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はじめに 消化器系は門脈によって連結され集合体を形成する。 消化器系疾患の診断と治療・病態の理解には必須の脈管 系である。特に肝・胆・膵とは密接に関連し、これらの 悪性腫瘍の治療に際しては門脈との関連・解剖・進展の 有無の診断が極めて重要である。また、わが国に多い肝 硬変における門脈圧亢進症の治療、特にIVR治療におい てはその解剖と血行動態の理解が必須である。腹部画像 診断とIVRを念頭においての門脈系の解剖についてその 発生を考慮しながら述べる。 I.門脈幹 “門脈”は消化管、膵臓、胆、脾臓から集めた血液を 肝臓に流す静脈として、しばしば門脈系の意味で使われ る。しかし、狭義の門脈は上腸間膜静脈と脾静脈の合流 部から肝門をつなぐ静脈幹をいう。この門脈幹は、正中 線のやや右側、第 1 腰椎(L1)の下縁から第 2 腰椎(L2) の高さで起始し、やや右上方へ走り左右に分岐して終わ る。長さについてはDouglassらの平均6.4cm 1) 、Obelの 平均8.5cm 2) という報告がある。 孔の前縁を形成する小網の右自由縁である肝十二 指腸間膜の中を門脈は走る。門脈の前面で総肝動脈は胃 十二指腸動脈と固有肝動脈に分岐し、固有肝動脈は門脈 の前面を上行し左右の肝枝に分かれる。肝門から現れた 左右肝管が合して作られた総肝管(総胆管)は、門脈前面 の右半を下行する。よって、一般に門脈は、総胆管(右 側)と固有肝動脈(左側)に挟まれて肝十二指腸間膜内を 通る(図 1)。 膵臓の膵頭部は十二指腸とかたく結びつき、膵体と膵 尾部は腹腔動脈と上腸間膜動脈に挟まれるように左方に伸 び、後体壁を走る血管と消化管との間を隔てている。門 脈幹は、膵頭と膵体の間にある膵頸の後面を上行する。門 脈幹は、膵後面の腹膜と壁側腹膜が癒合して形成された Treitz膵後筋膜によって下大静脈と隔てられている。 肝臓と膵臓は前腸の内胚葉に由来する。既に消化され た栄養分の代謝に重要な役割を果たし、小腸に分泌物を 送る。肝臓が働くために必要な酸素は固有肝動脈からの 動脈血によって供給される(栄養性血管)。しかし、血液 の流量が圧倒的に多いのは肝臓を通過する門脈から送ら れた静脈血である(機能性血管)。門脈は胃腸や膵臓・脾 臓の毛細血管と肝臓の洞様毛細血管とをつなぐ静脈であ るから、次のような機能的意義があると考えられる。 ① 胃と腸から吸収された物質が肝臓に運ばれ、栄養 分(糖質)が貯蔵され、有毒な物質は解毒される。 ② 膵臓から分泌されるインスリンやグルカゴンなど のホルモンが、肝臓での糖質の貯蔵を調節する。 ③ 脾臓で赤血球が破壊されて生じたヘモグロビンの 分解産物が、肝臓で胆汁の中に排泄される。 上下の腸間膜静脈と脾静脈が、門脈幹の三大構成静脈 根である(図 2、3)。一般的には、上腸間膜静脈は、腸 門脈系の総論 門脈系の総論 図 1 網孔の高さの横断面を下から見たところ (McVay CB: Anson & McVay Surgical Anatomy. 6th ed. Vol. 1. p665, 1984, WB Saundersより引用改変) 図 2 膵体部を腹側から観察 膵体部(Pb)の下面には横膵静脈(Tpv)が走行し膵体部からの静脈 を受けている.横膵静脈の流入先は下腸間膜静脈(Imv)であっ た. 113

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Page 1: 門脈系の総論 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer-Radiology › static › pdf › publications › ... · 2019-05-08 · 83(83) はじめに 消化器系は門脈によって連結され集合体を形成する。

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はじめに

 消化器系は門脈によって連結され集合体を形成する。

消化器系疾患の診断と治療・病態の理解には必須の脈管

系である。特に肝・胆・膵とは密接に関連し、これらの

悪性腫瘍の治療に際しては門脈との関連・解剖・進展の

有無の診断が極めて重要である。また、わが国に多い肝

硬変における門脈圧亢進症の治療、特にIVR治療におい

てはその解剖と血行動態の理解が必須である。腹部画像

診断とIVRを念頭においての門脈系の解剖についてその

発生を考慮しながら述べる。

I.門脈幹

 “門脈”は消化管、膵臓、胆�、脾臓から集めた血液を

肝臓に流す静脈として、しばしば門脈系の意味で使われ

る。しかし、狭義の門脈は上腸間膜静脈と脾静脈の合流

部から肝門をつなぐ静脈幹をいう。この門脈幹は、正中

線のやや右側、第 1 腰椎(L1)の下縁から第 2 腰椎(L2)

