執行停止決定に対する即時抗告申立て事件 昭和 年 月 日 事件...

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執行停止決定に対する即時抗告申立て事件 昭和 46 年 5 月 10 日 事件番号:昭和 45(行ス)14 東京高等裁判所 裁判官:多田貞治、豊水道裕、上野正秋 <主文> ・原決定を取り消す。 ・相手方の主たる申し立てを、棄却する。 ・抗告人が相手方に対し、昭和 45 年 9 月 5 日付けでした「在留期間更新不許可処分」の続行処分として、 主任審査官が発付する退去強制令書にもとづく「強制送還の部分」の執行は、 本案(東京地方裁判所昭和 45 年(行ウ)第 183 号)判決の確定に至るまで、停止する。 ・相手方のその余の予備的申し立てを、棄却する。 ・申し立て、および抗告に関する費用は、これを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。 <理由> 抗告人は「原決定を取り消す。相手方の申請を却下する。手続き費用は全部、相手方の負担とする」、 および「相手方の予備的申し立てを却下する」との裁判を求め、その理由は、別紙(一)の(1)ないし(5)記載のとおりである。 相手方は「本件抗告を棄却する」、および予備的申し立てとして 「抗告人が相手方に対し、昭和 45 年 9 月 5 日付けでした在留期間更新不許可処分にもとづく、退去強制手続きの続行は、 東京地方裁判所(行ウ)第 183 号事件の判決の確定に至るまで、停止する」との裁判を求め、 その理由は、別紙(二)の(1)ないし(3)記載のとおりである。 右に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。 一.本件記録によれば、次の事実が疎明される。 すなわち相手方は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であって、 1958 年(昭和 33年)、ハワイ大学美術科(極東美術・日本美術専攻)を卒業し、ハワイ州で公立学校の教師等をした後、 「アジア平和奉仕団」の一員となっていったん韓国に渡ったが、 東京都千代田区(以下略)所在のベルリッツ・スクールの英語教師として勤務する目的で、 1 年間の予定滞在期間をもって、在韓国日本大使館発給の「査証」を取り付け、

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執行停止決定に対する即時抗告申立て事件 昭和 46年 5月 10日 事件番号:昭和 45(行ス)14 東京高等裁判所

裁判官:多田貞治、豊水道裕、上野正秋

<主文>

・原決定を取り消す。

・相手方の主たる申し立てを、棄却する。

・抗告人が相手方に対し、昭和 45年 9月 5日付けでした「在留期間更新不許可処分」の続行処分として、

主任審査官が発付する退去強制令書にもとづく「強制送還の部分」の執行は、

本案(東京地方裁判所昭和 45年(行ウ)第 183号)判決の確定に至るまで、停止する。

・相手方のその余の予備的申し立てを、棄却する。

・申し立て、および抗告に関する費用は、これを二分し、その一を抗告人の負担とし、その余を相手方の負担とする。

<理由>

抗告人は「原決定を取り消す。相手方の申請を却下する。手続き費用は全部、相手方の負担とする」、

および「相手方の予備的申し立てを却下する」との裁判を求め、その理由は、別紙(一)の(1)ないし(5)記載のとおりである。

相手方は「本件抗告を棄却する」、および予備的申し立てとして

「抗告人が相手方に対し、昭和 45年 9月 5日付けでした在留期間更新不許可処分にもとづく、退去強制手続きの続行は、

東京地方裁判所(行ウ)第 183号事件の判決の確定に至るまで、停止する」との裁判を求め、

その理由は、別紙(二)の(1)ないし(3)記載のとおりである。

右に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

一.本件記録によれば、次の事実が疎明される。

すなわち相手方は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であって、

1958年(昭和 33年)、ハワイ大学美術科(極東美術・日本美術専攻)を卒業し、ハワイ州で公立学校の教師等をした後、

「アジア平和奉仕団」の一員となっていったん韓国に渡ったが、

東京都千代田区(以下略)所在のベルリッツ・スクールの英語教師として勤務する目的で、

1年間の予定滞在期間をもって、在韓国日本大使館発給の「査証」を取り付け、

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昭和 44年 5月 10日、下関入国管理事務所・下関港出張所・入国審査官から、

「出入国管理令」(以下単に「令」という)4条 1項 16号、

「特定の在留資格および在留期間を定める省令」1項 3号の在留資格者として、

在留期間 1年の上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し、

さらに昭和 45年 5月 1日、抗告人に対し、英会話の教授と伝統的日本音楽を学ぶことを目的として、

1年間の在留許可の申請をしたところ、

抗告人は、同年 7月 29日、「出国準備期間」として在留期間 120日間(同年 9月 7日まで)の在留更新の許可をしたので、

相手方は、さらに同年 8月 27日、抗告人に対し、在留期間更新許可の申請をしたところ、

抗告人は、さきの在留期間更新の許可は、前記のとおり、出国準備のため与えたものであるが、その期間も相当であって、

これを更新する必要がないという理由で、

同年 9 月 5日付けで、本件在留期間更新の不許可処分(以下単に「本件不許可処分」という)をしたものである。

二.相手方は、主たる申し立てとして「本件不許可処分の効力」の停止を求め、

さらに予備的申し立てとして、本件不許可処分にもとづく、

令第 5 章の退去強制手続きのうち「相手方に不利益なもの」の続行の停止を求めるものである。

しかし裁判所が、「行政事件訴訟法」25条 2項により執行停止をするには、

まず相手方について、同項の規定する

「処分、処分の執行、または手続きの続行により生ずる、回復の困難な損害を避けるため、

緊急の必要があるとき」という積極的要件を具備する必要がある。

そこで、この点に関する相手方の主張について判断する。

(1)相手方は、

「本件不許可処分の効力」の停止を得られなければ、

令 24条 4号ロ該当者(以下単に「ロ該当者」という)として、令 29条による取り調べを受け、

また令 31条による臨検、捜索、および押収を受けるおそれがあり、

これらによって人権の侵害を受けるから、右積極的要件を具備すると主張する。

しかし、疎明によれば、「ロ該当者」については容疑事実が明白なので、右取り調べは比較的簡単で、通常 1日以内で終了し、

しかも、特別在留許可(令 50条)を希望すると思われる「ロ該当者」については、

右許可のための資料の収集をも目的とすることが、一応、認められる。

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したがって、右取り調べの程度では、まだ「右積極的要件を具備するもの」とは言えない。

また疎明によれば、「ロ該当者」に対する右令 31条による臨検、捜索、および押収は、

昭和 42年以降まったく行われていないことが一応認められるから、

本件にあっても、相手方に対し、かかる処分がなされていないことを推認するに難くないのみならず、

同条によれば、かかる処分をするには、裁判官の許可を必要とするものである。

したがって同条に、臨検、捜索、および押収に関する規定があるからといって、直ちに右積極的要件を具備するとは言えない。

(2)次に相手方は、

本件不許可処分に続いて行われる、令第 5章第 2節の「収容令書の発付」、

または同章第 4節の「退去強制令書の発付による収容」(以下単に「収容」という)を受ければ、

現在の勤務先である「財団法人・英語教育協議会」から解雇され、

これによって生計の途を断たれるのみならず、英語教師としての教育活動も中絶し、

他方、右協議会およびその生徒に対し、著しい損害、ないし迷惑をかけることになり、

そのため、右協議会から損害賠償を請求されるおそれがあるから、右積極的要件を具備すると主張する。

しかし、収容されることにより、右協議会から解雇されるおそれがあり、

そのために、いったん収入の途を絶たれることがあり得るとしても、出所後の再就職が著しく困難であるとは考えられず、

また、現在の段階においては、収容期間が相当長引くであろうことを前提として、

右の点を判断することが相当であるとも考えられない(この点については、さらに後に述べる)から、

右主張は理由がない

(なお相手方の陳述書中には、

相手方は、かつて米国に在住の某が、自分と別段深い付き合いもなかったのに、自分の経済的窮状を救ってくれたことがあり、

そのほか同人に対しては、人格の面でも深い感動を受けたことがあり、同人が来日を希望するところから、

同人に対し、来日のための費用の提供を約束したが、

自分が収容されると、右の者が、約定の提供を受けられなくなる旨の記載がある。

しかし、前記積極的要件を満たすために必要とされる「回復の困難な損害」は、

申立人に生ずる損害を指称すると解すべきであるから、右の某に生ずる損害自体は、これに当たらないこと明らかであり、

また相手方が、右の約束を履行してやれないことによる

「自己の精神的苦痛」のことを含めて主張しているものと解するとしても、

「相手方が前記費用の提供を約束した」という某の氏名、および提供する金額等について、

具体的な主張も疎明もないのであるから、右主張も、相手方に回復の困難な損害を生ずるとすることは、困難である)。

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(3)さらに相手方は、英語教師の余暇を利用して、琵琶および琴の勉学をし、

