高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー...

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高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成 23 年度(中間報告) タカタ財団助成研究論文 ― 研究代表者 伊藤 安海 ISSN 2185-8950

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Page 1: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

高齢ドライバー

運転診断・リハビリシステムの開発

― 平成 23 年度(中間報告) タカタ財団助成研究論文 ―

研究代表者 伊藤 安海

ISSN 2185-8950

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研究実施メンバー

研究代表者 独立行政法人 国立長寿医療研究センター

長寿医療工学研究部 研究員 伊藤 安海

研究協力者 長寿医療工学研究部 室長 根本 哲也

長寿医療工学研究部 研究員 奥谷 知克

長寿医療工学研究部 研究員 久保田 怜

先端診療部 医長 松井 康素

認知症介護研究・研修大府センター

研究部長 小長谷 陽子

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報告書概要報告書概要報告書概要報告書概要

本プロジェクトは,

超高齢社会の到来に伴い,高齢ドライバーによる事故が増加し社会問題となっており,超高齢社会の到来に伴い,高齢ドライバーによる事故が増加し社会問題となっており,超高齢社会の到来に伴い,高齢ドライバーによる事故が増加し社会問題となっており,超高齢社会の到来に伴い,高齢ドライバーによる事故が増加し社会問題となっており,

高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする対策が求められている.そこで本研高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする対策が求められている.そこで本研高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする対策が求められている.そこで本研高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする対策が求められている.そこで本研

究では,国立長寿医療研究センタ究では,国立長寿医療研究センタ究では,国立長寿医療研究センタ究では,国立長寿医療研究センターで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・身ーで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・身ーで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・身ーで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・身

体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ,ドライブレコーダといった体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ,ドライブレコーダといった体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ,ドライブレコーダといった体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ,ドライブレコーダといった

機器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラム機器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラム機器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラム機器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラム

を提案し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目標とした.を提案し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目標とした.を提案し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目標とした.を提案し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目標とした.

平成平成平成平成 23232323 年度は,以下①~③の内容に取り組み,興味深い知見を得ることができた.年度は,以下①~③の内容に取り組み,興味深い知見を得ることができた.年度は,以下①~③の内容に取り組み,興味深い知見を得ることができた.年度は,以下①~③の内容に取り組み,興味深い知見を得ることができた.

①①①① 平成平成平成平成 22222222 年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集した高齢ドラ年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集した高齢ドラ年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集した高齢ドラ年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集した高齢ドラ

イバーの運転能力と心身機能の測定結果を分析し,関係性を分析した.その結果,運イバーの運転能力と心身機能の測定結果を分析し,関係性を分析した.その結果,運イバーの運転能力と心身機能の測定結果を分析し,関係性を分析した.その結果,運イバーの運転能力と心身機能の測定結果を分析し,関係性を分析した.その結果,運

転中のアクセルペダルの動きから自律神経の活動に依存する成分を抽出することに転中のアクセルペダルの動きから自律神経の活動に依存する成分を抽出することに転中のアクセルペダルの動きから自律神経の活動に依存する成分を抽出することに転中のアクセルペダルの動きから自律神経の活動に依存する成分を抽出することに

成功し,その値が認知機能検査の結果と高い相関があることを明らかにした.成功し,その値が認知機能検査の結果と高い相関があることを明らかにした.成功し,その値が認知機能検査の結果と高い相関があることを明らかにした.成功し,その値が認知機能検査の結果と高い相関があることを明らかにした.

②②②② 高齢ドライバーを対象に,医学的診断と機器を用いた運転特性調査を組み合わせた運高齢ドライバーを対象に,医学的診断と機器を用いた運転特性調査を組み合わせた運高齢ドライバーを対象に,医学的診断と機器を用いた運転特性調査を組み合わせた運高齢ドライバーを対象に,医学的診断と機器を用いた運転特性調査を組み合わせた運

転診断システムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.その結果,より効果転診断システムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.その結果,より効果転診断システムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.その結果,より効果転診断システムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.その結果,より効果

的な講習を行うためには,シミュレータによる診断結果を診断書形式で(その場で)的な講習を行うためには,シミュレータによる診断結果を診断書形式で(その場で)的な講習を行うためには,シミュレータによる診断結果を診断書形式で(その場で)的な講習を行うためには,シミュレータによる診断結果を診断書形式で(その場で)

フィードバックすることが重要であることなどが分かった.また,明らかとなった改フィードバックすることが重要であることなどが分かった.また,明らかとなった改フィードバックすることが重要であることなどが分かった.また,明らかとなった改フィードバックすることが重要であることなどが分かった.また,明らかとなった改

善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計処理機能と診善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計処理機能と診善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計処理機能と診善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計処理機能と診断書作成機能の断書作成機能の断書作成機能の断書作成機能の

設計・開発を行った.設計・開発を行った.設計・開発を行った.設計・開発を行った.

③③③③ 運転診断用ドライブシミュレータをベースに,有効視野,レーンキープ能力などの運運転診断用ドライブシミュレータをベースに,有効視野,レーンキープ能力などの運運転診断用ドライブシミュレータをベースに,有効視野,レーンキープ能力などの運運転診断用ドライブシミュレータをベースに,有効視野,レーンキープ能力などの運

転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リハビリ用のシミュレ転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リハビリ用のシミュレ転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リハビリ用のシミュレ転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リハビリ用のシミュレ

ータの開発を行った.ータの開発を行った.ータの開発を行った.ータの開発を行った.

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目目目目 次次次次

高齢ドライバー運転診断・リハビリシス高齢ドライバー運転診断・リハビリシス高齢ドライバー運転診断・リハビリシス高齢ドライバー運転診断・リハビリシステムの開発テムの開発テムの開発テムの開発

第第第第 1111 章章章章 はじめにはじめにはじめにはじめに

1.1 研究背景

1.2 目的

第第第第 2222 章章章章 本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介

2.1 ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバー

検査技術

2.2 社会システムとしての高齢ドライバー支援技術(富

士河口湖町高齢者ドライバー支援事業)

2.3 ペダル操作による高齢ドライバー運転特徴量計測

第第第第 3333 章章章章 心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析

3.1 認知機能と運転特性の関係分析容

3.2 身体機能と運転特性の関係分析

第第第第 4444 章章章章 運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験

4.1 試験の概要

4.2 結果

第第第第 5555 章章章章 シミュレータの開発・改良シミュレータの開発・改良シミュレータの開発・改良シミュレータの開発・改良

5.1 運転リハビリ用シミュレータの開発

5.2 運転診断機能の改良

第第第第 6666 章章章章 まとめまとめまとめまとめ

参考文献参考文献参考文献参考文献

付録付録付録付録

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第第第第 1111 章章章章

はじめにはじめにはじめにはじめに

1.11.11.11.1 研究背景研究背景研究背景研究背景

現在のわが国において,自動車は便利な移動手段であるだけでなく,生活の質(以降 QOL

と記載)を向上させる手段として欠かせないものになっている.近年,高齢ドライバーの数

は急激に増加しており,平成 14 年には,65 歳以上の高齢者の自動車運転免許保有者数が 25

歳以下の保有者数を上回るまでになり,平成 22 年末には 1270 万人を超えている 1.1.1)(図

1.1.1).また,65 歳未満では女性の自動車運転免許保有率が男性並みに高いことより,高齢

ドライバーの増加傾向はさらに加速するものとみられる.

図 1.1.1 男女別運転免許保有者数と年齢層別保有率(平成 22 年末)

それに伴い,高齢ドライバーによる事故が増加し社会問題となっている.そのため,高齢

ドライバーの安全運転を長期間継続可能にする対策が求められており,実践女子大学の松浦

らは安全運転ワークブックを用いた高齢ドライバーの補償運転促進を提案している.しかし,

加齢による身体機能,認知機能の低下や様々な疾病への罹患といった問題を抱えている高齢

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ドライバーに対して,これまでの交通心理学的プロセスだけで運転能力の維持・向上は不可

能である.

1.11.11.11.1.1.1.1.1 高高高高齢ドライバー対策としての道路交通法改正齢ドライバー対策としての道路交通法改正齢ドライバー対策としての道路交通法改正齢ドライバー対策としての道路交通法改正

高齢・認知症ドライバーによる交通事故が社会問題となるなか平成 14年に道路交通法が改

正され,認知症など運転に支障を及ぼす病気に罹患した場合には,公安委員会が免許の取り

消し又は停止といった処分を下すことが可能となった.しかし,実際には認知症ドライバー

への処分が殆ど行われない状況が続いたため,平成 19 年に再度改正され,75 歳以上のドラ

イバーに認知機能検査が義務づけられることとなった.

以下に,平成 14 年と平成 19 年の道路交通法改正による認知症ドライバーへの対応と問題

点を解説する.

1.11.11.11.1....2222 平成平成平成平成 14141414 年改正道路交通法年改正道路交通法年改正道路交通法年改正道路交通法

図1.1.2に平成14年改正道路交通法における免許の取り消しまたは停止の理由となる病気

(認知症)の症状があった場合の行政処分に至る手続きの流れを示す.

この法律の中では「認知症」という言葉が使われているが,明確な定義がなされていない.

いわゆる認知症とは,アルツハイマー型認知症,脳血管性認知症,前頭側頭葉変性症など様々

な原因疾患による病体を総称するものであり,専門医による精査なしに鑑別診断を行うこと

は不可能である.それにもかかわらず,この法律ではドライバーをどのようにして認知症と

判断するのか,認知症であると判断した場合に,どのように対応すべきかについての詳細か

つ系統的指針が示されていない 1.1.2).そのため,医学的知識を持たず,人的資源の乏しい都

道府県警免許課の担当者が個別に判断して処分することが非常に困難である.

