【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停...⑴...

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本日はこのような機会を与えていただきありが とうございます。 最初に,調停委員の皆様の調停制度の円滑な運 営に対する多大なるご貢献に心より感謝を申し上 げます。 調停委員の皆様にどのようなことをお話しすれ ばよいのかについては,研修担当の永井裕之部長 を通じて,皆様から様々なご希望やご提案をいた だき,いろいろ考えたのですが,せっかくの機会 ですので,皆様のご希望・ご提案をできるだけ取 り入れ,家事調停を中心としながらも,家庭裁判 所を取り巻く現状や家庭裁判所が課題としている ところのほか,家庭裁判所をめぐる最近の立法の 動きといった,少し欲張ったお話をさせていただ きたいと思っています。そういうテーマですので, やや大雑把なとりとめのない話になるかも知れま せんが,ご容赦をお願いしたいと思います。配付 しておりますレジュメも参考にしていただきなが らお聴きいただければと思います。 さて,皆様は,最近,新聞紙上で家庭裁判所に 関する記事を見掛けることが多くなったなと思わ れないでしょうか。今年に入ってから,新聞各紙 には,平成28年度の家事事件が初めて100万件を 超えたという記事が出ていました。成年後見制度 に関係する記事もよく見掛けます。児童虐待に家 裁が関与する法律案が検討されているとの記事も ありました。家事関係の個別の事件としては,子 の親権をめぐる事件で,非監護親である夫が,自 大阪家事調停協会では,平成29年4月18日に大阪家庭裁判所の小野憲一所長を講師にお迎えして平成29年度 第1回全体研修会を開催しました。大変好評でしたので,本誌に掲載いたします。なお,掲載に当たり講師自 ら加筆修正していただきました。 各地の活動紹介 講師:大阪家庭裁判所長(現大阪地方裁判所長) 小 野 憲 一 1 はじめに 2 家事事件の動向 ⑴ 全国統計から見た動向 ⑵ 事件に関する実情 ⑶ 当事者に関する実情 3 家事事件手続法(家事法)の制定 4 家事法の趣旨に沿った家事調停手続の運営 従前の調停に対する批判と家事法の趣旨に沿っ た調停手続 ⑵ 裁判官の関与の充実と評議 ⑶ 家事調停の本質論 5 当事者の納得と家庭裁判所への信頼 6 家庭裁判所全体の紛争解決機能の強化 人事訴訟事件の家庭裁判所への移管と家事 調停と人事訴訟の連携 ⑵ 関係職種との連携 ア 家庭裁判所調査官 イ 書記官 7 家庭裁判所をめぐる動き ⑴ 後見関係事件の現状と新しい立法 ア 後見関係事件の現状 イ 新しい立法 ⑵ 人事訴訟事件の長期化傾向 ⑶ 相続法制の見直し ⑷ 成年年齢の引下げに関する動向 8 最後に 【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停 1 はじめに 各地の活動紹介 32 調停時報 197号 2017.7.25

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Page 1: 【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停...⑴ 人事訴訟事件の家庭裁判所への移管と家事 調停と人事訴訟の連携 ⑵ 関係職種との連携

  本日はこのような機会を与えていただきありがとうございます。  最初に,調停委員の皆様の調停制度の円滑な運営に対する多大なるご貢献に心より感謝を申し上げます。  調停委員の皆様にどのようなことをお話しすればよいのかについては,研修担当の永井裕之部長を通じて,皆様から様々なご希望やご提案をいただき,いろいろ考えたのですが,せっかくの機会ですので,皆様のご希望・ご提案をできるだけ取り入れ,家事調停を中心としながらも,家庭裁判所を取り巻く現状や家庭裁判所が課題としているところのほか,家庭裁判所をめぐる最近の立法の

動きといった,少し欲張ったお話をさせていただきたいと思っています。そういうテーマですので,やや大雑把なとりとめのない話になるかも知れませんが,ご容赦をお願いしたいと思います。配付しておりますレジュメも参考にしていただきながらお聴きいただければと思います。  さて,皆様は,最近,新聞紙上で家庭裁判所に関する記事を見掛けることが多くなったなと思われないでしょうか。今年に入ってから,新聞各紙には,平成28年度の家事事件が初めて100万件を超えたという記事が出ていました。成年後見制度に関係する記事もよく見掛けます。児童虐待に家裁が関与する法律案が検討されているとの記事もありました。家事関係の個別の事件としては,子の親権をめぐる事件で,非監護親である夫が,自

 大阪家事調停協会では,平成29年4月18日に大阪家庭裁判所の小野憲一所長を講師にお迎えして平成29年度第1回全体研修会を開催しました。大変好評でしたので,本誌に掲載いたします。なお,掲載に当たり講師自ら加筆修正していただきました。

各地の活動紹介

講師:大阪家庭裁判所長(現大阪地方裁判所長) 小 野 憲 一

1 はじめに2 家事事件の動向 ⑴ 全国統計から見た動向 ⑵ 事件に関する実情 ⑶ 当事者に関する実情3 家事事件手続法(家事法)の制定4 家事法の趣旨に沿った家事調停手続の運営 ⑴� 従前の調停に対する批判と家事法の趣旨に沿っ

た調停手続 ⑵ 裁判官の関与の充実と評議 ⑶ 家事調停の本質論5 当事者の納得と家庭裁判所への信頼6 家庭裁判所全体の紛争解決機能の強化

 ⑴� 人事訴訟事件の家庭裁判所への移管と家事調停と人事訴訟の連携

 ⑵ 関係職種との連携  ア 家庭裁判所調査官  イ 書記官7 家庭裁判所をめぐる動き ⑴ 後見関係事件の現状と新しい立法  ア 後見関係事件の現状  イ 新しい立法 ⑵ 人事訴訟事件の長期化傾向 ⑶ 相続法制の見直し ⑷ 成年年齢の引下げに関する動向8 最後に