これによって、日本文化の貴重な伝承者、または研究者となることを念願としている者であるが、

収容されると右勉学が挫折し、右念願を達成し得ないこととなると主張する。

なるほど、疎明資料によると、相手方は来日前から、我が国の古典的音楽である琵琶、および琴に深い関心を持ち、

来日後は、その主張のように、それぞれ著名な大家に師事し、業務の余暇を利用して、毎週 1、2 回程度、稽古に励んでおり、

将来、米国において同好者を得て、これを普及したいとも念願していることが、一応認められる。

しかしこれも、相手方が収容されることにより、一時、練習が中断し、それだけ上達が遅れるとしても、

それほど大きな影響をきたすものとは考えられず、

相手方の右念願が、それだけで挫折してしまうものと言うことはできない。

したがって、右の点もまた、相手方に「回復の困難な損害」を生ずる事由とするに足りないと言うべきである

(なお相手方の陳述書中には、

相手方は、収容されると、その所有の琵琶および琴を手中に保管できないため、破損するおそれがある旨の記載がある。

しかし、右琵琶および琴は、容易に、相手方の師匠、または同門の弟子に保管を依頼することができるものと推認され、

これによって破損を防止できるものと言うべきであるから、右記載は採用できない)。

(4)相手方は、

収容されれば、その収容自体によって、相手方の人権の侵害が必然的に発生するから、

この点ですでに「回復の困難な損害」を生ずることになると、主張する。

ところで相手方は、現在においては本件不許可処分を受けているだけの状態であって、まだ収容されているわけではない。

そして、右不許可処分の効力を停止した原決定が取り消された場合、

その後に行なわれる収容処分としては、「収容令書による収容」と「退去強制令書による収容」とがあり得るのであるが、

いずれに対しても、令 54条により「仮放免の請求」をすることができるものとされている。

前者の収容については、もともとその期間を原則として「30日以内」と法定されているのであるが(令 41条 1項)、

疎明によれば、実際上も、大半は収容直後、ごく短期間内に仮放免されていること、

また「退去強制令書による収容」については、収容期間がごく短期間のものから 2年余におよぶものがあるが、

そのように比較的長期にわたって収容されている者は、ほとんど全てが「単純な不法残留者」でなく、

麻薬事犯者、その他刑罰法令違反者であることが、一応認められるところ、

本件においては、不法残留の点はしばらく別とし、他に相手方が刑罰法令に違反し、

その他我が国の法令に違反する行為をしたことを認めるに足る資料はない。

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したがって、たとえ相手方が他日収容されるとしても、仮放免の許可

(もっとも保証金の納付、またはこれに代わる第三者の保証書の提出を要するが、

本件記録によれば、相手方の知人関係からみて、その納付または提出が、容易であることが疎明される)を受ける

可能性がないわけではなく、

また、もし将来、相手方が収容され、しかも右許可を受けられなかったとすれば、

その収容の期間、および収容中の処遇、その他諸般の事情からみて、

相手方において回復の困難な損害を受けるおそれを生じ、前記積極的要件を具備する事態が生ずるに至れば、

本案の取り消し訴訟として、いかなる訴訟が適当であるかは別問題として、

その時点において「必要な執行停止」を求めることができるものと言うべきである。

したがって、相手方の現在の状況の下においては、

直ちに収容部分について、右積極的要件を具備しているものと認めるのは、困難であると言わなければならない。

(5)しかし、もし相手方が、本件不許可処分の続行処分として、退去強制令書の発付を受け、

国外の送還先への強制送還が執行されてしまうと、

相手方は事実上、本案訴訟を維持することができないという「回復不能な損害」を被るのみならず、

たとえ右訴訟が勝訴の確定判決を得ても、回復できない損害を被ることは明らかである。

したがって現在の時点においても、右強制送還の執行の部分の停止は、右積極的要件を具備しているものと言うべきである。

三.抗告人は縷々理由を挙げて、

本件不許可処分の取り消しを求める本案訴訟は、

「行政事件訴訟法」25条 3項に規定する「本案について理由がないと見えるとき」という消極的要件を具備するから、

執行停止はできない旨主張する。

しかし、全疎明をもってしても、まだ、右本案訴訟の理由の有無について、いずれとも判断することはできず、

結局、今後の本案の審理の結果を待つほかはない。

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四.以上の次第であるから、相手方の主たる申し立てを認容した原決定を取り消し、相手方の主たる申し立てを棄却する。

そして、予備的申し立てにかかる執行停止のうち、

本件不許可処分の「続行処分としてされる退去強制手続き」のうちの

強制送還の部分の執行に限り、停止するのを相当と認め

(この場合の被申立人―抗告人―としては、退去強制の処分権者である主任審査官が適当であるところ、

現段階においては、その主任審査官が特定していないが、法務大臣に対し「右執行停止」を命ずれば、その効力は、

「行政事件訴訟法」32条 2項、または 33条 4項の適用、または準用を待つまでもなく、

法務大臣の被監督下級機関であって、将来特定されるべき主任審査官におよぶことはもちろんである)、

その余の予備的申し立ては、失当として棄却する。

よって、民訴法 96条、および 92条を適用して、主文のとおり決定する。

♦♦

・別紙(一)の(1)即時抗告理由書

一.抗告人の、本件執行停止に関する意見は、原審における意見書、および追加意見書記載のとおりであるが、

原決定に対して、次のとおり意見を追加する。

二.執行停止の必要性が存しないこと

(一)原決定は、本件不許可処分の効力停止が、

相手方の「在留期間後の不法残留」の成否におよぼす影響について、次のごとき判断を示した。

すなわち入管令は、在留外国人に対して「在留期間更新許可の申請権」を認め、

これに対応して、法務大臣に対し、

在留期間更新許可申請について、許否いずれかの処分をなすべき義務を課しているのであるから、

在留期間更新許可申請をした者は、法務大臣の許否の処分がなされるまでは、

在留期間経過後であっても、「不法残留者としての責任」を問われないという意味において、

本邦に在留することができるものであり、

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本件不許可処分の効力停止は、申請人に対し、右のごとき法的状態を回復させるものである、と判示した。