の高さで起始し、やや右上方へ走り左右に分岐して終わ

る。長さについてはDouglassらの平均6.4cm1)、Obelの

平均8.5cm2)という報告がある。

 網�孔の前縁を形成する小網の右自由縁である肝十二

指腸間膜の中を門脈は走る。門脈の前面で総肝動脈は胃

十二指腸動脈と固有肝動脈に分岐し、固有肝動脈は門脈

の前面を上行し左右の肝枝に分かれる。肝門から現れた

左右肝管が合して作られた総肝管(総胆管)は、門脈前面

の右半を下行する。よって、一般に門脈は、総胆管(右

側)と固有肝動脈(左側)に挟まれて肝十二指腸間膜内を

通る(図 1)。

 膵臓の膵頭部は十二指腸とかたく結びつき、膵体と膵

尾部は腹腔動脈と上腸間膜動脈に挟まれるように左方に伸

び、後体壁を走る血管と消化管との間を隔てている。門

脈幹は、膵頭と膵体の間にある膵頸の後面を上行する。門

脈幹は、膵後面の腹膜と壁側腹膜が癒合して形成された

Treitz膵後筋膜によって下大静脈と隔てられている。

 肝臓と膵臓は前腸の内胚葉に由来する。既に消化され

た栄養分の代謝に重要な役割を果たし、小腸に分泌物を

送る。肝臓が働くために必要な酸素は固有肝動脈からの

動脈血によって供給される(栄養性血管)。しかし、血液

の流量が圧倒的に多いのは肝臓を通過する門脈から送ら

れた静脈血である(機能性血管)。門脈は胃腸や膵臓・脾

臓の毛細血管と肝臓の洞様毛細血管とをつなぐ静脈であ

るから、次のような機能的意義があると考えられる。

 ① 胃と腸から吸収された物質が肝臓に運ばれ、栄養

分(糖質)が貯蔵され、有毒な物質は解毒される。

 ② 膵臓から分泌されるインスリンやグルカゴンなど

のホルモンが、肝臓での糖質の貯蔵を調節する。

 ③ 脾臓で赤血球が破壊されて生じたヘモグロビンの

分解産物が、肝臓で胆汁の中に排泄される。

 上下の腸間膜静脈と脾静脈が、門脈幹の三大構成静脈

根である(図 2、3)。一般的には、上腸間膜静脈は、腸

門脈系の総論門脈系の総論

図 1 網�孔の高さの横断面を下から見たところ(McVay CB: Anson & McVay Surgical Anatomy. 6th ed. Vol.1. p665, 1984, WB Saundersより引用改変)

図 2 膵体部を腹側から観察膵体部(Pb)の下面には横膵静脈(Tpv)が走行し膵体部からの静脈を受けている.横膵静脈の流入先は下腸間膜静脈(Imv)であった.

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Page 2: 門脈系の総論 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer-Radiology › static › pdf › publications › ... · 2019-05-08 · 83(83) はじめに 消化器系は門脈によって連結され集合体を形成する。

日獨医報 第52巻 第 1 号 2007

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間膜に包まれながら上腸間膜動脈の右側を走り、膵臓の

鈎状突起(膵鈎部)と膵体下縁の間の膵切痕を通って膵臓

の背側で門脈幹へ移行する。脾静脈は膵臓の後方を横走

し、腹腔動脈と上腸間膜動脈各起始部の間を通過して膵

臓の後ろで上腸間膜静脈に合流する。下腸間膜静脈は近

位へと走るに従い同名動脈から離れ、十二指腸空腸曲の

左で膵臓の下縁に達し、右上方へ斜走して膵下縁で脾静

脈または上腸間膜静脈に入る(図 3、4)。下腸間膜静脈

の走行により十二指腸空腸曲の左方に腹膜ヒダ(十二指

腸傍ヒダ3))が明瞭となることがある(図 5)。

 門脈幹の構成静脈根の合流形態のパターンについては

成人4、5)および胎児6、7)で調査されている(表 1、図 6)。

下腸間膜静脈が、脾静脈へ流入する型(I型)(図 6、7)、

上腸間膜静脈と脾静脈の合流角へ流入する型(II型)なら

びに上腸間膜静脈へ流入する型(III型)(図 3、6)の 3 型

のうち、日本人では脾静脈へ流入するI型が多いが、西

欧人では 3 つの型にほぼ均等に分散している。

II.肝臓の発生

 肝臓の血管は、はじめは左右対称に形成されるが次第

に非対称になっていく。前腸の十二指腸部の壁から前方

に向かって伸び出した肝芽は胎生 3 週の終わりまでに横

中隔に侵入する(図 8)。胎生期の左右の卵黄�静脈は横

中隔を貫通し、十二指腸の周囲に静脈叢を作る。横中隔

内に侵入した肝芽は肝細胞索として成長し、十二指腸の

周囲の静脈叢を取り込み、肝シヌソイドと呼ばれる血管

網が形成される。肝細胞索のさらなる成長によって左右

の卵黄�静脈も肝臓によって包まれるようになると、静

脈叢が途中で遮断され、流入血管側と流出血管側とに分

けられ、それぞれ門脈と肝静脈になる。よって、門脈と

肝静脈は肝内で分枝し、その後互いに接近し多くの肝小

葉を築く。両血管は類洞によってのみ連結することにな

る。

 左右の卵黄�静脈の間には、十二指腸の周囲に横吻合

が形成される。心臓の発生が進み左静脈洞角が縮小する

図 3 門脈系(経静脈性造影CT冠状断MIP像)A ワークステーションにて門脈系血管のみを抽出してある.門脈幹とその三大構成静脈根である上腸間膜静脈(Smv),下腸間膜静脈(Imv),脾静脈(Spv),さらにそれらに合流する各静脈枝が明瞭に描出されている.

B 模式図

A B

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図 4 門脈系のダイナミックCT軸断層像連続図

●:Pv ●:Sgv ●:Lgev ●:Spv ●:Lgv ●:Rgv ●:Pspdv1 2 3

4 5 6

7 8 9

10 11 12

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●:Pv ●:Sgv ●:Lgev ●:Spv ●:Lgv ●:Rgv ●:Pspdv ●:Imv ●:Smv  

●:Rgev ●:Acmcv ●:GCtr ●:Rcv ●:Mcv ●:Lcv ●:Icv13 14 15

16 17 18

19 20 21

22 23 24

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28 29 30

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例 数 I型(%) II型(%) III型(%)

劉(1929)4) 50 66.0 16.0 18.0

森(1941)5) 140 55.0 11.4 33.6

阿曾(1931)6) 59 64.4 3.4 32.2

六反田(1959)7) 79 41.8 6.3 51.9

Douglass, et al(1950)1) 92 38.0 32.7 29.3

Barry, et al(1968)8) 103 30.0 28.0 42.0

図 5 大網,横行結腸間膜の関係胃,小腸の大部分,横行結腸(TC)の大部分,肝臓,脾臓を除去したところ.