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

1 はじめに

各地の活動紹介

32  調停時報 197号 2017.7.25

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分が親権者になったならば年100日の面会交流を認めると主張し,妻の方は月1日程度という主張をしていたところ,一審の千葉家裁松戸支部は,年100日を提示した夫を親権者とする判決をしました(平成28年3月29日判決)。一審は,いわゆるフレンドリー・ペアレント・ルール(より相手に寛大な親を優先するという基準)を適用したといわれている判決です。これに対し,控訴審の東京高裁は,父母の面会についての意向だけで親権者を定めることは相当ではなく,年100日は子の負担が大きいし,妻が行っている現在の養育状態にも問題はない等として,家裁の判決を破棄して,妻を親権者とする判決をしました(平成29年1月26日判決)。この事件は新聞でかなり大きく取り上げられました。また,面会交流の間接強制の事件で,別居中の母親に月1回娘を会わせるという約束を守らない父親に対して,応じない場合は1回当たり100万円の間接強制金を母親に支払うよう命ずる決定を東京家裁がしたことも,その間接強制金が高額なことから新聞で報じられました。その後この決定は抗告審で1回につき30万円に減額され(東京高裁平成29年2月8日決定),減額されたときも新聞で報じられました。  また,最高裁判所長官の新年などの機会における挨拶や談話が,裁判所のウェブサイトに掲載されています。これは,国民の方々や裁判所の職員に向けて,その時々の裁判所の現状と課題を明らかにするという大切な機会となっています。この挨拶等において,近年,家庭裁判所における,家事調停を中心とする紛争解決機能の充実や,成年後見事件の円滑な処理が,裁判所にとって重要な課題であると繰り返し語られており,これを読むと家庭裁判所の重要性が増していることを実感することができます。

2 家事事件の動向

 ⑴ 全国統計から見た動向  � 家事事件の重みが増していることを全国の統計から見てみますと,近年民事事件,刑事事件の新受件数が落ち着いているのに対し,家事事件は増加を続けています。特に,後見関係の事

件が大幅に増加していることから,別表第一審判事件の新受件数が大幅に増加しています。先ほど平成28年度の家事事件の新受事件数が100万件を超えた話をしましたが,その約8割が後見関係の事件を含む別表第一審判事件です。

  � 家事調停の総数は,一貫して増加を続けてきましたが,平成21年以降は全国で14万件前後という高い水準で推移しています。調停事件の内訳を見ますと,別表第二調停事件は増加を続けており,平成28年は約8万件と,平成18年の約5万5000件に比べて約45パーセント増となっています。一方,別表第二調停以外の調停事件(ここではこれを「一般調停事件」と呼びます。その多くが夫婦関係調整事件です。)は,平成15年頃がピークでその後緩やかに減少しており,平成28年は約6万件とピーク時の平成15年に比べて約27パーセント減となっています。つまり,別表第二調停が増加し,一般調停事件が減少して,ならして高止まりになっているということがいえそうです。

  � 既済事件の平均審理期間(調停申立てから終局までの期間)を見てみますと,別表第二調停,及び一般調停事件とも緩やかに長期化しており,全調停事件の平均審理期間は平成17年が約4.5か月であったところが平成28年は約5.5か月と約1か月長くなっています。

  � 一方,事件類型によって家事調停で解決した率(調停成立と調停に代わる審判で解決した率の合計。「調停解決率」と呼びます。)に差があるかを見てみますと,平成27年の全国の別表第二調停事件の調停解決率は,約61.5パーセントであるのに対し,一般調停事件のうちの多くを占めます離婚調停事件の調停解決率は約54パーセントと,離婚調停事件の調停解決率は,別表第二調停事件に比してかなり低くなっています。

  � 以上,統計から見て取れるところをまとめますと,調停事件の新受件数の高止まり傾向,特に別表第二調停事件の増加,調停事件全般の審理期間の緩やかな長期化,別表第二調停事件に比して離婚調停事件の調停解決率が低い,といったところであり,大阪家裁でも大体同様の傾向にあります。

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

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れる事件が多く,その分事件の解決が難しくなっています。

 ⑶ 当事者に関する実情  � 当事者の実情はどのようになっているかというと,自己の主張に固執する当事者が増えており,インターネットなどで法的情報を得ていることから,主張や要求が従前より強くなっているという声を聞きますし,また,都合の良い情報だけをピックアップして,それに沿った対応を弁護士に求めるケースもあるようです。

  � 弁護士が代理人として関与する事件の割合を見てみますと,もともと弁護士の関与率の高い遺産分割調停事件は,関与率が更に少しずつ増加しており,どちらかに弁護士が関与している率は,平成26年は全国で7割を少し超えています。婚姻関係事件についても,どちらかに弁護士が関与する事件は増加しており,平成26年までに全国で4割を上回っています。

  � 代理人と当事者との関係は,地域差もあるのでしょうが,総じて本人の意向が強くなっており,弁護士の方針を本人が了承しない場合も見られ,説得に苦労をされる例も増えているようです。自分の不利な面だけでなく,客観的な現状に目を向けることも拒否して自分の言い分に固執するという攻撃的な姿勢を取る当事者も増えているようです。