(二)しかし、原決定の右判示は、次の理由により、誤りであると考える。

すなわち、在留期間更新申請に対する許否の処分がなされてないまま、在留期間が経過した場合には、

自動更新の規定のない以上、当然に在留資格を失うものであることは、原審で抗告人がすでに主張したとおりである。

したがって、適法な在留期間更新申請に対し、仮に、不当に許否の判断を遅延していたとしても、

そのことにより、「在留期間の更新」の法的効果を生ずるものでないことは、言うまでもない。

換言すれば、在留期間更新の許可がなされない限りは、在留期間の経過によって当然「不法残留」となり、

「出入国管理令」第 24条第 4 号ロに規定する退去強制事由に該当することとなるのであって、

更新申請に対する許否、いずれの処分もされない間に、在留期間を経過して、右の退去強制事由に該当するに至っても、

事実上、退去強制の手続きがとられないであろうけれども、

あくまで事実上の運用にすぎないのであって、法律上、採り得ないものではないのである。

のみならず、本件の場合、法務大臣はすでに、本件在留期間更新申請に対して応答しているのであって、

法務大臣としては、たとえ本件不許可処分の効力が停止されても、

確定判決により、不許可処分が取り消されない限り、右の申請に対して応答すべき「義務」を有すべき言われはないのである。

この点において、原決定が、

在留期間更新の許可申請に対応する法務大臣の許否、いずれかを決すべき義務のあることを根拠として、

「許否いずれかの処分がなされるまでは、……在留期間が徒過した後においても、

不法残留者としての責任を問えないという意味において、本邦に在留することができるもの」と解し、

法務大臣が応答義務を尽くした場合についても、

在留期間更新不許可処分について、その効力を停止することは、

更新の許否いずれの処分もなされない間と「同一の法的状態」を回復させるものとして、

効力停止の必要性があるものとしているのは、誤りと言わねばならない。

けだし、行政処分の効力停止の必要性は、「結局停止する法律上の利益」が存することに帰着するのであって、

更新不許可処分の効力停止が、事実上、退去要請手続きがとられないことがあるとしても、

「退去強制事由不発生の法的状態」を作り出すものでないからである。

おそらく原決定は、

法務大臣の不許可処分が将来、確定判決によって取り消され、法務大臣があらためて許可処分をする可能性があるのに、

単に在留期間経過の故をもって退去強制手続きがなされれば、回復し難い損害を生ずるおそれがあり、

これを完全に防止することは、「不許可処分の効力」を停止することによって、可能であると判断したものであろう。

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しかし、前述のように、

在留期間更新申請に対する応答がないからといって、適法な在留資格を取得する言われのない以上、

かかる考え方は採用されるべきものではない。

ただ、場合によれば、不法残留者として退去強制手続きを進めることが、

権利濫用等の一般条項によって「違法」とされることがありうるかもしれないが、

そのような場合には、個別の退去強制手続きに対して「執行停止」を求めるべきものであり、

その許否は、その時の事情にもとづいて決定されるべきものであると考える。

なお原決定は、本件執行停止により、刑事手続きをも免れると考えているようであるが、

執行停止決定が、そこまでの効力を有する理由はない。

(三)以上のとおり、「原決定の執行停止」の必要性を肯定した判断は誤りであり、

本件執行停止申請は、その必要性を欠くものとして却下されるべきである。

三.本案について理由のないことが明らかであること

相手方は、昭和 45年 5月 1日、第 1回の在留期間更新の許可申請をしたのであるが、

後述するがごとき理由から、その本来の更新は「許可すべき相当の理由」のないものとして不許可処分をすべきところ、

出国のための準備を考慮して、出国準備期間として 120日の期間を延長することとしたところ、

相手方は、右期間満了の 12日前である昭和 45年 8月 27日、

引き続き「英語教育協議会」の英語教師、および琵琶・琴の勉学のためとして、本件在留期間更新許可申請をしたのであって、

抗告人たる法務大臣は、前回申請前より存する、後述のごとき不許可理由が依然として存続するのみならず、

前回の在留期間更新の許可が「出国準備期間」ということでなされたものであり、

すでに出国準備に必要な期間を与えている以上、さらに在留期間の更新を認めるに足りる「相当の理由」がないものとして、

同年 9 月 5日、本件不許可処分をしたものである。

すなわち相手方は、英語教師として在留が認められたにもかかわらず、その指定の学校における英語教育に従事せず、

入国後まもなく、いわゆる「外国人べ兵連」に属し

(『外国人べ兵連』は昭和 44年 6月に在留外国人の間で結成され、

米国のベトナム軍事介入反対、日米安保条約反対、在日外国人の政治活動に対する日本政府の抑圧反対等を主唱し、

これらの政治活動を目的とする組織であって〔疎乙第 13、14、15、16号証〕、結成後、例会をたびたび開くとともに、

反戦、反安保、反入管体制等の集会、および集団示威行動にも参加しているものである)、

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入国後まもない同年 6月 30日には、右「外国人べ兵連定例集会」に参加し、

爾来、同年 12月 22日まで 9 回にわたり同集会に参加したほか、

同年 7 月 10日、左派華僑青年等が、同月 2日より 13日まで国鉄新宿駅西口付近において行なった

「出入国管理法粉砕ハンガーストライキ」を支援するため、その目的等を印刷したビラを通行人に配布し、

同年 9 月 6日および 10月 4日、「べ兵連定例集会」に参加し、

同年同月 15日および 16日には「ベトナム反戦モラトリアムデー運動」に参加して、

米国大使館に、ベトナム戦争に反対する目的で抗議におもむき、

同年 12月 7日、横浜入国者収容所に対する抗議を目的とする示威行進に参加し、

昭和 45年 2月 15日、朝霞市において反戦放送集会に参加し、

同年 3 月 1日、在朝霞市キャンプドレイク付近において反戦示威行進に参加し、

同年 3 月 15日、朝霞市において、べ兵連と共に「大泉市民の集い」という集会に参加して反戦ビラを配布し、

同年 5 月 15日、米軍のカンボジア侵入に反対する目的で、米国大使館に抗議のためおもむき、

同年同月 16日、「5・16ベトナムモラトリアムデー連帯日米人民集会」に参加して、

カンボジア介入反対・米国反戦示威行進に参加し、

同年 6 月 14日、代々木公園で行われた「安保粉砕労学市民大統一行動集会」に参加し(疎乙第 17号証の 1、2、第 18号証)、

同年 7 月 4日、清水谷公園で行われた「東京動員委員会」(外国人べ兵連の改称と思われる)主催の

「米日人民連帯米日反戦兵士支援のための集会」に参加し、

同年同月 7日には、羽田空港においてロジャース米国務長官来日反対運動を行なうなど(疎乙第 19号証の 1、2)の

政治的活動を行なっていたのである。

日本国憲法第 3章の諸規定による、いわゆる基本的人権の保障は、

日本国民と同様、外国人にも与えられるかどうかは、各条項の保障する権利の性質によって判断されなければならないのであるが、

外国人については、いわゆる参政権は認められないことは当然であり、

したがって憲法第 21条の保障する「表現の自由」についても、

その国の政治につき、発言権も責任もない外国人には、国民と同様の保障が与えられていないことは、多言を要しないところであって、

政治活動としての集会や言論などの「表現の自由」は、外国人には保障されていないものと言うべきである。

のみならず、参政権を有しない外国人の政治活動は、

我が国の政治・社会情勢あんどに何らかの影響を与えるおそれなしとせず、性質上、不合理であり、

これを許容しなければならない言われは全くなく、むしろ我が国に好ましからざるものとして、

これを規制すべきものと言うべきである。

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相手方の本国である米国と、我が国との間の「有効通商航海条約」第 21条第 5 項においても、

