ここまでできる切削加工の能率向上 安定ポケットの...

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「機械技術」誌 平成 25 5 月号(4 25 日発行)掲載予定 ここまでできる切削加工の能率向上 安定ポケットの理解と実用 平成 25 2 月 星技術研究所 所長 星 鉄太郎 1. 緒言 1960 年代に確立されたびびり発生を説明する再生理論は、主軸速度 がきわめて高い範囲で、びびりが起らない安定領域がある事を予言 していたが、安定ポケットと呼ばれるこの現象は 2000 年にいたっ てようやくアルミ合金の高速ミリングに実用されるようになった。 これは、主軸回転速度を適当な値に選定することによりびびりを抑 制できるという新しい技術をもたらしただけではなく、従来の数倍 に上る高能率加工を可能とする画期的な原理である。 アルミ合金と異なり、鉄と鋼を加工する一般機械の部品加工や金型 加工においても、飛躍的な高能率加工を実現できるものと期待され、 現在各所で多くの研究開発が行われている。 本稿は、ここで更めて安定ポケット実用の手順を整理し、特に効果 の高い突き出しの長いツーリングの場合の対処方法を解説して各位 のご参考に供したい。 2. 安定ポケット実用の手順 使用機械と、使用工具が指定された場合、安定ポケットが存在する 主軸速度はいくらか、どれだけの切り込みが可能であるかを予測す る技術と、予測に基づいて加工を開始した後に実際に生ずる予測か らのずれを加工を行いながら修正するインプロセス回避の技術が必 要である。 1

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「機械技術」誌 平成 25 年 5 月号(4 月 25 日発行)掲載予定

ここまでできる切削加工の能率向上 安定ポケットの理解と実用

平成 25 年 2 月 星技術研究所 所長 星 鉄太郎

1. 緒言 1960 年代に確立されたびびり発生を説明する再生理論は、主軸速度

がきわめて高い範囲で、びびりが起らない安定領域がある事を予言

していたが、安定ポケットと呼ばれるこの現象は 2000 年にいたっ

てようやくアルミ合金の高速ミリングに実用されるようになった。 これは、主軸回転速度を適当な値に選定することによりびびりを抑

制できるという新しい技術をもたらしただけではなく、従来の数倍

に上る高能率加工を可能とする画期的な原理である。 アルミ合金と異なり、鉄と鋼を加工する一般機械の部品加工や金型

加工においても、飛躍的な高能率加工を実現できるものと期待され、

現在各所で多くの研究開発が行われている。 本稿は、ここで更めて安定ポケット実用の手順を整理し、特に効果

の高い突き出しの長いツーリングの場合の対処方法を解説して各位

のご参考に供したい。 2. 安定ポケット実用の手順 使用機械と、使用工具が指定された場合、安定ポケットが存在する

主軸速度はいくらか、どれだけの切り込みが可能であるかを予測す

る技術と、予測に基づいて加工を開始した後に実際に生ずる予測か

らのずれを加工を行いながら修正するインプロセス回避の技術が必

要である。

1

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2.1 安定ポケットの予測 びびり理論に基づいて、計算解析を行うためのソフトウェアとして、

Manufacturing Laboratories 社 (MLI Inc.) の MetalMAX と

Manufacturing Automation Laboratories 社(MAL Inc.)の CutPRO

の二つのシステムが使われている。 本稿では、後者の CutPRO システムを使用する場合の手順を解説す

る。 2.1.1 工具刃先の構造動特性 工具刃先において観測される構造動特性は、使用する工作機械の主

軸構造と、工具を把持するホルダーおよび工具そのものの構造に依

存する。 実際の組み合わせに対して、構造動特性を同定するイン

パルステストを行うことが必要である。 研究開発現場では、必ずインパルステストを行わなければならない

が、本稿においては、CutPRO システムの中に用意されている

SpindlePRO と呼ばれているシミュレーションソフトウェアを用いて

理論計算を行った結果を持って代用する。 SpindlePro は、回転体に特化した 2 次元有限要素法ソフトウェア

であって、主軸・ホルダー・工具の概略図面から、図 1 に示すよう

な要素モデル図を作成する。

図 1 BT50 サイズのマシニングセンター主軸に、延長アーバを介し て直径 63 ミリ刃荒加工用工具を装着したツーリングの要素モデル

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右端の工具先端に、1 ニュートン(N)の半径方向変動外力がかか