  � 代理人が付いた場合,一般的には,資料の提出等について調停委員会が詳細な説明をすることが不要になるなど,紛争の早期解決を図ることができるようになりますが,その一方で,期日の調整が困難になったり,調停を通過点としか考えずに,調停事件をすぐに不成立にするよう求めて訴訟に持って行きたがったり,当事者の意向を重視しすぎて,事件の見通しを示して当事者を説得して主体的な意思決定を促したりすることもできない代理人もいるようです。若手弁護士のスキルアップの研修などの必要性を感じるところですが,これは弁護士や弁護士会だけの問題ではなく,裁判所も含めた法律家全体で取り組むべき問題と考えています。

  � 統計的には,代理人が付いた事件の方が審理期間が長くなっていますが,これは,①代理人

 ⑵ 事件に関する実情  � 事件類型でいうと,面会交流,子の監護者指定,子の引渡しといった子の監護に関する事件が増加しており,感情的対立の先鋭化や相互不信が見られるなど紛争性の高い事件が多く見られます。父親が子どもの親権,監護権,面会交流を強く求めるケースが増えています。その社会的背景には,男性の子育て参加が増えていることを指摘することができ,少子化の影響からか祖父母が孫である子に対する強い思い入れを持っており,夫婦間の争いの背景に祖父母の意向があるケースも増えています。

  � 面会交流事件では,非監護親側に,同居当時の状態を再現したいという思いが強い事件,当事者間にDV(ドメスティック・バイオレンス)の問題があるなどの理由から監護親側が強く反発したり警戒したりする事件,非監護親が養育費を支払わないために調整に支障が生じる事件などが目立つようになっています。面会交流事件は,結論が出た後にも,親同士が面会に向けて継続的に協力して面会を実施していくことになりますので,できるだけ話合いで解決する方が望ましいという事情があり,調整を重ねたり,試行的面会交流を行ったりすることで,事件の係属期間が長くなる傾向があるようです。

  � このほか,双方に資力がないため,調整が困難になる婚姻費用分担の事件や,養育費の減額が申し立てられる事件も増えています。遺産分割事件では,互いの家族観,遺産分割についての価値観が異なることから対立が先鋭化することが多く,少子化の影響もあり被相続人の財産で生活していた当事者の分割に対する期待が大きい事案,高齢化社会を反映して,被相続人を介護した者がその貢献を考慮するよう求める事件も目立つようになっています。

  � 暴力を振るう夫に自宅からの退去を命じたり,面会要求を禁じたりする命令の発令を裁判所に対して求める保護命令事件という類型の事件があり,これは,地方裁判所の管轄の事件ですが,大阪地裁は,平成13年の制度発足から一貫して日本で一番事件の数が多いのですが,大阪家裁の家族間の紛争にもDVの存在が主張さ

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が付いている事件の方が難しい事件が多いこと,②代理人が複雑な事件の解決に向けて努力している表れと考えられること,③代理人は本人と比べると期日の調整が難しい場合があることから,審理期間が長いことは,むしろ当然の結果といえると思います。

  � 代理人がついている,いないにかかわらず,以上のような当事者の実情の下で調停委員の皆様も,ご苦労されていることが多いと思います。しかし,そのような当事者の内心を考えてみると,自分の思いどおりにならない事態の推移に日々悩み,出口の見えない状況から一刻も早く逃れたいと,攻撃的になったり,反発したりしていることが多いように思います。当事者が,どうしてその点にこだわるのかを,当事者の置かれた状況や心境から推察して,紛争解決の糸口を見つけていただきたいと思います。難しいことではありますが,そこが調停委員の醍醐味なのだと思います。

3 家事事件手続法(家事法)の制定

  次に,家事事件手続法(ここでは「家事法」と呼びます。)についてお話しします。  平成25年1月に家事法が施行されました。この法律は,昭和22年に制定された家事審判法を全体として見直し,新たに制定したものです。このような法改正が必要になったのは,家事審判法は制定以来,抜本的な改正のされないままになっていまして,その後改正された他の民事関係の手続法と比較すると利用しにくいものになっており,また,当事者に対する手続保障が十分とはいえないものとなっていたという事情があります。そして,一方では,先に述べたように,社会,経済の状況が著しく変化し,家庭をめぐる紛争が複雑化,多様化し,当事者の権利意識も高くなってきたという事情があります。そこで,総論的にいうと,家事法の制定によって,家事事件の手続をより明確で利用しやすいものとするとともに,当事者の手続保障を図り,当事者がより主体的に主張や資料の提出をすることができるようにしたのです。  具体的に,家事審判法から家事法への改正の要

点を挙げると3つあります。第1は,当事者の手続保障を図るための制度を拡充したことです。第2は,国民が家事事件の手続を利用しやすくするための制度の創設,見直しをしたことです。第3は,管轄,代理,不服申立ての手続等の基本的事項に関する規定を整備したことです。  このような改正を通じて,調停や審判の適正さを担保して,当事者の納得が得られやすくしようとしたのが家事法の制定でした。  家事調停の面での手続保障は,調停申立書の写しの相手方への送付(家事法255条,256条)が主要なものです。申立書の写しを相手方に送付するかどうかは,旧法の下では明文がなく,家庭裁判所の裁量に委ねられていました。しかし,相手方が申立書の内容を了知した上で手続活動を進めることが,調停手続の充実及び早期解決の観点から重要であることから,申立書の写しを相手方に送付することにしたものです。期日の呼出状だけが送付され,申立人から何を申し立てられたのかわからないまま期日に出頭する,という旧法下の取扱いは,手続保障という点から改善されるべきであったといえます。ただし,申立書の写しを相手方に送付すると,申立人と相手方の感情のもつれが一層激しくなり,話合いにならないような場合には送付をしないで,家事調停の申立てがあったことだけを相手方に通知することにしています(家事法256条1項ただし書)。ただ,これはあくまで例外であり,相手方の手続保障や紛争の早期解決のためには,手続の円滑な進行を妨げないような申立書の記載にして相手方に送付することが望ましいといえます。そこで,各家裁とも工夫をして,定型の申立書を定めて,定型の申立書には,第1回調停期日の前に双方が共有しておくべき事項だけを記載すればよいこととし,それ以外の事情は,「事情説明書」や「連絡メモ」に記載して提出させるようにして,裁判所の記録には綴るけれども,これを相手方に送付しないことにするなど,きめ細かい工夫をしています。また,相手方に知られては困る情報があるときは「非開示の申出書」を提出するように指示しています。  ところで,家事調停ではなく,家事審判の話ですが,旧法の下では,家事審判に対して抗告(不