「この条約のいかなる規定も、政治活動を行なう権利を与え、または認めるものと解してはならない」と明記されているほか、

1928年、ハバナにおいて第 6回米州会議が採択した「外国人の地位に関する協定」は、その第 7条において

「外国人は政治的活動に関与してはならない。それは、在留している国の国民だけのものである」と規定しており、

1961年、東京における第 4 回アジア・アフリカ法律諮問委員会が採択した「外国人の入国および処遇に関する一般原則」では、

その第 10条において「外国人は、法律・規則・命令に反対の規定がない限り、選挙権を含む政治上の権利を有せず、

また政治活動に従事する資格を有しない」と規定しているのみならず、

諸外国においても、外国人の政治活動を規制しているものが多いのである。

しかして、我が国の外国人の在留管理においても、外国人の政治活動でこれを放置すること、

我が国の利益または公安の保持上「好ましくないもの」については、これを規制することとしているのである。

しかして、その政治活動が「出入国管理令」第 24条第 4号ヨに規定する「日本国の利益または公安を害する行為」に該当すれば、

もちろん退去強制をすべきこととなるのであるが、

右の退去強制事由に該当するに至らないものであっても、在留期間の満了の際、

その更新を許可しないこととして、本邦からの退去を求めることにより、外国人の管理の適切を期しているのである。

しかるところ相手方は、前述のとおり、

「安保粉砕統一集会」をはじめ政治活動を目的とする集会、および集団示威運動に参加していたものであって、

このような政治活動をそのまま放置し、

さらに、かかる活動を継続することが十分予想される、相手方の在留期間の更新を許可することは、まったく相当でなく、

かかる裁量判断によって、法務大臣は「在留期間の更新を適当」と認めるに足りる相当な理由がないのみならず、

むしろ更新を不相当と判断して、本件不許可処分をしたものであって、その処分は適法であり、

裁量権の逸脱、ないし裁量権の濫用は存しないのみならず、

本件不許可処分につき、事実の基礎を欠く違法なものとは到底言えないものと考える。

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♦♦

・別紙(一)の(2)即時抗告理由補充書

一.相手方は、昭和 45年 10月 12日付け「補充書(二)」において、

本件不許可処分は、「相手方が無断でベルリッツ・スクールを退職した」との理由にもとづくもので、

「政治活動をした」との理由は、本件処分がなされた後に掲げられたもので、本件処分の理由とはなし得ないと主張する。

しかし、相手方に対する、昭和 45年 7月 29日付けの「在留期間更新申請許可」は、

相手方が本邦入国を認められたベルリッツ・スクールを無断で退職していること、および相手方の政治活動の事実を判断して、

本来、在留期間の更新を適当と認めるに足りる「相当の理由がある時にあたらないものとして、不許可処分をすべきところ、

出国のための準備を考慮して「出国準備期間」としてなされたものであり、

本件在留期間更新許可申請についても、前記のとおりの理由が依然として存続しており、

すでに出国準備に必要な期間が与えられている以上、さらに在留期間の更新を認めるに足りる「相当の理由」がないものとして、

不許可処分をしたものである。

なお、相手方の政治活動については、東京入国管理事務所・入国審査官 A作成の

昭和 45年 6月 23日、および同年 7月 9日付け「調査報告書」によっても明らかなとおり、

前回の在留期間更新許可申請時から判断しているもので、本件処分の理由となっているものである。

二.また相手方は、

昭和 45年 9月 3日、法務省入国管理局・資格審査課・係官が、

相手方に対して「出国準備期間」として 120日の在留期間更新を許可し、

さらに同年 8月 27日付けの在留期間更新申請を不許可としようとしていることについて、

その理由は、相手方がベルリッツ・スクールを無断退職したことであり、

集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではないと明言し、

かつ集団示威行進等をすることは差支えないと述べた旨主張する。

しかし、相手方およびその代理人らに面接した、法務省入国管理局・資格審査課・法務事務官 Bほか 1 名は、

右面接にあたって、相手方から説明を求められたのは、相手方の転職に関することであり、

かつ、この応答に終始し、面接を終わっているものであって、

相手方から、その政治活動に関して何らの発言もなく、

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また相手方に対し、不許可の理由が「集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではない、

また集団示威行進をすることは差支えない」などというような発言をした事実は、全くない(疎乙第 21号証)。

三.次に、原決定において、相手方が「英語教育協議会の保証書」を所管庁に提出し、その受理を受けたうえで、

すでに 1年有余にわたり、英語教師として同所に勤務している旨判示しているが、

相手方が「英語教育協議会の保証書」を東京入国管理事務所に提出したのは、

昭和 45年 5月 1日、在留期間更新許可申請を行なった際であり、入国の日から右申請の日までの間に提出された事実はない

(疎乙第 22号証)。

もちろん相手方が、ベルリッツ・スクールから英語教育協議会に転職した時点で、

法務省または入国管理事務所にその旨を申告したことも、同協議会の保証書を提出した事実もないのである。

もともと右保証書なるものは、「出入国管理令施行規則」20条に規定する、

在留期間更新申請書に添付する「在留期間の更新を必要とする理由」を証する書類として提出されたものであり、

同保証書を受理したことによって、相手方の「英語教育協議会の在職」を認めなければならないものではない。

♦♦

・別紙(一)の(3)即時抗告理由書(二)

一.昭和 28 年 9 月 5 日付けの「不法残留者の取扱いについて」と題する「法務省入国管理局長通達」(疎乙第 23 号証)について、

相手方は、昭和 45年 10月 12日付け「補充書(二)」において、

標記の通達では、「更新申請中でいまだ不許可処分の下されていない者」は、

不法残留者の範疇に入らない旨明言している、と主張する。

ところで、標記通達の第 1項は「ここにいう不法残留者の範囲は、次のとおりである」として、

この通達により「不法残留者」として取扱い、または措置をする者を定義し、

その第 2号において「正規に本邦に上陸した者で、

前記申請(注・出入国管理令第 21条にもとづく「在留期間の更新申請」を指す)をした結果、

不許可となって不法に残留したもの」を「不法残留者」としているが、

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このような取り扱いをすることとしているのは、

在留期間更新申請が、「出入国管理令施行規則」20条に規定する「在留期間の満了する日」の 10日前までになされても、

調査、および判断の困難、その他の事情、

または申請を受理する入国管理事務所と、法務省入国管理局との間の、申請書類の郵送手続きに日時を要することなどのため、

在留期間の満了日までに許否の処分がなされない場合もあり、

当該申請に対する許否の処分がされない間に、在留期間の経過により「不法残留」として、

「出入国管理令第 39条の収容」を含む退去強制手続きをすることは行政運用上、不都合であるので、

在留期間更新許可申請に対する許否の処分がなされるまでは、たとえ在留期間を経過しても、

右の退去強制手続きを差し控えることとするため、

その間、事実上「不法残留者」として取り扱わないこととしているものにすぎないのであって、

不法残留者の範疇に入らないとの解釈を示したものではない。

したがって、右通達第 1項第 2号の「不許可になって」とは、

「行政庁の不許可処分がなされて」の意味であることはもちろんであって、

もともと不許可処分に対する執行停止などということは、法律上あり得ないし、

また、かかる執行停止を予想して執行停止がされれば、「不許可になって」に該当しないというようなことは、

全く考えられていないのである。

さらに、昭和 43年 7月 11日付け「東京高等裁判所からの照会」に対する、

同年 9 月 25日付け「法務省入国管理局長の回答書」等(疎乙第 24号の 1、2証)によっても明らかなように、

旅券に記載された在留期間を経過することにより、当該外国人はいわゆる「不法残留者」となって退去強制の対象となるが、

在留期間の満了する日の 10日前までに、在留期間の更新許可申請を受理している場合においては、

在留期間更新の不許可処分がなされるまでは、行政運用上、

「出入国管理令」第 39条の収容を含む、退去強制の手続きを差し控えることとしているのであって、

右は、法務省において一貫してとってきた方針である。

二.相手方に対し、出国準備期間として 120日の在留期間を付与した経緯については、

すでに原審における意見書、および即時抗告理由書において詳述したところであるが、その詳細は次のとおりである。

すなわち、昭和 45年 5月 1日付け、相手方の在留期間更新許可申請に対し、

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抗告人・法務大臣は、「即時抗告理由書」第 3項において述べたとおりの理由で、

相手方の本来の更新許可申請については、「許可すべき相当の理由」がないものとして不許可処分をすべきところ、

出国のための準備を考慮し、同年 7月 29日、出国準備期間として特に 120日間を限ってこれを許可することとして、

東京入国管理事務所にその旨通知し、

同所・入国審査官 Cは、同年 8月 10日、同所に出頭した相手方に対し、

「出入国管理令」第 21条第 4 項、および同令施行規則にもとづき、旅券の提示を求め、

相手方の所持する旅券に「在留資格 4-1-16-3、在留期間 120日」の許可証印をなし、

同時に、法務大臣からの指示事項である、

右許可は「出国準備期間」としてなされたものであることを口頭で告知したのであり(疎乙第 25、第 26号証)、

右により、相手方は「前記許可が出国準備のため」として与えられたことを十分承知したうえで、証印を受けたことは明白である。

なお、右の在留期間 120日の許可処分が「出国準備のため」であることについては、

本件執行停止申請書においても、相手方が自認しているところであり(同申立書第一「事実経過」の四)、

また原審決定においても、当事者間に争いがないものとしている。

♦♦

別紙(一)の(4)即時抗告理由補充書(三)

一.回復困難な損害がない。

原決定は、本件在留期間更新の不許可処分によって

「申立人が……出入国管理令 24条 4号ロ該当者となって、退去強制手続きが進められ、入国警備官の臨検・捜索・押収を受け、

さらには収容されることもある等、人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされることは明らかであり」として、