った場合の、刃先位置の振動変位応答の伝達特性(FRF と略称する)を計算させた結果は図 2 のように求められる。

固有振動数 A 401.6Hz

最大負実部 A 0.31434µm/N

固有振動数 B

固有振動数 C固有振動数 C

固有振動数 B

最大コンプライアンス 0.674

Nm / Nm /

Nm /

図 2 図 1 の要素モデルについて行った FRF 計算結果

図 2 の下図には、FRF の虚部(Imaginary part)が示されているが、そ

の数値が 小になる周波数が固有振動数である。この事例では固有

振動数 A は 401.6Hz と求まっている。ほかに固有振動数 B および Cのあることも判る。固有振動数 A に対応する 大コンプライアンス

の値は 0.674µm/N と求められている。 図 2 の上図には FRF の実部(Real part)が示されている。実部の数値

が 小になる値を 大負実部と呼び、びびり発生機構の理論から

大負実部の大きい固有振動数がびびり発生に関わっている。固有振

動数 A(401.6Hz)に対応する 大負実部が 0.31434µm/N と値がもっと

も大きいから、びびりはその固有振動数によって発生することが判

る。固有振動数 B および C に対応する 大負実部はそれよりはるか

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に小さい値であるから、これらの固有振動数はびびり発生に関与し

ない。 実加工に当たっては、以上に述べたような要素モデルによる計算結

果ではなく、必ず実機上でインパルステストを行って FRF の実測値

を得ることが必要である。 なお、SpindlePRO ソフトウェアでは、続いて非減衰(アンダンプト)モード形計算を行うことにより、それぞれの固有振動数では主軸・

ホルダー・工具からなる系がどのような形に変形しながら振動する

かを知ることができる。図 3 は、図 2 における固有振動数 A,B,C そ

れぞれについて求めたモード形を示している。

図 3 三つの固有振動数 A,B,C におけるモード形計算結果

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びびりを生じることが判っている固有振動数 A 401.6Hz では、主

軸・アーバ・工具からなる系は、一つの節点(節点とは振動変位の

無い点)を中心として揺れながら曲げ振動をしていることが判る。

このようなモード形は「揺動曲げ」と呼ばれている。 2.1.2 使用する荒加工工具の一例

荒加工工程は、半径方向切り込みが大きく、カッター直径一杯のい

わゆるスロット加工に近い状況で、高能率に切削加工を行いたい。

図4は数年前から広く実用されるようになった、高送りで使用する

荒加工カッターの一例である。

荒加工は等高線輪郭送りで行うこととする。所定の軸方向切り込み

に達するまでのランピング加工がこの工具では可能である。また走

査線送りによる荒加工は行わないこととする。

一刃あたりの送りを 2 ミリ前後と大きく取り、軸方向切り込みは

2mm 程度以下に抑えて高送りの荒加工を行う。この種の工具は、次

図4 高送り荒加工カッターの一例

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の二つの理由によりびびりの起こりにくい工具として荒加工に適し

ている。 1. 突き出しの長いツーリングは、工具にかかる半径方向の加工

力のために曲げ振動を起こしてびびりを生じやすいのである が、高送りカッターは軸方向切り込みが小さい状況で使用す

るので、工具に作用する半径方向加工力が小さい。

2. 一刃あたりの送りが大きい場合には、重複係数というびびり発

生に関わるパラメータが小さくなるため、びびりが起こりにく

い。

本稿 初の加工例題は、BT50 番の主軸を持つ MC を想定し、主軸

高回転数は 8,000rp に限定されているものとする。 項目 a とす

る 初の加工例は図 4 のタイプの直径 63mm、刃数 4、突き出し長

200mm の高送り荒加工工具による。本稿第 5 章の項目 b 以降の加工

例題も含めて、すべて被削材は S58C 鋼(221Bhn)を想定している。

2.1.3 安定限界線図の予測

解析手法で安定限界線図を計算する

ミリング作業を時間に対して再現する。

時間に対するシミュレーションを繰り返し行い、探索手法で安定限界線図を求める。

最適不等ピッチ角を求める。

切削力係数を同定する

図4 V10ミリングシミュレータの

五つの機能。

いずれかを指定して使用します。

1

2

3

4

5

6

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CutPROV9.0 あるいは V10 の ミリングシミュレータには図4