図 1.1.2 認知症に係る行政処分に至る手順の流れ(平成 14 年改正道路交通法)

免許の取消または停止の理由となる病気の症状があった場合

免許の取消または停止の理由となる病気の症状について申告書に記入

医学的に問題あり

運転適正相談運転適正について

記載した診断書

更新不可 更新可

公安委員会による判断

免許の返納または更新の辞退を促す

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1.11.11.11.1....3333 平成平成平成平成 19191919 年改正道路交通法年改正道路交通法年改正道路交通法年改正道路交通法

図 3 に平成 19年改正道路交通法における免許の取り消しまたは停止の理由となる病気(認

知症)の症状があった場合の行政処分に至る手続きの流れを示す.この法律では,①75 歳以

上のドライバーに認知機能検査を実施,②基準該当者が交通違反を行った場合,臨時適正検

査を実施し認知症であるか判定(規定を満たす医師の診断書を提出した場合は免除),③認知

症である者の免許を取り消す,といった流れで行政処分を行うことになっている.

ここで注目されるのは,これまで警察が主体となって行ってきた運転継続可否の判定が,医

師主導に変わるということである.しかし,次のような理由から,実際の認知症診断に携わ

る医師から不安の声が広がっている 1.1.3).

① そもそも認知症診断技術は確立途上にあり,医師毎に診断基準が異なっている.

② 認知症スクリーニングテストの成績と運転技能の間に明確な相関が見られず 7),医師が

危険なドライバーを判定することは困難である.

③ 都市部以外では運転免許の取り消しが大きな QOL の低下を引き起こすため,医学的にも

過度の免許取り消しは避けたい.

そこで,医師の間からは運転継続可否の判定を行うにあたって,認知症スクリーニングテ

ストに加え,直接運転技能を判断可能なテストの実施を望む声が多く,そのためのツールと

してドライビングシミュレータが注目を集めている.

図 1.1.3 認知症に係る行政処分に至る手順の流れ(平成 19 年改正道路交通法)

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1.21.21.21.2 目的目的目的目的

本研究では,国立長寿医療研究センターで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・

身体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ、ドライブレコーダといった機

器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラムを提案

し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目指す.

平成 23 年度は,これまで富士河口湖町で研究代表者が行ってきた身体・認知機能の医学的

診断と機器を用いた運転特性調査の結果を分析し,認知・身体機能と運転特性の関係を分析

すると同時に,既に開発している運転診断用簡易シミュレータを運転能力に応じてレベルが

変更できるように改良することで,運転リハビリ用シミュレータの開発を行うことを目標と

した.さらに,富士河口湖町および大府市の高齢ドライバーを対象に,医学的診断とドライ

ブレコーダなどによる運転特性調査を組み合わせた運転診断システムの実証試験を行い,改

善点を明らかにすることも同時に目指した.

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第第第第 2222 章章章章

本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介本システムに使用した技術の紹介

2.12.12.12.1 ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバー検査技術ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバー検査技術ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバー検査技術ドライビングシミュレータを用いた高齢ドライバー検査技術

一般的に,ドライブミュレータを用いた能力測定で行われる反応時間の計測では,イベン

トとして歩行者の飛び出しや前方車両の急ブレーキ(ブレーキランプの点灯)が用いられる

が,それらの注意対象は概ね前方や斜め前方に配置される.一方,Owsley は,高齢者の事故

と有効視野の広さの関係を報告しており(2.1.1),前方だけでなく周囲で起こる出来事に対する

対処能力による評価が重要であると考えられる.

そこで,科学警察研究所において,ミラーを確認して周囲の車両の配置を把握する能力(実

際の運転状況に近い環境での有効視野)の測定を意図したドライブシミュレータを開発し,

高齢者と非高齢者の走行実験を実施したところ,年齢層別の平均値で加齢に従って成績が著

しく低下し,高齢運転者の能力(有効視野)低下を検出できる可能性が示唆された(2.1.2).し

かしながら,実際に検査が必要な高齢ドライバーを全て,大型ドライブシミュレータを保有

する施設で検査することは不可能である.

本技術の確立のために,高齢者が家庭や病院で日常的に運転能力(自動車運転における有

効視野)の測定が可能なドライブシミュレータを開発する目的で,科学警察研究所で開発し

た検査用ソフトウエア(2.1.3)をワークステーション,テレビ,ゲーム用コントローラ(ハンド

ル,ブレーキ,アクセル)で構成される簡易型シミュレータで実験できるように改良を行っ

た.開発されたドライブミュレータは,非高齢者による走行実験により性能評価を行ない,

微調整を行った後,同一の高齢者による大型ドライブシミュレータとの成績比較実験(乗り

比べ実験)を行うことで,本技術の有用性を明らかにした.

2.1.12.1.12.1.12.1.1 ドライブシミュレータ装置の概要ドライブシミュレータ装置の概要ドライブシミュレータ装置の概要ドライブシミュレータ装置の概要

科学警察研究所で開発されたソフトウエアは,図 2.1.1 に示すカヤバ工業株式会社製ドラ

イブミュレータでの動作を想定している.この本格的な走行装置(フルスケールの装置であ

るので,以下,FS 装置という)は,運転台とスクリーンが一体となって動くようになってお

り,これを 6 軸の油圧シリンダーによる動揺装置で支持して運転者に加減速度や遠心力を体

感させる機構を持つ.映像は前方のメインスクリーンの画角 60°(運転席の正面に対して右

側 25°,左側 35°)の前方風景,メインスクリーンにはめ込み表示のルームミラー,メイン

スクリーンとは独立して,運転席の両脇斜め前方(右側は運転席正面からの角度 35°,左側

は同 55°)の位置に設置した 8.4 インチ小型液晶ディスプレイを用いた左右ドアミラーの,

計 4方向を表示する.

本技術では,一般家庭で日常的に走行実験を行えるように図 2.1.2 に示すワークステーシ

ョン(Asterism 2CPU/4GB Memory System),37型液晶テレビ(AQUOS LC-37GS20),ゲーム用

コントローラ(Logicool GT FORCE Pro)で構成される簡易な走行装置(以下,簡易装置とい

う)を用いて実験が行えるようにソフトウエアの改良を行った.簡易装置では,前方風景に

ルームミラー,左右ドアミラーをはめ込んだ映像を液晶テレビに表示し,全体の画角は 90°

(運転席の正面に対して左右 45°)で,サイドミラーは左右 40°の位置に表示した.

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なお,FS 装置の操作系(ハンドル,アクセル,ブレーキ)は実車同様であるが,簡易装置

の操作系は市販のゲームコントローラを使用しているため,性能(形状,反力など)が実車

とは大きく異なっている.

走行コースは,運転中の精神的・身体的負荷の状態を現実に近づける目的で,常磐自動車

道の三郷 I.C.から谷和原 I.C.にかけての実際の道路線形に従い,構造物や風景も模した約

20km の区間の道路モデルデータを使用した.当該道路は,中央分離帯で上下線が分離された

片側 3車線の区間である.

図 2.1.1 本格的な走行装置(科警研) 図 2.1.2 簡易装置(長寿研)

2.1.22.1.22.1.22.1.2 ソフトウエアおよび検査の概要ソフトウエアおよび検査の概要ソフトウエアおよび検査の概要ソフトウエアおよび検査の概要

本技術では,ミラー確認により周囲の車両の配置を瞬時に把握し,運転方策を判断して対

処操作を行わせる実験シナリオ(ソフトウエア)を用いている.以下にその詳細を示す.ま

た,各段階の状況について上空から見下ろした説明図を図 2.1.3 に,実験参加者が見ている

ディスプレイの画面を図 2.1.4 に示す.

①ソフトウエアおよび検査の概要①ソフトウエアおよび検査の概要①ソフトウエアおよび検査の概要①ソフトウエアおよび検査の概要

実験参加者に運転させる車の前方に,2 台の先行車両を配置した.この先行車両は共に中

央の車線を 90km/h で直進し,実験参加者には 2台目の先行車両に追従して走行させることと

した.また,後方にも 1台,自車両に追従して走行する車両を配置した.

なお,本ソフトウエアの走行設定は,一定速度の先行車両に追従するだけであり,イベン

トを回避するために,極度に意識が両脇の車線に向かいやすくなると予想される.そこで,

前方への注意を維持させる目的で,後述の数字の読み上げ課題を運転と平行して実施するこ

ととした.

②イベント②イベント②イベント②イベント

実験中は,左右の車線に出現した車群が,自車両よりもやや高い速度で,順々と自車両を

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追い抜いてゆく状態が継続する(図 2.1.3(a)).

しばらくすると,1台目と 2台目の先行車両の間に突然障害物が出現し,2台目の先行車両

が車線変更すると,その陰から障害物が自車両の前に現れる状況とした(図 2.1.3(b)).

続いて,自車両も障害物に接近して回避行動が必要な状況となり,実験参加者には周囲の

車両の配置に応じて,最も安全な方法で回避することを課題とした(図 2.1.3(c),(d)).た

だし,回避方法として操舵と制動を混在させると解析が困難なため,回避方法は操舵に限定

し,左右どちらかへの車線変更の 2 択とし,近くに後続車両の存在しない車線に出て障害物

を回り込む回避を正解とした.ここで,障害物の手前で急ブレーキをかけて止まる回避方法

が不正解であることを状況で体現するために,その場合には後続の車両に追突されるように

した.

先行車両の車線変更の開始から自車両が障害物に達するまでの時間は,それまでの追従速

度を保って走り続けた場合で約 3 秒である.イベントの発生は,左右のどちらかに車両が存

在する時に選択的に行い,タイミングをランダムに変化させ繰り返し実施した.