本件不許可処分の手続きの続行、すなわち退去強制手続きの開始により、回復困難な損害があると判断している。

しかし、在留期間更新の不許可処分がなされ、「出入国管理令 24条 4号ロに該当する者」となっても、

不許可処分の続行処分として、法律上、必然的に退去強制令書の発付がなされるものではないし

(同令 50条の規定による特別在留許可のなされることもある)、

また、同令 27条以下の規定による「違反調査の手続き」が開始されるとしても、

在留期間の経過により「不法残留」となった者については、退去強制事由が形式的のものであり、きわめて明らかであるから、

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一般の場合と異なり、臨検・捜索・押収

(それらは全て裁判官の許可を要する。同令 31条参照)がなされることもないのが実情であるし、

むしろ、退去強制手続きに対する本人の異議の申し出の際、

法務大臣が特別在留許可処分をすべきかどうかを審査するための、資料収集としての、

本人にはむしろ有利な「入国警備官の取り調べ」がなされるのである。

また収容が「出入国管理令」39 条により要求されているためなされても、逃亡のおそれがない等、本人の非違のおそれがない限り、

大半は即日、仮放免されるのが実情である(疎乙第 27号証)。

さらに、右の収容の場合のみならず、

「出入国管理令」52条 5項の規定による収容の場合においても、必ずしも収容されるものとは限らず、

仮に収容されても、いやしくも人権侵害にわたるがごとき処遇のなされることは、あり得べくもないのである(疎乙第 28号証)。

以上のとおり、本件不許可処分によって「人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされている」ごとき、

回復困難な損害の生ずることは全くないものと言うべきである。

二.本案について理由がないと見えること。

すでに昭和 45年 9月 19日付け「即時抗告理由書」第 3項において述べたとおり、

相手方は、本件在留期間更新許可申請に先立ち、昭和 45年 5月 1日、第 1回の更新許可申請をしたが、

その申請に対し、本件不許可処分をすべきところを、

出国準備を考慮して、その所要期間として特に 120日間についてのみ在留許可がなされたのである。

かかる処分(実質的には、本来の更新の不許可処分である)に対し、相手方はこれを了承したにもかかわらず、

再度、本件更新許可申請をしたものであって、

かかる経緯に照らしても、事情変更の見るべきもののない本件において、

それだけで、本件不許可処分は何ら違法ではないものと言うべきであり、本案について理由がないことが明らかと言うべきである。

三.在留期間更新の不許可処分に対する効力停止の、法律上の利益がないこと。

すでに昭和 45年 9月 19日付け「即時抗告理由書」第 2項において述べたとおり、

本件のごとき在留期間更新の不許可処分については、その効力停止の「法律上の利益」がないものと言うべきであるが、

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原決定のごとき理由により効力停止がなされ、「法律上の利益」があるものとされることは、

取りも直さず、不法残留者としての退去強制手続きを進めることが、法律上許されないこととなり、

そのことは、事件本人が従来の在留資格をもって、本邦に在留し得る法律関係が形成されたもの、

すなわち、不許可処分の効力停止により、法律上、在留期間が経過しているにもかかわらず、

本案判決の確定に至るまで、従来の在留資格のままで本邦に在留し、その在留活動を容認せざるを得ないこととなるのであって

(換言すれば、不許可処分の効力停止の実質的意義は、かかる法律関係の形成に帰着するものと言えるのである)、

かかることは、外国人の在留管理上、重大な悪影響を与えるおそれなしとしないのである。

不許可処分に引き続いて、退去強制令書の発付処分がなされるとするならば、

その場合において、その処分(収容および退去強制)の全部、または一部の執行停止により、

司法救済を要すべき本人の救済は充分であって、

この場合には、不許可処分、および退去強制令書の発付処分の、双方について争われても、

不許可処分の取り消され、あらたに許可処分がなされない以上、不法残留者であることに変わりなく、

在留活動が許されないのであって、

「不許可処分の効力停止」が法律上、許されるとした場合に比して、外国人の在留管理上、甚だしい不都合は生じないのである。

以上の観点からも、本件不許可処分に対する効力停止は、これを許容すべきでない。

♦♦

・別紙(一)の(5)即時抗告理由書(四)

一.相手方は、昭和 45年 11月 16日付け「補充書(四)」において、

昭和 45年 8月 27日、東京入国管理事務所に本件在留期間更新申請をした際、

同所係官は「同年 8月 10日の処分は、従来の在留資格を変更するものではないこと」、

また「出国準備期間としての表示の意味は、

将来、更新申請しても不許可になることがあるとの警告にすぎないこと」を表明したと主張するが、同主張は事実に反する。

すなわち、同年 8月 27日、相手方は、東京入国管理事務所・審査一課・在留資格係窓口において、

同係窓口担当官に在留期間更新申請書を提出したが、

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その際、同係官は「前回処分が出国準備期間として許可されているものであること」を指摘したところ、

相手方に同行した秋山、弘中・両弁護士から「今回の更新申請は受理されないのか」との質問を受けたので、

同係官は、相手方および同弁護士らを、右審査一課・在留資格係長 Dのもとに案内し、

同係長は相手方らに対し、

「相手方に対する前回処分は、英語教師としてではなく、出国の準備のためとしての許可であるから、

特別の事情がない限り更新が許可される見通しはない。

しかし、それでもなお申請したいのであれば受理する」旨を説明したものであって、

相手方主張のような事実は存しないのである(疎乙第 29、30号証)。

二.次に相手方は、同年 9月 3日、法務事務官 Bと面接した際、

「同人は、本件申請についても不許可になるが、その理由は、前処分の理由(無断退職)と同様である」旨答えたと主張するが、

その理由として説明した点の主張は、事実に反する。

すなわち、同年 10月 13日付け B事務官作成「陳述書」(疎乙第 21号証)記載のとおり、

同事務官は、同年 9月 3日の相手方との面接において、相手方の「次回在留期間更新を許可してほしい」旨の嘆願に対し、

同年 8 月 27日の 2回目更新申請は、不許可処分がなされるが、その理由は、

前回処分において「次回更新は認めない」含みの出国準備期間としているからである、との説明を行なっているのである。

三.相手方は、

相手方と同じく「外国人べ兵連」に所属し、反戦活動をしていた E氏は、収容後直ちに仮放免申請をなしたにもかかわらず、

収容令書にもとづく執行停止決定が出されるまで、1ヵ月以上も収容されたと主張する。

しかし、右は全く事実に反するものである。

すなわち、米国人 Fは、その所持する旅券に記載された在留期間である昭和 44年 9月 5日を超えて、本邦に不法残留したため、

東京入国管理事務所・入国警備官が、「出入国管理令」24条 4号ロ該当容疑により、違反調査を行い、

同月 11日、同入国警備官の請求にもとづき、同所・主任審査官の発付した収容令書により、同所に収容したところ、

同人は、同月 13日、東京地方裁判所に「収容令書発付処分取り消し請求」の訴えを提起するとともに、

同執行停止申請を行なったもので、

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同裁判所・民事第 2部は、同月 20日、

「被申請人が申請人に対し、昭和 44年 9月 11日付けで発付した収容令書にもとづく収容は、

当裁判所昭和 44年(行ウ)第 194号・収容令書発付処分取り消し請求事件の判決確定に至るまで、これを停止する」旨の

決定をした(行裁例集第 20巻第 8・9号 100頁参照)ので、

東京入国管理事務所・入国警備官は、右決定正本の送達にもとづき、同日 17時 25分、同人の身柄を釈放したものである。

もともと、米国人 Fは、在留期間更新不許可処分が違法であり、「出入国管理令 24条 4号ロに該当する者」ではなく、

収容令書発付処分は、同令 39条の定める要件を欠き「違法」であると称して、収容後直ちに訴訟を提起したものであって、

収容されて後、東京地方裁判所の決定があるまでの間に、

同人、または同令 54条 1項に規定する仮放免を請求することができる者から、

同人につき仮放免の請求がなされた事実は、全くないのである。

したがって、右の事実から明らかなように、仮放免の請求をした事実もないし、収容された期間も 10日間であり、

この点に関する相手方の主張は、全く事実に相違するものである。

♦♦

・別紙(二)の(1)補充書(二)