に示す五つの機能がある。等ピッチカッターの場合には解析的手法

である Analytical stability lobes の機能を用いて工具の切れ刃条件、

構造動特性の FRF、加工条件などを図 5 のように設定する。FRF の

設定は、図中に太線で囲って示しているが、実機に実際の工具を取

り付けた状態で、X 方向に測定した FRF と Y 方向に測定した FRF

図 5 CutPROV10 のミリングシミュレータによる計算設定例

をそれぞれ入力する。 X 方向というのは送り方向であるので、も

し Y 方向に送りをかける加工状況であれば、X,Y 両方向の FRF を

入れ替えて設定しておく。 荒加工工程は、半径方向切り込みが大きく、カッター直径一杯のい

わゆるスロット加工に近い状況で、高能率に切削加工を行いたい。 半径方向切り込みの値は図 5 の設定画面において加工条件(Cutting Condition)の中に設定しておく。加工条件までの設定が終了したら、

左上の START ボタンをクリックすると、図 6 のような安定限界線

図が計算されて表示される。

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Amin 無条件安定限界

安定ポケット#1

#2

#4

#3

図 6 安定限界線図計算結果の一例。

複数の山のそれぞれが安定ポケットであるが、山の裾を連ねた水平

線は、無条件安定限界 Amin(この例の場合の数値は 0.48mm)を示し

ており、軸方向切込みをこの値より小さくとる場合には、主軸回転

数の如何に関わらず、安定範囲内であってびびりが起こることはな

い。 一番右に見られる山が一次(#1) 安定ポケットで、その中心主軸回転

数は次の式により簡単に計算できる。

一次安定ポケットの中心主軸回転数 =60 x (固有振動数、Hz)/(カッターの刃数)

それより左隣に順番に並んでいる 2 次(#2)、3 次(#3)、4 次(#4)の安

定ポケットの中心回転数は、それぞれ上記主軸回転数の 2 分の1、

3 分の1、4分の1で求めることができる。 左側の次数の高い安定ポケットほど、幅が狭くなるので安定効果が

得られにくくなる。 経験上 5 次の安定ポケットまでは有効なこと

が多いが、それより高次の安定ポケットは効果が薄くなる。

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Stability Pocket #2

#3#4

S3,180rpm V629m/min ADoc1.5mm f2.0mm/t F19,080mm/min

S1,510rpm V299m/min ADoc0.8mm f2.0mm/t F12,080mm/min

S2,120rpm V419m/min ADoc1.0mm f2.0mm/t F19,080mm/min

図 7 D63 高送りカッター突き出し長さ 200 の安定限界線図

なお、一枚刃の工具の場合には、1次の安定ポケットはシステムの

危険速度であるため、決して使用してはならない。

実用上の指針としては、できるだけ右側にある低次の安定ポケット

を使用したいが、主軸回転数が高くなるため、工具寿命が短くなる

ので、適当なところで妥協することが必要となる。 図 6 の安定ポケットのうち#2,#3,#4 の三つについて、数値をあて

はめて検討すると図 7 のようになる。超硬工具の実用的な工具寿命

を考慮すると#4 の V299m/min が推奨条件である。 使用する安定ポケットが決定できたら、線図の縦軸に表示されてい

る軸方向切り込みの値を決定することとなるが、安定ポケットの頂

点の切り込み値を使用することはできない。 大体の目安として、

ポケットの山の高さの半分くらいの高さの軸方向切込みを採用する。 上図の例では、安定ポケット#4 により主軸回転数 S1,510rpm を採用

すると、切削速度は V299m/min となり、被覆超硬工具であれば実用

的に可能と考えられる。軸方向切り込みを仮に 1.0mm と定めておく。

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2.1.4 Milling process simulation 計算による確認 このあと Milling process simulation 計算によって、仮定した条件でび

