農業ビジネスの光と影 - nikkan ·...
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1農業ビジネスの光と影
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第1章 農業ビジネスの光と影
農業ビジネスで考えるべきマクロトレンド
農業ブームともいわれる今、業種を問わず数多くの企業が農業参入を検討するようになっている。一方で、「農業は難しい事業だ」という声も聞かれる。農業で収益をあげるには適切な事業戦略が欠かせず、そのためには日本農業を取り巻く事業環境をきちんと理解することが重要となる。そこで、まずは日本農業のマクロトレンドについて、需要と供給の両面からスポットライトを当てる。
はじめに供給サイドを見てみよう。ご存知の通り、日本農業は長期にわたり衰退傾向が続いている。かつて日本の農業は10兆円産業といわれていたが、現在は8兆円台にまで大きく減少している。直接的な要因として需要の減少や農産物輸入の増加が挙げられる。そのような中、日本の農産物の供給体制の足元が揺らいでいる。
2013年の国内農業産出額(生産額)の内訳は、図1-1-1の通り、主食であるコメが約1.8兆円、野菜が約2.3兆円、果実が約0.8兆円、畜産が約2.7兆円となっている。このうち、コメ(注1)は米価の低迷が著しく、コメの生産・販売事業単体で高い収益性を確保するのは難しくなっている。それを受けて、近年の大手企業の農業参入では野菜(及び比較的短期間で栽培可能な一部の果実)を対象としたビジネスが圧倒的に多い。
10兆円弱の市場を大きいと見るか小さいと見るかは、本業における事業規模や農業事業の位置づけによって変わってくるが、農業生産だけでは日本のGDP(国内総生産)の1%でしかない点は客観的に捉える必
1-1農業ビジネスを取り巻く環境
(注1)玄米60㎏あたりの米価は、1993年には23,607円だったが、2013年には14,341円まで大幅に下落。なお、コメの流通制度の変更に伴い、厳密には米価の対象が変わっており、1993年は自主流通米価格の統計、2013年はコメの相対取引価格の統計に基づく(統計切り替え年次での両者の価格水準に大きな差異は見られない)。
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1-1 農業ビジネスを取り巻く環境
要がある。
激減する農業従事者
農業従事者数は、これまで日本農業を支えてきた層が高齢化して離農者が増加しており、一方で農業の収入水準が芳しくないことや農作業が重労働であることなどから若年層が農業を継がずに就職するケースが多く、跡継ぎ不在が深刻化している。結果として、販売農家数(自家消費用の栽培ではなく、外部に農産物を販売している農家のこと)は1990年の半数程度の水準にまで大きく落ち込んでいる。
農業従事者の減少の理由は、端的にいうと農業が儲からないことにある。農業に関心がある若年層は多いが、「儲からない農業」という現実に打ちのめされ、断念することも少なくない。裏返せば、儲かる農業ビジネスを構築することができれば、優秀な若者を呼び込むことができる。実際、農業先進国のオランダでは、大学卒の優秀な若者にとって、
図1-1-1 農業産出額の推移
出所:農林水産省「平成25年度食料・農業・農村白書」
(兆円)121.6(14%)
3.3(28%)
0.9(8%)2.0(17%)
3.9(34%)コメ
野菜
果実
畜産
その他11.5
10.49.1 8.5 8.1 8.5
11.7
10
8
6
4
2
0(年)1984 90 95 2000 05 10 13
1.0(11%)2.7(32%)
0.8(9%)
1.8(21%)
2.3(27%)
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第1章 農業ビジネスの光と影
農業法人が当たり前のように就職先の一つとなっている。本書の読者には農業参入を目指すビジネスパーソンや、規模や収益性を向上させたい農業法人のメンバーも多いかと思うが、そのような方にとって、自らのビジネスモデルが若者を引き付けられるかどうかは、ビジネスの成否のバロメータとなる。
深刻化する耕作放棄