第一:「政治活動をなした」との不許可処分理由に対する反論。

一.本件不許可処分は、相手方が無断でベルリッツ・スクールを退職したとの理由にもとづくもので、

抗告人が「抗告理由書」第 3項で主張する「政治活動をなした」との理由にもとづくものではなかった。

すなわち、昭和 45年 9月 3日、相手方およびその代理人らが、法務省入国資格審査課におもむき、

抗告人が相手方に対して「出国準備期間」として 120日間の在留期間しか更新を許可せず、

さらに同月 8日からの在留期間更新を不許可にしようとしていることについて、同課・係官に理由の説明を求めたところ、

抗告人は係官を通じて、「その理由は、相手方がベルリッツ・スクールを無断退職したことであり、

相手方が集団示威行進をしたり、アメリカ大使館に抗議行動をしたことではない」と明言し、

かつ「集団示威行進等をすることは差支えない」と述べたのである。

そして右係官は、右会談において「本件更新申請は不許可になる」と述べ、2日後の同月 5日、本件処分がなされたのである。

したがって本件処分は「無断退職」によるものである。

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「政治活動をした」との理由は、本件処分がなされた後に掲げられたもので、本件処分の理由とはなし得ない。

抗告人がその後、再度、「政治活動」を理由とする在留期間更新不許可処分をなしたのであれば、

すでに「無断退職」を理由とする不許可処分が存在するのであるから、

それは、相手方に新たに在留期間更新を申請した後でなければ、なし得ない。

二.然らずとするも、政治活動を理由とする主張は、抗告人が抗告審にいたるまで故意に主張しなかったものであるから、

時機に遅れた「攻撃防御方法」として却下されるべきである。

抗告人のかような姿勢は、国民のために公正な行政を行なうべき行政庁として、著しく不明朗であるばかりでなく、

政治活動を理由とする在留期間更新不許可処分の「違法性」について、原審の判断を回避せんとするもので許されない。

三.

(一)ところで抗告人は、憲法第 21条の規定する「表現の自由」について、

「政治的活動としての集会や言論の自由は、外国人には保障されていない」と主張するが、

日本国憲法第 3章は、人類に固有の普遍的人権を保障したもので、

右基本的人権の保障が在日外国人にもおよぶことは、従来から判例・学説の認めるところである

(最高裁判所昭和 25年 12月 28日判決。同昭和 32年 12月 25日判決。同昭和 32年 6月 19日判決等。

宮沢俊義「日本国憲法コンメンタール」189頁、「註解日本国憲法(上)2」398頁等)。

したがって憲法第 21条に規定する「表現の自由」も、在日外国人に対して保障されているのである。

そして、いかなる思想の表現行為も、政治活動の性格を有するのが一般であるから、

「政治活動としての表現の自由は保障されない」との抗告人の主張は、

政治活動としての表現の自由と、そうでない表現の自由との区別が困難であることから、

外国人に対しては、表現の自由は認めないとの主張に帰することになる。

表現の自由が保障されるという以上、政治活動としての表現の自由が保障されると言うのでなくてはならない。

抗告人は、相手方の政治的集会・集団示威運動参加を問題にしているが、

公安当局は、右集会・集団示威運動を許可しているのであるし、外国人申請の集会・集団示威運動を許可してきたのである。

そして「憲法の保障する集団示威運動による表現の自由は、どこの国においても認められている普遍的原理であるから、

日本国民のみならず、外国人であっても、日本国においてその主権に服している者には、これが保障されていると解すべき」

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(東京地方裁判所昭和 42年 11月 23日決定、判例時報 501号 52頁)であり、

「憲法 21条の保障する表現の自由が、外国人についても尊重されるべきことは当然であり、

また、その政治活動も、法令の規定、または事柄の性質に反しない限り、みだりに制限されるべきものではない」

(東京地方裁判所昭和 42年 11月 27日決定、判例時報 501号 55頁)のである。

したがって、相手方の本件政治活動は、憲法第 21条により保障された正当な行為であり、

右活動を理由とする本件不許可処分は、違憲である。

(二)なお抗告人は、参政権のない外国人には、政治活動としての表現の自由は認められるべきではない、と主張するが、

選挙権等の参政権がないからといって、政治活動が許されないことには、当然にはならない。

むしろ参政権のない外国人には、表現の自由の行使を通じてしか、

憲法で保障された基本的人権を獲得すべく、政府に働きかけるしかないのであり、表現の自由を保障される意義が大である。

また外国人といえども、日本国の主権下にいる限り、日本政府の政策により直接、利益・不利益を課せられるのであり、

利益・不利益を受ける当事者に、意思表明の機会を最大限に保障することが「民主社会の基礎」であるから、

外国人に対しても、政治活動としての表現の自由を保障しなければならない。

(三)また人権に関する世界宣言は、第 19条において

「人はすべて、意見および発表の自由について権利を有する。

この権利は、自己の意見について干渉を受けない自由、およびあらゆる手段により、

かつ国境を越えて情報および思想を探求したり、入手したり、伝達したりする自由を含む」と規定しており、

人間は、いかなる国にあっても「表現の自由」を有するのである。

(四)抗告人は、

相手方の行為が「出入国管理令」第 24条第 4号ヨ(日本国の利益または公安を害する行為)の

要件には該当しないことを認めつつ、それに類する行為であるから、在留期間更新不許可の理由となしうると主張するが、

仮に、表現の自由について何らかの制限を認めるとしても、

そもそも入管令の右要件は、漠然性の故に定義が不可能で、「表現の自由を制限する要件」としては不適当であり、

いわんや「それに類する政治活動」は、「表現の自由」の制限の基準とは全くなり得ないものである。

(五)結局、相手方の本件政治活動は、憲法に保障された「表現の自由」の行使であり、全く合法的手段でなされたもので、

何ら違法、あるいは不相当なものではない。

したがって、相手方の右活動を理由として、相手方の在留期間更新を不許可とした本件処分は、違法である。

また、相手方の本件政治活動は、日本国にとって不利益ではなく、むしろ利益をもたらすものと言える。

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すなわち相手方は、日本国政府の出入国管理行政、出入国管理法案に対して、外国人の立場からその批判を表明し、

「日米安全保障条約」のアジア人民・日本国民等に対する犯罪性を批判したもので、

日本政府の政策に建設的批判を投じ、日本の政治をただすことに貢献したもので、

相手方の本件政治活動は、日本国および日本国民に利益をもたらすものであることは、疑いを容れる余地がないのである。

第二:執行停止の必要性について

一.在留期間更新許可処分の性質

(一)在留更新許可処分を、入国許可処分と全く別個の「新たな恩恵的処分」と解することの誤りは、

原審において被抗告人の主張したところである。

したがって在留期間更新許可処分とは、引き続き在留させることを前提としつつ、

特段の事情変更や、退去強制事由の発生等、例外的なケースをチェックする機能を営むものとしてあると解すべきことも、

すでに指摘したところである。

而して、在留更新許可処分の右のような性質を前提にすれば、

在留期間の期限の到来前に、適法な更新の申請がなされている限り、

期限が到来したからといって、直ちに入国許可処分が失効するとは解し得ない

(東京地裁昭和 43年 8月 9日民事 2部決定・東京地裁昭和 43(行ク)41号事件は、

超短波放送実用化試験局の免許の効力について、同様の法理を認めている)。

すなわち「在留期間が経過すれば、当然に在留資格を失うこと」を前提にしての抗告人の主張は、明らかに誤っている。

(二)なお、一般に許認可等の拒否処分については、

「執行停止によって暫定的に処分が行われたと同じ効果」が生ぜしめることができない以上、

執行停止が認められないと解されている。

しかしながら右の理論は、従来、無権利の者に積極的に新たな権利・利益を付与する場合にあてはまる理論であって、

いわゆる更新処分については、適用のないものである。

なぜならば、更新不許可処分とは、更新申請前に与えられていた利益・権利の剥奪・撤回行為と解されることが少なくなく、

従前、何の権利・利益も保有していなかった場合とは、全く場合を異にするからである。

このことは、前掲の東京地裁昭和 43年 8月 9日決定、

あるいは「鉱業法」の試掘権に関する札幌地裁昭和 34年 5月 11日決定の認めるところである。

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本件の場合も、被抗告人は入国許可処分後、日本国内で職に就き、生活の基盤を築いているのであり、