表 1 門脈幹の三大構成静脈根の合流形態

図 6 門脈幹の三大構成静脈根の合流パターン

A I型B II型C III型

A B C

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に伴って、肝臓の左側からの血液路(左肝心臓路)は縮小

することになる。よって左卵黄�静脈の近位部(左肝心

臓路)が消失し、右卵黄�静脈の近位部(右肝心臓路)が

拡大することになる。この残った右肝心臓路が下大静脈

の肝心部を形成する。また、右卵黄�静脈の遠位・末梢

部が原始腸ループを灌流する上腸間膜静脈となり、左卵

黄�静脈の末梢部は消失する。

 卵黄�静脈の十二指腸部の発生は複雑である。右卵黄

�静脈の十二指腸部が消失するため、十二指腸部ではそ

れより遠位部・近位部とは異なり、左卵黄�静脈が重要

な役割を果たすことになる。そのため、十二指腸周囲を

取り囲んでいた左右卵黄�静脈の交通は、近位と遠位に

交通枝(近位・遠位横吻合)が残ることになる9)。この

残った近位横吻合は十二指腸の背側に、遠位横吻合は十

二指腸の腹側に形成される。

 よって、消化管の静脈血が右卵黄�静脈→遠位横吻合

→左卵黄�静脈→近位横吻合→右卵黄�静脈(右肝心臓

路)→肝臓という経路を流れるように、上腸間膜静脈か

ら門脈幹が形成される。そして、回転と蛇行によって屈

曲して走る十二指腸に対して上腸間膜静脈と門脈がまっ

すぐに下前方から上後方へ貫いて走る形態が作られてい

くのである。

III.門脈系の主構成根

1.脾静脈

 脾静脈は脾門から出る数本の静脈が合して形成され

る。脾静脈根集合の状況については、阿曽6)、磯部10)の

ものがある。磯部10)の調査によると、次の 3 型に分類さ

れる。

 I型:ほぼ同じ太さの 2 根が合して脾静脈を形成する

型(2 根集合型:72.0%、図9A~E)

 II型:ほぼ同じ太さの上・中・下 3 主根が集合する型

(3 根集合型:16.6%、図9F)

 III型:脾門部における多数の流入根がほぼ同時に合

流して脾静脈を形成する型(不規則集合型:11.4%、図

図 7 下腸間膜静脈の門脈構成静脈への合流:I型(腹腔動脈造影静脈相,DSA像)肝硬変症の症例で脾静脈(Spv)から下腸間膜静脈(Imv)へ造影剤が流出している.下腸間膜静脈が脾静脈に合流するタイプ(I型)で,日本人に最も多い合流パターンである.

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9G)

 主根のほかに、脾門の上・下両端部から独立根として

発し直接脾静脈に流入する上および下極静脈がみられる

こともある(153例中、上極静脈11.8%、下極静脈9.2

%)。

 脾静脈の本幹は、膵体と膵尾部の上縁近くの後面に接

して走り、ときとして膵組織が、静脈の後面に張り出し

て取り込まれているようにみえることがある。脾動脈は

脾静脈の下方に近接するが、動脈は蛇行しやすいため、

脾動脈と脾静脈との位置関係にはさまざまなパターンが

みられる。

 ① 脾動脈が脾静脈の前のみを通る型(30/55、54%、

図10A)

 ② 脾動脈と脾静脈が部分的に前後になる型(24/55、

44%、図10B)

 ③ 脾動脈が脾静脈の後ろのみを通る型(1/55、2%、

図10C)

 脾静脈には、短胃静脈、左胃大網静脈、後胃静脈およ

び下腸間膜静脈、膵静脈が合流し、右方に走り門脈に合

流する(図 3、6)。

2.上腸間膜静脈

 上腸間膜動脈は中腸が回転する際の中軸血管となる

(図11)。したがって回転軸となるMeckel憩室が生じう

る回腸の部位に向かって走る動脈に沿う静脈が上腸間膜

静脈の本幹に相当する。回盲部付近から流れ込む回結腸

静脈は、上行するにつれて小腸の静脈を集めながら十二

指腸第 3 部(水平部)に達する。次いで十二指腸下部と

膵臓との間を経て膵切痕を通り膵頭の後側を上行し、そ

の経過中に、膵十二指腸静脈、膵静脈、右胃大網静脈を

受け入れる(図 2~4)。

 上腸間膜静脈は起始部では上腸間膜動脈の左側を並走

しているが、間もなく動脈の前を斜めに横切り、動脈の

右縁に沿って上行する。上腸間膜静脈の右縁には、回腸

終末部、盲腸、虫垂、上行結腸初部からの回結腸静脈、

上行結腸からの右結腸静脈、上行結腸終末部と横行結腸

からの中結腸静脈が入る。一方、空腸および回腸近位部

の静脈は上腸間膜静脈の左縁から注ぐことになる。これ

らの静脈の名称と分布域は同名動脈に準ずる(図 3、

12)。

 右結腸静脈が上腸間膜静脈に入るときに、右胃大網静

脈と膵頭前面で共通の静脈幹(胃結腸静脈幹:Henle’s

図 8 肝臓および門脈,臍静脈の発生についての模式図(Sadler TW: Langman’s Medical Embryology. 安田峯生訳:ラングマン人体発生学 第 9 版,2006メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,図11-42,図11-43より引用改変)