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服申立て)がされたとき,抗告状や抗告理由書の副本を相手方に送付するかどうかは,抗告審裁判所の裁量に委ねられていました。もっとも,原審判を変更する可能性がある場合には,実務上は,抗告状や抗告理由書の写しを相手方に送付するのが実務的な扱いであったのですが,ある事件で,婚姻費用の分担に関する審判に対する抗告審が,相手方に抗告状や抗告理由書の写しを送達せず,反論の機会を与えることなく,審判を変更して相手方に不利益な判断をしたということがありました。不利な判断をされた相手方が,憲法32条の裁判を受ける権利を侵害されたとして,抗告審の決定に対して特別抗告をしたので,最高裁で審理がされました。最高裁第三小法廷平成20年5月8日決定の多数意見は,裁判を受ける権利を侵害したとはいえないとして特別抗告を退けましたが,理由中で,家裁の審判を相手方に不利に変更するならば,実務上一般に行われているように,相手方に攻撃防御の機会を与えるために,抗告状と抗告理由書の写しを送付する配慮が必要であり,抗告審の手続には問題があったと述べました。この決定は,家事法の制定の際にも参考にされ,家事法と家事事件手続規則では,審判に対して即時抗告があったときは,原則として抗告状の写しと抗告理由書の写しを相手方等に送付しなければならないとの規定が置かれました(家事法88条,規則58条)。  そのほか,家事法になって,国民が手続を利用しやすくするため,電話会議システムやテレビ会議システムが導入される(家事法258条1項で準用する54条)とか,調停条項案の書面による受諾(家事法270条)が,旧法では遺産分割の調停事件だけに認められていたものが,家事調停一般に拡大されたなどの変更がありました。  調停の運営については具体的な規定は設けられていませんが,家事法の趣旨に沿った手続の運営が期待されているといわれています。そこで,次に家事法の趣旨に沿った家事調停手続の運営についてお話しします。

4 家事法の趣旨に沿った家事調停手続の運営

 ⑴� 従前の調停に対する批判と家事法の趣旨に沿った調停手続

  � 家事法の趣旨は,手続が明確で分かりやすいこと,当事者の手続保障を図り,当事者がより主体的に主張や資料の提出をすることができようにすること,その結果,調停や審判の適正さを担保して,当事者の納得を得やすくしようとすることでした。

  � 一方,調停の場面において,旧法下では,家庭内の紛争は非公開で白黒をはっきりつけず,譲り合って解決すべきであるという考え方が強く,審理の在り方も家裁の裁量に広く委ねたものとなっていたようです。そのため,家事調停の運営は,当事者の感情面への配慮やプライバシーを重視して,当事者間で意見等が対立する点について,必ずしも判断を行わずに,できるだけ互譲による解決を図ってきた傾向があるといわれていました。当事者の主張を相手方に伝えることなく,調停委員の胸の中に収め,情に訴えて調停の成立を図るということもあったようです。かつては,俗に,「マアマア調停」「足して二でわる調停」「だらだら調停」「ごね得調停」「強い者勝ち調停」「義理人情調停」などという批判がされることもありました。

  � このような批判を受け,家事調停は,先人たちのご苦労の下,改善の努力が続けられてきたのですが,特に,家事法の下では,家庭内の紛争であっても個人の主張の機会をきちんと保障するとともに,相手方がどのような主張をしているかを伝え,対立点に関する裁判所の法的見解を示すことによって,紛争の迅速な解決を目指すという運用が求められていると思います。事実関係に争いがある場合も,調停は裁判と異なり,争いのある事実を確定させる手続ではありませんが,他方で,例えば,不貞の有無が争いになっており,この事実の有無を判断しないと,離婚するかどうかや,慰謝料の支払義務の有無,金額についての話合いが進まない場合があります。このように,家事調停の目的である

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話合いによる解決に向けて,ある事実の存否についての判断を示すことが必要な事案も少なくないと思います。家事調停は,法的紛争解決の手段であり,家事調停においても事実の調査や証拠調べをすることが認められている(家事法258条1項が準用する56条ないし62条,64条,261条)ことからすると,調停委員会は,当事者の互譲を求めるだけでなく,話合いを進めるために,事実に関する一応の考え方を説明して合意形成を働き掛けることが求められていると思います。裏付け資料を求めたり,事情聴取をしたりしても,確定的な心証をとれない場合もありますが,その場合には,資料から認められる事実の限度や,事実の存否を確定的に判断することが難しい理由などを説明した上で,調停で解決することのメリットなどを示して合意形成を働き掛けることになると思います。