前述の法理を適用すべき場合でないこと明らかである。

二.更新申請者は、少なくとも在留資格ある者に準ずる法的地位を有する。

(一)昭和 28年 9月 5日・法務省入国管理局長通達の意味

原審において被抗告人が指摘したとおり、

右通達は「更新申請中でいまだ不許可処分の下されていない者」は、不法残留者の範疇に入らないことを明言している。

ところで抗告人は、これを「便宜不法残留者として扱わないとしたものにすぎず」(原審追加意見書)とし、

「あくまで事実上の運用にすぎないので、法律上は退去強制の手続きはとることができる」と主張する。

しかしながら、これは誤りである。

なぜなら第一に、「通達」も、行政事務がこれを基準に繰り返しなされることにより、

一種の慣習法としての「行政先例法」たり得ることは、学説も認めるところ(例・田中二郎「行政法総論」159頁)であり、

少なくとも行政庁の方から積極的に、その拘束力を否定することはできないと解すべきである。

とりわけ本件のごとく、その通達が国民等に有利で、かつ法の趣旨にも適っているときは、

行政庁はこれに拘束されると解すべきである。

第二に、入管行政のように平等、かつ公正な運用が要請される分野においては、

行政庁は、実務の運用を無視して、特定の者に対してのみ恣意的に強権を発動することは、許されないと考えられる。

第三に、行政処分は当然のことながら、合理性をもってなさねばならない。

ところで、一方で在留期間更新の途を与えながら、

他方で更新申請者に対し、その申請に応えることなく「不法残留者」として退去強制・刑事罰等をもって臨むことは、

到底、合理的な行政処分と言い得ない。

第四に、当然のことながら、法の解釈は「文理」のみならず、

実務への妥当性・実務の運用等を十分考慮してなされるべきものである。

以上から明らかなとおり、

「更新申請中でいまだ不許可処分の下されていない者」は、行政庁はこれも「不法残留者」として取り扱うことができず、

また、そのことは「出入国管理令」の解釈上も容認され、

結局、右の者は「在留資格ある者」に準ずる法的地位を有する、と解すべきである。

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したがって、本件不許可処分の効力が停止されれば、更新申請に対し、いまだ有効な応答がないのと同様であるから、

やはりこの場合も、「在留資格ある者」に準ずる法的地位(換言すれば、退去強制事由不発生の法的状態)を獲得する、

と解すべきである。

(二)なお抗告人は、右について「更新申請に対して応答している」ことをもって、

「全く応答しなかった場合」と区別する趣旨の主張をしているが、

「応答」というのは外形的行為のみならず、

「有効な行政行為」としての効力を持った行政処分でなければならないのは、当然である。

したがって、処分の効力が停止された場合には、「応答の不存在」と区別することはできない。

三.以上述べてきたように、

被抗告人は、在留期間更新不許可処分の執行停止により、在留期間更新申請者として、

入国許可処分の効力にもとづく在留資格者、あるいは少なくとも更新申請中の者として、

在留資格に準ずる法的地位を有するに至った者である。

したがって、「執行停止の必要性がない」との抗告人の主張は、明らかに誤りである。

四.よって本件即時抗告は、すみやかに却下されるべきである。

♦♦

・別紙(二)の(2)補充書(三)

第一:予備的申し立ての理由

すでに従前、主張してきたとおり、

相手方は、エレックで英語教師として週 15時間の授業を担当し、しかも昭和 45年 9月に、1年間の契約更新をしている。

他方で、琵琶・琴等の勉強にも精励しているのである。

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したがって相手方に対し、退去強制手続きが進められて、相手方が収容されることになると、

相手方は、英語教育・琵琶等の勉強の挫折による精神的損害はもとより、

契約不履行としてエレックから給与を得られぬのはもとより、

損害賠償を請求され、あるいは解雇されるという「回復不能の損害」を被ることになる。

もとより相手方としては、それ以前の臨検・検索・押収自体も、相手方に多大の苦痛を与え、

それ自体「回復困難な損害」に価するものと考えるが、

とりわけ収容については、それが収容令書の発付とほとんど同時になされるものであり、

しかも、いったん収容されれば、司法的な救済を得るにしても、仮放免

(これも必ず得られるとは限らない。しかも通常 30万円の金銭を工面しなければならない)を求めるにしても、

相当の時間を要することは必至であり、結局、右の回復困難な損害は避けられないものである。

第二:即時抗告理由補充書に対する反論

一.抗告人は、政治活動を理由として、不許可処分がなされたものと主張する。

しかしながら、昭和 45年 7月 29日の在留期間更新許可処分、今回の不許可処分の際はもとより、

昭和 45年 9月 3日、法務省入国管理局・資格審査課・係官に右の理由を求めたときも、また原審においても、

抗告人は、政治的活動については一言も触れなかったものである。

裁量処分については、理由を示さねば、その不服申し立て・司法的救済等を求めることは一切困難であることから、

「裁量処分については理由を明示しなければならず、かつ、その変更・追加は許されない」というのは、

英米法・ドイツ法では通説であり、日本でも通説になりつつある。

したがって本件の場合、

少なくとも原審で明示された理由以外のものを「処分の理由」とすることはできない、と言わなければならない。

なお抗告人は、相手方が B係官に対して「転職に限ってのみ説明を求めた」かのように主張するが、

疎乙第 21号証からも明らかなとおり、相手方等は「不許可理由自体」を聞いているのである。

また右係官の「政治的活動が話題にならなかった」というのは、真実に反する。

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二.「行政事件訴訟法」第 33条第 1項、第 3項の趣旨からして、

裁判所が「処分の効力が停止されれば、不法残留者としての責任を問えない」と判断している以上、

行政庁は、決定の趣旨にも拘束力を受けるものであるから、

これに反して独自の解釈をしたうえで手続きを進めることは、違法である。

したがって行政庁が独自な解釈にもとづき、違法に手続きを進めることを根拠に「訴の利益なし」と主張するのは、

考慮する必要のない議論である。

第三:即時抗告理由補充書(二)に対する反論

一.不法残留者の中にも

①法律上、直接「在留資格者」として規定されてはおらず、その意味では「不法残留者」であるが、

実務の運用、全体の行政手続きとの合理的な解釈等を考慮すると、

その者に対し退去強制手続きを行なうことが不当・違法と考えられる者

(結局、かかる者は「在留資格者」として規定されていないこと自体が、法の不備と言える)と、

②いわゆる普通の不法残留者で、当然に退去強制手続きを進めるべきもの、との二種があると考えられる。

一審決定にいう「不法残留者としての責任を問えないという意味において、本邦に在留することができる者」、

あるいは、相手方のいう「在留資格に準ずる法的地位」とは、右の①を指すものである。

二.「出国準備期間として」の在留期間更新許可なるものは、行政庁が便宜上、

「将来の更新申請は、おそらく不許可になるから、できれば今のうちに出国した方がよい」と注意したものにすぎず、

法律上、何の意味も持つものではない。

およそ「出国準備期間としての許可」なるものは、法律・規則上、まったくその概念すらないものであり、

しかも、右にいう「出国準備期間満了にともなう再申請者」に対し、当局はこれを受理したうえ、

改めて実体的な判断をして処分を下しているということ自体、右が無意味なものであることを示している。

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♦♦

・別紙(二)の(3)補充書(四)