びりが発生するかどうか確認し、若し発生するようであれば軸方向

切込みを漸減させて Milling process simulation を繰り返し、びびりの

生じない事を確かめて確定する。 上で仮に定めた加工条件を設定し、Milling process simulation を行っ

てみると、図 8 の上図に見るように工具刃先の変位が加工時間の経

CHATTERING

図 8 Milling process simulation による、びびり抑制の確認。 びびりを発生する場合

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過とともに発散し、びびりが発生する結果となっているようである。 びびり発生であるかどうかを詳細に判定するためには、時間経過の

データを FFT 解析し下図に見るように顕著な成分の周波数を、切削

断続周波数(Tool Passing Frequency, TPF)と比較する。 びびり発生の場合には周波数が TPF の整数倍の周波数に一致するこ

とはなく、必ず中間の値となる。この例では、TPF の二倍と 3 倍の

中間の周波数となっているから、びびりが発生していることが確か

められる。

STABLE

図 9 Milling process simulation による、びびり抑制の確認。

びびりが発生しない場合

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軸方向切り込み 1.0mm ではびびりの生じることがわかったので、そ

の値を漸減し、Milling process simulation を行ってみると、今度は図

9 の上図に見るように工具刃先の変位が加工時間の経過とともに発

散することなくびびりは生じないように思われる。このことを正確

に判定するためには、時間経過のデータを再び FFT 解析し下図に見

るように顕著な成分の周波数が TPF の整数倍の周波数に一致してい

ることを確かめる。この場合にはびびりではなく強制振動が発生し

ているはずである。しかしその振幅は 4.5 m と小さいので、事実

上この振動は障害とならない。 軸方向切込みが 1.0mm であったものをを漸減させ、0.8mm にすると

びびりが生じないことが確認されたので、この例では 0.8mm を軸方 向切込みとする。 3. びびりのインプロセス回避 以上のように、CutPRO などのソフトウェアシステムを用いて、安

定限界線図を予測し、それに基づいて各作業の使用工具、切り込み

(半径方向切り込みと軸方向切り込み)、主軸回転数を定めて

CAM システムにより NC プログラムを作成する。 加工に入ると、予想とは異なりびびりの発生することが多くある。

これは、たとえば構造動特性 FRF のデータは、主軸が停止した状態

でインパルステストにより実測しているが、加工中は主軸は回転し

ており、静止時と回転中の違い、主軸回転数、ならびに主軸ベアリ

ングの温度状況による剛性の変化(弾性流体潤滑状態にあるので、

油温の変化を介して)が起こるためである。また送り方向も、刻々

に変化し、X,Y 両方向の FRF 測定結果がまったく同一であった場合

を除いては、びびり発生に関与する固有振動数も変化する。 加工開始後に振動の状況を監視して、びびりの回避を行う手段とし

て、MetalMAX を供している Manufacturing Laboratories 社(MLI

Inc.)は「ハーモナイザー」なるソフトウェアを、ユーザーに提供

している。 また CutPRO を供している Manufacturing

Automation Laboratories 社(MAL Inc)は「ShopPRO」ソフトウェア

製品の中に[Shop Doctor]モジュールを提供している。これらはい

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ずれもマイクロフォンを用いて、加工音の信号を検出し、びびりが

起こった場合に回避のための処置をユーザに表示するシステムであ

る。 オークマ株式会社は 4 年前から「加工ナビ」システムを製品化して

おり、これは CNC コントローラ内にそのためのソフトウェアを常

駐していて、振動センサーあるいはマイクロフォンからの加工振動

信号を基に、びびり回避の候補案をユーザに表示するか、自動的に

実行してびびりを回避するシステムである。 エヌティ-エンジニアリング株式会社は、「dB-1 びびりアナライザ

ー」を開発中であり、これも振動信号としてはマイクロフォンから

加工音を収録し、リアルタイムに解析処理を行って図 10 に示すよ

うに自動的にびびりを回避するための主軸速度変更を行う。

主軸速度、rpm

Chatter

5635rpm6400rpm 6213rpm

6961rpm

びびり検出、主軸速度更新

主軸速度フィードバックON

A. 切削

開始E. 切削

終了

初期主軸速度と刃数びびりインプロセス回避

B C D

振動強度

周波数1157Hz

960Hz

717Hz

TIME 7.510

4024 (sec)