  � なお,昨年1月にある法律雑誌に「家事調停への要望」という表題で,元裁判官の弁護士の方が,最近の出来事として,事実関係に争いのある家事調停で,調停委員会が事実認定を行わず,事実関係を踏まえた解決案を示さないことから,調停が不調となった例を取り上げて,調停委員会は,的確な事実認定を踏まえた法的判断(実定法のみならず条理も含んだ法律判断)を示すべきであると述べて,家事調停の現状を批判する論文を発表されていました(篠田省二「家事調停への要望-事実認定と合理的解決策の策定-」判例時報2276号3頁〔平成28年1月〕)。指摘された事案は,あるいは,事実認定についての一応の見解や,解決案を示すことができないほど当事者の対立が厳しい事例であったのかも知れませんが,批判には耳を傾けるべきところもあるように思いました。

 ⑵ 裁判官の関与の充実と評議  � 的確な事実認定や法的観点を踏まえた解決方法をもって調停を運営していくためには,家事調停における裁判官の関与の充実が一層重要になってくると思います。かつては,「裁判官不在調停」という批判も聞かれました。大阪家裁のように家事専属の裁判官がいる裁判所でも,裁判官は多くの調停事件を担当しており,各調

停期日に多数の事件を指定せざるを得ず,常時立会は物理的に難しいのですが,評議の在り方を工夫し,事前評議,中間評議,事後評議を活用したり,書面によるやり取りで評議したりする場合も含めて,評議の充実を図るようにしています。評議の結果,裁判官が直接当事者に説明をしたり,働き掛けを行ったりすることは多いですし,裁判官によっては,調停委員から調停不成立になります,と言われたときに,むしろそこからが大切であると考えて評議に臨むということもあると聞くことがあります。事件の進行や解決案の策定はもちろんのこと,裁判官が関与すべき場面,調停委員に任せるべき事項について考える上でも,充実した評議を行うことが大切だと考えています。

 ⑶ 家事調停の本質論  � ところで,裁判官の調停に対する関与をどのように評価するかは,家事調停という制度をそもそもどのような制度として考えるかという問題に関わると考えられます。古くから「調停の本質論」という議論があり,判断説と合意説の対立があるといわれます。判断説とは,家事調停における調停機関の判断的要素をより重視する立場です。判断というと上から押し付けるような印象を与えますが,いうまでもなく家事調停は当事者の自主的な合意ですから,判断説は,つまるところ,家事調停という手続は,適正で妥当な解決策を,その当事者の合意に「織り込む」仕事であるという意味を持っているといわれます。一方,合意説とは家事調停の本質について当事者の合意であることをより重視する立場で,調停委員会の作用は「川土手の見張り」であるという言い方をする人もいます。「川土手の見張り」というのは,調停委員会は,当事者間の合意が,成立過程においてもその内容においても,違法でなく,条理に適い公序良俗に反しないことを後見的に監督指導するものであるとする立場です。このほかに,どちらも本質であるとする二元的な考え方をする立場もあります。また,任意の合意形成が見込めないときに調停案の提示と調整が行われるとして,段階的に理解しようとする立場もあります。

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

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  � そこでどのように考えるかですが,先ほどから述べていますように,家事法の下では,調停委員会は,個人の主張の機会をきちんと保障するとともに,相手方がどのような主張をしているかを伝え,対立点に関する法的見解を示し,事実関係に争いがある場合には,一応の考え方を説明して合意形成を働き掛けるという作用を行うのですから,判断的要素が大きくなっているといえますし,その意味で,裁判官の関与が充実することは,積極的に評価されることになり,調停委員会は「川土手の見張り」などではない,もっと積極的な機能を果たすことが期待されているということができると思います。ただ,一方では,家事法制定の目的は,当事者の手続保障を図り,当事者がより主体的に主張や資料の提出をすることができるようにして,当事者の納得を得られやすくすることでしたから,当事者が自主的な解決に向けて意思決定ができるような調停運営に取り組む必要があります。そういう意味では,裁判官の関与の充実は,当事者の自主的な解決を引き出すために求められるということができ,結局のところ,当事者間の合意の成立が目的で,調停委員会の判断的要素はそのための重要で不可欠な手段ということができるのではないかと思います。

5 当事者の納得と家庭裁判所への信頼

  次に,当事者の納得という点から家事調停を見てみますと,権利主張の強い当事者が増え,家事紛争が激化している今日においては,家事調停における当事者の納得や満足を得るためには,結果の公正(実体的公正)だけでなく手続的公正という二つの公正がともに充足される必要があるといわれています。  結果の公正という点に関しては,家事事件に適用される民法(家族法)などの実体法の定めが,いわゆる白地規定であって具体的な実体的法律要件の定めがないため,家事審判や家事調停においては,実体法の適用の裁量基準が包括的であるといわれます。例えば,親権者変更に関する民法819条6項は,「子の利益」のために必要があると

認めるときは,家庭裁判所は,子の親族の請求によって,親権者を他の一方に変更することができると定めており,父母の間で親権者を定める協議が整わない場合の親権者指定(民法819条5項)も「子の利益」が基準であると解されています。しかし,「子の利益」の内容について法に具体的な定めはなく,親子関係を取り巻く様々な事情を総合的に比較衡量して判断するほかはないと考えられています。ここでいう様々な事情として,父母側の事情としては,監護能力,精神的・経済的・家庭環境,居住教育環境,子に対する愛情,親族の援助の可能性などが挙げられます。また,子側の事情としては,子の年齢,性別,心身の発育状態,従来の環境への適応状況,父母及び親族との結びつきなどが挙げられます。より具体的な判断要素として,①乳幼児については主たる養育者が優先される,②監護の継続性・現状維持が重視される,ただし監護の開始において奪取行為がある場合にはこれを追認することは許されない,③フレンドリー・ペアレント・ルール,つまり離婚後も面会交流に寛容な親が有利に扱われる(冒頭紹介したように年100回の面会交流を認めると主張した父を親権者にした家裁はこのルールを重視したといわれています。),④兄弟姉妹はなるべく同一親権者のもとに置く,等の判断要素が実務的に用いられています。  そこで,調停を進めるに当たり,当事者の言い分や対立点の理解と整理を含めて適切な事実関係の把握をするとともに,調停委員会の考えている判断の枠組や重視している要素について,当事者と認識を共有して,公正な調整を図ることが必要になると思います。実体的な定めが白地的な規定である場合においても,公平性や当事者の納得・当事者の予測可能性を害することのないよう配慮が必要だと思います。  ところで,「フレンドリー・ペアレント・ルール」というルールに関連して,アメリカにおける子の監護に関する判断基準を少し見てみますと,アメリカでは子の監護に関する事項を決定する際には「子の最善の利益」が一般的基準になります。その内容についてどのようなファクターを重視するかは州によって異なっているそうで,成文法で定

