】→ 想定以上に在庫があり、2011年春には、南部の小麦産地から「在庫が収穫の支障になる」として早期輸出再開の要請。

第11表 穀物輸出規制の実施状況

措置 対象品目 関税率 適用期間 備考

輸出関税 小麦・メスリン、ライ麦 0.025ユーロ/kg 2004.1.16 -5.1売渡介入実施2004.2.18-輸 税 麦 、 麦 g7.21

輸出関税小麦・メスリン

10%, 0.022ユーロ/kg以上 2007.11.12-2008.1.28売渡介入実施2007.10.29-2008.6.30

40%, 0.105ユーロ/kg以上 2008.1.29-6.30

大麦 30% 0 07ユーロ/kg以上 2007 11 12-2008 6 30大麦 30%, 0.07ユーロ/kg以上 2007.11.12-2008.6.30

輸出禁止小麦・メスリン、大麦、ライ麦、トウモロコシ、小麦粉、小麦・ライ麦粉

2010.8.15-2011.6.30(2011.1.1以降は、小麦粉及び小麦・ライ麦粉を除く)

干ばつによる不作

資料: ロシア連邦政令2003年12月11日第749号ほか

注.「メスリン」とは、小麦とライ麦の混合物

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(3) 不十分な物流インフラ

① インフラの不足・老朽化

【連邦農業省の見解】2010年時点

○穀物保管施設○穀物保管施設

・ 総容量118百万トン(うちエレベーター32.3百万トン)

・ 多くが1950‐70年代に建設され、70‐80%が老朽化。

穀物の生産量が(今後 年のうちに)年 百万ト に増えるとの想定の下 は・ 穀物の生産量が(今後10‐15年のうちに)年120-125百万トンに増えるとの想定の下では、2015年までにエレベーターの保管容量が20百万トン不足。

○ 穀物専用貨車○ 穀物専用貨車

・ 台数34.6千台(うち15.5千台は25年以上就役)

○ 輸出港湾の積替能力○ 輸出港湾の積替能力

・ 総計22-24百万トン/年(うち黒海沿岸のノヴォロシスク港が11百万トン)

・ 極東地域の港湾は穀物ターミナルがなく、貨車から船に直接積み替えるため効率が低い。

② 農業生産者レベルの保管施設の不足

→ ソ連時代の流通体制の名残。販売時期を選べず価格形成面で不利に。

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(4) 穀物の生産・流通コストの上昇

① ロシアの小麦価格と穀物の原価の関係

・ 小麦輸出価格、同生産者販売価格、穀物の原価とも上昇傾向。小麦輸出価格と小麦生産者販売価格との差は比較的安定・ 小麦輸出価格と小麦生産者販売価格との差は比較的安定。

・ 小麦生産者販売価格と穀物の原価との差は縮小傾向にあるように見える。

* 「穀物の原価」とは、「トウモロコシを含む穀物の販売原価」(補助金を含まない)。生産に要するコストだ

けでなく、販売経費(販売先までの輸送費等)も含む。小麦のみの原価は公表されていない。

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② 圧迫される農業生産者の収益率

・ 「流通・輸出業者の取分割合」*は上昇傾向 ← 輸送コストの上昇

*(小麦輸出価格-小麦生産者販売価格)/(小麦輸出価格-穀物の原価)

・ 「農業生産者の収益率」**は低下傾向 ← 生産コスト上昇と流通業者の価格引下げ圧力・ 「農業生産者の収益率」**は低下傾向 ← 生産コスト上昇と流通業者の価格引下げ圧力

**(小麦生産者販売価格-穀物の原価)/穀物の原価

・ 生産、流通コストの上昇は結局小麦輸出価格に反映

→ 価格競争力維持のため一層の生産性向上や流通の合理化が必要→  価格競争力維持のため 層の生産性向上や流通の合理化が必要

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③ 穀物の生産性向上とその課題:先行研究を踏まえた整理

・ ロシアの穀物生産における肥料投入の効率性の低さは概ね共通の認識。

・ 生産性向上の鍵は穀物単収の向上。無機肥料投入量の増加だけでなく、品種や栽培管理などの改善と適切に組み合わせた対応が重要。* 無機肥料投入の限界生産物価値が低く、欧米などと比べ相対的に少ない無機肥料投入量で 適水準に達してしまう可能性。 → 「肥料投入増加による単収増加」には早い時期に限界が来る可能性。

* この限界を先延ばしし、さらなる単収増加を実現するためには、穀物の品種改良や生産・経営管理の改善などに取り組み、無機肥料の限界生産物価値を引き上げなければならない。

・ ロシアにおける先進的穀物生産者:「クラブ・ゼルノー100」(*ゼルノー=穀物)

* 穀物単収:3.78トン/ha(その他の経営体では2トン/ha)

穀物生産全体に占める割合:生産量の9.9%、販売金額の14.5% (2006‐08年)

→ 経営管理や農業技術の改善による生産性向上の可能性が大きいことを示す反→ 経営管理や農業技術の改善による生産性向上の可能性が大きいことを示す反面、残る大多数の経営体における改善の難しさを示しているとも言える。

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4.まとめ

(1) ロシアの農業生産は、90年代には市場経済移行に伴う混乱の中で縮小したが、ロシア経済の復活とともに2000年代に回復。価格競争力を持ち、輸出市場を開拓できた穀物(小麦)の生産・輸出が増加する一方 生産性の劣る畜産の回復開拓できた穀物(小麦)の生産 輸出が増加する 方、生産性の劣る畜産の回復は遅れ、畜種により差。

(2) 2000年代における小麦生産増加の半分は北カフカスによる。生産増加の主要(2) 2000年代における小麦生産増加の半分は北カフカスによる。生産増加の主要因は単収増加であるが、要因には地域差があり、北カフカスでは無機肥料投入量に代表される生産財投入面の改善の寄与が大きいのに対し、西シベリアでは天候要因の寄与が大。無機肥料の価格が高騰する中でも投入量が増加した理由としては、90年代の厳しい資金制約に伴う無機肥料の過少投入を、2000年代に経営環境が改善する中で解消しようとしたことが考えられる。

(3) ロシアが今後穀物(小麦)輸出国として発展していくためには、品質の低さと輸出市場の制約、供給の不安定と対策の未確立、不十分な物流インフラ、生産・流通コストが上昇を続ける中での収益性の確保や価格競争力の維持等の課題を克服していく必要服していく必要。

(4) さらに、畜産物の自給率向上政策が穀物の輸出余力に及ぼす影響等も解明する必要る必要。

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