図 2.1.3 ソフトウエア(実験シナリオ)の各段階の状況

(a) Normal situation

(b) Occurrence of the event

(c) Recognition and decision-making

(d) Avoidance

Obstruction (corrugated cardboard box)

Participant’s car

Traveling direction →

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図 2.1.4 実験参加者が見ているディスプレイ画面

③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク

図 2.1.4 に示すように,先行車両の後端部に数字を 4 個並べて表示し,3 秒間隔でその数

字を変化させた.実験参加者には,そのなかから指示した数字(実験により異なる)を探索

して読み上げることを,もう一つの課題とした.

また,この数字の読み上げよりも運転を優先させ,ミラー確認など,運転に必要な脇見に

より数字が読み上げられなかった場合には,読み飛ばしてもよいこととした.なお,数字の

表示位置は先行車両の車線変更には連動させず,中央車線の中央に留め置いた.

④その他④その他④その他④その他

実験参加者には,上記実験概要を十分に説明し,続いて実際に走行のデモンストレーショ

ンを見せた後,走行実験を実施した.

2.1.32.1.32.1.32.1.3 簡易装置の検定簡易装置の検定簡易装置の検定簡易装置の検定

簡易装置は FS 装置に比べ慣性力の模擬機能が省略されていることに加え,操作系(ハンド

ル,アクセル,ブレーキ)の模擬性能についても劣り,画角も狭い.そのため,これまで FS

装置で行ってきた実験とは成績の出方,実験参加者への負担等に大きな差違が生じる恐れが

ある.そこで,非高齢者を実験参加者として簡易装置の検定を行った.

①実験参加者①実験参加者①実験参加者①実験参加者

本検定では,運転免許を持つ 21 歳から 29 歳の大学生および大学院生 22名(男性 8名,女

性 14 名)を実験参加者とした.なお,実験参加者の募集にあたっては「日常的に自動車の運

転をしている」という条件を付けた.また,シミュレータ酔いなどで実験を中断した 4 名は

分析対象から除外した.

分析対象の実験参加者の平均年齢は,男性 23.0 歳(標準偏差 SD2.51),女性 22.5 歳(SD1.29)

である.

②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間

実験参加者は「練習コース」(は高速道路の最初の一部分(約 5分)を他車両の干渉を受け

ずに運転できる区間として練習用に割り当て,この走行中に運転感覚を確認する区間とした)

Room mirror

Left side mirror Right side mirror

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を約 5分間走行した後,約 10 分の本試行を 3回行った.なお,各試行間には約 5分の休憩時

間を設けた.イベントは,発生タイミングを予測困難にするため,間隔を不規則に変化させ

た.イベントの回数は,この不規則性および走り方に影響されるため走行により変動するが,

1走行あたり約 10 回である.

③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク

図 2.1.4 に示すように,先行車両の後端部に「0」から「9」までの数字から 3 つをランダ

ムに選択し,そのうち 1 つだけを重複させて縦横 2 個ずつ合計 4 個並べて表示した.重複す

る数字の組みを表示する位置についてもランダムに変化させた.実験参加者には,実験中可

能な限り,その重複している数字を探索して読み上げてもらった.

④質問紙検査④質問紙検査④質問紙検査④質問紙検査

実験参加者に対して事前に,運転頻度,免許保有年数,前日の睡眠時間などを尋ねる質問

紙検査を実施した.ここで,運転頻度とは 1 週間に運転する日数とし,1 月に 1 回の運転を

0.25,それよりも頻度の少ない状態を 0とカウントした.

⑤検定結果および考察⑤検定結果および考察⑤検定結果および考察⑤検定結果および考察

回避成績を(正しい方向に回避した回数)÷(イベントの発生回数)と定義し,試行毎に

算出した.性別毎の試行回と回避成績の関係を図 2.1.5 に示す.第 1 試行における回避成績

は男性で 75.2%,女性で 56.6%であり,第 3 試行では回避成績が男性 95.7%,女性 72.6%

であった.3 走行を通じて男性の回避成績は女性よりも高いことが示され,性別によらず回

避成績は走行回数に依存して増加していた.

ここで,二要因の分散分析を行った結果,性別の主効果(F(1,14) = 7.84, p <.05) ,試

行の主効果(F(2,34) = 10.19, p <.001)が有意であったが,性別×試行の交互作用は有意

でなかった.

男性に関しては,実験条件に違いがあるものの,過去に非高齢者を対象に行った FS装置に

よる実験結果(2.1.2)と今回簡易装置で行った実験結果(3 試行目の回避成績)は同程度の成績

であり,簡易装置もドライバーの認知処理能力評価に利用できる可能性が高いと思われる.

図 2.1.5 試行回と回避成績の関係

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

1 2 3

Number of trials

Mean percent correct response (%)

Male (n=8)

Female (n=11)

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2.1.42.1.42.1.42.1.4 走行装置比較試験走行装置比較試験走行装置比較試験走行装置比較試験

簡易装置開発後,高齢者および非高齢者を実験参加者とし,FS 装置および簡易装置で 9回

の走行を行う試験を行った.その結果,少ない走行回数では簡易装置での回避成績が低い傾

向が見られるものの,5回目以降の走行では FS装置での回避成績と簡易装置での回避成績が

非常に良く一致した(2.1.4).しかし,この試験では各実験参加者は FS 装置もしくは簡易装置の

どちらか一方しか運転していないため,同一のドライバーの能力を両方の装置で同じように

測定できるかは不明である.そこで,各実験参加者が両方の走行装置で運転を行う試験を実

施した.

①実験参加者①実験参加者①実験参加者①実験参加者

本試験では,運転免許を持ち日常的に自動車の運転をしている 65歳から 71 歳の高齢者 11

名(全て女性)を実験参加者とした.ただし,シミュレータ酔いなどで実験を大幅に中断し

た 4名は分析対象から除外した.

分析対象の被験者の平均年齢は,66.75 歳(SD1.98)である.

②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間

実験参加者は連続した 2 日間(半日×2)で,簡易装置と FS 装置を 1 日ずつ運転すること

とした.すなわち,1 日目に簡易装置を運転するグループは 2 日目に FS 装置を運転し,1 日

目にFS装置を運転するグループは2日目に簡易装置を運転した.運転スケジュールは1日目,

2日目共に以下に示すとおりである.

【一日の運転スケジュール】

レーンチェンジ×2回

練習コース+障害物回避コース×1回

障害物回避コース 3回

ここで,「レーンチェンジ」は運転に慣れるための練習が目的であり,広大な駐車場のよう

な広場で,2列に並んだコーンの間を車線変更しながら通り抜ける走行を約 5分間行う.「練

習コース」は高速道路の最初の一部分(約 5 分)を他車両の干渉を受けずに運転できる区間

として練習用に割り当て,この走行中に運転感覚を確認する区間とした.「障害物回避コース」

は,練習区間以降のコース部分で,周囲に多数の車両が走行する中,障害物を回避しながら

走行を約 10 分間行う.イベントは,発生タイミングを予測困難にするため,間隔を不規則に

変化させた.イベントの回数は,この不規則性および走り方に影響されるため走行により変

動するが,1走行あたり約 10 回である.実験は 2人一組とし,1人が実験中にもう 1人が休

憩を取ることとした.

③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク③数字読み上げタスク

図 2.1.6 に示すように,先行車両の後端部に「1」から「7」 の中からランダムに 2種類の

数字を選択し,一方を 3 つ,他方を 1 つとした 4 つの数字について,それらの位置について

もランダムに変化させて表示し,1つだけ異なる数字を見つけ出して読上げる課題を用いた.

数字は 3 秒間隔で更新し,その都度読上げさせた.ただし,数字読み上げタスクを行いなが

らの運転が困難な場合には,運転を優先(数字読み上げタスクを中止)することとした.

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図 2.1.6 実験参加者が見ているディスプレイ画面(ズーム)

④質問紙検査④質問紙検査④質問紙検査④質問紙検査

簡易装置検定実験と同様に,実験参加者に対して事前に,運転頻度などを尋ねる質問紙検

査を実施した.また,実験参加者が認知症に罹患しているかを判断するために,認知機能検

査 MMSE (Mini-Mental State Examination) を実験終了後に実施したが,今回の実験参加

者からは,認知症の疑いを示す結果は認められなかった.

⑤検定結果⑤検定結果⑤検定結果⑤検定結果

簡易装置検定実験と同様に,回避成績を試行毎に算出した.1 日目に簡易装置を運転した

グループ(人数 N = 3)の試行回と回避成績の関係を図 2.1.7 に,1 日目に FS 装置を運転し

たグループ(N = 4)の試行回と回避成績の関係を図 2.1.8 に示す.どちらのグループも 1日

目は試行回数と共に回避成績が上昇し,2 日目は回避成績が高い状況で試行回数による変化

が少なかった.

第 4試行における回避成績は1日目に簡易装置を運転したグループで 68.1%,1日目に FS

装置を運転したグループで 78.6%であり,第 8試行における回避成績は 1日目に簡易装置を

運転したグループで 67.2%,1日目に FS 装置を運転したグループで 78.9%であった.8走行

中 7走行で 1日目に FS装置を運転したグループの回避成績が高い結果となった.

図 2.1.7,図 2.1.8 の実験結果より,1日目の 4試行で回避成績が上昇し,2日目に別の装

置を用いた実験では 1 試行目から高い回避成績を示すことにより,双方の装置間でトレーニ

ング効果が引き継がれていることが明らかになった.このことから,双方の装置で測定して

いる能力は,ほぼ同一のものであると予想される.さらに,操作系(ハンドル,アクセル,

ブレーキ)の性能が実車とは大幅に異なる簡易装置によるトレーニング効果が,操作系が実

車同様である FS装置に引き継がれていることより,非常に簡易な装置を使った運転トレーニ

ングであっても,向上した能力の一部は実車運転の際に効果を示す可能性があることを示唆

している.