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めている州もあります。最近アメリカに留学した若手裁判官の報告によると,例えばアメリカ中西部のミズーリ州では,成文法で子の監護について決定するファクターとして次の8つを挙げているそうです。①両親の意見と養育計画,②子どもが両親双方と頻繁・継続的かつ有意義な交流をする必要性と,両親がそのニーズに関して母・父としての役割を積極的に果たそうとしているか,③子どもと両親,兄弟姉妹,その他の関係者との相互関係,④どちらの親の方が,子どもと他の親との頻繁,継続的かつ有意義な交流を認める見込みがあるか(これがフレンドリー・ペアレント・ルールですね。),⑤家,学校,社会への子どもの適応状況,⑥関係者の精神的,身体的な健康状態,⑦子どもの主要な住所を変更するか否かについての親の意向,⑧監護者についての子どもの意思,以上の8つです(田郷岡正哲「セントルイス郡裁判所における子の監護事件手続き」法曹794号43頁〔平成28年12月〕)。日本の家裁実務で考慮されている事情と結果的に大差はないようですが,立法によって明示的にファクターが掲げられていることは当事者の予測可能性という点で参考になると思います。  手続的公正の面では,⒜調停過程をいかに公正にするか(これは本来的な手続的公正)と⒝調停手続が公正に見えるかの二つの側面があるといわれています。後者は,事情聴取を行う場合に時間の割り振りに注意をして,バランスを失しないようにしなければならないといわれるような公正です。ここでは,本来的な手続的公正について話をします。  本来的な手続的公正を実現するためには,当事者が手続の進行や他方の当事者の言い分を十分に理解した上で,手続上も,円滑に合意による紛争の解決ができるような工夫をすることが必要です。  そのためには,①当事者が記入しやすく相手方にも理解しやすい書式を整備すること,②調停手続の進め方のアウトラインを記載したフロー図などを当事者に渡すこと,③非開示の希望がある場合の資料の提出の仕方等について分かりやすい説明書を交付して説明すること,などが考えられ,大阪家裁でもいろいろと工夫をしています。

  また,大阪家裁では,当事者の手続保障,手続の透明性の向上を図るための方策として,「終わりの会」と呼ぶ双方立会手続説明を平成26年4月から本格的に実施しています。  終わりの会については,大阪家事調停協会の会報誌42号(平成29年3月号)に当庁家事第2部の齋木稔久部長が詳しい紹介記事を書いており,皆様も十分ご存じのところと思います。終わりの会とは,各調停期日の終わりに,当事者双方や代理人が同席して,その日の期日で確認できたこと,次回の期日のために準備をすることについて,調停委員会から説明をする機会を設けることで,他の裁判所でも行っているところが増えているようです。  終わりの会の目的は,①双方が出席している場で説明をすることで,手続の透明性,公平性,中立性を確保し,ひいては裁判所・調停委員会に対する信頼を得るということ,②合意事項の蒸し返しを防止すること,③次回期日の空転を防止すること,の3点にあるといわれています。  昨年,調停委員の方々にアンケートをしたところ,終わりの会にはその後の調停の進行にプラスの効果があるとの回答が多数を占めた,ということです。中には同席させることが不適切な事件もあると思いますし,無理をする必要はありませんが,できるだけ多くの事件で終わりの会を実施していただくようお願いします。

6 家庭裁判所全体の紛争解決機能の強化

 ⑴� 人事訴訟事件の家庭裁判所への移管と家事調停と人事訴訟の連携

  � 人事訴訟事件については,かつては,家事調停は家庭裁判所で行い,人事訴訟は地方裁判所で審理していましたが,平成16年4月1日から家庭裁判所に移管されました。移管の経緯について簡単に振り返りますと,平成13年に発表された司法制度改革審議会の意見書において,①一つの家庭関係の事件の解決が,家庭裁判所の調停手続と地方裁判所の人事訴訟手続とに分断され,手続間の連携も図られていないのはおかしいとの指摘がされ,また,②家庭裁判所には,

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

調停時報 197号 2017.7.25  39

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家裁調査官が配置され,その専門的知見が家庭裁判所の調停・審判に活かされているのに,地方裁判所には,その種の機関がなく,人事訴訟の審理・裁判に利用することができないのは問題であるなどと指摘され,人事訴訟事件を家庭裁判所の管轄に移管すべきであるとの意見が示されました。そして,これに沿って,人事訴訟の家庭裁判所への移管が実行されたのです。もっとも,家事調停が成立しない場合に直ちに審判手続に移行する別表第二事件と異なり,改めて家庭裁判所に訴えを提起することによって人事訴訟手続が開始されることとされました。したがって,人事訴訟は,家事調停とは別個の訴訟手続であり,この点は移管によっても変更はありませんでした。このように,家事調停と人事訴訟は別個の手続であり,当然に記録が引き継がれることもないのですが,人事訴訟を家裁に移管した理由として,家庭裁判所における家事調停と,地方裁判所における人事訴訟との手続間の連携が図られていないことが挙げられていることからすると,運用上,家事調停事件と人事訴訟事件が同じ家庭裁判所で審理されることのメリットを可能な限り確保することが,人事訴訟の家裁移管の趣旨に沿うことになるわけです。