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図 9 脾静脈根集合型の分類(175例中)(文献 9 より引用)A~E I型の例  F II型の例  G III型の例

I型:2 根集合型,II型:3 根集合型,III型:不規則集合型

図10 脾静脈と脾動脈の位置関係(文献16より引用)A 脾動脈が脾静脈の前のみを通る型  B 脾動脈と脾静脈が部分的に前後になる型  C 脾動脈が脾静脈の後ろのみを通る型

図11 腸管の回転と上腸間膜動脈との関係[Carlson BM: Human Embryology and Developmental Biology. 1994, Mosby-Year Book(白井敏雄監訳:カールソン 人体発生学.p.311,2002,西村書店)より引用改変]

A 5 週  B 11週  C 胎児期

A B C

D E F G

A B C

A B C

109121

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gastrocolic trunk11))を作ることが多い(8/9例12))(図 2、

3、13、14)。上腸間膜動脈と上腸間膜静脈の位置関係

から、小腸の静脈は本幹に注ぐ手前で上腸間膜動脈を横

切ることになる。よって、空腸の静脈は、上腸間膜静脈

の近位に流入することが多い。胃結腸静脈幹は胃と結腸

の両方の静脈を小腸、盲腸の静脈を中継することなしに

集めるという意味から重要である。

 稀に上腸間膜静脈が膵臓の後ろに進入せず、膵臓の前

方を上行し、門脈が十二指腸の腹側を走ることがある。

このような例では左右の卵黄�静脈の頭側の横吻合が十

二指腸第 1 部の前で残ったと考えられる。このとき、脾

静脈は膵切痕を通って、膵臓の前で上腸間膜静脈と合す

るか、膵臓の後方を右走し続け、十二指腸第 2 部を後ろ

から前に回り込んだ後に膵頭の前面を左走し上腸間膜静

脈と合流することになる(図15)。

3.下腸間膜静脈

 下腸間膜静脈は上直腸静脈とS状結腸静脈が合流して

共通幹を作り、それに左結腸静脈が加わる。下腸間膜動

脈の経過とは著しく異なる。すなわち、下腸間膜動脈よ

りはるかに左方を上行し、膵臓の下側あるいは後ろ側に

おいて右方に曲がり、終末部は脾静脈と上腸間膜静脈の

合流角の近辺に流入する(図 3、6、7、16)。

IV.門脈系の主構成根に入る血管

1.胃の静脈

1)左胃静脈

 左胃静脈は左胃動脈に沿って小網内部を小弯に沿って

右下方から左上方へ走り腹腔動脈の 3 主枝への分岐部に

達する静脈である。左胃静脈はこのように胃小弯から長

く弯曲して流入部まで走行することにより胃冠状静脈と

呼ばれてきた。この静脈は膵臓の後方で一部後腹壁に接

して走るため、同じく後腹壁に接するように位置する脾

静脈の上縁、門脈幹初部の左縁ならびに脾静脈と門脈幹

の角などに入りやすい(図 2、17、18、表 2)。この静脈

図12 上腸間膜静脈(上腸間膜動脈造影静脈相,DSA像)

110122

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93(93)

 図14 胃結腸静脈幹A 腹腔動脈造影静脈相(DSA像):右胃大網静脈(Rgev)に前下膵十二指腸静脈(Aipdv)が合流し,上腸間膜静脈(Smv)に合流している.この静脈幹には右結腸静脈も合流する.

B 経静脈性造影CT冠状断MIP像:右胃大網静脈が中結腸静脈(Mcv)と合流して胃結腸静脈幹(GCtr)を形成し,上腸間膜静脈に合流している.右胃静脈(Rgv)および後上膵十二指腸静脈(Pspdv)が門脈幹(Pv)高位に合流している.

図13 胃結腸静脈幹(GCtr)の形成の変異パターン(文献10より引用)

A 胃結腸静脈幹が上右結腸静脈(Srcv),前上膵十二指腸静脈(Aspdv),右胃大網静脈(Rgev)によって形成される型(3/9,33%)

B 右結腸静脈(Rcv)が,上右結腸静脈の流入部の近くで胃結腸静脈幹に終る型(4/9,45%)

C 上右結腸静脈,右結腸静脈,中結腸静脈(Mcv)が合してから胃結腸静脈幹に流入する型(1/9,11%)

D 右結腸静脈と中結腸静脈がともに上腸間膜静脈(Smv)に流入する型(1/9,11%)