さらに,同一の実験参加者の回避成績と装置の関係を調べると図 2.1.9 に示す結果となっ

た.ここで,回避成績としては 3 試行目と 4 試行目の成績が良い方,7 試行目と 8 試行目で

成績が良い方を使用した.図 2.1.9 を見ると,データ数が少ないため詳細な分析は不可能で

あるが,同一の実験参加者の回避成績は,簡易装置および FS 装置のどちらで実験しても,か

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なり近い値を取ることが分かる.このことから,可搬型の簡易装置であっても,大型の FS 装

置の代わりに有効視野の低下による事故リスクの高い高齢ドライバーを発見するための一つ

のツールとして使用可能なことが明らかとなった.

図 2.1.7 試行回と回避成績の関係(簡易装置→FS 装置)

図 2.1.8 試行回と回避成績の関係(FS装置→簡易装置)

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

1 2 3 4 5 6 7 8

Number of trials

Mean percent correct response (%)

First day Second day

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

80%

90%

100%

1 2 3 4 5 6 7 8

Number of trials

Mean percent correct response (%)

First day Second day

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図 2.1.9 同一実験参加者の回避成績と装置の関係

2.1.52.1.52.1.52.1.5 まとめまとめまとめまとめ

本技術の確立のため,高齢者が家庭や病院で日常的に運転能力(有効視野)の測定が可能

なドライブシミュレータを開発する目的で,科学警察研究所で FS装置用に開発した検査用ソ

フトウエアを簡易装置で使用できるように改良を行い,性能評価,微調整を行った後,FS 装

置との成績比較実験(乗り比べ実験)を行い,以下の知見が得られた.

(1)過去に非高齢者を対象に行った FS 装置による実験結果と今回の簡易装置検定実験の結

果は同程度の回避成績であり,簡易装置もドライバーの認知処理能力評価に利用できる

可能性があることが確かめられた.

(2)非高齢者では男性の回避成績が女性の成績より若干高い傾向がみられた.また,非高齢

者では運転頻度が極めて少ない実験参加者に回避成績が悪い傾向がみられるものの,運

転頻度の多さと回避成績に相関はみられなかった.

(3)非高齢者では,成績の低い実験参加者の多くは,ほとんど運転をしないことが判明し,

簡易装置の成績は運転経験の影響を受けることが示唆された.

(4)簡易装置と FS 装置の成績比較実験の結果,双方の装置間でトレーニング効果が良好に

引き継がれることが明らかとなった.このことから,双方の装置で測定している能力は,

ほぼ同一のものであると予想される.

(5)操作系(ハンドル,アクセル,ブレーキ)の性能が実車とは大幅に異なる簡易装置によ

るトレーニング効果が,操作系が実車同様である FS 装置に引き継がれていることより,

非常に簡易な装置を使った運転トレーニング装置を開発可能なことが示唆された.

(6)同一の実験参加者の回避成績は,簡易装置および FS 装置のどちらで実験しても近い値

を取り,可搬型の簡易装置であっても,大型の FS 装置の代わりに有効視野の低下による

事故リスクの高い高齢ドライバーを発見するためのツールとして利用できる可能性があ

ると思われる.

0%

20%

40%

60%

80%

100%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

Abbreviated equipment

Full-scale equipment

Abbreviated equipment → Full-scale equipment

Full-scale equipment →Abbreviated equipment

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2.22.22.22.2 社会システムとしての高齢ドライバー支援技術(富士河口湖町高齢者ドライバー支援事社会システムとしての高齢ドライバー支援技術(富士河口湖町高齢者ドライバー支援事社会システムとしての高齢ドライバー支援技術(富士河口湖町高齢者ドライバー支援事社会システムとしての高齢ドライバー支援技術(富士河口湖町高齢者ドライバー支援事

業)業)業)業)

富士河口湖町では高齢者福祉の方針として,明るく活力に満ちた高齢社会の構築に向けて

高齢者自身が地域社会の中で自らの経験と知識を活かし,就労や様々な社会活動に参加する

など積極的な役割を果たしていけるように支援をすることが重要だとしている.このため,

高齢者ドライバー対策に関しても,交通安全のために高齢者からの免許証返納を奨励するの

ではなく,より長く安全運転を可能にするための支援策を確立することを目的として平成 20

年 9 月に事業を開始した.

2.2.12.2.12.2.12.2.1 事業の概要事業の概要事業の概要事業の概要 2.2.1)

事業の基本的な仕組みは,以下の二つの目的を達成するために町の高齢者ドライバーに対

する年 4回のセミナーへの参加を促す,というものである.

第一の目的は,高齢者ドライバーの運転能力を定期的にチェックし現状を本人と周りの人

間が把握することである.第二の目的は,継続的に運転能力トレーニングとアドバイスを行

うことで運転能力の向上を図ることである.1 回のセミナーは約 120 分で以下の三講座を実

施する.

第一の講座は高齢者ドライバーの安全運転継続に有益な講師陣による講演である.関連機

関との協力の下,認知症予防の専門家や,交通心理学の専門家,地域の警察関係者などをピ

ックアップし,約 40 分の講演の中で高齢者に対して分りやすく役立つ話を提供していただい

ている.

第二の講座では,簡易シミュレータを使用した運転能力のチェックと運転トレーニングが

行われる.

第三の講座は,ドライブレコーダを使った高齢者一人一人の日常運転チェックおよびドラ

イブレコーダ映像を利用した安全運転座談会である.

平成 21 年度は 21 名の参加者があった.実際のセミナーの様子を図 2.2.1,図 2.2.2 に示

す.また,参考として富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業のパンフレットを付録 1 とし

て添付する.

図 2.2.1 講演(ドライバー体操)受講風景

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図 2.2.2 安全運転座談会の様子

2.2.22.2.22.2.22.2.2 活動の具体的内容活動の具体的内容活動の具体的内容活動の具体的内容

我々の目的を達成するために,平成 20 年度に富士河口湖町の職員と研究者からなる富士河

口湖町高齢者ドライバー支援研究会(代表:伊藤安海)を立ち上げた.そして平成 21 年度に

は,富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業として,①運転能力診断,②運転モニタリング

と安全運転教育,③運転トレーニング,④高齢ドライバー運転危険地域(地点)の調査,を

行う参加者 20 名程度の「高齢者ドライバー講習会(年 4~6 回実施)」を開始した,平成 22

年度には実車による講習会を年 1 回実施し,好評であった運転体操を毎回行うなどの改善を

加えることで,参加者のモチベーションを大幅に上げることに成功した.さらに,平成 23 年

度には新たな実装地域として大府市においても「大府市吉田交通安全モデル地区安全運転ド

ライバー支援講座」として同様の事業を開始することができた.

2.2.32.2.32.2.32.2.3 遭遇した問題とその解決遭遇した問題とその解決遭遇した問題とその解決遭遇した問題とその解決

①高齢ドライバー運転危険地域(地点)の調査に関しては,当初,国立長寿医療センター(現

国立長寿医療研究センター)の心理学を専門とする研究者が担当する予定であったが,急

な退職により活動の継続が困難となったため,開始時期を若干遅らせ,情報工学を専門と

する研究者が引き継いで実施することとした.

②富士河口湖町の高齢者ドライバー支援事業に参加する高齢者ドライバーの過半数が,丁寧

なインストラクションを繰り返し行っても,我々の提供する簡易ドライビングシミュレー

タに適応することが困難なことが判明した.そこで,「ブレーキ,アクセル操作」,「レーン

キープ」,「車線変更」といった運転の基本操作をシミュレータで行う 7 分間の課題を急遽

開発し,シミュレータによる検査,トレーニングの前に行うこととした.その結果,参加

者のほとんどがシミュレータで適切に課題を実施することが可能となった.詳細を 2.2.4

に示す.

③平成 23年度より,富士河口湖町に加え大府市においても実装活動を行うこととなった.ス

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タッフ不足は研究補助の専門家に依頼することで補うことができたが,ドライブレコーダ

を用いた講座は,資金不足のため実施を取りやめた.

2.2.32.2.32.2.32.2.3 問題解決の具体例(高齢者向けシミュレータ適応課題の作成)問題解決の具体例(高齢者向けシミュレータ適応課題の作成)問題解決の具体例(高齢者向けシミュレータ適応課題の作成)問題解決の具体例(高齢者向けシミュレータ適応課題の作成)

シルバー人材センターに登録している高齢者を対象として過去に実施した簡易シミュレー

タ検査においては,シミュレータの操作自体に適応出来ない高齢者はほとんど存在しなかっ

た.しかし,平成 21 年度の富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業の参加者に対して試験的

に簡易シミュレータ検査を実施したところ,検査内容の説明,実験者によるデモンストレー

ション,実験参加者へのアドバイスを繰り返し行い,シルバー人材が行った回数以上に試行

を重ねても,大多数が簡易シミュレータの運転自体に適応することが艱難であった.

そこで,簡易シミュレータへ適応出来ない高齢者を観察した結果,以下の①~③に示す不

適応現象が頻繁に見られることが分かった.

①先行車両などの他車両を自車両だと思いこみ,「動かない!」と言いながらコースアウト

を繰り返す.

②操舵によるレーンキープができず,蛇行運転を続けながら周囲との衝突を繰り返す.

③イベント回避のための車線変更でハンドルを切りすぎてしまい,コースアウトしてしま

う.

そこで,以下①~③に示すトータル 7 分間の適応課題を作成した.適応課題では検査走行

と同じ 3 車線の道路を使用するが,自車両以外の車両は現れないこととした.課題中の画面

例を図 2.2.3 に示す.

①直線コースで画面の指示に対してアクセル,ブレーキ操作を行う練習を 2分間行う.(操

舵機能オフ)

②緩やかにカーブするコースをコースアウトしないように 2分間走行する.