10sec

10sec

プレイバック 10 - 10.1秒

プレイバック32.5

図 10 インプロセスびびり回避を自動的に行う dB-1 びびりアナラ

イザー(エヌティ-エンジニアリング株式会社)

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4. 刃先突き出しの長い場合

工具突き出しの長いツーリングを必要とする場合にはびびりが生じ

やすいので、普通は極端な低速加工によることが多い。 突き出し

長さが大きくなると刃先 FRF の固有振動数が低くなり、安定ポケッ

トが主軸回転数の低い方へ移動するので、より次数の低い幅の広い

安定ポケットが使用できるようになりびびりを抑制することはむし

ろ実施し易くなる。

一方びびりが抑制された状態では刃先の断続切削による強制振動が

生じるのであるが、突き出しの長いツーリングでは刃先 FRF の 大

コンプライアンス値が大きいため強制振動の振幅が大きくなる問題

が出てくる。この現象は強制振動の共振による増大であるから、強

制振動の振幅を十分小さくするように安定ポケットの範囲内で、主

軸速度を調節することによって解消することができる。

4.1 突き出し長さ 500mm の荒加工工具の例

図 11 D63 高送りカッター4 枚刃、突きだし長さ 500 ツーリング

の要素モデル。

上図の有限要素モデルについて SpindlePRO ソフトウェアでシミュ

レーションを行うと、刃先点の FRF が図 12 のように求められる。

その結果からびびりを生じる固有振動数は 137.7Hz と推定さされる

ので、それに対応するモード形は図 13 のように求まり、揺動曲げ

であることが判る。

図 12 の FRF 計算結果を元に、ミリングシミュレータにより安定限

界線図がず 14 のように求められる。

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最大コンプライアンス 6.33 Nm /

固有振動数 137.7Hz

図 12 D63 高送りカッター突き出し長さ 500 の FRF 計算結果

図 13 D63 高送りカッター突き出し長さ 500 のびびり

を生じる固有振動数におけるモード形計算結果

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D63Ext300 SlottinD63Ext500 Slotting

S2,050rpm V406m/min ADoC0.4mm f2.0mm/t F1,6400mm/min

S1,025rpm V203m/min ADoC0.1mm f2.0mm/t F8,200mm/min

S685rpm V136m/min ADoC0.1mm f2.0mm/t F5,480mm/min

Stability Pocket #1

#2

#3

図 14 D63 高送りカッター突き出し長さ 500 の安定限界線図

図中に記載の三つの加工条件が候補として挙げられる。先の図 7 の

強制振動の振幅76.3µm

D63 Ext500 1,025rpm ADoC 0.1mm

図 15 Milling process simulation による提案加工条件の検討

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突き出し長さ 200mm の場合には#4 の安定ポケットを選んだのに較べ

て、#2 とより次数の低い安定ポケットが使用できそうであるから、

これを提案加工条件として Milling process simulation による検討を行

う。その結果、びびりは生じることなく強制振動が生じるが、ただ

しその振幅が 76.3µm と大きすぎることがわかる。これは、図 12 に

見たように、刃先 FRF の 大コンプライアンスが 6.33µm/N であり、

これは突き出し長さが 200mm であった先の図 2 の 0.674µm/N の 10倍近くと大きい事によっている。 このように強制振動の振幅が過大となることが突き出し長さの大き