A B

A B

C D

111123

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は、胃–食道接合部付近では噴門、胃底(穹窿部)、腹部

食道からの静脈を受ける。食道の静脈は胸部下端におい

て奇静脈系と連絡しているため、左胃静脈は門脈系と奇

静脈系の接点となる。

 左胃静脈が直接肝臓に分布する例が報告されている4、5)。

この詳細については、Miyakiら21)が同様の例を報告し

ている。これによると、左胃静脈が肝胃間膜内を迷走神

経の肝枝とともに走り、肝門の左側に達して直接肝臓に

侵入し、門脈の肝左葉内の分枝と吻合するという血管路

がみられたという(245体中 2 例21))。左胃静脈は肝胃静

脈を通って肝臓に達し、1 例では左葉内で、もう 1 例で

は尾状葉でそれぞれ門脈の枝に吻合していた。ニワトリ

では門脈が常に 2 本あり、そのうち左のものは、胃の小

範囲の静脈を集めて肝臓に入るという22)。このことか

ら、ニワトリにみられた例はヒトの左門脈に相当すると

考えられる。宮木23)は、前述の 2 例を含めた 4 例の門

脈の走行について紹介している。ヒトで観察された左門

脈は門脈右枝から分岐する左葉への枝あるいは尾状葉へ

の枝に吻合しているものと、左葉の小領域を占めている

ものとがあったという。

2)右胃静脈

 右胃静脈は同名動脈とともに小弯の右下部から小弯に

沿って走る。この右胃静脈は小網の右端部(肝十二指腸

間膜)にて、門脈幹に流入する(Douglassらによると75

%1)、Papadopoulosによると100%16))。

 左胃静脈は門脈幹の基部(低位)近くに注ぐことが多い

のに対し、右胃静脈は同名動脈に随伴して肝十二指腸間

膜内を上行するので、門脈幹の高位に流入することが多

い(図 3、17、19)。しかし、左右の胃静脈が共通幹を

作って門脈幹に注ぐこと(2.6%)、右胃静脈が上腸間膜

静脈と脾静脈との合流部付近に注ぐこと(23.3%)、膵頭

下縁で上腸間膜静脈に注ぐこと(6.6%)もあるという1)。

また右胃静脈が直接肝臓に異所性に還流することがあ

り、副門脈と呼ばれることがある(右・左胃静脈の肝臓

への異所性還流についてはトピックス参照)。

3)短胃静脈

 複数の細い静脈が認められるという報告もある(89%1))。

この場合、短胃静脈は極めて細く、剖出できない例も

10.9%にみられる。これらの静脈の大半は脾臓の上半に

進入し、いったん脾実質に入ることが多く、脾静脈ない

しその支流に直接注ぐものは少ないといわれる。一方、

ほとんどの例で 1 本の静脈だけがみつかるという報告も

あり(85%19))、この場合、短胃静脈のほとんどは脾門

のごく近くで上極静脈ないし脾静脈の本幹に注ぐ(図

20、21)。

4)左胃大網静脈

 左胃大網静脈は同名動脈に伴走して大網の 2 葉の間を

走り、脾臓から出た静脈根か静脈根の合流部付近に注ぐ

図15 門脈系と膵臓・十二指腸,総胆管の位置関係の変異(文献 8 より引用改変)A 標準例  B~D 変異例

膵臓(P)と静脈,門脈系(Pv)との関係に注意.

A B C D

112124

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図16 下腸間膜静脈(下腸間膜動脈造影静脈相,DSA像)上直腸静脈(Srv),S状結腸静脈(Scv),左結腸静脈(Lcv)が合流し,下腸間膜静脈(Imv)を構成する.下腸間膜静脈は脾静脈および上腸間膜静脈の合流角に流入(II型)し,中結腸静脈(Mcv)が上腸間膜静脈(Smv)に流入している.

A B

図17 門脈幹への左胃静脈の合流パターンの例

A 門脈幹(Pv)に流入する例B 脾静脈(Spv)と門脈幹の角に流入する例

C 脾静脈に流入する例頻度は表 2を参照.

A B C

113125

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A B 図18 左胃静脈

A 経静脈性造影CT冠状断MIP像:胃小弯から起こる左胃静脈(Lgv)が門脈幹(Pv)初部左縁に合流している.右胃静脈(Rgv)および後上膵十二指腸静脈(Pspdv)は門脈幹高位に合流している.

B 選択的左胃静脈造影:左胃静脈(Lgv)は小弯側に沿って噴門部に向かっている.噴門部を介して食道静脈瘤に向かっているのが認められる(注:図24と同一症例,図18では後胃静脈は描出されていない).

例数 門脈幹(%)

門脈幹と 脾静脈(%)

上腸間膜 肝実質(%)

不明または 脾静脈の角(%) 静脈(%) 欠如(%)

阿曾(1931)6) 91 35.2 6.6 23.1 ― 0.0 0.0

六反田(1959)7) 69 55.1 10.1 33.3 ― 0.0 1.4

劉(1929)4) 50 66.0 10.0 20.0 ― 2.0 2.0

森(1941)5) 146 45.9 6.2 45.2 ― 0.7 2.1

Douglass, et al (1950)1) 90 24.4 58.9 16.7 ― ― ―

Falconer, et al (1950)13) 39 51.3 10.3 38.5 ― ― ―

Gilfillan and Hills(1950)14) 59 68.0 8.0 24.0 ― ― ―

DiDio (1961)15) 220 66.8 ― 33.2 ― ― ―

Barry, et al (1968)8) 96 44.8 19.8 34.4 1.0 ― ―

Papadopoulos (1981)16) 50 56.0 10.0 34.0 ― ― ―

Thomson (1890)17) 66 63.6 ― 33.3 ― ― ―

Alexander and Purcell (1951)18) 132 65.0 ― 22.0 ― ― ―

Gerber, et al (1951)19) 51 68.6 ― 31.4 ― ― ―

Purcell, et al (1951)20) 100 67.0 ― 27.0 ― ― ―

不明または欠如というのは,門脈の構成のデータから転載したために含まれている.