③ところどころに障害物(段ボール箱)が落ちているコースを,障害物を避けながら 3 分

間走行する.(段ボールは 3車線のうち 1車線を封鎖)

図 2.2.3 適応課題実施中の画面(アクセル,ブレーキ操作の練習)

①実験参加者①実験参加者①実験参加者①実験参加者

開発した高齢者向けシミュレータ適応課題の有用性を調査するため,平成 22 年度富士河口

湖町高齢者ドライバー支援事業(セミナーを年 4 回実施)に自発的に参加した高齢ドライバ

ーを実験参加者とした実験を行った.実験参加者は運転免許を持ち日常的に自動車の運転を

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している 68 歳から 84 歳の高齢者ドライバー21 名(男性 13 名,女性 8 名)であり,その平

均年齢は 76.4 歳(SD5.59)である.なお,全ての実験に参加した実験参加者(皆勤者)は

68 歳から 84 歳の 8名(男性 4名,女性 4名),その平均年齢は 76.6 歳(SD5.91)であった.

②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間②走行スケジュールおよび走行時間

実験参加者に対して,7分間の検査走行課題を約 10 分の休憩を挟んで 2回走行してもらう

実験を 3 ヶ月おきに 3 回実施した.なお,3 回目の実験に関してのみ,検査走行開始約 1 時

間前に適応課題のコースを 1 回走行してもらった.イベントは,発生タイミングを予測困難

にするため,間隔を不規則に変化させた.イベントの回数は,この不規則性および走り方に

影響されるため走行により変動するが,1走行あたり約 8 回である.

③実験結果③実験結果③実験結果③実験結果

回避成績を(正しい方向に回避した回数)÷(イベントの発生回数)と定義し,試行毎に

算出したうえで,2 試行のうち回避成績が高い方をその回の成績とした.全ての実験に参加

した8名の試行回と回避成績の関係を図2.2.4に示す.1回目の回避成績の平均値は20.8%,

2 回目の回避成績の平均値は 16.5%であり,3 回目では回避成績の平均値は 62.7%であった.

1 回目と 2 回目の成績には殆ど差がみられないが,事前に適応課題を実施した 3 回目の成績

は大幅に上昇した.

参考として,2回目の実験だけ欠席した 4名の試行回と回避成績の関係を図 2.2.5 に示す.

1回目の回避成績の平均値は 20.8%,3回目の回避成績の平均値は 73.1%であった.

図 2.2.4 回避成績の変化(3回皆勤者) 図 2.2.5 回避成績の変化(2回目欠席者)

④考察・検証④考察・検証④考察・検証④考察・検証

検査走行を行っている実験参加者の様子を観察すると,3 ヶ月のインターバルにより前回

の簡易シミュレータ走行の経験は殆ど失われていると感じられた.また,1 日に 2 試行程度

の走行では,殆どの参加者が簡易シミュレータの走行に適応できなかった.しかし,今回開

発したたった 7 分の適応課題を走行して簡易シミュレータに慣れることで,ほぼ全ての実験

参加者が検査走行に適応でき,運転能力を測定することが可能であった.このことは,全て

の実験に参加した 8 名および 2 回目の実験だけ欠席した 4 名の回避成績が,適応課題を実施

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した 3回目だけその他の回より平均で 40%以上上昇していることからも明らかである.

また,今回の実験ではシミュレータ酔いなどによる脱落者が 1 名も出なかったため,高齢

者にとって適切な負荷であったと思われる.

2.2.42.2.42.2.42.2.4 まとめまとめまとめまとめ

当初は,平成 20年からの 3年間で,警察・医療・大学などが別々に開発してきた高齢・認

知症ドライバー対策のシーズを国立長寿医療研究センターの研究者チームと富士河口湖町が

連携して,小規模な社会システム(高齢者ドライバー支援事業)として試験的に社会実装す

ることにより,高齢化社会における安全・快適な交通社会実現の新しい方策を提案すべく活

動を開始した.しかし,1機関の 1研究グループでは,20 名程度の小規模な事業(セミナー)

であっても,継続的に実施しながら内容を大幅に改善することは困難であった.そこで,健

康科学大学,東京農工大学,埼玉工業大学,デンソーアイティーラボラトリといった機関に

実装組織に加わってもらうことによって,提供技術・機材,参加者満足度共に大幅に改善し

ながら,継続可能な社会システムを構築することができた.

最近では,我々の活動が学術講演会,新聞・テレビ報道などを通じて徐々に社会に認知さ

れはじめ,同様の活動を行ってほしいとの要望も多数寄せられており,平成 23 年 9月からは

大府市においても市の交通安全モデル地区事業の一環として安全運転ドライバー支援講座を

開始することができた.また,これまでは危険な高齢者ドライバーをいかに自動車運転から

排除するかといった意見が世論の中心であったが,高齢者ドライバーの全てが危険なドライ

バーではなく,我々の活動などを通じて長期間の安全運転を継続することが,心と体の健康

維持のためにも大変重要であるといった報道なども散見されるようになり,副次的に,我々

の活動が高齢者ドライバーの権利維持に貢献しているものと思われる.

しかし,実装活動を拡大するためのスタッフ確保に目を移すと,大学における関連プロジ

ェクトの終了や研究機関における研究者の退職などで,現状の実装支援体制すら維持するこ

とが困難となってきている.その一方で,有料でも同様の事業に参加したいといった市民の

声や,高齢者ドライバー支援機器の開発を目指している企業からの事業への参加表明なども

あり,公的な社会システムの構築による問題解決を目指してきた我々の活動ではあるが,活

動の広域化,長期化を目指すためには,営利活動との連携も重要な課題であると思われる.

2.32.32.32.3 ペダル操作による高齢ドライバーの運転特徴量計測ペダル操作による高齢ドライバーの運転特徴量計測ペダル操作による高齢ドライバーの運転特徴量計測ペダル操作による高齢ドライバーの運転特徴量計測 2.3.1)

近年,高齢者ドライバーに運転免許証を返上してもらう取り組みや,運転能力を回復させ

るための運転教習が実施されている.しかしながら,この検査手法にはペーパーテストやド

ライブシミュレータなどの臨床観察の検査手法が採用され,日常の高齢ドライバーの運転行

動から定量的に運転能力を計測するには至っていない.

そこで,日常の高齢ドライバーの運転操作から定量的に運転能力を計測する手法として,

ペダル操作からドライバーの運転特徴量を計測する手法を提案し,医療機関が認知症診断に

用いる検査結果との相関を調べた.

2.3.12.3.12.3.12.3.1 既存技術既存技術既存技術既存技術

①①①①MMSEMMSEMMSEMMSE 検査検査検査検査

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認知機能を検査する医療機関では,Mini Mental State Examination(MMSE)という認知機

能検査手法を使用している.検査は 11 設問からなる質問形式で行われ,評価は 30 点満点で

27 点以上を健常とし,22~26 点を軽度認知障害の疑いありとし,21 点以下を認知症の可能

性が高いものと判定される.運転行動モデルにおける認知,判断,操作の一連の運転能力を

検査するに当たって,MMSE を活用することは非常に有効であるが,日常の高齢ドライバーの

運転操作から定量的に計測する手法には利用できない.

②生体ゆらぎを用いた脳活性度測定②生体ゆらぎを用いた脳活性度測定②生体ゆらぎを用いた脳活性度測定②生体ゆらぎを用いた脳活性度測定

脳波,心拍,呼吸,抹消血流量などに現れる一見不規則な波形変動を生体ゆらぎという.

生体ゆらぎの強弱変化や間隔変化の傾向が脳前頭葉の認知機能部の活性度合いに比例するこ

とが臨床医学研究で公知になった 2.3.2).最近では足踏み運動からも生体ゆらぎ(歩調ゆらぎ

という)が観測できることが報告されている.生体ゆらぎを用いて脳活性度を測定すれば長

期的な加齢変化や短期的な漫然度合いが定量的に計測可能であるため,日常の高齢ドライバ

ーの運転操作から定量的に運転能力を計測する手法として有効である.

生体ゆらぎの計測は自律神経を中継して活動制御する筋肉の活動信号から計測可能である.

ただし,運転中のドライバーから計測する場合には,運転行動を阻害する拘束型の生体セン

サは使用できない.また,非拘束型の生体センサでは振動や外乱に影響され易いため適応困

難な場合が多い.

③時系列カオス解析による生体ゆらぎ特徴量の計測③時系列カオス解析による生体ゆらぎ特徴量の計測③時系列カオス解析による生体ゆらぎ特徴量の計測③時系列カオス解析による生体ゆらぎ特徴量の計測

生体ゆらぎから脳活性度を計測するアルゴリズムには時系列カオス解析を使用するのが最

近のトレンドである.

時系列カオス解析 2.3.2)は非線形な波形信号から自己相関性(傾向)を持った力学運動の軌

跡(運動特徴量)を可視化し,その傾向特性(軌道不安定性など)を可視化するのに使用さ

れる.この可視化をアトラクタ再構築といい,本技術ではターケンスの埋め込み定理 2.3.3)と

いう手法(図 2.3.1 参照)を使う.P(t)は埋め込みベクトルで,τを埋め込み遅延時間とい

い,nを埋め込み次元数という.

図 2.3.1 ターケンスの埋め込み定理を用いたアトラクタ再構築

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また,傾向特性を軌道不安定性から計測するリアプノフ指数計算を使用している.この計

算にはリアルタイム性を考慮した Sano-Sawada 法 2.3.4)を用い,超球サイズ,近傍点数,発展

時間点数でリアプノフ指数を調整する(図 2.3.2 参照).

図 2.3.2 リアプノフ指数の計測

生体ゆらぎにおいてリアプノフ指数が低下することは,加齢に伴う認知能力の低下や脳活

性状態の低下を意味する.生体ゆらぎにおいてリアプノフ指数は 9 段階のレベル指標で用い

られ,レベル 3以上が健常とされ,レベル 2以下になると認知症の疑いがあるとされる.