いツーリングの特殊な状況であり、これはいわゆる共振現象である

から、主軸速度を調節して共振を避けることによって回避できるは

ずである。 例題の突き出し長さ 500mm のツーリングについて詳しく調べてみ

ると、強制振動の振幅は次の図 16 のように分布している。振動振

軸方向切り込みmm

0.2

0.1

図 16 D63 高送りカッター突き出し長さ 500mm のツーリングで、安

定ポケット#2 内で生じる強制振動振幅の分布

17

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強制振動振幅17.5µm

D63 Ext500 1,107rpm ADoC 0.1mm

図 17 提案加工条件より主軸速度 8%増

幅の低減は、安定ポケットからはみ出さない範囲内で主軸速度を

数%増大または減少させることにより可能である。 この場合には提案加工条件の 1,025rpm から 8%増大させ 1,107rpm を

選ぶことによって、図 22 に見るように振動振幅が 17.5µm に抑制さ

れる。したがって、このツーリングの加工条件を次の図中のように

決定する。

D63Ext300 SlottinD63Ext500 Slotting

S2,050rpm V406m/min ADoC0.4mm f2.0mm/t F1,6400mm/min

S1,107rpm V219m/min ADoC0.1mm f2.0mm/t F8,856mm/min

S685rpm V136m/min ADoC0.1mm f2.0mm/t F5,480mm/min

図 18 D63 高送りカッター4枚刃、チャック下長さ 500 について、

強制振動振幅の低減を考慮した決定加工条件

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4.2 突き出し長さの影響: 比較一覧表

突き出し長さを 200mm-600mm の間で変化させ、加工条件を定める上

記の手順を行った結果を表 1 に示している。

突き出しが長くなると、固有振動数が低下し安定ポケットの生じる

主軸回転数が下がってくるため、より次数の低い安定ポケットを使

用することができ、びびりを回避することはむしろ容易である。

しかし突き出しが長くなった場合、びびりを防ぐことはできるもの

の、強制振動の発生が顕著となり、切削断続周波数との共振を避け

表 1 刃先突き出し長さの比較一覧表

るために主軸回転数を安定ポケットの範囲内で、増大または減少さ

せて強制振動の振幅を小さく抑えるための調整を行うことが必要と

なる。上の比較表では、突き出し長さ 300mm 以上ではこのような調

節が必要となっている。

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5. 各種加工工程への適用、推奨加工条件のまとめ

先に紹介した項目 a の荒加工状況に加えて次の加工状況についても

解析を行った

b. 工具径 40mm、3 枚刃突き出し長 200mm の高送り荒加工工具

c. 工具径 25mm、2 枚刃ボールエンドミルによる中止上げ工程、

突き出し長 180mm

d. 工具径 25mm、1 枚刃高送り仕上げカッターによる底面の仕上

げ工程、突き出し長 180mm

e. D10mm、2 枚刃ボールエンドミル突き出し長さ 180mm による

終仕上げ。シュリンクフィットツーリング

f. D6mm、2 枚刃ボールエンドミル、突き出し長さ 163.2mm による

終仕上げ。シュリンクフィットツーリング

これらの加工状況についても上記と同じ手順で解析を行い、項目 a

の荒加工と並べて推奨加工条件を表 2 に一覧表としている。

表の下部には、30 年前に細井俊明氏により新たに開発され、当時画

期的といわれた高能率金型型面加工のデータを比較のために掲げて

いる。

今回のシミュレーションによる荒加工条件 a 及び b は、30 年前の g

と比較して 2 ないし 6 倍の高能率であることがわかる。また、仕上

げ加工条件 e,f については、主軸速度 8,000rpm 以内という MC の限

界を考慮すれば大幅な向上は期待できないが、もし 30,000rpm の高

速主軸が使用できるとなれば、これも 30 年前に比べて 4 倍以上の

送り速度を達成できるはずである。

ここに引用した当時(1983 年)の新技術は、いずれも細井俊明氏によ

る新刃型形状の高能率ミリング工具の発明と高精度倣いトレーサ機

構の開発によって可能となったものであった。

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表 2 各加工段階の推奨条件

その後、当時の倣いフライス盤に替わり現在では金型加工には CNC

工作機械を使用することが普通となった。それに加えて新工具材料

の出現と特に被覆工具材料の開発によってより高い切削速度が可能

になっている。これらの進歩によって近年では金型型面加工は細井

氏提案と同等あるいはそれに倍する加工能率で行うのが普通となっ

ている。

さらに現今に至り本稿に紹介した安定ポケットの実用によって、さ

らに一段の飛躍が期待されている。

以上

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