表 2 左胃静脈の流入部流入パターンについては図17を参照

114126

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(図17、22、23)。この静脈の流入部は脾静脈根の合流

部から 3cm未満の距離のところである。この区間では

脾静脈は膵尾の前または膵尾の上縁を走っているので、

膵臓の前から脾静脈に入ることになる。

5)右胃大網静脈

 右胃大網静脈は大弯の右側部を同名動脈に伴走する静

脈弓で、幽門に達すると動脈と離れ、十二指腸の第 2 部

(下行部)に沿って膵頭前面の上半部を下行し、膵切痕で

上腸間膜静脈に流入する(図 3、14、17)。

6)後胃静脈

 脾動脈の本幹から出て上行し、胃底の後壁中央部に分

布する動脈が見いだされることがある(図24)。この動

脈は脾動脈の胃枝(Adachiによると21.6%24))とされた

が、網�の後壁の背側を上行して胃の後壁に進入するこ

とから後胃動脈(Suzukiらによると36%25))とも呼ばれ

ている。この後胃動脈に近く、脾静脈本幹に流入する静

脈を後胃静脈という。しかし、脾静脈本幹に流入する短

胃静脈の枝との区別が難しいかもしれない。

2.膵臓の静脈

1)膵頭の静脈

 膵頭の静脈は、膵頭の前後と上下を組み合わせて 4 種

に分けて考えられるのは動脈と同様である。それに加え

て、膵臓の前面中央を横走する静脈(前中膵十二指腸

静脈)が認められることが多いという(Petrénによると47

%26))(表 3)。

 前上膵十二指腸静脈は膵頭前面の上半と十二指腸第 1

部と第 2 部の静脈血を集め、同名動脈より浅い走路を走

る。この領域では、右胃大網静脈が中・右結腸静脈とと

もにHenleの胃結腸静脈幹を形成し、これに合流するこ

とが多い(図25、26)。

 前中膵十二指腸静脈は約半数の例に出現し、十二指腸

第 2 部の中ほどの高さから始まり、膵頭の前面をほぼ水

平に走り、上腸間膜静脈に注ぐ(図25)。

 前下膵十二指腸静脈は十二指腸第 2 部のほぼ中央の高

さで始まる。このほとんどが上腸間膜静脈の最口側の空

腸静脈を介して門脈に注ぐ。しかし、上腸間膜静脈に直

図19 右胃静脈(経皮経肝門脈造影,DSA像)拡張した右胃静脈(Rgv)および左胃静脈(Lgv)に造影剤が逆流している.左胃静脈が上腸間膜静脈(Smv)および脾静脈の合流部に流入しているのに対して,右胃静脈は門脈幹(Pv)高位に合流している.

115127

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図20 短胃静脈の流入パターン例(文献 1 より引用)短胃静脈は濃い青で示してある.A,B,Cは主なタイプを表わす.A 92例中57例(67.0%):脾臓上部に流入する.B 25例(27.1%):脾臓(S)上部と下部に流入する.C 10例(10.9%):短胃静脈がみられなかった例.D,E,Fはこのなかで主としてみられた変異パターンを示してある.

D 44例(47.8%):短胃静脈が脾静脈根に流入している.E 3 例(3.3%):短胃静脈が脾静脈(Spv)に流入している.F 2 例(2.2%):短胃静脈が左胃大網静脈(Lgev)に流入している.

A B C

D E F

図21 短胃静脈(経皮経肝門脈造影)発泡剤にて胃を膨らませ,カテーテル先端は脾静脈(Spv)に留置して撮影:脾門部から多数の細く蛇行した短胃静脈(Sgv)が胃穹窿部に向かっているのが認められる.これとは別に胃大弯側に沿って走行する左胃大網静脈(Lgev)も描出されている.脾静脈・門脈(Pv)合流部手前で脾静脈に下腸間膜静脈(Imv)が合流しているのがみられる.

116128

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99(99)

接注ぐことも少なくないという(Birtwisleらによると32

%27))。

 後上膵十二指腸静脈は十二指腸第 2 部のほぼ中央の高

さに始まり、上方へ走り、総胆管と門脈の間を横切り、

門脈幹に注ぐ(図 2、3、12、18、26、27)。

 後下膵十二指腸静脈は十二指腸第 2 部のほぼ中央の高

さで始まり、膵頭後面をほぼ水平に左走し、第 1 空腸静

脈に注ぐ。

2)膵体・膵尾の静脈

 膵下縁に沿って横走する静脈を下膵静脈といい、多

数の膵臓からの小静脈が下膵静脈に流れ込む。下腸間膜

静脈が上腸間膜静脈に注ぐ例では、下腸間膜静脈に流れ

込む場合が多い。一方、下腸間膜静脈が脾静脈に入る

か、3 静脈が 1 点に集合するタイプでは、下膵静脈は上

腸間膜静脈に流入する。また、膵静脈の一部が左胃静脈

に注ぐこともある。また、膵体・膵尾の静脈は、膵臓後

面に接する脾静脈に注ぐ(図28)。平均 7 本1)、 平均12

本27)が認められるという。

3.胆 の静脈

 胆�の腹膜で被われた自由面の静脈は胆�動脈ととも

に走り、胆�頸に達したのち、胆�から膵十二指腸と肝

門とを結ぶ静脈に連なり、門脈の右枝あるいは門脈本幹

に入る。一方、胆�の肝臓への付着面からは多数の短い

枝が肝内に進入する28、29)。

4.その他の静脈

1)臍静脈

 左臍静脈は胎生期に胎盤から体内に動脈血を導く血管

で、臍から肝鎌状間膜の下縁を通って肝臓の前縁に至

り、その下面で臍静脈溝に入り、1 枝は門脈左枝と合

し、他の 1 枝は静脈管として後上方に走り、肝静脈また

は下大静脈に入る。生後はこの臍循環がなくなるため臍

静脈は退化して、臍から分岐部までが肝円索、静脈管は

静脈管索となる。

2)臍傍静脈

 臍傍静脈は、腹壁の臍の回りで上および下腹壁静脈の

起こる辺りの腹壁の皮静脈と交通する数本の小静脈で、

図22 左胃大網静脈の流入パターン例(文献 1 より引用)左胃大網静脈(Lgev)は濃い青で示してある.A,B,Cは主なタイプを表わす.