④ペダル操作量による運転特徴量の計測④ペダル操作量による運転特徴量の計測④ペダル操作量による運転特徴量の計測④ペダル操作量による運転特徴量の計測

本技術では,日常の高齢ドライバーの運転操作から定量的に運転能力を計測する手法とし

て,ペダル操作からドライバーの運転特徴量を計測する手法を提案した(図 2.3.3 参照).

図 2.3.3 システムのアウトライン

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これは歩調ゆらぎに代表される足踏み運動をペダル操作運動から観測するものである(以

降,ペダル操作ゆらぎと称す).しかし,歩調ゆらぎを計測する既存研究では,生体センサと

してモーションセンサカメラや重心動揺計などを使用しているため,ペダル操作を使用する

場合の実現性については検証が必要であり,特に MMSE との相関性について確認する必要があ

る.

なお,脳活性度を運転能力判定レベルに当てはめるうえで,運転中という非安静状態を考

慮し,リアプノフ指数 2.0 未満を認知症と扱うところを 3.0 未満に引き上げ,3.0 未満を軽

度認知障害と扱うところを 4.0 未満に引き上げた.

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第第第第 3333 章章章章

心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析心身機能と運転特性の関係分析

3.13.13.13.1 認知機能と運転特性の関係分析認知機能と運転特性の関係分析認知機能と運転特性の関係分析認知機能と運転特性の関係分析

本年度は、平成 22 年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集したドラ

イビングシミュレータで測定された高齢ドライバーの運転能力と認知機能検査の結果を分析

し,関係性を分析した.

3.1.13.1.13.1.13.1.1 データ分析データ分析データ分析データ分析

2.3 で示したペダル操作による高齢ドライバーの運転特徴量計測技術の有用性を調査する

ため,平成 22年度富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業(セミナーを年 4回実施)に自発

的に参加した高齢ドライバーを実験参加者(データ分析対象)とした.実験参加者は運転免

許を持ち日常的に自動車の運転をしている 68 歳から 84 歳の高齢者ドライバー21名(男性 13

名,女性 8名)である.

評価方法は,MMSE を実施した後,ドライビングシミュレータでの運転操作を実施,その後

心拍測定を実施した.

①ペダル操作ゆらぎの計測①ペダル操作ゆらぎの計測①ペダル操作ゆらぎの計測①ペダル操作ゆらぎの計測

2.1 で示した簡易ドライビングシミュレータを使用してペダル操作ゆらぎの計測を実施し

た.計測時はドライビングシミュレータに不慣れな高齢者ドライバーのために,最高時速は

50km/h までとし,約 7 分の走行を 3 セット実施させて前 2 回を練習走行とし,3 番目を本番

走行としている.ハンドル,アクセルペダルおよびブレーキペダルのデバイスはロジクール

社製の「GT FORCE」を使用しており,ペダル踏み込み角度は 30fps で出力される.

ペダル操作ゆらぎの計測は,このシミュレータの 3 回目の走行データからリアプノフ指数

を計算する.

②心拍ゆらぎの計測②心拍ゆらぎの計測②心拍ゆらぎの計測②心拍ゆらぎの計測

心拍ゆらぎの計測は,指尖センサによる脈波測定を以ってリアプノフ指数を計測する.計

測装置には CCI 社製の指尖脈波測定解析装置(BACS)を使用した.

③評価結果③評価結果③評価結果③評価結果

トレーニング開始時の2010年 12月とトレーニング終了時の2011年 4月における被験者の

実測結果を表 3.1.1 に示す.被験者 ID7 と ID13 についてはペダル踏み込み量の取得に失敗し

未計測である.

MMSE 結果は,図 3.1.1 に示すようにトレーニング開始時は被験者 8名中,21 点以下の重症

者が 2名,26 点以下の軽症者が 5名であったが,トレーニング終了時には重症者 1名,軽症

者 3 名と減少し,重症者 2 名については軽症レベルに回復するに至った.また,健常者は全

て現状維持という結果であった.ID17 の被験者については,他の検査結果も踏まえて認知症

進行者であると思われる.

ペダル操作ゆらぎの結果は,図 3.1.1 に示すようにトレーニング開始時と終了時を比較し

てリアプノフ指数が 0.5 以上の向上を見せた被験者が 1 名,リアプノフ指数が 0.5 以上の低

下を見せた被験者が 1 名,リアプノフ指数が±0.5 未満の現状維持を見せた被験者が 4 名で

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あった.

運転能力判定レベルに当てはめた場合,トレーニング開始時は被験者 6 名中,認知症と扱

う重症者(リアプノフ指数 3.0 未満)1名,軽度認知障害と扱う軽症者(リアプノフ指数 3.0

以上,4.0 未満)1名,健常者(リアプノフ指数 4.0 以上)は 4名であった.トレーニング終

了時は被験者 8名中,重症者 0名,軽症者 4名,健常者は 4名であった.ID8 と ID17 の被験

者は軽症者レベルと扱うべき可能性がある.

表 3.1.1 MMSE とペダル操作ゆらぎの実測結果

図 3.1.1 トレーニング前後の MMSE の結果

図 3.1.2 トレーニング前後のペダル操作ゆらぎの測定結果

Page 28: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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④考察④考察④考察④考察

図 2.3.6 に示すように,ペダル操作ゆらぎと MMSE の結果はトレーニング実施前とトレーニ

ング実施後の両方において強い相関性を持っている.

図 2.3.6 MMSE とペダル操作ゆらぎの関係

但し,本アルゴリズムが経験則にてリアプノフ指数 4.0 未満を軽症者として扱っており,

トレーニング開始前のリアプノフ指数が4.0の境界にあったID8と ID17を健常者と判定して

しまったため,今回の結果を参考に MMSE26 点に相当するリアプノフ指数を 4.2 未満に引き上

げるものとする.

3.1.23.1.23.1.23.1.2 まとめまとめまとめまとめ

本研究により,時系列カオス解析手法を使えばペダル操作の足踏み運動から生体ゆらぎが

観測できることを確認した.この生体ゆらぎが医療機関が用いる MMSE(認知機能検査)の結

果と強い相関性を持っていることを富士河口湖町の高齢ドライバーによる実証実験で確認し

た.

アクセルおよびブレーキのペダル操作量を使ってドライバーの生体ゆらぎ(脳前頭葉の認知

機能部の活性度)を観測することは,日常の高齢ドライバーの運転操作から定量的に運転能

力を計測する手法として有効な手段であるため,今後の活用を期待する.

3.1.23.1.23.1.23.1.2 まとめまとめまとめまとめ

本研究により,時系列カオス解析手法を使えばペダル操作の足踏み運動から生体ゆらぎが

観測できることを確認した.この生体ゆらぎが医療機関が用いる MMSE(認知機能検査)の結

果と強い相関性を持っていることを富士河口湖町の高齢ドライバーによる実証実験で確認し

た.

アクセルおよびブレーキのペダル操作量を使ってドライバーの生体ゆらぎ(脳前頭葉の認知

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機能部の活性度)を観測することは,日常の高齢ドライバーの運転操作から定量的に運転能

力を計測する手法として有効な手段であるため,今後の活用を期待する,

3.23.23.23.2 身体機能と運転特性の関係分析身体機能と運転特性の関係分析身体機能と運転特性の関係分析身体機能と運転特性の関係分析

本年度は,富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などでドライビングシミュレータによ

る高齢ドライバーの運転能力診断と高齢者身体能力測定を同時に実施し,高齢ドライバーの

運転能力と身体機能の関係性を明らかにするために,他のプロジェクトで開発している重心

動揺計を用いたバランス計測を運転能力データ,認知機能データと同時に計測するための実

験プロトコルの作成を行った.

Page 30: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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第第第第 4444 章章章章

運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験運転診断システムの実証試験

4444.1.1.1.1 試験の概要試験の概要試験の概要試験の概要

本年度は,富士河口湖町および大府市の高齢ドライバーを対象に,医学的診断とドライブ

レコーダ,ドライビングシミュレータなどによる運転特性調査を組み合わせた運転診断シス

テムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.具体的には,2.2 で説明した富士河口

湖町高齢者ドライバー支援事業で集まっている医学的診断と運転特性調査の結果を参考にし

て,より運転診断に有効と思われる内容をパッケージ化した講習会を富士河口湖町,大府市

で実施した(参加人数は各 15~20 名).その結果,より効果的な講習を行うためには,シミ

ュレータによる診断結果を診断書形式で(講習中に)フィードバックすることが重要である

ことが明らかとなった.

4444.1.1.1.1.1.1.1.1 富士河口湖町および大府市に富士河口湖町および大府市に富士河口湖町および大府市に富士河口湖町および大府市における高齢ドライバー支援活動の目標おける高齢ドライバー支援活動の目標おける高齢ドライバー支援活動の目標おける高齢ドライバー支援活動の目標

山梨県富士河口湖町および愛知県大府市で取り組んでいる高齢ドライバー支援の活動では,

高齢者ドライバー支援講座などを通じて,図 4.1.1 に示すように,高齢ドライバーの運転環

境支援と行政インフラ開発(図 4.1.2 参照)を試行しつつ,高齢ドライバーの運転能力開発

に努めることを目標としている.