農業従事者の減少に加え、(実際に使用されている)農地面積も減少傾向にある。図1-1-2のように、離農者の増加により、栽培されずに放置された「耕作放棄地」の面積が右肩上がりに増加しており、それは滋賀県の面積と同程度の39.6万haといわれている。特に、土地持ち非農家(農業を行わない農地の所有者のこと。都市部に居住する農家の子や孫が、遺産相続などで農地所有したという場合も多い)における耕作放棄の増加が顕著となっている。農業を担ってきた高齢者層の離農のタイミングを受け、この20年間で約3倍にまで急増している。
日本農業の弱点の一つとして農地面積の狭さが指摘されるが、そのような日本において使われていない農地が大量に発生する、というのは大きな矛盾である。従来型の儲からない農業の限界がそこに見え隠れする。
ただし、農業従事者の減少や耕作放棄地の増加は、裏返せば、これから農業ビジネスを始める企業・法人にとっては追い風と捉えることもできる。余剰な農地があるということは、これまでよりも農地を借りやすくなる可能性を示唆する。また、農業者の減少は、企業の農業参入の必然性を高めるとともに、少人数で効率的に営農する新たなスタイルへとつながる。以前は「農業参入企業や大規模農業法人が零細農家を圧迫する」という風潮が見られたが、農業生産基盤がいよいよ崖っぷちに追い込まれたことで、規模の大きなプレイヤーを押さえつけるような規制が
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1-1 農業ビジネスを取り巻く環境
緩和されてきたのである。農業参入企業や大規模農業法人は零細農家の敵ではなく、その多くは
地元社会への貢献を重視している。地元農業者の雇用や、既存農家とのコラボレーション事業の立ち上げにより、これまで地域を支えてきた農業者を助けることに成功している事例も多い。逆に、地元と融和できない農業ビジネスは失敗リスクが極めて高いことを覚えておいてもらいたい。
縮小する国内の農産物マーケット
続いて、需要サイドのトレンドを確認しよう。これから農業ビジネスを始める、もしくは拡大するビジネスパーソンにとっては残念なことだが、日本国内の農産物マーケットは中長期にわたって縮小することが予測される。農産物の国内マーケットの将来トレンドは、次式の通り、
図1-1-2 農業所有者の主観ベースの調査である 「農林業センサス」の耕作放棄地
(万ha)40353025201510
50
13.1 12.3
13.318.29.7
13.5 11.3
3.8 4.1
12.0
21.724.4 15.4
5.67.9
9.0
14.412.4
34.338.6
販売農家所有⎧⎪⎩
⎫⎪⎭
⎧⎪⎩
⎫⎪⎭
⎧⎪⎩
⎫⎪⎭
163万戸
自給的農家所有90万戸
土地持ち非農家所有総農家
所有137万戸
39.6
16.28.36.63.83.1
9.29.9
3.2(年)1975 80 85 90 95 2000 1005
出所:農林水産省 攻めの農林水産業推進本部 第7回産業競争力会議提出資料「参考資料集」
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第1章 農業ビジネスの光と影
「人口」、「1人当たり消費量」、「単価」の3点から捉えることができる。
◆ 農産物の市場規模=人口×1人当たり消費量×単価
一つ目の要素である人口について見てみると、日本の人口はすでに減少局面に入っていることが分かる。食べる人が減ると農産物の需要も減るのは当たり前である。他産業でも消費財メーカーなどは同様の悩みを抱えている。さらに、図1-1-3に示す通り、国民1人当たりの食料摂取量(カロリーベース)は、高齢化や健康志向の高まりのため低下傾向にある。高齢者は若者に比べて食べる量が少なく、また若者から中年あたりの消費者層もダイエット意識が強くなる中でカロリー摂取を控えている。新興国や途上国のように、経済成長に伴って1人当たりの食料摂取量が右肩上がりに増加することは、日本をはじめとする先進国では期待できない。
マーケット規模を構成するもう一つの要素が単価である。同じ商品で
図1-1-3 1人当たり摂取カロリーの推移
(年)
出所:農林水産省「食料需給表」、厚生労働省「国民健康・栄養調査」より作成
1,000 1,200 1,400 1,600 1,800 2,000 2,200 2,400
1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010
(kcal/日)