A 92例中70例(76.1%):脾静脈の近位部(脾静脈根の合流部から 3cm未満)に流入する.B 16例(17.4%):脾静脈根に流入する.C 6 例(6.5%):脾静脈の遠位部(脾静脈根の合流部から 3cm以上)に流入する.D,E,F,Gはこれらのなかで主としてみられた変異パターンを示してある.

D 26例(28.3%):脾静脈根と脾静脈に流入する.E 3 例(3.3%):左胃大網静脈が複数あり,脾静脈に流入する.F 2 例(2.2%):左胃大網静脈は脾静脈に流入するが,その途中で膵臓からの静脈が左胃大網静脈に流入する.G 2 例(2.2%):左胃大網静脈は脾静脈に流入するが,その途中で短胃静脈(Sgv)が左胃大網静脈に流入する.

A B C

D E F G

117129

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上腸間膜静脈

出現例数 右胃大網静脈 直接

空腸静脈の 総下膵十二 下腸間膜静脈 門脈幹 肝臓に直接

最上枝 指腸静脈

前上膵十二 16 16 ― ― ― ― ― ―

指腸静脈

前中膵十二 8 1 7 ― ― ― ― ―

指腸静脈

前下膵十二 16 ― ― 13 3 ― ― ―

指腸静脈

後上膵十二 16 ― ― ― ― ― 15 1

指腸静脈

後下膵十二 17 ― 2 10 3 2 ― ―

指腸静脈

総下膵十二指腸静脈とは,前下膵十二指腸静脈と後下膵十二指腸静脈が上腸間膜静脈に流入する前に作る共同幹のことである.

図23 左胃大網静脈(腹腔動脈からのCTA後期相MIP像)膵癌により脾静脈(Spv)が閉塞している症例で,左胃大網静脈(Lgev)あるいは右胃静脈(Rgv)が側副血行路として拡張している.胃大弯側を走行する左胃大網静脈が脾静脈根合流部近位に合流している.

表 3 膵頭の静脈とその流入静脈(文献25より引用)

図24 後胃静脈(経皮経肝門脈造影)カテーテル先端を脾静脈(Spv)において撮影.脾静脈の中ほどから頭側に向かう後胃静脈(Pgv)が認められ,造影剤は噴門部のすだれ様静脈を介して食道静脈へ流出している.門脈(Pv)と脾静脈がなす角から左胃静脈(Lgv)の分岐部が描出されている(注:図18Bと同一症例).

図25 膵頭部前面上腸間膜静脈(Smv)をピンセットで持ち上げて前下膵十二指腸静脈(Aipdv)を見せているところ.この症例では通常みられる前上膵十二指腸静脈(Aspdv:矢頭)と前下膵十二指腸静脈のほかに前中膵十二指腸静脈(Ampdv)も認められる.前下膵十二指腸静脈が第 1 空腸静脈から分岐したのち膵頭十二指腸の境界面を走行するのに対して前上膵十二指腸静脈や前中膵十二指腸静脈は膵臓前面を横切っている.前上膵十二指腸静脈・右胃大網静脈(Rgev)・ 右結腸静脈が共通幹をなして(必ずしも 3 本そろってはいない)胃結腸静脈幹(GCtr)Henle’s gastrocol ic t runkを形成する(矢印).本例では右結腸静脈は結紮してある.膵臓前面を縦走しているのは前膵十二指腸動脈アーケードである.

118130

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101(101)

図26 膵十二指腸静脈[下膵十二指腸動脈(第 1 空腸動脈と共通幹)造影静脈相,DSA像]後上膵十二指腸静脈(Pspdv)が門脈幹(Pv),前上膵十二指腸静脈(Aspdv)が胃結腸静脈幹(GCtr),前および後下膵十二指腸静脈(Aipdv・Pipdv)が第 1 空腸静脈(1st Jv)にそれぞれ流入している様子が描出されている.

図27 膵頭部後面後上膵十二指腸静脈(Pspdv)は門脈(Pv)に流入し総胆管の背側を走行している.この症例では通常みられる後上膵十二指腸静脈と後下膵十二指腸静脈(Pipdv)のほかに後中膵十二指腸静脈(Pmpdv)も認められる.これらが膵頭十二指腸の境界部で吻合しアーケードを形成している.後中膵十二指腸静脈は脾静脈–門脈合流部付近に流入している.後下膵十二指腸静脈は前下膵十二指腸静脈と同じように第 1 空腸静脈に流入する.

119131

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102(102)

を介して、胃腎シャントが噴門をまたぎ形成されること

がある。その吻合静脈が左腎静脈から起こり、脊柱の左

側を上行して噴門の左後外側から前を経て右内側にまわ

り、噴門の内側で左胃静脈を受け、門脈に入る経過をた

どるという。この例では、左腹腔神経節からの自律神経

枝が本例の交通静脈の経路に沿って噴門の前面に達し、

小網内部を肝枝となって肝門に赴いていた。よって、噴

門食道部をまたいで、左と右そして腹膜後部と腹膜部を

結ぶ脈管・神経の潜在的連絡路が存在すると考えられる

という34)。

【参考文献】

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図28 膵体部を背側から観察膵体部(Pb)背側に位置する脾静脈(Spv)にも膵体部から多数の膵静脈(Pav:矢頭)が流入している.