図 4.1.1 高齢ドライバー支援活動の目標

運転環境支援運転環境支援運転環境支援運転環境支援

インフラ開発インフラ開発インフラ開発インフラ開発

運転運転運転運転能力開発能力開発能力開発能力開発

・ドラレコの普及

・危険運転の示唆&注意喚起

・認知機能低下の示唆&注意喚起

・安全運転講習会イベント開催

・運転能力測定&トレーニング

・脳機能測定&トレーニング

・高齢者ドライバの運転状況の観測

・ヒヤリハットマップの作成

・能力低下ドライバのケアプログラム

CareCareCareCare and maintenance and maintenance and maintenance and maintenance

高齢者ドライバをケアし

AssessmentAssessmentAssessmentAssessment

ImprovementImprovementImprovementImprovement

環境改善を図る

① ②

Page 31: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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図 4.1.2 運転環境支援と行政インフラ開発

4444.1.2.1.2.1.2.1.2 実証試験(講習会)スケジュール実証試験(講習会)スケジュール実証試験(講習会)スケジュール実証試験(講習会)スケジュール

山梨県富士河口湖町における実証試験スケジュールを図 4.1.3,愛知県大府市における実

証試験スケジュールを図 4.1.4 に示す.どちらも,参加者全員を同じ時間に集め,①ドライ

バー体操,②シミュレータによる運転診断,③健康チェック,を行う「セミナー(3回)」と,

参加者を 5人程度ずつ集め,①シミュレータによる運転トレーニング,②認知機能検査(MMSE),

③安全運転ワークブック,④脳機能年齢チェック,を行う「運転トレーニング」を交互に行

った.

ただし,大府市においては,参加者の都合により,運転トレーニングを 2 回(富士河口湖

町は 3 回)しか行わなかった.また,富士河口湖町では,セミナーの際にヒヤリハットマッ

プ作りを行うと共に,希望者の 12台の車両にドライブレコーダを取り付け,随時,運転チェ

ックを行ったが,大府市では行わなかった.

簡易版ドラレコ

高機能版ドラレコ

大府市 青パト 吉田まちパト隊

自家用車

大府市役所

ヒヤリハット・マップの作成 危険運転の履歴化

高齢者ドライバ支援の裏方活動高齢者ドライバ支援の裏方活動高齢者ドライバ支援の裏方活動高齢者ドライバ支援の裏方活動

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図 4.1.3 富士河口湖町における実証試験スケジュール

8/2310:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

平成23年度 富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業

高齢者ドライバー講習会スケジュール

8/2410:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

1回参加

第2回講座(セミナー)

第1回講座(運転トレーニング・検査)

解散15:30

運転診断ヒアリハットマップ

【約70分】

ドライバー体操(大瀧講師)

【20分】

集合13:30

9/29ガイダンス

【10分】次回予約【10分】

10/2610:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】1回参加

第3回講座(運転トレーニング・検査)

第4回講座(セミナー)

解散15:30

運転診断ヒアリハットマップ

【約70分】

ドライバー体操(大瀧講師)

【20分】

集合13:30

11/30ガイダンス

【10分】次回予約【10分】

第5回講座(運転トレーニング・検査)

第6回講座(セミナー)

解散15:30

運転診断ヒアリハットマップ

【約70分】

ドライバー体操(大瀧講師)

【20分】

集合13:30

1/25ガイダンス

【10分】修了式

【10分】

12/2110:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】1回参加

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図 4.1.4 大府市における実証試験スケジュール

解散15:00

講演2【30分】

解散15:00

10/13(木)

解散15:00

運転診断(危険回避)

【約40分】

運転診断(車間・車線維持)

【約40分】

ドライバー体操(大瀧講師)【60分】

10:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

集合13:00

集合13:00

平成23年度 吉田交通安全モデル地区

安全運転ドライバー支援講座スケジュール

11/15(火)

1/13(金)

健康チェック【20分】

ドライバー体操(大瀧講師)【60分】

健康チェック【20分】

10/14(金)

10:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

1回参加

第2回講座

第3回講座

第4回講座

12/15(木)

10:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

12/16(金)

10:00~12:00 午前の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

13:00~15:00 午後の部

【シミュレータでの運転トレーニング】※定員5名

1回参加

第5回講座

第1回講座

体験講座(シミュレータ試乗)

【約40分】

講演1【30分】

集合13:00

9/15(木)

長寿研見学

【20分】

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4444.1..1..1..1.3333 運転診断システムの設計運転診断システムの設計運転診断システムの設計運転診断システムの設計

平成 20~22 年に富士河口湖町で行ってきた高齢者ドライバー支援事業(2.2 参照)におい

て実施してきた高齢者ドライバー講習をベースにし,参加者,スタッフの要望を可能な限り

取り入れて,平成 23 年度に検証する運転診断システムの設計を行った.平成 21,22 年度に

富士河口湖町で行った主な改善項目を表 4.1.1,今回の主な改善項目を表 4.1.2 に示す.

表 4.1.1 富士河口湖町高齢者ドライバー講習(平成 21,22 年度)における改善項目

参加者,スタッフの声 改善内容 参加者の評判

座学,トレーニングだけでは集中力が落ちる セミナーでは必ず体操の講座を入れる ◎

シミュレータの運転が困難 シミュレータ適応課題を導入 ○

スタッフ(工学系学生)の対人能力が低く,

参加者が心を開かない

作業療法学科の学生をアシスタントにし,コ

ンシェルジェ方式で参加者に対応

講習が 2 ヶ月に 1 回ではトレーニング,講話

の効果が持続しない

講習を毎月開催する ○

非高齢者対象のイベントと同様にプログラム

を組むと,とても消化できない

講習の内容を大幅に削減し,半分近く休憩を

入れることにする

役場で実施するので緊張する 休憩時間にはお菓子を食べながら,参加者,

スタッフ,役場職員が積極的に会話する

表 4.1.2 平成 23 年度の主な改善項目

参加者,スタッフの声 改善内容 参加者の評判

運転トレーニング日が 2 回だけでは効果が低

富士河口湖町において運転トレーニング日

を 3回に増加

シミュレータの運転結果をその場で見たい シミュレータに成績表示機能を追加 ○

参加者への個別の出欠確認の連絡が頻繁に必

要で(スタッフが)辛い

大府市において,参加者の代表に出欠の取り

まとめと事前確認を依頼

連続で参加している参加者にとって、内容が

マンネリ化してしまう

富士河口湖町において,運転座談会の代わり

にヒヤリハットマップ作りを実施

4444.1..1..1..1.4444 実証試験の参加者実証試験の参加者実証試験の参加者実証試験の参加者

運転診断システムの実証試験を平成 23 年度富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業(講習

を年 6回実施)に自発的に参加した高齢ドライバーおよび平成 23年度(大府市)吉田地区安

全運転ドライバー講座に参加した青パト隊メンバーを対象に実施した.

富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業の参加者は運転免許を持ち日常的に自動車の運転

をしている 67 歳から 84 歳の高齢者ドライバー20 名(男性 9 名,女性 11 名)であり,その

平均年齢は 73.4 歳である.各参加者の出席状況を表 4.1.3 に示す.9~11 月は実験補助を担

当する学生のカリキュラム変更による日程変更があり,1 月は民生委員の会議と日時が重な

ってしまったため,参加者が減少してしまった.

吉田地区安全運転ドライバー講座に参加した青パト隊メンバー運転免許を持ち日常的に自

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動車の運転をしている 56 歳から 74 歳の高齢者ドライバー16 名(男性 15 名,女性 1 名)で

あり,その平均年齢は 65.6 歳である.各参加者の出席状況を表 4.1.4 に示す.

表 4.1.3 平成 23 年度富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業出席状況

ID 性別 初回年齢 8月 9月 10月 11月 12月 1月 出席率

4 女性 75 0 1 1 1 1 1 83.3%

7 男性 83 1 1 1 1 1 0 83.3%

11 男性 84 1 1 1 1 1 1 100.0%

14 女性 67 0 0 0 0 1 0 16.7%

17 男性 75 0 0 0 1 1 1 50.0%

20 男性 83 1 1 1 1 0 1 83.3%

21 女性 71 1 0 1 0 1 0 50.0%

101 男性 82 1 1 1 1 1 1 100.0%

102 男性 69 0 0 0 0 1 0 16.7%

103 女性 67 0 0 0 0 1 0 16.7%

104 女性 71 1 1 1 0 0 1 66.7%

105 女性 69 1 1 1 1 1 1 100.0%

106 女性 76 1 0 0 0 0 0 16.7%

107 女性 71 1 1 1 0 1 1 83.3%

108 男性 77 1 0 0 0 0 0 16.7%

109 男性 69 1 1 1 0 1 0 66.7%

110 女性 68 1 0 0 0 0 0 16.7%

111 女性 69 1 0 0 0 0 0 16.7%

112 女性 68 1 1 1 1 1 1 100.0%

113 男性 74 0 0 0 1 1 1 50.0%

合計 14 10 11 9 14 10

表 4.1.4 平成 23 年度吉田地区安全運転ドライバー講座出席状況

ID 性別 初回年齢 8月 9月 10月 11月 12月 出席率

501 男性 63 1 1 1 1 1 100.0%

502 男性 68 1 1 1 1 1 100.0%

503 男性 74 1 1 1 1 1 100.0%

504 男性 73 1 1 1 1 1 100.0%

505 男性 65 1 1 1 1 1 100.0%

506 男性 71 1 1 1 1 1 100.0%

507 男性 67 1 1 1 1 1 100.0%

508 男性 56 1 1 1 1 1 100.0%

509 男性 58 1 1 1 1 1 100.0%

510 男性 68 1 1 0 1 1 80.0%

511 男性 64 1 1 1 1 1 100.0%

512 男性 61 1 1 1 1 1 100.0%

513 男性 65 1 1 1 1 1 100.0%

515 男性 62 1 1 1 1 1 100.0%

516 女性 62 1 1 1 1 1 100.0%

517 男性 72 0 0 1 1 1 60.0%

合計 15 15 15 16 16

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4444....2222 結果結果結果結果

平成 23 年度富士河口湖町高齢者ドライバー講習における運転トレーニング講座の結果を

図 4.2.1 に,平成 23 年度吉田地区安全運転ドライバー講座における運転トレーニング講座の

結果を図 4.2.2 に示す.簡易ドライビングシミュレータによる運転トレーニングでは,年齢

や生活環境が大きく異なる富士河口湖町と大府市の両方の参加者とも能力の上昇が見られた.