  � ではどのようにするかということですが,最高裁判所事務総局が調停委員の皆様向けに作成している「家事調停の手引」がその点について的確な説明をしています。その要点は,調停を人事訴訟に役立てるには,まず,調停の機能を一層充実させることが重要であり,充実した調停を行って当事者の主張や資料の整理ができていれば人事訴訟に役立つし,不成立になる場合でも,どの点が合意できなかったとか,人事訴訟で証拠として使える資料がどれかといったことについて確認ができれば,人事訴訟の円滑な進行に役に立つということです(「家事調停の手引」平成29年2月版52頁)。

  � 実際にどのような調停運営上の工夫をするかについては,大阪家裁においても,裁判官も含めた課題として検討しているところですが,調停委員の皆様も,離婚調停を行う際には,人事

訴訟との連携の意識を持っていただくようお願いします。

 ⑵ 関係職種との連携  ア 家庭裁判所調査官   � 家庭裁判所調査官は,行動科学に関する専

門知識や技法を備え,状況に応じて裁判所外でも調査活動ができるという機動性を有することから,これらを活かして,子どもの親権や監護をめぐる問題など,子どもの福祉に関わる事案に関与しています。関与の方法は,調停期日への立会,評議への参加,期日間の調査,心理的な調整などがあり,子の面会交流の事案では試行的面会交流も行います。大阪家裁では面会交流が課題となる調停について,調停の各段階における課題と家裁調査官の関与の在り方をフローチャートにして調停委員の皆様に配付しており,家裁調査官に,どの段階でどのような関与をして貰うのが効果的なのかを分かりやすく示しています。

   � 全国的にも,家庭裁判所の機能の充実に向けては,家裁調査官がその強みを活かすことが期待されており,特に子の福祉が問題となる事件は,家裁調査官が中核的な役割・機能を発揮することのできる分野と考えられており,適時適切に調査を実施すると同時に,調査の質を高めていくことが期待されています。家裁調査官による子の調査の件数も近年増加しておりますが,調査の結果を紛争解決につなげるには,調停委員会,家裁調査官,当事者の三者で,調査の目的や意味について,共通理解を形成しておくことが重要です。調停委員会としては,そのような共通認識を持って,調査結果や家裁調査官の意見を大いに活用して調停を進めていただきたいと思います。

   � また,大阪家裁では,平成27年11月から,未成年の子がいる夫婦関係調整事件の当事者に対して,子への配慮に関する知識を伝える集団型の親ガイダンスを行っています。大阪家事調停協会の会報誌42号(平成29年3月号)に,丹羽有紀・前大阪家裁主任家裁調査官が親ガイダンスを紹介する記事を書いています

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ので,詳細はそちらをご覧いただきたいと思いますが,親ガイダンスの概要を述べますと,家裁調査官がDVDの視聴と実際の講義を組み合わせて,分かりやすく,父母が離婚する際に,父母の紛争が子に与える影響や子に対する親の接し方を説明しています。初回の調停期日までに受講していただくよう案内していますが,受講していない場合には,調停委員の方から受講を勧めていただくようお願いしています。親ガイダンスを受講した当事者に対するアンケートの結果は,好意的な回答が大部分でしたし,また,本格的な分析はこれからですが,大阪家裁の検討チームで統計を分析したところ,親ガイダンスを受講した申立人の事件は,受講しなかった申立人の事件より,調停の成立率が高いという結果が出ています。残念ながら現在のところ受講者の割合はまだ期待した数字に届かない状況ですが,このように良い取組ですので,今後も受講者の拡大に向けた工夫をしていきたいと考えております。調停委員の皆様にもご協力をお願いします。

  イ 書記官   � 書記官は,調停成立時に立ち会って調書を

作成するという公証事務はもちろん,記録の管理を行い,調停委員からの情報や当事者から得られた情報などに基づいて調停事件全体の進行管理を行っていますので,必要なことは書記官に伝わるように配慮していたただくようお願いします。裁判所では,裁判官を中心に,調停委員,書記官,家裁調査官という関係職種が,互いに役割分担をしながら,認識を共有し,協力して職務に当たることが大切だと考えて,職種間の連携を一つの目標にしていろいろな工夫をしています。

7 家庭裁判所をめぐる動き

  ここからは,家事調停以外の家庭裁判所をめぐる動きを簡単に紹介したいと思います。 ⑴ 後見関係事件の現状と新しい立法  ア 後見関係事件の現状

   � 後見関係事件は,平成12年4月に現在の成年後見制度が始まって以来,増加の一途をたどっており,平成28年12月末現在の利用者の数は全国合計で約20万3500人(成年後見,保佐,補助,任意後見の合計)であり,前年比約6.4パーセントの増加になっています。政府が作成したオレンジプラン(認知症施策推進総合戦略~認知症のお年寄りにやさしい地域づくりに向けた施策を総合的に推進していくプラン)によると,我が国の認知症の患者数は平成37年には700万人に上ると推計されています。したがって,成年後見制度の利用者の数は今後更に増加することが予想されています。また,後見人等による不正事案も後を絶たないところであり,平成28年1月から12月までの1年間に報告された不正事案は全国で502件,被害総額は約26億円に上りました。平成27年(521件,約29億7000万円)に比して減少したとはいえ,まだまだ高い水準にあります。