肝円索に伴走し、門脈が 2 枝に分かれる直前ないし直後

で門脈(しばしば左枝)に入る。肝鎌状間膜を通る静脈は

上群と下群に分かれるとされ30、31)、下群は通常の臍傍

静脈、上群は内胸静脈から肝臓に入る静脈であると考え

られる32)。

V.門脈-体循環吻合

 門脈はその末梢部において体循環の静脈と連絡する。

 ① 食道下部および噴門部の血液は一部は食道静脈を

経て奇静脈に入り、一部は短胃静脈から脾静脈を経てま

たは左右胃静脈から門脈に入る。

 ② 直腸下部の血液は中・下直腸静脈から内腸骨静脈

に入り、直腸上・中部の血液は上直腸静脈、下腸間膜静

脈から門脈に入る。

 ③ 臍部の血液の一部は上腹壁静脈、内胸静脈を経て

体循環系に入り、一部は臍傍静脈を経て門脈に入る。

 ④ 腹膜および結腸静脈の小枝の血液が後腹壁の静脈

と吻合し、一部は腎静脈に入り、ほかは門脈に入る。

 ⑤ 横隔膜の血液は下横隔静脈から体循環系に、一部

は肝臓に入る。

 門脈–左胃静脈–左下横隔静脈–左腎静脈の連絡吻合路

の例の報告がある33、34)(図29)。胃の噴門後壁の領域は横

隔膜の下面に位置し、腹膜に被われていないので、この

領域は胃の血管と横隔膜の血管の接点となりうる。ここ

120132

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日獨医報 第52巻 第 1 号 2007

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図29 門脈–左胃静脈–左下横隔静脈–左腎静脈の連絡吻合路の例A 文献33より引用 B 文献34より引用  

A B

121133

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18:244–248,200333)山田   :門脈ト腎�脈トノ間に於ケル異常強大交通枝ノ一例.解剖誌 7:1088–1091,1934

34)Sakamoto H, Akita K, Sato T: An anomalous case ofparaportal circulation. A case of an abdominal, enlarged,communicating vein between the left gastric vein and agastro-renal shunt. Surg Radiol Anat 19, 49–51, 1997

122134

Page 23: 門脈系の総論 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer-Radiology › static › pdf › publications › ... · 2019-05-08 · 83(83) はじめに 消化器系は門脈によって連結され集合体を形成する。

日獨医報 第52巻 第 1 号 2007

105(105)

略語 英語名 日本語名

動脈

Aa abdominal aorta 腹大動脈

Ao aorta 大動脈

Cea celiac artery 腹腔動脈

Ipoa inferior polar artery 下極動脈

Pha proper hepatic artery 固有肝動脈

Rgea right gastroepiploic artery 右胃大網動脈

Sma superior mesenteric artery 上腸間膜動脈

Spa splenic artery 脾動脈

Spoa superior polar artery 上極動脈

静脈

Acmcv accessory middle colic vein 副中結腸静脈

Aipdv anterior inferior pancreaticoduodenal vein 前下膵十二指腸静脈

Ampdv anterior middle pancreaticoduodenal vein 前中膵十二指腸静脈

Aspdv anterior superior pancreaticoduodenal vein 前上膵十二指腸静脈

Cv coronary vein 冠状静脈

Icv ileocolic vein 回結腸静脈

Imv inferior mesenteric vein 下腸間膜静脈

Ipov inferior polar vein 下極静脈

Ivc inferior vena cava 下大静脈

Ilv ileal vein 回腸静脈

Jv jejunal vein 空腸静脈

LAdv left adrenal vein 左副腎静脈

Lcv left colic vein 左結腸静脈

Lgev left gastroepiploic vein 左胃大網静脈

Lgv left gastric vein 左胃静脈

Liphv left inferior phrenic vein 左下横隔静脈

Lpv left portal vein 左門脈

Lrv left renal vein 左腎静脈

Luv left umbilical vein 左臍静脈

Lvv left vitelline vein 左卵黄�静脈

Mcv middle colic vein 中結腸静脈

Pav pancreatic vein 膵静脈

Pgv posterior gastric vein 後胃静脈

Pipdv posterior inferior pancreaticoduodenal vein 後下膵十二指腸静脈

Pmpdv posterior middle pancreaticoduodenal vein 後中膵十二指腸静脈

Pspdv posterior superior pancreaticoduodenal vein 後上膵十二指腸静脈

Pv portal vein 門脈

Rcv right colin vein 右結腸静脈

Rgev right gastroepiploic vein 右胃大網静脈

Rgv right gastric vein 右胃静脈

Rrv right renal vein 右腎静脈

略語 英語名 日本語名

Scv sigmoid colic vein S状結腸静脈

Sgv short gastric vein 短胃静脈

Smv superior mesenteric vein 上腸間膜静脈

Spov superior polar vein 上極静脈

Spv splenic vein 脾静脈

Srcv superior right colic vein 上右結腸静脈

Srv superior rectal vein 上直腸静脈

Tpv transverse pancreratic vein 横行膵静脈

Uv umbilical vein 臍静脈

その他

AC ascending colon 上行結腸

C cecum 盲腸

Cbd common bile duct 総胆管

DC descending colon 下行結腸

DJr retroduodenojejunal recess 後十二指腸空腸陥凹

Du duodenum 十二指腸

Es esophagus 食道

G gallbladder 胆�

GCtr gastrocolic trunk 胃結腸静脈幹

GO greater omentum 大網

Hs hepatic sinusoid 肝類同

Ir inferior root 下根

Je jejunum 空腸

L liver 肝臓

LAd left adrenal grand 左副腎

LK left kidney 左腎臓

LO lesser omentum 小網

Mr middle root 中根

P pancreas 膵臓

Pb pancreas body 膵体部

PDf paraduodenal fold 十二指腸傍ヒダ

Ph pancreas head 膵頭部

PvLbr left branch of portal vein 門脈左枝

PvRbr right branch of portal vein 門脈右枝

RAd right adrenal gland 右副腎

RK right kidney 右腎

S spleen 脾臓

Sr superior root 上根

St stomach 胃

TC transverse colon 横行結腸

TM transverse mesocolon 横行結腸間膜

図内略語一覧

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