特に,初めて 3 回の運転トレーニング講座日を設けた富士河口湖町においては会を重ねる毎

に成績が上昇することが明らかとなり,高齢者であっても,長期間の継続したトレーニング

を行うことで運転能力の維持・向上することが示唆された.

安全運転ワークブックを使った危険運転度,補償運転度の評価に関しては,この平成 22 年

度の富士河口湖町の結果では,講習に参加することによって危険運転度の低下と補償運転度

の上昇がみられたが,今回の結果では,富士河口湖町,大府市共に,危険運転度は低下して

いるものの,補償運転度が低下してしまった.このことは,講座への参加による能力上昇効

果が上がるにつれ,運転に対して自信がついたことと関係しているのではないかと思われる.

今後は,運転能力,心身能力の高い高齢ドライバーに対して,安全運転意識を向上させる工

夫が必要であると思われる.

本研修の最後に,各参加者に対して成績表の贈呈を行った.成績表のサンプルを図 4.2.3

に示す.富士河口湖町,大府市共に,成績表を受け取った参加者からは数多くの質問,コメ

ントが寄せられ,安全運転維持に向けた非常に内容の濃いディスカッションを行うことがで

きた.また,成績向上に向けて来年度以降も同様の講座に参加したいと申し出る参加者も多

く,現在の自分の能力を客観的に評価されることによって,安全運転への意識が大きく向上

するものと思われる.今後は,講座の度に成績表を参加者に渡すことが可能なシステムに改

良することによって,さらに参加者のモチベーションが高い運転診断システムの構築を目指

す.

Page 37: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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図 4.2.1 平成 23 年度富士河口湖町高齢者ドライバー講習の結果

運転能力診断・トレーニング講座の結果(2012年度)

●簡易ドライビングシミュレータ

●高齢ドライバーのための安全運転ワークブック

練習走行で評価45成績表の点数

10回以上5~9回4回以下衝突回数

検査走行

練習走行で評価45成績表の点数

10回以上5~9回4回以下衝突回数

検査走行

123成績表の点数

12回以上6~11回5回以下衝突回数

練習走行

123成績表の点数

12回以上6~11回5回以下衝突回数

練習走行採点基準

3~145成績表の点数

大中小ワークブックの危険運転度

安全運転度

3~145成績表の点数

大中小ワークブックの危険運転度

安全運転度

採点基準

3~145成績表の点数

小中大ワークブックの補償運転度

補償運転度

3~145成績表の点数

小中大ワークブックの補償運転度

補償運転度

走行成績

平均値の推移

Page 38: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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図 4.2.2 平成 23 年度吉田地区安全運転ドライバー講座の結果

安全運転ドライバー支援講座の結果(2011年度)

●簡易ドライビングシミュレータ

●安全運転ワークブック

2

7~9

3

3~5

145成績表の点数

10回以上1~20衝突回数

検査走行50km/h

2

7~9

3

3~5

145成績表の点数

10回以上1~20衝突回数

検査走行50km/h

4.2

4.4

4.6

1回目 2回目

採点基準

3~145成績表の点数

大中小危険運転度

危険運転度

3~145成績表の点数

大中小危険運転度

危険運転度

採点基準

3~145成績表の点数

小中大補償運転度

補償運転度

3~145成績表の点数

小中大補償運転度

補償運転度

走行成績平均値の推移

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

1回目 2回目

危険運転度 補償運転度

4.38

4.5

3.944.06

2.692.63

Page 39: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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図 4.2.3 成績表のサンプル

Page 40: 高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発...高齢ドライバー 運転診断・リハビリシステムの開発 ― 平成23年度(中間報告)

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第第第第 5555 章章章章

シミュレータのシミュレータのシミュレータのシミュレータの開発開発開発開発・・・・改良改良改良改良

5.15.15.15.1 運転リハビリ用シミュレータの開発運転リハビリ用シミュレータの開発運転リハビリ用シミュレータの開発運転リハビリ用シミュレータの開発

本年度は運転診断用ドライブシミュレータをベースに, 有効視野, レーンキープ能力,車

間距離キープ能力などの運転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リ

ハビリ用のシミュレータの開発を行った.さらに,ドライバーのレベル(有効視野,レーン

キープ能力など)に応じてシミュレータによる課題の難易度(レベル)を細かく変更可能に

するための機能設計を行った.具体的には,課題の走行速度を 30km/h,50km/h,70km/h,90km/h

の 4 段階に可変とし,イベント発生の「有り」と「無し」も可変とした.さらに 90km/h でイ

ベント有りの状態では,数字読み上げタスクも同時実行可能とし,高齢者であってもレベル

が上昇していけば,非高齢者と全く同じ難易度の課題を選択可能とした.現在のレベル選択

画面を図 5.1.1 に示す.

図 5.1.1 シミュレータのレベル選択画面

5.5.5.5.2222 運転運転運転運転診断機能の診断機能の診断機能の診断機能の改良改良改良改良

本年度は 4.2 で明らかとなった改善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計

処理機能と診断書作成機能の設計・開発(プログラミング)を行った.

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第第第第 6666 章章章章

まとめまとめまとめまとめ

本研究では,国立長寿医療研究センターで行っている高齢者への転倒リスク診断,認知・

身体機能総合リハビリを応用し,ドライビングシミュレータ,ドライブレコーダといった機

器を活用することで,個々の高齢ドライバーにとって最適な運転リハビリプログラムを提案

し,高齢ドライバーの安全運転を長期間継続可能にすることを目標として技術開発と実証実

験を行った.

平成 23 年度は,以下①~③の内容に取り組み,興味深い知見を得ることができた.

① 平成 22年度までに富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業などで収集した高齢ドライ

バーの運転能力と心身機能の測定結果を分析し,関係性を分析した.その結果,運転

中のアクセルペダルの動きから自律神経の活動に依存する成分を抽出することに成功

し,その値が認知機能検査の結果と高い相関があることを明らかにした.

② 高齢ドライバーを対象に,医学的診断と機器を用いた運転特性調査を組み合わせた運

転診断システムの実証試験を行い,改善点の洗い出しを行った.その結果,より効果

的な講習を行うためには,シミュレータによる診断結果を診断書形式で(その場で)

フィードバックすることが重要であることなどが分かった.また,明らかとなった改

善点を踏まえ,シミュレータによる検査結果の自動統計処理機能と診断書作成機能の

設計・開発を行った.

③ 運転診断用ドライブシミュレータをベースに,有効視野,レーンキープ能力などの運

転能力を個別にトレーニングする機能を追加することで,運転リハビリ用のシミュレ

ータの開発を行った.

今後(平成 24年度)は,以下の内容に取り組む予定である.

①富士河口湖町等の高齢ドライバーを対象に運転リハビリ用シミュレータの実証試験を行い,

ブラシュアップを行う.

②ドライバー体操といった作業療法的リハビリの効果を検証し,シミュレータによるリハビ

リと併せて効果的な運転リハビリシステムを開発する.

③運転リハビリシステムを自治体での高齢ドライバー支援事業に社会実装し,有効性の検証

を行う.

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参考文献参考文献参考文献参考文献

1.1.1) 内閣府,平成 23年交通安全白書

1.1.2) 荒井由美子,新井明日奈,高齢者への交通安全対策-認知症高齢者の運転を中心と

して-,精神神経学雑誌,107(12),(2005) 1335-1343.

1.1.3) 伊藤安海:高齢・認知症ドライバーの実態と医工連携による対策の現状,第 5 回未

来ビークルリサーチセンターシンポジウム(豊橋技術科学大学未来ビークルリサー

チセンター)講演要旨集,(2007) 17-19.

2.1.1) Owsley, C.,“Vision and driving in the elderly”, Optometry and Vision Science,

71-12,(1994) 727-735.

2.1.2) 木平真,周囲の車両配置に対する判断能力を計測するドライビングシミュレータの

開発,自動車技術会論文集,39-4,(2008) 171-176.

2.1.3) Yanai, S., Ito, Y., Nemoto, T., Kihira, M. and Matsuura, H.,“Development of

Portable Driving Simulator System”,Journal of Achievements in Materials and

Manufacturing Engineering, 29-2,(2008) 207-210.

2.1.4) 木平真,伊藤安海,ミラー確認能力の測定検査とトレーニングに関する一考察,第

7回 ITS シンポジウム 2008 Peer-Review Proceedings,(2008) 97-102.

2.2.1) 渡辺勇人,伊藤安海,林隆三,高齢者ドライバーの安全運転を、長期間継続可能に

するための支援事業 人と車, (2009) 45(9), 10-15.

2.3.1) 奥谷知克,岩崎弘利,伊藤安海,久保田怜,ペダル操作による高齢者ドライバの運

転特徴量の計測 自動車技術会学術講演会前刷集,(2011) No.123-11, 21-26.

2.3.2) 鈴木良次ほか,生体信号-計測と解析の実際 コロナ社, (1989) ISBN:4339070564.

2.3.3) Floris Takens, “Detecting strange attractor in turbulence”, Dynamical

Systems of Turbulence, Vol.898 of Lecture Notes in Mathematics, (1981) 366-381.

2.3.4) M. Sano, Y. Sawada, “Measurment of the Lyapunov Spectrum from a Chaotic Time

Series”, The American Physical Society, Physical review letters 2, 55(10),

(1985) 1082-1085.

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付録付録付録付録 1111 富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業パンフレット富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業パンフレット富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業パンフレット富士河口湖町高齢者ドライバー支援事業パンフレット

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