第一:本案について理由がある。

一.抗告人は、

昭和 45年 8月 10日の処分(以下「前処分」と称す)が、実質的に在留期間更新不許可処分であり、

相手方はこれを了承して右処分を受けたのであるから、本件処分の違法性を争えないと主張するが、

相手方が、前処分によって認められた在留期間内に出国すること、

前処分後には再更新を求めないこと、あるいは再更新申請をしても不許可になることを了承した事実は、全くない。

また、前処分に「出国準備期間として」なる表示がなされていたことは認めるが、

相手方は、右処分が妥当なものであることを容認したものではない。

したがって、抗告人の前記主張は失当である。

二.前処分は、従前の在留資格(英語教師として働く目的)で更新を許可したものであり、

したがって、前処分はさらに更新の余地をもった処分であった。

従来の在留資格を変更して、「出国準備のため」という資格で在留を許可したものではない。

すでに述べたように、現行「出入国管理令」上、「出国準備のためという在留資格」による在留期間更新許可なる制度はなく、

他方、「出入国管理令」上、在留許可がなされている以上、在留期間更新申請権があることは明白であるから、

仮に、法務大臣が「出国準備期間」として在留期間更新を許可したのであっても、

右処分には、「更新期間経過後の在留」を不許可にするとの処分は含まれていないとみるのが当然である。

そして在留期間更新は認めないが、在留期間後も「出国準備」のため一定期間の在留を認めるという処分をする場合は、

現行法が右のような仕組みになっている以上、

在留期間更新の不許可処分をなし、期限後も事実上、退去強制等強制処分を行わないこと(猶予期間を与えること)を、

申請人に告知するとの方法をとり得るのであるから、この方法によって処分の明確を期すべきである。

このような処分のなされなかった本件においては、相手方は、

抗告人が以後、在留を認めないつもりらしいということを一応推察できたとしても、

いまだ、以後一切の在留を認めないとの処分が明示されたか否か、判然と理解できないのは当然である。

ことに相手方は、法律はおろか、日本語も理解できない外国人なのである。

行政処分には公定力があるから、裁判所の判決と同様、処分の内容が形式上、明確でなければならず、

処分は、その形式上から読み取れる内容をもったものとして、解釈すべきである。

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したがって本件処分はその形式上、

「出入国管理令」第 21条 3項の規定にもとづく在留期間更新許可処分であることは疑いなく、

同条の規定によって、さらに更新申請の余地の残された処分であったこと

(換言すれば、不許可処分は含まない処分であったこと)は明瞭である。

三.本件処分のなされた事実経過。

相手方は、本件前処分を受けたのち、

昭和 45年 9月 5日、在留期間が短縮されたことを不当として、前処分の取り消し訴訟(執行停止申請と共に)を提起したが、

その形式上、前処分には不許可処分は含まれていないと解せざるを得なかったので、さらに更新申請をする必要があると判断し、

右申請に先立って、同年 8月 27日、更新申請をなした。

前記訴訟は、東京地方裁判所民事第 3部に係属したが、同部裁判長が相手方に対し

「利益処分(許可処分)の取り消しはナンセンスであるから取り下げてほしい。

取り下げるまで、決定は留保状態にしたい」と要請したので、相手方はこれを了承した。

さらに相手方が本件更新申請に赴いた際、

抗告人は、東京入国管理事務所・係官を通じ、相手方に対し

「前処分は従来の在留資格を変更するものではないし、再更新申請が許されないものではない、

ただ、今回申請は申請しても不許可になる」と告げ、申請を受理した。

そして「出国準備期間として」との表示の意味は、

将来、更新の申請をしても不許可になることがある、との警告にすぎないことを表明した。

また同年 9月 3日に、相手方が、法務省入国資格審査課に「前処分の理由」の説明を求めるため赴いた際も、

抗告人は、同係官 B氏を通じ、相手方に対し

「本件申請についても不許可になるが、その理由は、前処分の理由(無断転職)と同様である」旨答えた。

なお抗告人自身、本件執行停止訴訟において、

本件処分の理由として「相手方の無断転職、および政治活動をした」との理由を掲げている。

以上の事実からも、前処分は、行政処分としては「将来の再更新不許可の処分」を含むものではなく、

「将来の再更新申請を予定した処分」であり、

本件処分は、前処分において「以後、再更新をしない」との処分がなされていることから、

実質判断をすることなしに自動的になされたものではなく(行政庁が内心において不許可を予定していたことは、別として)、

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行政処分としては、前処分から独立であり、

更新の相当性を実質的に判断してなされる「通常の不許可処分」と同一であると言うことができる。

四.仮に、前記主張が認められないとすれば、

本件処分は「前処分の効力」にもとづき、あらかじめ不許可が決定しており、

不許可処分の形式を整えるためになされたものと言うことになり、

本件処分の適法性については、前処分の適法性いかんによるものと解さねばならない。

ところで前処分は、無断転職をなしたとの理由、

あるいは政治活動としての集会・集団示威運動に参加したとの理由でなされたものであり、

これは、相手方がすでに主張したように違法である。

したがって本件処分も同様に、違法であると言わねばならない。

五.なお、本件執行停止訴訟においては、本案に理由がないと見えなければ、相手方の申し立てを認容するに足りるのであり、

本案において勝訴することが確実であると判断しなくとも、執行停止ができることは、

従来の多数の決定例の認めるところである。

したがって、本件処分が「前処分の効力」にもとづく形式的・自動的処分ではないとの判断が、

一応成立する余地を認めるのであれば、

「本案に理由がないと見えるとき」にあたらないとして、相手方の申し立てを認容すべきである。

第二:回復困難な損害がある。

一.本件不許可処分の効力が停止されなければ、相手方は「出入国管理令第 24条ロ号該当者」となり、

入国警備官の取り調べ・臨検・捜索・押収を受け、さらには収容令書による収容を受けるに至り、

人権の侵害を余儀なくされる危険にさらされることは、原決定の述べるとおりである。

右の取り調べ・捜索・収容等それ自体が、相手方の自由を侵害し、相手方に精神的苦痛を与え、

憲法によって保障された相手方の基本的人権を侵害するものであるのみならず、

相手方が、その陳述書においてすでに詳細に述べたごとく、

相手方は社会的信用を失墜し、英語教師の職を失い、生計の途を断たれ、

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琵琶・琴などの古典音楽の承継という、一生の望みを捨てることを強要されることになるのである(疎第 31号証参照)。

ひいてはまた、ELECおよびその生徒に損害を与え、

日本文化がその貴重な伝承者を失うことになるであろう(疎第 10号証参照)。

二.抗告人は、本件のようなケースでは、臨検・捜索・押収をする必要はないし、

また収容についても、収容したその日に仮放免することが多いから、回復すべからざる損害はないと主張する。

(一)しかし、まず第一に、本件処分が違法であれば、違法調査手続き、および収容手続きは行われるべきでないのであり、

他方、違反調査手続きは、「本件処分の違法性」の有無が本案において確定するまで、

開始する必要性が全くないことを銘記すべきである。

本件処分が「本案について理由がないとみえるとき」に該当せず、

かつ本件執行停止をしないことにより、何らかの回復すべからざる損害発生の危険があれば、

それだけで、本件処分の効力を停止するのが本筋であり、「行政事件訴訟法」第 25条の正しい解釈である。

(二)第二に、確かに相手方が、「出入国管理令」第 24条ロに該当するか否かは、ほとんど調査を必要としないと言えようが、

抗告人としては、本件処分の理由が、十分事実の根拠を持っていたものであるか、

および、相手方の在留状況について、さらに詳細に調査する必要があることは明白である。

それによって抗告人は、相手方の仮放免を許可するか、許可するとしていかなる条件で許可するか、

特別在留許可を与えるか、退去強制を実際に行なうか等について、はじめて判断できることになるし、

また、本件処分の適否を再考して、本件処分を自ら取り消し、変更すべきか否かについても、判断できるようになるのである。

また本件本訴で、本件処分の適否が争われており、

抗告人としては、前記違反調査手続きを利用することによって、

抗告人が「本件処分理由として掲げた事実」を証明する資料、

ないしは「本件処分を正当化する事実」を収集する必要に迫られているのである。

また、「在留目的にしたがった在留をしていないこと」を理由として、在留期間更新不許可処分を受けた E氏

(相手方と同じく「外国人べ兵連」に所属し、反戦活動を行なっていた僧侶)のケースでは、

同氏は収容後、直ちに仮放免申請をなしたにもかかわらず、

収容令書にもとづく執行停止決定が出されるまで、1ヵ月以上も収容された(疎第 25号証)。

右ケースも本件と同様、「出入国管理令第 24条ロ号」に該当するケースである。

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すなわち本件のように、法務大臣の判断に政治問題がからむケースにおいては、

容易に仮放免の得られないのが実情なのである。

以上の事情から、相手方が、違反調査手続き、および収容手続きを受けるおそれは、現実の危険として存在していると言える。

(三)また、右のように述べるまでもなく、

「出入国管理令」上、違反調査手続き、および収容手続き制度が存し、右制度が動いていないとの事実がない以上、

特定のケースにおいては捜索・押収等がなされず、収容されても即日仮放免されることがあるとしても、

本件において違反調査手続き、および収容手続きがなされる危険は、依然として存在するものであるから

(ことに収容手続きは法令上、必ずなされることになっている)、回復すべからざる損害があるとしなければならない。

※漢字・ひらがな・カタカナ・英字・句読点・記号等は、当方で必要に応じて変更をしています。

※文中に出てくる「判例の頁番号」や「法令の条・項・号」は原文どおりです。

※誤字・脱字等ありましたらご一報ください。

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