   � 家庭裁判所は,後見人等の不正を可能な限り防止し,不正の兆候を発見した場合には,預金口座を凍結するなどして迅速に対応することにしていますし,今後も増え続ける後見関係事件を合理的・効率的に処理することを目指しています。

   � 大阪家裁でも後見係は,裁判官,書記官,事務官,家裁調査官を含めて約50人弱の大所帯で事務を処理しています。

  イ 新しい立法   � 平成28年4月に成年後見に関する新しい法

律が2つ成立しました。そのうちの一つが,成年後見制度の利用の促進に関する法律で,平成28年5月13日に施行されました。この法律に基づき,本年3月24日に内閣により成年後見制度利用促進基本計画が策定されました。基本計画は,市町村が中核機関を設置して,本人や後見人を支援する地域的なネットワークを構築するとしており,今後,裁判所も市町村や都道府県,更には弁護士,司法書士などの専門職団体と連携して,法の求める役割を果たしていく必要があります。

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

調停時報 197号 2017.7.25  41

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 ⑵ 人事訴訟事件の長期化傾向  � 先ほど述べましたように,平成16年4月から人事訴訟が家庭裁判所に移管して13年が経過しました。人事訴訟の新受件数は,ここ数年全国で年間1万件程度で推移していますが,未済事件は少しずつ増えており,平成28年12月末で約9800件と,10年前である平成18年末の未済件数に比べて約17パーセント増加しています。訴え提起から終局までの平均審理期間もじりじりと伸びており,地方裁判所で審理していた当時と比べて3か月以上審理期間が長くなったといわれています。長期化の原因分析と対策が重要であり,先ほど述べた家事調停と人事訴訟との連携も長期化防止対策の一つであると考えています。

 ⑶ 相続法制の見直し  � 相続法制の抜本的な見直しを目的として法制審議会民法(相続関係)部会が設置され,平成27年4月から議論が行われ,平成28年6月に中間試案が公表されました。その後,パブリックコメントを経て,同年10月から議論が再開されています。

  � 中間試案が提示した柱は5本あります。①�配偶者の居住権を保護するための方策,②配偶者の相続分の引上げや可分債権の遺産分割における取扱いといった遺産分割に関する見直し,③自筆証書遺言の方式緩和や遺言執行者の権限の明確化といった遺言制度の見直し,④遺留分制度の見直し,⑤相続人以外の者の貢献を考慮するための方策の5項目です。

  � 中間試案の柱の一つである配偶者の相続分の引上げ案の背景には,平成25年12月に非嫡出子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1としていた民法の規定が改正され,非嫡出子の相続分が嫡出子の相続分と同じになったという事情があります。この民法改正は,非嫡出子の相続分を嫡出子の2分の1とした民法の規定は憲法14条1項(平等の原則)に違反するとした最高裁大法廷平成25年9月4日決定を受けて行われたものですが,この大法廷決定を契機にとして,現代の多様な夫婦・家族関係を前提に,配偶者の相続の生活保障・清算の機能をより実質的なも

のとする必要があることが意識されるようになり,配偶者の相続分の引上げの案が出てきたという経緯があるのです。ところが,引上げ案に対してはパブリックコメントにおいて反対意見が多かったことから,法務省は,法定相続分の引上げではなく,結婚から20年以上の夫婦で,配偶者が居住用の建物や土地の贈与を受けた場合には,贈与した人が死亡したときには,贈与された住居については全体の遺産の計算に含めないこととし,実質的に配偶者の取り分が増えるという内容の新しい案を示しています。

  � また,平成28年12月19日の最高裁大法廷決定で普通預金債権等は遺産分割の対象となるとの判断が示されたことから,これを改正案に反映するとともに,分割の話合いができるまでに預金の仮払いを可能にする策も併せて検討することになりました。平成29年中の改正要綱案の取りまとめを目指す予定といわれていますので,今後の議論が注目されるところです。

 ⑷ 成年年齢の引下げに関する動向  � 公職選挙法の選挙権年齢を20歳から18歳以上に引き下げる公職選挙法の改正が平成27年6月に公布され,平成28年6月から施行されたのですが,この改正法の附則には,民法,少年法その他の法令についても検討を加え,必要な法制上の措置を講ずるものと定められました。これを受けて,法務省では,現在,民法の成年年齢を18歳に引き下げる法改正の準備作業を行っており,平成28年9月には「民法の成年年齢の引下げの施行方法」についてパブリックコメントが実施されました。

  � 家事事件において,成年年齢が引き下げられた場合に影響が及ぶものとしては,親権関係の事件,未成年後見関係の事件,養育費の事件などが考えられます。今後の立法の動向や,施行までの周知期間がどれくらい設けられるのか等が注目されるところです。

8 最後に

 時間も来ているようですので,これで終わりにしたいと思います。とりとめのない話をしました

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が,ご静聴いただきありがとうございました。今後とも家事調停の充実ためにご尽力をいただければ幸いです。本日はどうもありがとうございました。

【参考文献】  講演録中に引用した論考以外に,特に次の文献を参考にさせていただきましたので,付記しておきます。

 ・�河野清孝「家事事件手続法の下での家事調停の運用」法の支配171号24頁(平成25年10月)

 ・�本多智子「家事調停の一般的な審理~夫婦関係調整(離婚)調停を中心に~」東京家事事件研究会編『家事事件・人事訴訟事件の実務』29頁(法曹会・平成27年6月)

 ・�最高裁判所事務総局『裁判の迅速化に係る検証に関する報告書』(平成27年7月)

【講演】家事調停をめぐる環境とこれからの家事調停

調停時報 197号 2017.7.25  43